特許第6616983号(P6616983)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6616983
(24)【登録日】2019年11月15日
(45)【発行日】2019年12月4日
(54)【発明の名称】軽度認知障害を検査する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20191125BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20191125BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20191125BHJP
【FI】
   C12Q1/68
   G01N33/53 M
   !C12N15/09 Z
【請求項の数】4
【全頁数】36
(21)【出願番号】特願2015-173901(P2015-173901)
(22)【出願日】2015年9月3日
(65)【公開番号】特開2017-46659(P2017-46659A)
(43)【公開日】2017年3月9日
【審査請求日】2018年6月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】510108858
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立長寿医療研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】510136312
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立成育医療研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人帯広畜産大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】新飯田 俊平
(72)【発明者】
【氏名】滝川 修
(72)【発明者】
【氏名】檜垣 小百合
(72)【発明者】
【氏名】松本 健治
(72)【発明者】
【氏名】茅野 光範
【審査官】 清野 千秋
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/075939(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/68
G01N 33/53
C12N 15/09−C12N15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(a)〜(b)の工程を含む、軽度認知障害を検査する方法(但し、人間に対する医師による診断行為を除く)
(a)被検体から分離された生体試料における、hsa−miR−101及びhsa−miR−191の発現レベルを検出する工程、
(b)工程(a)で検出したmiRNAの発現レベルから前記被検体が軽度認知障害を有している確率を算出し、当該確率が閾値と比較して高い場合、前記被検体が軽度認知障害を有していると判断する工程。
【請求項2】
請求項1に記載の方法により、軽度認知障害を検査するための薬剤であって、
少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有し、hsa−miR−101にハイブリダイズするオリゴヌクレオド、及び
少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有し、hsa−miR−191にハイブリダイズする、オリゴヌクレオド
を含む薬剤。
【請求項3】
前記工程(a)が、被検体から分離された生体試料における、下記miRNA群から選択される少なくとも1のmiRNAの発現レベルを、更に検出する工程である、請求項1に記載の軽度認知障害を検査する方法(但し、人間に対する医師による診断行為を除く)
miRNA群:hsa−miR−103、hsa−miR−222、hsa−miR−192、hsa−miR−197、hsa−miR−19b、hsa−miR−223、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−378、hsa−miR−125b、hsa−miR−24、hsa−miR−320a、hsa−miR−140−3p、hsa−miR−20a、hsa−miR−106a、hsa−let−7b、hsa−miR−18a、hsa−miR−484、hsa−miR−152。
【請求項4】
請求項3に記載の方法により、軽度認知障害を検査するための薬剤であって、
少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有し、hsa−miR−101にハイブリダイズするオリゴヌクレオド、
少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有し、hsa−miR−191にハイブリダイズするオリゴヌクレオド、及び
少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有し、下記オリゴヌクレオチド群から選択されるいずれかのmiRNAにハイブリダイズする、少なくとも1のオリゴヌクレオチドを含む薬剤
miRNA群:hsa−miR−103、hsa−miR−222、hsa−miR−192、hsa−miR−197、hsa−miR−19b、hsa−miR−223、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−378、hsa−miR−125b、hsa−miR−24、hsa−miR−320a、hsa−miR−140−3p、hsa−miR−20a、hsa−miR−106a、hsa−let−7b、hsa−miR−18a、hsa−miR−484、hsa−miR−152。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軽度認知障害を検査する方法、又は該方法に用いられる薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病(AD)等の認知症は、主に初老期〜老年期に生じる進行性の神経変性疾患である。その主な症状は、記憶障害、高次脳機能障害(失語、失行、失認、構成失行)、人格の変化等である。そして、このような症状故、患者本人の生活の質の低下のみならず、家族等の周囲の生活にも多大な影響を与えている。さらに、その患者数は人口の高齢化に伴い増加の一途を辿っており、認知症は世界的に現代社会の抱える深刻な問題となっている。
【0003】
かかる状況に関し、認知症の症状の進行を遅らせることは可能となりつつある。特にアセチルコリンエステラーゼ阻害剤が実際に臨床の場で使用されそれなりの成果をあげ、症状の進行をある程度抑えることも可能になっている。そのため、認知症の治療においては、早期又は発症前診断法の開発が喫緊の課題となっている。
【0004】
認知症が発症する前段階、すなわち軽度の臨床的症状が現れる段階は、軽度認知障害(MCI)と称され、それは正常な老化(健常状態)と認知症との中間段階として定義されている。そして、軽度認知障害を検査する方法として、様々な神経心理学的検査が主に用いられており、例えば、見当識、短期及び長期の記憶、行動、言語及び理解について検査し、認知障害をスコア化する、フォルスタインのミニメンタルステート検査(MMSE)が用いられている。しかしながら、このような問診法はあくまでスクリーニング目的で用いられ、確定診断に至ることはない。
【0005】
また、認知症の検査方法としては、CT、MRI、PET/SPECT等の画像診断等の開発が進められている。しかしながら、画像診断には特殊な設備を必要とするため、実施できる医療機関が限られる。また現状の画像診断技術により、認知症が発症する前段階と健常状態等との差を捉えることは依然として難しいため、画像を見る医師によって判断が異なることがあり、客観性に欠けるという欠点も有する。
【0006】
このように、客観的かつ精度高く軽度認知障害の患者と健常者とを判別できる方法は、確立していないのが現状である。そのため、血液のような容易に得られる被検体の試料を用い、客観的な診断を可能にするバイオマーカーの探索が、軽度認知障害の検査方法において重要視されている。
【0007】
近年、このような容易かつ、客観的な診断を可能にするバイオマーカーとして、マイクロRNA(miRNA)が注目されている。miRNAは、約22塩基の蛋白質非翻訳RNAであり、ヒトには約1000種類以上存在することが示唆されている。また、miRNAは生体内で様々な遺伝子の発現抑制を行う分子として注目されており、かかる機能故、miRNAは疾患と広く関連していることが示唆されている。さらに、miRNAは、細胞から放出される小胞等に包まれて安定に存在し、血中を循環していることも明らかになっているため、前述の通り、各種疾患のバイオマーカーとして注目されている。
【0008】
特にがんとmiRNAの関係に関して、様々な臓器において正常組織とがん組織で多くのmiRNAの発現様式が異なることが明らかにされつつある。例えば、hsa−miR−18、hsa−miR−106、hsa−miR−20及びhsa−miR−93等のmiRNAから構成されるmiR−17 ファミリーが、癌と高い相関性を示し、バイオマーカーとして有用であることが報告されている(非特許文献1)。また、アルツハイマー病に関しては、当該患者の血清中のmiR−125b濃度が健常人よりも低く、該疾患と高い相関性が認められたため、miR−125bはアルツハイマー病のバイオマーカーとして有用であることが報告されている(非特許文献2)。
【0009】
しかしながら、アルツハイマー病等の前段階である軽度認知障害に関しては、未だ有用なバイオマーカーとなり得るmiRNAは見出されておらず、精度高く軽度認知障害を検査できる方法は未だ開発されていないのが現状である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Mogilyansky E.ら、Cell Death Differ、2013年、20巻、1603〜1614ページ
【非特許文献2】Tan L.ら、J Neurol Sci.、2014年、15巻、336(1−2)、52〜56ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、軽度認知障害の患者と健常者とを精度高く判別することを可能とするmiRNAを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、前記目的を達成すべく、30の健常体対照群及び23の軽度認知障害(MCI)の患者群の血漿サンプル由来のmiRNAにて構成されたデータセット(143のmiRNA)を対象として、共発現差解析(miRNAの発現レベルと健常状態との相関係数と、軽度認知障害におけるそれとの差の解析)を行った。また、このような発現差解析において、従来からよく利用されている伝統的な解析法であるt検定も前記データセットを対象として行った。
【0013】
その結果、伝統的な解析法であるt検定によって選択された上位22のmiRNAは、共発現差解析によって選択されたそれらとはかなり異なっていた(後述の表5 参照)。さらに、共発現差解析によって選択された20のmiRNAからなる20のペアの中から、2ペアを組み合わせて用いた場合、それらmiRNAの発現レベルを指標として、AUC値が0.900以上という極めて高い精度にて健常体と軽度認知障害患者とを判別できる組み合わせを83も得ることができた。また、共発現差解析によって選択された上位5個のmiRNAからなる3つのペアを組み合わせて用いることによっても、0.899という極めて高いAUC値を達成することができた。
【0014】
このように、伝統的な解析法であるt検定では得ることのできなかった、軽度認知障害の患者と健常者とを精度高く判別することを可能とするmiRNAのペアを、共発現差解析によって検出することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、軽度認知障害を検査する方法、又は該方法に用いられる薬剤に関し、より具体的には以下の通りである。
<1> 下記(a)〜(b)の工程を含む、軽度認知障害を検査する方法
(a)被検体から分離された生体試料における、下記miRNA群から選択される少なくとも2のmiRNAの発現レベルを検出する工程、
(b)工程(a)で検出したmiRNAの発現レベルから、前記被検体が軽度認知障害を有しているか否かを決定する工程、
miRNA群:hsa−miR−101、hsa−miR−191、hsa−miR−103、hsa−miR−222、hsa−miR−192、hsa−miR−197、hsa−miR−19b、hsa−miR−223、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−378、hsa−miR−125b、hsa−miR−24、hsa−miR−320a、hsa−miR−140−3p、hsa−miR−20a、hsa−miR−106a、hsa−let−7b、hsa−miR−18a、hsa−miR−484、hsa−miR−152。
<2> <1>に記載の方法により、軽度認知障害を検査するための薬剤であって、下記miRNA群から選択される少なくとも1のmiRNAにハイブリダイズする、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオドを含む薬剤
miRNA群:hsa−miR−101、hsa−miR−191、hsa−miR−103、hsa−miR−222、hsa−miR−192、hsa−miR−197、hsa−miR−19b、hsa−miR−223、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−378、hsa−miR−125b、hsa−miR−24、hsa−miR−320a、hsa−miR−140−3p、hsa−miR−20a、hsa−miR−106a、hsa−let−7b、hsa−miR−18a、hsa−miR−484、hsa−miR−152。
【0015】
本発明において、「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)」とは、Petersenらが定義するところにより、正常な老化(健常状態)と認知症との中間段階にある症状のことであり、認知機能(記憶、決定、理由づけ、実行等)のうち1つの機能に問題が生じてはいるが、日常生活には支障がない、下記5つの条件に合う症状を意味する。
1.記憶障害の訴えが本人または家族から認められている
2.日常生活動作は正常
3.全般的認知機能は正常
4.年齢や教育レベルの影響のみでは説明できない記憶障害が存在する
5.認知症ではない
(Petersenら、Arch Neurol.、2001年、58巻、1985〜1992ページ、Petersenら、Arch Neurol.、2005年、62巻、1160〜1163ページ 参照)。
【0016】
本発明の検査方法の対象となる「被検体」としては、ヒトであれば良いが、通常18歳以上であり、好ましくは60歳以上、より好ましくは65歳以上、さらに好ましくは70歳以上である。また、「被検体から分離された生体試料」としては、被検体(ヒトの生体)から摘出され、その由来の生体と完全に隔離されている状態にある、血漿、血清、血液、脳脊髄液、リンパ液、尿、唾液等の体液、脳神経組織(特に神経学的生検組織)等の組織、細胞が挙げられるが、被検体に対する侵襲性が低いという観点から、血漿が好ましい。
【0017】
また、本発明の検査方法において、検出の対象となるmiRNA hsa−miR−101は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000099によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−191は、典型的には、miRBaseデータベース(http://www.mirbase.org/)のアクセッション番号:MIMAT0000440によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−103は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000101によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−222は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000279によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−192は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000222によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−197は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000227によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−19bは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000074によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−223は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000280によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−590−5pは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0003258によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−378は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000732によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−125bは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000423によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−24は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000080によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−320aは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000510によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−140−3pは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0004597によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−20aは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000075によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−106aは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000103によって規定されるmiRNAである
hsa−let−7bは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000063によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−18aは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000072によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−484は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0002174によって規定されるmiRNAである
hsa−miR−152は、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号:MIMAT0000438によって規定されるmiRNAである。
【0018】
このように、本発明にかかるmiRNAは、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号によって特定されるmiRNAである。しかしながら、miRNAをコードする遺伝子のDNA配列は、その変異等により、自然界において(すなわち、非人工的に)変異し得る。したがって、本発明においては、このような天然の変異体も、対象となり得る。また、本発明にかかるmiRNAは、上述の通り、典型的には、miRBaseデータベースのアクセッション番号によって特定される、20〜25ヌクレオチド程度の成熟miRNAによって特定されるものである。しかしながら、成熟miRNAの発現レベルは、成熟miRNAの前駆体である、ヘアピン形態をとり、かつ70ヌクレオチド程度のprecursor miRNA(pre−miRNA)、ひいてはpre−miRNAの前駆体であるPrimary miRNA転写物(pri−miRNA)の発現レベルに依存するものである。したがって、本発明においては、上記成熟miRNAに限定されず、それらのpre−miRNA及びpri−miRNAも、対象となり得る。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、軽度認知障害の患者と健常者とを精度高く判別することが可能となる。例えば、上記hsa−miR−101等の20のmiRNAからなる20のペアの中から、2ペアを組み合わせて用いた場合、それらmiRNAの発現レベルを指標として、AUC値が0.900以上という極めて高い精度にて健常体と軽度認知障害患者とを判別することができる。また、hsa−miR−191、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−125b、hsa−miR−18a及びhsa−miR−140−3pからなる3つのペアを組み合わせて用いることによっても、AUC値が0.899という極めて高い精度にて判別することもできる。
【0020】
さらに、本発明の軽度認知障害の検査方法においては、miRNAの発現レベルを指標とするため、医師等による判断の差異に依らず、客観的に軽度認知障害を検査することも可能となる。
【0021】
また、本発明の検査方法の対象となるmiRNAは、発現の相関性に基づいて(共発現差解析によって)選抜されたものである。したがって、かかる共発現差解析に基づく本発明によれば、t検定のような単なる発現差解析において、しばしば発生する低発現所見による偽陰性の見落としが回避され、安定性高く軽度認知障害を検査することも可能となる。
【0022】
さらに、本発明によれば、CTやMRI等の高価な機器を必要とせず、また解析にかかる時間も短いため、費用及び時間も抑えて、軽度認知障害を検査することも可能となる。
【0023】
また、このように、本発明によって認知症発症の前段階である軽度認知障害であることを早期に判定することにより、認知症に対する早期の医療介入が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】共発現差解析によって得られた上位22のmiRNAにおける、相関ネットワークの全てを示す概略図である。
図2】共発現差解析によって得られた上位22のmiRNAにおける相関ネットワークにおいて、健常人とMCI患者の差異を示す概略図である。
図3】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−191及びhsa−miR−590−5p)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。散布図は左から順に、健常人、軽度認知障害の患者、アルツハイマー病の患者に関する散布図となる(以下、図4〜7において同じ)。
図4】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−125b及びhsa−miR−18a)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図5】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−140−3p及びhsa−miR−191)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図6】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−103及びhsa−miR−19b)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図7】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−192及びhsa−miR−197)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図8】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−191及びhsa−miR−19b)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図9】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−152及びhsa−miR−191)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図10】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−103及びhsa−miR−590−5p)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図11】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−191及びhsa−miR−320a)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図12】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−125b及びhsa−miR−20a)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図13】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−106a及びhsa−miR−125b)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図14】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−101及びhsa−miR−103)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図15】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−125b及びhsa−miR−24)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図16】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−101及びhsa−miR−191)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図17】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−103及びhsa−miR−222)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図18】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−197及びhsa−miR−378)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図19】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−103及びhsa−miR−223)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図20】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−125b及びhsa−miR−223)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図21】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−let−7b及びhsa−miR−125b)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図22】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られたmiRNAペア(hsa−miR−125b及びhsa−miR−484)に関し、それらの相関係数を示す散布図とAUC値を示すROC曲線とを示す、図である。
図23】健常人と軽度認知障害の患者とにおける共発現差解析によって得られた、5つのmiRNA(hsa−miR−191、hsa−miR−590−5p、hsa−hsa−miR−125b、hsa−miR−18a及びmiR−140−3p)からなる上位3つのmiRNAペアに基づくROC曲線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
<軽度認知障害の検査方法>
後述の実施例において示す通り、30の健常体及び23の軽度認知障害(MCI)の患者に由来するmiRNAにて構成されたデータセット(143のmiRNA)を対象として共発現差解析(相関係数の差の解析)を行った結果、hsa−miR−101等の20のmiRNAから構成されるmiRNAペアの発現レベルを指標とすることによって、軽度認知障害患者と健常体とを高い精度にて判別できることが明らかになった。したがって、本発明においては、これらmiRNAペアの発現レベルを指標とする、下記(a)〜(b)の工程を含む、軽度認知障害を検査する方法が提供される。
(a)被検体から分離された生体試料における、下記miRNA群から選択される少なくとも2のmiRNAの発現レベルを検出する工程、
(b)工程(a)で検出したmiRNAの発現レベルから、前記被検体が軽度認知障害を有しているか否かを決定する工程、
miRNA群:hsa−miR−101、hsa−miR−191、hsa−miR−103、hsa−miR−222、hsa−miR−192、hsa−miR−197、hsa−miR−19b、hsa−miR−223、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−378、hsa−miR−125b、hsa−miR−24、hsa−miR−320a、hsa−miR−140−3p、hsa−miR−20a、hsa−miR−106a、hsa−let−7b、hsa−miR−18a、hsa−miR−484、hsa−miR−152。
【0026】
被検体から分離された生体試料における、前記miRNAの発現レベルの検出は、当業者であれば、対象とする生体試料の種類に応じ、適宜公知の手法を採用し、実施することができる。このような公知の手法としては、miRNAにハイブリダイズするプライマーを用いたPCRによる検出法(RT−PCR、リアルタイムPCR、qPCR等)、miRNAにハイブリダイズするプローブを用いるハイブリダイゼーション技術(ノーザンブロッティング、ビーズによるフローサイトメトリー、in situ ハイブリダイゼーション、ドットブロット、DNAマイクロアレイ解析法を用いた検出法等)、RNaseプロテクションアッセイ法、質量分析法が挙げられる。さらに、いわゆる次世代シークエンシング法においてリード数をカウントすることにより、miRNAの発現レベルを定量的に検出することもできる。次世代シークエンシング法としては特に制限はないが、合成シークエンシング法、パイロシークエンシング法、リガーゼ反応シークエンシング法が挙げられる。
【0027】
miRNAの発現レベルの検出においては、その検出の前にmiRNAを精製してもよい。miRNAの精製は、当業者であれば、対象とする生体試料の種類に応じ、適宜公知の手法を採用して実施することができる。このような公知の手法としては、例えば、市販のキットを用いた精製法(例えば、miRNeasyキット(キアゲン社製)、miRACLE miRNA単離キット(アジレント社製)、ハイピュアmiRNA単離キット(ロシュ社製))、トリゾール抽出法、陰イオン交換体を用いた濃縮法が挙げられる。
【0028】
また、本発明の検査法においては、前記miRNA群から選択される少なくとも2のmiRNAの発現レベルを検出すればよいが、AUCの値が0.70以上となる複数のmiRNAの発現レベルを検出することが好ましく、AUCの値が0.80以上となる複数のmiRNAの発現レベルを検出することがより好ましく、AUCの値が0.90以上となる複数のmiRNAの発現レベルを検出することがさらに好ましく、AUCの値が0.95以上となる複数のmiRNAの発現レベルを検出することが特に好ましい。なお、AUCの値とは、ROC(受信者動作特性)解析によって得られるROC曲線下の面積の値=0〜1を意味する。また、後述の実施例において示す通り、当業者であれば、用いる複数のmiRNAの組み合わせに応じて適宜AUCの値を算出することができる。
【0029】
本発明の検査方法においては、次に、このようにして検出されたmiRNAの発現レベルから、前記被検体が軽度認知障害を有しているか否かを決定する。この決定に用いられるmiRNAの発現レベルは、上述の検出方法によって得られた発現データ(絶対値)そのものであってもよいが、正規化された又は標準化かつ正規化された発現データであってもよい。
【0030】
また、前記miRNAの発現レベルを指標として、前記被検体が軽度認知障害を有しているか否かを決定する方法については特に制限はなく、当業者であれば適宜公知の統計学的手法を用いて行うことができる。しかしながら、複数のmiRNAの発現レベルを同時に解析することにより、より精度高く決定することができるという観点から、前記miRNAの発現レベルを変量とする、多変量解析に基づく判別式を用い、当該判別式により算出される値から、前記被検体が軽度認知障害を有しているか否かを決定することが好ましい。このような多変量解析としては、例えば、ロジスティック回帰分析、線形判別分析(LDA)、二次判別分析(QDA)、サポートベクターマシン(SVM)による解析、k近接法(k−NN)による解析、ランダムフォレストによる解析が挙げられる。また、これらの中では、複数のmiRNA間の任意の相関関係を付けることができ、また個々の相関関係の統計的有意性を判断できるという観点から、ロジスティック回帰分析がより好ましく、以下の式による解析であることがさらに好ましい。
【0031】
【数1】
【0032】
pは被検体が軽度認知障害を有している確率を示す。X、X、…、Xは、検出された各miRNAの発現レベルを示す。β、β、…、βは、検出された各miRNAの回帰係数を示す。なお、後述の実施例において示す通り、当業者であれば用いるmiRNAの発現レベル検出法等に合わせて適宜回帰係数を推定することができる。Cは、健常人とMCI患者との間で差動的に相関しているmiRNAのペアのセットを示す交互作用項である。
【0033】
例えば、2つのmiRNA(1:hsa−miR−191、2:hsa−miR−590−5)の発現量X、Xについて、被検体が軽度認知障害を有している確率pを求める場合には、logp/(1−p)=β+β+β+β13の式を用いて行うことができる。
【0034】
また、5つのmiRNA(1:hsa−miR−191、2:hsa−miR−590−5p、3:hsa−miR−140−3p、4:hsa−miR−125b、5:hsa−miR−18a)の発現量X、X、…、Xについて、被検体が軽度認知障害を有している確率pを求める場合には、logp/(1−p)=β+β+β+β+β+β+β12+β13+β45の式かを用いて行うことができる。
【0035】
また、このようにして得られた確率pに閾値を定めることにより(例えば、0.5)、pが0.5以上であれば、被検体が軽度認知障害を有していると決定し、pが0.5未満であれば、被検体が軽度認知障害を有していないと決定することができる。
【0036】
また、かかるロジスティック回帰分析に限らず、当業者であれば用いるmiRNAの発現レベルの検出法及び統計学的手法に合わせて、閾値を適宜設定し、当該値を基準として、健常者と軽度認知障害の患者とを判別することができる。
【0037】
以上の通り、本発明によれば、軽度認知障害の患者と健常者とを精度高く判別することができる。そして、かかる評価の結果により、認知症の治療を行うか否かを判断することもできる。
【0038】
したがって、本発明は、本発明の検査方法により軽度認知障害を有すると判定された被検体に、認知症の治療を施す工程を含む、認知症の治療方法を提供することもできる。かかる認知症の治療としては特に制限はないが、例えば、免疫療法、認知症の病変を抑えるための薬剤を投与する方法が挙げられる。免疫療法としては、例えば、アミロイドβの凝集の抑制を対象とする、アミロイドβの部分ペプチドを用いる能動免疫療法(ワクチン療法)、アミロイドβに対する抗体を投与する受動免疫療法が挙げられる。また、認知症の病変を抑えるために投与される薬剤としては、例えば、アミロイドβの産生を抑制するための薬剤(γセクレターゼモジュレーター(GSM)、γセクレターゼモジュレーター阻害剤(GSI)、非ステロイド性抗炎症薬等)、アミロイドβの凝集を抑制するための薬剤(クルクミン、ポリ硫酸化合物、クリオキノール等)、tauの凝集を抑制するための薬剤(アミノチエノピリダジン、シアニン色素、メチレンブルー等)、神経保護薬(ジメボン等)、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネぺジル等)、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ガランタミン等)、グルタミン酸NMDA受容体阻害薬(メマンチン等)が挙げられる。
【0039】
また、被検体における軽度認知障害を有するか否かの評価は、通常、医師(医師の指示を受けた者も含む、以下同じ)によって行われるが、本発明の方法によって得られる、上述のmiRNAの発現レベル等に関するデータは、医師による治療法の選択も含めた診断に役立つものである。よって、本発明の方法は、医師による診断に役立つデータを収集し、提示する方法とも表現しうる。
【0040】
<軽度認知障害の検査薬>
上述の通り、本発明の検査方法においては、miRNAの発現レベルを検出することにより、軽度認知障害の患者と健常者とを精度高く判別することができる。したがって、本発明は、上述の検査方法により、軽度認知障害を検査するための薬剤であって、下記miRNA群から選択される少なくとも1のmiRNAにハイブリダイズする、少なくとも15ヌクレオチドの鎖長を有するオリゴヌクレオドを含む薬剤を提供する。
【0041】
miRNA群:hsa−miR−101、hsa−miR−191、hsa−miR−103、hsa−miR−222、hsa−miR−192、hsa−miR−197、hsa−miR−19b、hsa−miR−223、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−378、hsa−miR−125b、hsa−miR−24、hsa−miR−320a、hsa−miR−140−3p、hsa−miR−20a、hsa−miR−106a、hsa−let−7b、hsa−miR−18a、hsa−miR−484、hsa−miR−152。
【0042】
本発明の薬剤に含まれるオリゴヌクレオドは、上記miRNAの発現レベルでの検出方法に合わせ、プライマーの態様であってもよく、プローブの態様であってもよい。
【0043】
本発明の薬剤に含まれるプライマーは、前記miRNA群から選択される少なくとも1のmiRNA又はその相補的核酸(cDNA、cRNA)にハイブリダイズし、miRNA等の増幅及び検出を可能とする限り特に限定されない。プライマーは、DNAのみであってもよく、またその一部又は全部において、架橋化核酸等の人工核酸(修飾核酸)によって置換されているものであってもよい。また、プライマーのサイズは、少なくとも約15ヌクレオチド長以上あればよく、好ましくは15〜80ヌクレオチド長、より好ましくは15〜70ヌクレオチド長、さらに好ましくは18〜30ヌクレオチド長、特に好ましくは20〜25ヌクレオチド長である。また、上記検出方法の種類に応じて必要とされるプライマー数が異なるため、本発明の薬剤に含まれるプライマー数は特に限定されないが、本発明の薬剤は、1のmiRNAに対して2以上のプライマーを含んでもよい。また、このようなプライマーは、上記検出方法に合わせ、当業者であれば公知の方法により設計し、作製することができる。
【0044】
本発明の薬剤に含まれるプローブは、前記miRNA又はその相補的核酸にハイブリダイズし、該miRNA等の検出を可能とする限り特に限定されない。プローブはDNA、RNA、人工核酸又はそれらのキメラ分子等であり得る。プローブは、1本鎖又は2本鎖のいずれでもよい。プローブのサイズは、少なくとも約15ヌクレオチド長以上あればよく、好ましくは15〜100ヌクレオチド長、より好ましくは15〜70ヌクレオチド長、さらに好ましくは18〜30ヌクレオチド長、特に好ましくは20〜25ヌクレオチド長である。このようなプローブは、当業者であれば公知の方法により作製することができる。また、プローブは、マイクロアレイのように、基板上に固定された形態で提供されてもよい。
【0045】
また、本発明の薬剤に含まれるオリゴヌクレオチドは、上記検出方法に合わせ、標識用物質で標識されていてもよい。標識用物質としては、例えば、FITC、FAM、DEAC、R6G、TexRed、Cy5等の蛍光物質、β−D−グルコシダ―ゼ、ルシフェラーゼ、HRP等の酵素、H、14C、32P、35S、123I等の放射性同位体、ビオチン、ストレプトアビジン等の親和性物質、ルミノール、ルシフェリン、ルシゲニン等の発光物質が挙げられる。
【0046】
また、本発明の薬剤は、前記オリゴヌクレオチドの他、組成物として許容される他の成分を含むことができる。このような他の成分としては、例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩、二次抗体等が挙げられる。
【0047】
また、上記本発明の薬剤の他、標識の検出に必要な基質、陽性対照や陰性対照(例えば、軽度認知障害の患者から分離された血漿や健常者から分離された血漿、又はそれらから調製されたmiRNA抽出溶液)あるいは試料の希釈や洗浄に用いる緩衝液等を組み合わせることができ、軽度認知障害を検査するためのキットとすることもできる。さらに、かかるキットには、当該キットの使用説明書を含めることができる。
【実施例】
【0048】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0049】
軽度認知障害(MCI)の患者と健常者とを精度高く判別するためのバイオマーカーとなり得る、miRNAの探索を以下に示す方法にて行った。
【0050】
<被検体>
本実施例において解析した、30人の健常人対照群(ノーマル、男性12人、女性18人)、23のMCI患者群(男性11人、女性12人)及び15人のアルツハイマー病(AD)患者(男性3人、女性12人)を、サンプル数、平均年齢及びMMSE(ミニメンタルステート検査)スコアと共に、表1に示す。なお、全てのMCI患者は、上記Petersenらの定義により、軽度認知障害と診断された患者である。また、全てのAD患者は、米国の国立神経障害・脳卒中研究所(U.S. National Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke)及びアルツハイマー病・関連障害協会(Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association)が定めた診断基準、又は、日本に於けるアルツハイマー病脳画像診断法の先導的研究(J−ADNI)が定めた診断基準に基づき、ADに罹患していると診断された患者である(なお、前者の診断基準については、McKhann,G.ら、Neurology、1984年、34巻、7号、939〜944ページ 参照のこと)。さらに、全てのAD患者は、アリセプト(ドネぺジル)が服薬されていない患者である。また、健常人は、前記Petersenらの定義及び前記ADに関する診断基準に基づき、これら疾患に罹患していないことが明らかになった人である。
【0051】
【表1】
【0052】
なお、表1において、健常人対照群の女性18人のうち、2人のMMSEスコアは得られていないので、16名の平均値を示している。
【0053】
<RNAの調製>
上記被検体から分離された血漿からトータルRNAを、miRNeasyミニキット(Qiagen社製)を用い、そのメーカー説明書に記載の方法に改良を加えて行った。すなわち先ず、血漿を氷上で融かした後、4℃に設定した微小遠心機に入れ、3000×gにて5分間遠心処理した。1サンプルあたり200μLの血漿アリコートを新しいチューブに移し、1.25μg/mL MS2バクテリオファージRNA(Roche Applied Science社製)を含むQiazol混合液750μLを加えた。チューブの中の内容物を混合し、5分間インキュベーションした後、200μLのクロロホルムを加ええた。さらにチューブの中の内容物を混合し、2分間インキュベーションした後、4℃に設定した微小遠心機に入れ、12000×gにて15分間遠心処理した、。次いで、上部水層を新しい微小遠心チューブに移し、1.5倍量の100%エタノールを添加した。そして、チューブの内容物を完全に混合した後、750μLのサンプルを、回収チューブに備えたQiagen RNeasyミニスピンカラムに移し、室温下、15000×gにて30秒間遠心した。全ての残余サンプルを載せるまで、この工程を繰り返した後、スピンカラムを700μLのQiagenRWTバッファーにてリンスし、室温下、15000×gにて1分間遠心した。次いで、500μLのQiagenRPEバッファーにてもう1回リンスし、室温下、15000×gにて1分間遠心した。この500μLのQiagenRPEバッファーによるリンス工程を2回繰り返した後、スピンカラムを新しい回収チューブに移し、室温下、15000×gにて、2分間遠心した。次いで、スピンカラムを新しい微小遠心チューブに移し、1分間蓋を開けたままにし、カラムを乾燥させた。そして、スピンカラムのメンブレンにRNaseフリーの水50μLを加え、1分間インキュベーションし、次いで、室温下、15000×gにて1分間遠心することにより、トータルRNAを抽出した。得られたRNAは−80℃に保存した。
【0054】
<マイクロRNA リアルタイムqPCR>
先ず、前記にて調製したRNA抽出液19.2μLに、miRCURY LNA(登録商標)ユニバーサルRTcDNA合成キット(Exiqon社製)を加え、計80μLの反応液とし、逆転写反応に供した。得られたcDNA産物を57.25倍希釈し(80μLのcDNA反応液に4500μLの水を加えて)、miRCURY LNA(登録商標)ユニバーサルRTマイクロRNA PCRシステムのプロトコールに従って、10μL PCR反応を行った。より具体的には、マイクロRNA Ready−to−Use PCR, ヒト パネル1及びパネル2、V2を用い、qPCRによって各マイクロRNAについて1回解析を行った。また、逆転写反応から鋳型RNAを除去したサンプルを陰性対照として分析し、他のサンプル同様にプロファイリングした。次に、ライトサイクラー(登録商標)480リアルタイムPCシステム(Roche社製)及び384ウェルプレートを用いて、増幅反応を行った。得られた増幅曲線は、Roche LCソフトウェア(ver 1.5)を用い、第2誘導法によるCpの決定及び融解曲線分析によって分析した。
【0055】
<データのフィルタリング及び分析>
先ず、生データを、ライトサイクラー480ソフトウェアから抽出した。そして、GenExソフトウェア(Exiqon社製)を用いて、データ分析を行った。結果、クロッシングポイント(Cp)が37未満である、またはネガティブコントロールのCpよりも少なくとも3低い、検定データ値を、データ解析に含める値として全て検出した。これらの基準を満たさないデータは、いかなる解析から除外した。また、LinRegPCRソフトウェアを用いて、増幅効率を算出した。そして、増幅効率が1.6未満である反応も除外した。さらに、全てのデータは、各サンプルにおいて検出された平均分析値に正規化した(dCp=平均Cp[<37]−分析Cp)。
【0056】
以上の解析結果に基づき、143のmiRNAから、表2に示す85のmiRNAを重点的に解析する対象として選択した。すなわち、全68の被検体における143のmiRNAの発現量(9,724=143×68)から、発現量が20%以下であり174の欠損値を伴うものを除外した。健常人、MCI患者及びAD患者の各群において、発現量が80%以上であった85のmiRNAを、重点的に分析するための対象として選択した。
【0057】
【表2】
【0058】
<T検定>
前述の通り、表2に示す85のmiRNAを対象として、従来からよく利用されている伝統的な解析法 t検定によって、MCI患者において発現が上方制御又は下方制御されているmiRNAを、MCIのバイオマーカーとして探索した。t検定において、各miRNAにおけるp値をバイオマーカーとしての有効性の評価基準とした。例えば、0.05未満の小さいp値をとるmiRNAを、MCI患者において上方制御又は下方制御されているmiRNAとして評価した。このようにして、miRNAの発現量に応じ、患者候補を予測することができる。
【0059】
MCIマーカーとしてのmiRNAの有効性は、ロジスティック回帰に基づくROC(受信者動作特性)解析によって得られたAUC値(ROC曲線下の面積の値=0〜1)によって評価した。
【0060】
一のmiRNAを対象とした場合には、発現量を直接スコアのセットとして用いた。miRNAの発現量の利用は、健常人及びMCI患者の全てのサンプルにおいて、ロジスティック回帰モデル log{p/1−p}=β+βによる推定確率^p、…^pを伴うそれに相当する。なお、pは、被検体がMCI患者群に属する確率を示す。β及びβは回帰係数を示す。XはmiRNAの発現量を示す。
【0061】
複数のmiRNAの性能を同時に評価するために、下記ロジスティック回帰モデルを用いた。
【0062】
【数2】
【0063】
Pは被検体がMCIに属する確率を示す。β、…、βは回帰係数を示す。X、…、Xは各miRNAsの発現量を示す。
【0064】
上記ロジスティック回帰モデル(1)を推定した後、健常人対照群及びMCI患者群の全てのサンプルに関する、推定確率^P1、…、^Pnを、上記(1)の等価式 p=exp(ηk)/{1+exp(ηk)}を用いて得た。ηkは、推定回帰係数^β、…、^β及び発現量X、…Xを用いて算出した。
【0065】
MCIマーカーとしてのk miRNAsの有効性は、ROC解析によって得られたAUC値によって評価した。もし、健常人対照群及びMCI患者群の推定確率が大きく異なっている場合、例えば、健常人の^Pは<0.5であり、MCI患者の^Pは>0.5である場合、AUCの値は1となる(完全に分離する)。
【0066】
<共発現差解析>
健常人対照群とMCI患者群との相関係数の差を調べる手法、共発現差解析によって有効なMCIマーカーを検出することを、以下の方法にて試みた。
【0067】
先ず、共発現差解析において、miRNAが構成する全てのペアを相関係数の差によって順位付けた。
【0068】
【数3】
【0069】
次に、r及びrを、健常人対照群及びMCI患者群に関し、各々スピアマンの順位相関によって解析することによって算出した。そして、当該式により得られたスコアにおいてより高いmiRNAのペアをMCIマーカーの候補とした。
【0070】
また、共発現差解析において、相関係数の統計的な有意差の参考として、miRNAペアのp値も算出した。この目的のため、正規化された順位相関r(Yanagawa T.ら、ENVIRONMETRICS、2003年、14巻、121〜128ページ、及び、Kayano M.ら、JOURNAL OF COMPUTATIONAL BIOLOGY.2013年、20巻、8号、571〜582ページ 参照)を、ロバストなピアソンタイプの相関係数として用いた。
【0071】
【数4】
【0072】
Φは、標準正規分布の分布関数を示す。R及びQは、二つのmiRNAの発現量xi及びyiの順位を各々示す。
【0073】
なお、正規化された順位相関rは、スピアマンの順位相関とほぼ同等であった。より具体的には、全てのmiRNAのペアにおける、正規化された相関係数と、スピアマンの順位相関との差の平均値は、用いたデータセットにおいて、たったの0.001であった。また、かかる2つの正規化された順位相関係数が同等であるという仮説を検証するため、S.R.PAUL、The Canadian Journal of Statistics、1989年、17巻、2号、217〜227ページ、及び、Kayano M.ら、Nucleic Acids Research.2011年、39巻、11号、e74に記載の尤度比検定にそれらを供した。また、P値は、その仮説検証において算出した。
【0074】
miRNAペアのMCIマーカーとしての評価を行うため、2つのmiRNAの交互作用項を伴うロジステック回帰モデルを用いることを試みた。
【0075】
【数5】
【0076】
pは被検体がMCIに属する確率を示す。β、β、β及びβ12は回帰係数を示す。X、Xは2つのmiRNAsの発現量を各々示す。交互作用項 β12は、共発現差解析において2つのmiRNAを評価するために導入した。すなわち、X及びX間における相関係数が、健常人対照群とMCI患者群との間で変化する場合は、健常人対照群とMCI患者群との区別においてかなり影響を及ぼすため、この交互作用項を導入した。
【0077】
また、前述の複数のmiRNAの性能を同時に評価するためのロジスティック回帰モデルにおけるηをη12に置き換えることによって、t検定の場合と同様の方法にて、ロジステックモデルを推定し、健常人対照群及びMCI患者群の全てのサンプルにおける、推定確率^p1…^pnを算出した。そして、その推定確率を用いてAUC値を算出した。
【0078】
また、いくつかのmiRNAペアのMCIマーカーとしての性能を評価するため、以下に示す交互作用項を伴うロジステック回帰モデルも用いた。
【0079】
【数6】
【0080】
なお、Cは、健常人対照群とMCI患者サンプル群との間で差動的に相関しているmiRNAのペアのセットを示す。
【0081】
また、例えば、5つのmiRNAからなるmiRNAのペア4つ(miRNA 1−2,1−3、3−4及び4−5)を、このロジステック回帰モデルに組み込み、
logp/(1−p)=β+β+β+β+β+β+β12+β13+β45
という判別式を作成する。
【0082】
なお、交互作用項
【0083】
【数7】
【0084】
におけるCは{(1,2),(1,3),(3,4),(4,5)}である。
【0085】
そして、前記判別式を用いた、AUC値を伴うROC分析によって、5つのmiRNAのMCIマーカーとしての性能を同時に評価することができる。以上の方法によって得られた結果を以下に示す。
【0086】
<t検定>
年齢を合わせた30の健常人対照群及び23のMCI患者群由来の、85のmiRNAにて構成されたデータセットを対象として、従来からよく利用されている伝統的なt検定を行った。
【0087】
その結果、85の中から22のmiRNAを、健常人とMCI患者とを有意に判別できるバイオマーカーとして検出した(表3 参照)。なお、MCIのバイオマーカーとして各miRNAの性能を調べるため、ROC分析を行った結果、22の各miRNAにおけるAUC(曲線下面積)の値は、0.784±0.017であった。
【0088】
【表3】
【0089】
<共発現差解析>
年齢を合わせた30の健常人対照群及び23のMCI患者群由来の、85のmiRNAにて構成されたデータセットを対象として、共発現差解析を行った。すなわち、85のmiRNAがとり得る3570のペアから、健常人とMCI患者とを有意に判別できるバイオマーカー(|r−r|が0.8以上を示すmiRNAのペア)として、20のmiRNAのペアを選択した(表4 参照)。なお、これら20のmiRNAペアによるAUCは、0.800±0.051であった。
【0090】
【表4】
【0091】
また、共発現差解析によって得られた上位20のmiRNAにおける相関ネットワークを図1及び2に示す。なお、これらの図において、各ボックスは個々のmiRNAを示す(miRNAの表記A〜Vは、後述の表5を参照のこと)。各エッジは、相関係数|r|>0.40であることを示す。そして、共発現差解析によって、健常人とMCI患者とにて見出された、相関ネットワーク上の差異、すなわち、表4に示す上位20のmiRNA(健常人における11エッジとMCI患者における9エッジ)を図2に示す。また、図中、実線及び破線は、正の相関及び負の相関を各々示す。
【0092】
さらに、表4に示す上位20のmiRNAペアに関し、それらの相関係数を示す散布図と、AUC値を示すROC曲線とを、図3〜22に示す。
【0093】
そして、共発現差解析によって得られた上位20のmiRNAとt検定によって得られた上位22のmiRNAとを比較した結果、表5に示す通り、4つのmiRNA(hsa−miR−191、hsa−miR−24、hsa−miR−197及びhsa−miR−223)においては共通していたが、残りのmiRNAは全く異なるものであった。
【0094】
【表5】
【0095】
過去10年間、t検定による単純なバイオマーカーの探索が行われてきた。しかしながら、生体内に潜むmiRNAが関与する発症システムにおいては、莫大な因子(例えば、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム、プロテオーム及びメタボローム)が相互に関連しあっているため、表5に示すように、t検定のような単純かつ直線的なアプローチでは検出することのできないmiRNAでも、共発現差解析を含む手法では検出できることが明らかになった。
【0096】
次に、表4に示した20のmiRNAペアの中から、2ペアを組み合わせて用い、それらの診断精度を評価した。得られた結果を、表6〜12に示す。
【0097】
【表6】
【0098】
【表7】
【0099】
【表8】
【0100】
【表9】
【0101】
【表10】
【0102】
【表11】
【0103】
【表12】
【0104】
表6〜12に示した結果から明らかなように、表4に示した20のmiRNAペアの発現レベルを指標として、AUC値が0.900以上という極めて高い精度にて健常体と軽度認知障害患者とを判別できる組み合わせを83も得ることができた(表6〜8 参照)。さらに、hsa−miR−101、hsa−miR−191、hsa−miR−103、hsa−miR−222、hsa−miR−192、hsa−miR−197、hsa−miR−19b、hsa−miR−223、hsa−miR−590−5p、hsa−miR−378、hsa−miR−125b、hsa−miR−24及びhsa−miR−320aからなる13のmiRNA群から選択される2つのmiRNAを適宜組み合わせて用いることにより、AUC値が0.95以上という極めて高い精度にて健常体と軽度認知障害患者とを判別できることも見出された(表6 参照)。特に表6の記載から明らかなように、これらmiRNAのペアにおいて、hsa−miR−101とhsa−miR−191とのペアが、AUC値を高めるのに有効なペアであることも明らかになった。
【0105】
次に、表4に示した上位3つのmiRNAペアを組み合わせて用い、その場合の診断精度を評価した。その結果、図8に示す通り、共発現差解析によって選択された上位3つのmiRNAペアを組み合わせて用いることによっても、0.899という極めて高いAUC値を達成することができた。
【産業上の利用可能性】
【0106】
以上説明したように、本発明によれば、軽度認知障害の患者と健常者とを精度高く判別することが可能となる。さらに、本発明の軽度認知障害の検査方法においては、miRNAの発現レベルを指標とするため、医師等による判断の差異に依らず、客観的に軽度認知障害を検査することも可能となる。また、本発明の検査方法の対象となるmiRNAは、発現の相関性に基づいて(共発現差解析によって)選抜されたものである。したがって、かかる共発現差解析に基づく本発明によれば、t検定のような単なる発現差解析において、しばしば発生する低発現所見による偽陰性の見落としが回避され、安定性高く軽度認知障害を検査することも可能となる。さらに、本発明によれば、CTやMRI等の高価な機器を必要とせず、また解析にかかる時間も短いため、費用及び時間も抑えて、軽度認知障害を検査することも可能となる。また、このように、本発明によって認知症発症の前段階である軽度認知障害であることを早期に判定することにより、認知症に対する早期の医療介入が可能となる。
【0107】
したがって、本発明は、軽度認知障害を検査する方法及び該方法に用いられる軽度認知障害を検査するための薬剤等として有用である。
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