(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記構築工程では、前記第一質量体としてのサスペンションクロスメンバに対して、前記弾性体および前記減衰器としてのマウントを介して前記第二質量体としての動力伝達装置を連結したモデルを構築する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の制振構造の設計方法。
前記構築工程では、前記第一質量体としてのホイールに対して、前記弾性体および前記減衰器としてのサスペンション装置を介して前記第二質量体としての車体を連結したモデルを構築し、
前記設定工程では、前記ホイールに入力される振動について、前記位相余裕を予め設定し、
前記演算工程では、前記ホイールの重力質量と前記車体の重力質量とを用いて前記パラメータを演算する
ことを特徴とする請求項1または2に記載された制振構造の設計方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
図面を参照して、実施形態としての制振構造の設計方法を説明する。以下に示す実施形態はあくまで例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることができる。
本実施形態の方法で設計される制振構造は、受動型の動吸振器(「ダイナミックダンパ」や「マスダンパ」とも称される)によって制振される。この制振構造は、振動が入力される種々の構造に適用されるものの、以下の説明では、自動車に適用された三つの制振構造を例示して説明する。
【0017】
[1.共通するモデル]
まず、
図1を参照して、三つの制振構造に共通するモデルを説明する。
このモデルは、主系S
1および付加系S
2の二つの系に大別される。
主系S
1には、第一質量m
1の第一質量体1に対して、第一弾性係数k
1の第一弾性体1aが連結されている。第一弾性体1aの一端は第一質量体1に固定され、第一弾性体1aの他端は固定端Eに固定される。
ここでは、第一質量体1を剛体と見做して、第一弾性体1aの第一弾性係数k
1を主系S
1の剛性と見做し、また、第一弾性体1aの質量については無視して、第一質量体1の第一質量m
1を主系S
1の質量と見做す。
【0018】
付加系S
2には、第二質量m
2の第二質量体2に対して、第二弾性係数k
2の第二弾性体2aと減衰係数c
2のダンパ(減衰器)2bとが連結されている。これらの第二弾性体2aおよびダンパ2bは、並列に配置される。また、第二弾性体2aおよびダンパ2bの各一端は第二質量体2に固定され、第二弾性体2aおよびダンパ2bの各他端は第一質量体1に固定される。
ここでは、第二質量体2を剛体と見做して、また、第二弾性体2aおよびダンパ2bの質量については無視して、第二質量体2の第二質量m
2を付加系S
2の質量と見做す。
【0019】
この付加系S
2は、外力を印加することなく主系S
1の振動を吸収する受動型の動吸振器を構成する。
上記のモデルでは、第一質量体1および第二質量体2の何れか一方に角周波数ωの振動(「加振力」とも称される)fが入力されるものとする。具体的に言えば、第一質量体1には第一角周波数ω
1の第一振動f
1が入力され、第二質量体2には第二角周波数ω
2の第二振動f
2が入力される。なお、入力箇所に着目しないものについては単に振動fと呼ぶ。
【0020】
振動fが入力されると、質量体1,2は変位する。たとえば、振動fの入力時には、第一質量体1が静止状態(平衡状態)の位置x
0に対して距離x
1だけ変位し、同様に、第二質量体2が静止状態の位置x
0に対して距離x
2だけ変位する。
このように、主系S
1の第一質量体1と付加系S
2の第二質量体2とのそれぞれが変位するダンパ2b付きの2自由度系のモデルが構築される。
【0021】
[2.各モデル]
つぎに、下記の表1を参照して、三つのモデルをそれぞれ説明する。
【0023】
〈第一モデル〉
第一モデルでは、動力伝達装置(第二質量体2)に連結されるサスペンションクロスメンバ(第一質量体1)の制振を目的とする。
この第一モデルでは、車体(固定端E)に対して、ブッシュ(第一弾性体1a)を介してサスペンションクロスメンバが連結される。このサスペンションクロスメンバには、振動(第一振動f
1)が入力される。具体的には、サスペンションクロスメンバに連結されるサスペンション装置からの振動が入力される。サスペンションクロスメンバには、マウント(第二弾性体2a,ダンパ2b)を介して動力伝達装置が連結されている。
【0024】
動力伝達装置とは、自動車において走行動力を伝達する装置(パワートレインを構成する装置ユニット)である。この動力伝達装置としては、フロントデフやリヤデフなどが挙げられる。
また、第一モデルでは、振動が入力されたときの主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータの演算に、重力質量(第一質量m
1,第二質量m
2)を用いる。重力質量とは、物体が重力によって引かれる力の強さに対応する質量である。平たく言えば、静止した物体の実際の重さが重力質量である。
【0025】
以下、第一モデルの数理モデル化について説明する。
まず、基礎的な数理モデル化を述べる。
第一モデルの運動方程式は、下記の式(1)および(2)になる。
【0027】
上記の式(1)および(2)を無次元化すると、下記の式(3)および(4)になる。
【0029】
ただし、上記の式(3)および(4)における質量比μ,ダンピング能力z,剛性比p
2などの関数は、下記の等式(5)に示す通りである。
【0031】
上記の式(3)および(4)の両辺をラプラス変換し、行列形式であらわすと、下記の式(6)になる。この式(6)をX~
1(s),X~
2(s)について解くと、下記の式(7)になる。ただし、式(7)のデルタΔは、下記の等式(8)に示す通りである。したがって、上記の式(7)より、伝達関数をあらわす下記の式(9)が得られる。この伝達関数は、周波数が複素表現された複素数sの応答関数である。
【0033】
この式(9)から、
図2のブロック線図に示すように、伝達関数Gおよび伝達関数Hで第一モデルがあらわされる。
この第一モデルの一巡伝達関数GHは、下記の式(10)になる。
【0035】
ここでいう一巡伝達関数GHとは、伝達関数Gおよび伝達関数Hのループを一巡(一周)する伝達関数を意味する。
【0036】
つぎに、上述した数理モデルに基づく位相余裕の設定について述べる。
ここで、本設計方法において、位相余裕を設定する背景を述べる。
能動型の動吸振器によっては、入力される振動の振幅が発散して出力されることを防止するために、位相余裕が設定されるものが検討されている。一方で、受動型の動吸振器が用いられる制振構造では、入力される振動の振幅が発散しないことから、一般的に位相余裕は設定されない。
【0037】
また、第一質量体1や第二質量体2が変更あるいは交換(以下、単に「変更」という)される場合がある。この場合には、第一質量体1の質量m
1や第二質量体2の質量m
2が変動し、主系S
1と付加系S
2との質量比μも変動しうる。質量比μの変動前に入力される振動fにより発生する振動現象vを設計された振動現象v
dとし、質量比μの変動後に入力される振動fにより発生する振動現象vを実際の振動現象v
aとすれば、質量比μが変動すると、設計された振動現象v
dの位相に対して実際の振動現象v
aの位相がずれる。そのため、従前の設計方法では、質量比μが変動するたびに新たな伝達関数を演算し直していた。よって、伝達関数の演算負荷が増大するおそれがあった。
なお、振動現象vとは、振動fによって生じる制振対象の挙動(物理現象)を意味する。ここでいう挙動とは、振幅や振動角周波数といった物理的あるいは時間的な振動のふるまいである。
【0038】
そこで、本設計方法では、質量比μの変動を考慮するために、受動型の動吸振器が用いられる制振構造の設計方法において、位相余裕なる概念を導入し、位相余裕を予め設定している。
ここでいう位相余裕とは、設計された振動現象v
dに対して許容される実際の振動現象v
aの位相ずれを意味する。言い換えれば、位相余裕は、設計された振動現象v
dの位相に対して実際の振動現象v
aの位相がどれだけずれると不安定になるかをあらわす。
【0039】
以下、位相余裕の具体的な設定を詳述する。
位相余裕をβ以上にするためには、「s=λi」とおいたときの上記の式(10)が下記の不等式(11)を満たす必要がある。ただし、iは虚数単位である。
【0041】
ただし、上記の不等式(11)では「0<β<π/2」とする。また、不等式(11)のRe(GH)は「s=λi」とおいたときの上記の式(10)の実部であり、不等式(11)のIm(GH)は「s=λi」とおいたときの上記の式(10)の虚部である。
一般的に、能動型の動吸振器では、45°以上であれば位相余裕が確保され、60°以上であれば位相余裕が十分に確保されたものとされる。そこで、以下の説明では、十分な位相余裕を確保するために、位相余裕が60°以上の場合を例に挙げる。
【0042】
位相余裕が60°以上の場合には、上記の不等式(11)においてβ=π/3を代入する。したがって、上記の不等式(11)は下記の不等式(12)であらわされる。また、不等式(12)より、下記の不等式(13)が得られる。この不等式(13)に関し、下記の不等式(14)を満たすものとする。そして、不等式(14)を満たす上記の不等式(13)から、下記の判別式(15)が得られる。
【0044】
剛性比p
2および質量比μが正(>0)であることから、上記の判別式(15)は常に負(<0)となる。よって、判別式(15)は常に正となる。したがって、上記の不等式(13)の左辺が0(ゼロ)に等しい下記の等式(16)は、実数解を二つ持つ。ここで、「λ
2=L」としたうえで、等式(16)の二つの解L
1,L
2を求めると、下記の式(17)のようになる。ただし、式(17)における関数a,b,cは、下記の式(18)に示す通りである。
【0046】
上記の式(18)において、「b>0」とし、式(18)において「解L
1<0」となると、不等式(13)がすべての領域において満たされる。このとき、下記の不等式(19)を満たす必要がある。この不等式(19)の左辺では、「−4c>0」なので、「a<0」となる。すなわち、「a>0」と仮定した仮定と矛盾する。「a<0」の場合には、上記の不等式(13)より下記の不等式(20)が得られる。
【0048】
この不等式(20)を満たすためには、解L
1,L
2を0(ゼロ)と∞(無限大)とにする必要があり、そのためには「a=0」としなくてはならない。よって、「a<0」とは矛盾する。つまり、「a>0」であっても「a<0」であっても、すべての領域を満たそうとすると矛盾する。
そのため、不等式(13)をすべての領域で満たすのではなく、不等式(13)を満たす領域をなるべく大きくするために、下記の条件式(21)を満たすものとする。この条件式(21)より、下記の式(22)が得られ、式(22)と上記の不等式(13)とから、以下の関係式(23)が得られる。
【0050】
この関係式(23)の右辺が最小になると、不等式(13)を満たす領域が最大化される。すなわち、上記の関係式(23)を変形した下記の関係式(24)の「p
2」が最小になれば、関係式(23)も満たす領域が最大化される。また、この関係式(24)より、以下の式(25)が得られる。
【0052】
この式(25)の「p
2」は、不動点と呼ばれる。この不動点は、凸最適化の考え方より、上記の式(25)の「p
2」が最小の「p
2」となる。よって、関係式(23)を満たす領域が最大化された。
これらより、関係式(23)を満たす領域を最大化するには、式(22)から設定されるダンピング性能zを設定し、式(25)から剛性比p
2を設定し、ひいては、質量比μを設定すればよい。なお、ダンピング性能z,剛性比p
2,質量比μは、振動fが入力されたときの主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータである。
【0053】
このようにダンピング性能z,剛性比p
2,質量比μといったパラメータが設定されれば、設定された質量比μが変動したとしても、演算し直すことなくパラメータをそのまま用いることができる。なぜならば、質量比μの変動前後のそれぞれにおいて式(10)で示される共通の一巡伝達関数GHを用いるからである。
【0054】
続いて、
図3を参照して、上述のようにパラメータが設定された第一モデルの制振性能を評価する。
図3では、質量比μについて、変動前の設定された質量比μ
d(ここでは「0.3」)を太実線で示し、変動後の質量比μ
a(ここでは「0.1」,「0.5」,「0.7」,「0.9」)を他の線種で示す。
【0055】
なお、
図3の縦軸には、入力される振動(第一振動f
1)の大きさに対する制振対象のサスペンションクロスメンバ(第一質量体1)の変位度合いをあらわすコンプライアンスをとる。このコンプライアンスが小さいほど、入力される振動の大きさに対するサスペンションクロスメンバの変位が抑えられるため、制振性能が高い。また、
図3の横軸には、主系S
1の固有角周波数(ω
0=√k
1/m
1)に対する入力される振動(第一振動f
1)の周波数比(λ=ω
1/ω
0)をとる。
【0056】
図3に示されるように、設定された質量比μ
dに対して実際の質量比μ
aが大きくなるほど制振性能が向上する。たとえば、サスペンションクロスメンバの重力質量が軽減するほど、あるいは、動力伝達装置の重力質量が増大するほど、制振性能が高まる。
そのため、第一モデルでは、設計当初のサスペンションクロスメンバの質量を増大させる、あるいは、設計当初の動力伝達装置の質量を軽減させることで、設計された質量比μ
dを予め小さくしておくことにより、実際の質量比μ
aが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
【0057】
〈第二モデル〉
第二モデルでは、動力伝達装置(第二質量体2)に連結されるサスペンションクロスメンバ(第一質量体1)の制振を目的とする。
この第二モデルでは、第一モデルに対して、振動(第二振動f
2)が動力伝達装置(第二質量体2)に入力される点と、この振動が入力されたときの主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータの演算に慣性質量(第一質量m
1,第二質量m
2)を用いる点とが異なる。ここでは、動力伝達装置に対して連結されるプロペラシャフトからピッチング方向の振動が入力される。また、慣性質量とは、物体に力が働いたときに、物体の慣性によって生ずる抵抗の大きさに対応する質量である。
第二モデルの他の構成は、第一モデルの構成と同様である。
【0058】
以下、第二モデルの数理モデル化について説明する。
第二モデルの伝達関数マトリクスは、上記の式(7)と同様の導出により、下記の式(26)で与えられる。また、この式(26)より、伝達関数をあらわす下記の式(27)が得られる。
【0060】
この式(27)より、
図4のブロック線図に示すように、伝達関数Gおよび伝達関数Hで第二モデルがあらわされる。
この第二モデルの一巡伝達関数GHは、上記の式(10)であらわされる第一モデルの一巡伝達関数と同じ式で与えられる。すなわち、第二モデルの第二振動f
2は第二質量体2に入力されるのに対して、第一モデルの第一振動f
1は第一質量体1に入力されるものの、同じ一巡伝達関数GHが用いられる。つまり、振動fの入力箇所が異なっていても、第一モデルおよび第二モデルで同じ一巡伝達関数GHが用いられる。
【0061】
したがって、第二モデルにおいても、第一モデルで用いた上記の式(22)と同じ式でダンピング性能zを設定し、第一モデルで用いた上記の式(25)と同じ式で剛性比p
2を設定し、ひいては、質量比μを設定すればよい。
【0062】
続いて、
図5を参照して、上述のようにパラメータが設定された第二モデルの制振性能を評価する。
図5では、質量比μについて、変動前の設定された質量比μ
d(ここでは「1.0」)を太実線で示し、変動後の質量比μ
a(ここでは「0.1」,「0.3」,「0.5」,「0.7」)を他の線種で示す。この
図5では、
図3と同様に、入力される振動(第二振動f
2)の大きさに対する制振対象のサスペンションクロスメンバ(第一質量体1)の変位度合いをあらわすコンプライアンスを縦軸にとり、横軸に周波数比(λ=ω
2/ω
0)をとる。
【0063】
図5に示されるように、設定された質量比μ
dに対して実際の質量比μ
aが小さくなるほど制振性能が向上する。たとえば、サスペンションクロスメンバの慣性質量が増大するほど、あるいは、動力伝達装置の慣性質量が軽減するほど、制振性能が高まる。なお、サスペンションクロスメンバや動力伝達装置といった質量体の大きさや形状を変更することで、質量体の慣性質量が増減する。たとえば、重力質量を変更しなくとも、質量体の大きさを小さくすることで、慣性質量を軽減させることができる。
【0064】
そのため、第二モデルでは、設計当初のサスペンションクロスメンバの慣性質量を軽減させる、あるいは、設計当初の動力伝達装置の慣性質量を増大させることで、設定された質量比μ
dを予め大きくしておくことにより、実際の質量比μ
aが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
【0065】
〈第三モデル〉
第三モデルでは、ホイール(第一質量体1)に連結される車体(第二質量体2)の制振を目的とする。
この第三モデルでは、路面(固定端E)に接するタイヤ(第一弾性体1a)にホイールが取り付けられる。このホイールには、振動(第一振動f
1)が入力される。具体的には、タイヤの振動が入力される。ホイールには、サスペンション装置(第二弾性体2a,ダンパ2b)を介して車体が連結されている。
また、第三モデルでは、第一モデルと同様に、振動が入力されたときの主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータの演算に、重力質量(第一質量m
1,第二質量m
2)を用いる。
【0066】
以下、第三モデルの数理モデル化について説明する。
第三モデルの伝達関数は、上記の式(9)および式(27)と同様に、下記に式(28)になる。
【0068】
この式(28)より、
図6のブロック線図に示すように、伝達関数Gおよび伝達関数Hで第三モデルがあらわされる。
この第三モデルの一巡伝達関数GHは、上記の式(10)であらわされる第一モデルの一巡伝達関数と同じ式で与えられる。すなわち、第三モデルの制振対象は第二質量体2であるのに対して、第一モデルの制振対象は第一質量体1であるものの、第一モデルと同じ一巡伝達関数GHが用いられる。また、第三モデルの第一振動f
1は第一質量体1に入力されるのに対して、第二モデルの第二振動f
2は第二質量体2に入力されるものの、第二モデルと同じ一巡伝達関数GHが用いられる。つまり、振動fの入力箇所および出力箇所が異なっていても、第一モデル,第二モデルおよび第三モデルで同じ一巡伝達関数GHが用いられる。
【0069】
したがって、第三モデルにおいても、第一モデルで用いた上記の式(22)と同じ式でダンピング性能zを設定し、第一モデルで用いた上記の式(25)と同じ式で剛性比p
2を設定し、ひいては、質量比μを設定すればよい。
【0070】
続いて、
図7を参照して、上述のようにパラメータが設定された第三モデルの制振性能を評価する。
図7では、質量比μについて、変動前の設定された質量比μ
d(ここでは「0.1」)を太実線で示し、変動後の質量比μ
a(ここでは「0.3」,「0.5」,「0.7」,「1.0」,「2.0」)を他の線種で示す。この
図7では、
図3および
図5と同様に、入力される振動(第一振動f
1)の大きさに対する制振対象の車体(第二質量体2)の変位度合いをあらわすコンプライアンスを縦軸にとり、横軸に周波数比(λ=ω
1/ω
0)をとる。
【0071】
図7に示されるように、設定された質量比μ
dに対して実際の質量比μ
aが大きくなるほど制振性能が向上する。たとえば、ホイールの重力質量が軽減するほど、あるいは、車体の重力質量が増大するほど、制振性能が高まる。
そのため、第三モデルでは、設計当初のホイールの質量を増大させる、あるいは、設計当初の車体の質量を軽減させることで、設定された質量比μ
dを予め小さくしておくことにより、実際の質量比μ
aが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
【0072】
[3.制振構造の設計方法]
つぎに、制振構造の設計方法を説明する。
本設計方法では、
図8に示すように、構築工程(ステップA10),設定工程(ステップA20),演算工程(ステップA30)の順に三つの工程が実施される
【0073】
構築工程では、第一質量体1が設けられる主系S
1に対して、第二弾性体2aおよびダンパ2bを介して第二質量体2が設けられる付加系S
2を連結した受動型の制振構造のモデルを構築する。具体的には、上記の第一モデル,第二モデルまたは第三モデルを構築工程で構築する。
この構築工程は、上記の式(1)〜(10)の演算に対応する。
【0074】
設定工程では、主系S
1または付加系S
2に入力される振動fについて、設計された振動現象v
dに対して許容される実際の振動現象v
aの位相ずれとして位相余裕を予め設定する。
この設定工程は、上記の式(11)および(12)の演算に対応する。
演算工程では、設定工程で設定された位相余裕に基づいて、振動fが入力されたときの主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータを演算する。
この演算工程は、上記の式(13)〜(25)の演算に対応する。
【0075】
[4.作用および効果]
本実施形態の制振構造の設計方法は、上述のように構成されるため、以下のような作用および効果を得ることができる。
【0076】
(1)構築工程で構築された制振構造のモデルについて、設定工程で設定された位相余裕に基づいて、演算工程で主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータを演算することにより、第一質量体1や第二質量体2が変更されたとしても、当初に演算されたパラメータを用いて制振性能の低下を抑制することができる。すなわち、ひとたびパラメータを演算すれば、第一質量体1や第二質量体2が変更されるたびに新たな運動方程式や新たな一巡伝達関数からパラメータを演算しなくて済み、演算負荷を軽減することができる。また、主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータは、設定された質量比μ
dの変動を考慮して予め設定された位相余裕に基づき、十分な位相余裕が得られるように設定されるため、設計された振動現象v
dに対する実際の振動現象v
aの位相ずれを十分に許容することのできる制振構造を提供することができ、制振性能の低下を抑えることができる。
(2)このように、変動が考慮された質量比μ
dを設定工程で設定することにより、質量比μ
dが変動したとしても簡便な方法で制振性能の低下を抑えることができる。
【0077】
(3)第一モデルおよび第二モデルの構築工程では、第一質量体1としてのサスペンションクロスメンバに対して、第二弾性体2aおよびダンパ2bとしてのマウントを介して
第二質量体2としての動力伝達装置を連結したモデルを構築する。
このように構築される制振構造では、設計当初のサスペンションクロスメンバと設計当初の動力伝達装置との質量比μが変動したとしても、主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。言い換えれば、簡便な方法で制振性能の低下を抑えつつ、サスペンションクロスメンバや動力伝達装置を個別に変更することができる。
そのうえ、制振性能の低下が抑えられることでサスペンションクロスメンバの変位も抑えられるため、サスペンションクロスメンバによる車体の突き上げも抑えることができる。よって、快適性の低下も抑えられる。
【0078】
(4)第一モデルの設定工程では、サスペンションクロスメンバに入力される第一振動f
1について位相余裕を予め設定する。また、第一モデルの演算工程では、サスペンションクロスメンバの重力重量と動力伝達装置の重力重量とを用いてパラメータを演算する。
この第一モデルでは、設定された質量比μ
dに対して実際の質量比μ
aが大きくなるほど制振性能が向上することから、設計された質量比μ
dを予め小さくしておくことにより、実際の質量比μ
aが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
具体的には、設計当初のサスペンションクロスメンバの重力質量を増大させる、あるいは、設計当初の動力伝達装置の重力質量を軽減させることで、サスペンションクロスメンバや動力伝達装置を個別に変更して質量比μが変動したとしても、パラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。
【0079】
(5)第二モデルの設定工程では、動力伝達装置に入力される第二振動f
2について位相余裕を予め設定する。また、第二モデルの演算工程では、サスペンションクロスメンバの慣性質量と動力伝達装置の慣性質量とを用いてパラメータを演算する。
この第二モデルでは、設定された質量比μ
dに対して実際の質量比μ
aが小さくなるほど制振性能が向上することから、設定された質量比μ
dを予め大きくしておくことにより、実際の質量比μ
aが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
具体的には、設計当初のサスペンションクロスメンバの慣性質量を軽減させる、あるいは、設計当初の動力伝達装置の慣性質量を増大させることで、サスペンションクロスメンバや動力伝達装置を個別に変更して質量比μが変動したとしても、パラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。
【0080】
(6)第三モデルの構築工程では、第一質量体1としてのホイールに対して、第二弾性体2aおよびダンパ2bとしてのサスペンション装置を介して第二質量体2としての車体を連結したモデルを構築する。また、第三モデルの設定工程では、ホイールに入力される第一振動f
1について位相余裕を予め設定する。
このように構築される制振構造では、設計当初のホイールと設計当初の車体との質量比μが変動したとしても、主系S
1および付加系S
2の挙動に関するパラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。言い換えれば、簡便な方法で制振性能の低下を抑えつつ、ホイールや車体を個別に変更することができる。そのうえ、制振性能の低下が抑えられることで車体の変位も抑えられるため、快適性の低下を抑えることもできる。
【0081】
また、第三モデルの演算工程では、ホイールの重力質量と車体の重力質量とを用いてパラメータを演算する。
この第三モデルでは、設定された質量比μ
dに対して実際の質量比μ
aが大きくなるほど制振性能が向上することから、設定された質量比μ
dを予め小さくしておくことにより、実際の質量比μ
aが変動したとしても、制振性能の低下が効果的に抑えられる。
具体的には、設計当初のホイールの重力質量を増大させる、あるいは、設計当初の車体の重力質量を軽減させることで、パラメータを演算し直すことなく、制振性能の低下を抑えることができる。たとえば、ホイールを軽量化したり、乗員数の増加や積荷によって車体の重力質量が増大すれば、制振性能が高まる。
【0082】
(7)質量比μの変動前後のそれぞれにおいて式(10)で示される共通の一巡伝達関数GHを演算工程で用いることにより、簡便な方法でダンピング性能z,剛性比p
2,質量比μといったパラメータを設定することができる。言い換えれば、ひとたび設定された一巡伝達関数GHをそのまま演算工程で用いるため、演算負荷を軽減させることができる。
【0083】
(8)設定工程において、位相余裕を60°以上に設定することで、上記の式(11)のβにπ/3を代入する(すなわち、「cosβ」を「0.5」とする)ため、位相余裕を59°や61°といった他の値を採用する場合に比較して、「cosβ」を簡素な式あるいは数値で与えることができ、パラメータの演算負荷を軽減させることができる。
また、能動型の制振構造では、位相余裕が60°あれば十分に確保されたものとされることから、本件の受動型の制振構造においても、位相余裕を十分に確保することができる。
【0084】
(9)第一モデルと第二モデルとでは、第一質量体1および第二質量体2が共通であるものの、第一モデルでは重力質量を用いるのに対して第二モデルでは慣性質量を用いるので、演算工程で用いる質量の種類が異なる。よって、設計当初のサスペンションクロスメンバの慣性質量を軽減させるとともに重力質量を増大させ、あるいは、設計当初の動力伝達装置の慣性質量を増大させるとともに慣性質量を軽減させることで、第一モデルおよび第二モデルの双方で制振性能の低下を抑えることが可能である。
【0085】
さらに、第一モデルおよび第二モデルと第三モデルとでは、第一質量体1および第二質量体2が異なるため、第一モデルおよび第二モデルならびに第三モデルのすべてで制振性能の低下を抑えることが可能である。
そのうえ、第一モデル,第二モデルおよび第三モデルでは、上記の式(10)で与えられる共通の一巡伝達関数を用いるため、更に演算負荷を軽減させることができる。
【0086】
[5.変形例]
最後に、本設計方法の変形例について述べる。
たとえば、構築工程で構築される制振構造のモデルは、主系S
1の第一質量体1と付加系S
2の第二質量体2とのそれぞれが変位するダンパ2b付きの2自由度系のモデルであれば、第一〜第三モデルに限らず、種々の構造に適用することができる。たとえば、第一質量体1に車体や動力伝達装置が適用されてもよいし、第二質量体にサスペンションクロスメンバやホイールが適用されてもよい。この場合、演算工程で用いる質量は重力質量であっても慣性質量であってもよい。
【0087】
また、設定工程で予め設定される位相余裕は、60°に限らず、30°や45°といった任意の大きさに設定することができる。この場合には、上記の式(11)のβにπ/6やπ/4を代入するため、確保される位相余裕がやや小さく、「cosβ」がやや複雑になるほかは、上述した作用および効果を得ることができる。
そのほか、構築工程で構築される制振構造のモデルは、自動車に限らず、他の構造物や建造物の構造に適用することができる。