(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6619957
(24)【登録日】2019年11月22日
(45)【発行日】2019年12月11日
(54)【発明の名称】鉄基焼結合金及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20191202BHJP
B22F 5/00 20060101ALI20191202BHJP
【FI】
C22C38/00 304
B22F5/00 F
【請求項の数】4
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-127114(P2015-127114)
(22)【出願日】2015年6月24日
(65)【公開番号】特開2017-8393(P2017-8393A)
(43)【公開日】2017年1月12日
【審査請求日】2016年12月15日
【審判番号】不服2018-10594(P2018-10594/J1)
【審判請求日】2018年8月3日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004215
【氏名又は名称】株式会社日本製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100121795
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴亀 國康
(72)【発明者】
【氏名】渡部 勇介
(72)【発明者】
【氏名】草田 翔
(72)【発明者】
【氏名】牧田 哲生
(72)【発明者】
【氏名】澤村 洋平
【合議体】
【審判長】
亀ヶ谷 明久
【審判官】
粟野 正明
【審判官】
池渕 立
(56)【参考文献】
【文献】
特開平11−92870(JP,A)
【文献】
特開2008−307711(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C38/00-38/60
C22C33/02
B22F1/00-8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動する部材に対で使用され、組成が質量%で、Ti:18.4〜24.6%、Mo:2.8〜6.6%、C:4.7〜7.0%、Cr:7.5〜10.0%、Ni:4.5〜6.5%、Co:1.5〜4.5%、Al:0.6〜1.0%、残部がFe及び不可避不純物からなる鉄基焼結合金の焼結による製造方法であって、
焼結温度が1360〜1400℃において、TiC粉末とMo粉末により供給されるTi、Mo及びCを含有し、基地中に島状に分散してなる硬質粒子の面積率を一定にしつつ、硬質粒子の最大円相当径が焼結温度に比例して小さくなる特性に基づいて最大円相当径が40〜10μmの所定の大きさの組織になるように調整する鉄基焼結合金の製造方法。
【請求項2】
硬質粒子の面積率は38〜41%、その標準偏差が2.5〜3.5%である請求項1に記載の鉄基焼結合金の製造方法。
【請求項3】
対で使用される部材は、ダイスとカッター刃に使用される部材である請求項1又は2
に記載の鉄基焼結合金の製造方法。
【請求項4】
樹脂押出機のペレタイザー用のダイスとカッター刃に使用され、組成が質量%で、Ti:18.4〜24.6%、Mo:2.8〜6.6%、C:4.7〜7.0%、Cr:7.5〜10.0%、Ni:4.5〜6.5%、Co:1.5〜4.5%、Al:0.6〜1.0%、残部がFeおよび不可避不純物からなり、基地中に島状に分散する硬質粒子の面積率が38〜41%で、最大円相当径が40〜10μmの組織を有する鉄基焼結合金であって、
前記最大円相当径の標準偏差は12〜4μmであり、
ダイス及びカッター刃を模したカッター刃オンディスク法による水中摩擦試験において、なじみ段階経過後の摩擦係数が0.1以下である鉄基焼結合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂押出機のペレタイザー用のダイス材とカッター刃材として対になって好適に使用される鉄基焼結合金及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂押出機のペレタイザー用のカッター刃等は、腐蝕環境で激しい摩耗を受けるため優れた耐食性と耐摩耗性が要求される。そして、樹脂押出機用カッター刃等に使用される工具材料は、優れた耐食性と耐摩耗性を有するばかりでなく、カッター刃等に加工するための機械加工性をも有するものが望ましい。
【0003】
このような要請に対し、例えば特許文献1に、高強度ステンレス鋼に、適量の炭化物を分散させることにより、機械加工が可能で、かつ硬さが所定のレベルにあって優れた耐摩耗性を有し、さらに耐食性に優れた材料が提案されている。すなわち、TiおよびMoの炭化物をマトリックスに分散させた炭化物分散材料において、重量比で、炭化物として、Ti;18.3〜24%、Mo;2.8〜6.6%、C;4.7〜7%を含有し、マトリックスとして、Cr;7.5〜10%、Ni;4.5〜6.5%、Co;1.5〜4.5%と、0.6〜1%のAl、TiまたはNbの1種以上とを含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる高耐食性炭化物分散材料が提案されている。
【0004】
また、特許文献2に、TiおよびMoの炭化物をマトリックスに分散させた炭化物分散材料において、重量比で、炭化物として、Ti;18.3〜24%、Mo;2.8〜6.6%、C;4.7〜7%を含有し、マトリックスとして、Cr;7.5〜10%、Ni;4.5〜6.5%、Cu:1〜4.5%、Co;0〜4.5%と、0.6〜1%のAl、TiまたはNbの1種以上とを含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる高耐食性炭化物分散材料が提案されている。この高耐食性炭化物分散材料は、実施例によると、焼結後の硬さが46.0〜49.8HRCで機械加工が可能であり、時効処理後の硬さが58.0〜63.5HRC、抗折力が126〜155kgf/mm
2であるとされる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平11-92870号公報
【特許文献2】特開2000-256799号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、樹脂押出機に使用される樹脂原料は種々の材質に亘るとともにその適用範囲が拡大しており、ペレタイザー用のカッター刃等に使用される工具材料は、さらに高い耐食性、耐摩耗性、機械加工性又は機械的強度が求められている。このような要求に対し、特許文献1または2に提案された高耐食性炭化物分散材料は、必ずしも十分に対応できないという問題を有する。
【0007】
本発明は、樹脂押出機の適用対象に合わせて耐食性、耐摩耗性、機械加工性又は機械的強度において選りすぐれた特性を有する鉄基焼結合金、特に樹脂押出機のペレタイザー用のダイスとカッター刃材として対になって好適に使用される鉄基焼結合金及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る鉄基焼結合金の製造方法は、摺動する部材に対で使用され、組成が質量%で、Ti:18.4〜24.6%、Mo:2.8〜6.6%、C:4.7〜7.0%、Cr:7.5〜10.0%、Ni:4.5〜6.5%、Co:1.5〜4.5%、Al:0.6〜1.0%、残部がFe及び不可避不純物からなる鉄基焼結合金の製造方法であって、硬質粒子は基地中に島状に分散した組織を有し、その面積率を一定にしつつ最大円相当径を40〜10μmの所定値に調整することにより実施される。
【0009】
この発明は、硬質粒子の面積率は38〜41%、その標準偏差が2.5〜3.5に調整され、均質な硬質粒子が形成される鉄基焼結合金を得ることができる。この鉄基焼結合金の硬質粒子を成形するTi、Mo及びC成分は、TiC粉末とMo粉末により供給するのがよい。
【0010】
また、上記発明において、対で使用される部材は、ダイスとカッター刃に使用される部材に好適に使用することができる。
【0011】
本発明に係る鉄基焼結合金は、樹脂押出機のペレタイザー用のダイスとカッター刃に使用され、組成が質量%で、Ti:18.4〜24.6%、Mo:2.8〜6.6%、C:4.7〜7.0%、Cr:7.5〜10.0%、Ni:4.5〜6.5%、Co:1.5〜4.5%、Al:0.6〜1.0%、残部がFeおよび不可避不純物からなり、硬質粒子が基地中に島状に分散した組織を有する鉄基焼結合金であって、ダイス及びカッター刃を模したカッター刃オンディスク法による水中摩擦試験において、なじみ段階経過後の摩擦係数が0.1以下である。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る鉄基焼結合金は、耐食性、耐摩耗性、機械加工性又は機械的強度において選りすぐれた特性を有し、焼結後の硬度が比較的低く、時効処理後の抗折力が高い。そして、本発明に係る鉄基焼結合金は、特に樹脂押出機に設けられるペレタイザーのダイスとカッター刃に加工され対になって使用される場合に高い耐摩耗性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明に係る鉄基焼結合金のSEM写真である。
【
図3】本発明に係る鉄基焼結合金に係る最大円相当径及び面積率と、焼結後のロックウェル硬さを示すグラフである。
【
図4】
図3に示す最大円相当径と面積率の標準偏差を示すグラフである。
【
図5】摩耗試験の試料片形状及びこれを装着した摩耗試験機部分を示す模式図である。
【
図6】摩耗試験後のカッタ刃の摩耗重量を示すグラフである。
【
図7】摩耗試験中の摩擦係数の変化状態を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。
図1は、本発明に係る鉄基焼結合金の組織を示す走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
図2は、ペレタイザー用のカッター刃や抜き型のパンチ等に広く使用されている市販の炭化物分散鉄基合金材(比較例の素材)の組織を示すSEM写真である。
図1、2において、マトリックス中に島状に点在する黒色部分が、チタン炭化物、モリブデン炭化物、またはチタンとモリブデンの複合炭化物であり、高い硬度を有する粒子(硬質粒子)部分である。本発明に係る鉄基焼結合金は、
図1に示すように、硬質粒子が微細で比較的均一な形状をし、マトリックス全体に均一に分散しているのが特徴である。
【0015】
本鉄基焼結合金は、所定の粉末を湿式ボールミルで混合した混合粉を冷間等方圧加圧(CIP)法により成形し、成形された成形体を所定の温度で真空焼結、溶体化処理及び時効処理を行って作製される。本鉄基焼結合金は、
図3に示すように、マトリックス中に占める硬質粒子の面積率を一定にしつつ(変えないで)、最大円相当径(投影面積円相当径による)を所定値にするように作製することができるのが特徴である。
図3において、横軸は真空焼結における焼結温度、縦軸は時効処理を行った後の硬質粒子の最大円相当径(相当径)又は面積率、および真空焼結後のロックウェル硬さ(硬さ)を示す。なお、
図3は、各点における試験数5点の平均を示す。
【0016】
図3に示すように、1360〜1400℃の焼結温度において、硬質粒子の面積率(星印)は38〜41%(約40%)で一定であり、硬質粒子の最大円相当径(●印)は焼結温度に
比例して小さくなっている。本鉄基焼結合金においては、あたかもその焼結温度で存在することができる硬質粒子の最大径が存在するかのように大径の硬質粒子から次第に崩壊して形成された組織のように観察される。このことは、
図4に示す硬質粒子の面積率及び最大円相当径のバラツキ(標準偏差)の小さいことからも理解される。
図4において、横軸は焼結温度、縦軸は硬質粒子の面積率及び最大円相当径の標準偏差を示す。
図4によると、焼結温度が1360〜1400℃において、面積率の標準偏差は約2%(2.5〜3.5%)で一定である。最大円相当径は、焼結温度が1360〜1370℃において、標準偏差が12〜4μmであるが、焼結温度が1360〜1370℃においてやや大きく、1370〜1400℃において小さくなっている。焼結温度が1380〜1400℃において、最大円相当径の標準偏差は6〜4μmで非常に小さくなっている。
【0017】
図3及び
図4によると、焼結温度1350℃、または1350〜1360℃において、最大円相当径の平均及び標準偏差に特異な様子が観察される。下記表1は、各焼結温度における最大円相当径の平均、標準偏差及び変異係数を示しているが、焼結温度1350〜1400℃において、焼結温度1350℃における変異係数(標準偏差/平均)に特異な点が観察される。これによると、焼結温度が1350℃の場合は、焼結温度が1360〜1400℃における焼結と組織的に異なるように解される。
【0019】
また、
図3によると、本鉄基焼結合金の焼結後のロックウェル硬さ(▲印)は、焼結温度が1350〜1380℃まで焼結温度に比例して高くなっており(31〜46HRC)、焼結温度が1380℃を越えると硬度は一定値になるか低下するように観察される。しかしながら、最も硬度が高いものが焼結温度1380℃における46HRCであり、本鉄基焼結合金は十分な機械加工性を有している。
【実施例1】
【0020】
本発明に係る鉄基焼結合金を作製し、この素材から5つのディスク及びカッター刃を切り出してカッター刃オンディスク法による水中摩耗試験を行った。摩耗試験に使用したディスク及びカッター刃の形状をそれぞれ
図5(b)及び(c)に示す。このディスク及びカッター刃を
図5(a)に示す摩耗試験機に組み込んで摩耗試験を行った。ディスク及びカッター刃の硬さは、ともに時効処理後の硬さで57HRCであった。摩耗試験は、接触面圧が5.8kg/cm
2、周速が5.2m/secで行い、試験時間は10時間であった。なお、比較例の素材から切り出したディスク及びカッター刃により上記と同様な摩耗試験を行った。
【0021】
本鉄基焼結合金は、以下に示すようにして作製した。すなわち、表2に示す粉末の配合粉をボールミルで混合を行い、生成された混合粉をφ100×50の空間を有するゴムモールドに充填・封してCIP法により成形し、得られた成形体を真空下において1380℃×5時間で加熱して真空焼結を行った。そして、溶体化処理を行った後、時効処理を行った。作製された鉄基焼結合金の組織の最大円相当径及び面積率を表3に示す(発明例)。表3に示すように、発明例(本鉄基焼結合金)は、硬質粒子の最大円相当径が約16μmで比較例の1/2以下の大きさで、最大円相当径の標準偏差が約2μmで比較例の1/4以下である。発明例は、硬質粒子の面積率が40%で比較例の場合(43%)と同様であるが、面積率の標準偏差が1.2%で比較例の場合(4.5%)より相当小さい。すなわち、発明例は、比較例に対して、小さな硬質粒子が全体的に均一に分散していることが特徴である。
【0022】
本発明においては、炭化物は、TiCのみを粉末で供給し、その他は個々の金属粉末、例えばMo粉末などで供給するのがよい。TiC粉末は、市販の粒度1〜2μmのものを使用した。なお、比較例の素材について、表2にミルシート、表3に組織の最大円相当径、面積率も合わせて示す。
【0023】
【表2】
【0024】
【表3】
【0025】
図6に摩耗試験による10時間経過後のカッター刃の摩耗重量を示し、
図7に摩耗試験中の摩擦係数の変化状態を示す。
図6によると、発明例の摩耗重量は、比較例の1/5以下である。
図7によると、発明例の摩擦係数は、試験開始後1時間まで次第に増加し(0.25〜0.50)、その後やや減少して2.1時間後急激に減少した後4.2時間まで0.15〜0.45の範囲で振動し、4.2時間以降はほとんど0に近い(0.05以下)になっている。すなわち、本鉄基焼結合金は、水中摩耗試験において、一定のなじみ段階を経過すると、摩擦係数がほとんど0に近くなる。これに対し、比較例の摩擦係数は、試験時間において一定範囲で振動している(0.3〜0.6)。