(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6645557
(24)【登録日】2020年1月14日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】絵画の修復方法
(51)【国際特許分類】
B44D 3/18 20060101AFI20200203BHJP
B44D 7/00 20060101ALI20200203BHJP
【FI】
B44D3/18 Z
B44D7/00
【請求項の数】5
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2018-206917(P2018-206917)
(22)【出願日】2018年11月1日
【審査請求日】2019年5月20日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】518389277
【氏名又は名称】岩井 希久子
(73)【特許権者】
【識別番号】518389288
【氏名又は名称】岩井 貴愛
(74)【代理人】
【識別番号】100119666
【弁理士】
【氏名又は名称】平澤 賢一
(74)【代理人】
【識別番号】100154461
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 由布
(72)【発明者】
【氏名】岩井 希久子
(72)【発明者】
【氏名】岩井 貴愛
【審査官】
柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】
特開2002−113999(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2015/0068075(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B44D 3/18
B44D 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
面ファスナを用いてなるベルト状部材とキャンバスを保持する保持部材とを有する保持ベルトを、キャンバスの外縁に取り付ける工程と、
前記キャンバスを配置できる空間を有する枠体の前記空間に、前記保持ベルトを取り付けたキャンバスを配置する工程と、
前記保持ベルトを前記枠体に貼付する工程と、
前記枠体を低ガス透過性のシート材で被覆して、前記枠体の下方に閉空間を形成し、該閉空間を加湿して80%RH以上のピーク湿度まで昇湿する工程と、
前記ピーク湿度に達した後、加湿を停止し、前記保持ベルトの貼付位置を微調整しながら、前記キャンバスを前記閉空間内で2時間以上、放置する工程と、
前記シート材を取り除いた後、前記保持ベルトの貼付位置を前記微調整後の位置に保持した状態で、前記キャンバスを6時間以上、自然乾燥する工程を有する、絵画の修復方法。
【請求項2】
前記枠体は前記面ファスナが貼付される貼付部を有し、前記保持ベルトを前記貼付部に貼付する、請求項1に記載の絵画の修復方法。
【請求項3】
前記貼付部が、前記枠体の内側面及び外側面の少なくとも何れかに、係合子を有する面ファスナを貼付してなる、請求項2に記載の絵画の修復方法。
【請求項4】
前記貼付する工程において、前記保持ベルトを前記貼付部に貼付する位置を、前記キャンバスの歪を解消するのに適した位置に調整して、前記貼付を行う、請求項2又は3に記載の絵画の修復方法。
【請求項5】
前記昇湿する工程と、前記放置する工程と、前記自然乾燥する工程を、前記キャンバスの歪やたるみが解消されるまで繰り返す、請求項1〜4の何れかに記載の絵画の修復方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絵画の修復方法、特に、油彩画に用いるキャンバスの修復方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、油彩画は、下から順に、木枠、支持体(麻布等からなるキャンバス等)、目止め層、下地層、絵画層、ニス層を重ねて構成される。
経年劣化した油彩画を修復する際には、既に進行中の危険な状態(キャンバスの裂け、絵具の亀裂、浮き上がり、カビ、結晶など)に対する処置の他に、必要に応じて、キャンバスの歪みやたるみの解消、黄化したニスの除去、剥落部への充填や補彩等の各種処置が施される。
【0003】
このうち、キャンバスの歪みやたるみ等を解消して画面の平面性を回復する処置として、古くから、裏打ちと呼ばれる手法が知られている(例えば、特許文献1)。
裏打ちとは、新しい布を、接着剤を介して、オリジナルのキャンバスの裏に当て、熱をかけて押し当てて、新しい布をオリジナルのキャンバスの裏に貼り付ける処置である。
裏打ちには、劣化したキャンバスの補強や画面の平面性を回復するという効果の他に、裂けや歪みなどの症状を予防する効果や、キャンバスを動きにくくして絵具層への損傷を防ぐ効果があることが知られている。
【0004】
しかし、上記の従来手法では、裏打ち時にキャンバスに加えられる熱や圧力により、絵画層のオリジナルの風合いや印象が損なわれやすく、具体的には、絵画層において絵具の筆跡が平らになったり絵具の盛上りがつぶされたり、接着剤により暗色化したり、火ぶくれを起こしたりすることがある、という欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平2−185500号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、絵画層のオリジナルの風合いや印象を損なわずに、キャンバスの歪みやたるみを解消して画面の平面性を回復することができる修復方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の[1]〜[5]を提供する。
[1] 面ファスナを用いてなるベルト状部材とキャンバスを保持する保持部材とを有する保持ベルトを、キャンバスの外縁に取り付ける工程(以下、取り付け工程ともいう)と、前記キャンバスを配置できる空間を有する枠体の前記空間に、前記保持ベルトを取り付けたキャンバスを配置する工程(以下、配置工程ともいう)と、前記保持ベルトを前記枠体に貼付する工程(以下、貼付工程ともいう)と、前記枠体を低ガス透過性のシート材で被覆して、前記枠体の下方に閉空間を形成し、該閉空間を加湿して80%RH以上のピーク湿度まで昇湿する工程(以下、昇湿工程ともいう)と、前記ピーク湿度に達した後、前記加湿を停止し、前記保持ベルトの貼付位置を微調整しながら、前記キャンバスを前記閉空間内で2時間以上、放置する工程(以下、放置工程ともいう)と、前記シート材を取り除いた後、前記保持ベルトの貼付位置を前記微調整後の位置に保持した状態で、前記キャンバスを6時間以上、自然乾燥する工程(以下、自然乾燥工程ともいう)を有する、絵画の修復方法。
[2] 前記枠体は前記面ファスナが貼付される貼付部を有し、前記保持ベルトを前記貼付部に貼付する、[1]に記載の絵画の修復方法。
[3] 前記貼付部が、前記枠体の内側面及び外側面の少なくとも何れかに、面ファスナを貼付してなる、[2]に記載の絵画の修復方法。
[4] 前記貼付工程において、前記保持ベルトを前記貼付部に貼付する位置を、前記キャンバスの歪を解消するのに適した位置に調整して、前記貼付を行う、[1]〜[3]の何れかに記載の絵画の修復方法。
[5] 前記昇湿工程と、前記放置工程と、前記自然乾燥工程を、前記キャンバスの歪やたるみが解消されるまで繰り返す、[1]〜[4]の何れかに記載の絵画の修復方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、オリジナルの風合いを損なわずに、キャンバスの歪みやたるみを解消して画面の平面性を回復することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態に用いる保持ベルトの上面図である。
【
図2】本発明の一実施形態に用いる枠体の全体斜視図である。
【
図3】本発明の一実施形態の配置工程の説明図である。
【
図4】本発明の一実施形態の貼付工程の説明図である。
【
図5】本発明の一実施形態の昇湿工程の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態の各工程を詳細に説明する。ただし、本発明は下記の実施形態に限定されるものではない。
【0011】
<準備工程>
木枠から取り外したキャンバスの外縁部分に、必要に応じて、ストリップ・ライニングを行う。
本明細書において、キャンバスの外縁とは、絵具層を有さず、折り曲げられてキャンバス用の鉄釘などで木枠に固定されている箇所を意味する。
キャンバスの外縁は、前記のように、絵具層が無いため酸化が著しく、また、折り曲げられて鉄釘などで木枠に固定されているため、傷みやすく、裂けや穴などの症状が出やすくなっている。ストリップ・ライニングとは、キャンバスの外縁に別の布を貼り付けて、キャンバスの外縁を強化する処置方法を意味する。
【0012】
<取り付け工程>
本工程では、保持ベルトを、キャンバスの外縁もしくはストリップ・ライニングで貼り付けた布の外縁(以下、キャンバス等の外縁32という)に取り付ける作業を行う。
保持ベルト1は、
図1に示すように、ベルト状部材11と、該ベルト状部材の一端にあってキャンバス等の外縁32を保持する保持部材12を有する。
前記ベルト状部材11は、面ファスナからなる。面ファスナは、表面及び裏面の双方に係合子を有することが好ましい。面ファスナとして、「マジックテープ(登録商標)」や「ベルクロ(登録商標)」の商標名で知られる面ファスナ、または樹脂からなるプラスチック製成形面ファスナを用いることができる。
保持部材12は、キャンバス等の外縁32に取り付けることができるものであれば、特に限定されない。例えば、蝶ボルトで2つの木片を開閉自在にねじ留めしたものを用い、2つの木片間にキャンバス等の外縁32を挟み込んで、保持ベルト1の取り付けを行うことができる。
保持ベルト1は、キャンバスに加わる力を上下左右の四方に均等に分散させる機能を有する。
保持部材12は、キャンバス等の外縁32に、上下対称な位置及び左右対称な位置に取り付けることが好ましい。
保持部材12の取り付け間隔(隣接する保持部材12間の間隔)が小さい程、上記機能を効果的に奏することができるが、キャンバスの柔軟性、キャンバスの厚さ、キャンバスのサイズ等を考慮して、適宜最適な間隔とすることができる。一般には、3〜5cm間隔で、保持部材12の取り付けを行うことが好ましい。
【0013】
<配置工程>
本工程では、例えば
図2に示すような、中央部に空間を有する枠体2を使用する。
図3に示すように、枠体2の中央部の空間に、保持ベルト1を取り付けたキャンバス3を配置する。
前記配置は、キャンバス3のうち、油彩画として木枠に張られた状態で正面から見える部分(すなわち、画面)31の外周と、木枠の内周との距離(X)が20〜30cmとなるように調整して行うことが好ましく、20〜25cmとなるように行うことがより好ましい。
前記枠体2は、木製であることが好ましい。例えば、4本の角材をロ字形状に組合せて構成することができる。
前記枠体2は、その内側面及び外側面の少なくとも何れかに面ファスナを貼付してなる貼付部を有することが好ましい。本実施形態で用いる枠体2は、
図2に示すように、外側面に面ファスナを貼付してなる貼付部21及び内側面に面ファスナを貼付してなる貼付部22を有する。
前記貼付部21、22を構成する面ファスナは、前記保持ベルト1のベルト状部材11を構成する面ファスナの係合子と係合可能な係合子を有することが好ましい。具体的には、保持ベルト1のベルト状部材11を構成する面ファスナの係合子がフック状係合子の場合にはループ状係合子、保持ベルト1のベルト状部材11を構成する面ファスナの係合子がループ状係合子の場合にはフック状係合子、保持ベルト1のベルト状部材11を構成する面ファスナの係合子がフック状係合子とループ状係合子を混在させたものである場合にはループ状係合子及び/又はフック状係合子を有することが好ましい。
【0014】
<貼付工程>
本工程では、
図4に示すように、前記枠体2の内部の空間に配置されたキャンバス3に取り付けた保持ベルト1を、前記枠体2に巻きつけて貼付する。
前記貼付は、その貼付位置を、前記キャンバスの歪みやたるみを解消するのに適した位置に調整して行うことが好ましい。
本明細書において「キャンバスの歪みやたるみを解消」とは、キャンバス表面の波打ちや、コーナーの引き攣れ、画面に生じた亀裂などが、目視レベルで解消することを意味する。
本実施形態では、保持ベルト1のベルト状部材11と貼付部21、22を、共に、面ファスナで構成しているため、貼付位置の微調整を容易に行うことができる。
【0015】
<昇湿工程>
本工程では、内部の空間にキャンバス3を配置して、保持ベルト1のベルト状部材11を前記貼付部21、22に貼付した枠体2を、例えば、
図5に示すように、脚部材4の上に載置した上で、枠体2を低ガス透過性のシート材5で被覆して、前記枠体2の下方に閉空間6を形成する。
前記閉空間6の形成は、例えば、低ガス透過性のシート材5を、キャンバス等の画面31は被覆せず、キャンバス等の外縁32、保持ベルト1、枠体2、脚部材4を被覆して床面8まで届くように配置して行うことができる。
前記閉空間6を形成後、加湿器7を用いて、該閉空間6を加湿して、該閉空間6を、80%RH以上、好ましくは90%RH以上のピーク湿度まで昇湿する。ここで、ピーク湿度とは、その加湿時に計測される湿度のピーク値を意味する。
前記ピーク湿度を、80%RH以上とすることで、経年劣化(酸化)によって硬化したキャンバスに十分な湿り気を与えて、柔軟性を回復させることができる。
前記シート材5は、低ガス透過性のシート材であれば素材は特に限定されないが、例えば、ポリエチレン樹脂、ナイロン樹脂、ポリプロピレン樹脂、フッ素樹脂などの樹脂からなるシート材を例示することができる。
【0016】
<放置工程>
本工程では、前記ピーク湿度に達した後、加湿を停止し、前記貼付部21、22を構成する面ファスナと前記保持ベルト1のベルト状部材11を構成する面ファスナとの貼り合わせ位置を微調整しながら、前記キャンバスを前記閉空間内で、2時間以上放置する。2時間未満では、キャンバスは未だ湿気を含んだ状態である。2時間以上放置することで、徐々に自然乾燥しキャンバスが安定してくる。2〜5時間程度、放置することが好ましい。
前記微調整は、キャンバスの歪みやたるみを矯正することを目的として行うものであり、前記閉空間6内の湿度が、60%RH以下に湿度が下がるまでの間に行うことが好ましく、70%RH以下に湿度が下がるまでの間に行うことがより好ましく、80%RH以下に湿度が下がるまでの間に行うことが更に好ましい。
微調整を上記湿度条件下で行うことにより、キャンバスが柔軟性を有する状態で、キャンバスに大きな負荷をかけることなく、キャンバスの歪みやたるみを矯正することができる。
【0017】
<自然乾燥工程>
本工程では、前記シート材を取り除いた後、前記保持ベルトと前記面ファスナ面との貼り合わせ位置を前記微調整後の位置に保持した状態で、前記キャンバスを6時間以上、自然乾燥する。6時間以上自然乾燥するとより安定した平面性を得る事ができる。6〜24時間程度、自然乾燥をすることが好ましい。
【0018】
<昇湿工程〜放置工程〜自然乾燥工程の繰り返し>
前記自然乾燥する工程の後に、キャンバスの歪が依然として解消されていない場合は、上記の昇湿工程〜放置工程〜自然乾燥工程を繰り返して、キャンバスの歪みやたるみを解消することができる。
【0019】
上記各工程からなる本発明は、熱と圧力で強引に画面を平面化していた従来の裏打ちの手法と異なり、キャンバスに湿度を与えて柔軟性を取り戻した状態で、保持ベルトを用いて、キャンバスの歪みやたるみを、時間をかけて矯正し、解消するものであるため、絵画の質感を壊すことなく、画面の平面性を回復することができる。
【符号の説明】
【0020】
1 保持ベルト
11 ベルト状部材
12 保持部材
2 枠体
21 貼付部
22 貼付部
3 キャンバス
31 画面
32 キャンバス等の外縁
4 脚部材
5 シート材
6 閉空間
7 加湿器
8 床面
【要約】
【課題】オリジナルの風合いを損なわずに、キャンバスの歪みやたるみを解消して画面の平面性を回復することができる修復方法の提供。
【解決手段】面ファスナを用いてなるベルト状部材とキャンバスを保持する保持部材とを有する保持ベルトを、キャンバスの外縁に取り付ける工程と、前記キャンバスを配置できる空間を有する枠体の前記空間に、前記保持ベルトを取り付けたキャンバスを配置する工程と、前記保持ベルトを前記枠体に貼付する工程と、前記枠体を低ガス透過性のシート材で被覆して、前記枠体の下方に閉空間を形成し、該閉空間を加湿して80%RH以上のピーク湿度まで昇湿する工程と、前記ピーク湿度に達した後、加湿を停止し、前記保持ベルトの貼付位置を微調整しながら、前記キャンバスを前記閉空間内で2時間以上、放置する工程と、前記シート材を取り除いた後、前記保持ベルトを前記微調整後の位置に保持した状態で、前記キャンバスを6時間以上、自然乾燥する工程を有する、絵画の修復方法。
【選択図】
図4