特許第6619653号(P6619653)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6619653
(24)【登録日】2019年11月22日
(45)【発行日】2019年12月11日
(54)【発明の名称】ZnO系半導体構造の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 21/363 20060101AFI20191202BHJP
   H01L 33/28 20100101ALI20191202BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20191202BHJP
   C23C 14/58 20060101ALI20191202BHJP
【FI】
   H01L21/363
   H01L33/28
   C23C14/08 C
   C23C14/58 A
   C23C14/58 C
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-3662(P2016-3662)
(22)【出願日】2016年1月12日
(65)【公開番号】特開2017-126605(P2017-126605A)
(43)【公開日】2017年7月20日
【審査請求日】2018年12月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002303
【氏名又は名称】スタンレー電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091340
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 敬四郎
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 有香
(72)【発明者】
【氏名】佐野 道宏
【審査官】 鈴木 聡一郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2016−178171(JP,A)
【文献】 特開2017−028077(JP,A)
【文献】 特開2017−076657(JP,A)
【文献】 特開2015−046593(JP,A)
【文献】 特開2015−159269(JP,A)
【文献】 特開2008−031035(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
C30B 1/00−35/00
H01L 21/203
H01L 21/363
H01L 33/00−33/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)B,Al,Ga,Inからなる群より選択された少なくとも1種の3B族元素、およびAgをドープしたZnO系半導体層を形成する工程と、
(b)活性酸素が存在し、圧力が10−2Pa未満の環境で、活性酸素照射有り、無しを交互に行いつつ、前記ZnO系半導体層を第1アニールし、前記3B族元素とAgがドープされたp型ZnO系半導体層を形成する工程と、
(c)活性酸素を照射しながら、前記p型ZnO系半導体層を前記第1アニールよりも低い温度で第2アニールし、アクセプタ密度を増大させる工程と、
を含むZnO系半導体構造の製造方法。
【請求項2】
前記工程(a)が、前記少なくとも1種の3B族元素をドープしたZnO系半導体層と、AgO層とを交互に積層した交互積層構造を形成する、請求項1に記載のZnO系半導体構造の製造方法。
【請求項3】
前記交互積層構造の形成が分子線エピタキシ(MBE)で行われる、請求項2に記載のZnO系半導体構造の製造方法。
【請求項4】
前記工程(a)、(b)、(c)が、同一のMBE装置内で行われ、前記工程(c)の活性酸素は酸素ラジカルビームである、請求項3に記載のZnO系半導体構造の製造方法。
【請求項5】
(x)前記工程(a)の前に、前記MBE装置内にZnO系半導体基板を装荷し、前記ZnO系半導体基板の上にn型ZnO系半導体層を形成し、さらにその上にZnO系半導体の発光層を形成する工程を含む請求項4に記載のZnO系半導体構造の製造方法。
【請求項6】
前記第1アニールの温度は、前記第2アニールの温度より100℃より大きく高い、請求項1〜5のいずれか1項に記載のZnO系半導体構造の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ZnO系半導体構造の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化亜鉛(ZnO)は、室温で3.37eVのバンドギャップエネルギーを持つ直接遷移型の半導体で、励起子の束縛エネルギーが60meVと比較的大きい。また原材料が安価であるとともに、環境や人体への影響が少ないという特徴を有する。このためZnOを用いた高効率、低消費電力で環境性に優れた発光素子の実現が期待されている。
【0003】
ZnOにMgOを添加したMgZn1−xOはバンドギャップエネルギが増大する。MgZn1−xO(ZnO系とも呼ぶ)は、ZnO類似の物性を有する。基板上にZnO系半導体層をエピタキシャル成長し、発光装置等を作成することが可能である。
【0004】
しかし、ZnO系半導体は、強いイオン性に起因する自己補償効果を有し、通常の熱拡散手法等熱平衡的不純物ドープ手法による結晶成長法では、p型の導電型制御が困難である。例えば、アクセプタ不純物として、N、P、As、Sb等のVA(5A)族元素、Li、Na、K等のIA(1A)族元素、Cu、Ag、Au等のIB(1B)族元素を用い、実用的な性能を持つp型ZnO系半導体の研究が行われている。
【0005】
2種類の不純物の共ドープ(コドープ)等の技術が考察されている。Cu,Ag等のアクセプタをGa等のドナーと共に共ドープしてp型層を得る技術(例えば特許文献1)が提案されている。
【0006】
本願発明者らは、3B族n型不純物、例えばGa、をドープしたMgZn1−xO(0≦x≦0.6)層とCuまたはAgを含む層とを交互に積層した交互積層構造を成長し、交互積層構造をアニールし、p型MgZn1−xO(0≦x≦0.6)層を製造する技術(例えば特許文献2)を提案している。
【0007】
また、本願発明者らは、Zn,O,p型不純物Ag,n型不純物3B族元素を同時供給し、Agと3B族元素が共ドープされたZnO系半導体層を成長し、アニールしてp型化する技術(特願2014−12017号)、GaドープされたZnO結晶層とAgO層とが交互に積層された交互積層構造を分子線エピタキシ(MBE)により形成し、活性酸素が存在する、圧力が10-2Pa未満の環境で、交互積層構造をその場アニール(in-situ annealing)してp型化する技術(特願2014-147283号)等を出願している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2004−221132号公報
【特許文献2】特開2013−211513号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ZnO系半導体層で得られるp型不純物密度は、未だ十分高いとは言えない。ドープしたp型不純物をより効率的に活性化すること等により、高いアクセプタ密度を実現することが望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
実施例によれば、
(a)B,Al,Ga,Inからなる群より選択された少なくとも1種の3B族元素、およびAgをドープしたZnO系半導体層を形成する工程と、
(b)活性酸素が存在し、圧力が10−2Pa未満の環境で、活性酸素照射有り、無しを交互に行いつつ、前記ZnO系半導体層を第1アニールし、前記3B族元素とAgがドープされたp型ZnO系半導体層を形成する工程と、
(c)活性酸素を照射しながら、前記p型ZnO系半導体層を前記第1アニールよりも低い温度で第2アニールし、アクセプタ密度を増大させる工程と、
を含むZnO系半導体構造の製造方法
が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1-1】、および
図1-2】図1Aは、MBE装置を示す概略的な断面図、図1Bは先行研究における、サンプルの概略的な断面図、図1Cはサンプル中の交互積層構造を示す概略的な断面図、図1Dは先行研究におけるサンプル作成プロセスの温度プロファイルを示すグラフ、図1Eは活性酸素の断続照射を概略的に示すタイミングチャートである。
図2図2Aは、実施例によるZnO系半導体構造の製造方法の温度プロファイルを示すグラフ、図2Bは第1アニールと第2アニールにおける基板シャッタ、酸素セルシャッタのON/OFFタイミングを概略的に示すタイミングチャートである。
図3図3A,3Bは、比較例によるサンプルと実施例によるサンプルにおける、SIMS(2次イオン質量分析)測定による、表面からの深さに対するAg濃度及びGa濃度の分布を示すグラフである。
図4図4A,4Bは、比較例によるサンプルと実施例によるサンプルにおける、C−V(容量―電圧)測定による、電圧に対する1/Cの変化を示すグラフ、図4C,4Dは、比較例によるサンプルと実施例によるサンプルにおける、不純物濃度のデプスプロファイルを示すグラフである。
図5図5Aは、実施例による製造方法で製造されるZnO系半導体発光素子の概略的な断面図であり、図5Bは、活性層15の他の構成例を示す概略的な断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
まず、Ga等の3B族n型不純物を添加したZnO系半導体層(Gaを添加したZnOをZnO:Gaと表す)とAgO等のp型不純物Agを含む層(1原子層以下の厚さのものも、層と呼ぶ)の交互積層を成長し、アニール等によりp型化する技術について、本発明者らが行った先行研究を説明する。
【0013】
ZnO中でZnサイトに位置するAgがp型不純物として機能するアクセプタとなる。n型不純物Gaとp型不純物Agとを共ドープしたZnO層を成長しても、それだけではp型とならず、アニールして初めてp型となる。Agをp型不純物として機能させるには、まずAgを熱拡散等によりZn空孔まで移動させることが必要であると考えられる。特願2014−12017号等の実施例において、p型不純物であるAgとn型不純物を共ドープしたZnO系半導体層をアニールしてp型化する方法を開示している。
【0014】
Agは、ZnO系結晶中で大きい径を有し、格子間を容易に移動することは考えにくい。Agの移動には酸素空孔等の格子欠陥の存在が望まれる。ZnO系結晶を加熱アニールすれば、構成原子を動かして格子欠陥を生じさせ、Ag原子移動可能な状況を実現できると考えられる。Agの移動制御を行う際、酸素が存在しない真空雰囲気を用いた時の結果から、本願発明者らは、活性酸素が存在する雰囲気が好ましいと考えている。
【0015】
一方、酸素空孔は活性化エネルギの低いドナーとして機能する。多量の酸素空孔が存在すると、アクセプタを補償するドナーが多量に存在することになり、高いアクセプタ密度は期待できないであろう。また、多量の酸素空孔の存在は、多量の格子欠陥の存在であり、結晶の質を劣化させることにもなろう。Agをp型不純物として機能させるには、結晶中の酸素空孔の量を制御しながらAgの移動制御を行うことが望ましいであろう。
【0016】
ZnO系結晶を加熱アニールして酸素空孔を発生させる一方、結晶表面に酸素ラジカルを照射することを考える。加熱されたZnO系結晶中の酸素原子は移動可能となり、酸素空孔が発生し得る。格子位置を離れた酸素原子は結晶中を移動し得、表面に到達した酸素原子は表面から雰囲気中に蒸発し得る。結晶表面に酸素ラジカルが飛来すると、結晶中から雰囲気中に酸素原子が蒸発する現象は抑制されよう。結晶表面に飛来、付着した酸素原子が結晶中に入り込み、酸素空孔を消滅させることも考えられる。
【0017】
酸素ラジカル照射により、ZnO系結晶中の酸素空孔を抑制する効果が考えられる。表面に付着した酸素原子は、気相となって、表面から容易に離脱するであろう。酸素ラジカル(活性酸素)の供給を停止すれば、酸素空孔抑制の効果は消滅するであろう。
【0018】
活性酸素が存在する雰囲気中で、Ga等の3B族n型不純物とAgとをドープしたZnO系半導体層表面に、酸素ラジカルを断続的に照射しつつ(活性酸素の照射有りと、無しとを交互に繰り返しつつ)、アニールを行うことを考えた。酸素ラジカル照射無しの期間には、酸素空孔の生成、移動と共に、Agの移動が生じ得るであろう。酸素ラジカル照射有りの期間には、酸素空孔の抑制、消滅が生じ得るであろう。これら2種類の期間で異なる現象が生じ得るので、ZnO系半導体層表面に、酸素ラジカルを断続的に照射しつつ行うアニールを混成アニールと呼ぶことがある。
【0019】
Ga等の3B族元素、およびAgをドープしたZnO系半導体層を形成し、活性酸素が存在する雰囲気中で、ZnO系半導体層表面に酸素ラジカルビームを断続的に照射しつつ、混成アニールを行う実験を行った。以下、実験に用いた装置及びサンプルを説明する。
【0020】
ZnO系半導体層の成長は、分子線エピタキシ(molecular beam epitaxy;MBE)により行った。半導体層成長の後、上述のような混成アニールを、MBE装置内のその場アニールで行った。
【0021】
図1Aは、MBE装置を示す概略的な断面図である。真空チャンバ71内に、Znソースガン72、Oソースガン73、Mgソースガン74、Agソースガン75、及びGaソースガン76が備えられている。MBE装置稼働中の背圧は、10−8Pa〜10−2Paである。
【0022】
Znソースガン72、Mgソースガン74、Agソースガン75、Gaソースガン76は、それぞれZn(7N)、Mg(6N)、Ag(6N)、及びGa(7N)の固体ソースを収容するクヌーセンセルを含み、セルを加熱することにより、Znビーム、Mgビーム、Agビーム、Gaビームを出射する。
【0023】
Oソースガン73は、たとえば13.56MHzのラジオ周波数を用いる無電極放電管を含み、無電極放電管内でOガス(6N)をプラズマ化して、Oラジカル(活性酸素)ビームを出射する。放電管材料として、アルミナまたは高純度石英を使用できる。
【0024】
基板ヒータを備えるステージ77が基板78を保持する。ソースガン72〜76は、それぞれセルシャッタを含む。各セルシャッタの開閉により、基板78上に各ビームが直接照射される状態と直接照射されない状態とを切り替え可能である。基板78の前にもシャッタを備える。基板78上に所望のタイミングで所望のビームを照射し、所望の組成のZnO系化合物半導体層を成長できる。基板上に堆積する膜の厚さを計測するための膜厚計79がステージ77の側方に配置されている。ステージ77を挟んで、電子ビームを出射するRHEED用ガン80と基板78で反射された電子ビームを受け画像化するスクリーン81が対向配置されている。
【0025】
図1Bを参照して、サンプルの構成を説明する。図1Aに示すMBE装置を用い、n型導電性を有するZn面ZnO(0001)基板51上に、MBEにより、ZnOバッファ層52、アンドープZnO層53、交互積層54を形成する。
【0026】
図1Cは、交互積層54の構成を示す部分拡大断面図である。GaをドープしたZnO層(ZnO:Ga層)54aとAgO層54bとを交互に積層して、例えば30対の交互積層54を構成する。「AgO」は、AgO(酸化銀(II))、AgO(酸化銀(I))等、AgOと表すことのできる銀酸化物を表わす。以下、サンプルの製造プロセスを説明する。
【0027】
図1Dに示すように、ZnO(0001)基板51に900℃で30分間のサーマルクリーニングを施した後、基板51の温度を250℃まで下げる。その温度(成長温度250℃)で、ZnフラックスFZnを0.14nm/s(JZn=9.2×1014atoms/cms)、Oラジカルビーム照射条件を、O流量1.0sccm、RFパワー150W(J=1.0×1015atoms/cms)とし、ZnO基板51上にZnOバッファ層52を成長する。VI/IIフラックス比は約0.92となる。
【0028】
ZnOバッファ層52の成長後、成長層の結晶性及び表面平坦性の改善のため、基板温度を250℃から950℃に昇温し、30分間のアニールを行う。アニール後、950℃のまま、ZnOバッファ層52上に、ZnフラックスFZnを0.14nm/s、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー150W、O流量1.0sccmとして、アンドープZnO層53をエピタキシャル成長する。アンドープZnO層53はn型となる。
【0029】
アンドープZnO層53の成長後、基板温度を下げ、250℃に設定する。アンドープZnO層53の上に、厚さ約50nmのZnO:Ga層とAgO層との交互積層構造54を形成する。ZnO:Ga層54aは、ZnフラックスFZnを0.14nm/s、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー150W、O流量1.0sccm、Gaのセル温度TGaを550℃(FGaは検出下限値以下)として1層当たり10秒間成長する。AgO層54bは、Oラジカルビーム照射条件をRFパワー150W、O流量1.0sccm、Agセルの温度TAgを825℃(AgフラックスFAgは0.005nm/s)として1層当たり25秒間成長する。1対の厚さ約1.7nmで、30対の交互積層で、厚さ約50nmとなる。ZnO:Ga/AgO交互積層構造54は、n型を示す。
【0030】
続いて、交互積層構造54に混成アニール処理を行う。混成アニールはMBE装置内(圧力が10−2Pa未満の環境)で、エピタキシャル層の成長に引き続いて、酸素ラジカルビームを断続的に照射して実施する。基板を加熱し、870℃で20分間の混成アニールを実施する。
【0031】
図1Eに示すように、混成アニールにおいては、無電極放電管内でOガスをプラズマ化(RFパワー300W、O流量2.0sccm)し、基板シャッタ、Oセルシャッタをオープンとした15秒の酸素ラジカルビーム照射有り期間と、基板シャッタ、Oセルシャッタをクローズとした10秒の酸素ラジカルビーム照射無し期間とを繰り返す。
【0032】
なお、基板シャッタ、Oセルシャッタをクローズとしても、酸素ラジカルは、シャッタオープンの状態の約1/4の量、基板上に到達する。活性酸素の存在する、圧力が10−2Pa未満の環境で、酸素ラジカルビーム照射無しの状態で、(酸素、Agを移動させ得ると考えられる)アニールが秒単位で行われ、結晶表面に酸素ラジカルビーム照射有りの状態で、(酸素空孔を抑制、消滅させ得ると考えられる)アニールが秒単位で行われる。混成アニール全体として20分間のアニールを行った。結果として、高いアクセプタ密度を得られたが、p型不純物Agが十分活性化されたとは考え難い。
【0033】
今回、上述の活性酸素の断続照射下の混成アニールを第1アニールとして行い、アクセプタ密度をさらに増大するよう、続いてアニール温度を下げ、活性酸素を連続照射して第2アニールを行った。第1アニールにおいて、Agが拡散し、Znサイトに置換することにより、p型が得られる。Znサイトに位置したAgはアクセプタとして働く。Agが移動する温度では他の元素も移動することが考えられる。Oが移動して酸素空孔を形成すると、酸素空孔はドナーとして働く。
【0034】
GaがZnサイトに置換すると、GaとOが強い結合を形成し、酸素空孔の発生を抑制し、Ga自体はドナーとして働くと考えられる。GaドナーはAgアクセプタを補償するので、アクセプタ密度の最大値が、Ag濃度[Ag]とGa濃度[Ga]の差([Ag]−[Ga])により規定されると考えられる。
【0035】
第2アニールはアクセプタ密度を増大することを意図している。Znサイトに位置するAgが動いてしまうと、アクセプタが減少するので、第2アニールはZnサイトに位置するAgをなるべく移動させないことが好ましい。Agの移動を抑制するため、第2アニールの温度は第1アニールの温度より低くする。第2アニールにおいて、構成原子を積極的に移動させる必要はなく、活性酸素照射無しの期間を設ける必要はない。サンプルに照射する活性酸素は、酸素空孔を減らすように働くと考えられる。酸素空孔の減少はドナーの減少であり、(実効的)アクセプタ密度の増加につながる。
【0036】
以下、活性酸素の断続照射下で第1アニールを行い、第1アニールより低温で、かつ活性酸素の連続照射下で、第2アニールを行う、実施例によるZnO系半導体構造の製造方法を説明する。
【0037】
図2Aは、実施例によるZnO系半導体構造の製造方法の温度プロフィールを示すグラフである。900℃のサーマルクリーニングを行い、250℃に降温してZnO等の低温バッファ層を成長し、950℃に昇温し、アニールして結晶性を改善し、そのままの温度でアンドープZnO層を成長し、250℃に降温してAgとGaとを共ドープしたZnO層を形成し、昇温して870℃で20分間の第1アニールを行う。ここまでは、先行研究と同様である。
【0038】
第1アニールの後、同一MBE装置内で、基板温度を500℃まで降温し、減圧雰囲気中で酸素ラジカルを連続的に照射しながら、20分間第2アニールを行う。第2アニールにおいては、第1アニールよりアニール温度を下げ、活性酸素をサンプルに直接連続照射して行う。
【0039】
図2Bは、第1アニールと第2アニールにおける基板シャッタと酸素セルシャッタの開閉状態を概略的に示すタイミングチャートである。第1アニールにおいてはサンプルに活性酸素を断続的に照射し、Agをドープした半導体層をp型化する。第1アニールを行った後、アニール温度を下げ、サンプルに活性酸素を連続的に照射し、アクセプタ密度を増加させる第2アニールを行う。第2アニールは、Agの移動は抑制しつつ、Zn位置に存在するAgをp型不純物としてより活性化し、O空孔にO原子を供給してO空孔を減少させることを意図している。Agの移動を抑制するためには、第2アニールの温度は第1アニールの温度より100℃以上下げる(第1アニールの温度は第2アニールの温度より100℃以上大きくする)ことが好ましいであろう。
【0040】
第1アニールの温度より低い第2アニールの温度として、500℃を用いた。20分間の第1アニールに続いて、同一MBE装置内で(in-situ annealing)第2アニールを20分間行う。第2アニール中、Oセルをエピタキシャル層成長時と同じ条件(O流量:1sccm、RF=150W)とし、シャッタを開として、活性酸素をサンプル表面に直接照射する。参考例として、第1アニールのみを行い、第2アニールを行わないサンプルも作成した。870℃の第1アニールのみを行ったサンプルをサンプルSr,第1アニールに続き、500℃の第2アニールを行ったサンプルをサンプルS1とする。
【0041】
図3A,3Bに、サンプルSr,S1に対して行った、Ag及びGaの2次イオン質量分析(SIMS)測定のデプスプロファイルを示す。サンプルSrに対する、第1アニール後のSIMS測定によれば、Ag濃度[Ag]として、約1.0×1021cm−3、Ga濃度[Ga]として約3.5×1020cm−3が得られた。アクセプタ密度の最大値と考えられる[Ag]−[Ga]は、約6.5×1020cm−3となる。第1アニールに続いて第2アニールを行ったサンプルS1に対して、[Ag]=1.0×1021cm−3、[Ga]=4.7×1020cm−3が得られた。アクセプタ密度の最大値と考えられる[Ag]−[Ga]は、約5.3×1020cm−3となる。[Ag]−[Ga]の値は、第1アニールのみを行ったサンプルSrの方が、第1アニールと第2アニールを行ったサンプルS1より若干高い。
【0042】
図4A,4Bに、サンプルSr,S1に対して行った、C−V測定に基づく1/C−V特性を示す。サンプルSr、S1共に、1/C−V特性を示す測定結果はp型を示した。交互積層構造54は、第1アニールにより、n型からp型に反転し、第2アニール後もp型を維持したことを示している。
【0043】
図4C,4Dは、サンプルSr,S1に対する740Hzにおける空乏層幅の測定結果を示す。サンプルSrにおいて、5.1×1020cm−3程度のアクセプタ密度、サンプルS1において、8.9×1020cm−3程度のアクセプタ密度が得られた。アクセプタ密度は、第1アニールのみを行ったサンプルSrよりも、第1アニールと第2アニールを行ったサンプルS1の方が高くなっている。
【0044】
サンプルSrのアクセプタ密度5.1×1020cm−3は、アクセプタ密度の最大値と考えられる[Ag]−[Ga]=6.5×1020cm−3より小さく、合理的な値と考えられる。しかし、サンプルS1のアクセプタ密度8.9×1020cm−3は、アクセプタ密度の最大値と考えられる[Ag]−[Ga]=5.3×1020cm−3より大きな値となっている。
【0045】
Ag以外にp型のドーパントとして働くものがあると考えられる。可能性として、格子間酸素が考えられる。格子間酸素はアクセプタとして働く。活性酸素照射が、酸素空孔(ドナー)を減少させるのみでなく、格子間酸素(アクセプタ)を発生させ、アクセプタ密度の向上に寄与すると考えられる。Znサイトに置換したAgにより格子が大きくなると、格子間にOが入り易くなる可能性もあり、格子間Oが形成されることにより、エネルギー的に安定化することも考えられる。
【0046】
なお、ZnO系結晶の構成原子を移動させることのできるアニール温度として、870℃に限らず、750℃〜950℃の範囲の温度を用いることができるであろう。また、酸素ラジカル照射無しの期間と酸素ラジカル照射有りの期間を10秒と15秒に設定したが、これらの期間は制限的でなく種々変更可能である。酸素照射無し時間と酸素照射有り時間の組み合わせ例として、(10s、10s)、(10s、15s)、(10s、20s)、(10s、30s)を用いて、p型化を行うことができている。n型不純物としてGaを用いたが、3B族の元素B,Al,Ga,Inであれば、ほぼ同様の結果が期待できよう。ドープするp型不純物としては、Agのみを対象とする。ZnO系結晶として、ZnOの代わりに、MgZnOを用いても、同様の結果が得られるであろう。
【0047】
以上説明した2段階アニールを用いて、半導体発光装置を作成することができる。2段階アニールは、Ga等のn型不純物と、p型不純物としてのAgとを含むZnO系半導体層を、第1アニールでAgを拡散、移動させてp型層にし、第1アニールの温度より低い温度で、かつ活性酸素を直接半導体表面に照射して、第2アニールを行ってアクセプタ密度を増大させる、2段階のアニールを指す。
【0048】
図5Aは、製造されるZnO系半導体発光素子の概略的な断面図である。ZnO基板11上に、例えば厚さ30nmのZnOバッファ層12を成長する。ZnOバッファ層12の結晶性及び表面平坦性の改善のため、アニールを行う。ZnOバッファ層12上に、例えば厚さ150nmのn型ZnO層13を成長する。n型ZnO層13のGa濃度は、たとえば1.5×1018cm−3である。n型ZnO層13上に、例えば厚さ30nmのn型MgZnO層14を成長する。n型MgZnO層14のMg組成は、例えば0.3である。n型MgZnO層14上に、例えば厚さ10nmのZnO活性層15を成長させる。ZnO活性層15上にMgZnO:Ga層とAgO層との交互積層を形成する。交互積層は、当初n型を示す。交互積層に対して、上述の2段階アニールを行って、Ag、Ga共ドープp型MgZnO層16を形成する。
【0049】
図5Bに示すように、活性層15を、単層のZnO層ではなく、MgZnO障壁層15bとZnO井戸層15wが交互に積層された量子井戸構造で形成することもできる。
【0050】
MBE装置内は真空に近い環境、たとえば圧力が10−2Pa未満の環境である。第1アニールによって、Ag、Ga共ドープMgZnO結晶層がp型化され、Ag、Ga共ドープp型MgZnO層16が形成され、第2アニールによって、アクセプタ密度が増大する。ZnO基板11の裏面にn側電極17nを形成し、Ag、Ga共ドープp型MgZnO層16上にp側電極17pを形成する。また、p側電極17p上にボンディング電極18を形成する。たとえばn側電極17nは、Ti層上にAu層を積層して形成し、p側電極17pは、Ni層上に、Au層を積層して形成する。ボンディング電極18はAu層で形成する。このようにして、ZnO系半導体発光素子が作製される。
【0051】
以上、ZnO基板11を用いたが、MgZnO基板、GaN基板、SiC基板、Ga基板等の導電性基板を使用することも可能である。その場アニールを行う場合、アニールを行う外部電気炉は不要となり、かつ半導体発光素子の製造時間を短縮することが可能となる。
【符号の説明】
【0052】
11 ZnO基板、12 ZnOバッファ層、13 n型ZnO層、
14 n型MgZnO層、15 活性層、16 Ag,Ga共ドープp型MgZnO層、17 電極、18 ボンディング電極、51 ZnO基板、52 ZnOバッファ層、
53 アンドープZnO層、54 交互積層構造、71 真空チャンバ、
72 Znソースガン、73 Oソースガン、74 Mgソースガン、
75 Agソースガン、76 Gaソースガン、77 ステージ、78 基板、
79 膜厚計、80 RHEED用ガン、81 スクリーン。
図1-1】
図1-2】
図2
図3
図4
図5