【実施例】
【0014】
図1は実施例に係る心電解析システムのブロック図である。
図1に示すように、実施例に係る心電解析システムは、心肺蘇生中の患者Pに装着されたAED、除細動器あるいは心電計等が有する心電図信号取得手段1と、心電図信号取得手段1で取得された体表心電図信号をデジタルサンプリングして、心電図離散データに変換する心電図信号サンプリング手段2と、心電図信号サンプリング手段2から受信した心電図離散データを心電図スペクトログラムに変換するスペクトログラム変換手段3と、畳み込みニューラルネットワーク(CNN:convolutional neural network)4と、畳み込みニューラルネットワーク4から出力される判別結果に基づいて患者Pへの電気ショックの必要性に関する報知を行う電気ショック適応報知手段5からなっている。
【0015】
心電図信号取得手段1で取得される体表心電図信号は、患者Pの体表面に貼付した2つの電極間の電位差として記録されるアナログ信号であるが、心電図信号サンプリング手段2は、心電図判別の対象とする約12秒間のアナログ信号を120〜360Hzのサンプリング周波数でサンプリングし、離散的データに変換する。
ここで、判別対象とするアナログ信号には、胸骨圧迫に伴うノイズ(アーチファクト)が一部又は全体にわたって含まれていてもよいし、全く含まれてなくてもよい。
なお、体表心電図信号を、このような離散的データに変換して出力する機能は市販のAEDに備わっている機能である。
本実施例の心電図信号サンプリング手段2は、体表心電図信号を120〜360Hzのサンプリング周波数でサンプリングして得られた離散的データを、さらに60Hz程度のサンプリング周波数でダウンサンプリングして心電図離散データに変換する。
このようなダウンサンプリングを行う理由は、体表心電図信号には30Hz以上の周波数成分がほとんど含まれていないこと、及び一般的なAEDでは低周波通過フィルターによって30Hz以上の周波数成分が取り除かれていることが多いからである。
そのため、ダウンサンプリングを施した心電図離散データを用いても体表心電図信号に含まれる情報が損なわれることはなく、また、ダウンサンプリングによってデータ量を小さくすることができるので、その後の計算処理に必要な時間を短縮することができる。
【0016】
スペクトログラム変換手段3は、心電図信号サンプリング手段2から心電図離散データを受信すると、短時間フーリエ変換(STFT:short-time Fourier transform)によってスペクトログラムに変換し、心電図スペクトログラムを出力する。
本実施例では、
図2に示すように、受信した心電図離散データから約12秒間にわたる範囲を抽出して判別対象区間とする。その判別対象区間から128msの時間差で、約2秒間ずつの微小区間データを分割抽出(重複を許す)し、それぞれの微小区間データに対して短時間フーリエ変換を施すことによって判別対象区間の心電図離散データをスペクトログラムに変換した。
判別対象区間のデータ長、データ抽出の時間差、微小区間のデータ長を上述の通りとした場合、生成されるスペクトログラムは、
図3に示すような時間軸に沿って80行、周波数軸に沿って64列のマトリクスデータとなる。
なお、周波数軸に沿った列成分については、そのすべてを用いてもよいし、一部の低周波成分および高周波成分を除いてもよい。
また、判別対象区間を長くした場合、あるいはデータ抽出の時間差を短くした場合には、時間軸方向に沿った行数が増え、微小区間を長くした場合には周波数軸に沿った列数が増える。
【0017】
CNN4は、入力層4I、出力層4O、サンプルデータ蓄積手段4L、サンプルデータ蓄積手段4Lに多数のサンプルデータを入力するサンプルデータ入力手段4T並びに図示しない複数の畳み込み層、プーリング層、BN層(Batch-normalization層)、ドロップアウト層(drop-out層)、全結合層、その他で構築される。
一般には2〜3層の畳み込み層と1層のプーリング層を組み合わせたものを1単位とし、この数単位を直列させたものに、さらに2〜4層の全結合層を組み合わせることが多い。
なお、サンプルデータは、胸骨圧迫中の被検者から取得したサンプル心電図スペクトログラム及びそれぞれのサンプル心電図スペクトログラムに対する電気ショックの必要性についてのサンプル回答データからなるものである。
そして、本発明では多数のサンプルデータを蓄積する必要があるが、現状では胸骨圧迫を中断して電気ショックの必要性を判別する時だけでなく、胸骨圧迫中も被検者から体表心電図信号を取得しているので、両方の状態における体表心電図信号に基づけば、被検者に対するサンプル心電図スペクトログラム及びサンプル回答データは容易に入手できる。
また、BN層及びドロップアウト層は必ずしも必要ないが、ニューラルネットワーク中に挿入することにより、ニューラルネットワーク全体のパフォーマンス向上が期待できる。
【0018】
入力層4Iには、上述の80行、64列のマトリクスデータが与えられる。
また、スペクトログラムとしては、一般的な信号強度(パワーまたはマグニチュード)の二次元配列だけでなく、フーリエ級数の係数として得られる複素数の実数部と虚数部、それぞれの係数を独立した情報として取り扱う目的で、これらを2層の二次元配列とみなして用いることもできる(複素型スペクトログラム)。この場合には信号強度だけでなく、実数部と虚数部の間の位相差に関する情報が保持されるため、判別精度が若干向上するが、判別のための計算に要する時間が延長する。あるいは同様の目的で、複素数型スペクトログラムから得られる信号強度と位相角を、それぞれ独立した情報として2層の二次元配列として用いてもよい(信号強度・位相角スペクトログラム)。
出力層4Oからは、電気ショック適応の判別結果を表すベクトル(1次元行列)データが出力され、その要素数は体表心電図信号を分類する区分数となる。
例えば、体表心電図信号を「電気ショックの適応あり」又は「電気ショックの適応なし」の2つに分類する場合は要素数2、体表心電図信号を「電気ショックの適応あり」、「心静止」又は「無脈性電気活動」の3つに分類する場合は要素数3である。
【0019】
CNN4は、サンプルデータ蓄積手段4Lに蓄えられる多数のサンプルデータ(通常は数万人〜数百万人の被検者から取得したデータ)を自己学習させることによって最適化される。そして、十分な数(通常は数10万以上)のサンプルデータによって最適化されたパラメータを用いることにより99%以上の判別精度を得ることができる。
また、サンプルデータの蓄積数は多いほど判別精度が向上するため、本実施例では、心肺蘇生中の患者に対して電気ショックを施し、蘇生した場合の心電図スペクトログラム及び電気ショック適応データ(適応あり)をサンプルデータとしてサンプルデータ蓄積手段4Lに蓄積できるようになっている。
【0020】
電気ショック適応報知手段5は、CNN4の出力が「電気ショックの適応あり」を示す場合には、患者Pへの電気ショックが必要である旨の報知を行い、同出力が「電気ショックの適応なし」(要素数2)又は「心静止」若しくは「無脈性電気活動」(要素数3)である場合には、患者Pへの電気ショックが必要ない旨の報知を行う。
例えば、画面上に心電図を表示する場合、「電気ショックの適応あり」では心電図を赤色で表示し、「電気ショックの適応なし」等では心電図を緑色で表示する方法、画面上に必要性の有無を表示する場合、「電気ショックの適応あり」では「必要有り」を表示し、「電気ショックの適応なし」等では「必要無し」を表示する方法、音声で知らせる場合「電気ショックの適応あり」では「必要です」と発音させ、「電気ショックの適応なし」等では「必要なし」と発音させる方法などが挙げられる。
【0021】
図4は、上述の手法(アルゴリズム)を示すフロー図であり、以下の手順で電気ショックが必要であるか否か判別し報知する。
(1)体表心電図信号(アナログ信号)を取得する。
(2)判別対象区間(約12秒間)のアナログ信号をデジタルサンプリングする。
120〜360Hzのサンプリング周波数でサンプリングした後、さらに60Hz程度のサンプリング周波数でダウンサンプリングして心電図離散データに変換する。
(3)心電図離散データを、短時間フーリエ変換(STFT)によってスペクトログラムに変換し、心電図スペクトログラムを出力する。
(4)心電図スペクトログラムを畳み込みニューラルネットワークに送る。
(5)畳み込みニューラルネットワークが電気ショックの適応を判別する。
(6)判別結果に基づいた報知(電気ショックが必要又は必要ない旨の報知)を行う。
(7)以後、100〜200msの時間間隔(判別を行うコンピュータの性能によって異なる)で、
図5に示すように新たな判別対象区間(約12秒間)について、(2)〜(6)の手順を繰り返すことにより、事実上、連続的・リアルタイムの判別及び報知を行う。
【0022】
実施例の変形例を列記する。
(1)実施例においては、体表心電図信号を120〜360Hzのサンプリング周波数でデジタルサンプリングされたデータを60Hz程度のサンプリング周波数でダウンサンプリングして心電図離散データに変換しているが、ダウンサンプリングしなくても良い。
また、体表心電図信号を直接60Hz程度のサンプリング周波数でサンプリングして心電図離散データに変換しても良い。
さらに、ダウンサンプリングにおけるサンプリング周波数は60Hzに限らず、40〜80Hzの範囲で選択できる。
【0023】
(2)実施例においては、約12秒間の心電図離散データを判別対象とし、そのデータから約2秒間の微小区間データを、それぞれ128msの時間差で抽出した上で、短時間フーリエ変換を施して心電図スペクトログラムに変換したが、微小区間抽出の時間差については128msに代えて32〜256msの範囲で選択でき、微小区間データについては2秒間に代えて0.3〜4秒間の範囲で選択できる。
なお、微小区間のデータ長を長くすると、スペクトログラムの時間分解能は下がるが、フーリエ変換に利用できるデータ数が増えるので、周波数分解能は向上する。逆に微小区間のデータ長を短くすると、スペクトログラムの時間分解能は上がるが、周波数分解能が低下する。
また、判別対象区間を長くすると、判別精度は向上するが、畳み込みニューラルネットワークの計算量が増加するため、計算処理時間が延長するほか、心電図が変化した場合、その変化が検出されるまでの時間が延長する(時間応答性の低下)。例えば、判別対象区間を12秒とした場合、心電図が除細動適応波形から非適応波形に変化した場合、それが判別結果に反映されるまでに(理論上は)約6秒を要する。ただし、本発明は事実上連続的な判別を可能としているため、このような時間遅れが実用上の問題となることはない。逆に判別対象区間を短くすると、時間応答性は向上するが、判別精度は低下する。
そして、判別対象区間のデータ長、微小区間のデータ長、微小区間抽出の際の時間差については、それぞれ4〜20秒、1〜3秒、100〜200msの範囲から選択するのが好ましく、さらに、それぞれ8〜15秒、1.5〜2.5秒、100〜150msの範囲から選択するのがより好ましい。
(3)実施例においては、心電図離散データを、短時間フーリエ変換(STFT)によってスペクトログラムに変換し、心電図スペクトログラムを出力しているが、心電図離散データからスペクトル強度を求める変換手法であればどのような手法を用いても良い。