【実施例1】
【0016】
一般的に、ダクト内を流れる亜音速の圧縮性流体には、ダクトの断面積が小さくなるほどその速度が上昇していき、音速に収束するという性質がある。この物理現象を考慮し、本実施例では排気口より出る流れの速度を音速とすることを目的とする。
【0017】
ダクトの吸気口より流れを取り入れ、ダクトの断面積を縮小し、排気口よりその流れを排出するとき、吸気口の断面積をA、吸気口における流れのマッハ数をM、比熱比をγ、流れのマッハ数が1に到達するときの面積、すなわち排気口及びスロート部の断面積をA*とすると以下の式が成り立つ。(非特許文献3参照)
【数1】
【0018】
ここでγ=1.4を代入すると、A/A*をY軸、MをX軸としたグラフは
図4のようになる。
【0019】
車両が100[km/h]で走行する場合、M≒1/12となるから、(数1)にさらにM=1/12を代入すると、A/A*≒7となる。すなわち吸気口のおよそ7分の1より小さい面積までダクトの断面積を絞ることにより排気口より出る流れは音速となる。
【0020】
また、
図4のグラフを見ればわかるように、音速に達するのに必要な断面積に対する排気口及びスロート部の断面積は、30[km/h]で走行中はおよそ24分の1、200[km/h]で走行中はおよそ4分の1であるから、吸気口、排気口及びスロート部の断面積は可変とする構造としてもよい。
ただ、昨今のモータースポーツのレギュレーションの「空力部品は可動してはならない」というものを考慮して本実施例では吸気口、排気口及びその間のダクトの断面積及び形状は
図3の形状で不変とする。
【0021】
次に車両上面にかかる圧力(Ptopとする)と車両下面にかかる圧力(排気口から出た瞬間の流れの圧力、Pbtmとする)を導出する。
ベルヌーイの定理より、断熱過程に従う非粘性気体の定常な流れでは、流線上で
【数2】
が成り立つ。ただし、v は速度ベクトル、p は圧力、ρは密度、γは比熱比、ps , ρs はよどみ点における圧力と密度である。(非特許文献4参照)
【0022】
(数2)の右辺にγ=1.4、ps=101325、ρs=1.293を代入すると
(右辺)≒274275 となる。
【0023】
さらに、(数2)の左辺にv=27.7777(≒100[km/h])、γ=1.4、p=Ptop、ρ=1.293を代入し方程式を解くと、車両上面にかかる圧力Ptopが求まる。
Ptop≒101182[Pa] となる。
【0024】
また、同様にPbtmを求めたいが、密度ρが不明であるため方程式が解けない。そこで吸気口部と排気口部の質量流量が一定であることを利用して排気口部の密度ρbtmを求める。
【0025】
質量流量は、体積流量に密度を掛けることで求まる。また、体積流量は速度に断面積を掛けることで求まる。よって吸気口での質量流量は、
27.777[m/s]×A[m^2]×1.293[kg/m^3] - (1) となる。
同様に排気口での質量流量は、
331.45[m/s]×A*[m^2]×ρbtm[kg/m^3] - (2) となる。
A/A*=6.9734を代入し、(1)と(2)が等しいことを用い方程式を解くと、
ρbtm≒0.7556[kg/m^3]となる。
【0026】
したがって(数2)の左辺にv=331.45、γ=1.4、ρ=ρbtm=0.7556を代入し方程式を解くと、Pbtm≒47353[Pa]となる。
【0027】
このようにPtopとPbtmが求まったが、圧力Ptopが車両上面に一様にかかるのに対し、Pbtmは流れが排気口を出た瞬間の圧力であり、流れはその低圧さゆえに周囲の空気を巻き込み、車両後方に向かうにつれ低圧さは失われてしまう。
そのため近似的に
図2で示した車両下面の一辺1200[mm]の正三角形の部分8のみに圧力Pbtmがかかり、車両下面のそれ以外の部分には圧力Ptopがかかるとして圧力差によるダウンフォースを計算すると、
(圧力差によるダウンフォース)=Ptop×(車両上面の面積)−Pbtm×(正三角形の面積)−Ptop×(車両下面の正三角形以外の面積)=(略)=0.72×(Ptop-Pbtm)= 38756.88[N]
となる。
これは2009年のF1のレギュレーション(現在は削除されている)にある「(マシン全体で)12500Nのダウンフォース量を超えてはならない。」と比較して、膨大なダウンフォース量であるといえる。
【0028】
さらに、上記に付随する効果として、例えば水の流れるホースを絞ることにより反動を受けることと同じ原理で、排気口より進行方向後ろ向きに勢いよく空気を排出する反作用として、進行方向への力、すなわち推力を車両が得られる。これは捉え方によっては空気抵抗の減少とも言える。
【0029】
また、「前輪後端より後輪前端までの部分の車体下面は平面でなければならない」等という、いわゆるフラットボトム規定があたらない市販車等においては、排気口の位置が車両下面の前輪の後端より前方にある必要はないため、排気口が車両下面の先端から後輪の先端部までのいずれかの位置に配置されている構成としてもよい。
【0030】
考えられる問題点としては、
図3の12において車両が流れに対して車両下向きの加速度を与えているため、一見その反作用として車両が上向きの力を受けるように見えるが、同じく
図2の13において流れに上向きの加速度を与えているため、これらは相殺され、車両全体で見ると車両に上向きの力は働かないといえる。
【0031】
ただ、車両の左方向から見て後輪の接地面を軸とした時計回りのモーメントがわずかに増加し、一見ダウンフォースが後輪過多になるように思われる。しかし
図2の通り圧力差によりダウンフォースを受ける場所は前輪よりであるし、本実施例では採用していないものの、後輪のダウンフォースに大きな影響を与えるリアディフューザーやリアスポイラー等を設け、角度等を調整することで後輪のダウンフォース量を調整することは容易なため、これも車両全体で見ると問題とはならない。
したがって(0003)で述べたダウンフォースの前後バランスの問題は本発明では起こらない。
【0032】
また、本発明の構造により大きな影響を受けるのは、厳密には“車両と地面の間の空間”ではなく、 “「車両」と「車両と地面の間の空間」との間の空間”、すなわち車両・地面間の車両側の一部であるし、車両前面に設けた吸気口から空気が入ってくる限り高いダウンフォースを保つことができるから、本発明は車両が常に接地していることには依存しない。それゆえ(0007)で述べたように、縁石に乗り上げることでダウンフォースが一気に失われるということは起こらない。
ただ、車両がスピンするなどして吸気口に入る空気がなくなればダウンフォースは失われるが、スピンした際にダウンフォースが失われることはリアスポイラーやリアディフューザー等、ほぼすべての空力装置もしくは車両構造に起こることであり、本発明特別の欠点とはいえない。
【0033】
このように、(0002)で述べたいわゆるファンカーの、車両下面を低圧にして空気を車両外側(後ろ側)に排出するという特徴を、ファンすなわち羽を用いずに擬似的に再現できる点から本発明を用いた自動車は一言で「羽のないファンカー」と形容できる。
【0034】
なお、車両前面の吸気口より取り入れた流れを加速させて車両下面に流す車両構造はすでに公知である(例えば、非特許文献6参照)が、本発明及び本実施例においては取り入れた流れを水平面にほぼ平行で、車両下面に沿わせるよう後方に排出させ、車両がより直接的に低圧の恩恵を受けられるという点で新規性がある。
【0035】
前記した「ほぼ平行」とは平行から上下方向に5度以内と定義する。