(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
例えばオーボエ、クラリネット等、木材を管状に削り出して製造される管楽器がある。このような管楽器の材料は、比較的希少なものが多いため高価であるだけでなく、材料毎のばらつきが比較的大きい。
【0003】
このため、木材を薄板状に切断した単板を接着剤により積層した単板積層材(LVL:Laminated Veneer Lumber)を管楽器用木質材料として利用することが提案されている(例えば特開2010−184420号公報)。単板積層材は、天然木の節や割れの存在する部分を除く大半の部分を原材料として使用することができるため比較的安価である。また、単板積層材は、多数の単板を積層することで原木のバラツキが平均化されるので、品質が比較的安定しているという利点がある。
【0004】
前記公報には、接着剤がエポキシ樹脂を含むことによって、高い強度と高い音速と低い振動減衰率(tanδ)とを実現でき、さらに木材特有の吸放湿による寸法変化を少なくできると記載されている。なお、管楽器用木質材料の振動特性については、あくまでも天然木の代替品として、より高級な天然木の振動特性に近付けるという意味で、相対的に高い音速と低い振動減衰率が望ましいものとされる。
【0005】
前記公報に記載の管楽器用木質材料は、接着剤により単板の伸縮を抑制するので、湿度変化に対する寸法変化が小さいことの裏返しとして、乾燥及び吸湿による単板の伸縮により単板と接着剤との界面に応力が集中し、層間の剥離が生じ易くなる場合があるという不都合を有する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、適宜図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を詳説する。
【0018】
[管楽器用木質材料]
図1に示す本発明の一実施形態に係る管楽器用木質材料は、例えばクラリネット、オーボエ、ファゴット、リコーダー等の木製の共鳴管を用いて音を発する管楽器の材料として使用される。
【0019】
当該管楽器用木質材料は、積層される複数の単板1と、この複数の単板1間に積層される緩衝層2とを備える。
【0020】
<単板>
単板1は、天然木を薄板状に切断したものである。この単板1の材質(木の品種)としては、当該管楽器用木質材料を用いて製造される楽器の種類等にもよるが、例えばグラナディラ、樺、スプルース、メープル、ナラ、メランティ、タモ、ポプラ、ブビンガ、マホガニー、けやき、カポール、ブナ等を用いることができ、中でもカバ、スプルース、タモ及びナラが特に好ましい。また、複数の単板1は、個々に材質が異なってもよい。
【0021】
単板1の平均厚さの下限としては、0.5mmが好ましく、0.7mmがより好ましい。一方、単板1の平均厚さの上限としては、5mmが好ましく、3mmがより好ましい。単板1の平均厚さが前記下限に満たない場合、当該管楽器用木質材料の振動特性が天然木と大きく異なり、当該管楽器用木質材料から形成される管楽器の音色が不自然になるおそれがある。逆に、単板1の平均厚さが前記上限を超える場合、天然木のばらつきを十分均質化できないおそれがある。
【0022】
また、単板1には、樹脂組成物が含浸されていてもよい。単板1に樹脂組成物を含浸することによって、単板1の強度を向上することができ、比較的安価な木材を使用することが可能になる。
【0023】
単板1に含浸する樹脂組成物の主成分としては、例えばエポキシ樹脂、フェノール樹脂等を用いることができる。中でも、緩衝層2との接合が比較的容易なエポキシ樹脂が好適に用いられる。
【0024】
単板1が樹脂組成物を含む場合、単板1における樹脂組成物の含有量の下限としては、10質量%が好ましく、20質量%がより好ましい。一方、単板1における樹脂組成物の含有量の上限としては、80質量%が好ましく、70質量%がより好ましい。単板1における樹脂組成物の含有量が前記下限に満たない場合、単板の強度を十分に向上できないおそれがある。逆に、単板1における樹脂組成物の含有量が前記上限を超える場合、当該管楽器用木質材料の天然木との振動特性の差が大きくなることで当該管楽器用木質材料を用いて形成される管楽器の音色が不自然になるおそれがある。
【0025】
<緩衝層>
緩衝層2は、繊維シートとこの繊維シートに含浸する接着剤とを有する。
【0026】
(繊維シート)
緩衝層2の繊維シートとしては、織布又は不織布が用いられ、中でも、合成繊維製の不織布が好適に用いられる。繊維シートは、緩衝層2の厚さ及び柔軟性を確保し、緩衝層2が単板1に追従して伸縮することを可能にすることで、層間剥離を防止する。
【0027】
緩衝層2の繊維シートとされる不織布としては、繊維間を接続するバインダーを含む紙を用いてもよい。
【0028】
繊維シートを形成する繊維は、モノフィラメントであってもよく、多数の単繊維からなるマルチフィラメントであってもよい。
【0029】
繊維シートを形成する合成繊維の主成分としては、例えばポリエステル、ポリアミド、アクリル樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン等を用いることができるが、中でも接着剤を選定しやすいポリエステルが特に好ましい。
【0030】
前記繊維シートの平均厚さ、つまり繊維シートによって定められる緩衝層2の平均厚さ下限としては、0.05mmが好ましく、0.07mmがより好ましい。一方、緩衝層2の平均厚さの上限としては、0.20mmが好ましく、0.16mmがより好ましい。緩衝層2の平均厚さが前記下限に満たない場合、単板1の伸縮により作用する応力を十分に緩和できないおそれがある。逆に、緩衝層2の平均厚さが前記上限を超える場合、当該管楽器用木質材料の天然木との振動特性の差が大きくなることで当該管楽器用木質材料を用いて形成される管楽器の音色が不自然になるおそれがある。
【0031】
繊維シートのかさ密度の下限としては、30kg/m
3が好ましく、50kg/m
3がより好ましい。一方、繊維シートのかさ密度の上限としては、400kg/m
3が好ましく、300kg/m
3がより好ましい。繊維シートのかさ密度が前記下限に満たない場合、単板1と緩衝層2とを積層して圧着して当該管楽器用木質材料を製造する際に緩衝層2の厚さを保持できないおそれがある。逆に、繊維シートのかさ密度が前記上限を超える場合、接着剤を十分に含浸することができず、当該管楽器用木質材料の機械的強度が不十分となるおそれや、当該管楽器用木質材料の天然木との振動特性の差が大きくなることで当該管楽器用木質材料を用いて形成される管楽器の音色が不自然になるおそれがある。
【0032】
繊維シートを形成する繊維の平均径の下限としては、1μmが好ましく、5μmがより好ましい。一方、繊維シートを形成する繊維の平均径の上限としては、100μmが好ましく、50μmがより好ましい。繊維シートを形成する繊維の平均径が前記下限に満たない場合、前記平均厚さ、かさ密度等の他の条件を満たすために繊維シートが不必要に高価となるおそれがある。逆に、繊維シートを形成する繊維の平均径が前記上限を超える場合、繊維シートひいては緩衝層2の柔軟性が不足し、単板1の伸縮により作用する応力を十分に緩和することができないおそれがある。なお、平均径とは、断面積の円相当径を意味する。
【0033】
(接着剤)
緩衝層2の接着剤は、繊維シートに含浸して繊維シートの空隙を埋めると共に、単板1に対する接合を可能にする。
【0034】
接着剤は、溶剤を含まず、当該管楽器用木質材料の製造過程における体積変化が小さい硬化型の接着剤であることが好ましい。
【0035】
また、接着剤の主成分としては、例えばエポキシ樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、アクリル樹脂等を挙げることができるが、中でも繊維シートとの接着性を確保しやすいエポキシ樹脂が好適に用いられる。また、単板1に樹脂組成物を含浸する場合、この緩衝層2の接着剤の主成分は、単板1に含浸する樹脂組成物の主成分と同種の樹脂であることが好ましい。
【0036】
緩衝層2の接着剤の主成分とされるエポキシ樹脂としては、例えば、ビスフェノールA型、ビスフェノールF型、ビスフェノールAD型、ノボラック型、ビフェニル型等のエポキシ樹脂を用いることができる。
【0037】
緩衝層2における接着剤の含有率の下限としては、40質量%が好ましく、50質量%がより好ましい。一方、緩衝層2における接着剤の含有率の上限としては、90質量%が好ましく、80質量%がより好ましい。緩衝層2における接着剤の含有率が前記下限に満たない場合、接着強度が不十分となるおそれがある。逆に、緩衝層2における接着剤の含有率が前記上限を超える場合、製造時に十分に圧力を加えることができないので当該管楽器用木質材料の品質がばらつくおそれがある。
【0038】
<製造方法>
当該管楽器用木質材料は、単板1に樹脂組成物を含浸する工程(単板含浸工程)、繊維シートに接着剤を含浸する工程(繊維シート含浸工程)と、単板1と接着剤を含浸した繊維シートとを交互に積層する工程(積層工程)と、単板に含浸されている樹脂組成物及び繊維シートに含浸している接着剤を硬化させる工程(硬化工程)とを備える方法により製造することができる。
【0039】
(単板含浸工程)
単板含浸工程では、単板1に含浸する樹脂組成物中に単板1を浸漬することで、単板1に樹脂組成物を含浸させる。なお、単板1に含浸する樹脂組成物は溶媒で希釈されたものであってもよい。
【0040】
(繊維シート含浸工程)
繊維シート含浸工程では、繊維シートに接着剤を含浸させる。この繊維シート含浸工程では、繊維シートに対して接着剤を過剰に含浸することが好ましい。
【0041】
(積層工程)
積層工程では、単板含浸工程で得られる樹脂組成物を含浸した複数の単板を繊維シート含浸工程で得られる接着剤を含浸した繊維シートを介して積層する。
【0042】
(硬化工程)
硬化工程では、単板1及び繊維シートの積層体を加圧した状態で接着剤を硬化させる。
【0043】
単板1及び繊維シートの積層体の加圧圧力は、例えば接着剤の粘度、繊維シートの弾性率等に応じて選択されるが、一般論として、単板1及び繊維シートの積層体の加圧圧力の下限としては、0.1MPaが好ましく、0.2MPaがより好ましい。一方、単板1及び繊維シートの積層体の加圧圧力の上限としては、2MPaが好ましく、1MPaがより好ましい。単板1及び繊維シートの積層体の加圧圧力が前記下限に満たない場合、過剰な接着剤を押し出すことができず、繊維シートと単板1との間に接着剤のみからなる層が形成されるおそれがある。逆に、単板1及び繊維シートの積層体の加圧圧力が前記上限を超える場合、繊維シートが押し潰されて緩衝層2の厚さが不十分となるおそれがある。
【0044】
硬化工程における加熱温度の下限としては、接着剤の種類にもよるが、60℃が好ましく、80℃がより好ましい。一方、硬化工程における加熱温度の上限としては、180℃が好ましく、150℃がより好ましい。硬化工程における加熱温度が前記下限に満たない場合、接着剤の効果を促進できないおそれがある。逆に、硬化工程における加熱温度が前記上限を超える場合、単板1に損傷を与えるおそれがある。
【0045】
硬化工程における加圧及び加熱時間の下限としては、接着剤の種類にもよるが、15分が好ましく、40分がより好ましい。一方、硬化工程における加圧及び加熱時間の上限としては、360分が好ましく、300分がより好ましい。硬化工程における加圧及び加熱時間が前記下限に満たない場合、接着剤が十分に硬化しないおそれがある。逆に、硬化工程における加圧及び加熱時間が前記上限を超える場合、不必要に製造コストが上昇するおそれがある。
【0046】
<利点>
当該管楽器用木質材料は、複数の単板1が厚さを有する緩衝層2を介して積層されていることによって、湿度変化による単板1の伸縮によって作用する応力を緩衝層2が分散し、層間剥離を防止することができる。このため、当該管楽器用木質材料は、湿度変化に対する耐久性に優れる。
【0047】
[管楽器]
図2に、本発明に係る管楽器の一実施形態であるクラリネットを示す。当該クラリネットは、マウスピース11と、バレル12と、上管13と、下管14と、ベル15とを備え、上管13及び下管14に複数の音孔が形成され、この音孔を封止する複数のキイ16が設けられている。
【0048】
当該クラリネットは、マウスピース11、バレル12、上管13、下管14及びベル15が、木質材料から形成される。当該クラリネットを形成する木質材料としては、
図1の管楽器用木質材料が用いられる。
【0049】
このため、当該クラリネットは、
図3にベル15について代表して示すように、木質材料が複数の単板1及びこの複数の単板1間に積層される緩衝層2を備える。緩衝層2は、上述のように、織布又は不織布からなる繊維シート及びこの繊維シートに含浸する接着剤を有する。
【0050】
<利点>
当該クラリネットは、単板1と緩衝層2とを積層してなる木質材料から形成されているので、比較的安価でありながら、比較的高級な天然木に近い音を発することができ、製品毎のばらつきが小さく、かつ湿度変化に対する耐久性に優れる。
【0051】
[その他の実施形態]
前記実施形態は、本発明の構成を限定するものではない。従って、前記実施形態は、本明細書の記載及び技術常識に基づいて前記実施形態各部の構成要素の省略、置換又は追加が可能であり、それらは全て本発明の範囲に属するものと解釈されるべきである。
【0052】
当該管楽器用木質材料は、1つの緩衝層が複数の繊維シートを有してもよい。
【0053】
当該管楽器用木質材料の単板は、樹脂組成物が含浸されていないものであってもよい。従って、当該管楽器用木質材料の製造方法における単板含浸工程は省略してもよい。
【0054】
本発明に係る管楽器は、クラリネット以外に、オーボエ、ファゴット、リコーダー等の木製の共鳴管を用いて音を発する任意の管楽器とすることができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例に基づき本発明を詳述するが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるものではない。
【0056】
<試作品1>
試作品1として、樹脂組成物を含浸した複数の単板を接着剤を含浸した繊維シートを介して積層し、加圧加熱して管楽器用木質材料を試作した。
【0057】
(単板)
単板としては、幅330mm、長さ500mm、厚さ1mmの方形板状のカバ製ロータリー単板を使用した。
【0058】
(樹脂組成物)
単板に含浸する樹脂組成物としては、三菱化学社のエポキシ樹脂「JER828」を用い、このエポキシ樹脂に硬化剤を添加したものに単板を含浸した。
【0059】
(繊維シート及び接着剤)
繊維シートに予め接着剤が含浸されたものとして、厚さ0.1mm、目付量120g/m
2の樹脂含浸シートを使用した。
【0060】
前記樹脂組成物を含浸した単板10枚を、前記接着剤を含浸した繊維シートを介して積層し、プレス装置を用いて圧力0.5MPaで加圧しつつ150℃に昇温して3時間保持することにより接着剤を硬化させ、試作品1を得た。
【0061】
<試作品2>
試作品2として、樹脂組成物を含浸した複数の単板を積層し、加圧加熱して管楽器用木質材料を試作した。
【0062】
単板、樹脂組成物としては、前記試作品1と同じものを使用した。
【0063】
前記樹脂組成物を含浸した単板10枚を、そのまま積層し、プレス装置を用いて圧力0.5MPaで加圧しつつ150℃に昇温して3時間保持することにより接着剤を硬化させ、試作品2を得た。
【0064】
前記試作品1及び試作品2についてそれぞれ試験片を5個切り出して、成型後の圧縮剪断強度を測定した。試作品1及び試作品2について、測定された圧縮剪断強度の平均置、最大値及び最小値を次の表1に示す。なお、圧縮剪断強度はJIS−K6852(1994)に準拠して測定した。
【0065】
【表1】
【0066】
また、温度50℃、相対湿度95%の恒温槽内において72時間保持した後、温度50℃、相対湿度35%の恒温槽内に96時間保持したのち、試験片の断面を顕微鏡観察したところ、試作品2のみに積層間で剥離が確認された。
【0067】
このように、複数の単板を接着剤を含浸した繊維シートを介して積層することにより、単板を接着剤のみで積層する場合と比べ、吸湿時の層間剥離を防止できることが確認された。