【文献】
岩崎 智治,外5名,斜面安全監視のためのGPS自動変位計測システム,応用地質,日本,一般社団法人 日本応用地質学会,2013年 3月31日,第52巻第6号,pp.256−264
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記基準値は、あらかじめ定めた測位周期が経過するたびに新たに算出され、該測位周期内に設定された一部期間内に測位された複数の前記測位データに基づいて求められる、ことを特徴とする請求項1記載の観測システム。
前記基準値算出手段は、複数の前記測位データから、あらかじめ定めた測位データ閾値を超える測位データを排除したうえで、前記基準値を算出する、ことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の観測システム。
【背景技術】
【0002】
我が国の国土は、その2/3が山地であるといわれており、その結果、斜面を背後とする土地に住居を構えることも多く、道路や線路などは必ずといっていいほど斜面脇を通過する区間がある。そして斜面は、崩壊や地すべりといった災害の可能性を備えており、これまでもたびたび甚大な被害を被ってきた。
【0003】
そこで、崩壊のおそれがある斜面(自然斜面や、人工的なのり面を含む)、あるいは地すべりの兆候のある斜面では、その動きを監視するため計測が行われることがある。例えば、地すべり兆候のある斜面では、伸縮計や抜き板を利用した計測、孔内傾斜計による計測、地表面変位計測などが実施されていた。しかしながら、伸縮計や抜き板による計測では、地すべり境界(特に頭部)に亘って設置しなければ効果がなく、孔内伸縮計も地すべり深度を正確に推定しなければ効果がない上に、多数箇所設けるとコストがかかるという問題がある。
【0004】
地表面変位計測は、斜面上に設置した多数の観測点の座標を求め、経時的な変位を検出することで斜面の動きを監視することから、直接的に異常を把握することができるうえ、伸縮計や孔内傾斜計のようにその効果が計器設置場所に依存することがないという長所がある。ただし従来では、トータルステーションなどを用いて人が観測点を測位していたため、大きな手間とコストを余儀なくされていた。
【0005】
一方、軍事用としてのみ利用されていたGPS(Global Positioning System)が1900年代になると民生用として利用されるようになり、さらに2000年には「意図的に精度を落とす仕組み(SA:Selective Availability)」も撤廃され、容易かつ高精度に、しかもリアルタイムで現在位置を計測できるようになった。これに伴い、斜面における地表面変位計測でもGPSが活用されるようになり、特許文献1でもGPS計測によって斜面の安定性を評価する技術を提示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
平成22年には準天頂衛星初号機「みちびき」が上げられるなど、GPSのほか様々な衛星観測システム(GNSS:Global Navigation Satellite System)が利用できるようになってきた。これは、24時間絶え間なく必要数の衛星が捉えられるようになったことを意味する。さらに、今後順調に準天頂衛星が上がっていけば、我が国では安定的な衛星測位が確約されることとなり、さらにこの手法が加速することが予想される。
【0008】
GNSSによる計測の特徴として、大量の計測データが得られる一方で、衛星配置の影響やマルチパスの影響によるデータの乱れ(いわゆるノイズ)が不可避である点が挙げられる。そのため従来では、大量のデータに対してフィルタ処理や平滑化処理を行い、計測結果をモデル化(例えばトレンドモデル)したうえで経時的な変化を監視していた。つまり、結果を得るためには相当の計算時間と計算コストを要していたわけである。
【0009】
本願発明の課題は、従来技術が抱える問題を解決することであり、すなわちフィルタ処理や平滑化処理を行うことなく、計測データを直接的に処理することで、計算時間と計算コストを軽減することのできる観測システムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明は、例えば同一すべり方向線上にあるなど関連性のある観測点をグループ化し、このグループ単位で評価することで斜面等の変動を判断する、という点に着目したものであり、従来にはなかった発想に基づいてなされた発明である。
【0011】
本願発明の観測システムは、測位手段と、測位データ記憶手段、基準値算出手段、変位ベクトル算出手段、変動判定手段を備え、測位衛星によって観測点を測位することで斜面の変動を判定するシステムである。なお、複数の観測点が斜面上に配置され、これら観測点に対して傾斜方向(水平面内で表される方向)が個別に設定され、さらに略同一(同一含む)すべり方向線上にある観測点同士があらかじめグループ化される。測位手段は、測位時刻(測位衛星の恒星日を分割して設定される時刻)ごとに観測点の位置を測位するものであり、測位データ記憶手段は、測位手段によって得られた測位データを記憶するものである。基準値算出手段は、同じ測位時刻に測位された複数の過去の測位データに基づいて観測点ごとに基準値を算出するものであり、変位ベクトル算出手段は、測位データ及びこの測位データに対応する基準値に基づいて観測点の変位ベクトル(変位量及び変位方向からなる)を算出するものである。また変動判定手段は、観測点の変位量が変位量閾値を超え、かつ変位方向の水平成分が傾斜方向を中心とする所定範囲内にあるときに、その観測点が移動したと判断するとともに、同一グループ内の観測点の移動判断に基づいてグループごとに異常を判定し、さらにグループの異常判定に基づいて斜面の変動を判定するものである。なお、測位データに対応する基準値は、その測位データの観測点と同一の観測点を、その測位データの測位時刻と同じ測位時刻に測位した測位データに基づいて求められる基準値である。
【0012】
本願発明の観測システムは、測位周期が経過するたびに新たに基準値を算出するものとすることもできる。この場合、基準値は測位周期内に設定された一部期間内に測位された複数の前記測位データに基づいて求められる。
【0013】
本願発明の観測システムは、複数の前記測位データから特異値(測位データ閾値を超える測位データ)を排除したうえで基準値を算出する基準値算出手段を備えたものとすることもできる。
【発明の効果】
【0014】
本願発明の観測システムには、次のような効果がある。
(1)フィルタ処理や平滑化処理を行うことなく、計測データを直接的に処理するため、計算時間と計算コストを軽減することができる。
(2)測位データと基準値を照らし合わせるだけで変位ベクトルを算出する結果、略リアルタイムで斜面等の変動判断を行うことができる。
(3)複数の観測点を組み合わせた判断(いわゆる多点相関)とすることで、さらに信頼度の高い変動判定を行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(第1の実施形態)
本願発明の観測システムの実施形態の第1の例を、
図1〜5に基づいて説明する。本願発明の観測システムは、変動する可能性がある対象(以下、「観測対象」という。)を観測するもので、具体的には、観測対象に設置された複数の観測点の動きを把握することによって、観測対象そのものの動きを判断するシステムである。なお、ここでは便宜上、観測対象を斜面とした場合で説明する。
【0017】
はじめに、
図1を参照しながら本実施形態の観測システム100の構成について説明する。この図に示すように観測システム100は、主に測位手段110とサーバ装置120で構成され、これらは無線通信手段(又は有線通信手段)で接続されている。測位手段110は斜面上の観測点に設置され、サーバ装置120は現地(斜面)から離れた場所に設けられる。なおこの図では、1つのサーバ装置120に対して1つの測位手段110が接続されているが、通常は、1箇所の斜面に複数の測位手段110(つまり観測点)が設置され、しかも複数個所の斜面の測位手段110と1つのサーバ装置120が接続される。
【0018】
測位手段110は、
図1に示すように受信手段111と、演算手段112、通信手段113を含んで構成される。受信手段111は、衛星Sからの信号を受信するもので、アンテナと受信機を備えている。ここで受信した記録(観測データ)は演算手段112に受け渡される。
【0019】
演算手段112は、受け取った観測データを演算処理することで、受信機111の設置位置、つまり観測点の座標を算出し「測位データ」として出力する。ところで、観測データに基づいて測位データを算出する方法(測位手法)は、単独測位方式と干渉測位方式に二分され、さらに単独測位方式には絶対単独測位とディファレンシャル測位が、干渉測位方式にはスタティック測位とキネマティック測位があることが知られている。
【0020】
本願発明ではいずれの方式を採用することもできるが、ここでは便宜上、測位手法をキネマティック測位のうち特にリアルタイムキネマティック測位(RTK)とした場合で説明する。したがって、変動しない基準点(参照点)を斜面以外の場所に設けるとともに受信手段111を設置し、基準点と観測点で同時に4以上の衛星から観測データを受信する。なおこの場合、観測点の演算手段112は基準点の観測データを必要とするが、これは無線通信又は有線通信によって基準点の受信手段111から各観測点の測位手段110に送られる。なお、測位データを算出する間隔(エポック)は、測位手法によって大きく異なるが、RTKではエポックを1秒間とするのが主流であり、ここでも測位データの算出を毎秒間隔とした場合で説明する。
【0021】
通信手段113は、サーバ装置120に測位データを送信するもので、この測位データは例えばインターネットを経由してサーバ装置120に送られる。なお通信手段113は、測位データを送信するほか、基準点に設置された受信手段111からの観測データや、サーバ装置120からの様々なデータなどを受信することもできる。また測位手段110は、太陽光発電装置といった発電手段114を備えることもできる。データの送受信をすべて無線で行い、さらに発電手段114を利用することで商用電力の使用を回避でき、その結果、斜面上には一切の配線がなくなり景観やメンテナンスの点で好適となる。
【0022】
本実施形態のサーバ装置120は、
図1に示すように測位データ記憶手段121と、標本抽出手段122、標本補正手段123、標本代表値算出手段124、観測値算出手段125、変位ベクトル算出手段126、変動判定手段127を含んで構成される。これらサーバ装置120が備える各手段については、
図2のフロー図を参照しながら詳しく説明する。
【0023】
図2は、第1の実施形態の主な処理の流れを示すフロー図であり、中央の列に実施する処理を示し、左列にはその処理に必要な入力情報を、右列にはその処理から生まれる出力情報を示している。はじめに、標本サイズを設定する(Step10)。ここで標本とは、観測時刻における測位データを推定(後述)するために用いられるデータ集合であり、このデータ集合は観測時刻から所定期間遡った範囲内にある観測データの集まりである。つまり標本サイズを設定することは、観測時刻から遡る所定期間を定めることにほかならない。
【0024】
観測時刻から遡る所定期間は、衛星配置のサイクルを勘案した上で設定するとよい。衛星配置は刻々と変化するが、一定時間が経過すると元の配置に戻る。つまり、ある周期(サイクル)をもって、種々の配置を繰り返しているわけである。このサイクルは、打ち上げられる衛星の数によって変わっていくが、現時点では概ね24時間といわれており、ここでも1サイクルすなわち「観測時刻から遡る所定期間」を24時間とした場合で説明する。したがって本実施形態の例では、標本サイズが24×60×60個で設定される(Step10)。
【0025】
標本サイズが定まると、バックグラウンド解析を行う(Step20)。バックグラウンド解析とは、観測対象が変動していない状態で所定期間(例えば5〜10日間)だけ観測した結果を解析するもので、具体的にはここで得られた測位データの集合から特異値を抽出し、この特異値を「測位データ閾値」として設定する。例えばバックグラウンド解析期間に得られた測位データ集合が正規分布に従うと考え、測位データ閾値を3σ(σは標準偏差)として設定することができる。つまり、測位データ閾値である±3σを超える計測データは、特異値として認定するわけである。
【0026】
ここまでのステップ(Step10〜Step20)はいわば準備段階であり、以降説明するステップが本格的な観測段階となる。観測が開始されると、測位手段110が出力した測位データを、サーバ装置120が受信し、測位データ記憶手段121で記憶していく(
図1)。そして標本抽出手段122が、測位データ記憶手段121から標本(以下、「原標本N」という。)を抽出する(Step30)。もちろんここで抽出する原標本Nの大きさは、先に設定した標本サイズ(24時間分の測位データ)である。
【0027】
原標本Nが得られると、標本補正手段123(
図1)によって、原標本Nを補正する(Step40)。具体的には、バックグラウンド解析(Step20)で設定した測位データ閾値を用いて、原標本Nに含まれる特異値を排除する。その結果得られるのが、「補正標本n」である。
【0028】
次に標本代表値算出手段124(
図1)が、補正標本nに基づいて、観測時刻における測位データを推定する。観測時刻における測位データは、測位手段110によって直接的に得られるが、本願発明では「観測時刻から遡る所定期間」にある測位データの傾向も勘案したうえで測位データを推定することとしている。具体的には、標本代表値算出手段124が、補正標本nを単純平均したり、観測時直近から重みを付する加重平均としたり、その他種々の統計処理を行うことで、観測時刻における測位データを推定し、これを「標本代表値d」として出力する(Step50)。
図3は、標本代表値dを説明するモデル図であり、観測時刻から24時間遡った期間を対象として標本代表値dを推定しており、そして1エポック(ここでは1秒間)につき1つの標本代表値が得られることを示している。
【0029】
ところで、上記のとおり標本代表値dは毎秒出力されることから、結果的には大量の標本代表値dが蓄積されることになる。これらすべての標本代表値dを対象として評価することは容易ではない。したがって本願発明では、標本代表値dをある程度まとめ、その代表値(後述の観測値)に対して評価することとした。
【0030】
図4は、観測期間内にある標本代表値dから求められる「観測値」を示すモデル図である。ここで観測期間とは、複数の標本代表値dを集合させるための期間であり、観測値とは、観測期間内にある標本代表値dを代表する値である。観測値は、観測期間内にある標本代表値dを単純平均したり、観測時直近から重みを付する加重平均としたり、その他種々の統計処理を行うことで算出することができる。この図の例では、観測期間を5分間としており、つまり5×60=300個の標本代表値dに基づいて観測値を求めている。もちろん観測期間は5分に限らず、状況に応じて適宜設計することができる。
【0031】
図2に示すように、標本代表値dを求めると観測期間を経過したか否かを判断する(Step60)。観測期間経過の起点は、観測開始もしくは前回の観測値算出時刻である。観測期間が経過していなければ(No)、繰り返し標本代表値dを求め(Step30〜Step50)、観測期間が経過するタイミングであれば(Yes)、次のステップに進む。
【0032】
観測期間が経過すると、観測値算出手段125(
図1)が、観測期間内にある標本代表値dに基づいて観測値(
図4)を求める。そして変位ベクトル算出手段126(
図1)が、2時期の観測値、すなわち前回の観測値と今回の観測値に基づいて「変位ベクトル」を算出する(Step80)。観測値は当該観測点の3次元座標であるから、2時期の座標により求められる変位ベクトルは、大きさ(変位量)と方向(変位方向)を具備している。変位ベクトルが得られると、変動判定手段127(
図1)が、この変位ベクトルに基づいて当該斜面(観測対象)の変動の有無を判定する(Step90)。
【0033】
以下、変動判定手段127による変動判定について詳しく説明する。
図5は、測位データを時系列でプロットしたグラフ図(左側)と、観測値を時系列でプロットしたグラフ図(右側)を比較した説明図であり、(a)はX座標(例えば南北方向)の変化、(b)はY座標(例えば東西方向)の変化、(c)はZ座標(例えば鉛直方向)の変化を示している。
【0034】
この図から分かるように、X座標に関しては観測期間終盤に大きな変位を生じており、Z座標に関しては観測期間中盤に相当の変位を生じている。この変位が、正常な範囲である、あるいは異常値であると判断することによって、当該斜面(観測対象)の変動の有無を判定することができる。そして変動判定手段127が、変位の正常/異常を機械的に判定するため、閾値(以下、「変位量閾値」)が設けられる。すなわち変動判定手段127が、取得した変位量(2時期の観測値に基づいて求められる値)と、あらかじめ定めた変位量閾値を照らし合わせ、変位量が変位量閾値を超えているときに当該斜面が変動していると判定する。なおこの場合、X座標、Y座標、Z座標のいずれか一つでも変位量閾値を超えているときに変動判定することもできるし、2種以上の座標が変位量閾値を超えているときに変動判定することもできる。
【0035】
変位ベクトルが変位量と変位方向を具備していることは既に説明したとおりであり、このうち変位量に応じて変動判定する手法について上記のとおり説明した。一方、変位量に加え変位方向に応じて変動判定することもできる。斜面は当然ながら傾斜しており、浅層/深層崩壊や地すべりは概ねこの傾斜に沿って移動していく。つまり、斜面の移動方向として最も危険なのが、この斜面が傾斜する方向である。
【0036】
そこで、斜面に配置される複数の観測点それぞれに対して、個別に危険な方向を設定し、さらにその方向のうち水平成分を「傾斜方向」として設定する。さらに傾斜方向にある程度の余裕を持たせるため、幅(つまりバッファ)を設定する。具体的には、観測点を起点として傾斜方向を描き、その両側に観測点を中心とする扇形を形成し、この範囲を「危険範囲」として設定する。なお、扇形の中心角は90度未満の任意の角度で設計することができる。そして変動判定手段127が、変位量閾値を超える変位量を示す観測点に対してさらに、取得した変位方向(水平成分)と、あらかじめ定めた危険範囲を照らし合わせ、変位方向が危険範囲に向いているときに当該斜面が変動していると判定する。なおこの場合、1の観測点が危険範囲内に向いているときに変動判定することもできるし、所定数(2以上)の観測点が危険範囲内に向いているときに変動判定することもできる。
【0037】
また、多点相関の概念を取り入れた変動判定を行うこともできる。例えば、それぞれ離れた位置にある5点の観測点が異常な動きを示す場合と、ある特定の範囲内にある5点が異常値を示す場合では、明らかに後者の方が斜面にとっては危険である。そこで、斜面上に配置された多数の観測点に対して、関連性のある観測点同士をあらかじめグループ化しておく。ここで関連性を判断する場合、観測点間の距離が近いほど関連があるとしたり、同一測線(すべり方向線)上にあるものを関連があるとしたり、地質分類が同じ位置にあるものを関連があるとしたり、種々の条件に基づいて判断することができる。そしてグループ化された観測点すべてが変位量閾値を超える変位量を示すときに、あるいはグループ化された観測点すべてが変位量閾値を超えかつ変位方向が危険範囲に向いているときに、変動判定手段127は当該斜面が変動していると判定する。なおこの場合、1のグループでも異常があれば変動判定することもできるし、所定数(2以上)のグループが異常を示したときに変動判定することもできる。
【0038】
上記のほか、単位期間における変位量、すなわち変位速度に基づいて変動判定することもできるし、ある時点からの累積変位量や、観測時刻を基準とした所定期間内の累積変位量に基づいて変動判定することもできる。
【0039】
(第2の実施形態)
本願発明の観測システムの実施形態の第2の例を、
図6〜9に基づいて説明する。なお、第1の実施形態で説明した内容と重複する説明は避け、第2の実施形態に特有の内容のみ説明することとする。すなわち、ここに記載されていない内容は、第1の実施形態で説明したものと同様である。
【0040】
はじめに、
図6を参照しながら本実施形態の観測システム100の構成について説明する。この図に示すように観測システム100は第1の実施形態と同様、主に測位手段110とサーバ装置120で構成され、これらは無線通信手段(又は有線通信手段)で接続されている。なお測位手段110については、第1の実施形態と同様の内容であるため、ここでの説明は省略する。
【0041】
本実施形態のサーバ装置120は、
図6に示すように測位データ記憶手段121と、測位データ読出手段128、基準値算出手段129、変位ベクトル算出手段126、変動判定手段127を含んで構成される。
【0042】
ところで本実施形態は、測位データと「基準値」を照らし合わせて変位ベクトルを算出するという点が一つの特徴となっている。そこで、まずこの基準値について詳しく説明する。
図7は、基準値を求める期間(以下、「基準値設定期間」という。)と、基準値を更新する期間(以下、「測位周期」という。)を説明するためのモデル図であり、
図8は、基準値の算出方法を説明するためのモデル図である。
【0043】
基準値は、
図7に示すようにあらかじめ定めた基準値設定期間内の測位データ(測位衛星で観測点を測位した結果)に基づいて、観測点ごとに算出される。より具体的には、同一の観測点を同じ「測位時刻」で測位した過去の測位データによって求められる。ここで測位時刻とは、太陽を基準とした1日(以下、「太陽日」という。)を基に刻まれる時刻ではなく、測位衛星の動きに合わせて設定される時刻である。測位衛星は、見かけの日周運動に基づく公転周期(以下、「恒星日」という。)で同じ位置に配置され、そしてこの恒星日は太陽日(24時間)よりも3分56秒だけ短い。この恒星日を、一定の間隔(例えば、1秒間)で分割して設定されるのが測位時刻である。
【0044】
図8では、1の恒星日に対して測位時刻T0〜Tnが設定されており、つまり毎日(毎恒星日)測位時刻T0〜Tnにおいて測位されている。またこの図では、基準値設定期間を最初の5日間(毎恒星日)としている。したがって、例えば測位時刻T5における基準値は、第1日目の測位時刻T5から第5日目の測位時刻T5まで5つの測位データを用いて算出される。基準値の算出手法としては、5つの測位データを単純平均したり、現在時直近から重みを付する加重平均としたり、その他種々の統計処理で算出することができる。なお
図8では、測位時刻T5の例で基準値を説明しているが、当然ながら他の測位時刻においても同様にして基準値が求められ、すなわち測位時刻ごとに測位時刻の数だけ基準値は算出される。また基準値設定期間は、5日に限らず任意の期間(例えば測位周期に応じた期間)で設定することができることはいうまでもない。
【0045】
ここまで説明したとおり基準値は、観測点ごとに、しかも測位時刻ごとに求められる。この基準値は、一旦算出した値をそのまま使用し続けることもできるし、
図7に示すように測位周期(例えば、恒星日を基準した1ヶ月)が経過するたびに更新(つまり再計算)することもできる。
図7では、測位周期のはじめに基準値設定期間(例えば、5恒星日)を設け、残りの期間を「測位期間」としている。つまり、測位周期のはじめに基準値を算出し、この基準値をもって測位期間に測位した測位データと照らし合わせるわけである。そして1の測位周期が経過すると次の測位周期が始まり、新たに基準値が算出される。
【0046】
図7を参照してさらに具体的に説明する。第1測位周期が始まると、第1の基準値設定期間で得られた測位データから第1基準値が算出され、第1の測位期間で得られた測位データと第1基準値が照らし合わされる。そして第2測位周期が始まると、第2の基準値設定期間で得られた測位データから第2基準値が算出され、第2の測位期間で得られた測位データと第2基準値が照らし合わされる。なお、第2の基準値設定期間で得られた測位データと基準値を照らし合わせる場合は、前の測位周期(この場合は第1測位周期)の基準値(この場合は第1基準値)を利用するとよい。以降同様に、測位周期が経過するたびに当該測位周期の基準値として新たに算出し、その基準値を当該測位期間の測位データと照らし合わせていく。
【0047】
図9は、第2の実施形態の主な処理の流れを示すフロー図であり、中央の列に実施する処理を示し、左列にはその処理に必要な入力情報を、右列にはその処理から生まれる出力情報を示している。はじめに第1の実施形態と同様、バックグラウンド解析を行う(Step110)。観測対象が変動していない状態で所定期間(例えば5〜10日間)だけ観測した測位データの集合から特異値を抽出し、この特異値を「測位データ閾値」として設定する。例えばバックグラウンド解析期間に得られた測位データ集合が正規分布に従うと考え、測位データ閾値を3σ(σは標準偏差)として設定することができる。つまり、測位データ閾値である±3σを超える計測データは、特異値として認定するわけである。
【0048】
バックグラウンド解析により測位データ閾値が得られると、測位時刻ごとに各観測点が測位され、測位データとして測位データ記憶手段121に記憶されていく。そして測位データ読出し手段128が、基準値設定期間に得られた測位データ(ここでは、基準値算出用のデータという意味で「基準データ」という。)を読み出し(Step120)、この基準データに基づいて基準値算出手段129が基準値を算出する(Step140)。このとき、測位データ閾値を用いて測位データから特異値を排除した(Step130)うえで基準値を算出してもよい。
【0049】
基準値が得られると、測位期間に得られた測位データ(ここでは、移動判断したい最新のデータという意味で「今回測位データ」という。)を読み出し(Step150)、この今回測位データとこれに対応する基準値に基づいて、変位ベクトル算出手段126が観測点ごとに「変位ベクトル」を算出する(Step160)。今回測位データ及び基準値はそれぞれ観測点の3次元座標であるから、これらの座標値により求められる変位ベクトルは、大きさ(変位量)と方向(変位方向)を具備している。
【0050】
変位ベクトルが得られると、変動判定手段127がこの変位ベクトルに基づいて当該観測点が移動した否かの移動判断を行う。そして変動判定手段127が、観測点の移動の有無を機械的に判定するため、閾値(以下、「変位量閾値」)が設けられる。すなわち変動判定手段127が、取得した変位ベクトルの変位量と、あらかじめ定めた変位量閾値を照合し、変位量が変位量閾値を超えているときに当該観測点が移動していると判定する。なおこの場合、X座標、Y座標、Z座標のいずれか一つでも変位量閾値を超えているときに移動したと判定することもできるし、2種以上の座標が変位量閾値を超えているときに移動したと判定することもできるし、ベクトルの大きさ(各座標差の二乗和の平方根)が変位量閾値を超えているときに移動したと判定することもできる。
【0051】
また第1の実施形態と同様、変位量に加え変位方向に応じて変動判定することもできる。斜面に配置される複数の観測点それぞれに対して、個別に危険な方向を設定し、さらにその方向のうち水平成分を「傾斜方向」として設定する。さらに傾斜方向にある程度の余裕を持たせるため、幅(つまりバッファ)を設定する。具体的には、観測点を起点として傾斜方向を描き、その両側に観測点を中心とする扇形を形成し、この範囲を「危険範囲」として設定する。なお、扇形の中心角は90度未満の任意の角度で設計することができる。そして変動判定手段127が、変位量閾値を超える変位量を示す観測点に対してさらに、取得した変位方向(水平成分)と、あらかじめ定めた危険範囲を照合し、変位方向が危険範囲に向いているときに当該観測点が移動していると判定する。
【0052】
さらに第1の実施形態と同様、多点相関の概念を取り入れた変動判定を行うこともできる。例えば、斜面上に配置された多数の観測点に対して、略同一(同一含む)のすべり方向線上にあるものをあらかじめグループ化しておく。同一のすべり方向という条件に代えて、観測点間の距離が近いほど関連があるとしてグループ化したり、地質分類が同じ位置にあるものを関連があるとしてグループ化したり、その他種々の条件に基づいてグループ化することもできる。
【0053】
このように関連性のある観測点をグループ化した場合、グループ化された全ての観測点(あるいは一定割合以上の観測点)が所定の閾値(変位量閾値)を超える変位量を示すときに、あるいはグループ化された全ての観測点(あるいは一定割合以上の観測点)が変位量閾値を超えかつ変位方向が危険範囲に向いているときに、変動判定手段127は当該グループに異常があると判定する。そして、その斜面に設けられたグループのうち1のグループでも異常があれば、変動判定手段127は当該斜面が変動していると判定する。あるいは、その斜面に設けられたグループのうち2以上のグループで異常があったときに、変動判定手段127は当該斜面が変動していると判定することもできる(Step170)。
【0054】
斜面の変動判定を終えた時点が測位周期を経過するタイミングであれば(
図9のYes)、新たな測位周期における基準データを読出し(Step120)、特異値を排除したうえで(Step130)、当該測位周期の基準値を算出する(Step140)。一方、斜面の変動判定を終えた時点が測位周期を経過するタイミングでなければ(
図9のNo)、次の今回測位データを読み出し(Step150)、変位ベクトルを算出して(Step160)、斜面の変動判定を行う(Step170)。