(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
所定の時間間隔をデジタル信号で出力することのできる時間デジタル変換器が知られている。時間デジタル変換器は、時間間隔を直接にデジタル信号に直すことができるため、2つの利点を有する。一つは、時間間隔を高い分解能で計測することができることである。もう一つは、ほとんどがデジタル素子で構成できるため、小型化に適していることである。
【0003】
時間デジタル変換器の技術は、例えば温度センサに利用される(例えば特許文献1)。特許文献1の温度センサは、遅延回路とクロック回路とカウンタ回路を備えている。遅延回路は、複数のインバータが直列に接続されたインバータチェーンを有しており、入力トリガ信号の入力トリガタイミングをインバータチェーンの段数に応じて遅延させた遅延トリガタイミングを有する遅延トリガ信号を出力する。カウンタ回路は、入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングの間にクロック回路が出力するクロック信号のクロック数をカウントする。入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間が、クロック数としてデジタル値で得られる。遅延回路のインバータの動作速度は温度依存性を有しており、特許文献1の温度センサは、その温度依存性を利用する。入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間が、遅延回路の環境温度によって変化する。従って、カウンタ回路が出力するクロック数が遅延回路の周囲温度と相関を有する。その相関関係を予め求めておくことで、クロック数から遅延回路の周囲温度が得られる。
【0004】
時間デジタル変換器の特徴の一つは、高い分解能であるが、その精度にも限界がある。時間デジタル変換器では、入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間間隔をクロック数でデジタル化する際に量子化誤差が生じる。具体的には、量子化誤差は、クロック回路と遅延回路が備えているインバータの動作速度に依存する。
【0005】
一方、量子化誤差を低減する手法として、デジタル処理回路に故意にノイズを加えて得られたデータにローパスフィルタをかけるディザリングと呼ばれる技術が知られている。ディザリング技術を時間デジタル変換器に適用することが提案されている(特許文献2)。その技術では、遅延時間をランダムに変化させて得られた複数の計測結果の平均をとってより正確な計測結果を得る。
【0006】
特許文献2には、遅延時間をランダムに変化させる具体的な手段が開示されていない。一方、特許文献3に、その手法の一例が開示されている。特許文献3は、インバータの動作速度(即ち遅延時間)が供給電圧に依存することを利用する。即ち、特許文献3の技術では、ノイズを含む電圧を生成し、その電圧をインバータに印加する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献3の技術では、変動を含むデジタル信号を生成した後、そのデジタル信号をアナログ変換し、さらにローパスフィルタと増幅器を通してノイズを含む供給電圧を生成する。先に述べたように、時間デジタル変換器の一つの利点はほとんどがデジタル素子で構成できるため小型化に適している点である。しかし、特許文献3の技術ではいくつかのアナログ素子を用いるため、小型化という時間デジタル変換器の利点を阻害してしまう。本明細書は、簡単な構成を追加するだけでディザリングを導入することができ、アナログ素子を多く使わずに分解能を高めた時間デジタル変換器を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本明細書が開示する時間デジタル変換器は、クロック回路と、遅延回路と、カウンタ回路と、平均算出回路と、抵抗素子を備えている。クロック回路は、複数の第1CMOSインバータがリング状に接続されているリングオシレータを備えており、第1CMOSインバータの出力変化に応じたクロック信号を出力する。遅延回路は、複数の第2CMOSインバータが直列に接続されているインバータチェーンを備えており、入力トリガ信号の入力トリガタイミングをインバータチェーンの段数に応じて遅延させた遅延トリガタイミングを有する遅延トリガ信号を出力する。複数の第2CMOSインバータは、その動作速度が供給電圧に依存する。カウンタ回路は、
入力トリガ信号と遅延トリガ信号とクロック信号が入力され、入力トリガ信号に含まれている入力トリガタイミングから
遅延トリガ信号に含まれている遅延トリガタイミングまでの間のクロック信号のクロック数をカウントする。平均算出回路は、入力トリガ信号に含まれている複数の入力トリガタイミングの夫々に対応したクロック数の移動平均を算出する
とともに算出した移動平均を、遅延回路の遅延時間のデジタル値として出力する。抵抗素子は、一端が電源に接続されており、他端が第1CMOSインバータと第2CMOSインバータの電圧供給端に接続されている。なお、CMOSインバータは、Complementary Metal Oxide Semicondutor インバータの略であり、n型MOSトランジスタとp型MOSトランジスタを直列に接続した回路である。
【0010】
本明細書が開示する時間デジタル変換器は、クロック回路にCMOSインバータを用いる。
CMOSインバータは、2個のトランジスタの直列接続で構成されており、その直列接続の一端が電圧供給端として抵抗素子に接続されており、他端が接地端に接続されている。CMOSインバータ
の直列接続には、出力が保持されている間は電流が流れないが、出力が変化するときに貫通電流が流れる。貫通電流が流れるとCMOSインバータの電圧供給端の電圧が下がる。貫通電流の大きさをIPrで表し、抵抗素子の抵抗値をRで表すと、貫通電流Iprによって抵抗素子の電流下流側の電圧変動値は、Ipr×R[ボルト]となる。抵抗素子の電流下流側の電圧は遅延回路の第2CMOSインバータに供給される電圧に等しい。即ち、クロック回路におけるCMOSインバータの出力変化時の貫通電流Iprに起因して遅延回路のCMOSインバータの供給電圧がIpr×R[ボルト]変化する。別言すれば、供給電圧にIpr×R[ボルト]のノイズが加わる。遅延回路の第2CMOSインバータは供給電圧に動作速度が依存するので、供給電圧の変化(ノイズ)によって、遅延回路の動作速度が変化し、遅延回路が出力する遅延トリガ信号の遅延トリガタイミングが変化する。遅延トリガタイミングが変化するので、カウンタ回路がカウントするクロック数が変化する。入力トリガ信号に含まれている複数の入力トリガタイミングの夫々に対応したクロック数の移動平均を算出することで、一クロックに相当する分解能よりも高い精度で遅延時間(入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間)が計測できる。この時間デジタル変換器は、クロック回路と抵抗素子によって遅延回路への供給電圧にノイズを重畳させディザリングによる高精度化を実現している。
【0011】
上記の通り、本明細書が開示する時間デジタル変換器は、第1、第2CMOSと電源との間に抵抗素子を加えるだけの簡単な構成で実現することができる。別言すれば、本明細書が開示する技術は、アナログ素子を多く使わずに分解能を高めた時間デジタル変換器を提供する。以下、上記した抵抗素子を他の抵抗素子と区別するため、便宜上、ノイズ誘発抵抗素子と表記する。
【0012】
上記の説明から明らかなとおり、ノイズ誘発抵抗素子の抵抗値Rは、第1CMOSインバータの出力が変化するとき(出力が反転するとき)に流れる貫通電流Iprに抵抗値Rを乗じた電圧変動値に対する遅延トリガタイミングの時間変化分が、クロック信号の半周期以上となるように設定されている。ノイズ誘発抵抗素子の抵抗値Rをそのように設定することで、上記した電圧変動値(Ipr×R)によって、カウントされるクロック数が必ず変化する。その結果、ディザリングによって量子化誤差を低減し、より高い分解能を確実に得ることができる。
【0013】
ノイズ誘発抵抗素子の抵抗値Rは、具体的には50オーム以上に設定される。例えば第1CMOSインバータの出力変化時に流れる電流Iprが0.2[mA]だった場合、電圧変化は50×0.2=10[mV]となる。CMOSインバータの駆動電圧(供給電圧)は概ね1乃至5ボルトであるので、電圧変化分(即ちノイズの振幅)は供給電圧の1/100乃至1/500程度となる。このサイズのノイズが供給電圧に加わることで、遅延回路の遅延時間(入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間)が、1クロックの半周期程度(あるいはそれ以上)変化する。遅延時間がクロックの半周期以上ずれれば、計測されるクロック数が少なくとも1クロックずれることになる。入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでのクロック数がノイズに影響されてゆらぐことになる。時系列に並んだ複数の入力トリガタイミングの夫々に対応したクロック数(揺らぎを伴う複数のクロック数)の移動平均を求めると、時間デジタル変換器の量子化誤差が低減され、高い分解能が得られる。
【0014】
先に述べた時間デジタル変換器は、クロック回路の動作が遅延回路への供給電圧にノイズ(電圧変動)を加えることになる。クロック回路の第1CMOSインバータへの供給電圧にもディザリングのためのノイズが加わるように、本明細書が開示する時間デジタル変換器は、次のサブクロック回路を備えてもよい。サブクロック回路は、複数の第3CMOSインバータがリング状に接続されている別のリングオシレータを備えている。そして、第3CMOSインバータの電圧供給端が上記した抵抗素子の他端に接続されている。第1CMOSインバータは、動作速度が供給電圧に依存する。サブクロック回路も先に説明したクロック回路と同様に、各第3CMOSインバータの出力変化時に貫通電流が流れ、抵抗素子の他端の電圧が変化する。その結果、クロック回路の第1CMOSインバータの供給電圧が変化する(即ちノイズが重畳する)。供給電圧の変化に伴い、そのときのクロックの幅(周期)が変化する。クロック回路が出力するクロック信号のクロックの幅が変化することで、カウンタ回路が計測するクロック数が変化する。サブクロック回路を備えることで、クロック回路への供給電圧にもノイズが重畳するとともに、遅延回路への供給電圧に対しては、クロック回路とサブクロック回路の双方からの変動(ノイズ)が重畳するため、ノイズがより一層複雑化してホワイトノイズに近くなる。それゆえ、より高い分解能が得られる。さらに、サブクロック回路もデジタル回路であるので、サブクロック回路を含めても小さなサイズの時間デジタル変換器を実現することができる。
【0015】
この時間デジタル変換器の一つの適用先は、遅延回路の第2CMOSインバータに、動作速度が温度依存性を有するトランジスタを採用した温度センサである。しかし、本明細書が開示する時間デジタル変換器は、温度センサへの適用に限られない。本明細書が開示する技術の詳細とさらなる改良は以下の「発明を実施するための形態」にて説明する。
【発明を実施するための形態】
【0017】
(第1実施例)図面を参照して第1実施例の時間デジタル変換器2を説明する。なお、以下では、説明の便宜のため、時間デジタル変換器(Time-to-Digital Converter)2を単純にTDC2と表記する。TDC2は、温度センサとして利用することができる。
図1に、TDC2のブロック図を示す。
【0018】
TDC2は、クロック回路10、遅延回路20、カウンタ回路6、平均算出回路7を備えている。クロック回路10は、複数の第1CMOSインバータ4がリング状に接続されているリングオシレータ12を備えている。遅延回路20は、複数の第2CMOSインバータ5が直列に接続されているインバータチェーン22を備えている。クロック回路10の第1CMOSインバータ4と遅延回路20の第2CMOSインバータ5は、電圧駆動型の2個のトランジスタの直列接続で構成されており、電源Vddから抵抗素子3を介して電圧供給を受ける。
【0019】
クロック回路10は、不図示のスタート回路により、図中の左端の第1CMOSインバータ4の入力レベルが反転される。すると、左端の第1CMOSインバータ4の出力が反転する。左端の第1CMOSインバータ4の出力端は左から2番目の第1CMOSインバータ4の入力端につながっている。左端の第1CMOSインバータ4の出力が反転すると、左から2番目の第1CMOSインバータ4の入力が反転し、その第1CMOSインバータ4の出力が反転する。こうして図の左から右へ、第1CMOSインバータ4の出力反転が連鎖的に生じる。右端の第1CMOSインバータ4の出力端は左端の第1CMOSインバータ4の入力端に接続されており、出力反転の連鎖はリングオシレータ12を無限にめぐる。図中の右端の第1CMOSインバータ4の出力端はクロック回路10の出力端10aに相当する。この出力端10aから、第1CMOSインバータ4の動作速度とリングオシレータ12の段数に応じた周期のクロック信号CLKが出力される。
【0020】
遅延回路20の動作について説明する。遅延回路20の入力端20aに、立ち上がりエッジを有する入力トリガ信号Sinが入力される。入力トリガ信号Sinの立ち上がりエッジの時刻を入力トリガタイミングと称する。入力トリガタイミングのエッジの入力に起因してインバータチェーン22を構成する第2CMOSインバータ5が図中の左から右へ向けて連鎖的に出力反転する。その結果、遅延回路20の出力端20bからは、入力トリガ信号Sinの入力トリガタイミングをインバータチェーン22の段数に応じて遅延させた遅延トリガタイミングを有する遅延トリガ信号Sdが出力される。入力トリガタイミング(入力トリガ信号Sinの立ち上がりエッジ)から遅延トリガタイミング(遅延トリガ信号Sdの立ち上がりエッジ)までの時間を遅延時間と称する。
【0021】
入力トリガ信号Sinと遅延トリガ信号Sdとクロック信号CLKはカウンタ回路6に入力される。カウンタ回路6は、入力トリガ信号Sinの入力トリガタイミングから遅延トリガ信号Sdの遅延トリガタイミングまでの間のクロック数をカウントする。カウンタ回路6は既知の構成でよいので詳しい説明は割愛する。カウンタ回路6の出力(クロック数)は平均算出回路7に送られる。
【0022】
図1では示されていないが、入力トリガ信号Sinには、複数の入力トリガタイミング(即ち複数の立ち上がりエッジ)が含まれている。遅延回路20にて、夫々の入力トリガタイミングに対応する遅延トリガタイミングが生成される。カウンタ回路6には、複数の入力トリガタイミングを含んでいる入力トリガ信号Sinと、夫々の入力トリガタイミングに対応した遅延トリガタイミングを含んでいる遅延トリガ信号Sdが入力される。カウンタ回路6は、時系列に入力される入力トリガタイミングと、各入力トリガタイミングに対応する遅延トリガタイミングの間のクロック数をカウントし、平均算出回路7へ送る。平均算出回路7には、複数のカウント数が時系列的に入力される。平均算出回路7は、カウント数の時系列データの移動平均を算出して出力する。平均算出回路7の出力がTDC2の出力となる。平均算出回路7は、既知の回路を用いればよいので詳しい説明は割愛する。
【0023】
TDC2は、そのほとんどがデジタル素子で構成することができワンチップ化されている。ワンチップ化されたTDC2は、温度計測対象に配置される。遅延回路20の第2CMOSインバータ5は、その動作スピードに温度依存性がある。すなわち、入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間間隔(遅延時間)がTDC2の周囲温度に依存して変化する。遅延時間と周囲温度の相関は予め調べられており、遅延時間を表すクロック数(カウンタ回路6が計測するクロック数)に対応する温度のテーブル(あるいは換算式)が、平均算出回路7の出力を受ける温度特定回路(不図示)に記憶されている。温度特定回路は、平均算出回路7が出力するクロック数から上記テーブル(あるいは換算式)を使って周囲温度を特定して出力する。
【0024】
カウンタ回路6は、入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間(遅延時間)のクロック数をカウントする。従ってカウンタ回路6の時間分解能は、1クロックの周期で決まる。1クロックの周期よりも短い時間差は、カウンタ回路6で計測することができない。これが量子化誤差である。TDC2は、量子化誤差を低減し、より高い精度を実現すべく、抵抗素子3を備えている。抵抗素子3は、一端が電源Vddに接続されており、他端が複数の第1CMOSインバータ4の電圧供給端12aと、複数の第2CMOSインバータ5の電圧供給端22aに接続されている。次に、抵抗素子3の役割について説明する。
【0025】
クロック回路10の第1CMOSインバータ4は、電圧駆動型のトランジスタで構成されており、出力が保持されている間は電流が流れないが、出力が反転するときに貫通電流Iprが流れる。抵抗素子3の抵抗値を記号Rで表すと、貫通電流Iprが流れる毎に、抵抗素子3の電流下流端3aの電圧がdV=Ipr×Rだけ変動する。この電圧変動dVが、遅延回路20の第2CMOSインバータ5への供給電圧にノイズとして重畳される。遅延回路20の第2CMOSインバータ5は、動作速度が供給電圧に依存して変動するタイプであり、電圧変動dVによって遅延時間(入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間)が変動する。この遅延時間の変動を利用してディザリングを行い、量子化誤差を低減する。以下、より具体的に説明する。
【0026】
図2に、1個の第1CMOSインバータ4の回路図を示す。第1CMOSインバータ4は、2個の電圧駆動型のトランジスタ41、42の直流接続で構成されている。第1トランジスタ41は、p型MOSFET(Metal Oxide Field Effect Transistor)であり、ドレインが電源Vddに接続されており、ソースが第2トランジスタ42のドレインに接続されている。第2トランジスタ42は、n型のMOSFETであり、ドレインが第1トランジスタ41のソースに接続されており、ソースが接地端Vssに接続されている。第1トランジスタ41のゲートと第2トランジスタ42のゲートは相互に接続されている。第1トランジスタ41と第2トランジスタ42の接続点が次段の第1CMOSインバータ4を構成する2個のトランジスタのゲートに接続される。
【0027】
図3に第1CMOSインバータ4の動作を説明するグラフを示す。第1CMOSインバータ4の入力電圧Vin(即ち2個のトランジスタ41、42のゲート電圧)がオフ電圧Voff(Lowレベル電圧)のとき、第1CMOSインバータ4の出力電圧Voutはオン電圧Von(Highレベル電圧)となる。入力電圧Vinがオフ電圧Voffからオン電圧Vonに切り換わると、出力電圧Voutはオン電圧Vonからオフ電圧Voffに切り換わる。切り換わりの区間Tswでは、トランジスタ41、42のいずれも完全なオフ状態でないので電流(貫通電流Ipr)が流れる。貫通電流Iprは、入力電圧Vinと出力電圧Voutが交差する時刻Txで最大となるスパイク状の波形となる(
図3下側の図参照)。
【0028】
図4に、クロック回路10(リングオシレータ12)のブロック図を示す。
図5に、クロック回路10のリングオシレータ12(即ち複数の第1CMOSインバータ4)の電圧供給端12aに流れる電流(貫通電流Ipr)のグラフを示す。クロック回路10(リングオシレータ12)は、
図2で示した第1CMOSインバータ4が複数個リング状に接続された構造を有する。
図4では、最初にいずれかの第1CMOSインバータ4の入力を反転させる起動回路は図示を省略している。
【0029】
リングオシレータ12では、ひとたび、いずれかの第1CMOSインバータ4の出力が反転すると、出力反転が図中の右回りに連鎖的に生じる。各第1CMOSインバータ4の出力が反転する毎に
図3に示したスパイク状の貫通電流Iprが流れる(
図5の破線のグラフ参照)。その結果、複数の第1CMOSインバータ4に電圧を加える共通の電圧供給端12aには、微小に変動する電流が流れる(
図5の実線のグラフ参照)。クロック回路10の貫通電流Iprに起因する供給電圧の微小変動が遅延回路20の第2CMOSインバータ5に加わる。
【0030】
第2CMOSインバータ5は、動作速度が供給電圧に依存する特性を有している。供給電圧が変動すると(ノイズが加わると)、第2CMOSインバータ5の動作速度が変化し、その結果、遅延時間(入力トリガタイミングから遅延トリガタイミングまでの時間)が変化する。
図6に、遅延時間の変化の影響を説明する図を示す。
図7にノイズの有無による出力結果の相違を説明する図を示す。クロック数は整数なので、ノイズが加わることで、クロック数は、例えば所定の中央値±1の範囲で分布する。遅延時間が
図6のdTdの範囲で変化すると、カウンタ回路6で計測されるクロック数は、n±1の範囲で分布することになる。
図7(A)は、ノイズが無い場合にカウンタ回路6の係数結果を示している。この例では、ノイズが無い場合にカウンタ回路6が係数するクロック数は1000であると仮定している。即ち、
図6の「n」が
図7では「1000」に相当し、
図6の「n−1」が
図7の「999」に相当し、
図6の「n+1」が
図7の「1001」に相当する。
図7(B)は、ノイズを加えた場合のカウンタ回路6の出力の一例である。カウンタ回路6が係数するクロック数は、「n−1]と「n+1」の間、即ち「999」と「1001」の間で分布する。
【0031】
なお、カウンタ回路6の出力は、整数値であるので、カウンタ回路6の出力における遅延時間の時間分解能は、クロックの周期に等しい。
【0032】
遅延時間をクロック数の小数点以下を含めて表現できると仮定したとき(即ち、量子化誤差が無いと仮定したとき)、小数点以下を含むクロック数の値が整数の中央値(
図7の場合は1000)よりも正値側にずれていれば、
図7(B)の分布の形状は中央値プラス1の側(即ち「1001」)に偏る。逆に、小数点以下を含むクロック数の値が整数の中央値よりも負値側にずれていれば、
図7(B)の分布の形状は中央値マイナス1の側(即ち「999」)に偏る。従って、ノイズを加えたときのクロック数の分布の移動平均を算出することで、遅延時間に対応するクロック数を、小数点以下の精度で得ることができる。即ち、カウンタ回路6の量子化誤差を低減できる。
図7(C)は、
図7(B)のクロック数の時系列データに対して、30サンプルの移動平均を算出した結果である。
図7(C)に示すように、移動平均を算出することで、遅延時間に相当するクロック数を少数点以下の精度で表すことができる。
【0033】
上記の説明から、抵抗素子3の抵抗値Rについての条件も見いだせる。電圧変動dVは、クロック回路10の貫通電流Iprに抵抗素子3の抵抗値Rを乗じたものである(dV=Ipr×R)。一方、第2CMOSインバータ5は、動作速度が供給電圧に依存し、供給電圧の変動で遅延時間が変動する。遅延時間が少なくとも1クロックの半周期分以上変動すれば、電圧変動(ノイズ)によってクロック数(カウンタ回路6の出力)が分散する。これは、遅延時間の計算のためにカウンタ回路の出力に加えてクロックの出力も用いた場合、遅延時間の時間変化分がクロックの半周期でもカウンタ回路6の出力するクロック数が少なくとも1クロック変化するからである。抵抗素子3の抵抗値Rは、電圧変動dV(=貫通電流Ipr×抵抗値R)に対する遅延トリガタイミングの時間変化分が、クロック信号の半周期以上となるように設定されなければならない。遅延トリガタイミングの時間変化分とは、即ち、遅延時間の変化分に相当する。従って上記の条件を別言すれば、抵抗素子3の抵抗値Rは、電圧変動dV(=貫通電流Ipr×抵抗値R)に対する遅延時間の変化分が、クロック信号の半周期以上となるように設定されなければならない、と表現してもよい。
【0034】
通常のMOSFETの特性から、一般には抵抗素子3の抵抗値Rは、50オーム以上が望ましい。例えば、クロック回路10の貫通電流Iprが0.2[mA]とすると、電圧変動dVは0.2×50=10[mV]となる。これよりも小さい電圧変動では、遅延回路20における遅延時間の変動分(遅延トリガタイミングの変動分)がクロック信号の半周期分よりも大きくならない可能性が高い。
【0035】
(第2実施例)
図8に、第2実施例のTDC2aのブロック図を示す。TDC2は、
図1のTDC2に、サブクロック回路50を追加したものである。サブクロック回路50は、複数の第3CMOSインバータ9がリング状に接続されている別のリングオシレータ52を備えている。複数の第3CMOSインバータ9の電圧供給端52aが、抵抗素子3の電流下流端3aに接続されている。このTDC2では、クロック回路10の複数の第1CMOSインバータ4は、それらの動作速度が供給電圧に依存する特性を有している。サブクロック回路50の構成はクロック回路10と同じである。従って、サブクロック回路50の動作によっても、抵抗素子3の電流下流端3aの電圧が変動する。その電圧変動により、遅延回路20の第2CMOSインバータ5のみならず、クロック回路10の第1CMOSインバータ4の動作速度が変化する。第1CMOSインバータ4の動作速度の変化は、クロック信号CLKのクロックの周期を変動させる。その結果、遅延時間に計測されるクロック数が変化する。また、遅延回路20は、第1CMOSインバータ4の動作による電圧変動(
図8のノイズ1)に加えて第3CMOSインバータ9の動作による電圧変動(
図8のノイズ2)を受ける。遅延回路20が受ける電圧変動が複雑化するので、合計のノイズが理想的なホワイトノイズに近くなる。サブクロック回路50を追加することで、クロック回路10が電圧変動を受けるとともに、遅延回路20がホワイトノイズに近い電圧変動を受けるので、量子化誤差をより一層低減することができる。別言すれば、より精度の高い出力を得ることができる。
【0036】
サブクロック回路50もデジタル素子のみで構成できるので、TDC2aもコンパクトに実現することができる。
【0037】
抵抗素子3の抵抗値Rは、先の条件に加え、次の条件を満足するとよい。即ち、第3CMOSインバータ9の出力が変化するとき(出力が反転するとき)に流れる貫通電流Iprに抵抗値Rを乗じた電圧変動値dVに対して、遅延時間におけるクロック数が半クロック以上ずれるように抵抗値Rが選定されるとよい。なお、先の条件とは、次の通りである。第1CMOSインバータ4の出力が変化するとき(出力が反転するとき)に流れる貫通電流Iprに抵抗値Rを乗じた電圧変動値に対する遅延トリガタイミングの時間変化分が、クロック信号CLKの周期以上となるように、抵抗値Rが選定される。抵抗値Rは、少なくとも、遅延時間におけるクロック数が半クロック以上ずれるように選定されれば、電圧変動(ノイズ)によってクロック数(カウンタ回路の出力)が分散する。抵抗値Rは、遅延時間におけるクロック数が1クロック以上ずれるように選定されれば、電圧変動(ノイズ)によってクロック数(カウンタ回路の出力)がより確実に分散する。別言すれば、遅延トリガタイミングの時間変化分が、クロック信号の1周期以上となるように抵抗値Rを選定すれば、より確実に、ディザリングによる高精度化が期待できる。
【0038】
第1CMOSインバータ4を構成するトランジスタは、第2CMOSインバータ5を構成するトランジスタと同じタイプであってよい。さらには、第3CMOSインバータ9のトランジスタも、第2CMOSインバータ5のトランジスタと同じタイプであってよい。
【0039】
TDC2とTDC2aは、抵抗素子3以外はデジタル素子で構成できるので、コンパクトに実現することができる。
【0040】
実施例で説明した技術に関する留意点を述べる。実施例のTDC2は、温度センサに適用されていた。本明細書が開示する技術は、温度センサに適用されるTDCに限られない。
【0041】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成し得るものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。