特許第6619199号(P6619199)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6619199
(24)【登録日】2019年11月22日
(45)【発行日】2019年12月11日
(54)【発明の名称】蒸着材及びその蒸着材を用いた蒸着方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/24 20060101AFI20191202BHJP
   C30B 29/12 20060101ALI20191202BHJP
【FI】
   C23C14/24 E
   C30B29/12
【請求項の数】4
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2015-206579(P2015-206579)
(22)【出願日】2015年10月20日
(65)【公開番号】特開2017-78203(P2017-78203A)
(43)【公開日】2017年4月27日
【審査請求日】2018年10月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】591111112
【氏名又は名称】キヤノンオプトロン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100096943
【弁理士】
【氏名又は名称】臼井 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【弁理士】
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100107401
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 誠一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【弁理士】
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100102808
【弁理士】
【氏名又は名称】高梨 憲通
(74)【代理人】
【識別番号】100128668
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 正巳
(74)【代理人】
【識別番号】100134393
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 克彦
(74)【代理人】
【識別番号】100174230
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 尚文
(72)【発明者】
【氏名】爲國 孝洋
(72)【発明者】
【氏名】堀江 幸弘
【審査官】 神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−252234(JP,A)
【文献】 特開2001−152321(JP,A)
【文献】 特開2004−043956(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/088190(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/24
C30B 29/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化マグネシウムの単結晶からなる電子ビーム蒸着用の蒸着材であって、前記蒸着材の表面の算術平均粗さ(Ra)が1nm〜900nmの範囲にあることを特徴とする、蒸着材。
【請求項2】
前記蒸着材の少なくとも電子ビームが照射される側の表面の算術平均粗さ(Ra)が1nm〜900nmの範囲にあることを特徴とする、請求項1に記載の蒸着材。
【請求項3】
前記算術平均粗さ(Ra)が5nm〜900nmの範囲にあることを特徴とする、請求項1または2に記載の蒸着材。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の蒸着材を電子ビームの照射により加熱し、前記蒸着材を蒸発させ、基材上に膜を形成することを特徴とする、蒸着方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は特定の表面粗さを有する単結晶の蒸着材、及びその蒸着材を用いた蒸着方法に関する。
【背景技術】
【0002】
真空蒸着とは、真空チャンバー内で蒸着材を加熱し、蒸着材を蒸発させ、基材上に膜を形成する技術のことである。真空蒸着に用いられる蒸着材は多種多様であるが、MgFを溶融し、結晶化させることで得られたMgFの単結晶体または多結晶体を蒸着材として用いることが特許文献1に記載されている。
【0003】
特許文献1の段落[0015]および段落[0020]には単結晶体または多結晶体の蒸着材は、結晶化する工程で不純物が除かれるため、加熱された際にスプラッシュが発生しにくいことが、また、成膜後の基材表面に異物が観測されなかったことが記載されている。更に特許文献1の段落[0021]では上記加熱を電子ビーム照射により行う場合、電子ビームが入りにくいという結晶体の欠点を補う目的で、上記結晶体の表面粗さを1μm〜3mmの粗面としておくことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2001−152321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記従来の技術に鑑みてなされたものであり、スプラッシュをより低減できる、蒸着材及び蒸着方法を提供することを目的とする。
【0006】
また、本発明は、膜が形成される基材上での凝集物の発生を低減できる蒸着材、及び、蒸着方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、単結晶の蒸着材であって、前記単結晶の蒸着材の表面の算術平均粗さ(Ra)が1nm〜900nmの範囲にあることを特徴とする蒸着材である。
【0008】
また、本発明は、単結晶の蒸着材であって、前記単結晶の蒸着材の少なくとも電子ビームが照射される側の表面の算術平均粗さ(Ra)が1nm〜900nmの範囲にあることを特徴とする蒸着材である。
【0009】
また、本発明は、蒸着材を加熱し、前記蒸着材を蒸発させ、基材上に膜を形成する蒸着方法であって、前記蒸着材が、前記いずれかの蒸着材であることを特徴とする蒸着方法である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、スプラッシュをより低減できる、蒸着材及び蒸着方法を提供することができる。
【0011】
また、本発明によれば、膜が形成される基材上での凝集物の発生を低減できる、蒸着材及び蒸着方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明に係る蒸着材は、公知の化合物の中から適宜選択して成分として用いることができる。例えば、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化リチウム、酸化ケイ素、酸化アルミニウムなどの化合物が挙げられる。また、本発明に係る蒸着材は、単結晶であり、例えば、従来から良く知られているブリッジマン法によって作製される。このブリッジマン法は、結晶性の物質の原料を坩堝などに充填し、この坩堝を加熱炉の中で加熱して原料を融解させ、その坩堝を、坩堝の底の方から加熱炉の外へゆっくり引き出すか、加熱炉をゆっくり引き上げて、坩堝の底にできた結晶核をゆっくり成長させて、溶解物全体を凝固させ、坩堝内に単結晶を作成する方法である。
【0013】
なお、製造方法については、ブリッジマン法に限定されず、例えばVGF法によって作製された蒸着材であってもよい。
【0014】
本発明に係る蒸着材は、その表面の算術平均粗さ(Ra)が、1nm〜900nmの範囲にあることが好ましい。前記「表面」とは、蒸着材の「全表面」であっても良いし、蒸着装置内に配置された際に、「少なくとも前記装置内で露出する表面」であっても良い。また、蒸着材の加熱を蒸着材に電子線を照射することで行う場合には、「少なくとも前記電子線が照射される側の表面」であっても良い。前記表面の算術平均粗さ(Ra)を1nm〜900nmの範囲とすることによって、スプラッシュを一層低減することができる。また、蒸着材の溶解のし易さをも考慮すると5nm〜900nmの範囲とすることがより好ましい。
【0015】
上述のような算術平均粗さ(Ra)を得るためには、例えば、前記ブリッジマン法により得られた単結晶体に対して、砥石などにて表面加工が行われる。ここで表面加工は、蒸着材の表面を「粗面化」することを主眼とするものではなく、その表面を「滑面化」することを主眼としており、具体的手法としては研削や研磨がある。
【0016】
蒸着材の表面の凹凸がスプラッシュの原因の一つとなり得ることについて、本発明者は以下のように推測している。ここでは、蒸着材に電子ビームを照射することで蒸着材を加熱し蒸発させる場合を例に説明する。
【0017】
蒸着材の電子ビームが照射される側の面に所定以上の大きさの凹凸が存在すると、電子ビームが照射され溶融した領域の周辺の凹凸部における凸部に蒸発材料の堆積が生じ易くなる。また、電子ビームが照射された面が均一に溶融されず、溶け残り部が生じて、融液の波打ちが発生する。この波打ち部には蒸発材料の堆積が生じ易くなる。スプラッシュは、このようにして生じた堆積物が起点となって発生する場合があると考えられる。
【0018】
この推測に基づいて、本発明者は蒸着材の表面の凹凸を一定の大きさにすることで、スプラッシュを低減できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0019】
また、このスプラッシュが発生すると、膜が形成される基材上に、蒸着材に起因する凝集物が付着してしまう。この凝集物は、前記基材がカメラや望遠鏡のような高感度の光学機器に用いられる基材である場合には、その光学性能に悪影響を及ぼす。
【0020】
ここ数年、デジタルマイクロスコープで基材を撮影し、その画像を解析することで基材上の上記凝集物を計数する手法が、光学薄膜の分野において急速に普及している。画像の解析による凝集物の計数を行った場合、基材上での10μm以下の凝集物の付着をも検出することが可能であり、本発明における実施例や比較例においても使用した。
【実施例】
【0021】
[実施例1]
フッ化マグネシウム(純度99.9%、粒度15mm以下、かさ密度1.3g/cm3以上)12500gに、フッ化鉛(純度98.0%、白色粉末)361.3gをスカベンジャーとして添加し、ポリエチレン製のボトル内に投入した。前述のポリエチレン製ボトルの内容物をボールミル処理することでフッ化マグネシウムとフッ化鉛を混合した。
【0022】
得られた混合物を、内径25mm×高さ内寸14mmの黒鉛製るつぼに投入して、乾燥機を用いて150℃で加熱した。その後、ブリッジマン法による結晶成長を行い、直径25mm×高さ10mmの円柱形状のフッ化マグネシウム単結晶を作製した。
【0023】
作製した単結晶の上面(円柱に存在する2つの底面のうち、蒸着装置内にセットした際装置側と接触しない面)に対し、平面研削盤による研削を行い上面を平滑化した。上記単結晶の上面の算術平均粗さ(Ra)を、接触式表面粗さ計で測定した。5回測定した平均値は895.66nmであった。
【0024】
上記研削加工後の単結晶を蒸着装置内にセットし、単結晶の上面に電子ビームを照射することで蒸着材を蒸発させて、蒸着材に対向配置されている直径30mmの基材に膜を形成させて成膜した。
【0025】
上記基材の成膜面を目視ならびに光学顕微鏡にて観察したところ、いずれも凝集物は認められなかった。
【0026】
更に、上記基材の成膜面をHIROX社製デジタルマイクロスコープKH−1300で写真撮影し、基材の中心から直径20mmの範囲を、フィルター異物検査システムを用いて倍率700倍で画像を解析した。絶対最大長2μm以上かつ針状比1.2以下の大きさを持つ、基材の成膜面に付着している凝集物を計数した結果、その数は6.9個であった。
【0027】
[実施例2]
実施例1と同様の方法でフッ化マグネシウム単結晶を作製し、平面研削盤による研削を行い平滑化した。その後、カーブジェネレーター(CG)を用いて、砥粒をちりばめたカップ砥石と単結晶を回転させながら荒摺り加工を行い更に平滑化した。接触式表面粗さ計で5回測定した、単結晶の上面の算術平均粗さ(Ra)の平均値は428.19nmであった。
【0028】
以上のように平滑化した単結晶を用いて実施例1と同様の方法で基材に成膜し、成膜した基材の成膜面を目視ならびに光学顕微鏡にて観察したところ、いずれも凝集物は認められなかった。
【0029】
次に、成膜面をHIROX社製デジタルマイクロスコープKH−1300で写真撮影し、実施例1と同様の方法で画像を解析した。基材の成膜面に付着している凝集物を計数した結果、その数は7.5個であった。
【0030】
[実施例3]
実施例1と同様の方法で単結晶を作製し、平面研削盤による研削を行い平滑化した。その後、砥粒の埋め込まれたペレットを貼り付けた研磨皿と単結晶を回転させながら精研削加工を行い、更に平滑化した。接触式表面粗さ計で5回測定した、単結晶の上面の算術平均粗さ(Ra)の平均値は8.28nmであった。
【0031】
実施例1と同様の方法で、平滑化した単結晶を用いて成膜し、成膜した基材の成膜面を目視ならびに光学顕微鏡にて観察したところ、いずれも凝集物は認められなかった。
【0032】
次に、成膜面をHIROX社製デジタルマイクロスコープKH−1300で写真撮影し、実施例1と同様の方法で画像を解析した。基材の成膜面に付着している凝集物を計数した結果、その数は4.4個であった。
【0033】
[実施例4]
実施例1と同様の方法で単結晶を作製し、平面研削盤による研削を行い平滑化した。その後、上記精研削加工を行った上で、パットを貼り付けた研磨皿と結晶体を回転させる研磨材による研磨を行い、更に平滑化した。接触式表面粗さ計で5回測定した、単結晶の上面の算術平均粗さ(Ra)の平均値は5.53nmであった。
【0034】
実施例1と同様の方法で、平滑化した単結晶を用いて成膜し、成膜した基材の成膜面を目視ならびに光学顕微鏡にて観察したところ、いずれも凝集物は認められなかった。
【0035】
次に、成膜面をHIROX社製デジタルマイクロスコープKH−1300で写真撮影し、実施例1と同様の方法で画像を解析した。基材の成膜面に付着している凝集物を計数した結果、その数は7.4個であった。
【0036】
[比較例1]
実施例1と同様の方法で単結晶を作製し、表面加工を行わず接触式表面粗さ計で上面の表面粗さを測定した。接触式表面粗さ計で5回測定した、単結晶の上面の算術平均粗さ(Ra)の平均値は1273.15nmであった。
【0037】
実施例1と同様の方法で、平滑化した単結晶を用いて成膜し、成膜した基材の成膜面の画像を解析した。実施例1と同様の方法で基材の成膜面に付着している凝集物を計数した結果、その数は36.0個であった。
【0038】
[比較例2]
実施例1と同様の方法で単結晶を作製し、上面に対してサンドブラストを用いた表面加工を行い、接触式表面粗さ計で表面粗さを測定した。接触式表面粗さ計で5回測定した、単結晶の上面の算術平均粗さ(Ra)の平均値は999.99nmであった。
【0039】
実施例1と同様の方法で、平滑化したペレットを用いて成膜し、成膜した基材の成膜面の画像を解析した。実施例1と同様の方法で基材の成膜面に付着している凝集物を計数したところ、その数は33.3個であった。
【0040】
以上の実施例及び比較例での平均粗さ(Ra)と凝集物の計数結果を下記の表1に示す。
【0041】
【表1】
【0042】
以上詳しく説明したように、本発明の蒸着材の使用によれば、従来の表面粗さの大きい蒸着材を用いた蒸着を行うより、凝集物の少ない膜を作製することができる。