特許第6623761号(P6623761)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6623761準安定オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6623761
(24)【登録日】2019年12月6日
(45)【発行日】2019年12月25日
(54)【発明の名称】準安定オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/46 20060101AFI20191216BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20191216BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20191216BHJP
【FI】
   C21D9/46 Q
   C22C38/00 302Z
   C22C38/58
【請求項の数】2
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-55(P2016-55)
(22)【出願日】2016年1月4日
(65)【公開番号】特開2017-122244(P2017-122244A)
(43)【公開日】2017年7月13日
【審査請求日】2018年9月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104547
【弁理士】
【氏名又は名称】栗林 三男
(74)【代理人】
【識別番号】100097995
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 悦一
(72)【発明者】
【氏名】安達 和彦
(72)【発明者】
【氏名】福村 雄一
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 将行
【審査官】 伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2002/088410(WO,A1)
【文献】 特開2008−095639(JP,A)
【文献】 特開2010−180459(JP,A)
【文献】 国際公開第2016/043125(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/46− 9/48
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%にて、
C:0.01%以上、0.1%以下、
Si:2.0%以下、
Mn:3.0%以下、
Cr:10.0%以上、20.0%以下、
Ni:5.0%以上、10.0%以下、
N:0.01%以上、0.2%以下、
を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、平均再結晶粒径が5μm以下、かつ、熱処理前の加工の影響を残す未再結晶部の割合が20%以下の部分再結晶組織である準安定オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法であって、
加工率50%以上で冷間圧延後、平均5℃/s以上にて急速加熱し、加工誘起マルテンサイト相からオーステナイト母相への逆変態の完了温度である700℃以上、900℃以下にて1秒以上、10分以下の熱処理を施すことを特徴とする準安定オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
さらに、Nb、Ti、Vの少なくとも1種を0.5%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の準安定オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車やオートバイ等のエンジンに使用されるシリンダーヘッドガスケット(以下、単に「ガスケット」と称する。)用準安定オーステナイト系ステンレス鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車やオートバイのエンジン用ガスケットは、シリンダーヘッドとシリンダーブロックとの間に挿入され、その間(隙間)からの燃焼ガス、エンジン冷却水やオイルの漏れを防止する重要なシール部品である。今日使われているガスケットの大部分はステンレス鋼薄板を複数枚重ねた基本的構造からなり、エンジンの燃焼室に対応するボア(穴)の周囲に円環状にビードと呼ばれる凸部が成形される。そして、このビードの密着(反発)力により、燃焼により繰返される上記隙間の増減に対して高圧の燃焼ガスその他を密閉している。なお、シリンダーヘッドとシリンダーブロックとの間は、ボルト締めされて、固定されている。
【0003】
従来、ガスケットには、JIS−G4305に示す準安定オーステナイト系ステンレス鋼に属するSUS301、304、301L等の材料が広く用いられてきた。これらの材料は、一般に強度の調整を目的に冷間圧延(調質圧延)を行った後に使用され、加工誘起マルテンサイト変態を伴う大きな硬化により比較的容易に高い強度を得られる。また、そのような大きな硬化により、未変形部での変形が促進されるため、材料の局所的変形が抑制されて全体が変形する、いわゆるTRIP効果により、ステンレス鋼のなかでも加工性に優れる。さらに、冷却水との接触に際して、必要な耐食性を発揮する。
【0004】
ところで、最近のエンジンには、環境問題に対応し、燃費改善に有効な燃料混合ガスの高圧縮比化と軽量化の両立が求められている。これらの実現のために、ガスケット材へは更なる高強度と複雑な形状への優れた加工性が同時に要求される。しかし、前述のような準安定オーステナイト系ステンレス鋼においても他の金属材料と同様に高強度化に伴う加工性の劣化は避けられず、高強度化と加工性との両立を充分に満足できていないのが現状である。
【0005】
さらに、ガスケット加工時、ビード成形においてシワ、板表面の微少な割れ等の欠陥が発生し、疲労特性が大幅に低下してしまうという問題があった。これは、エンジンからみた場合、燃焼により繰返されるシリンダーヘッドとシリンダーブロックとの間の隙間の増減に際して、ガスケットがより早期に疲労破壊することとなる。シール性が不十分となり、燃費・出力ともに低下し、燃焼ガスの漏れによる大気汚染を引き起こすこととなる。さらに悪化した場合には、エンジンの故障等の原因ともなる。
【0006】
前述のような問題を解決するため、ガスケット材の結晶粒径を微細化し、従来と同等の高強度を維持しつつ、ビード成形時に主に結晶粒界で生じると考えられる欠陥の発生を抑制し、疲労特性を改善した材料およびその製造方法が提案されている(例えば、特許文献1、2、3、4参照)。
また、電子機器用ばね部品等を対象とし、部分再結晶組織を特徴とする材料およびその製造方法が提案されている(例えば、特許文献5、6参照)。
【0007】
これらの従来技術は、結晶粒径を極限まで微細化し、それによる優れた特性を活用するものである。また、結晶粒を微細化し、それによる高強化を図るとともに、引き続いて実施される調質圧延での加工硬化との相乗作用により必要な強度を実現させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平4−214841号公報
【特許文献2】特開平5−279802号公報
【特許文献3】特開平5−117813号公報
【特許文献4】国際公開第2001/004292号
【特許文献5】特開2001−247938号公報
【特許文献6】国際公開第2008/013305号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前述の従来技術にあっては、結晶粒界の性質に関する検討はなされていない。
また、結晶粒の微細化が一様に強度と伸びのバランス、疲労強度等の特性を向上させると仮定しているが、実際には必ずしも有効に作用するとは限らない。
【0010】
本発明は、前記事情に鑑みて為されたもので、強度と伸びのバランス、疲労特性に優れるガスケット用準安定オーステナイト系ステンレス鋼を工業的に安定提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、前記の課題の解決のため、準安定オーステナイト系ステンレス鋼の強度と伸びのバランス、疲労特性に及ぼすミクロ組織、具体的には結晶粒径と粒界の性質の影響について詳細に検討し、本発明を為すに至った。
【0012】
すなわち、本発明の準安定オーステナイト系ステンレス鋼は、質量%にて、C:0.01%以上、0.1%以下、Si:2.0%以下、Mn:3.0%以下、Cr:10.0%以上、20.0%以下、Ni:5.0%以上、10.0%以下、N:0.01%以上、0.2%以下、を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、平均再結晶粒径が5μm以下、かつ、前加工の影響を残す未再結晶部の割合が20%以下の部分再結晶組織であることを特徴とする。
【0013】
本発明においては、前述の化学組成であり、平均再結晶粒径5μm以下、かつ、熱処理前の加工の影響を残す未再結晶部の割合が20%以下の部分再結晶組織であるので、強度と伸びのバランス、疲労特性に優れるガスケット用準安定オーステナイト系ステンレス鋼を提供することができる。
【0014】
本発明の上記構成において、さらに、Nb、Ti、Vの少なくとも1種を0.5%以下を含有することが好ましい。
【0015】
また、本発明の準安定オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法では、加工率50%以上で冷間圧延後、平均5℃/s以上にて急速加熱し、加工誘起マルテンサイト相からオーステナイト母相への逆変態の完了温度である700℃以上、900℃以下にて1秒以上、10分以下の熱処理を施して製造することにより、工業的に安定して供給することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、結晶粒微細化および有効に作用する結晶粒界を活用することで、強度と伸びのバランス、疲労特性に優れるガスケット用準安定オーステナイト系ステンレス鋼を工業的に安定して供給することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明例13のTEM組織の一例を示す図(代用写真)である。
図2図1における未再結晶部の測定法の一例を示す図(代用写真)である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
まず、材料の組成について述べる。
[C:0.01%以上、0.1%以下]
Cは、N(後述)とともに、最も強力なオーステナイト安定化元素かつ固溶強化元素である。添加効果を得るため、0.01%以上を添加する。好ましくは0.02%以上である。ただし、過度の添加は、結晶粒微細化を目的とする比較的低温の熱処理において、多量かつ粗大な炭化物の析出を招く。この結果、必要かつ安定したオーステナイト安定度を得ることができず、組織が不均一となり、目標とする強度を得ることが難しく、変動も大きくなる。このため、上限を0.1%以下とした。好ましくは、0.08%以下である。
【0019】
[Si:2.0%以下]
Siは、溶製時の脱酸剤として機能する元素で、また、フェライト安定化元素である。ただし、過度に添加すると、粗大な介在物が生成して、加工性が劣化するし、また、オーステナイト相が不安定となるので、上限を2.0%とする。好ましくは、1.5%以下である。下限は特に定めないが、脱酸効果を確実に得るためには、0.05%以上が好ましい。
【0020】
[Mn:3.0%以下]
Mnは、比較的安価でかつ有効なオーステナイト安定化合金元素である。ただし、過度に添加すると、粗大介在物が生成して、加工性が劣化するので、上限を3.0%とする。好ましくは2.6%以下である。下限は特に定めないが、オーステナイト相の確実な安定化の点で、0.1%以上が好ましい。
【0021】
[Cr:10.0%以上、20.0%以下]
Crは、ステンレス鋼の基本元素であり、有効な耐食性を得るための元素である。添加効果を得るため、10.0%以上添加する。好ましくは10.5%以上である。ただし、Crはフェライト安定化元素であり、過度の添加で、オーステナイト相が不安定になり、また、C、Nと化合物を形成する可能性が高くなるので、上限は20.0%とする。好ましくは19.4%以下である。
【0022】
[Ni:5.0%以上、10.0%以下]
Niは、最も強力なオーステナイト安定化合金元素である。C、Nの添加を含めて、オーステナイト相を室温まで安定化して存在させるために、5.0%以上添加する。好ましくは5.4%以上である。ただし、前述のように、高価でかつ希少な合金元素であり、極力減少することが望ましいので、上限を10.0%とする。好ましくは、9.0%以下である。
【0023】
[N:0.01%以上、0.2%以下]
Nは、前述のCとともに、最も強力なオーステナイト安定化元素かつ固溶強化元素である。添加効果を得るため、0.01%以上を添加する。好ましくは0.02%以上である。ただし、過度の添加は、結晶粒微細化を目的とする比較的低温の熱処理において、多量かつ粗大な窒化物の析出を招く。この結果、必要かつ安定したオーステナイト安定度を得ることができず、組織が不均一となり、目標とする強度を得ることが難しく、変動も大きくなる。このため、上限を0.2%以下とした。好ましくは、0.15%以下である。
【0024】
[Nb、Ti、V:少なくとも1種を0.5%以下]
Nb、Ti、Vは、C、Nと結合し、ピン止効果で結晶粒の成長を抑制する化合物を形成する元素である。ただし、いずれの元素も0.5%を超えると、粗大な化合物が生成し、かつ、オーステナイト相形成が不安定となる可能性が高くなり、加工性が劣化するとともに、粗大化合物が破壊の起点となるので、それぞれの上限を0.5%とする。好ましくは、いずれも0.4%以下である。下限は特に限定しないが、添加効果を確実に確保する点で、Nb、Ti、Vのいずれも0.01%以上が好ましい。
【0025】
次いで、組織の限定理由について述べる。
本発明の準安定オーステナイト系ステンレス鋼の組織は、平均再結晶粒径が5μm以下とする。これは、基本的に、再結晶粒の微細化が加工性の劣化の小さい、有効な強化方法であり、強度と伸びのバランス、疲労特性の向上に有効と考えるためである。好ましくは、4μm以下、さらに好ましくは、3μm以下である。ここで言うところの、再結晶粒とは、変態(構造変化)をともなう場合を含めて、熱処理により新たに形成された格子欠陥である転位密度の著しく低い結晶粒、および、それらが粒成長したものを言う。この再結晶粒界は、例えば、結晶方位差の大きい大角粒界である等の理由を一因として、強度と伸びのバランス、疲労特性の向上に有効に作用するのである。
【0026】
また、本発明の準安定オーステナイト系ステンレス鋼の組織は、熱処理前の加工の影響を残す部分の割合が20%以下の部分再結晶組織とする。熱処理前の加工の影響を残す部分とは、熱処理前の加工段階から残留するオーステナイト相、加工誘起マルテンサイト相という圧延などで導入された転位が残存する未再結晶部のことである。これらの割合を20%と以下とするのは、それらの部分、旧粒界ないし、その内部に形成された亜粒界が、特性の向上に有効に作用しないためである。すなわち、再結晶粒界が有効に作用するのであり、その微細化が望ましく、未再結晶部は少ないことが望ましい。また、前加工段階からの粗大な結晶粒が残存することになり、破壊の起点になる等を原因として、結晶粒微細化の効果が得られず、特性が向上しない。このため、それらの粗大粒を新たな再結晶粒、および、その粒成長により分断、微細化するのである。好ましくは、前加工の影響を残す部分の割合は17%以下、さらに好ましくは、15%以下である。なお、当然ながら、下限は0%超である。
【0027】
次に、本発明の準安定オーステナイト系ステンレス鋼の製造方法について説明する。
まず、加工率50%以上で冷間圧延を行う。これは、加工誘起変態を飽和し、十分なマルテンサイト変態量を得るためである。一般的には、準安定オーステナイト系ステンレス鋼の結晶粒微細化は、加工誘起マルテンサイト変態後、それに続く熱処理でのオーステナイト母相への逆変態によりなされる。この点より、十分に加工誘起変態をさせ、マルテンサイト量を飽和させることが望ましい。十分な量とは、少なくとも50%以上である。好ましくは、70%以上、さらに好ましくは、80%以上である。また、一般的な鉄鋼材料では、加工率の増大により結晶粒微細化が促進される。これらより、加工率50%以上で圧延を行う。好ましくは、60%以上、さらに好ましくは、70%以上である。
【0028】
次いで、実施する熱処理は、常温から加熱温度まで平均5℃/s以上にて加熱する。これは、前加工も活用し、有効に作用する再結晶粒の微細化により目標とする優れた特性を得るために必要不可避である。すなわち、極力高速で加熱し、再結晶の駆動力の低下、いわゆる、回復を抑制し、粒成長前の再結晶核を可能な限り活用することで結晶粒を微細化し、有効に作用する再結晶粒界の密度を増加、未再結晶部の割合を減少するのである。なお、少なくとも、本発明の成分系では、組織を再結晶粒のみとした場合に粒成長の影響が大きいため、有効な再結晶粒界の密度を比較した場合、本発明で限定する部分再結晶組織に比べて低下は避けられない。したがって、加熱速度は本発明に規定する組織を得るために限定が必要不可避であり、好ましくは、7℃/s以上、さらに好ましくは、10℃/s以上である。なお、逆に加熱速度が遅い場合、未再結晶部でも回復が進行し、圧延方向に細長く延びた展伸粒形状ないし、それらの一部が再結晶粒で分断された形状からなる粗大な未再結晶部の残存する可能性が高くなる。この粗大な未再結晶部は、材料の特性を劣化する要因となる。
【0029】
熱処理温度は、加工誘起マルテンサイト相のオーステナイト母相への逆変態完了温度以上、900℃以下で実施する。これは、前述したように再結晶粒、および、それらが粒成長した結晶粒界が特性の向上に有効に作用すると考えるためであり、それらの割合を増し、残存する未再結晶部を分断、微細化するためでもある。ここで言う逆変態完了とは、加工誘起マルテンサイト相の割合の減少、オーステナイト母相の割合の増加という変化が飽和傾向を示す温度を言う。残存する一部の未再結晶部は、粒成長でも分断される。これらにより、再結晶粒界の密度を増加し、残存する未再結晶部を分断、微細化するのである。逆変態の完了温度は、成分により変化するが、本成分系ではおおむね700℃である。上限は、不要な結晶粒成長(粗大化)の抑制が望ましいため、900℃とするが、好ましくは、890℃以下、さらに好ましくは、880℃以下である。なお、下限は、好ましくは720℃、さらに好ましくは、730℃以上である。
【0030】
熱処理時間は、1秒以上、10分以下とする。時間は、再結晶粒の不要な成長を避けるために基本的には短いことが望ましい。ただし、安定した特性を得るため、保持が必要であり、1秒以上とする。上限はコイル等での連続的な処理を想定し、10分以下とした。望ましくは、3分以下、さらに好ましくは1分以下である。
なお、同熱処理時には、体積変化をともなう加工誘起マルテンサイト相のオーステナイト母相への逆変態の調整を目的とし、張力を加えても良い。付与張力は、特許文献6で述べられているように、材料が破断することの無いように加熱温度での0.2%耐力以下である。さらに好ましくは、0.2%耐力の40%以下である。
【0031】
さらに、同材は、前述のように特定の加工組織でも優れた特性が確認される。したがって、背景技術で述べたように高強化を目的として、引き続いて調質圧延を実施し、加工硬化との相乗作用により必要な強度に調整することも可能である。なお、その場合の組織は、平均結晶粒径5μm以下、かつ、他に比べて転位密度が2倍以上高い部分の割合が20%以下で確認される加工組織である。転位密度が2倍以上とは、測定での検出が可能であり、効果を得られる下限であるためである。好ましくは、5倍以上、さらに好ましくは、10倍以上である。転位密度の測定は、電子顕微鏡による観察にて可能である。また、昨今の分析技術の進歩より、EBSDの測定結果より、それらに相当と見込まれる転位密度の差が見込まれる場合も同様の効果が得られると考えられる。
【実施例】
【0032】
供試鋼の組成を表1に示す。供試鋼は成分調整した実験室レベルの小型鋳塊であり、実験室レベルの設備を用いて、板厚4mmへ1100℃で熱間圧延、1100℃×12分の焼鈍後、所定の板厚に切削加工した。次いで、板厚1mmへ冷間圧延後、所定の熱処理を実施した。熱処理は所定の昇温速度にて加熱し、各加熱温度で保持時間が3分、非酸化性雰囲気で実施した。次いで、それらより試験片を採取し、諸特性を調査した。ミクロ組織は、圧延方向平行断面を埋込、研磨、所定の酸混合水溶液で腐食した後、光学顕微鏡、SEM、ないし、薄膜を作成した後、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)を用いて観察した。そして、平均的組織の写真を撮影し、該写真より結晶粒径を測定した。また、TEM写真より、前加工の影響が残る部分(未再結晶部)の割合を測定した。一例として、本発明例13のTEM組織の一例を図1に示す。内部に格子欠陥が残る写真中央の下部が前加工の影響を残す未再結晶部である。なお、同写真での未再結晶部の割合の測定方法を図2に示す。測定は、同写真に一定間隔で格子状に線を引き、交点総数に対して○を記載した未再結晶部上の交点の合計数の割合により算出した。引張特性は圧延方向と平行に試験片を採取し、インストロン型の引張試験機を用いて、室温にて引張強さと伸びを測定した。疲労特性は、短冊状に切削加工した試験片について、両振り式平面曲げ試験機を用いて、疲労限度(10回繰返し曲げに耐える応力の上限値)を明らかにした。次いで、短冊状試験片に曲げ半径1mmで直角曲げを施し、曲げ前の疲労限度の80%の応力にて繰返し曲げを施し、10回繰返し曲げ後の割れ有無を調査した。割れた場合を×、割れなかった場合を○で評価した。
【0033】
【表1】
【0034】
本発明例、比較例の諸特性の調査結果を表2に示す。本発明例は、本発明にて限定する部分再結晶組織を形成し、引張強さと伸びの積で36000を超える優れたバランス、優れた疲労特性を示す。これらは、本発明にて限定する組成の材料を所定の条件で加工することで達成される。特に、発明例No.3〜5、15〜17では、昇温速度の増加により再結晶粒が微細化するとともに、未再結晶部の割合が減少し、有効な再結晶粒界の密度が増加することが確認される。他方、比較例は、強度と伸びのバランスが低く、疲労特性も劣る。具体的には、比較例No.20〜25のように、本発明に合致する成分の素材においても、所定の組織を達成していない場合、目標とする性能に未達となる。これらは、製造条件が不適切なためである。特に、比較例No.22、23は熱処理の昇温速度が5℃/sに未達であり、粗大な展伸粒形状の未再結晶部の残存が確認された。また、比較例No.26〜31のように、本発明に合致する成分を外れる素材の場合も、同様に目標とする性能に未達となる。なお、鋼gを使用した比較例No.26はオーステナイト相が確認されず、主体はマルテンサイト相と考えられる。その他の鋼h〜lを使用した比較例No.27〜31では、何れも粗大かつ比較的多くの化合物の分散が確認されており、これらが性能劣化の一因と考えられる。
【0035】
以上のように、本発明により、結晶粒微細化および有効に作用する結晶粒界を活用することで、強度と伸びのバランス、疲労特性に優れるガスケット用準安定オーステナイト系ステンレス鋼を工業的に安定して供給することができる。
【0036】
【表2】
図1
図2