(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6643762
(24)【登録日】2020年1月9日
(45)【発行日】2020年2月12日
(54)【発明の名称】液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法
(51)【国際特許分類】
G01B 17/02 20060101AFI20200130BHJP
G01N 29/07 20060101ALI20200130BHJP
G01N 29/50 20060101ALI20200130BHJP
【FI】
G01B17/02 Z
G01N29/07
G01N29/50
【請求項の数】3
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-197845(P2015-197845)
(22)【出願日】2015年10月5日
(65)【公開番号】特開2017-72412(P2017-72412A)
(43)【公開日】2017年4月13日
【審査請求日】2018年10月4日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成27年5月7日に特定非営利活動法人海洋音響学会発行の海洋音音響学会2015年度(平成27年度)研究発表会講演論文集にて公開 平成27年5月14日・15日開催の海洋音響学会2015年度研究発表会にて公開(公開日:平成27年5月15日) 平成27年8月6日に公益社団法人日本船舶海洋工学会・特定非営利活動法人日本海洋工学会発行の第25回海洋工学シンポジウム講演論文集にて公開 平成27年8月6日〜7日開催の第25回海洋工学シンポジウムにて公開(公開日:平成27年8月7日) 平成27年9月25日に国立研究開発法人港湾空港技術研究所発行の港湾空港技術研究所資料 No.1311にて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】501204525
【氏名又は名称】国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000958
【氏名又は名称】特許業務法人 インテクト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】白井 一洋
(72)【発明者】
【氏名】平林 丈嗣
(72)【発明者】
【氏名】松本 さゆり
(72)【発明者】
【氏名】田中 敏成
(72)【発明者】
【氏名】藤田 勇
(72)【発明者】
【氏名】吉江 宗生
【審査官】
齋藤 卓司
(56)【参考文献】
【文献】
特開2008−286610(JP,A)
【文献】
特開昭61−215908(JP,A)
【文献】
特開平05−026655(JP,A)
【文献】
米国特許第05974885(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01B 17/02
G01N 29/07
G01N 29/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波送受波器を被測定対象物である液中鋼構造物に対して非接触の状態で離間配置させる配置工程と、
前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して超音波を放射する放射工程と、
前記液中鋼構造物から反射される反射波を前記超音波送受波器により受波する受波工程と、
前記受波工程で受波した反射波を相関処理することによって、前記液中鋼構造物に付着した付着物および前記液中鋼構造物の表面からの表面反射波及び多重反射波とを抽出する相関処理工程と、
前記多重反射波の時間間隔を測定することによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出する算出工程と、
を含む処理を実行する非接触型厚み測定方法であって、
前記配置工程は、前記液中鋼構造物の表面と前記超音波送受波器との距離を前記超音波送受波器の焦点距離よりも小さく設定し、
前記超音波送受波器は、円盤型で表面を円弧状に形成し、該円弧の中心点近傍に超音波が集中する焦点集束型音源を備えることを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、
前記配置工程は、前記超音波送受波器の中心軸上の音圧分布の第1回目のゼロ点の位置が前記液中鋼構造物の表面付近に来るように前記超音波送受波器と前記液中鋼構造物の表面の距離を決定することを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、
前記算出工程は、第2から第4回目の多重反射のパルスの位置から時間間隔を測定することを特徴とする液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法に係り、例えば、海中等の液中に設置された被測定対象物である液中鋼構造物の表面に付着物が存在していたとしても、この付着物を除去することなく適切に液中鋼構造物の厚みを測定することのできる液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
桟橋や岸壁の鋼管杭や鋼矢板は、厳しい環境条件によりサビ等で減肉が進行するため、耐用年数の間にその機能を発揮することができるように維持管理がなされている。このような維持管理計画を立てるために鋼管杭や鋼矢板の肉厚測定が定期的に実施されている。
【0003】
例えば、現在行われている鋼管杭や鋼矢板の肉厚測定の方法は、まず潜水士が海中に潜水し、ケレン棒等を用いて鋼管杭表面に付着した貝、フジツボ、海藻等の付着海生物を人力で除去・回収し、エアサンダーを用いて鋼管杭の測定表面を磨いた後に、超音波厚み計を使用し、研磨した測定表面に超音波厚み計のプローブ(送受波器)を密着させて超音波を送波し、鋼板背面からの反射波の伝達時間を測定し、肉厚を算出するという方法が採られている。
【0004】
しかしながら、上述した従来の厚み測定方法は、潜水士の人力による作業であり、特に付着海生物の除去作業に長時間を要するため、高い作業コストを必要とするものであった。また、厚み測定のために鋼管杭の測定表面から除去された付着海生物は、回収した後に産業廃棄物として処理しなければならないので、廃棄物処理のためのコストも要するものであった。
【0005】
さらに、上述した従来の厚み測定方法は、その手法上、鋼管杭の一部のみの厚み測定しかできないので、鋼管杭の全長に亘る連続的な厚み測定は実質的に不可能であり、測定値の信頼性向上を図る上では限界があった。
【0006】
そこで、本発明者等は、液中鋼構造物に付着した付着物を除去することなく、液中鋼構造物に対する連続的な厚み測定を実現することが可能な、低コストで信頼性の高い液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−286610号公報
【0008】
特許文献1に記載された液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法は、超音波送受波器を被測定対象物である液中鋼構造物に対して非接触の状態で離間配置させる配置工程と、前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して超音波を放射する放射工程と、前記液中鋼構造物から反射される反射波を前記超音波送受波器により受波する受波工程と、前記受波工程で受波した反射波を相関処理することによって、前記液中鋼構造物の表面からの表面反射波と前記液中鋼構造物の裏面からの裏面反射波とを抽出する相関処理工程と、前記表面反射波と前記裏面反射波との前記超音波送受波器に対する到達時間の差を求めることによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出する算出工程と、を含む処理を実行する。
【0009】
このような液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法によれば、液中鋼構造物の表面に付着した付着物を除去することなく厚み測定を行うことができるので、従来技術に比べて作業時間の短縮を図ることができ、作業コストを削減することができる。また、本発明では、付着物を除去する必要がないので産業廃棄物が発生せず、廃棄物処理コストを削減できるとともに環境にも負荷を与えることがない。
【0010】
また、上述した方法の他、表面反射波と裏面反射波との超音波送受波器に対する到達時間の差を求める以外に、液中鋼構造物における多重反射波の時間間隔を測定することによっても肉厚を算出することができることが知られている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、従来の液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法は、付着物が多い場合、反射波がすぐに減衰せずに残響が長く続く結果、該残響が多重反射波と重なり、振幅が多重反射波と同じ若しくは大きい場合、多重反射波の検出をすることができず、肉厚の算出をすることができないまたは、測定精度が著しく低下するという問題があった。
【0012】
また、従来の方法では、より強い反射波を得るために超音波送受波器の音圧レベルのピーク値が液中鋼構造物に当るように測定距離を設定していたが、この方法によると、付着物にも強い超音波が当たることとなり、得られた測定結果が液中鋼構造物および付着物の両方からの反射波および多重反射波が足し合わされたものとなり、これを解析する際に専門的な知見を持たずに多重反射の位置を容易に求めることができないという問題があった。
【0013】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、液中鋼構造物に付着した付着物が多い場合であっても、専門的な知見を必要とせずに液中鋼構造物の肉厚測定を行うことができる液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
超音波送受波器を被測定対象物である液中鋼構造物に対して非接触の状態で離間配置させる配置工程と、前記超音波送受波器から前記液中鋼構造物に対して超音波を放射する放射工程と、前記液中鋼構造物から反射される反射波を前記超音波送受波器により受波する受波工程と、前記受波工程で受波した反射波を相関処理することによって、前記液中鋼構造物に付着した付着物および前記液中鋼構造物の表面からの表面反射波及び多重反射波とを抽出する相関処理工程と、前記多重反射波の時間間隔を測定することによって、前記液中鋼構造物の厚みを算出する算出工程と、を含む処理を実行する非接触型厚み測定方法であって、前記配置工程は、前記液中鋼構造物の表面と前記超音波送受波器との距離を前記超音波送受波器の焦点距離よりも小さく設定
し、前記超音波送受波器は、円盤型で表面を円弧状に形成し、該円弧の中心点近傍に超音波が集中する焦点集束型音源を備えることを特徴とする。
【0016】
また、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、前記配置工程は、前記超音波送受波器の中心軸上の音圧分布の第1回目のゼロ点の位置が前記液中鋼構造物の表面付近に来るように前記超音波送受波器と前記液中鋼構造物の表面の距離を決定すると好適である。
【0017】
また、本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法において、前記算出工程は、第2から第4回目の多重反射のパルスの位置から時間間隔を測定すると好適である。
【0018】
上記発明の概要は、本発明の必要な特徴の全てを列挙したものではなく、これらの特徴群のサブコンビネーションもまた発明となり得る。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法は、付着物及び液中鋼構造物共に弱い超音波が当たるが、液中鋼構造物の表面と裏面の間で反射を繰り返す多重反射波は、液中鋼構造物内部を進むことになり、液中鋼構造物内で焦点を結ぶため、大きな反射波を得ることができる。これにより、付着物からの反射波が小さくなり、液中鋼構造物からの多重反射が大きくなることによる相乗効果によって、付着物の量が多い場合であっても非接触で液中鋼構造物の肉厚を測定することができる。また、付着物からの反射波が小さく、多重反射が大きくなることで、測定結果においては多重反射の判別が容易となり、専門的な知見を有していない場合であっても、容易に肉厚の算出を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図4】送受波器から送波される超音波の水平面上の音圧分布を示す図
【
図5】送受波器から送波される超音波の中心軸上の音圧分布を示すグラフ
【
図9】付着物からの反射波と送受波器の距離を示すグラフ
【
図11】鋼板からの反射波と送受波器の距離を示すグラフ
【
図12】付着物が付着した鋼板からの反射波を示す解析結果
【
図13】付着物が付着した鋼板からの反射波を示す解析結果
【
図14】送受波器から鋼板までの距離と肉厚測定値の関係を示すグラフ
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための好適な実施形態について、図面を用いて説明する。なお、以下の実施形態は、各請求項に係る発明を限定するものではなく、また、実施形態の中で説明されている特徴の組み合わせの全てが発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0022】
[非接触型肉厚測定の原理]
図1に示すように、貝などの生物が付着物40として付着した鋼板10などの液中鋼構造物に超音波を伝搬させると、反射波は、
図2に示すように付着物からの反射波、鋼板の表面からの反射波および多重反射波の順で受波器に到達する。多重反射波は、鋼板内で往復している音波であるため、付着物からの反射波および鋼板表面からの反射波が消えた後も暫くの時間継続して計測される。この多重反射波の時間間隔が鋼板内を往復する超音波の時間間隔となるので、これに予め求められている鋼板内の音速を掛けて2で割ることにより鋼板の板厚を測定することができる。
【0023】
しかし、水中に置いた鋼板からの多重反射は、表面反射と比較して非常に微弱であり、さらに、付着物を透過するとき、超音波が減衰し鋼板に到達するエネルギーも減衰する。本実施形態に係る液中鋼構造物の非接触式肉厚測定方法では、このような微弱な多重反射波を検出する送受波器の形状や用いる信号処理などについて後述する技術開発を行った。
【0024】
[多重反射について]
多重反射は水中に鋼板を置いて、超音波を伝搬させた場合のように、異なる媒質中を超音波が伝搬する際に境界面の反射と透過の割合により発生する。ここで、海水の音響インピーダンスZ1を、Z1=1.48×10
6(Pa・s/m)、鋼板の音響インピーダンスZ2を、Z2=46.4×10
6(Pa・s/m)とし、海水中に鋼板を置いた場合、海水中から鋼板に超音波が伝搬する場合と、鋼板から海水中に超音波が伝搬する場合の反射率、透過率は以下の通りとなる。
【0025】
【表1】
【0026】
表1からわかるように、海水中から鋼板に伝搬する音の強さの透過率(TI)は0.12であり、12%の音のエネルギーが鋼板に伝わることを表している。
図3に示すように、鋼板10に伝わった超音波は進行し鋼板10の背面の海水との境界面11に到達し、境界面11で反射と透過が起こる。鋼板10から海水に伝わる音の強さの反射率(RI)は0.88であり、超音波が鋼板から海水中に伝搬するときに入射波の88%の音のエネルギーが鋼板10内に反射され戻ることとなる。このため、鋼板10に入射した超音波は、鋼板10の両端で海水中に12%程度エネルギーを放射し、鋼板10内を往復伝搬しながら減衰することとなる。
図3に示すように、超音波が鋼板10の両端で反射を繰り返し往復する現象を多重反射と呼び、入射音圧を1とすると、以下の表2の関係が得られる。表2において、1回目および2回目の背面反射の音圧の数値がマイナスとなっているのは、位相が反転していることを示している。
【0027】
【表2】
【0028】
表2から明らかなように、1回目と2回目の背面反射波R1およびR2はほぼ同じ音圧で検出することが可能となる。ここでは、伝搬減衰等の減衰量を考慮していないので、実際に測定できる音圧はさらに小さくなるが、この1回目と2回目の背面反射波R1およびR2の時間間隔を測定することにより、鋼板10内を往復する超音波の伝搬時間を知ることができるので、この伝搬時間から鋼板10の肉厚を算出する。
【0029】
[送受波器の設計および配置]
非接触で対象物の肉厚を測定するには、上述したような微弱な多重反射を捉えることが重要となるので、パワーの大きな音波を測定対象物に放射し、反射波を効率よく受波することができる大口径の焦点集束型送受波器を用いると好適である。
【0030】
焦点集束型送受波器は、円盤型で表面を円弧状に形成し、円弧の中心点付近に超音波が集中する焦点集束型音源を備えており、諸元は、中心周波数700kHz、直径100mm、曲率半径300mmとすると好適である。この送受波器の中心軸を含む水平面上の音圧分布を
図4に、中心軸上の音圧分布を
図5に示す。
【0031】
図4は、音圧分布の最大値を1として5段階で音圧を濃淡表示したものである。超音波は、送受波器の中心軸を軸として、送受波器から200〜500mm位の間で円筒形に強く分布していることがわかる。
【0032】
また、
図5に示すように、約200mmの位置に音圧分布の第1回目のゼロ点の位置が表れており、従来は、
図6に示すように、測定対象物である鋼板により強い音圧が当たるように音圧分布の最大となる送受波器の焦点付近に鋼板が存在するように送受波器の位置を設定していたが、この位置では、付着物にも強い音圧が当たることとなり、付着物からの反射波の残響が鋼板内を往復伝搬する多重反射波と重なってしまい、多重反射波の検出ができなくなるという問題を有していた。
【0033】
これに対し、本実施形態に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法によれば、
図6に示すように、送受波器の位置を鋼板に近づけることにより、送受波器の位置を送受波器の焦点距離よりも小さく設定することで鋼板にだけ強い音を当てて、付着物には弱い音を当てることができる。この結果、付着物からの反射波の強さが鋼板内を往復伝搬する多重反射波より弱くなり、良好な計測が可能となる。
【0034】
なお、送受波器と鋼板の距離は、鋼板の位置が送受波器の中心軸上の音圧分布の第1回目のゼロ点の位置付近に鋼板の表面が来るように設定すると好適である。また、送受波器における送波パワーを大きくするために、レーダーに使われている符号変調方式によるパルス圧縮技術を導入し、レンジサイドローブが小さくなるバーカ符号を用いると好適である。超音波送受波器からバーカ符号を送波する場合は、超音波信号を搬送波としてバーカ符号の変化に応じた変調を施した電気信号を超音波送受波器に送ることで、バーカ符号を超音波として伝搬させることができる。このバーカ符号を用いることでレンジサイドローブが小さくなり、受波信号の識別が容易となる。
【0035】
[測定方法]
本実施形態に係る液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法は、例えば発信器、パワーアンプ、超音波送受波器、AD変換機、制御解析用計算機を備える装置によって実施可能である。具体的には、超音波送受波器を被測定対象物である鋼板などの液中鋼構造物に対して非接触の状態で離間配置させ(配置工程)、超音波送受波器から液中鋼構造物に対して超音波を放射し(放射工程)、液中鋼構造物から反射される反射波を超音波送受波器により受波し(受波工程)、受波した反射波を相関処理することによって液中鋼構造物に付着した付着物および液中鋼構造物の表面からの表面反射波および多重反射波とを抽出し(相関処理工程)、多重反射波の時間間隔を測定することによって液中鋼構造物の厚みを算出する(算出工程)。なお、配置工程では、液中鋼構造物の表面と超音波送受波器との距離を超音波送受波器の焦点距離よりも小さく設定している。
【0036】
[測定結果]
次に、上述した液中鋼構造物の非接触型厚み測定方法を用いた鋼板の測定実験の測定結果について説明を行う。
【0037】
図7に示すように、本測定では測定対象物である鋼板10と、鋼板10に超音波を放射して反射波や多重反射波を受波する超音波送受波器20と、この超音波送受波器20と鋼板10の間の距離を可変にする直動装置30を用いた。
【0038】
まず、鋼板10の代わりにムラサキガイの貝殻を袋詰めにしたものを付着物40とし、該付着物40のみに超音波を放射して測定を行った。
【0039】
超音波送受波器20の位置を直動装置30を用いて移動させ、超音波送受波器20と付着物40との間の距離を変更して
図8に示す▲1▼と▲2▼の間の電圧値の最大振幅を測定した。なお、▲1▼は付着物40の背面(鋼板10の表面に相当)からの反射波が超音波送受波器20に到達するまでの時間を示し、▲2▼は鋼板10が存在すると仮定して、4回目の多重反射波のパルスの最後尾が測定される時間を示す。
【0040】
図9に示すように、付着物40から反射波電圧の▲1▼と▲2▼の間の最大振幅と送受波器からの距離の関係から、距離が近づくに従い、付着物40からの反射波が小さくなることが確認できる。
【0041】
次に、
図7に示すように、鋼板10(肉厚18.45mm)のみを用いて上述した付着物からの反射波測定と同様の測定を行った。
【0042】
図10は、超音波送受波器20と鋼板10の間の距離を304mmと設定した場合の鋼板10からの反射波形を示す。この反射波形では、▲1▼と▲2▼の間に表面反射波が、▲3▼と▲4▼の間に2回目〜4回目の多重反射波が存在している。
図11に示すように、超音波送受波器から鋼板までの距離に対する表面反射波と多重反射波の最大振幅電圧の変化は、表面反射波は、
図5に示した音圧分布と同様に焦点付近で振幅が最大となり、超音波送受波器と鋼板の距離が近づくほど、表面反射波の振幅は小さくなっているが、多重反射波は逆に距離が近くなるほど振幅が大きくなっている。この理由は超音波送受波器に焦点集束型音源を使用しているため、多重反射を繰り返すことによって鋼板内を超音波が前進し、焦点距離に達することで多重反射が大きくなるからであると考えられる。
【0043】
次に、
図7に示した鋼板10にムラサキガイの貝殻を袋詰めした付着物40を貼り付けて鋼板10に付着物40が付着している状態での測定を行った。
【0044】
図12は、超音波送受波器から鋼板までの距離を309mmと設定した場合の反射波の解析波形である。この距離309mmは、
図5に示した超音波送受波器の中心からの距離において音圧レベルがピーク値となる位置に鋼板が存在することを示している。ここで、▲1▼は鋼板からの表面反射波が検出される位置、▲1▼と▲2▼の間は多重反射波が検出される位置であるが、付着物からの残響の影響によって表面反射波及び多重反射波共にこのグラフからは読み取ることができない。
【0045】
これに対し、
図13は、超音波送受波器から鋼板までの距離を199mmと設定した場合の反射波の解析波形である。この距離199mmは、
図5に示した超音波送受波器の中心からの距離において音圧レベルが第1回目のゼロ点として表れる位置に鋼板が存在することを示している。
図13から明らかなように、解析波形において▲1▼の時間に表面反射波を読み取ることができ、▲1▼と▲2▼の間に多重反射波を読み取ることができる。なお、多重反射波は▲1▼と▲2▼の間のパルス位置で確認することができるが、1回目の多重反射波は、表面反射波と重なる場合もあるため、2回目から4回目の多重反射のパルス位置から時間間隔を算出すると好適である。
【0046】
なお、
図14は、超音波送受波器から鋼板までの距離に対する肉厚測定値の測定結果を示している。
図14から明らかなように、鋼板単独で測定した場合と付着物が存在する場合の肉厚測定結果は、距離が219mm以下の範囲でほぼ同程度となっており、この測定距離においては付着物の有無に係わらず肉厚測定が可能であることを示している。
【0047】
このように、本実施形態に係る液中鋼構造物の非接触型肉厚測定方法によれば、付着物からの反射波が小さく、多重反射が大きくなることで、測定結果においては多重反射の判別が容易となり、専門的な知見を有していない場合であっても、容易に肉厚の算出を行うことができる。
【0048】
なお、以上説明した液中鋼構造物の非接触型肉厚測定方法は、例えば、多重反射の位置からこれらの時間間隔を自動で計算するプログラムを作成することで、超音波の特性に対する知識のない測定者であっても容易かつ正確に鋼板などの液中鋼構造物の肉厚測定を行うことができるように構成しても構わない。その様な変更又は改良を加えた形態も本発明の技術的範囲に含まれ得ることが、特許請求の範囲の記載から明らかである。
【符号の説明】
【0049】
10 鋼板, 11 境界面, 20 超音波送受波器, 30 直動装置, 40 付着物。