特許第6645169号(P6645169)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6645169
(24)【登録日】2020年1月14日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】制振構造の設計方法
(51)【国際特許分類】
   F16F 15/02 20060101AFI20200203BHJP
   B60G 17/015 20060101ALI20200203BHJP
【FI】
   F16F15/02 C
   B60G17/015 A
【請求項の数】8
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-246097(P2015-246097)
(22)【出願日】2015年12月17日
(65)【公開番号】特開2017-110747(P2017-110747A)
(43)【公開日】2017年6月22日
【審査請求日】2018年11月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【弁理士】
【氏名又は名称】真田 有
(72)【発明者】
【氏名】養父 拓也
【審査官】 鵜飼 博人
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−077812(JP,A)
【文献】 特開2004−239323(JP,A)
【文献】 特開2011−201476(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16F 15/00− 15/08
B60G 1/00− 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第一質量体が設けられる主系に対して弾性体および減衰器を介して第二質量体が設けられる付加系を連結した受動型の制振構造のモデルを構築する構築工程と、
前記主系または前記付加系に入力される振動について、設計された振動現象に対して許容される実際の振動現象の位相ずれとして位相余裕を予め設定する設定工程と、
前記設定工程で設定された位相余裕に基づいて、振動が入力されたときの前記主系および前記付加系の挙動に関するパラメータを演算する演算工程と、
を有することを特徴とする制振構造の設計方法。
【請求項2】
前記演算工程では、前記パラメータの一つとして、前記第一質量体と前記第二質量体との質量比を演算する
ことを特徴とする請求項1に記載された制振構造の設計方法。
【請求項3】
前記構築工程では、前記第一質量体としてのサスペンションクロスメンバに対して、前記弾性体および前記減衰器としてのマウントを介して前記第二質量体としての動力伝達装置を連結したモデルを構築する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の制振構造の設計方法。
【請求項4】
前記設定工程では、前記サスペンションクロスメンバに入力される振動について、前記位相余裕を予め設定し、
前記演算工程では、前記サスペンションクロスメンバの重力質量と前記動力伝達装置の重力質量とを用いて前記パラメータを演算する
ことを特徴とする請求項3に記載された制振構造の設計方法。
【請求項5】
前記設定工程では、前記動力伝達装置に入力される振動について、前記位相余裕を予め設定し、
前記演算工程では、前記サスペンションクロスメンバの慣性質量と前記動力伝達装置の慣性質量とを用いて前記パラメータを演算する
ことを特徴とする請求項3に記載された制振構造の設計方法。
【請求項6】
前記構築工程では、前記第一質量体としてのホイールに対して、前記弾性体および前記減衰器としてのサスペンション装置を介して前記第二質量体としての車体を連結したモデルを構築し、
前記設定工程では、前記ホイールに入力される振動について、前記位相余裕を予め設定し、
前記演算工程では、前記ホイールの重力質量と前記車体の重力質量とを用いて前記パラメータを演算する
ことを特徴とする請求項1または2に記載された制振構造の設計方法。
【請求項7】
前記演算工程では、前記第一質量体または前記第二質量体が変更される前後のそれぞれで共通の一巡伝達関数を用いる
ことを特徴とする請求項1〜6の何れか1項に記載された制振構造の設計方法。
【請求項8】
前記設定工程において、位相余裕を60°以上に設定する
ことを特徴とする請求項1〜7の何れか1項に記載された制振構造の設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、受動型の動吸振器によって制振される構造を設計する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、動吸振器の一つとして、振動が入力される対象物(以下、「制振対象物」という)に弾性体あるいはダンパを介して連結された付加物が設けられたものが知られている。動吸振器としては、系外の動力を印加せずに制振する受動型のものをはじめ、系外の動力を印加して制振する能動型のものも開発されている。能動型の動吸振器は、動力を発生させるアクチュエータが必要であり、アクチュエータの出力の大きさ(ゲイン)や時期(位相)を制御する必要もあることから、装置構成や制御構成が複雑となる。一方、受動型の動吸振器では、制振対象物に入力された振動が弾性体あるいはダンパや付加物によって吸収される。つまり、付加系の動吸振器によって主系が制振されるため、制振用の動力を外部から印加する必要がなく、装置構成や制御構成が簡素となる。
【0003】
一般的に、受動型の動吸振器を設計する際には、主系における制振対象物の質量および剛性を測定してから、定点理論(非特許文献1,2参照)や最小分散規範(非特許文献3,4参照)といった従前の手法に基づいて伝達関数を演算することで、振動入力時における主系および付加系の挙動に関するパラメータを決定する。具体的には、付加系における付加物の質量,弾性係数や減衰係数などのパラメータが定められる。この手法では、制振対象物の質量が変動しないことを前提としたうえで、付加物の質量が一意に定まるため、制振対象物と付加物との質量比が一定の値となる。そのため、主系の質量や付加系の質量が変動した場合には、新たな伝達関数を演算し直さなければならず、制振構造の設計が制約される。
【0004】
そこで、質量比の変動を考慮した動吸振器の設計手法が提案されている。たとえば、ダンパ(ダッシュポッド)を介して二つの付加系を直列に連結し、一方の付加系を主系よりも高い固有振動数とし、他方の付加系を主系よりも低い固有振動数とする制振構造が検討されている。この制振構造では、二つの付加系と主系との質量比を所定の範囲内に定めることで、付加系の質量を抑えつつ制振効果を確保することができるとされる(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平06-313378号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Brock, J.E. A note on the Damped Vibration Absorber. Trans. ASME, J. Appl. Mech., 1948, A-284.
【非特許文献2】Den Hartog, J.P. Mechanical Vibrations(4th edition). McGraw-Hill, 1956.
【非特許文献3】Crandall, S.H. Mark, W. D. Random Vibration in Mechanical Systems. Academic Press, 1963.
【非特許文献4】浅見敏彦,若園敏美,亀岡紘一,長谷川素由,関口久美.不規則励振を受ける構造物に取付ける動吸振器の設計理論.日本機械学会論文集(C編) 56-523, 1990, 619-627.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、動吸振器が適用される制振構造では、制振対象物や付加物が変更あるいは交換(以下、単に「変更」という)される場合がある。この場合には、制振対象物の質量や付加物の質量も変動しうる。上記のように所定の範囲内に質量比が定められる技術では、ひとたび設定された制振対象物や付加物の変更は考慮されておらず、変動した質量比が所定の範囲から外れるおそれがある。よって、制振構造のパラメータが適切に設定されず、制振性能の低下を招くおそれがある。
翻って、質量比が変動したとしても、制振対象物や付加物ごとの伝達関数によって、適切なパラメータを導出することはできる。しかしながら、制振対象物や付加物が変更されるたびに、新たな伝達関数からパラメータを設定するのでは煩雑である。
【0008】
本件の制振構造の設計方法は、上記のような課題に鑑みて創案されたものであり、簡便な方法で制振性能の低下を抑えることを目的の一つとする。なお、この目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用および効果であって、従来の技術では得られない作用および効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けることができる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)ここで開示する制振構造の設計方法は、構築工程と設定工程と演算工程とを有する。
前記構築工程では、第一質量体が設けられる主系に対して弾性体および減衰器を介して第二質量体が設けられる付加系を連結した受動型の制振構造のモデルを構築する。
前記設定工程では、前記主系または前記付加系に入力される振動について、設計された振動現象に対して許容される実際の振動現象の位相ずれとして位相余裕を予め設定する。
前記演算工程では、前記設定工程で設定された位相余裕に基づいて、振動が入力されたときの前記主系および前記付加系の挙動に関するパラメータを演算する。
【0010】
(2)前記演算工程では、前記パラメータの一つとして、前記第一質量体と前記第二質
量体との質量比を演算することが好ましい。
(3)前記構築工程では、前記第一質量体としてのサスペンションクロスメンバに対し
て、前記弾性体および前記減衰器としてのマウントを介して前記第二質量体としての動力
伝達装置を連結したモデルを構築することが好ましい。
【0011】
(4)この場合に、前記設定工程では、前記サスペンションクロスメンバに入力される振動について、前記位相余裕を予め設定することが好ましい。また、前記演算工程では、前記サスペンションクロスメンバの重力質量と前記動力伝達装置の重力質量とを用いて前記パラメータを演算することが好ましい。
(5)また、前記設定工程では、前記動力伝達装置に入力される振動について、前記位相余裕を予め設定することが好ましく、前記演算工程では、前記サスペンションクロスメンバの慣性質量と前記動力伝達装置の慣性質量とを用いて前記パラメータを演算することが好ましい。
【0012】
(6)前記構築工程では、前記第一質量体としてのホイールに対して、前記弾性体および前記減衰器としてのサスペンション装置を介して前記第二質量体としての車体を連結したモデルを構築することが好ましい。
この場合に、前記設定工程では、前記ホイールに入力される振動について、前記位相余裕を予め設定することが好ましく、前記演算工程では、前記ホイールの重力質量と前記車体の重力質量とを用いて前記パラメータを演算することが好ましい。
【0013】
(7)前記演算工程では、前記第一質量体または前記第二質量体が変更される前後のそれぞれで共通の一巡伝達関数を用いることが好ましい。
(8)前記設定工程において、位相余裕を60°以上に設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本件の制振構造の設計方法によれば、構築工程で構築された制振構造のモデルについて、設定工程で設定された位相余裕に基づいて、演算工程で主系および付加系の挙動に関するパラメータを演算することにより、第一質量体や第二質量体が変更されるたびに演算し直してパラメータを設定することなく、簡便な方法で制振性能の低下を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、受動型の制振構造のモデルを示す模式図である。
図2図2は、第一モデルのブロック線図である。
図3図3は、第一モデルの制振特性を示すグラフである。
図4図4は、第二モデルのブロック線図である。
図5図5は、第二モデルの制振特性を示すグラフである。
図6図6は、第三モデルのブロック線図である。
図7図7は、第三モデルの制振特性を示すグラフである。
図8図8は、制振構造の設計方法の手順を例示するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図面を参照して、実施形態としての制振構造の設計方法を説明する。以下に示す実施形態はあくまで例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることができる。
本実施形態の方法で設計される制振構造は、受動型の動吸振器(「ダイナミックダンパ」や「マスダンパ」とも称される)によって制振される。この制振構造は、振動が入力される種々の構造に適用されるものの、以下の説明では、自動車に適用された三つの制振構造を例示して説明する。
【0017】
[1.共通するモデル]
まず、図1を参照して、三つの制振構造に共通するモデルを説明する。
このモデルは、主系S1および付加系S2の二つの系に大別される。
主系S1には、第一質量m1の第一質量体1に対して、第一弾性係数k1の第一弾性体1aが連結されている。第一弾性体1aの一端は第一質量体1に固定され、第一弾性体1aの他端は固定端Eに固定される。
ここでは、第一質量体1を剛体と見做して、第一弾性体1aの第一弾性係数k1を主系S1の剛性と見做し、また、第一弾性体1aの質量については無視して、第一質量体1の第一質量m1を主系S1の質量と見做す。
【0018】
付加系S2には、第二質量m2の第二質量体2に対して、第二弾性係数k2の第二弾性体2aと減衰係数c2のダンパ(減衰器)2bとが連結されている。これらの第二弾性体2aおよびダンパ2bは、並列に配置される。また、第二弾性体2aおよびダンパ2bの各一端は第二質量体2に固定され、第二弾性体2aおよびダンパ2bの各他端は第一質量体1に固定される。
ここでは、第二質量体2を剛体と見做して、また、第二弾性体2aおよびダンパ2bの質量については無視して、第二質量体2の第二質量m2を付加系S2の質量と見做す。
【0019】
この付加系S2は、外力を印加することなく主系S1の振動を吸収する受動型の動吸振器を構成する。
上記のモデルでは、第一質量体1および第二質量体2の何れか一方に角周波数ωの振動(「加振力」とも称される)fが入力されるものとする。具体的に言えば、第一質量体1には第一角周波数ω1の第一振動f1が入力され、第二質量体2には第二角周波数ω2の第二振動f2が入力される。なお、入力箇所に着目しないものについては単に振動fと呼ぶ。
【0020】
振動fが入力されると、質量体1,2は変位する。たとえば、振動fの入力時には、第一質量体1が静止状態(平衡状態)の位置x0に対して距離x1だけ変位し、同様に、第二質量体2が静止状態の位置x0に対して距離x2だけ変位する。
このように、主系S1の第一質量体1と付加系S2の第二質量体2とのそれぞれが変位するダンパ2b付きの2自由度系のモデルが構築される。
【0021】
[2.各モデル]
つぎに、下記の表1を参照して、三つのモデルをそれぞれ説明する。
【0022】
【表1】
【0023】
〈第一モデル〉
第一モデルでは、動力伝達装置(第二質量体2)に連結されるサスペンションクロスメンバ(第一質量体1)の制振を目的とする。
この第一モデルでは、車体(固定端E)に対して、ブッシュ(第一弾性体1a)を介してサスペンションクロスメンバが連結される。このサスペンションクロスメンバには、振動(第一振動f1)が入力される。具体的には、サスペンションクロスメンバに連結されるサスペンション装置からの振動が入力される。サスペンションクロスメンバには、マウント(第二弾性体2a,ダンパ2b)を介して動力伝達装置が連結されている。
【0024】
動力伝達装置とは、自動車において走行動力を伝達する装置(パワートレインを構成する装置ユニット)である。この動力伝達装置としては、フロントデフやリヤデフなどが挙げられる。
また、第一モデルでは、振動が入力されたときの主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータの演算に、重力質量(第一質量m1,第二質量m2)を用いる。重力質量とは、物体が重力によって引かれる力の強さに対応する質量である。平たく言えば、静止した物体の実際の重さが重力質量である。
【0025】
以下、第一モデルの数理モデル化について説明する。
まず、基礎的な数理モデル化を述べる。
第一モデルの運動方程式は、下記の式(1)および(2)になる。
【0026】
【数1】
【0027】
上記の式(1)および(2)を無次元化すると、下記の式(3)および(4)になる。
【0028】
【数2】
【0029】
ただし、上記の式(3)および(4)における質量比μ,ダンピング能力z,剛性比p2などの関数は、下記の等式(5)に示す通りである。
【0030】
【数3】
【0031】
上記の式(3)および(4)の両辺をラプラス変換し、行列形式であらわすと、下記の式(6)になる。この式(6)をX~(s),X~2(s)について解くと、下記の式(7)になる。ただし、式(7)のデルタΔは、下記の等式(8)に示す通りである。したがって、上記の式(7)より、伝達関数をあらわす下記の式(9)が得られる。この伝達関数は、周波数が複素表現された複素数sの応答関数である。
【0032】
【数4】
【0033】
この式(9)から、図2のブロック線図に示すように、伝達関数Gおよび伝達関数Hで第一モデルがあらわされる。
この第一モデルの一巡伝達関数GHは、下記の式(10)になる。
【0034】
【数5】
【0035】
ここでいう一巡伝達関数GHとは、伝達関数Gおよび伝達関数Hのループを一巡(一周)する伝達関数を意味する。
【0036】
つぎに、上述した数理モデルに基づく位相余裕の設定について述べる。
ここで、本設計方法において、位相余裕を設定する背景を述べる。
能動型の動吸振器によっては、入力される振動の振幅が発散して出力されることを防止するために、位相余裕が設定されるものが検討されている。一方で、受動型の動吸振器が用いられる制振構造では、入力される振動の振幅が発散しないことから、一般的に位相余裕は設定されない。
【0037】
また、第一質量体1や第二質量体2が変更あるいは交換(以下、単に「変更」という)される場合がある。この場合には、第一質量体1の質量m1や第二質量体2の質量m2が変動し、主系S1と付加系S2との質量比μも変動しうる。質量比μの変動前に入力される振動fにより発生する振動現象vを設計された振動現象vdとし、質量比μの変動後に入力される振動fにより発生する振動現象vを実際の振動現象vaとすれば、質量比μが変動すると、設計された振動現象vdの位相に対して実際の振動現象vaの位相がずれる。そのため、従前の設計方法では、質量比μが変動するたびに新たな伝達関数を演算し直していた。よって、伝達関数の演算負荷が増大するおそれがあった。
なお、振動現象vとは、振動fによって生じる制振対象の挙動(物理現象)を意味する。ここでいう挙動とは、振幅や振動角周波数といった物理的あるいは時間的な振動のふるまいである。
【0038】
そこで、本設計方法では、質量比μの変動を考慮するために、受動型の動吸振器が用いられる制振構造の設計方法において、位相余裕なる概念を導入し、位相余裕を予め設定している。
ここでいう位相余裕とは、設計された振動現象vdに対して許容される実際の振動現象vaの位相ずれを意味する。言い換えれば、位相余裕は、設計された振動現象vdの位相に対して実際の振動現象vaの位相がどれだけずれると不安定になるかをあらわす。
【0039】
以下、位相余裕の具体的な設定を詳述する。
位相余裕をβ以上にするためには、「s=λi」とおいたときの上記の式(10)が下記の不等式(11)を満たす必要がある。ただし、iは虚数単位である。
【0040】
【数6】
【0041】
ただし、上記の不等式(11)では「0<β<π/2」とする。また、不等式(11)のRe(GH)は「s=λi」とおいたときの上記の式(10)の実部であり、不等式(11)のIm(GH)は「s=λi」とおいたときの上記の式(10)の虚部である。
一般的に、能動型の動吸振器では、45°以上であれば位相余裕が確保され、60°以上であれば位相余裕が十分に確保されたものとされる。そこで、以下の説明では、十分な位相余裕を確保するために、位相余裕が60°以上の場合を例に挙げる。
【0042】
位相余裕が60°以上の場合には、上記の不等式(11)においてβ=π/3を代入する。したがって、上記の不等式(11)は下記の不等式(12)であらわされる。また、不等式(12)より、下記の不等式(13)が得られる。この不等式(13)に関し、下記の不等式(14)を満たすものとする。そして、不等式(14)を満たす上記の不等式(13)から、下記の判別式(15)が得られる。
【0043】
【数7】
【0044】
剛性比p2および質量比μが正(>0)であることから、上記の判別式(15)は常に負(<0)となる。よって、判別式(15)は常に正となる。したがって、上記の不等式(13)の左辺が0(ゼロ)に等しい下記の等式(16)は、実数解を二つ持つ。ここで、「λ2=L」としたうえで、等式(16)の二つの解L1,L2を求めると、下記の式(17)のようになる。ただし、式(17)における関数a,b,cは、下記の式(18)に示す通りである。
【0045】
【数8】
【0046】
上記の式(18)において、「b>0」とし、式(18)において「解L1<0」となると、不等式(13)がすべての領域において満たされる。このとき、下記の不等式(19)を満たす必要がある。この不等式(19)の左辺では、「−4c>0」なので、「a<0」となる。すなわち、「a>0」と仮定した仮定と矛盾する。「a<0」の場合には、上記の不等式(13)より下記の不等式(20)が得られる。
【0047】
【数9】
【0048】
この不等式(20)を満たすためには、解L1,L2を0(ゼロ)と∞(無限大)とにする必要があり、そのためには「a=0」としなくてはならない。よって、「a<0」とは矛盾する。つまり、「a>0」であっても「a<0」であっても、すべての領域を満たそうとすると矛盾する。
そのため、不等式(13)をすべての領域で満たすのではなく、不等式(13)を満たす領域をなるべく大きくするために、下記の条件式(21)を満たすものとする。この条件式(21)より、下記の式(22)が得られ、式(22)と上記の不等式(13)とから、以下の関係式(23)が得られる。
【0049】
【数10】
【0050】
この関係式(23)の右辺が最小になると、不等式(13)を満たす領域が最大化される。すなわち、上記の関係式(23)を変形した下記の関係式(24)の「p2」が最小になれば、関係式(23)も満たす領域が最大化される。また、この関係式(24)より、以下の式(25)が得られる。
【0051】
【数11】
【0052】
この式(25)の「p2」は、不動点と呼ばれる。この不動点は、凸最適化の考え方より、上記の式(25)の「p2」が最小の「p2」となる。よって、関係式(23)を満たす領域が最大化された。
これらより、関係式(23)を満たす領域を最大化するには、式(22)から設定されるダンピング性能zを設定し、式(25)から剛性比p2を設定し、ひいては、質量比μを設定すればよい。なお、ダンピング性能z,剛性比p2,質量比μは、振動fが入力されたときの主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータである。
【0053】
このようにダンピング性能z,剛性比p2,質量比μといったパラメータが設定されれば、設定された質量比μが変動したとしても、演算し直すことなくパラメータをそのまま用いることができる。なぜならば、質量比μの変動前後のそれぞれにおいて式(10)で示される共通の一巡伝達関数GHを用いるからである。
【0054】
続いて、図3を参照して、上述のようにパラメータが設定された第一モデルの制振性能を評価する。
図3では、質量比μについて、変動前の設定された質量比μd(ここでは「0.3」)を太実線で示し、変動後の質量比μa(ここでは「0.1」,「0.5」,「0.7」,「0.9」)を他の線種で示す。
【0055】
なお、図3の縦軸には、入力される振動(第一振動f1)の大きさに対する制振対象のサスペンションクロスメンバ(第一質量体1)の変位度合いをあらわすコンプライアンスをとる。このコンプライアンスが小さいほど、入力される振動の大きさに対するサスペンションクロスメンバの変位が抑えられるため、制振性能が高い。また、図3の横軸には、主系S1の固有角周波数(ω0=√k1/m1)に対する入力される振動(第一振動f1)の周波数比(λ=ω10)をとる。
【0056】
図3に示されるように、設定された質量比μdに対して実際の質量比μaが大きくなるほど制振性能が向上する。たとえば、サスペンションクロスメンバの重力質量が軽減するほど、あるいは、動力伝達装置の重力質量が増大するほど、制振性能が高まる。
そのため、第一モデルでは、設計当初のサスペンションクロスメンバの質量を増大させる、あるいは、設計当初の動力伝達装置の質量を軽減させることで、設計された質量比μdを予め小さくしておくことにより、実際の質量比μaが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
【0057】
〈第二モデル〉
第二モデルでは、動力伝達装置(第二質量体2)に連結されるサスペンションクロスメンバ(第一質量体1)の制振を目的とする。
この第二モデルでは、第一モデルに対して、振動(第二振動f2)が動力伝達装置(第二質量体2)に入力される点と、この振動が入力されたときの主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータの演算に慣性質量(第一質量m1,第二質量m2)を用いる点とが異なる。ここでは、動力伝達装置に対して連結されるプロペラシャフトからピッチング方向の振動が入力される。また、慣性質量とは、物体に力が働いたときに、物体の慣性によって生ずる抵抗の大きさに対応する質量である。
第二モデルの他の構成は、第一モデルの構成と同様である。
【0058】
以下、第二モデルの数理モデル化について説明する。
第二モデルの伝達関数マトリクスは、上記の式(7)と同様の導出により、下記の式(26)で与えられる。また、この式(26)より、伝達関数をあらわす下記の式(27)が得られる。
【0059】
【数12】
【0060】
この式(27)より、図4のブロック線図に示すように、伝達関数Gおよび伝達関数Hで第二モデルがあらわされる。
この第二モデルの一巡伝達関数GHは、上記の式(10)であらわされる第一モデルの一巡伝達関数と同じ式で与えられる。すなわち、第二モデルの第二振動f2は第二質量体2に入力されるのに対して、第一モデルの第一振動f1は第一質量体1に入力されるものの、同じ一巡伝達関数GHが用いられる。つまり、振動fの入力箇所が異なっていても、第一モデルおよび第二モデルで同じ一巡伝達関数GHが用いられる。
【0061】
したがって、第二モデルにおいても、第一モデルで用いた上記の式(22)と同じ式でダンピング性能zを設定し、第一モデルで用いた上記の式(25)と同じ式で剛性比p2を設定し、ひいては、質量比μを設定すればよい。
【0062】
続いて、図5を参照して、上述のようにパラメータが設定された第二モデルの制振性能を評価する。
図5では、質量比μについて、変動前の設定された質量比μd(ここでは「1.0」)を太実線で示し、変動後の質量比μa(ここでは「0.1」,「0.3」,「0.5」,「0.7」)を他の線種で示す。この図5では、図3と同様に、入力される振動(第二振動f2)の大きさに対する制振対象のサスペンションクロスメンバ(第一質量体1)の変位度合いをあらわすコンプライアンスを縦軸にとり、横軸に周波数比(λ=ω20)をとる。
【0063】
図5に示されるように、設定された質量比μdに対して実際の質量比μaが小さくなるほど制振性能が向上する。たとえば、サスペンションクロスメンバの慣性質量が増大するほど、あるいは、動力伝達装置の慣性質量が軽減するほど、制振性能が高まる。なお、サスペンションクロスメンバや動力伝達装置といった質量体の大きさや形状を変更することで、質量体の慣性質量が増減する。たとえば、重力質量を変更しなくとも、質量体の大きさを小さくすることで、慣性質量を軽減させることができる。
【0064】
そのため、第二モデルでは、設計当初のサスペンションクロスメンバの慣性質量を軽減させる、あるいは、設計当初の動力伝達装置の慣性質量を増大させることで、設定された質量比μdを予め大きくしておくことにより、実際の質量比μaが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
【0065】
〈第三モデル〉
第三モデルでは、ホイール(第一質量体1)に連結される車体(第二質量体2)の制振を目的とする。
この第三モデルでは、路面(固定端E)に接するタイヤ(第一弾性体1a)にホイールが取り付けられる。このホイールには、振動(第一振動f1)が入力される。具体的には、タイヤの振動が入力される。ホイールには、サスペンション装置(第二弾性体2a,ダンパ2b)を介して車体が連結されている。
また、第三モデルでは、第一モデルと同様に、振動が入力されたときの主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータの演算に、重力質量(第一質量m1,第二質量m2)を用いる。
【0066】
以下、第三モデルの数理モデル化について説明する。
第三モデルの伝達関数は、上記の式(9)および式(27)と同様に、下記に式(28)になる。
【0067】
【数13】
【0068】
この式(28)より、図6のブロック線図に示すように、伝達関数Gおよび伝達関数Hで第三モデルがあらわされる。
この第三モデルの一巡伝達関数GHは、上記の式(10)であらわされる第一モデルの一巡伝達関数と同じ式で与えられる。すなわち、第三モデルの制振対象は第二質量体2であるのに対して、第一モデルの制振対象は第一質量体1であるものの、第一モデルと同じ一巡伝達関数GHが用いられる。また、第三モデルの第一振動f1は第一質量体1に入力されるのに対して、第二モデルの第二振動f2は第二質量体2に入力されるものの、第二モデルと同じ一巡伝達関数GHが用いられる。つまり、振動fの入力箇所および出力箇所が異なっていても、第一モデル,第二モデルおよび第三モデルで同じ一巡伝達関数GHが用いられる。
【0069】
したがって、第三モデルにおいても、第一モデルで用いた上記の式(22)と同じ式でダンピング性能zを設定し、第一モデルで用いた上記の式(25)と同じ式で剛性比p2を設定し、ひいては、質量比μを設定すればよい。
【0070】
続いて、図7を参照して、上述のようにパラメータが設定された第三モデルの制振性能を評価する。
図7では、質量比μについて、変動前の設定された質量比μd(ここでは「0.1」)を太実線で示し、変動後の質量比μa(ここでは「0.3」,「0.5」,「0.7」,「1.0」,「2.0」)を他の線種で示す。この図7では、図3および図5と同様に、入力される振動(第一振動f1)の大きさに対する制振対象の車体(第二質量体2)の変位度合いをあらわすコンプライアンスを縦軸にとり、横軸に周波数比(λ=ω10)をとる。
【0071】
図7に示されるように、設定された質量比μdに対して実際の質量比μaが大きくなるほど制振性能が向上する。たとえば、ホイールの重力質量が軽減するほど、あるいは、車体の重力質量が増大するほど、制振性能が高まる。
そのため、第三モデルでは、設計当初のホイールの質量を増大させる、あるいは、設計当初の車体の質量を軽減させることで、設定された質量比μdを予め小さくしておくことにより、実際の質量比μaが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
【0072】
[3.制振構造の設計方法]
つぎに、制振構造の設計方法を説明する。
本設計方法では、図8に示すように、構築工程(ステップA10),設定工程(ステップA20),演算工程(ステップA30)の順に三つの工程が実施される
【0073】
構築工程では、第一質量体1が設けられる主系S1に対して、第二弾性体2aおよびダンパ2bを介して第二質量体2が設けられる付加系S2を連結した受動型の制振構造のモデルを構築する。具体的には、上記の第一モデル,第二モデルまたは第三モデルを構築工程で構築する。
この構築工程は、上記の式(1)〜(10)の演算に対応する。
【0074】
設定工程では、主系S1または付加系S2に入力される振動fについて、設計された振動現象vdに対して許容される実際の振動現象vaの位相ずれとして位相余裕を予め設定する。
この設定工程は、上記の式(11)および(12)の演算に対応する。
演算工程では、設定工程で設定された位相余裕に基づいて、振動fが入力されたときの主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータを演算する。
この演算工程は、上記の式(13)〜(25)の演算に対応する。
【0075】
[4.作用および効果]
本実施形態の制振構造の設計方法は、上述のように構成されるため、以下のような作用および効果を得ることができる。
【0076】
(1)構築工程で構築された制振構造のモデルについて、設定工程で設定された位相余裕に基づいて、演算工程で主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータを演算することにより、第一質量体1や第二質量体2が変更されたとしても、当初に演算されたパラメータを用いて制振性能の低下を抑制することができる。すなわち、ひとたびパラメータを演算すれば、第一質量体1や第二質量体2が変更されるたびに新たな運動方程式や新たな一巡伝達関数からパラメータを演算しなくて済み、演算負荷を軽減することができる。また、主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータは、設定された質量比μdの変動を考慮して予め設定された位相余裕に基づき、十分な位相余裕が得られるように設定されるため、設計された振動現象vdに対する実際の振動現象vaの位相ずれを十分に許容することのできる制振構造を提供することができ、制振性能の低下を抑えることができる。
(2)このように、変動が考慮された質量比μdを設定工程で設定することにより、質量比μdが変動したとしても簡便な方法で制振性能の低下を抑えることができる。
【0077】
(3)第一モデルおよび第二モデルの構築工程では、第一質量体1としてのサスペンションクロスメンバに対して、第二弾性体2aおよびダンパ2bとしてのマウントを介して
第二質量体2としての動力伝達装置を連結したモデルを構築する。
このように構築される制振構造では、設計当初のサスペンションクロスメンバと設計当初の動力伝達装置との質量比μが変動したとしても、主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。言い換えれば、簡便な方法で制振性能の低下を抑えつつ、サスペンションクロスメンバや動力伝達装置を個別に変更することができる。
そのうえ、制振性能の低下が抑えられることでサスペンションクロスメンバの変位も抑えられるため、サスペンションクロスメンバによる車体の突き上げも抑えることができる。よって、快適性の低下も抑えられる。
【0078】
(4)第一モデルの設定工程では、サスペンションクロスメンバに入力される第一振動f1について位相余裕を予め設定する。また、第一モデルの演算工程では、サスペンションクロスメンバの重力重量と動力伝達装置の重力重量とを用いてパラメータを演算する。
この第一モデルでは、設定された質量比μdに対して実際の質量比μaが大きくなるほど制振性能が向上することから、設計された質量比μdを予め小さくしておくことにより、実際の質量比μaが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
具体的には、設計当初のサスペンションクロスメンバの重力質量を増大させる、あるいは、設計当初の動力伝達装置の重力質量を軽減させることで、サスペンションクロスメンバや動力伝達装置を個別に変更して質量比μが変動したとしても、パラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。
【0079】
(5)第二モデルの設定工程では、動力伝達装置に入力される第二振動f2について位相余裕を予め設定する。また、第二モデルの演算工程では、サスペンションクロスメンバの慣性質量と動力伝達装置の慣性質量とを用いてパラメータを演算する。
この第二モデルでは、設定された質量比μdに対して実際の質量比μaが小さくなるほど制振性能が向上することから、設定された質量比μdを予め大きくしておくことにより、実際の質量比μaが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
具体的には、設計当初のサスペンションクロスメンバの慣性質量を軽減させる、あるいは、設計当初の動力伝達装置の慣性質量を増大させることで、サスペンションクロスメンバや動力伝達装置を個別に変更して質量比μが変動したとしても、パラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。
【0080】
(6)第三モデルの構築工程では、第一質量体1としてのホイールに対して、第二弾性体2aおよびダンパ2bとしてのサスペンション装置を介して第二質量体2としての車体を連結したモデルを構築する。また、第三モデルの設定工程では、ホイールに入力される第一振動f1について位相余裕を予め設定する。
このように構築される制振構造では、設計当初のホイールと設計当初の車体との質量比μが変動したとしても、主系S1および付加系S2の挙動に関するパラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。言い換えれば、簡便な方法で制振性能の低下を抑えつつ、ホイールや車体を個別に変更することができる。そのうえ、制振性能の低下が抑えられることで車体の変位も抑えられるため、快適性の低下を抑えることもできる。
【0081】
また、第三モデルの演算工程では、ホイールの重力質量と車体の重力質量とを用いてパラメータを演算する。
この第三モデルでは、設定された質量比μdに対して実際の質量比μaが大きくなるほど制振性能が向上することから、設定された質量比μdを予め小さくしておくことにより、実際の質量比μaが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
具体的には、設計当初のホイールの重力質量を増大させる、あるいは、設計当初の車体の重力質量を軽減させることで、パラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。たとえば、ホイールを軽量化したり、乗員数の増加や積荷によって車体の重力質量が増大すれば、制振性能が高まる。
【0082】
(7)質量比μの変動前後のそれぞれにおいて式(10)で示される共通の一巡伝達関数GHを演算工程で用いることにより、簡便な方法でダンピング性能z,剛性比p2,質量比μといったパラメータを設定することができる。言い換えれば、ひとたび設定された一巡伝達関数GHをそのまま演算工程で用いるため、演算負荷を軽減させることができる。
【0083】
(8)設定工程において、位相余裕を60°以上に設定することで、上記の式(11)のβにπ/3を代入する(すなわち、「cosβ」を「0.5」とする)ため、位相余裕を59°や61°といった他の値を採用する場合に比較して、「cosβ」を簡素な式あるいは数値で与えることができ、パラメータの演算負荷を軽減させることができる。
また、能動型の制振構造では、位相余裕が60°あれば十分に確保されたものとされることから、本件の受動型の制振構造においても、位相余裕を十分に確保することができる。
【0084】
(9)第一モデルと第二モデルとでは、第一質量体1および第二質量体2が共通であるものの、第一モデルでは重力質量を用いるのに対して第二モデルでは慣性質量を用いるので、演算工程で用いる質量の種類が異なる。よって、設計当初のサスペンションクロスメンバの慣性質量を軽減させるとともに重力質量を増大させ、あるいは、設計当初の動力伝達装置の慣性質量を増大させるとともに慣性質量を軽減させることで、第一モデルおよび第二モデルの双方で制振性能の低下を抑えることが可能である。
【0085】
さらに、第一モデルおよび第二モデルと第三モデルとでは、第一質量体1および第二質量体2が異なるため、第一モデルおよび第二モデルならびに第三モデルのすべてで制振性能の低下を抑えることが可能である。
そのうえ、第一モデル,第二モデルおよび第三モデルでは、上記の式(10)で与えられる共通の一巡伝達関数を用いるため、更に演算負荷を軽減させることができる。
【0086】
[5.変形例]
最後に、本設計方法の変形例について述べる。
たとえば、構築工程で構築される制振構造のモデルは、主系S1の第一質量体1と付加系S2の第二質量体2とのそれぞれが変位するダンパ2b付きの2自由度系のモデルであれば、第一〜第三モデルに限らず、種々の構造に適用することができる。たとえば、第一質量体1に車体や動力伝達装置が適用されてもよいし、第二質量体にサスペンションクロスメンバやホイールが適用されてもよい。この場合、演算工程で用いる質量は重力質量であっても慣性質量であってもよい。
【0087】
また、設定工程で予め設定される位相余裕は、60°に限らず、30°や45°といった任意の大きさに設定することができる。この場合には、上記の式(11)のβにπ/6やπ/4を代入するため、確保される位相余裕がやや小さく、「cosβ」がやや複雑になるほかは、上述した作用および効果を得ることができる。
そのほか、構築工程で構築される制振構造のモデルは、自動車に限らず、他の構造物や建造物の構造に適用することができる。
【符号の説明】
【0088】
1 第一質量体
1a 第一弾性体
2 第二質量体
2a 第二弾性体
2b ダンパ(減衰器)
E 固定端
1 主系
2 付加系
2 減衰係数
f,f1,f2 振動
1,k2 弾性係数
1,m2 質量
1,x2 距離
ω,ω1,ω2 角周波数
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8