【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構省エネルギー革新技術開発事業/挑戦研究(事前研究一体型)/メゾスコピック材料を用いた電力光無損失変換技術の研究開発(継続研究),産業技術力強化法19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項5に記載のフィラメントと、前記フィラメントに電流を供給するリード線とを備え、熱電子および/または光を放出することを特徴とするフィラメントを用いた装置。
光を透過する容器と、前記容器内に配置された発光体と、前記発光体に電流を供給するためのリード線とを有し、前記発光体は、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の発光体であることを特徴とする白熱電球。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態を図面を用いて説明する。
【0011】
本実施形態の発光体は、
図2に示すように、金属からなる基体31と、基体31の表面の少なくとも一部に配置された放射制御膜32とを含む。放射制御膜32は、Y
2O
3およびLa
2O
3が添加されたZrO
2膜を含む。ZrO
2膜は、室温で立方晶、または、立方晶と正方晶との混合状態である。ZrO
2膜に含まれるLa
2O
3の量は、1.8mol%より大きく、20mol%以下である。
【0012】
ZrO
2膜は、融点が高く、基体が発光する温度まで加熱でき、蒸発も昇華しにくいため、層構造や膜厚を設計することにより、特定の波長域の放射効率を高める等、発光体表面の放射特性を制御する放射制御膜32として機能できる。ZrO
2膜は、何も添加されていなければ、通常は室温において単斜晶系であるため、基体を加熱して高温となった場合には、立方晶、または、立方晶と正方晶との混合状態に相転移し、体積収縮および光学特性の変化が生じるが、本実施形態ではZrO
2膜にY
2O
3を添加したことにより、その結晶系を室温においても、立方晶、または、立方晶と正方晶との混合状態にすることができる。よって、基体を加熱して高温になっても相転移が生じず、体積収縮および光学特性の変化を防ぐことができる。
【0013】
さらに本実施形態では、Y
2O
3が添加されたZrO
2膜に、さらにLa
2O
3を1.8mol%より大きい割合で添加したことにより、2000K以上の高温になった場合でも、Y
2O
3添加ZrO
2膜が結晶構造を維持したまま変形して粒状に集まる(粒化)現象が生じるのを防ぐことができる。La
2O
3の添加により粒化を防止できる理由は、2000K以上の高温になっても、膜の表面エネルギーが低く維持され、表面エネルギーが小さくなる粒形状に変形が抑制されるためであると推測される。
【0014】
なお、ZrO
2膜に含まれるLa
2O
3の量は、粒化を確実に抑制するために、3.7mol%以上であることが望ましい。
【0015】
ZrO
2膜のLa
2O
3の含有量は、20mol%以下とする。
図3にZrO
2−La
2O
3の相図(出典:X. Cao, J. Mater. Sci. Technol., 23, 15 (2007))を示したようにLa
2O
3の含有量が20mol%を超えると、立方晶系を維持できなくなるためである。
【0016】
一方、ZrO
2膜に含まれるY
2O
3の量は、7mol%以上、45mol%以下であることが望ましい。
図4のZrO
2−Y
2O
3の相図(出典:青木智則, レーザー研究, 24, 61 (1995))に示すように、Y
2O
3の含有量が7mol%以上、45mol%以下の範囲のZrO
2は、立方晶系となり、2500K以上の高い融点を維持できるためである。特に、Y
2O
3の含有量が、20mol%以下である場合、融点が2700K以上となり、高い光束効率が得られる温度まで加熱することができるためより望ましい。
【0017】
なお、ZrO
2膜のLa
2O
3の含有量は、ZrO
2膜に含まれるZrO
2とY
2O
3とLa
2O
3の総和に対するLa
2O
3の割合を算出することにより求めることができる。ZrO
2膜に含まれるZrとY
2とLa
2の量は、例えば、X線光電子分光(XPS)法によって計測したZrとYとLaの原子組成(at%)から求めることができる。
【0018】
発光体3における基体31は、電流を流すことにより発熱する抵抗体であって、赤外波長の反射率が高く融点が2000K以上の高融点材料より形成される。例えばTa(融点3269K)、Os(融点3318K)、Ir(融点2716K)、Mo(融点2896K)、Re(融点3453K)、W(融点3653K)、Ru(融点2523K)、Nb(融点2740K)、V(融点2000K)、Cr(融点2176K)、Rh(融点2239K)、Zr(融点2128K)、およびHf(融点2503K)のうちのいずれか、または、これらのいずれかを含有する合金からなる融点が2000K以上の金属材料によって形成することができる。
【0019】
本発明の発光体における基体31は、材料金属の焼結や線引き等の公知の工程により作製される。基体31の形状は、高温に加熱できる形状であればどのような形状でもよく、線状のフィラメント(所定形状に巻きまわされた巻き線構造も含む)、棒状、薄板状等所望の形状に形成することができる。なお、基体31は、電流供給により発熱するものに限られるものではなく、マイクロ波照射等の別の方法により直接加熱される構造であってもよい。
【0020】
また、ZrO
2膜には、Y
2O
3とLa
2O
3の他に、何らかの材料を添加することも可能である。例えば、アルカリ土類金属の酸化物や、希土類元素の酸化物等をさらに添加(固溶)することも可能である。
【0021】
放射制御膜32は、Y
2O
3とLa
2O
3が添加されたZrO
2膜単層であってもよいし、ZrO
2膜と他の材料の膜(例えばMgOやCeO
2などの誘電体)とを積層した構造であってもよい。放射効率を高めたい波長域や用途に応じて、放射制御膜32の積層構造や膜厚を設計することにより、発光体3の表面の放射率を制御して、特定波長の光を放出することができる。
【0022】
例えば、放射制御膜32により発光体の放射率を制御するために、発光体の反射率を制御することができる。キルヒホッフの法則より放射率とε(λ)と反射率R(λ)との間には、式(1)の関係がある。
(数1)
ε(λ)=1−R(λ) ・・・(1)
【0023】
したがって、発光体3の所定の波長λ0以上の光の反射率が、波長λ0よりも短波長の光の反射率よりも高くなるように放射制御膜32を設計することにより、放射制御膜32を備えない基体31と比較して、所定の波長λ0よりも短波長の光が多く放射される発光体が得られる。例えば、可視光から近赤外光を高効率で放射する発光体3を提供する場合には、上記所定の波長λ0は、1μm以上5μm以下であることが好ましく、特に、3μm以上4μm以下であることが好ましい。
【0024】
例えば、放射制御膜32は、発光体3表面の所望の波長域の光の反射率を低下させる膜(特定波長域反射率低下膜と呼称する)となるように設計することができる。具体的には、放射制御膜32は、所望の波長域の光に対して透明で、放射制御膜32の表面で反射された所定の波長域の光と、放射制御膜32を透過して基体31表面で反射された所定の波長域の光とを打ち消し合わせるように、屈折率や膜厚を設計する。これにより、発光体の所定の波長域の反射率を低下させることができ、その波長域の放射率を高めることができる。例えば、放射制御膜32をY
2O
3とLa
2O
3が添加されたZrO
2膜単層で構成する場合、その膜厚、すなわち所定の波長域の光に対する光学的光路長(λ/n0、ただし、n0は放射制御膜32の屈折率)が1/4波長程度になるように膜厚を設計することにより、特定波長域反射率低下膜を実現できる。
【0025】
具体的には、例えば白熱電球に好適な可視光域の放射率が高い発光体3を得る場合には、波長4000nm以上の赤外光領域で略0%の放射率を有し,700nm以下の可視光領域で略100%の放射率を有する(波長700nm以下の可視光領域で0%に近い低反射率を有し、波長4000nm以上の赤外光領域で100%に近い反射率を有する)ように放射制御膜32を構成することが好ましい。
【0026】
また、放射制御膜32は、発光体3表面の所定の波長域の反射率を高める膜(特定波長域反射膜と呼称する)となるように設計することができる。具体的には、Y
2O
3とLa
2O
3が添加されたZrO
2膜を第1層とし、他の材料の膜(例えば誘電体)を第2層とし、第1層と第2層とを繰り返し複数組積層した干渉膜の構造にする。第1層(Y
2O
3とLa
2O
3が添加されたZrO
2膜)および第2層は、所定の波長域の光を透過するように波長または材料を選択する。第1層が、屈折率n
1、厚さd
1であり、第2の層が、屈折率n
2、厚さd
2である場合、所定の波長域の各波長λ
1に対して
n
1・d
1=n
2・d
2=λ
1/4
の関係を満たすように設計する。これにより、放射制御膜32は、所定の波長域の各波長λ
1の光を反射することができ、この波長域の反射率を高めて放射率を抑制し、この波長域以外の波長域の放射率を高めることができる。例えば、放射制御膜32が赤外域の反射率を高める赤外光反射膜である場合、可視光放射率を高めることができる。なお、第1および第2の層の各組は、反射する赤外光の所定の波長が、少しずつ異なるように設計することもできる。
【0027】
具体的には、放射制御膜32を赤外光反射膜の構成として、例えば熱放出装置に好適な発光体3を構成することができる。その場合、放射制御膜32が波長1〜3μmの赤外光を反射する赤外光反射膜となるように設計し、基体31に赤外光を再吸収させ、波長3〜25μmの遠赤外光を高い放射率で放出する発光体3を形成することができる。このような熱放出装置は、融雪装置や赤外ヒーター光源に好適である。
【0028】
また、放射制御膜32を赤外光反射膜の構成とする別の具体例としては、例えば、熱電子放出装置の熱陰極に好適な発光体3を構成することができる。その場合、放射制御膜32が2μm以上の赤外光を反射する赤外光反射膜となるように設計する。これにより、放射制御膜32が赤外放射を抑制し、赤外光のエネルギーを発光体の再加熱に利用できるため、熱電子の放出効率を高めることができる。
【0029】
上述してきたように、本実施形態によればエネルギー変換効率の高い発光体を提供することができる。この発光体は、フィラメントとして用いるのに好適である。
【0030】
つぎに、本実施形態の発光体を用いた白熱電球について
図5を用いて説明する。
図5に示すように、本実施形態に係る白熱電球1は、透光性気密容器2と、発光体3と、発光体に電流を供給するためのリード線4,5とを有する。ここでは発光体3はフィラメント形状であり、透光性気密容器2の内部に配置され、リード線4,5によって支持され、リード線4,5と電気的に接続されている。透光性気密容器2の封止部には、口金9が接合されている。口金9は、側面電極6、中心電極7、および、側面電極6と中心電極7とを絶縁する絶縁部8を備える。なお、発光体3のリード線4,5との接続部には、放射制御膜32は形成されていない。
【0031】
透光性気密容器2は、例えばガラスバルブにより構成される。透光性気密容器2の内部は、例えば、10
−1〜10
−6Paの高真空状態にしてもよい。なお、透光性気密容器2の内部に10
5〜10
−1PaのO
2、H
2、ハロゲンガス、不活性ガス、並びにこれらの混合ガスを導入することによって、従来のハロゲンランプと同様に、フィラメント上に成膜された可視光反射率低下膜の昇華並びに劣化を抑制し、寿命の延伸効果を期待できる。
【実施例】
【0032】
本発明の実施例について説明する。
【0033】
<実施例1〜3および比較例1,2の発光体の製造>
本実施例のフィラメント形状の発光体を製造した。
【0034】
まず、フィラメント形状のWを基体31として用意した。
【0035】
ZrO
2にY
2O
3を10%添加し固溶させ、結晶相を安定させた材料(YSZと呼ぶ)からなるスパッタターゲットと、La
2O
3からなるスパッタターゲットをそれぞれ用意し、両者を同時にスパッタすることにより、Y
2O
3とLa
2O
3が添加されたZrO
2膜を基材31の表面に成膜した。スパッタ時のYSZスパッタターゲットと、La
2O
3スパッタターゲットのスパッタ条件を変化させて、Y
2O
3とLa
2O
3の含有量の異なる実施例1〜3の発光体を製造した。
【0036】
また、比較例1として、実施例1〜3と同様の同時スパッタであるが、La
2O
3の含有量が少なくなるように条件を制御し、比較例1の発光体を製造した。
【0037】
また、比較例2として、YSZのスパッタターゲットのみを用い、La
2O
3のスパッタターゲットを用いず、基体31上にY
2O
3のみが添加されたZrO
2膜を備えた発光体を成膜した。
【0038】
(組成)
実施例1〜3および比較例1の発光体の放射制御膜32の表面層を除去した後、XPSによりZr、Y、Laの原子組成比(at%)を測定した。
【0039】
得られた原子組成比と次式(2)、(3)により、Y
2O
3含有量(mol%)とLa
2O
3含有量(mol%)を算出した。式(2)、(3)において、Y
2は、Yの原子組成比(at%)に1/2をかけたもの、La
2は、Laの原子組成比(at%)に1/2をかけたものである。
Y
2O
3含有量(mol%)=Y
2/(Zr+Y
2+La
2) ・・・(2)
La
2O
3含有量(mol%)=La
2/(Zr+Y
2+La
2) ・・・(3)
比較例2の発光体の放射制御膜32についても、実施例1〜3と同様に、XPSによりZr、Yの原子組成比(at%)を測定した。得られた原子組成比と次式(4)により、Y
2O
3含有量(mol%)を算出した。式(4)において、Y
2は、Yの原子組成比(at%)に1/2をかけたものである。
Y
2O
3含有量(mol%)=Y
2/(Zr+Y
2) ・・・(4)
【0040】
実施例1〜3、比較例1,2のY
2O
3含有量(mol%)とLa
2O
3含有量(mol%)を
図6に示す。実施例1〜3は、、La
2O
3が3.7mol%以上であるのに対し、比較例1は、La
2O
3が1.8mol%と少なく、比較例2は、La
2O
3が含有されていない。
【0041】
(放射スペクトル)
実施例1の発光体と、比較例2の発光体を、それぞれ
図5の白熱電球のフィラメント3として用い、2300Kで点灯させたときの、点灯直後と点灯から10分後の放射スペクトルを測定した。その結果を
図7、
図8に示す。
図7より、実施例1の発光体は、点灯開始してから10分経過後も放射スペクトルは変化せず、放射制御膜32の機能が維持されていることがわかる。一方、比較例2の発光体は、点灯してから10分経過すると放射スペクトルはシフトし、放射制御膜32の機能が変化している。
【0042】
(SEM像)
実施例1、2、3の発光体と比較例1、2の発光体を、2300Kで10分点灯させ後、放射制御膜32の表面のSEM像を撮影した。実施例1〜3の放射制御膜32のSEM像を
図9〜
図11に、比較例1の放射制御膜32のSEM像を
図12に、比較例2の放射制御膜のSEM像を、
図1にそれぞれ示す。
【0043】
図9〜
図11から明らかなように、実施例1〜3の放射制御膜32は、収縮による穴は生じているが、膜全体の粒化が抑制され、一様な膜のままである。これに対し、
図12のように、比較例1の放射制御膜32は、膜全体に粒化が生じ、膜が変形して粒状(島状)にまとまった部分と、その周囲で膜がなくなり基体表面が露出している部分とが生じている。このため、比較例1の放射制御膜は、一様な膜ではなくなっていることがわかる。また、
図1のように、比較例2の放射制御膜は、膜全体に粒化が生じ、膜が変形して粒状にまとまった部分と、その周囲で膜がなくなり基体表面が露出している部分とが網目状になっている。このため、比較例2の放射制御膜も一様な膜ではなくなっていることがわかる。これらのことから、La
2O
3の含有量は、比較例1の1.8mol%より多く含有されていることが粒化抑制には必要であることがわかる。
【0044】
(結晶構造)
また、実施例1の発光体と、比較例1の発光体について、2300Kで10分点灯する前と後の放射制御膜の結晶構造を、ラマン分光法により調べたところ、両者とも点灯前後いずれも立法晶系であることが確認された。
【0045】
上述してきたように、実施例1〜3の発光体は、La
2O
3の含有量が1.8mol%より大きいため、2300K以上の高温に加熱した場合でも、放射制御膜の粒化を防ぐことができ、放射制御膜の機能を維持できる。また、放射スペクトルのシフトも生じない。よって、2300K以上の高温まで加熱して放射効率を高めることができる。