【文献】
W. Sha et al.,X-ray diffraction, optical microscopy, and microhardness studies of gas nitrided titanium alloys and titanium aluminide,MATERIALS CHARACTERIZATION,2008年,VOl.59, No.3,p.229-240
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来より、純チタンや、チタン合金等のチタン材は、比強度に優れていることから、特に軽量化が求められる航空機や自動車部品の分野等において使用されている。当該チタン材は、耐食性や生体親和性が高いため、生体用インプラントの構成材料としても様々な態様で用いられている。
【0003】
しかし、これらチタン材は、耐摩耗性が低く、焼き付きを起こしやすいという問題があり、摺動部材として用いることが困難であった。そこで、従来から、当該チタン材の耐摩耗性を向上させるための表面処理方法が種々開発されている。チタン材表面の硬化処理方法として、チタン材の表面に硬化窒化層を形成する方法がある。当該チタン材の表面に硬化窒化層を形成する方法としては、イオン窒化処理、プラズマ窒化処理、熱窒化処理などが知られている。
【0004】
イオン窒化処理は、例えば、イオン注入装置を用いて、低圧の窒素及び水素を含むガス中でチタン材と炉壁に数百Vの直流電圧を印加しグロー放電を発生させることによりイオン化したNやNHによりチタン材の表面に硬化窒化層を形成するものである。
【0005】
プラズマ窒化処理は、例えば、高周波誘導プラズマ発生装置を用いて、窒素及び水素のプラズマガスをプラズマトーチ部に導入し、チタン材をアフターグロー領域で窒化することにより、表面に硬化窒化層を形成するものである。
【0006】
しかし、これらイオン窒化処理や、プラズマ窒化処理は、イオン注入装置や、高周波誘導プラズマ発生装置等の特殊な装置を用いる必要があるため、処理の簡便性を考慮すると、熱窒化処理による硬化窒化層の形成が有効である。
【0007】
当該熱窒化処理は、常圧高温の窒素ガス中にチタン材を数時間保持することにより、表面に硬化窒化層を形成する。例えば、非特許文献1には、純チタンから成るチタン材の表面に硬化窒化層を形成する技術が開示されている。当該非特許文献1では、焼鈍したチタン材を真空炉に密封して真空とした後、窒素ガスを常圧で1L/分の割合で流しながら所定の温度(880℃)まで昇温、保持することによる窒化によってチタン材の表面に硬化窒化層を形成している。
【0008】
これ以外にも、例えば、特許文献1には、均一で厚い窒化層を形成することを目的として、「チタンまたはチタン合金を水素雰囲気中で加熱し、水素を0.3〜1.0wt%吸収させた後、真空中で加熱して、水素量0.01wt%以下に脱水素処理を行うことで、表面を活性な状態にした後、直ちに窒素ガス雰囲気中で、加熱・冷却処理し金属表面に窒化層を形成する」チタン又はチタン合金の表面改質方法が開示されている。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係るチタン材の表面窒化処理方法の実施の形態について説明する。本発明に係るチタン材の表面窒化処理方法は、窒素ガスを用いてチタン材の表面を窒化処理するチタン材の表面窒化処理方法であって、不活性ガス雰囲気中において、チタン材を800℃〜1000℃に加熱しながら、当該チタン材表面に窒素ガスを10L/分以上の流量で吹き付けて、当該チタン材表面に硬化窒化層を形成する
ものであり、当該窒素ガスが投射材を含み、加熱されている当該チタン材の表面に当該投射材を噴射して当該チタン材を表面処理することを特徴とする。
【0023】
本発明において、表面窒化処理の対象となるチタン材は、純チタン又はチタン合金を用いることができる。チタン合金としては、α+β型チタン合金、α型チタン合金、β型チタン合金が挙げられる。α+β型チタン合金としては、Ti−6Al−4V、Ti−8Mn、Ti−6Al−6V−2Sn、Ti−10V−2Fe−3Al等がある。α型チタン合金としては、Ti−5Al−2.5Snを挙げることができる。β型チタン合金としては、Ti−13V−11Cr−3Al、Ti−15Mo−5Zr−3Ai、Ti−15V−3Cr−3Al−3Sn等を挙げることができる。
【0024】
本発明におけるチタン材の表面窒化処理方法では、チタン材の表面処理雰囲気を不活性ガス雰囲気とした雰囲気制御下(Atomospheric controlled)で行う。表面処理雰囲気を形成する不活性ガスは、アルゴンなどの希ガスを用いても良いが、本発明では、窒素ガスを用いることが好ましい。窒化処理として窒素ガスをチタン材に吹き付けて用いるからである。
【0025】
また、本発明において、チタン材を加熱する手段として、特に限定はないが、表面窒化処理の対象となるチタン材を800℃〜1000℃に加熱することが可能なものであれば、いずれの加熱手段を採用することができる。例えば、炉加熱法や、高周波誘導加熱法(Induction−Heating:IH)を挙げることができる。本発明では、チタン材の加熱手段として高周波誘導加熱法を用いることがより好ましい。高周波誘導加熱法は、短時間で、表面窒化処理の対象となるチタン材を800℃〜1000℃の高温に加熱することが可能だからである。
【0026】
本発明において、表面窒化処理の対象となるチタン材の加熱温度は、上述したように、800℃〜1000℃とする。表面窒化処理の対象となるチタン材の加熱温度が800℃を下回ると、窒素のチタン材の基材内部への拡散速度が小さくなり、製品に要求される硬さを備えた20μm以上の厚さの硬化窒化層を60分以下で形成することが困難となる。当該チタン材の加熱温度が1000℃を上回ると、結晶粒が粗大化し、チタン材自体の強度が低下するため、好ましくない。
【0027】
本発明におけるチタン材の表面窒化処理方法では、不活性ガス雰囲気中において、800℃〜1000℃に加熱されているチタン材の表面に、窒素ガスを10L/分以上の流量で吹き付ける。当該窒素ガスの流量は、70L/分以上であることがより好ましく、130L/分以上であることがさらに好ましい。本件発明では、チタン材の表面に吹き付ける窒素ガスの流量の下限値のみを規定している。当該窒素ガスの流量が10L/分以上であれば、10分という短時間でチタン材の表面に製品に要求される硬さを備えた20μm以上の厚さの硬化窒化層を形成することが可能となる。本発明では、チタン材の表面に吹き付ける窒素ガスの流量の上限値は、特に限定していない。窒素ガスの流量が多いほど短時間で、より硬度が高く、厚い硬化窒化層を形成することができる。ただし、実用を考慮すると200L/分以下とすることが好ましい。
【0028】
本発明において、不活性ガス雰囲気中において、流量10L/分以上の窒素ガスの吹きつけを伴う800℃〜1000℃のにチタン材の加熱時間は、少なくとも1分以上とすることが好ましい。流量10L/分以上の窒素ガスの吹き付けを伴ったチタン材の加熱時間が1分を下回ると、チタン材の表面に形成される硬化窒化層の厚さが不十分となり、摺動部材等の製品として要求される硬さを確保することが困難となる。本発明において、流量10L/分以上の窒素ガスの吹き付けを伴ったチタン材の加熱時間の上限値は、60分としている。これは、当該加熱時間を60分以上としてもチタン材の表面に形成される硬化窒化層の厚さや硬さ上昇率が飽和し、生産効率を考慮すると60分で十分だからである。
【0029】
本発明のチタン材の表面窒化処理方法によりチタン材の表面に硬化窒化層が形成される。当該硬化窒化層は、TiN層と、窒素拡散層が含まれる。TiN層は、チタン材の最表面に形成されるTiとN
2が化合することで形成される層である。当該TiN層は、チタン材の最表面において数μm以下の厚さで形成される。窒素拡散層は、TiN層の下層に形成される層であって、チタン材の基材内部に窒素が拡散して形成される層である。当該窒素拡散層は、20μm〜100μmの厚さで形成される。これらTiN層や窒素拡散層を有する硬化窒化層は、チタン材の基材と比較して硬度が高く、耐摩耗性等の機械的特性に優れている。よって、当該硬化窒化層が形成されたチタン材は、耐摩耗性が向上される。
【0030】
本発明のチタン材の表面窒化処理方法において、上述した温度に加熱されているチタン材の表面に吹き付ける窒素ガスは投射材を含み、当該投射材をチタン材の表面に噴射(微粒子ピーニング:Fine Particle Peening:FPP)して当該チタン材を表面処理することが好ましい。投射材をチタン材の表面に吹き付ける窒素ガスに含有させて、当該チタン材の表面に投射材を衝突させることにより、疲労強度を低下させる要因となるTiN層の形成を抑制しながら窒素拡散層の形成を促進させて、所定の強度を備えた硬化窒化層の形成を行うことができる。
【0031】
本発明において投射材は、化学的に安定な無機物の粒子であればいずれの投射材を用いることができる。例として、チタン、アルミナ、高速工具鋼粒子、クロム、ニッケル、モリブデン、アルミニウム、鉄、ケイ素などを挙げることができる。チタン材の表面の化学組成に影響を及ぼさない粒子としては、チタン、アルミナ、高速工具鋼粒子を用いることがより好ましい。また、当該投射材としては、例えば平均粒径が数μmから数百μmに調整されたものを用いることができる。本発明において表面窒化処理の対象は、チタン材であるため、表面の硬化窒化層が投射材の衝突によって削り取られることを考慮すると、チタン粒子、特に平均粒径が45μm以下のチタン粒子を用いることがより好ましい。
【0032】
次に、本発明の表面窒化処理方法を適用した表面窒化処理装置について図面を参照して説明する。
図1は本発明の表面窒化処理方法を適用した表面窒化処理装置1の概略構成図である。本実施の形態における表面窒化処理装置1は、気密に形成されたチャンバ2を備えた真空置換型装置である。当該チャンバ2内には、チタン材Wを載置する支持台11と、当該支持台11の上に載置されたチタン材Wの周囲に設けられた誘導加熱コイル(加熱手段)12が設けられ、当該チャンバ2には、当該支持台11の上に載置されたチタン材Wに向けて窒素ガス3又は投射材を含有した窒素ガスを噴射する吐出部20が配設されている。
【0033】
チャンバ2には、チャンバ2内の圧力を検出する真空計6と、チャンバ2内のガスを排気する排気経路13が設けられている。排気経路13には、大気開放弁13Aが配設されていると共に、当該大気開放弁13Aの上流側に位置して真空ポンプ7が配設されている。そして、当該真空ポンプ7の下流側には、排気弁8と、チャンバ2内のガスの酸素濃度を検出するジルコニア式の酸素濃度計14が配設されている。支持台11には、当該支持台11上に載置されたチタン材Wの表面温度を検出する温度センサ15が配設されている。誘導加熱コイル12は、チャンバ2外に設けられた高周波印加装置5に接続され、所定の周波数の高周波電流が印加される。当該高周波印加装置5は、単一、あるいは複数の周波数の高周波電流を誘導加熱コイル12に印加し、チタン材Wを誘導加熱する。
【0034】
チャンバ2に配設された吐出部20は、支持台11に向けられた吐出ノズル21を備えている。当該吐出ノズル21には、窒素ガスを供給する窒素ガス供給部23が接続されている。窒素ガス供給部23には、直接吐出ノズル21に接続されるガス供給経路24と、投射材を収容したパーツフィーダー26を介して吐出ノズル21に接続される投射材供給経路25が接続されている。ガス供給経路24には、ガス供給量を調整するガス調整弁22と、流量計22Aが介設されている。投射材供給経路25には、ガス供給量を調整する投射材調整弁27と、流量計27Aが介設されている。
【0035】
本発明は、チャンバ2内を不活性ガス雰囲気に制御すればよいため、チャンバ2内に不活性ガス雰囲気を形成するガスとしてアルゴンなどの希ガスを不活性ガスとして用い、窒化処理の際にチタン材Wに吹き付けるガスとして窒素ガスを用いても良い。ただし、装置の簡略化を考慮すると、チャンバ2内に不活性ガス雰囲気を形成するガスとして窒素ガスを用いることが好ましい吐出ノズル21からの窒素ガスの吹き付け流量は、10L/分以上とする。なお、当該窒素ガスの吐出ノズル21からの吐出量の制御は、吹き付け流量ではなく吐出圧力(例えば0.1MPa以上)により制御しても良い。
【0036】
図2は本実施の形態に係る表面窒化処理装置1の制御装置Cの電気ブロック図を示す。当該制御装置Cは、汎用のマイクロコンピュータにより構成されており、制御プログラムが記憶されたメモリが内蔵されている。当該制御装置Cの入力側には、真空計6と、酸素濃度計14と、チタン材Wの表面温度を検出する温度センサ15と、流量計22A、27Aとが接続されている。当該制御装置Cの出力側には、高周波印加装置5を介して誘導加熱コイル12が接続されると共に、真空ポンプ7、排気弁8と、ガス調整弁22と、投射材調整弁27と、大気開放弁13Aが接続されている。
【0037】
制御装置Cは、内蔵されたメモリに記憶された制御プログラムと、検出されたチャンバ内の真空度、酸素濃度、チタン材Wの表面温度や、窒素ガス流量等の情報に基づいて、真空ポンプ7、高周波印加装置5、排気弁8、大気開放弁13A、ガス調整弁22、投射材調整弁27の制御を行い、チャンバ2内の雰囲気制御、及び、チタン材Wの加熱温度や、窒素ガスの吹き付け流量、投射材の噴射の有無を制御する。
【0038】
次に、本実施の形態に係る表面窒化処理装置1の動作について説明する。本実施の形態では、不活性ガス供給の前にチャンバ2内の真空引きを行う。まず始めに、制御装置Cは、真空引き工程として、大気開放弁13Aと、ガス
調整弁22及び投射材調整弁27を閉じて、真空ポンプ7を駆動し、排気弁8を開放する。チャンバ2内の圧力が所定の圧力となるまで、例えば、130Pa以下になるまで真空ポンプ7を駆動し、その後、排気弁8を閉鎖して真空引き工程を完了する。真空引きが完了した後、制御装置Cは、不活性ガス供給工程に移行し、チャンバ2内に不活性ガス、例えば、窒素ガスを供給する。具体的に、制御装置Cは、ガス
調整弁22のみを開放し、チャンバ2内に不活性ガスとしての窒素ガスを供給する。制御装置Cは、チャンバ2内の圧力が大気圧以上になった後、大気開放弁13Aを開放する。これにより、吐出ノズル21から窒素ガスのみがチャンバ2内に噴射され、チャンバ2内の空気は、排気口13から排出されて、チャンバ2内には、窒素ガスが充填される。酸素濃度計14により検出されたチャンバ2内の酸素濃度が所定値以下(例えば、10ppm以下)にまで低下したら、制御装置Cは、表面窒化処理工程に移行する。
【0039】
表面窒化処理工程において、制御装置Cは、窒素ガス流量を所定の値に調整し、高周波印加装置5から誘導加熱コイル12に高周波電流を供給し、温度センサ15の出力に基づいてチタン材Wの表面温度を所定の熱処理温度まで加熱する。不活性ガスとして窒素ガスを採用している場合には、当該表面窒化処理工程では、吐出ノズル21から噴射されるガスを窒素ガスに変更し、所定の流量で窒素ガスを噴射させる。この際、温度センサ15によりチタン材Wの表面温度が所定の熱処理温度、具体的には、上述したように800℃〜1000℃の範囲のいずれかに設定された温度に保持されるように、誘導加熱コイル12に高周波電流を供給する。チタン材Wの表面に対する吐出ノズル21からの窒素ガスの吹き付けを伴った高周波電流の供給によるチタン材Wの加熱処理を1分〜60分間行う。不活性ガス雰囲気中において誘導加熱されているチタン材Wの表面に、10L/分以上の窒素ガスを吹き付けることにより、チタン材の表面に硬化窒化層が形成される。具体的には、硬化窒化層として、チタン材の表面からチタン材の内部に窒素が拡散して形成される窒素拡散層と、チタン材の最表面にチタンと窒素が化合したTiN層が形成される。このとき、チャンバ2内には酸素ガスが極めて少ない状態であるため、チタン材Wの表面には、酸化スケールが殆ど生成されない。窒素ガスの吹きつけを伴った加熱時間は、要求されるチタン材Wの表面の硬さや硬化窒化層の厚さにより変更する。
【0040】
チタン材Wの加熱に伴う窒素ガスの吹きつけを行う際に、投射材を含有させた窒素ガスを用いて、チタン材Wの表面に投射材を衝突させてショットピーニング処理(FPP処理)を行う場合には、ガス調整弁22及び投射材調整弁27を開放制御し、吐出ノズル21から投射材を含有させた窒素ガスを噴射させる。投射材調整弁27を開放することにより、窒素ガス供給部23から吐出された窒素ガスは、投射材供給経路25内に流入してパーツフィーダー26内に収容された投射材を伴って吐出ノズル21から噴射される。そして、不活性ガス雰囲気中において誘導加熱されているチタン材Wの表面に、窒素ガスとともに吐出ノズル21から吐出された投射材3が衝突すると、チタン材Wの表面には、TiN層の形成を抑制しながら、内部に窒素が拡散した窒素拡散層が形成される。
【0041】
本発明において、加熱されているチタン材Wの表面に吹き付ける窒素ガスは、上述したように、全てが投射材を含まない窒素ガスであっても、全てが投射材を含む窒素ガスであってもよく、処理時間の一部、例えばはじめの所定時間のみ投射材を含む窒素ガスを用い、残りの時間は、投射材を含まない窒素ガスを用いても良い。すなわち、窒素ガスの吹きつけを伴うチタン材Wの加熱処理は、FPP処理を伴わなくても良いが、加熱処理の全処理工程においてFPP処理を伴ってもよく、一部のみにFPP処理を行っても良い。また、FPP処理の時間配分についても、ここでは、特に限定はないが、要求される硬化窒化層の硬さや厚さに応じて変更しても良い。
【0042】
次に、制御装置Cは、高周波印加装置5から誘導加熱コイル12への高周波電流の供給を停止し、吐出ノズル21から窒素ガスのみをチタン材Wに吹き付け、所定時間、例えば30秒かけて冷却を行う。以上の工程を経ることにより、チタン材Wの表面に、硬化窒化層が形成される。
【実施例】
【0043】
次に、本発明に係るチタン材の表面窒化処理方法の実施例1〜実施例9について説明する。
【0044】
[実施例1]
実施例1は、上述した表面窒化処理装置1を用いて、FPP処理を行わずに純チタン材からなるチタン材の表面窒化処理を行った。実施例1では、供試材として工業用純チタン圧延丸棒(φ15mm、t4mm)を用いた。まず、上述した供試材を誘導加熱コイル12の内側に設置し、チャンバ2内を真空引きした後、吐出ノズル21から窒素ガス(純度99.99%)を供給し、チャンバ2内の雰囲気を窒素ガスに置換した。その後、供試材を加熱温度として900℃まで昇温し、その温度を維持しながら、130L/分の流量で窒素ガスを当該供試材に3分間吹き付けた。その後、誘導加熱コイル12への給電を停止して、流量130L/分の窒素ガスにより急冷した。以上の操作を行うことにより、実施例1としての硬化窒化層付きチタン材を得た。当該供試材の熱履歴を
図3に示す。
【0045】
[実施例2]
実施例2は、上述した実施例1と同様にFPP処理を行わずに純チタン材の表面窒化処理を行った。実施例2は、実施例1とは、窒素ガスの流量のみが異なり、当該窒素ガスの流量を70L/分とした。
【0046】
[実施例3]
実施例3は、上述した実施例1及び実施例2と同様にFPP処理を行わずに純チタン材の表面窒化処理を行った。実施例3は、実施例1とは、窒素ガスの流量のみが異なり、当該窒素ガスの流量を10L/分とした。
【0047】
[実施例4〜実施例6]
実施例4〜実施例6は、上述した実施例1〜実施例3と同様にFPP処理を行わずにチタン合金からなるチタン材の表面窒化処理を行った。実施例4〜実施例6は、実施例1〜実施例3とは、供試材のみが異なる。すなわち、実施例4〜実施例6では、供試材としてTi−6Al−4Vの丸棒を用いた。そして、実施例4は、実施例1と同様に、窒素ガスの流量を130L/分とし、実施例5は、実施例2と同様に、窒素ガスの流量を70L/分とし、実施例6は、実施例3と同様に、窒素ガスの流量を10L/分とした。
【0048】
[実施例7]
実施例7は、実施例4と同様にFPP処理を行わずにチタン合金材の表面窒化処理を行った。実施例7は、実施例4とは、窒素ガスの吹きつけを伴うチタン合金材の加熱時間のみが異なり、当該加熱時間を1.5分とした。
【0049】
[実施例8]
実施例8は、上述した実施例1〜実施例7とは異なり、供試材の表面に当該投射粒子を投射するFPP処理を伴ったチタン材の表面窒化処理を行った。実施例8は、実施例4とは、チタン材の表面窒化処理において用いる窒素ガスに投射粒子が含有する点のみが異なる。具体的には、実施例8では、投射材として、平均粒径が45μm以下のチタン粒子を用いた。実施例8におけるFPP処理は、FPP処理粒子供給量0.2g/s、投射距離100mm、噴射圧力0.5MPa、窒素ガス流量を130L/分で、3分間投射した。なお、FPP処理後は、実施例1〜実施例7と同様に、誘導加熱コイル12への給電を停止して、流量130L/分の窒素ガスにより急冷した。
【0050】
[実施例9]
実施例9は、実施例8と同様にFPP処理を伴ったチタン合金材の表面窒化処理を行った。実施例9は、窒素ガスの吹きつけを伴うチタン合金材の加熱処理の全処理工程のうち、一部のみにFPP処理を行った。具体的には、実施例9は、実施例8と同じFPP処理の条件で、1分間投射材を含んだ窒素ガスをチタン合金材に吹き付けながら当該チタン合金材の加熱(AIH−FPP処理)を行った後、2分間継続して投射材を含まない窒素ガスをチタン合金材に吹き付けながら当該チタン合金材の加熱(加熱保持)を行った。その後、誘導加熱コイル12への給電を停止して、流量130L/分の窒素ガスにより急冷した。当該実施例9の熱履歴を
図4に示す。
【0051】
次に、本発明に係るチタン材の表面窒化処理方法の比較例1及び比較例2について説明する。
【0052】
[比較例1]
比較例1は、上述した実施例1と同様にFPP処理を行わずに窒素ガスの吹きつけを伴う純チタン材の加熱処理を行った。比較例1は、実施例1とは、供試材の加熱温度のみが異なり、当該加熱温度として600℃とした。
【0053】
[比較例2]
比較例2は、上述した実施例4と同様にFPP処理を行わずに窒素ガスの吹きつけを伴うチタン合金材の加熱処理を行った。比較例2は、実施例4とは、供試材の加熱時間のみが異なる。具体的には、比較例2は、窒素ガスを供試材に吹き付けながら当該供試材を900℃まで加熱した後、すぐに冷却した。900℃における加熱保持時間は0分とした。
【0054】
上述した各実施例1〜実施例9及び比較例1、比較例2の実験条件について表1にまとめて示す。
【0056】
(評価)
上述した各実施例1〜実施例9、比較例1及び比較例2について、マクロ観察、処理前後の質量測定、XRD(X−Ray Diffractometer:XRD)分析、ビッカース硬さ測定を行い、評価を行った。
【0057】
(1)実施例1〜実施例3について
まずはじめに、供試材として純チタン材を用い、FPP処理を行わずに、窒素ガスの流量の条件のみを変化させた実施例1〜実施例3について述べる。実施例1〜実施例3は、純チタン材の表面に窒素ガスを10L/分以上の流量で吹き付けながら900℃で3分間処理を行った。窒素ガスの流量を130L/分とした実施例1、70L/分とした実施例2及び10L/分とした実施例3の純チタン材の表面は、いずれも表面窒化で観察される黄土色を呈していた。窒素ガスの流量が多くなるに従い、その表面の黄土色が濃くなる傾向を示した。
【0058】
また、これら実施例1〜実施例3についての処理前後の質量変化を
図5に示す。
図5に示すように、実施例1〜実施例3は、いずれも処理前後で質量が増加しており、窒素ガスの流量が多くなるに従い、質量の増加が多くなる傾向を示した。これらマクロ観察及び質量変化から、窒素とチタンとの化学反応及びチタン材の基材内部への窒素の拡散によって質量が増加したものと考えられる。よって、窒素ガスの流量の増加が、チタン材の窒化を促進させることがわかる。
【0059】
次に、実施例1〜実施例3についてのXRDの分析結果について、
図6を参照して説明する。
図6には、実施例1〜実施例3及び未処理材のXRDの分析結果を示す。
図6に示すように、FPP処理を行わずに、処理温度900℃、窒素ガスの流量を10L/分〜130L/分とする実施例1〜実施例3の供試材の表面には、未処理材では確認することができなかったTiNのピークが存在しており、当該供試材の表面には、TiNから成る窒化層が存在することが確認できた。TiNのピークは、窒素ガスの流量の増加するほど顕著に表れていることから、窒素ガスの流量の増加に伴って、チタン材の窒化が促進されることが、当該XRDの結果からもわかる。
【0060】
次に、実施例1〜実施例3の供試材についてのビッカース硬さ試験による評価について、
図7を参照して説明する。
図7は実施例1〜実施例3の供試材の縦断面上での表面から内部方向へのビッカース硬さ分布を示す。
図7に示すように、処理温度900℃、窒素ガスの流量が10L/分以上とする実施例1〜実施例3の供試材は、いずれも表面から30μmの深さの範囲内において最高硬さが表れており、当該供試材の表面に硬化窒化層が形成されていることが分かる。窒素ガスの流量が130L/分である実施例1は、最高硬さが480HV(25g)を超えており、硬化窒化層の深さは、120μmであった。窒素ガスの流量が70L/分である実施例2は、最高硬さが360HV(25g)を超えており、硬化窒化層の深さは、100μmであった。窒素ガスの流量が10L/分である実施例3は、最高硬さが290HV(25g)であり、硬化窒化層の深さは、90μmであった。当該ビッカース硬さを示す図から、同じ加熱温度では、窒素ガスの流量が多いほど、得られる硬化窒化層の硬さが高く、より厚く形成されることが分かる。
【0061】
(2)実施例4〜実施例6について
次に、供試材としてチタン合金材を用い、FPP処理を行わずに、窒素ガスの流量の条件のみを変化させた実施例4〜実施例6について述べる。実施例4〜実施例6は、チタン合金材の表面に窒素ガスを10L/分以上の流量で吹き付けながら900℃で3分間処理を行った。各実施例4〜実施例6の供試材についてのビッカース硬さ試験による評価について、
図8を参照して説明する。
図8は実施例4〜実施例6の供試材の縦断面上での表面から内部方向へのビッカース硬さ分布を示す。
図8に示すように、処理温度900℃、窒素ガスの流量が10L/分以上とする実施例4〜実施例6の供試材は、いずれも最表面において最高硬さが表れており、当該供試材の表面に硬化窒化層が形成されていることが分かる。窒素ガスの流量が130L/分である実施例4は、最高硬さが560HV(25g)を超えており、硬化窒化層の深さは、120μmであった。窒素ガスの流量が70L/分である実施例5は、最高硬さが510HV(25g)を超えており、硬化窒化層の深さは、80μmであった。窒素ガスの流量が10L/分である実施例6は、最高硬さが480HV(25g)であり、硬化窒化層の深さは、50μmであった。当該ビッカース硬さを示す図から、チタン合金材を処理した場合にも、同じ加熱温度では、窒素ガスの流量が多いほど、得られる硬化窒化層の硬さが高く、より厚く形成されることが分かる。
【0062】
(3)比較例1について
比較例1は、窒素ガスの流量を、実施例1〜実施例3の結果からも明らかなように、最も硬さが高く、硬化窒化層の厚さが厚く形成された130L/分を採用した。そして、処理温度を600℃とした。この場合には、
図9の比較例1及び未処理材のXRDの分析結果に示すように、供試材の表面には、未処理材と同様に、TiNのピークが確認できなかった。よって、600℃の処理温度では、当該純チタン材の表面には、TiNから成る窒化層を形成することができなかったことが確認できた。
【0063】
(4)実施例4、実施例7、比較例2について
次に、供試材としてチタン合金材を用い、FPP処理を行わずに、窒素ガス流量130L/分を伴った加熱処理の時間のみを変化させた実施例4、実施例7、比較例2について述べる。実施例4、実施例7、比較例2は、いずれもチタン合金材の表面に窒素ガスを130/L分の流量で吹き付けながら900℃で加熱処理を行った。実施例4は、処理時間(加熱保持時間)を3分とし、実施例7は、処理時間(加熱保持時間)を1.5分とした。比較例2は、900℃まで昇温した直後に冷却した。各実施例4、実施例7、比較例2の供試材についてのビッカース硬さ試験による評価について、
図10を参照して説明する。
図10は実施例4、実施例7、比較例2の供試材の縦断面上での表面から内部方向へのビッカース硬さ分布を示す。
図10に示すように、加熱処理の時間が長くなるほど、最表面の硬さが高く形成されていることが分かる。少なくとも1.5分以上加熱処理時間を保持することによって、最表面の硬さを420HV(25g)以上とすることができ、その硬化窒化層の厚さを50μm以上とすることができることが分かる。
【0064】
(5)実施例4、実施例8、実施例9について
次に、供試材としてチタン合金材を用い、窒素ガス流量130L/分を伴った加熱処理の際に、FPP処理を処理時間のみを変化させた実施例4、実施例8、実施例9について述べる。実施例4は、実施例8、実施例9は、いずれもチタン合金材の表面に窒素ガスを130/L分の流量で吹き付けながら900℃で加熱処理を行った。実施例4は、FPP処理の時間を0分とし、投射材が含有されていない窒素ガスの吹きつけを伴った加熱処理時間(加熱保持時間)を3分とした。実施例8は、投射材が含有されている窒素ガスの吹きつけを伴った加熱処理時間を3分とし投射材が含有されていない窒素ガスの吹きつけを伴った加熱処理は行わなかった。実施例9は、投射材が含有されている窒素ガスの吹きつけを伴った加熱処理時間を1分とし投射材が含有されていない窒素ガスの吹きつけを伴った加熱処理(加熱保持時間)を2分とした。加熱処理工程全体の加熱時間は、いずれも3分と共通している。
【0065】
FPP処理時間を0分とした実施例4の供試材の表面は、表面窒化で観察される黄土色を呈していた。FPP処理時間を1分とし、加熱保持時間を2分とした実施例9は、実施例4と同様に、表面窒化で観察される黄土色を呈していたが、その濃さは、実施例4よりも薄い。これに対し、FPP処理時間を3分とし、加熱保持時間を0分とした実施例8は、殆ど表面に黄土色は観察されなかった。
【0066】
一方、
図11は、各実施例4、実施例8、実施例9の供試材の縦断面上での表面から内部方向へのビッカース硬さ分布を示す。
図11に示すように、FPP処理の有無、及び処理時間にかかわらず、形成される硬化窒化層の硬さ、及び厚さに大きな差は見られなかった。これらの評価結果から、表面窒化で観察される黄土色はTiN層の影響であることを考慮すると、投射材をチタン材の表面に吹き付ける窒素ガスに含有させて、当該チタン材の表面に投射材を衝突させることにより、疲労強度を低下させる要因となるTiN層の形成を抑制しながら窒素拡散層の形成を促進させて、所定の強度を備えた硬化窒化層の形成を行うことができると判断できる。