【文献】
矢入健久,外3名,「次元削減とクラスタリングによる宇宙機テレメトリ監視法」,日本航空宇宙学会論文集,2011年,第59巻,第691号,p.197−205
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、異常の診断にMTシステムの一種であるMT法(マハラノビス・タグチ法)の利用が普及している。MT法では、まず、診断対象の装置やシステム等から正常時に測定した複数のパラメータ値である正常データで形成される単位空間の基準点を決定する。その後、異常診断の対象時に同一のパラメータの値を測定してこれらの値と正常データから求めた基準点との距離を用いて異常を診断する。
【0003】
このMT法は、様々な分野に利用可能である点で有用な方法である。一方、MT法で検出しにくい異常がある。例えば、異なる複数のパラメータ値間に多重共線性(冗長性、または強い相関関係)がある場合、これらのパラメータの相関関係が崩れる異常は検出されにくい。また、正常なときにはパラメータの値が一定である(一定値項目である)場合、これらのパラメータの値が診断時に正常時のパラメータの値から変化した異常は理論上では検出できない。
【0004】
この他、異常の診断に利用される技術として、再構成誤差も注目されている(例えば、非特許文献1参照)。再構成誤差を利用した場合、多重共線性の崩れや一定値項目の変化がある場合に異常を検出することができるが、全ての種類の異常を検出することはできない。ここで、具体的には、多重共線性と一定値項目はデータの特徴であり、それ自体は異常ではなく、異常として検出すべき対象は、データの特徴の変化である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に、図面を用いて本発明の実施形態に係る異常診断装置について説明する。実施形態に係る異常診断装置は、多数のセンサによって各パラメータ値が測定されるガスタービン、真空炉、航空エンジン等を診断対象として各パラメータ値を利用して診断対象の異常を診断するものである。
【0013】
図1に示すように、実施形態に係る異常診断装置1は、正常な各パラメータの値を利用して、診断処理に利用する擬似逆行列および主成分行列を求める前処理手段11と、各パラメータの値を利用してマハラノビス距離(MD値)を算出する第1算出手段12と、各パラメータの値を利用して再構成誤差(RE値)を算出する第2算出手段13と、算出されたマハラノビス距離及び再構成誤差を利用して異常の有無を判定する判定手段14と、判定結果を出力する出力手段15とを有する。
【0014】
異常診断装置1は、
図1に示すように、CPU10、記憶装置20、操作の入力等に利用される入力装置30及び処理結果等の出力に利用される出力装置40等を備える情報処理装置である。記憶装置20に記憶される異常診断プログラムPが実行されることで、CPU20が前処理手段11、第1算出手段12、第2算出手段13、判定手段14及び出力手段15として処理を実行する。
【0015】
記憶装置20は、異常診断プログラムPの他、前処理で利用される正常データD1、前処理の結果として得られ、異常診断の演算に利用される演算データD2、異常診断の対象期間に計測されたデータである診断データD3及び異常診断の結果である結果データD4を記憶する。
【0016】
正常データD1は、正常時の各パラメータ値である。ここで、正常データD1は、正常時に、測定された複数回分のパラメータ値を含んでいる。また、診断データD3は、診断の対象期間に測定された各パラメータ値である。診断データD3も、対象期間に測定された複数回分のパラメータ値を含んでいる。異常診断装置1では、この正常データD1と診断データD3とを用いて診断対象の異常を診断する。例えば、異常診断装置1は、診断対象の装置やシステムの各パラメータを測定するセンサと接続されており、これら複数のセンサから入力したパラメータ値を蓄積して正常データD1や診断データD3とすることができる。
【0017】
前処理手段11は、前処理を実行するタイミングで、記憶装置20から正常データD1を読み出し、診断処理に利用する擬似逆行列および主成分行列を求める。具体的には、異常診断で利用するパラメータの数(センサ数)がkであり、正常データD1に測定回数n回分の各パラメータ値が含まれるとする。測定した単位データのサンプルを行に持つ行列をx、正規化した単位データ行列をXとする。
【0018】
まず、前処理手段11は、式(1−1)を用いて、正規化した正常データ行列Xを求める。正常データ行列Xは、行の数がn、列の数がkである。従来、一定値項目のパラメータ値については、単位データにおいて、その列を除去していたが、異常診断装置1では、一定値項目の列についても除去する必要はない。
【0020】
続いて、前処理手段11は、正規化した正常データ行列Xの相関行列を式(1−3)で計算する。
【0021】
R=(X
TX)/n・・・(1−3)
具体的には、式(1−3)で求められる相関行列は、擬似相関行列である。求められる行列の成分は、一定値項目でないパラメータについては相関係数であり、一定値項目のパラメータについては0である。
【0022】
次に、特異値分解を用いて、Rを式(1−4)で表す。
【0023】
R=USU
T・・・(1−4)
ここで、Uは、Rの主成分を列に持つ正規直交行列である。また、Sは、Rの特異値を対角成分に持つ対角行列である。
【0024】
その後、前処理手段11は、Sから、Rのq個の上位特異値を対角成分に持つ対角行列S
qを計算する。ここで、上位特異値の数qは、予め入力装置30を介して入力される「全特異値の総和に対する上位特異値の累積値の割合」から求められる。例えば、上位特異値の総和と全特異値の総和が99%を超える特異値数を上位特異値数とする条件を定めたとする。この場合は、仮に、全特異値の数が1000(降順で並べた特異値をそれぞれa1、a2、…a1000とする)、降順で134個目までの特異値の総和と全特異値の総和の割合((a1+a2+…+a134)÷(a1+a2+…+a1000))が98.5%、降順で135個目までの特異値の総和と全特異値の総和の割合((a1+a2+…+a135)÷(a1+a2+…+a1000))が99.1%である場合、上位特異値数qは135となる。
【0026】
また、前処理手段11は、式(1−6)を用いてRの擬似逆行列R
q-1を求める。
【0028】
第1算出手段12は、診断処理を実行するタイミングで、記憶装置20から演算データD2及び診断データD3を読み出し、マハラノビス距離(MD値)を求める。異常診断で利用するパラメータの数(センサ数)がkであり、診断データD3にそれぞれm回分のパラメータ値が含まれ、診断データの行列をyとしたとき、まず、第1算出手段12は、式(2−1)を用いて、正規化した診断データ行列Yを求める。
【0030】
その後、第1算出手段12は、診断データ行列Yを利用して、式(2−2)により、診断データ行列Yの各ベクトルY
iのマハラノビス距離MD
2(Y
i)を求める。
【0032】
第2算出手段13は、診断処理を実行するタイミングで、記憶装置20から演算データD2及び診断データD3を読み出し、再構成誤差(RE値)を求める。具体的には、第2算出手段13は、式(3−1)により、再構成したデータY
pを求める。
【0033】
【数6】
続いて、第2算出手段13は、式(3−2)を用いて再構成誤差ベクトルY
hを求める。
【0035】
また、第2算出手段13は、求めた再構成誤差ベクトルY
hを用いて、式(3−3)により、診断データ行列Yの各ベクトルY
iの再構成誤差RE
2(Y
i)を求める。
【0037】
判定手段14は、第1算出手段12で算出された各マハラノビス距離を、所定の第1閾値と比較し、
図2(a)に示すように、マハラノビス距離が第1閾値以上の場合、診断対象に異常が発生したと判定する。また、判定手段14は、第2算出手段13で算出された各再構成誤差を、所定の第2閾値と比較し、
図2(b)に示すように、再構成誤差が第2閾値以上の場合、診断対象に異常が発生したと判定する。
【0038】
第1閾値は、マハラノビス距離から診断対象の異常を検出するために予め定められる値である。また、第2閾値は、再構成誤差から診断対象の異常を検出するために予め定められる値である。この第1閾値及び第2閾値は、例えば、前処理のタイミングで、前処理手段11によって求められて設定されてもよいし、入力装置30を介して入力された値で設定されてもよい。
【0039】
判定手段14は、マハラノビス距離を利用した判定結果及び再構成誤差を利用した判定結果を合わせて、異常を検出する。具体的には、いずれかの判定結果で異常が発生したと判定されると、診断対象に異常が発生したとし、いずれの判定結果でも異常が発生しないと判定されると、異常は発生していないと判定する。また、判定手段14は、判定結果を結果データD4として記憶装置20に記憶する。
【0040】
出力手段15は、判定手段14による判定結果を出力装置40に出力する。例えば、出力手段15は、
図4に示すようなグラフを利用して結果を出力する。
図4(a)に示すように、マハラノビス距離では検出することのできない異常データが、
図4(b)に示すように、再構成誤差で検出することができる。
【0041】
例えば、パラメータ間に多重共線性がある場合、または一定値項目のパラメータがある場合、正常データD1は、パラメータの次元数kよりも小さい線形部分空間に分布していることになる。特異値分解を実施すると、上位主成分は、この部分空間の基底となり、下位主成分はこの部分空間と直交している空間の基底となる。したがって、
図5に示すように、擬似逆行列に基づくマハラノビス距離(MD値)Y
pは、正常データD1が分布している空間内で、正常データD1の分布と診断データD3との距離を意味する。これに対し、再構成誤差(RE値)Y
hは、正常データD1が分布している部分空間と、診断データD3との垂直距離を意味する。異常が発生したときには、異常の種類によって、マハラノビス距離と再構成誤差のいずれか又は両方が大きくなる。
【0042】
なお、
図5は、k=3の場合のマハラノビス距離(MD値)と再構成誤差(MD値)の幾何学的な意味を示す図である。
図5では、正常データD1が分布している部分空間の次元が2、それと直交している部分空間の次元が1だとする。正規化した診断データ行列Yと正常状態との距離を2つの成分に分けると、正常データが分布している部分空間内での距離はマハラノビス距離で表され、正常データが分布している部分空間との垂直距離が再構成誤差で表される。
【0043】
例えば、正常期間で一定値であったパラメータ値(一定値項目のパラメータ値)が変化した場合、または、相関行列の下位主成分に現れる相関関係が崩れた場合、再構成誤差が大きくなる。一方、相関行列の上位主成分に現れる相関関係が崩れた場合、または、経年劣化や気候の変動等に応じて診断対象のパラメータ値の状態が正常データに含まれる平衡点からずれたとき、マハラノビス距離が大きくなる。
【0044】
上述したように、異常診断装置1では、
図3に示すように、マハラノビス距離(MD値)を利用して検出することができない異常を、再構成誤差(RE値)を利用して検出することができる。したがって、マハラノビス距離と再構成誤差を併用することで、全ての異常を検出することが可能となり、異常の検出効率が向上する。
以上、実施形態を用いて本発明を詳細に説明したが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲の記載及び特許請求の範囲の記載と均等の範囲により決定されるものである。