特許第6640456号(P6640456)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6640456
(24)【登録日】2020年1月7日
(45)【発行日】2020年2月5日
(54)【発明の名称】膜形成方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20200127BHJP
   B05D 1/04 20060101ALI20200127BHJP
   B05D 3/06 20060101ALI20200127BHJP
   B05D 3/04 20060101ALI20200127BHJP
【FI】
   C23C26/00 H
   B05D1/04 Z
   B05D3/06 Z
   B05D3/04 Z
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-61593(P2015-61593)
(22)【出願日】2015年3月24日
(65)【公開番号】特開2016-180158(P2016-180158A)
(43)【公開日】2016年10月13日
【審査請求日】2018年2月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000173522
【氏名又は名称】一般財団法人ファインセラミックスセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100094190
【弁理士】
【氏名又は名称】小島 清路
(74)【代理人】
【識別番号】100151644
【弁理士】
【氏名又は名称】平岩 康幸
(74)【代理人】
【識別番号】100151127
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 勝雅
(72)【発明者】
【氏名】木村 禎一
【審査官】 祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−177182(JP,A)
【文献】 特開2007−246337(JP,A)
【文献】 特開平01−201481(JP,A)
【文献】 特開昭59−213602(JP,A)
【文献】 特開昭63−278835(JP,A)
【文献】 特開平02−197583(JP,A)
【文献】 特開2002−069665(JP,A)
【文献】 特開2005−105414(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00−30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属元素を含む、酸化物、窒化物、炭化物又は硫化物からなる膜を基材の表面に形成する方法において、
酸素元素、窒素元素、炭素元素及び硫黄元素から選ばれた少なくとも1種を含む分子からなるガスを含む雰囲気の中で、前記金属元素に由来する成分(M)が溶解された原料溶液を用いて、正負いずれかに帯電したミストを発生させ、該帯電ミストを、前記基材に対して0.01〜10ml/分の供給速度で連続的に供給し、前記基材の表面に滞留する前記帯電ミストに、500nm〜11μmの波長のレーザーを照射することを特徴とする膜形成方法。
【請求項2】
前記帯電ミストは、該帯電ミストと前記基材とが互いに反対の電荷を有するように、前記原料溶液を静電噴霧することにより形成されたものである請求項1に記載の膜形成方法。
【請求項3】
前記基材が予熱されている請求項1又は2に記載の膜形成方法。
【請求項4】
前記成分(M)が、有機金属錯体、有機酸金属塩、金属アルコキシド、前記金属元素を含むハロゲン化物、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、炭酸塩及び水酸化物から選ばれた少なくとも1種である請求項1乃至3のいずれか一項に記載の膜形成方法。
【請求項5】
前記原料溶液に含まれる前記成分(M)の濃度が、0.1〜80質量%である請求項1乃至4のいずれか一項に記載の膜形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属元素を含む、酸化物、窒化物、炭化物又は硫化物(以下、「金属化合物」ともいう)からなる厚膜を基材の表面に効率よく形成する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属元素を含む、酸化物、窒化物、炭化物又は硫化物(金属化合物)からなる膜(以下、「金属化合物膜」ともいう)は、保護(耐酸化、遮熱、耐摩耗等)、反射、絶縁等の作用を有する機能膜として、工業的に広く用いられている。
金属化合物からなる高純度膜の製造方法としては、金属元素を含む有機化合物又は無機化合物を媒体に溶かした後、得られた溶液を基材に塗布し、加熱、焼成する方法や、気相で原料を反応させ固相状態で析出させる化学的蒸着法(CVD)、固体原料(ターゲット)に物理的エネルギーを注入して気化し、基材に酸化物薄膜として再配列させる物理的蒸着法(PVD)等が知られている。また、金属酸化物からなる微粒子自身を堆積させる、エアロゾルデポジション法(特許文献1)及び静電噴霧法(特許文献2)等も知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−166076号公報
【特許文献2】特表2010−506721号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
化学的蒸着法(CVD)及び物理的蒸着法(PVD)の場合、高純度の金属化合物膜を得ることができる一方、厚さが100μmを超える金属化合物膜を形成するには、製膜速度が十分ではなく、長時間を要した。また、金属化合物からなる微粒子自身を堆積させる方法の場合、大きさを一定とした高コストの高純度微粒子を用いる必要があった。
本発明は、高純度の金属化合物からなる厚膜を基材の表面に効率よく形成する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、以下に示される。
1.金属元素を含む、酸化物、窒化物、炭化物又は硫化物からなる膜を基材の表面に形成する方法において、酸素元素、窒素元素、炭素元素及び硫黄元素から選ばれた少なくとも1種を含む分子からなるガスを含む雰囲気の中で、金属元素に由来する成分(M)が溶解された原料溶液を用いて、正負いずれかに帯電したミストを発生させ、帯電ミストを、基材に対して連続的に供給し、基材の表面又はその近傍に滞留する帯電ミストに、500nm〜11μmの波長のレーザーを照射することを特徴とする膜形成方法。
2.帯電ミストは、帯電ミストと基材とが互いに反対の電荷を有するように、原料溶液を静電噴霧することにより形成されたものである上記1に記載の膜形成方法。
3.基材が予熱されている上記1又は2に記載の膜形成方法。
4.成分(M)が、有機金属錯体、有機酸金属塩、金属アルコキシド、金属元素を含むハロゲン化物、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、炭酸塩及び水酸化物から選ばれた少なくとも1種である上記1乃至3のいずれか一項に記載の膜形成方法。
5.原料溶液に含まれる成分(M)の濃度が、0.1〜80質量%である上記1乃至4のいずれか一項に記載の膜形成方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、基材に対して連続的に供給される帯電ミストは、正負いずれかの同じ電荷をもつため、これらが凝集することなく、また、高密度で基材の表面又はその近傍に滞留させることができ、そこへレーザーを照射することにより、熱分解反応が起こり、高純度の金属化合物の生成及び堆積が繰り返されて、容易に厚膜を形成することができる。従来の製造方法として、広く適用されている化学的蒸着法(CVD)、物理的蒸着法(PVD)等では、例えば、0.01気圧以下の減圧条件が好ましいとされてきたが、本発明では、大気圧又はそれに近い減圧条件で、金属化合物からなる厚膜を製造することができる。また、帯電ミストの供給方法、レーザー照射法等を改良することにより、大面積の金属化合物膜を製造することもできる。本発明により、例えば、金属酸化物膜を形成する場合には、金属元素を1種のみとした酸化物だけでなく、複数種とした複合酸化物とすることができるので、広い分野において有用である。
原料溶液が、帯電ミストと基材とが互いに反対の電荷を有するように静電噴霧された場合には、帯電ミストを確実に基材の表面に供給することができ、生成する金属化合物を、基材の表面に対して規則的な方向(垂直方向等)に粒成長させやすくなるので、効率よく厚膜を得ることができる。
また、基材が予熱されている場合には、結晶性金属化合物からなる膜の形成に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本発明の方法に係る膜形成装置の一例を示す概略図である。
図2】実施例1で用いた膜形成装置を示す概略図である。
図3】実施例1で得られたα−アルミナ膜を含む断面を示す画像である。
図4】実施例1で得られたα−アルミナ膜を示すX線回折像である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の膜形成方法は、酸素元素、窒素元素、炭素元素及び硫黄元素から選ばれた少なくとも1種を含む分子からなるガス(以下、「反応性ガス」という)を含む雰囲気の中で、金属元素を含む、酸化物、窒化物、炭化物、硫化物又はこれらの複合化合物からなる膜(金属化合物膜)を基材の表面に形成する方法であって、金属元素に由来する成分(M)、即ち、前駆体、が溶解された原料溶液を用いて、正負いずれかに帯電したミストを発生させ、この帯電ミストを、基材に対して連続的に供給し、基材の表面又はその近傍に滞留する帯電ミストに、500nm〜11μmの波長のレーザーを照射することを特徴とする。
【0009】
上記金属元素は、金属化合物(複合酸化物、酸窒化物、炭窒化物等の複合物を含む)を生成可能なものであり、且つ、金属元素を含む化合物又は単体金属(これらは、「金属元素に由来する成分(M)」に相当する)が、水、酸、アルカリ若しくは有機溶剤に溶解可能なものであれば、特に限定されない。好ましい金属元素は、1族〜16族の元素であり、特に好ましい金属元素は、Al、Ti、Sn、In、Zn,Co、Ni、Fe、Y、Zr、Li、Cr、Hf、La、Ba、Cu等である。
【0010】
原料溶液は、金属元素に由来する成分(M)が、水(酸性水溶液及び塩基性水溶液を含む)又は有機溶剤からなる媒体に溶解されたものである。
上記成分(M)が金属元素を含む化合物である場合、有機化合物及び無機化合物のいずれでもよく、有機金属錯体、有機酸金属塩、金属アルコキシド、金属元素を含むハロゲン化物、硝酸塩、硫酸塩、リン酸塩、炭酸塩、水酸化物等を用いることができる。これらは、単独で用いてよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0011】
有機金属錯体としては、アセチルアセトン(=2,4−ペンタンジオン)、2,4−ヘキサンジオン、3,5−ヘプタンジオン、2,4−ヘプタンジオン、2−メチルヘキサン−3,5−ジオン、2,4−オクタンジオン、3,5−オクタンジオン、6−メチルヘプタン−2,4−ジオン、5−メチルヘプタン−2,4−ジオン、2,2−ジメチルヘキサン−3,5−ジオン、2,6−ジメチルヘプタン−3,5−ジオン、4,6−ノナンジオン、2,8−ジメチルノナン−4,6−ジオン、2,2,6,6−テトラメチルヘプタン−3,5−ジオン、1−フェニル−1,3−ブタンジオン、1,3−ジフェニル−1,3−プロパンジオン、アセト酢酸メチル、アセト酢酸エチル、アセト酢酸イソプロピル、アセト酢酸tert−ブチル、プロピオニル酢酸メチル、プロピオニル酢酸エチル、プロピオニル酢酸イソプロピル、プロピオニル酢酸tert−ブチル、エチレンジアミン四酢酸、1,2−シクロヘキサンジアミン四酢酸、ジヒドロキシエチルグリシン、ジアミノプロパノール四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、エチレンジアミン二酢酸、エチレンジアミン二プロピオン酸、ヒドロキシエチレンジアミン三酢酸、グリコールエーテルジアミン四酢酸、ヘキサメチレンジアミン四酢酸、エチレンジアミンジ(o−ヒドロキシフェニル)酢酸、ヒドロキシエチルイミノ二酢酸、イミノ二酢酸、1,3−ジアミノプロパン四酢酸、1,2−ジアミノプロパン四酢酸、ニトリロ三酢酸、ニトリロ三プロピオン酸、トリエチレンテトラミン六酢酸、エチレンジアミン二こはく酸、1,3−ジアミノプロパン二こはく酸、グルタミン酸−N,N−二酢酸、アスパラギン酸−N,N−二酢酸等のキレート形成剤を用いて得られた錯体を用いることができる。
【0012】
有機酸金属塩としては、脂肪族カルボン酸、脂環式カルボン酸、芳香族カルボン酸等の金属塩である。尚、各カルボン酸においては、構造中の炭素原子に結合する水素原子の一部が、ハロゲン原子、ヒドロキシル基、アミノ基、アルキルエーテル基等により置換されていてもよい。
金属アルコキシドとしては、脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基又は芳香族炭化水素基を含む化合物を用いることができる。
金属元素を含むハロゲン化物としては、フッ化物、塩化物、臭化物、ヨウ化物等を用いることができる。
本発明において、上記成分(M)は、安定な原料溶液を与えることができ、レーザーにより熱分解しやすいことから、有機金属錯体、金属アルコキシド、金属元素を含むハロゲン化物等が、特に好ましい。
【0013】
Al元素を含む有機金属錯体としては、アルミニウムトリス(アセチルアセトネート)、アルミニウムトリス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムモノアセチルアセトネートビス(エチルアセトアセテート)、アルミニウムモノアセチルアセトネートビス(オレイルアセトアセテート)、ジイソプロポキシアルミニウムエチルアセトアセテート、アルミニウムブトキシビスエチルアセトアセテート、アルミニウムビスエチルアセトアセテートモノアセチルアセトネート、トリス(ジピバロイルメタナト)アルミニウム、1,1,1−トリメチル−2,4−ペンタジオナトアルミニウム、ジイソプロポキシ−ジピバロイルメタナトアルミニウム、ジアセトキシ−ジピバロイルメタナトアルミニウム、トリス(ベンゾイルトリメチルアセチルアセトナト)アルミニウム、ジ−o−トリルオキシ−ジピバロイルメタナトアルミニウム、ジ(アセチルアセトナト)ピバロイルメタナトアルミニウム、トリス(ブタノイルピバロイルメタナト)アルミニウム等が挙げられる。
Ti元素を含む有機金属錯体としては、チタンテトラアセチルアセトネート、チタンテトラ−2−エチルヘキソキシド、ジブトキシチタンビスアセチルアセトナート等が挙げられる。
Zr元素を含む有機金属錯体としては、ジ−n−プロポキシ・ビス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、ジ−イソプロポキシ・ビス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、ジ−n−ブトキシ・ビス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、ジ−tert−ブトキシ・ビス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、モノ−n−プロポキシ・トリス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、モノ−イソプロポキシ・トリス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、モノ−n−ブトキシ・トリス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、モノ−tert−ブトキシ・トリス(アセチルアセトナート)ジルコニウム、ジルコニウムテトラアセチルアセトナート、ジ−n−プロポキシ・ビス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、ジ−イソプロポキシ・ビス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、ジ−n−ブトキシ・ビス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、ジ−tert−ブトキシ・ビス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、モノ−n−プロポキシ・トリス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、モノ−イソプロポキシ・トリス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、モノ−n−ブトキシ・トリス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、モノ−tert−ブトキシ・トリス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、ジルコニウムテトラエチルアセトアセテート、モノ(アセチルアセトナート)トリス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、ビス(アセチルアセトナート)ビス(エチルアセトアセテート)ジルコニウム、トリス(アセチルアセトナート)モノ(エチルアセトアセテート)ジルコニウム等が挙げられる。
【0014】
また、成分(M)を溶解する媒体は、上記のように、水又は有機溶剤とすることができるが、平衡蒸気圧の観点から、有機溶剤が好ましい。尚、有機溶剤としては、25℃で液体のものが好ましく、アルコール、ケトン、エステル、エーテル、炭化水素等を用いることができる。
【0015】
原料溶液に含まれる上記成分(M)の濃度は、帯電ミストの形成性及びその形状保持性等の観点から、好ましくは0.1〜80質量%、より好ましくは1〜50質量%、更に好ましくは5〜40質量%である。
【0016】
本発明において、金属化合物膜は、反応性ガスを含む雰囲気の中で、上記原料溶液を用いて形成された、正負いずれかの電荷を有する帯電ミストにレーザーを照射することにより得られる。反応性ガスは、レーザーが帯電ミストに照射された際に、成分(M)又はその分解生成物(レーザー照射直後の生成物)と反応して、酸化物、窒化物、炭化物又は硫化物を形成するものであれば、特に限定されない。酸化物の場合、酸素ガス、オゾンガス、又は、これらを含む空気等を用いることができる。窒化物の場合、窒素ガス、アンモニアガス等を用いることができる。酸窒化物の場合、NOガス、NOガス、NOガス等を用いることができる。炭窒化物の場合、CNガス、メタン−アンモニア混合ガス、CO−アンモニア混合ガス、CO−アンモニア混合ガス等を用いることができる。炭化物の場合、メタンガス、COガス、COガス等を用いることができる。硫化物の場合、HSガス、SOガス、SOガス、SOガス等を用いることができる。尚、反応性ガスの濃度調整等のために、アルゴンガス、ヘリウムガス等の不活性ガスを併用することができる。
【0017】
反応性ガスを含む雰囲気において、互いに同じ電荷を有する複数の帯電ミストは、反発し合うものの、ほぼ等間隔を保ちながら基材に供給される。基材の表面又はその近傍に滞留する帯電ミストに、レーザーが照射されると、金属化合物が規則的に粒成長した膜が形成される。
帯電ミストの調製方法は、特に限定されないが、例えば、原料溶液を静電噴霧する方法、イオナイザー等により発生させた正負いずれかのイオンを含む雰囲気の中に、原料溶液を噴霧する方法、及び、原料溶液を超音波噴霧する方法が挙げられる。これらのうち、単純な構成で帯電ミストを発生させることができることから、前者の方法が好ましい。尚、上記いずれの方法で調製された帯電ミストであっても、帯電ミストを基材に供給する場合には、自然落下を利用することが簡便である。しかしながら、帯電ミストを調製する際において、帯電ミストと基材とが互いに反対の電荷を有するように、原料溶液を静電噴霧すると、自然落下以外の方法でも帯電ミストを基材の表面に供給することができ、歩留まりを向上させることができる。
【0018】
原料溶液を静電噴霧し、帯電ミストを発生させる方法は、特に限定されないが、従来、公知の静電噴霧装置又はその原理を利用することができる。
図1は、チャンバー11の内部において、スプレーノズル17から静電噴霧することにより得られた帯電ミスト18を、スプレーノズル17の下方に載置した基材20の表面に供給して、基材20の表面又はその近傍に滞留する帯電ミスト18に、レーザー照射手段13からレーザーを照射することにより、金属化合物膜を形成する膜形成装置の一例である。原料溶液供給手段16から配管を介して送液された原料溶液を噴霧するスプレーノズル17と、基材20との間に電圧を印加しておくことにより、スプレーノズル17から噴霧される液滴に、正負いずれかの電荷を与え、帯電ミスト18を発生させることができる。スプレーノズル17等に電圧を印加すると、スプレーノズル17から噴霧される原料溶液にクーロン力が働いて、液面が局所的に錐状に盛り上がり、テイラーコーンが形成される。このようにテイラーコーンが形成されると、テイラーコーンの先端に電荷が集中してこの部分における電界強度が大きくなる。そして、この部分に生じるクーロン力が大きくなり、更にテイラーコーンを成長させる。このように、テイラーコーンが成長し、テイラーコーンの先端に電荷が集中して電荷の密度が高くなると、テイラーコーンの先端部分の原料溶液が大きなエネルギー(高密度となった電荷の反発力)を受け、表面張力を超えて、分裂・飛散(レイリー分裂)し放電することで微小サイズの帯電ミスト18が発生する。
原料溶液を帯電させる電圧は、安定なシングルコーンが形成され、形状及び大きさが一定の帯電ミストが形成され、更には、金属化合物膜の厚さの均一性が向上することから、好ましくは+2kV〜+8kV又は−8kV〜−2kV、より好ましくは+3kV〜+6kV又は−6kV〜−3kVである。
【0019】
上記のように、スプレーノズル17と基材20との間に電圧を印加しながら原料溶液を静電噴霧することにより発生した帯電ミスト18と、基材20とが互いに反対の電荷を有するので、図1におけるスプレーノズル17及び基材20の位置関係が、例えば、水平方向又は上下方向であっても、帯電ミスト18が、確実に基材20の表面に供給される。本発明では、基材20の表面における特定の位置に帯電ミスト18を配置することにより、その位置において金属化合物膜を形成することができるので、基材20の特定の位置にのみ電圧を印加すればよい。尚、基材20が大型であったり、スプレーノズル17と、基材20との距離が長かったりする場合には、帯電ミスト18の供給速度、更には、製膜速度を向上させるために、例えば、キャリアーガス等を利用することができる。
【0020】
帯電ミストを発生させるための原料溶液の供給速度は、安定なシングルコーンが形成され、形状及び大きさが一定の帯電ミストが形成されることから、好ましくは0.01〜10ml/分、より好ましくは0.02〜5ml/分、更に好ましくは0.1〜3ml/分である。尚、スプレーノズル17と、基材20との距離は、特に限定されないが、好ましくは1〜50cm、より好ましくは10〜30cmである。
【0021】
基材の構成材料は、特に限定されないが、少なくとも、金属化合物膜が形成される位置の構成材料は、レーザーの受光により、基材の形状、性状等が変化しないものであることが好ましい。例えば、金属、合金、セラミックス等が特に好ましい。従って、複数の材料からなる基材等の場合、上記構成材料からなる特定の位置に金属化合物膜を形成することが好ましい。
基材の形状もまた、特に限定されず、平板状、曲板状、棒状、筒状、塊状、又は、これらの組み合わせであってもよい。
【0022】
帯電ミストを基材に供給する場合には、レーザーによる反応を円滑に進めて金属化合物の生成速度を向上させたり、生成する金属化合物の結晶性等を調整したりするために、基材を予熱しておいてもよい。予熱温度は、生成する金属化合物の種類等により、適宜、選択されるが、通常、500℃〜1000℃である。
基材の予熱方法は、特に限定されず、赤外線ランプ、ハロゲンランプ、抵抗加熱、高周波誘導加熱、マイクロ波加熱等を利用することができる。
【0023】
本発明において、帯電ミストへのレーザー照射は、金属化合物の生成及び成膜を円滑に進めるために、500nm〜11μmの波長のレーザーを用いる。例えば、Nd−YAGレーザー、Nd−YVOレーザー、Nd−YLFレーザー、チタンサファイアレーザー、炭酸ガスレーザー等を用いることができる。
レーザーを照射する場合、基材を固定した状態でレーザーをスキャンさせながら若しくは光拡散レンズを介して照射する方法、又は、基材を移動させながら、光路を固定したレーザーを照射する方法とすることができる。
【0024】
レーザーの照射条件は、帯電ミストの組成(成分(M)又は溶媒の種類)、基材の構成材料、基材の予熱温度等により、適宜、選択される。レーザー出力は、金属化合物の円滑な生成及び粒成長性の観点から、好ましくは40〜200W/cm、より好ましくは50〜150W/cmである。
レーザーの照射に際して、図1におけるチャンバー11の内部の圧力は、特に限定されず、好ましくは0.4〜3.0気圧、より好ましくは0.6〜2.0気圧とすることができる。本発明では、従来の製造方法として、広く適用されている化学的蒸着法(CVD)、物理的蒸着法(PVD)等で利用される減圧条件を必要としないことが特徴である。
また、チャンバー11の内部は、反応性ガスを含む雰囲気である。チャンバー11の内部は、密閉系及び開放系のいずれでもよい。尚、チャンバー11の内部は、供給された帯電ミストの形状が基材の表面に到達するまで保持される限りにおいて、加熱されていてもよい。
【0025】
本発明によれば、金属化合物膜の製膜速度を、好ましくは10〜3000μm/時、より好ましくは50〜1000μm/時とすることができ、効率よく厚膜を形成することができる。
【0026】
本発明に係る膜形成装置の一例を、図1に示したが、帯電ミストの組成(成分(M)又は溶媒の種類)、基材の形状及び大きさ等に応じて、適宜、構成を変更することができる。
例えば、図1において、帯電ミストを発生させるスプレーノズル17の数、レーザー照射手段13の数を、それぞれ、1としたが、複数とすることができる。
また、帯電ミストに含まれる溶媒が有機溶剤を含む場合には、帯電ミストへのレーザー照射による金属化合物の生成と同時に、有機溶剤が気化するので、揮発ガスをチャンバー11の外部に排出するための排気ポンプ29をチャンバー11に接続しておくことが好ましい(図2参照)。
【実施例】
【0027】
以下、α−アルミナ膜の製造例を挙げて、本発明を具体的に説明する。
【0028】
1.製造原料
帯電ミスト形成用の原料溶液として、アルミニウムトリス(アセチルアセトネート)をアセトンに溶解させた溶液を用いた。アルミニウムトリス(アセチルアセトネート)の濃度は10質量%である。
α−アルミナ膜形成用の基材として、SUS304からなる板(20mm×20mm×1.0mm)を用いた。
【0029】
2.製造装置
図2に示す膜形成装置10を用いた。この装置10は、チャンバー11の内部において、スプレーノズル17により負帯電のミスト18を連続的に発生させて、予熱された正帯電の基材20に向けて供給し、その後、基材20の表面に対流する帯電ミスト18にレーザーを照射し、α−アルミナからなる膜を形成する装置である。
この膜形成装置10では、原料溶液を収容する原料溶液貯留部15及び原料溶液供給手段16を、チャンバー11の外部に配設し、原料溶液を、この原料溶液供給手段16から、配管(内径0.3mmのステンレス製チューブ)を介して、チャンバー11の内部に配設したスプレーノズル17に供給できるようにした。金属化合物膜を形成させる基材20は、スプレーノズル17の直下に25cmの間隔をおいて基材支持部21の上に載置した。スプレーノズル17には直流電圧を印加する一方、基材20を接地することにより、スプレーノズル17からの液滴を負電荷とし、発生した帯電ミスト18が、正電荷の基材20に向かうようにした。そして、チャンバー11の外部に、石英製入射窓14を介して波長1064nmのレーザーを基材20の表面方向に照射するレーザー照射手段13(Nd−YAGレーザー)を配設した。基材20へのレーザーの入射角は45度である。尚、α−アルミナの生成を促進するために、基材20を予熱(加熱)する手段(赤外線ランプ)23を配設し、更に、基材20の温度を測定するための熱電対25を配設した。また、原料溶液に含まれるアセトンの気化に伴って、揮発したガスがチャンバー11内に充満するのを抑制し、また、膜形成条件(金属化合物の生成条件)を、終始、維持するために、チャンバー11の上方側開口部27からの空気の供給と、その対壁に相当する下方側に接続したダイアフラムポンプ29を用いた排気とにより、チャンバー11の内部の換気を行った。チャンバー11の内部における圧力は0.8気圧であった。
【0030】
3.α−アルミナ膜の製造及び評価
実施例1
原料溶液供給手段16から、4.0Vの直流電圧を印加したスプレーノズル17に、原料溶液(アルミニウムトリアセチルアセトナートのアセトン溶液)を1.0ml/分の速度で供給しながら、静電噴霧し、帯電ミスト18を発生させた。そして、この帯電ミスト18を、予め、赤外線ランプにより750℃に加熱した正電荷の基材20の表面に連続的に供給した。そして、レーザー照射手段13を駆動(出力:60W/cm)して、レーザーを、滞留する帯電ミスト18に照射し続け、α−アルミナの生成及び堆積を繰り返し、基材20の表面全体にα−アルミナからなる膜を形成させた。製膜速度は83μm/時であった。
得られたα−アルミナ膜のSEM画像及びX線回折像を、それぞれ、図3及び図4に示す。図3より、緻密な膜が形成されたことが分かる。
【0031】
実施例2
レーザーの照射条件として、出力を90W/cmとした以外は、実施例1と同様の操作を行い、基材20の表面全体にα−アルミナからなる膜を形成させた。製膜速度は103μm/時であった。
【0032】
比較例1
原料溶液(アルミニウムトリアセチルアセトナートのアセトン溶液)を、予熱していない基材20の表面に塗布し、得られた塗膜に対して、レーザーを照射(照射密度:60W/cm)したところ、塗膜が完全に消失し、膜は生成しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、好ましくは、耐熱性基材の表面に、金属化合物からなる膜を形成する方法であり、積層材料が得られることから、保護(耐酸化、遮熱、耐摩耗等)、反射、絶縁等の作用を有する機能性材料又は機能性物品の製造に好適である。
【符号の説明】
【0034】
10:膜形成装置、11:チャンバー、13:レーザー照射手段、14:光学窓(石英製入射窓)、15:原料溶液貯留部、16:原料溶液供給手段、17:スプレーノズル、18:帯電ミスト、20:基材、21:基材支持部、23:予熱手段(赤外線ランプ)、25:基材温度測定手段(熱電対)、29:排気ポンプ。
図1
図2
図3
図4