(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事項であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。
また、本明細書において「A〜B(ただし、A,Bが任意の値)」とは、特に断らない限りA,Bの値(上限値および下限値)を包含するものとする。
【0016】
≪絵具≫
ここに開示される絵具は、被装飾物としてのセラミックの表面に付与して画付焼成することにより、当該セラミックを着色、装飾するためのものである。この絵具は、所定の成分を所定の割合で含むガラスマトリックスと、該ガラスマトリックス中に分散している着色材とを有し、上記着色材が少なくともナノ金属粒子を含んで構成されている。したがって、その他の性状については特に限定されず、種々の基準に照らして任意に決定し得る。例えば種々の成分を配合したりその組成を変更したりすることができる。
以下、各構成成分について順に説明する。
【0017】
ガラスマトリックスは、着色材を分散するマトリックス性を有している。ガラスマトリックスと着色材とは、典型的には一体的に焼結されており、焼結体の形態をなしている。ガラスマトリックスは、着色材の無機バインダとして機能する成分であり、着色材と被装飾物であるセラミックとの結合性や接着性を高める働きをする。なお、本明細書において「ガラス」とは、一般的な非晶質ガラスの他、結晶相を有する結晶化ガラスをも包含する用語である。
【0018】
本実施形態のガラスマトリックスは、全体を100mol%としたときに、90mol%以上が酸化物換算のモル比で以下の組成:
SiO
2 45〜70mol%(例えば50〜60mol%);
SnO
2 0.1〜6mol%(例えば1〜5mol%);
ZnO 1〜15mol%(例えば4〜10mol%);
RO(BeO、MgO、CaO、SrO、BaOのうち少なくとも1つ) 15〜35mol%(例えば20〜30mol%);
R
2O(Li
2O、Na
2O、K
2O、Rb
2Oのうち少なくとも1つ) 0〜5mol%(例えば1〜5mol%);
B
2O
3 0〜3mol%(例えば0〜1mol%);
から構成されている。
以下、かかるガラスマトリックスに含まれる成分について説明する。
【0019】
必須構成成分としてのケイ素成分(酸化ケイ素(SiO
2))は、ガラスの骨格を構成する成分(ガラスネットワークフォーマー)である。また、熱膨張係数を下げる成分でもある。さらに絵具の化学的安定性や熱的安定性を高めて、着色部で予期しない色調変性が生じることを抑制する成分でもある。
ガラスマトリックス全体に占めるSiO
2の割合は、45mol%以上(例えば50mol%以上)であって、70mol%以下(典型的には65mol%以下、例えば60mol%以下)であるとよい。SiO
2の割合を所定値以上とすることで、熱膨張係数を好適な範囲に調整することができる。また、着色部において、耐久性、耐水性、耐薬品性、耐熱衝撃性のうち少なくとも1つを向上することができる。さらに、SiO
2の割合を所定値以下とすることで、ガラス転移点が高くなり過ぎることを抑制して、ガラス溶融時の流動性を適切に維持確保することができる。
【0020】
必須構成成分としてのスズ成分(酸化スズ(SnO
2))は、ガラス中にナノ金属粒子が溶解することを抑制する成分である。つまり、スズ成分は、着色材の溶解抑制剤として機能する成分である。そのメカニズムは不明であるが、例えば、画付焼成時にスズ成分が還元剤として機能して、着色材としての金属成分が酸化されることを防いでいることが考えられる。
ガラスマトリックス全体に占めるSnO
2の割合は、0.1mol%以上(典型的には0.5mol%以上、例えば1mol%以上)であって、6mol%以下(典型的には5.5mol%以下、例えば5mol%以下)であるとよい。これにより、上記溶解抑制剤としての効果を安定的に発揮することができ、例えば、L
*a
*b
*表色系において黄方向のb
*値を向上して、優れた発色性を実現することができる。
【0021】
必須構成成分としての亜鉛成分(酸化亜鉛(ZnO))は、着色部の色調に影響を与える成分である。また、ガラス転移点や熱膨張係数を下げる成分でもある。
ガラスマトリックス全体に占めるZnOの割合は、1mol%以上(典型的には2mol%以上、例えば4mol%以上)であって、15mol%以下(典型的には12mol%以下、例えば10mol%以下)であるとよい。これにより、例えば、L
*a
*b
*表色系において明度L
*値を向上し、明るく鮮やかな色みを実現することができる。また、彩度C
*値を向上し、優れた発色性を実現することができる。また、ガラス転移点を好適な範囲に調整することができる。さらに、着色部において、耐久性、耐水性、耐薬品性、耐熱衝撃性のうち少なくとも1つを向上することができる。
【0022】
必須構成成分としての広義のアルカリ土類金属成分(RO;具体的には、酸化ベリリウム(BeO)、酸化マグネシウム(MgO)、酸化カルシウム(CaO)、酸化ストロンチウム(SrO)、酸化バリウム(BaO))は、着色部の色調に影響を与える成分である。また、網目修飾酸化物(ネットワークモディファイア)として機能し、ガラス全体の安定性に寄与する成分でもある。
ガラスマトリックス全体に占めるROの割合は、15mol%以上(典型的には18mol%以上、例えば20mol%以上)であって、35mol%以下(典型的には32mol%以下、例えば30mol%以下)であるとよい。これにより、例えば、L
*a
*b
*表色系において明度L
*値を向上し、明るく鮮やかな色みを実現することができる。また、黄方向のb
*値を向上し、優れた発色性を実現することができる。また、ROの割合を所定値以上とすることで、ガラス転移点を下げることができる。さらに、着色部において、耐久性、例えば化学的耐久性や耐摩耗性、耐薬品性を向上することができる。また、ROの割合を所定値以下とすることで、熱膨張係数を低く抑えると共に、着色部の安定性や耐久性を向上することができる。
【0023】
好適な一態様では、ガラスマトリックスが、上記した広義のアルカリ土類金属成分の中から2成分以上、好ましくは3成分以上、例えば4成分を有している。一例では、ガラスマトリックスが、カルシウム成分(CaO)とストロンチウム成分(SrO)とバリウム成分(BaO)とを含んでいる。複数のアルカリ土類金属成分をバランスよく含むことで、例えばいずれか1つの成分を単独で含む場合に比べて、ガラス全体としての安定性をより良く高めることができる。
【0024】
任意構成成分としてのアルカリ金属成分(R
2O;具体的には、酸化リチウム(Li
2O)、酸化ナトリウム(Na
2O)、酸化カリウム(K
2O)、酸化ルビジウム(Rb
2O))は、ガラスマトリックスに含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。アルカリ金属成分は、着色部の色調に影響を与える成分である。また、網目修飾酸化物(ネットワークモディファイア)として機能すると共に、ガラス転移点を低下させて、ガラス溶融時の流動性を高める成分でもある。一方で、アルカリ金属成分を多く含むガラスは、熱膨張係数を過剰に高め過ぎたり、着色部の安定性、例えば耐薬品性や耐熱性、耐久性を低下させたりする要因になり得る。
したがって、ガラスマトリックス全体に占めるR
2Oの割合は、5mol%以下(例えば3mol%以下)であるとよい。例えば、L
*a
*b
*表色系において明度L
*値を向上し、明るく鮮やかな色みを実現することができる。また、黄方向のb
*値を向上し、優れた発色性を実現することができる。また、熱膨張係数を低く抑えると共に、着色部の安定性を高めることができる。なお、ガラス転移点を低下させる目的などでガラスマトリックス中にR
2Oを含有する場合は、その割合を、概ね0.1mol%以上(例えば1mol%以上)としてもよい。
【0025】
任意構成成分としてのホウ素成分(酸化ホウ素(B
2O
3))は、ガラスマトリックスに含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。ホウ素成分は、ガラス転移点を低下させて、ガラス溶融時の流動性を高める成分である。また、ガラス封止材料の熱膨張係数を調整するための成分でもある。一方で、ホウ素成分には、ナノ金属粒子をガラス中に取り込んで保持するような副作用がある。そのため、ホウ素成分を多く含んだガラスを用いると、上述の通り着色部の発色性が悪くなることがある。このことは、特にナノ金属粒子として、ナノ銀粒子を用いる場合に問題となり得る。
したがって、ガラスマトリックス全体に占めるB
2O
3の割合は、3mol%以下(典型的には1mol%以下、例えば0.1mol%以下)であるとよい。これにより、ナノ金属粒子由来の発色性を安定的に維持向上することができ、着色部の見栄えをより良くすることができる。例えば、L
*a
*b
*表色系において明度L
*値を抑えて、鮮明な模様を実現することができる。また、黄方向のb
*値を向上し、優れた発色性を実現することができる。
【0026】
ガラスフリットは、上述した4〜6種の成分で構成されていてもよく、あるいは、本発明の効果を著しく損なわない限りにおいて、上記以外の付加的な成分を含んでいてもよい。かかる付加的な成分としては、例えば、酸化物の形態で、Ag
2O、A1
2O
3、ZrO
2、TiO
2、V
2O
5、FeO、Fe
2O
3、Fe
3O
4、CuO、Cu
2O、Nb
2O
5、P
2O
5、La
2O
3、CeO
2、Bi
2O
3等が挙げられる。付加的な成分は、ガラスマトリックス全体を100mol%としたときに、目安として合計10mol%以下の割合で含むようにすると良い。また、必要に応じて、従来この種のガラスフリットに一般的に使用されている添加剤を含むこともできる。
【0027】
例えば、食器の装飾に使用される用途では、着色部に対しても酸性の食品に対する十分な耐酸性やアルカリ性の洗剤に対する十分な耐アルカリ性が求められる。かかる場合には、ガラスマトリックスがアルミニウム成分(酸化アルミニウム(A1
2O
3))および/またはジルコニウム成分(酸化ジルコニウム(ZrO
2))を含むことが好ましい。
ガラスマトリックスにアルミニウム成分を含有することで、着色部の付着安定性が向上し、化学的耐久性や耐薬品性をより良く高めることができる。ガラスマトリックス全体に占めるA1
2O
3の割合は、例えば、1mol%以上(典型的には2mol%以上、例えば5mol%以上)であって、10mol%以下(典型的には8mol%以下、例えば6mol%以下)であるとよい。
また、ガラスマトリックスにジルコニウム成分を含有することで、着色部の耐アルカリ性をより良く高めることができる。ガラスマトリックス全体に占めるZrOの割合は、例えば、0.1mol%以上(典型的には0.5mol%以上、例えば1mol%以上)であって、5mol%以下(例えば3mol%以下)であるとよい。
【0028】
また、例えばナノ金属粒子がナノ銀粒子を含む場合には、ガラスマトリックスに銀成分(酸化銀(Ag
2O))を含むことが好ましい。ガラスフリット中の銀成分には、ガラス中の銀成分を飽和して、着色材としてのナノ銀粒子がガラス中に取り込まれることを抑制する効果がある。これにより、ナノ銀粒子由来の発色性が安定的に維持発揮されて、例えばL
*a
*b
*表色系における黄方向のb
*値を高めることができる。
上記の効果は少量の銀成分の添加によって十分に実現されるため、コストとの兼ね合いから、ガラスマトリックス全体に占めるAg
2Oの割合は、概ね5mol%以下(典型的には3mol%以下、例えば1mol%以下)であるとよい。これにより、コストを低く抑えつつ、本発明の効果を高いレベルで発揮することができる。
【0029】
好適な一態様では、ガラスマトリックスが5成分以上、好ましくは6成分以上で構成されている。複数の成分をバランスよく含むことで、着色部の安定性や耐久性をより向上することができる。また、調製時の作業性やコストの観点からは、ガラスマトリックスが20成分以下、例えば15成分以下で構成されることが好ましい。
【0030】
好適な一態様では、ガラスマトリックスに、人体や環境に対して悪影響となり得る成分、例えばヒ素(As)成分や鉛(Pd)成分、カドミウム(Cd)成分を実質的に含まない。例えば、ガラスマトリックス全体を100mol%としたときに、ヒ素成分や鉛成分、カドミウム成分の合計が1mol%以下、好ましくは0.5mol%以下、より好ましくは0.1mol%以下であるとよい。とりわけ食器の装飾に使用される用途などでは、これらの成分を積極的には添加しない(不可避的な不純物として混入することは許容され得る)ことが好ましい。
【0031】
ガラスマトリックスを構成するガラスの線熱膨張係数(熱機械分析装置を用いて25℃から500℃までの温度領域において測定した平均線膨張係数。以下同じ。)は特に限定されないが、被装飾物としてのセラミックと同等であるとよい。一例では、ガラスの線熱膨張係数が、被装飾物(セラミック)の熱膨張係数±2×10
−6K
−1程度であるとよい。例えば、ガラスの線熱膨張係数が、4.0×10
−6K
−1〜8.0×10
−6K
−1であるとよい。上記したガラス構成によれば、ホウ素成分の割合が低く抑えられていても、このような熱膨張係数を好適に実現することができる。これにより、画付焼成時における被装飾物(セラミック)と絵具との収縮率の差が小さくなる。したがって、着色材を付与した部位(着色部)に剥離やひびなどの不具合を生じ難くなり、セラミックの装飾を安定的に行うことができる。
【0032】
ガラスマトリックスを構成するガラスのガラス転移点(示差走査熱量分析に基づくTg値。以下同じ。)は、特に限定されない。例えば後述する焼結温度との関係から、概ね400〜1500℃であるとよい。なかでも、下絵付けやシンクインで用いる絵具にあっては、ガラス転移点が概ね900〜1300℃程度、上絵付けで用いる絵具にあっては、ガラス転移点が概ね500〜900℃程度であるとよい。
【0033】
絵具に占めるガラスマトリックスの割合は特に限定されないが、被装飾物であるセラミックとの結合性や接着性を高める観点からは、絵具全体を100体積%としたときに、概ね50体積%以上、典型的には60体積%以上、例えば70体積%以上であるとよい。また、発色性を維持向上する観点からは、絵具全体を100体積%としたときに、ガラスマトリックスの割合が、概ね95体積%以下、典型的には90体積%以下、例えば80体積%以下であるとよい。
【0034】
着色材は、被装飾物であるセラミックの表面に色彩を付与する成分である。着色材は、典型的には保護剤や分散剤などの添加剤と共に、上記ガラスマトリックス中に混在している。なお、着色材と添加剤とは、それぞれ独立した状態で存在していてもよく、例えば着色材のまわりに添加剤が集合して塊状に存在していてもよい。
【0035】
本実施形態の着色材は、ナノ金属粒子を含んでいる。ナノ金属粒子としては、例えば、ナノ金粒子、ナノ銀粒子、ナノ銅粒子、ナノ白金粒子、ナノチタン粒子、ナノパラジウム粒子などが挙げられる。
ナノ金属粒子は、表面プラズモン共鳴(SPR:surface plasmon resonance)に起因して、紫外〜可視領域にそれぞれ固有の光学的特徴(例えば強い光吸収帯)を有する。例えばナノ金(Au)粒子は、530nm付近の波長の光(緑色〜水色光)を吸収して、「マロン」と呼ばれる青みがかった赤色(赤紫色)の発色を呈する。したがって、例えば赤色や紫色の絵具を調製する場合には、ナノ金属粒子として、ナノ金粒子を好適に用いることができる。また、例えばナノ銀(Ag)粒子は、420nm付近の波長の光(青色光)を吸収して、黄色の発色を呈する。したがって、例えば橙色や黄色の絵具を調製する場合には、ナノ金属粒子として、ナノ銀粒子を好適に用いることができる。
【0036】
ナノ金属粒子は、上記表面プラズモン共鳴との兼ね合いから、D50粒径がナノメートルサイズ(1〜100nm)である。ナノ金属粒子の表面プラズモン共鳴の効果は、粒径によって変化し得る。粒径を適切に調整することによって、表面プラズモン共鳴の効果をより良く享受することができる。
好適な一態様では、ナノ金属粒子のD50粒径が、5nm以上、典型的には10nm以上、例えば15nm以上である。好適な他の一態様では、ナノ金属粒子のD50粒径が、概ね80nm以下、典型的には50nm以下、例えば30nm以下である。D50粒径を上記範囲とすることで、ナノ金属粒子の特定波長の吸光度が増大して、少量の添加で良好な発色を実現することができる。また、色ムラの少ない、緻密な着色部を実現することができる。
【0037】
例えば、赤色の絵具を調製する場合の好適な一態様では、ナノ金属粒子が、ナノ金粒子とナノ銀粒子とを含んでいる。ナノ金粒子とナノ銀粒子とを併用することで、ナノ金粒子の青みがかった波長が吸収されて、より鮮やかな赤色発色を実現することができる。なお、ナノ金粒子とナノ銀粒子とは、それぞれ単独の粒子の状態であってもよいし、合金の状態であってもよい。ナノ金粒子とナノ銀粒子との混合比率は特に限定されないが、好適な一態様では、ナノ金粒子とナノ銀粒子との体積比率が、ナノ金粒子:ナノ銀粒子=80:20〜20:80である。これによって、鮮やかな赤色発色を実現することができる。
【0038】
絵具に占める着色材の割合は特に限定されないが、絵具全体を100体積%としたときに、概ね0.1体積%以上、例えば0.15体積%以上であって、概ね1体積%以下、典型的には0.8体積%以下、例えば0.7体積%以下であるとよい。これにより、鮮やかな色みの着色部を安定的に実現することができる。また、高価になり過ぎることを抑制して、コストを抑えることができる。
好適な一態様では、着色材の体積が、ガラスマトリックスの体積の概ね1/100〜1/200、例えば1/120〜1/180である。これにより、均質な発色を好適に実現することができる。
【0039】
ここに開示される絵具は、上記したガラス成分と着色材成分とで構成されていてもよく、本発明の効果を著しく損なわない限りにおいて、例えば絵具全体を100体積%としたときに概ね50体積%以下、典型的には40体積%以下、例えば30体積%以下の範囲で、適宜に他の付加的な成分を含んでいてもよい。付加的な成分の例としては、例えば保護剤が例示される。
【0040】
好適な一態様では、絵具に保護剤を含んでいる。絵具に保護剤を含むことで、画付焼成時に着色材成分(ナノ金属粒子)とガラス成分とが接触し難くなり、着色材がガラスの構成成分として取り込まれることをより良く抑制することができる。したがって、本発明の効果を高いレベルで発揮することができ、より一層発色性に優れ、はっきりした色調の着色部を実現することができる。
保護剤は、典型的には着色材と共にガラスマトリックス中に混在している。なお、保護剤は上記着色材と離れた状態であってもよいし、例えば着色材の表面に付着、結合、配位した状態であってもよい。
【0041】
保護剤としては特に限定されないが、例えば、ナノメートルサイズ(1〜100nm)のナノセラミック粒子、具体的には、ナノシリカ粒子、ナノジルコニア粒子、ナノアルミナ粒子、ナノチタニア粒子などを用いることができる。なかでもシリカは、焼結すると透明性が高まる性質を有するため、着色部の発色性を引き立たせたり、鏡面光沢度を高めて艶感を増したりする効果がある。したがって、保護剤としてナノシリカ粒子を特に好ましく用いることができる。
【0042】
保護剤のD50粒径は、典型的には上記ナノ金属粒子のD50粒径と同じか、それよりも小さいことが好ましい。好適な一態様では、保護剤のD50粒径が、概ね50nm以下、典型的には30nm以下、例えば20nm以下である。D50粒径を所定値以下とすることで、保護剤の比表面積が増大し、画付焼成時において着色材の退色を抑制する効果がより良く発揮される。したがって、より安定的に優れた発色を実現することができる。
【0043】
保護剤の割合は特に限定されないが、好適な一態様では、上記着色材の体積の概ね15倍以上、好ましくは20倍以上、例えば30倍以上であって、概ね90倍以下、好ましくは80倍以下、例えば70倍以下である。これにより、上述の効果をより良く発揮することができる。
【0044】
好適な一態様では、絵具中に、人体や環境に対して悪影響となり得る成分、例えば鉛成分やカドミウム成分を実質的に含まない(不可避的な不純物として混入することは許容され得る)。とりわけ食器の装飾に使用される用途などでは、これらの成分を積極的には添加しないことが好ましい。
【0045】
ここに開示される絵具は、用途に応じて任意の形態に調整することができる。例えば、カレット状、パウダー状、フリット状、ペレット状、板状、ペースト状などとすることができる。一例として、被装飾物の表面に細かな装飾を施す場合などには、絵具に溶媒(例えば水系溶媒)を加えてペースト状に調整するとよい。
【0046】
≪絵具の製造方法≫
このような絵具の製造方法は特に限定されないが、例えば、着色材と保護剤との混合物に所定のガラスフリットを添加してさらに混合し、乾燥、一体焼結した後、粉砕することによって製造することができる。以下、
図1のフローチャートを参照しつつ、各工程について詳しく説明する。
【0047】
図1は、赤色の絵具に係る製造方法であり、以下のステップ:(ステップS1)赤色着色材と保護剤とを湿式法で混合して、液状の第1混合物を調製すること;(ステップS2)上記第1混合物に所定のガラスフリットを混合して、第2混合物を調製すること;(ステップS3)上記第2混合物を熱処理して、ガラスマトリックス中に赤色着色材と保護剤とが混在している焼結体を得ること;(ステップS4)上記焼結体を粉砕すること;を包含する。この製造方法によれば、混合、熱処理という簡便な工程で本実施形態の絵具を製造することができる。
【0048】
ステップS1では、赤色着色材と保護剤とを混合する。本実施形態では、赤色着色材として、ナノ金粒子とナノ銀粒子とを用意する。また、保護剤として、ナノシリカ粒子を用意する。ナノ粒子は凝集性が高いため、典型的には当該粒子が分散溶媒中で安定化された分散液の状態で市販されている。本実施形態では、ナノ金粒子とナノ銀粒子とナノシリカ粒子との分散液を混合する。ガラスフリットの添加前に、予め赤色着色材と保護剤とを混合することで、赤色着色材と保護剤との親和性を高めることができる。なお、混合の操作は、例えばマグネティックスターラーや超音波などを用いて行うことができる。このようにして、液状の第1混合物を調製する。
【0049】
ステップS2では、上記液状の第1混合物に、所定のガラスフリットを混合する。なお、ガラスフリットは、例えば、所定の組成比となるように調合したガラス原料粉末を焼成した後、急冷し、粉砕することによって用意することができる。本実施形態では、第1混合物とガラスフリットとを湿式法で混合することにより、均質性の高い混合物を得ることができる。このようにして、液状の第2混合物を調製する。
【0050】
ステップS3では、第2混合物を熱処理する。例えば、先ず100℃以下の温度域で乾燥して分散媒をある程度除去し、次にガラスフリットのガラス転移点以上の温度で加熱して一体焼結させる。焼結温度は、概ねガラス転移点+0〜300℃程度に設定するとよい。例えば上絵付け用の絵具の製造において、ガラスフリットのガラス転移点が600〜800℃である場合は、焼結温度を800〜900℃程度に設定するとよい。焼結時間は、通常凡そ0.1〜数時間程度とするとよい。焼結時の雰囲気は、大気雰囲気、酸化雰囲気、不活性ガス雰囲気などとするとよい。このように熱処理することで、ガラスマトリックス中に赤色着色材と保護剤とが混在している一体的な焼結体を得る。
【0051】
ステップS4では、上記焼結体を粉砕(解砕であり得る)および/または分級して、所望の大きさやサイズに調整する。粉砕の操作は、例えば振動ミル、遊星ミル、撹拌雷潰機などを用いて行うことができる。絵具の形状や大きさは特に限定されないが、取扱い性などの観点から、例えばレーザー回折・光散乱法に基づく平均粒子径が、概ね10μm以下、典型的には0.1〜10μm、例えば0.5〜5μm程度とするとよい。
【0052】
このようにして得られた絵具は、被装飾物としてのセラミックの表面に装飾を施すために用いられる。装飾の作業は、上記絵具をセラミックの表面に付与した後、所定の温度で画付焼成することによって行い得る。例えば、素焼きした生地に装飾を施す「下絵付け」や、釉薬に絵具を含ませる「シンクイン」では、絵具を付与した後に1200〜1400℃程度の高温で画付焼成を行い得る。また、釉薬を施した(施釉)後に装飾を施す「上絵付け」では、絵具を付与した後に700〜1000℃程度の中温で画付焼成を行い得る。本実施形態の絵具は、上記中温の焼成によって特に良好な発色を実現することができる。
【0053】
絵具を付与した後の画付焼成は、典型的には大気雰囲気下(酸化雰囲気下)で行うことができる。なお、例えば赤色着色材として汎用されている辰砂(酸化第二銅)や、橙色着色材あるいは黄色着色材として汎用されているカドミニウム系の材料(例えば硫化カドミニウムや硫化亜鉛カドミニウムを主成分とするカドミウムイエロー)は、還元雰囲気下での画付焼成が必要となる。これに比べて、ここに開示される絵具は大気雰囲気下で所望の発色を得られることから、利用しやすい利点がある。
【0054】
≪セラミックス製品≫
以上のようにして、着色部を有するセラミックス製品を得ることができる。なお、ここでいう「セラミックス製品」には、陶器、磁器、土器、石器、ガラスなどが包含される。具体的な製品としては、例えば、食器、装飾器、各種タイル、衛生陶器、瓦、れんが、土管、陶管などが挙げられる。
【0055】
セラミックス製品の着色部は、少なくともガラス成分と着色材成分とを含む焼成体(焼結体)である。例えば橙色や黄色着色部は、ガラス成分と、着色材としての銀成分とを含んでいる。また、例えば赤色や紫色着色部は、ガラス成分と、着色材としての金成分および銀成分とを含んでいる。
本実施形態の着色部は、ガラス成分が所定の組成であることにより、金属成分の着色効果がいかんなく発揮され、明るく鮮やかな発色を実現している。この着色部の外観、例えば色調やはっきりした模様は、セラミックが有する美観や高級感をより一層高め得るものであり、顧客満足度の高い製品の提供につながるものである。
【0056】
本実施形態の着色部では、JIS Z8729(2004年)に基づくL
*a
*b
*表色系の明度L
*値が、35〜70(好ましくは35〜55)を好適に満たし得る。明度L
*値を所定値以上とすることで、明るい色調を実現することができる。明度L
*値を所定値以下とすることで、滲みの少ないはっきりした色調を実現することができる。
【0057】
また、本実施形態では、上記L
*a
*b
*表色系のa
*値およびb
*値から求められる彩度(C
*)が45以上(好ましくは50以上、例えば60以下)を好適に満たす。彩度C
*を所定値以上とすることで、鮮やかな色調を実現することができる。
なお、彩度は、L
*a
*b
*表色系のa
*値およびb
*値から、下記(式1)を用いて算出することができる。彩度C
*値は、a
*値および/またはb
*値が大きいほど、大きくなる値である。
【0059】
好適な一態様では、着色材としてナノ金粒子とナノ銀粒子とを含んだ赤色の絵具を用いて形成される赤色着色部の色度が、JIS Z8729(2004年)に基づくL
*a
*b
*表色系において、以下の条件:
・a
*値が20以上(好ましくは30以上、例えば50以下)である;
・b
*値が15以上(好ましくは20以上、例えば40以下)である;
を満たしている。赤方向のa
*値を所定値以上とすることで、赤色発色性を高めて、シャープではっきりした色みを実現することができる。また、黄方向のb
*値を所定値以上とすることで、換言すれば青方向の−b
*値を小さく抑えることで、例えば「マロン」のように紫〜青みがかった発色となることを抑制して、鮮やかな赤色発色を実現することができる。
【0060】
以下、本発明に関する実施例を説明するが、本発明を以下の実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0061】
本試験においては、下表1に示す計11種類のガラスフリット(例1〜3、参考例1〜8)および、着色材としてのナノ金粒子とナノ銀粒子とを用いて赤色の絵具を調製し、これを用いた赤色着色部について色調の検討を行った。
具体的には、先ず、平均粒径が凡そ1〜3μmのガラス原料粉末を表1に示す組成となるように配合して混合し、それぞれ、1400℃〜1600℃で溶融した後、急冷した。これを粉砕して、平均粒径が凡そ1〜5μmのガラスフリット(例1〜3、参考例1〜8)を作製した。
【0063】
次に、D50粒径が20nmのナノ金粒子の分散液(市販品)と、D50粒径が20nmのナノ銀粒子の分散液(市販品)とD50粒径が20nmのナノシリカ粒子の分散液(市販品)とを混合して、第1混合液を得た。次に、表1に示す組成のガラスフリットを第1混合液に添加し、さらに混合することで、第2混合液を得た。この第2混合液をオーブンで乾燥した後、大気雰囲気において800〜900℃の温度で30分間加熱して、焼結体を得た。得られた焼結体を石川式撹拌雷潰機で解砕した後、振動ミルと遊星ミルとで粉砕して、平均粒子径が0.5〜5μmの粉末状の赤色絵具を作製した。
なお、第1混合液及び第2混合液は、赤色絵具において、ガラス成分が80体積%、保護剤としてのシリカ成分が20体積%、ガラス成分とシリカ成分との合計(100体積部)に対して、赤色着色材としてのナノ金粒子(Au)成分が0.3体積部、ナノ銀粒子(Ag)成分が0.2体積部の割合で含まれるように調製した。
【0064】
上記作製した赤色絵具をそれぞれセラミックの表面に付与して、大気雰囲気下(酸化雰囲気下)において700〜900℃で画付焼成することによって、赤色着色部を有するセラミックスを得た。そして、赤色着色部について、コニカミノルタ製の分光測色計を用い、JIS Z8729(2004年)に基づくL
*a
*b
*表色系の明度L
*値および色度(a
*値、b
*値)を測定した。結果を表1の該当欄に示す。なお、表1の「判定」の欄には、表2の判定基準に基づく判定結果を示している。
【0066】
図2には、L
*a
*b
*表色系の明度L
*値と彩度C
*値とを示している。
図2および表1に示す通り、例1〜3のガラスフリットを有する絵具を用いることで、明度L
*値、色度(a
*値、b
*値)、および彩度C
*値が良好で、見栄えの良い着色部を実現することができた。なかでも、例2ではb
*値が40と高く、とりわけはっきりした色調の着色部を実現することができた。
【0067】
これに対して、ガラスフリット中のホウ素成分の含有割合が高い参考例6では、明度L
*値が顕著に高く、着色部の模様が不鮮明だった。逆に、ガラスフリット中のアルカリ土類金属成分の含有割合が高い参考例2や、アルカリ土類金属成分をアルカリ金属成分に置きかえた(アルカリ金属成分の含有割合が高く、アルカリ土類金属成分の含有割合が低い)参考例3、亜鉛成分の含有割合が高い参考例4では、明度L
*値が低く、着色部が暗く沈んだ色調だった。
【0068】
また、ホウ素成分の含有割合が高い参考例6や亜鉛成分の含有割合が高い参考例4では、a
*値が低く、着色部の色調(発色性)が悪かった。
また、ガラスフリット中のスズ成分の含有割合が高い参考例1や、逆にスズ成分を含まない参考例8では、b
*値が低く、着色部の色調(発色性)が悪かった。また、スズ成分にかえてスズと同じように多原子価をとり得るアンチモン(Sb)を含有する参考例5でもb
*値が低く、着色部の色調(発色性)が悪かった。また、ガラスフリット中のアルカリ金属成分の含有割合が高い(アルカリ土類金属成分の含有割合が低い)参考例3、6や、亜鉛成分の含有割合が高い参考例4、ホウ素成分の含有割合が高い参考例6、7でもb
*値が低く、着色部の色調(発色性)が悪かった。
着色部の見栄えが悪くなった原因として、画付焼成の際に着色材成分(ナノ金粒子および/またはナノ銀粒子)がガラスに溶解してしまい、発色性が悪くなっていることが考えられた。
【0069】
以上のことから、基本ガラス成分として、酸化物換算のモル比で以下の組成:SiO
2 45〜70mol%;SnO
2 0.1〜6mol%;ZnO 1〜15mol%;BeO、MgO、CaO、SrO、BaOのうち少なくとも1つ 15〜35mol%;Li
2O、Na
2O、K
2O、Rb
2Oのうち少なくとも1つ 0〜5mol%;B
2O
3 0〜3mol%;を含むガラスフリットを用いることで、金属成分のガラス中への溶解を抑制して、ナノ金属粒子由来の発色をより良く得ることができ、見栄えの良い着色部を実現することができる。
【0070】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。