特許第6637963号(P6637963)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人滋賀医科大学の特許一覧 ▶ 日本光電工業株式会社の特許一覧 ▶ 土谷 健の特許一覧 ▶ 独立行政法人国立循環器病研究センターの特許一覧

特許6637963心筋興奮補完・可視化装置及び心筋興奮検出装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6637963
(24)【登録日】2019年12月27日
(45)【発行日】2020年1月29日
(54)【発明の名称】心筋興奮補完・可視化装置及び心筋興奮検出装置
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/0452 20060101AFI20200120BHJP
   A61B 5/044 20060101ALI20200120BHJP
【FI】
   A61B5/04 312A
   A61B5/04 314K
【請求項の数】11
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2017-509521(P2017-509521)
(86)(22)【出願日】2016年3月15日
(86)【国際出願番号】JP2016058124
(87)【国際公開番号】WO2016158379
(87)【国際公開日】20161006
【審査請求日】2019年2月4日
(31)【優先権主張番号】特願2015-70249(P2015-70249)
(32)【優先日】2015年3月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504177284
【氏名又は名称】国立大学法人滋賀医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000230962
【氏名又は名称】日本光電工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】515087064
【氏名又は名称】土谷 健
(73)【特許権者】
【識別番号】510094724
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立循環器病研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】特許業務法人 信栄特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】芦原 貴司
(72)【発明者】
【氏名】滝澤 晃司
(72)【発明者】
【氏名】西原 辰夫
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 信宏
(72)【発明者】
【氏名】岩永 有歩
(72)【発明者】
【氏名】太田 明男
(72)【発明者】
【氏名】土谷 健
(72)【発明者】
【氏名】中沢 一雄
(72)【発明者】
【氏名】稲田 慎
【審査官】 永田 浩司
(56)【参考文献】
【文献】 特表2013−523344(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0276152(US,A1)
【文献】 Karthikeyan Umapathy,Phase Mapping of Cardiac Fibrillation,Circ Arrhythm Electrophysiol,米国,2010年 2月,p.105-114
【文献】 Richard A. Gray, et al.,Spatial and temporal organization during cardiac fibrillation,Nature,米国,1998年 5月14日,VOL 393,p.75-78
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の電極を有する記録ユニットにより記録された被検者の心内心電図を取得する取得部と、
前記心内心電図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を補完し、可視化するための演算を行う演算部と、
前記演算部の出力に基づいて、前記被検者の心筋の興奮状態を表示する表示部と、
コンピュータシミュレーションで予め生成された複数の活動電位単位波形を記憶する記憶部と、を備え、
前記活動電位単位波形は、コンピュータシミュレーションによって導き出された構造的リモデリング下の心房筋の活動電位波形に統計処理を施したものであり、
前記演算部は、
前記記録ユニットの複数の電極により記録された複数の心内心電図の各々に対して、前記活動電位単位波形を用いて擬似的な活動電位波形を生成する第一生成部と、
各前記活動電位波形について、前記活動電位波形と時相が異なるシフト波形を生成する第二生成部と、
各前記活動電位波形と、各前記活動電位波形と対応する各前記シフト波形とに基づいて相図(Phase Portrait)をそれぞれ作成し、各前記相図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を表す可視化データを生成する第三生成部と、
を有し、
前記表示部は、前記可視化データに基づいて前記被検者の心筋の興奮状態の変化を表示する、心筋興奮補完・可視化装置。
【請求項2】
前記統計処理は、時間的な移動平均処理である、
請求項1に記載の心筋興奮補完・可視化装置。
【請求項3】
心筋の活動電位波形に含まれる単位波形の理想モデルと比較して、前記活動電位単位波形は、始点から頂点にかけての立ち上がりの角度が小さい、
請求項1または請求項2に記載の心筋興奮補完・可視化装置。
【請求項4】
前記シフト波形は、前記活動電位波形と平均の活動電位持続時間(APD)のN+(1/4)(Nは0及び正の整数)だけ時相が異なる波形である、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の心筋興奮補完・可視化装置。
【請求項5】
前記第一生成部は、前記心内心電図に含まれる各単位波形間の時間間隔を検出し、心筋の活動電位波形に含まれる単位波形の理想モデルにおける先行拡張期時間(DI)と活動電位持続時間(APD)との関係性に基づいて、擬似的な前記活動電位波形を生成する際に使用する前記活動電位単位波形を順次選択する、請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の心筋興奮補完・可視化装置。
【請求項6】
前記演算部は、
前記被検者の心筋において前記記録ユニットの電極が配置されなかった位置に仮想電極を定義して、前記仮想電極の周囲の電極に対して生成された前記活動電位波形に基づいて前記仮想電極に対する擬似的な活動電位波形を補完する第一補完部と、
前記被検者の心筋において前記記録ユニットの電極及び前記仮想電極が配置されなかった各位置に対して、空間補間技術を用いて擬似的な前記活動電位波形及び前記シフト波形を補完する第二補完部と、
を有する、請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の心筋興奮補完・可視化装置。
【請求項7】
前記第三生成部は、前記相図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を表す可視化データを生成する際に、前記活動電位波形に含まれる活動電位単位波形のうち、相図の中心を超えた活動電位の部分を暖色系で定義し、それを下回る部分を寒色系で定義する、請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の心筋興奮補完・可視化装置。
【請求項8】
前記演算部は、前記可視化データから所定数のグリッドで構成される第一グリッド集合を抽出し、前記第一グリッド集合において隣接する各グリッドの色差の合計が所定値以上であり、かつ、前記第一グリッド集合を中心とし更に前記第一グリッド集合より多い数のグリッドで構成される第二グリッド集合内に予め定めた色の全てが含まれている場合、前記第一グリッド集合の中心を位相特異点として検出する検出部を有する、請求項1から請求項7のいずれか一項に記載の心筋興奮補完・可視化装置。
【請求項9】
複数の電極を有する記録ユニットにより記録された被検者の心内心電図を取得する取得部と、
前記心内心電図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を補完し、可視化するための演算を行う演算部と、
コンピュータシミュレーションで予め生成された複数の活動電位単位波形を記憶する記憶部と、を備え、
前記活動電位単位波形は、コンピュータシミュレーションによって導き出された構造的リモデリング下の心房筋の活動電位波形に統計処理を施したものであり、
前記演算部は、
前記記録ユニットの複数の電極により記録された複数の心内心電図の各々に対して前記活動電位単位波形を用いて擬似的な活動電位波形を生成する第一生成部と、
各前記活動電位波形について、前記活動電位波形と時相が異なるシフト波形を生成する第二生成部と、
各前記活動電位波形と、各前記活動電位波形と対応する各前記シフト波形とに基づいて相図(Phase Portrait)をそれぞれ作成し、各前記相図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を表す可視化データを生成する第三生成部と、
前記可視化データから所定数のグリッドで構成される第一グリッド集合を抽出し、前記第一グリッド集合において隣接する各グリッドの色差の合計が所定値以上であり、かつ、前記第一グリッド集合を中心とし更に前記第一グリッド集合より多い数のグリッドで構成される第二グリッド集合内に予め定めた色の全てが含まれている場合、前記第一グリッド集合の中心を位相特異点として検出する検出部と、
を有する心筋興奮検出装置。
【請求項10】
前記統計処理は、時間的な移動平均処理である、
請求項9に記載の心筋興奮検出装置。
【請求項11】
心筋の活動電位波形に含まれる単位波形の理想モデルと比較して、前記活動電位単位波形は、始点から頂点にかけての立ち上がりの角度が小さい、
請求項10に記載の心筋興奮検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋の興奮状態を可視化する心筋興奮補完・可視化装置、及び心筋の興奮を検出する心筋興奮検出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、心房細動とは、心臓の心房が痙攣して心臓本来の正しい動きができなくなる不整脈のことをいう。心房細動が発生すると、心房内に血液が滞り血栓が発生しやすくなるため、脳梗塞などのリスクが高まってしまう。
【0003】
そこで、従来、心房細動等の不整脈が発生した場合、心臓カテーテルを用いてその原因となる異常部位を選択的に焼灼(アブレーション)して治療することが知られている。この治療を行うには、アブレーションする位置を正確に同定することが重要となる。例えば、下記の特許文献1〜2には、心臓カテーテルの電極から測定された心内心電図に対して演算処理を行うことで、心筋の興奮状態を示す可視化データを作成し、その可視化データからアブレーションする位置を同定する技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】日本国特表2013−523344号公報
【特許文献2】米国特許出願公開第2014/0088395号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来技術では、心筋の興奮状態を可視化するための演算処理において、心内心電図に対してヒルベルト変換を行っている。その後、ヒルベルト変換前の心内心電図とヒルベルト変換後の心内心電図とに基づいて相図(Phase Portrait)を作成し、その相図から可視化データ(Phase Map)を作成している。
【0006】
しかし、ヒルベルト変換は、1回の演算で高速フーリエ変換(Fast Fourier Transform:FFT)と逆高速フーリエ変換(Inverse Fast Fourier Transform:IFFT)を行うため演算処理が膨大な量となる。また、心筋の興奮状態の変化を可視化するためには、心臓カテーテルに取り付けられた複数の電極で記録される複数の心内心電図の各々に対してヒルベルト変換の演算処理を繰り返し行う必要がある。この膨大な演算量のため、現状、ヒルベルト変換を利用する従来技術はオフラインでの利用にとどまっている。
このように、従来技術では、心臓カテーテルで記録される心内心電図に対して連続的に可視化データを作成してリアルタイムで表示することが困難であった。
【0007】
そこで、本発明は、心筋の興奮状態をリアルタイムで補完し、可視化して表示することが可能な心筋興奮補完・可視化装置、及び心筋の興奮位置を検出する精度を高めることが可能な心筋興奮検出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の心筋興奮補完・可視化装置は、
複数の電極を有する記録ユニットにより記録された被検者の心内心電図を取得する取得部と、
前記心内心電図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を補完し、可視化するための演算を行う演算部と、
前記演算部の出力に基づいて、前記被検者の心筋の興奮状態を表示する表示部と、を備え、
前記演算部は、
前記記録ユニットの複数の電極により記録された複数の心内心電図の各々に対して擬似的な活動電位波形を生成する第一生成部と、
各前記活動電位波形に含まれる各単位波形の振幅を揃える補正を行う補正部と、
前記補正部により補正された各前記活動電位波形について、前記活動電位波形と時相が異なるシフト波形を生成する第二生成部と、
前記補正部による補正後の各前記活動電位波形と、各前記活動電位波形と対応する各前記シフト波形とに基づいて相図(Phase Portrait)をそれぞれ作成し、各前記相図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を表す可視化データを生成する第三生成部と、
を有し、
前記表示部は、前記可視化データに基づいて前記被検者の心筋の興奮状態の変化を表示する。
【0009】
この構成によれば、ヒルベルト変換の代わりに、心内心電図から擬似的な活動電位波形と対応するシフト波形とを生成し、これらの波形から相図(Phase Portrait)を作成して更に可視化データを生成している。この構成によれば、可視化データを生成するための演算量を大幅に減らすことができる。また、シフト波形を作成する前に、擬似的な活動電位波形に対して各単位波形の振幅を揃える補正を行っている。これにより、相図における各データの中心位置を揃えることができ、ヒルベルト変換を用いなくても、心筋の興奮状態を可視化データに反映させることができる。このように、この構成によれば、心筋の興奮状態を表す可視化データを生成するための演算量が従来技術と比較して大幅に削減されている。このため、記録ユニットから記録される心内心電図に対して連続的に可視化データを作成することが可能となり、心筋の興奮状態をリアルタイムで表示することができる。
【0010】
また、本発明の心筋興奮補完・可視化装置は、
複数の電極を有する記録ユニットにより記録された被検者の心内心電図を取得する取得部と、
前記心内心電図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を補完し、可視化するための演算を行う演算部と、
前記演算部の出力に基づいて、前記被検者の心筋の興奮状態を表示する表示部と、
コンピュータシミュレーションで予め生成された複数の活動電位単位波形を記憶する記憶部と、を備え、
前記演算部は、
前記記録ユニットの複数の電極により記録された複数の心内心電図の各々に対して、前記活動電位単位波形を用いて擬似的な活動電位波形を生成する第一生成部と、
各前記活動電位波形について、前記活動電位波形と時相が異なるシフト波形を生成する第二生成部と、
各前記活動電位波形と、各前記活動電位波形と対応する各前記シフト波形とに基づいて相図(Phase Portrait)をそれぞれ作成し、各前記相図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を表す可視化データを生成する第三生成部と、
を有し、
前記表示部は、前記可視化データに基づいて前記被検者の心筋の興奮状態の変化を表示する。
【0011】
この構成によれば、ヒルベルト変換の代わりに、心内心電図から擬似的な活動電位波形と対応するシフト波形とを生成し、これらの波形から相図(Phase Portrait)を作成して更に可視化データを生成している。この構成によれば、可視化データを生成するための演算量を大幅に減らすことができる。また、コンピュータシミュレーションで生成された活動電位単位波形を用いて、擬似的な活動電位波形を生成している。このため、心内心電図に含まれうるFar Field電位(電極から離れた部位の影響による電位)やノイズの影響を抑えることができ、心筋の興奮状態を可視化データに精度良く反映させることができる。このように、この構成によれば、記録ユニットから記録される心内心電図から連続的に可視化データを作成することが可能となり、心筋の興奮状態をリアルタイムで表示することができる。
【0012】
また、本発明の心筋興奮検出装置は、
複数の電極を有する記録ユニットにより記録された被検者の心内心電図を取得する取得部と、
前記心内心電図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を補完し、可視化するための演算を行う演算部と、
を備え、
前記演算部は、
前記記録ユニットの複数の電極により記録された複数の心内心電図の各々に対して擬似的な活動電位波形を生成する第一生成部と、
各前記活動電位波形について、前記活動電位波形と時相が異なるシフト波形を生成する第二生成部と、
各前記活動電位波形と、各前記活動電位波形と対応する各前記シフト波形とに基づいて相図(Phase Portrait)をそれぞれ作成し、各前記相図に基づいて前記被検者の心筋の興奮状態を表す可視化データを生成する第三生成部と、
前記可視化データから所定数のグリッドで構成される第一グリッド集合を抽出し、前記第一グリッド集合において隣接する各グリッドの色差の合計が所定値以上であり、かつ、前記第一グリッド集合を中心とし更に前記第一グリッド集合より多い数のグリッドで構成される第二グリッド集合内に予め定めた色の全てが含まれている場合、前記第一グリッド集合の中心を位相特異点として検出する検出部と、
を有する。
【0013】
この構成によれば、ヒルベルト変換の代わりに、心内心電図から擬似的な活動電位波形と対応するシフト波形とを生成し、これらの波形から相図(Phase Portrait)を作成して更に可視化データを生成している。このため、可視化データを生成するための演算量を従来技術と比較して大幅に減らすことができ、記録ユニットから記録される心内心電図に対して連続的に可視化データを作成することができる。これにより、慢性的な心房細動の原因部位(Rotor)の中心を示す位相特異点を検出する精度を高めることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の心筋興奮補完・可視化装置によれば、心筋の興奮状態をリアルタイムで可視化して表示することができ、心筋興奮検出装置によれば、心筋の興奮位置を検出する精度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施形態1に係る心筋興奮補完・可視化装置の概要図である。
図2】心房内に留置したカテーテルを示す概要図である。
図3】(a)は各電極で取得した心内心電図波形の一例を示す模式図であり、(b)は取得した心内心電図をグリッド上に配置した模式図である。
図4】(a)は擬似的な活動電位波形の生成工程を説明する図、(b)は拍の検出工程を説明する図である。
図5】(a)は先行拡張期時間と活動電位持続時間を示す図、(b)は先行拡張期時間と活動電位持続時間の関係を示すグラフ、(c)は拍の検出条件を示す図である。
図6】(a)は最初の拍の検出工程を説明する図、(b)は二番目以降の拍の検出工程を説明する図である。
図7】擬似的な活動電位波形をグリッド上に配置した模式図である。
図8】(a),(b)は仮想電極を計算するための図、(c)は周囲の電極から仮想電極の活動電位波形を補完してグリッド上に配置した模式図である。
図9】(a)は拍の高さを補正する工程を説明する図、(b)は活動電位波形をグリッド上に配置した模式図である。
図10】(a)は活動電位波形に対して位相をシフトさせたシフト波形を示す図、(b)は活動電位波形とシフト波形をグリッド上に配置した模式図である。
図11】(a)はその他のグリッドの補完波形を空間補間技術を使用して計算するための説明図、(b)は補完した活動電位波形とシフト波形とをグリッド上に配置した模式図である。
図12】各グリッドに描かれた相図を示す模式図である。
図13】グリッドに描画する色を説明する図であり、(a)は描画に用いる色を示す図、(b)は活動電位波形の各部分をサンプル毎に色で定義した図、(c)は各サンプルの角度情報を示した図である。
図14】(a)は各グリッドで1サンプル毎に色を描画した模式図、(b)は1つのグリッドにおける1サンプル目〜Xサンプル目の色を描画した図、(c)は1サンプル目〜Xサンプル目までの可視化データを表した図である。
図15】位相特異点の検出方法を説明するための図である。
図16】モニター画面に表示された可視化データの一例を示す図である。
図17】(a)はヒルベルト変換を使用して相図を描く従来の方法を示す図、(b)はシフト波形と活動電位波形を使用して相図を描く本発明の方法を示す図である。
図18】可視化データの比較サンプルを示した図である。
図19】可視化データの比較サンプルを示した図である。
図20】本発明の実施形態2に係る心筋興奮補完・可視化装置の概要図である。
図21】活動電位波形を生成するための活動電位単位波形を示す図である。
図22】心内心電図波形から心筋興奮の波形を検出する手順を示す図である。
図23】活動電位単位波形の先行拡張期時間と活動電位持続時間との関係を示すグラフである。
図24】心内心電図波形に活動電位単位波形を当てはめて表示した図である。
図25】心内心電図波形に対する活動電位単位波形の表示位置を説明する図である。
図26】活動電位単位波形に基づいて描かれた相図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本実施形態の一例について、図面を参照して詳細に説明する。
【0017】
(実施形態1)
図1に示すように、実施形態1に係る心筋興奮補完・可視化装置1は、取得部2と、演算部3と、表示部4とを備えている。心筋興奮補完・可視化装置1は、例えばカテーテル検査装置における一機能を実行するための装置として用いられる。
【0018】
取得部2は、複数の電極を有する記録ユニット(例えば心臓カテーテル)Aで記録された被検者の心内心電図を取得する。
【0019】
演算部3は、取得部2で取得された心内心電図に対して、被検者の心筋の興奮状態を可視化するための演算を行う。演算部3は、第一生成部11と、第一補完部12と、補正部13と、第二生成部14と、第二補完部15と、第三生成部16と、検出部17とを備えている。
【0020】
第一生成部11は、取得部2で取得された複数の心内心電図に対して擬似的な活動電位波形をそれぞれ生成する。
第一補完部12は、心房内の心筋において、挿入した心臓カテーテルAの電極が配置されていない位置、すなわち複数の電極がそれぞれ配置されている中で周囲の電極との距離が大きく空いている位置に仮想の電極(仮想電極)を定義する。第一補完部12は、仮想電極の周囲の電極に対して生成されている擬似的な活動電位波形に基づいて、仮想電極に対する擬似的な活動電位波形を補完する。
【0021】
補正部13は、第一生成部11及び第一補完部12から出力された擬似的な活動電位波形に含まれるノイズ成分を除去し、各拍の振幅を揃える補正を行う。以下、実施形態1では、補正後の活動電位波形のことを単に活動電位波形と称する。
第二生成部14は、補正部13から出力された活動電位波形について、活動電位波形に対して時相が所定時間だけシフトされたシフト波形を生成する。
第二補完部15は、心臓カテーテルAの電極及び仮想電極が配置されていない位置、すなわち各電極と周囲の電極との距離が空いている位置に対して、周囲の電極について生成されている活動電位波形及びシフト波形に基づいて、活動電位波形及びシフト波形を補完する。
【0022】
第三生成部16は、補正部13から出力された活動電位波形と第二生成部14から出力されたシフト波形、及び第二補完部15から出力された活動電位波形とシフト波形に基づいて、相図(Phase Portrait)を作成する。また、第三生成部16は、相図に基づいて位相を算出し、心筋の興奮状態を表す可視化データ(Phase Map)を生成する。可視化データとは、心筋の興奮電位を可視化したマップ(Map)のことをいう。心筋細胞の膜電位には電気的な興奮が起こり、これが心臓を収縮させる働きをする。この興奮収縮現象は活動電位によって引き起こされている。活動電位とは細胞内へのNa+の流入で起こる脱分極と、Ca2+やK+の流入や流出で起こる再分極とによる心筋細胞の興奮反応のことをいう。
検出部17は、第三生成部16で生成された可視化データにおける位相特異点(Phase Singularity)、すなわち心房壁上の細動の原因部位(Rotor)を検出する。
【0023】
表示部4は、演算部3の第三生成部16から出力された可視化データに基づいて、被検者の心筋の興奮状態を表示する。表示部4は、例えばタッチパネル式の液晶モニター画面で構成されている。
【0024】
次に、図2図16を参照して、心筋興奮補完・可視化装置1の動作について説明する。
図2に示すように、先ず、複数の電極Bを有する心臓カテーテルAが、被検者の心房内に挿入されて留置される。
【0025】
図3(a)に示すように、心臓カテーテルAの電極Bにより複数(本例では10個)の心内心電図波形21a〜21j(以下、総称する場合は心内心電図波形21と称する)が記録される。記録された心内心電図波形21は、取得部2に取得される。
【0026】
図3(b)に示すように、第一生成部11は、心臓カテーテルAが留置された心房内の所定領域を例えば四角形のマップ22で表し、マップ22を複数(図3(b)の模式図では、説明の便宜上、7×7=49個のグリッドとするが、実際には、数万以上のグリッド)のグリッド23に区分する。心房内に配置された心臓カテーテルAの位置に合わせて各電極Bの位置がマップにおける対応するグリッド上に配置され、各々の心内心電図波形21a〜21jが各グリッド23上にそれぞれ配置される。
【0027】
図4(a)に示すように、第一生成部11は、各々の心内心電図波形21を全波整流して全波整流波形24を作成する。また、第一生成部11は、全波整流波形24に移動平均処理を施して擬似的な活動電位波形25を作成する。
【0028】
また、図4(b)に示すように、第一生成部11は、擬似的な活動電位波形25と心内心電図波形21とに基づいて、擬似的な活動電位波形25における心筋の拡張期を示す拍の候補(拍候補)28を検出する。具体的には、先ず、第一生成部11は、擬似的な活動電位波形25において、各凸部分26の前後37msec(図5(a)(b)で後述)の期間内に、より大きな部分が存在しない凸部分26を検出する。続いて、第一生成部11は、心内心電図波形21において、凸部分26と同位相であり、かつ所定の条件(図5(c)で後述)を満たす拍27を検出する。第一生成部11は、凸部分26が所定の条件を満たす拍27を含む場合、その凸部分26を心筋の拡張期を示す拍候補28として検出する。図4(b)では4つの拍候補28が検出されている。
【0029】
図5(a)は、心筋の活動電位波形に含まれる単位波形の理想モデルを示す。図5(a)において、活動電位持続時間(APD:Action Potential Duration)は、心筋の活動電位の脱分極相の開始から再分極相の終了までの時間を示し、心筋の不応期に相当する。また、先行拡張期時間(DI:Diastolic Interval)は、APDが終了してから次のAPDが開始するまでの時間を示し、心筋の興奮可能な静止期に相当する。APDとDIとを足し合わせた期間をサイクルレングス(CL:Cycle Length)という。単位波形の理想モデルにおけるDIとAPDとの関係は、コンピュータシミュレーションによって、図5(b)のグラフのように予め求められている。上述の期間37msecは、グラフに示されるように最短のAPD(最短APD)を基準に決められている。また、上述の拍27の所定の条件は、図5(c)に示すように、拍27の横幅wが設定値以下で、縦幅hが設定値以上であることと設定されている。
【0030】
続いて、図6(a)に示すように、第一生成部11は、最初の拍候補28aから最短のCLに存在する全ての拍候補(本例では拍候補28a,28b)の頂点の高さを比較する。第一生成部11は、頂点が最も高い拍候補28aを一番目の拍(単位波形の一例)29Aとして検出する。なお、最短のCLは、図5(b)のグラフから最短のAPDである37msecと最短のDIである80msecとを足し合わせて、117msecとなる。
【0031】
続いて、図6(b)に示すように、第一生成部11は、図6(a)で比較した拍候補28a,28bの次の拍候補28cから最短のCLに存在する全ての拍候補(本例では拍候補28c、28d)の頂点の高さを比較する。第一生成部11は、頂点が最も高い拍候補28dを二番目の拍(単位波形の一例)29Bとして検出する。同様にして、第一生成部11は、心内心電図波形21a〜21jに基づき作成した擬似的な活動電位波形25a〜25jからそれぞれ拍を検出する。
【0032】
拍29A,29B等が検出された擬似的な活動電位波形25a〜25jが各グリッド23上に配置される(図7参照)。
【0033】
続いて、第一補完部12は、マップ22上に配置された図7に示す擬似的な活動電位波形25a〜25jの位置に基づいて、擬似的な活動電位波形25が配置されていない位置に仮想電極を定義する。仮想電極は、図8(a),(b)に示すように、周囲の複数(本例では4点)の電極に基づいて定義される。図8(a)では、電極8a〜8dの位置データに基づいて、仮想電極8eの位置が設定されている。さらに図8(b)では、仮想電極8eと電極8a,8b,8fとに基づいて、別の仮想電極8gの位置が設定されている。第一補完部12は、同様の手法で仮想電極8i,8k,8mの位置を設定する。
【0034】
第一補完部12は、定義された仮想電極8e,8g,8i,8k,8m等に対する擬似的な活動電位波形25を、周囲の電極に対して生成されている擬似的な活動電位波形に基づいて補完する。補完された例えば擬似的な活動電位波形25kは、仮想電極が設けられている位置のグリッド23上に配置される(図8(c)参照)。
【0035】
続いて、図9(a)に示すように、補正部13は、擬似的な活動電位波形25から活動電位波形30を作成する。具体的には、補正部13は、先ず、擬似的な活動電位波形25の一番目の拍29Aに最短APD(37msec)を当てはめる。続いて、一番目の拍29Aの頂点から二番目の拍29Bの頂点までのCLを求める。CLから最短APDを減算してDIの値を求める(DI=CL−最短APD)。続いて、求めたDIの値に対するAPDの値を図5(b)のグラフから求める。求められたAPDの値が二番目の拍29BのAPD2の値となる。同様にして、三番目以降における拍29のAPDの値を求める。
【0036】
続いて、補正部13は、各拍29A,29B等に補正係数を乗算することにより、拍の高さ(振幅)を補正して一定に揃える。補正係数は、定数を各拍29A,29B等の高さで除算して求める(補正係数=定数/拍29の頂点の高さ)。補正部13は、擬似的な活動電位波形25における拍29A,29B等以外の例えば拍候補28b、28c等を補正により除去する。これにより、高さHの等しい拍31A,31B等を有する活動電位波形30が各擬似的な活動電位波形25に対してそれぞれ作成される。補正されたそれぞれの活動電位波形30a〜30kは、電極及び仮想電極が設けられている位置のグリッド23上に配置される(図9(b)参照)。
【0037】
続いて、第二生成部14は、活動電位波形30における拍31A,31B等の平均APDを算出し、図10(a)に示すように、活動電位波形30に対して時相を平均APDの1/4だけシフトさせたシフト波形40を生成する。活動電位波形30a〜30kとシフト波形40a〜40kはそれぞれ、電極及び仮想電極が設けられている位置のグリッド23上に配置される(図10(b)参照)。なお、上記の時相のシフトは、N+(1/4)(Nは0及び正の整数)とすることができる。
【0038】
続いて、第二補完部15は、マップ22上において活動電位波形30とシフト波形40が配置されていないグリッド23(図10(b)参照)に、仮想の活動電位波形35と仮想のシフト波形45を補間する。第二補完部15は、図11(a)に示す空間補間技術を用いて、活動電位波形35とシフト波形45のデータを、周囲の活動電位波形30とシフト波形40のデータから算出する。図11(a)において、V1〜V3は、電極及び仮想電極のグリッド23における活動電位波形30とシフト波形40のデータを示し、V4〜V7は、活動電位波形35とシフト波形45のデータを示す。また、矢印は、V1〜V7が配置され、または配置される予定のグリッドにおける、近いグリッド間の距離を示す。一例として、それぞれのグリッド間の距離が1として示されている。活動電位波形35とシフト波形45のデータは、それらが配置されるグリッドに近い、活動電位波形30とシフト波形40が配置されている二つのグリッドの活動電位波形30とシフト波形40のデータから、空間補間技術により、上記二つのグリッドのデータ及び二つのグリッドとの距離を用いて所定の演算式により算出される。例えば、V4の活動電位波形35とシフト波形45は、V1及びV2のそれぞれのデータと、V1−V4間及びV2−V4間の距離m、1−mにより算出される。なお、V7は、上記のようにして算出されたV6と、活動電位波形30及びシフト波形40が配置されているグリッドのデータV1とから算出されている。このようにして求められたそれぞれの活動電位波形35とシフト波形45は、補完される各グリッド23上に配置する(図11(b)参照)。
【0039】
続いて、第三生成部16は、活動電位波形30,35とシフト波形40,45が配置された各グリッド23において活動電位の状態を得るために、各々の活動電位波形30,35とシフト波形40,45に基づいて、図12に示すように、相図(Phase Portrait)50をそれぞれ作成する。相図は、活動電位波形の電位とシフト波形の電位とを二次元に置き換えることで作成することができる。
【0040】
第三生成部16は、活動電位の状態を色で表現するために、各グリッド23に色を描画する。各グリッド23の色は、それぞれ作成された相図のサンプル毎に決定される。第三生成部16は、図13(a)に示される複数の色(本例では16色)を用いて各グリッド23を描画する。第三生成部16は、活動電位波形30,35の単位波形において、例えば活動電位部分が暖色系、静止膜部分が寒色系となるように定義する(図13(b)参照)。また、活動電位の時間的変化が速い領域Cでは隣り合うサンプル51間で色の変化が小さくなり、遅い領域Dでは色の変化が大きくなるように定義する。第三生成部16は、図13(c)に示すように、二次元に置き換えて表示した相図の中心部から各サンプル51の角度情報を求めることにより、活動電位の状態を16段階の色で表現する。
【0041】
第三生成部16は、図14(a)、(b)に示すような、各グリッド23で1サンプル毎に決定されたそれぞれの色を各グリッド23において連続的に描画する。各グリッド23において1サンプル目からXサンプル目までの色を連続的に描画すると、例えば図14(c)に示すような連続する可視化データ52が生成される。
【0042】
続いて、検出部17は、図15に示すように、マップ22上から所定数(本例では3×3)のグリッド23で構成される第一グリッド集合60を抽出する。また、検出部17は、第一グリッド集合60を中心とし、第一グリッド集合60より多い数(本例では9×9)のグリッド23で構成される第二グリッド集合61を抽出する。検出部17は、第一グリッド集合60において隣接する各グリッド(AグリッドからHグリッド)の色差の合計が所定値以上であるか算出する。具体的には(AとBの色差)+(BとCの色差)+・・・+(HとAの色差)を算出する。さらに、検出部17は、第二グリッド集合61内に16色の全てが含まれているか算出する。両方の要件を満たす場合、検出部17は、第一グリッド集合60の中心を位相特異点62として検出する。
【0043】
表示部4の画面には、可視化データを時系列で連続的に表示して動画とすることで、図16に示すように、被検者の心筋の興奮状態が変化していく様子がリアルタイムで表示される。
【0044】
なお、解析に十分な拍情報を有する波形が心臓カテーテルAの電極Bから得られない場合、可視化データの精度を維持するため、その電極Bに関連するグリッド23を可視化データの描画から除外するようにしても良い。その場合、十分な拍情報であるか否かをサイクルレングス(Cycle Length)値を用いて判断しても良い。
【0045】
ところで、心筋の興奮状態を可視化するために用いられる演算処理としてヒルベルト変換がある。従来は、図17(a)に示すように、被検者から記録された心内心電図波形(ヒルベルト変換前の波形)とヒルベルト変換後の波形とに基づいて相図を作成し、その相図から可視化データを作成している。しかし、ヒルベルト変換は、FFTとIFFTを行うため演算処理が膨大な量となる。このため、演算処理に時間がかかり、心筋の興奮状態をリアルタイムで表示することが難しい。また、ヒルベルト変換は、FFTとIFFTを行うため、解析データ数が2のべき乗に限定される。このため、データの解析範囲を指定する自由度が低く、解析範囲を的確に指定できない場合がある。さらに、ヒルベルト変換は、ヒルベルト変換後の波形において心筋興奮が冷める部分を表すことができない(図17(a)の左下図参照)。すなわち、波形の後面を適切に示すことができず、実際の心臓電気生理学的現象と異なる。このため、ヒルベルト変換に基づく可視化データを動画として再生した場合、正確に表現されない。
【0046】
これに対し、本実施形態の心筋興奮補完・可視化装置1によれば、上述したように、活動電位波形30,35とシフト波形40,45とに基づいて相図50を作成する(図17(b)参照)。活動電位波形30,35及びシフト波形40,45は、心内心電図波形21に対して移動平均処理、高さ補正及び時相シフト等の少ない演算量の処理を行うことで生成することができる。このため、ヒルベルト変換のようなFFTとIFFTを行う必要がなく、可視化データ52を生成するための演算量を大幅に抑制することができる。
【0047】
また、上述したように、活動電位波形30,35とシフト波形40,45とに基づいて可視化データを作成するので、ヒルベルト変換のようなFFTとIFFTを行う必要がない。このため、解析データ数に限定がなく、データの解析範囲を指定する自由度が高く、解析範囲を的確に指定できる。
【0048】
また、活動電位波形30,35およびシフト波形40,45は、それぞれの波形の後面に興奮の静止する部分が表されており、両波形に基づいて相図50を作成し(図17(b)参照)、その相図から可視化データを作成している。そのため、その可視化データを動画として再生した場合、興奮が冷めていく過程が正確に表現される。
【0049】
また、活動電位波形30,35に基づいてシフト波形40,45を生成する前に、擬似的な活動電位波形25に対して各拍29A,29Bの振幅を揃える補正を行う。これにより、相図50における各サンプル51の中心位置を揃えることができ、ヒルベルト変換を用いなくても、心筋の興奮状態を可視化データに反映させることができる。
【0050】
また、擬似的な活動電位波形25に含まれる単位波形(拍29A,29B)を抽出する際に、単位波形の理想モデルにおける最短のCLを用いているので、単位波形を正確に抽出することができる。
【0051】
また、単位波形の理想モデルにおけるDIとAPDとの関係性に基づいて、活動電位波形30のDIとAPDを設定している。このため、心内心電図波形21に含まれうるFar Field電位(電極から離れた部位の興奮による電位)の影響やノイズの影響を除去することができる。
【0052】
また、仮想電極の擬似的な活動電位波形25kに対しては、通常の電極の擬似的な活動電位波形25と同様に、拍の高さ補正と時相のシフト処理が行われる。一方、電極も仮想電極も配置されない位置には空間補間技術により仮想の活動電位波形35と仮想のシフト波形45が補完される。このように補完数の少ない仮想電極の各位置でそれぞれ行われる演算処理量に比較して、電極も仮想電極も配置されない各位置でそれぞれ行われる演算処理量を少なくすることにより、両処理の演算量と補完データの精度のバランスが両立され、電極も仮想電極も配置されない位置の数が多くなっても、全体の演算処理量を抑えることができる。
【0053】
また、活動電位波形30,35において時間の経過に対する位相の変化が大きい領域Cではサンプル51間の色の変化を小さくしたので、電極間の距離が大きい箇所に空間補間技術を用いて可視化データを表示してもスムースに等時線を描くことができる。
【0054】
また、活動電位波形30,35において相図の中心を超えた活動電位の部分を暖色系で定義し、それを下回る部分を寒色系で定義したので、モニター画面4を見る観察者は、心筋の興奮状態の変化を観察しやすい。
【0055】
また、第一グリッド集合60だけでなく第二グリッド集合61も用いたことにより、心房細動の原因部位を示す位相特異点62を検出する精度を高めることができる。
【0056】
このようにして、心筋の興奮状態を可視化データに反映させつつ、可視化データを生成するための演算量を従来技術と比較して大幅に削減できるので、心臓カテーテルAから記録される心内心電図波形21に対して連続的に可視化データを作成することが可能となり、心筋の興奮状態をリアルタイムで表示することができる。また、ヒルベルト変換を用いていないので、解析範囲を的確に指定することができる。
【0057】
次に、図18図19に可視化データの比較サンプル1〜6を示す。
模範データと比較した場合、サンプル1では、本発明の可視化データの旋回中心(位相特異点で示すRotor)の位置(星印71)が模範データの旋回中心の位置と近い位置に正確に表れている。一方、ヒルベルト変換を用いた従来技術の可視化データには、ノイズの影響が現われ、旋回中心の位置が正確でない。
サンプル2では、本発明の可視化データもヒルベルト変換の可視化データも旋回中心(矢印73,74)を正確に捉えている。
サンプル3では、ヒルベルト変換の可視化データには、ノイズの影響が強く現われ、旋回中心(星印75)が正確に捉えられていない。一方、本発明の可視化データは旋回中心の位置を模範データと近い位置に捉えている。
サンプル4では、本発明の可視化データは、寒色系と暖色系の境目(図中、境目を破線で囲んで示す)がヒルベルト変換の例よりも明確に表れている。
サンプル5では、本発明の可視化データは、寒色系と暖色系の境目がヒルベルト変換の例よりも正確に表示されている。ヒルベルト変換の可視化データは、ノイズの影響が全体に現われ、興奮間隙の広さも端的に表しているとは言えない。
サンプル6では、ヒルベルト変換の可視化データは、ノイズの影響で存在しない旋回中心(矢印76)が現われてしまっているが、本発明では特にノイズの影響は現れていない。
【0058】
(実施形態2)
次に実施形態2について説明する。以下、実施形態1と同一の構成については同一の符号を付し、その説明を省略する。
図20に示すように、実施形態2に係る心筋興奮補完・可視化装置100は、取得部2と、演算部3Aと、記憶部110と、表示部4とを備えている。演算部3Aは、第一生成部111と、第一補完部12と、第二生成部14と、第二補完部15と、第三生成部16と、検出部17とを備えている。
【0059】
記憶部110は、例えば図21に示すような、予め生成された複数の活動電位単位波形120を記憶している。活動電位単位波形120は、コンピュータシミュレーションによって導き出された構造的リモデリング下のヒト心房筋の活動電位波形に時間的な移動平均処理を施したものである。なお、構造的リモデリングとは、心房筋の病的状態において現れる解剖組織学的変化のことである。活動電位単位波形120は、心筋の活動電位波形に含まれる単位波形の理想モデル(図5(a)参照)と比較して、始点121から頂点122にかけての立ち上がりが緩やかである(立ち上がり角度θが小さい)。記憶部110は、第一生成部111に接続されている。
【0060】
第一生成部111は、取得部2で取得された複数の心内心電図の各々に対して、活動電位単位波形120を用いて擬似的な活動電位波形25を生成する。以下、実施形態2では、擬似的な活動電位波形25のことを単に活動電位波形25とも称する。
【0061】
第二生成部14は、第一生成部111及び第一補完部12から出力される活動電位波形について、活動電位波形に対して時相が所定時間だけシフトされたシフト波形を生成する。
【0062】
第三生成部16は、第一生成部111及び第一補完部12から出力された活動電位波形と、第二生成部14から出力されたシフト波形と、第二補完部15から出力された活動電位波形及びシフト波形とに基づいて、相図(Phase Portrait)を作成する。また、第三生成部16は、相図に基づいて位相を算出し、心筋の興奮状態を表す可視化データ(Phase Map)を生成する。
【0063】
なお、取得部2、第一補完部12、第二補完部15、検出部17、表示部4は、上記実施形態1における各部と同様の構成を有する。
【0064】
次に、心筋興奮補完・可視化装置100の動作について説明する。
心臓カテーテルAによって記録された心内心電図波形21a〜21jが、各グリッド23上にそれぞれ配置されるまでの動作は、上記実施形態1における図3(b)までの動作の説明と同様である。
【0065】
続いて、第一生成部11は、記録された各心内心電図波形21a〜21jに対して、活動電位単位波形120を用いることにより活動電位波形25を生成する。
【0066】
活動電位波形25を生成するために、第一生成部11は、先ず、記録された心内心電図波形21の中から、例えば図22に示すように、所定の条件に適合する拍を心筋興奮の候補波形として検出する。具体的には、例えば、拍の横幅wが10msec以下で、縦幅hが0.1mV以上の条件に適合する拍を検出する(横幅wと縦幅hについては、図5(c)参照)。図22に示される心内心電図波形21の場合、この条件を満たす拍として、破線四角形131から137に含まれている7個の拍が心筋興奮の候補波形として検出される。
【0067】
第一生成部11は、続いて、検出された心筋興奮の候補波形の中から、さらに所定の条件に適合する拍を心筋興奮の波形として検出する。具体的には、第一生成部11は、心筋興奮の候補波形を基準として、他の心筋興奮の候補波形を検索する検索期間と、他の心筋興奮の候補波形を検索しない検索除外期間とを設定する。この場合、検索期間(例えば、49msec)は、検索除外期間(例えば、50msec)よりも短い時間に設定される。
【0068】
第一生成部11は、図22に示すように、心内心電図波形21において、最初に破線四角形131に含まれる拍を心筋興奮の候補波形として検出する。第一生成部11は、検出した心筋興奮の候補波形の頂点(○印131a)から検索期間(49msec)経過後の□印131bまでの間に他の心筋興奮の候補波形(破線四角形に含まれる波形)が存在するか検索する。本例の場合、この検索期間に他の心筋興奮の候補波形は存在しない。このため、本例では、破線四角形131に含まれる拍が最初の心筋興奮の波形として検出される。第一生成部11は、検出した心筋興奮の波形の頂点(○印131a)から50msec経過後の△印131cまでの間を、他の心筋興奮の候補波形を検出しない検出除外期間とする。
【0069】
第一生成部11は、検出除外期間の後(△印131c以後)において、破線四角形132に含まれる拍を次の心筋興奮の候補波形として検出する。第一生成部11は、上記と同様に、検出した心筋興奮の候補波形の頂点(○印132a)から検索期間経過後の□印132bまでの間に他の心筋興奮の候補波形が存在するか検索する。本例の場合、破線四角形133に含まれる拍が他の心筋興奮の候補波形として検出される。第一生成部11は、検出された2つの心筋興奮の候補波形(破線四角形132と133に含まれる拍)の振幅(P−P値)を比較して、大きい振幅を有する候補波形を心筋興奮の波形として検出する。本例では、破線四角形133に含まれる拍が心筋興奮の波形として検出される。第一生成部11は、検出した心筋興奮の波形の頂点(○印133a)から50msec経過後の△印133cまでの間を、上記と同様に検出除外期間とする。なお、心筋興奮の波形として検出されなかった破線四角形132の拍は、活動電位波形25を生成するための波形から除外される。
【0070】
以上のような検出処理が繰り返し行われることにより、図22に示す心内心電図波形21の場合、破線四角形131,133,134,136,137に含まれる拍が心筋興奮の波形として検出される。
【0071】
第一生成部11は、続いて、検出された心筋興奮の各波形間(各単位波形間)の時間間隔を検出する。具体的には、破線四角形131に含まれる拍の頂点(○印131a)と破線四角形133に含まれる拍の頂点(○印133a)との間の時間間隔T1を検出する。同様に、○印133aと○印134a間の時間間隔T2、○印134aと○印136a間の時間間隔T3、及び○印136aと○印137a間の時間間隔T4をそれぞれ検出する。
【0072】
活動電位単位波形120を用いて活動電位波形25を生成するに際し、検出された心筋興奮の波形間の時間間隔T1〜T4が、生成される活動電位波形25に含まれる各単位波形(以下、単位活動電位波形と称する。)のCL1〜CL4にそれぞれ対応するとして計算される。
【0073】
第一生成部11は、最初の心筋興奮の波形(破線四角形131に含まれる拍)に対して生成される単位活動電位波形のAPD値として、図23のグラフに示される最短APD(41msec)を当てはめる。第一生成部11は、CL1(T1)から最短APDを減算してDI1の値を求め(DI1=CL1−最短APD)、求められたDI1の値に対するAPDの値を図23のグラフから求める。求められたこのAPDの値が、二番目の心筋興奮の波形(破線四角形133に含まれる拍)に対して生成される単位活動電位波形のAPD2の値となる。
【0074】
同様にして、三番目以降の心筋興奮の波形に対して生成される単位活動電位波形の各APD(APD3,APD4等)の値が求められる。
【0075】
第一生成部11は、続いて、求められた各APDの値に基づいて、活動電位波形25を生成する際に使用する活動電位単位波形を図21の活動電位単位波形120の中から選択する。具体的には、図21の各活動電位単位波形120において−53mvを示す2点間(例えば、t−t間)の時間間隔を各活動電位単位波形120のAPDの値として、上記のように求められた各APD(APD1,APD2,・・・)の値に近似するAPDの値を有する活動電位単位波形120を順次選択する。
【0076】
選択された各活動電位単位波形120は、活動電位波形25を生成する各波形として、心内心電図波形21に対応して図24のように表示される。なお、心内心電図波形21に対する各活動電位単位波形120の表示位置は、図25に示すような位置となる。例えば、心内心電図波形21を全波整流して全波整流波形24を作成し、全波整流波形24に移動平均処理を施して活動電位波形25を作成したとき、活動電位波形25の頂点25Pの時相が、活動電位単位波形120の始点121の位置となる。
【0077】
第一生成部11は、同様にして、心内心電図波形21a〜21jに対する活動電位波形25a〜25jをそれぞれ生成する。
【0078】
続いて、第一補完部12は、上記実施形態1と同様に、仮想電極の位置を設定するとともに、設定した仮想電極に対する活動電位波形25k等を補完する。
なお、実施形態2では、活動電位単位波形を用いているため、上記実施形態1のような補正部による活動電位波形の振幅を揃える補正は行っていない。
【0079】
続いて、第二生成部14は、各単位活動電位波形のAPD(APD3,APD4等)の値における平均APDを算出し、上記実施形態1と同様に、シフト波形40a〜40kを生成する。活動電位波形25a〜25kとシフト波形40a〜40kはそれぞれ、電極及び仮想電極が設けられている位置のグリッド23上に配置される(図10(b)参照)。
【0080】
なお、これ以降における、第二補完部15、第三生成部16、検出部17、及び表示部4の処理動作は、上記実施形態1と同様である。
【0081】
上記心筋興奮補完・可視化装置100によれば、実施形態1と同様に活動電位波形とシフト波形とに基づいて、相図50A図26参照)及び可視化データを作成しているので、演算量を大幅に抑制することができる。また、コンピュータシミュレーションで予め生成された活動電位単位波形120を用いて、擬似的な活動電位波形25を生成している。このため、心内心電図波形21に含まれうるFar Field電位やノイズの影響を抑えることができ、心筋の興奮状態を可視化データに精度良く反映させることができる。このように、この構成によれば、心臓カテーテルAで記録される心内心電図波形21から連続的に可視化データを作成することが可能となり、心筋の興奮状態を精度良くリアルタイムで表示することができる。
【0082】
また、心筋の活動電位波形に含まれた単位波形の理想モデルにおけるDIとAPDとの関係性に基づいて、活動電位波形25を生成する活動電位単位波形120を選択している。このため、心内心電図波形21に含まれうるFar Field電位やノイズの影響をさらに抑えることができ、心筋の興奮状態を可視化データに精度良く反映させることができる。
【0083】
また、予め準備された活動電位単位波形120の各ピーク位置が同時相とされているので、活動電位単位波形の高さを揃える補正処理を行わなくても相図50Aを作成する際に中心位置を容易に決めることが可能となる。このため、相図50Aにおける各サンプル51の中心位置を揃えることができ、ヒルベルト変換を用いなくても、心筋の興奮状態を可視化データに精度良く反映させることができる。
【0084】
また、コンピュータシミュレーションによって導き出された構造的リモデリング下のヒト心房筋活動電位波形に、移動平均処理をかけた波形を用いることにより、相図50Aの中心部から各サンプル51に対する角度情報に偏りが生じることを抑制することができる。このため、連続的に可視化データを作成して心筋の興奮状態をリアルタイムで表示する際に、興奮状態が瞬時に変化してしまうことを抑制してスムースな連続移行とすることができ、心筋の興奮状態の変化を観察し易くすることができる。
【0085】
また、そのほか、FFTとIFFTを行う必要がないことの利点、活動電位波形の後面に興奮の静止する部分が表されていること、等時線を描くこと、相図の色の定義、位相特異点の検出等についても実施形態1と同様の効果を奏する。
【0086】
なお、本発明は、上述した実施形態に限定されず、適宜、変形、改良等が自在である。その他、上述した実施形態における各構成要素の材質、形状、寸法、数値、形態、数、配置場所等は、本発明を達成できるものであれば任意であり、限定されない。
【0087】
例えば、上記の実施形態では、可視化データに基づいて興奮状態の変化を観察させる表示部4を有しているが、表示部(表示機能)を有さず、位相特異点を検出する検出部(検出機能)だけを有する構成とした例えば心筋興奮検出装置としても良い。
【0088】
本発明を詳細にまた特定の実施態様を参照して説明したが、本発明の精神と範囲を逸脱することなく様々な変更や修正を加えることができることは当業者にとって明らかである。
本出願は、2015年3月30日出願の日本特許出願・出願番号2015-70249に基づくものであり、その内容はここに参照として取り込まれる。
【符号の説明】
【0089】
1,100:心筋興奮補完・可視化装置、2:取得部、3,3A:演算部、4:表示部、11,111:第一生成部、12:第一補完部、13:補正部、14:第二生成部、15:第二補完部、16:第三生成部、17:検出部、21:心内心電図波形、25:擬似的な活動電位波形、30,35:活動電位波形、40,45:シフト波形、50:相図、52:可視化データ、60:第一グリッド集合、61:第二グリッド集合、62:位相特異点、110:記憶部、120:活動電位単位波形、121:始点、122:頂点
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26