特許第6623780号(P6623780)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6623780クラッド板およびその製造方法、ならびに誘導加熱調理器用器物
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  • 特許6623780-クラッド板およびその製造方法、ならびに誘導加熱調理器用器物 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6623780
(24)【登録日】2019年12月6日
(45)【発行日】2019年12月25日
(54)【発明の名称】クラッド板およびその製造方法、ならびに誘導加熱調理器用器物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20191216BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20191216BHJP
   A47J 27/00 20060101ALI20191216BHJP
   A47J 36/02 20060101ALI20191216BHJP
   C21D 9/48 20060101ALN20191216BHJP
【FI】
   C22C38/00 302H
   C22C38/58
   A47J27/00 107
   A47J36/02 A
   !C21D9/48 P
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-7209(P2016-7209)
(22)【出願日】2016年1月18日
(65)【公開番号】特開2017-128750(P2017-128750A)
(43)【公開日】2017年7月27日
【審査請求日】2018年9月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】奥井 利行
【審査官】 伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−034217(JP,A)
【文献】 特開平02−197069(JP,A)
【文献】 特開2005−143592(JP,A)
【文献】 特開平10−229938(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
A47J 27/00−27/026
A47J 36/02
B23K 20/00−20/26
B32B 15/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導加熱調理器用器物の成形素材として用いられるクラッドであって、
オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼からなるIH発熱層と、前記IH発熱層に接合された、純アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる伝熱層とを備え、
前記IH発熱層が、質量%で、
C:0.005〜0.060%、
N:0.10〜0.30%、
Si:0%超1.0%以下、
Mn:0.5〜6.0%、
Ni:1.0〜10%、
Cr:19.0〜28.0%、
Mo:0〜4.0%、
Cu:0〜2.0%、
残部:Feおよび不純物からなり、
下記(1)式により規定されるCr当量が21質量%を超え、該Cr当量と下記(2)式により規定されるNi当量との比(Cr当量/Ni当量)が2.0〜3.0である化学組成を有するとともに、フェライト相の面積率が40〜70%である金属組織を有し、
底面が直径200mmの円形で、高さが120mmとなるよう鍋の形状に絞り加工した場合に、フランジ半径の最大偏差が8mm未満である、クラッド板。
Cr当量(質量%)=Cr含有量(質量%)+Mo含有量(質量%)+1.5×Si含有量(質量%) ・・・・・(1)
Ni当量(質量%)=Ni含有量(質量%)+30×(C含有量(質量%)+N含有量(質量%))+0.5×Mn(質量%)+0.5×Cu(質量%) ・・・・・(2)
【請求項2】
前記IH発熱層および前記伝熱層の2層からなる請求項1に記載されたクラッド板。
【請求項3】
記伝熱層に接合された保護層を、さらに備え、
前記保護層が、オーステナイト系ステンレス鋼またはオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼からなる、請求項1に記載されたクラッド板。
【請求項4】
前記IH発熱層の前記オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の前記化学組成において、Mn、Ni、Cr、MoおよびCuの総含有量が30質量%以下である、請求項1〜のいずれか1項に記載されたクラッド板。
【請求項5】
請求項1〜のいずれか1項に記載されたクラッド板の絞り成形体であって、前記IH発熱層を外層として有するとともに前記伝熱層を内層として有し、前記IH発熱層の厚さが0.3mm以上であり、かつ、前記IH発熱層のフェライト相の面積率が40%以上である、誘導加熱調理器用器物。
【請求項6】
誘導加熱調理器用器物の成形素材として用いられ、
オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼からなるIH発熱層と、前記IH発熱層に接合された、純アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる伝熱層とを備え、
前記IH発熱層が、質量%で、
C:0.005〜0.060%、
N:0.10〜0.30%、
Si:0%超1.0%以下、
Mn:0.5〜6.0%、
Ni:1.0〜10%、
Cr:19.0〜28.0%、
Mo:0〜4.0%、
Cu:0〜2.0%、
残部:Feおよび不純物からなり、
下記(1)式により規定されるCr当量が21質量%を超え、該Cr当量と下記(2)式により規定されるNi当量との比(Cr当量/Ni当量)が2.0〜3.0である化学組成を有するとともに、フェライト相の面積率が40〜70%である金属組織を有するクラッド板の製造方法であって、
前記二相ステンレス鋼について、冷間圧延の際に900〜1100℃の範囲で中間熱処理を行い、製造する、クラッド板の製造方法。
Cr当量(質量%)=Cr含有量(質量%)+Mo含有量(質量%)+1.5×Si含有量(質量%) ・・・・・(1)
Ni当量(質量%)=Ni含有量(質量%)+30×(C含有量(質量%)+N含有量(質量%))+0.5×Mn(質量%)+0.5×Cu(質量%) ・・・・・(2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クラッド板および誘導加熱調理器用器物に関する。
【背景技術】
【0002】
誘導加熱調理器(以下、「IH調理器」という)は、火炎を使用せず発熱効率の高い調理用熱源として普及が進んでおり、特に火災安全性が要求される高齢者住宅や高層ビルの店舗・住宅では、欠くことのできない必需機器となっている。また、IH炊飯器は、IHの高火力を利用した急速加熱特性によってご飯をおいしく炊き上げることができることから、炊飯装置の主流を占めており、一般家庭を含めて高い普及率を誇っている。
【0003】
IH調理器に用いられる鍋釜などの器物は、オールメタル対応IH調理器など特殊な場合を除いて、IHコイルに対向して配置される磁性金属材料からなる発熱体を有する。従来はフェライト系ステンレス鋼や普通鋼がこの発熱体として用いられてきた。発熱体として磁性金属材料を用いないと、一般的なIH調理器ではそもそも加熱ができず、またオールメタル対応IH調理器のように特殊な加熱方式の場合であっても、磁性金属材料を用いる場合に比べて発熱効率が極端に低下して消費電力が増大するためである。
【0004】
このため、IH調理器用の器物には、一方の面(外層面)にフェライト系ステンレス鋼や普通鋼からなる磁性金属材料と、他方の面(内層面)にアルミニウムとを配する2層構造や、内層面にステンレス鋼をさらに配する3層構造を有するものが一般に用いられてきた。
【0005】
しかし、発熱層に用いる磁性金属材料としてのフェライト系ステンレス鋼や普通鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼のような高耐食性材料に比べると錆び易い。このため、場合によっては磁性金属材料の表面にクリアコートなどの被覆加工を施す必要があり、コストの上昇は否めなかった。
【0006】
また、高級器物の発熱体としてフェライト系ステンレス鋼を用いると、器物への成形加工を行った際に生じる、ローピングと呼ばれる表面模様を除去するための研磨工程が必要になり、また、成形後のフランジ余り部の長さが均一にならない現象であるイヤリングが発生し、材料歩留まりが低下するといった問題がある。
【0007】
特許文献1には、鍋の内面層をチタンまたはチタン合金とし、さらに、鍋の外面層を磁性金属材料、特に磁性ステンレス鋼であるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼(SUS329J1)として発熱層として用いたり熱伝導を緩和する材料として用いたりすることによって、高効率、広範囲の加熱料理が可能で、軽量な電磁調理器用クラッド製鍋が開示されている。
【0008】
特許文献2には、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を合わせ材とするとともに炭素鋼もしくは合金鋼を母材とし、製造コストを極力抑えた上で、合わせ材の母材との界面側に生じるC拡散層の拡大を抑制し得る、安価なクラッド鋼板が開示されている。
【0009】
さらに、特許文献3には、質量%で、C:0.01〜0.04%、Ni:1.0〜2.0%、Cr:20.0〜22.0%を含有する化学組成を有し、圧延方向に対して0°方向と90°方向の0.2%耐力の差が20MPa未満であり、圧延方向と90°方向の表面の粗さRzが0.5〜4μmであるとともに、イヤリング率が2%未満とイヤリングの小さいプレス成形用オーステナイト・フェライト系ステンレス鋼板が開示されている
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平8−96946号公報
【特許文献2】特開2013−209688号公報
【特許文献3】特許第5656435号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1により開示された発明は、高効率、広範囲の加熱料理が可能で軽量な電磁調理器用クラッド製鍋を提供することを目的とするものであるため、この発明に基づいても発熱層の耐食性および絞り成形性をともに向上することはできない。
【0012】
特許文献2により開示された発明は、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を合わせ材とし、炭素鋼もしくは合金鋼を母材とするクラッド鋼板を熱間接合法で接合することを目的とするものであり、この発明に基づいても発熱層の耐食性および絞り成形性をともに向上することはできない。
【0013】
さらに、特許文献3により開示された発明は、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の単一板での深絞り性の向上を目的とするものであり、そもそもクラッド板の発熱層の耐食性および絞り成形性の向上を図るものではない。
【0014】
本発明の目的は、従来のフェライト系ステンレス鋼や普通鋼を発熱層として用いたクラッド板に比べて、器物への成形加工性に優れ、また外層面の耐食性に優れることから、例えば、IH炊飯器を含めたIH調理器に用いられる鍋釜などの器物の素材として好適に用いられるクラッド板およびIH調理器用器物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、従来は純アルミニウムまたはアルミニウム合金と接合してIH調理器用器物の素材として用いられることはなかったオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼に注目した。そして、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を、大気中での温間圧延接合法を利用した効率的かつ簡便な方法により、純アルミニウムまたはアルミニウム合金と接合することにより、発熱層(外層面)としてのオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼と、伝熱層(内層面)としての純アルミニウムまたはアルミニウム合金とを備えるクラッド板を提供でき、上記課題を解決できることを知見し、さらに検討を重ねて本発明を完成した。本発明は以下に列記の通りである。
【0016】
(1)誘導加熱調理器用器物の成形素材として用いられるクラッドであって、
オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼からなるIH発熱層と、前記IH発熱層に接合された、純アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる伝熱層とを備え、
前記IH発熱層が、質量%で、
C:0.005〜0.060%、
N:0.10〜0.30%、
Si:0%超1.0%以下、
Mn:0.5〜6.0%、
Ni:1.0〜10%、
Cr:19.0〜28.0%、
Mo:0〜4.0%、
Cu:0〜2.0%、
残部:Feおよび不純物からなり、
下記(1)式により規定されるCr当量が21質量%を超え、該Cr当量と下記(2)式により規定されるNi当量との比(Cr当量/Ni当量)が2.0〜3.0である化学組成を有するとともに、フェライト相の面積率が40〜70%である金属組織を有し、
底面が直径200mmの円形で、高さが120mmとなるよう鍋の形状に絞り加工した場合に、フランジ半径の最大偏差が8mm未満である、クラッド板。
Cr当量(質量%)=Cr含有量(質量%)+Mo含有量(質量%)+1.5×Si含有量(質量%) ・・・・・(1)
Ni当量(質量%)=Ni含有量(質量%)+30×(C含有量(質量%)+N含有量(質量%))+0.5×Mn(質量%)+0.5×Cu(質量%) ・・・・・(2)
【0017】
(2)前記IH発熱層および前記伝熱層の2層からなる1項に記載されたクラッド板。
【0018】
(3)記伝熱層に接合された保護層を、さらに備え、
前記保護層が、オーステナイト系ステンレス鋼またはオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼からなる、1項に記載されたクラッド板。
【0020】
)前記IH発熱層の前記オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の前記化学組成において、Mn、Ni、Cr、MoおよびCuの総含有量が30質量%以下である、
1〜項のいずれか1項に記載されたクラッド板。
【0021】
)1〜項のいずれか1項に記載されたクラッド板の絞り成形体であって、前記IH発熱層を外層として有するとともに前記伝熱層を内層として有し、前記IH発熱層の厚さが0.3mm以上であり、かつ、前記IH発熱層のフェライト相の面積率が40%以上である、誘導加熱調理器用器物。
(6)誘導加熱調理器用器物の成形素材として用いられ、
オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼からなるIH発熱層と、前記IH発熱層に接合された、純アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる伝熱層とを備え、
前記IH発熱層が、質量%で、
C:0.005〜0.060%、
N:0.10〜0.30%、
Si:0%超1.0%以下、
Mn:0.5〜6.0%、
Ni:1.0〜10%、
Cr:19.0〜28.0%、
Mo:0〜4.0%、
Cu:0〜2.0%、
残部:Feおよび不純物からなり、
下記(1)式により規定されるCr当量が21質量%を超え、該Cr当量と下記(2)式により規定されるNi当量との比(Cr当量/Ni当量)が2.0〜3.0である化学組成を有するとともに、フェライト相の面積率が40〜70%である金属組織を有するクラッド板の製造方法であって、
前記二相ステンレス鋼について、冷間圧延の際に900〜1100℃の範囲で中間熱処理を行い、製造する、クラッド板の製造方法。
Cr当量(質量%)=Cr含有量(質量%)+Mo含有量(質量%)+1.5×Si含有量(質量%) ・・・・・(1)
Ni当量(質量%)=Ni含有量(質量%)+30×(C含有量(質量%)+N含有量(質量%))+0.5×Mn(質量%)+0.5×Cu(質量%) ・・・・・(2)
【0022】
熱間圧延により製造したホットコイルに冷間圧延を行うことによって、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を製造するに際し、
前記冷間圧延として圧延率が20%以上の冷間圧延を少なくとも2回行うとともに、該少なくとも2回の冷間圧延の間に900〜1100℃で少なくとも1回の中間熱処理を行うことにより、1〜5項のいずれか1項に記載されたオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を製造することができる。
【発明の効果】
【0023】
本発明により、発熱層としてのオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼と伝熱層としての純アルミニウムまたはアルミニウム合金とを有するクラッド板が提供される。このクラッド板は、大気中の温間圧延接合法を利用した効率的な生産が可能であり、また従来のフェライト系ステンレス鋼を発熱層として用いたクラッド板に比べて、器物への成形加工性に優れ、さらに器物の外層面の耐食性に優れることから、IH調理器用器物の素材として好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1図1は、深絞り成形時に発生するイヤリングを示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明を実施するための形態を、本発明の原理とともに説明する。なお、以降の説明において化学組成に関する「%」は、特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0026】
1.本発明の原理
(1−1)オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼
オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼は、例えばJIS G4305冷間圧延ステンレス鋼板および鋼帯(2012)においてSUS329J1やSUS329J3L,SUS329J4Lで規定され、オーステナイト系ステンレス鋼と同等かそれ以上の耐食性を有する高耐食材料である。
【0027】
また、近年では、原料コストを抑えつつオーステナイト系ステンレス鋼と同等の高い耐食性を実現した省合金オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼が開発され、例えば特開昭61−56267号公報、国際公開第2002/27056号パンフレット、国際公開第1996/18751号パンフレット、さらには特許第5345070号明細書等に開示されており、ASTM−A240ではS32304やS32101,S82122として規格化されている。
【0028】
これらのオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼は、これまで化学プラントや海水環境などの過酷な腐食環境向けに主に数mm厚さの厚板として使用されることが多く、また一般に硬質なことから成形加工用途には不向きとされてきた。このため、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼は、IH調理器用の器物を構成する材料としては注目されてこなかった。
【0029】
オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼は、その化学組成や製造工程中の熱処理を適切に選定することによって、金属組織の一部を磁性のあるフェライト組織とすることが可能である。本発明においてIH調理器用器物の発熱層として用いるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の化学組成は、Cr当量をCr含有量+Mo含有量+1.5×Si含有量で表すとともに、Ni当量をNi含有量+30×(C含有量+N含有量)+0.5×Mn含有量+0.5×Cu含有量で表す場合に、質量%で、Cr当量が21%を超え、かつCr当量とNi当量との比(Cr当量/Ni当量)が2.0〜3.0の範囲にあり、さらには製品である器物として用いる状態で金属組織に占めるフェライト相の面積率が40〜70%の範囲にある鋼を用いる。
【0030】
ここで、Cr当量が21%を超え、かつ比(Cr当量/Ni当量)が2.0〜3.0の範囲にあることは、金属組織に占めるフェライト相の面積率を40〜70%の範囲に調整し、フェライト相が有する磁性によってIH発熱を可能とするために必要である。
【0031】
使用するオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼のフェライト相の面積率が40%を下回る場合にはIH発熱層として必要な磁性を確保できず、IH調理器での加熱が不安定になる。またフェライト相の面積率が70%を上回る場合には、オーステナイト相の面積率が低下するために、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の特徴である高い耐食性を損ね、また器物に成形した際にフェライト系ステンレス鋼に特有なローピングに起因した表面模様を生じてしまう。
【0032】
ここで、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を製造するにあたって最終の熱処理温度は、各々のステンレス鋼の化学組成に応じて決定すればよいが、概ね900℃〜1100℃の範囲である。
【0033】
(1−2)オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼と純アルミニウムもしくはアルミニウム合金とのクラッド接合
次に、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼をIH調理器用の器物を構成する材料として用いるために、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼と純アルミニウムまたはアルミニウム合金とのクラッド接合方法を説明する。
【0034】
一般に器物用クラッド材料の接合方法には、爆着法、鋳包み法、溶接肉盛法、圧延法などがあるが、クラッド板を工業的に量産するには圧延法による接合が適しており、中でも組み立てスラブでの熱間圧延を必要としない冷間もしくは温間での圧延接合が適している。
【0035】
また、伝熱層には熱伝導性に優れる金属を用いる必要があるが、これら金属の中でも比較的低温域での加熱によって軟化させることが可能な純アルミニウムもしくはアルミニウム合金を用いることによって、特別な真空設備や雰囲気加熱炉を必要としなくとも大気中での接合が可能な温間圧延接合法を適用することができるため、設備投資ならびに設備メンテナンス性の面から、望ましい製造プロセスを実現できる。
【0036】
このような温間圧延接合法によってオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼と純アルミニウムもしくはアルミニウム合金とを接合してクラッド板を製造する条件を、種々の試作試験を行って調べた結果、予め100〜500℃に加熱した両者の素材板を、接合圧延機の直前で重ね合わせ、全ての素材厚さを合計した圧下率として10〜50%の範囲で圧延接合することによって、目的のクラッド板を得られることが判明した。
【0037】
この際、両者の素材板を予め100〜500℃に加熱するのは、加熱によって特にアルミニウム素材の変形抵抗を低下させ、接合圧延による展伸によって新生表面を促進させるためである。加熱温度が100℃未満では変形抵抗を低下させることができず、また500℃を超える加熱では、特にオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の表面に酸化被膜が厚く生成して界面接合を阻害するために好ましくない。
【0038】
また、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼と純アルミニウムもしくはアルミニウム合金との一方のみを加熱することは、接合圧延直前の重ね合わせによる抜熱によって加熱の効果が得られなくなるために望ましくない。
【0039】
また、全ての素材厚さを合計した圧下率として10〜50%の範囲で圧延接合するのは、前述のように圧延加工による展伸によって新生表面を現出させる効果に加えて、両素材の表面同志を圧延圧力によって密着させて接合するためである。圧下率が10%を下回る場合には新生表面の現出や圧着の効果を得られず、また圧下率が50%を超える場合には材料の変形が大きくなり過ぎて不均一となり、接合の連続性が損なわれるだけでなく、圧延機への負荷も大きくなる。
【0040】
(1−3)IH調理器用の器物
このようにして製造されたオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼と、純アルミニウムまたはアルミニウム合金とのクラッド板を、鍋形状へ成形加工してIH調理器用の器物として利用するために、低面:直径200mmの円形,高さ:120mmの鍋形状に絞り加工して、市販のIH調理器を用いて加熱した場合の発熱可否を調査した。
【0041】
その結果、鍋成形後の発熱層であるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼が0.3mm以上の厚さを有し、なおかつオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼としてのフェライト相の面積率が40%以上である場合に、従来のフェライト系ステンレス鋼を発熱体として用いた器物と同様に安定したIH加熱が可能であることが判明した。これは、発熱層であるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の厚さが0.3mmを下回ったり、あるいはフェライト相の面積率が40%を下回ると、発熱層の磁性が不足してIH調理器が器物を磁性体金属として認識できなくなるためである。
【0042】
また、IH調理器用の器物として用いることを考慮すれば、発熱層であるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の厚みは0.3〜1.0mm,クラッド板としての総厚みは1.0〜5.0mm程度であることが望ましい。
【0043】
上記のように、2層からなるクラッド板を用いてIH調理器用の器物を作成する場合、器物の内面は純アルミニウムまたはアルミニウム合金となるが、器物の内面に高強度で耐食性の高い保護層をさらに設ける場合には、二相ステンレスと純アルミニウムまたはアルミニウム合金とに加えて、鍋の内側にあたる面にはオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼やオーステナイト系ステンレス鋼からなる層を設けて、全体が3層からなるクラッド板とすることもできる。
【0044】
さらに、器物としての鍋形状への成形性については、成形後表面の外観を損ねるローピングの有無、鍋成形にあたっての材料歩留まり低下原因となるイヤリングの発生、およびプレス加工時の機械負荷を表わすプレス荷重の3点から評価した。
【0045】
(a)ローピング
先ず、成形後表面の外観については、先に試作した、低面:直径200mmの円形,高さ:120mmの鍋成形品を用いて評価した。従来のIH調理器用器物に用いられるフェライト系ステンレス鋼からなる外層面には、ローピング模様が生じる問題があったが、先に述べた化学組成およびフェライト相の面積率を有するオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を外層面として用いた鍋成形品にはローピング模様が見られず、美麗な表面が得られることが判明した。これは、器物成形後の研磨工程や付加的な塗装処理を省略するために有効である。
【0046】
(b)イヤリング
図1は、深絞り成形時に発生するイヤリングの状態を示す説明図である。
【0047】
イヤリングは、鍋形状への深絞り成形の際にフランジ部分の伸び変形が円周上で均一にならないために、切断除去せざるを得ない部位が増えて材料歩留まりを悪化させる原因となる。
【0048】
イヤリングの発生量を調査するためのテストを行った。ASTM−A240で規定されるS82122オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼と純アルミニウムとを接合した厚さ2.0mmのクラッド板から直径80mmの円形サンプルを採取し、これを直径40mmの円筒ポンチにて深絞り成形を行うことにより絞り比2.0の絞り抜き試験を行い、得られた深絞り成型品の耳率he(図1において、(P1〜P4平均高さ−V1〜V4平均高さ)/(P1〜P4とV1〜V4の平均高さ)×100(%))を評価した。結果を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
表1に示すように、使用するオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼素材の製造履歴に応じてイヤリングの発生量が異なる結果となった。クラッド素材としてオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の熱間圧延板から一回の冷間圧延と仕上げ熱処理によって得た厚さ0.6mmの素材板を使用した場合には、耳率として9.9%の大きなイヤリングが発生した。この大きなイヤリングは、器物を成形加工した際の不要部分として除去されるため、材料歩留まりの低下を招く。
【0051】
そこで、クラッド接合素材に用いる二相ステンレス板の製造プロセスに着目して種々改善策を検討したところ、熱間圧延したホットコイルから目的の板厚まで冷間圧延する途中で、少なくとも1回の中間熱処理を施すことによりイヤリングの強度を示す耳率が小さくなることが判明した。この中間熱処理の温度は材料温度として900〜1100℃の範囲で行えばよい。
【0052】
(c)プレス荷重
プレス加工時の機械負荷を表わすプレス荷重については、厚さ2.0mmのクラッド板から直径80mmの円形サンプルを採取し、これを直径40mmの円筒ポンチにて深絞り成形を行った際のプレス荷重によって評価した。結果を表2に示す。
【0053】
【表2】
【0054】
表2に示すように、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を発熱層に用いたクラッド板のプレス荷重は、オーステナイト系ステンレス鋼を用いたクラッド板のプレス荷重と同等かそれを超える値であった。オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼にはSUS304など準オーステナイト系ステンレス鋼で見られるような加工誘起マルテンサイト変態が生じないために加工硬化は小さいものの、合金元素を多く含有することによる固溶強化によって焼鈍ままでの強度が高くなる傾向にある。
【0055】
オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の化学組成は、主にMn、Ni、Cr、Mo、Cuの5元素からなる置換型元素によって調整され、これら合金元素の含有量が多くなるほど強度が高くなる。このため、これら置換型元素の総含有量を少なく抑制することによりオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の強度を小さくすることができる。
【0056】
すなわち、プレス加工時の機械負荷を軽減する目的でプレス荷重を小さくしたい場合には、先に述べたCr当量とNi当量の関係式の範囲内で,Mn、Ni、Cr、MoおよびCuの総含有量を30質量%以内に抑制することにより、プレス荷重を軽減することができる。
【0057】
Mn、Ni、Cr、MoおよびCuの総含有量の下限は、二相ステンレス鋼としてフェライト相の面積率を目的の範囲に調整する観点から、21%以上であることが好ましい。
【0058】
2.本発明に係るクラッド板
(2−1)全体構成
本発明に係るクラッド板は、IH調理器用の器物の外層面となるIH発熱層としてオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を用い、またIH調理器用の器物の外層面となる伝熱層として純アルミニウムもしくはアルミニウム合金からなる層を有する2層以上の構成を備える。
【0059】
すなわち、本発明に係るクラッド板は、IH調理器用の器物の外層面側から順に、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼からなる発熱層と、純アルミニウムもしくはアルミニウム合金からなる伝熱層とを有する2層からなるクラッド板でもよいし、IH調理器用の器物の内層側にオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼もしくはオーステナイト系ステンレス層からなる保護層をさらに有する3層からなるクラッド板であってもよい。
【0060】
(2−2)IH発熱層
本発明に係るクラッド板における発熱層には、磁性を有しながら高い耐食性を有することが要求される。オーステナイトステンレス鋼は非磁性であるために発熱層には使用できず、またフェライト系ステンレス鋼は磁性体であるものの高い耐食性を有するとはいえないために使用できない。そのため、発熱層にはオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を用いる。
【0061】
オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼としては、その化学組成の質量%から、Cr当量をCr含有量+Mo含有量+1.5×Si含有量で表し、Ni当量をNi含有量+30×(C含有量+N含有量)+0.5×Mn含有量+0.5×Cu含有量で表わした場合に、Cr当量が21を超え、かつ比(Cr当量/Ni当量)が2.0〜3.0の範囲にあり、さらには製品に用いる状態でのフェライト相の面積率が40〜70%の範囲にある鋼を用いることができる。
【0062】
ここで、Cr当量が21を超え、かつCr当量/Ni当量の比が2.0〜3.0の範囲にあることはフェライト相の面積率を40〜70%の範囲に調整するために必要であり、またフェライト相の面積率が40%を下回る場合には発熱層としてIH調理器での加熱に必要な磁性を確保できず、またフェライト相の面積率が70%を上回る場合には、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の特徴である高い耐食性を損ね、また器物に成形した際にローピングに起因した表面模様を生じるために不適である。
【0063】
また、器物のプレス成形時に要するプレス荷重を低く抑えたい場合には、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の化学組成を、その質量%としてのMn、Ni、Cr、MoおよびCuの総含有量が30質量%以内になるように調整することができる。
【0064】
ここで、IH発熱層に用いるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の化学組成について詳細に説明する。
【0065】
Cは、先に述べたNi当量に強く影響し、オーステナイト相の安定度を調整するために用いられるが、過度に含有するとCr炭化物を析出して耐食性を劣化させることから、C含有量の上限を0.060%とすることが望ましい。また、C含有量を極端に少なくするためには鋼の精錬工程で大幅なコストアップを招くことから、C含有量の下限を0.005%とすることが望ましい。
【0066】
Nは、Cと同様にNi当量に強く影響し,オーステナイト相の安定度を調整するために用いられる元素である。また、Nを含有することによって耐食性の向上効果を得られることからCよりも積極的に含有することができ、0.10%以上含有することが望ましい。ただし、過剰に含有すると熱処理工程や溶接による熱影響部でCr窒化物の析出を招くため、N含有量の上限を0.30%とすることが望ましい。
【0067】
Siは、精錬工程での脱酸元素として使用する場合があり、ある程度含有され、また前記のCr当量にも影響する元素であるが、1.0%を超えて含有すると材料が硬質化してしまうため、Si含有量は1.0%以下とすることが望ましい。Si含有量の下限は使用量にもよるため、通常0%を超えた値になるが、0.1%以上であれば脱酸剤として十分効果を発揮できる量を使用できるため、望ましい。
【0068】
Mnは、オーステナイト相の安定化に寄与し、また同様の効果を奏するNiよりも安価な元素である。しかしながら、6.0%を超える過剰な含有によって耐食性が劣化したり、熱間加工性を阻害する欠点もあるため、Mn含有量は0.5〜6.0%であることが望ましい。
【0069】
Niは、代表的なオーステナイト相安定化元素であり、原料コストとして高価ではあるものの、過剰な含有によっても耐食性の劣化や熱間加工性の劣化を招きにくい特徴を有する元素である。そのため、1.0%以上含有することが望ましいが、その上限は10%にとどめることがコストの観点から望ましい。
【0070】
Crは、ステンレス鋼の耐食性を確保するために重要な元素であり、また本発明に用いるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼ではCr当量が21を超える必要があることから、19.0%以上含有することが望ましい。しかしながら、過剰な含有は熱間加工割れの原因となることからCr含有量の上限を28.0%とすることが望ましい。
【0071】
Moは、鋼の耐食性の向上に大きな効果を示すため必要に応じて含有してもよいが、原料コストの大幅な増加を招くため、Mn含有量の上限を4.0%とすることが望ましい。
【0072】
Cuは、NiやMnと同様にオーステナイト相の安定化に寄与する元素で、必要に応じて含有させてもよいが、2.0%を超えて含有すると熱間加工性を阻害することから、Cu含有量を2.0%以下とすることが望ましい。
【0073】
その他の化学成分は、P,S等を不純物として含有するが、本願の効果を阻害しない限り許容される。
【0074】
(2−3)伝熱層
伝熱層には熱伝導性に優れる金属を用いるが、クラッド板の製造時に大気中での温間接合圧延法を用いることができる純アルミニウム(JIS1000系)もしくはアルミニウム合金(JIS2000系(Al−4Cu)、3000系(Al−1Mn)、4000系(Al−12Si)、5000系(Al−2Mg系)、6000系(Al−1Mg−Si)、7000系(Al−5Mn−Mg−Cu))を用いる。
【0075】
ただし、冷間での深絞り加工性を確保し、また熱処理による時効硬化を避ける観点から、アルミニウム合金としては、JIS3000系(Al−1Mn)、5000系(Al−2Mg系)を用いることが望ましい。
【0076】
(2−4)保護層
保護層は、電熱層を保護する目的で形成されるもので、一般的によく用いられている樹脂製の保護層が用いられている。
【0077】
一方、保護層として金属を使用する場合には、適度な強度で高い耐食性が必要とされるが、保護層は磁性体である必要がないことから、オーステナイト系ステンレス鋼を用いることができ、また当然のことながらオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を用いてもよい。
【0078】
(2−5)各層の厚み
クラッド板を構成する個々の材料の板厚構成は、目的とする器物の形態に応じて任意に選択することができる。IH調理器用の器物として用いることを考慮すれば、IH発熱層の厚みは0.3〜1.0mmが望ましく、伝熱層の厚みは0.5〜3.0mmが望ましく、クラッド板としての総厚みは1.0〜5.0mm程度が望ましい。
【0079】
これは、オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の厚みが0.3mmを下回るとIH加熱時の効率が損なわれ、また1.0mmを上回る場合には発生した熱を効率良く伝熱層に伝えることができないためである。また、伝熱層の厚みはIHコイルによって生じた熱を器物全体に行き渡らせるに充分な厚みがあればよいが、伝熱層の厚みが、0.5mmを下回ると充分な伝熱効果が得られず、また3.0mmを超えると器物自体の熱容量が大きくなって発熱効率が損なわれるためである。
【0080】
3.オーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の製造方法
本発明のクラッド板を接合するための素材として用いるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼は、その製造工程で、熱間圧延により製造したホットコイルから、圧延率が20%以上の冷間圧延を少なくとも2回行うことによって目的の板厚に調整するにあたり、少なくとも2回の冷間圧延の間に900℃〜1100℃の範囲で少なくとも1回の中間熱処理を行う。中間熱処理を行うことにより、クラッド板を器物に成形加工する際に生じるイヤリングを小さく抑え、材料歩留まりを高めることができる。
【0081】
4.IH調理用器物
本発明に係るIH調理用器物は、本発明に係るクラッド板の絞り成形体であって、IH発熱層を外層として有するとともに伝熱層を内層として有する。
【0082】
IH発熱層であるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼が0.3mm以上の厚さを有し、なおかつオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼としてのフェライト相の面積率が40%以上である場合に、従来のフェライト系ステンレス鋼を発熱体として用いた器物と同様に安定したIH加熱が可能である。発熱層であるオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の厚さが0.3mmを下回ったり、あるいはフェライト相の面積率が40%を下回ると、発熱層の磁性が不足してIH調理器が器物を磁性体金属として認識できなくなる。
【0083】
本発明に係るIH調理用器物は、効率的な生産により安価に製造でき、従来のフェライト系ステンレス鋼を発熱層として用いたクラッド板に比べて外層面の耐食性に優れる。
【実施例】
【0084】
IH調理器用クラッド板を構成する発熱層の素材として、表3に示す化学組成を有する熱延焼鈍板の量産材を入手し、これに冷間圧延と焼鈍を施すことによって0.6mm厚の冷延焼鈍板を得た。
【0085】
【表3】
【0086】
また、IH調理器用クラッド板を構成する伝熱層の素材として、以下に列記の冷延焼鈍板を準備した。
(i)JIS H 4000(2006)に規定されたA1100P純アルミニウムの厚さ2.2mmの冷延焼鈍板
(ii)JIS H 4000(2006)に規定されたA 3004Pアルミニウム合金の厚さ2.2mmの冷延焼鈍板
【0087】
これらの素材を積層させた積層板を、350℃に加熱した後、実験用ミルで接合圧延することにより、総厚み2.0mmのクラッド板を得た。得られたクラッド板をプレス加工して、低面:直径200mmの円形,高さ:120mmの鍋形状に絞り加工し、市販のIH調理器による加熱テストを行った。この際の評価は、IH調理器によって安定した連続加熱が可能であった場合を良好とした。
【0088】
また、得られたクラッド板の外層面(発熱層)について耐食性を評価するために、JIS Z 2371(2000)にしたがって塩水噴霧試験を行い、200時間連続暴露後の外観からレイティングナンバを判定した。評価はレイティングナンバが10であることを以って高耐食と判定した。
【0089】
得られたクラッド板のプレス成形性について、3点の評価試験を行った。
【0090】
すなわち、クラッド板をプレス加工して、低面が直径200mmの円形であり、高さが120mmである鍋形状に絞り加工し、その外観からローピング模様の発生有無を判定した。さらには、イヤリングの発生量を評価するために得られた鍋のフランジ形状からフランジ半径の最大偏差を測定し、その偏差が8mm未満である場合を良好と判定した。
【0091】
また、プレス荷重については、クラッド板の直径80mmの円形サンプルを直径40mmのポンチで深絞り加工することにより絞り比2.0の絞り抜き試験を行った場合のプレス荷重によって評価した。この際の望ましいプレス荷重としては、外層面の材料としてSUS304を用いた場合のプレス荷重である6.0ton以下とした。
【0092】
試験結果を表4にまとめて示す。
【0093】
【表4】
【0094】
試料No.1〜9は、本発明例のクラッド板を成形した鍋の結果であり、耐食性、イヤリング、ローピング、プレス荷重およびIH加熱のいずれの評価において、良好な結果が得られた。
【0095】
試料No.10,11は、比較例であって、発熱層として使用したオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼の製造工程において、中間熱処理の条件が本発明に規定する方法と異なるため、器物への成形加工の際にイヤリングが発生して、フランジ半径に8mm以上の偏差が生じた。
【0096】
試料No.12は、フェライト相率が40%を下回るオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を発熱層として用いた比較例であるが、発熱層の磁性が不足したためにIH調理器の制御が加熱途中で停止し不安定となった。
【0097】
試料No.13は、フェライト相の面積率が70%を上回るオーステナイト・フェライト二相ステンレス鋼を発熱層として用いた比較例であるが、塩水噴霧試験によって点状の発銹が認められ、高い耐食性が得られなかったとともに、成形鍋の外表面にローピング模様が発生したために成形後の外観が不芳であった。
【0098】
試料No.14〜17は、発熱層に非磁性金属であるオーステナイト系ステンレス鋼を使用した比較例であるが、外層面の耐食性や深絞り成形性および外観模様は良好であるものの、非磁性であるために一般的なIH調理器では加熱が不可能であった。
【0099】
さらに、試料No.18は,従来例として発熱層に磁性体金属であるフェライト系ステンレス鋼を使用した比較例であるが、IH加熱は良好に可能であるものの、外層面の耐食性に劣り、またイヤリングによるフランジ半径の偏差や、ローピングによる外観模様が発生した。
図1