(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、粗シクロヘキサシランの精製効率がよくなる圧力域と温度域について検討を行い、粗シクロヘキサシランを少なくとも2kPa以下の絶対圧力下で蒸留することとし、蒸留時に粗シクロヘキサシランにかかる温度を特定範囲に制御するか、もしくは更に低圧領域(例えば0.1〜100Paの中真空領域ないし0.00001〜0.1Paの高真空領域)で蒸留するのに適した特定の蒸留装置を採用したシクロヘキサシランの製造方法を見出し、既に出願した(特願2012−281489号)。
【0012】
そして本発明者等は、上記方法で得られるシクロヘキサシランよりもさらに高純度な水素化シラン化合物を良好な収率で製造することを目的として検討した結果、条件の異なる蒸留を2回以上行うことで、得られる水素化シラン化合物中の不純物の低減に成功した。以下、本発明を説明する。
【0013】
[高純度水素化シラン化合物、特にシクロヘキサシラン]
本発明の高純度水素化シラン化合物は、不純物である金属元素の含有量が0.01〜100ppb(質量基準)であるところに特徴を有する。後述する精製方法を採用した製造方法で水素化シラン化合物を製造した結果、金属元素を上記範囲にまで低減させることができた。金属元素を上記範囲に低減することで、水素化シラン化合物を長期間保管する場合の重合体成分の増量も抑制できた。なお、金属元素としては、アルミニウム、ナトリウム、カリウム、リチウム、鉄、カルシウム、マグネシウム、チタン、クロム、銅等の還元剤や反応原料由来のものが挙げられる。この中でも、ナトリウムを0.01〜100ppbに低減させた高純度水素化シラン化合物であることが好ましい。ナトリウムは製法や工程によらず、混入の可能性が高い金属元素であり、ナトリウムを低減することは工業上有用だからである。
【0014】
なお、本発明の高純度水素化シラン化合物としては、特にシクロヘキサシランが有用であるため、金属元素(好ましくはナトリウム)の含有量が0.01〜100ppbである高純度シクロヘキサシランが含まれる。また、金属元素がごく微量であっても混入しているシクロヘキサシランは、高純度シクロヘキサシラン組成物ということもでき、上記含有量は、シクロヘキサシラン組成物中の含有量であるということもできる。以下の説明においても、金属元素の含有量や重合体の含有量については、組成物という言葉を省略していることもあるが、「組成物中の含有量」という意味である。
【0015】
上記高純度シクロヘキサシラン中、アルミニウム、ナトリウム、カリウム、リチウム、鉄、カルシウム、マグネシウム、チタン、クロム、銅の各含有量は10ppb以下にそれぞれ低減されていることが好ましく、5ppb以下がより好ましく、2ppb以下がさらに好ましく、1ppb以下が特に好ましい。下限はゼロ(N.D)であることが最も好ましいが、技術的に困難であるので、0.01ppb程度が好ましい。
【0016】
本発明の高純度シクロヘキサシランは、後述する方法によって、重合体成分の含有量が少ないものとなる。具体的には、シクロヘキサシラン中、重合体成分の含有量が0〜5000ppm(質量基準)であることが好ましく、0〜1000ppmがより好ましく、0〜500ppmがさらに好ましく、0〜100ppmが特に好ましく、最も好ましくは0(N.D)である。
【0017】
本発明の高純度シクロヘキサシランは、金属元素および重合体成分の含有量が少ないこと等から、保管安定性に優れる。例えば、金属製の容器であって内壁をフッ素系樹脂等の樹脂材料でコーティングした容器内において、窒素雰囲気下25℃で30日間保管したときの重合体の増加量が、好ましくは0〜5000ppmであり、より好ましくは0〜1000ppm、さらに好ましくは0〜500ppm、特に好ましくは0〜100ppm、最も好ましくは0(N.D)である。また、窒素雰囲気下25℃で30日間保管したときの重合体の含有量そのものも、好ましくは0〜5000ppmであり、より好ましくは0〜1000ppm、さらに好ましくは0〜500ppm、特に好ましくは0〜100ppm、最も好ましくは0(N.D)である。
【0018】
上記本発明の高純度シクロヘキサシランは、後述する本発明の製造方法で製造することができる。ただし、本発明の製造方法で製造される高純度水素化シラン化合物には、シクロヘキサシランに加えて他の水素化シラン化合物が含まれていてもよく、これらの水素化シラン化合物は、下記式(1)
(SiH
2)
n …(1)
(式(1)中、nは3〜6である。)
または下記式(2)
Si
mH
2m+2 …(2)
(式(2)中、mは3〜6である。)
で表される。以下の説明において、水素化シラン化合物、あるいは高純度水素化シラン化合物というときは、上記(1)と(2)で表される化合物が含まれる。
【0019】
式(1)で表される環状シラン化合物としては、シクロトリシラン、シクロテトラシラン、シクロペンタシラン、シリルシクロペンタシラン、シクロヘキサシラン等が挙げられ、式(2)で表される鎖状シラン化合物としては、トリシラン、テトラシラン、イソテトラシラン、ペンタシラン、ネオペンタシラン、イソペンタシラン、ヘキサシラン等が挙げられる。これらの水素が、アルキル基やアリール基等に置換されている置換体等であってもよい。これらのなかでも環状シラン化合物が好ましく、特に重合を起こしやすいシクロヘキサシランが、本発明の製造方法の適用により、精製工程中の重合体の生成を抑制でき、精製収率の顕著な向上が可能となり、かつ、金属元素の低減効果が現れやすいことから、好ましい環状シラン化合物として挙げられる。
【0020】
[第1蒸留工程]
還元工程を経て得られる水素化シラン化合物には、不純物として、水素化シラン化合物(特に環状シラン化合物である場合)の重合体成分が数%〜十数%、また、還元剤由来の金属元素が数百〜数千ppm程度が含まれているため、このような不純物を含む水素化シラン化合物(特にシクロヘキサシラン)をいきなり高温で蒸留すると、さらに水素化シラン化合物の重合体が増量してしまうことが見出された。これは、不純物として水素化シラン化合物に含まれていた水素化シラン化合物の重合体成分や金属元素が、高温の蒸留塔等で行われる減圧蒸留の際に、水素化シラン化合物の重合を促進する重合促進剤的な作用を有するためであると考えられた。なお、重合体とは、目的の水素化シラン化合物の二量体およびそれ以上の多量体を指す。
【0021】
そこで本発明では、第1蒸留工程において、上記重合体量を増大させることなく、不純物(特に重合体成分)を速やかに除去することを主目的とする。よって、第1蒸留工程の温度は、25〜80℃で行うことが好ましい。温度が低すぎると、蒸発速度が遅いだけでなく、気化した水素化シラン化合物を確実に凝縮させるために凝縮器の温度を低温にする必要があり、凝縮器に固体の水素化シラン化合物が付着してラインが閉塞するおそれがある。凝縮器の温度を固体の水素化シラン化合物が析出しない程度に上げると、蒸発器と凝縮器の温度差が小さくなり、凝縮されない水素化シラン化合物が増え、蒸留収率が悪化する。一方、水素化シラン化合物の加熱温度が高すぎると、重合が進行して、第1蒸留工程で重合体量が増えてしまい、続く第2蒸留工程での重合体量も増加するため、好ましくない。より好ましい第1蒸留工程の温度は30〜70℃で、35〜65℃がさらに好ましく、40〜60℃が特に好ましい。
【0022】
第1蒸留工程へ導入される未精製の水素化シラン化合物は、溶媒に溶解させた溶液であってもよい。このとき、溶液中の未精製水素化シラン化合物の濃度は、蒸留効率の観点から、50〜100質量%が好ましい。蒸留の前段階である水素化シラン化合物の合成反応を反応溶媒中で行った場合は、上記濃度範囲になるように、予め、溶媒を除去して濃縮しておけばよい。
【0023】
第1蒸留工程では、水素化シラン化合物の重合体量を増大させないことがポイントであるので、蒸留塔での蒸留ではなく、短時間で熱履歴のかかりにくい蒸留装置での蒸留方法を選択することが好ましい。例えば、短行程蒸留装置、薄膜式蒸留装置、分子蒸留装置等である。厳密な定義によれば、分子蒸留とは、高真空(例えば10
-1Pa〜10
-5Pa程度)下で行われ、ベーパー分子の平均自由行程よりも蒸発面、凝縮面間の距離を短くする蒸留を指すが、本明細書では用語「分子蒸留」を、本技術分野での通称としての分子蒸留の意味、すなわち高真空(例えば10
-1Pa〜10
-5Pa程度)下で行われてさえいれば、蒸発面、凝縮面間の距離がベーパー分子の平均自由行程を超えているか否かを問わない意味で使用する。この様な分子蒸留によれば、理想的には、蒸発した全てのベーパー分子が蒸発面から凝集面に到達するまでに他のベーパー分子や壁面に衝突せず、全ての分子が凝縮器内に凝集される。しかし、真空度が高すぎて、大きなスケールでの実施は困難である。
【0024】
一方、短行程蒸留装置は、大きなスケールでは若干困難な分子蒸留装置を改善したもので、中真空(例えば10
2Pa〜10
-1Pa程度)下で行われ、蒸発面と凝縮面とがベーパー分子の平均自由行程レベルの近い位置に相対して配置されている点に特徴がある。薄膜蒸留装置は、低真空から中真空(例えば3×10
3Pa〜10
-1Pa程度、好ましくは10
3Pa〜10
-1Pa程度)下で行い、凝縮器を蒸発器外に配置する点で、短行程蒸留装置とは異なる。
【0025】
本発明では、第1蒸留工程は、3kPa以下の減圧度(絶対圧力)で行うことが好ましく、より好ましくは1kPa以下、さらに好ましくは500Pa以下、特に好ましくは200Pa以下である。第1蒸留工程の圧力が高すぎると、水素化シラン化合物に熱履歴がかかり重合体量が増大するおそれがあるためである。第1蒸留工程の減圧度の加減は特に限定されないが、実操業上、1Pa以上が好ましく、10Pa以上がより好ましい。
【0026】
上記蒸留装置は、いずれも薄膜式蒸発器を利用するものであることが好ましい。薄膜式蒸発器は、蒸発面に蒸発原料の薄膜を形成し、熱を供給して蒸発させるものである。この蒸発面を備えた蒸発器としては、例えば、板状体(例えば、矩形板、円板等)、筒状体、有底容器等が挙げられ、板状体の表面、筒状体の内面または外面、容器内面等が前記蒸発面となり得る。蒸発原料を薄膜化して蒸発させる観点からは、板状体、筒状体等の蒸発器が好ましい。薄膜化して蒸発させることで、蒸発原料の沸点に至らなくても、蒸発原料の蒸発を促進し精製効率を高めることができ、しかも蒸発原料の発泡や沸騰を抑制して蒸発原料にかかる熱履歴を小さく抑えることができる。蒸発器が板状体、筒状体である場合、強制薄膜化手段をも備えてもよい。強制薄膜化手段としては、例えば、板状体表面、あるいは筒状体の内面または外面に添って稼働するワイパーエレメントや、円板や筒状体を回転させて遠心力を発生させ得る強制回転手段等が使用できる。板状体または筒状体に、強制薄膜化手段としてワイパーエレメントまたは強制回転手段を具備させると、ワイパー型薄膜式蒸発器、遠心型薄膜式蒸発器となる。なお、強制薄膜化手段を有さない板状体または筒状体であっても、蒸発面を鉛直に配置し、上部から蒸発原料を少しずつ流下させれば、流下型薄膜式蒸発器となる。特に好ましくは、遠心型薄膜式蒸発器、流下型薄膜式蒸発器である。
【0027】
分子蒸留装置や短行程蒸留装置では、凝縮器は蒸発器内部に配置される。薄膜蒸留装置では凝縮器は蒸発器外部に配置される。いずれにおいても、凝縮器は、蒸発器で蒸発させたベーパー分子と接触して、ベーパー分子を冷却するための凝縮面を備える。短行程蒸留装置においては、前記凝縮器の凝縮面は、前記蒸発器の蒸発面に相対して配置される。分子蒸留装置においても、蒸発面と凝縮面が相対して配されることが好ましいが、これに限定されるものではなく、分子蒸留に該当し得る範囲で種々の配置を取ることができる。蒸発面と凝縮面とが装置内に相対して配置される蒸留装置としては、例えば、外筒と内筒とから構成される二重管構造を有し、外筒の内面を蒸発面あるいは凝縮面とし、内筒の外面を凝縮面あるいは蒸発面とする装置が挙げられる。蒸発面と凝縮面が相対するとき、凝縮面の面積は蒸発面の面積と同等以上であることが好ましい。
【0028】
分子蒸留装置や短行程蒸留装置と薄膜蒸留装置では凝縮器の配置は上述のように異なっているが、これらの蒸留装置は、好ましくは、遠心型薄膜式蒸留装置、同心円管式蒸留装置、ライボルト混合薄膜蒸留装置、流下膜式蒸留装置等に分類される。
【0029】
薄膜式蒸発器の蒸発面上に形成される薄膜の厚さは、蒸発速度等を勘案して適宜設定すればよいが、10〜100μmであることが好ましく、より好ましくは20〜90μm、さらに好ましくは30〜80μmである。また、蒸発面積は装置の規模によって決まるため、蒸発させるべき水素化シラン化合物の量に応じて、適宜選択すればよい。
【0030】
第1蒸留工程では、蒸発させた水素化シラン化合物は、−5℃〜30℃で凝縮させることが好ましい。凝縮温度は、より好ましくは−2℃〜20℃、さらに好ましくは0℃〜15℃である。凝縮温度がこの範囲であれば、水素化シラン化合物が固化して装置内の閉塞を招くといったこともなく、良好な作業性を維持することが可能になる。
【0031】
なお、本発明において、第1蒸留工程にかかる一連の操作(具体的には、精製前の水素化シラン化合物を仕込むところから、第1蒸留の凝縮物の取り出しまでの操作)は、大気曝露することなく行うことが好ましい。例えば、精製前の水素化シラン化合物の収容容器、蒸留装置(蒸発器、凝縮器等)、および第1蒸留の凝縮物の収容容器の全てを一つの防爆ブース内に収容し、さらにこの防爆ブース内を窒素等の不活性ガス雰囲気に制御する等してもよいし、精製前の液の仕込みや蒸留後のガスの移送や凝縮物の取出し等を、窒素ガス等の不活性ガスで圧送し、密閉装置内で蒸留を行うことで大気曝露を防止するようにしてもよい。
【0032】
第1蒸留工程では、採用する蒸留装置や蒸留条件にもよるが、第1蒸留の凝縮物中の重合体成分をほぼゼロに、金属元素を数〜十数ppm以下程度に、低減することが好ましい。重合体成分の定量は
1H−NMRで、金属元素の定量はICPまたはICP−MSを用いて行うことができる。
【0033】
[第2蒸留工程]
第2蒸留工程では、公知の蒸留塔での減圧蒸留を行う。第1蒸留によって、水素化シラン化合物の重合を促進すると考えられる水素化シラン化合物の重合体成分がほぼゼロにまで、また金属元素が数〜十数ppm程度にまで、低減されているため、第1蒸留工程よりも高温で第2蒸留工程を行っても、水素化シラン化合物の重合体成分が増量してしまうおそれがない。よって、第2蒸留工程は、50〜100℃(第1蒸留工程で採用した温度よりも高温が望ましい)で行うことができる。より好ましくは60〜90℃であり、さらに好ましくは70〜85℃である。
【0034】
第2蒸留工程は、5kPa以下の減圧度(絶対圧力)で行うことが好ましく、より好ましくは2kPa以下、さらに好ましくは1kPa以下、特に好ましくは200Pa以下である。第2蒸留工程の圧力が高すぎると、せっかく第1蒸留工程で水素化シラン化合物の重合体成分を低減したのに、第2蒸留工程で新たに生成するおそれがあるためである。第2蒸留工程の減圧度の下限は特に限定されないが、実操業上、5Pa以上が好ましく、10Pa以上がより好ましい。
【0035】
第2蒸留工程後の精製水素化シラン化合物は、水素化シラン化合物の重合体成分がゼロ(N.D)に、金属元素(合計量)が100ppb以下に、それぞれ低減されていることが好ましい。精製(高純度)水素化シラン化合物中の金属元素は50ppb以下がより好ましく、20ppb以下がさらに好ましく、10ppb以下が特に好ましい。下限はゼロ(N.D)であることが最も好ましいが、技術的に困難であるので、0.01ppb程度が好ましい。さらに、アルミニウム、ナトリウム、カリウム、リチウム、鉄、カルシウム、マグネシウム、チタン、クロム、銅の各含有量は10ppb以下にそれぞれ低減されていることが好ましく、5ppb以下がより好ましく、2ppb以下がさらに好ましく、1ppb以下が特に好ましい。下限はゼロ(N.D)であることが最も好ましいが、技術的に困難であるので、0.01ppb程度が好ましい。これらの金属元素の含有量が上記範囲よりも多い水素化シラン化合物を用いて形成されたシリコン膜は、移動度が低いため、半導体として使用する際、性能の悪化を招くため、好ましくない。また、該金属元素がクロムや銅の場合、特に好ましくない。
【0036】
[蒸留工程を3回以上行う場合]
本発明では、これまで説明した第1蒸留工程の次に、上記第2蒸留工程を行うことで、精製水素化シラン化合物中の水素化シラン化合物の重合体成分をゼロ(N.D)に、金属元素を100ppb以下に低減することができるので、さらに蒸留を行う必要はないが、適宜、第1蒸留工程と第2蒸留工程の間に、第1蒸留工程と同程度の条件で行う蒸留工程や、第2蒸留工程後のさらなる蒸留工程等を行っても構わない。
【0037】
[その他の精製方法]
また、蒸留以外の精製方法として、水、有機溶媒、およびこれらの混合溶媒での生成物の洗浄、生成物を酸化剤と接触させる酸化剤処理や、吸着精製法、再沈殿法、分液抽出法、再結晶法、晶析法、クロマトグラフィー等による精製等、従来公知の精製方法を組み合わせても構わない。
【0038】
[未精製の水素化シラン化合物]
本発明において、第1蒸留工程に供する未精製の水素化シラン化合物の合成方法は特に制限されるものではなく、公知の合成方法を適宜採用することができる。例えば、水素化シラン化合物がシクロヘキサシランである場合、ジフェニルジクロロシランを原料に、アルカリ金属を用いて環化させ、6員環を単離し、塩化アルミニウム存在下で塩酸ガスと接触させてケイ素上を塩素化し、次いで得られたシクロヘキサシランのハロゲン化物を水素化リチウムアルミニウム等の金属水素化物と接触させて還元する方法で得られた反応混合物を、未精製のシクロヘキサシラン(粗シクロヘキサシラン)として用いることができる。また、本発明者らが見出した後述の合成例2に記載の方法、すなわちトリクロロシラン等のハロシラン化合物を、ホスフィンの存在下で環化させ、得られたシクロヘキサシランのハロゲン化物を還元する方法で得られた反応混合物を粗シクロヘキサシランとして用いることもできる。
【0039】
なお、例えば本発明の好ましい態様では、第1蒸留工程は3kPa以下での真空で行われるので、第1蒸留工程に供する未精製水素化シラン化合物は、軽沸点成分の含有量が少ないことが望ましく、第1蒸留工程に供する前に予め、溶媒等の軽沸点成分を取り除いておくことが好ましい。具体的には、例えば、常圧乃至2kPa超の減圧の下で溶媒留去するなどしておけばよい。
【0040】
[シクロヘキサシランに限定されない高純度水素化シラン化合物]
本発明の製造方法によれば、通常80%以上、さらに好ましくは90%以上の高い精製収率で、水素化シラン化合物の重合体成分を含まず(N.D)、また金属元素(特にナトリウム)が0.01〜100ppbの範囲に低減された高純度水素化シラン化合物を得ることが可能になる。特にシクロヘキサシランは、金属元素の存在量が多くなると重合反応が進行しやすいが、金属元素の含有量を上記範囲とすることにより、重合反応の進行を抑え、安定に保存することが可能となる。そして、シクロヘキサシランは、製膜時の成長速度が速い点において、より低次の水素化シラン化合物よりも優れており、有用性が高い。
【0041】
本発明の高純度水素化シラン化合物は、上記の通り、重合体成分の含有量が少ないものとなる。具体的には、水素化シラン化合物中、重合体成分の含有量が0〜5000ppmであることが好ましく、0〜1000ppmがより好ましく、0〜500ppmがさらに好ましく、0〜100ppmが特に好ましく、最も好ましくは0(N.D)である。
【0042】
本発明の高純度水素化シラン化合物は、金属元素および重合体成分の含有量が少ないこと等から、保管安定性に優れる。例えば、金属製の容器であって内壁をフッ素系樹脂等の樹脂材料でコーティングした容器内において、窒素雰囲気下25℃で30日間保管したときの重合体の増加量が、好ましくは0〜5000ppmであり、より好ましくは0〜1000ppm、さらに好ましくは0〜500ppm、特に好ましくは0〜100ppm、最も好ましくは0(N.D)である。また、窒素雰囲気下25℃で30日間保管したときの重合体の含有量そのものも、好ましくは0〜5000ppmであり、より好ましくは0〜1000ppm、さらに好ましくは0〜500ppm、特に好ましくは0〜100ppm、最も好ましくは0(N.D)である。
【0043】
本発明の高純度水素化シラン化合物は、例えば太陽電池や半導体等に用いられるシリコン原料として有用である。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0045】
シクロヘキサシランの純度(収率)は、キャピラリーカラム(J&W SCIENTIFIC社製「DB−1MS」;0.25mm×50m)を装着したガスクロマトグラフ装置(島津製作所社製「GC2014」)にて分析することにより求めた。
また、金属成分量は、ICP−MS(Agilent Technologies社製の「Agilent 7700S」)で、5質量%の希硝酸で500倍に希釈した状態で測定した。
【0046】
シクロヘキサシランの重合体の存在は、
1H−NMR(Varian社製「Unity plus 400」)を用いて、重ベンゼン中で3〜4ppm(TMS基準)にブロードなピークが観測されるか否かで判断し、観測された場合そのピークの積分比から定量した。
【0047】
合成例1
Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 1977, 16, 403に記載の方法でシクロヘキサシランを合成した。未精製の状態のシクロヘキサシラン中の重合体量、金属元素量を表1に示した。なお、表1中、%は質量%であり、ppm、ppbはいずれも質量基準である。
【0048】
実施例1
フィンテック社から入手した短行程蒸留装置(ドイツU・I・C社製、KDL1型)を用いて、上記合成例1で得られたシクロヘキサシランの第1蒸留工程を行った。KDL1型短行程蒸留装置の蒸発面積は0.017m
2である。第1蒸留工程での減圧度は100Pa、加熱温度は40℃、凝縮器の温度は5℃とした。また、粗シクロヘキサシランのフィード速度は1.5g/minとした。
この第1蒸留工程での収率、得られたシクロヘキサシラン中の重合体量および金属元素量を表1に示した。
【0049】
続いて、第1蒸留工程で得られたシクロヘキサシランの第2蒸留工程を行った。第2蒸留工程は、一般的なガラス製の減圧蒸留装置(ナスフラスコ、連結管、蒸留連結管(三叉)、冷却管、受器)を用いて、減圧度800Pa、加熱温度80℃、冷却部5℃として蒸留した。第2蒸留工程の収率は95質量%であり、第1および第2蒸留工程でのトータル収率は89質量%であった。得られた精製シクロヘキサシラン中の重合体量および金属元素量を表1に示した。
【0050】
また、得られた精製シクロヘキサシランを窒素雰囲気下25℃で30日保管した。保管後のシクロヘキサシラン中の重合体成分の存在を確認したところ、重合体成分は認められなかった。
【0051】
比較例
上記合成例1で得られたシクロヘキサシランを、第1蒸留工程を行うことなく、上記第2蒸留工程と同じ減圧蒸留装置で同じ蒸留条件で蒸留した。収率は60質量%であり、かなりのシクロヘキサシランが重合体となってしまったと考えられるが、重合体は気化しないため検出できなかった。得られた精製シクロヘキサシラン中の金属元素量を表1に示した。また、実施例1と同様に、精製シクロヘキサシランを30日保管したところ、重合体成分が2質量%生成したことが確認できた。長期保存時にも水素化シラン化合物の純度を高度に維持するためには、金属元素量を高度に低減する必要があることがわかった。
【0052】
【表1】
【0053】
合成例2
温度計、コンデンサー、滴下ロートおよび攪拌装置を備えた3L四つ口フラスコ内を窒素ガスで置換した後、ホスフィンとしてトリフェニルホスフィン129g(0.49mol)と、塩基性化合物としてジイソプロピルエチルアミン382g(2.95mol)と、溶媒として1,2−ジクロロエタン1.2Lとを入れた。続いてフラスコ内の溶液を攪拌しながら、25℃条件下において滴下ロートより、ハロシラン化合物としてトリクロロシラン400g(2.95mol)をゆっくりと滴下した。滴下終了後、60℃で6時間加熱攪拌することにより反応させた。得られた反応液を濃縮・洗浄して、非イオン性のドデカクロロシクロヘキサシラン含有化合物([Ph
3P]
2[Si
6Cl
12])を白色固体として得た。
【0054】
滴下ロートおよび攪拌装置を備えた100mL二つ口フラスコに、得られた白色固体2.44g(ドデカクロロシクロヘキサシラン含有化合物2.18mmol)を入れて減圧乾燥させた。次いでフラスコ内をアルゴンガスで置換した後、溶媒としてシクロペンチルメチルエーテル30mLを加えた。続いてフラスコ内の懸濁液を攪拌しながら、−20℃条件下において滴下ロートより、還元剤として水素化リチウムアルミニウムのジエチルエーテル溶液(濃度:約1.0mol/L)10mLを徐々に滴下し、次いで−20℃で5時間攪拌することにより反応させた。反応後、反応液を窒素ガス雰囲気下において濾過し、生成した塩を取り除いた。得られた濾液から減圧下で溶媒を留去して、無色透明液体の粗シクロヘキサシランを得た。
【0055】
実施例2
上記合成例2で得られた粗シクロヘキサシランを用いて、実施例1と同様にして第1蒸留工程および第2蒸留工程を行い、精製シクロヘキサシランを得た。
得られた精製シクロヘキサシランを窒素雰囲気下25℃で30日保管し、保管後のシクロヘキサシラン中の重合体成分の存在を確認したところ、重合体成分は認められなかった。