特許第6621977号(P6621977)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6621977β型Ti系超弾性合金、及び、β型Ti系超弾性合金の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6621977
(24)【登録日】2019年11月29日
(45)【発行日】2019年12月18日
(54)【発明の名称】β型Ti系超弾性合金、及び、β型Ti系超弾性合金の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 14/00 20060101AFI20191209BHJP
   C22F 1/18 20060101ALI20191209BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20191209BHJP
【FI】
   C22C14/00 Z
   C22F1/18 H
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 625
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 640A
   !C22F1/00 675
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 681
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 691Z
   !C22F1/00 692A
   !C22F1/00 694Z
   !C22F1/00 694B
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 686A
   !C22F1/00 601
   !C22F1/00 630L
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-202317(P2014-202317)
(22)【出願日】2014年9月30日
(65)【公開番号】特開2016-69709(P2016-69709A)
(43)【公開日】2016年5月9日
【審査請求日】2017年9月4日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000110147
【氏名又は名称】トクセン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100148068
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 洋平
(72)【発明者】
【氏名】細田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】草野 泰宏
(72)【発明者】
【氏名】岡野 奈央
(72)【発明者】
【氏名】稲邑朋也
(72)【発明者】
【氏名】田原 正樹
(72)【発明者】
【氏名】住本 伸
【審査官】 河野 一夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−215650(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 14/00
C22F 1/00 − 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Snであり、かつ、以下(A)及び(B)の条件をすべて満たすことを特徴とするβ型Ti系超弾性合金。
(A)4.0≦X1≦6.0、4.0≦X2≦6.0、9.0≦X1+X2≦10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.5、
(B)当該β型Ti系超弾性合金が室温(293K〜297K)において形状回復率5%以上の超弾性を示す。
【請求項2】
前記(A)及び(B)の条件に加えて以下(C)の条件も併せて満たすことを特徴とする請求項1に記載のβ型Ti系超弾性合金。
(C)4.5≦X1≦5.5、4.5≦X2≦5.5、9.5<X1+X2<10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.2。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のβ型Ti系超弾性合金と同じ組成であって冷間加工前の状態の合金である中間材を製造する中間材製造工程と、
前記中間材に接触する部分の加工部材の温度を313〜353K、冷間加工時における中間材の平均温度を293K〜393Kとして、前記中間材に冷間加工を行う冷間加工工程と、
を備えることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のβ型Ti系超弾性合金の製造方法。
【請求項4】
前記冷間加工工程において、前記中間材に対する加工速度を20m/分以下として、前記中間材に冷間加工を行う
ことを特徴とする請求項3に記載のβ型Ti系超弾性合金の製造方法。
【請求項5】
前記冷間加工工程における前記中間材の初期厚みに対する総加工率が40%以上であって前記中間材に割れ又はヒビが生じる前に、前記中間材に対して焼鈍を行う中間焼鈍工程と、
を更に備えることを特徴とする請求項3又は請求項4に記載のβ型Ti系超弾性合金の製造方法。
【請求項6】
前記冷間加工工程において、前記中間材に対する1回あたりの平均加工率を32.5%以下として、前記冷間材に冷間加工を行う
ことを特徴とする請求項3から請求項5のいずれか1項に記載のβ型Ti系超弾性合金の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β型Ti系超弾性合金及びβ型Ti系超弾性合金の製造方法に係り、特に、板材や線材など所望形状の合金が冷間加工で好適に製造することができるβ型Ti系超弾性合金及びβ型Ti系超弾性合金の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
形状記憶合金は、一般的に、マルテンサイト変態に起因して、形状記憶特性、超弾性、又は、両特性を示す。形状記憶合金が室温において超弾性を示すと、通常のばね金属よりも、繰り返し変形特性が格段に向上する。そのため、室温において形状記憶合金が超弾性を示すことは、材料設計の観点から好ましい結果の一つと言える。
【0003】
Ti−Ni系形状記憶金属は、室温において、上記の両特性を示すことが明らかになっている。
【0004】
しかしながら、他のTi系形状記憶合金が、室温において、形状記憶特性及び超弾性の両特性を有することは稀であり、どちらか一方の特性を示すことが一般的である。これは、Ti系形状記憶合金を組成する元素数が3個以上であることが多いこと、添加元素の濃度が0.1%でも変化すると所望の特性が生じないことがあるくらいに濃度にシビアであること、組成元素が同じでもわずかな濃度変化によって加工方法が異なることが多いこと、などの理想的な合金組成や加工方法等を発見することが非常に困難であることに起因すると考えられる。
【0005】
また、本願発明者は、過去に、所定の組成で構成されたβ型Ti系合金が形状記憶特性を示すことを明らかにしている(特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−215650号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記した所定の組成で構成されたβ型Ti系合金が超弾性を示すことはまだ明らかになっていないという問題があった。
【0008】
そこで、本発明はこれらの点に鑑みてなされたものであり、β型Ti系合金で超弾性を示すβ型Ti系超弾性合金及びβ型Ti系超弾性合金の製造方法を提供することを本発明の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)前述した目的を達成するため、本発明のβ型Ti系超弾性合金は、Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Snであり、かつ、4.0≦X1≦6.0、4.0≦X2≦6.0、9.0≦X1+X2≦10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.5、の条件をすべて満たす、ことを特徴とする。
【0010】
これにより、Ti系合金が室温において形状回復率が10%以上の超弾性を示すことができる。
【0011】
(2)また、本発明のβ型Ti系超弾性合金は、4.5≦X1≦5.5、4.5≦X2≦5.5、9.5<X1+X2<10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.2、の条件を更にすべて満たす、ことが好ましい。
【0012】
これにより、Ti系合金が室温において形状回復率が40%以上の超弾性を示すことができる。
【0013】
(3)また、前述した目的を達成するため、本発明のβ型Ti系超弾性合金の製造方法は、上記(1)又は(2)に記載のβ型Ti系超弾性合金と同じ組成であって冷間加工前の状態の合金である中間材を製造する中間材製造工程と、中間材に接触する部分の加工部材の温度を313〜353K、冷間加工時における中間材の平均温度を293K〜393Kとして、中間材に冷間加工を行う冷間加工工程と、を備えることを特徴とする。
【0014】
これにより、上記(1)又は(2)に記載のβ型Ti系超弾性合金の中間材に対して割れやヒビを生じさせることなく所望形状に冷間加工することができる。
【0015】
(4)また、本発明のβ型Ti系超弾性合金の製造方法の冷間加工工程において、中間材に対する加工速度を20m/分以下として、中間材に冷間加工を行う、ことが好ましい。
【0016】
これにより、中間材における急激な温度上昇が抑えられて中間材の内部に脆い析出物が発生することを抑制することができるので、中間材に対して割れやヒビを生じさせることなく所望形状に冷間加工することができる。
【0017】
(5)また、本発明のβ型Ti系超弾性合金の製造方法は、冷間加工工程における中間材の初期厚みに対する総加工率が40%以上であって中間材に割れ又はヒビが生じる前に、中間材に対して焼鈍を行う中間焼鈍工程と、を更に備えることを特徴とする。
【0018】
これにより、中間材に対して最大で総加工率が97%以上の冷間加工を行うことができる。
【0019】
(6)また、本発明のβ型Ti系超弾性合金の製造方法の冷間加工工程において、中間材に対する1回あたりの平均加工率を32.5%以下として、冷間材に冷間加工を行うことを特徴とする。
【0020】
これにより、総加工率が40%以下などの低い総加工率において中間材に割れやヒビを生じさせることを抑制させることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明のβ型Ti系超弾性合金及びβ型Ti系超弾性合金の製造方法によれば、室温において超弾性を示す板材や線材等の所望形状の材料を冷間加工で製造できるので、実用可能なNiフリー超弾性合金を提供することができるという効果を奏する。
【実施例】
【0022】
以下、本発明のβ型Ti系超弾性合金及びβ型Ti系超弾性合金の製造方法に関する本実施例を説明する。なお、本実施例においては、室温(293K〜297K)において形状回復率5%以上の超弾性を示し、かつ、主に室温以外において形状記憶効果を示すβ型Ti系合金を「β型Ti系超弾性合金」という。また、形状回復率5%未満の超弾性を示し、かつ、主に室温以外において形状記憶効果を示すβ型Ti系合金を「β型Ti系形状記憶合金」という。
【0023】
[1]組成
まずは、本実施例のβ型Ti系超弾性合金を説明する。
【0024】
[1−1]金属添加元素の選定基準
[1−1−1]融点
Ti−Nb系合金やTi−Mo系合金などの他のβ型Ti系形状記憶合金におけるNb(融点:2468℃)やMo(融点:2620℃)などのβ安定型元素の融点はTi(融点:1668℃)の融点よりも800℃以上も高いため、アーク溶解法などの金属溶解法による合金化が難しいという問題点がある。そのため、金属添加元素の融点は金属溶解法での溶解が容易な2000℃以下であることが好ましい。
【0025】
[1−1−2]沸点
添加元素の沸点がTiの融点(1668℃)以下では、Tiの溶解中に添加元素が気化(蒸発)するという問題点がある。そのため、添加元素の沸点はTiの融点(1668℃)以上であることが好ましい。
【0026】
[1−1−3]格子ひずみ
β型Ti系合金が超弾性を発揮するメカニズムは、母相と呼ばれる体心立方晶βと熱弾性型マルテンサイト相と呼ばれる斜方晶α”との2相間で相互に生じる格子変形に起因する。この格子変形が相変態を引き起こす。相変態を引き起こすひずみ(以下、「相変態ひずみ」という。)の最大値は超弾性ひずみの最大値となるため、超弾性ひずみを増大させるためには相変態ひずみを増大させる必要がある。
【0027】
ここで、Ti−Ni系超弾性合金における相変態ひずみの最大値は10.5%であり、Ti−Nb系超弾性合金などのβ型Ti系超弾性合金における相変態ひずみの最大値は3%程度である(Ti−16Nb−4.8Sn:3.3%、Ti−24Nb−3Al:3.0%)。そのため、相変態ひずみの最大値が3%を超えるβ型Ti系超弾性合金は、従来のβ型Ti系超弾性合金と比較して、優れた超弾性を発揮するといえる。
【0028】
[1−2]本合金の組成
本実施例において試作されたβ型Ti系超弾性合金及びβ型Ti系形状記憶合金(以下、「本合金」という。)の組成は、Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Snである。本合金の金属添加元素にCr及びSnを選択した理由は、本合金の金属添加元素の融点及び沸点が上記「(1−1−1)融点」及び「(1−1−2)沸点」の選定基準を満たすとともに、本実施例の前に行った事前実験においてTi−Cr−Sn系合金が「(1−1−3)格子ひずみ」の選定基準を満たす可能性があるという印象が得られたためである。
【0029】
[1−2−1]Tiの選択理由及びその濃度(mol%)
Tiは、本合金におけるベース元素である。Tiは、軽量であり、強度、耐食性、生体適合性に優れているからである。Tiの濃度(mol%)は、100mol%からCrの濃度X1(mol%)及びSnの濃度X2(mol%)並びに不可避不純物が混入された場合はその不可避不純物の濃度α(mol%)を加えて得た合計濃度X1+X2+α(mol%)を除して得た濃度100−(X1+X2+α)(mol%)である。
【0030】
[1−2−2]Crの添加理由及びその濃度X1(mol%)
Crは、本合金におけるβ相安定化元素である。β相安定化元素は、本合金のMs点(マルテンサイト変態開始温度)を低下させることにより、室温において本合金が超弾性を発揮するための添加元素である。言い換えると、Crの濃度は、Ms点を所望の温度に調整するため、本合金の超弾性の性能差に直結する。そのため、本発明者は、過去の経験に基づき、0.0≦X1≦9.0を満たすように、本合金に添加されるCrの濃度X1(mol%)を設定した。
【0031】
[1−2−3]Snの添加理由及びその濃度X2(mol%)
Snは、本合金におけるω脆性抑制元素である。ω脆性抑制元素は、残留β相からα相への中間生成物として生じやすいω相によるω脆性を抑制するための添加元素である。ω相が多く形成されると、逆変態が阻害され、超弾性が発揮しなくなる。また、Snの濃度が濃くなるとω脆性の抑制効果は高まるが、ω相以外の第二相が形成され、形状記憶特性が低下すると本発明者は考える。そのため、本発明者は、過去の経験に基づき、0.0≦X2≦6.0を満たすように、本合金に添加されるSnの濃度X2(mol%)を設定した。
【0032】
[1−2−4]添加元素(Cr、Sn)の合計濃度X1+X2(mol%)
Snが本合金(Ti‐Cr‐Sn系超弾性合金)に添加される場合、Snは、Crと同様、Msを低下させる効果をも奏する。そのため、Cr及びSnがβ型Ti系超弾性合金に添加される場合、Cr及びSnの各濃度の和となる添加元素の合計濃度X1+X2(mol%)もMs点の調整において重要な因子となると本発明者は考える。そのため、本発明者は、過去の経験に基づき、3.0≦X1+X2≦12.0を満たすように、本合金に添加される添加元素の合計濃度X1+X2(mol%)を設定した。
【0033】
[1−2−5]添加元素(Cr、Sn)の濃度比X1/X2
本合金が超弾性を発揮するためには、Ms点の調整とω相抑制効果のバランスも重要であると本発明者は考える。このバランスが適切か否かを判断する因子が添加元素の濃度比X1/X2であると本発明者は考える。そのため、本発明者は、過去の経験に基づき、0.1<X1/X2<10.0を満たすように、本合金に添加される添加元素の濃度比X1/X2を設定した。
【0034】
[2]製造工程
次に、本実施例におけるβ型Ti系超弾性合金の製造方法を説明する。
【0035】
本実施例におけるβ型Ti系超弾性合金の製造方法は、中間材製造工程と、冷間加工工程と、を備える。また、本実施例におけるβ型Ti系超弾性合金の製造方法は、均質化処理と、中間焼鈍工程と、溶体化処理工程と、を更に備えることが好ましい。
【0036】
[2−1]中間材製造工程
本合金の中間材は、非消耗タングステン電極型アルゴンアーク溶解炉を用いて各組成元素の原料を溶解することによりインゴット状に作製された。中間材とは、本実施例において、冷間加工工程前において製造された本合金と組成が同じ合金をいう。
【0037】
[2−2]冷間加工工程
[2−2−1]本合金の形状
均質化処理後の中間材は、冷間加工工程により所望の形状の本合金に加工された。本合金の形状としては、板材、線材その他の所望形状から選択可能である。また、中間材の加工後の形状としても、板材、線材その他の所望形状から選択可能である。つまり、加工前後の形状については、板材や線材などの特定の形状に限定されない。本実施例において、中間材及び本合金は板材に加工された。
【0038】
[2−2−2]加工温度
[2−2−2−1]冷間加工の定義
冷間加工における加工温度の上限は、一般的に、再結晶温度といわれている。つまり、加工温度が合金の融点の1/2の場合、その加工は冷間加工に分類される。
【0039】
本実施例においては、本合金に対して約1273K(1000℃)で2時間の加熱を行っても本合金が全く溶解しなかった。このことから、本合金の融点は、低くても約1273K(1000℃)以上である。そのため、本合金の再結晶温度は、低くてもその温度の1/2の温度637K(364℃)以上である。つまり、本合金に対する加工温度が637K(364℃)以下で行われる加工は冷間加工に分類される。
【0040】
[2−2−2−2]加工温度の設定
中間材に接触する部分の加工部材温度を室温(293K(20℃))、313〜353K(40〜80℃)、及び、373K(100℃)の3タイプに設定して、中間材を冷間加工した。これは、加工時における中間材の温度を制御するためである。なお、加工部材とは、圧延加工用又は押出加工用のローラー、引抜加工用のスリッターやダイス、プレス加工用の金型など、冷間加工装置において中間材に直接接触する部材である。
【0041】
また、冷間加工工程において、冷間加工時における中間材の平均温度は、293K(20℃)〜393K(120℃)に設定された。中間材温度の過低下又は過上昇により、中間材の内部に脆性破壊を生じる原因が発生することを抑制するためである。
【0042】
[2−2−3]加工率
本発明者は、冷間加工前後の中間材全体の総加工率を97%以上に設定した。加工率の計算方法は、加工前後における断面厚さの減少率である。総加工率を97%以上に設定した理由は、経験上、Ti系合金の冷間加工性が優れているか否かを判断するための基準値になり得ると本発明者は考えたからである。
【0043】
冷間加工前の中間材の初期厚みが10mmであり、その総加工率を約97%に設定した場合、冷間加工後の中間材である本合金(本実施例においては板材)の最終厚みは0.3mmである。
【0044】
また、中間材の初期厚みからその最終厚みまでに行われる冷間加工の回数は、本発明者による中間材の冷間加工経験に基づき、10〜30回に設定された。なお、1回あたりの平均加工率X、冷間加工回数N、及び、中間材全体に占める総加工率Zは、以下の式(数1)の通りとなる。
【0045】
【数1】
【0046】
つまり、上記式に上記の総加工率及び冷間加工回数を当てはめると、1回あたりの平均加工率が11.5%〜32.5%であると算出できる。つまり、本発明者は、中間材に対する1回あたりの平均加工率を32.5%以下に設定したとも言い換えられる。
【0047】
[2−2−3]加工速度
本発明者は、冷間加工の加工速度を20m/分、又は、10m/分のいずれかに設定した。加工速度を変化させた理由は、冷間加工の加工速度が20m/分の場合に加工速度が速すぎて割れやヒビなどの脆性破壊を生じた中間材があったからである。
【0048】
[2−3]熱処理工程
[2−3−1]均質化処理工程
中間材製造工程後であって冷間加工工程前において、中間材に対し、1273K(1000℃)で2時間の均質化処理が施された。溶解や熱処理に伴う組成の変化は各濃度に対して±0.3mol%以下であった。
【0049】
[2−3−2]中間焼鈍工程
中間焼鈍工程においては、冷間加工工程における中間材の初期厚みに対する総加工率が40%以上であって中間材に割れ又はヒビが生じる前に、中間材に対して中間焼鈍を行った。これは、冷間加工時に中間材の内部に生じた加工圧を下げて容易に加工するためである。中間焼鈍の条件は、Ar雰囲気下、焼鈍温度1173K(900℃)、焼鈍時間30分である。そして、中間焼鈍後に所望の総加工率になるまで、中間材に対して冷間加工を続けた。
【0050】
[2−3−3]溶体化処理工程
本合金に対し、真空雰囲気下、1073K(800℃)〜1473K(1200℃)、30分の溶体化処理が行われた後、水中への焼き入れが行われた。
【0051】
[3]評価
表1は、本実施例として作製した本合金の組成及び特性を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
表1に記載の「試料番号」欄には、試料番号1〜26と名付けられた本合金の超弾性の有無及び各物理特性が記載されている。
【0054】
[3−1]超弾性評価
本発明者は、株式会社島津製作所製の引張試験機(AG−500N、ロードセル最大荷重:1kN)を用いて、本合金に対し、引張試験による超弾性評価を行った。
【0055】
[3−1−1]評価方法
引張試験の方法は次の通りである。まず、本発明者は、室温(293〜298K(20〜25℃))において、引張速度が5×10−4m/分の一定速度で、引張ひずみが4%になるまで、本合金に荷重を印加した。その後、本発明者は本合金を除荷し、残留ひずみを測定することにより、超弾性による本合金の形状回復率を求めた。超弾性による形状回復率は、以下の数2の通りである。
【0056】
【数2】
【0057】
ここで、塑性ひずみ=引張ひずみ(4%)−弾性ひずみ、回復ひずみ=塑性ひずみ−残留ひずみ、である。
【0058】
また、表1の「超弾性」欄において、「○」は「形状回復率が40%以上」、「△」は「形状回復率が5%〜40%」、「×」は「形状回復率が5%未満、又は、引張試験途中に本合金が破断」、を示している。
【0059】
[3−1−2]超弾性有無の評価
本合金が超弾性を発揮することは、表1に記載の試料番号3〜5、8〜10、15、16及び20における「超弾性」欄に示されている。つまり、本合金(Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Sn)が4.0≦X1≦6.0、4.0≦X2≦6.0、9.0≦X1+X2≦10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.5、の条件をすべて満たす場合、本合金は超弾性を示すことが明らかとなった。各添加元素の組成誤差が±0.2mol%と仮定すると、上記の条件は、3.8<X1<6.2、3.8<X2<6.2、8.8<X1+X2<10.7、及び、0.6<X1/X2<1.7、であっても成立すると考えられる。
【0060】
また、表1に記載の試料番号5、10及び15における「超弾性」欄が示すように、本合金(Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Sn)が4.5≦X1≦5.5、4.5≦X2≦5.5、9.5<X1+X2<10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.2、の条件をすべて満たす場合、本合金は超弾性を示すことが明らかとなった。上記と同様、各添加元素の組成誤差が±0.2mol%と仮定すると、上記の条件は、4.3<X1<5.7、4.3<X2<5.7、9.3<X1+X2<10.7、及び、0.6<X1/X2<1.4、であっても成立すると考えられる。
【0061】
そして、本合金の組成がTi‐5mol%Cr‐5mol%Sn(X1≒X2≒5.0、X1+X2≒10.0、及び、X1/X2≒1.0)の場合、形状回復率が最大で90%以上を示した。
【0062】
さらに、本合金の一例であるTi‐5mol%Cr‐5mol%Snの相変態ひずみを実験結果に基づき算出したところ、その相変態ひずみの最大値は8.7%であった。これは、Ti−Ni系超弾性合金における相変態ひずみの最大値(10.5%)やTi系合金における格子ひずみの理論最大値(9.3%)に近似する。つまり、本合金であるTi−Cr−Sn系超弾性合金の超弾性は、Ti−Ni系合金の超弾性に近い性能を発揮することが明らかとなった。
【0063】
[3−2]加工性評価
本発明者は、上記の冷間加工に基づき、本合金の加工性を評価した。
【0064】
[3−2―1]評価方法
表1の「加工性」とは、本実施例の中間材に対し、加工部材温度を313〜353K(40℃〜80℃)、冷間加工時における中間材の平均温度を293K〜393K(20℃〜120℃)、加工速度を20m/分又は10m/分以下とした冷間加工(以下、「本冷間加工」という。)を行って得た本合金が示す冷間加工性である。表1の「加工性」欄において、「◎」は「本冷間加工の総加工率(以下、「本冷間加工率」という。)が40%以上かつ加工速度が10m/分〜20m/分の場合に本合金に割れが生じなかった合金」、「○」は「本冷間加工率が40%以上かつ加工速度が10m/分以下の場合に本合金に割れが生じなかった合金」、「△」は「本冷間加工率が10%〜40%の場合に本合金にヒビや割れが生じた合金」、「×」は「本冷間加工率が0%〜10%の場合に本合金にヒビや割れが生じた合金」を示している。
【0065】
一方、表1の「比較加工性」とは、本合金と同じ組成の合金に対して冷間加工条件を室温(約297K=20℃)とし、冷間加工時における中間材の平均温度を設定せず、かつ、加工速度を20m/分とした冷間加工(以下、「比較加工」という。)を行って得た合金(以下、「比較合金」という。)が示す冷間加工性である。表1の「比較加工性」欄において、○は「比較加工による総加工率(以下、「比較加工率」という。)が40%以上の場合に比較合金に割れが生じなかった合金」、△は「比較加工率が10%〜40%の場合に比較合金にヒビや割れが生じた合金」、×は「比較加工率が0%〜10%の場合に比較合金にヒビや割れが生じた合金」を示している。つまり、「比較加工性」の評価に対して「加工性」の評価が優れている場合、それは本合金に対して本冷間加工が比較加工よりも適していることを意味する。
【0066】
[3−2−2]加工性良否の評価
超弾性を発揮する本合金に対する本冷間加工の加工性が良好なことは、表1に記載の試料番号3〜5、8〜10、15、16及び20における「冷間加工性」欄の「◎」又は「○」が示している。また、超弾性を発揮する本合金に対する本冷間加工が比較加工に対して優位であることは、表1に記載の上記と同一の試料番号における「比較加工性」欄の「△」又は「×」が示している。
【0067】
つまり、本合金(Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Sn)が4.0≦X1≦6.0、4.0≦X2≦6.0、9.0≦X1+X2≦10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.5、の条件をすべて満たす場合、本合金は、本冷間加工の加工性が良好な結果を示すことが明らかとなった。そして、中間材と接触する部分の加工部材の温度を313〜353K(40〜80℃)、冷間加工時における中間材の平均温度を293K〜393K(20〜120℃)にすれば、本合金の加工性が良好となることが明らかとなった。
【0068】
それに対し、加工部材の温度が313K未満だと中間材が冷間加工時にヒビや割れを生じた。これは、冷間加工時における中間材の平均温度が293K(20℃)未満となり、中間材の内部に水素脆性が誘発されやすくなることが原因であると本発明者は考える。同様に、加工部材の温度が353Kを超えた場合にも冷間加工時にロールに接した中間材の表面にヒビや割れが生じた。これは、冷間加工時における中間材の平均温度が393K(120℃)を超えることにより、中間材の内部にω脆性が誘発されやすくなることが原因であると本発明者は考える。
【0069】
また、表1に記載の試料番号5、10及び15における「冷間加工性」欄が示すように、本合金(Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Sn)が4.5≦X1≦5.5、4.5≦X2≦5.5、9.5<X1+X2<10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.2、の条件をすべて満たす場合、本合金は、加工部材温度が313〜353K(40℃〜80℃)であって、かつ、加工速度を20m/分から10m/分以下に低下させたときに、良好な冷間加工性を示すことが明らかとなった。これは、加工速度を遅くした優位性が示されているといえる。つまり、加工速度を遅くすることにより、冷間加工時における中間材の平均温度の急上昇を抑制することが容易になることに起因すると本発明者は考える。
【0070】
以上のことから、本合金のすべての組成のうちSnが低濃度によりω脆性が起こりやすい組成の場合の本合金であっても、所定の加工部材温度や加工速度の条件を満たすことにより、本合金に対して、望まない熱履歴を与えることなく、冷間加工を行うことが可能になることが明らかとなった。
【0071】
なお、上記と同様、各添加元素の組成誤差を考慮すると、上記の条件は±0.2mol%であっても成立すると考えられる。
[3−2]延性評価
本発明者は、室温(293〜298K(20〜25℃))において、本合金に引張試験を行い、本合金の延性評価を行った。
【0072】
延性評価における引張試験の条件は次の通りである。本発明者は、室温において、引張速度5×10−4m/分の一定速度で破断するまで荷重をかけ、本合金が破断する際の最大引張強度と破断伸びを測定した。
【0073】
表1の「最大引張強度」、「破断伸び」及び「延性」の各欄は延性評価の結果を示している。ここで、延性欄に記載された「○」は「本合金の破断伸びが10%以上」、「×」は「本合金の破断伸びが10%未満」を示している。
【0074】
超弾性を発揮する本合金に対する延性が良好なことは、表1に記載の試料番号3〜5、8〜10、15、16及び20における「延性」欄の「○」が示している。つまり、本合金(Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Sn)が4.0≦X1≦6.0、4.0≦X2≦6.0、9.0≦X1+X2≦10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.5、の条件をすべて満たす場合、本合金は、10%以上の延性を示すことが明らかとなった。
【0075】
[3−4]添加元素の濃度評価
[3−4−1]Crの濃度X1(mol%)
表1の「超弾性」欄及び「相」欄の結果から推測すると、Crの濃度X1が3.5mol%より少ない場合、超弾性の発揮に必要な熱弾性型マルテンサイト相が本合金内に生成又は誘起されない、と本発明者は考える。また、Crの濃度X1が6.5mol%より多い場合にも同様と考える。この場合の理由としては、本合金に対して応力を印加しても超弾性の発揮に必要な熱弾性型マルテンサイト相が誘起されず、母相のβ相が本合金内に安定的に存在してしまうことに起因する、と本発明者は考える。
【0076】
[3−4−2]Snの濃度X2(mol%)
表1に記載の試料番号2、6、12、17等の「冷間加工性」欄の結果が示すように、本合金に添加されたSnの濃度X2が3.0mol%以下の場合、冷間加工性が良好でないことが明らかとなった。これは、ω脆性の抑制が不十分であることに起因する、と本発明者は考える。
【0077】
また、表1に記載の試料番号11の「冷間加工性」欄の結果が示すように、本合金に添加されたSnの濃度X2が6.0mol%を超える場合、Snを含む析出相が本合金内に析出することによって本合金が脆化するためである、と本発明者は考える。
【0078】
[3−5]結晶構造の分析
[3−5−1]形状記憶効果及び超弾性と結晶構造との関係
Ti金属又はTi系合金において応力誘起変態相(準安定相)は六方晶系のω相、六方晶系のα’相及び斜方晶系のα”相の3種がある。そして、その3種類の相のうち形状記憶効果又は超弾性が生じるためのマルテンサイト相は、熱弾性型マルテンサイト相であるα”相のみである。つまり、Ti系合金が形状記憶効果又は超弾性を発揮するためには、そのTi系合金が、応力誘起変態を生じるだけでなく、熱弾性型マルテンサイト相のα”相を生じることが必要である。
【0079】
[3−5−2]結晶構造の解析
表1の試料番号3〜5、8〜10、15、16及び20における「相」欄に示すように、本合金(Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Sn)が4.0≦X1≦6.0、4.0≦X2≦6.0、9.0≦X1+X2≦10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.5、の条件をすべて満たす場合、本合金は母相のβ単相又は熱弾性型マルテンサイト相であるα”相が残留したβ相であることが明らかとなった。言い換えると、本合金が室温でβ単相又はα”相が残留したβ相を示す場合、本合金が超弾性又は形状記憶効果を示す可能性があることが明らかとなった。
【0080】
なお、各添加元素の組成誤差が±0.2mol%と仮定すると、上記の条件は、3.8<X1<6.2、3.8<X2<6.2、8.8<X1+X2<10.7、及び、0.6<X1/X2<1.7、であっても成立すると考えられる。
【0081】
[4]効果
次に、本実施例のβ型Ti系超弾性合金及びβ型Ti系超弾性合金の製造方法に関する効果を説明する。
【0082】
(1)本実施例のβ型Ti系超弾性合金は、Ti‐X1mol%Cr‐X2mol%Snであり、かつ、4.0≦X1≦6.0、4.0≦X2≦6.0、9.0≦X1+X2≦10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.5、の条件をすべて満たす、ことを特徴とする。
【0083】
これにより、Ti系合金が室温において形状回復率が10%以上の超弾性を示すことができる。
【0084】
(2)また、本実施例のβ型Ti系超弾性合金は、4.5≦X1≦5.5、4.5≦X2≦5.5、9.5<X1+X2<10.5、及び、0.8≦X1/X2≦1.2、の条件を更にすべて満たす、ことが好ましい。
【0085】
これにより、Ti系合金が室温において形状回復率が40%以上の超弾性を示すことができる。
【0086】
(3)また、本実施例のβ型Ti系超弾性合金の製造方法は、上記(1)又は(2)に記載のβ型Ti系超弾性合金と同じ組成であって冷間加工前の状態の合金である中間材を製造する中間材製造工程と、中間材に接触する部分の加工部材の温度を313〜353K、冷間加工時における中間材の平均温度を293K〜393Kとして、中間材に冷間加工を行う冷間加工工程と、を備えることを特徴とする。
【0087】
これにより、上記(1)又は(2)に記載のβ型Ti系超弾性合金の中間材に対して割れやヒビを生じさせることなく所望形状に冷間加工することができる。
【0088】
(4)また、本実施例のβ型Ti系超弾性合金の製造方法の冷間加工工程において、中間材に対する加工速度を20m/分以下として、中間材に冷間加工を行う、ことが好ましい。
【0089】
これにより、中間材における急激な温度上昇が抑えられて中間材の内部に脆い析出物が発生することを抑制することができるので、中間材に対して割れやヒビを生じさせることなく所望形状に冷間加工することができる。
【0090】
(5)また、本実施例のβ型Ti系超弾性合金の製造方法は、冷間加工工程における中間材の初期厚みに対する総加工率が40%以上であって中間材に割れ又はヒビが生じる前に、中間材に対して焼鈍を行う中間焼鈍工程と、を更に備えることを特徴とする。
【0091】
これにより、中間材に対して最大で総加工率が97%以上の冷間加工を行うことができる。
【0092】
(6)また、本実施例のβ型Ti系超弾性合金の製造方法の冷間加工工程において、中間材に対する1回あたりの平均加工率を32.5%以下として、冷間材に冷間加工を行うことを特徴とする。
【0093】
これにより、総加工率が40%以下などの低い総加工率において中間材に割れやヒビを生じさせることを抑制させることができる。
【0094】
すなわち、本実施例のβ型Ti系超弾性合金及びβ型Ti系超弾性合金の製造方法によれば、室温において超弾性を示す板材や線材等の所望形状の材料を冷間加工で製造できるので、実用可能なNiフリー超弾性合金を提供することができるという効果を奏する。
【0095】
なお、本発明は、前述した実施例に限定されるものではなく、必要に応じて種々の変更が可能である。
【0096】
例えば、本発明のβ型Ti系超弾性合金に対して、Sc、Y、La、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、Mn、Fe、Co、Ni、Al、Ga、In、Si、Ge、B、C、N、Oを追加の添加元素とすることが可能である。理由は次の通りである。本合金にSc、Y、Laを添加した場合、添加元素は本合金内の酸素を奪い取って析出硬化に寄与する。本合金にZr、Hfを添加した場合、添加元素は本合金のTiに置き換わり、本合金を固溶強化及びβ安定化に寄与する。本合金にV、Nb、Ta、W、Mnを添加した場合、添加元素はCrに置き換わりβ安定化に寄与する。本合金にFe、Co、Niを添加した場合、添加元素は本合金のCrに置き換わるためβ安定化及び強化に寄与する。本合金にAl、Ga、In、Si、Geを添加した場合、添加元素は本合金のSnに置き換わり、本合金のω脆性を抑制する。本合金にB、C、N、Oを添加した場合、添加元素B、C、N、Oは格子間侵入型元素として本合金を固溶強化させる。