特許第6645219号(P6645219)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6645219R−T−B系焼結磁石用合金、及びR−T−B系焼結磁石
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6645219
(24)【登録日】2020年1月14日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】R−T−B系焼結磁石用合金、及びR−T−B系焼結磁石
(51)【国際特許分類】
   H01F 1/057 20060101AFI20200203BHJP
   H01F 41/02 20060101ALI20200203BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20200203BHJP
【FI】
   H01F1/057 170
   H01F41/02 G
   C22C38/00 303D
   C22C38/00 304
【請求項の数】5
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2016-17200(P2016-17200)
(22)【出願日】2016年2月1日
(65)【公開番号】特開2017-139259(P2017-139259A)
(43)【公開日】2017年8月10日
【審査請求日】2018年9月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003067
【氏名又は名称】TDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124062
【弁理士】
【氏名又は名称】三上 敬史
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 信
(72)【発明者】
【氏名】日高 徹也
(72)【発明者】
【氏名】早川 拓馬
(72)【発明者】
【氏名】鹿子木 史
(72)【発明者】
【氏名】藤川 佳則
(72)【発明者】
【氏名】後藤 将太
(72)【発明者】
【氏名】中嶋 春菜
(72)【発明者】
【氏名】増田 健
(72)【発明者】
【氏名】石坂 力
【審査官】 井上 健一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2014−146788(JP,A)
【文献】 国際公開第2012/090765(WO,A1)
【文献】 特開2012−015169(JP,A)
【文献】 特開2013−110387(JP,A)
【文献】 特開2009−170541(JP,A)
【文献】 特開2013−098447(JP,A)
【文献】 特開2011−210823(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/114571(WO,A1)
【文献】 特開2014−225623(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2014/0283649(US,A1)
【文献】 特開2011−187734(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01F 1/057
H01F 41/02
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
R−T−B系合金であり、
前記RはNdを含み、
前記TはFe、Co及びCuを含み、
前記合金の1つの断面において、Rリッチ相内に、Cuの元素濃度が0.5at%以上である領域Aが存在し、
前記領域Aの面積がRリッチ相の面積に対して80%以上であり、
前記合金の全質量に対して0.15〜0.3質量%のCuを含む、R−T−B系焼結磁石用合金。
【請求項2】
前記領域A内に、Coの元素濃度が2.5at%以上である領域Bが存在し、
前記領域Bの面積がRリッチ相の面積に対して60%以上である、請求項1に記載のR−T−B系焼結磁石用合金。
【請求項3】
Zr及びGaの少なくとも一方を含み、Zrを含む場合、Zrの含有量が前記合金の総質量に対して0.05〜0.3質量%であり、Gaを含む場合、Gaの含有量が前記合金の総質量に対して0.05〜0.3質量%である、請求項1又は2に記載の合金。
【請求項4】
R−T−B系焼結磁石であって、
前記RはNdを含み、
前記TはFe、Co及びCuを含み、
前記焼結磁石の2つの主相粒子間の粒界相におけるCuの最大元素濃度が1〜5at%であり、
Zr及びGaの少なくとも一方を含み、Zrを含む場合、Zrの含有量が前記焼結磁石の総質量に対して0.05〜0.3質量%であり、Gaを含む場合、Gaの含有量が前記焼結磁石の総質量に対して0.05〜0.3質量%である、焼結磁石。
【請求項5】
表面から内部に向かって少なくとも一つの重希土類元素の濃度が小さくなる領域を有するR−T−B系焼結磁石であって、
前記少なくとも一つの重希土類元素が、Tb及びDyの少なくとも一方を含み、
前記Rは、Ndを含み、
前記TはFe、Co及びCuを含み、
2つの主相粒子間にTb及びDyの少なくとも一方と、Ndとを含む粒界相を有し、
前記粒界相を含む部分におけるTb又はDyの濃度分布曲線の半値幅からCuの濃度分布曲線の半値幅を引いた値が10〜20nmであり、
Zr及びGaの少なくとも一方を含み、Zrを含む場合、Zrの含有量が前記焼結磁石の総質量に対して0.05〜0.3質量%であり、Gaを含む場合、Gaの含有量が前記焼結磁石の総質量に対して0.05〜0.3質量%である、焼結磁石。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、R−T−B系焼結磁石用合金、及びR−T−B系焼結磁石に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類元素Rと、Fe又はCo等の遷移金属元素Tと、ホウ素Bとを含有するR−T−B系焼結磁石は、優れた磁気特性を有する。従来、R−T−B系焼結磁石の残留磁束密度(Br)及び保磁力(HcJ)を向上させるために、多くの検討がなされている。例えば、磁石基材中に含まれる金属状態の希土類量を所定量以上とすることにより、保磁力及び磁化曲線の角型性が改善されることが知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−170541号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、高性能モーター等に使用される焼結磁石には、さらなる磁気特性の向上が求められている。特許文献1の製造方法で得られるNd−Fe−B焼結磁石についても、磁化曲線の角型性に改善の余地があった。
【0005】
本発明は、上記従来技術の問題に鑑みなされたものであって、角型性が改善されたR−T−B系焼結磁石、それを製造するのに適したR−T−B系焼結磁石用合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のR−T−B系焼結磁石用合金は、R−T−B系合金であり、RはNdを含み、TはFe、Co及びCuを含み、合金の1つの断面において、Rリッチ相内に、Cuの元素濃度が0.5at%以上である領域Aが存在し、領域Aの面積がRリッチ相の面積に対して80%以上である。
【0007】
上記合金は、領域A内に、Coの元素濃度が2.5at%以上である領域Bが存在し、領域Bの面積がRリッチ相の面積に対して60%以上であると好ましい。
【0008】
本発明のR−T−B系焼結磁石は、RはNdを含み、TはFe、Co及びCuを含み、当該焼結磁石の2つの主相粒子間の粒界相におけるCuの最大元素濃度が1〜5at%である。
【0009】
本発明のR−T−B系焼結磁石は、表面から内部に向かって少なくとも一つの重希土類元素の濃度が小さくなる領域を有し、少なくとも一つの重希土類元素が、Tb及びDyの少なくとも一方を含み、Rは、Ndを含み、TはFe、Co及びCuを含み、2つの主相粒子間にTb及びDyの少なくとも一方と、Ndとを含む粒界相を有し、上記粒界相を含む部分におけるTb又はDyの濃度分布曲線の半値幅からCuの濃度分布曲線の半値幅を引いた値が10〜20nmである。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、角型性が改善されたR−T−B系焼結磁石、それを製造するのに適したR−T−B系焼結磁石用合金を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】合金1のEPMAによる元素分析結果である。
図2】合金2のEPMAによる元素分析結果である。
図3】比較合金1のEPMAによる元素分析結果である。
図4】焼結磁石1A、2A、及び比較焼結磁石1Aの磁化曲線である。
図5】焼結磁石1A、2A、及び比較焼結磁石1Aについて、EPMAによるCuの元素分析結果である。
図6】焼結磁石1AのNdの3DAPマップである。
図7】比較焼結磁石1AのNdの3DAPマップである。
図8】実施例1の拡散後焼結磁石についての2つの主相粒子間におけるTb元素の3DAPの測定結果及びガウスフィッティングの結果である。
図9】比較例1の拡散後焼結磁石についての2つの主相粒子間におけるTb元素の3DAPの測定結果及びガウスフィッティングの結果である。
図10】実施例1の拡散後焼結磁石についての2つの主相粒子間の粒界相及びその近傍におけるTb及びCuのそれぞれの濃度分布曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<R−T−B系焼結磁石用合金>
本実施形態のR−T−B系焼結磁石用合金は、希土類元素Rと遷移金属元素Tとホウ素Bとを含むR−T−B系合金である。上記RはNdを含み、上記TはFe、Co及びCuを含む。なお、以下では、R−T−B系焼結磁石用合金を単に磁石用合金とも呼ぶ。
【0013】
希土類元素Rは、Nd以外にもSc、Y、La、Ce、Pr、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb及びLuからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素を含んでいてもよい。Nd以外の希土類元素としては、Pr又はDy、Tbが好ましい。
【0014】
本実施形態の磁石用合金において、Rの含有量は、合金の全質量に対して好ましくは29〜33質量%であり、好ましくは29.5〜31.5質量%である。Rの含有量が29質量%以上であると、当該磁石用合金から焼結磁石を製造した際に、高い保磁力を有する焼結磁石が得られやすい。一方Rの含有量が33質量%以下であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石において、Rリッチな非磁性相が多くなり過ぎず、焼結磁石の残留磁束密度が向上する傾向にある。
【0015】
本実施形態の磁石用合金において、Ndの含有量は、合金の全質量に対して15〜33質量%であると好ましく、20〜31.5質量%であるとさらに好ましい。磁石用合金中のNdの含有量が、15〜33質量%であると、保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。また、コストの観点から、本実施形態の磁石用合金におけるPr元素の含有量は5〜10質量%であると好ましい。必要な保磁力に応じてDy又はTbを含有していてもよい。Dy又はTbの含有量としては、合金の全質量に対して0〜10質量%であると好ましい。
【0016】
本実施形態の磁石用合金は、Nd、Fe、Co及びCu以外の元素を含んでいてもよく、Al、Si、Mn、Ni、Ga、Sn、Bi、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wを含んでもよい。特にAl、Zr又はGaを含むことが好ましい。本実施形態の磁石用合金におけるAlの含有量は、合金の全質量に対して0.05〜0.3質量%であると好ましく、0.15〜0.25質量%であるとさらに好ましい。磁石用合金中のAlの含有量が、0.05〜0.3質量%であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。本実施形態の磁石用合金におけるZrの含有量は、合金の全質量に対して0.05〜0.3質量%であると好ましく、0.1〜0.2質量%であるとさらに好ましい。磁石用合金中のZrの含有量が、0.05〜0.3質量%であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。本実施形態の磁石用合金におけるGaの含有量は、合金の全質量に対して0.05〜0.3質量%であると好ましく、0.1〜0.2質量%であるとさらに好ましい。磁石用合金中のGaの含有量が、0.05〜0.3質量%であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。
【0017】
磁石用合金におけるCoの含有量は、0.5〜3質量%であると好ましく、1.0〜2.5質量%であるとより好ましい。Coの含有量が0.5〜3質量%であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。また、残留磁束密度の温度係数および耐食性が良好となる。また、磁石用合金におけるCuの含有量は、0.05〜0.3質量%であると好ましく、0.15〜0.25質量%であるとより好ましい。Cuの含有量が0.05〜0.3質量%であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。また、耐食性が良好となる。Feは、本実施形態の磁石用合金における必須元素及び任意元素以外の残部であり、Feの含有量としては、50〜70質量%であると好ましい。
【0018】
磁石用合金における、Bの含有量は、0.5〜2質量%であると好ましく、0.8〜1.1質量%であるとより好ましく、0.85〜1.0質量%であるとさらに好ましい。Bの含有量が0.5質量%以上であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石の保磁力が向上する傾向にあり、2質量%以下であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石においてBリッチな非磁性相の形成が抑制され、焼結磁石の残留磁束密度が向上する傾向にある。
【0019】
本実施形態の磁石用合金は、主に、R14Bで構成されるデンドライト状の主相と、主相の粒界相に存在して主相粒子よりもR濃度の高いRリッチ相とを含む。Rリッチ相におけるRの濃度は、例えば、50at%以上であり、70at%以上であってもよい。上記磁石用合金は、当該合金の一つの断面において、Rリッチ相内に、Cuの元素濃度が0.5at%以上である領域Aが存在し、Rリッチ相の面積に対する当該領域Aの面積の比(Nd−Cuの一致度とも呼ぶ)が80%以上であり、90%以上であるとより好ましい。
【0020】
本実施形態の磁石用合金は、上述のように、Rリッチ相が存在している領域とCuが存在している領域とが広範囲で重複している。このような磁石用合金から拡散前焼結磁石を製造した場合、短時間の焼成であっても、残留磁束密度、保磁力、及び角型性が良好な焼結磁石を得ることができる。また、後述するように、拡散前焼結磁石において2つの主相粒子間のCuの最大元素濃度を1〜5at%とすることができる。この理由は必ずしも明確ではないが、本発明者らは、合金でのCuの分散状態が、粉砕、焼結した後でも分散状態に影響を与えているためと考えている。あるいは、Rリッチ相にNdとCuが存在することにより、焼結温度域での相状態がCuを1〜5at%含んでいると考えている。また、本実施形態の磁石用合金から後述の拡散後焼結磁石を製造した場合、後述のTb及びDyの濃度分布曲線の半値幅からCuの濃度分布曲線の半値幅を引いた値を10〜20nmとすることができる。そのため、後述するように、本実施形態の磁石用合金から製造した拡散後焼結磁石は、磁化曲線の角型性が良好である。
【0021】
磁石用合金の一つの断面において、主相におけるCuの元素濃度の最大値は、0.1at%以下であってよく、Cuが実質的に主相に含まれないことが好ましい。また、Rリッチ層におけるCuの元素濃度の最大値は0.5〜2at%であると好ましい。Rリッチ層におけるCuの元素濃度の最大値が0.5〜2at%であると、上述のNd−Cuの一致度を80%以上としやすい。
【0022】
上記領域A内には、Coの元素濃度が2.5at%以上である領域Bが存在していてもよい。Rリッチ相の面積に対する領域Bの面積の比(Nd−Cu−Coの一致度とも呼ぶ。)は、60%以上であると好ましく、70〜90%であるとさらに好ましい。Nd−Cu−Coの一致度が60%以上であると、Rリッチ相の融点が下がるため、合金又は拡散前焼結磁石のCu分布に影響を与え、後述のTb及びDyの濃度分布曲線の半値幅からCuの濃度分布曲線の半値幅を引いた値を10〜20nmとすることができる。
【0023】
ここで、磁石用合金の上記断面におけるNd、Cu及びCoの元素濃度は、例えば、3次元アトムプローブ(3DAP)で測定することができる。
【0024】
磁石用合金には主相とRリッチ相以外にα−Fe相又はチル晶が含まれることがある。α−Fe相は合金鋳造時に冷却速度が遅い場合に発生する主にFeからなる相であり、チル晶は冷却が早い場合に発生する1μm以下の粒状の結晶である。磁気特性が低下することからα-Fe相、チル晶ともに合金断面の面積比で3%以下が好ましい。
【0025】
磁石用合金はデンドライト組織となっているが、そのRリッチ相の間隔を測定することで組織状態を測定できる。Rリッチ相間隔の平均値は2〜5μmであることが好ましく、3〜4μmであることがより好ましい。Rリッチ相間隔が細かいと作成された磁石の残留磁束密度が得られにくく、粗いと低保磁力となるため、3〜4μmであると好ましい。
【0026】
<拡散前焼結磁石>
本実施形態のR−T−B系焼結磁石は、希土類元素RとしてNdを含み、遷移金属元素Tとして、Fe、Co及びCuを含む。なお、後述の、重希土類元素を拡散したR−T−B系焼結磁石と区別するために、重希土類元素を拡散する前のR−T−B系焼結磁石を拡散前焼結磁石とも呼ぶ。
【0027】
希土類元素Rは、Nd以外にもSc、Y、La、Ce、Pr、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb及びLuからなる群より選ばれる少なくとも一種の希土類元素を含んでいてもよい。Nd以外の希土類元素としては、Pr又はDy、Tbが好ましい。
【0028】
本実施形態の拡散前焼結磁石において、Rの含有量は、拡散前焼結磁石の全質量に対して好ましくは29〜33質量%であり、より好ましくは29.5〜31.5質量%である。Rの含有量が29質量%以上であると、高い保磁力を有する拡散前焼結磁石が得られやすい。一方、Rの含有量が33質量%以下であると、Rリッチな非磁性相が多くなり過ぎず、拡散前焼結磁石の残留磁束密度が向上する傾向にある。
【0029】
本実施形態の拡散前焼結磁石において、Ndの含有量は、拡散前焼結磁石の全質量に対して15〜33質量%であると好ましく、20〜31.5質量%であるとさらに好ましい。拡散前焼結磁石中のNdの含有量が、15〜33質量%であると、保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。また、コストの観点から、本実施形態の拡散前焼結磁石におけるPr元素の含有量は5〜10質量%であると好ましい。必要な保磁力に応じてDy又はTbを含有していてもよい。Dy又はTbの含有量としては、合金の全質量に対して0〜10質量%であると好ましい。
【0030】
拡散前焼結磁石は、Nd、Fe、Co及びCu以外の元素を含んでいてもよく、Al、Si、Mn、Ni、Ga、Sn、Bi、Ti、V、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、Ta、Wを含んでもよい。特にAl、Zr又はGaを含むことが好ましい。本実施形態の拡散前焼結磁石におけるAlの含有量は、拡散前焼結磁石の全質量に対して0.05〜0.3質量%であると好ましく、0.15〜0.25質量%であるとさらに好ましい。拡散前焼結磁石中のAlの含有量が、0.05〜0.3質量%であると、拡散前焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。本実施形態の拡散前焼結磁石におけるZrの含有量は、合金の全質量に対して0.05〜0.3質量%であると好ましく、0.1〜0.2質量%であるとさらに好ましい。拡散前焼結磁石中のZrの含有量が、0.05〜0.3質量%であると、拡散前焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。本実施形態の拡散前焼結磁石におけるGaの含有量は、合金の全質量に対して0.05〜0.3質量%であると好ましく、0.1〜0.2質量%であるとさらに好ましい。拡散前焼結磁石中のGaの含有量が、0.05〜0.3質量%であると、当該磁石用合金から製造された焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。
【0031】
拡散前焼結磁石におけるCoの含有量は、0.5〜3質量%であると好ましく、1.0〜2.5質量%であるとより好ましい。Coの含有量が0.5〜3質量%であると、拡散前焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にある。また、残留磁束密度の温度係数及び耐食性が良好となる。また、拡散前焼結磁石におけるCuの含有量は、0.05〜0.3質量%であると好ましく、0.15〜0.25質量%であるとより好ましい。Cuの含有量が0.15〜0.25であると、拡散前焼結磁石の保磁力及び残留磁束密度が向上する傾向にあり、耐食性も良好となる。Feは、本実施形態の拡散前焼結磁石における必須元素及び任意元素以外の残部であり、Feの含有量としては、50〜70質量%であると好ましい。
【0032】
拡散前焼結磁石における、Bの含有量は、0.5〜2質量%であると好ましく、0.8〜1.1質量%であるとより好ましく、0.85〜1.0質量%であるとさらに好ましい。Bの含有量が0.5質量%以上であると、拡散前焼結磁石の保磁力が向上する傾向にあり、2質量%以下であると、拡散前焼結磁石においてBリッチな非磁性相の形成が抑制され、焼結磁石の残留磁束密度が向上する傾向にある。
【0033】
本実施形態の拡散前焼結磁石は、主相粒子(R14B)と主相粒子間を占める粒界相を備える。本実施形態の拡散前焼結磁石の一つの断面において、2つの主相粒子間のCuの最大元素濃度は、1〜5at%であり、2〜4at%であると好ましい。ここで、Cuの最大元素濃度とは、例えば、EPMA、3DAP等により得られた拡散前焼結磁石の断面のCu元素マップにおける2つの主相粒子間のCuの元素濃度の最大値を言う。本実施形態の拡散前焼結磁石は、2つの主相粒子間のCuの最大元素濃度が1〜5at%であるため、角型性が良好である。この理由は必ずしも明確ではないが、本発明者らは、粒界相の交換相互作用の度合いが適正なため、主相粒子間の磁気的結合が適正になるためと考えている。
また、このような拡散前焼結磁石にTb又はDyを拡散して焼結磁石を製造した場合に、後述のTb及びDyの濃度分布曲線の半値幅からCuの濃度分布曲線の半値幅を引いた値を10〜20nmとしやすい。この理由は必ずしも明確ではないが、本発明者らは、Cuの効果により拡散温度における粒界相の融点が下がり、拡散前磁石の表面から内部に向かってTb又はDy元素が拡散されやすくなるとともに、粒界相における拡散と比較して主相粒子への拡散が遅くなるためと考えている。そのため、このような拡散前焼結磁石にTb又はDyを拡散して製造した焼結磁石は磁化曲線の角型性が良好である。
【0034】
本実施形態の拡散前焼結磁石において、主相粒子中のCuの元素濃度の最大値は、0.1at%以下であることが好ましく、主相粒子が実質的にCuを含まないことが好ましい。ここで、実質的に含まないとは、例えば、EPMAにより拡散前焼結磁石の断面の元素分析を行った場合に、主相粒子におけるCuの含有量がEPMAの検出限界(0.01at%)以下であることを言う。
【0035】
拡散前焼結磁石に含まれる主相粒子の平均粒径は1〜5μmであることが好ましく、2.5〜4μmであることがより好ましい。主相粒子の粒径が5μm以下であると、当該拡散前焼結磁石に重希土類元素を拡散させる際に、重希土類元素の粒子を拡散前焼結磁石の表面に均一に付着させやすくなる。主相粒子の粒径は、粉砕後の磁石用合金の粒径、焼結温度、及び焼結時間等によって制御できる。
【0036】
従来の重希土類元素を拡散させる前のR−T−B系焼結磁石では、Cu元素は、R−T−B系焼結磁石における粒界相のうち、多粒子粒界相(3つ以上の主相粒子に面した粒界相、例えば、3つの主相粒子に面した粒界三重点等が含まれる。)に多く存在し、2つの主相粒子間の粒界相にはほとんど存在しない。これに対して、本実施形態の拡散前焼結磁石では、多粒子粒界相だけでなく、2つの主相粒子間の粒界相にもCu元素が多く存在する領域がある。なお、本明細書では、2つの主相粒子間の粒界相は、粒界相のうち、一方の主相粒子の表面から隣接する他の主相粒子の表面への距離が100nm以下となる領域を言い、50nm以下の領域であってもよく、30nm以下の領域であってもよい。当該距離の下限値としては、特に制限はないが、10nm程度である。
【0037】
<拡散後焼結磁石>
本実施形態のR−T−B系焼結磁石は、表面から内部に向かって少なくとも一つの重希土類元素の濃度が小さくなる領域を有し、当該少なくとも一つの重希土類元素が、Tb及びDyの少なくとも一方を含み、Rは、Ndを含み、TはFe、Co及びCuを含む。本実施形態のR−T−B系焼結磁石は、拡散前焼結磁石にTb又はDyを含む重希土類元素を拡散させることにより得られる。そのため、以下では、Tb又はDyを含む重希土類元素を拡散させたR−T−B系焼結磁石を拡散後焼結磁石とも呼ぶ。なお、焼結磁石は、拡散により導入された重希土類元素を含むことを除いて拡散前焼結磁石と、同様の組成を有していてよい。なお、以下では、本実施形態の拡散後焼結磁石に拡散させた重希土類元素を拡散重希土類元素とも呼ぶ。
【0038】
本実施形態の拡散後焼結磁石は、後述のとおり、拡散前磁石の表面から重希土類元素を拡散させたものであるため、表面から内部に向かって拡散重希土類元素の濃度が小さくなる領域を有する。拡散後焼結磁石における当該表面(以下、拡散面とも呼ぶ)は、後述の拡散工程において、重希土類元素を拡散させる前に重希土類化合物を塗布した面に由来する。本実施形態のR−T−B系焼結磁石において、拡散面は、拡散後焼結磁石の表面全体であってもよく、表面の一部分であってもよい。より具体的には、直方体の拡散後焼結磁石の場合、6面全てが拡散面であってもよく、対向する2面のみが拡散面であってもよく、一つの面のみでもよい。拡散面が形成された面において、拡散面は、面の全体であってもよく、面の1箇所又は複数個所に離散的に設けられていてもよい。直方体の6面全てが拡散面である拡散後焼結磁石は、角部で保磁力の向上幅が大きくできるため好ましい。また、面の一部に拡散面を形成したものは、重希土類量の使用量が少なくて済み、残留磁束密度や保磁力が磁石全体で均一に近くなるため好ましい。
【0039】
また、本実施形態の拡散後焼結磁石における拡散重希土類元素の濃度が小さくなる領域は、拡散面から少なくとも0.5mmの深さであってよく、0.1mmの深さであってもよい。拡散後焼結磁石における拡散前重希土類元素の濃度が小さくなる領域が、拡散面から少なくとも0.1mmの深さまで存在していると、耐食性が高まるため好ましい。なお、拡散面からの深さは、拡散面から拡散後磁石内部へ拡散面の法線方向に測った距離とする。
【0040】
拡散重希土類元素は、Tb又はDyと共にTb又はDy以外の重希土類元素を含んでいてもよい。Tb又はDy以外の重希土類元素としては、Gd、Ho、Er、Tm、Yb及びLuからなる群より選ばれる少なくとも一種であればよい。焼結磁石に拡散により導入されたTb又はDyの含有量は、0.1〜1質量%であると好ましく、0.2〜0.7質量%であるとより好ましい。また、焼結磁石に拡散により導入されたTb又はDy以外の重希土類元素の含有量は、0.1質量%以下であるとより好ましい。なお、拡散後焼結磁石には、拡散前焼結磁石由来の重希土類元素が含まれていてもよいが、拡散重希土類元素は、拡散面から磁石内部へ向かって濃度が小さくなる領域を有する点で、拡散前焼結磁石由来のものと異なる。
【0041】
本実施形態の拡散後焼結磁石は、主相粒子と主相粒子間を占める粒界相とを備える。本実施形態の拡散後焼結磁石は、2つの主相粒子間にTb及びDyの少なくとも一方と、Ndとを含む粒界相を有し、当該粒界相を含む部分におけるTb又はDyの濃度分布曲線の半値幅からCuの濃度分布曲線の半値幅を引いた値は10〜20nmである。ここで、粒界相を含む部分は、2つの主相粒子間の粒界相と、主相粒子における当該粒界相近傍の領域からなる。図10に、一例として、後述する実施例1の拡散後焼結磁石における2つの主相粒子間の上記粒界相及び粒界相近傍のTb及びCuのそれぞれ濃度分布曲線を示す。本実施形態の拡散後磁石においてもCuは、2つの主相粒子間の粒界相にしか略存在しないため、Cuの濃度分布曲線は、2つの主相粒子間にシャープな分布を有する。一方、図10に示されるように、拡散重希土類元素は、2つの主相粒子間の粒界相だけでなく、粒界相近傍(主相粒子における、2つの主相粒子間の粒界相と接する主相粒子の表面から10〜200nm又は10〜100nm程度の領域)まで分布している。濃度分布曲線は、拡散後焼結磁石の一つの断面において、一方の主相粒子の表面の任意の点から他方の主相粒子表面への距離(最短距離であってよい)を表す線分に沿って2つの主相粒子間の粒界相及び当該粒界相近傍を横断するように3DAP等により測定することにより、求めることができる。濃度分布曲線の測定領域は、Tb又はDyの濃度分布曲線とCuの濃度分布曲線との半値幅がそれぞれ求められる程度であれば特に制限はないが、200nm程度であればよい。ここで、上記断面は、拡散面に対して垂直な面であってよい。また、半値幅は、半値全幅を指す。拡散後焼結磁石においても2つの主相粒子間の粒界相の定義は、拡散前焼結磁石で定義したものと同じである。
Cuは主相粒子に固溶せず、粒界相に存在するため、磁石の粒界相を示している。そのため、2つの主相粒子間の粒界相及びその近傍におけるTb又はDyの濃度分布曲線の半値幅からCuの濃度分布曲線の半値幅を引いた値は、主相粒子への重希土類元素の拡散範囲を示している。
このような拡散後焼結磁石は、磁化曲線における角型性に優れる。なお、角型性の評価は、例えば、磁化曲線において、磁化率が残留磁束密度よりも10%減少した時の磁場HkをHcJで除した値を使用することができる。
本実施形態の拡散後焼結磁石が、角型性に優れる理由は必ずしも定かではないが、本発明者らは、均一に重希土類元素の拡散が進むことで、低保磁力の粒子の存在割合が小さくなり、粒子ごとの保磁力の分布が小さいことと、主相粒子内への重希土類元素の拡散が制御されているために、そのばらつきが小さくなったためであると考えている。なお、濃度分布曲線の半値幅は、上記の方法により測定した濃度分布曲線を、ガウス関数でカーブフィッティングを行うことにより得られる。上記半値幅の差は、10〜20nmであり、15〜19nmであるとより好ましい。
【0042】
本実施形態の拡散後焼結磁石は、コア−シェル型の焼結磁石であってもよい。コア−シェル型の焼結磁石は、コアとコアを被覆するシェルとを備える複数の主相粒子を備える。シェルは、主相粒子において、軽希土類元素に対する重希土類元素の割合(重希土類元素/軽希土類元素)が、コアにおける割合よりも高く、例えば、シェルにおける上記割合がコアにおける割合の2倍以上となっている部分をシェルとする。重希土類元素量削減によるコスト低下及び保磁力向上の観点から、シェルにおける重希土類元素の濃度は、0.5〜7質量%であると好ましい。
【0043】
<磁石用合金の製造方法>
以下、本実施形態の磁石用合金の製造方法について説明する。
【0044】
まず、Nd、Fe、Co、Cu及びBを含む原料を用意する。Nd、Fe、Co及びCuを含む原料としては、Nd、Fe、Co、Cuの金属、又は合金が挙げられる。Bは、金属との化合物の形で添加され、例えば、Fe−B等が挙げられる。所望の磁石用合金がNd、Fe、Co、Cu以外の金属を含む場合、それらの金属を単体又は合金として上記原料粉末に添加することができる。
【0045】
所望の磁石用合金の組成と一致するように原料粉末を秤量し、混合する。得られた原料粉末の混合物をアルミナるつぼ等の耐熱性の容器に装填し、高周波真空誘導炉等の炉内で融解して溶湯とする。溶解は鋳造温度以上に一度上げ、溶け残りを無くすことが必要である(溶解最大温度)。溶け残りを無くすためには高い温度が良いが、高すぎると不純物量が多くなり磁気特性に悪影響を及ぼす。鋳造温度は高いと鋳型あるいはロールとの密着が良くなり冷却速度は早くなる。炉内の雰囲気は、Ar等の不活性雰囲気が好ましい。得られた溶湯から磁石用合金を得る方法としては、例えば、ストリップキャスト法、遠心鋳造法、ブックモールド法等が挙げられるが、組織制御の面からはストリップキャスト法が望ましい。ストリップキャスト法は合金溶湯をロールで冷却する方法である。ロール材質は熱伝導度の面からCuあるいはCu系合金が好ましい。特にBe−Cu、Cr−Cu等は強度も兼ね備えていることから特に好ましい。ロールの表面状態は粗度が粗いと溶湯をはじきやすいが、細かいと密着しなくなる。ロールの表面状態を制御する方法としては、ロールの表面を紙やすり等で研磨する方法が挙げられる。好ましい紙やすりの番手としては、♯100〜♯1200が挙げられる。また、研磨の方向としては特に制限されず、ロールの周方向、ロールの周方向に垂直な方向(ロールの軸に沿った方向)、又はそれ以外の方向に斜めに研磨してもよいが、斜めが好ましい。溶湯の組成、温度、粘性、表面張力等に依るため、組成、鋳造条件により都度合わせこむ必要がある。ロールの回転速度(周速)は1〜10m/sが好ましい。ロールの回転速度が速すぎるとロールに密着しにくく、また冷却している時間が取れない。一方、ロールの回転速度が遅いと鋳片が厚くなりやすい。また、例えば、ロールの回転速度が速い場合は、ロールの表面を粗くして合金とロールを密着しやすくする等、他の条件を変更することにより、冷却速度を変更することもできる。ロールでの冷却後の合金の温度はRリッチ相の融点付近の温度であるため、その後の温度履歴も組織に影響する場合がある(2次冷却)。2次冷却でArの吹付や回収容器の水冷などにより冷却速度を上げるとRリッチ相の組織構造は途切れにくくなる。
【0046】
磁石用合金を得る際に、例えば、ストリップキャスト法において、合金溶湯を、溶湯量を制御するタンディシュで受けた後、ロール上で冷却し、鋳片を作製することが好ましい。このような方法により、ロール面から主相結晶が合金の厚さ方向に成長して主相結晶と主相結晶との間にRリッチ相が生成される。溶解最大温度は、磁石用合金の融点よりも200〜350℃高いことが好ましい。タンディシュからロールに溶湯を注ぐ際のロール直前の溶湯の温度(鋳造温度)は、磁石用合金の融点よりも200〜250℃高いことが好ましい。なお、るつぼからタンディシュに注ぐ際の温度は鋳造温度に合わせて適宜決定すればよい。ロールから剥離した直後の合金の温度を400〜650℃とすることが好ましい。例えばこのような方法により、上記Nd−Cuの一致度が80%以上の磁石用合金を得やすくできる。合金の厚みは例えば50〜500μmが好ましく、100〜400μmがより好ましく、200〜300μmがさらに好ましい。Rリッチ相とRリッチ相の間隔は1〜10μmが好ましく、2〜6μmがより好ましく、3〜5μmがさらに好ましい。
【0047】
<拡散前焼結磁石の製造方法>
本実施形態の拡散前焼結磁石は、原料合金として上記本実施形態の磁石用合金を使用することにより得られる。なお、原料合金としては、コスト削減の観点から、本実施形態の磁石用合金を単独で使用することもできるが、本実施形態の磁石用合金以外の合金を併用してもよい。本実施形態の磁石用合金以外の合金としては、希土類元素Rを含むR−T合金やR−T−B合金が挙げられ、特に希土類元素と遷移金属元素からなるR−T合金であると好ましい。R−T合金の具体例としては、R−Fe−Al合金、R−Fe−Al−Cu合金、R−Fe−Al−Cu−Co−Zr合金などが挙げられる。原料として複数の合金を使用する場合、本実施形態の磁石用合金の使用量を、使用する合金の全質量を基準として80質量%以上とすることが好ましく、90質量%以上とすることがより好ましい。
【0048】
まず、磁石用合金を粗粉砕して、数百μm程度の粒径を有する粒子にする。磁石用合金の粗粉砕には、例えば、ジョークラッシャー、ブラウンミル、スタンプミル等の粗粉砕機を用いればよい。また、磁石用合金の粗粉砕は、不活性ガス雰囲気中で行なうことが好ましい。磁石用合金に対して水素吸蔵粉砕を行ってもよい。水素吸蔵粉砕では、磁石用合金に水素を吸蔵させた後、磁石用合金を不活性ガス雰囲気下で加熱し、異なる相間の水素吸蔵量の相違に基づく自己崩壊によって磁石用合金を粗粉砕することができる。
【0049】
粗粉砕後の磁石用合金を、その粒径が1〜10μmになるまで微粉砕してもよい。微粉砕には、ジェットミル、ボールミル、振動ミル、湿式アトライター等を用いればよい。微粉砕では、ステアリン酸亜鉛やオレイン酸アミド等の添加剤を原料合金に添加してもよい。これにより、成形時の磁石用合金の配向性を向上することができる。
【0050】
粉砕後の磁石用合金を磁場中で加圧成形して、成形体を形成する。加圧成形時の磁場は、950〜1600kA/m程度であればよい。加圧成形時の圧力は、50〜200MPa程度であればよい。成形体の形状は特に制限されず、柱状、平板状、リング状等とすればよい。
【0051】
成形体を真空又は不活性ガス雰囲気中で焼結させて、拡散前焼結磁石を得る。焼結温度は、原料合金の組成、粉砕方法、粒度、粒度分布等の諸条件に応じて調節すればよい。焼結温度は、900〜1100℃であればよく、焼結時間は、1〜10時間程度であればよい。焼結後に時効処理を行っても良い。拡散前焼結磁石としての保磁力は時効処理により大幅に向上する。拡散処理を行う場合、時効処理温度よりも拡散熱処理温度は高温であるため、時効処理の影響は受けない。
【0052】
拡散前焼結磁石における酸素の含有量は3000質量ppm以下であることが好ましく、2500質量ppm以下であることがより好ましく、1000質量ppm以下であることが最も好ましい。酸素量が少ないほど、得られる焼結磁石中の不純物が少なくなり、焼結磁石の磁気特性が向上する。酸素量が多い場合、後述の拡散工程において、焼結体中の酸化物が、重希土類元素の拡散を防ぎ、多粒子粒界相に重希土類元素が偏析し易くなる。そのため、シェルが形成され難く、保磁力が低下する傾向がある。焼結体における酸素の含有量を低減する方法としては、水素吸蔵粉砕から焼結までの間、原料合金を酸素濃度が低い雰囲気下に維持することが挙げられる。
【0053】
拡散前焼結磁石を所望の形状に加工した後、拡散前焼結磁石の表面を酸溶液によって処理してもよい。表面処理に用いる酸溶液としては、硝酸、塩酸等の水溶液と、アルコールとの混合溶液が好適である。表面処理の方法としては、例えば、拡散前焼結磁石を酸溶液に浸漬すること、焼結体に酸溶液を噴霧すること等が挙げられる。表面処理によって、拡散前焼結磁石に付着していた汚れ、酸化層等を除去して清浄な表面を得ることができ、後述するTb又はDy化合物粒子の付着及び拡散を確実に実施できる。汚れや酸化層等の除去をさらに良好に行う観点からは、酸溶液に超音波を印加しながら表面処理を行ってもよい。
【0054】
<拡散後焼結磁石の製造方法>
本実施形態の拡散後焼結磁石は、上述の拡散前焼結磁石に重希土類元素を拡散させることによって得ることができる(拡散工程)。本実施形態において、重希土類元素は、Tb又はDyを含む。
【0055】
まず、拡散前焼結磁石の表面に、重希土類元素を含む重希土類化合物を付着させる。重希土類化合物としては、合金、酸化物、ハロゲン化物、水酸化物、水素化物等が挙げられるが、特に水素化物を用いることが好ましい。水素化物を用いた場合、重希土類元素を拡散させる際に、水素化物に含まれるTb又はDy元素だけが磁石素体内へ拡散する。水素化物に含まれる水素は、重希土類元素を拡散させる際に拡散前焼結磁石の外部へ放出される。したがって、重希土類元素の水素化物を用いれば、最終的に得られる拡散後焼結磁石中に重希土類元素化合物に由来する不純物が残留しないため、拡散後焼結磁石の残留磁束密度の低下を防止し易くなる。重希土類元素の水素化物としては、DyH、TbH又はDy−Fe若しくはTb−Feの水素化物が挙げられる。特に、DyH又はTbHが好ましい。Dy−Feの水素化物を用いた場合、Feも熱処理工程において拡散後焼結磁石中に拡散する傾向がある。
【0056】
拡散前焼結磁石に付着させる重希土類化合物は、粒子状であることが好ましく、その平均粒径は100nm〜50μmであることが好ましく、1μm〜10μmであることがより好ましい。重希土類化合物の粒径が100nm以上であると、拡散前焼結磁石中に拡散する重希土類化合物の量が多くなり過ぎず、拡散後焼結磁石の残留磁束密度が低下を抑制できる。粒径が50μm以下であると、拡散前焼結磁石中への重希土類化合物が拡散しやすくなり、保磁力を向上させることができる。
【0057】
拡散前焼結磁石に重希土類化合物を付着させる方法としては、例えば、重希土類化合物の粒子をそのまま拡散前焼結磁石に吹き付ける方法、重希土類化合物を溶媒に溶解した溶液を拡散前焼結磁石に塗布する方法、重希土類化合物の粒子を溶媒に分散させたスラリー状の拡散剤を拡散前焼結磁石に塗布する方法、重希土類元素を蒸着する方法、重希土類元素を電着させる方法等が挙げられる。なかでも、拡散剤を拡散前焼結磁石に塗布する方法が好ましい。拡散剤を用いた場合、重希土類化合物を拡散前焼結磁石に均一に付着させることができ、重希土類元素の拡散を確実に進行させることができる。以下では、拡散剤を用いる場合について説明する。
【0058】
拡散剤に用いる溶媒としては、重希土類化合物を溶解させずに均一に分散させ得るものが好ましい。例えば、アルコール、アルデヒド、ケトン等が挙げられ、なかでもエタノールが好ましい。拡散剤中に焼結体を浸漬させたり、拡散前焼結磁石に拡散剤を滴下したりしてもよい。
【0059】
拡散剤を用いる場合、拡散剤中の重希土類化合物の含有量は、拡散前焼結磁石における重希土類元素の質量濃度の目標値に応じて適宜調整すればよい。例えば、拡散剤中の重希土類化合物の含有量は、10〜90質量%であってもよく、60〜80質量%であってもよい。拡散剤中の重希土類化合物の含有量がこれらの数値範囲外である場合、焼結体に重希土類化合物が均一に付着し難くなる傾向にある。また、拡散剤中の重希土類化合物の含有量が多すぎる場合、焼結体の表面が荒れてしまい、得られる磁石の耐食性を向上させるためのめっき等の形成が困難となる場合もある。ただし、拡散剤中の重希土類化合物の含有量が上記の範囲外であっても上記効果は達成される。
【0060】
重希土類元素を拡散させるための熱処理温度は、700〜950℃であると好ましい。熱処理時間としては、5〜50時間が好ましい。このような熱処理によって重希土類が拡散前焼結磁石中に拡散し、本実施形態の焼結磁石が得られる。
【0061】
重希土類元素の拡散は拡散前焼結磁石表面から粒界相を通って磁石の内部に拡散し、主相粒子の表面にわずかに拡散する。よって拡散後焼結磁石には、拡散前焼結磁石と異なり、表面から内部に向かって重希土類元素濃度が小さくなる傾向がある。また保磁力が表面ほど高い傾向がある。
【0062】
得られた焼結磁石に時効処理を施してもよい。時効処理は焼結磁石の磁気特性(特に保磁力)の向上に寄与する。時効温度は450〜600℃であると好ましい。時効時間としては、0.5〜5時間が好ましい。拡散後焼結磁石の表面にめっき層、酸化層又は樹脂層等を形成してもよい。これらの層は、磁石の劣化を防止するための保護層として機能する。
【0063】
本実施形態の拡散後焼結磁石は、例えば、モーター、リニアモータ、磁界発生装置等に使用することができる。
【実施例】
【0064】
<磁石用合金の作製>
表1に示す組成となるように各元素を含む原料を秤量し、混合した。なお、各元素を含む原料としては、純鉄(純度99.9質量%)、Fe−B(B:21質量%)、Nd(純度99.9質量%)、Pr(純度99.9質量%)、Dy−Fe(Dy:80質量%)、Al(純度99.9質量%)、Co(純度99.9質量%)、Cu(純度99.9質量%)、Fe−Zr(Zr:75質量%)、Ga(純度99.9質量%)を使用した。原料の混合物をアルミナるつぼに装填し、高周波真空誘導炉で加熱し、溶湯を得た。得られた溶湯に対してストリップキャスト法を行うことにより、合金1〜7及び比較合金1〜6の磁石用合金を得た。ここで、ストリップキャスト法では、予め紙やすりで表面を研磨したロールを用いた。合金1〜7及び比較合金1〜6の各磁石用合金を作製する際に用いたロールの材質、並びに紙やすりの番手及び研磨方向(ロールの表面状態)を表2に示す。また、ストリップキャスト法において、ロールに注ぐ前の溶湯の最大温度(溶解最大温度)、溶湯をロールに注ぐ際のロール直前における溶湯の温度(鋳造温度)を熱電対で、及びロールから剥離した直後の合金の温度(合金冷却温度)をサーモグラフィーで測定した。各磁石用合金を作製した際の溶解最大温度、鋳造温度、及び合金冷却温度をそれぞれ表2に示す。さらに、ストリップキャスト法におけるロールの周速、鋳造中のチャンバー内の雰囲気、及びロールから剥離した合金に対する冷却方法についても表2に示す。
【0065】
合金1〜7及び比較合金1〜6のそれぞれについて、EPMAにより合金断面における元素分析を行った。得られた組成像(CP)から、Rリッチ相を画像認識させることにより、面積を算出し、Rリッチ相の面積とした。次に、Rリッチ相内においてCuの元素濃度が0.5at%以上である領域(領域A)に含まれるピクセル数をカウントし、ピクセル数に1ピクセルの面積(0.2μm×0.2μm)を乗じることにより領域Aの面積を算出した。また、同様に、領域A内においてCoの元素濃度が2.5at%以上である領域(領域B)ピクセル数をカウントし、ピクセル数に1ピクセルの面積を乗じることにより領域Bの面積を算出した。得られた領域A及び領域Bの面積から、Nd−Cu一致度、及びNd−Cu−Co一致度を求めた。結果を表3に示す。なお、合金4及び比較合金3は、それぞれ合金1及び比較合金1と組成及び製造条件が同じであるため、Nd−Cu一致度(A領域の面積/Rリッチ相の面積)、及びNd−Cu−Co一致度(B領域の面積/A領域の面積)について測定を省略した。
【0066】
<拡散前焼結磁石の作製>
合金1〜7及び比較合金1〜6をそれぞれ水素吸蔵させた後、600℃まで加熱し、粗粉を得た。得られた粗粉にオレイン酸アミドを0.1質量%添加し、ミキサーで混合した。混合後ジェットミルで粉砕して合金粉末を得た。得られた合金粉末を3Tの磁場中で成形し、成形体を得た。成形体を1080℃、真空の雰囲気で4時間焼成して、拡散前焼結磁石を得た。なお、得られた拡散前焼結磁石は、原料である合金1〜7及び比較合金1〜6に対応させて、それぞれ焼結磁石1A〜7A及び比較焼結磁石1A〜6Aと呼ぶ。焼結磁石1A〜7A及び比較焼結磁石1A〜6Aについて、残留磁束密度(Br)、保磁力(HcJ)及び角型性(Hk/HcJ)をBHトレーサーにより測定した。結果を表4に示す。また、焼成時間を12時間としたこと以外は焼結磁石1A〜7A及び比較焼結磁石1A〜6Aと同様の方法で、それぞれ焼結磁石1B〜7B及び比較焼結磁石1B〜6Bを作製し、残留磁束密度(Br)、保磁力(HcJ)及び角型性(Hk/HcJ)をBHトレーサーにより測定した。結果を表5に示す。なお、焼結磁石4A及び比較焼結磁石3Aは、それぞれ焼結磁石1A及び比較焼結磁石1Aと組成及び製造条件が同じであるため、残留磁束密度等の測定を省略した。焼結磁石4B及び比較焼結磁石3Bについても同様である。
【0067】
焼結磁石1A〜7A及び比較焼結磁石1A〜6Aについて、3DAPによりCuの元素濃度を測定した。測定された2つの主相粒子間の粒界相におけるCuの元素濃度について、その最大値をCuの最大元素濃度とした。結果を表4に示す。焼結磁石1B〜7B及び比較焼結磁石1B〜6Bについても、同様にCuの最大元素濃度を測定した。結果を表5に示す。
【0068】
<拡散後焼結磁石の作製>
焼結磁石1A〜7A及び比較焼結磁石1A〜6Aに対して表6に示す重希土類元素を拡散させて実施例1〜7及び比較例1〜6の拡散後焼結磁石を得た。拡散の方法としては、焼結磁石の表面にTb又はDyを1質量%付着させ、900℃で12時間拡散処理を行った。その後500℃で1時間時効処理を行って拡散後焼結磁石を得た。各拡散後焼結磁石について、BHトレーサーを使用して残留磁束密度(Br)、保磁力(HcJ)及び角型性(Hk/HcJ)を測定した。また、各拡散後焼結磁石について、3DAPを使用してTb又はDy及びCuの2つの主相粒子間の濃度分布曲線を測定した。得られた濃度分布曲線に対してガウスフィッティングを行って半値幅を算出し、Tb又はDyの濃度分布曲線の半値幅とCuの濃度分布曲線の半値幅との差を求めた。結果を表6に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
【表3】
【0072】
【表4】
【0073】
【表5】
【0074】
【表6】
【0075】
合金1、2及び比較合金1についてEPMAによる分析を行った。図1(a)は、合金1の組成像であり、図1(b)〜図1(d)は、合金1についての、それぞれNd、Co及びCuの元素分析の結果である。図1(a)において白い部分がRリッチ相を示す。図1(b)〜図1(d)において、白い部分がそれぞれ対応する元素を多く含む領域を示す。同様に、図2(a)〜(d)は、それぞれ合金2についての組成像、並びにNd、Co及びCuの元素分析の結果である。また、図3(a)〜(d)は、それぞれ比較合金1についての組成像、並びにNd、Co及びCuの元素分析の結果である。
【0076】
図4は、それぞれ焼結磁石1A、2A及び比較焼結磁石1Aの磁化曲線である。図4に示されるように、焼結磁石1A及び2Aは比較焼結磁石1Aよりも角型性に優れる。また、図5に、焼結磁石1A、2A及び比較焼結磁石1Aについて、EPMAによるCuの元素分析結果を示す。図5において、白い部分がそれぞれCuを多く含む領域を指す。焼結磁石1A及び2Aでは、Cuが多粒子粒界相だけでなく、2つの主相粒子間の粒界相にも存在することが見て取れる。
【0077】
図6は、焼結磁石1AのNdについての3DAPマップである。また、図7は、比較焼結磁石1AのNdについての3DAPマップである。図6(b)及び図7(b)は、それぞれ図6(a)及び図7(a)の粒界相付近を拡大したものである。図6(c)及び図7(c)は、図6(b)及び図7(b)の矢印で示す方向に沿って測定した、2つの主相粒子間の粒界相おけるNd、Cu、Co及びGaの元素の分布を示す。図6(c)に示されるように、焼結磁石1Aでは、NdとCuの分布の極大値が略重なっており、Cuの元素濃度の極大値も2at%以上であることから、Cuが2つの主相粒子間の粒界相に多く存在していることがわかる。一方、図7(c)に示されるように、比較焼結磁石1Aでは、2つの主相粒子間の粒界相におけるCuの元素濃度の極大値が1at%未満であり、2つの主相粒子間の粒界相におけるCuの存在量が少ない。
【0078】
図8及び9には、それぞれ実施例1及び比較例1について、2つの主相粒子間及びその近傍における3DAPによるTb元素の濃度分布曲線及びガウスフィッティングの結果を示す。図10に実施例1の拡散後焼結磁石の2つの主相粒子間における粒界相及び粒界相近傍のTb及びCuのそれぞれの濃度分布曲線を示す。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10