(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
選択手段が、可聴域の下限から可聴域の上限より周波数が高い高周波数までの周波数成分を当初より含む複数の第1の音響信号から少なくとも1つを選択し、可聴域の下限から可聴域の上限までの可聴域内周波数成分の可聴域音響信号を含む複数の第2の音響信号から少なくとも1つを選択するステップと、
再生手段が、前記選択手段により選択された前記第1の音響信号と前記第2の音響信号とを交互に再生するステップと、
電気音響変換手段が、前記再生手段で再生された音響信号を音響に変換して呈示するステップと、を含む
音響呈示方法。
前記複数の第2の音響信号の各々が、前記可聴域音響信号に基づいて生成されると共に、可聴域内周波数成分を含まず、かつ可聴域の上限から可聴域の上限より周波数が高い高周波数までの可聴域外周波数成分を含む音響信号を合成した音響信号である
請求項1に記載の音響呈示方法。
前記複数の第2の音響信号の各々が、前記可聴域音響信号に基づいて生成されると共に、可聴域内周波数成分を含まず、かつ可聴域の上限から可聴域の上限より周波数が高い高周波数までの可聴域外周波数成分を含む音響信号を合成した音響信号である
請求項4に記載の音響信号再生装置。
前記出力部は、入力された音響信号のうち可聴域内周波数成分のみを濾波して出力する第1の出力部、及び入力された音響信号のうち可聴域外周波数成分のみを濾波して出力する第2の出力部を備え、
前記スピーカは、前記第1の出力部に接続された第1のスピーカ、及び前記第2の出力部に接続された第2のスピーカを備える
請求項7に記載の音響呈示装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、音楽療法に関しては、これまでのところ、実際の施設において効果が確認され、報告されているのは能動的音楽療法が中心であり、一定の成果も挙げている。しかしながら、能動的音楽療法は、介護者が被介護者と一緒に歌ったり踊ったりする必要があることから介護者の負担が大きく、治療時間を長くとったり、治療回数を多くしたりすることが難しいという問題がある。一方、受動的音楽療法は介護者の負担は少なくてすむが、国内外ともに効果が確認されている報告例はほとんどない。これは、被介護者に聴かせるべき音楽の内容について明確な知見がないことも、要因のひとつとなっていると考えられる。能動的音楽療法を採用する場合の負担を勘案すると、音楽療法としては、音楽の内容も考慮することにより、一定の効果が得られるのであれば、受動的音楽療法を採用することも考えられる。
【0009】
この点、特許文献1においては、認知症に対する予防効果の示唆はあるものの、認知症に対する実際の実施例は開示されておらず、従って実際の効果についての記載もない。また、特許文献1には、ハイパーソニック・サウンドのための信号再生システムも開示されているが、特許文献1では、一般的な聴取者を対象としてハイパーソニック・サウンドを呈示する信号再生システムを開示するのみで、ハイパーソニック・サウンドの具体的な応用に伴う聴取者の属性等について配慮されているわけではない。従って、ハイパーソニック・サウンドと、音楽等可聴域の音源との関係についての議論がなされているわけでもない。
【0010】
一方、特許文献1のように、ハイパーソニック・サウンドを高齢者に聴かせることを想定した場合の問題点として、ハイパーソニック効果をもたらすとされる音源は、多くの高齢者にとってはなじみが薄いという問題点が挙げられる。
【0011】
つまり、上述したように、ハイパーソニック・サウンドの音源には、一般に、自然の音(例えば、熱帯雨林の背景音など)、あるいはガムランやチェンバロなどの楽器音等が用いられている。これらの音は、高音側の可聴域外(以下、「可聴域外」とは、高音側の可聴域外をさすものとする)の周波数範囲に、ゆらぎが豊富に含まれているからである。しかしながら、これらの例からもわかるように、ハイパーソニック・サウンドの音源のバリエーションは極めて限られている。
【0012】
特定の空間において、ある目的をもってハイパーソニック・サウンドを呈示する場合、少なくとも聴取者にその空間に留まってもらう必要がある。しかしながら、上記のように、ハイパーソニック・サウンドは音源が限られているため、聴取者をしてなじみがないなどの理由により飽きが生じてハイパーソニック・サウンドへの集中力が減退し、さらにはその空間からの退出等が懸念される。
【0013】
この点、高齢者にとって心地良い音楽は、自身になじみのある音楽であるとの報告がある(例えば、「認知症高齢者の音楽療法に関する基礎的研究」、風間書房、2006)。
この報告に基づけば、高齢者になじみのある音楽は、高齢者が若かった頃の歌謡曲や演歌など、歌詞のついたものが多いと考えられる。ところが、既存の歌謡曲や演歌などの音源は昔に録音されたものが多いため、周波数帯域が可聴帯域に制限されているものがほとんどである。従って、このような音楽には高齢者の興味・関心を惹きつけ、音楽に集中させる効果はあるものの、人の耳に聞こえない高周波音を含まないために、脳深部を活性化させる効果、すなわちハイパーソニック効果は期待できない。
【0014】
以上のように、健康増進、治療等、一定の目的をもったハイパーソニック・サウンドの対象者に対する呈示においては、対象者の関心を維持しながら、しかも対象者に効果的にハイパーソニック効果を与えることのできる音響呈示方法が求められている。
【0015】
本発明は上記問題点を解決するためになされたものであり、聴取者の関心を維持しつつ、聴取者に可聴域外音響の効果をもたらすことが可能な音響呈示方法、音響信号再生装置、音響呈示装置、及び部屋を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の音響呈示方法は、選択手段が、可聴域の下限から可聴域の上限より周波数が高い高周波数までの周波数成分を当初より含む複数の第1の音響信号から少なくとも1つを選択し、可聴域の下限から可聴域の上限までの可聴域内周波数成分の可聴域音響信号を含む複数の第2の音響信号から少なくとも1つを選択するステップと、再生手段が、前記選択手段により選択された前記第1の音響信号と前記第2の音響信号とを交互に再生するステップと、電気音響変換手段が、前記再生手段で再生された音響信号を音響に変換して呈示するステップと、を含む。
【0017】
請求項1に係る音響呈示方法では、可聴域内周波数成分と可聴域外周波数成分とを当初より含む第1の音響信号と、可聴域音響信号を含む第2の音響信号とを交互に再生する。
そのため、第2の音響信号で聴取者の関心を維持しつつ、第1の音響信号で聴取者に可聴域外音響の効果をもたらすことが可能となる。
【0018】
請求項2に記載の音響呈示方法は、請求項1に記載の音響呈示方法において、前記複数の第2の音響信号の各々が、前記可聴域音響信号に基づいて生成されると共に、可聴域内周波数成分を含まず、かつ可聴域の上限から可聴域の上限より周波数が高い高周波数までの可聴域外周波数成分を含む音響信号を合成した音響信号である。
【0019】
請求項2に記載の音響呈示方法では、第2の音響信号が、可聴域音響信号に基づいて生成された可聴域外周波数成分を含んでいる。そのため、第1の音響信号に加えて、第2の音響信号によっても可聴域外音響の効果をもたらすことが可能となるので、より顕著な効果がもたらされる。
【0020】
請求項3に記載の音響呈示方法は、請求項1又は請求項2に記載の音響呈示方法において、前記複数の第1の音響信号の各々が可聴域外周波数成分に1/fゆらぎを含み、前記可聴域音響信号が高齢者が好む楽曲の原音信号であり、前記原音信号を逓倍して生成された可聴域外周波数成分と前記原音信号とを加算して前記複数の第2の音響信号の各々を生成するステップをさらに含む。
【0021】
請求項3に記載の音響呈示方法では、第1の音響信号を可聴域外周波数成分に1/fゆらぎを含む音響信号とし、第2の音響信号を高齢者が好む楽曲の周波数成分を逓倍して生成された可聴域外周波数成分を付加した音響信号としている。そのため、第1の音響信号をより可聴域外音響効果の大きい音響信号とすることができる。また、可聴域外音響効果のある第2の音響信号により高齢者の興味・関心を惹きつけ、音響に集中させることができる。すなわち、可聴域外音響の呈示において、第1の音響信号と第2の音響信号との相乗効果のより大きい音響システムが構築される。
【0022】
上記目的を達成するために、請求項4に記載の音響信号再生装置は、可聴域の下限から可聴域の上限より周波数が高い高周波数までの周波数成分を当初より含む複数の第1の音響信号を含む第1の音響信号源と、可聴域の下限から可聴域の上限までの可聴域内周波数成分の可聴域音響信号を含む複数の第2の音響信号を含む第2の音響信号源と、前記第1の音響信号源から前記第1の音響信号のいずれかを選択して出力させる第1の選択手段と、前記第2の音響信号源から前記第2の音響信号のいずれかを選択して出力させる第2の選択手段と、入力された音響信号を再生する再生手段と、少なくとも1つの前記第1の音響信号が選択されるように前記第1の選択手段を制御すると共に少なくとも1つの前記第2の音響信号が選択されるように前記第2の選択手段を制御し、かつ選択された少なくとも1つの前記第1の音響信号と少なくとも1つの前記第2の音響信号とが交互に再生されるように、前記第1の選択手段の出力タイミングと前記第2の選択手段の出力タイミングとを調整して前記再生手段に入力させる制御手段と、を含む。
【0023】
請求項4に記載の音響信号再生装置では、制御手段が、可聴域内周波数成分と可聴域外周波数成分とを当初より含む第1の音響信号が第1の音響信号源から選択されるように第1の選択手段を制御し、可聴域音響信号を含む第2の音響信号が第2の音響信号源から選択されるように第2の選択手段を制御し、選択された第1の音響信号と第2の音響信号とが交互に再生されるようにタイミングを調整して再生手段に入力させる。そのため、第2の音響信号で聴取者の関心を維持しつつ、第1の音響信号で聴取者に可聴域外音響の効果をもたらすことが可能な音響装置に用いることができる。
【0024】
請求項5に記載の音響信号再生装置は、請求項4に記載の音響信号再生装置において、前記複数の第2の音響信号の各々が、前記可聴域音響信号に基づいて生成されると共に、可聴域内周波数成分を含まず、かつ可聴域の上限から可聴域の上限より周波数が高い高周波数までの可聴域外周波数成分を含む音響信号を合成した音響信号である。
【0025】
請求項5に記載の音響信号再生装置では、第2の音響信号が、可聴域音響信号に基づいて生成された可聴域外周波数成分を含んでいる。そのため、第1の音響信号に加えて、第2の音響信号によっても可聴域外音響の効果をもたらすことが可能となるので、可聴域外音響のより顕著な効果をもたらす音響装置に用いることができる。
【0026】
請求項6に記載の音響信号再生装置は、請求項4又は請求項5に記載の音響信号再生装置において、前記複数の第1の音響信号の各々が可聴域外周波数成分に1/fゆらぎを含み、前記可聴域音響信号が高齢者が好む楽曲の原音信号であり、前記第2の音響信号源は、前記原音信号を逓倍して生成された可聴域外周波数成分と前記原音信号とを加算して前記複数の第2の音響信号の各々を生成する生成部を含む。
【0027】
請求項6に記載の音響信号再生装置では、第1の音響信号を可聴域外周波数成分に1/fゆらぎを含む音響信号とし、第2の音響信号を高齢者が好む楽曲の周波数成分を逓倍して生成された可聴域外周波数成分を付加した音響信号としている。そのため、第1の音響信号をより可聴域外音響効果の大きい音響信号とすることができる。また、可聴域外音響効果のある第2の音響信号により高齢者の興味・関心を惹きつけ、音響に集中させることができる。すなわち、可聴域外音響の呈示において、第1の音響信号と第2の音響信号との相乗効果のより大きい音響システムを構築することができる。
【0028】
上記目的を達成するために、請求項7に記載の音響呈示装置は、前記再生手段で再生された音響信号を出力する出力部をさらに含む請求項4〜請求項6のいずれか1項に記載の音響信号再生装置と、前記出力部に接続されたスピーカと、を含む。
【0029】
請求項7に記載の音響呈示装置は、上記の音響信号再生装置にスピーカが接続されて構成されている。そのため、第2の音響信号で聴取者の関心を維持しつつ、第1の音響信号で聴取者に可聴域外音響の効果をもたらす音響を提示することが可能となる。
【0030】
請求項8に記載の音響呈示装置は、請求項7に記載の音響呈示装置において、前記出力部は、入力された音響信号のうち可聴域内周波数成分のみを濾波して出力する第1の出力部、及び入力された音響信号のうち可聴域外周波数成分のみを濾波して出力する第2の出力部を備え、前記スピーカは、前記第1の出力部に接続された第1のスピーカ、及び前記第2の出力部に接続された第2のスピーカを備える。
【0031】
請求項8に記載の音響呈示装置では、可聴域内の周波数成分のみの音響と可聴域外の周波数成分のみの音響とが分離して呈示される。そのため、可聴域外音響効果を考慮して、各周波数成分の音像を定位させる場合の自由度が増す。
【0032】
上記目的を達成するために、請求項9に記載の部屋は、請求項7又は請求項8に記載の音響呈示装置を備え、前記スピーカで再生される前記第1の音響信号に基づく音響と前記第2の音響信号に基づく音響とを交互に聴取者に呈示する。
【0033】
請求項9に記載の部屋では、上記の音響呈示装置を用いて第1の音響信号と第2の音響信号とを切り替え、聴取者に呈示する。そのため、第2の音響信号で聴取者の関心を維持しつつ、第1の音響信号で聴取者に可聴域外音響の効果をもたらす音響を提示することが可能なサウンド空間が構成される。
【発明の効果】
【0034】
本発明によれば、聴取者の関心を維持しつつ、聴取者に可聴域外音響の効果をもたらすことが可能な音響呈示方法、音響信号再生装置、音響呈示装置、及び部屋を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0036】
以下、図面を参照して、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。
【0037】
[第1の実施の形態]
図1ないし
図4を参照して、本実施の形態に係る音響信号再生装置10について説明する。以下では、本発明に係る音響呈示方法、音響信号再生装置、音響呈示装置について、受動的音楽療法を前提とし(つまり、音楽の呈示に合わせた対象者の意図的な動作を伴うことなく)、可聴域内の周波数成分(可聴域内周波数成分)のみを含む音響信号(楽曲等)に基づく音響と、元々(当初より)可聴域内周波数成分と可聴域外の周波数成分(可聴域外周波数成分)とを含む音響信号(ハイパーソニック・サウンド等)に基づく音響とを組み合わせた音響を対象者に呈示する形態を例示して説明する。なお、以下の説明では、「可聴域外周波数」とは、可聴域の上限の周波数より大きい周波数をさすものとし、可聴域の上限周波数(周波数fa)を約20kHzとしている。ただし、この可聴域の上限周波数faは、考え方によって22kHzとされる場合もあり、ある程度幅のある値である。
【0038】
図1に示すように、音響信号再生装置10は、音響信号源A12、音響信号源B14、再生部16、加算部18、及び制御部20を含んで構成されている。また、音響信号再生装置10は、出力端子OUT1を備え、出力端子OUT1には、スピーカ50が接続されている。
【0039】
音響信号源A12は、元々可聴域内周波数成分と可聴域外周波数成分とを含む音響信号、一例として、ハイパーソニック・サウンドのような音響信号を含む音響信号源である。
音響信号源A12は、コンテンツ、つまり1つのまとまった音響信号の単位を複数含んで構成されている。以下、音響信号源A12に含まれるコンテンツを「コンテンツA」という。
【0040】
本実施の形態では、音響信号源A12として、複数のコンテンツAを記憶させたSDカード、CFカード、HDD(ハードディスク記憶装置)等の記憶装置を用いており、個々のコンテンツAは、この記憶装置にWAV形式、FLAC形式等の音声ファイル形式で格納されている。そして、制御部20の制御により、音響信号源A12の中から任意のコンテンツAが選択可能なように構成されている。選択されたコンテンツAの音響信号は、RAM104等の記憶手段に一時的に記憶させてもよい。
【0041】
音響信号源B14は、可聴域内周波数成分のみを含む音響信号、一例として楽曲のような音響信号を含む音響信号源である。音響信号源B14は、音響信号としてのコンテンツを複数含んで構成されており、以下、音響信号源B14に含まれるコンテンツを「コンテンツB」という。また、可聴域内周波数成分のみを含んだ楽曲を「可聴域内楽曲」という。
【0042】
本実施の形態では、音響信号源B14として、複数のコンテンツBを記憶させたSDカード、CFカード、HDD(ハードディスク記憶装置)等の記憶装置を用いており、個々のコンテンツBは、この記憶装置にWAV形式、FLAC形式、mp3形式等の音声ファイル形式で格納されている。そして、制御部20の制御により、音響信号源B14の中から任意のコンテンツBが選択可能なように構成されている。選択されたコンテンツBの音響信号は、RAM104等の記憶手段に一時的に記憶させてもよい。
【0043】
加算部18は、音響信号源A12で選択された1つ以上のコンテンツAの音響信号と、音響信号源B14で選択された1つ以上のコンテンツBの音響信号とを加算する部位である。加算部18における加算により、コンテンツAとコンテンツBとが交互に連続して配列される。
【0044】
再生部16は、加算部18で加算されたコンテンツAの音響信号と、コンテンツBの音響信号とを再生する、つまり、デジタル音声データをアナログ情報に変換する。再生されたアナログ情報は、出力端子OUT1から出力され、出力端子OUT1に接続されたスピーカ50によって電気・音響変換が行われて音響が呈示される。
図1ではスピーカ50として、可聴域から可聴域外の所定の周波数までの帯域を有する1ウエイ・スピーカシステムを例示しているが、これに限られず、必要に応じ2ウエイ・スピーカシステム、あるいは3ウエイ・スピーカシステムとし、可聴域外周波数を再生可能なツイータを用いてもよい。
【0045】
図2を参照して、制御部20を含む音響信号再生装置10の制御系の構成について説明する。
【0046】
制御部20は、
図2に示すように、CPU(Central Processing Unit)100、ROM(Read Only Memory)102、及びRAM(Random Access Memory)104を含んで構成されている。CPU100は、音響信号再生装置10の全体を統括、制御し、ROM102は、音響信号再生装置10の制御プログラム、あるいは後述する音響信号再生処理プログラム等を予め記憶する記憶手段であり、RAM104は、制御プログラム等のプログラムの実行時のワークエリア等として用いられる記憶手段である。CPU100、ROM102、及びRAM104は、バスBUSによって相互に接続されている。
【0047】
バスBUSには、音響信号源A12、音響信号源B14、及び再生部16が接続されており、音響信号源A12、音響信号源B14、及び再生部16の各々は、バスBUSを介してCPU100の制御を受ける。
【0048】
次に、
図3を参照して、本実施の形態で想定する音響信号、及びコンテンツ配列について説明する。
図3(a)は、本実施の形態で想定する音響信号SSを分類して示した図であり、
図3(b)は、本実施の形態に係る音響信号再生処理を実行した結果である、コンテンツA及びコンテンツBの配列(以下、「コンテンツ配列」という)の一態様を示した図である。
図3(b)は、後述する実施例で用いたコンテンツ配列の一部でもある。
【0049】
図3(a)に示すように、本実施の形態では、音響信号SSを4種類に分類している。
すなわち、音響信号SS1は、可聴域内周波数成分と共に初めから可聴域外周波数成分を含む、チェンバロ、自然音などの音響信号である。いわゆる、ハイパーソニック・サウンドは、この音響信号SS1に属している。また、本実施の形態に係るコンテンツAには、この音響信号SS1を採用している。
【0050】
一方、音響信号SS4は、可聴域内周波数成分のみを含む音響信号であり、上記可聴域内楽曲は、この音響信号SS4に属している。本実施の形態に係るコンテンツBには、この音響信号SS4を採用している。音響信号SS2は、この音響信号SS4に、人工的に作成した可聴域外周波数成分の音響信号を合成した音響信号である。音響信号SS3は、音響信号SS1の可聴域外周波数成分をカットした音響信号であり、ハイパーソニック・サウンドの効果を確認する場合の比較対象等に用いられる音響信号である。
【0051】
図3(a)に示すように、本実施の形態では、さらに、可聴域内周波数成分と可聴域外周波数成分とを含む音響信号SS1及びSS2を、FRS(Full Range Sound)、可聴域内周波数成分のみの音響信号SS3及びSS4を、HCS(High Cut Sound)と分類している。
【0052】
図3(b)は、コンテンツAとコンテンツBの各々のコンテンツ(楽曲等)を例示すると共に、本実施の形態に係る音響信号再生処理の結果の一例を示す図である。すなわち、
図3(b)において、例えば、No.1の「きよしのズンドコ節」はコンテンツB(つまり、音響信号SS4)の一例であり、No.2の「熊野幻想〜」はコンテンツA(つまり、音響信号SS1)の一例である。本実施の形態に係る音響信号再生処理が実行されると、一例として
図3(b)に示すような態様で、コンテンツAとコンテンツBとが切り替わり、コンテンツ配列を構成する。
【0053】
なお、本実施の形態では、コンテンツAとして、可聴域外周波数成分を含む楽曲を中心として例示したが、これに限られず、例えば自然音のような環境音等のコンテンツとしてもよい。ここでいう自然音とは、自然豊かな環境で採取した川のせせらぎなどの水の音、風の音、虫の音、それらの複合音などである。また、コンテンツBとして歌謡曲を例示して説明しているが、これに限られず、高齢者が好む他のコンテンツ、例えば講談等の演芸もの、詩の朗読などであってもよい。
【0054】
つぎに、
図4を参照して、本実施の形態に係る音響信号再生処理プログラムについて説明する。
図4に示す処理は、CPU100がROM102等の記憶手段から本音響信号再生処理プログラムを読み込み、実行する。なお、本実施の形態では、本音響信号再生処理プログラムをROM102等に予め記憶させておく形態としているが、これに限られない。たとえば、本音響信号再生処理プログラムがコンピュータにより読み取り可能な可搬型の記憶媒体に記憶された状態で提供される形態、有線または無線による通信手段を介して配信される形態等を適用してもよい。
【0055】
また、本実施の形態では、本音響信号再生処理を、プログラムを実行することによるコンピュータを利用したソフトウエア構成により実現しているが、これに限られない。たとえば、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)を採用したハードウエア構成や、ハードウエア構成とソフトウエア構成との組み合わせによって実現してもよい。
【0056】
図4に示すように、ステップS100で音響信号源AからコンテンツAを選択する。本ステップで選択するコンテンツAの数は1つであってもよいし、複数であってもよい。
【0057】
次のステップS102では、ステップS100で選択されたコンテンツAを、RAM104等の記憶手段に一時的に記憶させる。
【0058】
次のステップS104では、音響信号源BからコンテンツBを選択する。本ステップで選択するコンテンツBの数は1つであってもよいし、複数であってもよい。
【0059】
次のステップS106では、ステップS104で選択されたコンテンツBを、RAM104等の記憶手段に一時的に記憶させる。
【0060】
次のステップS108では、RAM104等の記憶手段からコンテンツA及びコンテンツBを順次読み出す。コンテンツA及びコンテンツBの読み出す順序は特に限定されないが、本実施の形態では、コンテンツA、コンテンツBの順番で読み出すものとする。本ステップにより、加算部18を介して、コンテンツAとコンテンツBとが、所定の間隔で配列され、コンテンツ配列を構成する。
【0061】
次のステップS110では、ステップS108で配列されたコンテンツ配列を再生するように、再生部16を制御する。
【0062】
次のステップS112では、再生を終了するか否か判定する。当該判定が肯定判定となった場合には本音響信号再生処理プログラムを終了する一方、否定判定となった場合にはステップS100に戻り、以上のステップを繰り返す。再生を終了するか否かの判定は、音響信号再生装置10に設けられた図示しないタッチパネル等の入力手段から、ユーザによる終了の指示を受け付けたか否かによって判定してもよい。
【0063】
以上のような本実施の形態に係る音響信号再生処理により、一例として
図3(b)に示すようにコンテンツAとコンテンツBとが配列され、再生部16で再生されて、スピーカ50により音響として呈示される。
【0064】
なお、本実施の形態では、ステップS102及びステップS106で、各々選択されたコンテンツA及びコンテンツBを、RAM104等の記憶手段に一次的に記憶させる形態を例示して説明したが、これに限られない。各コンテンツをRAM104等の記憶手段に記憶させるのはコンテンツAとコンテンツBとを配列させるタイミングを調整するためであるので、例えば、CPU100が、音響信号源A12からコンテンツAを読み出すタイミングと、音響信号源B14からコンテンツBを読み出すタイミングとを調整することにより、コンテンツAとコンテンツBとを配列するようにしてもよい。
【0065】
以上詳述したように、本実施の形態に係る音響信号再生装置10では、当初より可聴域内周波数成分と可聴域外周波数成分とを含むコンテンツAによる音響と、可聴域内周波数成分のみを含むコンテンツBによる音響とを交互に、組み合わせて呈示することにより、双方のコンテンツの相乗的、相補的効果を得ることができる。以下、このコンテンツAとコンテンツBとの相乗的、相補的効果の一例について、本実施の形態に係る音響信号再生装置10を、認知症高齢者に対する受動的音楽療法に適用した場合を例示して説明する。
【0066】
認知症高齢者に対する受動的音楽療法では、コンテンツAとして、元々可聴域の上限周波数fa以上の高周波音を豊富に含み、ハイパーソニック効果の大きいコンテンツ(自然環境音、ガムラン、チェンバロなどの楽器音)を音響信号源A12から選択する。また、コンテンツBとして、高齢者が好む楽曲、例えば歌謡曲などのコンテンツを音響信号源B14から選択する。このコンテンツAとコンテンツBとを組み合わせた選択を繰り返し、加算部18を介して、コンテンツAとコンテンツBの組み合わせであるコンテンツ配列を作成する。
図3(b)は、このコンテンツ配列の一例を示している。
【0067】
例えばデイルームにおいて、作成したコンテンツ配列を再生部16により再生すると共に、スピーカ50から音響として認知症高齢者に呈示する。むろん、スピーカ50は、可聴域から可聴域外の所定の周波数までの帯域を有するスピーカシステムである。
【0068】
このような構成の音響装置(サウンド・システム)によれば、ハイパーソニック・サウンドとして一定の効果が確認されたコンテンツAによって、聴取者である認知症高齢者にハイパーソニック効果をもたらすことが期待できる。しかしながら、自然環境音やチェンバロなどの楽器音を主体とするコンテンツAは、認知症高齢者のみならず高齢者一般にとってはなじみが薄く、興味を惹きにくい。従って、認知症高齢者に飽きが生じ、しいてはデイルームから退出してしまうことも想定される。
【0069】
一方、コンテンツBは、認知症高齢者のみならずに高齢者一般にとってなじみのある歌謡曲等であることから、認知症高齢者の興味を惹きつけ、呈示音響に対する集中を維持させることが期待できる。従って、認知高齢者の関心を維持し、デイルームでくつろぐことが期待できる。一方、コンテンツBには、ハイパーソニック効果は期待できない。
【0070】
このように、各々の長所、短所を有するコンテンツAとコンテンツBとを交互に組み合わせて再生し、コンテンツA及びコンテンツBによる音響を呈示することによって、認知症高齢者の関心を維持しつつ、認知症高齢者に対してハイパーソニック効果をもたらすことが可能となる。従って、本実施の形態に係る音響信号再生装置10によれば、一例として認知症高齢者に対する受動的音楽療法に適用した場合に、コンテンツAとコンテンツBとの相乗的、相補的効果によって、より効果の高い受動的音楽療法を実現できることが期待される。
【0071】
[第2の実施の形態]
図5及び
図6を参照して、本実施の形態に係る音響信号再生装置10aについて説明する。音響信号再生装置10aは、可聴域内周波数成分のみを含む音響信号に可聴域外周波数成分を付加したコンテンツBを生成するコンテンツB生成部を有している点、及び出力端子として可聴域内用出力端子及び可聴域外用出力端子の2系統有している点で、先述の音響信号再生装置10と異なる。従って、音響信号再生装置10と同じ構成には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0072】
図5に示すように、音響信号再生装置10aは、音響信号源A12、音響信号源B14a、再生部16、加算部18、制御部20、LPF(Low Pass Filter)22、及びHPF(High Pass Filter)24を含んで構成されている。
音響信号源A12、再生部16、及び加算部18の構成、機能は、先述した音響信号再生装置10と同様である。本実施の形態に係る音響信号源B14aは、コンテンツB生成部140を備えている。
【0073】
図6を参照して、本実施の形態に係るコンテンツB生成部140について説明する。
図6(a)は、外部に接続される原音信号源150を併せて図示したコンテンツB生成部140のブロック図であり、
図6(b)ないし(e)は、コンテンツB生成部140の動作を説明するために示す、節点N1ないしN4における周波数スペクトルである。
【0074】
本実施の形態に係るコンテンツB生成部140は、可聴域内楽曲に、人工的に生成した可聴域外周波数成分を付加する機能を有している。ここで、本発明においては、可聴域内楽曲(一般的には、可聴域内周波数成分のみを含むコンテンツ)に付加する可聴域外周波数成分の生成方法については、特に限定されるものではなく、可聴域内周波数成分とは無関係の可聴域外周波数成分を付加してもよいが、本実施の形態においては、可聴域内周波数成分に基づいて生成された可聴域外周波数成分を付加している。発明者らが実施した実験では、可聴域内周波数成分とは無関係の可聴域外周波数成分を付加して生成した音響信号より、可聴域内周波数成分に基づいて生成された可聴域外周波数成分を付加した音響信号の方が、より大きなハイパーソニック効果が得られている。
【0075】
図6(a)に示すように、コンテンツB生成部140は、逓倍部142、HPF144、及び加算部146を備えている。そして、入力端子IN2には原音信号源150が接続され、OUT4及びOUT5の2系統の出力端子を有している。原音信号源150は、可聴域内楽曲の信号源であり、具体的には、可聴域内楽曲が連続的に再生されている信号源、例えば、CD再生機器、あるいは有線放送のような信号源である。
【0076】
原音信号源150から入力された原音信号は、
図6(b)に示すように、可聴域周波数の上限周波数faまでの周波数成分を含んでいる(節点N1)。
【0077】
逓倍部142は、原音信号に含まれる周波数成分を逓倍、すなわち整数倍する部位であり、本実施の形態では逓倍数を、一例として2倍としている。つまり、本実施の形態に係る逓倍部142は、倍音発生部である。逓倍部142の出力である節点N2の周波数スペクトルは、
図6(c)に示すように、可聴域周波数の下限から2×faまでの周波数成分を含む周波数スペクトルとなる。このように、本実施の形態に係る逓倍部142は、可聴域内楽曲の可聴域内周波数成分に、該可聴域内周波数成分に基づいて生成された可聴域外周波数成分を付加する方法の一例である。なお、逓倍部142における逓倍数は2倍に限られず、音響信号の呈示目的等に応じて自由に設定してよい。
【0078】
HPF144は、逓倍部142の出力信号の周波数成分のうち可聴域内周波数成分を遮断するフィルタであり、HPF144の出力である節点N3の周波数スペクトルは、
図6(d)に示すように、周波数fa以下の周波数成分がカットされた周波数スペクトルとなる。HPF144で周波数fa以下の周波数成分をカットするのは、以下で説明する加算部146で周波数fa以下の周波数成分を含む原音信号と加算する場合に、同じ帯域の周波数成分が重複しないようにするためである。
【0079】
加算部146は、原音信号とHPF144の出力信号とを加算する部位であり、加算された後の節点N4における周波数スペクトルは、
図6(e)に示すように、可聴域内周波数成分から可聴域外周波数成分を含む周波数スペクトルとなる。このようにして、可聴域内楽曲に対し可聴域外周波数成分を付加した、本実施の形態に係るコンテンツBが生成される。生成されたコンテンツBは、FRSとして、
図6(a)に示す出力端子OUT5から出力される。出力端子OUT5は、図示しない記憶装置に接続され、コンテンツB生成部140で生成されたコンテンツBは、該記憶装置に記憶される。制御部20は、音響信号再生装置10と同様に、該記憶装置からコンテンツBを選択し、読み出す。音響信号再生装置10aにおいて、音響信号源A12及び音響信号源B14aから読み出され、構成されたコンテンツAとコンテンツBの配列は、
図3(b)に一例として示すコンテンツ配列と同様である。
【0080】
なお、本実施の形態では、コンテンツB生成部140を記憶装置に記憶させ、制御部20は、この記憶装置からコンテンツBを読み出す形態を例示して説明したが、これに限られず、コンテンツB生成部140の出力をそのまま用いる形態としてもよい。
【0081】
また、
図6(a)に示すように、コンテンツB生成部140は、原音信号、つまり、可聴域内楽曲を出力する出力端子OUT4も有している。従って、音響信号再生装置10aは、コンテンツBとして、可聴域内楽曲に可聴域外周波数成分を付加したものだけでなく、可聴域内楽曲そのもの(HCS)も呈示することができるように構成されている。従って、出力端子OUT4とOUT5とを切り替えて選択するスイッチを設けることによって、コンテンツBの種類(例えば、可聴域内楽曲の音響信号か、可聴域内楽曲に可聴域外周波数成分を付加した音響信号か)を選択し、切り替えることが可能な音響信号再生装置10aを構成することができる。
【0082】
再び
図5を参照して、本実施の形態では、さらに、再生部16の出力を2系統に分離する、周波数fa(可聴域の上限周波数)をクロスオーバー周波数とするLPF22及びHPF24を備えている。LPF22は、再生部16の出力から可聴域内周波数成分(すなわち、周波数fa以下の周波数成分)を濾波するフィルタであり、LPF22の出力は、出力端子OUT2から出力される。出力端子OUT2にはスピーカ50aが接続されており、スピーカ50aから可聴域内周波数の音響が呈示される。一方、HPF24は、再生部16の出力から可聴域外周波数成分(すなわち、周波数fa以上の周波数成分)を濾波するフィルタであり、HPF24の出力は、出力端子OUT3から出力される。出力端子OUT3にはスピーカ50bが接続されており、スピーカ50bから可聴域外周波数の音響が呈示される。
【0083】
また、
図5に示すように、本実施の形態に係る制御部20は、音響信号源A12、音響信号源B14a(コンテンツB生成部140、図示しない記憶装置を含む)、及び再生部16を制御している。
【0084】
以上詳述したように、本実施の形態に係る音響信号再生装置10aによれば、コンテンツBも可聴域外周波数成分を含んでいるので、コンテンツBによる音響も、コンテンツAによる音響に加えて、ハイパーソニック効果をもたらすことができる。
【0085】
発明者らが実施した実験によって、本実施の形態に係るコンテンツBのように、人工に的に生成した高周波音源を付加した音響信号(音響信号SS2)による音響は、当初より可聴域外周波数成分を含んでいるコンテンツAのような音響信号(音響信号SS1)による音響に比べ、ハイパーソニック効果の程度がより小さいということがわかっている。しかしながら、可聴域内楽曲だけではハイパーソニック効果は全く期待できない。したがって、本実施の形態に係るコンテンツ配列を再生することにより、コンテンツAとコンテンツBのより大きな相乗的、相補的効果を得ること、すなわち、歌謡曲等の高齢者になじみのある楽曲等の音響を呈示しつつ高齢者の関心を維持し、なおかつ常時ハイパーソニック効果のあるハイパーソニック・サウンドを認知症高齢者に呈示することができる。従って、本実施の形態に係る音響信号再生装置10aは、より効果の高い受動的音楽療法の一方法として期待される。
【0086】
さらに、音響信号再生装置10aでは、可聴域内周波数成分と可聴域外周波数成分とが分離して出力されるので、例えば、ある部屋における各々の周波数成分の呈示位置を個々に設定したいような場合に好適である。
【0087】
なお、本実施の形態では、出力を可聴域内周波数成分と可聴域外周波数成分とに分離して出力(つまり、2ウエイで出力)しているが、むろん、音響信号再生装置10のように、再生部16からの出力信号をそのまま出力(つまり、1ウエイで出力)してもよい。逆に、音響信号再生装置10において、再生部16の出力にLPF及びHPFを挿入し、LPFの出力及びHPFの出力に各々スピーカを接続して、2ウエイのサウンド・システムとしてもよい。
【0088】
また、本実施の形態では、可聴域内周波数成分に、該可聴域内周波数成分の倍音を付加してコンテンツBを生成しているが、これに限られず、他の方法を用いて発生させた可聴域外周波数成分を用いてコンテンツBを生成してもよい。例えば、音響信号SS1(ハイパーソニック・サウンド)の可聴域外周波数成分のみをフィルタで抜き出し、抜き出した可聴域外周波数成分を、可聴域内楽曲等の可聴域内周波数成分に付加してコンテンツBを生成してもよい。
【0089】
<実施例>
次に、
図7ないし
図11を参照して、本実施の形態に係る音響信号再生装置10aを用いた音響の呈示を、認知症高齢者の受動的音楽療法に実際に適用した事例について説明する。本実施例は、ハイパーソニック・サウンドを用いた受動的音楽療法によって認知症高齢者(以下、「被験者」)の周辺症状を緩和させることを目的とした試行治療であり、併せて周辺症状緩和の程度の効果測定も行っている。
【0090】
本実施例では、本試行治療を、ある老人保健施設のデイルームにおいて行った。この老人保健施設には認知症高齢者も居住しており、本実施例では、この認知症高齢者の一部集団に対して、本実施例に係る試行治療を行った。
【0091】
図7(a)に、本実施例に係る施設の平面図、及び本実施例に係る音響機器の配置を示す。
図7(a)に示すように、本試行治療を実施したデイルームDRは、入所者の居室が配置されたフロワーの一画に設けられている。デイルームDRには、テーブル62やいすなどが配置されており、入所者が自由に集えるように配慮されている。
【0092】
また、
図7(b)に示すように、デイルームDR付近の天井には、天井埋め込み型のスピーカ50c(
図7(a)の○付番号で示した位置に3個配置されている)が備えられ、さらに、天井吊り下げ型のスピーカ50d(
図7(a)の☆で示した位置に3個配置されている)が設けられている。特に、スピーカ50dは、可聴域外周波数成分まで再生可能なスーパーツイータである。これらスピーカ群によって、可聴域から約100kHzまでの音響信号が再生可能となっている。そして、普段は、別室に設けられた音響室から音楽等の音響を流すことができるようになっている。
【0093】
本試行治療では、上記設備に対して、本実施の形態に係る音響信号再生装置10a及び関連機材を音響機材設置位置60に配置し、上記スピーカ50c及び50dと接続した。
そして、音響信号再生装置10aによって再生された音響が、デイルームDRにおいて聴取可能となっている。本試行治療において、被験者に求められる行動は、基本的に、デイルームに集合してもらい、再生された音響を聴いてもらうだけである。
【0094】
本実施例では、本試行治療の効果を確認するため、可聴域外の高周波音を含む音源(FRS)による音響を呈示した場合と、20kHz以下に帯域制限した高周波音を含まない音源(HCS)による音響とを呈示した場合とで比較を行っている。本実施例におけるFRSは、
図3(b)に示すコンテンツ配列(ただし、コンテンツBは、可聴域外周波数成分を付加したコンテンツである)による音響であり、HCSは、
図3(b)におけるコンテンツBの原音信号(すなわち、可聴域外周波数成分を含まないコンテンツB)である。
FRS、HCSとも、サンプリング周波数を192kHz、量子化ビット数を16ビットとし、高周波音を含むか否か以外は同一条件とした。
【0095】
図8に、本試行治療の内容、及びスケジュールを示す。本試行治療は2年にわたって実施され、
図8(a)は1年目のスケジュールを、
図8(b)は2年目のスケジュールを各々示している。
図8に示すように、本試行治療では、1回当たり14日間の音響呈示を各年4回ずつ、合計8回行った。1日における音響の呈示時間は、10時〜11時45分、12時〜13時の合計2時間45分としている。各年とも、第1回の音響呈示はFRS、第2回の音響呈示はHCS、第3回の音響呈示はHCS、第4回の音響呈示はFRSとし、各音響呈示の間に3週間の休止期間を設けた(ただし、2年目の第2回の音響呈示と第3回の音響呈示との間の休止期間だけ約2ヶ月とした)。なお、上記8回の音響呈示によるデータの分析に当たっては、1年目の第1回及び第2回のデータを分析対象から除いた。その理由は、本試行治療を行うための音響システムに不調(異常音の発生)があったこと、本試行治療の実行中に、症状の激しい入所者(本試行治療の対象外)の言動によって、被験者グループが身体的、心理的な影響を少なからず受けたと認められたためである。
【0096】
途中でFRSとHCSの順序を変えたのは、順序効果を避けるためであり、休止期間を設けたのは直前の回の音源の影響を避けるためである。また、気候条件による体調の変調などの影響を避けるために、夏の暑い時期、冬の寒い時期を避けて行った。期間中、施設関係者には、高周波音が含まれているか否かについての情報は一切示さずに実施した。
【0097】
図8に示すように、本試行治療では、スケジュールの各段階において、NPI(Neuropsychiatric Inventory)評価法を用いた周辺症状の評価を行った。すなわち、各年において、準備調整期間の初日に、各被験者についてNPI評価値の初期データを収集するプレNPI評価を行い、その後4回の音楽呈示の前後における被験者の状態についてのNPI評価を行った。各NPI評価は、施設に勤務している看護士1名と介護士1名の2人によるものである。
【0098】
ここで、NPI評価法とは、認知症に伴う精神症状の代表的な評価方法であり、認知症患者の行動をよく知っている介護者へのインタビューに基づいて、患者の状態を示すNPIスコアを取得して行う観察式の評価方法である。NPIスコアは、妄想、幻覚、興奮、抑うつ状態、不安、多幸、無関心、脱抑制、易刺激性、異常行動の10項目について、5段階の頻度(0〜4点)×4段階の重症度(0〜3点)で得られ、満点は120点である。すなわち、当該NPIスコアの点数が高いほど当該精神症状が強い。NPI評価法では、該当する精神症状が認められる場合に下位質問を行い、詳細な精神症状の有無を網羅的にチェックできるように作成されている。
図9に、上記諸項目のうち「妄想」を例にとった場合の評価内容の例を示す。
【0099】
本試行治療では、さらに、
図8に示すように、準備調整期間を含む期間において、長谷川式認知症スケールによる認知症スケールの測定を行った。長谷川式認知症スケールとは、長谷川和夫氏によって作成された簡易知能検査であり、20点以下で認知症の可能性が高まるとされている。また、認知症であることが確定している場合は、20点以上で軽度、11〜19点の場合は中等度、10点以下で高度と判定される。
【0100】
図10に、本試行治療における被験者のプロフィールを示す。被験者は全部で14名であったが、実験途中に骨折して参加できなくなった方1名、途中退院された方1名、ご逝去された方が1名おり、全期間を通じて参加できた方は合計11名であった。また、
図10に示すように、各被験者の長谷川式認知症スケールは0〜13であり、被験者の認知症の程度は、中〜重度の範囲であった。
【0101】
図11に、NPI総合得点変化量を示す。
図11に示すNPI総合得点変化量は、音楽呈示前後における11名の被験者のNPIスコアの平均値を算出し、3回のFRS及び3回のHCSごとにその差分を求め、さらに、FRS、HCS各々の3個の差分を平均したものである。
【0102】
図11に示すように、HCS、すなわち、可聴域内周波数のみのコンテンツBによる音響を提示した場合のNPI総合得点変化量はほぼ0であったのに対し、FRS、すなわち、可聴域内周波数と可聴域外周波数とを含むコンテンツAとコンテンツBとの組み合わせ(つまり、
図3(b)に示すコンテンツ配列で、コンテンツBが可聴域内楽曲に可聴域外周波数成分が付加されたコンテンツであるもの)の場合のNPI総合得点変化量は3.8減少した。この結果から、FRS時には、有意水準5%で検定すると統計的に有意な差が見られ、NPIスコアが下がり、認知症患者の周辺症状が改善されることが確認された。
本実施例のこの結果は、受動的音楽療法の認知症の周辺症状緩和への適用において、従来ほとんど報告がなかった内容である。
【0103】
なお、上記各実施の形態では、音響信号源A及び音響信号源BとしてSDカード等の記憶装置を用いる形態を例示して説明したが、これに限られず、各々再生機器(プレーヤー)等によって再生される音響信号源、あるいは有線放送のようなストリーミング音響信号源としてもよい。この場合の再生機器には、96kHzや192kHzなどの高いサンプリング周波数で信号を再生できる再生機器(DVD−Audioプレーヤー、Blu−ray(登録商標)Audioプレーヤー、サウンドカードなど)を用いることができる。