(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
固体高分子型燃料電池の電極(触媒層)に用いるアイオノマは、Pt等からなる触媒へのプロトンパスとしての役割を担っている。触媒層アイオノマには、従来、ナフィオン(登録商標)に代表されるテトラフルオロエチレン(TFE)とパーフルオロスルホニルビニルエーテル(PSVE、PFSVE)との共重合体が用いられていた。しかし、カソードにおいて、アイオノマは、触媒表面への酸素供給の障害となる。また、アイオノマ内のスルホン酸基が触媒を被毒し、酸素還元活性を低下させるという問題がある。
【0003】
これらの問題の内、酸素供給性を改善する方法として、TFEよりも嵩高い分子構造をアイオノマに導入することが提案されている。例えば、特許文献1には、
(a)パーフルオロジメチルジオキソール(PDD)とパーフルオロスルホニルビニルエーテル(PSVE)(CF
2=CFOCF
2CF(CF
3)OCF
2CF
2SO
2F)との混合物をオートクレーブ中において共重合させ、
(b)得られたポリマーを加水分解処理及び酸型化処理し、PDD/PSVE−H共重合体を得る方法が開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、触媒層アイオノマではないが、紫外線発光素子を被覆する紫外線透過性の封止樹脂として、
(a)含フッ素脂肪族環を構成する炭素原子間に重合性二重結合を有する単位Aの単量体の単独重合体、及び、
(b)単位Aの単量体と、それ以外の他の単量体(例えば、テトラフルオロエチレン)との共重合体
が開示されている。
【0005】
さらに、非特許文献1には、触媒層アイオノマではないが、PDD及びその類縁体の合成方法が開示されている。同文献には、PDDは重合性を示すが、パーフルオロジエチルジオキソール(PDED)は重合性を示さない点が記載されている。
【0006】
燃料電池の触媒層において、触媒界面を覆うアイオノマの界面部分での密度が低下すると、触媒への酸素透過性が向上し、燃料電池の出力性能が向上する。従来のナフィオン(登録商標)に比べ、ジオキソール構造を有するアイオノマは、バルク状態の密度が低下することがわかっている。しかし、さらに出力性能を向上させるためには、アイオノマ分子構造の改良で、密度をさらに低下させる必要がある。
【0007】
この問題を解決するために、ジオキソールの2位の置換基(トリフルオロメチル基)を、よりかさ高い置換基(例えば、ペンタフルオロエチル基)に置き換えることも考えられる。しかし、非特許文献1に記載されているように、ジオキソールの2位にかさ高い置換基を導入するだけでは、重合性が低下するため、目的とする低密度アイオノマは得られない。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. シクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマ]
本発明に係るシクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマは、次の(1)式で表される構造を備えている。
【0019】
【化3】
但し、
nは、1以上5以下の整数、
R
fは、F又は炭素数が1以上10以下のパーフルオロアルキル基、
前記パーフルオロアルキル基は、直鎖であっても分岐があっても良く、エーテル結合を有していても良い。
【0020】
(1)式で表されるシクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマは、ジオキソールの2位の位置にスピロ環を備えている。nは、スピロ環の炭素数と関係がある。スピロ環を形成するためには、nは、1以上である必要がある。一般に、nが大きくなるほど、スピロ環の形成が容易となる。nは、好ましくは、2以上である。
一方、nが大きくなりすぎると、スピロ環に含まれるフッ素原子と炭素−炭素二重結合を構成する炭素原子との間の距離(C−F最近接距離)が過度に短くなり、かえって立体反発が大きくなる。従って、nは、5以下である必要がある。nは、好ましくは、3以下である。
【0021】
R
fは、スピロ環を構成する炭素原子に結合している基であり、F又は炭素数が1以上10以下のパーフルオロアルキル基を表す。パーフルオロアルキル基は、直鎖であって良く、あるいは、分岐があっても良い。また、パーフルオロアルキル基は、エーテル結合を含んでいても良い。さらに、スピロ環に含まれるR
fは、互いに同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。
R
fは、特に、Fが好ましい。これは、分子量や結晶性の過度の増加が抑制され、モノマの精製が容易となるためである。
【0022】
[2. シクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマの製造方法]
本発明に係るシクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマの内、n=3、R
f=Fであるもの(シクロヘキシルパーフルオロジオキソール(cPD)モノマ)は、例えば、
(a)パーフルオロシクロヘキサノンとエチレンオキシドとを反応させ、、
(b)得られた化合物と塩素とを反応させて4塩素付加体とし、
(c)4塩素付加体とHFとを反応させて2F化体とし、
(d)2F化体から塩素を脱離させる
ことにより製造することができる。
【0023】
cPDモノマ以外のシクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマを製造する場合も同様であり、パーフルオロシクロヘキサノンに代えて、目的とする環構造を備えたモノマを原料に用いる以外は、cPDモノマと同様の方法により製造することができる。
【0024】
[3. 低密度アイオノマ]
本発明に係る低密度アイオノマは、
次の(2)式で表される構造を備えた疎水部(A)と、
スルホン酸基を備えた親水部と
の共重合体からなる。
低密度アイオノマは、さらに疎水部(B)を備えていても良い。
【0025】
【化4】
但し、
nは、1以上5以下の整数、
R
fは、F又は炭素数が1以上10以下のパーフルオロアルキル基、
前記パーフルオロアルキル基は、直鎖であっても分岐があっても良く、エーテル結合を有していても良い。
【0026】
[3.1. 疎水部(A)]
疎水部(A)とは、(1)式で表されるシクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマの炭素−炭素二重結合が開裂したものをいう。(2)式中のn、及びRfの詳細については、(1)式と同様であるので、説明を省略する。
【0027】
[3.2. 親水部]
親水部とは、構造内にスルホン酸基(−SO
3H)を備えている構造単位をいう。親水部は、いずれかの部分にスルホン酸基を備えていれば良く、スルホン酸基以外の部分の構造は、特に限定されない。例えば、親水部は、直鎖状の構造を備えたものでも良く、あるいは分岐状の構造を備えたものでも良い。また、親水部は、C−H結合のみを含む構造を備えたものでも良く、あるいは、C−F結合を含む構造を備えたものでも良い。
高い耐久性を得るためには、親水部は、スルホン酸基を備えていることに加えて、C−F結合を含み、かつ、C−H結合を含まないものが好ましい。親水部は、スルホン酸基に加えて、スルホン酸基以外の酸基が含まれていても良い。
【0028】
親水部としては、例えば、(3.1)〜(3.3)式で表されるものがある。電解質は、これらのいずれか1種の親水部を備えていても良く、あるいは、2種以上を備えていても良い。
これらの中でも、親水部は、(3.1)式で表されるものが好ましい。これは、分子内・分子間のスルホン酸が凝集して連続性の高いプロトンパスを形成しやすいためである。
【0030】
[3.3. 疎水部(B)]
低密度アイオノマは、疎水部(A)及び親水部に加えて、さらに疎水部(B)を備えていても良い。「疎水部(B)」とは、酸基を備えていない構造単位であって、疎水部(A)とは異なるものをいう。疎水部(B)は、直鎖状の構造を備えたものでも良く、あるいは分岐状の構造を備えたものでも良い。また、疎水部(B)は、C−H結合のみを含む構造を備えたものでも良く、あるいは、C−F結合を含む構造を備えたものでも良い。
高い耐久性を得るためには、疎水部(B)は、C−F結合を含み、かつ、C−H結合を含まないものが好ましい。
【0031】
疎水部(B)としては、例えば、
(a)−CF
2−CF
2−、
(b)−CF
2−CF(OCF
3)−、
などがある。アイオノマは、これらのいずれか1種の疎水部(B)を備えていても良く、あるいは、2種以上を備えていても良い。
これらの中でも,疎水部(B)は、−CF
2−CF
2−が好ましい。これは、反応性が高いためである。
【0032】
[3.4. 比率]
疎水部(A)及び親水部、並びに、必要に応じて導入される疎水部(B)の比率は、特に限定されない。
一般に、低密度アイオノマが疎水部(A)及び親水部のみからなる場合において、疎水部(A)の比率が大きくなるほど、酸素透過性は向上するが、電気伝導度は低下する。また、低密度アイオノマが疎水部(B)をさらに備えている場合において、疎水部(B)の比率が大きくなるほど、分子量や結晶性は向上するが、電気伝導度は低下する。従って、疎水部(A)、親水部、及び疎水部(B)の比率は、目的に応じて最適な比率を選択するのが好ましい。
【0033】
[3.5. 分子構造]
低密度アイオノマの分子構造は、特に限定されない。すなわち、低密度アイオノマは、疎水部(A)及び親水部、並びに、必要に応じて導入される疎水部(B)のランダム共重合体、ブロック共重合体、又は末端ブロック共重合体のいずれであっても良い。
【0034】
ここで、「ランダム共重合体」とは、疎水部(A)及び親水部、並びに,必要に応じて導入される疎水部(B)の配列に秩序がない共重合体をいう。
「ブロック共重合体」とは、疎水部(A)のみが連続して結合しているブロックと、親水部のみが連続して結合しているブロックと、必要に応じて導入される疎水部(B)のみが連続しているブロックとが結合している共重合体をいう。
【0035】
「末端ブロック共重合体」とは、
スルホン酸基を備えた親水部、及び疎水部(A)、並びに、必要に応じて導入される疎水部(B)とのランダム共重合体からなる高分子鎖と、
前記高分子鎖の末端に結合している前記親水部の凝集構造からなる親水性ブロックと
を備えている共重合体をいう。
「親水部の凝集構造」とは、開始剤共存下において1種又は2種以上の親水性モノマを重合させることにより得られる構造をいう。親水性ブロックは、1種又は2種以上の親水部の繰り返しからなる。
「親水部の繰り返し数」とは、親水性ブロックに含まれる親水部(最小の繰り返し単位)の数をいう。
【0036】
親水性ブロックは、高分子鎖の末端に結合している。末端ブロック共重合体は、高分子鎖の一つの末端にのみ親水性ブロックが結合しているものでも良く、あるいは、高分子鎖の2以上の末端に親水性ブロックが結合しているものでも良い。
【0037】
本発明に係る低密度アイオノマは、かさ高いため、バルク密度が低い。そのためこれを空気極の触媒層アイオノマとして用いると、酸素透過性が向上する。
また、低密度アイオノマが末端ブロック共重合体である時には、酸素透過性が向上することに加えて、スルホン酸基による触媒の被毒も低減される。これは、
(a)主として末端の親水性ブロックを介してアイオノマが触媒に吸着するため、及び、
(b)これによって、触媒/アイオノマ界面近傍におけるアイオノマ密度が減少し、かつ、スルホン酸基と触媒との吸着箇所が少なくなるため
と考えられる。
【0038】
本発明に係る低密度アイオノマは、特に次の(4)式で表される構造を備えているものが好ましい。(4)式で表される低密度アイオノマは、6員環構造のかさ高さにより、密度が小さくなるという利点がある。
【0040】
[3.6. バルク密度]
本発明に係る低密度アイオノマは、疎水部にかさ高い部位を導入しているため、従来のアイオノマに比べてバルクの密度が低い。分子構造を最適化すると、バルクの密度は、1.95g/cm
3以下と予想できる。
【0041】
[3.7. 界面酸素透過抵抗]
「界面酸素透過抵抗」とは、アイオノマで被覆されている触媒に酸素を供給した時に、酸素がアイオノマを透過してアイオノマ/触媒界面に到達する際の抵抗をいう。界面酸素透過抵抗は、触媒(例えば、Pt)表面を厚さ50〜200nmのアイオノマで被覆した状態で測定された限界電流密度の逆数をプロットした時の切片の値(厚さ:0nm)をいう。
界面酸素透過抵抗は、出力点(ここでは、電圧:0.6V)での電流密度と相関がある。一般に、界面酸素透過抵抗が小さくなるほど、出力点における電流密度が高くなる。
【0042】
本発明に係る低密度アイオノマは、従来のアイオノマに比べて界面酸素透過抵抗が小さい。これは、アイオノマの疎水部にかさ高い部位を導入することによって、バルクの密度が低下し、それにより触媒に多くの酸素が供給されるためと考えられる。
本発明に係る低密度アイオノマにおいて、分子構造を最適化すると、Ptの表面をアイオノマで被覆した時の界面酸素透過抵抗は、6.0×10
-4cm
2・atm/mA以下となる。この値の出力点における予想電流密度は、約2.8A/cm
2となる。
【0043】
[3.8. 酸素還元反応(ORR)活性]
酸素還元反応(ORR)活性は、触媒性能を表す尺度である。本発明において、ORR活性は、回転ディスク電極法を用いて測定された、0.82V(RHE)での電流密度で表される。
ORR活性は、効率点(電流密度:0.2A/cm
2)における電圧と相関がある。一般に、ORR活性が高くなるほど、効率点での電圧が高くなる。
【0044】
本質的に高いORR活性を示す触媒であっても、触媒表面が被毒されると、ORR活性が低下する。スルホン酸基は、触媒を被毒し、触媒性能を低下させる原因となる。これに対し、本発明に係る低密度アイオノマは、従来のアイオノマに比べて触媒のORR活性が低下しにくい。これは、アイオノマの疎水部に従来よりもかさ高い部位を導入しているために、スルホン酸基と触媒との吸着箇所が少なくなるためと考えられる。
本発明に係る低密度アイオノマにおいて、分子構造を最適化すると、Pt(111)の表面をアイオノマで被覆した時のORR活性は、24.0mA/cm
2@0.82V以上となる。この値の効率点における予想電圧は、約834mVとなる。
【0045】
[3.9. 当量重量(EW)]
当量重量(EW)は、アイオノマに含まれる親水部の割合、並びに、親水部及び疎水部の分子構造により制御することができる。一般に、EWが小さくなるほど、高い伝導度が得られるが、アイオノマが水に溶解又は膨潤しやすくなる。一方、EWが高くなりすぎると、プロトン伝導度が低下する。
本発明に係る低密度アイオノマおいて、分子構造を最適化すると、EWは、600g/mol以上1100g/mol以下となる。
【0046】
[4. 低密度アイオノマの製造方法]
本発明に係る低密度アイオノマは、
疎水性モノマ(A)と、
スルホン酸基又はその前駆体を備えた親水性モノマと
を共重合させることにより得られる。
低密度アイオノマは、さらに疎水性モノマ(B)を加えて共重合させることにより得られるものでも良い。
【0047】
[4.1. 疎水性モノマ(A)]
疎水性モノマ(A)は、本発明に係るシクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマからなる。シクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマの詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0048】
[4.2. 親水性モノマ]
「親水性モノマ」とは、構造内にスルホン酸基又はその前駆体と、重合性基とを備えたモノマをいう。スルホン酸基の前駆体としては、例えば、−SO
2F、−SO
2Clなどがある。スルホン酸基又はその前駆体は、重合性基に直接、結合していても良く、あるいは、有機基を介して結合していても良い。
「重合性基」とは、構造中に炭素−炭素二重結合又は炭素−炭素三重結合を備えている官能基をいう。重合性基としては、例えば、トリフルオロビニル基(CF
2=CF−)、ジフルオロメチレン基(CF
2=C<)などがある。
親水性モノマの構造は、スルホン酸基又はその前駆体、及び重合性基を備えている限りにおいて、特に限定されない。
【0049】
親水性モノマとしては、例えば、以下の(5.1)〜(5.3)式ようなものがある。
【化7】
【0050】
本発明に係る低密度アイオノマを製造する際には、親水性モノマとして、これらのいずれか1種のモノマを用いても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
これらの中でも、式(5.1)で表されるモノマは、低密度アイオノマを製造するための親水性モノマとして好適である。これは、分子内・分子間のスルホン酸が凝集して連続性の高いプロトンパスを形成しやすいためである。
【0051】
[4.3. 疎水性モノマ(B)]
「疎水性モノマ(B)」とは、重合性基を備え、かつ、酸基を備えていないモノマであって、疎水性モノマ(A)とは異なるモノマをいう。
【0052】
疎水性モノマ(B)としては、例えば、
(a)CF
2=CF
2、
(b)CF
2=CF(−OCF
3)、
などがある。
本発明に係る低密度アイオノマを製造する際には、疎水性モノマ(B)として、これらのいずれか1種のモノマを用いても良く、あるいは、2種以上を組み合わせて用いても良い。
【0053】
[4.4. 重合条件]
適切な溶媒中に、所定量の疎水性モノマ(A)、親水性モノマ、及び疎水性モノマ(B)、並びに、適切な開始剤を加えて重合させると、本発明に係る低密度アイオノマが得られる。この場合、溶液中のモノマの比率、重合温度等の重合条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
【0054】
また、末端ブロック共重合体は、以下のようにして製造することができる。
まず、スルホン酸基又はその前駆体を備えた親水性モノマと開始剤とを反応させ、親水部の凝集構造からなる親水性ブロック、並びに、未反応の親水性モノマ及び開始剤を含む反応溶液を得る(第1重合工程)。
次に、前記反応溶液にさらに疎水性モノマ(A)及び疎水性モノマ(B)を加え、前記親水性ブロックを開始剤として、前記親水性モノマ、前記疎水性モノマ(A)、及び疎水性モノマ(B)をさらに共重合させる(第2重合工程)。
親水性モノマとして、スルホン酸基の前駆体を備えたモノマを用いた場合、アイオノマの前駆体が得られる。この場合、得られた前駆体の加水分解及び酸洗浄を行い、酸型にする(加水分解及び酸洗浄工程)。
【0055】
[5. 固体高分子型燃料電池]
本発明に係る固体高分子型燃料電池は、本発明に係る低密度アイオノマを空気極の触媒層アイオノマとして用いたことを特徴とする。
本発明に係る低密度アイオノマは、バルクの密度が低く、酸素透過性が高い。そのため、本発明に係る低密度アイオノマは、固体高分子型燃料電池の空気極の触媒層アイオノマとして好適である。
【0056】
[6. 作用]
ジオキソールの2位の位置に2つの置換基を結合させる場合において、置換基がかさ高くなるほど、重合性が低下する。これは、置換基がかさ高くなるほど、立体反発が大きくなるためと考えられる。
これに対し、ジオキソールの2位の位置に結合している2つの置換基をスピロ環に置き換えると、重合性の低下を抑制できる。これは、2位の置換基をスピロ環とすることで、立体反発が抑制されたためと考えられる。
このようなシクロアルキルパーフルオロジオキソールモノマを用いてアイオノマを合成し、これを空気極の触媒層アイオノマとして用いると、燃料電池の出力性能が向上する。これは、スピロ環を備えたジオキソール構造をアイオノマに導入することによって、アイオノマの密度が低下し、酸素透過性が向上したためと考えられる。
【実施例】
【0057】
(実施例1)
[1. 疎水性モノマ(A)の合成]
以下の手順に従い、cPDを合成した。次の(6)式に、cPDの合成手順を示す。
【0058】
【化8】
【0059】
[1.1. 化合物1の合成]
オートクレーブに、パーフルオロシクロヘキサノン(A)(45.0g、162mmol)を入れ、氷冷攪拌下、H
2O(11mL)を滴下した。これに、Bu
4NBr(7.83g、24.3mmol)、エチレンオキシド(1.2M in CH
2Cl
2、150mL)の順に加えた。滴下後、オートクレーブを封管し、室温で12時間攪拌した。12時間後、オートクレーブを開封し、ガスクロマトグラフィー(GC)で反応追跡し、反応の進行を確認した。同様の操作を計6回行った。
【0060】
すべての反応液を分液ロートに移し、水(150mL)を加え、分液した。有機相をさらに水(500mL)で5回洗浄後、MgSO
4で乾燥した。乾燥剤をろ別し、ろ液を得た。ろ液を65℃に加熱し、常圧下、CH
2Cl
2を留去した。CH
2Cl
2を留去後、47mmHgに減圧し、バス温:85℃、蒸気温:67℃で蒸溜精製し、194.53gの無色液体(化合物1)を得た。収率:62.2%、GC純度:98.8%。
【0061】
[1.2. 化合物2の合成]
Ar気流下、200mLの4つ口ナスフラスコに化合物1(194g、594mmol)を加えた。これを内温:120℃に加熱し、塩素ガスを吹き込んだ。塩素ガスは、ドライアイス/アセトントラップにより液化され、系内に滴下された。これに250Wの白熱灯で光照射しながら反応を行った。33時間(のべ4日間)まで反応追跡を行い、3塩素付加体の消失を確認したため、反応終了とした。
オイルバスに変更し、得られた反応物をバス温:40℃に加熱して微減圧することで塩素ガスを除去した。その後、減圧蒸留(バス温:105℃、Top温:67℃、減圧度:5mmHg)することで、216.50gの4塩素付加体であるアモルファス状無色固体(化合物2)を得た。収率:78.1%、GC純度:98.9%。
【0062】
[1.3. 化合物3の合成]
化合物2にSbCl
5を触媒として加え、無水HFでフッ素化することで、2F化体(化合物3)を得た。収率:50〜60%。
【0063】
[1.4. cPDの合成]
Ar気流下、1Lの4つ口ナスフラスコにトリグライム(298mL)を加えた。これに氷浴下で発熱に注意しながら、LiAlH
4(15.6g、412mmol)を添加した。次に、内温:15〜20℃でTiCl
4(19.5g、103mmol)を滴下した。これを内温:60℃で30分攪拌し、室温に冷却した。
【0064】
ここで、Ar気流を中止し、反応器に蒸留器一式を取り付け、Ar雰囲気下とした。そして氷浴下、内温:10〜20℃で化合物3(87.9g、206mmol)を滴下した。滴下終了の1時間後、GCで原料が5%程度になっているのを確認し、反応終了とした。その後すぐに、減圧蒸留(バス温:40℃、減圧度:55mmHg)した。留出物をドライアイスアセトンバスで冷却して1時間捕集することで、8.59gのcPD(フラクション1、GC純度:99.8%)を得た。さらにその後、同条件で3時間捕集し続けることで、0.67gのcPD(フラクション2、GC純度:99.6%)を得た。フラクション1と2の合計で収率:12.6%。
【0065】
[2. 評価]
[2.1. NMRスペクトル]
実施例1で得られた疎水性モノマのNMRスペクトルを測定した。
図1に、実施例1で得られた疎水性モノマの
19F NMRスペクトルを示す。
図1より、目的物(cPD)が得られていることがわかる。
【0066】
[2.2. cPDの安定性]
化合物3を0.5g使用し、反応の当量や反応条件は[1.4.]と同じにしてcPDを発生させた。滴下終了から2.5時間後には、GCで2分の位置に16%の目的物を確認した。しかし、3.5時間攪拌した後に目的物は4%に減少し、さらに終夜で攪拌すると完全に目的物のピークが消失した。この結果は、cPDが室温液体条件下で単独重合性があることを示している。
【0067】
(実施例2、比較例1〜2)
[1. アイオノマの合成]
[1.1. 実施例2]
窒素置換したオートクレーブにcPD(7.0g)と、酸基モノマ(CF
2=CF−O−CF
2CF
2SO
2F)(22.0g)を入れて、内温を15℃とした。次いで、開始剤(CF
3CF
2CF
2C=O−O)
2(バートレルXF、0.1M溶液)を0.03mol%加えて72時間反応させた。真空乾燥後、得られた固体を水酸化ナトリウム水溶液で加水分解し、塩酸により酸洗浄することで酸型のアイオノマ(4.6g)を得た。
【0068】
[1.2. 比較例1]
cPDに代えてPDDを用いた以外は、実施例2と同様にしてアイオノマを得た。
[1.3. 比較例2]
市販のフッ素系アイオノマ(ナフィオン(登録商標)、DE2020)をそのまま試験に供した。
【0069】
[2. 試験方法]
[2.1. NMRスペクトル]
実施例2で得られたアイオノマのNMRスペクトルを測定した。
[2.2. 電池性能]
実施例2、及び比較例1〜2で得られたアイオノマを空気極の触媒層アイオノマに用いた燃料電池を作製し、電池性能を評価した。電池性能は、効率点(電流密度:0.2A/cm
2)での電圧値、及び出力点(電圧:0.6V)での電流密度で評価した。
【0070】
[2.3. 界面酸素移動抵抗]
アイオノマをPt上に50〜200nm程度の厚さになるように塗布し、限界電流密度を測定した。限界電流密度の逆数を界面酸素移動抵抗とした。
[2.4. ORR活性]
Pt単結晶の(111)面上にアイオノマの薄膜(厚さ35nm狙い)を形成した。この試料を用いて、3極式回転ディスク電極法(Hanging meniscus方式)により、過塩素酸中においてサイクリックボルタモグラム(CV)及び酸素飽和下での酸素還元反応(ORR)活性を測定した。
[2.5. バルク密度]
NTVアンサンブルにより温度を353Kに保った条件で、分子動力学計算を用いて、アイオノマ構造のバルク密度を算出した。
【0071】
[3. 結果]
[3.1. NMRスペクトル]
図2に、実施例2で得られたアイオノマの
19F NMRスペクトルを示す。
図2より、
図2の左上に示した構造を備えたアイオノマが得られていることがわかる。
【0072】
[3.2. 電池性能]
図3に、実施例2及び比較例1〜2のアイオノマを用いた燃料電池の電流−電圧特性を示す。
図3より、以下のことがわかる。
(a)比較例2は、実施例1及び比較例1に比べてセル電圧が低い。これは、比較例2で用いた触媒層アイオノマの酸素透過性が低いためと考えられる。
(b)実施例1は、比較例1に比べてセル電圧が高い。これは、ジオキソールの2位にスピロ環を導入することによって、酸素透過性がさらに向上したためと考えられる。
【0073】
[3.3. 界面酸素移動抵抗及びORR活性]
表1に、界面酸素移動抵抗及びORR活性を示す。なお、表1には、各アイオノマのEW、出力点における電流密度、及び効率点における電圧も併せて示した。表1より、実施例2で得られたアイオノマは、他のアイオノマに比べて、界面酸素移動抵抗が低く、かつ、ORR活性が同等以上であることがわかる。
【0074】
【表1】
【0075】
[3.4. 計算により予想されるバルク密度]
図4に、実施例2及び比較例1〜2で得られたアイオノマの計算により求めた密度を示す。
図4より、実施例2で得られたアイオノマは、他のアイオノマに比べて密度が低くなると予想できる。
【0076】
(実施例3)
[1. 方法]
モノマの反応性を検証するため、理論計算による構造の最適化から、二重結合部分の炭素と、2位の置換基上のフッ素原子との最近接距離を求めた。
【0077】
[2. 結果]
図5に、理論計算から求めた各種モノマのC−F最近接距離を示す。炭素とフッ素のファンデルワールス半径の和は317pmであり、C−F最近接距離がこれより短い場合は重合しない構造といえる。
図5より、適切な環構造は、4員環〜6員環であることがわかる。また、PDEDの計算結果から、ジオキソールの2位の置換基が環でない場合において、エチル基より長いアルキル基を同時に2つ持つ場合には、重合しないと考えられる。
【0078】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。