特許第6641938号(P6641938)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6641938離型抵抗の予測方法および鋳造物の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6641938
(24)【登録日】2020年1月8日
(45)【発行日】2020年2月5日
(54)【発明の名称】離型抵抗の予測方法および鋳造物の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 17/22 20060101AFI20200127BHJP
   B22D 46/00 20060101ALI20200127BHJP
【FI】
   B22D17/22 K
   B22D46/00
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-235034(P2015-235034)
(22)【出願日】2015年12月1日
(65)【公開番号】特開2017-100157(P2017-100157A)
(43)【公開日】2017年6月8日
【審査請求日】2018年10月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】特許業務法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】河野 正道
【審査官】 坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−066576(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 17/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金型に金属溶湯を導入して、前記金属溶湯が固化した鋳造物を前記金型から取り出すに際し、
Qを下記試験1によって見積もられる活性化エネルギー、Rを気体定数、Tを前記金型の表面の温度、tを前記金型に前記金属溶湯を導入してから前記鋳造物を前記金型から取り出すまでの保持時間として、下記式Aによって、前記金型と前記金属溶湯との間で生じる焼き付き量に比例する量Aを見積もったうえで、
C’およびC3を下記試験2によって見積もられる定数として、前記量Aに基づいて、前記鋳造物を前記金型から取り出す際の離型抵抗Fを、下記式Bによって予測することを特徴とする離型抵抗の予測方法。
【数9】
【数10】
試験1は、前記金型と同じ材料よりなる試験片と、前記鋳造物と同じ材料よりなる試験片を接触させて加圧し、所定の温度T’において所定の保持時間t’だけ保持した後、前記試験片同士が分離できなければ焼き付きが発生していると判断して、焼き付きが発生する前記温度T’と前記保持時間t’との関係を評価し、保持時間t’が変化しても、焼き付きが発生する時点でのt’・exp(−Q/R/T’)の値が同じであるとみなして、前記活性化エネルギーQを算出する試験である。
試験2は、前記金型の表面の温度Tを変化させながら、前記離型抵抗Fを、実測によって求め、前記温度Tに対して前記離型抵抗Fを両対数表示して直線近似して、切片から前記定数C’を、傾きから前記定数C3を求める試験である。
【請求項2】
前記金型が、0.003%≦Si≦2.5%、0.02%≦Mn≦2.5%、0.02%≦Cr≦18.0%を含有する鉄基合金より構成され、前記溶湯が、Alを主成分とするAl合金よりなり、
前記式Aおよび式Bを用いて単位面積当たりの離型抵抗を予測するに際し、活性化エネルギーQを50〜1500[kJ/mol]、定数C3を0.02〜2.0とすることを特徴とする請求項に記載の離型抵抗の予測方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の離型抵抗の予測方法によって予測される離型抵抗が、基準抵抗値以下となるように、鋳造における条件を定めることを特徴とする鋳造物の製造方法。
【請求項4】
単位面積当たりの前記基準抵抗値を、前記金型の表面全域において、前記鋳造物を構成する材料の引張強度以下の値にすることを特徴とする請求項に記載の鋳造物の製造方法。
【請求項5】
前記溶湯をAl合金とし、
単位面積あたりの前記基準抵抗値を、前記金型の表面全域において、28MPaとすることを特徴とする請求項3または4に記載の鋳造物の製造方法。
【請求項6】
前記鋳造物を前記金型から取り出す際に前記鋳造物に力を加える取り出し機構の耐圧力を、前記離型抵抗よりも大きくすることを特徴とする請求項3から5のいずれか1項に記載の鋳造物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、離型抵抗の予測方法および鋳造物の製造方法に関し、さらに詳しくは、金属材料の鋳造において、金型から鋳造物を取り出す際の離型抵抗を予測する方法、そしてそのような予測方法に基づいて設定した鋳造条件を用いた鋳造物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋳造においては、溶湯を金型に導入し、固化して生じた鋳造物を金型から取り出すが、図6(a)に示すように、金型1と鋳造物2の間で、焼き付き、つまり溶湯の一部が金型に凝着する現象が生じる場合がある。焼き付きが生じた部位3は、金型1と鋳造物2の間で、一種の「糊」のように作用し、金型1と鋳造物2を接着する。よって、焼き付きが生じることにより、鋳造物2を金型1から取り出す際の離型抵抗が増大する。その結果、図6(b)に示すように、鋳造物2の表面に意図しない凹凸が生じたり、金型1からの取り出し時に鋳造物2に変形が生じたりして、鋳造物2の寸法精度や表面品質が低くなってしまう。また、金型1の表面に焼き付き部3が残存してしまい、金型1のメンテナンスや交換を行うことが必要になるので、鋳造物2の生産性が低くなってしまう。さらに、鋳造物2を金型1から取り出す際に鋳造物2に力を加えるのに、押し出しピンや掴み器具等の取り出し機構を用いるが、金型1と鋳造物2の間に焼き付きが生じている状態で鋳造物2の取り出しを行うと、これらの取り出し機構に破損や曲がり等の損傷が生じる可能性がある。
【0003】
上記のような焼き付きに伴う問題を回避するために、種々の鋳造条件に応じて、焼き付きが生じるかどうかを予測し、判定することが重要となる。焼き付きの進行は、鋳造工程における金型の温度履歴に依存することが知られている。図7に、鋳造の一例であるダイカスト法について、金型表面の一部位の温度履歴の典型例を模式的に示す。ダイカストの1サイクルは、型締め・注湯→射出→固化→型開き→鋳造物の取り出し→スプレー冷却→エアブローと進められるが、図7に示すように、金型の温度は、射出時の溶湯との接触によって急激に上昇する。その後、金型のキャビティを満たした溶湯は、金型を介した抜熱によって温度が低下し、固化する。これに伴い、金型の温度も、最高温度Tmをとった後、低下に転じる。焼き付きは、この最高温度Tm付近の温度で最も進行すると考えられている。
【0004】
そこで、焼き付きの有無を予測する最も簡単な方法として、金型表面の最高温度Tmがある基準温度以上であれば、焼き付きが起こると判定する方法が用いられる場合がある。しかし、最高温度Tmのみにおいて焼き付きが起こるわけではないので、金型の一瞬の状態を示すパラメータである最高温度Tmのみを指標とする方法では、経時的に進行する現象である焼き付きの程度を正確に評価することができない。
【0005】
別の予測方法として、焼き付きが起こる臨界温度Tcを設定し、図7のような時間に対する金型温度の推移のグラフに対して、図中斜線で表示した臨界温度Tc以上の領域を積分して、この領域の面積を算出する方法も用いられている。算出された面積が、ある基準面積以上であれば、焼き付きが起こると判定することになる。このような予測方法は、例えば特許文献1に記載されている。特許文献1には、具体的な臨界温度Tcは開示されていないが、例えば、金型がSKD61材よりなり、溶湯がAl合金のADC12よりなる場合に、臨界温度Tcを500℃とする形態が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2011−79053号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、時間に対する金型温度の推移のグラフに対して、臨界温度Tc以上の領域を積分して焼き付きの有無を予測する方法は、焼き付きが起こりやすい温度域で金型と溶湯が接触している時間を評価に取り込んでいるため、最高温度Tmのみを指標とする方法よりも、焼き付きの有無を実際に近い状態で評価することができる。しかし、このような評価を行うためには、臨界温度Tcを金型や鋳造物の表面に対する目視観察等によって定める必要があり、臨界温度Tcの設定に任意性が生じる。臨界温度Tcが変化すると、焼き付きの有無に関する予測結果も変わってしまう。よって、このような方法による予測結果は、実際の焼き付きの有無と整合しない場合がある。本発明者の研究によると、金型がSKD61材よりなり、溶湯がADC12よりなる場合に、上記で例示した臨界温度Tcである500℃以下の温度でも、焼き付きが発生することが確認された。焼き付きの有無を目視によって判定して臨界温度Tcを定めるとすれば、金型と鋳造物の界面の状態は、金型や溶湯の成分組成、離型剤の種類や塗布条件、金型の表面粗さ、金型の表面皮膜の種類等にも影響され、それらの条件によっては、臨界温度Tcの判定が特に困難となる場合もある。
【0008】
図6(b)に示しているような、焼き付きによって生じる鋳造物の寸法精度や表面品質の低下、金型表面への凝着物の残存、取り出し機構の損傷などの問題は、焼き付きによって金型から鋳造物を取り出す際の離型抵抗が上昇することに起因すると考えられる。よって、これらの現象を回避するためには、単に金型の温度や経過時間をパラメータとして、焼き付きが生じるか生じないかということを予測するのではなく、直接的に離型抵抗を指標として、焼き付きによって上記のような問題を引き起こす程度の離型抵抗が生じているかどうかを判定することが、有効であると考えられる。しかし、現在のところ、離型抵抗を見積もる手法は確立されていない。
【0009】
また、鋳造物の製造において、焼き付きが起こるか否かだけを指標として、焼き付きが起こらないように鋳造時の条件を定める場合には、金型から鋳造物を問題なく取り出すことができるような条件を過不足なく定めることができるとは限らない。つまり、目視等によって焼き付きの有無を判断する場合には、鋳造物の表面品質が所定の水準に達しているかどうか、いわば工業的な観点で焼き付きが発生しているかどうかを判定することになるが、これは、鋳造物と金型の間に接着を引き起こし、鋳造物の取り出しに影響を与えるような焼き付きが生じているかどうか、いわば冶金学的な観点の焼き付きが発生しているかどうかとは一致しない。つまり、冶金学的な焼き付きが発生している場合でも、工業的な焼き付きとしては問題とならない場合も存在する。よって、金型からの鋳造物の取り出しを問題なく行えるかという観点から焼き付きを評価する場合に、鋳造物の製造工程において、焼き付きが発生するかどうかという単純な指標ではなく、離型抵抗を直接的な指標として、鋳造物の取り出しへの影響を低減できるような鋳造条件を定めることが重要となる。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、金型から鋳造物を取り出す際の離型抵抗を予測する方法、およびその予測に基づいて、離型抵抗の増大による鋳造物の取り出しへの影響を低減することができる鋳造物の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明にかかる離型抵抗の予測方法は、金型と、該金型に導入する金属溶湯との間で生じる焼き付きの速度を時間に対して積分した焼き付き量に基づいて、前記金属溶湯が固化した鋳造物を前記金型から取り出す際の離型抵抗を見積もるものである。
【0012】
ここで、前記焼き付き量は、Qを活性化エネルギー、Rを気体定数、Tを前記金型の表面の温度、tを前記金型に前記金属溶湯を導入してから前記鋳造物を前記金型から取り出すまでの経過時間として、
【数1】
によって算出されるAに比例する量として見積もられるとよい。
【0013】
さらに、前記離型抵抗をFとし、C’,C3を定数として、
【数2】
と表されるとよい。
【0014】
そして、前記金型が、0.003%≦Si≦2.5%、0.02%≦Mn≦2.5%、0.02%≦Cr≦18.0%を含有する鉄基合金より構成され、前記溶湯が、Alを主成分とするAl合金よりなり、前記式Aおよび式Bを用いて単位面積当たりの離型抵抗を予測するに際し、活性化エネルギーQを50〜1500[kJ/mol]、定数C3を0.02〜2.0とするとよい。
【0015】
本発明にかかる鋳造物の製造方法は、上記のような離型抵抗の予測方法によって見積もった離型抵抗が、基準抵抗値以下となるように、鋳造における条件を定めることを要旨とする。
【0016】
ここで、単位面積当たりの前記基準抵抗値を、前記金型の表面全域において、前記鋳造物を構成する材料の引張強度以下の値にするとよい。
【0017】
また、前記溶湯をAl合金とし、単位面積あたりの前記基準抵抗値を、前記金型の表面全域において、28MPaとするとよい。
【0018】
また、前記鋳造物を前記金型から取り出す際に前記鋳造物に力を加える取り出し機構の耐圧力を、前記離型抵抗よりも大きくするとよい。
【発明の効果】
【0019】
上記発明にかかる離型抵抗の予測方法においては、臨界温度Tcのように、一義性のないパラメータを用いずに、焼き付き速度の履歴を積分することで、定量的に離型抵抗を予測している。焼き付きの履歴の累積として離型抵抗が生じるので、離型抵抗を高精度に予測することが可能となる。
【0020】
ここで、焼き付き量が、Qを活性化エネルギー、Rを気体定数、Tを前記金型の表面の温度、tを金型に金属溶湯を導入してから鋳造物を金型から取り出すまでの経過時間として、
【数1】
によって算出されるAに比例する量として見積もられる場合には、焼き付き量を、活性化障壁を有する過程(熱活性化過程)の速度の時間積分として見積もったうえで離型抵抗を予測するので、焼き付き現象の原子レベルでのメカニズムに立脚して、離型抵抗を予測することができる。例えば、焼き付きの主要な原因は、金属原子の拡散を伴う金型と溶湯の間の合金形成であるので、Qを金属原子の拡散の活性化エネルギーとすることができる。さらに、上記式Aでは、溶湯の導入から鋳造物の取り出しまでの時間について積分を行っているので、臨界温度Tcのような基準を設けて考慮する期間を限る場合とは異なり、金型が溶湯または鋳造物と接触している全ての時間の履歴を考慮して、離型抵抗を予測することができる。
【0021】
さらに、離型抵抗をFとし、C’,C3を定数として、
【数2】
と表される場合には、実測結果に合致する簡素な数式により、焼き付き速度を定量的に離型抵抗Fに相関づけることができる。
【0022】
そして、金型が、上記所定の組成を有する鉄基合金より構成され、前記溶湯が、Alを主成分とするAl合金よりなり、式Aおよび式Bにおける各パラメータが上記のように定められる場合には、Al合金の鋳造における離型抵抗を正確に予測することが可能となる。
【0023】
本発明にかかる鋳造物の製造方法においては、上記のような離型抵抗の予測方法によって見積もった離型抵抗が、基準抵抗値以下となるように、鋳造における条件を定めるので、金型から鋳造物を取り出す際に、離型抵抗の増大によって種々の問題が生じるのを、回避することができる。また、焼き付き速度を積分して得られる焼き付き量をもとに離型抵抗を予測し、その離型抵抗が基準抵抗値以下となるように鋳造条件を定めるので、金型の温度が時間に対していかなる履歴をとったとしても、鋳造物の取り出しにおいて離型抵抗が問題となるような焼き付き量を一義的に評価することができる。このように、定量的に評価した離型抵抗を指標として鋳造条件を設定することで、焼き付きの有無のみを指標とする場合とは異なり、目視観察による焼き付きの判断等の不確定要素を排除し、鋳造物の取り出しの際に問題となる、いわば冶金学的な焼き付きを定量的に取り込むことができる。
【0024】
ここで、単位面積当たりの基準抵抗値を、金型の表面全域において、前記鋳造物を構成する材料の引張強度以下の値にする場合には、鋳造物を取り出す際に、金型と鋳造物の界面が離れる代わりに鋳造物を構成する材料が破断することがないように、鋳造条件を定め、離型性を確保することができる。
【0025】
また、溶湯をAl合金とし、単位面積あたりの基準抵抗値を、金型の表面全域において、28MPaとする場合には、Al合金よりなる鋳造物を取り出す際に、金型と鋳造物の界面が離れる代わりに鋳造物のAl合金が破断することがないように、鋳造条件を定め、離型性を確保することができる。
【0026】
また、鋳造物を前記金型から取り出す際に鋳造物に力を加える取り出し機構の耐圧力を、離型抵抗よりも大きくする場合には、鋳造物を取り出す際に、離型抵抗によって取り出し機構に損傷が発生するのを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】金型表面の一部位の温度推移を示す例である。
図2】上記温度推移をもとにした、exp(−Q/R/T)の値の推移を示す例である。
図3】(a)は金型表面の温度と金型全体の離型抵抗(単位:N)との関係を示す図であり、(b)は金型表面の温度と単位面積あたりの離型抵抗(単位:MPa)との関係を示す図である。
図4】単位面積あたりの離型抵抗FとSパラメータの関係を示す図である。
図5】金型と鋳造物の界面の状態を示す写真であり、(a)は電子顕微鏡像、(b)はSiの分布状態、(c)はCrの分布状態を示している。
図6】金型と鋳造物の間の焼き付きを示す模式図であり、(a)は鋳造物を取り出す前、(b)は鋳造物を取り出した後の状態を示している。
図7】金型表面の一部位の温度推移を、従来一般の焼き付きの判定における指標とともに示す図である。
図8】シミュレーションによって得られた離型抵抗Fの分布を示す図であり、(a)の湯温700℃の場合を基本とし、(b)は湯温を650℃に下げた場合、(c)は金型に水冷孔を設けた場合、(d)は金型に窒化処理を施した場合を示している。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下に、本発明の一実施形態にかかる離型抵抗の予測方法および鋳造物の製造方法について、図面を参照しながら説明する。ここで、予測方法において予測の対象とするのは、鋳造工程において、金型に金属溶湯(溶融金属のみならず、半凝固状態や半溶融状態の金属材料も含むものとする)を導入し、固化させた後、固化して金型形状を転写された鋳造物を金型から取り出す際に、鋳造物と金型との間に発生する離型抵抗である。離型抵抗とは、鋳造物を金型から剥がすのに必要な力のことであり、力(例えば単位N)または単位面積当たりの力(例えば単位MPa)の次元で表される。そして、本発明の一実施形態にかかる鋳造物の製造方法においては、予測された離型抵抗に基づいて、鋳造における諸条件、つまり金型の材料や金型の冷却方法、金型の表面処理や表面の粗さ、溶湯の導入速度等を定める。
【0029】
ここで、金型および溶湯の成分組成としては任意のものを採用することができる。一般には、金型としては、鋼や鋳鉄等の鉄基合金が用いられ、溶湯としては、それぞれAl,Zn,Mgを主成分とする合金であるAl合金、Zn合金、Mg合金等が用いられることが多い。また、鋳造方法として、重力鋳造法、低圧鋳造法、各種ダイカスト法など、種々の鋳造法を採用することができる。以下においては、しばしば採用される組み合わせとして、鋼よりなる金型と、Al合金よりなる溶湯を用いてダイカスト法による鋳造を行う場合について、主に説明する。金型を構成する鋼種の代表例としては、SKD61を挙げることができる。金型の表面には、窒化膜等、成分組成の異なる表面皮膜を形成してもよい。溶湯を構成するAl合金の代表例としては、ADC12を挙げることができる。ダイカスト法による鋳造は、型締め・注湯→射出→固化→型開き→鋳造物の取り出し→スプレー冷却→エアブローと進められる。
【0030】
[離型抵抗の予測方法]
本発明の一実施形態にかかる離型抵抗の予測方法においては、金型と溶湯との間における焼き付き量に基づいて、離型抵抗を見積もる。焼き付き量は、金型と溶湯の間で焼き付きが進行する際の速度である焼き付き速度を、時間に対して積分して得られる。焼き付きの主要な発生要因は、金型と溶湯の界面での合金形成であり、形成された合金層が金型と溶湯の間で一種の「糊」として作用して、離型抵抗を増大させる。よって、焼き付き速度の積分値として見積もられる焼き付き量は、界面に形成された合金層の面積との間に高い相関性を有し、さらに離型抵抗との間に高い相関性を有する。
【0031】
焼き付き速度の積分値として焼き付き量を見積もる具体的な方法としては、焼き付きの進行を熱活性化過程の履歴の蓄積とみなし、焼き付き量を、下記式1で定められるAパラメータに比例する量とする方法を挙げることができる。
【数3】
ここで、Qは活性化エネルギー[J/mol]、Rは気体定数(8.31J/mol/K)、Tは金型表面の温度[K]である。また、tは、金型に溶湯を導入してから、金型から鋳造物を取り出すまでの時間[sec]、つまりダイカスト法において、射出から取り出しまでの時間である。
【0032】
一般に、活性化障壁を有する分子・原子プロセスの速度は、exp(−Q/R/T)に比例する形で表され、式1においても、exp(−Q/R/T)の項が、焼き付きの速度を表している。上記のように、焼き付きの主要な要因は、金型を構成する金属と溶湯を構成する金属の間の合金化反応であり、この合金化の律速段階となるのが、金属原子の拡散である。よって、上記式1において、活性化エネルギーQは、拡散の活性化エネルギーに近似することができる。
【0033】
なお、金型表面の高温化に伴って、溶湯による「濡れ」が良くなる結果、合金化が起こっていなくても、焼き付きが起こる場合もある。この合金化の前段階とも言える濡れによる焼き付きも、上記式1の形で表現することができる。さらに、このような焼き付きの原因となる濡れや合金化において、金型の表面粗さや溶湯の流動の影響を無視できない場合がある。これら合金化以外の要因を考慮するに際し、2つの方法が考えられる。1つ目の方法としては、式1によって見積もられるAパラメータにそれらの寄与を取り込めばよい。例えば、活性化エネルギーQの値を調整する方法や、積分値に適切な定数を乗じたり加えたりする方法が考えられる。2つ目の方法としては、下記の式2のように、活性化エネルギーQ1,Q2,…を有する複数の熱活性化過程の寄与の足し合わせとして、焼き付き速度を見積もればよい。
【数4】
ここで、a1,a2は定数である。
【0034】
具体例として、図1に、SKD61よりなる金型とADC12よりなる溶湯の組み合わせに対して、ダイカスト法による鋳造を行った場合について、金型の一部位の表面温度の推移を示している。ここでは、破線で示した時間(13.4秒)に、金型からの鋳造物の取り出しを行っている。次に、この温度推移に式1を適用し、exp(−Q/R/T)の値の推移に変換したものが、図2である。ここで用いる活性化エネルギーQの算出方法については後述する。
【0035】
図1では、温度が連続的に緩やかに変化しており、明確な臨界を定めるのが困難であるのに対し、図2のexp(−Q/R/T)の値においては、明確なピーク構造が見られる。ピークは、図1で温度が最大となっている付近の時間において、極大値をとっている。また、極大値の両側で急速に値が小さくなっており、取り出し時間においては、ほぼピークが収束している。よって、取り出しの時間を臨界として用い、この時間までの積分値が焼き付き量に比例するとみなすことで、焼き付き量を一義的に定めることができる。なお、取り出しを行った後は、exp(−Q/R/T)の値が非常に小さいので、式1における積分範囲tとして、金型と鋳造物が接触していない取り出し後の時間まで含めても、結果は実質的に変わらない。例えば、スプレー冷却等を含むダイカストの1サイクル全体に対して積分を行ってもよい。
【0036】
次に、式1で得られたAパラメータに比例する量である焼き付き量の値を、離型抵抗の値に定量的に変換する方法について考える。上記のように、焼き付きを起こす主要因および離型抵抗の主な起源は、ともに金型と溶湯の間の界面における合金形成であり、合金が形成された面積に対応付けられる焼き付き量に対して、離型抵抗は正の相関を示すはずである。つまり、離型抵抗FとAパラメータの間の関係は、下の式3のように表されるはずである。
【数5】
ここで、C1,C2,C3は定数であり、その中でC3は、離型抵抗FのAパラメータに対する相関の次数を示している。式3の妥当性は、下に示す具体例によっても確認される。
【0037】
ここで、式1の活性化エネルギーQの値の見積もりの具体例を示す。実際の鋳造のように、温度変動がある条件下で、活性化エネルギーQを見積もることは難しいので、ここでは、温度が一定の理想的な状態で実験を行い、活性化エネルギーQを求める。すなわち、金型材に相当するSKD61の試験片と、鋳造されるAl合金に相当するADC12の試験片を接触させて加圧し、ある温度Tにおいて、ある時間tだけ保持した後、試験片同士の分離を試みる。両者が分離できなければ、拡散を伴ってFeとAlが合金化しており、焼き付きが発生していると判断する。そして、焼き付きが発生する温度Tと保持時間tの関係から、活性化エネルギーQを算出する。つまり、焼き付きが発生する温度Tは保持時間tによって変化するが、いずれの温度Tと保持時間tの組においても、焼き付きが発生する時点でのt・exp(−Q/R/T)の値は同じであるとみなし、活性化エネルギーQの値を算出する。なお、ここでは、温度Tおよび保持時間tの関係に関する実測データとして、第131回鋳造工学全国講演大会の資料94ページ(1997年、青山俊三、下条浩)に掲載されているものを用いた。
【0038】
このようにして求めた活性化エネルギーの値は、270〜350kJ/molとなる。金型として用いる種々の鋼材と、溶湯として用いる種々のAl合金の組み合わせを考えると、活性化エネルギーQの値の下限はおおむね50〜79kJ/molとなり、上限はおおむね1300〜1500kJ/molとなる。中でも妥当性の高い範囲は、79kJ/mol<Q<1300kJ/molである。なお、図2,4のグラフにおいては、活性化エネルギーQの値として、270〜350kJ/molの範囲の中で、313kJ/molを採用している。
【0039】
さらに、この具体例において、離型抵抗を実測し、上記式3の妥当性を検証することができる。そこで、SKD61よりなる金型に、ADC12よりなる溶湯を射出して固化させ、離型抵抗を測定した。金型には、鋳造物を押し出すための押し出しピンを設けているが、離型抵抗を計測するために、この押し出しピンの背面側(金型の外側)にロードセルを設置しておく。そして、押し出しピンによって鋳造物に力を印加し、金型から鋳造物を剥がす際に、ロードセルを用いて、印加された力を計測し、離型抵抗とする。
【0040】
Aパラメータの値を変化させながら離型抵抗を計測するために、金型の温度Tを変化させる必要がある。そのために、溶解炉中の溶湯の温度を例えば630〜720℃の間で変化させるとともに、金型内部の冷却水量、スプレー冷却時間を調整する。金型の最表面温度は、実測した金型表面近傍の温度と、数値解析結果の照合によって求めることができる。つまり、金型表面から深さ1mmの位置に設置した熱電対で温度を実測するとともに、その熱電対の位置での温度と金型最表面の温度の関係を数値解析によって見積もり、両者の比較によって、金型最表面の温度を推定する。なお、図1に示した温度推移も、このようにして推定したものである。
【0041】
図3(a)に、金型の一部を構成する鋳抜きピンの直径が8mmの場合と16mmの場合について、得られた離型抵抗と金型表面の温度との関係を示す。ここで、離型抵抗は、金型と鋳造物の全界面に対して押し出しピンから印加される力であり、単位はNである。これによると、温度に対する離型抵抗の挙動は、鋳抜きピンの直径によって異なっている。一方、離型抵抗を金型の単位面積あたりに換算して表示したものが図3(b)である。ここでは、温度に対する離型抵抗の挙動が、鋳抜きピンの径によらず同じになっている。単位はMPaである。つまり、離型抵抗を金型表面の単位面積あたりで評価することで、金型の大きさや形状によらず、離型抵抗とAパラメータの関係を評価できることになる。よって、以下の評価では、単位面積当たりの離型抵抗Fを用いる。
【0042】
図2に示したグラフを積分し、Aパラメータを求めるとともに、小さなオーダーの数値をとるAパラメータを、認識しやすいオーダーに変換するために、係数C2を乗じる。これにより、焼き付き量の割合を示すSパラメータを以下の式4のように算出する。
【数6】
【0043】
図4に、Sパラメータと単位面積当たりの離型抵抗Fの関係を、両対数表示にて示す。なお、図4では、金型がSKD61材そのものよりなる場合に加え、SKD61材の表面に窒化処理を施した場合についても結果を示している。図4によると、いずれの場合にも、データ点が直線によく近似されている。つまり、a,bを定数として、
【数7】
ここで、a=C3,b=logC1とすれば、式3が得られる。よって、式3によって表されるモデルの妥当性が、実測結果によって確認されている。
【0044】
また、図4に示した結果のように、窒化処理等による皮膜を金型表面に形成しておくことで、Sパラメータによって示される焼き付き速度が同じ場合でも、離型抵抗Fを小さく抑えることができる。この場合のように、金型の種類や表面状態(表面処理や表面粗さ等)、また溶湯の種類が変化したとしても、活性化エネルギーQおよび定数C1〜C3の値が変化するだけで、式3のモデルをそのまま適用することができる。
【0045】
定数C1〜C3の具体的な値としては、金型がSKD61等の鋼またはそこに表面処理を施した材料よりなり、溶湯がADC12等のAl合金よりなる場合に、以下のような値を適用することができる。
C2:1×1019[sec−1]、
C3:0.02〜2.0
これらの値は、上記したQ=50〜1500kJ/molとの活性化エネルギーと組み合わせて適用される。C1については、金型の状態(表面処理や内部冷却機構の有無等)や鋳造条件(溶湯の温度、圧入速度等)によって値が大きく変化するので、具体的な条件を適用した実験の結果に基づいて適宜決定すればよい。
【0046】
なお、ここでは、式5の関係が成り立つことを、図4のような実験データから見出しており、定数C2,C3も、実験結果を基に決定している。よって、少なくとも現段階では係数C1〜C3を物理的な現象に対応させることは難しく、それらの係数の単位も、式5の左辺および右辺の次元を整合させる観点から便宜的に付したものである。特に、C2は、前述のとおり、小さなオーダーの数値となるAの値を認識しやすい程度のオーダーに便宜的に調整するための特に物理的な意味を持たない係数である。C2を式中で明示的に考慮しない場合には、式5を以下のように簡素な式6の形で示すことができる。式6で、C’は定数である。
【数8】
活性化エネルギーQおよび定数C1,C3は、実験ではなく理論モデルから見積もっても良い。
【0047】
ここで、焼き付きが発生した際の金型と鋳造物の界面の状態に着目する。図5に、SKD61材をADC12の670℃の溶湯中に27分間浸漬した後に、SKD61とADC12の界面を分析した結果を示す。この際、SKD61の表面にADC12の焼き付きが発生しているのが目視で確認されたことと対応して、図5(a)の電子顕微鏡像において、反応層Lが形成されている。この反応層Lは、FeとAlを主成分とする合金よりなる。この反応層Lが「糊」の役割を果たして、SKD61とADC12が相互に接合されている。
【0048】
さらに元素分析を行い、SiおよびCrの濃度をマッピングしたものを図5(b),(c)に示す。各図において、暗く(黒く)観察されている部位ほど元素の分布濃度が低く、明るく(白く)観察されている部位ほど元素の分布濃度が高くなっている。図5(b)のSiおよび図5(c)のCrの分布において、反応層Lに対応する領域に、SiおよびCrの分布状態がSKD61ともADC12とも明確に異なる層が存在している。しかも、特に図5(c)のCrの場合に明確であるが、反応層Lに対応する領域の中で、楔形状で示した位置において、分布濃度の分布が2層に分かれている。このように、反応層Lに特異な濃度分布は、他の元素にも見られたが、例えばMoやVでは、SiやCrの場合ほど顕著ではなかった。このことは、鋼とAl合金の界面での焼き付きの現象に、SiとCrが大きく影響していることを示唆している。
【0049】
よって、上記のようなモデルを用いた離型抵抗の評価は、金型を構成する鋼におけるSiおよびCrの濃度が、SKD61の成分組成を含む下記の範囲にあるときに、とりわけ正確に実際の焼き付き現象を反映するものとなる。さらに、鋳造されるAl合金中のMnの含有量が焼き付きに影響することが知られており、また、Mnは鉄基合金中で固溶して単独で存在することが多いので、反応層Lの形成に際して、金型材におけるMnの含有量も焼き付きに影響を与えやすいと考えられる。
【0050】
以上の観点から、上記のようなモデルを用いて離型抵抗を好適に評価できる対象、とりわけQ,C2,C3として、上記で列挙したような具体値を好適に適用できる対象として、金型を構成する鋼が、以下の成分元素を含有する鉄基合金よりなる場合を挙げることができる。各元素の含有量の単位は質量%である。
0.003%≦Si≦2.5%、
0.02%≦Mn≦2.5%、
0.02%≦Cr≦18.0%
【0051】
Siについては、含有量が上記で示した範囲を下回ると、反応層Lの形成されにくさが飽和傾向となる。反対に、上記で示した範囲を上回ると、反応層Lの形成されやすさが飽和傾向となる。MnおよびCrについては、含有量が上記で示した範囲を下回ると、反応層Lの形成されやすさが飽和傾向となる。反対に、上記で示した範囲を上回ると、反応層Lの形成されにくさが飽和傾向となる。しかし、Si,Mn,Crの含有量が上記で示した範囲にある場合には、反応層Lの形成されやすさが、極端に小さくも大きくもなく、反応層の形成を式1や式3でよく近似することができる。よって、上記のモデルがよく成り立つ。なお、これらの元素および他の元素の含有量が焼き付きに及ぼす影響は、活性化エネルギーQや定数C1〜C3の値を介しても考慮することができる。
【0052】
上記組成範囲に当てはまる鋼種の代表例としては、SKD61に代表される4.5〜6.0%Crおよび1.0〜1.5%Moを含有する各種熱間ダイス鋼を挙げることができる。SKD7に代表される2.5〜3.5%Crおよび2.5〜3.5%Moを含有する各種熱間ダイス鋼も該当する。SKD61およびSKD7以外に上記組成範囲に該当する具体的な鋼種としては、S55C,SCM435,SNCM439,SKD6,SUS420J2,SUS440C,SUH3,SKH51,マルエージング鋼等を挙げることができる。
【0053】
一方、溶湯として好適に用いることができるAl合金としては、JIS H5302やJIS H5202の合金を挙げることができる。前者の例にはADC12が含まれ、後者の例にはAC4Cが含まれる。
【0054】
実際の金型に対して以上のようなモデルを適用して離型抵抗を予測するに際し、適宜、コンピュータシミュレーション等の計算手法を用いればよい。この際、金型の表面を微細な領域に分割し、各領域に対して離型抵抗を予測すれば、複雑な形状を有する金型においても、離型抵抗の分布に関する情報を得ることができる。この場合に、離型抵抗の分布を可視化すれば、次に説明する鋳造物の製造方法において、鋳造条件の選定を行いやすくなる。
【0055】
[鋳造物の製造方法]
本発明の一実施形態にかかる鋳造物の製造方法においては、上記の予測方法によって見積もった離型抵抗(F)が、基準抵抗値(F0)以下になるように、鋳造における各条件を定める(F≦F0)。
【0056】
鋳造における条件としては、金型の材料や金型の冷却方法、金型の表面処理や表面粗さ、溶湯の圧入速度等を挙げることができる。例えば、予測された離型抵抗が基準抵抗値を上回る場合に、金型の内部冷却を強化することや、皮膜形成や離型剤塗布によって金型の表面状態を変更すること、金型材の成分組成の適正化によって濡れ性を悪くしたり反応性を低く(合金化しにくく)したりすること等により、離型抵抗を下げることができる。金型の表面に局所的に離型抵抗の大きい部分があれば、その領域の内部冷却を強化するというように、局所的に対応を施すこともできる。
【0057】
また、離型抵抗に基づいて定める鋳造条件として、鋳造物を金型から取り出す際に鋳造物に力を加えるために用いる、押し出しピンや掴み器具等の押し出し機構の耐圧力を挙げることができる。つまり、押し出し機構の耐圧力を基準抵抗値(F0)として定め、耐圧力が離型抵抗よりも大きくなるように、押し出し機構の形状や材料の選定、他の鋳造条件の調整を行えばよい。
【0058】
具体的な基準抵抗値(F0)は、例えば、溶湯と接触する金型表面全域において、単位面積当たりの値を、鋳造物を構成する材料の引張強度以下の値に定めることができる。金型と鋳造物の間の反応層(合金層)を介した凝着力が鋳造物を構成する材料の引張強度を超えていれば、鋳造物を金型から引き離すためには、鋳造物を構成する材料を破断させることになり、鋳造物の一部が焼き付いて金型に残存するとともに、鋳造物に欠けが発生することになる(図6(b)参照)。そこで、基準抵抗値を、鋳造物を構成する材料の引張強度以下に定めれば、離型抵抗が鋳造物を構成する材料の引張強度以下となるので、このような事態を避け、鋳造物の破断が無視しうる状態で、鋳造物を取り出すことができる。なお、鋳造物を構成する材料の引張強度に大きな温度依存性が見られる場合には、鋳造物の取り出しを行う際の金型表面の温度における引張強度を用いればよい。
【0059】
ADC12等のAl合金の250〜400℃における引張強度は、8〜28MPaであることが知られている。そこで、鋳造物となる溶湯がAl合金よりなる場合には、基準抵抗値(F0)を28MPaとすることができる。つまり、溶湯と接触する金型の表面全域において、単位面積当たりの離型抵抗Fが、F≦28MPaとなるようにすればよい。さらには、F≦8MPaとなるようにすればよい。図4に示したデータでは、いずれのデータ点においても、F≦8MPaとなっている。
【0060】
このように、離型抵抗の予測値に基づいて、鋳造条件を定めることで、反応層(合金層)が形成されて鋳造物が金型に凝着し、鋳造物の取り出しを妨げるのを効果的に回避することができる。従来のように、焼き付きの有無を目視で判定し、それに基づいて焼き付きを考慮する臨界温度Tcを設定する場合には、焼き付きの有無の判定やTcの設定に、評価者ごとの違い等の任意性が生じてしまい、焼き付きの程度を一義的に評価することが難しい。これに対し、上記のように、Tcのような臨界値を設定することなく、目視評価ではなく離型抵抗の値に基づいて焼き付きの程度を判断する場合には、鋳造物の取り出しやすさを直接的に評価することができる。また、この評価は、任意性を排除した定量的かつ客観的なものとなる。さらに、鋳造物に要求される表面品質のレベルと離型抵抗を定量的に関連付ければ、所望の表面状態を確保することができる離型抵抗を、定量的かつ客観的に判断することができる。焼き付きを目視判定する従来の方法では、判定の任意性の問題から、判定の再現性や精度が十分でなく、このような定量的、客観的な判断は難しい。
【0061】
ここで、簡単な例を用いて、従来の評価方法と本発明の実施形態にかかる評価方法の比較を行う。例えば、金型表面温度の時間経過に伴う推移について、推移パターン1として、520℃で10秒間推移する場合と、推移パターン2として、550℃以上で4秒間推移する場合を考える。従来の評価方法においては、臨界温度Tcを定め、その臨界温度Tc以上の温度域を推移する時間帯の面積によって、焼き付きを評価する(図7参照)。例えば、臨界温度Tcを500℃とすると、500℃以上の温度域を推移する時間帯の面積は、パターン1において、(520℃−500℃)・10sec=200K・secとなる。一方、パターン2においては、(550℃−500℃)・4sec=200K・secとなる。つまり、パターン1とパターン2で、温度の推移の状態が異なっているにもかかわらず、評価の指標となる面積は同一であり、焼き付きが同程度に起こると予測されることになる。
【0062】
一方、本発明の実施形態において、Q=313kJ/mol、C2=1×1019sec−1として、式5および図4に示されるように離型抵抗Fと正の相関を有するSパラメータを見積もると、パターン1においては、S=0.25sec、パターン2においてはS=0.56secとなる。つまり、パターン2の方が、パターン1よりも、離型抵抗Fが大きくなり、金型からの鋳造物の取り出しに影響を与えるような焼き付きが生じやすいと予測される。このように、離型抵抗Fを焼き付きの指標とすることで、従来よりも温度の影響を厳格に評価でき、鋳造物の取り出しに影響を与えるような焼き付きを回避できるような鋳造条件の設定を的確に行うことができる。
【0063】
以上のような離型抵抗の予測に基づいた鋳造条件の設定は、鋳造を行う前に、事前の鋳造条件の選定ために用いても、実際に鋳造を行った時に離型抵抗の高さが原因で鋳造物の取り出しに不具合が発生した場合等に、事後的な対策の一環として用いてもよい。いずれの場合にも、明確で定量的な根拠をもって、十分小さな離型抵抗を達成するための対策を施すことができる。特に、事後的な対策において、離型抵抗の大きさや空間分布を具体的に知ったうえで対策を施すことができるので、例えば金型全体の中で離型抵抗が高い特定の部位の温度を何℃まで下げればよいかというように、実効性の高い対策を施すことができる。
【0064】
さらに、離型抵抗の予測に基づいて、金型を連続使用できる鋳造回数を見積もることもできる。例えば、上記基準抵抗値(F0)、あるいは鋳造物の表面品質の劣化が顕在化する離型抵抗を、連続使用限界抵抗F’として定める。そして、上記式4に基づいて、この連続使用限界抵抗F’を与えるSパラメータとして、S’を求める。さらに、鋳造を1回行った際のSパラメータを、sとして見積もる。この場合に、S’/s回鋳造を行うと、離型時の不具合や表面品質の劣化の顕在化が起こる蓋然性が高くなるとみなすことができる。よって、S’/s回の鋳造を目安に、その金型の連続使用を中止し、メンテナンスや交換を計画すればよい。例えば、高い表面品質(滑らかさ)が必要な製品で、F’=0.8MPaとした場合に、図4によると、この離型抵抗を与えるSパラメータは、S’=0.004となる。s=0.0001とすれば、S’/s=40となり、40個の鋳造物を製造した時期を目安に、金型の連続使用を中止すればよい。あるいは、メンテナンスや交換までの40個という製造数が過少であれば、sを小さくする鋳造条件を検討すればよい。
【0065】
最後に、コンピュータシミュレーションを利用して、離型抵抗の金型表面における分布を評価した結果を示す。ここでは、市販の鋳造プロセスシミュレーションソフトウェア(MAGMASOFT)を用い、SKD61よりなる金型にADC12よりなる溶湯を所定の温度(湯温)にて導入した場合の離型抵抗F[MPa]の分布を見積もった。金型においては、平坦部の中に、図8で角部を矢印で示す矩形の突起を設けた。図8中の円形の構造は押し出しピンを示している。
【0066】
鋳造条件としては、図8(a)に示す、湯温が700℃で、金型に水冷孔が設けられず、窒化処理も施されていない場合を基本条件とし、その基本条件から湯温および金型の構成を変化させた。具体的には、図8(b)では湯温を650℃に下げた場合、図8(c)では破線に挟まれた領域に金型の内部冷却用の水冷孔を設けた場合、図8(d)では金型表面に窒化処理を施した場合の結果を示している。
【0067】
図8(a)〜(d)のシミュレーション結果を比較すると、図8(a)の基本条件において、金型の突起部、特に矢印で示した角部において、離型抵抗Fが平坦部よりも著しく大きくなっており、平坦部に比べてその値は最大で10倍程度になっている。この基本条件から、(b)湯温を下げること、(c)水冷孔を形成すること、(d)窒化処理を行うことのいずれの方策によっても、突起の部分における離型抵抗Fが低減されている。各方策を比較すると、(b)湯温を下げることよりも、(c)水冷孔を設けることや、(d)窒化処理を行うことの方が、突起部の離型抵抗Fを下げる効果に優れている。特に、(d)窒化処理を行うことで、突起部の角部以外の離型抵抗Fが、平坦部とほぼ変わらない程度にまで低下され、角部においても、平坦部に比べて離型抵抗Fの値が2倍程度に収まっている。当然ながら、金型形状や冷却水量などの条件によってシミュレーション結果は変化し、金型内部を水冷するよりも湯温を下げる方が離型抵抗Fの低減に効果的な場合もある。諸条件を任意に変えながらシミュレーションを行うことで、離型抵抗Fを低減できる方策を、非常に効率的に検討することができる。実際の鋳造で、金型の材質や形状、冷却条件、湯温や射出速度などを様々に変更して離型性を検証するとすれば、大きなコストと長い時間を要する。
【0068】
発明を実施するための形態の説明の冒頭にも述べたとおり、上記実施形態にかかる離型抵抗の予測方法およびそれに基づく鋳造物の製造方法は、金型や溶湯の種類、鋳造法の種類によらず、適用することができる。また、金型に対して種々の表面処理が行われている場合にも適用することができ、各種表面処理が離型抵抗や焼き付きに与える影響の評価にも用いることができる。表面処理としては、金型母材と異なる成分組成の層を表面に形成する方法として、窒化の他に、PVD法やCVD法、めっき法、トガタ塗布、カーボン塗布、溶接、溶射、積層造形等を挙げることができる。また、金型の表面粗さによって適用が制約されることもなく、機械加工や研削、研磨によって形成された比較的に滑らかな表面を有する金型でも、ショットブラストやショットピーニング、シボ加工、スパークデポなどで表面を荒らした金型でも、適用対象とすることができる。金型の表面粗さは、金型表面の全体でほぼ一様でも、部分的に異なっていてもよい。そのような表面粗さを定量化したパラメータをF(あるいはA,S,Q)に導入すればよい。なお、本明細書における「金型」とは、一般に金型と称されるキャビティやコアだけでなく、溶湯と接触する金型部品も含む。この種の金型部品としては、入子、射抜きピン、スプールコア、スプールブッシュ、プランジャーチップ、チルベントなどを挙げることができる。
【0069】
また、上記モデルを用いた離型抵抗の見積もりをさらに高精度化する観点から、溶湯が金型表面で流動する挙動を考慮することも有効である。例えば、Al合金のダイカストでは、溶湯が金型内を流動してキャビティに充填される際、金型表面の酸化膜や離型剤膜を除去することや、金型表面を荒らすことがある。このような挙動は反応層の形成に影響し、離型抵抗を変化させると考えられる。そこで、例えば、金型表面の任意部位における溶湯の流速の時間変化から、最大流速や流速の時間積分値などを評価し、それを用いてF(あるいはA,S,Q)を定式化することができる。
【0070】
以上、本発明の実施形態および実施例について説明した。本発明は、これらの実施形態および実施例に特に限定されることなく、種々の改変を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0071】
1 金型
2 鋳造物
3 焼き付きが生じた部位
L 反応層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8