特許第6631842号(P6631842)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6631842
(24)【登録日】2019年12月20日
(45)【発行日】2020年1月15日
(54)【発明の名称】酸化触媒、及び鉄化合物粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/80 20060101AFI20200106BHJP
   C01G 49/02 20060101ALI20200106BHJP
   B01J 37/04 20060101ALI20200106BHJP
   B01J 23/86 20060101ALI20200106BHJP
   B01J 23/889 20060101ALI20200106BHJP
   B01J 23/755 20060101ALI20200106BHJP
   B01J 23/75 20060101ALI20200106BHJP
   B01J 23/745 20060101ALI20200106BHJP
【FI】
   B01J23/80 M
   C01G49/02 A
   B01J37/04 102
   B01J23/86 M
   B01J23/889 M
   B01J23/755 M
   B01J23/75 M
   B01J23/745 M
【請求項の数】4
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-176591(P2016-176591)
(22)【出願日】2016年9月9日
(65)【公開番号】特開2017-119615(P2017-119615A)
(43)【公開日】2017年7月6日
【審査請求日】2017年12月12日
(31)【優先権主張番号】特願2015-254906(P2015-254906)
(32)【優先日】2015年12月25日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】特許業務法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】毛利 登美子
(72)【発明者】
【氏名】須田 明彦
(72)【発明者】
【氏名】森川 健志
【審査官】 手島 理
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−082091(JP,A)
【文献】 特開2008−208452(JP,A)
【文献】 特開2002−208399(JP,A)
【文献】 Corrosion Science,2001年,Vol.43,p.1727-1738
【文献】 Journal of Colloid and Interface Science,2002年,Vol.250,p.74-81
【文献】 Characterization of akaganeite synthesized in presence of Al3+, Cr3+, and Cu2+ ions and urea,Materials Chemisrtry and Physics,2008年,Vol.112,p.120-126
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 49/00−49/08
B01J 21/00−38/74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β−FeOOH結晶相と、該β−FeOOH結晶相にドープされたFe以外の金属元素とを含有し、
前記Fe以外の金属元素が、周期表第4〜12族に属するFe以外の3d及び4d遷移金属元素並びにAl元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であり、
前記Fe以外の金属元素とFe元素との原子比(Fe以外の金属元素/Fe元素)が0.001〜0.5であり、
下記条件(A)及び(B)の両方を満たす鉄化合物粒子からなることを特徴とする酸化触媒
(A)X線回折により測定された結晶子径が1〜60nmである。
(B)溶媒中において動的光散乱法により測定された平均粒子径が1〜600nmである。
【請求項2】
前記β−FeOOH結晶相の含有量が全鉄化合物結晶相に対して50〜100mol%であることを特徴とする請求項1に記載の酸化触媒
【請求項3】
一次粒子の形状がロッド状であり、一次粒子の長軸の平均長さが1〜50nmかつ長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)の平均値が3〜10であることを特徴とする請求項1又は2に記載の酸化触媒
【請求項4】
Feイオンと、周期表第4〜12族に属するFeイオン以外の3d及び4d遷移金属イオン並びにAlイオンからなる群から選択される少なくとも1種の金属イオンとを含有する原料溶液Aと、中和剤を含有する原料溶液Bとを混合して、pH1.8〜5.0のコロイド溶液を調製し、Fe以外の金属元素がドープされたβ−FeOOHの結晶相を有する鉄化合物粒子を得ることを特徴とする鉄化合物粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、β−FeOOH結晶相を有する鉄化合物粒子、その製造方法、及びこの鉄化合物粒子を用いた酸化触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
地球環境問題や化石燃料の枯渇問題の解決策の1つとして、水素エネルギーの利用や二酸化炭素の固定技術が注目されている。中でも、常温常圧下で水を水素と酸素に分解する水分解反応や水を電子源として用いる二酸化炭素の還元反応は、クリーンなエネルギー生成法として期待されている。これらの反応には、水の酸化反応:
2HO→O+4H+4e、1.23V(vs.RHE)
が必要不可欠であるが、反応効率が悪いため、水の酸化反応を促進する触媒が求められてきた。このような水の酸化触媒としては、従来から、酸化コバルト、酸化ルテニウム、酸化イリジウム等の酸化物が知られている。
【0003】
また、FeやFeOOH等の鉄化合物を利用した水の酸化触媒についても、近年、報告されている。しかしながら、FeやFeOOH等の鉄化合物がアモルファスである場合には、他の酸化物触媒に比べて酸化触媒活性が低いという問題があった。
【0004】
そこで、J.Mater.Chem A、2014年、第2巻、14957〜14962頁(非特許文献1)には、アモルファスのFeOOHにNi元素がドープされた酸化触媒が提案されている。この酸化触媒は、Niドープによって触媒活性が向上したものの、必ずしも十分に高い触媒活性を有するものではなかった。
【0005】
また、Hyperfine Interact、2014年、第224巻、239〜250頁(非特許文献2)には、Mn元素やCo元素がドープされたβ−FeOOHが提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】W.D.Chemelewskiら、J.Mater.Chem A、2014年、第2巻、14957〜14962頁
【非特許文献2】A.E.Tufoら、Hyperfine Interact、2014年、第224巻、239〜250頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、本発明者らは、非特許文献2で提案されているCo元素がドープされたβ−FeOOHについて検討したところ、酸化触媒としての活性が低いものであることを見出した。
【0008】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、酸化触媒活性に優れた鉄化合物粒子及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、非特許文献1に記載のNi元素がドープされたFeOOHにおいては、FeOOHは、アモルファスであるため、酸化触媒として十分に機能しておらず、また、pH7以上の条件下で調製しているため、Fe水酸化物とNi水酸化物とがそれぞれ独立して析出し、触媒としての均一性が低くなり、十分に高い酸化触媒活性が得られなかったと推察した。また、非特許文献2に記載のMn元素やCo元素がドープされたβ−FeOOHにおいては、粒子径が大きいため、十分に高い酸化触媒活性が得られなかったと推察した。
【0010】
そこで、本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、Feイオン及びFeイオン以外の金属イオンを含有する原料溶液と、中和剤を含有する溶液とを、pHが1.8〜5.0となるように混合することによって、Fe以外の金属元素がドープされたβ−FeOOH結晶相を有する鉄化合物粒子を得ることができ、しかも、その平均粒子径及び結晶子径のうちの少なくとも一方が小さくなることを見出し、さらに、この鉄化合物粒子が酸化触媒活性に優れていることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明の酸化触媒は、β−FeOOH結晶相と、該β−FeOOH結晶相にドープされたFe以外の金属元素とを含有し、
前記Fe以外の金属元素が、周期表第4〜12族に属するFe以外の3d及び4d遷移金属元素並びにAl元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素であり、
前記Fe以外の金属元素とFe元素との原子比(Fe以外の金属元素/Fe元素)が0.001〜0.5であり、
下記条件(A)及び(B)の両方を満たす鉄化合物粒子からなることを特徴とするものである。
(A)X線回折により測定された結晶子径が1〜60nmである。
(B)溶媒中において動的光散乱法により測定された平均粒子径が1〜600nmである。
【0012】
本発明の酸化触媒において、前記β−FeOOH結晶相の含有量は全鉄化合物結晶相に対して50〜100mol%であることが好ましい。また、一次粒子の形状がロッド状であり、一次粒子の長軸の平均長さが1〜50nmかつ長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)の平均値が3〜10であることが好ましい。
【0014】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法は、Feイオンと、周期表第4〜12族に属するFeイオン以外の3d及び4d遷移金属イオン並びにAlイオンからなる群から選択される少なくとも1種の金属イオンとを含有する原料溶液Aと、中和剤を含有する原料溶液Bとを混合して、pH1.8〜5.0のコロイド溶液を調製し、Fe以外の金属元素がドープされたβ−FeOOHの結晶相を有する鉄化合物粒子を得ることを特徴とする方法である。
【0015】
なお、本発明の鉄化合物粒子が酸化触媒活性に優れている理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは以下のように推察する。すなわち、本発明の鉄化合物粒子においては、β−FeOOH結晶相にFe以外の金属元素がドープされているため、Feサイトの電子状態が変化し、例えば、水の酸化反応の場合には、水酸基から電子を容易に引き抜くことが可能となり、或いは、反応中間体が吸着しやすくなり、金属元素がドープされていないβ−FeOOH結晶相に比べて、酸化反応が進行しやすくなると推察される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、酸化触媒活性に優れた鉄化合物粒子を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例3、比較例1及び比較例3で得られた溶液をカーボンペーパー上に担持した試料について測定したX線回折パターンを示すグラフである。
図2】実施例1で得られた鉄化合物粒子の走査透過電子顕微鏡写真である。
図3】比較例1で得られた鉄化合物粒子の走査透過電子顕微鏡写真である。
図4】実施例3で得られた鉄化合物粒子のエネルギー分散型X線分析結果を示す電子顕微鏡写真である。
図5】実施例で使用した酸化触媒活性評価装置を示す概略図である。
図6】実施例1〜3、6及び比較例1で得られた鉄化合物粒子の電流電位曲線を示すグラフである。
図7】実施例3で得られた鉄化合物粒子を用いた水分解反応におけるガス生成量の経時変化を示すグラフである。
図8】比較例1で得られた鉄化合物粒子を用いた水分解反応におけるガス生成量の経時変化を示すグラフである。
図9】実施例3及び比較例1で得られた鉄化合物粒子を用いた水分解反応における電流密度の経時変化を示すグラフである。
図10】実施例16〜18で得られた鉄化合物粒子の電流電位曲線を示すグラフである。
図11】実施例17で得られた鉄化合物粒子を用いた水分解反応におけるガス生成量の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0019】
先ず、本発明の鉄化合物粒子について説明する。本発明の鉄化合物粒子はβ−FeOOH結晶相を含有するものである。また、本発明の鉄化合物粒子においては、β−FeOOH結晶相以外の他の鉄化合物が含まれていてもよい。このような他の鉄化合物としては、α−FeOOH、γ−FeOOH、δ−FeOOH等の他のオキシ水酸化鉄結晶相、フェリヒドライト、FeO、Fe、Fe等の酸化鉄、水酸化物や鉄錆に含まれる成分、これらのアモルファス成分が挙げられる。
【0020】
本発明の鉄化合物粒子においては、β−FeOOH結晶相の含有量が、全ての鉄化合物結晶相に対して、50〜100mol%であることが好ましく、70〜100mol%であることがより好ましく、80〜100mol%であることが特に好ましい。β−FeOOH結晶相の含有量が前記下限未満になると、酸化触媒活性が低下する傾向にある。なお、本発明におけるβ−FeOOH結晶相の含有量は、鉄化合物粒子のX線回折パターンの2θ=30〜40°において観測される、各鉄化合物に由来する最も強度が高いピーク又は2番目に強度が高いピークの強度比から求められる値である。
【0021】
また、本発明の鉄化合物粒子は、このようなβ−FeOOH結晶相にドープされたFe以外の金属元素を含有するものである。これにより、金属元素がドープされていないβ−FeOOH結晶相に比べて、酸化触媒活性が向上する。また、前記Fe以外の金属元素は、その一部がドープされずにβ−FeOOH結晶相の周囲に担持されていてもよい。本発明にかかるFe以外の金属元素は、周期表第4〜12族に属するFe以外の3d及び4d遷移金属元素並びにAl元素からなる群から選択される少なくとも1種の金属元素である。これらの金属元素は、Fe元素と原子半径が近いため、容易にFe元素と置換したり、あるいは、β−FeOOH結晶格子内もしくは結晶粒界に取り込まれたりしやすいと考えられる。また、これらの金属元素のうち、より高い酸化触媒活性が得られるという観点から、Ni元素、Co元素、Mn元素、Cr元素、Zn元素、Al元素が好ましく、Ni元素、Co元素、Al元素がより好ましく、Ni元素が特に好ましい。
【0022】
本発明の鉄化合物粒子において、このようなFe以外の金属元素とFe元素との原子比(Fe以外の金属元素/Fe元素)は0.001〜0.5である。Fe以外の金属元素/Fe元素が前記下限未満になると、酸化触媒活性が低下し、他方、前記上限を超えると、β−FeOOH結晶相の成長が妨げられ、また、Fe以外の金属元素を均一にドープすることが困難となり、酸化触媒活性が向上しない。Fe以外の金属元素を均一にドープすることができ、高い酸化触媒活性が得られるという観点から、Fe以外の金属元素/Fe元素としては、0.002〜0.45が好ましく、0.005〜0.4がより好ましい。なお、本発明における「Fe以外の金属元素/Fe元素」は、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析法、エネルギー分散型X線分光法(SEM−EDX)、X線光電子分光分析法(XPS)等により求めることができる。
【0023】
また、本発明の鉄化合物粒子は、下記条件(A)及び(B)のうちの少なくとも一方を満たすものである。
(A)X線回折により測定された結晶子径が1〜60nmである。
(B)溶媒中(好ましくは水中)において動的光散乱法により測定された平均粒子径が1〜600nmである。
【0024】
上記条件(A)及び(B)のうちの少なくとも一方を満たす鉄化合物粒子は酸化触媒活性に優れている。また、より高い酸化触媒活性が得られるという観点から、下記条件(A)及び(B)の両方を満たすことが好ましい。なお、本発明においては、結晶子径と平均粒子径の両者を測定することが好ましいが、鉄化合物粒子の分散液(コロイド溶液)を調製することが困難な場合には結晶子径のみを測定してもよいし、また、溶液中の鉄化合物を固体として回収したり、鉄化合物を固定化したりすることが困難な場合には平均粒子径のみを測定してもよい。
【0025】
本発明において、鉄化合物粒子の結晶子径が前記範囲を逸脱すると、酸化触媒活性が低下する。また、より高い酸化触媒活性が得られるという観点から、鉄化合物粒子の結晶子径としては、1〜30nmが好ましく、1〜15nmがより好ましい。
【0026】
また、本発明において、鉄化合物粒子の平均粒子径が前記範囲を逸脱すると、酸化触媒活性が低下する。また、より高い酸化触媒活性が得られるという観点から、鉄化合物粒子の平均粒子径としては、1〜300nmが好ましく、1〜150nmがより好ましい。
【0027】
このような本発明の鉄化合物粒子は、金属元素がドープされていない鉄化合物粒子やβ−FeOOH結晶相以外の鉄化合物結晶相に金属元素がドープされた鉄化合物粒子に比べて、低い過電圧で電気化学的な酸化触媒として機能するとともに、酸化触媒活性の安定性に優れている。
【0028】
また、本発明の鉄化合物粒子は、一次粒子の形状がロッド状であることが好ましい。このようなロッド状の鉄化合物一次粒子においては、長軸の平均長さが1〜50nmであることが好ましく、5〜25nmであることがより好ましい。一次粒子の長軸の平均長さが前記下限未満になると、結晶性が低く、高い触媒活性が得られない傾向にあり、他方、前記上限を超えると、比表面積が小さくなり、酸化触媒活性が低下したり、安定した水系コロイド溶液が得られず、担体への塗布や乾燥が困難となり、機能付与が容易にできなくなる傾向にある。
【0029】
また、前記ロッド状の鉄化合物一次粒子においては、長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)の平均値(平均軸比)が3〜10であることが好ましく、3〜7であることがより好ましい。一次粒子の平均軸比が前記下限未満になると、結晶性が低く、高い触媒活性が得られない傾向にあり、他方、前記上限を超えると、比表面積が小さくなり、酸化触媒活性が低下したり、安定した水系コロイド溶液が得られず、担体への塗布や乾燥が困難となり、機能付与が容易にできなくなる傾向にある。
【0030】
なお、このような鉄化合物一次粒子の長軸及び短軸の長さは、例えば、TEM像又はSTEM像において測定することができる。また、本発明において、「一次粒子の長軸の平均長さ」は、TEM像又はSTEM像において、無作為に抽出した50個以上の鉄化合物一次粒子の長軸の長さを平均した値であり、「長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)の平均値(平均軸比)」は、無作為に抽出した50個以上の鉄化合物一次粒子の長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)を平均した値である。
【0031】
次に、本発明の鉄化合物粒子の製造方法について説明する。本発明の鉄化合物粒子の製造方法は、Feイオン及びFeイオン以外の金属イオンを含有する原料溶液Aと、中和剤を含有する原料溶液Bとを混合して、pH1.8〜5.0のコロイド溶液を調製することによって、Fe以外の金属元素がドープされたβ−FeOOHの結晶相を有する鉄化合物粒子を得る方法である。
【0032】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法に用いられるFeイオンとしては、2価のFeイオン(Fe2+)であっても3価のFeイオン(Fe3+)であってもよいが、ロッド状のβ型の鉄化合物粒子が形成されるという観点から、Fe3+が好ましい。
【0033】
また、本発明の鉄化合物粒子の製造方法に用いられるFeイオン以外の金属イオンは、周期表第4〜12族に属するFeイオン以外の3d及び4d遷移金属元素イオン並びにAlイオンからなる群から選択される少なくとも1種の金属イオンである。これらの金属イオンは、Feイオンと原子半径が近いため、容易にFe元素と置換したり、あるいは、β−FeOOH結晶格子内もしくは結晶粒界に取り込まれたりしやすいと考えられる。また、これらの金属イオンのうち、より高い酸化触媒活性が得られるという観点から、Niイオン、Coイオン、Mnイオン、Crイオン、Znイオン、Alイオンが好ましく、Niイオン、Coイオン、Alイオンがより好ましく、Niイオンが特に好ましい。
【0034】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法において、FeイオンとFeイオン以外の金属イオンとのモル比(Feイオン以外の金属イオン/Feイオン)としては、0.2/100〜80/100が好ましく、0.5/100〜80/100がより好ましく、1/100〜75〜100が特に好ましい。Feイオン以外の金属イオン/Feイオンが前記下限未満になると、酸化触媒活性が低下する傾向にあり、他方、前記上限を超えると、それ以上酸化触媒活性が向上しない傾向にある。
【0035】
原料溶液AにおけるFeイオンの濃度としては特に制限はないが、0.01〜1mol/Lが好ましい。また、原料溶液AにおけるFeイオン以外の金属イオンの濃度としては特に制限はないが、0.0001〜0.8mol/Lが好ましい。
【0036】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法に用いられるFeイオン源やFeイオン以外の金属イオン源としては溶媒に溶解するものであれば特に制限はなく、例えば、塩化物、硝酸塩、硫酸塩等の無機塩、クエン酸塩等の有機塩が挙げられる。また、溶媒としては前記イオン源を溶解できるものであれば特に制限はなく、例えば、水、水溶性有機溶媒(メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、アセトン、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド等)、水と水溶性有機溶媒との混合溶媒が挙げられる。
【0037】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法に用いられる中和剤としては中和作用を有する塩基性化合物であれば特に制限はなく、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア等の無機塩基性化合物、エチレンジアミン、ヒドラジン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等の有機塩基性化合物が挙げられる。原料溶液Bにおける中和剤の濃度としては特に制限はないが、0.01〜1mol/Lが好ましい。
【0038】
また、本発明の鉄化合物粒子の製造方法においては、必要に応じて、アミノカプロン酸やε−カプロラクタム等の分散剤を使用してもよい。このような分散剤は、原料溶液A及びBのいずれに添加してもよいが、原料溶液Bに添加することが好ましい。
【0039】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法においては、このような原料溶液Aと原料溶液Bとを混合してコロイド溶液を調製する。このとき、コロイド溶液のpHが1.8〜5.0となるように原料溶液Aと原料溶液Bとを混合する。コロイド溶液のpHが前記下限未満になると、Fe3+の水酸化物化が進行しないため、β−FeOOH結晶相が形成せず、酸化触媒活性が低下する。他方、コロイド溶液のpHが前記上限を超えると、鉄化合物粒子の平均粒子径が著しく大きくなり、酸化触媒活性が低下する。また、β−FeOOH結晶相を有する平均粒子径の小さい鉄化合物粒子が確実に得られるという観点から、コロイド溶液のpHとしては1.9〜4.0が好ましく、2.0〜3.0がより好ましい。
【0040】
本発明の鉄化合物粒子の製造方法において、原料溶液Aと原料溶液Bとを混合する際の温度としては特に制限はなく、50℃以下(より好ましくは10〜30℃)で混合することが好ましい。混合温度が前記上限を超えると、鉄化合物粒子の結晶子径や平均粒子径、ロッド状一次粒子の長軸及び短軸の長さが大きくなり、酸化触媒活性が低下する傾向にある。また、原料溶液Aと原料溶液Bとの混合方法としては、十分に撹拌できる方法であれば特に制限はない。
【0041】
このようにして得られる鉄化合物粒子は、Fe以外の金属元素がドープされたβ−FeOOHの結晶相を有し、小さな結晶子径及び/又は平均粒子径を有するものである。このような鉄化合物粒子は酸化触媒活性に優れている。なお、前記Fe以外の金属元素は、その一部がドープされずにβ−FeOOH結晶相の周囲に担持されていてもよい。
【実施例】
【0042】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
(実施例1)
ビーカー中で、FeCl・6HO(27.30g、101mmol)とZn(NO・6HO(1.25g、4.20mmol)とをイオン交換水(500ml)に溶解し、Feイオン濃度が0.2mol/Lの金属イオン含有原料水溶液(原料溶液A)を調製した。また、ビーカー中で、イオン交換水で1/2に希釈したエチレンジアミン溶液(11ml)をイオン交換水(500ml)に溶解し、中和剤含有原料水溶液(原料溶液B)を調製した。原料溶液AとBとをビーカー中で、室温(25℃)下、撹拌子を用いたマグネティックスターラー(回転速度:400rpm)で混合しながら30分間撹拌し、鉄化合物のコロイド溶液を作製した。pHメーターを用いて、得られたコロイド溶液のpHを測定したところ、2.2であった。
【0044】
(実施例2)
Zn(NO・6HOの代わりにCo(NO・6HO(1.22g、4.19mmol)を用いた以外は、実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.2であった。
【0045】
(実施例3)
Zn(NO・6HOの代わりにNi(NO・6HO(1.21g、4.16mmol)を用いた以外は、実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.2であった。
【0046】
(実施例4)
Zn(NO・6HOの代わりにMn(NO・6HO(1.21g、4.22mmol)を用いた以外は、実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.4であった。
【0047】
(実施例5)
Zn(NO・6HOの代わりにCrCl・6HO(1.21g、4.54mmol)を用いた以外は、実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.5であった。
【0048】
(実施例6)
Zn(NO・6HOの代わりにAl(NO・9HO(1.56g、4.16mmol)を用いた以外は、実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.4であった。
【0049】
(比較例1)
Zn(NO・6HOを用いなかった以外は、実施例1と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.4であった。
【0050】
(比較例2)
Hyperfine Interact、2014年、第224巻、第239〜250頁に記載の方法に従って、Coドープβ−FeOOH粉末を調製した。すなわち、精製水(100ml)中に、FeCl・6HO(2.69g、9.95mmol)、CoCl・6HO(0.298g、1.25mmol)及び尿素(2.40g、40.0mmol)を添加し、室温(25℃)下、撹拌子を用いたマグネティックスターラー(回転速度:400rpm)で10分間撹拌して溶解させた。pH試験紙を用いて、得られた溶液のpHを測定したところ、約1であった。この溶液をテフロン(登録商標)製の容器に移し、密閉後、70℃の温度下に48時間放置した。生成した沈殿物をろ過により回収し、精製水を用いてろ過洗浄を何度も繰り返した。得られた固体成分を40℃で48時間乾燥させた後、乳鉢で粉砕して鉄化合物粉末を得た。
【0051】
(比較例3)
ビーカー中で、Ni(NO・6HO(1.25g、4.20mmol)をイオン交換水(500ml)に溶解し、Niイオン含有原料水溶液(原料溶液A、Feイオン濃度:0mol/L)を調製した。また、原料溶液Bとして、0.01mol/Lの塩酸(500ml)を調製した。原料溶液AとBとをビーカー中で、室温(25℃)下、撹拌子を用いたマグネティックスターラー(回転速度:400rpm)で混合しながら30分間撹拌した。pHメーターを用いて、得られた溶液のpHを測定したところ、2.3であった。
【0052】
(比較例4)
ビーカー中で、FeCl・6HO(27.30g、101mmol)とNi(NO・6HO(1.25g、4.20mmol)とをイオン交換水(500ml)に溶解し、Feイオン濃度が0.2mol/Lの金属イオン含有原料水溶液を調製した。この金属イオン含有原料水溶液を、室温(25℃)下、撹拌子を用いたマグネティックスターラー(回転速度:400rpm)で30分間撹拌し、鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは1.7であった。
【0053】
(比較例5)
ビーカー中で、イオン交換水で1/2に希釈したエチレンジアミン溶液(11ml)をイオン交換水(500ml)に溶解し、エチレンジアミン水溶液を調製した。このエチレンジアミン水溶液を、室温(25℃)下、撹拌子を用いたマグネティックスターラー(回転速度:400rpm)で30分間撹拌した。
【0054】
<鉄化合物粒子の特性評価>
(i)平均粒子径測定
実施例及び比較例で得られた溶液について、微粒子粒度分布測定装置(日機装(株)製「ナノトラックUPA250EX」、レーザー波長:780nm、測定範囲:0.8〜6000nm)を用いて動的光散乱法により粒度分布を測定し、算出した体積平均径(MV)を鉄化合物粒子の平均粒子径とした。その結果を表1に示す。なお、比較例2で得られた鉄化合物粉末は溶液中で沈降したため、粒度分布の測定は困難であった。また、比較例3で得られた溶液では、上記の測定範囲において粒度分布が得られなかった。
【0055】
(ii)X線回折測定
カーボンペーパー上に、実施例及び比較例で得られた溶液を滴下して自然乾燥させた後、水及び0.1MのKOH水溶液を用いて洗浄して測定用試料を作製した。なお、比較例2で得られた鉄化合物粉末はそのまま測定用試料として使用した。これらの測定用試料について、粉末X線回折装置((株)リガク製「Ultima IV」)を用いて、管電圧:40kV、管電流:40mA、X線:CuKα線(波長λ=1.5418Å)の条件でX線回折(XRD)測定を行なった。図1には、実施例3、比較例1及び比較例3で得られた溶液を用いて作製した測定用試料のX線回折パターンを示す。また、得られたX線回折パターンにおいて、β−FeOOH結晶相に由来するピークの有無を確認するとともに、結晶相に由来するピーク比から、結晶性鉄化合物中のβ−FeOOH結晶相の割合を算出した。さらに、結晶相に由来するピークの半値幅からシェラーの式を用いて結晶子径を求めた。それらの結果を表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
図1に示した結果から、Feイオンを用いて調製したコロイド溶液(実施例3及び比較例1)は、Niドープの有無にかかわらず、β−FeOOH結晶相を有する鉄化合物粒子を含有するものであることがわかった。また、これら鉄化合物粒子には、その他の鉄化合物(α−FeOOH、γ−FeOOH、Fe等)の結晶相に由来するピークは見られなかった。一方、Niイオンのみを用いて調製した溶液(比較例3)では、結晶相の存在を示すピークが見られなかった。
【0058】
表1に示した結果から、Feイオンを用い、pH2.2〜2.5の範囲内で調製したコロイド溶液(実施例1〜6及び比較例1)は、ドーパントの有無にかかわらず、11〜19nmの平均粒子径を有する鉄化合物粒子を含有するものであることがわかった。また、これらの鉄化合物粒子においては、結晶相のすべてがβ−FeOOH結晶相であり、結晶子径は6〜10nmであることがわかった。
【0059】
一方、比較例2で得られた鉄化合物粉末は、溶液中で完全に沈降するほど粒子径が大きいものであった。また、この鉄化合物粉末の結晶相はすべてβ−FeOOH結晶相であったが、実施例1〜6で得られた鉄化合物粒子の6倍以上の結晶子径(64nm)を有するものであった。また、Niイオンのみを用いて調製した溶液(比較例3)では、粒度分布が得られず、さらに、X線回折パターンにおいて結晶相の存在を示すピークが見られなかったことから、ニッケル化合物粒子は生成せず、Niイオンがそのまま存在していると推察される。また、中和剤を用いずにpH1.7で調製したコロイド溶液(比較例4)は、実施例1〜6で得られた鉄化合物粒子とほぼ同等の平均粒子径(11nm)を有する鉄化合物粒子を含有するものであった。さらに、この鉄化合物粒子においては、X線回折パターンにおいて結晶性の鉄化合物の存在を示すピークが見られなかった。なお、エチレンジアミン水溶液(比較例5)においては、コロイド粒子及び結晶性化合物が存在しないことを併せて確認した。
【0060】
(iii)電子顕微鏡観察
実施例及び比較例で得られたコロイド溶液中の鉄化合物粒子を、透過電子顕微鏡(日本電子(株)製「JEM−2100F」)を用いてSTEM観察を行なった。図2及び図3には、それぞれ実施例1及び比較例1で得られた鉄化合物粒子のSTEM像を示す。図2及び図3に示した結果から、Feイオンを用い、pH2.2〜2.5の範囲内で調製した鉄化合物粒子(実施例1及び比較例1)は、ドーパントの有無にかかわらず、細長い形状を有するものであることがわかった。
【0061】
(iv)エネルギー分散型X線分析
カーボンペーパー上に、実施例で得られたコロイド溶液を滴下して自然乾燥させた後、水及び0.1MのKOH水溶液を用いて洗浄して測定用試料を作製した。この測定用試料について、走査電子顕微鏡((株)日立ハイテクノロジーズ社製「SU3500型」)を用いてSEM観察及びEDXマッピングを行なった。図4には、実施例3で得られたコロイド溶液を用いて作製した測定用試料のSEM像及びEDXマッピング結果を示す。ニッケルのEDXマッピング結果から、Niは局在化しておらず、鉄化合物内に均一に分布していることがわかった。なお、SEM像中の繊維状のものは、炭素のEDXマッピング結果から、カーボンペーパーのカーボン繊維であることが確認された。
【0062】
(v)酸化触媒活性評価
カーボンペーパー上に、実施例及び比較例で得られたコロイド溶液を滴下して自然乾燥させた後、水及び0.1MのKOH水溶液を用いて洗浄して測定用試料を作製した。この測定用試料を作用極として図5に示す酸化触媒活性評価装置に装着した(図5中のS)。対極Cとして白金線、参照極RとしてAg/AgCl、溶液として0.1MのKOH水溶液(pH12.8)を用いて電流電位曲線を求めた。このとき、電流値が安定するまで、掃引を複数回繰り返した。
【0063】
図6には、実施例1〜3、6及び比較例1で得られたコロイド溶液を用いて作製した測定用試料の電流電位曲線を示す。図6に示した結果から、水の酸化反応に起因するアノード電流の立ち上がり電位は、添加した金属元素の種類によって異なることがわかった。また、得られた電流電位曲線に基づいて、電流密度が0.5mA/cm、2mA/cm、5mA/cmの場合の電位(E、単位:V vs.RHE)を求めた。その結果を表2に示す。
【0064】
【表2】
【0065】
表2に示した結果から、Fe以外の金属元素がドープされた平均粒子径及び結晶子径が小さい鉄化合物粒子(実施例1〜6)は、金属元素がドープされていない鉄化合物粒子(比較例1)や平均粒子径及び結晶子径が大きいCo元素ドープ鉄化合物粉末(比較例2)に比べて、低い電圧で電流が流れることがわかった。特に、Co元素(実施例2)、Ni元素(実施例3)、又はAl元素(実施例6)がドープされた鉄化合物粒子は、より低い電圧で電流が流れることがわかった。また、Ni元素がドープされた鉄化合物粒子(実施例3)は、0.5〜5.0mA/cmの広範囲にわたって、金属元素がドープされていない鉄化合物粒子(比較例1)に比べて過電圧が100〜110mV低下しており、優れた電気化学触媒であることがわかった。さらに、Al元素がドープされた鉄化合物粒子(実施例6)は、電流の立ち上がりの傾きが大きく、酸化触媒として優れていることがわかった。
【0066】
(実施例7)
Ni(NO・6HOの量を0.59g(2.03mmol)に変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.2であった。
【0067】
(実施例8)
Ni(NO・6HOの代わりにNiCl・8HO(0.99g、4.20mmol)を用いた以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.2であった。
【0068】
(実施例9)
Ni(NO・6HOの量を2.53g(8.70mmol)に変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.3であった。
【0069】
(実施例10)
Ni(NO・6HOの量を5.54g(19.1mmol)に変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.4であった。
【0070】
<鉄化合物粒子の特性評価>
得られたコロイド溶液を用いて、前述した方法に従って、鉄化合物粒子の平均粒子径測定、X線回折測定、酸化触媒活性評価を行い、また、下記の方法に従って、ICP発光分光分析を行なった。それらの結果を表3に示す。
【0071】
(vi)ICP発光分光分析
カーボンペーパー上に、実施例及び比較例で得られたコロイド溶液を滴下してコロイド粒子を担持させた測定用試料について、ICP発光分光分析装置((株)リガク製「CIROS−120 EOP」)を用いてICP発光分光分析を行い、Fe以外の金属元素とFe元素との原子比(Fe以外の金属元素/Fe元素)を求めた。
【0072】
【表3】
【0073】
表3に示した結果から、Niの添加量を変化させた場合でも、12〜37nmの平均粒子径を有する鉄化合物粒子が得られることがわかった。また、Niの添加量が4mol%以下では、Ni添加量が増加するにつれて、より低い電圧で電流が流れ、酸化触媒活性が向上することがわかったが、Ni添加量が約4mol%を超え、約19mol%の範囲では、それ以上の過電圧の低下はほとんど見られなかった。
【0074】
また、得られた鉄化合物粒子におけるNi/Fe原子比は、0.012(実施例3)、0.003(実施例7)、0.016(実施例8)、0.020(実施例9)、0.029(実施例10)であった。Ni2+の水酸化物の析出pHが6.2以上であり、Fe3+の水酸化物の析出pHが2.5〜2.1であることを考慮すると、添加したNiイオンの29at%(実施例3)、15at%(実施例7)、38at%(実施例8)、23at%(実施例9)、15at%(実施例10)がβ−FeOOH結晶相生成時に取り込まれたと推察される。
【0075】
(実施例11)
コロイド溶液のpHが2.6となるようにエチレンジアミンの量を変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。
【0076】
(実施例12)
コロイド溶液のpHが2.8となるようにエチレンジアミンの量を変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。
【0077】
(比較例6)
コロイド溶液のpHが1.6となるようにエチレンジアミンの量を変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。
【0078】
(比較例7)
コロイド溶液のpHが6.8となるようにエチレンジアミンの量を変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。
【0079】
(比較例8)
コロイド溶液のpHが8.1となるようにエチレンジアミンの量を変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。
【0080】
<鉄化合物粒子の特性評価>
得られたコロイド溶液を用いて、前述した方法に従って、鉄化合物粒子の平均粒子径測定、X線回折測定、酸化触媒活性評価を行なった。その結果を表4に示す。
【0081】
【表4】
【0082】
表4に示した結果から、鉄化合物粒子の平均粒子径、結晶相の種類、結晶子径は、コロイド溶液のpHに依存することがわかった。すなわち、コロイド溶液のpHが2.2〜2.8の場合(実施例3、11〜12)には、平均粒子径が13〜230nm、結晶子径が5〜6nmであり、結晶相のすべてがβ−FeOOH結晶相である鉄化合物粒子が得られた。一方、コロイド溶液のpHが1.6の場合(比較例6)には、平均粒子径が11nmの鉄化合物粒子が得られるものの、この鉄化合物粒子には結晶相が存在しなかった。また、コロイド溶液のpHが6.8の場合(比較例7)には、平均粒子径が770nm、結晶子径が26nmであり、結晶相のすべてがα−FeOOH結晶相である鉄化合物粒子が得られ、β−FeOOH結晶相を含有する鉄化合物粒子は得られなかった。さらに、コロイド溶液のpHが8.1の場合(比較例8)には、平均粒子径が1200nm、結晶子径が24nmであり、結晶相がα−FeOOH結晶相及びα−Feである鉄化合物粒子が得られ、β−FeOOH結晶相を含有する鉄化合物粒子は得られなかった。
【0083】
また、コロイド溶液のpHが2.2〜2.8の範囲で調製した鉄化合物粒子(実施例3、11〜12)は、コロイド溶液のpHが1.8未満又は5.0を超える範囲で調製した鉄化合物粒子(比較例6〜8)に比べて、低い電圧で電流が流れ、酸化触媒活性に優れていることがわかった。
【0084】
(実施例13)
エチレンジアミンの代わりにアンモニアを用いた以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.1であった。
【0085】
(実施例14)
エチレンジアミンの代わりに水酸化ナトリウムを用いた以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.1であった。
【0086】
(実施例15)
エチレンジアミンの代わりにモノエタノールアミンを用いた以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.2であった。
【0087】
<鉄化合物粒子の特性評価>
得られたコロイド溶液を用いて、前述した方法に従って、鉄化合物粒子の平均粒子径測定、X線回折測定、ICP発光分光分析、酸化触媒活性評価を行なった。その結果を表5に示す。
【0088】
【表5】
【0089】
表5に示した結果から、中和剤の種類を変更した場合(実施例3、13〜15)でも、13〜17nmの平均粒子径を有する鉄化合物粒子が得られることがわかった。さらに、中和剤の種類によって、2.0mA/cmにおける電位が異なり、酸化触媒活性は中和剤の種類に依存するが、いずれの中和剤を用いた場合(実施例3、13〜15)でも、Niをドープすることによって、金属元素がドープされていない鉄化合物粒子(比較例1)に比べて、低い電圧で電流が流れ、酸化触媒活性が向上することがわかった。また、エチレンジアミン単独をカーボンペーパーに担持した場合(比較例5)には、2.0mA/cmにおける電位が極めて高く、中和剤は酸化触媒活性をほとんど示さない。したがって、実施例で得られた鉄化合物粒子においては、金属元素がドープされたβ−FeOOH結晶相が酸化触媒活性に寄与していると推察される。
【0090】
また、得られた鉄化合物粒子におけるNi/Fe原子比は、0.021(実施例13)、0.038(実施例14)、0.030(実施例15)であった。これらの値は、添加したNiイオンの51at%(実施例13)、92at%(実施例14)、73at%(実施例15)がβ−FeOOH結晶相にドープされたことを示している。Ni2+の水酸化物の析出pHが6.2以上であり、Fe3+の水酸化物の析出pHが2.5〜2.1であることを考慮すると、添加したNiイオンの51at%(実施例13)、92at%(実施例14)、73at%(実施例15)がβ−FeOOH結晶相生成時に取り込まれたと推察される。
【0091】
(vii)水分解活性評価
カーボンペーパー上に、実施例及び比較例で得られたコロイド溶液を滴下して自然乾燥させた後、水及び0.1MのKOH水溶液を用いて洗浄して測定用試料を作製した。この測定用試料を作用極として用い、密閉型セル中、アルゴン雰囲気下で水の分解反応を行なった。対極Cとして白金線、参照極RとしてAg/AgCl、溶液として0.1MのKOH水溶液(pH12.8)を用いた。+0.6V(vs.Ag/AgCl、RHE換算で1.58V相当)の電圧を印加し、生成物をガスクロマトグラフにより定量した。その結果を図7及び図8に示す。
【0092】
図7に示したように、Ni元素がドープされた鉄化合物粒子(実施例3)においては、水素と酸素とがほぼ化学量論比で経時的に生成し、電流効率はほぼ100%に達した。このことから、鉄化合物粒子による水の酸化反応により鉄化合物粒子上では酸素が生成し、同時に生成した電子が対極のPt上でプロトンと反応して水素を生成することによって、水の分解反応が進行していることがわかった。一方、図8に示したように、金属元素がドープされていない鉄化合物粒子(比較例1)においては、水の分解反応はわずかに進行するものの、反応開始3時間後の酸素の生成量は、Ni元素がドープされた鉄化合物粒子(実施例3)の約1/15であり、触媒活性は極めて低いことがわかった。
【0093】
また、図9には、前記水の分解反応中の電流密度の経時変化を示す。図9に示したように、Ni元素がドープされた鉄化合物粒子(実施例3)においては、4時間の電圧印加の間に電流密度が安定で若干上昇する傾向にあるのに対して、金属元素がドープされていない鉄化合物粒子(比較例1)においては、3時間の電圧印加の間に電流密度が徐々に低下した。この結果から、金属元素がドープされた鉄化合物粒子は触媒活性の安定性にも優れていることがわかった。
【0094】
(実施例16)
Ni(NO・6HOの量を7.28g(25.0mmol)に変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.1であった。
【0095】
(実施例17)
Ni(NO・6HOの量を14.55g(50.0mmol)に変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.1であった。
【0096】
(実施例18)
Ni(NO・6HOの量を21.83g(75.1mmol)に変更した以外は、実施例3と同様にして鉄化合物のコロイド溶液を作製した。得られたコロイド溶液のpHは2.2であった。
【0097】
<鉄化合物粒子の特性評価>
得られたコロイド溶液を用いて、前述した方法に従って、鉄化合物粒子の平均粒子径測定、X線回折測定、ICP発光分光分析を行なった。それらの結果を表6に示す。また、得られたコロイド溶液を用いて、前述した方法に従って、鉄化合物粒子の酸化触媒活性評価を行なった。図10には、実施例16〜18で得られたコロイド溶液を用いて作製した測定用試料の電流電位曲線を示す。得られた電流電位曲線に基づいて、電流密度が2mA/cmの場合の電位(E、単位:V vs.RHE)を求めた。その結果を表6に示す。さらに、得られたコロイド溶液を用いて、前述した方法に従って、鉄化合物粒子の水分解活性評価を行なった。その結果を図11に示す。
【0098】
【表6】
【0099】
表6に示した結果から、Niの添加量を20mol%以上に増加させた場合(実施例16〜18)でも、9〜11nmの平均粒子径を有する鉄化合物粒子が得られることがわかった。また、これらの鉄化合物粒子においては、結晶相のすべてがβ−FeOOH結晶相であり、結晶子径は4〜5nmであり、Ni/Fe原子比は0.11〜0.38であることがわかった。さらに、これらの鉄化合物粒子は、金属元素がドープされていない鉄化合物粒子(比較例1)に比べて、低い電圧で電流が流れ、過電圧が160〜210mV低下しており、優れた電気化学触媒であることがわかった。
【0100】
また、図11に示したように、Ni元素がドープされた鉄化合物粒子(実施例17)においては、水素と酸素とがほぼ化学量論比で経時的に生成した。このことから、Ni/Fe原子比が増加した鉄化合物粒子においても、水の酸化反応により鉄化合物粒子上で酸素が生成し、同時に生成した電子が対極のPt上でプロトンと反応して水素を生成することによって、水の分解反応が進行していることがわかった。特に、Ni/Fe原子比が0.29である鉄化合物粒子(実施例17)は、酸素生成量がNi/Fe原子比が0.012である鉄化合物粒子(実施例3)の約10倍であり、極めて高い水分解活性を有することがわかった。
【0101】
(viii)形状観察及びサイズ測定
実施例で得られたコロイド溶液中の鉄化合物粒子を、透過電子顕微鏡(日本電子(株)製「JEM−2100F」)を用いて観察した。得られたDF−STEM像において、無作為に抽出した50個以上の鉄化合物一次粒子の形状を観察した。また、これら50個以上の鉄化合物一次粒子の長軸及び短軸の長さを測定して、長軸の平均長さを求め、さらに、長軸と短軸の長さの比(長軸/短軸)を算出して、その平均値(平均軸比)を求めた。それらの結果を表7に示す。
【0102】
【表7】
【0103】
表7に示したように、Fe3+を用いて作製した本発明の鉄化合物粒子(実施例1、2、16、17)は、一次粒子の形状がナノロッド状であり、その長軸の平均長さが14〜17nmであり、平均軸比(長軸/短軸)が4.5〜5.0であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0104】
以上説明したように、本発明によれば、酸化触媒活性に優れた鉄化合物粒子を容易に得ることができる。また、本発明の鉄化合物粒子は、コロイド溶液として得ることができる。したがって、本発明の鉄化合物粒子は、コロイド溶液を担体(例えば、導電材料、半導体材料、絶縁体材料)等に塗布することによって、前記担体に簡便に固定化することができ、前記担体に酸化触媒機能を付与することが可能となる。
【0105】
また、本発明の鉄化合物粒子は、特殊な製造装置を使用せずに、安価な材料を用いて常温で製造できるため、幅広い用途展開が期待できる。さらに、本発明の鉄化合物粒子は、電気化学的な水の酸化触媒としての利用のほか、例えば、光触媒との組み合わせにより、人工光合成システムへの応用も期待できる。
【符号の説明】
【0106】
C:対極
P:電源
R:参照極
S:測定用試料
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11