(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
減衰力可変ショックアブソーバの制御方法であって、車体速と車輪速から算出した車輪速の変動成分の内、前輪と後輪とで異なる径を有するタイヤを装着することで重畳されるオフセット値を低減する補正を行い、補正した車輪速の変動成分に基づいて前記減衰力可変ショックアブソーバのストローク速度を検出し、前記ストローク速度に基づいてスカイフック制御により演算した車両のばね上挙動の変化を抑制する減衰力制御量を演算し、前記減衰力制御量に基づいて前記減衰力可変ショックアブソーバを制御する減衰力可変ショックアブソーバの制御方法。
【発明を実施するための形態】
【0009】
〔実施例1〕
図1は実施例1の車両の制御装置を表すシステム概略図である。車両には、動力源であるエンジン1と、各輪に摩擦力による制動トルクを発生させるブレーキ20(以下、個別の輪に対応するブレーキを表示するときには右前輪ブレーキ:20FR、左前輪ブレーキ:20FL、右後輪ブレーキ:20RR、左後輪ブレーキ:20RLと記載する。)と、各輪と車体との間に設けられ減衰力を可変に制御可能なショックアブソーバ3(以下、S/Aと記載する。個別の輪に対応するS/Aを表示するときには右前輪S/A:3FR、左前輪S/A:3FL、右後輪S/A:3RR、左後輪S/A:3RLと記載する。)と、を有する。
【0010】
エンジン1は、エンジン1から出力されるトルクを制御するエンジンコントローラ(以下、エンジン制御部とも言う。動力源制御手段に相当)1aを有し、エンジンコントローラ1aは、エンジン1のスロットルバルブ開度や、燃料噴射量、点火タイミング等を制御することで、所望のエンジン運転状態(エンジン回転数やエンジン出力トルク)を制御する。また、ブレーキ20は、各輪のブレーキ液圧を走行状態に応じて制御可能なブレーキコントロールユニット2から供給される液圧に基づいて制動トルクを発生する。ブレーキコントロールユニット2は、ブレーキ20の発生する制動トルクを制御するブレーキコントローラ(以下、ブレーキ制御部とも言う)2aを有し、運転者のブレーキペダル操作によって発生するマスタシリンダ圧、もしくは内蔵されたモータ駆動ポンプにより発生するポンプ圧を液圧源とし、複数の電磁弁の開閉動作によって各輪のブレーキ20に所望の液圧を発生させる。
【0011】
S/A3は、車両のばね下(アクスルや車輪等)とばね上(車体等)との間に設けられたコイルスプリングの弾性運動を減衰する減衰力発生装置であり、アクチュエータの作動により減衰力を可変に構成されている。S/A3は、流体が封入されたシリンダと、このシリンダ内をストロークするピストンと、このピストンの上下に形成された流体室の間の流体移動を制御するオリフィスとを有する。更に、このピストンには複数種のオリフィス径を有するオリフィスが形成され、S/Aアクチュエータの作動時には、複数種のオリフィスから制御指令に応じたオリフィスが選択される。これにより、オリフィス径に応じた減衰力を発生することができる。例えば、オリフィス径が小さければピストンの移動は制限されやすいため、減衰力が高くなり、オリフィス径が大きければピストンの移動は制限されにくいため、減衰力は小さくなる。
【0012】
尚、オリフィス径の選択以外にも、例えばピストンの上下に形成された流体を接続する連通路上に電磁制御弁を配置し、この電磁制御弁の開閉量を制御することで減衰力を設定してもよく、特に限定しない。S/A3は、S/A3の減衰力を制御するS/Aコントローラ3a(減衰力制御手段に相当)を有し、S/Aアクチュエータによりオリフィス径を動作させて減衰力を制御する。
【0013】
また、各輪の車輪速を検出する車輪速センサ5(以下、個別の輪に対応する車輪速を表示するときには右前輪車輪速:5FR、左前輪車輪速:5FL、右後輪車輪速:5RR、左後輪車輪速:5RLと記載する。)と、車両の重心点に作用する前後加速度、ヨーレイト及び横加速度を検出する一体型センサ6と、運転者のステアリング操作量である操舵角を検出する舵角センサ7と、車速を検出する車速センサ8と、エンジントルクを検出するエンジントルクセンサ9と、エンジン回転数を検出するエンジン回転数センサ10と、マスタシリンダ圧を検出するマスタ圧センサ11と、ブレーキペダル操作が行なわれるとオン状態信号を出力するブレーキスイッチ12と、アクセルペダル開度を検出するアクセル開度センサ13と、を有する。これら各種センサの信号は、必要に応じてエンジンコントローラ1a,ブレーキコントローラ2a及びS/Aコントローラ3aに入力される。エンジンコントローラ1aやブレーキコントローラ2aでは、制動スリップ時や駆動スリップ時及び横滑り時に車両の挙動を安定化させる車両挙動制御(以下、VDCと記載する。)が適宜実施される。尚、一体型センサ6の配置は車両の重心位置でもよいし、それ以外の場所であっても、重心位置における各種値が推定可能な構成であればよく、特に限定しない。また、一体型である必要は無く、個別にヨーレイト、前後加速度及び横加速度を検出する構成としてもよい。
【0014】
(車両の制御装置の全体構成)
実施例1の車両の制御装置にあっては、ばね上に生じる振動状態を制御するために、S/A3を使用する。S/A3では、スカイフック制御を行う。このとき、一般にスカイフック制御に必要とされるストロークセンサやばね上上下加速度センサ等を使用することなく、全ての車両に搭載されている車輪速センサを利用して安価な構成でスカイフック制御を実現する。以下、これを実現する具体的内容について説明する。
【0015】
図2は実施例1の車両の制御装置の制御構成を表す制御ブロック図である。実施例1では、コントローラとして、S/Aコントローラ3aを有し、車輪速フィードバック制御系を構成している。
(S/Aコントローラの構成)
S/Aコントローラ3aは、運転者の操作(ステアリング操作、アクセル操作及びブレーキペダル操作等)に基づいて所望の車両姿勢を達成するドライバ入力制御を行うドライバ入力制御部31と、各種センサの検出値(主に車輪速センサ5の車輪速センサ値)に基づいて走行状態を推定する第1走行状態推定部32と、推定された走行状態に基づいてばね上の振動状態を制御するばね上制振制御部33と、推定された走行状態に基づいてばね下の振動状態を制御するばね下制振制御部34と、ドライバ入力制御部31から出力されたショックアブソーバ姿勢制御量と、ばね上制振制御部33から出力されたばね上制振制御量と、ばね下制振制御部34から出力されたばね下制振制御量とに基づいて、S/A3に設定すべき減衰力を決定し、S/Aの減衰力制御を行う減衰力制御部35とを有する。
【0016】
(走行状態推定部について)
まず、各フィードバック制御系に設けられた共通する構成である第1走行状態推定部について説明する。
図4は実施例1の第1走行状態推定部の構成を表す制御ブロック図である。実施例1の第1走行状態推定部32では、基本的に車輪速センサ5により検出された車輪速に基づいて、後述するばね上制振制御部33のスカイフック制御に使用する各輪のストローク速度、バウンスレイト、ロールレイト及びピッチレイトを算出する。まず、各輪の車輪速センサ5の値がストローク速度演算部321に入力され、ストローク速度演算部321において演算された各輪のストローク速度からばね上速度を演算する。
【0017】
図5は実施例1のストローク速度演算部における制御内容を表す制御ブロック図である。ストローク速度演算部321は、輪ごとに個別に設けられており、
図5に示す制御ブロック図は、ある輪に着目した制御ブロック図である。ストローク速度演算部321内には、車輪速センサ5の値と、舵角センサ7により検出された前輪舵角δfと、後輪舵角δr(後輪操舵装置を備えた場合は実後輪舵角を、それ以外の場合は適宜0でよい。)と、車体横速度と、一体型センサ6により検出された実ヨーレイトとに基づいて基準となる車輪速を演算する基準車輪速演算部300と、演算された基準車輪速に基づいてタイヤ回転振動周波数を演算するタイヤ回転振動周波数演算部321aと、基準車輪速と車輪速センサ値との偏差(車輪速変動)を演算する偏差演算部321bと、偏差演算部321bにより演算された偏差をフィルタリングし、直流成分を除去するハイパスフィルタ321fと、直流成分が除去された偏差に所定の上限値及び下限値を作用させ、作用させた上限値及び下限値の範囲内とされたフィルタ後偏差をサスペンションストローク量に変換するGEO変換部321cと、変換されたストローク量をストローク速度に校正するストローク速度校正部321dと、ストローク速度校正部321dにより校正された値にタイヤ回転振動周波数演算部321aにより演算された周波数に応じたバンドエリミネーションフィルタを作用させてタイヤ回転一次振動成分を除去し、最終的なストローク速度を算出する信号処理部321eとを有する。尚、ハイパスフィルタ321fについては、後で詳述する。
【0018】
〔基準車輪速演算部について〕
ここで、基準車輪速演算部300について説明する。
図6は実施例1の基準車輪速演算部の構成を表すブロック図である。基準車輪速とは、各車輪速のうち、種々の外乱が除去された値を指すものである。言い換えると、基準車輪速とは車体速に強い相関を示す値であり、車輪速センサ値と基準車輪速との差分は、車体のバウンス挙動、ロール挙動、ピッチ挙動又はばね下上下振動によって発生したストロークに応じて変動した成分と関連がある値であり、実施例では、この差分に基づいてストローク速度を推定する。
【0019】
平面運動成分抽出部301では、車輪速センサ値を入力として車体プランビューモデルに基づいて各輪の基準車輪速となる第1車輪速V0を演算する。ここで、車輪速センサ5により検出された車輪速センサ値をω(rad/s)、舵角センサ7により検出された前輪実舵角をδf(rad)、後輪実舵角をδr(rad)、車体横速度をVx、一体型センサ6により検出されたヨーレイトをγ(rad/s)、算出される基準車輪速ω0から推定される車体速をV(m/s)、算出すべき基準車輪速をVFL、VFR、VRL、VRR、前輪のトレッドをTf、後輪のトレッドをTr、車両重心位置から前輪までの距離をLf、車両重心位置から後輪までの距離をLrとする。以上を用いて、車体プランビューモデルは以下のように表される。
【0020】
(式1)
VFL=(V−Tf/2・γ)cosδf+(Vx+Lf・γ)sinδf
VFR=(V+Tf/2・γ)cosδf+(Vx+Lf・γ)sinδf
VRL=(V−Tr/2・γ)cosδr+(Vx−Lr・γ)sinδr
VRR=(V+Tr/2・γ)cosδr+(Vx−Lr・γ)sinδr
尚、車両に横滑りが発生してない通常走行時を仮定すると、車体横速度Vxは0を入力すればよい。これをそれぞれの式においてVを基準とする値に書き換えると以下のように表される。この書き換えにあたり、Vをそれぞれの車輪に対応する値としてV0FL、V0FR、V0RL、V0RR(第1車輪速に相当)と記載する。
(式2)
V0FL={VFL−Lf・γsinδf}/cosδf+Tf/2・γ
V0FR={VFR−Lf・γsinδf}/cosδf−Tf/2・γ
V0RL={VRL+Lr・γsinδr}/cosδr+Tr/2・γ
V0RR={VRR+Lf・γsinδf}/cosδr−Tr/2・γ
【0021】
ロール外乱除去部302では、第1車輪速V0を入力として車体フロントビューモデルに基づいて前後輪の基準車輪速となる第2車輪速V0F、V0Rを演算する。車体フロントビューモデルとは、車両を前方から見たときに、車両重心点を通る鉛直線上のロール回転中心周りに発生するロール運動によって生じる車輪速差を除去するものであり、以下の式で表される。
V0F=(V0FL+V0FR)/2
V0R=(V0RL+V0RR)/2
これにより、ロールに基づく外乱を除去した第2車輪速V0F、V0Rが得られる。
【0022】
ピッチ外乱除去部303では、第2車輪速V0F、V0Rを入力として車体サイドビューモデルに基づいて全輪の基準車輪速となる第三車輪速VbFL、VbFR、VbRL、VbRRを演算する。ここで、車体サイドビューモデルとは、車両を横方向から見たときに、車両重心点を通る鉛直線上のピッチ回転中心周りに発生するピッチ運動によって生じる車輪速差を除去するものであり、以下の式で表される。
(式3)
VbFL=VbFR=VbRL=VbRR={Lr/(Lf+Lr)}V0F+{Lf/(Lf+Lr)}V0R
基準車輪速再配分部304では、(式1)に示す車体プランビューモデルのVにVbFL(=VbFR=VbRL=VbRR)をそれぞれ代入し、最終的な各輪の基準車輪速VFL、VFR、VRL、VRRを算出し、それぞれタイヤ半径r0で除算して基準車輪速ω0を算出する。
【0023】
上述の処理により、各輪における基準車輪速ω0が算出されると、この基準車輪速ω0と車輪速センサ値との偏差が演算され、この偏差がサスペンションストロークに伴う車輪速変動であることから、ストローク速度Vz_sに変換される。基本的に、サスペンションは、各輪を保持する際、上下方向にのみストロークするのではなく、ストロークに伴って車輪回転中心が前後に移動すると共に、車輪速センサ5を搭載したアクスル自身も傾きを持ち、車輪との回転角差を生じる。この前後移動に伴って車輪速が変化するため、基準車輪速と車輪速センサ値との偏差がこのストロークに伴う変動として抽出できるのである。尚、どの程度の変動が生じるかはサスペンションジオメトリに応じて適宜設定すればよい。
【0024】
ストローク速度演算部321において、上述の処理により各輪におけるストローク速度Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRRが算出されると、ばね上速度演算部322においてスカイフック制御用のバウンスレイト、ロールレイト及びピッチレイトが演算される。
【0025】
(推定モデルについて)
スカイフック制御とは、S/A3のストローク速度とばね上速度の関係に基づいて減衰力を設定し、ばね上を姿勢制御することでフラットな走行状態を達成するものである。ここで、スカイフック制御によってばね上の姿勢制御を達成するには、ばね上速度をフィードバックする必要がある。今、車輪速センサ5から検出可能な値はストローク速度であり、ばね上に上下加速度センサ等を備えていないことから、ばね上速度は推定モデルを用いて推定する必要がある。以下、推定モデルの課題及び採用すべきモデル構成について説明する。
【0026】
図7は車体振動モデルを表す概略図である。
図7(a)は、減衰力が一定のS/Aを備えた車両(以下、コンベ車両と記載する。)のモデルであり、
図7(b)は、減衰力可変のS/Aを備え、スカイフック制御を行う場合のモデルである。
図7中、Msはばね上の質量を表し、Muはばね下の質量を表し、Ksはコイルスプリングの弾性係数を表し、CsはS/Aの減衰係数を表し、Kuはばね下(タイヤ)の弾性係数を表し、Cuはばね下(タイヤ)の減衰係数を表し、Cvは可変とされた減衰係数を表す。また、z2はばね上の位置を表し、z1はばね下の位置を表し、z0は路面位置を表す。
【0027】
図7(a)に示すコンベ車両モデルを用いた場合、ばね上に対する運動方程式は以下のように表される。なお、z1の1回微分(即ち速度)をdz1で、2回微分(即ち加速度)をddz1で表す。
(推定式1)
Ms・ddz2=−Ks(z2−z1)−Cs(dz2−dz1)
この関係式をラプラス変換して整理すると下記のように表される。
(推定式2)
dz2=−(1/Ms)・(1/s
2)・(Cs・s+Ks)(dz2−dz1)
ここで、dz2−dz1はストローク速度(Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRR)であることから、ばね上速度はストローク速度から算出できる。しかし、スカイフック制御によって減衰力が変更されると、推定精度が著しく低下するため、コンベ車両モデルでは大きな姿勢制御力(減衰力変更)を与えられないという問題が生じる。
【0028】
そこで、
図7(b)に示すようなスカイフック制御による車両モデルを用いることが考えられる。減衰力を変更するとは、基本的にサスペンションストロークに伴ってS/A3のピストン移動速度を制限する力を変更することである。ピストンを積極的に望ましい方向に移動することはできないセミアクティブなS/A3を用いるため、セミアクティブスカイフックモデルを採用し、ばね上速度を求めると、下記のように表される。
(推定式3)
dz2=−(1/Ms)・(1/s
2)・{(Cs+Cv)・s+Ks}(dz2−dz1)
ただし、
dz2・(dz2−dz1)≧0のとき Cv=Csky・{dz2/(dz2−dz1)}
dz2・(dz2−dz1)<0のとき Cv=0
すなわち、Cvは不連続な値となる。
【0029】
今、簡単なフィルタを用いてばね上速度の推定を行いたいと考えた場合、セミアクティブスカイフックモデルでは、本モデルをフィルタとして見た場合、各変数はフィルタ係数に相当し、擬似微分項{(Cs+Cv)・s+Ks}に不連続な可変減衰係数Cvが含まれるため、フィルタ応答が不安定となり、適切な推定精度が得られない。特に、フィルタ応答が不安定となると、位相がずれてしまう。ばね上速度の位相と符号との対応関係が崩れると、スカイフック制御を達成することはできない。そこで、セミアクティブなS/A3を用いる場合であっても、ばね上速度とストローク速度の符号関係に依存せず、安定的なCskyを直接用いることが可能なアクティブスカイフックモデルを用いてばね上速度を推定することとした。アクティブスカイフックモデルを採用し、ばね上速度を求めると、下記のように表される。
【0030】
(推定式4)
dz2=−(1/s)・{1/(s+Csky/Ms)}・{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}(dz2−dz1)
この場合、擬似微分項{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}には不連続性が生じず、{1/(s+Csky/Ms)}の項はローパスフィルタで構成できる。よって、フィルタ応答が安定し、適切な推定精度を得ることができる。尚、ここで、アクティブスカイフックモデルを採用しても、実際にはセミアクティブ制御しかできないことから、制御可能領域が半分となる。よって、推定されるばね上速度の大きさはばね上共振以下の周波数帯で実際よりも小さくなるが、スカイフック制御において最も重要なのは位相であり、位相と符号との対応関係が維持できればスカイフック制御は達成され、ばね上速度の大きさは他の係数等によって調整可能であることから問題はない。
【0031】
以上の関係によって、各輪のストローク速度が分かれば、ばね上速度を推定できることが理解できる。次に、実際の車両は1輪ではなく4輪であるため、これら各輪のストローク速度を用いてばね上の状態を、ロールレイト、ピッチレイト及びバウンスレイトにモード分解して推定することを検討する。今、4輪のストローク速度から上記3つの成分を算出する場合、対応する成分が一つ足りず、解が不定となるため、対角輪の動きを表すワープレイトを導入することとした。ストローク量のバウンス項をxsB、ロール項をxsR、ピッチ項をxsP、ワープ項をxsWとし、Vz_sFL、Vz_sFR、Vz_sRL、Vz_sRRに対応するストローク量をz_sFL、z_sFR、z_sRL、z_sRRとすると、以下の式が成り立つ。
【0032】
(式4)
以上の関係式から、xsB、xsR、xsP、xsWの微分dxsB等は以下の式で表される。
dxsB=1/4(Vz_sFL+Vz_sFR+Vz_sRL+Vz_sRR)
dxsR=1/4(Vz_sFL−Vz_sFR+Vz_sRL−Vz_sRR)
dxsP=1/4(−Vz_sFL−Vz_sFR+Vz_sRL+Vz_sRR)
dxsW=1/4(−Vz_sFL+Vz_sFR+Vz_sRL−Vz_sRR)
【0033】
ここで、ばね上速度とストローク速度との関係は上記推定式4より得られているため、推定式4のうち、−(1/s)・{1/(s+Csky/Ms)}・{(Cs/Ms)s+(Ks/Ms)}部分をGと記載し、それぞれCsky,Cs及びKsのバウンス項、ロール項、ピッチ項に応じたモーダルパラメータ(CskyB,CskyR,CskyP,CsB,CsR,CsP,KsB,KsR,KsP)を考慮した値をGB,GR,GPとし、各バウンスレイトをdB、ロールレイトをdR、ピッチレイトをdPとすると、dB、dR、dPは以下の値として算出できる。
dB=GB・dxsB
dR=GR・dxsR
dP=GP・dxsP
以上から、各輪のストローク速度に基づいて、実際の車両におけるばね上の状態推定が達成できる。
【0034】
(ばね上制振制御部)
次に、ばね上制振制御部101a,スカイフック制御部201及びばね上制振制御部33において実行されるスカイフック制御構成について説明する。スカイフック制御では、上述のように車輪速に基づいて推定されたばね上状態を目標ばね上状態となるように制御する。言い換えると、車輪速変化はばね上状態に対応して変化するものであり、バウンス,ロール,ピッチといったばね上状態を目標ばね上状態に制御する場合、検出された車輪速の変化が目標ばね上状態に対応する車輪速変化となるように制御するものである。
【0035】
〔スカイフック制御部の構成〕
S/Aコントローラ3aにおけるスカイフック制御部33aでは、バウンスレイト、ロールレイト、ピッチレイトの3つを制御対象とする。
【0036】
バウンス方向のスカイフック制御量は、
FB=CskyB・dB
ロール方向のスカイフック制御量は、
FR=CskyR・dR
ピッチ方向のスカイフック制御量は、
FP=CskyP・dP
となる。
(バウンス方向のスカイフック制御量FB)
バウンス方向のスカイフック制御量FBは、スカイフック制御部33aにおいてS/A姿勢制御量の一部として演算される。
(ロール方向のスカイフック制御量FR)
ロール方向のスカイフック制御量FRは、スカイフック制御部33aにおいてS/A姿勢制御量の一部として演算される。
(ピッチ方向のスカイフック制御量FP)
ピッチ方向のスカイフック制御量FPは、スカイフック制御部33aにおいてS/A姿勢制御量の一部として演算される。
【0037】
(S/A側ドライバ入力制御部について)
次に、S/A側ドライバ入力制御部について説明する。S/A側ドライバ入力制御部31では、舵角センサ7や車速センサ8からの信号に基づいて運転者の達成したい車両挙動に対応するドライバ入力減衰力制御量を演算し、減衰力制御部35に対して出力する。例えば、運転者が旋回中において、車両のノーズ側が浮き上がると、運転者の視界が路面から外れやすくなることから、この場合にはノーズ浮き上がりを防止するように4輪の減衰力をドライバ入力減衰力制御量として出力する。また、旋回時に発生するロールを抑制するドライバ入力減衰力制御量を出力する。
【0038】
(S/A側ドライバ入力制御によるロール制御について)
ここで、S/A側ドライバ入力制御によって行われるロール抑制制御について説明する。
図8は実施例1のロールレイト抑制制御の構成を表す制御ブロック図である。横加速度推定部31b1では、舵角センサ7により検出された前輪舵角δfと、車速センサ8により検出された車速VSPに基づいて横加速度Ygを推定する。この横加速度Ygには、車体プランビューモデルに基づいて以下の式より算出される。
Yg=(VSP
2/(1+A・VSP
2))・δf
ここで、Aは所定値である。
【0039】
90°位相進み成分作成部31b2では、推定された横加速度Ygを微分して横加速度微分値dYgを出力する。第1加算部31b4では横加速度Ygと横加速度微分値dYgとを加算する。90°位相遅れ成分作成部31b3では、推定された横加速度Ygの位相を90°遅らせた成分F(Yg)を出力する。第2加算部31b5では、第1加算部31b4において加算された値にF(Yg)を加算する。ヒルベルト変換部31b6では、加算された値の包絡波形に基づくスカラー量を演算する。ゲイン乗算部31b7では、包絡波形に基づくスカラー量にゲインを乗算し、ロールレイト抑制制御用のドライバ入力姿勢制御量を演算し、減衰力制御部35に対して出力する。
【0040】
図9は実施例1のロールレイト抑制制御の包絡波形形成処理を表すタイムチャートである。時刻t1において、運転者が操舵を開始すると、ロールレイトが徐々に発生し始める。このとき、90°位相進み成分を加算して包絡波形を形成し、包絡波形に基づくスカラー量に基づいてドライバ入力姿勢制御量を演算することで、操舵初期におけるロールレイトの発生を抑制することができる。次に、時刻t2において、運転者が保舵状態となると、90°位相進み成分は無くなり、今度は位相遅れ成分F(Yg)が加算される。このとき、定常旋回状態でロールレイト自体の変化はさほどない場合であっても、一旦ロールした後に、ロールの揺り返しに相当するロールレイト共振成分が発生する。仮に、位相遅れ成分F(Yg)が加算されていないと、時刻t2から時刻t3における減衰力は小さな値に設定されてしまい、ロールレイト共振成分による車両挙動の不安定化を招くおそれがある。このロールレイト共振成分を抑制するために90°位相遅れ成分F(Yg)を付与するものである。
【0041】
時刻t3において、運転者が保舵状態から直進走行状態に移行すると、横加速度Ygは小さくなり、ロールレイトも小さな値に収束する。ここでも90°位相遅れ成分F(Yg)の作用によってしっかりと減衰力を確保しているため、ロールレイト共振成分による不安定化を回避することができる。
【0042】
(ばね下制振制御部)
次に、ばね下制振制御部の構成について説明する。
図7(a)のコンベ車両において説明したように、タイヤも弾性係数と減衰係数を有することから共振周波数帯が存在する。ただし、タイヤの質量はばね上の質量に比べて小さく、弾性係数も高いため、ばね上共振よりも高周波数側に存在する。このばね下共振成分により、ばね下においてタイヤがバタバタ動いてしまい、接地性が悪化するおそれがある。また、ばね下でのバタつきは乗員に不快感を与えるおそれもある。そこで、ばね下共振によるバタつきを抑制するために、ばね下共振成分に応じた減衰力を設定するものである。
【0043】
図10は実施例1のばね下制振制御の制御構成を表すブロック図である。ばね下共振成分抽出部341では、走行状態推定部32内の偏差演算部321bから出力された車輪速変動にバンドパスフィルタを作用させてばね下共振成分を抽出する。ばね下共振成分は車輪速周波数成分のうち概ね10〜20Hzの領域から抽出される。包絡波形成形部342では、抽出されたばね下共振成分をスカラー化し、EnvelopeFilterを用いて包絡波形を成形する。ゲイン乗算部343では、スカラー化されたばね下共振成分にゲインを乗算し、ばね下制振減衰力制御量を算出し、減衰力制御部35に対して出力する。尚、実施例1では、走行状態推定部32内の偏差演算部321bから出力された車輪速変動にバンドパスフィルタを作用させてばね下共振成分を抽出することとしたが、車輪速センサ検出値にバンドパスフィルタを作用させてばね下共振成分を抽出する、もしくは、走行状態推定部32において、ばね上速度に併せてばね下速度を推定演算し、ばね下共振成分を抽出するようにしてもよい。
【0044】
(減衰力制御部の構成について)
次に、減衰力制御部35の構成について説明する。減衰力制御部35の制御構成を表す制御ブロック図である。飽和度変換部35aでは、ドライバ入力制御部31から出力されたドライバ入力減衰力制御量と、スカイフック制御部33aから出力されたS/A姿勢制御量と、ばね下制振制御部34から出力されたばね下制振減衰力制御量と、走行状態推定部32により演算されたストローク速度が入力され、これらの値を等価粘性減衰係数に変換する。そして、ストローク速度と、等価粘性減衰係数Ceと、このストローク速度における減衰係数最大値Cemax及び最小値Ceminとに基づいて飽和度DDS(%)を以下の式により算出する。
DDS=((Ce−Cemin)/(Cemax−Cemin))×100
【0045】
飽和度調停部35bでは、飽和度変換部35aにおいて変換された飽和度(以下、それぞれの飽和度をドライバ入力飽和度k1、S/A姿勢飽和度k2、ばね下制振飽和度k4と記載する。)のうち、どの飽和度に基づいて制御するのかを調停し、調停された飽和度を、ストローク速度に基づいて予め設定された飽和度制限マップにより制限し、制限された飽和度を最終的な飽和度を出力する。制御信号変換部35cでは、飽和度に対応するS/A3制御信号(指令電流値)に変換し、S/A3に対して出力する。
【0046】
(ストローク速度演算部の詳細について)
次に、ストローク速度演算部の詳細について説明する。
図12はGEO変換部における制限値処理を表すタイムチャートである。偏差演算部321bにおいて基準車輪速と車輪速センサ値との偏差が演算されると、その偏差に制限値処理が行われ、上限値を超える値は上限値でカットされ、下限値を下回る値は下限値でカットされた値として出力される。過剰な偏差に基づいてS/A3に供給する電流を算出することを回避するためである。尚、この制限値処理は、偏差が演算された後のブロックであれば、GEO変換部321c以外にて行われてもよく特に限定しない。
【0047】
ここで、適正な演算結果を経た上で上限値や下限値でカットされる場合は問題ないが、前輪と後輪とで異なるタイヤ半径を有する場合、このタイヤ半径の違いによって実際の変動成分以外のオフセット値が加算されてしまう。そうすると、各輪において実際に発生するストロークと異なる値、言い換えると上側や下側にオフセットした値が算出され、その値が上限値や下限値でカットされることで、偏差の変動が過小評価されてしまい、適正な減衰力を付与できないという問題が生じる。
【0048】
そこで、実施例1では、偏差演算部321bと偏差に制限値処理を行うGEO変換部321cとの間にハイパスフィルタ321fを設け、偏差演算部321bにより演算された偏差をフィルタリングすることで、オフセット値である直流成分を除去し、
図12の太い実線で示すような値として補正することで、適正な減衰力を付与可能とした。ハイパスフィルタ321fは、例えば下記の式5で与えられる。
(式5)
H(z)=(z
n+a1*z
n-1+・・・an)/(1+a1*z+a2*z
2+・・・+an*z
n)
ここで、フィルタ自身によるばね上挙動の検出帯域信号の消失を防止するため、遮断周波数fcは、ばね上共振周波数fbに対し、fc≦1/fb
1/2の関係で設定する。この遮断周波数fcに基づいて、上記式5のフィルタ係数aを実装する。
【0049】
上記構成に基づき、実際の車両に採用して実験したところ、前後異径タイヤ装着時のストローク速度が6dB以上復帰(言い換えると、オフセット値により6dB以上の変動成分に関する情報が喪失していた。)し、スカイフック制御による制振性能が大きく向上した。例えば、制振性能の指標として上下加速度振幅で見ると、ハイパスフィルタ321f装着前の振幅に対し、ハイパスフィルタ321f装着後は、半分の振幅まで低減できた。
【0050】
以上説明したように、実施例1にあっては下記に列挙する作用効果を奏する。
(1)S/A3(減衰力可変ショックアブソーバ)の制御方法であって、基準車輪速(車体速)と車輪速から算出した偏差(車輪速の変動成分)の内、前輪と後輪とで異なる径を有するタイヤを装着することで重畳されるオフセット値を低減する補正を行い、補正した車輪速の変動成分に基づいてS/A3のストローク速度を検出し、ストローク速度に基づいてスカイフック制御により演算した車両のばね上挙動の変化を抑制する減衰力制御量を演算し、減衰力制御量に基づいてS/A3を制御する。
よって、前輪と後輪とで異なる径を有するタイヤを装着した場合であっても、オフセット値を低減した上でストローク速度を算出するため、スカイフック制御を行う際、適切な減衰力制御量を算出することができるため、所望の減衰力制御を達成できる。
【0051】
(2)オフセット値を低減する補正は、直流電流値を除去するフィルタにより行う。よって、ハイパスフィルタ等のフィルタを設定するのみで、簡易にオフセットを補正できる。
【0052】
〔実施例2〕
次に、実施例2について説明する。基本的な構成は実施例1と同じであるため、異なる点についてのみ説明する。
図13は実施例2のストローク速度演算部における制御内容を表す制御ブロック図である。実施例1では、偏差演算部321bの後にハイパスフィルタ321fを装着した。これに対し、実施例2では、基準車輪速を算出する際、タイヤ動半径補正部300aによりタイヤ動半径を補正することで、前後異径タイヤ装着時のオフセット値を除去するものである。具体的には、基準車輪速を演算する際、最終的な各輪の基準車輪速VFL、VFR、VRL、VRRを算出し、それぞれタイヤ半径r0で除算して基準車輪速ω0を算出する。このとき、タイヤ半径r0を補正後のタイヤ動半径rxとし、この値を用いて基準車輪速ω0を算出する。
【0053】
図14は実施例2のタイヤ動半径補正部の構成を表すブロック図である。作動閾値判定部51は、操舵角δf、ヨーレイトγ、4輪の車輪速ω_n(n= FL,FR,RL,RR)、駆動トルクT、ブレーキ液圧P及びVDC作動フラグFvdcの情報が入力される。そして、以下の作動許可閾値フラグのON条件(a)〜(f)が全て成立したときは、作動許可閾値フラグをONとする信号を出力する。ON条件は、
(a)車速が所定範囲内
(b)ヨーレイトが所定範囲内
(c)操舵角が所定範囲内
(d)駆動トルク変化が所定範囲内
(e)ブレーキ制動状態ではない(ブレーキ液圧Pが所定値以下)
(f)VDC作動フラグFvdcがOFF
である。
【0054】
車輪速オフセット量演算部52では、4輪車輪速の平均値を演算し、平均車輪速ωrefを算出する。また、動半径補正時の急峻な動半径変化によるストローク速度誤推定を防止するため、作動許可フラグON中の車輪速を最終値とするよう、移動平均を演算するFIRフィルタにより補正した車輪速ωref_aveを出力する。尚、FIRフィルタを採用する理由は、オフセット量が無い(前後異径タイヤではなく、同径タイヤ装着時)ときに厳密に0を演算するためである。作動許可フラグOFF時は、前回までに演算した最終値を保持しておく。
【0055】
車輪速オフセット量演算部52では、車輪速ωref_aveと各輪の車輪速を入力し、予め設定されたタイヤ動半径基準値Rrefとから、基準車体速Vrefを算出する。
Vref=Rref*ωref_ave
次に、推定タイヤ動半径Re_n(n=FL,FR,RL,RR)を下記式より算出する。この演算は各輪において行われる。
Re_n=Vref*(1/ω_n)=Rref*ωref_ave*(1/ω_n)
そして、タイヤ動半径基準値Rrefと推定タイヤ動半径Re_nの差から、各輪の半径オフセット量ΔR_n(n=FL,FR,RL,RR)を下記式より算出する。
ΔR_n=Re_n - Rref
算出された半径オフセット量は加算部55に出力される。
【0056】
直進安定時間判定部54では、作動許可閾値フラグのONが所定時間持続したときに、直進判定フラグをONとし、加算部55に出力する。
加算部55では、直進判定フラグがONのときは現在のタイヤ動半径rxに半径オフセット量ΔR_nを加算した値を出力し、直進判定フラグがOFFのときは現在のタイヤ動半径rxをそのまま出力する。尚、フラグハンチングによるばね上共振域の制振性能劣化を防止するため、直進安定時間判定部54の所定時間を少なくとも2秒以上(0.5Hz以上の現象への影響を防止)とする。
【0057】
以上説明したように、実施例2では、実施例1の作用効果に加えて、下記の作用効果が得られる。
(3)オフセット値を低減する補正は、車両が直進安定状態を検出した場合に、各車輪速ω_nから基準車輪速ωref_aveを算出し、各輪の車輪速ω_nと基準車輪速ωref_aveとに基づいて各輪の半径オフセット量ΔR_n(動半径補正量)を算出し、半径オフセット量ΔR_nに基づいてタイヤ動半径rxを補正し、補正されたタイヤ動半径rxに基づいて偏差(車輪速の変動成分)を算出することでオフセット値を低減する。
よって、基準車輪速を演算する段階で精度の高いタイヤ動半径rxを使用することが可能となり、スカイフック制御を行う際、適切な減衰力制御量を算出することができるため、所望の減衰力制御を達成できる。