(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6626255
(24)【登録日】2019年12月6日
(45)【発行日】2019年12月25日
(54)【発明の名称】転がり軸受用保持器およびその製造方法、並びに転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/56 20060101AFI20191216BHJP
F16C 19/24 20060101ALI20191216BHJP
F16C 33/49 20060101ALI20191216BHJP
F16C 33/46 20060101ALI20191216BHJP
B29C 45/00 20060101ALI20191216BHJP
B29C 45/76 20060101ALI20191216BHJP
B29L 31/04 20060101ALN20191216BHJP
【FI】
F16C33/56
F16C19/24
F16C33/49
F16C33/46
B29C45/00
B29C45/76
B29L31:04
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-30829(P2015-30829)
(22)【出願日】2015年2月19日
(65)【公開番号】特開2016-151346(P2016-151346A)
(43)【公開日】2016年8月22日
【審査請求日】2018年1月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【弁理士】
【氏名又は名称】和気 操
(72)【発明者】
【氏名】森内 光洋
【審査官】
渡邊 義之
(56)【参考文献】
【文献】
特開2007−39667(JP,A)
【文献】
特開平11−286028(JP,A)
【文献】
特開2000−158481(JP,A)
【文献】
特開2007−216668(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2008/0063869(US,A1)
【文献】
特表2001−511079(JP,A)
【文献】
特開2012−219917(JP,A)
【文献】
特開2002−292682(JP,A)
【文献】
国際公開第2006/019142(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00− 19/56
F16C 33/30− 33/66
B29C 45/00− 45/24
B29C 45/46− 45/63
B29C 45/70− 45/72
B29C 45/74− 45/84
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受における転動体を保持する転がり軸受用保持器であって、
2種以上の樹脂材からなる樹脂材料を用いて一体に射出成形してなる射出成形体であり、前記樹脂材料は、強化繊維が配合されている樹脂材Aと、強化繊維が配合されていない、または樹脂材Aよりも強化繊維の配合割合が少ない樹脂材Bとを含み、
前記保持器において、前記樹脂材Aで形成された部位と、前記樹脂材Bで形成された部位とが存在し、
前記保持器において、前記射出成形時に前記樹脂材料が合流する領域に形成されるウェルド部と該ウェルド部以外の部分とが種類の異なる樹脂材で形成されており、前記ウェルド部が前記樹脂材Bで形成され、前記ウェルド部以外の部分が前記樹脂材Aで形成されていることを特徴とする転がり軸受用保持器。
【請求項2】
前記樹脂材Aおよび前記樹脂材Bのベース樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン樹脂またはポリフェニレンサルファイド樹脂であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用保持器。
【請求項3】
前記強化繊維が、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受用保持器。
【請求項4】
内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受であって、
前記保持器が、請求項1から請求項3までのいずれか1項記載の転がり軸受用保持器であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項5】
転がり軸受における転動体を保持する転がり軸受用保持器の製造方法であって、
2種以上の樹脂材からなる樹脂材料として、少なくとも、強化繊維が配合されている樹脂材Aと、強化繊維が配合されていない、または樹脂材Aよりも強化繊維の配合割合が少ない樹脂材Bとを含む材料を用いて、射出成形により一体に成形し、
前記射出成形に用いる射出成形機において、前記樹脂材料を構成する前記樹脂材のそれぞれのホッパーへの投入量および投入順を、
該転がり軸受用保持器において、射出成形時に前記樹脂材料が合流する領域に形成されるウェルド部と該ウェルド部以外の部分とが種類の異なる樹脂材で形成され、前記ウェルド部が前記樹脂材Bで形成され、前記ウェルド部以外の部分が前記樹脂材Aで形成されるように、管理することを特徴とする転がり軸受用保持器の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の転動体を保持する樹脂製の保持器およびその製造方法に関する。また、該保持器を組み込んだ転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受は、玉や円筒ころなどの転動体を、内輪と外輪との間の軌道空間に配列し、これらの転動体を保持器により保持している。従来、軸受の保持器は鉄や高力黄銅などの金属材質が用いられてきた。金属製保持器は重量が重く、また使用中に軸受内で磨耗粉が発生し、潤滑剤の劣化を促進させる。そこで、軸受の長寿命化、軽量化などの観点から、保持器の合成樹脂材料化も進められている。このように、転がり軸受用保持器の種類は、材料から「鉄製」「高力黄銅製」「樹脂製」と大きく3つに分類される。特に、精密機械用軸受では、特許文献1に示すような複列円筒ころ軸受に樹脂製保持器が多く使われている。一般的な樹脂製保持器は、高温で溶融させたポリアミド樹脂などをベース樹脂とする熱可塑性樹脂材料を金型内キャビティに充填させ、冷却固化させて形状を得る、いわゆる、射出成形によって作られているのがほとんどである。
【0003】
また、保持器には強度も必要とされる。特に、樹脂製保持器を組み込んだ転がり軸受を高速回転させる場合、高速回転によって発生する遠心力が保持器に作用する結果、保持器が変形するおそれがある。保持器が変形すると保持器とこの保持器に保持されている転動体との摩擦が大きくなり、軸受の発熱を引き起こす原因となる。また、保持器が変形すると他部材(外輪など)との接触も起こり、この接触による摩擦熱によって樹脂が溶融して転がり軸受が回転しなくなる(焼き付く)場合がある。よって、このように高速回転で使用される転がり軸受に組み込まれる樹脂製保持器は、機械および熱的応力により、変形しないことが要求される。
【0004】
樹脂製保持器において、その変形を抑えるためには、保持器を成形するときに用いられる樹脂材料の弾性率などの機械的強度を大きくする必要がある。そのため、ポリアミド樹脂などにガラス繊維や炭素繊維などの強化繊維を配合し、その配合量を増やすことなどで対応している。特に、工作機等に使用する精密機械用軸受では、ベース樹脂として剛性の高いポリエーテルエーテルケトン(PEEK)樹脂や、ポリフェニレンサルファイド(PPS)樹脂などを採用する場合がほとんどである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−163997号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に示すような円環と柱を有する形状の保持器(
図1も参照)を、樹脂材料を用いて射出成形で製造する場合、金型内キャビティに溶融樹脂を高い圧力を持って注入する。
図6(a)に示すように、射出用のノズルから金型内キャビティに射出された溶融樹脂は複雑に分岐し、移動後に再び合流しウェルド部と呼ばれる溶融樹脂の接合部(領域)9を形成する。このウェルド部9は、樹脂表層部が固化した状態で接合することや、強化繊維を配合している場合には接合部における単位面積当たりの樹脂量が少なくなることで、接合状態が更に悪くなり、該ウェルド部9の強度は非ウェルド部に対して大きく低下する。このため、保持器の使用条件が設計時の想定よりも厳しくなる場合には、該ウェルド部にて破損するおそれがある。また、ウェルド部9の強度を上げるためには、例えば
図6(b)のように強化繊維の配合量を下げることも考えられるが、これは非ウェルド部の強度低下に繋がるおそれがあり、ウェルド部と非ウェルド部強度のバランスにも十分注意する必要がある。
【0007】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、射出成形で製造され、非ウェルド部に対するウェルド部の強度低下を抑制した転がり軸受用保持器およびその製造方法、並びに該保持器を用いた転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の転がり軸受用保持器は、転がり軸受における転動体を保持する転がり軸受用保持器であって、2種以上の樹脂材からなる樹脂材料を用いて一体に射出成形してなる射出成形体であり、上記樹脂材料は、強化繊維が配合されている樹脂材Aと、強化繊維が配合されていない、または樹脂材Aよりも強化繊維の配合割合が少ない樹脂材Bとを含むことを特徴とする。
【0009】
上記保持器において、上記射出成形時に上記樹脂材料が合流する領域に形成されるウェルド部と該ウェルド部以外の部分とが種類の異なる樹脂材で形成されており、上記ウェルド部が上記樹脂材Bで形成され、上記ウェルド部以外の部分が上記樹脂材Aで形成されていることを特徴とする。射出成形上、樹脂材Aと樹脂材Bとはその一部が成形時に混ざり合うことを避けられないため、本発明において「ウェルド部が樹脂材Bで形成され」および「ウェルド部以外の部分が樹脂材Aで形成され」とは、それぞれの部位が概ね該当の樹脂材で形成されることを意味し、具体的にはそれぞれの部位の全体積の70体積%以上、好ましくは80体積%以上が該当の樹脂材で形成されることをいう。
【0010】
上記樹脂材Aおよび上記樹脂材Bのベース樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン樹脂またはポリフェニレンサルファイド樹脂であることを特徴とする。また、上記強化繊維が、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1つであることを特徴とする。
【0011】
本発明の転がり軸受は、内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受であって、上記保持器が、上記本発明の転がり軸受用保持器であることを特徴とする。
【0012】
本発明の転がり軸受用保持器の製造方法は、転がり軸受における転動体を保持する転がり軸受用保持器の製造方法であって、2種以上の樹脂材からなる樹脂材料として、少なくとも、強化繊維が配合されている樹脂材Aと、強化繊維が配合されていない、または樹脂材Aよりも強化繊維の配合割合が少ない樹脂材Bとを含む材料を用いて、射出成形により一体に成形することを特徴とする。また、上記射出成形に用いる射出成形機において、上記樹脂材料を構成する上記樹脂材のそれぞれのホッパーへの投入量および投入順を管理することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の転がり軸受用保持器は、2種以上の樹脂材からなる樹脂材料を用いて一体に射出成形してなる射出成形体であり、上記樹脂材料は、強化繊維が配合されている樹脂材Aと、強化繊維が配合されていない、または樹脂材Aよりも強化繊維の配合割合が少ない樹脂材Bとを含むので、非ウェルド部に対するウェルド部の強度低下を抑制できる。また、射出成形において一体に成形しつつ、部位により成形材料の異なる保持器とできる。
【0014】
上記保持器において、射出成形時に樹脂材料が合流する領域に形成されるウェルド部とウェルド部以外の部分(非ウェルド部)とが種類の異なる樹脂材で形成されており、ウェルド部が樹脂材Bで形成され、非ウェルド部が樹脂材Aで形成されているので、主に樹脂材Bからなるウェルド部での単位面積当たりの強化繊維量が、樹脂材Aからなる非ウェルド部の単位面積当たりの強化繊維量よりも少なくなり、非ウェルド部の強度を維持しながらウェルド部の強度を向上させることができる。
【0015】
上記樹脂材Aおよび上記樹脂材Bのベース樹脂が、ポリエーテルエーテルケトン樹脂またはポリフェニレンサルファイド樹脂であるので、耐熱性、耐摩耗性、機械的強度などに優れた保持器となる。また、上記強化繊維が、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1つであるので、補強効果などに優れる。
【0016】
本発明の転がり軸受は、内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する上記本発明の転がり軸受用保持器とを備えるので、高速回転など、使用条件が厳しい場合であっても、保持器破損による不具合を発生させない軸受となる。
【0017】
本発明の転がり軸受用保持器の製造方法は、2種以上の樹脂材からなる樹脂材料として、少なくとも、強化繊維が配合されている樹脂材Aと、強化繊維が配合されていない、または樹脂材Aよりも強化繊維の配合割合が少ない樹脂材Bとを含む材料を用いて、射出成形により成形するので、非ウェルド部に対するウェルド部の強度低下を抑制した保持器を製造できる。また、上記樹脂材料を構成する樹脂材のそれぞれのホッパーへの投入量および投入順を管理するので、射出成形において一体に形成しつつ、部位により成形材料の異なる保持器を製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の転がり軸受用保持器の一例を示す斜視図である。
【
図2】本発明の転がり軸受の一例(複列円筒ころ軸受)の軸方向断面図である。
【
図4】本発明の転がり軸受用保持器の製造工程の一部等を示す図である。
【
図6】従来の製造方法によるウェルド部の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の転がり軸受用保持器および転がり軸受の一例を
図1および
図2に基づいて説明する。
図1(a)は円筒ころ軸受用の円環状保持器の斜視図であり、
図1(b)は円筒ころ軸受用の半円環状保持器(くし型)保持器の斜視図であり、
図2は
図1(b)の保持器を用いた複列円筒ころ軸受の軸方向断面図である。
図1(a)に示す円環状の保持器1は、円筒ころを回転自在に保持する複数のポケット部4と、各ポケット部4の間に形成される軸方向の柱部3と、柱部3を軸方向両側で固定する2つの環状部2とを備えている。
図1(b)に示す半円環状(くし型)の保持器1’は、1つの環状部2と、環状部2の内側面から軸方向の一方に延びた複数の柱部3と、円周方向に隣接する柱部3の円周方向側面間に形成され、円筒ころを回転自在に保持する複数のポケット部4とを備えている。本発明では、これらの保持器が、強化繊維が配合されている樹脂材Aと、強化繊維が配合されていない、または樹脂材Aよりも強化繊維の配合割合が少ない樹脂材Bとを含む、2種以上の樹脂材からなる樹脂材料を用いて一体に射出成形してなる射出成形体であることを特徴としている。
【0020】
図2に示すように、複列円筒ころ軸受5は、内輪6および外輪7と、内輪6と外輪7との間に介在し、軸方向に離間して2列に配置された複数の円筒ころ8と、上述の2つの保持器1’とを備えている。2つの保持器1’は、その環状部2が隣接するように配置され、それぞれのポケット部4で各列の円筒ころ8を周方向に一定間隔で保持している。必要に応じて、円筒ころ8の周囲にグリースなどの潤滑剤が封入されて潤滑がなされる。
【0021】
図1に示すような保持器を射出成形で製造する場合、射出成形時に樹脂材料が合流する領域(柱部または環状部)にウェルド部が形成される。
図1では、円筒ころ軸受用の保持器を例示したが、玉軸受に用いるもみ抜き型保持器や冠型保持器も同様に円環状の成形体であり、その一部にウェルド部が形成され、本発明を適用できる。さらに、射出成形時のウェルド部を有する形状であれば、その他の任意の玉軸受、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、針状ころ軸受にも適用できる。
【0022】
本発明の転がり軸受用保持器は、樹脂材料を射出成形してなる樹脂製の保持器である。樹脂製保持器を射出成形で製造する場合の金型は、固定型(固定側の金型)と、固定型に対して型締め、型開き可能な可動型(可動側の金型)と、から構成される。型締めされた固定型と可動型とによって形成された成形キャビティにゲートから溶融樹脂を射出充填して固化させることにより、成形キャビティの形状に対応する保持器を成形する。ゲートの方式、位置、および個数は、適宜設定できる。円環状などの保持器のポケット部については、切削加工などの後加工にて形成する他、スライドコアを利用した金型で形成することも可能である。
【0023】
図3に一般的な射出成形金型の模式図を示す。保持器の射出成形時の樹脂材料は、ベース樹脂(該ベース樹脂としてはアロイ材もある)に強化繊維などを所定量配合し混練して得られた成形用ペレットを用いる。この成形用ペレットは、射出成形機11のホッパー12に投入され、該ホッパー12からシリンダ13に導入される。その後、成形用ペレットは、シリンダ13内で、ヒータ14で加熱溶融されつつ、スクリュー15で押され、計量部を経て、シリンダーノズル16側に成形品1ショット分の溶融樹脂として充填される。このシリンダーノズル16から、金型17における所望の保持器形状(例えば、
図1(a)や
図1(b)の形状)のキャビティに、ゲート17aを介して溶融樹脂を射出充填して成形を行なう。本発明では、このような射出成形機を用い、樹脂材(成形用ペレット)として少なくとも所定の2種以上を用い、必要に応じて、これらのホッパー12への投入量や投入順を管理した上で射出成形している。
【0024】
工作機用円筒ころ軸受の保持器の製造方法(射出成形)の例として、
図4に基づき、従来から樹脂製保持器に使用されている樹脂材であるPEEK樹脂に炭素繊維を30重量%配合した樹脂材A(強化繊維あり)と、ウェルド部の強度向上用に強化繊維を配合しないPEEK樹脂ナチュラル材である樹脂材B(強化繊維なし)とを樹脂材料として使用した場合を具体的に説明する。
【0025】
まず、成形品1ショット分に必要な樹脂量“T”(成形品、ランナー、スプール含めた全体の樹脂量)およびウェルド部周りに必要な樹脂量“W”を算出する。非ウェルド部の樹脂量“NW”は、NW=T−Wから求めることができる。次に1ショット分の樹脂量をホッパー12に投入する際、ウェルド部の強度向上用の樹脂材Bを“W”分だけ投入後、通常の樹脂材Aを“NW”分だけ投入し、以降もこれを繰り返して2種類の樹脂材を交互に投入する(
図4(a)参照)。計量完了時、最初に投入した樹脂材Bはシリンダーノズル16の先端近傍に、樹脂材Aはその後方(シリンダーノズル16の先端から離れた位置)に集中して溜まる(
図4(b)参照)。この状態から金型内に樹脂が流れると、樹脂到達時間が最も遅い部位であるウェルド部にはシリンダーノズルに溜まっていたウェルド部の強度向上用の樹脂材B(強化繊維なし)が充填され、その他の非ウェルド部には樹脂材A(強化繊維あり)が充填される。これにより、主に樹脂材Bからなるウェルド部9での単位面積当たりの強化繊維量が、樹脂材Aからなる非ウェルド部の単位面積当たりの強化繊維量よりも少なくなり、非ウェルド部の強度を樹脂材Aにより維持しながらウェルド部の強度を向上させることができる(
図4(c)参照)。
【0026】
本発明の保持器の樹脂材として用いるベース樹脂は、射出成形が可能であり、保持器材料として十分な耐熱性や機械的強度を有するものであれば、任意のものを使用できる。この樹脂材のベース樹脂となる合成樹脂としては、上記PEEK樹脂の他、例えば、ポリアミド6(PA6)樹脂、ポリアミド6−6(PA66)樹脂、ポリアミド6−10(PA610)樹脂、ポリアミド6−12(PA612)樹脂、ポリアミド4−6(PA46)樹脂、ポリアミド9−T(PA9T)樹脂、ポリアミド6−T(PA6T)樹脂、ポリメタキシレンアジパミド(ポリアミドMXD−6)樹脂などのポリアミド(PA)樹脂、ポリテトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)樹脂、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)樹脂、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)樹脂などの射出成形可能なフッ素樹脂、低密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、超高分子量ポリエチレンなどのポリエチレン(PE)樹脂、ポリカーボネート(PC)樹脂、ポリアセタール(POM)樹脂、全芳香族ポリエステル樹脂、PPS樹脂、ポリアミドイミド(PAI)樹脂、ポリエーテルイミド(PEI)樹脂、射出成形可能なポリイミド(PI)樹脂などが挙げられる。なお、各ポリアミド樹脂において、数字はアミド結合間の炭素数を表し、Tはテレフタル酸残基を表す。これらの各合成樹脂は単独で使用してもよく、2種類以上混合したポリマーアロイであってもよい。
【0027】
これらの中でも、機械的強度、剛性、耐熱性などに優れることから、PEEK樹脂やPPS樹脂を用いることが好ましい。ウェルド部強度の向上が図れることから、特にPEEK樹脂が好ましい。PEEK樹脂は、ベンゼン環がパラの位置で、カルボニル基とエーテル結合によって連結されたポリマー構造を持つ結晶性の熱可塑性樹脂である。PEEK樹脂は、優れた耐熱性、耐荷重性、耐摩耗性、摺動特性などに加え、優れた加工性を有する。
【0028】
上述の具体例のように、各樹脂材においてベース樹脂を同じにするのではなく、強度に影響のない部位には安価な樹脂、強度に影響のある部位にはそれに応じた樹脂など、異なる樹脂を組合せることで、材料コストを極力抑えながら強度向上を図ることができる。例えば、PPS樹脂は、PA66樹脂やPA46樹脂よりも強度や剛性が優れているが、非ウェルド部に対してウェルド部の強度は大きく低下することが知られている。保持器に必要な剛性や非ウェルド部の強度を満足し、ウェルド部強度がPPS樹脂では不足する場合、非ウェルド部をPPS樹脂で、ウェルド部をPEEK樹脂といった組合せにすることで、大幅なコストアップ(保持器全体をPEEK樹脂にすることなく)を回避しつつウェルド部の強度を向上させることができる。また、強度の影響が少ない部位に下位材料(主樹脂材がPEEK樹脂の場合はPPS樹脂/PA46樹脂/PA66樹脂など、主樹脂材がPPS樹脂の場合はPA46樹脂/PA66樹脂など)を組合わせることで原価低減にも繋がる。
【0029】
非ウェルド部を形成する樹脂材A(必要に応じて樹脂材Bも)には、弾性率などの機械的強度を向上させるため、射出成形性を阻害しない範囲で、炭素繊維、ガラス繊維、アラミド繊維、ボロン繊維、各種鉱物性繊維(ウィスカー)などの強化繊維を配合する。特に、補強効果や入手性に優れることから、ガラス繊維または炭素繊維を配合することが好ましい。
【0030】
強化繊維の配合量は、各樹脂材全体に対して10〜40重量%とすることが好ましい。これらの配合量が40重量%をこえる場合では、流動性が著しく低下して、射出成形が困難となるおそれがある他、ウェルド部においては樹脂比率が小さくなる為に接合力も弱まり、ウェルド部の強度が大きく低下するおそれもある。また、これらの配合量が10重量%未満では、保持器の非ウェルド部における機械的強度の向上が十分図れず、高速回転での使用などにおいて適用できなくなるおそれがある。
【0031】
また、各樹脂材には、保持器の機能や射出成形性を損なわない範囲で、強化繊維以外の添加剤などを配合できる。例えば、必要に応じて、公知の充填材や添加剤として、珪酸カルシウム、クレー、タルク、マイカなどの無機充填材、黒鉛、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末などの固体潤滑剤、帯電防止剤、導電材、顔料、離型材などを配合してもよい。
【0032】
樹脂材料を構成する各樹脂材は、それぞれの樹脂材を構成する材料を、必要に応じて、ヘンシェルミキサー、ボールミキサー、リボンブレンダーなどにて混合した後、二軸混練押出し機などの溶融押出し機にて溶融混練し、その樹脂材の成形用ペレットとして得ることができる。
【実施例】
【0033】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0034】
実施例、比較例、および参考例に用いる原材料を一括して以下に示す。
樹脂材A:PEEK樹脂+炭素繊維30重量%
樹脂材B:PEEK樹脂のみ
樹脂材C:PEEK樹脂+炭素繊維20重量%
【0035】
実施例1(PEEK樹脂:炭素繊維15重量%相当)
樹脂材Aの成形用ペレットと樹脂材Bの成形用ペレットとを50:50の体積比で均一に混合してインラインスクリュー式射出成形機のホッパーに入れ、
図1(b)に示す形状の保持器(外径186.4mm、内径168mm、幅16.05mm)を成形した。射出成形時のゲートは、柱内径中央付近にあり、ウェルド部はゲート部と隣り合う柱の中央部に軸方向に形成されている。この保持器のウェルド部の引張強度を確認するため、作製した保持器を用いて保持器引張試験を実施した。保持器引張試験は、
図5に示す円環状の引張治具21に試験用の保持器22を、そのウェルド部が水平位置になるようにセットし、島津製作所社製の引張試験機(オートグラフAG50KNX)を用いて10mm/minの引張速度で行なった。結果を表1に示す。
【0036】
比較例1(PEEK樹脂:炭素繊維30重量%)
樹脂材Aの成形用ペレットを用い、実施例1と同じ射出成形機で、実施例1と同一形状の保持器を成形した。作製した保持器を用いて実施例1と同様の保持器引張試験を実施した。結果を表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
試験の結果、実施例1のウェルド部の強度は、比較例1のウェルド部の強度よりも高く、強化繊維量を少なくすることで、ウェルド部の強度を向上できることが確認できた。
【0039】
参考例1および参考例2
参考例1では樹脂材C(PEEK樹脂:炭素繊維20重量%)、参考例2では樹脂材A(PEEK樹脂:炭素繊維30重量%)、の成形用ペレットを用いダンベル試験片を作製して引張試験を行なった。ウェルド部と非ウェルド部の強度を測定し、ウェルド部強度保持比率(ウェルド強度/非ウェルド強度)を算出した。結果を表2に示す。
【0040】
【表2】
【0041】
試験の結果、ウェルド部強度保持比率について参考例1の方が参考例2よりも高く、強化繊維量の少なくすることで、非ウェルド部に対するウェルド部の強度の低下を抑制できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の転がり軸受用保持器は、射出成形で製造された樹脂製保持器でありながら、非ウェルド部に対するウェルド部の強度低下が抑制され、高速条件下などにおいても破損を防止できるので、自動車、モータ、工作機械などで用いられる種々の転がり軸受の保持器として好適に利用できる。
【符号の説明】
【0043】
1 保持器
2 環状部
3 柱部
4 ポケット部
5 複列円筒ころ軸受
6 内輪
7 外輪
8 円筒ころ
9 ウェルド部
11 射出成形機
12 ホッパー
13 シリンダ
14 ヒータ
15 スクリュー
16 シリンダーノズル
17 金型
21 引張治具
22 試験用保持器