【課題を解決するための手段】
【0013】
従来技術と比較すると、本発明による方法はより単純、迅速かつ効率的であるだけでなく、サイズ及び形態の両方の点で天然ヒト膵島構造体によりよく似た構造体をもたらすものでもある。本発明による方法は有利なことに、天然のヒト膵島に匹敵する直径を有し、ヒト膵島によって通常産生される全てのホルモン(すなわちインスリン、グルカゴン、PP、ソマトスタチン及びグレリン)をタンパク質レベルで発現する、より多数の膵島様細胞構造体の生成をもたらす。さらに、ストレプトゾトシン誘導糖尿病SCIDマウスの腎被膜下への移植後に、本発明の方法によって得ることができる膵島様細胞構造体は、きわめて早期(13日以内)に血中グルコースレベルを低減すると同時に、ヒトC−ペプチドを増大させることが可能である。本発明者らの知る限りにおいて、このような天然ヒト膵島構造体との構造的特徴の強い類似性は、本発明の方法を用いて生成される膵島様細胞構造体を独自のものとする。実際に、単一の単離幹細胞型に由来する膵島様構造体におけるこのようなin vitro特徴及びin vivo特徴の組合せは以前の研究では示されていなかった。本発明の方法によって得ることができる膵島様細胞構造体は、その特徴のために基礎研究、薬物スクリーニング及び再生医療等の様々な用途における使用に特に好適である。
【0014】
このため第1の態様では、本発明は、ポリカチオン性物質を含む第1の分化液体細胞培養培地中で単離成体幹細胞を培養する工程を含む、人工的に成長させたスフェロイド膵島様細胞構造体を調製する方法を提供する。
【0015】
実際、本発明者らは驚くべきことに、単離成体幹細胞をポリカチオン性物質の存在下の液体細胞培養培地中で培養すると、ごく早期(すなわち約2日〜4日後)に凝集し、サイズ及び形態の両方の点で天然の膵島細胞構造体とよく似ており、ヒト膵島によって通常産生されるホルモン(すなわちインスリン、グルカゴン、PP、ソマトスタチン及びグレリン)を発現することが可能なスフェロイド膵島様細胞構造体へと分化することを見出した。
【0016】
本発明の方法に使用される成体幹細胞は成体哺乳動物幹細胞であるのが好ましい。したがって、哺乳動物細胞の成長を維持することが可能な任意の液体細胞培養培地が本発明の方法への使用に好適である。好ましい実施の形態では、液体細胞培養培地は血清富化細胞培養培地である。血清富化DMEM又はRPMIが非限定的な例として挙げられる。細胞培養培地中の血清濃度は5%〜20%の範囲内に含まれるのが好ましい。液体細胞培養培地はまた、例えばグルコース及びグルタミン等の1つ又は複数の炭素源を含むのが好ましい。好ましいグルコース濃度は6mM〜25mMの範囲内である。好ましいグルタミン濃度は0.5mM〜3mMの範囲内である。
【0017】
本明細書との関連で、「成体幹細胞」という表現は胚盤胞の内部細胞塊から単離される「胚性幹細胞」とは対照的に、成体組織から単離される幹細胞を意味することを意図したものである。成体幹細胞は「体性幹細胞」としても知られる。
【0018】
所与の濃度で成体幹細胞の凝集及び膵島細胞への分化を促進することが可能であり、その濃度で細胞に対して非細胞傷害性である任意のポリカチオン性物質を本発明の方法に使用することができる。本発明の方法への使用に好適なポリカチオン性物質の説明のための非限定的な例はポリリジン及びプロタミンである。
【0019】
臨床用途に好適であることから好ましいポリカチオン性物質であるプロタミンは、例えばプロタミン硫酸塩又はプロタミン塩酸塩等の可溶性塩の形態で、好ましくは5mM〜20mMの範囲の濃度で培地に添加することが好ましい。
【0020】
別の好ましい実施の形態では、本発明の方法は、第1の分化液体細胞培養培地を、ポリカチオン性物質を含まない第2の分化液体細胞培養培地に取り替えるとともに、細胞を該第2の培地中で培養する工程を更に含む。哺乳動物細胞の成長を維持することが可能な任意の液体細胞培養培地が第2の分化液体細胞培養培地としての使用に好適である。好ましい実施の形態によると、第1の工程において使用された同じ液体細胞培養培地を、それがポリカチオン性物質を含有しない限りにおいて第2の工程にも用いられる。この工程の目的は第1の工程中に形成される膵島様細胞構造体の完全な成熟、並びに細胞数及び構造体数の両方の点での増大をもたらすことである。第2の分化液体細胞培養培地中での培養は好ましくは少なくとも2日間、より好ましくは少なくとも10日間、更により好ましくは約10日〜14日間にわたって行われる。
【0021】
上述のように、第1の分化液体細胞培養培地におけるポリカチオン性物質の存在は、天然のヒト膵島構造体によく似た膵島様構造体と類似したスフェロイド細胞クラスターの形成を加速するという点で本発明の重要な要素である。
【0022】
実際に、以下の実施例において説明されるように、グルコースの存在下及び非存在下の両方でのDMEM又はRPMIベースの分化培地(下記表2及び表3を参照されたい)へのHLSCの曝露は、4日間の培養期間後に膵島様構造体の形成をもたらさなかった。一方、グルコースの存在下及び非存在下の両方でのDMEM又はRPMIベースの培地へのプロタミンの添加は、4日間の培養期間後に膵島様構造体の形成をもたらした(
図11)。HLSCに由来する構造体の直径は、ヒト膵島について報告されているものに匹敵し(非特許文献5)、大部分が50um〜150umに含まれ、平均膵島容積は109±19uM(平均±SD)である(
図12)。
【0023】
対照的に、グルコースは膵島様構造体の形成に影響を及ぼさなかったが(
図13A)、構造体における内分泌特異化(specification)(NgN3発現)の誘導並びにインスリン及びグルカゴンの両方の発現の増大において重要な役割を果たす(
図13B)。
【0024】
本発明の別の好ましい実施の形態によると、膵島様細胞構造体へと分化する成体幹細胞は成体ヒト肝幹細胞(HLSC)である。好ましいヒト肝幹細胞は、国際公開第2006/126219号に開示される間葉系及び胚性幹細胞マーカーの両方を発現するヒト非卵形肝幹細胞(HLSC)である。この細胞系列は、成体組織から単離され、肝細胞マーカーを発現し、多分化能及び再生特性を有する非卵形ヒト肝多能性前駆細胞系列であることを特に特徴とする。より特には、この細胞系列は成熟肝細胞、インスリン産生細胞、骨形成原細胞及び上皮細胞へと分化することが可能である。好ましい実施の形態によると、この細胞系列はアルブミン、α−フェトプロテイン、CK18、CD44、CD29、CD73、CD146、CD105、CD90を含む群から選択される1つ又は複数のマーカー及びそれらの任意の組合せを発現し、CD133、CD117、CK19、CD34、シトクロムP450を含む群から選択されるマーカーを発現しない。
【0025】
特許文献1に開示されるヒト非卵形肝多能性前駆/幹細胞は、様々な組織細胞型(すなわち成熟肝細胞、上皮細胞、インスリン産生細胞及び骨形成原細胞)へと分化し、器官再生効果を発揮することが示されている。かかる細胞は、肝細胞マーカーを発現する非卵形ヒト肝多能性前駆細胞系列に由来する。かかる細胞は、
(i)成体肝臓由来ヒト成熟肝細胞を細胞培養培地中で成熟肝細胞死が起こり、類上皮形態を有する生存細胞集団の選択が行われるまで培養する工程と、
(ii)類上皮形態を有する生存細胞集団を、哺乳動物細胞の成長に必要とされる通常の無機塩、アミノ酸及びビタミンを含む、hEGF(ヒト上皮成長因子)及びbFGF(塩基性線維芽細胞成長因子)を補充した血清含有グルコース含有培養培地中で培養することによって増殖させる工程と、
を含み、特に成熟肝細胞を凍結保護剤の存在下において血清含有培養培地中で凍結した後、工程(i)による培養前に融解する方法によって単離される。
【0026】
特許文献1に開示されるヒト非卵形肝幹/前駆細胞の特性化及びそれを調製する方法は、その全体が引用することにより本明細書の一部をなすものとする。
【0027】
本発明におけるHLSCの使用は多数の理由で好ましい:1)単離及び増殖が比較的容易である、2)治療用途に好適な細胞数をもたらすことができる増殖度を特徴とする、3)自家移植に使用することができる、並びに4)倫理的問題が回避される。さらに、肝臓及び膵臓は共通の胚起源を有し、発生中の肝臓は成体膵臓と同様の転写特徴を示すことが示されている(非特許文献3)。しかしながら、ポリカチオン性物質はHLSC以外の成体幹細胞の凝集及び分化を促進するのにも効果的であることが想定されるため、本発明の範囲はHLSCの使用のみに限定されず、任意の成体幹細胞型の使用も含む。
【0028】
上述のように、本発明の方法によって得られる膵島様細胞構造体は、従来技術の方法によって調製される他の膵島様細胞構造体では観察されない形態学的及び機能的特徴の独自の組合せを特徴とする。したがって、添付の特許請求の範囲において規定されるスフェロイド膵島様細胞構造体も本発明の範囲に含まれる。
【0029】
特に、本発明によるスフェロイド膵島様細胞構造体は有利なことに、天然のヒト膵島に匹敵する50μm〜250μm、好ましくは50μm〜200μmの直径を特徴とする。本発明によるスフェロイド膵島様細胞構造体はまた、IEQ/100 ILSとして表される容積が30μm〜200μm、好ましくは50μm〜130μmの範囲であること、並びに更により有利なことには、ヒト膵島によって通常発現される全ての膵臓ホルモン、すなわちインスリン、グルカゴン、膵臓ポリペプチド、ソマトスタチン及びグレリンをタンパク質レベルで発現する能力を特徴とする。
【0030】
本明細書との関連で、IEQ/100 ILSは100個の膵島(ILS)に対して正規化された平均直径150μmの膵島当量(IEQ)である。従来のプロトコルに従うと、膵臓から単離され、移植に使用される膵島のIEQは以下のようにして決定される。膵臓から単離された懸濁膵島を数及びサイズ(直径)の両方の点で評価し、総膵島当量(すなわち総膵島容積)を決定する。膵島直径の評定には50μm〜350μm超の50μm直径範囲増分を考慮に入れるが、総容積に大きく寄与しない50μm未満の直径は考慮に入れない。相対変換係数を慣例的に用いて、総膵島数を平均直径150μmの膵島当量(IEQ)へと変換する。
【0031】
膵臓から単離された懸濁膵島を、その純度に基づいて異なる層へと分離する。次いで、最終生成物の各層からの膵島サンプルを分析する。次いで、標準化法を用いて膵島の総数及びIEQを膵島の数、純度及びサイズに基づいて算出する。本発明において膵島様構造体はプレートに付着した培養細胞から得られるため、本発明者らは1回の実験につき無作為に選択した200枚の10倍顕微鏡写真を分析することによって膵島様構造体の数及び直径の両方を評定し、結果を%±SD(
図12A)及び100個の膵島に対して正規化したIEQ(
図12C)として表した。
【0032】
上記に説明した特徴のために、本発明によるスフェロイド膵島様細胞構造体は膵島移植による糖尿病の治療法等の臨床用途、及び膵島細胞による1つ若しくは複数の膵臓ホルモンの発現を促進することが可能な物質を同定するため、又は膵島細胞に対して細胞傷害効果を及ぼし得る物質を同定するためのスクリーニング法等のin vitro用途の両方における使用に特に好適である。
【0033】
以下の実施例に、プロタミンをポリカチオン性物質として用いた本発明によるHLSCのスフェロイド膵島様細胞構造体への分化を詳細に開示する。しかしながら、これらの実施例は本発明の目的及び範囲を限定することを意図するものではない。