【実施例1】
【0038】
以下に、本発明の実施例を説明する。この実施例は、超短パルスレーザであるフェムト秒レーザ照射によるSUS304平滑基板への表面微細周期構造形成がフッ素含有単分子膜コーティングの被覆率に及ぼす影響について検証した。
【0039】
フェムト秒レーザ(中心波長800nm、パルス幅120fs)を、基材表面がアブレーションを生じる照射強度で照射し、その照射部分をオーバーラップさせながら基材表面との相対的な走査照射により、基材表面に自己組織的に表面微細周期構造を形成したSUS304基板(以下、レーザ加工基板という)の表面の走査電子顕微鏡(SEM)像を
図6(a)、
図6(b)に示す。
図6(a)の中央部を拡大して撮影したものが
図6(b)である。これら
図6(a)、図(b)から、表面微細周期構造が基材表面に広範囲に均質に形成されていることがわかる。このレーザ加工基板にフッ素コーティングを施し、表面微細周期構造を原子間力顕微鏡(AFM)で計測した結果、
図7に示すように、周期は約690nm、凹凸の深さは約160nmであった。また、表面積倍率は1.47であった。なお、フッ素コーティングはディップコータを用いて行った。コーティング剤には、基材表面の水酸基と結合するシランカップリング剤を吸着基とする、平滑面接触角114°(カタログ値)のものを用いた。一方、対照基板として、30min間のUVオゾン洗浄を施したもの(以下、UVオゾン基板という)、及び未処理のもの(以下、未加工基板という)を用意した。
【0040】
フッ素コーティングを施した基板に対する、純水(2μl)の接触角をθ/2法にて測定した。測定した接触角θ
Lから、Cassieの式cosθ
L=r
f{Acosθ
1+(1−A)cosθ
2}を用いてフッ素コーティングの被覆率を算出した。なお、Aはフッ素コーティングの被覆率、θ
1はフッ素コーティングの平滑面における水の接触角(114°)、θ
2は未加工基板の水の接触角(53.9°)、r
fは表面積倍率である。
【0041】
いずれもフッ素コーティングを施した、UVオゾン基板及びレーザ加工基板の水の接触角を、測定画像とともに
図8に示す。コーティングしたUVオゾン基板の水の接触角は74.9°であり、カタログ値(114°)と比較して非常に小さな値となった。UVオゾン基板の表面積倍率を1として前記Cassieの式から算出した結果、コーティングの被覆率は33.0%となった。これは、30min間のUVオゾン洗浄を行ったにもかかわらずフッ素コーティングが基板表面を十分に覆っていないことを示している。
【0042】
一方、コーティングしたレーザ加工基板の水の接触角は133°であった。AFM測定によって得られた表面積倍率1.47と、前記Cassieの式から予測される水の接触角は、フッ素コーティングの被覆率を100%と仮定した場合に127°となり、実測値と近い値となった。このことは、フェムト秒レーザ照射により、表面微細周期構造の表面のフッ素コーティング被覆率が100%に近く、UVオゾン基板と比較してフッ素コーティングの被覆率が顕著に増加していることを示している。また、フッ素コーティング膜表面が表面微細周期構造を反映して微細周期構造となっているため、平滑なフッ素コーティング膜表面と比較して、撥液性が強調されている。
【0043】
フッ素コーティングの被覆率に大きな差が生じた要因として、UVオゾン洗浄後とレーザ照射後のそれぞれの基板の表面洗浄度あるいは表面組成の違いが影響したと考えられる。そこで、UVオゾン基板(a)、レーザ加工基板(b)、および、未加工基板(c)の表面状態をX線光電子分光分析装置(XPS)により調査した。その結果を
図9に示す。
【0044】
まず、未加工基板(c)と比較して、UVオゾン基板(a)、レーザ加工基板(b)ともに炭素のピークが同等に小さくなっている。これは、UVオゾン洗浄、レーザ照射ともに、基板表面の有機汚染物が減少しているためと考えられる。このことは、レーザ照射には形状付与とともに、UVオゾン洗浄と同程度の有機汚染物除去効果があることを表している。
【0045】
一方、Feに着目すると、UVオゾン基板(a)と比較して、レーザ加工基板(b)のほうが鉄酸化物のピークが高くなっている。これは、大気中でのレーザ照射により鉄酸化物の生成が促進されたためと考えられる。同じくCrに関しても、UVオゾン基板(a)と比較して、レーザ加工基板(b)のほうが酸化物のピーク高さが増大している。また、鉄酸化物と比較してより大きな増加率となっている。ステンレス基板を高温熱処理すると、表面に近い領域の組成比が変化し、Cr濃度が上昇することが知られている(J.Jpn.Soc.Colour Mater.(SHIKIZAI),70,12(1997)763)。レーザ照射では、金属表面が蒸散する温度にまで到達するため、表面の高温化でCr濃度が増加したと考えられる。
【0046】
酸素については、UVオゾン基板(a)には主として531eVを中心とするピークが見られる。これらは、水酸基の存在も示唆できるが、物理吸着水や炭酸塩等の残存したものであると考えられる。一方、レーザ加工基板(b)は、FeやCrの酸化物の増加を反映して、酸素が金属酸化物として存在していると見られるピークが530eV付近に表れている。金属酸化物の最表面の酸素は水酸基として存在するといわれており(地球科学,45,(2011)147)、なかでも、Crは水酸基との結合を含む不動態膜を形成することが知られている。レーザ照射により、基板表面の金属酸化物の割合、とりわけCr酸化物濃度が上昇していることから、結果的に最表面の水酸基が増加し、シランカップリング剤との結合が増えたことがフッ素コーティングの高い被覆率につながったと考えられる。
【0047】
以上のことから、本実施例において、フェムト秒レーザ照射により、基板表面の洗浄や改質効果が得られ、フッ素コーティングの被覆率向上に有効な表面処理方法であるのと同時に、表面微細周期構造形成による形状付与によって、コーティング剤の機能性を高めるのに有効な表面処理方法であることがわかった。また、均質的な表面微細周期構造を広範囲に形成可能なため,表面微細周期構造を形成した部分の機能の位置によるばらつきが小さい表面処理方法であることがわかった。
【0048】
他の実施形態について
上記実施例では、本発明の一実施形態である、基板の材料をステンレスとし、その表面にフッ素を含有するコーティング膜を形成する方法について説明したが、本発明はこれに限らず、以下に説明する種々の形態を含むものである。
【0049】
上記実施例では、基板の材料にステンレスを用いたが、基板は他の材料でもよい。また、基板全体が主として無機材料から形成されている必要はなく、例えば樹脂などの表面の一部分が、主として無機材料からなる加工対象基材であればよい。基板の形状は問わず、例えば板状であっても、棒状、筒状、球状であっても、また、それらの複合物であってもよい。また、基板の表面は平滑面であっても粗面であってもよい。
【0050】
コーティング剤の材料は、フッ素を含むものでなくてもよく、その種類は限られない。コーティング膜は、同種又は異種のコーティング剤を積層させたり、複数種のコーティング剤を混合したものにて形成したりすることもできる。また、コーティング剤のコーティング方法は、ハケによる塗布、ディップ法、スピンコート法や気相化学堆積法等、種々の方法を採用することができる。コーティング膜は単分子膜に限られず、膜厚も種々設定することが可能である。また、基材表面との吸着基はシランカップリング剤に限らず、酸―塩基反応により吸着する吸着基をもつものとすることもできる。また、その他の反応により吸着する吸着基をもつものでもよい。
【0051】
照射するレーザは、フェムト秒レーザに限らず、レーザ照射によって照射領域が蒸散するに十分な高温状態に達することで被覆対象物表面から基材表面を蒸散させることが可能なレーザであればよく、例えば、ピコ秒レーザといった短パルスレーザでもよい。すなわち、レーザとしては、そのパルス幅は1ns未満とし、100ps以下であればなお良く、さらには、10ps以下の超短パルスレーザであれば好適である。レーザ波長やレーザパルスの繰返し周波数は問わず、種々変更できる。
【0052】
また、レーザを走査照射する際、レーザの照射部分をオーバーラップさせながら基板に対して相対的に走査されれば、レーザの照射部分、基材のどちらを移動させてもよいし、その両方を移動させてもよい。また、照射レーザは加工面に垂直に入射しなくともよい。
【0053】
レーザの照射により基材表面に表面微細周期構造が自己組織的に形成される場合は、その形状は畝状に整列していてもよく、畝が蛇行していても、畝が途切れてドット状となっていてもよく、周期的に凹凸が均質的に連続していればよい。また、凹凸の高さは照射レーザ波長以下であり、周期間隔は照射レーザ波長の5倍よりも小さければよい。