【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明では、成分中のMn/Si比を所定値とすること、ろう付熱処理後の粒界上に存在する、結晶構造が斜方晶であるMn系金属間化合物の密度を所定量以下にすることで、Mn、Cu量が高い場合であっても粒界腐食の発生を防止することができることを見出し、本発明を完成するに至った。さらに、粒内に分散する金属間化合物の数密度を所定量以上とすることで一層の効果が得られることを見出だした。
【0007】
すなわち、本発明の耐粒界腐食性に優れるアルミニウム合金材のうち、第1の本発明は、質量比で、Mn:0.8〜2.0%、Cu:0.1〜1.5%、Si:0.2〜1.2%、Fe:0.05〜1.0%を含有し、残部がAlおよび不可避不純物からなり、Mn含有量とSi含有量の比率が1.5〜3.0の範囲にあり、
ろう付熱処理後に、粒界上に存在する、結晶構造が斜方晶であるMn系金属間化合物の数密度が3個/100μm以下であ
り、ろう付熱処理後に、粒内に分散するMn系金属間化合物の数密度が0.6個/μm2以上であることを特徴とする。
【0009】
以下に、本発明における限定理由について説明する。なお、成分含有量はいずれも質量%で示される。
【0010】
Mn:0.8〜2.0%
Mnは、マトリックス中にAl−Mn、Al−Mn−Si、Al−Mn−Fe、Al−Mn−Fe−Si金属間化合物を形成することで材料強度を高める効果を有している。Mn含有量が0.8%未満では、前記効果が十分ではなく、2.0%を超えると鋳造時に巨大な金属間化合物が生成し、製造が困難となるため、Mn含有量を前記範囲とする。なお、同様の理由で、Mn含有量は、下限を1.4%とするのが好ましく、上限を1.8%とするのが望ましい。
【0011】
Fe:0.05〜1.0%
Feは、マトリックス中に、Al−Mn−Fe金属間化合物およびAl−Mn−Fe−Si金属間化合物を形成することで材料強度を高める作用がある。Fe含有量が0.05%未満であると、鋳造時に割れを生じやすくなり、1.0%を超えると鋳造時に巨大金属間化合物が晶出し、製造が困難となるため、Fe含有量を0.05〜1.0%とする。なお、同様の理由で、Fe含有量は下限を0.15%とするのが好ましく、上限を0.4%とするのが好ましい。
【0012】
Cu:0.1〜1.5%
Cuは、マトリックス中に固溶して材料強度を高める効果を有している。Cu含有量が0.1%未満では、その効果が十分ではなく、1.5%を超えると鋳造時に割れを生じやすくなり、製造が困難となるため、Cu含有量を上記範囲とする。なお、同様の理由で、Cu含有量は、下限を0.4%とするのが望ましく、上限を1.3%とするのが好ましい。
【0013】
Si:0.2〜1.2%
Siは、Mn系化合物に取り込まれることでMn系化合物の結晶構造を斜方晶構造のAl−Mnから立方晶構造のAl−Mn−Siに変化させて、粒界でAl−Cu金属間化合物が異質核として析出するのを妨げる作用がある。これによって、粒界でAl−Cu化合物が析出するのを抑制し、粒界近傍でCu欠乏層が形成されるのを抑制する作用がある。また、Siは、粒内におけるMn系化合物の析出を促進し、粒内のMn固溶度を減じて粒界近傍でMn欠乏層が形成されるのを抑制する作用がある。Si含有量が0.2%未満では、上記した効果が十分ではなく、1.2%を超えると余剰となって、Siがろう付冷却時に粒界に単体Siとして析出することで、粒界近傍にSi欠乏層を形成しやすくなるため、Si含有量を0.2〜1.2%とする。なお、同様の理由で、Si含有量は、下限を0.4%とするのが好ましく、上限を1.1%とするのが好ましい。
【0014】
(Mn含有量とSi含有量の比率が1.5〜3.0)
Mn含有量とSi含有量の比率であるMn/Si比は、ろう付冷却前のマトリックス中に固溶しているSi量の目安となる。Mn/Si比が1.5未満の場合、固溶Si量が
多いため、粒内でのMn系金属間化合物の析出が少なく、一方で粒界に優先的にMn系化合物が析出するため粒界腐食が発生しやすくなる。一方、Mn/Si比が3.0超の場合には、固溶Si量が
少ないため、粒界に粗大な単体Siが析出しやすくなることで粒界腐食が発生する。このため、Mn/Si比を上記範囲に定める。
なお、同様の理由で、Mn/Si比は、下限を1.8とするのが好ましく、上限を2.5とするのが好ましい。
【0015】
また、本発明のアルミニウム合金では、Alの他に、不可避不純物を含有することができる。
【0016】
(粒界上に存在する、斜方晶のMn系金属間化合物の数密度が3個/100μm以下)
ろう付冷却後の冷却過程において、600〜300℃の温度域にてMn系金属間化合物の析出が生じ、300℃以下の温度域にてMn系金属間化合物を析出サイトとしてCu系金属間化合物の析出が生じる。ここでMn系金属間化合物の結晶構造が斜方晶構造の場合、Cu系金属間化合物の異質核として作用しやすい。粒界上に存在するMn系金属間化合物の結晶構造が斜方晶であるものの数密度が3個/100μm以下とすることでCu系金属間化合物の粒界析出を効果的に防止でき、その結果、粒界近傍のCu欠乏層の形成を抑制して粒界腐食発生を抑えることができる。
【0017】
(ろう付熱処理後の粒内に分散するMn系金属間化合物の数密度が0.6個/μm
2以上)
ろう付熱処理後の粒内に分散するMn系金属間化合物の数密度が0.6個/μm
2未満の場合、粒内のMn固溶量が高く、粒界と粒内の固溶Mn量に差が生じるため、粒界近傍にMn欠乏層が形成されやすくなり粒界腐食が発生しやすくなる。一方、粒内に分散するMn系金属間化合物の数密度が0.6個/μm
2以上の場合には粒内の固溶Mn濃度が十分に低くなっているため、粒界にMn系金属間化合物の析出が生じていても粒界近傍にMn欠乏層が形成されにくいため、粒界腐食の発生を防止できる。
【0018】
ろう付熱処理後の粒内に分散するMn系金属間化合物の数密度は、Mn、Si添加量やMn/Si比によって決まるが、ろう付前のMn系金属間化合物の数密度によっても影響される。これは、ろう付前に分散しているMn系金属間化合物はろう付時の約600℃加熱時にマトリックス中に固溶するものと、固溶せず残存するものがあるためである。ろう付前のMn系金属間化合物の数密度は、例えば均質化処理条件によって制御することが可能である。Mn系金属間化合物が析出しやすい温度で長時間の均質化を実施した場合、ろう付前のMn系金属間化合物の数密度が増加する。
【0019】
以下に、(1)Mn/Si比が1.5未満の場合、(2)Mn/Si比が1.5〜3.0の場合、(3)Mn/Si比が3.0超の場合に分けて、Al−Mn−Cu−Si合金のろう付後の粒界腐食発生機構を説明する。
【0020】
(1)Mn/Si比が1.5未満の場合
ろう付熱処理時は、アルミニウム合金材は600℃の高温にさらされるので材料中に添加されたMn、Si、Cuが過飽和に固溶した状態となる。その状態から冷却された場合、過飽和に固溶したこれらの元素が析出する。600〜300℃の温度範囲にて斜方晶構造のAl−Mn金属間化合物が粒界上に優先的に析出することで粒界近傍に粒界に沿う形で粒内よりもMn濃度が希薄なMn欠乏層が形成される。さらに300℃以下の温度域にて粒界上のAl−Mn金属間化合物を異質核サイトとしてAl−Cu金属間化合物が析出することで粒界近傍に粒界に沿う形でCu欠乏層が形成される。MnおよびCuはAlの電位を貴にする元素であるため、これら欠乏層の電位は周辺よりも卑となり、粒界近傍が優先的に腐食することで粒界腐食が発生する。
【0021】
粒界でのAl−Cu金属間化合物の析出は、斜方晶構造のAl−Mn化合物がない場合には生じない。したがって、粒界での斜方晶構造のAl−Mn化合物の数密度を所定値以下にすることはAl−Mn金属間化合物とAl−Cu金属間化合物の両方の数密度を規定していることに等しい。
【0022】
(2)Mn/Si比が1.5〜3.0の場合
ろう付熱処理時は、アルミニウム合金材は約600℃の高温にさらされるので材料中に添加されたMn、Si、Cuが過飽和に固溶した状態となる。その状態から冷却された場合(例えば20℃/秒以下の冷却速度による冷却)、過飽和に固溶したこれらの元素が析出する。600〜300℃の温度範囲にてAl−Mn系金属間化合物が析出するが、Mn/Si比が1.5〜3.0の場合にはSiの存在によってAl−Mn系化合物の析出が促進される。そのため、粒界、粒内ともに立方晶構造のAl−Mn−Si化合物が析出し、粒界近傍でのMn欠乏層の形成が抑制される。さらに、300℃以下の温度域での粒界上へのAl−Cu金属間化合物が析出も生じにくくなる。これは、Al−Mn−Si化合物の結晶構造が立方晶構造であり、Al−Cu金属間化合物の異質核として作用しにくいためである。したがって、粒界近傍でのCu欠乏層の形成も抑制される。そのため、粒界腐食が発生しない。
【0023】
(3)Mn/Si比が3.0超の場合
ろう付熱処理時は、アルミニウム合金材は約600℃の高温にさらされるので材料中に添加されたMn、Si、Cuが過飽和に固溶した状態となる。その状態から冷却された場合、過飽和に固溶したこれらの元素が析出する。600〜300℃の温度範囲にてAl−Mn系金属間化合物が析出するが、Mn/Si比が1.5〜3.0の場合にはSiの存在によってAl−Mn系化合物の析出が促進される。そのため、粒界、粒内ともにAl−Mn−Si化合物が析出し、粒界近傍でのMn欠乏層の形成が抑制される。さらに、300℃以下の温度域での粒界上へのAl−Cu金属間化合物が析出も生じない。Al−Mn−Si化合物の結晶構造が立方晶構造であり、Al−Cu金属間化合物の異質核として作用しにくいためである。したがって、粒界近傍でのCu欠乏層の形成も抑制される。しかし、Mn/Si比が3.0超の場合、過剰に存在するSiが、粒界に優先的に粗大な単体Siとして析出するため、粒界近傍にSi欠乏層が形成され、粒界腐食が発生する。
【0024】
Feが添加されている場合、Al−Mn金属間化合物はMnの一部がFeで置換されたAl−Mn−Fe金属間化合物に変化するが、結晶構造は変化しないため、粒界腐食に対してはAl−Mn金属間化合物と同様の影響を持つ。また、Al−Mn−Si金属間化合物でもMnの一部がFeで置換されたAl−Mn−Fe−Si金属間化合物に変化するが、結晶構造は変化しないため、粒界腐食に対してはAl−Mn−Si金属間化合物と同様の影響を持つ。
【0025】
なお、Al−Mn系金属間化合物の結晶構造は、Mn/Si比によって斜方晶構造か立方晶構造に連続的に変化する。