【文献】
Biochemical Society Transactions,2012年,Vol.40, No.5,p.1000-1003
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
酵素や抗体タンパク質等をバイオ医薬品として利用する場合には、凍結保護剤が人体内にて免疫反応を引き起こし、炎症やアナフィラキシーなどの副作用を起こす危険性を考慮する必要がある。上掲の(1)〜(5)はヒト以外の生物由来であり、ヒト医薬品への添加物としては適さない。(6)のHSAのみがこの目的で利用可能であるが、HSAには既に血液製剤としての別の薬効があるため医薬品添加剤としての利用には制限があり、また血漿製剤HSAにはウイルス混入などの医療事故のリスクがある。さらに、組換え型HSAには高コストであるという欠点もある。そこで本発明は、汎用性が高く、ヒト医薬への利用にも適する、タンパク質用の凍結保護剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的の下で本発明者らはヒトに対する免疫原性を下げることに主眼を置き、ヒトゲノム中に存在するタンパク質の中から、凍結保護活性を有するものを探索するという戦略を採用した。その際、凍結保護活性を有する既報のタンパク質の中には近年研究の進展が著しい「天然変性タンパク質(Intrinsically Disordered Protein : IDP )」が含まれている点に着目し、ヒトゲノムに関するデータベースHPRD(Human Protein Reference Database)を母集団として、天然変性タンパク質/領域(ディスオーダータンパク質/領域)を予測するプログラムを利用して凍結保護物質候補を探索した。得られた候補の中から一定の条件を満たす遺伝子産物5種を抽出し、その特性を検討した。その結果、5種全てに凍結保護作用のあることが確認された。この結果は、タンパク質の凍結保護剤としてのヒト由来天然変性タンパク質の有用性を示唆するとともに、本発明者らが採用した探索手法の有効性を裏づける。
以下の発明は主として上記成果及び考察に基づく。
[1]ヒト由来天然変性タンパク質を含む、タンパク質用の凍結保護剤。
[2]二種類以上のヒト由来天然変性タンパク質を含むことを特徴とする、[1]に記載の凍結保護剤。
[3]前記ヒト由来天然変性タンパク質が、ヒトゲノムの遺伝子産物データベースを母集団として、以下の条件(1)及び(2)で検索して同定されたものである、[1]又は[2]に記載の凍結保護剤:
(1)20アミノ酸残基以上、100アミノ酸残基以下の長さである;
(2)全体にわたって天然変性タンパク質領域である。
[4]前記ヒト由来天然変性タンパク質が、ヒトゲノムの遺伝子産物データベースを母集団として、以下の条件(1)及び(2)で検索して同定されたものである、[1]又は[2]に記載の凍結保護剤:
(1)30アミノ酸残基以上、100アミノ酸残基以下の長さである;
(2)全体にわたって天然変性タンパク質領域である。
[5]前記ヒト由来天然変性タンパク質が、配列番号1〜5のいずれかのアミノ酸配列又はその連続した一部分からなる、[1]又は[2]に記載の凍結保護剤。
[6]前記一部分が20アミノ酸残基以上の長さである、[5]に記載の凍結保護剤。
[7]前記一部分が配列番号8、10〜14のいずれかのアミノ酸配列からなる、[5]に記載の凍結保護剤。
[8][1]〜[7]のいずれか一項に記載の凍結保護剤が添加された溶液中にタンパク質又はタンパク質を成分として含む構造体が存在した状態で凍結又は凍結乾燥するステップを含む、タンパク質又はタンパク質を成分として含む構造体の保存方法。
[9]前記構造体が細胞又は組織である、[8]に記載の保存方法。
[10][1]〜[7]のいずれか一項に記載の凍結保護剤が共存した状態で保存されているタンパク質又はタンパク質を成分として含む構造体。
[11]タンパク質と、[1]〜[7]のいずれか一項に記載の凍結保護剤と、を含有したタンパク質製剤。
[12]前記タンパク質が酵素又は抗体である、[11]に記載のタンパク質製剤。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の第1の局面はタンパク質用の凍結保護剤に関する。本明細書において用語「タンパク質用」とは、保護の対象がタンパク質であることを意味する。即ち本発明は、凍結に伴いタンパク質の活性が低下すること(活性が喪失されることも含む)を防止ないし抑制する。従って、本発明の凍結保護剤をタンパク質の凍結時に適用すると、凍結による影響が軽減される結果、典型的には、凍結後又は凍結保存後のタンパク質の活性が、本発明の凍結保護剤を適用しない場合に比較して高くなる。用語「凍結」は広義に解釈されるべきであり、単純な凍結処理に加え、乾燥処理を併用した凍結乾燥の概念も含む。
【0009】
本発明の凍結保護剤では、タンパク質に対する凍結保護作用をヒト由来天然変性タンパク質が示したという知見に基づき、有効成分としてヒト由来天然変性タンパク質を用いる。近年、天然状態では一定の立体構造をもたないタンパク質又はその一部の領域が生体内に多数あることが知られるようになった。このようなタンパク質/領域は「本質的に構造をとっていない(intrinsically unstructured)」、「本質的に不規則(intrinsically disordered)」などと呼ばれ、これをもつものを天然変性タンパク質(Intrinsically Disordered Protein : IDP)という(Peter E. Wright and H. Jane Dyson, J. Mol. Biol. (1999) 293, 321-31; A. Keith Dunker et al. J. Mol. Graph. Model. (2001) 19, 26-59)。タンパク質をバイオインフォマティクスにもちこんで、不規則な領域の特性を研究したDunkerらのグループは、不規則な領域をもつタンパク質を網羅的に解析して不規則領域を予測するプログラムPONDRを開発した(A. Keith Dunker et al. C Adv. Protein Chemistry (2002) 62, 25-49)。このPONDRを皮切りに、2000年前後からさまざまな予測プログラムが開発された。2013年には「Intrinsically Disordered Proteins(天然変性タンパク質)」が創刊され、呼称が統一されていなかった「不規則な領域をもつタンパク質」のことを「intrinsically disordered protein(天然変性タンパク質)」と呼ぶことが提唱された(A. Keith Dunker et al. Intrinsically Disordered Proteins (2013) 1, issue1)。
【0010】
本発明の有効成分は、ヒト由来天然変性タンパク質である限り、そのアミノ酸配列、長さなどは特に限定されない。ヒト由来天然変性タンパク質は、ヒトゲノムの遺伝子産物データベースを母集団とし、変性領域(disorder)予測プログラムを用いた検索によって同定ないし取得することができる。ヒトゲノムの遺伝子産物データベースとしては、例えば、HPRD(Human Protein Reference Database:http://www.hprd.org/)、それに準ずる又はそれ利用して構築されたデータベースを用いることができる。一方、予測プログラムとしては、PONDR(http://www.pondr.com/indexを参照)、DISOPRED2(Ward, J.J., McGuffin, L.J., Bryson, K., Buxton, B.F., and Jones, D.T. The DISOPRED server for the prediction of protein disorder. Bioinformatics. 20 2138 (2004))、POODLE(Prediction Of Order and Disorder by machine LEarning;http://mbs.cbrc.jp/poodle/を参照)、DICHOT(Fukuchi, S., Hosoda, K. Homma, K., Gojobori, T. and Nishikawa, K. Binary classification of protein molecules into intrinsically disordered and ordered segments. BMC Structural Biology 11 29 (2011), http://spock.genes.nig.ac.jp/~genome/DICHOT/ を参照)、GLOBPLOT2 (http://globplot.embl.de/ を参照)等を利用できる。中でもPOODLEは、予測感度の高さの点から特に有効な予測プログラムである。POODLEの特徴は配列の長さに応じた測定法を用いている点である。一般的に、ある程度長いディスオーダー(disorder)領域は機能に関連しているものが多く、短いディスオーダー領域はループやコイルの領域がゆらいでしまっているために生じたディスオーダーであって機能をもたない場合が多い。また、ポリペプチド鎖の内部は末端部に比べてディスオーダー領域である割合が低いことが知られている。これは、末端部はタンパク質の表面に露出しやすく、それが機能をもたずにただゆらいでしまっていることが考えられる。これらディスオーダー領域の傾向をその長さに着目し、アミノ酸配列全体を予測するPOODLE-W、主に40アミノ酸以上の長い配列を予測するPOODLE-L、短い配列を予測するPOODLE-S、これらPOODLE-W/L/Sや他の予測プログラムを利用したワークフローシステムを利用したPOODLE-Iがある。従来までの予測法と大きく異なるのは同じアミノ酸でもアミノ酸の並び、ポリペプチド鎖中にそのアミノ酸の存在する位置を考慮した計算値を採用している点である。また、POODLE-Iはアミノ酸の並びを基に計算するPOODLE-Sや配列全体あるいはアミノ酸の位置を考慮した物理化学的性質を基に計算するPOODLE-W/Lのみだけでなく、ホモロジーモデリング(fold recognition)TSpredによるオーダー/ディスオーダー(order/disorder)予測、COILpredのコイルドコイル予測、SSpredの二次構造予測、ASApredの溶媒露出表面積(accessible surface area)予測を組み合わせたフローチャートを経て予測を行う(S. Hirose et al. (2010), In Silico Biology 10, 185-91)。一方、DICHOTは、構造予測法と新たに開発した配列の保存度を用いる変性領域予測法を組み合わせることで、アミノ酸配列の全長にわたり完全に構造領域または変性領域かを判別することができるという特徴を備えている。そのため、ヒトゲノムなどから変性領域を含む配列をまずリストアップしたい、などの目的で使用する際の利便性が優れている。
【0011】
予測プログラムを用いた検索の際の条件として以下の(1)及び(2)を設定するとよい。尚、条件(1)は天然変性タンパク質の機能ないし活性、溶解度などの物理的性質に関係し、アミノ酸残基数が少なすぎると凍結保護剤として十分に機能しないおそれがあり、アミノ酸残基数が多すぎると凍結保護剤として有効な濃度までの溶解度が得られないおそれがある。
(1)30アミノ酸残基以上、100アミノ酸残基以下の長さである。
(2)全体にわたって天然変性タンパク質領域である。
【0012】
好ましくは、(1)の条件において、アミノ酸残基数の上限を50アミノ酸残基に設定する。一方、天然変性タンパク質が20アミノ酸残基以上の長さで特に高い凍結保護活性を示した実験結果(後述の実施例)を踏まえると、(1)の条件において、アミノ酸残基数の下限を20アミノ酸残基に設定した場合も、良好な結果が得られるといえる。また、(2)の条件に関して、配列長に対する天然変性状態の残基数の割合が60%(好ましくは70%)を超えるときに、全体にわたって天然変性タンパク質領域であると推測できる。
【0013】
各プログラムの使用方法、その他の条件等については、サーバ上で公開されているヘルプページ(例えばPOODLEについてはhttp://mbs.cbrc.jp/poodle/help.htmlで入手可能である)や過去の報告(例えば、DICHOTについてはS. Fukuchi et al., BMC Structural Biology 9:26 (2009))が参考になる。
【0014】
IDPデータベースとして「Database of Protein Disorder(DisProt)」(Center for Computational Biology and Bioinformatics at Indiana University School of Medicine, Center for Information Science and Technology at Temple University)及び「Intrinsically Disordered proteins with Extensive Annotations and Literature(IDEAL)」(S. Fukuchi, T. Amemiya, S. Sakamoto, Y. Nobe, K. Hosoda, Y. Kado, S. D. Murakami, R. Koike, H. Hiroaki and M. Ota. "IDEAL in 2014 illustrates interaction networks composed of intrinsically disordered proteins and their binding partners". 2014, Nucleic Acids Res., 42, D320-D325.; S. Fukuchi, S. Sakamoto, Y. Nobe, S. D. Murakami, T. Amemiya, K. Hosoda, R. Koike, H. Hiroaki and M. Ota. "IDEAL: Intrinsically Disordered proteins with Extensive Annotations and Literature". 2012, Nucleic Acids Res., 40, D507-D511.)が知られている。これらのデータベースに登録されているヒト由来天然変性タンパク質又はその一部(断片)を本発明の有効成分として用いることもできる。尚、DisProtには、約700種類のタンパク質情報が登録されている。
【0015】
所望の作用、即ち、タンパク質に対する凍結保護作用を発揮する限りにおいて、ヒト由来天然変性タンパク質として同定される領域の一部のみ(即ち断片)を使用することもできる。
【0016】
一態様では2種類以上のヒト由来天然変性タンパク質を併用する。即ち、この態様の凍結保護剤は有効成分として2種類以上のヒト由来天然変性タンパク質を含む。
【0017】
本発明の有効成分として使用可能なヒト由来天然変性タンパク質の具体例は、後述の実施例に示したB3-IDP(配列番号1のアミノ酸配列を有する)、B4-IDP(配列番号2のアミノ酸配列を有する)、C1-IDP(配列番号3のアミノ酸配列を有する)、D10-IDP(配列番号4のアミノ酸配列を有する)、E1-IDP(配列番号5のアミノ酸配列を有する)である。好ましい態様の一つでは、これら5種類のヒト由来天然変性タンパク質のいずれか又は2種以上が用いられる。これら5種類のヒト由来天然変性タンパク質の全長ではなく、連続した一部分を用いることもできる。凍結保護作用を発揮する限りにおいて、任意の部分をここでの「連続した一部分」として採用できる。特定の「連続した一部分」が凍結保護作用を発揮するか否かは、後述の実施に示した評価法によって容易に判定できる。「連続した一部分」の長さは好ましくは30アミノ酸残基以上(上限は各ヒト由来天然変性タンパク質の全長の長さ)、更に好ましくは20アミノ酸残基以上(上限は各ヒト由来天然変性タンパク質の全長の長さ)である。「連続した一部分」の具体例は、後述の実施例に示したD10-20aa(配列番号8のアミノ酸配列を有する)、E1-34aa(配列番号10のアミノ酸配列を有する)、E1-31aa(配列番号11のアミノ酸配列を有する)、E1-28aa(配列番号12のアミノ酸配列を有する)、E1-25aa(配列番号13のアミノ酸配列を有する)である。
【0018】
本発明の有効成分であるヒト由来天然変性タンパク質は標準的な遺伝子工学的手法、分子生物学的手法、生化学的手法などを用いることによって調製することができる。例えば、本発明の有効成分をコードするDNAで適当な宿主細胞(例えば大腸菌)を形質転換し、形質転換体内で発現されたタンパク質を回収することにより調製することができる。回収されたタンパク質は目的に応じて適宜精製される。このように組換えタンパク質として本発明の有効成分を得ることにすれば種々の修飾が可能である。本発明における有効成分を公知のペプチド合成法(例えば固相合成法、液相合成法)によって調製することにしてもよい。
【0019】
本発明の凍結保護剤は様々なタンパク質に適用し得るが、中でも酵素及び抗体は好適な適用対象(保護対象)である。酵素の例として、消化酵素(アミラーゼ、リパーゼ、セルラーゼ)、プロテアーゼ(ペプチン、トリプシン、キモトリプシン、パパイン、ブロメライン、血液凝固第Xa因子)、糖分解酵素(ガラクトシダーゼ、ラクターゼ、サッカラーゼ)、酸化還元酵素(乳酸脱水素酵素、アルコール脱水素酵素)を挙げることができる。抗体は、ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体に大別されるが、いずれに対しても適用可能である。また、抗体の由来(例えば、キメラ抗体、ヒト化抗体、ヒト抗体)、クラス(例えばIgG、IgM、IgA、IgE)等も特に限定されない。抗体断片(Fab、Fab'、F(ab')
2、scFv、dsFvなど)への適用も可能である。
【0020】
単独のタンパク質の他、タンパク質を成分とした各種構造体(糖タンパク質、リポタンパク質、核タンパク質、リンタンパク質等の複合タンパク質、細胞、組織など)(以下、説明の便宜上、「タンパク質を成分とした各種構造体」を略して「構造体」と呼ぶ)の凍結時の保護にも本発明を適用可能である。
【0021】
本発明の第2の局面は上記凍結保護剤の用途に関し、タンパク質又は構造体の保存方法、タンパク質製剤などを提供する。典型的には、本発明の保存方法では本発明の凍結保護剤が添加された溶液中にタンパク質又は構造体(糖タンパク質、リポタンパク質、核タンパク質、リンタンパク質等の複合タンパク質、細胞、組織など)が存在した状態で凍結又は凍結乾燥の処理を行う。2種類以上のタンパク質(又は構造体)が溶液中に存在していてもよい。この場合、少なくとも1種類のタンパク質(又は構造体)が保護対象となる。溶媒には各種緩衝液(リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、トリス緩衝生理食塩水(TBS)、クエン酸緩衝液、グルタミン酸緩衝液等)、生理食塩水、蒸留水等を用いることができる。凍結保護剤の添加量は特に限定されないが、例えば、凍結保護剤の成分であるヒト由来天然変性タンパク質の濃度が、0.005重量%〜1.0重量%となるように凍結保護剤を添加するとよい。また、保護対象の濃度は、例えば、0.001重量%〜1.0重量%に設定することができる。凍結又は凍結乾燥の処理の際、溶液中に凍結保護剤と保護対象が共存した状態が形成されておればよく、凍結保護剤と保護対象の添加順序は特に問わない。凍結又は凍結乾燥の処理は常法で行えばよい。タンパク質、細胞、組織などの凍結又は凍結乾燥に関するプロトコールは容易に入手できる状態にあり、例えばCurrent protocols in molecular biology(edited by Frederick M. Ausubel et al., 1987)、Molecular Cloning(Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press, New York)、The Protein Protocols Handbook (Springer Protocols Handbooks, Third Edition, Humana Press, 2009)、蛋白質科学会アーカイブ(日本蛋白質科学会、http://www.pssj.jp/archives/を参照)を参考にすることができる。
【0022】
本発明の保存方法を実施すれば、凍結保護剤が共存した状態にあるタンパク質又は構造体が得られる。このような特有の状態にあるタンパク質又は構造体も、本願が提供する発明の一つである。一方、凍結又は凍結乾燥の処理を行う前の状態(即ち、溶液状態)でタンパク質又は構造体を提供することも可能である。従って、本発明の提供する「凍結保護剤が共存した状態にあるタンパク質又は構造体」は、凍結状態、凍結乾燥状態及び溶液状態の3態様を取り得る。一態様では、薬効を示すタンパク質(例えば酵素、抗体)が保護対象として採用され、タンパク質と凍結保護剤を含有するタンパク質製剤が提供されることになる。タンパク質製剤における凍結保護剤の添加量は特に限定されないが、例えば、凍結保護剤の成分であるヒト由来天然変性タンパク質の含量が0.005重量%〜1.0重量%となるように凍結保護剤が添加される。使用する凍結保護剤、保護対象などに応じて好ましい添加量は変動し得るが、当業者であれば予備実験を通して最適な添加量を決定することができる。製剤化する場合には、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、懸濁剤、保存剤、防腐剤、抗生物質など)を含有させることができる。タンパク質製剤は医薬品又は医薬部外品として提供され得る。
【実施例】
【0023】
1.凍結保護物質候補の探索
ヒトに対する安全性(特に免疫原性)を考慮し、ヒトゲノム中に存在するタンパク質の中から凍結保護活性を有するものを探索するという戦略を採用した。従来技術として知られている凍結保護活性を有するタンパク質には、近年研究の進展が著しい「天然変性タンパク質(IDP)」が含まれていることに着目し、ヒトゲノムに関するデータベースHPRD(Human Protein Reference Database)を母集団として、天然変性タンパク質/領域(ディスオーダータンパク質/領域)を予測するプログラムPOODLE(独立行政法人産業技術総合研究所)を利用して凍結保護物質候補を探索した。得られた1000種類以上の候補の中から、(1)遺伝子産物の配列の長さ、及び(2)天然変性領域の割合、の観点で候補物質を絞り込むことにした。(1)は凍結保護活性(活性を示すためにはある程度の長さが必要と予想される)と取り扱いの容易性等に関係し、(2)は凍結保護活性の高さ(天然変性領域が多い程、より高い活性を示すと予想される)に関係する。尚、具体的な条件として以下の(i)及び(ii)を設定し、両者を満たした遺伝子産物を選択することにした。
(i)その遺伝子産物の配列が50アミノ酸残基より短い。
(ii)タンパク質全体の配列又はドメイン全体の配列であって、前者の場合には、POODLE-Wにおいてprobability scoreが0.6よりも大きい、又はPOODLE-Sにおいて配列長に対する天然変性状態の残基数の割合が60%を超え、後者の場合には、POODLE-Sにおいて配列長に対する天然変性状態の残基数の割合が70%を超える。
【0024】
選択された凍結保護物質候補から5種を選び、その凍結保護作用を検証した。検証に供した5種(B3-IDP、B4-IDP、C1-IDP、D10-IDP、E1-IDP)のアミノ酸配列及び特性を
図1に示す。当該5種の凍結保護物質候補が天然変性タンパク質であることは、分光学的解析(NMR、CDスペクトル)によって確認した。尚、
図1には、D10-IDPをC末端側(配列右側)から短くした変異体(D10-20aa、D10-15aa)及びE1-IDPをC末端側(配列右側)から短くした変異体(E1-34aa、E1-31aa、E1-28aa、E1-25aa)の情報と、C9_subIDP(構造の一部に天然変性領域を含むタンパク質)のN末端側(配列左側)にセリン(S)を伸長したIDPの情報も掲載した。
【0025】
2.凍結保護物質候補5種の凍結保護作用の検証
N
pro融合タンパク質発現系(Nat Methods. 2007 Dec;4(12):1037-43)を利用して5種の候補をそれぞれ調製した。N
pro発現系を利用すると、目的タンパク質を封入体(IB)に発現させることができる。従って、長いIDPを分解されることなく大腸菌で生産することができる。また、巻き戻すことにより自動的にタグ部分が切断され、ハイスループット化に適することや、N末端にタグ由来配列がつかないといった利点もある。
【0026】
凍結保護作用はCarpenter JFら(Carpenter JF and Crowe JH: Cryobiology, 25, 1988, 266-269)ならびにLin Cら(Lin C and Thomashow MF: Biochemical and Biophysical Research Communications, 183, 1992, 1103-1108)の方法を参考に測定した。具体的には、モデル酵素として凍結融解の処理によって活性が低下する乳酸脱水素酵素(LDH)を用い、液体窒素による凍結(30秒間)および水浴による融解(水温4℃、5分間)を5回繰り返した後、LDH活性を測定した。タンパク質凍結保護剤として一般に使用されているBSAを比較対照として使用した。また、セリシン(sericin)とも比較した。陰性対照としてニワトリ卵白リゾチームを用いた。上記の凍結融解処理の際に、LDH(25μg/mL)と試料(500μg/mL)を混合したLDH溶液を用意した。凍結融解未処理の際のLDH活性を100%とし、凍結融解処理を繰り返した後のLDH活性を求めた。尚、LDHは生体の維持に重要な酵素であり、凍結保護活性の評価におけるモデル酵素として一般的である。また、酵素は凍結保存時などに活性が低下し易いことから、凍結保存時のタンパク質に対する保護作用を評価する上で、酵素に対する保護作用を指標にすることは妥当といえる。
【0027】
LDH活性の測定結果を
図2に示す。5種類の候補の全てに凍結保護作用が認められた。
【0028】
濃度と活性の関係を調べるために、各種濃度の試料を用いてLDH活性を測定した。
図3に示すように、5種類の候補の全てに濃度依存性を認めるとともに、BSAならびにセリシンよりも低濃度でより高い凍結保護作用を示すことが判明した。更に、C9_subIDP(33アミノ酸のペプチドで、そのうち23アミノ酸部分がWWドメインの立体構造を有している)よりも低濃度でより高い凍結保護作用を示すことが判明したため、配列に含まれる天然変性領域の含有率が高いことが凍結保護作用に有効であることが判明した。尚、試料濃度が50μg/mLのときの活性を比較したグラフを
図4に示す。
【0029】
一方、異なる2種類の凍結保護物質候補(C1-IDPとD10-IDP)をタンパク質量比で1:1に混合した混合物による凍結保護作用を検討した。実験方法は上記の通りとし、乳酸脱水素酵素(LDH)の凍結融解処理に対する凍結保護活性を調べた。結果を
図5に示す。混合物は、単独で使用したとき(C1-IDP又はD10-IDP)とほぼ同等の活性を示した。
【0030】
一方、上記測定方法に準じた方法(凍結、融解処理に代えて、凍結(30秒間)、凍結乾燥処理(over night)及び溶解(MilliQ
TM水)を行う以外は同一)によって、5種類の候補の凍結乾燥に対する保護作用も調べることにした。測定結果を
図6、7に示す。B3-IDP、B4-IDP、C1-IDP、D10-IDP、E1-IDPはBSAと同等の凍結乾燥保護作用も示した。
【0031】
以上の通り、5種の候補はBSAを凌駕する凍結保護作用を示した。また、凍結保護作用に加え、凍結乾燥保護作用も示した。評価した候補の全てに凍結保護活性が見られたことから、上記の探索方法・探索条件で見出されたヒト由来IDPは、その多くがBSAと同等以上の活性をもつと予測される。
【0032】
3.配列長と活性の関係
凍結保護物質候補2種(E1-IDP、D10-IDP)について配列長を短くし、凍結保護活性の変化を調べた。E1-IDPは25アミノ酸残基まで、D10-IDPは15アミノ酸残基まで配列長を短くした。その結果、20アミノ酸残基までは高い凍結保護活性を保持していたが(D10-20aa、E1-34aa、E1-31aa、E1-28aa、E1-25aa)、15アミノ酸残基まで短くするとBSAと同等の凍結保護活性まで低下した(D10-15aa)。
【0033】
4.グルタチオン-S-転移酵素(GST)に対する凍結保護活性
凍結保護物質候補5種がGSTに対しても凍結保護作用を示すか検討した。実験方法は以下の通りとした。液体窒素による凍結(30秒間)及び水浴による融解(水温20℃、5分間)を5回繰り返した後、GST Gene Fusion System Handbook (Amersham Biosciences)を参考にGST活性を測定した。具体的には、上記の凍結融解処理の際に、GST(0.8 μM)と試料(5〜1000μg/mL、BSAおよびセリシンは5〜2000μg/mL)を混合したGST溶液を用意した。凍結融解未処理の際のGST活性を100%とし、凍結融解処理を繰り返した後のGST活性を求め、その値を凍結保護活性とした。結果を
図9及び
図10に示す。凍結保護物質候補である5種類のタンパク質(B3-IDP、B4-IDP、C1-IDP、D10-IDP、E1-IDP)全てがBSAと同等またそれ以上の凍結保護作用を示した。一方、セリシンの凍結保護作用は凍結保護物質候補及びBSAよりも弱かった。以上の結果は、LDHを使用した実験の結果とほぼ一致するものであり、同定した凍結保護物質候補がLDH以外の酵素の凍結保護にも有用であることを示す。
【0034】
5.緑色蛍光タンパク質に対する凍結保護活性
凍結保護物質候補の汎用性を更に検証するため、緑色蛍光タンパク質(GFP)変異体である強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)に対する、凍結保護物質候補E1-IDPの凍結保護活性を調べた。実験方法は以下の通りとした。液体窒素による凍結(1分間)および水浴による融解(水温20℃、5分間)を10回繰り返した後、GFPの蛍光強度を活性指標として測定した。上記の凍結融解処理の際に、GFP(2.4μM)と試料(E1-IDP)を混合したGFP溶液を用意した。凍結融解未処理の際のGFP蛍光強度を100%とし、凍結融解処理を繰り返した後のGFP蛍光強度を求め、その値を凍結保護活性とした。結果を
図11に示す。E1-IDPはGFPに対してBSA以上の凍結保護作用を示した。この結果は、酵素に限らず、各種タンパク質に対して凍結保護物質候補が凍結保護活性を発揮することを示唆する。