【実施例】
【0048】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
軽度認知障害(MCI)の患者と健常者とを精度高く判別するためのバイオマーカーとなり得る、miRNAの探索を以下に示す方法にて行った。
【0050】
<被検体>
本実施例において解析した、30人の健常人対照群(ノーマル、男性12人、女性18人)、23のMCI患者群(男性11人、女性12人)及び15人のアルツハイマー病(AD)患者(男性3人、女性12人)を、サンプル数、平均年齢及びMMSE(ミニメンタルステート検査)スコアと共に、表1に示す。なお、全てのMCI患者は、上記Petersenらの定義により、軽度認知障害と診断された患者である。また、全てのAD患者は、米国の国立神経障害・脳卒中研究所(U.S. National Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke)及びアルツハイマー病・関連障害協会(Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association)が定めた診断基準、又は、日本に於けるアルツハイマー病脳画像診断法の先導的研究(J−ADNI)が定めた診断基準に基づき、ADに罹患していると診断された患者である(なお、前者の診断基準については、McKhann,G.ら、Neurology、1984年、34巻、7号、939〜944ページ 参照のこと)。さらに、全てのAD患者は、アリセプト(ドネぺジル)が服薬されていない患者である。また、健常人は、前記Petersenらの定義及び前記ADに関する診断基準に基づき、これら疾患に罹患していないことが明らかになった人である。
【0051】
【表1】
【0052】
なお、表1において、健常人対照群の女性18人のうち、2人のMMSEスコアは得られていないので、16名の平均値を示している。
【0053】
<RNAの調製>
上記被検体から分離された血漿からトータルRNAを、miRNeasyミニキット(Qiagen社製)を用い、そのメーカー説明書に記載の方法に改良を加えて行った。すなわち先ず、血漿を氷上で融かした後、4℃に設定した微小遠心機に入れ、3000×gにて5分間遠心処理した。1サンプルあたり200μLの血漿アリコートを新しいチューブに移し、1.25μg/mL MS2バクテリオファージRNA(Roche Applied Science社製)を含むQiazol混合液750μLを加えた。チューブの中の内容物を混合し、5分間インキュベーションした後、200μLのクロロホルムを加ええた。さらにチューブの中の内容物を混合し、2分間インキュベーションした後、4℃に設定した微小遠心機に入れ、12000×gにて15分間遠心処理した、。次いで、上部水層を新しい微小遠心チューブに移し、1.5倍量の100%エタノールを添加した。そして、チューブの内容物を完全に混合した後、750μLのサンプルを、回収チューブに備えたQiagen RNeasyミニスピンカラムに移し、室温下、15000×gにて30秒間遠心した。全ての残余サンプルを載せるまで、この工程を繰り返した後、スピンカラムを700μLのQiagenRWTバッファーにてリンスし、室温下、15000×gにて1分間遠心した。次いで、500μLのQiagenRPEバッファーにてもう1回リンスし、室温下、15000×gにて1分間遠心した。この500μLのQiagenRPEバッファーによるリンス工程を2回繰り返した後、スピンカラムを新しい回収チューブに移し、室温下、15000×gにて、2分間遠心した。次いで、スピンカラムを新しい微小遠心チューブに移し、1分間蓋を開けたままにし、カラムを乾燥させた。そして、スピンカラムのメンブレンにRNaseフリーの水50μLを加え、1分間インキュベーションし、次いで、室温下、15000×gにて1分間遠心することにより、トータルRNAを抽出した。得られたRNAは−80℃に保存した。
【0054】
<マイクロRNA リアルタイムqPCR>
先ず、前記にて調製したRNA抽出液19.2μLに、miRCURY LNA(登録商標)ユニバーサルRTcDNA合成キット(Exiqon社製)を加え、計80μLの反応液とし、逆転写反応に供した。得られたcDNA産物を57.25倍希釈し(80μLのcDNA反応液に4500μLの水を加えて)、miRCURY LNA(登録商標)ユニバーサルRTマイクロRNA PCRシステムのプロトコールに従って、10μL PCR反応を行った。より具体的には、マイクロRNA Ready−to−Use PCR, ヒト パネル1及びパネル2、V2を用い、qPCRによって各マイクロRNAについて1回解析を行った。また、逆転写反応から鋳型RNAを除去したサンプルを陰性対照として分析し、他のサンプル同様にプロファイリングした。次に、ライトサイクラー(登録商標)480リアルタイムPCシステム(Roche社製)及び384ウェルプレートを用いて、増幅反応を行った。得られた増幅曲線は、Roche LCソフトウェア(ver 1.5)を用い、第2誘導法によるCpの決定及び融解曲線分析によって分析した。
【0055】
<データのフィルタリング及び分析>
先ず、生データを、ライトサイクラー480ソフトウェアから抽出した。そして、GenExソフトウェア(Exiqon社製)を用いて、データ分析を行った。結果、クロッシングポイント(Cp)が37未満である、またはネガティブコントロールのCpよりも少なくとも3低い、検定データ値を、データ解析に含める値として全て検出した。これらの基準を満たさないデータは、いかなる解析から除外した。また、LinRegPCRソフトウェアを用いて、増幅効率を算出した。そして、増幅効率が1.6未満である反応も除外した。さらに、全てのデータは、各サンプルにおいて検出された平均分析値に正規化した(dCp=平均Cp[<37]−分析Cp)。
【0056】
以上の解析結果に基づき、143のmiRNAから、表2に示す85のmiRNAを重点的に解析する対象として選択した。すなわち、全68の被検体における143のmiRNAの発現量(9,724=143×68)から、発現量が20%以下であり174の欠損値を伴うものを除外した。健常人、MCI患者及びAD患者の各群において、発現量が80%以上であった85のmiRNAを、重点的に分析するための対象として選択した。
【0057】
【表2】
【0058】
<T検定>
前述の通り、表2に示す85のmiRNAを対象として、従来からよく利用されている伝統的な解析法 t検定によって、MCI患者において発現が上方制御又は下方制御されているmiRNAを、MCIのバイオマーカーとして探索した。t検定において、各miRNAにおけるp値をバイオマーカーとしての有効性の評価基準とした。例えば、0.05未満の小さいp値をとるmiRNAを、MCI患者において上方制御又は下方制御されているmiRNAとして評価した。このようにして、miRNAの発現量に応じ、患者候補を予測することができる。
【0059】
MCIマーカーとしてのmiRNAの有効性は、ロジスティック回帰に基づくROC(受信者動作特性)解析によって得られたAUC値(ROC曲線下の面積の値=0〜1)によって評価した。
【0060】
一のmiRNAを対象とした場合には、発現量を直接スコアのセットとして用いた。miRNAの発現量の利用は、健常人及びMCI患者の全てのサンプルにおいて、ロジスティック回帰モデル log{p/1−p}=β
0+β
1X
1による推定確率^p
1、…^p
nを伴うそれに相当する。なお、pは、被検体がMCI患者群に属する確率を示す。β
0及びβ
1は回帰係数を示す。X
1はmiRNAの発現量を示す。
【0061】
複数のmiRNAの性能を同時に評価するために、下記ロジスティック回帰モデルを用いた。
【0062】
【数2】
【0063】
Pは被検体がMCIに属する確率を示す。β
0、…、β
kは回帰係数を示す。X
1、…、X
kは各miRNAsの発現量を示す。
【0064】
上記ロジスティック回帰モデル(1)を推定した後、健常人対照群及びMCI患者群の全てのサンプルに関する、推定確率^P1、…、^Pnを、上記(1)の等価式 p=exp(ηk)/{1+exp(ηk)}を用いて得た。ηkは、推定回帰係数^β
1、…、^β
k及び発現量X
1、…X
kを用いて算出した。
【0065】
MCIマーカーとしてのk miRNAsの有効性は、ROC解析によって得られたAUC値によって評価した。もし、健常人対照群及びMCI患者群の推定確率が大きく異なっている場合、例えば、健常人の^Pは<0.5であり、MCI患者の^Pは>0.5である場合、AUCの値は1となる(完全に分離する)。
【0066】
<共発現差解析>
健常人対照群とMCI患者群との相関係数の差を調べる手法、共発現差解析によって有効なMCIマーカーを検出することを、以下の方法にて試みた。
【0067】
先ず、共発現差解析において、miRNAが構成する全てのペアを相関係数の差によって順位付けた。
【0068】
【数3】
【0069】
次に、r
1及びr
2を、健常人対照群及びMCI患者群に関し、各々スピアマンの順位相関によって解析することによって算出した。そして、当該式により得られたスコアにおいてより高いmiRNAのペアをMCIマーカーの候補とした。
【0070】
また、共発現差解析において、相関係数の統計的な有意差の参考として、miRNAペアのp値も算出した。この目的のため、正規化された順位相関r
n(Yanagawa T.ら、ENVIRONMETRICS、2003年、14巻、121〜128ページ、及び、Kayano M.ら、JOURNAL OF COMPUTATIONAL BIOLOGY.2013年、20巻、8号、571〜582ページ 参照)を、ロバストなピアソンタイプの相関係数として用いた。
【0071】
【数4】
【0072】
Φは、標準正規分布の分布関数を示す。R
i及びQ
iは、二つのmiRNAの発現量xi及びyiの順位を各々示す。
【0073】
なお、正規化された順位相関r
nは、スピアマンの順位相関とほぼ同等であった。より具体的には、全てのmiRNAのペアにおける、正規化された相関係数と、スピアマンの順位相関との差の平均値は、用いたデータセットにおいて、たったの0.001であった。また、かかる2つの正規化された順位相関係数が同等であるという仮説を検証するため、S.R.PAUL、The Canadian Journal of Statistics、1989年、17巻、2号、217〜227ページ、及び、Kayano M.ら、Nucleic Acids Research.2011年、39巻、11号、e74に記載の尤度比検定にそれらを供した。また、P値は、その仮説検証において算出した。
【0074】
miRNAペアのMCIマーカーとしての評価を行うため、2つのmiRNAの交互作用項を伴うロジステック回帰モデルを用いることを試みた。
【0075】
【数5】
【0076】
pは被検体がMCIに属する確率を示す。β
0、β
1、β
2及びβ
12は回帰係数を示す。X
1、X
2は2つのmiRNAsの発現量を各々示す。交互作用項 β
12X
1X
2は、共発現差解析において2つのmiRNAを評価するために導入した。すなわち、X
1及びX
2間における相関係数が、健常人対照群とMCI患者群との間で変化する場合は、健常人対照群とMCI患者群との区別においてかなり影響を及ぼすため、この交互作用項を導入した。
【0077】
また、前述の複数のmiRNAの性能を同時に評価するためのロジスティック回帰モデルにおけるη
kをη
12に置き換えることによって、t検定の場合と同様の方法にて、ロジステックモデルを推定し、健常人対照群及びMCI患者群の全てのサンプルにおける、推定確率^p1…^pnを算出した。そして、その推定確率を用いてAUC値を算出した。
【0078】
また、いくつかのmiRNAペアのMCIマーカーとしての性能を評価するため、以下に示す交互作用項を伴うロジステック回帰モデルも用いた。
【0079】
【数6】
【0080】
なお、Cは、健常人対照群とMCI患者サンプル群との間で差動的に相関しているmiRNAのペアのセットを示す。
【0081】
また、例えば、5つのmiRNAからなるmiRNAのペア4つ(miRNA 1−2,1−3、3−4及び4−5)を、このロジステック回帰モデルに組み込み、
logp/(1−p)=β
0+β
1X
1+β
2X
2+β
3X
3+β
4X
4+β
5X
5+β
12X
1X
2+β
13X
1X
3+β
45X
4X
5
という判別式を作成する。
【0082】
なお、交互作用項
【0083】
【数7】
【0084】
におけるCは{(1,2),(1,3),(3,4),(4,5)}である。
【0085】
そして、前記判別式を用いた、AUC値を伴うROC分析によって、5つのmiRNAのMCIマーカーとしての性能を同時に評価することができる。以上の方法によって得られた結果を以下に示す。
【0086】
<t検定>
年齢を合わせた30の健常人対照群及び23のMCI患者群由来の、85のmiRNAにて構成されたデータセットを対象として、従来からよく利用されている伝統的なt検定を行った。
【0087】
その結果、85の中から22のmiRNAを、健常人とMCI患者とを有意に判別できるバイオマーカーとして検出した(表3 参照)。なお、MCIのバイオマーカーとして各miRNAの性能を調べるため、ROC分析を行った結果、22の各miRNAにおけるAUC(曲線下面積)の値は、0.784±0.017であった。
【0088】
【表3】
【0089】
<共発現差解析>
年齢を合わせた30の健常人対照群及び23のMCI患者群由来の、85のmiRNAにて構成されたデータセットを対象として、共発現差解析を行った。すなわち、85のmiRNAがとり得る3570のペアから、健常人とMCI患者とを有意に判別できるバイオマーカー(|r
1−r
2|が0.8以上を示すmiRNAのペア)として、20のmiRNAのペアを選択した(表4 参照)。なお、これら20のmiRNAペアによるAUCは、0.800±0.051であった。
【0090】
【表4】
【0091】
また、共発現差解析によって得られた上位20のmiRNAにおける相関ネットワークを
図1及び2に示す。なお、これらの図において、各ボックスは個々のmiRNAを示す(miRNAの表記A〜Vは、後述の表5を参照のこと)。各エッジは、相関係数|r|>0.40であることを示す。そして、共発現差解析によって、健常人とMCI患者とにて見出された、相関ネットワーク上の差異、すなわち、表4に示す上位20のmiRNA(健常人における11エッジとMCI患者における9エッジ)を
図2に示す。また、図中、実線及び破線は、正の相関及び負の相関を各々示す。
【0092】
さらに、表4に示す上位20のmiRNAペアに関し、それらの相関係数を示す散布図と、AUC値を示すROC曲線とを、
図3〜22に示す。
【0093】
そして、共発現差解析によって得られた上位20のmiRNAとt検定によって得られた上位22のmiRNAとを比較した結果、表5に示す通り、4つのmiRNA(hsa−miR−191、hsa−miR−24、hsa−miR−197及びhsa−miR−223)においては共通していたが、残りのmiRNAは全く異なるものであった。
【0094】
【表5】
【0095】
過去10年間、t検定による単純なバイオマーカーの探索が行われてきた。しかしながら、生体内に潜むmiRNAが関与する発症システムにおいては、莫大な因子(例えば、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム及びメタボローム)が相互に関連しあっているため、表5に示すように、t検定のような単純かつ直線的なアプローチでは検出することのできないmiRNAでも、共発現差解析を含む手法では検出できることが明らかになった。
【0096】
次に、表4に示した20のmiRNAペアの中から、2ペアを組み合わせて用い、それらの診断精度を評価した。得られた結果を、表6〜12に示す。
【0097】
【表6】
【0098】
【表7】
【0099】
【表8】
【0100】
【表9】
【0101】
【表10】
【0102】
【表11】
【0103】
【表12】
【0104】
表6〜12に示した結果から明らかなように、表4に示した20のmiRNAペアの発現レベルを指標として、AUC値が0.900以上という極めて高い精度にて健常体と軽度認知障害患者とを判別できる組み合わせを83も得ることができた(表6〜8 参照)。さらに、hsa−miR−101、hsa−miR−191、hsa−miR−103、hsa−miR−222、hsa−miR−192、hsa−miR−197、hsa−miR−19b、hsa−miR−223、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−378、hsa−miR−125b、hsa−miR−24及びhsa−miR−320aからなる13のmiRNA群から選択される2つのmiRNAを適宜組み合わせて用いることにより、AUC値が0.95以上という極めて高い精度にて健常体と軽度認知障害患者とを判別できることも見出された(表6 参照)。特に表6の記載から明らかなように、これらmiRNAのペアにおいて、hsa−miR−101とhsa−miR−191とのペアが、AUC値を高めるのに有効なペアであることも明らかになった。
【0105】
次に、表4に示した上位3つのmiRNAペアを組み合わせて用い、その場合の診断精度を評価した。その結果、
図8に示す通り、共発現差解析によって選択された上位3つのmiRNAペアを組み合わせて用いることによっても、0.899という極めて高いAUC値を達成することができた。