特許第6632976号(P6632976)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6632976藻類及びその製造方法、並びに該藻類を用いたバイオマスの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6632976
(24)【登録日】2019年12月20日
(45)【発行日】2020年1月22日
(54)【発明の名称】藻類及びその製造方法、並びに該藻類を用いたバイオマスの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 1/00 20060101AFI20200109BHJP
   C12N 1/13 20060101ALI20200109BHJP
   C12N 15/29 20060101ALI20200109BHJP
   C12P 19/04 20060101ALI20200109BHJP
   C12P 7/64 20060101ALI20200109BHJP
【FI】
   C12P1/00 ZZNA
   C12N1/13
   C12N15/29
   C12P19/04 Z
   C12P7/64
【請求項の数】11
【全頁数】32
(21)【出願番号】特願2016-523142(P2016-523142)
(86)(22)【出願日】2015年5月26日
(86)【国際出願番号】JP2015002634
(87)【国際公開番号】WO2015182110
(87)【国際公開日】20151203
【審査請求日】2018年4月5日
(31)【優先権主張番号】特願2014-111577(P2014-111577)
(32)【優先日】2014年5月29日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(72)【発明者】
【氏名】小川 健一
(72)【発明者】
【氏名】西川 正信
(72)【発明者】
【氏名】清川 一矢
【審査官】 星 功介
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/029727(WO,A1)
【文献】 清川一矢他,デンプン蓄積が亢進する光強度時におけるクラミドモナスGSH1過剰発現株のタンパク質分解抑制,第54回日本植物生理学会年会要旨集,14-MAR-2013,p.307, PL026(0762)
【文献】 TENENBOIM H et al.,VMP1-deficient Chlamydomonas exhibits severely aberrant cell morphology and disrupted cytokinesis,BMC plant technology[online],14:121, published on 06-MAY-2014,URL,http://rd.springer.com/article/10.1186%2F1471-2229-14-121
【文献】 MSANNE J,: Abiotic Stress Responses in Photosynthetic Organisms,A Dissertation,DEC-2011,URL,http://digitalcommons.unl.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=1036&context=natresdiss
【文献】 MERCHANT SS et al.,The Chlamydomonas genome reveals the evolution of key animal and plant functions,Science,2007, Vol.318,p.245-251
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
C12N 1/00− 1/38,15/00−15/90
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ATG8の発現が基準株に比して抑制された緑藻綱藻類を用いる、バイオマスの製造方法。
【請求項2】
前記藻類に対して光を照射する光照射工程を含む、請求項1に記載のバイオマスの製造方法。
【請求項3】
葉緑体内のグルタチオン濃度が基準株に比して増加した藻類を用いる、請求項1または2に記載のバイオマスの製造方法。
【請求項4】
前記光照射工程は、実質的に窒素飢餓ではない条件において行われる、請求項3に記載のバイオマスの製造方法。
【請求項5】
藻類の細胞を破砕する細胞破砕工程を含まない、請求項4に記載のバイオマスの製造方法。
【請求項6】
MEX1が過剰発現されATG8の発現が基準株に比して抑制された緑藻綱藻類。
【請求項7】
MEX1をコードする外因性ポリヌクレオチドが導入されている、請求項に記載の藻類。
【請求項8】
前記外因性ポリヌクレオチドが、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される一以上である、請求項に記載の藻類:
(a)配列番号1または3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(b)配列番号1または3に示されるアミノ酸配列において、1−10個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつMEX1の機能を保持するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(c)前記(a)または(b)のポリヌクレオチドのうちいずれかのポリヌクレオチドに相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつMEX1の機能を保持するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【請求項9】
葉緑体内のグルタチオン濃度が基準株に比して増加している、請求項6〜のいずれか1項に記載の藻類。
【請求項10】
MEX1を過剰発現させることによりATG8の発現を抑制するATG8発現抑制工程を含む、改変緑藻綱藻類の製造方法。
【請求項11】
葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させるグルタチオン濃度増加工程を含む、請求項10に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、藻類及びその製造方法、並びに該藻類を用いたバイオマスの製造方法に関する。より具体的には、光合成産物の生産性を向上させた藻類等に関する。
【背景技術】
【0002】
化石燃料に代わる燃料として、バイオマス由来の燃料、いわゆるバイオ燃料(例えば、バイオエタノール、バイオディーゼル等)が期待されている。
【0003】
バイオ燃料の原料となる糖類(例えば、デンプン)や油脂等のバイオマスは、植物が光合成を行うことによって産生される。このため、光合成を活発に行い、糖類または油脂を細胞内に蓄積する能力を有する植物は、バイオマスの生産手段として利用可能である。現在、バイオマスを生産するために、主に、トウモロコシやダイズが利用されている。トウモロコシやダイズは、食料や飼料としても利用されている。このため、バイオ燃料の大幅な増産によって引き起こされる、食料および飼料の価格の高騰が問題視されている。
【0004】
そこで、トウモロコシやダイズに代わるバイオマス生産手段として、藻類によるバイオマス生産が注目されている(例えば、特許文献1および特許文献2を参照)。藻類によるバイオマス生産は、食料や飼料と競合しない、大量に増殖させることができる、等の利点がある。
【0005】
例えば、藻類の一種であるクラミドモナスについて、細胞壁が欠損した変異体あるいは細胞壁が薄くなる変異体が知られている(cw15、cw92等)。これらの変異体は、DNAを外部から細胞内へ導入する際に都合のよい性質であるため、遺伝子導入実験では広く使われている。また細胞が壊れやすいため、細胞内容物の回収が容易という意味でバイオマスの生産性を高めることから、これらの変異体を利用したバイオマス生産について報告されている。例えば、特許文献3には、クラミドモナスにおける細胞壁が欠損した変異体を用いて油脂を生産させる技術が記載されている。また、非特許文献1には、細胞壁変異(cw15)に加え、デンプン合成遺伝子の欠損を有しているクラミドモナスでは、油脂からなる油滴が細胞外へ放出されることが報告されている。非特許文献2には、クラミドモナスの細胞壁変異体(cw15)において、デンプン合成の遺伝子を破壊することで油脂の生産性が高まることが報告されている。また、クラミドモナス細胞壁の変異に関するレポートとして、非特許文献3が知られている。
【0006】
また、藻類の一種であるクロレラを材料として、生産したデンプンを細胞外へ放出させ、続いてエタノール発酵を行う技術も報告されている(特許文献4)。さらに、藻類の葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させることにより、デンプンの産生能を向上させる技術も報告されている(特許文献5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11−196885号公報
【特許文献2】特開2003−310288号公報
【特許文献3】国際公開第2009/153439号
【特許文献4】特開2010−88334号公報
【特許文献5】国際公開第2012/029727号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Zi Teng Wang, Nico Ullrich, Sunjoo Joo, Sabine Waffenschmidt, and Ursula Goodenough (2009) Eukaryotic Cell Vol. 8 (12): 1856-1868. Algal Lipid Bodies: Stress Induction, Purification, and Biochemical Characterization in Wild-Type and Starchless Chlamydomonas reinhardtii.
【非特許文献2】Yantao Li, Danxiang Han, Guongrong Hu, David Dauvillee, Milton Sommerfeld, Steven Ball and Qiang Hu (2010) Metabolic Engineering Vol. 12 (4): 387-391. Chlamydomonas starchless mutant defective in ADP-glucose pyrophosphorylase hyper-accumulates triacylglycerol.
【非特許文献3】Jerry Hyams, D. Roy Davies (1972) Mutation Research 14 (4): 381-389. The induction and characterisation of cell wall mutants of Chlamydomonas reinhardi.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1〜4及び非特許文献1〜3に記載される藻類を用いたバイオマスの生産技術では、生産性の面で問題がある。例えば、酢酸などの炭素源を用いて従属栄養条件にて藻類を培養しバイオマスを生産する場合、藻類におけるバイオマスの生産・蓄積を誘導するためには、窒素飢餓状態にする等の栄養制限工程が必要となる。一般的に、窒素を含有している培養液を用いて藻類を増殖培養させるため、窒素飢餓状態にするためには、窒素を含有しない培養液に交換する必要がある。このため、工程が複雑化し生産性が低下したりコストが高くなったりするという問題点がある。特許文献5では上述の問題点が解決されているが、さらなる生産性の向上が求められていた。
【0010】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、バイオマスの生産性を向上させ得る新規な藻類およびその利用を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決することを主な目的として、種々の検討を重ねた結果、藻類におけるATG8の発現を抑制させることにより、藻類の細胞内におけるバイオマスの生産性を向上させ得ることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下の[1]〜[16]である。
[1]ATG8の発現が基準株に比して抑制された藻類。
[2]MEX1が過剰発現されている、[1]に記載の藻類。
[3]MEX1をコードする外因性ポリヌクレオチドが導入されている、[2]に記載の藻類。
[4]前記外因性ポリヌクレオチドが、以下の(a)〜(c)からなる群より選択される一以上である、[3]に記載の藻類:
(a)配列番号1または3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(b)配列番号1または3に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつMEX1の機能を保持するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(c)前記(a)または(b)のポリヌクレオチドのうちいずれかのポリヌクレオチドに相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつMEX1の機能を保持するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
[5]ATG8遺伝子がサイレンシングされている、[1]に記載の藻類。
[6]配列番号5に示される塩基配列を有するmiRNAが導入されている、[5]に記載の藻類。
[7]葉緑体内のグルタチオン濃度が基準株に比して増加している、[1]〜[6]のいずれかに記載の藻類。
【0013】
[8」ATG8の発現を抑制するATG8発現抑制工程を含む、改変藻類の製造方法。
[9]葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させるグルタチオン濃度増加工程を含む、[8]に記載の改変藻類の製造方法。
【0014】
[10]ATG8の発現が基準株に比して抑制された藻類を用いる、バイオマスの製造方法。
[11]前記藻類に対して光を照射する光照射工程を含む、[10]に記載のバイオマスの製造方法。
[12]葉緑体内のグルタチオン濃度が基準株に比して増加した藻類を用いる、[10]または[11]に記載のバイオマスの製造方法。
[13]前記光照射工程を実質的に窒素飢餓ではない条件において行う、[12]に記載のバイオマスの製造方法。
[14]藻類の細胞を破砕する細胞破砕工程を含まない、[13]に記載のバイオマスの製造方法。
【0015】
[15]ATG8の発現が基準株に比して抑制された藻類を用いて取得されるデンプン。
[16]葉緑体内のグルタチオン濃度が基準株に比して増加している藻類を用いて取得される、[15]に記載のデンプン。
【0016】
本発明において、「基準株」の用語は、本発明に係る改変を施す前の藻類株を意味するものとする。具体的には、ATG8の発現抑制のための処理を施す前の藻類株を意味し、より具体的には、MEX1の過剰発現又はATG8のサイレンシングを施す前の藻類株を意味するものとする。基準株は、本発明に係る改変を野生型の藻類株に施す場合、当該野生型株あるいはこれと同一種の藻類株を意味する。また、基準株は、他の改変(例えば葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させる改変)が施された藻類株に対して、さらに本発明に係る改変を加える場合、当該他の改変が施された藻類株あるいはこれと同一種の藻類株を意味する。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る藻類は、ATG8の発現が抑制されていることにより、藻類の細胞内における光合成産物の生産性を向上させ得る。それゆえ、本発明に係るバイオマスの製造方法によれば、従来よりも安価に、効率よく藻類からバイオマスを製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実施例1で作製した「ATG8発現抑制株」におけるATG8タンパク質の発現量を測定した結果を示す図である。
図2】実施例1で作製した「ATG8発現抑制株」のデンプン産生量を測定した結果を示す図である。
図3】実施例1で作製した「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株」のATG8タンパク質の発現量を測定した結果を示す図である。
図4】実施例1で作製した「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株」を培養し、デンプン産生量を測定した結果を示す図である。
図5】実施例1で作製した「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株」を培養し、(a)細胞数と(b)微粒子数を測定した結果を示す図である。
図6】実施例1で作製した「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株」を培養し、デンプン産生量を測定した結果を示す図である。
図7】実施例1で作製した「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株」を培養し、(a)細胞数と(b)微粒子数を測定した結果を示す図である。
図8】実施例1で作製した「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株」を培養し、(a)脂肪酸量と(b)細胞数を測定した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、記述した範囲内で種々の変形を加えた態様で実施できるものである。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A〜B」は、「A以上、B以下」を意味する。
【0020】
1.本発明に係る藻類
本発明に係る藻類は、細胞内のATG8の発現が抑制されたものであればよく、その他の構成は限定されないが、光合成産物の生産性が向上している藻類であることが好ましい。
【0021】
ATG8は、「Autophagy−related protein 8」の略である。ATG8は、APG8とも称される。ATG8は、ユビキチン様タンパク質であり、フォスファチジルエタノールアミンと結合体を形成し(以下「ATG8−PE」という)、オートファゴソーム膜の形成に関与することが知られている(非特許文献Nakatogawa H et al. (2007) Cell 130: 165-178を参照)。本発明において、「ATG8の発現が抑制された」とは、基準株のATG8の発現量と比較して、細胞内のATG8の発現量が低下していることを意味する。同一条件で培養した基準株の細胞内のATG8の発現量と比較して、細胞内のATG8の発現量が0.9倍以下である場合に、細胞内のATG8の発現量が低下していると判断することが好ましく、さらにt検定で5%レベルの有意差がある場合に、細胞内のATG8の発現量が低下していると判断することがより好ましい。本発明に係る藻類におけるATG8の発現量は、基準株に比べて例えば90%以下、80%以下、70%以下、60%以下、50%以下、40%以下、30%以下、20%以下、10%以下、あるいは0%(検出下限値未満)である(実施例2,4参照)。
【0022】
なお、基準株の細胞内のATG8の発現量は同一の方法で同時に測定したものであることが好ましいが、背景データとして蓄積されているデータを用いてもよい。藻類の細胞内のATG8の発現量は、従来公知の手法によって測定でき、例えばウェスタンブロット法により測定できる。
【0023】
また、「光合成産物の生産性が向上する」とは、基準株の光合成産物の生産性と比較して、光合成産物の生産量が多いことを意味する。同一条件で培養した基準株の光合成産物の生産量と比較して、光合成産物の生産量が1.1倍以上である場合に、光合成産物の生産性が向上していると判断することが好ましく、さらにt検定で5%レベルの有意差がある場合に、光合成産物の生産性が向上していると判断することがより好ましい。例えば、照射する光の条件(光量、強度、時間等)、投与する栄養素、単位時間あたり、飢餓状態とさせる工程が必須か否か、培養温度等の種々の観点で生産性を評価することができる。
【0024】
なお、本明細書において、上記「光合成産物(photosynthate)」とは、藻類が光合成による炭素固定によって産生する物質を指し、具体的には、例えば、糖類(例えば、デンプン)、油脂等のバイオマスおよびその派生物(代謝産物等)を指す。なお、ここで言う光合成による炭素固定とは、光エネルギーに由来する化学エネルギーを利用した炭素化合物の代謝全般を指す。従って、代謝系に取り込まれる炭素の由来は、二酸化炭素等の無機化合物に限らず、酢酸等の有機化合物も含まれる。
【0025】
本明細書において、上記「藻類」は、光合成能力を有し、光合成産物を生成可能な藻類であれば、特に制限されない。このような藻類としては、例えば、緑藻植物門の緑藻綱に分類される微細藻類が挙げられ、さらに具体的には、緑藻綱のクラミドモナス属に属するクラミドモナス・ラインハルディ(Chlamydomonas reinhardtii)、クラミドモナス・モエブシイ(Chlamydomonas moewusii)、クラミドモナス・ユーガメタス(Chlamydomonas eugametos)、クラミドモナス・セグニス(Chlamydomonas segnis)等;緑藻綱のセネデスムス属に属するセネデスムス・アキュマナタス(Scenedesmus acumunatus)、セネデスムス・ジモルファス(Scenedesmus dimorphus)、セネデスムス・ジシフォルミス(Scenedesmus disciformis)、セネデスムス・オヴァルテルマス(Scenedesmus ovaltermus)、緑藻綱のドナリエラ属に属するドナリエラ・サリナ(Dunaliella salina)、ドナリエラ・テルチオレクタ(Dunaliella tertiolecta)、ドナリエラ・プリモレクタ(Dunaliella primolecta)等;緑藻綱のクロレラ属に属するクロレラ・ブルガリス(Chlorella vulgaris)、クロレラ・ピレノイドーサ(Chlorella pyrenoidosa)等;緑藻綱のヘマトコッカス属に属するヘマトコッカス・プルビアリス(Haematococcus pluvialis)等;緑藻綱のクロロコックム属に属するクロロコックム・リトラエ(Chlorococcum littorale)等;緑藻綱または黄緑色藻綱のボトリオコッカス属に属するボトリオコッカス・ブラウニー(Botryococcus braunii)等;緑藻綱のコリシスチス属に属するコリシスチス・マイナー(Choricystis minor)等;緑藻綱のシュードコリシスチス属に属するシュードコリシスチス・ エリプソイディア(Pseudochoricystis ellipsoidea)等;珪藻綱のアンフォーラ属に属するアンフォーラ(Amphora sp.)等;珪藻綱のニッチア属に属するニッチア・アルバ(Nitzschia alba)、ニッチア・クロステリウム(Nitzschia closterium)、ニッチア・ラエビス(Nitzschia laevis)等;渦鞭毛藻綱のクリプセコディニウム属に属するクリプセコディニウム・コーニー(Crypthecodinium cohnii)等;ミドリムシ綱のミドリムシ属に属するユーグレナ・グラチリス(Euglena gracilis)、ユーグレナ・プロキシマ(Euglena proxima)等;繊毛虫門のゾウリムシ属に属するミドリゾウリムシ(Paramecium bursaria)等;藍藻門のシネココッカス属に属するシネココッカス・アクアティリス(Synechococcus aquatilis)、シネココッカス・エロンガタス(Synechococcus elongatus)等;藍藻門スピルリナ属に属するスピルリナ・プラテンシス(Spirulina platensis)、スピルリナ・スブサルサ(Spirulina subsalsa)等;藍藻門のプロクロロコッカス属に属するプロクロロコッカス・マリウス(Prochlorococcus marinus)等;藍藻門のオーシスチス属に属するオーシスチス・ポリモルファ(Oocystis polymorpha)等;等が例示される。
【0026】
細胞内のATG8の発現が抑制された藻類を取得する方法は特に制限されない。かかる方法については、後述する本発明に係る藻類の製造方法の項で具体的に説明する。
【0027】
本発明に係る藻類の一形態では、細胞内において、MEX1(マルトーストランスポーター遺伝子)の発現量および/または活性が基準株に比して増加していることが好ましい。MEX1は、細胞内において、マルトースを葉緑体から細胞質へ輸送するトランスポーターとして機能していることが知られている(非特許文献Niittyla T et al.(2004), Science 303 (5654): 87-89を参照)。藻類において、MEX1を過剰発現させると、結果としてATG8の発現が低下する。
【0028】
また、本発明に係る藻類は、MEX1のタンパク質をコードするポリヌクレオチドが発現可能に導入されていてもよい。かかる外因性ポリヌクレオチドが導入されることにより、MEX1を過剰発現する藻類では、細胞内のATG8の発現が抑制される。
【0029】
換言すれば、本発明は、MEX1のタンパク質をコードするポリヌクレオチドが導入されており、細胞内のATG8の発現が抑制された形質転換藻類(改変藻類)を提供するものであるといえる。かかる形質転換藻類は、後述するように、基準株に比べて光合成産物の生産性が向上している。
【0030】
発現させるMEX1のタンパク質またはこれをコードするポリヌクレオチドの由来は、宿主藻類に導入されて発現し機能し得る限り特に限定されないが、宿主藻類自身のMEX1タンパク質またはこれをコードするポリヌクレオチドであってよく、宿主藻類とは異なる種の藻類あるいは植物に由来するMEX1タンパク質またはこれをコードするポリヌクレオチドであってもよい。植物由来のMEX1タンパク質またはこれをコードするポリヌクレオチドとしては、例えば双子葉植物綱のアラビトプシス属に属する植物が好ましく用いられる。
【0031】
発現させるMEX1のタンパク質をコードするポリヌクレオチドの具体例としては、(a)配列番号1に示すアミノ酸配列からなるアラビトプシス・サリアナ(Arabidopsis thaliana)由来のMEX1タンパク質をコードするポリヌクレオチド(塩基配列を配列番号2に示す)、または配列番号3に示すアミノ酸配列からなるクラミドモナス・ラインハルディ(Chlamydomonas reinhardtii)由来のMEX1タンパク質をコードするポリヌクレオチド(塩基配列を配列番号4に示す)が挙げられる。
【0032】
また、発現させるMEX1のタンパク質をコードするポリヌクレオチドの具体例としては、
(b)配列番号1または3に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつMEX1の機能を保持するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;又は
(c)前記(a)または(b)のポリヌクレオチドのうちいずれかのポリヌクレオチドに相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつMEX1の機能を保持するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、も挙げられる。上記(a)〜(c)のポリヌクレオチドの詳細については後述する。
【0033】
また、上記以外にMEX1のタンパク質をコードするポリヌクレオチドの具体例として、配列番号17に示すアミノ酸配列からなるアラビトプシス・サリアナ由来のMEX1タンパク質をコードするポリヌクレオチド(塩基配列を配列番号18に示す)、または配列番号19に示すアミノ酸配列からなるクラミドモナス・ラインハルディ由来のMEX1タンパク質をコードするポリヌクレオチド(塩基配列を配列番号20に示す)が挙げられる。
【0034】
本発明に係る藻類の別の一形態では、ATG8遺伝子がサイレンシングされていることが好ましい。本発明において、「サイレンシング」とは、特定のメッセンジャーRNAの量が低下することを意味する。「サイレンシング」には、転写型遺伝子サイレンシング(Transcriptional Gene Silencing)及び転写後型遺伝子サイレンシング(Post-Transcriptional Gene Silencing)が含まれる。転写型遺伝子サイレンシングとしては、エピジェネティックなサイレンシング、ゲノムインプリンティング、パラミューテーション、トランスポゾン抑制、トランスジーン抑制、配置効果を例示することができる。転写後遺伝子サイレンシングとしては、miRNA(マイクロRNA)を用いたサイレンシング、RNA干渉、ナンセンス仲介減衰を例示することができる。同一条件で培養した基準株の細胞内のメッセンジャーRNAの量と比較して、細胞内のメッセンジャーRNA量が0.9倍以下である場合に、細胞内のメッセンジャーRNAの量が低下していると判断することが好ましく、さらにt検定で5%レベルの有意差がある場合に、細胞内のメッセンジャーRNAの量が低下していると判断することがより好ましい。
【0035】
基準株の細胞内のメッセンジャーRNAの量は同一の方法で同時に測定したものであることが好ましいが、背景データとして蓄積されているデータを用いてもよい。なお、藻類の細胞内のメッセンジャーRNAの量は、従来公知の手法によって測定でき、例えばリアルタイムRT−PCR法により測定できる。
【0036】
本発明において用いることができるサイレンシングの一例として、miRNAを用いたサイレンシングが挙げられる。miRNAとは、種々の大きさの一次転写産物をコードする遺伝子から作られる低分子RNAである。一次転写産物(「pri−miRNA」という。)は、種々の核酸分解ステップを通してより短いmiRNA前駆体または「pre−miRNA」へプロセシングされる。pre−miRNAは、折り畳み形で存在し、その結果最終(成熟)miRNAは二重鎖で存在し、この2本鎖がmiRNA(最終的に標的と塩基対形成する鎖)と呼ばれる。pre−miRNAは、前駆体からmiRNA二重鎖を取り出すダイサーの形のための基質であり、その後、siRNAと同様に、二重鎖はRISC複合体中に取り込まれ得る。miRNAは遺伝子導入で発現させることができる。miRNAは、部分的相補性のみを有する転写産物配列と結合し(Zeng Y et al. (2002), Mol. Cell 9: 1327-1333を参照)、定常状態における標的以外のRNAのレベルに影響を与えずに翻訳を抑制する(例えば、Lee RC et al. (1993), Cell 75: 843-854およびWightman B et al. (1993), Cell 75: 855-862を参照)。本発明で用いられるmiRNAとして、miRNAと同じ機構でサイレンシングが誘導できるよう設計された分子であるamiRNA(人工的マイクロRNA)が挙げられる。具体的には、配列番号5に示される塩基配列を有するamiRNAが挙げられる。
【0037】
ATG8の発現が抑制されている本発明に係る藻類では、ATG8の発現が抑制されていない基準株に比べて、光合成産物の生産および/または蓄積が増加する。そのため、従来よりも安価に、効率よく藻類からバイオマスを製造することができる。
【0038】
さらに、本発明に係る藻類は、ATG8が抑制されていることに加えて、葉緑体内のグルタチオン濃度が増加していることが好ましい。
【0039】
本発明において、「葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している」とは、基準株の葉緑体内のグルタチオン濃度と比較して、葉緑体内のグルタチオン濃度が高いことを意味する。同一条件で培養した基準株の葉緑体内のグルタチオン濃度と比較して、葉緑体内のグルタチオン濃度が1.1倍以上である場合に、葉緑体内のグルタチオン濃度が増加していると判断することが好ましく、さらにt検定で5%レベルの有意差がある場合に、葉緑体内のグルタチオン濃度が増加していると判断することがより好ましい。なお、基準株の葉緑体内のグルタチオン濃度は同一の方法で同時に測定したものであることが好ましいが、背景データとして蓄積されているデータを用いてもよい。
【0040】
藻類の葉緑体内のグルタチオン濃度は、レドックス状態を反映して色調が変化する分子プローブである、roGFP2を葉緑体内に存在させる方法によって直接測定することができる(例えば、Meyer AJ et al. (2007), Plant Journal 52: 973-986. Redox-sensitive GFP in Arabidopsis thaliana is a quantitative biosensor for the redox potential of the cellular glutathione redox buffer.およびGutscher M et al. (2009), Nat Methods 5: 553-559. Real-time imaging of the intracellular glutathione redox potential.を参照)。また、これ以外にも、グルタチオン生合成系に関与するタンパク質の発現量、または該タンパク質をコードするポリヌクレオチドの発現量を指標として、これらが増加している場合にグルタチオン濃度が増加していると間接的に測定することもできる。タンパク質やポリヌクレオチドの発現量の測定方法については従来公知の手法を好適に利用できる。
【0041】
上記「グルタチオン」としては、還元型グルタチオン(以下、「GSH」という。)および酸化型グルタチオン(以下、「GSSG」という。)がある。本発明に係る方法においては、GSHまたはGSSGのどちらか一方のグルタチオンの濃度を増加させればよく、GSHおよびGSSGの両方の濃度を増加させてもよい。
【0042】
本発明に係る藻類は、葉緑体において、γ−グルタミルシステイン合成酵素(以下、「GSH1」と称する場合もある。)、グルタチオン合成酵素(以下、「GSH2」と称する場合もある。)、ATPスルフリラーゼ、アデノシン5’−ホスホ硫酸還元酵素、亜硫酸還元酵素、システイン合成酵素およびセリンアセチル転移酵素からなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質の発現量および/または活性が増加していることが好ましい。これらのタンパク質は、葉緑体内のグルタチオン生合成系に関与する酵素であり、これらの発現量の増加が、すなわち葉緑体内のグルタチオン濃度の増加と把握することができる。
【0043】
また、本発明に係る藻類は、MEX1をコードするポリヌクレオチドおよび/またはATG8をサイレンシングする核酸に加えて、GSH1、GSH2、ATPスルフリラーゼ、アデノシン5’−ホスホ硫酸還元酵素、亜硫酸還元酵素、システイン合成酵素およびセリンアセチル転移酵素からなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質をコードするポリヌクレオチドが導入されていてもよい。かかる外因性ポリヌクレオチドが導入され、且つ(過剰)発現されている藻類とは、すなわち葉緑体内のグルタチオン濃度が増加した藻類であるといえる。
【0044】
換言すれば、本発明は、MEX1をコードするポリヌクレオチドおよび/またはATG8をサイレンシングする核酸に加えて、GSH1、GSH2、ATPスルフリラーゼ、アデノシン5’−ホスホ硫酸還元酵素、亜硫酸還元酵素、システイン合成酵素およびセリンアセチル転移酵素からなる群より選択される少なくとも1種のタンパク質をコードするポリヌクレオチドが導入されており、葉緑体内のグルタチオン濃度が増加した形質転換藻類を提供するものであるといえる。かかる形質転換藻類は、当然のことながら、光合成産物の生産性が向上しているものである。
【0045】
発現させる上記タンパク質またはこれをコードするポリヌクレオチドの由来は、宿主藻類に導入されて発現し機能し得る限り特に限定されないが、宿主藻類自身の上記タンパク質またはこれをコードするポリヌクレオチドであってよく、宿主藻類とは異なる種の藻類あるいは植物に由来する上記タンパク質またはこれをコードするポリヌクレオチドであってもよい。植物由来の上記タンパク質またはこれをコードするポリヌクレオチドとしては、例えば双子葉植物綱のアラビトプシス属に属する植物が好ましく用いられる。
【0046】
発現させるγ−グルタミルシステイン合成酵素をコードするポリヌクレオチドの具体例としては、
(a)配列番号6に示すアミノ酸配列からなるクラミドモナス・ラインハルディ(Chlamydomonas reinhardtii)由来のγ−グルタミルシステイン合成酵素をコードするポリヌクレオチド(塩基配列を配列番号7に示す)が挙げられる。
【0047】
また、発現させるγ−グルタミルシステイン合成酵素をコードするポリヌクレオチドの具体例としては、
(b)配列番号6に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつγ−グルタミルシステイン合成酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;又は
(c)上記(a)または(b)のポリヌクレオチドのうちいずれかのポリヌクレオチドに相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつγ−グルタミルシステイン合成酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド、も挙げられる。上記(a)〜(c)のポリヌクレオチドの詳細については後述する。
【0048】
本発明の藻類において、上記ポリヌクレオチドが藻類の細胞内に導入されていることは、従来公知のPCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等によって確認することができる。また、ポリヌクレオチドがコードするタンパク質の発現を、従来公知の免疫学的手法により測定することでも確認可能である。また、ポリヌクレオチドがコードするタンパク質が示す酵素活性を、従来公知の生化学的手法により測定することでも確認可能である。
【0049】
ATG8の発現が抑制された本発明に係る藻類では、基準株に比べて光合成産物の生産および/または蓄積を増加させることができる。また、本発明に係る藻類において、ATG8の発現が抑制され且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している場合、基準株に比べて光合成産物の生産および/または蓄積がさらに増加する。
【0050】
ATG8の発現が抑制され且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類では、窒素欠乏培地への培地交換をすることなく窒素充足培地で光合成産物の生産および/または蓄積することが可能であるため、培地交換の手間を省くことができる。また、ATG8の発現が抑制され且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類では、光条件をやや強くするだけで、光合成産物の生産および/または蓄積を増加させることができる。
【0051】
さらに、ATG8の発現が抑制され且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類では、藻類の細胞内に蓄積された光合成産物を細胞外に排出させることができるため、光合成産物の回収が容易である。例えば、光合成産物がデンプンである場合に、光合成によって蓄積したデンプンを、藻類の細胞を破砕しなくとも、デンプン粒として細胞外に排出させることができる。このため、ATG8の発現が抑制され且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類を用いてバイオマスを製造すれば、デンプンの精製を比較的容易に行うことができる。
【0052】
本発明の藻類を用いれば、光合成産物の蓄積の誘導および/または光合成産物の回収を、従来技術と比較して、容易に効率よく行うことができる。このため、本発明の藻類を、後述するバイオマスの製造方法において用いることにより、従来よりも安価に、効率よく藻類からバイオマスを製造することができる。
【0053】
2.本発明に係る藻類により産生されるデンプン
本発明の藻類によって生成されたデンプン粒は微小であることが特徴である。例えば、トウモロコシ、ジャガイモ、コムギ等によって作られる一般的なデンプン粒は平均粒径が10〜50μmであるのに対して、本発明の藻類によって生成されたデンプン粒は、その平均粒径が長径で1.3μm(標準偏差0.181)、短径で1.0μm(標準偏差0.204)である微小な、かつ大きさが揃った粒子である。イネやキヌア等は平均粒径が2〜3μm程度の微小なデンプン粒を造るが、それらは、トウモロコシ、ジャガイモ、コムギ等が作るデンプン粒と同様に、密着により組織化した胚乳を形成する。従って、トウモロコシ、ジャガイモ、コムギ、イネ、キヌア等を原材料にして、一つひとつがばらばらの状態になった微小なデンプン粒を調製するには、磨細など、コストにかかる処理が必要である。かかる微小なデンプン粒は、医薬品の製造において有用である。つまり、本発明の藻類を用いれば、微小で大きさの揃ったデンプン粒を大量に生産することができると共に、デンプン粒は藻類の細胞外に排出されるので精製を比較的容易に行うことができる。しかも、これらのデンプン粒は、磨砕等の処理をすることなく、一つひとつがばらばらの状態になっている。
【0054】
このように、本発明の藻類によって生成されるデンプン粒は、トウモロコシ、ジャガイモ、コムギ等によって作られる一般的なデンプン粒に比べて微小である。かかる微小なデンプン粒は、医薬品の製造において有用である。具体的には、かかる微小なデンプン粒は肺の細気管支の径よりも小さいので、肺疾患の治療薬を細気管支にまで送達させるための担体(治療薬とデンプン微小粒とを組み合わせたドライパウダーインヘラー)としての利用が期待される。
【0055】
また、デンプン粒の表面にペプチド性の抗原を提示させることによって、いわゆる「食べるワクチン」として活用することが期待される(例えば、Dauvillee D et al. (2010) PLoS ONE 5(12): e15424;特表2003−500060号公報(特願2000−620111号公報)には、マラリア抗原をクラミドモナスのデンプン粒表面に提示させることが開示されている。)。
【0056】
3.本発明に係る藻類の製造方法
本発明に係る藻類の製造方法は、上述した、基準株と比較して細胞内のATG8の発現が抑制され、光合成産物の生産性が向上している藻類(本発明の藻類)を製造する方法であって、藻類の細胞内のATG8発現を抑制する、ATG8発現抑制工程を少なくとも含んでいればよく、その他の条件、工程等の構成は限定されない。
【0057】
本発明の藻類の製造方法について、以下に具体的に説明する。
【0058】
(1)ATG8発現抑制工程
ATG8発現抑制工程は、藻類のATG8の発現を抑制する工程である。
【0059】
上記「ATG8の発現を抑制させる」とは、基準株に比べてATG8の発現を抑制させることを意味する。換言すれば、ATG8発現抑制工程後の藻類は、基準株に比べてATG8の発現量が少ない。藻類のATG8発現量が基準株に比べて減少したことは、本発明に係る藻類の項で説明した方法によって判定することができる。
【0060】
ATG8発現抑制工程において、ATG8の発現を抑制させる方法は、結果として、藻類のATG8の発現量を抑制させることができる限り、特に限定されない。例えば、(i)藻類にランダムに変異を導入する方法;(ii)ATG8の発現を抑制する物質を細胞内(場合によっては藻類のゲノム中)に導入する方法;等により取得することができる。
【0061】
以下に、上記(i)および(ii)の方法について具体的に説明する。
【0062】
(i)藻類にランダムに変異を導入する方法
藻類にランダムに変異を導入する方法は特に限定されず、公知の方法を適宜選択して使用することができる。具体的には、例えば、藻類を化学物質(例えば、EMS、NTGなど)で処理する方法、放射線を利用する方法、トランスポゾンを利用する方法、T−DNAを利用する方法、原核真核細胞間接合を利用する方法、ジーンガンなどで物理的に導入する方法などを挙げることができる。かかる手法により、例えば、ATG8遺伝子、又はATG8の発現を正に制御するタンパク質をコードする遺伝子に変異を導入し、ATG8の発現量を減少させる。あるいは、上記手法により、ATG8の発現を負に制御するタンパク質をコードする遺伝子に変異を導入し、タンパク質の活性を高め、ATG8の発現量を減少させる。
【0063】
所望の変異が導入された藻類を選別する方法も公知の手法を利用でき、特に制限されない。例えば、上述した細胞内のATG8の発現量を直接測定する方法を利用して、ATG8の発現が抑制された変異藻類を取得する方法、あるいはMEX1のタンパク質の発現量および/または活性が増加した変異藻類を取得する方法等を挙げることができる。
【0064】
(ii)ATG8の発現を抑制させる物質を細胞内に導入する方法
上記「細胞内のATG8の発現を抑制する物質」として、例えば、(A)ATG8の発現を抑制するタンパク質をコードするポリヌクレオチド、(B)ATG8遺伝子をサイレンシングさせる機能を有するポリヌクレオチドを導入することにより、細胞内のATG8の発現量が減少している藻類を取得することができる。上記(A)および(B)のポリヌクレオチドは、単独で用いてもよく、併用してもよい。
【0065】
なお、本明細書中で使用される場合、用語「ポリペプチド」は、「ペプチド」または「タンパク質」と交換可能に使用される。また、本明細書中で使用される場合、用語「ポリヌクレオチド」は、「遺伝子」、「核酸」または「核酸分子」と交換可能に使用され、ヌクレオチドの重合体が意図される。
【0066】
上記「ポリヌクレオチドを導入する」とは、導入対象のポリヌクレオチドが藻類の細胞内に存在していればよく、導入対象のポリヌクレオチドが、藻類のゲノム中に挿入(導入)されている場合も含まれる。ポリヌクレオチドが藻類の細胞内に導入されたことは、従来公知のPCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法等によって確認することができる。
【0067】
上記(A)のポリヌクレオチドを少なくとも1種、藻類の細胞内に導入することによって、細胞内のATG8の発現を抑制するタンパク質の発現量を増加させることができ、その結果として細胞内のATG8の発現を抑制することができる。
【0068】
このようなポリヌクレオチドとしては、例えば、MEX1をコードするポリヌクレオチド(以下、「MEX1遺伝子」と称する場合もある。)を好ましく例示できる。これらのポリヌクレオチドは、植物由来であることが好ましく、より好ましくは、宿主藻類自身が有するポリヌクレオチドであるが、宿主藻類と異なる藻類由来のポリヌクレオチドやその他高等植物由来のポリヌクレオチドも好適に用いることができる。
【0069】
上記「MEX1遺伝子」の具体例としては特に限定されないが、本発明に用いられる好適なMEX1遺伝子の1種として、本発明者らが実施例で用いているクラミドモナスのMEX1遺伝子を挙げることができる。クラミドモナスのMEX1は配列番号1に示されるアミノ酸配列からなり、それをコードする遺伝子(全長cDNA)は配列番号2に示される塩基配列からなる。
【0070】
また、本発明に用いられる好適なMEX1遺伝子の1種として、上記の他、本発明者らが実施例で用いているシロイヌナズナのMEX1遺伝子を挙げることができる。シロイヌナズナのMEX1は配列番号3に示されるアミノ酸配列からなり、それをコードする遺伝子(全長cDNA)は配列番号4に示される塩基配列からなる。
【0071】
すなわち、本発明においては、藻類に導入するヌクレオチドとして、下記(a)〜(c)のポリヌクレオチドを好ましく例示できる:
(a)配列番号1または3に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(b)配列番号1または3に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつMEX1の機能を保持するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(c)前記(a)または(b)のポリヌクレオチドのうちいずれかのポリヌクレオチドに相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつMEX1の機能を保持するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【0072】
ここで、上記「1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加された」とは、部位特異的突然変異誘発法等の公知の変異ペプチド作製法により欠失、置換もしくは付加できる程度の数(好ましくは10個以下、より好ましくは7個以下、さらに好ましくは5個以下)のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されることを意味する。このような変異タンパク質は、公知の変異ポリペプチド作製法により人為的に導入された変異を有するタンパク質に限定されるものではなく、天然に存在するタンパク質を単離精製したものであってもよい。
【0073】
タンパク質のアミノ酸配列中のいくつかのアミノ酸が、このタンパク質の構造または機能に有意に影響することなく容易に改変され得ることは、当該分野において周知である。さらに、人為的に改変させるだけでなく、天然のタンパク質において、当該タンパク質の構造または機能を有意に変化させない変異体が存在することもまた周知である。
【0074】
好ましい変異体は、保存性もしくは非保存性アミノ酸置換、欠失、または添加を有する。好ましくは、サイレント置換、添加、および欠失であり、特に好ましくは、保存性置換である。これらは、本発明に係るポリペプチド活性を変化させない。
【0075】
代表的に保存性置換と見られるのは、脂肪族アミノ酸Ala、Val、Leu、およびIleの中での1つのアミノ酸の別のアミノ酸への置換、ヒドロキシル残基SerおよびThrの交換、酸性残基AspおよびGluの交換、アミド残基AsnおよびGlnの間の置換、塩基性残基LysおよびArgの交換、ならびに芳香族残基Phe、Tyrの間の置換である。
【0076】
本明細書において、上記「ストリンジェントな条件」とは、少なくとも90%の同一性、好ましくは少なくとも95%の同一性、最も好ましくは少なくとも97%の同一性が配列間に存在するときにのみハイブリダイゼーションが起こることを意味する。具体的には、例えば、ハイブリダイゼーション溶液(50%ホルムアミド、5×SSC(150mMのNaCl、15mMのクエン酸三ナトリウム)、50mMのリン酸ナトリウム(pH7.6)、5×デンハート液、10%硫酸デキストラン、および20μg/mlの変性剪断サケ精子DNAを含む)中にて42℃で一晩インキュベーションした後、約65℃にて0.1×SSC中でフィルターを洗浄する条件を挙げることができる。
【0077】
ハイブリダイゼーションは、Sambrooket J al. (2001), Molecular Cloning, A Laboratory Manual, 3rd Ed., Cold Spring Harbor Laboratoryに記載されている方法のような周知の方法で行うことができる。通常、温度が高いほど、塩濃度が低いほどストリンジェンシーは高くなり(ハイブリダイズし難くなる)、より相同性の高いポリヌクレオチドを取得することができる。
【0078】
アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Karlin S, Altschul SF (1990), Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 2264-2268; Karlin S, Altschul SF (1993), Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 90: 5873-5877)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF et al. (1990), J. Mol. Biol. 215: 403-410)。
【0079】
クラミドモナス以外の植物由来のMEX1遺伝子としては、例えば、シロイヌナズナ(TAIR Accession Gene: 2157491、Name AT5G17520.1)、ダイズ(NCBI Reference Sequence: XP_003539988)、イネ(Genbank accession: AGR54532.1)、リンゴ(Genbank accession: DQ648082.1等のMEX1遺伝子が知られており、これらも本発明に好適に用いることができる。
【0080】
また、上記(B)のポリヌクレオチドを藻類の細胞内に導入することによって、細胞内のATG8の発現量を低下させることができる。このようなポリヌクレオチドとしては、例えば、従来公知のRNA干渉(RNA interference;RNAi)法において用いられる、2本鎖RNA(dsRNA)、siRNA(small interfering RNA)、これらのRNAの鋳型DNA、およびmiRNA(micro RNA)等が挙げられる。このようなポリヌクレオチドは、例えば、ATG8遺伝子の転写および/または翻訳を阻害する。
【0081】
上記miRNAの具体例としては特に限定されないが、本発明に用いられる好適なmiRNAの具体例として、配列番号5のmiRNAが挙げられる。
【0082】
本発明の藻類の製造方法において用いられる「ポリヌクレオチド」は、ゲノムDNAに由来しても、cDNAに由来してもよく、化学合成されたDNAであってもよい。また、RNAでもよい。目的に応じて適宜選択され得る。
【0083】
本発明の藻類の製造方法において用いられるポリヌクレオチドを取得する方法として、例えば、MEX1遺伝子を取得する場合は、公知の技術により、MEX1をコードするDNA断片を単離し、クローニングする方法が挙げられる。クラミドモナスのMEX1をコードするDNAの塩基配列の一部と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、ゲノムDNAライブラリーやcDNAライブラリーをスクリーニングすればよい。
【0084】
あるいは、本発明の藻類の製造方法において用いられるポリヌクレオチドを取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、MEX1遺伝子を取得する場合は、クラミドモナスのMEX1をコードするcDNAのうち、5’側および3’側の配列(またはその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(またはcDNA)を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、本発明に用いられるMEX1をコードするDNA断片(MEX1遺伝子)を大量に取得できる。
【0085】
本発明の藻類の製造方法において用いられるポリヌクレオチドは、所望の藻類及び植物を供給源として取得することができる。
【0086】
本発明の藻類の製造方法において、ポリヌクレオチドを藻類に導入する方法としては、特に限定されるものではない。例えば、当該ポリヌクレオチドを備える発現ベクターを導入することによって、当該ポリヌクレオチドを藻類の細胞内に導入することができる。また、発現ベクターの構築方法としては、従来公知の方法を使用すればよく、特に限定されるものではない。例えば、日本国公開特許公報「特開2007−43926号公報」および日本国公開特許公報「特開平10−0570868号公報」に開示された、発現ベクターの構築方法および藻類の形質転換方法に従って、導入対象ポリヌクレオチドの上流に藻類細胞で機能するプロモーターを、下流に藻類細胞で機能するターミネーターを連結した組換え発現ベクターを構築し、藻類に導入することができる。
【0087】
上記「プロモーター」としては、例えば、Hsp70A/RBc_S2プロモーターを好適に用いることができる。Hsp70A/RBc_S2プロモーターは藻類において遺伝子発現用途のために汎用的に使われており、導入対象ポリヌクレオチドにコードされている転写産物やタンパク質を構成的に高発現できる。
【0088】
(2)グルタチオン濃度増加工程
本発明に係る改変藻類の製造方法は、さらに藻類の葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させるグルタチオン濃度増加工程を含んでいることが好ましい。
【0089】
ここで、「葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させる」とは、基準株に比べて葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させることを意味する。換言すれば、グルタチオン濃度増加工程後の藻類は、基準株に比べて高いグルタチオン濃度を有している。藻類の葉緑体内のグルタチオン濃度が当該藻類の基準株に比べて増加したことは、本発明に係る藻類の項で説明した方法によって判定することができる。
【0090】
グルタチオン濃度増加工程において、葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させる方法は、結果として、藻類の葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させることができる限り、特に制限されない。例えば、ATG8発現抑制工程の方法と同様の方法、または特許文献5に記載された方法などを用いることができる。(i)目的の藻類に、公知の変異導入法を用いてランダムに変異を導入する方法;(ii)葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させる物質を細胞内(場合によっては、藻類のゲノム中)に導入する方法;等により取得することができる。
【0091】
(i)藻類にランダムに変異を導入する方法
藻類にランダムに変異を導入する方法は特に限定されず、公知の方法を適宜選択して使用することができる。具体的には、例えば、藻類を化学物質(例えば、EMS、NTGなど)で処理する方法、放射線を利用する方法、トランスポゾンを利用する方法、T−DNAを利用する方法、原核真核細胞間接合を利用する方法、ジーンガンなどで物理的に導入する方法などを挙げることができる。かかる手法により、例えば、GSH1、GSH2、ATPスルフリラーゼ、アデノシン5’−ホスホ硫酸還元酵素、亜硫酸還元酵素、システイン合成酵素、セリンアセチル転移酵素等の葉緑体におけるグルタチオンの生合成系に関与するタンパク質をコードするポリヌクレオチドに変異を導入し、タンパク質の発現量および/または活性を高め、その結果として葉緑体内のグルタチオン濃度が増加した藻類を取得すればよい。
【0092】
所望の変異が導入された藻類を選別する方法も公知の手法を利用でき、特に制限されない。例えば、上述した葉緑体内のグルタチオン濃度を直接測定する方法を利用して、グルタチオン濃度が増加した変異藻類を取得する方法、あるいはGSH1、GSH2、ATPスルフリラーゼ、アデノシン5’−ホスホ硫酸還元酵素、亜硫酸還元酵素、システイン合成酵素、セリンアセチル転移酵素等のタンパク質の発現量および/または活性が増加した変異藻類を取得する方法等を挙げることができる。
【0093】
(ii)葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させる物質を細胞内に導入する方法
上記「葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させる物質」として、例えば、(A)藻類の葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させるタンパク質をコードするポリヌクレオチド、(B)藻類の葉緑体内のグルタチオン濃度を低下させるタンパク質の発現量を低下させる機能を有するポリヌクレオチドを導入することにより、葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類を取得することができる。上記(A)または(B)のポリヌクレオチドは、単独で用いてもよく、併用してもよい。
【0094】
上記(A)のポリヌクレオチドを少なくとも1種、藻類の細胞内に導入することによって、葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させるタンパク質の発現量を増加させることができ、その結果として葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させることができる。
【0095】
このようなポリヌクレオチドとしては、例えば、γ−グルタミルシステイン合成酵素をコードするポリヌクレオチド(以下、「GSH1遺伝子」と称する場合もある。)、グルタチオン合成酵素をコードするポリヌクレオチド(以下、「GSH2遺伝子」と称する場合もある。)、ATPスルフリラーゼをコードするポリヌクレオチド、アデノシン5’−ホスホ硫酸還元酵素をコードするポリヌクレオチド、亜硫酸還元酵素をコードするポリヌクレオチド、システイン合成酵素をコードするポリヌクレオチド、セリンアセチル転移酵素をコードするポリヌクレオチド等を好ましく例示できる。これらのポリヌクレオチドは、植物由来であることが好ましく、より好ましくは、宿主藻類自身が有するポリヌクレオチドであるが、宿主藻類と異なる藻類由来のポリヌクレオチドやその他高等植物由来のポリヌクレオチドも好適に用いることができる。
【0096】
上記「γ−グルタミルシステイン合成酵素(GSH1)」は、グルタミン酸をγ位でシステインとアミド結合させることによってγ−グルタミルシステインを合成する酵素である。また、上記「グルタチオン合成酵素(GSH2)」は、γ−グルタミルシステインにグリシンが付加することによってグルタチオンを合成する酵素である。
【0097】
上記「GSH1遺伝子」の具体例としては特に限定されないが、本発明に用いられる好適なGSH1遺伝子の1種として、本発明者らが実施例で用いているクラミドモナスのGSH1遺伝子(CHLREDRAFT_181975)を挙げることができる。クラミドモナスのGSH1は配列番号6に示されるアミノ酸配列からなり、それをコードする遺伝子(全長cDNA)は配列番号7に示される塩基配列からなる。クラミドモナスGSH1遺伝子の翻訳産物は、N末端領域に葉緑体移行シグナルペプチドを有している。それゆえ、クラミドモナスのGSH1遺伝子の翻訳産物、すなわちクラミドモナスのGSH1は、通常、葉緑体に存在している。
【0098】
すなわち、本発明においては、藻類に導入するヌクレオチドとして、下記(a)〜(d)のポリヌクレオチドを好ましく例示できる:
(a)配列番号6に示されるアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(b)配列番号6に示されるアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、且つγ−グルタミルシステイン合成酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド;
(c)上記(a)または(b)のポリヌクレオチドのうちいずれかのポリヌクレオチドに相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つγ−グルタミルシステイン合成酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド。
【0099】
本発明において、上記「γ−グルタミルシステイン合成酵素活性」とは、グルタミン酸をγ位でシステインとアミド結合させる反応を触媒する活性を意味する。「γ−グルタミルシステイン合成酵素活性」は、例えば、溶液を窒素置換するなどして酸化防止措置を講じつつ、破砕した藻類を遠心分離して得られる上清を試料として、システインおよびグルタミン酸、ATPを含む反応液に試料を添加した後、一定時間に合成されるγ−グルタミルシステイン量として求めることができる。その他、その反応に伴い、生成されるリン酸量を定量して求めることもできる。
【0100】
クラミドモナス以外の植物由来のGSH1遺伝子としては、例えば、シロイヌナズナ(TAIR Accession Gene:2127172、Name AT4G23100.1)、ヒャクニチソウ(Genbank accession: AB158510)、イネ(Genbank accession: AJ508915)、タバコ(Genbank accession: DQ444219)等のGSH1遺伝子が知られており、これらも本発明に好適に用いることができる。これらの遺伝子の翻訳産物も、クラミドモナスと同様にN末端領域に葉緑体移行シグナルペプチドを有している。
【0101】
また、上記(B)のポリヌクレオチドを藻類の細胞内に導入することによって、葉緑体内のグルタチオン濃度を低下させるタンパク質の発現量を減少させることができ、その結果として葉緑体内のグルタチオン濃度を増加させることができる。このようなポリヌクレオチドとしては、例えば、従来公知のRNA干渉(RNA interference;RNAi)法において用いられる、2本鎖RNA(dsRNA)、siRNA(small interfering RNA)、これらのRNAの鋳型DNA等が挙げられる。
【0102】
上記「藻類の葉緑体内のグルタチオン濃度を低下させるタンパク質」としては、例えば、CLT1等を好ましく例示できる。上記「CLT1」は、グルタチオンを葉緑体から細胞質へ輸送するトランスポーターであり、最初にシロイヌナズナで見つけられ、CLT1と命名された(Maughan SC et al. (2010), Proc. Natl. Acad. Sci. USA 107 (5): 2331-2336を参照)。つまり、上記(B)の例示として、CLT1等のグルタチオントランスポーターの発現量を減少させることを意図したポリヌクレオチドを挙げることができる。
【0103】
(3)その他の工程
本発明の藻類の製造方法では、上述した「ATG8発現抑制工程」に加えて、細胞内のATG8の発現量が抑制されている藻類をスクリーニングする、スクリーニング工程をさらに含んでいてもよい。また、本発明の藻類の製造方法では、上述した「グルタチオン濃度増加工程」に加えて、葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類をスクリーニングする、スクリーニング工程をさらに含んでいてもよい。
【0104】
例えば、目的の遺伝子が導入された形質転換藻類は、まず、カナマイシン耐性やハイグロマイシン耐性などの薬剤耐性マーカーの発現を指標として、従来公知の薬剤選択法を用いて選択する。その後、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法、ノーザンハイブリダイゼーション法などによって、目的の遺伝子が藻類に導入されたか否かを確認することができる。例えば、形質転換藻類からDNAを調製し、導入されたDNAに特異的プライマーを設計してPCRを行う。その後、増幅産物についてアガロースゲル電気泳動、ポリアクリルアミドゲル電気泳動またはキャピラリー電気泳動などを行い、臭化エチジウムなどによって染色し、目的の増幅産物を検出することによって、形質転換されたことを確認することができる。
【0105】
細胞内のATG8の発現量が抑制されている形質転換体のスクリーニングには、上述した細胞内のATG8発現量の測定方法等を用いればよい。また、葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している個体のスクリーニングには、上述した葉緑体内のグルタチオン濃度の測定方法等を用いればよい。
【0106】
4.本発明に係るバイオマスの製造方法
本発明に係るバイオマスの製造方法は、上述した、基準株と比較して細胞内のATG8の発現が抑制されている藻類、またはATG8の発現が抑制されていることに加えて葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類の製造方法によって製造された藻類を用いてバイオマスを製造する方法である。
【0107】
本発明の藻類については、本発明に係る藻類の項で説明しており、また、本発明の藻類の製造方法については、本発明に係る藻類の製造方法の項で説明したとおりであるので、ここでは省略する。
【0108】
本明細書において、上記「バイオマス」とは、藻類が光合成による炭素固定によって産生する物質、例えば、糖類(例えば、デンプン)、油脂等を意図し、「光合成産物」とも言い換えられる。
【0109】
本発明のバイオマスの製造方法では、藻類の細胞内において光合成産物の生産または蓄積を誘導する方法は、特に制限されない。例えば、本発明のバイオマスの製造方法では、藻類の細胞内における光合成産物の生産または蓄積を誘導するために、上記藻類に対して光を照射する、光照射工程を含んでいてもよい。
【0110】
(1)光照射工程
(i)ATG8発現抑制藻類の場合
ATG8の発現が抑制されており且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加していない藻類(ATG8発現抑制藻類)において、細胞内への光合成産物の蓄積を誘導するためには、窒素飢餓条件下にすることが望ましい。「窒素飢餓条件」とは、無機態窒素の含有量が窒素原子換算で0.001重量%より少ない培養液中で培養することをいう。なお、上記「無機態窒素」とは、例えば、アンモニア態窒素、亜硝酸態窒素、硝酸態窒素等の窒素をいう。特に制限されないが、窒素を含有していない培養液として、例えば、公知のTAP培地の組成から窒素源を除いたTAP N−free培地を好適に用いることができる。なお、TAP培地は主成分がTris(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン)、Acetate(酢酸塩)、Phosphate(リン酸塩)から成る培地で、窒素源として塩化アンモニウム(0.4 g/l)を含む。詳細な組成はFukuzawa H and Kubo T (2009), 低温科学 67: 17-21に記載されている。TAP N−free培地は、TAP培地の組成を一部変更し、塩化アンモニウムの代わりに塩化カリウムを0.4 g/lとなるように加えた培地である。
【0111】
ATG8遺伝子をサイレンシングさせる機能を有するポリヌクレオチドを用いてATG8の発現を抑制する場合、上記培地中に当該ポリヌクレオチドを含有させることが好ましい。培地中における当該ポリヌクレオチドの濃度は、例えば、10μg/mlであることが好ましく、4μg/mlであることがより好ましい。
【0112】
なお、ATG8遺伝子をサイレンシングさせる機能を有するポリヌクレオチドの配列は、公知の手法により設計することができ、例えば配列番号5に挙げる配列を好適に用いることができる。また、ATG8遺伝子をサイレンシングさせる機能を有するポリヌクレオチドは、対象となる藻類のゲノム中に、適切なプロモーターと共に組み込むことで、対象となる藻類の中に発現させ、その機能を発揮させることができるが、適切な条件で培地等に添加することでその機能を発揮させることもできる。
【0113】
また、藻類に照射する光量を調節せずとも光合成産物の蓄積を誘導することが可能であるが、藻類に対して照射する光の光量は、例えば、40E/m2/秒以上であり、50μE/m2/秒以上であることが好ましく、60μE/m2/秒以上であることがより好ましく、70μE/m2/秒以上、80μE/m2/秒以上、90μE/m2/秒以上、100μE/m2/秒以上であることがさらに好ましい。また、例えば、1000μE/m2/秒以下であることが好ましく、500μE/m2/秒以下であることがより好ましく、100μE/m2/秒以下であることがさらに好ましい。
【0114】
上述した範囲の光を照射するための光照射装置として、特別な光照射装置を必要としない。例えば、太陽光;太陽光を鏡、光ファイバー、フィルター、メッシュ等で質的および量的に調節を加えた光;白熱灯、蛍光灯、水銀ランプ、発光ダイオード等の人工光を用いることができる。また、照射する光は、一般的な藻類の光合成に好適な波長域の光を用いることができ、例えば、400nm〜700nmであることが好ましい。
【0115】
また、光照射工程は、独立栄養条件下において行ってもよい。ここで、上記「独立栄養条件」とは、二酸化炭素以外に炭素源を供給しないで培養する条件をいう。具体的には、例えば、本発明の藻類を、HSM培養液中で、大気を送気しつつ光照射する方法によって培養することによって、光照射工程を独立栄養条件下において行うことができる。なお、二酸化炭素の供給源としては、大気に限定されず、火力発電所や製鉄所等の煙道中に含まれる二酸化炭素を活用して、大気より高い濃度で二酸化炭素を培地へ送り込み、生産性を高めることも可能である。
【0116】
独立栄養条件下では、培養容器の底部付近から、二酸化炭素または二酸化炭素を含む気体を送る(通気する)。二酸化炭素の水中での拡散速度は、大気中と比べて極度に遅い。それゆえ、培地を攪拌する必要がある。培地を攪拌することによって、藻類に対して光をムラ無く照射することも可能となる。二酸化炭素は水中で陰イオンとなるため、培地の緩衝能が弱いと、通気により培地が酸性側に傾き、二酸化炭素の溶解度が低下し、光合成に利用されにくくなる。それゆえ、培地にはpHが中性付近またはアルカリ性側に保たれる緩衝能があることが好ましい。かかる培地としては、従来公知のHSM培地等が好ましく例示される。
【0117】
(ii)ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類の場合
ATG8の発現が抑制されており且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類(ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類)において、細胞内への光合成産物の蓄積を誘導するために、窒素飢餓条件下で藻類を培養する必要がない。このため、上記光照射工程は、窒素飢餓ではない条件において行ってもよい。ここで、上記「窒素飢餓ではない条件」とは、藻類が生育するために必要な量の無機態窒素を含有している培養液中で培養することをいう。ここで、藻類が生育するために必要な量とは、培養液中に含有されている無機態窒素が、窒素原子換算で0.001〜0.1重量%であり、好ましくは0.005〜0.05重量%である。なお、後述する実施例で用いたTAP培地では、培養液中に含有されている無機態窒素が、窒素原子換算で約0.01重量%である。
【0118】
ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類が生育するために必要な量の無機態窒素を含有している培養液としては、藻類を培養するために通常用いられる培養液を用いればよく、特に制限されない。このような培養液としては、例えば、従来公知のTAP培地、HSM培地、ATCC897培地等を挙げることができる。
【0119】
また、藻類に照射する光量を調節せずとも光合成産物の蓄積を誘導することが可能であるが、藻類に対して照射する光の光量は、例えば、1000μE/m2/秒以下であり、500μE/m2/秒以下であることが好ましく、400μE/m2/秒以下、300μE/m2/秒以下、200μE/m2/秒以下、150μE/m2/秒以下、100μE/m2/秒以下、あるいは80μE/m2/秒以下であることがさらに好ましい。照射する光量が小さいほど、エネルギー効率が高まり、生産性が向上する。ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類は、従来の野生型の藻類に比べて少ない光量でも、細胞内および細胞外へ光合成産物を産生させることができる点で優れる。なお、照射する光量の下限は特に制限されないが、例えば、40μE/m2/秒以上が現実的に設定できる。
【0120】
上述した範囲の光を照射するための光照射装置としては、上記(i)で列挙したものを挙げることができる。
【0121】
一実施形態において、ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類を、TAP培地において、45μE/m2/秒の光を照射しながら培養することによって、細胞内へのデンプンの蓄積を誘導することができる。別の実施形態において、ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類を、TAP培地において、80μE/m2/秒の光を照射しながら培養することによって、細胞内へのデンプンの蓄積を誘導することができる。
【0122】
なお、ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類における光照射工程は、上記(i)で説明した窒素飢餓条件下において行ってもよい。一実施形態において、ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類を、窒素飢餓条件下(TAP N−free培地中)において、80μE/m2/秒の光を照射しながら培養することによって、細胞内へのデンプンの蓄積を誘導することができる。
【0123】
上述したように、ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類の特徴として、光合成産物を産生させる際に、窒素飢餓状態等の栄養制限工程を必要としない点を挙げることができる。つまり、ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類を用いる本発明の一実施形態では、実質的に窒素飢餓状態等の栄養制限工程を実施しない(実質的に窒素飢餓状態等の栄養制限工程を含まない)態様が可能である。かかる特徴により、工程を簡略化でき、光合成産物の生産性が向上する。
【0124】
また、光照射工程は、上記(i)で説明した独立栄養条件下において行ってもよい。
【0125】
(2)その他の工程
本発明のバイオマスの製造方法では、上述した「光照射工程」に加えて、光合成産物を回収する工程をさらに含んでいてもよい。
【0126】
(i)ATG8発現抑制藻類の場合
本発明に係るバイオマスの製造方法において、ATG8の発現が抑制されており且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加していない藻類(ATG8発現抑制藻類)を用いる場合、細胞を破砕し、例えば、静置による自然沈降、遠心分離、篩等により、デンプン粒および藻類の細胞破砕物の粒子径および/または比重等の物理的性質に基づく分離手段によりデンプン粒を回収すればよい。
【0127】
(ii)ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類の場合
本発明に係るバイオマスの製造方法において、ATG8の発現が抑制されており且つ葉緑体内のグルタチオン濃度が増加している藻類(ATG8発現抑制+グルタチオン濃度増加藻類)を用いる場合、細胞内に蓄積されたデンプンを、デンプン粒として細胞外に排出させることができるので、例えば、光合成産物がデンプンである場合、光合成産物を回収する工程では、細胞外に排出されたデンプン粒と藻類とを分離し、分離したデンプン粒を回収すればよい。細胞外に排出されたデンプン粒と藻類とを分離する方法は、特に制限されない。例えば、静置による自然沈降、遠心分離、篩等により、デンプン粒および藻類の細胞の粒子径および/または比重等の物理的性質に基づく分離手段によりなされ得る。
【0128】
上記(i)および(ii)のいずれについても、本発明のバイオマスの製造方法は、本発明の藻類または本発明の藻類の製造方法によって製造された藻類を用いてバイオマスの製造を行うので、光合成産物の蓄積の誘導および光合成産物の回収の両方を、従来技術と比較して、容易に、効率よく行うことができる。それゆえ、本発明のバイオマスの製造方法によれば、従来よりも安価に、効率よく藻類からバイオマスを製造することできる。
【0129】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0130】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
【0131】
〔実施例1:藻類の作成〕
<ATG8発現抑制株の作製1>
クラミドモナス・ラインハルディ由来のMEX1タンパク質(配列番号3、以下「CrMEX1」と称する。)をコードするMEX1遺伝子(配列番号4)を、Hsp70A/RBc_S2プロモーターの下流に連結したプラスミドを作製した。
【0132】
具体的には、以下の方法によった。クラミドモナス用ベクターである環状DNA、pChlamy1 (ライフ・テクノロジーズ社製)を、制限酵素Kpn1およびNot1を用いて逐次処理することによりで開環した(DNA断片1)。配列番号8のうち第163位〜第1830位のポリヌクレオチド(約1.7キロ塩基対)は、以下の方法によって作製した。
【0133】
クラミドモナス・ラインハルディCC−503株(クラミドモナスセンター、米国、デューク大学より分譲を受けた)をTAP培地、24℃、50μE/m2/秒の条件で4日間培養した。この培養物より集めた細胞を材料に、cDNA合成試薬キット(タカラバイオ社製、Solid phase cDNA synthesis kit)を用いcDNAの混合物を調製した。このcDNA混合物を鋳型として、配列番号9および10のオリゴヌクレオチドを用いて、公知の方法によりPCR反応(アニーリング温度は68℃)を実施し、クラミドモナスMEX1遺伝子をORFとこれに続く3'UTR領域を連続した約1.7キロ塩基対のポリヌクレオチドとして回収した。さらに、制限酵素Kpn1およびNot1を用いて末端構造を加工した(DNA断片2)。
【0134】
上述のDNA断片1とDNA断片2を連結すると同時に再度環状化させた。この環状DNAを公知の方法で、大腸菌を用いて増幅させ、大腸菌より抽出・精製した。
【0135】
この操作により環状DNA分子中に配列番号8に示される塩基配列が作成された。このうち、第1位〜第3位が開始コドンであり、第1286位〜第1288位が終止コドンである。すなわち、クラミドモナスMEX1遺伝子は、配列番号8に示される塩基配列のうち、第1位〜第1288位をオープンリーディングフレーム(ORF)として有している。なお、第9位〜第153位はイントロンである。
【0136】
上述のように作製した、Hsp70A-Rbc_S2プロモーター−CrMEX1のポリヌクレオチドを含むプラスミドを、制限酵素Sca1により線状化し、ガラスビーズ法(Kindle KL (1990), Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 1228-1232を参照)により、クラミドモナス・ラインハルディ(Chlamydomonas reinhardtii)CC−503株へ導入した。当該ポリヌクレオチドがゲノムDNAへ挿入され、細胞の複製に伴い子世代へ安定に受け継がれる形質転換株を、CC−503株がハイグロマイシン耐性を獲得したことを指標に選抜した。当該ポリヌクレオチドを含むプラスミドDNAのゲノムDNAへの挿入はPCR法により確認した。
【0137】
作製したCrMEX1過剰発現株を「ATG8発現抑制株(CC−503/CrMEX1ox)」と称する。
【0138】
<ATG8発現抑制株の作製2>
アラビトプシス・サリアナ由来のMEX1タンパク質(配列番号1、以下「AtMEX1」と称する。)をコードするMEX1遺伝子(配列番号2)を、Hsp70A/RBc_S2プロモーターの下流に連結したプラスミドを作製した。
【0139】
具体的には、以下の方法によった。クラミドモナス用ベクターである環状DNA、pChlamy3 (ライフ・テクノロジーズ社製)を、制限酵素Kpn1およびNot1を用いて逐次処理することによりで開環した(DNA断片3)。配列番号11のうち第163位〜第1442位のポリヌクレオチド(約1.3キロ塩基対)は、以下の方法によって作製した。
【0140】
シロイヌナズナ、コロンビア株を22℃、明期(100μE/m2/秒)16時間/暗期8時間の日周条件で3週間栽培した。この植物体を材料に、<ATG8発現抑制株の作製1>における操作と同様の操作によりcDNAの混合物を調製した。このcDNA混合物を鋳型として、配列番号12および13のオリゴヌクレオチドを用いて、公知の方法によりPCR反応(アニーリング温度は68℃)を実施し、シロイヌナズナMEX1遺伝子のORFを約1.3キロ塩基対のポリヌクレオチドとして回収した。さらに、制限酵素Kpn1およびNot1を用いて末端構造を加工した(DNA断片4)。
【0141】
上述のDNA断片3とDNA断片4を連結すると同時に再度環状化させた。この環状DNAを公知の方法で、大腸菌を用いて増幅させ、大腸菌より抽出・精製した。
【0142】
この操作により環状DNA分子中に配列番号11に示される塩基配列が作成された。このうち、第1位〜第3位が開始コドンであり、第1412位〜第1414位が終止コドンである。すなわち、シロイヌナズナMEX1遺伝子は、配列番号11に示される塩基配列のうち、第1位〜第1414位をオープンリーディングフレーム(ORF)として有している。なお、第9位〜第153位はイントロンである。
【0143】
上述のように作製した、Hsp70A-Rbc_S2プロモーター−AtMEX1のポリヌクレオチドを含むプラスミドを、制限酵素Sca1により線状化し、ガラスビーズ法(Kindle KL (1990), Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 1228-1232を参照)により、クラミドモナス・ラインハルディ(Chlamydomonas reinhardtii)CC−503株へ導入した。当該ポリヌクレオチドがゲノムDNAへ挿入され、細胞の複製に伴い子世代へ安定に受け継がれる形質転換株を、CC−503株がハイグロマイシン耐性を獲得したことを指標に選抜した。当該ポリヌクレオチドを含むプラスミドDNAのゲノムDNAへの挿入はPCR法により確認した。
【0144】
作製したAtMEX1過剰発現株を「ATG8発現抑制株(CC−503/AtMEX1ox)」と称する。
【0145】
<ATG8発現抑制株の作製3>
クラミドモナスの内生ATG8遺伝子の発現を特異的に抑制するサイレンシングコンストラクト(配列番号5、以下「ATG8-amiRNA」と称する。)に相補的なDNAを、PSADプロモーターの下流に連結したプラスミドを作製した。
【0146】
具体的には、以下の方法によった。クラミドモナス用ベクターである環状DNA、pChlamiRNA3(Molnar A et al. (2009), Plant Journal 58: 165-174)を、制限酵素Spe1で処理することによりで開環した(DNA断片5)。配列番号14からなるオリゴヌクレオチド(134塩基対)は、以下の方法によって作製した。配列番号15および16からなる2種類の1本鎖オリゴヌクレオチドを化学合成した。これら2種のオリゴヌクレオチドを混合し、100℃に加熱した後、徐々に温度を下げることにより、5’末端の4塩基(5'-CTAG)が1本鎖DNAとして突出する構造を有した2本鎖オリゴヌクレオチドを調製した(DNA断片6)。
【0147】
上述のDNA断片5とDNA断片6とをDNAリガーゼ(タカラバイオ社製)を用いて連結すると同時に再度環状化させた。この環状DNAを公知の方法で、大腸菌を用いて増幅させ、大腸菌より抽出・精製した。
【0148】
この操作により環状DNA分子中に配列番号14に示される塩基配列が作成された。このうち、第6位〜第28位および第71位〜第93位がクラミドモナスATG8のサイレンシングに特異性を与える塩基配列である。すなわち、ATG8-amiRNAは、配列番号14を含む配列番号5に示される塩基配列を鋳型として、細胞内でPSADプロモーターの制御のもとDNAからRNAへと転写される設計となっている。
【0149】
上述のように作製した、PSADプロモーター−ATG8-amiRNAのポリヌクレオチドを含むプラスミドを、制限酵素Sca1により線状化し、ガラスビーズ法(Kindle KL (1990), Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87: 1228-1232を参照)により、クラミドモナス・ラインハルディ(Chlamydomonas reinhardtii)CC−503株へ導入した。当該ポリヌクレオチドがゲノムDNAへ挿入され、細胞の複製に伴い子世代へ安定に受け継がれる形質転換株を、CC−503株がパロモマイシン耐性を獲得したことを指標に選抜した。当該ポリヌクレオチドを含むプラスミドDNAのゲノムDNAへの挿入はPCR法により確認した。
【0150】
作製したATG8発現抑制株を「ATG8発現抑制株(CC−503/ATG8amiRNA)」と称する。
【0151】
<GSH1過剰発現株の作製>
特許文献5の実施例1に記載の方法に従って、GSH1過剰発現株(22−2と称する)を作製した。
【0152】
<GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株の作製1>
上述のCrGSH1を過剰発現する細胞株22−2株を、<ATG8発現抑制株の作製1>と同様の方法で、Hsp70A-Rbc_S2プロモーター−CrMEX1のポリヌクレオチドのゲノム上にもつ形質転換体を作製した。
【0153】
作製したATG8発現抑制株を「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1ox)」と称する。
【0154】
<GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株の作製2>
上述のCrGSH1を過剰発現する細胞株22−2株を、<ATG8発現抑制株の作製2>と同様の方法で、Hsp70A-Rbc_S2プロモーター−AtMEX1のポリヌクレオチドのゲノム上にもつ形質転換体を作製した。
【0155】
作製したATG8発現抑制株を「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/AtMEX1ox)」と称する。
【0156】
<GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株の作製3>
上述のCrGSH1を過剰発現する細胞株22−2株を、<ATG8発現抑制株の作製3>と同様の方法で、PSADプロモーター−ATG8-amiRNAのポリヌクレオチドのゲノム上にもつ形質転換体を作製した。
【0157】
作製したATG8発現抑制株を「GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/ATG8amiRNA)」と称する。
【0158】
〔実施例2:野生型株におけるMEX1過剰発現のATG8発現への効果〕
実施例1で作製したATG8発現抑制株(CC−503/CrMEX1ox)およびATG8発現抑制株(CC−503/AtMEX1ox)を培養し、ATG8の発現量を評価した。具体的には、ATG8発現抑制株をTAP培地で振とう培養し、72時間経過後に細胞を回収した。次いで、細胞を破砕して、ウエスタンブロッティング解析した。コントロールとして、野生型クラミドモナス株であるCC−503株(以下、「親株(野生型株)」と称する)を用いた。
【0159】
結果を、図1に示す。図1は、得られた複数のクローンにおけるATG8のタンパク質発現量を示す図である。図1に示したように、MEX1を過剰発現させた細胞では、ATG8の発現が抑制されることがわかった(CC−503/CrMEX1oxのクローン1,2,3,16およびCC−503/AtMEX1oxのクローン1,2,11,12,15,18参照)。各クローンにおけるATG8のタンパク質発現量を、親株(野生型株)との発現量比(%)で以下の表に示す。
【0160】
【表1】
【0161】
〔実施例3:野生型株におけるMEX1過剰発現及びATG8サイレンシングのデンプン産生への効果〕
実施例1で作製したATG8発現抑制株(CC−503/CrMEX1ox)およびATG8発現抑制株(CC−503/AtMEX1ox)について、TAP窒素充足培地に細胞密度が0.5×104cells/mlになるように播種し、100μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(前培養)。前培養が対数増殖期に達した段階で遠心して細胞を回収した。次いで、TAP窒素欠乏培地(TAP N−free)に細胞密度が5.0×106cells/mlになるように再懸濁した(培地交換)。培地交換直後、およびTAP窒素欠乏培地(TAP N−free)で24時間振とう培養後に細胞を回収し、デンプン量を定量した。デンプン量は培養液あたりのデンプン量(グルコース換算)として示した。コントロールとして、野生型株CC−503を用いた。
【0162】
また、ATG8を標的とするRNAサイレンシングコンストラクト(ATG8-amiRNA)を細胞内へ供給するようにした遺伝子組換え体をTAP窒素充足培地に細胞密度が0.5×104cells/mlになるように播種し、100μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(前培養)。前培養が対数増殖期に達した段階で遠心して細胞を回収した。次いで、TAP窒素欠乏培地(TAP N−free)に細胞密度が5.0×106cells/mlになるように再懸濁した(培地交換)。培地交換直後、およびTAP窒素欠乏培地(TAP N−free)で24時間振とう培養した細胞を回収し、デンプン量を定量した。デンプン量は培養液あたりのデンプン量(グルコース換算)として示した。コントロールとして、野生型株CC−503を用いた。
【0163】
結果を図2に示す。図2は、TAP N−free培地へ培地交換0時間のデンプン量および培地交換24時間後のデンプン量を示す図である。CC−503/CrMEX1oxはクローン3、CC−503/AtMEX1oxはクローン15のデータを代表例として示す。デンプン量は培養液あたりのグルコース換算(mg glucose/dL culture)として表した。
【0164】
図2に示したように、MEX1を過剰発現させた細胞(CC−503/CrMEX1ox、CC−503/AtMEX1ox)、およびATG8を発現抑制した細胞(CC−503/ATG8amiRNA)では、野生型株と比較して、24時間後の培養液あたりのデンプン量(デンプン蓄積量)が増加した。この結果から、MEX1の過剰発現を介した間接のATG8発現抑制、あるいは直接のATG8発現抑制によりデンプン量が増加することが示された。
【0165】
〔実施例4:GSH1過剰発現株におけるMEX1過剰発現のATG8発現への効果〕
実施例1で作製したGSH過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1ox)およびGSH過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/AtMEX1ox)を培養し、ATG8の発現量を評価した。具体的には、ATG8発現抑制株をTAP培地で振とう培養し、96時間経過後に細胞を回収した。次いで、細胞を破砕して、ウエスタンブロッティング解析した。コントロールとして、GSH1過剰発現株(22−2)を用いた。
【0166】
結果を、図3に示す。図3(a)は、GSH過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1ox)を用いて得られた複数のクローンにおけるATG8のタンパク質発現量を示す図であり、図3(b)は、GSH過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/AtMEX1ox)を用いて得られた複数のクローンにおけるATG8のタンパク質発現量を示す図である。図3中、一番左のレーンはコントロール(22−2)を示す。図3に示したように、GSH1およびMEX1を過剰発現させた細胞では、ATG8およびATG−8PEの発現が抑制されることがわかった(22−2/CrMEX1oxクローン1,3,5,6,7および22−2/AtMEX1oxクローン1,2,3,4,6,7,16参照)。各クローンにおけるATG8のタンパク質発現量を、親株(野生型株)との発現量比(%)で以下の表に示す。
【0167】
【表2】
【0168】
〔実施例5:GSH1過剰発現株におけるMEX1過剰発現のデンプン産生への効果〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1oxおよび22−2/AtMEX1ox)を培養し、デンプン量を評価した。具体的には、TAP寒天培地上で培養した細胞をプラスチックループで少量掻き取って、TAP液体培地へ播種し、10μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(前培養)。前培養が定常期に達した段階で遠心して細胞を回収した。次いで、新しいTAP液体培地に細胞密度が1.0×104cells/mlになるように希釈し、100μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(本培養)。コントロールとして、GSH1過剰発現株(22−2)を用いた。
【0169】
結果を、図4に示す。図4(a)は、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1ox)におけるデンプン量の推移を示す図であり、図4(b)は、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/AtMEX1ox)におけるデンプン量の推移を示す図である。22−2/CrMEX1oxはクローン3、22−2/AtMEX1oxはクローン7のデータを代表例として示す。図4のグラフにおいて、縦軸は、培養液あたりのデンプン量をグルコース換算(mg glucose/dL culture)として示し、横軸は、本培養後の培養時間を示す。
【0170】
図4に示したように、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1oxおよび22−2/AtMEX1ox)では、GSH1過剰発現株(22−2)と比較して、本培養開始96時間以降の培養液あたりのデンプン量が増加した。この結果から、MEX1の過剰発現およびATG8発現抑制により、デンプン量が増加することが示された。
【0171】
〔実施例6:GSH1過剰発現株におけるMEX1過剰発現の細胞増殖への効果〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1ox、クローン3および22−2/AtMEX1ox、クローン7)を培養し、デンプン量を評価した。具体的には、TAP寒天培地上で培養した細胞をプラスチックループで少量掻き取り、TAP液体培地へ播種し、10μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(前培養)。前培養が定常期に達した段階で遠心して細胞を回収した。次いで、新しいTAP液体培地に細胞密度が1.0×104cells/mlになるように希釈し、100μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(本培養)。コントロールとして、GSH1過剰発現株(22−2)を用いた。
【0172】
結果を、図5に示す。図5(a−1)は、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1ox)の細胞数の推移を示す図であり、図5(a−2)は、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/AtMEX1ox)の細胞数の推移を示す図である。また、図5(b−1)は、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1ox)の微粒子数の推移を示す図であり、図5(b−2)は、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/AtMEX1ox)の微粒子数の推移を示す図である。図5(a)のグラフにおいて、縦軸は、培養液(mL culture)あたりの細胞数を示し、横軸は、本培養の培養時間を示す。また、図5(b)のグラフにおいて、縦軸は、培養液(mL culture)あたりの細胞以外の微粒子数を示し、横軸は、本培養の培養時間を示す。
【0173】
図5(a−1)、(a−2)に示したように、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1oxおよび22−2/AtMEX1ox)では、コントロールのGSH1過剰発現株(22−2)と比較して細胞増殖の促進が見られた。また、図5(b−1)、(b−2)に示したように、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1oxおよび22−2/AtMEX1ox)ではGSH1過剰発現株(22−2株)と比較して培養開始後おおむね96時間以降において微粒子数が多かった。微粒子はデンプン粒が死んだ細胞の中から培地中に出てきたものと考えられるため、細胞外へのデンプン粒放出の促進が示唆された。
【0174】
〔実施例7:GSH1過剰発現株におけるATG8サイレンシングのデンプン産生への効果〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/ATG8amiRNA)を培養して、細胞増殖とデンプン量を評価した。具体的には、TAP寒天培地上で培養した細胞をプラスチックループで少量掻き取ってTAP液体培地へ播種し、10μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(前培養)。前培養が定常期に達した段階で遠心して細胞を回収した。次いで、新しいTAP液体培地に細胞密度が1.0×104cells/mlになるように希釈し、100μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(本培養)。コントロールとして、GSH1過剰発現株(22−2)を用いた。
【0175】
結果を図6に示す。図6は、デンプン量の推移を示す図である。図6のグラフにおいて、縦軸は、培養液あたりのデンプン量をグルコース換算(mg glucose/dL culture)として示し、横軸は、本培養の培養時間を示す。
【0176】
図6に示したように、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/amiATG8)では、GSH1過剰発現株(22−2)と比較して、本培養開始72時間以降の培養液あたりのデンプン量が増加した。この結果から、GSH1過剰発現株においても、ATG8遺伝子の発現抑制により、デンプン蓄積量が増加することが示された。
【0177】
〔実施例8:GSH1過剰発現株におけるATG8サイレンシングの細胞増殖への効果〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/ATG8amiRNA)を培養して、細胞増殖とデンプン量を評価した。具体的には、TAP寒天培地上で培養した細胞をプラスチックループで少量掻き取り、TAP液体培地へ播種し、10μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(前培養)。前培養が定常期付近に達した段階で遠心して細胞を回収した。次いで、新しいTAP液体培地に細胞密度が1.0×104cells/mlになるように希釈し、100μE/m2/秒の連続光下で振とう培養した(本培養)。コントロールとして、GSH1過剰発現株(22−2株)を用いた。
【0178】
結果を、図7に示す。(a)は、細胞数の推移を示す図であり、(b)は、微粒子数の推移を示す図である。(a)のグラフにおいて、縦軸は、培養液(mL culture)あたりの細胞数を示し、横軸は、本培養の培養時間を示す。また、(b)のグラフにおいて、縦軸は、培養液(mL culture)あたりの微粒子数を示し、横軸は、本培養の培養時間を示す。
【0179】
(a)に示したように、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2amiATG8)では、コントロールのGSH1過剰発現株(22−2)と比較して細胞増殖の促進が見られた。また、(b)に示したように、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2amiATG8)では、GSH1過剰発現株(22−2)と比較して培養開始120時間以降において微粒子数が多かった。微粒子はデンプン粒が死んだ細胞の中から培地中に出てきたものと考えられるため、細胞外へのデンプン粒放出の促進が示唆された。
【0180】
〔実施例9:GSH1過剰発現株におけるATG8発現抑制の油脂産生への効果〕
実施例1で作製したGSH1過剰発現+ATG8発現抑制株(22−2/CrMEX1ox、22−2/AtMEX1ox及び22−2/ATG8amiRNA)を培養し、油脂量を評価した。コントロールとして、GSH1過剰発現株(22−2)を用いた。培養条件は、本培養において照射する連続光の光強度を170μE/m2/秒とした以外は、実施例6に記載の条件と同一とした。一日毎に培養液の一部をガラス管に回収し、凍結保存した後、分析に供した。
【0181】
細胞からの油脂の回収は以下のようにして行った。ガラス管の気相を窒素ガスで置換し、油脂定量のための内部標準としてペンタデカン酸20μgを加え、適量のメタノール−ヘキサン混合液(1:1)を添加して撹拌した。静置後、遠心分離を行って水相と有機溶媒相を分離させた。有機溶媒画分を別のガラス管に移し、減圧乾固した。乾固物を適量のヘキサンで溶解し、適量の2.5%硫酸メタノール溶液と混和した。ガラス管の気相を窒素ガスで置換し、80℃で1時間加熱した。室温まで冷却した後、飽和炭酸ナトリウム水溶液1mlを加えて撹拌した。遠心分離を行って有機溶媒相を回収し、減圧乾固した。乾固物にヘキサン200μLを加えて溶解したものを、ガスクロマトグラフィー・質量分析計(パーキンエルマー社製、Clarus SQ8)へ注入し、脂肪酸メチルエステル体の定量分析を行った。カラムには、パーキンエルマー社製Elite−225型(全長 30 m、内径 0.25 mm、 膜厚 0.25 μm)を用い、オーブン昇温条件は200℃まで3℃/分、その後200℃で6.5分維持した。
【0182】
市販の脂肪酸メチルエステルを用いて検量線を作成し、パルミチン酸(C16:0)、ステアリン酸(C18:0)、オレイン酸(C18:1)、リノール酸(C18:2)、及びリノレン酸(C18:3)の総和を脂肪酸量として算出した。図8に、脂肪酸量(a)と細胞数(b)の測定結果を示す。縦軸は培養液(mL culture)あたりの脂肪酸量(μg)あるいは培養液あたりの細胞数(x 106 cells)を示し、横軸は本培養開始後の培養日数を示す。22−2/CrMEX1oxはクローン1、22−2/AtMEX1oxはクローン7のデータを代表例として示す。
【0183】
図8に示したように、GSH1過剰発現+ATG8発現抑制株では、GSH1過剰発現株(22−2)と比較して、脂肪酸の蓄積量が多く、最大量に到達するのに要する培養時間も短かった。この結果から、ATG8の発現抑制により、油脂量が増加することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0184】
本発明によれば、従来よりも安価に、効率よく藻類からバイオマスを製造することができる。バイオマスは、バイオ燃料の原料として利用が期待されている。このため、本発明は、エネルギー産業等の広範な産業において利用可能性がある。
【配列表フリーテキスト】
【0185】
配列番号1:アラビトプシス・サリアナ由来のMEX1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号2:アラビトプシス・サリアナ由来のMEX1タンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列
配列番号3:クラミドモナス・ラインハルディ由来のMEX1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号4:クラミドモナス・ラインハルディ由来のMEX1タンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列
配列番号5:ATG8-amiRNAの塩基配列
配列番号6:クラミドモナス・ラインハルディ由来のγ−グルタミルシステイン合成酵素のアミノ酸配列
配列番号7:クラミドモナス・ラインハルディ由来のγ−グルタミルシステイン合成酵素をコードするポリヌクレオチドの塩基配列
配列番号8:Chlamydomonas reinhardtii MEX1 cDNAの鋳型の塩基配列
配列番号9:Chlamydomonas reinhardtii MEX1 cDNAの鋳型の増幅に用いたプライマーの塩基配列
配列番号10:Chlamydomonas reinhardtii MEX1 cDNAの鋳型の増幅に用いたプライマーの塩基配列
配列番号11:Arabidopsis thaliana MEX1 cDNAの鋳型の塩基配列
配列番号12:Arabidopsis thaliana MEX1 cDNAの鋳型の増幅に用いたプライマーの塩基配列
配列番号13:Arabidopsis thaliana MEX1 cDNAの鋳型の増幅に用いたプライマーの塩基配列
配列番号14:ATG8-amiRNAの鋳型の塩基配列
配列番号15:ATG8-amiRNAを合成するための1本鎖オリゴヌクレオチドの塩基配列
配列番号16:ATG8-amiRNAを合成するための1本鎖オリゴヌクレオチドの塩基配列
配列番号17:アラビトプシス・サリアナ由来のMEX1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号18:アラビトプシス・サリアナ由来のMEX1タンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列
配列番号19:クラミドモナス・ラインハルディ由来のMEX1タンパク質のアミノ酸配列
配列番号20:クラミドモナス・ラインハルディ由来のMEX1タンパク質をコードするポリヌクレオチドの塩基配列
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]