特許第6644702号(P6644702)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6644702歯髄由来多能性幹細胞を含有する筋ジストロフィー治療剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6644702
(24)【登録日】2020年1月10日
(45)【発行日】2020年2月12日
(54)【発明の名称】歯髄由来多能性幹細胞を含有する筋ジストロフィー治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/32 20150101AFI20200130BHJP
   A61P 21/04 20060101ALI20200130BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20200130BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20200130BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20200130BHJP
【FI】
   A61K35/32
   A61P21/04
   A61P29/00
   A61P9/00
   A61K35/545
【請求項の数】6
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-559128(P2016-559128)
(86)(22)【出願日】2015年11月13日
(86)【国際出願番号】JP2015082045
(87)【国際公開番号】WO2016076434
(87)【国際公開日】20160519
【審査請求日】2018年8月13日
(31)【優先権主張番号】特願2014-231379(P2014-231379)
(32)【優先日】2014年11月14日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】500557048
【氏名又は名称】学校法人日本医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】510147776
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100104639
【弁理士】
【氏名又は名称】早坂 巧
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(72)【発明者】
【氏名】岡田 尚巳
(72)【発明者】
【氏名】笠原 優子
(72)【発明者】
【氏名】今川 究
【審査官】 名和 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/146992(WO,A1)
【文献】 KERKIS, I. et al.,Stem Cells in Dental Pulp of Deciduous Teeth,TISSUE ENGINEERING Part B Reviews,2011年12月27日,18(2),129-138
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞を有効成分として含有してなる,筋ジストロフィーにおける心機能低下抑制用治療剤であって,該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,以下の特徴を有するものである,治療剤:
(a)該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,その表面抗原マーカーが,CD29,CD44,CD73,CD90,CD105及びCD166が陽性であり,且つCD34及びCD45が陰性であり,及び
(b)該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,軟骨細胞への分化能及び骨芽細胞への分化能を有し,且つT細胞増殖抑制能を有する
【請求項2】
筋ジストロフィーに伴う筋肉の炎症を抑制するものである,請求項1に記載の筋ジストロフィー治療剤。
【請求項3】
該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,1回の投与につき,体重1kg当たり,5×10〜2×10個投与されるものである,請求項1又は2に記載の筋ジストロフィー治療剤。
【請求項4】
3〜21日の間隔で,少なくとも2回投与されるものである,請求項に記載の筋ジストロフィー治療剤。
【請求項5】
5〜14日の間隔で,少なくとも2回投与されるものである,請求項に記載の筋ジストロフィー治療剤。
【請求項6】
1週間毎に,少なくとも2回投与されるものである,請求項に記載の筋ジストロフィー治療剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,歯髄から得られる多能性幹細胞を用いた筋ジストロフィー治療剤に関し,より詳しくは,歯髄から得られた細胞の培養により得られる歯髄由来多能性幹細胞を用いた筋ジストロフィー治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
筋ジストロフィーは,デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD:Duchenne Muscular Dystrophy)とベッカー型筋ジストロフィー(BMD:Becker Muscular Dystrophy)とに大別される。DMDは,最も頻度の高い遺伝子性筋疾患の1つであり,出生男子3,500人に1人の割合で発症する。本症の患者は,幼児期に筋力低下症状を現し,その後一貫して筋萎縮が進行して,20歳前後で死に至る。現在,DMDに対する有効な治療薬はなく,全世界の患者から治療薬の開発が強く求められている。BMDでは,その発症年齢は概ね成人期であり,発症後に軽度の筋力低下は見られるものの,その患者は,DMDと比較して長期の生存が可能である。DMDとBMDともにジストロフィン遺伝子の遺伝子異常により引き起こされることが,その原因遺伝子であるジストロフィン遺伝子が単離されたことから明らかになっている(非特許文献1)。
【0003】
DMDの治療法としては,筋ジストロフィンのmRNAと相補的な配列を有し,mRNAと相補的に結合し得るアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて,筋ジストロフィン遺伝子の異常部位を含むエキソンをスキップするようなスプライシングを誘導し,正常のジストロフィンと比較して機能は落ちるものの,部分的に機能を有するジストロフィンを発現させて患者の筋力低下を阻止する治療法が提案されている(特許文献1〜3,非特許文献2,3)。しかしながら,このようなアンチセンスオリヌクレオチドを用いた治療法は未だ実用化されていない。
【0004】
ヒト間葉系幹細胞は,間葉系組織に存在する幹細胞であり,骨細胞,心筋細胞,脂肪細胞等多くの細胞への分化能を有する。間葉系幹細胞は,骨髄,脂肪細胞,胎盤組織又は臍帯組織,歯髄等の組織から取得できることが知られている(特許文献4〜7)。ヒト間葉系幹細胞が持つこの分化能に着目して,ヒト間葉系幹細胞により病変部位の骨格筋を修復する試みが,DMDモデルマウスを用いて行われている(非特許文献4)。そして,このような知見に基づき,ヒト間葉系幹細胞を用いたDMD治療の実施可能性が議論されている(非特許文献5)。また,ヒト間葉系幹細胞をin vitroで分化させた筋原細胞を用いたDMD治療についても,その実施可能性が検討されている(非特許文献6)。
【0005】
歯髄は,歯の歯髄腔を満たす疎繊維性結合組織であり,存在部位により冠部歯髄と根部歯髄に区分される。間葉系組織である歯髄には,間葉系幹細胞が存在するが,歯髄由来の幹細胞は,脂肪細胞に分化しないとの報告もあり,間葉系幹細胞以外の幹細胞の存在も示唆されている(特許文献8)。また,乳歯の歯髄から取得される幹細胞は,永久歯の歯髄から取得されるものと比較して,高い増殖能を有し,FGF2,TGF−β,コラーゲンI及びコラーゲンIIIを高発現する等,永久歯の歯髄に存在する幹細胞とは性状が異なることも報告されている(特許文献9)。その他,歯髄由来の多能性幹細胞は,骨芽細胞への分化誘導に関し,骨髄由来の間葉系幹細胞と性質が異なることを示す報告もある(特許文献10)。
【0006】
歯髄から幹細胞を取得する方法,例えば歯髄から間葉系幹細胞を取得する方法としては,以下のものが報告されている(特許文献11)。即ち,抜歯体を破砕して得られた組織をI型コラゲナーゼとディスパーゼで処理し,フィルターに通して細胞塊を除去し,細胞の懸濁液を得る。次いで細胞を20%FBSを含むDMEM培地を用いて培養フラスコ内で増殖させる。培養フラスコの内面に固着して増殖した細胞を,トリプシン処理して剥がし,これを回収する。こうして回収された細胞が間葉系幹細胞であるとされている。また,歯髄から幹細胞を取得する別の方法として,歯を破砕して得た歯髄懸濁物を,細胞増殖能が抑制された支持細胞を含んだ支持細胞培養用容器中で,支持細胞の通過を阻止できる微細孔を有する膜であって下側面が支持細胞と接触しないように支持細胞培養容器内に支持されたものである膜の上で,支持細胞と直接接触させることなく培養し,次いでその膜上で増殖した細胞を幹細胞として回収するという方法が報告されている(特許文献12)。 また,歯髄由来の間葉系幹細胞を培養するための無血清培地についての報告もある(特許文献13)。
【0007】
このような歯髄由来の幹細胞を用いたDMD治療についても,その実施可能性が検討されており,DMDモデル動物に歯髄由来の幹細胞を投与することにより,症状が安定することが示されている(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−325085
【特許文献2】特開2002−010790
【特許文献3】特開2002−325582
【特許文献4】米国特許第5486359
【特許文献5】特開2004−129549
【特許文献6】特開2004−210713
【特許文献7】特開2010−252778
【特許文献8】WO2002/007679
【特許文献9】特開2010−268715
【特許文献10】特開2004−201612
【特許文献11】特開2010−268715
【特許文献12】WO2013/146992
【特許文献13】特開2011−177140
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Koenig M. et al., Cell. 50: 509-517 (1987)
【非特許文献2】van Deutekom JC. et al., N Engl J Med. 357: 2677-86 (2007)
【非特許文献3】Goemans NM. et al., N Engl J Med. 364: 1513-22 (2011)
【非特許文献4】DE Bari C. et al., J Cell Biol. 160: 909-18 (2003)
【非特許文献5】Markert CD. et al., PM R. 1: 547-59 (2009)
【非特許文献6】Nitahara-Kasahara Y. et al., Mol Ther. 20: 168-77 (2012)
【非特許文献7】Kerkis I. et al., J Transl Med. 6: 35 (2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記背景の下で,本発明の目的は,歯髄から得られる多能性幹細胞を用いた筋ジストロフィー治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的に向けた研究において,本発明者らは鋭意検討を重ねた結果,歯髄から得られる多能性幹細胞を筋ジストロフィーモデル動物に静脈注射することにより,当該モデル動物の運動機能が改善できることを見出し,本発明を完成した。すなわち,本発明は以下を提供する。
(1)多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞を有効成分として含有してなる,筋ジストロフィー治療剤。
(2)筋ジストロフィーに伴う筋肉の炎症を抑制するものである,上記1に記載の筋ジストロフィー治療剤。
(3)該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,次のステップを含む製造方法により製造されるものである,上記1又は2に記載の筋ジストロフィー治療剤:
(a)歯髄懸濁物中の歯髄由来細胞を,細胞増殖能が抑制された支持細胞を含んだ培養容器中で,該支持細胞の通過を阻止できる微細孔を有する膜であって下側面が該支持細胞と接触しないように該容器内に支持されたものである膜の上に加え該膜上で,該支持細胞と直接接触させることなく培養するステップ,及び
(b)該膜上で増殖した細胞を,該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞として回収するステップ。
(4)該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,次のステップを含む製造方法により製造されるものである,上記1又は2に記載の筋ジストロフィー治療剤:
(a)歯髄懸濁物中の歯髄由来細胞を,細胞増殖能が抑制された支持細胞を含んだ第1の培養容器中で,該支持細胞の通過を阻止できる微細孔を有する膜であって下側面が該支持細胞と接触しないように該第1の培養容器内に支持されたものである膜の上に加え該膜上で,該支持細胞と直接接触させることなく培養するステップと,
(b)該膜上で増殖した細胞を回収するステップと,
(c)該回収された細胞を,細胞増殖能が抑制された支持細胞を含んだ第2の培養容器中で,該支持細胞の通過を阻止できる微細孔を有する膜であって下側面が該支持細胞と接触しないように該第2の培養容器内に支持されたものである膜の上で,該支持細胞と直接接触させることなく培養し,次いで該膜上で増殖した細胞を,該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞として回収するステップ。
(5)該(c)のステップが,少なくとも1回繰り返されるものである,上記4に記載の筋ジストロフィー治療剤。
(6)該膜が,フィブロネクチン又はコラーゲンでコートされたものである,上記3乃至5のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(7)該支持細胞が,マイトマイシンCによって細胞増殖能が抑制された哺乳動物細胞である,上記3乃至6のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(8)該哺乳動物細胞が,NIH3T3細胞である,上記7に記載の筋ジストロフィー治療剤。
(9)該培養が,10〜25%ウシ胎児血清及び3〜5mMのL−アラニル−L−グルタミンを含むダルベッコの修正イーグル培地であって,グルコース濃度が5〜7mMである培地を用いて行われるものである,上記3乃至8のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(10)該培養が,20%ウシ胎児血清及び4mMのL−アラニル−L−グルタミンを含むダルベッコの修正イーグル培地であって,グルコース濃度が5.5〜5.7mMである培地を用いて行われるものである,上記3乃至8のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(11)該製造方法が,該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞として回収された細胞を,1×10〜2×10細胞/cmの密度で新たな培養容器に加え,該新たな培養容器の底面における該細胞の占める割合が70〜100%となるまで培養するステップを更に含むものである,上記3乃至10のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(12)該製造方法が,該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞として回収された細胞を,5×10〜1×10細胞/cmの密度で新たな培養容器に加え,該新たな培養容器の底面における該細胞の占める割合が90〜100%となるまで培養するステップを更に含むものである,上記3乃至10のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(13)該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,その表面抗原マーカーが,CD29,CD44,CD73,CD90,CD105及びCD166が陽性であり,且つCD34及びCD45が陰性である,上記1乃至12のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(14)該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,軟骨細胞への分化能及び骨芽細胞への分化能を有し,且つT細胞増殖抑制能を有するものである,上記1乃至13のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(15)該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,1回の投与につき,体重1kg当たり,5×10〜2×10個投与されるものである,上記1乃至14のいずれかに記載の筋ジストロフィー治療剤。
(16)3〜21日の間隔で,少なくとも2回投与されるものである,上記15に記載の筋ジストロフィー治療剤。
(17)5〜14日の間隔で,少なくとも2回投与されるものである,上記15に記載の筋ジストロフィー治療剤。
(18)1週間毎に,少なくとも2回投与されるものである,上記15に記載の筋ジストロフィー治療剤。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば,安定した形質を有する歯髄由来の多能性幹細胞を含有する筋ジストロフィー治療剤,特にデュシェンヌ型筋ジストロフィーを対象疾患とする治療剤を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本明細書において,「歯髄」というときは,血管,神経及びリンパ管を含む結合組織と,辺縁部において,象牙質の内側からの沈積と修復を行う能力のある象牙芽細胞層からなる,歯の歯髄腔を満たす疎繊維性結合組織のことをいう。また歯髄は,存在部位により冠部歯髄と根部歯髄に区分することができるが,本発明において歯髄というときは,少なくとも冠部歯髄又は根部歯髄の何れか一方を含むものをいう。
【0014】
本明細書において,歯髄を取得するための抜歯体としては,好ましくは抜歯後24時間以内,より好ましくは抜歯後12時間以内のものが用いられる。抜歯体から取り出された歯髄は,ハサミ等の器具を用いて細断された後,タンパク質分解酵素により処理される。このとき用いられるタンパク質分解酵素は,好ましくは,コラゲナーゼタイプIIとディスパーゼの混合液であり,その濃度はそれぞれ,好ましくは1〜2mg/mLと3000〜7000 単位/mL,より好ましくは約1.5mg/mLと約5000単位/mLである。また,タンパク質分解酵素による処理温度は,好ましくは35〜37℃,処理時間は1〜3時間である。次いで,タンパク質分解酵素処理後の歯髄をピペッティング等によりほぐすことによって,歯髄懸濁物を得る。歯髄懸濁物は,タンパク質分解酵素を上清とともに除去するため,一旦遠心して細胞等を沈殿させることが好ましい。沈殿させた細胞等は,上清を除去した後,培地に再び懸濁される。このようにして得られる歯髄懸濁物には,歯髄から遊離した細胞に加え,歯髄の組織片も含まれる。本発明において,「歯髄懸濁物中の歯髄由来細胞」というときは,歯髄から遊離した細胞であって,歯髄の組織片と共に歯髄懸濁物に含まれているものをいう。
【0015】
本明細書において,「多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞」とは,ヒト歯髄由来の細胞であって,ヒト歯髄から直接採取される細胞に比して多能性幹細胞の占める割合(個数割合)を高めた,ヒト歯髄由来の細胞の集合をいい,ヒト歯髄から培養等による選択を経て最終的に得られる単離された多能性幹細胞を包含する。
【0016】
本発明において,支持細胞というときは,歯髄を培養する際に,歯髄に含まれる細胞の増殖を促進するために用いられる別の細胞のことをいう。支持細胞は,培地中に不足する栄養分や特殊な成長因子を補給等することにより,多能性幹細胞の増殖を促進する機能を有する。支持細胞は,使用に際して,予めその細胞増殖能が抑制されるように処理される。このような処理の方法としては,細胞内におけるDNAの複製を阻害する薬剤による処理やX線照射等がある。細胞内におけるDNAの複製を阻害する薬剤としては,マイトマイシンCが好適に使用できる。支持細胞として使用できる細胞としては,歯髄に含まれる多能性幹細胞の増殖を促進できるものである限り,特に制限はないが,NIH3T3細胞,BALB/3T3細胞,Swiss3T3,間葉系幹細胞,歯髄由来の多能性幹細胞等が好適であり,NIH3T3細胞が特に好適である。間葉系幹細胞を支持細胞として使用する場合,米国特許公報第5486359号に開示されている手法等で得られるヒト骨髄由来の間葉系幹細胞が好適に用いられるが,これに限らず,ヒトの脂肪組織,歯髄組織,胎盤組織,臍帯組織,臍帯血,末梢血に由来する間葉系幹細胞も好適に用いられる。
【0017】
本発明において,支持細胞を培養するために用いられる培養容器(支持細胞培養用容器)は,哺乳動物を培養できるものである限り特に制限はないが,細胞を固着させて培養できるものが好ましい。支持細胞としてNIH3T3細胞,間葉系幹細胞,歯髄由来の多能性幹細胞間等を用いる場合,培養容器(支持細胞培養用容器)に加えられた支持細胞は,当該容器の底面に固着する。支持細胞培養用容器の形状は,特に限定はないが,平底の皿型のものが好適である。このような平底の皿型の培養容器としては,例えば,市販の24プレート,12ウェルプレート,6ウェルプレート等がある。また,支持細胞培養用容器の底面は,細胞が固着し易いように,フィブロネクチン,コラーゲン(コラーゲンI型,IV型等),ラミニン等の細胞接着性糖タンパク質,又はこれら細胞接着性糖タンパク質の細胞接着活性部位(RGD配列)を含むペプチドでコーティングされていることが好ましい。
【0018】
支持細胞培養用容器の内部には,微細孔を有し且つ支持細胞の通過を阻止することができる膜が取り付けられる。この膜は,支持細胞培養用容器の内部に,培養容器の底面と概ね水平に,その下方に支持細胞の培養スペースを確保でき且つその下側面が支持細胞と接触しないように取り付けられる。この膜の材質としては,ポリエチレンテレフタレート及びポリカーボネートが好適であり,ポリエチレンテレフタレートが特に好適である。この膜が有する微細孔は,支持細胞の(及び好ましくは更に多能性幹細胞の)通過は阻止するが,培地に溶質として含まれる液性成分は通過することができる孔径のものである。微細孔の孔径は,好ましくは,0.1〜1.5μm,より好ましくは0.2〜1.2μm,更に好ましくは0.4〜1.0μmである。支持細胞は(及び多能性幹細胞も)これらの孔径を大きく超えるサイズであるため,浮遊するものがあっても膜を通過できないが,培地,及び支持細胞から分泌される成長因子等の液性成分は,膜を通過する。また,この膜は,予めフィブロネクチン,コラーゲン(コラーゲンI型,IV型等),ラミニン等でコートしておくことが好ましい。
【0019】
培養は,この膜上に上記の歯髄懸濁物を添加して行われる。培養時には,膜上に添加された歯髄懸濁物に含まれる細胞が培地に完全に覆われるよう,必要に応じて培地が容器に加えられる。すなわち,当該膜を挟んで下側に支持細胞(但し,膜とは非接触である),上側に歯髄懸濁物が存在する状態で培養が行われる。培養中,支持細胞に由来する成長因子等の成分が,膜の微細孔を通して,膜の上側にも供給される。また,歯髄懸濁物に含まれる組織片から分泌される成分も培地に供給される。従って,歯髄懸濁物を調製するとき,先行技術文献,例えば,特許文献7,11等に開示されているように,歯の懸濁物をメッシュ等に通過させて組織片を除去することは好ましくない。何故なら,組織片も,培地中に不足する栄養分や特殊な成長因子を補給し得るからである。
【0020】
歯髄の培養に用いられる培地は,好ましくは10〜25%ウシ胎児血清,3〜5mMのL−アラニル−L−グルタミン及び5〜7mMのD−グルコースを含むダルベッコの修正イーグル培地であり,より好ましくは20%ウシ胎児血清,4mMのL−アラニル−L−グルタミン及び5.5〜5.7mMのD−グルコースを含むダルベッコの修正イーグル培地である。表1は該培地の詳細な組成の一例を示す。各成分は,その等化物(例えばその塩)に置換可能である。
【0021】
【表1】

【0022】
本明細書において,上記の歯髄懸濁物を,支持細胞培養用容器の内部に取り付けた膜上に添加して開始される培養を,歯髄由来細胞の初代培養(P0培養)という。P0培養は,好ましくは,膜上で細胞増殖により形成されたコロニーを目視により観察できるようになるまで行われる。P0培養中,支持細胞は同一である必要はなく,支持細胞を交換しつつ,例えば,上記膜を膜上の細胞及び組織片ごと新たな支持細胞培養用容器に移し替えつつ,行ってもよい。培養中に支持細胞が支持細胞培養用容器の底面から剥離するようになった場合には,そのような移し替えを行うのが好ましい。
【0023】
膜上にコロニー形成を確認した場合,膜を(培養に用いたのと同じ若しくは異なる適宜の培地又は細胞に悪影響を及ぼす懸念のない緩衝液等の洗浄液で)洗浄して浮遊細胞及び組織片を取り除いた後,コロニー形成した細胞を膜の表面から剥離して回収する。細胞の回収は,容器に接着する培養細胞一般の回収の場合と同様,慣用の方法で,すなわちトリプシン等のタンパク質分解酵素を添加し,コロニーを形成した細胞を膜から剥離して懸濁させると共に酵素反応を常法により停止させることにより行うことができる。回収した細胞は,支持細胞培養用容器中で,P0培養と同様の条件で(但し,歯髄の組織片は含めずに),再度膜上に添加して培養される。本明細書において,この培養を歯髄由来細胞の「プレ拡大培養」という。プレ拡大培養は少なくとも1回行うことが好ましい。
【0024】
P0培養及びプレ拡大培養において,歯髄由来の細胞のうち多能性幹細胞が最も活発に膜上で増殖する。そのため,膜上で増殖した細胞を回収することにより,ヒト歯髄に元々含まれる他の細胞に比べ,多能性幹細胞の占める割合が大幅に増大した細胞の集合である,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞を得ることができる。
【0025】
また,プレ拡大培養を反復する(又は後述の拡大培養を行う)度に,回収される多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞における多能性幹細胞の占める割合は,多能性幹細胞の増殖速度の速さのため急速に増大するから,培養回数を経ることで,多能性幹細胞が更に富化された細胞を得ることができる。
【0026】
プレ拡大培養を複数回行う場合,直前のプレ培養で膜上に形成されたコロニーを回収して得られる細胞懸濁液を,新たな支持細胞培養用容器中で,新たな膜上に添加して行われる。プレ拡大培養の実施回数に特に上限はない。後述の拡大培養に用いるだけの多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が取得できればよいから,プレ拡大培養の回数は,複数回行う場合でも,一般には,2回〜5回程度で十分である。
【0027】
十分な細胞数の多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が確保された後は,これを拡大培養に付すことができ,拡大培養は,必要とする細胞数の多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が確保されるまで繰り返すことができる。
【0028】
本明細書において,「拡大培養」とは,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞(特に,多能性幹細胞)の細胞数を増やすために支持細胞不存在下で行う培養をいう。多能性幹細胞は,一般に,細胞培養の開始時点における細胞の培養容器中での密度が,ある一定以上の場合に,支持細胞不存在下でも増殖が活発となる。そのような細胞密度は,多くの場合少なくとも500細胞/cm,好ましくは1000細胞/cm以上であり,より好ましくは3000細胞/cm以上,更に好ましくは5000細胞/cm以上である。なお,ここでいう細胞の密度は,拡大培養の開始時に培養容器に播種される細胞懸濁液に含まれる生細胞数を,培養容器の底面積で除することにより,求められる。
【0029】
拡大培養においては,多能性幹細胞は培養容器に固着して増殖させる。従って,拡大培養で用いる培養容器は,哺乳動物を固着させて培養できるものであり,その底面は,細胞が固着し易いように,フィブロネクチン,コラーゲン(コラーゲンI型,IV型等),ラミニン等の細胞接着性糖タンパク質,又はこれら細胞接着性糖タンパク質の細胞接着活性部位(RGD配列)を含むペプチドでコーティングされていることが好ましい。そのような容器として,動物細胞の培養容器として市販されているものを用いることができる。拡大培養で用いる培養容器の形状は,細胞を固着させて培養できるものである限り特に限定はなく,平底の皿型のものが好適であるが,ローラーボトルタイプのものでもよい。
【0030】
拡大培養において,細胞は,培養開始時の細胞の密度が,好ましくは1000〜20000細胞/cm2,好ましくは3000〜15000細胞/cm2,より好ましくは5000〜10000細胞/cm2となるように培養容器に播種され,培養容器の底面において細胞の占める割合が,好ましくは70〜100%,より好ましくは80〜100%,更に好ましくは90〜100%となるまで培養されるか,若しくは,好ましくは5〜10日間,より好ましくは6〜8日間,更に好ましくは7日間培養される。培養後の細胞は,トリプシン等により処理することにより培養容器から回収され,回収された細胞数が所望の量に達するまで,拡大培養により繰り返して培養される。拡大培養においても,多能性幹細胞が最も活発に増殖することから,拡大培養により得られる細胞は,結果として,実質的に多能性幹細胞のみにより構成される。拡大培養により得られる多能性幹細胞は,培養容器に固着した状態で観察したとき,好ましくは均質な紡錘状の形状を呈する。
【0031】
また,拡大培養において,ヒト歯髄由来の多能性幹細胞は培養開始時から40回以上分裂させることができる。従って,例えば,1個の多能性幹細胞から,理論上,約1×1012以上の細胞を得ることが可能である。このような高い分裂能を有する多能性幹細胞は,材料となる抜歯体の入手が比較的容易なこともあり,骨髄由来の間葉系幹細胞等の多能性幹細胞と比較して,多能性幹細胞の供給源として有力である。但し,多能性幹細胞の増殖能は,分裂を繰り返すに従って低下することから,特に高い増殖能を有する多能性幹細胞を必要とする場合には,拡大培養の回数は,好ましくは12回以下,更に好ましくは10回以下,最も好ましくは5回以下(例えば,4又は5回)に止められる。このようにして得られる多能性幹細胞は,好ましくは40回以上の分裂能を有し,より好ましくは30回以上の分裂能を有し,例えば30〜35回の分裂能を有するものである。
【0032】
本発明において「多能性幹細胞」というときは,増殖能を有し,且つ少なくとも2種以上の細胞への分化能を有する細胞のことをいう。本発明により得られるヒト歯髄由来の多能性幹細胞は,好ましくは,軟骨細胞及び骨芽細胞への分化能を有する。また,本発明により得られるヒト歯髄由来の多能性幹細胞は,表面抗原マーカーの発現パターンが,ヒト間葉系幹細胞と同様に,概ねCD29,CD44,CD73,CD90,CD105及びCD166が陽性であり,且つCD34及びCD45が陰性である。
【0033】
本発明の筋ジストロフィー治療剤は,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞を懸濁させた状態で,点滴静注されるか,又は局所に注入される。また,歯髄の提供者である本人に自家投与ができるのみならず,歯髄の提供者以外の他人に他家投与することも可能である。
【0034】
他家投与を想定する場合,本発明における多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞は,複数の提供者から得た複数の抜歯体を用いて大量に製造して凍結貯蔵しておくことができる。この場合,製薬会社等の製造業者が,それらの細胞を大量に製造して原体として又は製剤化して製剤として凍結貯蔵し,これを治療薬として,医療機関からの要望に応じて供給することが可能となる。凍結された多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞は,医療機関において解凍されて患者に投与される。
【0035】
本発明の筋ジストロフィー治療剤は,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞(最終的に単離されたヒト歯髄由来多能性幹細胞を含む)を,例えば,ヒト血清アルブミンとジメチルスルホキシドとを含有する重炭酸リンゲル液中に懸濁させたものを,内容物の凍結を許容する容器に密封して製剤化される。ここで,重炭酸リンゲル液とは,重炭酸イオンを含有するタイプの電解質液たる輸液(リンゲル液)のことをいう。
【0036】
このとき用いられる重炭酸リンゲル液は,好ましくは電解質として重炭酸イオン,ナトリウムイオン,カリウムイオン,カルシウムイオン,及び塩素イオンを含み,ナトリウムイオン濃度が130〜145mEq,生理食塩水に対する浸透圧比が0.9〜1.1であり,そしてpHが6.8〜7.8のものであり,より好ましくは,22〜28mEq/Lの重炭酸イオンと,120〜150mEq/Lのナトリウムイオンと,3.6〜4.4mEq/Lのカリウムイオンと,2.7〜3.3mEq/Lのカルシウムイオンと,100〜125mEq/Lの塩素イオンを含み,生理食塩水に対する浸透圧比が0.9〜1.1であり,そしてpHが6.8〜7.8のものである。上記重炭酸リンゲル液は,更に,マグネシウムイオン及びクエン酸イオンを含んでもよく,そのときの好ましいマグネシウムイオンの濃度は0.9〜1.1mEq/Lであり,好ましいクエン酸イオンの濃度は4.5〜5.5mEq/Lである。
【0037】
そのような重炭酸リンゲル液の好ましい一具体例として,135mEq/Lのナトリウムイオンと,4mEq/Lのカリウムイオンと,3mEq/Lのカルシウムイオンと,113mEq/Lの塩素イオンと,1mEq/Lのマグネシウムイオンと,5mEq/Lのクエン酸イオンを含有するものが挙げられる。製剤化の過程で,重炭酸リンゲル液は,ヒト血清アルブミン,ジメチルスルホキシド及び多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞により希釈されることになるので,製剤中におけるこれらイオンの濃度は,その希釈率に応じたものとなる。
【0038】
また,このときの製剤中におけるヒト血清アルブミンの濃度は,好ましくは0.1〜10W/V%であり,より好ましくは3〜8W/V%である。また,このときの製剤中におけるジメチルスルホキシドの濃度は,好ましくは8〜12W/V%である。
【0039】
また,このときの製剤中における多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞の密度は,好ましくは1×105〜1×108個/mLであり,より好ましくは1×106〜1×107個/mLである。
【0040】
上記のようにして,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞(最終的に単離されたヒト歯髄由来多能性幹細胞を含む)をヒト血清アルブミンとジメチルスルホキシドとを含有する重炭酸リンゲル液中に懸濁させたものを,内容物の凍結を許容する容器に密封して製剤化した筋ジストロフィー治療剤は,液体窒素又はその気化雰囲気中で保存され,注文に応じて,液体窒素又はその気化雰囲気中に置かれた状態で医療機関にまで搬送される。次いで,当該治療剤は,医療機関において解凍された後,直接又は点滴液に添加して,静脈内注射により患者に投与される。
【0041】
本発明の筋ジストロフィー治療剤は,デュシェンヌ型筋ジストロフィーとベッカー型筋ジストロフィーのいずれの治療剤としても使用できるが,特にデュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療剤として用いられる。本発明の筋ジストロフィー治療剤は,筋ジストロフィーを発症していない遺伝的保因者に対して,筋ジストロフィーに伴う筋肉の炎症の発生を未然に防ぐために,予防的に用いることもできる。また,本発明の筋ジストロフィー治療剤は,特に,筋ジストロフィーの患者で認められる筋肉の炎症を抑制する薬剤として用いられる。筋肉の炎症は,筋ジストロフィーにおける筋組織の変性を誘発すると考えられることから,筋肉の炎症を本発明の筋ジストロフィー治療剤で抑制することにより,筋ジストロフィー患者における筋組織の変性に起因する筋力低下を抑制することが可能となる。ここでいう「筋肉」とは,主に,骨格筋,心筋及び呼吸筋のことをいう。このように,骨格筋の炎症を抑制することにより,筋ジストロフィー患者の筋力を維持し,歩行能力の低下を抑制できる。また,心筋及び呼吸筋の炎症を抑制することにより,筋ジストロフィー患者の心肺能力を維持することができる。
【0042】
本発明の筋ジストロフィー治療剤は,該多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞が,1回の投与につき,ヒトの体重1kg当たり,好ましくは5×10〜2×10個投与されるものであり,より好ましくは1×10〜1×10個投与されるものであり,更にこのましくは,4×10個投与されるものである。また,本発明の筋ジストロフィー治療剤は,好ましくは3〜21日の間隔で少なくとも2回投与されるものであり,より好ましくは5〜14日の間隔で少なくとも2回投与されるものであり,更に好ましくは1週間毎に,少なくとも2回投与されるものである。一般に,投与は,患者の症状が寛解するまで継続される。
【実施例】
【0043】
以下,実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが,本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0044】
〔実施例1〕
多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞の調製
(1)支持細胞の準備
DMEM Low Glucose(Invitrogen社)にFBS(Invitrogen社)とL−アラニル−L−グルタミンを各々終濃度が10%と4mMとなるように添加し,これをDMEM(10%FBS)培地とした。マイトマイシンC(SIGMA社)を注射用水で0.2mg/mLの濃度となるように溶解し,これをマイトマイシンC溶液とした。また,DMEM Low Glucose(Invitrogen社)にFBS(Invitrogen社)とL−アラニル−L−グルタミンを各々終濃度が20%と4mMとなるように添加し,これをDMEM(20%FBS)培地とした。
【0045】
液体窒素中で凍結保存されたNIH3T3細胞を取り出し,37℃に設定した恒温槽で解凍した。次いで,DMEM(10%FBS)培地を加えて細胞を懸濁し,遠心(1500rpm, 5分)した。上清を捨て,細胞をDMEM(10%FBS)培地で懸濁し,これを75cm2培養フラスコに播種し,細胞の密度が80〜90%に到達するまで,5%CO2存在下,37℃で培養した。細胞をダルベッコリン酸緩衝液(D-PBS,Invitrogen社)で洗浄し,次いで9.6mLのDMEM(10%FBS)培地に0.4mLのマイトマイシンC溶液を添加した培地を培養フラスコに加え,5%CO2存在下,37℃で静置した。培地を除去した後,細胞をD-PBSで洗浄し,次いで0.25%トリプシン-EDTA溶液を1mL添加し,37℃に5〜10分間静置し細胞の剥離を確認した後,DMEM(10%FBS)培地を添加して反応を停止させ,細胞を懸濁させた後,血球計算盤にて生細胞数をカウントした。細胞を15mL遠沈管に回収し,遠心(1500rpm, 5分)して細胞を沈殿させ,次いで10%(v/v)DMSOを含む血清溶液で細胞濃度を1×106個/mLとなるように懸濁し,これを2mLずつ細胞凍結保存用チューブに分注した後,-80℃で凍結した。細胞を,-80℃に24時間以上置いた後,液体窒素中に移して保存した。これを支持細胞とした。
【0046】
使用前に支持細胞を液体窒素中から取り出して解凍し,DMEM(20%FBS)培地を添加して懸濁させた後,遠心(1500rpm, 10分)して沈殿させた。次いで支持細胞をDMEM(20%FBS)培地に4×104個/mLの濃度で懸濁させ,セルカルチャーインサートコンパニオンプレート 12ウェル(12ウェルコンパニオンプレート,BD Biosciences社)のボトムウェルに,1ウェル当たり,500μLずつ添加し,ウェルの底面に細胞を固着させた。
【0047】
(2)歯髄の単離
4mLのD-PBSに,12mgのコラゲナーゼタイプII(CALBIOCHEM社)を加えて混和した後,0.22μmフィルターに通し,これをコラゲナーゼ溶液とした。1mLのD-PBSに,10000 単位のディスパーゼ(合同酒精)を加えて混和した後,0.22μmフィルターに通し,これをディスパーゼ溶液とした。
【0048】
インフォームドコンセントを得て取得した抜歯体を,リンゲル液で軽く洗浄した後,10cmシャーレに移した。シャーレに生理食塩水を加えて抜歯体を洗浄し,次いで0.5%クロルヘキシジン溶液を加えて振とうし,抜歯体の表面を殺菌した。次いで,抜歯体を無菌環境下におき,0.5%クロルヘキシジンが十分に除去されるまで滅菌した生理食塩水で洗浄した。生理食塩水を除いてから,滅菌した歯科用ペンチ及びピンセットを用いて抜歯体を分割して歯髄を暴露させた。歯髄を,手術用ハサミで切除し,これを遠沈管に移し,更に手術用ハサミを用いて細かく切断した。次いで,遠沈管にディスパーゼ溶液及びコラゲナーゼ溶液をそれぞれ150μLずつ添加した後,ピペッティングにより組織を十分にほぐし,37℃下で1〜2時間放置した。
【0049】
次いで,DMEM(20%FBS)培地を5mL添加して酵素反応を停止させ,遠心(1500rpm, 10分)して細胞等を沈殿させた。上清を除去し,得られた沈殿物にDMEM(20%FBS)培地を5mL添加して細胞等を懸濁させ,再度遠心(1500rpm, 10分)して細胞等を沈殿させた。沈殿物に,500μLのDMEM(20%FBS)培地を添加し,ピペッティングで十分に懸濁させて,組織片を含む歯髄由来細胞の懸濁液を得た。
【0050】
(3)歯髄由来細胞の初代培養(P0培養)
0.4μm径の孔を有するポリエチレンテレフタレート製の多孔性膜(track etched membrane)を底面に有する12ウェルインサート(BD Falcon Cell Culture Insert, BD Biosciences社)の多孔性膜にフィブロネクチンを1μg/cm2になるように添加し,37℃で30分以上静置し,多孔性膜をフィブロネクチンでコーティングした。フィブロネクチンは,Horwitz B. et al., Preparation of fibronectin for therapeutic administration. In: Mosher DF, editor.New York Academic Press Inc 441-445 (1989)に記載された方法を用いて調製した。
【0051】
先に調製した,ボトムウェルに支持細胞を添加した12ウェルコンパニオンプレートに,フィブロネクチンでコーティングした12ウェルインサートを静置し,この12ウェルインサートに,歯髄の懸濁液(約500μL)を添加し,更に,細胞が全て培地で覆われるまでDMEM(20%FBS)培地を添加し,5%CO2存在下,37℃で初代培養(P0培養)を開始した。培地を3〜4日毎に交換しながら,12ウェルインサート上にコロニーが目視により確認されるまで,培養を継続した。この間に,ボトムウェルの支持細胞が,顕著にボトムウェルの底面から剥離するようになった場合は,ボトムウェルの底面に支持細胞を固着させた12ウェルコンパニオンプレートを新たに準備し,これに12ウェルインサートを移して培養を継続した。
【0052】
コロニーが目視により確認された12ウェルインサートを,別のコンパニオンプレートに移し,これに1mLのPBSを添加して12ウェルインサートに固着した細胞を洗浄するとともに,浮遊細胞,組織切片等を除去した。次いで12ウェルインサートに0.25% トリプシン-EDTA溶液を500μL添加し,37℃で5〜10分間静置して,12ウェルインサートの多孔性膜上に固着した細胞を剥離させた。次いで,DMEM(20%FBS)培地を300μL添加して反応を停止するとともに細胞を懸濁させ,細胞懸濁液を遠沈管に回収した。更に12ウェルインサートに300μLのDMEM(20%FBS)培地を添加して残存した細胞を懸濁させ,これを先の遠沈管に回収した。回収した細胞を遠心(1500rpm, 5分)して沈殿させ,上清を除去し,DMEM(20%FBS)培地を1mL添加し細胞を懸濁させて細胞懸濁液とした。
【0053】
(4)歯髄由来細胞のプレ拡大培養
ボトムウェルに支持細胞を添加した6ウェルコンパニオンプレートを準備し,これにフィブロネクチンコートした6ウェルインサートを静置し,この6ウェルインサートに,P0培養で得られた細胞懸濁液を添加して,5%CO2存在下,37℃でプレ拡大培養を開始した。DMEM(20%FBS)培地を3〜4日毎に交換しながら,6ウェルインサート上にコロニーが目視により確認されるまで,培養を継続した。この間に,ボトムウェルの支持細胞が,顕著にボトムウェルから剥離するようになった場合は,ボトムウェルの底面に支持細胞を固着させた6ウェルコンパニオンプレートを新たに準備し,これに6ウェルインサートを移して培養を継続した。
【0054】
コロニーが目視により確認された6ウェルインサートを別のコンパニオンプレートに移した後,PBSで細胞を洗浄し,0.25% トリプシン-EDTA溶液を500μL添加した。37℃で5〜10分間静置し,細胞の剥離を確認した後,DMEM(20%FBS)培地を500μL添加して反応を停止するとともに細胞を懸濁させ,細胞懸濁液を遠沈管に回収した。更に500μLのDMEM(20%FBS)培地で6ウェルインサートを洗浄して,洗液を先の遠沈管に回収した。回収した細胞を遠心(1500rpm, 5分)して沈殿させ,上清を除去し,DMEM(20%FBS)培地を500μL添加して細胞を懸濁させた。
【0055】
(5)歯髄由来細胞の拡大培養
上記の細胞の懸濁液に含まれる生細胞数を血球計算盤で測定した後,5×103〜1×104細胞/cm2の密度となるように,培養フラスコに細胞を播種してDMEM(10%FBS)培地を用いて拡大培養を開始した。但し,生細胞数が少なく拡大培養が開始できない場合は,拡大培養を開始するために必要な数の細胞が得られるまでプレ拡大培養を繰り返した。拡大培養開始時に,培養フラスコに播種した細胞を観察したところ,ほぼ全ての細胞が培養フラスコの底面に固着して紡錘状の形状を示し,均質な細胞が分離されたことが分かった。
【0056】
細胞が90〜100%コンフルエントになるまでDMEM(10%FBS)培地で培養した後,PBSで細胞を洗浄し,0.25%トリプシン-EDTAを添加し,37℃に5〜10分間静置して細胞を剥離させた。DMEM(10%FBS)培地を添加して反応を停止させるとともに細胞を懸濁し,15mL遠沈管に細胞を回収した。回収した細胞を遠心(1500rpm, 5分)して沈殿させ,上清を除去し,DMEM(10%FBS)培地を添加して細胞を懸濁した。血球計算盤にて生細胞数を計測した後,5×103〜1×104細胞/cm2の密度となるように,培養フラスコに細胞を播種し,細胞が90〜100%コンフルエントになるまで培養した。拡大培養を16回繰り返し,継代培養終了時毎に細胞数を測定して,細胞の分裂回数を算出した。なお,90〜100%コンフルエントに達しない場合であっても,拡大培養を開始してから7日経過した場合は,細胞を回収し次の拡大培養に供した。4回目の拡大培養以降は,細胞の増殖速度が徐々に低下し,拡大培養を開始してから7日経過後も90〜100%コンフルエントに達することはなかった。
【0057】
(6)歯髄由来細胞の凍結保存
第2回拡大培養において,90〜100%コンフルエントになるまで培養した細胞の一部を,下記の手法により凍結保存した。PBSで細胞を洗浄した後,0.25%トリプシン-EDTAを添加し,37℃に5〜10分間静置して細胞を剥離させた。DMEM(10%FBS)培地を添加して反応を停止させるとともに細胞を懸濁し,15mL遠沈管に細胞を回収した。回収した細胞を遠心(1500rpm, 5分)して沈殿させ,上清を除去した。10%(v/v)DMSOを含むFBS溶液で細胞を1×106個/mLの密度で懸濁し,0.5〜2mLずつクライオチューブに分注した後,予め4℃で冷蔵しておいたBICELL(日本フリーザー)に入れ,-80℃にて凍結した。凍結約24時間後に,細胞を気相式液体窒素に移し保管した。この細胞を,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞として以下の実験で使用した。
【0058】
〔実施例2〕
DMDモデル動物の準備
DMDモデル動物としてゴールデン・レトリバー−筋ジストロフィー犬の精子を純系ビーグル犬に人工授精させて,ジストロフィン遺伝子異常をヘテロで保有するキャリア犬を作出した。次いで,このキャリア犬と純系ビーグル犬を少なくとも5代に亘って自然交配させて,ほぼビーグル犬と同じ大きさのDMDモデル動物を作出し,これを筋ジストロフィーモデル犬(以下「筋ジス犬」)として,以下の実験で使用した。なお,筋ジス犬は,ジストロフィン遺伝子のイントロン6の3’側スプライス−コンセンサス配列に一塩基置換を有することが知られている(Sharp NJH. Genomics. 13: 115-21 (1991))。この置換により,ジストロフィン遺伝子のmRNAがスプライシングされる過程でエキソン7がスキップされ,ジストロフィン遺伝子のmRNAが翻訳されたときに,エキソン8でフレームシフトが起こり,翻訳が終止する。その結果,本来の機能を有さない不完全なジストロフィンが生じ,筋ジス犬はヒトのDMDと同様の症状を発症する。
【0059】
〔実施例3〕
DMDモデル動物への多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞の投与
6週齢の同腹の犬を2匹準備し,第1クールとして,7週齢,8週齢,9週齢及び10週齢となった時点で,1匹の犬(細胞投与犬)には,4×106個/kg(体重)となるように多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞を静注し,他方の犬(コントロール犬)には同じ容量の生理食塩水を同様にして静注した。次いで,第2クールとして,18週齢,19週齢,20週齢及び22週齢となった時点で,1匹の犬(細胞投与犬)には,4×106個/kg(体重)となるように多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞を静注した。コントロール犬は14週齢で死亡したので,第2クールの投与は行うことができなかった。
【0060】
〔実施例4〕
筋肉の炎症の評価
3.0-Tesla MRI, Magnetom Trio(Siemens Medical Solutions社)を用いたMRI画像診断により,細胞投与犬とコントロール犬の下腿部の断面画像(脂肪抑制T2強調画像)を,第1クールにおいて,初回の細胞又は生理食塩水の投与(「初回の細胞の投与」)を開始する直前と,4回目の細胞又は生理食塩水の投与(「4回目の細胞の投与」)が終了してから7日後に撮影した。初回の細胞の投与を開始する前では,細胞投与犬とコントロール犬の下腿部の断面画像に,炎症を示すシグナルが広範に認められた。4回目の細胞の投与が終了してから7日後には,コントロール犬の下腿部の断面画像では,炎症を示すシグナルが全体に強くなり,筋ジストロフィーに伴う筋肉の炎症が進行していた。一方,細胞投与犬では,炎症を示すシグナルが全体に強くなったものの,その程度は,コントロール犬と比較して弱かった。この結果から,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞の投与により,DMDモデル動物における筋肉の炎症の進行が抑制されたことが示唆された。
【0061】
〔実施例5〕
運動機能の評価
また,15メートル走行の所要時間を測定することにより,細胞投与犬とコントロール犬の運動機能を比較した。第1クール終了後の11週齢で,コントロール犬の運動機能を測定したところ,初回の細胞の投与を開始する直前と比較して,運動機能の低下が認められた。一方,細胞投与犬では,初回の細胞の投与を開始する直前と比較して,第1クール終了後の11週齢及び第2クール終了後の22週齢で運動機能の改善が認められた。一般に,実験に供したDMDモデル動物(犬)では,コントロール犬と同様に,加齢とともに運動機能が低下する傾向にある。この結果から,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞の投与により,DMDモデル動物の運動機能の低下の抑制又は運動機能の維持を図ることができることが示唆された。
【0062】
〔実施例6〕
心機能の評価
また,第2クール終了後の27週齢で,細胞投与犬と,細胞投与犬と同腹のDMDでない正常犬との心機能を,超音波画像診断(Vivid S6, GE Healthcareを使用)により,左室駆出率を測定することにより比較した。その結果,正常犬と細胞投与犬の左室駆出率は,それぞれ70.7%と61.5%であり,27週齢の時点で,細胞投与犬の左室駆出率が,正常犬での値の約87%に維持されていることが判明した。27週齢の時点での重症のDMDモデル動物の左室駆出率は,正常犬に対する低下傾向が強く,それに較べて多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞の投与によりDMDモデル動物の心機能の低下が抑制できることを,これらの結果は示唆している。
【0063】
以上の結果から,多能性幹細胞富化ヒト歯髄由来細胞は,筋ジストロフィーに伴う筋肉の炎症の進行を抑制することにより筋肉の変性を抑制し,筋ジストロフィーにおける運動機能の低下及び心機能の低下を抑制する効果を有すると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0064】
本発明によれば,歯髄由来の多能性幹細胞を主剤とする,新たな筋ジストロフィー治療剤を提供することができる。