【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的は、特許請求の範囲の主題および明細書によって達成される。
本発明の第1の態様は、以下の組成:
(a)炭素:0.23〜0.25重量%;
(b)珪素:0.15〜0.35重量%;
(c)マンガン:0.85〜1.00重量%;
(d)アルミニウム:0.07〜0.10重量%;
(e)クロム:0.65〜0.75重量%;
(f)ニオブ:0.02〜0.03重量%;
(g)モリブデン:0.55〜0.65重量%;
(h)バナジウム:0.035〜0.05重量%;
(i)ニッケル:1.10〜1.30重量%;
(j)ホウ素:0.0020〜0.0035重量%;
(k)カルシウム:0.0007〜0.0030重量%
を含む高強度鋼に関し、高強度鋼はさらなる元素を含んでもよく、さらなる元素の最大含有量は以下の通り:
(l)リン:≦0.012重量%および/または
(m)硫黄:≦0.003重量%および/または
(n)銅:≦0.10重量%および/または
(o)窒素:≦0.006重量%および/または
(p)チタン:≦0.008重量%および/または
(q)錫:≦0.03重量%および/または
(r)水素:≦2.00ppmおよび/または
(s)砒素:≦0.01重量%および/または
(t)コバルト:≦0.01重量%
であり、残部が鉄および不可避不純物からなり、
(i)炭素当量Pcmが、
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5[B]
として算出されることができ、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]および[B]は、重量%での高強度鋼中の各元素の質量割合であり、Pcmには以下が適用される:
0.38重量%<Pcm≦0.44重量%;および/または、
(ii)炭素当量Ceqは、
Ceq=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4+[V]/14
として算出されることができ、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Ni]、[Cr]、[Mo]および[V]は、重量%での高強度鋼中の各元素の質量割合であり、Ceqには以下が適用される:
0.675≦Ceq≦0.78重量%、および/または、
(iii)炭素当量CETは、
CET=[C]+([Mn]+[Mo])/10+([Cr]+[Cu])/20+[Ni]/40
として算出されることができ、ここで、[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Cu]および[Ni]は、重量%での高強度鋼中の各元素の質量割合であり、CETには以下が適用される:
0.43重量%≦CET≦0.49重量%。
【0011】
本発明の文脈における不可避不純物は、例えば、砒素、コバルト、および/または錫を含む。
【0012】
本発明の鋼は、元素(l)〜(t)の1つを追加的に含んでもよいことが当業者には明らかであろう。好ましくは、本発明の鋼中の窒素含有量は、0.001%〜0.006重量%の範囲にあってもよい。
【0013】
好ましい実施形態において、本発明の鋼は、0.23〜0.25重量%の範囲の炭素、0.15〜0.35重量%の珪素、0.85〜1.00重量%の範囲のマンガン、0.07〜0.10重量%の範囲のアルミニウム、0.65〜0.75重量%の範囲のクロム、0.02〜0.03重量%の範囲のニオブ、0.55〜0.65重量%の範囲のモリブデン、0.035〜0.05重量%の範囲のバナジウム、1.10〜1.30重量%の範囲のニッケル、0.0020〜0.0035重量%の範囲のホウ素、0.0007〜0.0030重量%の範囲のカルシウム、および0.001〜0.006重量%の範囲の窒素を含む。
【0014】
好ましい実施形態では、高強度鋼中の炭素およびマンガンの含有量の合計は、1.10〜1.24重量%の範囲、より好ましくは1.11〜1.23重量%の範囲、1.12〜1.22重量%の範囲、1.13〜1.21重量%の範囲、または1.14〜1.20重量%の範囲にある。
【0015】
本発明の高強度鋼は、好ましくは、高い最小降伏強度R
eHまたはR
p0.2を特徴とする。最小降伏強度とは、本発明の鋼が一軸およびトルクフリー引張応力下で塑性変形を示さない応力を意味する。好ましくは、本発明の鋼の最小降伏点は、少なくとも1300MPa、より好ましくは少なくとも1350MPa、少なくとも1370MPa、少なくとも1400MPa、少なくとも1440MPa、少なくとも1480MPa、または少なくとも1500MPaである。好ましくは、本発明の高強度鋼の最小降伏強度は、圧延方向に対して横方向に決定され、DIN EN ISO 6892−1/方法Bに従って決定される。
【0016】
加えて、本発明の鋼は、好ましくは、高い引張強度R
mを特徴とする。引張強度は、破断または引き裂き前に鋼が耐える最大機械的引張応力を指す。好ましくは、本発明の鋼の引張強度R
mは、少なくとも1400MPa、より好ましくは少なくとも1480MPa、少なくとも1500MPa、少なくとも1550MPa、少なくとも1580MPa、少なくとも1600MPa、または少なくとも1650MPaである。他の好ましい実施形態において、本発明の鋼の引張応力R
mは、1400〜1700MPaの範囲にある。好ましくは、本発明の高強度鋼の引張強度は、圧延方向に対して横方向に決定され、DIN EN ISO 6892−1/方法Bに従って決定される。
【0017】
さらに、本発明の鋼は、好ましくは、破断後の高い最小伸びAを特徴とする。破断後の最小伸びAは、破断後の鋼の残留伸展を示す材料特性である。好ましくは、破断後の最小伸びAは、DIN EN ISO 6892−1/方法Bに従って決定される。好ましくは、本発明の鋼の破断後の最小伸びAは、少なくとも8%、より好ましくは少なくとも9%、少なくとも10%、少なくとも11%、少なくとも12%、または少なくとも13%である。
【0018】
好ましくは、本発明の鋼は良好な靱性特性を特徴とする。材料の靱性特性の特徴は、例えば、ノッチ衝撃エネルギーAvである。ノッチ衝撃エネルギーAvは、材料の完全な破壊までに消費されるエネルギーを指す。本発明の鋼のノッチ衝撃エネルギーAvは、DIN EN ISO 148−1によるシャルピーV試験によって決定される。試料が圧延方向に対して長手方向に整列されている場合に試験温度−40℃でのノッチ衝撃エネルギーAvは、少なくとも30Jである。試料が圧延方向に対して横方向に整列される場合に試験温度−40℃でのノッチ衝撃エネルギーAvは、少なくとも27J、より好ましくは少なくとも30J、少なくとも40J、少なくとも50J、少なくとも60J、または少なくとも70Jである。試料が圧延方向に対して横方向に整列される場合に試験温度−60℃におけるノッチ衝撃エネルギーAvは、好ましくは少なくとも27J、より好ましくは少なくとも30J、少なくとも40J、少なくとも50J、少なくとも60J、または少なくとも70Jである。
【0019】
本発明の鋼は、好ましくは、微量のバナジウムを備え、主に均一に分布したナノ炭化物析出物(Nb、Mo)Cまたは(
Nb、Mo)Cを有するマルテンサイト針状結晶からなるマルテンサイト微細組織を有する。本発明の鋼がこのようなナノ炭化物析出物を有する場合、これらは、好ましくは平均直径が1〜10nmの範囲、より好ましくは2〜8nmの範囲、3〜8nmの範囲、または3.0〜5.0nmの範囲にある。より好ましくは、ナノ炭化物析出物の平均直径は4nmである。
【0020】
驚くべきことに、本発明の鋼中に確立されたマルテンサイト微細組織は、主に均質に分布したナノ炭化物析出物と組み合わせて、同時に良好な成形特性を有する非常に良好な強度および靱性特性をもたらすことが見出された。本発明の鋼の優れた特性プロファイルの確立のために特に重要なことは、特定の焼入れ処理であり、これは、材料の化学組成の選択と組み合わせて、単一または複数の焼入れ操作、その後短時間の焼戻しの形態で達成される。
【0021】
0.23%〜0.25重量%の炭素含有量は、特に、対応する強度特性を有するマルテンサイト微細組織を確立するために、鋼の焼入れに必要であることが好ましい。マルテンサイトの硬度または強度は、炭素含有量の増加とともに増加する。所望の強度特性を達成するためには、少なくとも0.23重量%の炭素含有量が必要である。鋼の炭素含有量は、炭素含有量が高いと、溶接挙動および冷間成形性に関する加工特性に悪影響を与えるので、0.25重量%以下に制限される。
【0022】
珪素は、好ましくは、鋼の製造において脱酸素剤として使用される。第二に、この元素は、強度特性の向上に寄与するのが好ましい。さらに、珪素は、炭素、マンガン、クロム、モリブデン、ニッケルおよびバナジウムと共に、好ましくはAc3変態温度に直接影響を及ぼす元素である。変態温度は、材料が相変化を受ける温度、または変態が温度範囲内で進行する場合の変態が開始または終了する温度を指す。鋼の場合、Ac3温度は特に重要なものである。これは、オーステナイトへのフェライトの転化が加熱操作で終了する温度を指す。オーステナイトは、純鉄とその固溶体の面心立方晶変態の名称である。要求される強度特性を達成するためには、少なくとも0.15重量%の珪素が本発明の鋼に必要とされる。鋼に添加する珪素の量が多すぎると、これは溶接特性、成形能力、および靱性特性に悪影響を与える。本発明の鋼の珪素含有量は、0.35重量%以下であり、これは、この珪素含有量まで、好ましくは靱性特性および溶接特性をさらにわずかに有利に達成することができるためである。
【0023】
マンガンは、好ましくは機械的および技術的な材料特性を改善するための安価な合金元素として、細粒構造用鋼に使用される。本発明の鋼では、必要な降伏強度および材料強度レベルを達成するために、0.85重量%のマンガンの最小含有量が必要とされる。>1.0重量%のより高いマンガン含有量は、鋼の靱性特性および冷間成形特性に悪影響を与える粗いプレートマルテンサイトを含むことが可能である、好ましくないマルテンサイト構造をもたらす可能性がある。さらに、より高いマンガン含有量の添加は、炭素当量CETを増加させ、これは次に、鋼の溶接特性および成形特性に悪影響を与える。さらに、マンガンの含有量が高いと、好ましくない偏析特性をもたらす。偏析は、固溶体内の特定の元素の局所的な増加または減少を直接もたらす可能性がある溶融物の分離を指す。したがって、良好な強度および靱性特性を有する微細に構造化されたマルテンサイト微細組織を確立するためには、マンガン含有量の上限を1.0重量%に制限することが好ましい。
【0024】
欧州特許第2267177号明細書に記載された鋼と比較して本発明の鋼の化学組成に関する本質的に際立った特徴は、良好な靱性および強度特性を有するマルテンサイト焼入れ微細組織の確立のためには、好ましくは、0.23〜0.25重量%の範囲の高炭素含有率および0.85〜1.0重量%の範囲の低マンガン含有量が確立されなければならないということである。既に記載したように、対応する強度値を有する純粋なマルテンサイト微細組織の確立のためには、好ましくは、0.23〜0.25重量%の範囲の炭素含有量が、つり合ったマンガン含有量と併せて必要とされる。粗いプレートマルテンサイトを有する好ましくない、特に高い靱性が低減した微細組織の形成を防止するために、炭素含有量が0.23〜0.25重量%の範囲にある場合に、つり合った0.85〜1.0重量%の範囲にあるマンガン含有量が好ましくは観察されるべきである。マンガンと炭素の元素をつり合わせて組み合わせて、非常に良好な靱性および強度特性を有する最適化された微細組織が生じる。したがって、本発明によれば、炭素とマンガンの含有量の合計は、少なくとも1.08重量%であり、多くとも1.25重量%である。例えば−40℃の低温で特に良好な靱性特性を有する高強度微細組織を確立するためには、炭素とマンガンの含有量の合計が、1.17重量%以下である状態を順守することが特に好ましい。
【0025】
鉄の随伴としてのリンは、非常に顕著な靱性低減効果を有し、構造用鋼および細粒構造用鋼において、望ましくない付随元素の1つである。さらに、リンは、溶融物の凝固に著しい偏析を生じさせる可能性がある。したがって、元素のリンは、本発明の鋼において≦0.012重量%、好ましくは≦0.010重量%、より好ましくは≦0.008重量%、≦0.006重量%、または≦0.004重量%に制限される。
【0026】
硫黄は、ノッチ耐衝撃性および成形性または冷間成形特性を悪化させる望ましくない付随元素である。未処理の鋼の場合、硫黄は凝固後に硫化マンガン系介在物の形態をとり、圧延の際に厚板を圧延方向に平行にまたは線の形態で引き延ばし、材料特性、特に材料の等方性(圧延方向を横断する靱性特性)に非常に好ましくない影響を及ぼす。したがって、本発明の鋼の硫黄含有量は、≦0.003重量%に制限されることが好ましく、制御されたカルシウム処理によって低減されることが好ましい。カルシウム処理は、硫化物形態(球状形態)の制御された影響のためにさらに好ましく使用される。
【0027】
アルミニウムは、本発明の鋼において、0.07〜0.10重量%の範囲の含有量で、好ましくは脱酸素剤およびマイクロ合金元素の両方として使用される。脱酸素剤として、それは、好ましくは0.0020〜0.0035重量%の含有量で存在するホウ素がその強度増大効果を発揮できるように、鋼中に存在する窒素の結合に寄与することが好ましい。さらに、細粒化のためのマイクロ合金元素としてアルミニウムを用いることが好ましい。オーステナイト結晶粒径に対する制御された影響のために鋼に添加される全ての元素のうち、アルミニウムが最も効果的である。AlN粒子の微細分散は、オーステナイト粒成長を効果的に抑制することが好ましい。さらに、アルミニウムは、好ましくは鋼の時効安定性を高め、ブローホールおよび偏析を減少させることが好ましい。ブローホールとは、鋳物の凝固過程で形成される空洞のことをいう。鋼中に所望の細粒化を確立するために、アルミニウム含有量は少なくとも0.07重量%である。さらに、このアルミニウム含有量は、鋼の靱性特性および冷間成形特性に好ましい効果を有する。アルミニウム含有量は最大で0.1重量%であり、これは、アルミニウム含有量が0.1重量%より高いことは、遊離アルミニウムをもたらす可能性があり、望ましくない酸化アルミニウムの形成の危険性を増加させるからである。
【0028】
0.65〜0.75重量%の含有量のクロムは、オーステナイトの焼入れ性を改善することが好ましい。その炭化物形成効果により、クロムは鋼の強度特性を支持することが好ましい。このため、少なくとも0.65重量%のクロムが必要である。さらに、元素クロムの添加は、鋼の貫通焼入れ性(through−hardenability)に好ましい影響を及ぼし、ひいては耐摩耗性も増加させる。より高いクロム含有量の添加は、靱性特性を低下させ、炭素当量CETの増加の結果として、溶接特性に悪影響を与える。したがって、本発明によれば、クロム含有量の範囲の上限は0.75重量%に制限される。
【0029】
銅は、望ましくない付随元素の1つである。好ましくは、銅含有量は≦0.1重量%に制限される。
【0030】
0.02〜0.03重量%の含有量のニオブは、好ましくは窒素に結合するのに役立つ。さらに、ニオブは、オーステナイト細粒化を促進するために、本発明の鋼中に存在することが好ましく、オーステナイト中に微細に分布されたニオブ炭窒化物は、粒成長を効果的に防止し、したがって、鋼の強度および靱性特性に好ましい効果を有する。本発明の鋼のニオブ含有量は、靱性に有害な炭化ニオブの生成を防止するために、0.03重量%以下に制限される。ニオブは、好ましくは0.02重量%以上の含有量で有効である。水焼入れおよび焼戻し鋼におけるニオブの使用に関する研究は、機械的特性に対するニオブの好ましい影響が、0.02〜0.03重量%の含有量で達成され得ることを示した。水焼入れおよび焼戻し鋼における0.02〜0.03重量%の含有量のニオブは、その細粒化効果により、強度および靱性特性に好ましい影響を及ぼすことが知られている。さらに、マイクロ合金ホウ素鋼中のニオブは、純度の向上に寄与し、溶接継目の靱性特性に好ましい影響を与える。
【0031】
モリブデンは、0.55〜0.65重量%の含有量で本発明の鋼の合金に添加され、好ましくは強度を増加させ、貫通焼入れ性(through−hardenability)を改善する。この目的のために、少なくとも0.55重量%のモリブデン含有量が必要である。さらに、モリブデンは、好ましくは、鋼の耐焼戻し性を改善し、熱間強度および靱性特性に好ましい効果を有する。モリブデンは、水焼入れおよび焼戻しされた細粒構造用鋼では、降伏強度および靱性を高めるために炭化物形成剤として0.7重量%以下の含有量で使用されることが好ましい。モリブデン含有量が高いほど、炭素当量CETが増加し、溶接特性に悪影響を及ぼす。したがって、最適な溶接特性のために、本発明の鋼のモリブデン含有量は0.65重量%以下に制限される。
【0032】
鉄の随伴としての窒素は、原子形態で鋼の機械的性質に有害である。したがって、熱分析用の本発明の鋼の窒素含有量は、≦0.006重量%に限定することが好ましい。好ましくは、本発明の鋼中の窒素含有量は、0.001〜0.006重量%の範囲にある。アルミニウムの添加の結果として、本発明の鋼の溶融物中に存在する窒素は、好ましくは結合して、難溶性の窒化物(AlN)を与える。
【0033】
好ましくは、本発明の鋼中のチタン含有量は≦0.008重量%に制限される。
【0034】
バナジウムは、0.035〜0.05重量%の含有量で、好ましくは細粒化、ならびに降伏強度および材料強度レベルを高めるために、本発明の鋼に添加される。バナジウム炭窒化物の析出物は、細粒化効果と同様に、顕著な析出硬化効果も有する。バナジウム含有量が高いほど靱性特性が低下するため、本発明の鋼のバナジウム含有量は0.05重量%以下である。
【0035】
1.10〜1.30重量%の含有量のニッケルの添加は、好ましくは、材料強度および降伏強度レベルを達成するために必要とされる。さらに、ニッケルは、焼入れおよび焼戻し操作が材料に浸透する程度を高めることが好ましい。より高いニッケル含有量は鋼の強度特性にわずかな影響しか及ぼさないが、これは靱性特性の改善をもたらす。したがって、鋼の必要な靱性値を−60℃まで確立するには、ニッケル最小含有量が≧1.10重量%である必要がある。ニッケル含有量が高いほど炭素当量CETが増加し、溶接特性に悪影響を及ぼす。したがって、本発明の鋼のニッケル含有量は1.30重量%以下である。
【0036】
好ましくは、原子状のマイクロ合金元素であるホウ素は、フェライトおよび/またはベイナイトへの微細組織変態を遅延させ、細粒構造用鋼の焼入れ性および強度を改善する。しかしながら、このようなホウ素の作用状態は、窒素が強力な窒化物形成剤によって安定に結合されている場合にのみ利用することができる。焼入れ性および強度を高めるために、0.0020〜0.0035重量%の範囲のホウ素含有量が本発明の鋼において合金に添加される。窒素は、好ましくは、元素アルミニウムおよびニオブによって結合される。本発明の鋼のホウ素含有量は、0.0035重量%以下に制限され、それは、ホウ素含有量が増加するにつれて強度増強効果が最初に増大し、最大値を超えると再び下がるからである。
【0037】
錫は、望ましくない付随元素の1つである。好ましくは、本発明の鋼中のスズ含有量は≦0.03重量%である。
【0038】
元素水素は、好ましくは減圧処理によって、好ましくは≦2.0ppmの含有量まで低減される。
【0039】
砒素は、望ましくない付随元素の一つであり、したがって、本発明の鋼中の砒素の含有量は、≦0.01重量%であることが好ましい。
【0040】
カルシウムは溶融物に好ましくは脱硫剤として添加され、制御された方法で硫化物の形態に影響を与え、好ましくは熱形成における硫化物の可塑性に変化をもたらす。さらに、カルシウムの添加は、本発明の鋼の冷間成形特性を改善することも好ましい。したがって、本発明の平鋼製品のカルシウム含有量は、好ましくは0.0007〜0.0030重量%である。
【0041】
コバルトは、鋼の製造プロセスからの不可避付随元素の1つである。本発明の鋼中のその含有量は、≦0.01重量%であることが好ましい。
【0042】
鋼の溶接特性は、様々な炭素当量を参照して説明することができる。材料科学における炭素当量は、鋼の溶接適性の評価のための尺度である。鋼中の炭素含有量および他の多くの合金元素はその特性に影響を及ぼす。したがって、溶接適性を評価するために、炭素当量は、炭素から数値の形態で得られるのと同様の方法で鋼の溶接適性に影響を及ぼす炭素含有量および元素の重量割合を集約する。炭素当量の値が低いことは、良好な溶接適性を意味する。処理厚さに応じた高い値は、材料の予熱を伴う。冷間割れおよび焼入れ割れは、マルテンサイト形成の結果として生じる可能性があるので、高いレベルの複雑さでのみワークピースを溶接することが可能である。炭素当量の算出には普遍的な方法はない。1つの可能な炭素当量は、Ito&BessyoによるPcmである。
【0043】
好ましい実施形態では、鋼はDIN EN ISO 643による>11のオーステナイト粒径を有する。
【0044】
好ましい実施形態では、本発明の鋼の炭素当量Pcmは、
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5[B]
として算出されることができ、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]および[B]は、重量%での高強度鋼中の各元素の質量割合であり、Pcmには以下が適用される:
0.38重量%<Pcm≦0.44重量%、より好ましくは0.38重量%<Pcm≦0.41重量%。
【0045】
さらなる炭素当量はKiharaによるCeqである。好ましい実施形態では、高強度鋼のCeqは、
Ceq=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4+[V]/14
として算出されることができ、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Ni]、[Cr]、[Mo]および[V]は、重量%での高強度鋼中の各元素の質量割合であり、Ceqには以下が適用される:
0.675重量%≦Ceq≦0.78重量%、より好ましくは0.69重量%≦Ceq≦0.72重量%。
【0046】
本発明の鋼は良好な溶接性を有する。高強度の細粒構造用鋼の溶接の前提条件は、溶接継手に亀裂がないことである。鋼または溶接材料が低温割れに敏感であるかどうかは、炭素当量CETの算出によって判断することができる。炭素と同様に、マンガン、クロム、モリブデン、バナジウム、銅、およびニッケルの元素は、冷間割れ特性を示す。
【0047】
好ましい実施形態では、CETは、
CET=[C]+([Mn]+[Mo])/10+([Cr]+[Cu])/20+[Ni]/40
として算出されることができ、ここで、[C]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Cu]および[Ni]は、重量%での高強度鋼中の各元素の質量割合であり、CETには以下が適用される:
0.43重量%≦CET≦0.49重量%、より好ましくは0.44重量%≦CET≦0.46重量%。
【0048】
より高度に合金化された鋼の場合、予熱は、冷間亀裂を回避するための効果的な対策として使用され、この場合、シーム領域の冷却は、好ましくは溶接中および/または溶接後に遅延される。好ましい実施形態では、高強度鋼の溶接に必要な最小予熱温度は、T
p(℃)=700CET+160tanh(d/35)+62HD
0.35+(53CET−32)Q−330として算出されることができ、ここで、dは溶接されるシートの厚さ(mm)であり、HDは溶接材料の水素含有量(cm
3/100g)であり、Qは溶接過程で導入される熱(kJ/mm)であり、T
pは220℃以下である必要がある。
【0049】
好ましくは、シーム領域を予熱することにより、制御された方法で過度の硬化をもたらすシーム領域におけるマルテンサイト形成を妨げることが可能である。ただし、鋼の製造者が規定する最大予熱温度または鋼の焼戻し温度を超えないようにする必要がある。
【0050】
好ましくは、本発明の鋼は、構造分野、一般に機械工学および/または電気工学で使用される。クレーンおよび移動式クレーン構造において本発明の鋼を使用することが特に好ましい。
【0051】
本発明のさらなる態様は、鋼製品を製造する方法に関し、方法は、以下のステップ:
(a)鉄の他に、以下の元素:
炭素:0.23〜0.25重量%;
珪素:0.15〜0.35重量%;
マンガン:0.85〜1.00重量%;
アルミニウム:0.07〜0.10重量%;
クロム:0.65〜0.75重量%:
ニオブ:0.02〜0.03重量%;
モリブデン:0.55〜0.65重量%;
バナジウム:0.035〜0.05重量%;
ニッケル:1.10〜1.30重量%;
ホウ素:0.0020〜0.0035重量%;
カルシウム:0.0007〜0.0030重量%
を含み、かつ、さらなる元素を含んでいてもよく、さらなる元素の最大含有量は、以下の通り:
リン:≦0.012重量%および/または
硫黄:≦0.003重量%;および/または
銅:≦0.10重量%;および/または
窒素:≦0.006重量%;および/または
チタン:≦0.008重量%;および/または
スズ:≦0.03重量%;および/または
水素:≦2.00ppm;および/または
砒素:≦0.01重量%;および/または
コバルト:≦0.01重量%
である鋼溶融物を製造するステップ、
(b)鋼溶融物の真空処理によって水素含有量を減少させるステップ、
(c)鋼溶融物を鋳造してスラブを形成するステップ、
(d)形成されたスラブを1100℃〜1250℃の範囲の温度に加熱するステップ、
(e)スラブを脱スケールするステップ、
(f)スラブを熱間圧延して平鋼製品を得るステップ、
(g)場合により平鋼製品を巻取る(巻取り温度は少なくとも800℃)ステップを含み、平鋼製品を得るためのスラブの熱間圧延における初期圧延温度は、1050℃〜1250℃の範囲にあり、最終圧延温度は≧880℃であり、Pcmには以下が適用される:0.38重量%<Pcm≦0.44重量%。
【0052】
本発明の高強度鋼に関連して上述した全ての好ましい実施形態は、本発明の方法に類似して適用されるので、繰り返さない。
【0053】
本発明の鋼溶融物は、リン、硫黄、銅、窒素、チタン、スズ、水素、砒素およびコバルトの元素の1つを追加的に含んでもよいことは当業者には明らかであろう。好ましくは、本発明の鋼中の窒素含有量は、0.001重量%〜0.006重量%の範囲にある。
【0054】
好ましい実施形態では、本発明の鋼溶融物は、0.23〜0.25重量%の範囲の炭素、0.15〜0.35重量%の範囲の珪素、0.85〜1.00重量%の範囲のマンガン、0.07〜0.10重量%の範囲のアルミニウム、0.65〜0.75重量%の範囲のクロム、0.02〜0.03重量%の範囲のニオブ、0.55〜0.65重量%の範囲のモリブデン、0.035〜0.05重量%の範囲のバナジウム、1.10〜1.30重量%の範囲のニッケル、0.0020〜0.0035重量%の範囲のホウ素、0.0007〜0.0030重量%の範囲のカルシウム、および0.001〜0.006重量%の範囲の窒素を含む。
【0055】
好ましくは、鋼溶融物は、転炉製鋼所で製造される。本発明の方法のステップ(b)において、鋼溶融物を真空処理して、水素含有量を好ましくは≦2.00ppmに低下させる。
【0056】
鋼の製造中に、凝固または圧延のために方向性を有する微細組織が生じ得る。圧延された基材の場合、そのとき、試料位置および試験方向に依存する挙動が、ノッチ衝撃曲げ試験において生じる。この異方性は主として伸長された硫化マンガンによって引き起こされる。それらの影響は劈開破壊の領域では小さく、転移温度もわずかにしか影響されないが、延性破壊の領域に明確な影響が示される。靱性特性の等方性の改善は、硫黄含有量を低下させること、および/または、より高い融点、それに対応して形態変化に対するより高い安定性を有する硫化物を付与するために硫黄を結合させることにより得られる。このような硫化物の形態への影響は、例えば、セリウム、チタンまたはジルコニウムによる処理によって発揮され得る。
【0057】
好ましくは、硫化物の形態に影響を及ぼして材料の異方性を減少させるための脱硫および制御されたカルシウム処理は、0.0007〜0.0030重量%の範囲のカルシウム含有量を有する鋼溶融物のカルシウム処理によって達成される。
【0058】
本発明の方法の工程(c)では、鋼溶融物が鋳造されて、連続鋳造プラント内でスラブを形成する。連続鋳造では、連続鋳造ストランドを固体ストランドシェルの形成により凝固させ、続いてストランドの中央方向に凝固させる。この間、凝固先端で合金元素が濃縮され得る。これらは、完全に凝固した溶融物においてコアの偏析を引き起こす可能性がある。偏析は、固溶体内の特定の元素の局所的な増加または減少を直接もたらす可能性がある溶融物の分離である。それらは溶融物が固体状態に移行する際に生じる。コアの偏析は、ストランドの断面にわたって不均一性および不均一な特性をもたらす可能性がある。スラブ内の偏析帯に好影響を及ぼすためには、軽圧法を用いるのが好ましい。これは、まだ不完全に凝固したストランド、したがって依然として液状のコアをも軽く圧延させることを含む。
【0059】
本発明の方法の工程(d)において、工程(c)で形成されたスラブは、好ましくは1100℃〜1250℃の範囲の温度、より好ましくは1200℃〜1250℃の範囲の温度に加熱される。好ましくは、ここでの加熱速度は1〜4K/分の範囲にある。
【0060】
ステップ(e)において、スラブは好ましくは脱スケールされる。好ましくは、スラブは、高圧スラブワッシャーで脱スケールされる。
【0061】
脱スケールは、高温で鋼の表面に形成され、好ましくは酸化鉄からなるスケール層を除去することを含む。脱スケールは、当業者に知られている慣用の方法、例えば酸洗い、ブラッシング、噴射、曲げによるスケール除去、または火炎洗浄によって影響され得る。好ましくは、脱スケールは、150〜300バールの範囲の圧力の水で達成される。
【0062】
本発明の方法のステップ(f)において、スラブは好ましくは熱間圧延されて平鋼製品を付与する。好ましくは、初期圧延温度は1050℃〜1200℃の範囲にある。最終圧延温度は、好ましくは≧880℃で1000℃未満である。好ましくは、各圧延パスにおいて、≧10%のドラフトeが達成される。好ましくは、各圧延パスのドラフトeは、10%〜50%の範囲にある。各圧延パスのドラフトeは、
e=(hE−hA)/hE*100%
の関係によって得られ、ここで、hEは、圧延スタンドに入る際、すなわち特定の圧延パスの開始前の圧延材の厚さ(mm)であり、hAは圧延スタンドから出た後、すなわち特定の圧延パス後の圧延材の厚さ(mm)である。
【0063】
好ましくは、80%〜98%の全体変形evが達成される。全体変形evは、以下の関係
ev=(h0−h1)/h0*100%
によって決定され、ここで、h0は全圧延操作の開始前、すなわち最初の圧延パスの前の圧延材の厚さ(mm)であり、h1は全圧延操作後、すなわち最後の圧延パス後の圧延材の厚さ(mm)である。
【0064】
好ましくは、平鋼製品を得るためのスラブの熱間圧延は、好ましくは2段または4段圧延スタンドを有するプレート圧延機、およびいくつかの圧延スタンドを備えた任意の下流仕上げトレインで、または予備圧延スタンドおよび最高7つの圧延スタンドを有する仕上げトレインからなる熱間圧延機を用いて逆転して達成される。
【0065】
好ましい実施形態では、本発明の平鋼製品は、熱間圧延の直後で圧延から依然として熱いうちに、少なくとも1回の焼入れ処理を施され、焼入れ処理は、平鋼製品を200℃未満の温度に急冷することを含み、冷却速度は少なくとも25K/sである。平鋼製品が、熱間圧延の直後で圧延から依然として熱いうちに、少なくとも1回の焼入れ処理を施される場合、平鋼製品は、特に、さらに加熱することなく熱処理を施される。この場合、熱間圧延後の平鋼製品は、最終圧延温度が少なくとも860℃であることが好ましい。
【0066】
他の好ましい実施形態では、熱間圧延後の平鋼製品は、少なくとも1つの焼入れ処理を施され、焼入れ処理は、以下のステップ:
(i)平鋼製品を、本発明の鋼のAc3温度より少なくとも40K高いオーステナイト化温度に加熱し、Ac3温度は、
Ac3[℃]=902−255*[C]+19*[Si]−11*[Mn]−5*[Cr]+13*[Mo]−20*[Ni]+55*[V]
として算出されることができ、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Ni]および[V]は、重量%での高強度鋼中の各元素の質量割合であるステップ、
(ii)冷却速度が少なくとも25K/sとなるように平鋼製品を200℃未満の温度まで急冷するステップを含む。
【0067】
Ac3温度は、加熱中にオーステナイトへのフェライトの変態が終了する鋼の変態温度を示す。Ac3は、
Ac3[℃]=902−255*[C]+19*[Si]−11*[Mn]−5*[Cr]+13*[Mo]−20*[Ni]+55*[V]
としてのHougardyによる近似値として算出されることができ、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Ni]および[V]は、重量%での高強度鋼中のそれぞれの元素の質量割合である。
【0068】
特に、熱間圧延後に平鋼製品が冷却する場合には、平鋼製品の焼入れ処理のためのオーステナイト化温度への加熱が必要である。好ましくは、焼入れ処理のための平鋼製品は、最初に、材料の完全なオーステナイト化を達成するために、本発明の鋼のAc3温度より少なくとも40K高いオーステナイト化まで加熱される。好ましくは、焼入れ処理のための平鋼製品は、860℃〜920℃以下の範囲のオーステナイト化温度、より好ましくは870℃〜920℃の範囲のオーステナイト化温度にされる。
【0069】
加熱後、少なくとも70%のマルテンサイト、好ましくは80%のマルテンサイト、より好ましくは90%のマルテンサイト、最も好ましくは100%のマルテンサイトが形成するのに十分な速さで、平鋼製品を適切な急冷媒体中で急冷する。適切な急冷媒体は、例えば、水または油である。本発明の平鋼製品は、急速に、すなわち少なくとも25K/sの冷却速度で、オーステナイト化温度から200℃以下の温度まで冷却される。好ましくは、800℃から500℃まででは、冷却速度は、少なくとも25K/s、より好ましくは少なくとも50K/s、少なくとも100K/s、少なくとも150K/sまたは少なくとも200K/sが必要である。
【0070】
好ましい実施形態では、焼入れ処理後の平鋼製品は、圧延から依然として熱いうちに、少なくとも1回のさらなる焼入れ処理を施され、焼入れ処理は以下のステップ:
(i)平鋼製品を、本発明の鋼のAc3温度より少なくとも40K高いオーステナイト化温度に加熱し、Ac3温度は、
Ac3[℃]=902−255*[C]+19*[Si]−11*[Mn]−5*[Cr]+13*[Mo]−20*[Ni]+55*[V]
として算出されることができ、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Ni]および[V]は、重量%での高強度鋼中の各元素の質量割合であるステップ、
(ii)冷却速度が少なくとも25K/sとなるように平鋼製品を200℃未満の温度まで急冷するステップを含む。
【0071】
欧州特許第2267177号明細書から知られている平鋼製品との大きな相違点は、均一オーステナイト化のための本発明の平鋼製品の最小オーステナイト化温度が860℃以上であることが好ましいことである。860℃未満の低いオーステナイト化温度は、本発明の平鋼製品の均衡のとれた化学組成と組み合わせて、優先的に防止されるべき望ましくない部分オーステナイト化をもたらす。さらに、オーステナイト温度は、より高温がオーステナイト粒成長を促進し、機械的および技術的特性の低下を招くので、好ましくは≦920℃であるべきである。研究により、本発明の平鋼製品の最適オーステナイト化温度は、好ましくは約880℃であることが示されている。
【0072】
オーステナイト化温度とともに、オーステナイト粒成長は、温度が好ましくはオーステナイト粒成長により大きな影響を与えるものの、オーステナイト化時間の影響を受けることも好ましい。好ましい実施形態では、本発明の平鋼製品のオーステナイト化温度での保持時間は、60分以下、好ましくは30分以下または15分以下である。
【0073】
好ましい実施形態では、平鋼製品の焼入れ処理は繰り返して、特に2または3回繰り返して達成される。好ましくは、焼入れ操作の制御された反復は、制御された方法で、本発明の平鋼製品の細粒化に影響を与え、好ましくは、DIN EN ISO 643による1粒径クラスによってそれを改善する。好ましくは、第2の焼入れ処理は、オーステナイト細粒化の効果により、改善された機械的および技術的特性を有する非常に微細なマルテンサイト微細組織をもたらす。
【0074】
第1の焼入れ処理では、平鋼製品は、圧延から依然として熱いうちに焼入れ処理を施されることができ、または、平鋼製品は、最初に本発明の鋼のAc3温度よりも少なくとも40K高いオーステナイト化温度まで加熱され、次いで焼入れ処理を施されることができる。さらなる焼入れ処理のたびに、本発明の鋼のAc3温度より少なくとも40K高いオーステナイト化温度に平鋼製品をまず加熱し、次に焼入れ処理を施す。
【0075】
好ましい実施形態では、平鋼製品は焼入れ処理後に焼戻され、焼戻し処理における保持時間は15分未満であり、焼戻し処理の温度がAc1温度未満であり、Ac1温度は、
Ac1[℃]=739−22*[C]+2*[Si]−7*[Mn]+14*[Cr]+13*[Mo]−13*[Ni]+20*[V]
としてのHougardyによる近似値として算出され、ここで、[C]、[Si]、[Mn]、[Cr]、[Mo]、[Ni]および[V]は、重量%での高強度鋼中のそれぞれの元素の質量割合である。
【0076】
Ac1温度は、オーステナイトの生成が始まる鋼の加熱過程における変態温度を示す。好ましい実施形態では、保持時間は10分以下である。
【0077】
焼戻しは、本発明の平鋼製品をその特性に影響を及ぼすために制御された方法で加熱する熱処理を含む。好ましくは、微細に分散されたマルテンサイト微細組織の焼戻しは、150℃〜300℃の温度範囲、より好ましくは225℃〜275℃の範囲で達成される。好ましくは、微細に分散されたマルテンサイト微細組織の短時間の焼戻しは、強度と靱性の最適な組み合わせを確立し、靱性特性に有利な強度の一定の低下を受け入れることが必要である。
【0078】
好ましくは、本発明の平鋼製品は、2回焼入れされ、焼戻される。より好ましくは、本発明の平鋼製品は、3回焼入れされ、焼戻される。
【0079】
好ましくは、本発明の平鋼製品の最初の焼入れ処理の後、DIN EN ISO 643による粒径クラス12の
旧オーステナイト粒径が達成される。
旧オーステナイト粒径は、処理前に存在するオーステナイト粒径を意味すると理解される。本発明の平鋼製品が第2の焼入れ処理または2回焼入れを施される場合、これは、好ましくは、粒径をさらに半分にする効果を有し、好ましくはDIN EN ISO 643による粒径クラス13の
旧オーステナイト粒径が確立される。細粒化は、機械的および技術的特性の改善、特に降伏強度レベルおよび靱性レベルの向上に寄与するのが好ましい。好ましくは、焼入れ処理後の本発明の平鋼製品の最小降伏強度は、少なくとも1300MPa、より好ましくは少なくとも1350MPa、少なくとも1370MPa、少なくとも1400MPa、少なくとも1440MPa、少なくとも1480MPaまたは少なくとも1500MPaである。好ましくは、焼入れ処理後の本発明の平鋼製品の引張強度は、少なくとも1400MPa、より好ましくは少なくとも1480MPa、少なくとも1500MPa、少なくとも1550MPa、少なくとも1580MPa、少なくとも1600MPa、または少なくとも1650MPaである。
【0080】
好ましい実施形態では、本発明の平鋼製品は、焼入れ処理の前に、DIN EN ISO 643(05.2013)またはG 0551(2005)による>11の
旧オーステナイト粒径を有し、これは、特に、均質な強度および靱性特性を有する微細に分散されたマルテンサイト微細組織をもたらす。このように、本発明の平鋼製品は、欧州特許第2267177号明細書から知られている平鋼製品と比較して、より微細な
旧オーステナイト粒を有する。
【0081】
好ましい実施形態では、本発明の平鋼製品は、好ましくは、圧延から依然として熱いうちに、適切な水冷装置によって最後の圧延パスの直後に焼入れされる。これは、本発明の平鋼製品を、急速に、すなわち、少なくとも25K/sの冷却速度で、≧880℃の最終圧延温度から200℃以下の温度まで急冷する。好ましくは、800℃から500℃までの冷却速度は、少なくとも25K/s、好ましくは少なくとも50K/s、より好ましくは少なくとも100K/s、少なくとも150K/sまたは少なくとも200K/sである。
【0082】
熱間圧延機によって熱間圧延を達成する場合、本発明の方法のステップ(g)では、平鋼製品を巻取ることが可能である。巻取りは、圧延された平鋼製品の巻取りを指し、コイルは、巻取られた金属片の用語である。好ましい実施形態では、本発明の平鋼製品が巻取られ、巻取り温度は少なくとも800℃である。
【0083】
他の好ましい実施形態では、熱延鋼板は、まだ圧延から熱いうちに、水によって≦200℃の温度に急冷される。
【0084】
欧州特許第2267177号明細書から知られている平鋼製品と比較して本発明の平鋼製品のさらなる際立った特徴は、3.0mmから40.0mmのシート厚さおよび3900mmまでのシート幅で本発明を製造できることである。
【0085】
好ましい実施形態では、平鋼製品のシート厚さは、3.0mm〜40.0mmの範囲、より好ましくは4.0〜15.0mmの範囲にある。
【0086】
好ましくは、本発明の平鋼製品のシート幅は≦3900mmである。
【0087】
本発明の平鋼製品の製造のためには、好ましくは、0.23〜0.25重量%の範囲の比較的高い炭素含有量が要求され、好ましくは、40.0mm以下のシート厚まで適切な強度特性を有する好ましくは純粋なマルテンサイト微細組織を確立するために、クロム、ニッケル、マンガンおよびモリブデン元素の調整された分析プロファイルと組み合わせて要求される。炭素含有量の減少は、比較的低いシート厚さのみが純粋なマルテンサイト微細組織からなるように、ベイナイト形成の開始をより短い冷却時間にシフトさせる。より高いシート厚さでは、マルテンサイトおよび異なるベイナイト含有量からなる望ましくない混合微細組織を有することになり、これは、次に、本発明の平鋼製品の機械的および技術的特性に悪影響を与える。
【0088】
以下、実施例を挙げて本発明を説明する。
【0089】
系統的な実験および使用試験では、合計6つの鋼溶融物を製造し、その化学組成は表1に明記されている。さらに、炭素当量CET、PcmおよびCeqを溶融物について算出した。鋼溶融物A、B、C、DおよびEを実験室で製造し、鋼溶融物Fを研究において試験した。鋼溶融物A、B、CおよびDは比較例として含まれた溶融物である。溶融物EおよびFのみが、本発明の平鋼製品に関する。全ての鋼溶融物をスラブに鋳造し、次いで4K/分の加熱速度で表2に従ってスラブ温度まで加熱し、圧延前に200バールの圧力で水で脱スケールし、次いで10%〜50%のドラフトeおよび81%〜98%の全体変形evで圧延して、平鋼製品を付与する。圧延後、平鋼製品を空気中または静止して積み重ねて冷却した。熱処理のために、平鋼製品を表3に従ってオーステナイト化温度に加熱し、この温度で15分間保持し、次いでオーステナイト化温度から水で冷却停止温度まで急冷した。いくつかの平鋼製品を、表5に従って焼戻し温度に加熱し、焼戻し温度で10分間保持し、次いで空気下で冷却した。最初の焼入れ処理後の他の平鋼製品を、表4に従ってオーステナイト化温度に再び加熱し、このオーステナイト化温度で15分間保持し、次いで水でオーステナイト化温度から200℃未満の冷却停止温度まで急冷し、表5による温度で10分間の保持時間およびその後の空冷で焼戻し処理を施した。焼戻しに先立って、2回焼入れされた平鋼製品のいくつかを、表5に従って第3の熱処理、およびそれぞれの場合に15分間のオーステナイト化時間を施した。3回焼入れされた平鋼製品の焼戻しは、表5に従った温度で、それぞれの場合に10分の保持時間、その後空気冷却を実施した。鋼A〜Fから製造された平鋼製品のそれぞれに、対応する試料番号を付与した。製造された平鋼製品の焼入れおよび焼戻し処理のための圧延および熱処理パラメータは、表2〜5に示す。
【0090】
製造された平鋼製品についての引張試験およびノッチ衝撃曲げ試験からの機械的特性ならびに表面硬度および
旧オーステナイト粒径を表6に示す。表6に報告されているオーステナイト粒径は、
旧オーステナイト粒径である。
【0091】
旧オーステナイト粒径の決定は、1回から3回焼入れされた状態で平鋼製品から得られた縦断面についてDIN EN ISO 643に従って達成される。エッチングは、濃縮ピクリン酸でのBechet−Beaujard法で行った。
【0092】
降伏強度Rp0.2、引張強度R
mおよび破断点伸びAを決定するための引張試験を、横断試料についてDIN EN ISO 6892−1に従って実施した。−20℃、−40℃および−60℃の試験温度におけるノッチ衝撃エネルギーAvを決定するためのノッチ衝撃曲げ試験を、横断試料についてDIN EN ISO 148−1に従って実施した。硬さの値が報告される場合、これらはブリネル硬さである。硬さは、シート表面の約1mm下で測定され、DIN EN ISO 6506−1に従って決定される。
【0093】
表7は、鋼A、B、C、D、EおよびFから製造された各平鋼製品について、熱処理状態、微細組織、最終評価および冷間成形特性の評価を示す。
【0094】
微細組織の研究は、平鋼製品から採取され、Nitalでエッチングされた縦断面について、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡法によって達成された。微細構造状態および析出状態の両方を決定するために、電界放出透過型電子顕微鏡(FE−TEM)を使用した。従来の明視野イメージングと同様に、明視野STEMモード(STEM、走査透過型電子顕微鏡)および暗視野STEMモードを採用した。冷間成形特性は、DIN EN ISO 7438による曲げ試験によって、曲げ線が直角でかつ圧延方向に平行であり、曲げ角度≧90°で試験した。
【0095】
既に記載したように、溶融物A〜Dを実験室で製造し、比較例として含めた。本発明の平鋼製品(鋼溶融物EおよびF)の分析と比較して、これらの溶融物は、より低い炭素含有量を有し、これはより低い降伏強度および引張強度レベルをもたらす。本発明の平鋼製品に要求される強度特性は、比較例の鋼溶融物によって満たされない。
【0096】
実験室で試験された鋼溶融物Eは、比較例と比較してより高い炭素含有量を有し、同時に十分な靱性を有する本発明の平鋼製品について所要の降伏強度および引張強度レベルが達成される。
【0097】
これらの知見に基づいて、本発明の平鋼製品に対して使用可能な溶融物Fを製造した。使用可能な溶融物Fの機械的および技術的特性を、880℃または920℃のオーステナイト化温度について、1回の焼入れおよび焼戻し(試料F1〜F11)後、2回の焼入れおよび焼戻し(試料F12〜F37)後、および3回の焼入れおよび焼戻し(試料38〜F50)後に決定し、表6および表7に示す。880℃(試料F7〜F11)または920℃(試料F1〜F6)のオーステナイト化温度での1回の焼入れ変形例および920℃(試料F12)のオーステナイト化温度での2回の焼入れ変形例について、焼戻し後、満足できる降伏強度および引張強度レベルが良好な靱性で達成した。これらの変形例の冷間成形特性は、全体的に満足できるものとして説明することができる。言及された変形例は、DIN EN ISO 643に従って、粒径クラスG〜12のオーステナイト粒径を有する。さらに、これらの変形例の場合、微量のバナジウムを含む(Nb、Mo)Cまたは(
Nb、Mo)Cの比較的粗い析出物を有する比較的粗いマルテンサイトプレートを検出することが可能であった。大部分の析出物の平均直径は約8nmである。残留オーステナイトは検出されなかったが、いくつかの針状セメンタイト(Fe
3C)が存在した。セメンタイトおよび粗い析出物は、炭素成分の微細組織を奪い、その中のマルテンサイトをより柔らかくする。したがって、これらの変形例は、880℃のオーステナイト化温度における2回焼入れ法および焼戻し(試料F13〜F37)と比較してより低い強度レベルを有する。
【0098】
試料F4と試料F12との比較、または試料F7〜F11と試料F13〜F37との比較は、それ以外の条件が同一である試料の場合、2回焼入れおよび焼戻しの変形例についての降伏強度、引張強度およびノッチ衝撃エネルギーは、1回焼入れおよび焼戻しに比べて改善されることを示している。試料F13〜F37と試料F38〜F50とを比較すると、2回焼入れおよび焼戻しの試料(F13〜F37)と比較して、
旧オーステナイト粒径のさらなる減少の結果として、3回焼入れおよび焼戻しの試料(F38〜F50)について、降伏強度および引張強度が再び増加することが示されている。
【0099】
試料F1〜F6と試料F7〜F11との比較、または試料F12と試料F35との比較は、それ以外の同一条件下で、920℃の高いオーステナイト化温度と比較して、880℃の比較的低いオーステナイト化温度を有する変形例について、降伏強度、引張強度および靱性の機械的特性が改善されることを示している。焼入れプロセスについて880℃のより低い温度で2回または3回焼入れおよびオーステナイト化をされた試料(試料F13〜F37)の場合、特に良好な結果および冷間成形特性の改善が達成可能であった。研究により、本発明の平鋼製品の
旧オーステナイト粒径は、DIN EN ISO 643によるG〜12からG〜13まで、最大1粒径クラスにより、それぞれ880℃のオーステナイト化温度での2回焼入れおよび焼戻しの方法で改善できることが示された(試料F13〜F37)。上述の熱処理方法は、本発明の平鋼製品の場合には、880℃のオーステナイト化温度と組み合わせて、超微細ナノ炭化物析出物を有する非常に微細なマルテンサイト針状凝集物の形成につながる。STEM暗視野表現を用いて、880℃のオーステナイト化温度での2回焼入れおよび焼戻しの方法後に、本発明の平鋼製品が非常に均質に分布したナノ炭化物析出物(Nb、Mo)Cまたは(Nb、Mo)Cを微量のバナジウムと共に含むことを示すことができた。ナノカーバイド析出物の大部分は、4nmの平均直径を有する。残留オーステナイトは検出されなかった。針状セメンタイト(Fe3C)は存在しなかった。
【0100】
非常に微細なマルテンサイト針状凝集物からなるマルテンサイト微細組織の特定のマトリックスは、本発明の平鋼製品中の非常に微細かつ均質に分布したナノ炭化物析出物と組み合わせて、良好な冷間加工性と同時に降伏強度および材料強度レベルの顕著な増加をもたらす。
【0101】
2回焼入れ(オーステナイト化温度880℃)および焼戻しの方法を選択した場合、1回焼入れ(オーステナイト化温度880℃)および焼戻しの変形例と比較して、本発明の平鋼製品の降伏強度および材料強度レベルは約60MPa高く、安定で良好なレベルの靱性を備えている。880℃のオーステナイト化温度での3回焼入れおよび焼戻しでも、880℃のオーステナイト化温度で2回焼入れおよび焼戻しの変形例に比較して、本発明の平鋼製品の降伏強度レベルを約60MPa高めることができ、やはり、引張強度および靱性の安定したレベルを備える。880℃のオーステナイト化温度での3回焼入れおよび焼戻しの特定の方法によって、好ましくは少なくとも1400MPaを超え、より好ましくは少なくとも1440MPaを超える最小降伏強度を確実に確立することさえ可能である。
【0102】
【表1】
【0103】
【表2】
【0104】
【表3】
【0105】
【表4】
【0106】
【表5】
【0107】
【表6】
サイズの小さい試料、すなわち10mm未満の厚さを有するシートから製造された試料の場合、ノッチ衝撃曲げ試験で吸収されたエネルギーは、完全な試料、すなわち10mmの厚さを有する試料に変換された。
サイズの小さい試料、すなわち10mm未満の厚さを有するシートから製造された試料の場合、ノッチ衝撃曲げ試験で吸収されたエネルギーは、完全な試料、すなわち10mmの厚さを有する試料に変換された。
【0108】
【表7】