特許第6628181号(P6628181)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6628181質量分析を用いた試料解析方法及び試料解析システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6628181
(24)【登録日】2019年12月13日
(45)【発行日】2020年1月8日
(54)【発明の名称】質量分析を用いた試料解析方法及び試料解析システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20191223BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20191223BHJP
【FI】
   G01N27/62 D
   H01J49/00
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-246040(P2015-246040)
(22)【出願日】2015年12月17日
(65)【公開番号】特開2017-111021(P2017-111021A)
(43)【公開日】2017年6月22日
【審査請求日】2018年6月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】501273886
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立環境研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小倉 泰郎
(72)【発明者】
【氏名】中山 祥嗣
(72)【発明者】
【氏名】中島 大介
【審査官】 佐藤 仁美
(56)【参考文献】
【文献】 特開平08−128991(JP,A)
【文献】 特表2012−523000(JP,A)
【文献】 特開2013−064730(JP,A)
【文献】 特表2014−509385(JP,A)
【文献】 特開2014−044110(JP,A)
【文献】 米国特許第05453613(US,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0183353(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/00−49/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料に含まれる特異的成分を質量分析を利用して調べる試料解析方法であって、
a)解析対象である目的試料と同種の多数の参照試料を事前にそれぞれ質量分析することでマススペクトルを取得する事前測定ステップと、
b)前記事前測定ステップで得られた多数のマススペクトルを集めた母集団スペクトルライブラリに対して所定の統計処理を実施することにより、該母集団スペクトルライブラリにおける中心的傾向を示す代表的なマススペクトルを算出し、その代表的なマススペクトルを母集団統計情報として記憶しておく母集団決定ステップと、
c)目的試料を質量分析することでマススペクトルを取得する目的試料測定ステップと
d)前記目的試料測定ステップで得られたマススペクトルから前記母集団決定ステップにおいて記憶されている母集団統計情報に該当する情報を削除することにより、前記目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルを取得する特異的成分情報取得ステップと、
e)前記特異的成分情報取得ステップで得られたマススペクトルに基づいて前記目的試料に含まれる特異的成分を推定する特定成分推定ステップと、
を有することを特徴とする質量分析を用いた試料解析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析を用いた試料解析方法であって、
前記代表的なマススペクトルは、複数のマススペクトルに対する平均値、中央値、又は最頻値を求めることで得られるものであることを特徴とする質量分析を用いた試料解析方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の質量分析を用いた試料解析方法であって、
前記母集団決定ステップでは、前記母集団スペクトルライブラリから代表的なマススペクトルを算出するとともに標準偏差を求めて母集団統計情報として記憶し、
前記特異的成分情報取得ステップでは、前記目的試料測定ステップで得られたマススペクトルから前記代表的なマススペクトルを差し引いて差分マススペクトルを算出するとともに、その差分スペクトル上の各信号強度を前記標準偏差で除することで該信号強度を補正することを特徴とする質量分析を用いた試料解析方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の質量分析を用いた試料解析方法であって、
目的試料と同種であって異なる特徴を有する複数の群にそれぞれ含まれる多数の参照試料をそれぞれ質量分析することで複数の母集団スペクトルライブラリを作成し、
前記特異的成分情報取得ステップでは、その複数の母集団スペクトルライブラリにそれぞれ基づく母集団統計情報を利用して目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルをそれぞれ求める、又はその複数の母集団スペクトルライブラリのうちの一つに基づく母集団統計情報を利用して目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルを求めることを特徴とする質量分析を用いた試料解析方法。
【請求項5】
試料に含まれる特異的成分を質量分析を利用して調べる試料解析システムにおいて、
a)解析対象である目的試料と同種の多数の参照試料を事前にそれぞれ質量分析することで取得されたマススペクトルを集めた母集団スペクトルライブラリに対して所定の統計処理を実施することにより、該母集団スペクトルライブラリにおける中心的傾向を示す代表的なマススペクトルを算出し、その代表的なマススペクトルを母集団統計情報として記憶しておく母集団決定処理部と、
b)目的試料を質量分析してマススペクトルを取得する測定実行部と、
c)前記測定実行部により得られた目的試料に対するマススペクトルから前記母集団決定処理部により記憶されている母集団統計情報に該当する情報を削除することにより、前記目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルを取得する特異的成分情報取得部と、
を備え、前記特異的成分情報取得部により得られたマススペクトルに基づいて前記目的試料に含まれる特異的成分を推定可能としたことを特徴とする質量分析を用いた試料解析システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析を利用して試料に含まれる成分を解析する試料解析方法及びそのための試料解析システムに関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析を利用して未知の化合物を同定する場合には、一般に、様々な化合物に対するマススペクトルがその物質の化合物名、組成式、分子量などの情報と対応付けて収録されているスペクトルライブラリ(データベース)が利用される。即ち、目的試料について質量分析を実行することで実測マススペクトルが得られると、該実測マススペクトルとスペクトルライブラリ中の各マススペクトルとのピークパターンが逐次比較され、その類似度などに基づいて、該目的試料に含まれる化合物が同定される(特許文献1など参照)。こうしたライブラリとしては、米国標準技術研究所(NIST)が提供しているスペクトルライブラリ、米国スクリップス(Scripps)研究所のマススペクトルセンターが提供しているMETLIN代謝物データベース、或いは公用のマスバンク(MassBank)など、様々なものが知られている。
【0003】
いま、例えば河川水に含まれる農薬や環境ホルモンなどの化学物質の定性、定量を行う場合を考える。一般に、河川水には多種多様な成分が含まれるが、そうした成分の多くは河川水にごく普通に含まれる成分であり、ここで着目しているのは、そうした一般的な成分ではない特異的な成分である。そうした特異的な成分の種類が既知である場合や或る程度推測が可能である場合には、決まった成分をターゲットとした分析を行うことが可能である。一方、そうした特異的な成分が特定できない場合には、定量分析に先立って、目的試料に含まれる特異的な成分を調べる作業が行われることが多い。
【0004】
具体的には、目的試料との比較対象試料として、目的試料にごく普通に含まれている成分を含むコントロール試料を用意し、目的試料とコントロール試料とに対して質量分析をそれぞれ実行する。そして、目的試料に対する質量分析結果とコントロール試料に対する質量分析結果とを多変量解析などを用いて解析することで、例えばマススペクトル上で有意な差があるピークを探索して、該ピークに対応する成分が目的試料に含まれる特異的成分であると判断する。或る河川の水が目的試料である場合、例えば同じ河川で過去の長期間に亘って繰り返し採取された多数の河川水を混ぜたものがコントロール試料として使用される。また、或る人の血液が目的試料である場合には、多数の人から採取された血液を混合したものがコントロール試料として使用される。このように調製されるコントロール試料は、できるだけ多くのサンプルを混合したほうがより適切なものとなる。
【0005】
しかしながら、上記のような従来の解析手法では、目的試料に対する解析の都度、コントロール試料を用意する必要があるため、分析者の作業が煩雑であって作業効率も悪い。また、適切なコントロール試料を用意できない場合には、上記手法による特異的成分の検出を行うことができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−109449号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、用意するのが面倒であるコントロール試料を用いることなく、目的試料に含まれる多種の成分の中から着目に値する特異的成分を効率的に検出することができる試料解析方法及び試料解析システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述したように、従来一般に、質量分析で用いられるスペクトルライブラリは様々な成分に対するマススペクトルを多数収集したものであり、主として目的とする成分を同定するために利用される。その場合、できるだけ漏れなく多種類の成分に対するマススペクトルがスペクトルライブラリに収録されていることが重要である。即ち、例えば河川水や血液など、特定の種類の試料を考えた場合、ごく一般的に含まれる成分だけでなく、希にしか含まれない成分や含まれる可能性が殆どない成分までスペクトルライブラリに収録されていれば、それだけ同定漏れの可能性は低くなる。換言すれば、そうした特定の種類の試料にごく一般的に含まれる成分だけしかスペクトルライブラリに収録されていないとすると、該スペクトルライブラリを用いて同定できないような成分は、一般的には含まれない成分、つまりは特異的な成分であるという可能性が高いといえる。本願発明者はこうした点に着目し本発明に想到した。
【0009】
即ち、上記課題を解決するために成された本発明に係る試料解析方法は、試料に含まれる特異的成分を質量分析を利用して調べる試料解析方法であって、
a)解析対象である目的試料と同種の多数の参照試料を事前にそれぞれ質量分析することでマススペクトルを取得する事前測定ステップと、
b)前記事前測定ステップで得られた多数のマススペクトルを集めた母集団スペクトルライブラリに対して所定の統計処理を実施することにより、該母集団スペクトルライブラリにおける中心的傾向を示す代表的なマススペクトルを算出し、その代表的なマススペクトルを母集団統計情報として記憶しておく母集団決定ステップと、
c)目的試料を質量分析することでマススペクトルを取得する目的試料測定ステップと
d)前記目的試料測定ステップで得られたマススペクトルから前記母集団決定ステップにおいて記憶されている母集団統計情報に該当する情報を削除することにより、前記目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルを取得する特異的成分情報取得ステップと、
e)前記特異的成分情報取得ステップで得られたマススペクトルに基づいて前記目的試料に含まれる特異的成分を推定する特定成分推定ステップと、
を有することを特徴としている。
【0010】
また上記課題を解決するために成された本発明に係る試料解析システムは、本発明に係る試料解析方法を実施するためのシステムであって、試料に含まれる特異的成分を質量分析を利用して調べる試料解析システムにおいて、
a)解析対象である目的試料と同種の多数の参照試料を事前にそれぞれ質量分析することで取得されたマススペクトルを集めた母集団スペクトルライブラリに対して所定の統計処理を実施することにより、該母集団スペクトルライブラリにおける中心的傾向を示す代表的なマススペクトルを算出し、その代表的なマススペクトルを母集団統計情報として記憶しておく母集団決定処理部と、
b)目的試料を質量分析してマススペクトルを取得する測定実行部と、
c)前記測定実行部により得られた目的試料に対するマススペクトルから前記母集団決定処理部により記憶されている母集団統計情報に該当する情報を削除することにより、前記目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルを取得する特異的成分情報取得部と、
を備え、前記特異的成分情報取得部により得られたマススペクトルに基づいて前記目的試料に含まれる特異的成分を推定可能としたことを特徴としている。
【0011】
なお、本発明に係る試料解析方法において、特定成分推定ステップでは、特異的成分情報取得ステップで得られたマススペクトル上で観測されるピークのパターンや該ピークの質量電荷比値などに基づいて特異的成分を例えばライブラリ検索などにより自動的に推定し、その推定結果を表示画面上等に出力するようにすることができる。
また、特定成分推定ステップでは、特異的成分情報取得ステップで得られたマススペクトルを表示画面上に表示し、分析者が目視作業で該マススペクトルに基づく特異的成分の推定を行うようにしてもよい。
【0012】
質量分析を行うために、直接イオン化法(DART)などによるイオン源を用いた質量分析装置単体を用いる場合には、上記マススペクトルとは単一のマススペクトルである。
【0013】
また、質量分析を行うために、衝突誘起解離(CID)などのイオン解離操作が可能な質量分析装置、例えばタンデム四重極型質量分析装置、イオントラップ型質量分析装置、イオントラップ飛行時間型質量分析装置、Q−TOF型質量分析装置などを用いる場合には、上記マススペクトルとは、プリカーサイオンが現れているマススペクトルとプロダクトイオンスペクトルのいずれか一方又はその両方(つまりはその組み合わせ)である。
【0014】
さらにまた、質量分析を行うために、液体クロマトグラフ(LC)やガスクロマトグラフ(GC)を前段に接続した液体クロマトグラフ質量分析装置(LC−MS)やガスクロマトグラフ質量分析装置(GC−MS)を用いる場合には、上記マススペクトルとは、LCやGCにおける保持時間(又は標準試料との相対的な保持時間を示す保持指標)に対応した複数のマススペクトル、換言すれば保持時間とマススペクトルとの組み合わせである。
【0015】
本発明に係る試料解析方法において例えば或る河川水中の残留農薬等を調べたい場合には、その河川で過去に多数回採取された水や様々な河川で採取された水を参照試料とし、事前測定ステップにおいて、それら参照試料をそれぞれ質量分析することでマススペクトルを取得する。そして、そのマススペクトルを集めて母集団スペクトルライブラリとする。母集団決定ステップでは、この母集団スペクトルライブラリに対し所定の統計処理を実施することで、例えば質量電荷比毎に信号強度値の平均値、中央値、又は最頻値などの統計量を計算することで、代表的なマススペクトルを求める。また必要に応じて標準偏差、分散など、ばらつき具合を示す統計量も併せて用いるとよい。こうして求めたデータを母集団統計情報として記憶する。当然のことながら、一般的に、この母集団を構成する結果の数、つまりは参照試料の数が多いほど、統計量の精度は向上する。
【0016】
この母集団統計情報に含まれる代表的なマススペクトルは、多数の参照試料におおむね共通に含まれる成分を反映している。換言すれば、代表的なマススペクトルで示される情報から乖離したマススペクトル上の情報は、或る試料に特異的に含まれる成分を反映しているといえる。そこで、解析対象である目的試料を質量分析してマススペクトルが得られたならば、特異的成分情報取得ステップでは、その目的試料に対するマススペクトルから母集団統計情報に該当する情報を削除する。典型的には、目的試料に対するマススペクトルから代表的なマススペクトルを差し引いた差分マススペクトルを求めればよい。もちろん、その際には両マススペクトルの感度の差異を補正するように所定の基準に基づく強度値の規格化などを行うとよい。
【0017】
母集団統計情報に該当する情報を削除することで、目的試料や多数の参照試料におおむね共通に含まれる成分の影響がほぼ排除され、目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルを得ることができる。そして、特定成分推定ステップでは、そのマススペクトルに基づいて目的試料に含まれる特異的成分を推定する。多数の参照試料に対して質量分析を実行して得られた分析結果に基づいて予め母集団統計情報を求めておきさえすれば、参照試料と同種の目的試料を質量分析して得られた分析結果から該目的試料に含まれる特異的成分を簡便に検出することができる。
【0018】
もちろん、こうして実際に質量分析を行うことで得られた目的試料の分析結果も母集団スペクトルライブラリに加えることができるから、新たな目的試料を測定することで母集団スペクトルライブラリも充実してゆくことになり、それ故に母集団統計情報の精度も向上させることができる。
【0019】
また、例えば或る質量電荷比における信号強度の平均値が同じであっても、データのばらつきが小さいほど標準偏差は小さくなる。データのばらつきが小さいほど多数の参照試料に含まれる共通性が高いといえるから、本発明に係る試料解析方法では、小さな標準偏差を与える質量電荷比における信号強度ほど、除去すべき情報として重要である。
【0020】
そこで、本発明に係る質量分析を用いた試料解析方法において、好ましくは、
母集団決定ステップでは、母集団スペクトルライブラリから代表的なマススペクトルを算出するとともに質量電荷比毎に信号強度の標準偏差を求めて母集団統計情報として記憶し、
特異的成分情報取得ステップでは、目的試料測定ステップで得られたマススペクトルから上記代表的なマススペクトルを差し引いて差分マススペクトルを算出するとともに、その差分スペクトル上の各信号強度をそれぞれの質量電荷比における標準偏差で除することで信号強度を補正した差分マススペクトルを求めるようにするとよい。
【0021】
これにより、補正前の差分マススペクトルにおいて信号強度が同じでも標準偏差が小さいほど、補正後の差分マススペクトルでは信号強度が大きくなる。その結果、多数の参照試料に共通に含まれる成分に関する情報がより的確に除去され、目的試料に特異的に含まれる成分を見いだすのが一層容易になる。
【0022】
また本発明に係る試料解析方法において、母集団スペクトルライブラリは一つでなく複数であってもよい。即ち、本発明に係る試料解析方法では、目的試料と同種であって異なる特徴を有する複数の群にそれぞれ含まれる多数の参照試料をそれぞれ質量分析することで複数の母集団スペクトルライブラリを作成し、その複数の母集団スペクトルライブラリにそれぞれ基づく母集団統計情報を利用して目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルをそれぞれ求める、又はその複数の母集団スペクトルライブラリのうちの一つに基づく母集団統計情報を利用して目的試料に含まれる特異的成分に関する情報が反映されていると推測されるマススペクトルを求めるようにしてもよい。
【0023】
例えば、或る人の血液が目的試料である場合に、特定の疾病に罹患している多数の人から採取した血液を第1の母集団のための参照試料、その特定の疾病に罹患していない多数の人から採取した血液を第2の母集団のための参照試料とし、それぞれの母集団スペクトルライブラリから母集団統計情報を求めるとよい。こうして求めた複数の母集団統計情報を用いて目的試料に対する分析結果(マススペクトル)から不要な情報を削除する際には、目的等に応じたいずれか一つの母集団統計情報を用いてもよいし、或いは、複数の母集団統計情報を用いてそれぞれ不要な情報を削除した結果を比較してもよい。
これにより、解析目的に応じた、或いは目的試料に含まれる成分に応じた、より適切な情報をユーザに提供することが可能となる。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る質量分析を用いた試料解析方法及び試料解析システムによれば、用意が面倒で手間が掛かるコントロール試料を用いることなく、目的試料に含まれる多種の成分の中から、その目的試料を特徴付けたりその目的試料を他の試料と区別したりすることができる特異的成分を効率的に検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】本発明に係る試料解析方法を実施する試料解析システムの一実施例を示す概略構成図。
図2】本実施例の試料解析システムにおける特異的成分検出のための制御・処理手順を示すフローチャート。
図3】平均の信号強度が同じである場合の母集団の分布の相違の説明図。
図4】本実施例の試料解析システムにおける特異的成分検出方法の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係る試料解析方法を実施する試料解析システムの一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例の試料解析システムの概略構成図である。
【0027】
本実施例の試料解析システムは、測定部として液体クロマトグラフ質量分析装置(LC−MS)を用いたものである。図示しないものの、LC部1は、移動相を一定流量で送給する送液ポンプ、送給される移動相中に試料を注入するインジェクタ、試料中の成分を時間方向に分離するカラム、などを含む。MS部2は例えば、エレクトロスプレーイオン源を備えた四重極型質量分析装置であり、LC部1において時間方向に分離された成分を含む試料が順次MS部2に導入され、MS部2では導入される試料に含まれる成分由来のイオンが検出される。
【0028】
MS部2で得られた検出信号はデータ処理部3に入力される。データ処理部3は後述する特徴的な処理を行うために、機能ブロックとして、データ収集処理部31、マススペクトル作成部32、スペクトルライブラリ構築部33、母集団スペクトルライブラリ34、母集団統計データ算出部35、母集団統計データ記憶部36、及び、特異的成分推定部37、を含む。また、データ処理部3には、分析者が各種入力操作を行うための入力部4と、処理結果などを表示するための表示部5とが接続されている。なお、データ処理部3の機能の大部分は、パーソナルコンピュータにインストールされた専用のデータ処理ソフトウエアを該コンピュータ上で動作させることで具現化することができる。
【0029】
このシステムでは、目的試料に含まれる多数の成分の中から、その目的試料において着目すべき特異的な成分を自動的に検出し、それをユーザ(分析者)に提示することができる。そのための作業及び処理は、目的試料に含まれる特異的成分を検出するために利用される参照データを取得する第1段階の作業及び処理と、該参照データを利用して実際に目的試料に含まれる特異的成分を検出する第2段階の作業及び処理と、に大別できる。図2は本実施例の試料解析システムにおける特異的成分検出のための制御・処理手順を示すフローチャート、図4は本実施例の試料解析システムにおける特異的成分検出方法の説明図である。
【0030】
ここでは、目的試料が或る河川(以下、これを河川aという)から採取された水である場合を例に挙げて、本システムにおける特異的成分の検出方法について説明する。
まず、目的試料と同種の参照試料として、過去の様々な日時に河川aから採取した水又は河川a以外の様々な河川から採取した水を用意する。この参照試料の数は多いほどよい。そして、この参照試料をそれぞれ、LC部1、MS部2から成るLC−MSに導入して同一の分離条件の下で測定を実行する(ステップS1)。このとき、MS部2では例えば、所定の時間間隔で所定の質量電荷比範囲のスキャン測定を繰り返し行い、該所定の質量電荷比範囲に亘るイオン強度を示すマススペクトルデータを繰り返し取得する。
【0031】
データ収集処理部31はそうした測定によって得られるデータを収集する。マススペクトル作成部32はそうして得られたデータに対し例えばノイズ除去処理などを実行し、それぞれマススペクトルを作成する。こうした測定によって、図4(a)に示すように、複数の参照試料A、B、C、…に対してそれぞれ、t0、t1、t2、…、tnの各測定時点においてマススペクトルが得られる。上述したように、LC部1に導入された試料中の多数の成分はカラムで成分分離され順次MS部2に導入されるから、MS部2において時間経過に伴い得られる各マススペクトルには、参照試料中の各種成分由来のピークが現れる。
【0032】
スペクトルライブラリ構築部33は、参照試料毎に得られる多数のマススペクトルを収集し、マススペクトルを参照試料の識別情報や測定時点の識別情報などと対応付けて収録した母集団スペクトルライブラリ34を構築する(ステップS2)。なお、同種の参照試料に対する測定は一度に行う必要はなく、参照試料が入手される毎に順次実行してもよい。したがって、スペクトルライブラリ構築部33は、或る参照試料と同種の参照試料に基づく母集団スペクトルライブラリ34がすでに作成されている場合には、新たに得られたマススペクトルをそのライブラリ34に追加収録すればよい。
【0033】
次に、母集団統計データ算出部35は母集団スペクトルライブラリ34に収録されているマススペクトルに対して所定の統計処理演算を実行し、測定時点毎に代表マススペクトルを求める。具体的には、測定時点毎に、全ての参照試料に対するマススペクトルで示される信号強度の平均値を質量電荷比毎に計算し、その信号強度の平均値を質量電荷比軸上に並べて作成したマススペクトルを代表マススペクトルとする(図4(b)参照)。統計解析でよく行われているように、平均値の代わりに中央値や最頻値を用いてもよい。また、同時に、母集団統計データ算出部35は、測定時点毎で且つ質量電荷比毎に、信号強度のばらつき度合いを示す標準偏差を算出する。そうして求めた代表マススペクトルデータ及び標準偏差データを母集団統計データ記憶部36に保存する(ステップS3)。
以上で、上述した第1段階の作業及び処理が終了する。
【0034】
母集団統計データ記憶部36に上記のようなデータが保存されている状態で、目的試料に含まれる成分の解析を行う際には、目的試料をLC−MSに導入して参照試料の測定時と同一の分離条件の下で測定を実行する(ステップS4)。データ収集処理部31はその測定によって得られるデータを収集し、マススペクトル作成部32は得られたデータに基づいてt0、t1、t2、…、tnの各測定時点におけるマススペクトルを作成する(図4(c)参照)。
【0035】
特異的成分推定部37は、母集団統計データ記憶部36から各測定時点における代表マススペクトルを読み出し、t0、t1、t2、…、tnの測定時点毎に、目的試料に対するマススペクトルから代表マススペクトルを差し引いて差分マススペクトルを算出する(ステップS5、図4(d)参照)。具体的には、或る一つの測定時点において、質量電荷比毎に目的試料に対するマススペクトルでの信号強度から代表マススペクトルでの信号強度を差し引くことで差分マススペクトルを得る。その際に、信号強度の絶対値の差異の影響を解消するべく、例えば両マススペクトルにおいて最大の信号強度の値を揃えるように、又は、特定の質量電荷比における信号強度の値を揃えるように、一方又は両方のマススペクトルにおける信号強度値を規格化してもよい。
【0036】
代表マススペクトル上で観測されるピークの多くは、参照試料だけでなく目的試料にも一般的に含まれる成分に由来するものである。したがって、この代表マススペクトルに含まれる情報が除去された差分マススペクトルには、参照試料の多くには含まれておらず、目的試料に特異的に含まれる成分に由来するピークが顕著に現れることになる。そこで、特異的成分推定部37は、測定時点毎に得られた差分マススペクトルに対してそれぞれ、例えば信号強度が所定の閾値以上であるピークを抽出し、該ピークに対応する質量電荷比に基づいて特異的成分を推定する(ステップS6)。そして、そうして推定された1又は複数の特異的成分を表示部5の画面上に表示して分析者に提示する(ステップS7)。これにより、分析者は目的試料に含まれる特異的成分を認識することができる。
【0037】
本実施例のシステムのMS部2に用いられているエレクトロスプレーイオン源等ではイオン化に伴うイオンの解離が起こりにくく、そのためマススペクトルには、プロトンが付加したり脱離したりしたプロトン付加イオンやプロトン脱離イオン、又は特定の金属イオン等が付加したアダクトイオンなどの、いわゆる分子イオンピークが現れ易い。したがって、差分マススペクトル上で観測されるピークに対応する質量電荷比を例えば汎用的な化合物データベース(例えば米国国立生物工学情報センター(NCBI)が管理するPubChem)と照合することにより、目的とする成分を比較的容易に特定することができる。
【0038】
また、特異的成分推定部37は成分推定まで行わずに、差分マススペクトルそのものや該差分マススペクトルから得られるピーク情報などを表示部5の画面上に表示し、分析者がそうした情報に基づいて特異的成分を推定するようにしてもよい。このように特異的成分を推定する機能がないとしても、特異的成分を見いだすのに十分有用な情報を分析者に提供することができる。
【0039】
なお、代表マススペクトルは母集団スペクトルライブラリから統計処理によって得られるものであるため、代表マススペクトル上で複数の質量電荷比における信号強度が等しいとしても、それら複数の質量電荷比は多数の参照試料において同じように共通に含まれる成分を反映しているとは限らない。図3は平均の信号強度が同じである場合の母集団の分布の相違の説明図である。
【0040】
図3(a)は図3(b)に比べて信号強度のばらつきは大きいものの信号強度の平均値はIaで同じになる。この例では、図3(b)のほう、つまり標準偏差が小さいほうが、多数の参照試料に含まれる共通性が高いといえる。そこで、多数の参照試料に含まれる共通性が高い成分についての情報を代表マススペクトルを用いて的確に除去するには、単に代表マススペクトル上の信号強度を利用するだけでなく標準偏差(又は分散)を併せて利用することが望ましい。具体的には例えば、差分マススペクトルを求める際に、質量電荷比毎に目的試料に対するマススペクトル上の信号強度から代表マススペクトル上の信号強度を減算したあとに、その差分値をさらにその質量電荷比における標準偏差で除算することで信号強度を標準化するとよい。それによって、多数の参照試料に共通に含まれる成分に関する情報をより的確に除去することができるので、得られた差分マススペクトルに基づく特異的成分の検出が行い易くなる又はその検出の精度が向上する。
また、差分マススペクトルの算出時ではなく、代表マススペクトル自体の質量電荷比毎の信号強度に、統計処理で得られた標準偏差を反映させるようにしても同様の効果が得られる。
【0041】
以上のように、本実施例の試料解析システムによれば、目的試料に含まれる特異的成分を自動的に調べることができるから、例えばそうした特異的成分に着目してさらに質量分析を実施し、特異的成分の正確な定量などが可能となる。
【0042】
上記実施例は測定部としてLC−MSを用いたシステムに対し本発明を適用したものであるため、母集団統計データ記憶部36には、測定時点毎の代表マススペクトル、つまりはLC部1における保持時間に対応付けられた代表マススペクトルが保存されていたが、LCやGCを用いない単純な質量分析計を用いたシステムでは、単一の代表マススペクトルを用いて上記実施例と同様に、目的試料に含まれる特異的成分を検出することができる。
【0043】
また、タンデム四重極型質量分析計やイオントラップ飛行時間型質量分析計などのようなMSn分析が可能である質量分析計を測定部として用いたシステムでは、異なる質量電荷比を持つプリカーサイオン毎に、該プリカーサイオンを解離させることで得られたプロダクトイオンマススペクトル(MSnスペクトル)が得られる。そこで、プリカーサイオンの質量電荷比に対応付けたプロダクトイオンマススペクトルをそれぞれ代表マススペクトルとして上記実施例と同様に、目的試料に含まれる特異的成分を検出することができる。
【0044】
また上記説明から明らかであるように、母集団スペクトルライブラリは目的試料と同種の多数の参照試料を測定した結果である必要があるから、例えば、残留農薬の検査などの解析目的が同じであっても、目的試料が例えば水道水と河川水、或いは河川水と海水など、異なる種類のものである場合には、各種類に対応した多数の参照試料を測定することで得られた結果に基づく母集団スペクトルライブラリを構築する必要がある。
【0045】
さらにまた、類似性がある複数の母集団スペクトルライブラリを用いることで、目的に応じたより的確な特異的成分を抽出することも可能である。
例えば、癌などの特定の疾病に罹患したあとに治癒した多数の人から採取した血液を第1群の参照試料、その特定の疾病に罹患している多数の人から採取した血液を第2群の参照試料とし、それら二つの群にそれぞれ対応する母集団スペクトルライブラリを構築する。そして、その二つの母集団スペクトルライブラリに対してそれぞれ統計処理を行って代表マススペクトル等の母集団統計データを求めておく。いま、上記特定の疾病に罹患していて治療中の患者から採取した血液を目的試料としたとき、上記二つの群にそれぞれ対応する母集団統計データを用いて特異的成分を抽出すれば、第1群に対する特異的成分と第2群とに対する特異的成分とが求まる。そこで、それら複数の特異的成分に着目した定量分析などの詳細な分析を行うことで、上記患者における治療の効果や治癒の度合いなどを調べることができる。
【0046】
また、上記実施例や上記記載の各種変形例も本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜に修正、変更、追加などを行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0047】
1…LC部
2…MS部
3…データ処理部
31…データ収集処理部
32…マススペクトル作成部
33…スペクトルライブラリ構築部
34…母集団スペクトルライブラリ
35…母集団統計データ算出部
36…母集団統計データ記憶部
37…特異的成分推定部
4…入力部
5…表示部
図1
図2
図3
図4