特許第6646065号(P6646065)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6646065
(24)【登録日】2020年1月14日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】酸/糖溶液から酸を回収するための方法
(51)【国際特許分類】
   C13K 1/04 20060101AFI20200203BHJP
   C13B 20/14 20110101ALI20200203BHJP
   C01B 17/90 20060101ALI20200203BHJP
   B01J 41/05 20170101ALI20200203BHJP
   B01J 49/57 20170101ALI20200203BHJP
   B01J 47/02 20170101ALI20200203BHJP
【FI】
   C13K1/04
   C13B20/14
   C01B17/90 Q
   B01J41/05
   B01J49/57
   B01J47/02
【請求項の数】10
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2017-555302(P2017-555302)
(86)(22)【出願日】2016年4月20日
(65)【公表番号】特表2018-516547(P2018-516547A)
(43)【公表日】2018年6月28日
(86)【国際出願番号】CA2016050449
(87)【国際公開番号】WO2016168924
(87)【国際公開日】20161027
【審査請求日】2019年4月18日
(31)【優先権主張番号】62/150,401
(32)【優先日】2015年4月21日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】507171683
【氏名又は名称】エフピーイノベイションズ
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ジェマー、ナスール
(72)【発明者】
【氏名】パレオロゴウ、ミカエル
(72)【発明者】
【氏名】マームード、タラット
【審査官】 福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】 特表2001−511418(JP,A)
【文献】 特表2010−501013(JP,A)
【文献】 特開2005−229822(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0148750(US,A1)
【文献】 特開昭62−202806(JP,A)
【文献】 米国特許第5434301(US,A)
【文献】 特開平3−232500(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C13B 5/00−99/00
C13K 1/00−13/00
C01B 17/00−98
CAplus/MEDLINE/BIOSIS/FSTA/WPIDS/AGRICOLA(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸および非イオン性有機化合物を含むバイオマス加水分解物溶液を処理するための方法であって、
前記加水分解物溶液を酸遅滞ユニットの固定樹脂床に供給するステップであって、前記酸遅滞ユニットは、底部および前記底部に対向する頂部を含み、前記固定樹脂床には、前記酸を保持し前記非イオン性有機化合物を退ける第四級アンモニウム樹脂粒子が組み込まれており、前記樹脂に含まれる粒子の平均粒度は約50μmと一定である、ステップと、
精製された酸を回収するために、前記固定樹脂床に保持されている前記酸を水で溶出させるステップと
を含み、前記非イオン性有機化合物は、糖、可溶性糖および可溶性アルコールの少なくとも1種であり、前記バイオマス加水分解物中の前記酸の90重量%超が回収される、方法。
【請求項2】
前記バイオマス加水分解物中の前記非イオン性有機化合物の75重量%超が回収される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記加水分解物は、前記酸遅滞ユニットの底部から前記固定樹脂床内の上方に向けて供給される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記酸を溶出させる前記水は、前記酸遅滞ユニットの前記頂部から入って前記固定樹脂床内を下方へと向かう、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記酸は、硫酸、リン酸、硝酸、塩酸、ギ酸、乳酸およびコハク酸の少なくとも1種である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記酸は、1〜98重量%の硫酸HSOである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記非イオン性有機化合物は、可溶性糖および可溶性アルコールの少なくとも1種である、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記非イオン性有機化合物は可溶性糖である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記第四級アンモニウム樹脂粒子は前記固定樹脂床内で圧縮されている、請求項1〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記粒子は、Recoflo(登録商標)Technology粒子である、請求項1〜9のいずれか一項の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
背景
i)分野
本発明は、可溶性非イオン性有機化合物および酸の混合物から酸を除去および回収することに関する。非イオン性有機化合物/酸流れは、バイオマスの酸加水分解や、糖の発酵または他の手段を用いた有機酸(例えば、乳酸、コハク酸、酢酸)の製造により生成し得る。特に、本明細書に記載するプロセスは、ナノ結晶セルロース(NCC)を製造するためにパルプを硫酸または他の酸で加水分解する際に生成する酸/糖流れから酸を除去するために利用することができる。この手法を用いることにより、加水分解工程で酸を再利用することと、流れを中和するための薬剤の使用および廃棄物の生成を回避することとが可能になる。脱酸後の糖は発酵させるかまたは有用な燃料もしくは化学品に変換することができる。
【背景技術】
【0002】
ii)先行技術の説明
地球上のバイオマスの成長は年間1180億トンと推定されている。バイオマスを原料とする燃料およびバイオ化学品の製造は魅力的かつ持続可能である。こうしたプロセスにおいては、リグノセルロース系材料が加水分解され、それによって、その構成成分である多糖類(例えば、セルロースおよびヘミセルロース)が分解されて糖の単体および低重合体となり、これらを変換することによって有用な製品が得られる。一般に、この加水分解工程には多量の鉱酸の使用が伴う。酸としては、入手性および費用の観点から硫酸が一般に好まれる。糖を遊離させるために0.5%未満〜80%の範囲に亘る様々な濃度の酸が使用される。酸は触媒の役割を果たすものであり、加水分解工程で消費される訳ではない。この酸は一般に、加水分解工程終了後、糖発酵を行う前に石灰で中和される。その結果として多量の硫酸カルシウムが生成する可能性があり、何らかの対処が必要となる。これを実施することにより、糖の製造、ひいては糖由来のバイオ燃料および化学品の製造に伴う運転費用が増大する。この加水分解工程をより経済的に魅力あるものにするために、廃酸を分離して同じプロセスで再利用するべきである。酸を回収および再利用することによって糖変換費用および廃棄物処理費用が削減されるであろう。
【0003】
先行技術において、様々な用途に用いるために非電解質から電解質を分離することが研究されてきた。クロマトグラフ法、ナノ濾過、逆浸透、晶析等の幾つかの手法が提案および研究されてきた。クロマトグラフ法には、イオン交換、イオン排除およびイオン遅滞が含まれる。イオン交換系においては、溶質および樹脂間でイオン(陽イオンまたは陰イオン)の交換が行われる。溶液中の非電解質は樹脂と相互作用せず、樹脂床を素通りする。したがって、この技法を用いることにより非電解質を電解質から分離することが可能になる。この手法の応用が幾つか考案されている。樹脂の再生は一般に薬剤を用いて行われる。
【0004】
イオン排除においては、溶質および樹脂間でイオン交換は行われない。この技法はイオン性化学種を非イオン性化学種(または弱イオン性化学種)から分離するために使用される。この技術は、水および非イオン性の溶質を収着することができる微多孔質樹脂を利用している。硫酸等の電解質はイオン反発のため多孔質樹脂構造内部に侵入できない。したがって、電解質はこの種の樹脂が充填されたカラム内を非電解質よりも速く通過することになる。したがって、イオン排除においては、酸が樹脂床から先に溶出し、一方、多孔質樹脂内部により深く侵入する糖はその後に溶出されると予想される。イオン排除の使用は、化学種の流量が遅く濃度が低い場合に限られるため、イオン排除は主として分析および医薬用途に用いられてきた。
【0005】
米国特許第5,403,604号明細書は、限外濾過、ナノ濾過(NF)および逆浸透を含む膜ユニットを組み合わせて果汁(juice)から糖を分離することを扱っている。糖はNF膜に保持され、一方、クエン酸等の酸はNF膜を通過する。供給原料流れの全酸濃度は約0.79重量%であり、一方、全糖濃度は4.3〜14.3%の間で変化した。
【0006】
米国特許第7,077,953号明細書は、木材チップを酸性溶液に曝すことによって得られる加水分解物の溶液から酸を回収することを扱っている。この場合、糖および酸の他にもリグニン、金属、浮遊固形物等の種々の化合物が混入していた。発明者らはクロマトグラフィー装置を使用して加水分解プロセス由来の糖の大部分を保持することによって分離を行っている。クロマトグラフィー装置から糖を溶出するために水が使用される。溶出した糖は発酵/蒸留装置等の処理装置に送られる。クロマトグラフィー装置から得られる糖流れは希薄であり、これを発酵することにより生成するのは希薄な生成物であるため、それを濃縮するためにさらにエネルギーが必要となる。クロマトグラフィー系から得られる酸に富む流れをナノ濾過装置を用いて処理することによって残りの糖が取り出される。発明者らはまた、濃厚な糖を得るためにクロマトグラフィー装置の手前に第2ナノ濾過装置を使用することも提案している。この手法に含まれる工程の幾つかは経済的実現性に欠ける可能性がある。
【0007】
米国特許第5,580,389号明細書には、バイオマスを強酸で加水分解することにより得られた糖から酸を分離することが述べられている。この方法には、シリカの除去、脱結晶化、加水分解および糖/酸分離等の幾つかの工程が含まれる。後者の分離は、糖を保持するための架橋ポリスチレン陽イオン交換樹脂を用いて行われている。この樹脂は、6〜8%のジビニルベンゼンで架橋し、硫酸で処理することによって強酸性樹脂としたものである。次いでこの樹脂を水で洗浄することにより糖が放出される。このようにして得られた糖溶液を発酵させることにより、付加価値のある生成物を得ることができる。
【0008】
米国特許第7,338,561号明細書には、1種または数種の糖を含む、多価陽イオン、1価金属陽イオン、1価陰イオンおよび多価無機陰イオンならびに/または有機酸陰イオンが混入した水溶液を精製するためのプロセスが記載されている。このプロセスは、強陰イオン性樹脂、強陽イオン性樹脂、ナノ濾過装置、晶析ユニット、逆浸透ユニットおよび2個までのクロマトグラフィーカラムを含む幾つかの分離ユニットを利用している。この手法は、ホエーを処理する限外濾過ユニットの透過液に適用される。陰イオン性および陽イオン性樹脂を充填したカラムを再生するためには薬剤が必要となる。所望の分離を実施するためにこれら全ての装置を使用することは複雑であり、経済的な魅力があるように見えない。加えて、分離効率の低さも示唆される。
【0009】
Hatch,M.J.and Dillon,J.A.,Industrial and Engineering Chemistry Process Design and Development 2(4),253,October 1963においては、塩から酸を分離するために酸遅滞樹脂が使用されている。類似の酸遅滞樹脂が、例えば、クラフトパルプ工場で発生する、廃棄物発生源から生じる酸(waste generator acid)(米国特許第5,792,441号明細書)を精製するために利用されている。
【0010】
米国特許第5,968,362号明細書には、バイオマス酸加水分解ステップにより得られる酸および糖を分離するための方法が記載されている。このプロセスは、加水分解物により得られた酸を保持するために、擬似移動床(例えば、Advanced Separation Technologiesから)において陰イオン交換樹脂またはイオン排除クロマトグラフィー材料を利用している。こうして生成した糖には酸および金属が混入していた。著者らは、溶液を中和するために石灰で処理し、金属を析出させることを提案している。
【0011】
米国特許第5,628,907号明細書には、イオン排除クロマトグラフィーを用いて酸−糖混合物を分離することが記載されている。異なる原料濃度および異なる運転方式で硫酸からグルコースを分離することが記載されている。ジビニルベンゼン(DVB)架橋度が異なる数種の樹脂が利用されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
簡素かつ高効率な酸/糖分離法が依然として必要とされている。この方法は、幾つかの分離工程を用いているために投資費用および運転費用が嵩む上述の他の手法よりも経済的実現性が高くなるべきである。好ましくは、このような方法においては、糖および酸の生成物流れの希釈が最小限に抑えられるであろう。
【課題を解決するための手段】
【0013】
概要
本発明の目的は、可溶性非イオン性有機化合物/酸混合物に含まれている、殆どの場合は中和(例えば、石灰で)された後に下水または廃棄物埋立地に送られる酸を、回収および再利用することにある。
【0014】
本発明の目的は、ナノ結晶セルロース(NCC)を製造するためのパルプ加水分解により得られた酸/糖流れから硫酸を分離するためのプロセスを提供することにある。
【0015】
本明細書に記載する一態様によれば、酸および非イオン性有機化合物を含むバイオマス加水分解物溶液を処理するための方法であって、加水分解物溶液を酸遅滞ユニットの固定樹脂床に供給するステップであって、酸遅滞ユニットは、底部および底部に対向する頂部を含み、固定樹脂床には、酸を保持し非イオン性有機化合物を退ける第四級アンモニウム樹脂粒子が組み込まれている、ステップと、精製された酸を回収するために、固定樹脂に保持されている酸を水で溶出させるステップとを含み、非イオン性有機化合物は、糖、可溶性糖および可溶性アルコールの少なくとも1種であり、バイオマス加水分解物中の酸の90重量%超が回収される、方法が提供される。
【0016】
本明細書に記載する他の態様によれば、酸および非イオン性有機化合物を含むバイオマス加水分解物溶液を処理するための方法であって、加水分解物溶液を酸遅滞ユニットの固定樹脂床に供給するステップであって、酸遅滞ユニットは、底部および底部に対向する頂部を含み、固定樹脂床には、酸を保持し非イオン性有機化合物を退ける第四級アンモニウム樹脂粒子が組み込まれており、樹脂に含まれる粒子の平均粒度は約50μmと一定である、ステップと、精製された酸を回収するために、固定樹脂に保持されている酸を水で溶出させるステップとを含み、非イオン性有機化合物は、糖、可溶性糖および可溶性アルコールの少なくとも1種であり、バイオマス加水分解物中の酸の90重量%超が回収される、方法が提供される。
【0017】
他の態様によれば、バイオマス加水分解物中の非イオン性有機化合物の75重量%超が回収される、本明細書に記載する方法が提供される。
【0018】
他の態様によれば、加水分解物が酸遅滞ユニットの底部から固定樹脂床の上方に向けて供給される、本明細書に記載する方法が提供される。
【0019】
他の態様によれば、酸を溶出する水は酸遅滞装置の頂部から入って固定樹脂床の下方へ向かう、本明細書に記載する方法が提供される。
【0020】
他の態様によれば、酸は硫酸、リン酸、硝酸、塩酸、ギ酸、乳酸およびコハク酸の少なくとも1種である、本明細書に記載する方法が提供される。
【0021】
他の態様によれば、酸は、HSO 1〜98%の硫酸である、本明細書に記載する方法が提供される。
【0022】
他の態様によれば、非イオン性有機化合物は可溶性糖および可溶性アルコールの少なくとも1種である、本明細書に記載する方法が提供される。
【0023】
他の態様によれば、非イオン性有機化合物は糖である、本明細書に記載する方法が提供される。
【0024】
他の態様によれば、第四級アンモニウム樹脂粒子は固定樹脂床内に圧縮されている、本明細書に記載する方法が提供される。
【0025】
本記載によれば、糖および硫酸を含む溶液から硫酸を分離するための方法であって、以下に示すステップを含む方法が提供される。
a)酸/糖混合物中に存在し得る浮遊固形物を濾過を用いて除去するステップ。
b)酸/糖溶液を、第四級アンモニウム樹脂粒子を含む固定樹脂床酸遅滞ユニットに供給するステップ。酸は樹脂に吸収され、脱酸された糖はそのまま床から流出し、さらなる処理のために回収される。
c)硫酸溶液を回収してそれを加水分解ステップで使用するために、酸遅滞ユニットを水で再生するステップ。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本明細書に記載する一実施形態に従い酸の回収および再使用を行うバイオマス加水分解プロセスを単純化したフロー図を示すものであり、この実施形態において、酸は酸遅滞樹脂を使用することによって可溶性非イオン性有機化合物(糖等)から分離され、樹脂床の再生に水が使用され、糖に富む流れはバイオ燃料またはバイオ化学品を製造するためにさらに処理される。
図2】本明細書に記載する他の実施形態に従う、酸および糖を分離するために提案されている酸遅滞ユニット(ARU)の詳細なフロー図を示すものである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
詳細な説明
上に述べたように、これまで酸/糖分離に関し幾つかの手法が提案されている。しかしながら、先行技術において、酸を糖から分離するためにARUを使用する試みは行われていなかった。特に、ARUを用いてパルプ加水分解後のバイオマス加水分解物、特に、ナノ結晶セルロース(NCC)製造後に得られる加水分解物から脱酸された糖流れを製造することは検討されていなかった。
【0028】
本明細書において、加水分解物溶液とは、加水分解、特に酸加水分解により得られる、酸および非イオン性有機化合物を含む溶液と定義される。
【0029】
非イオン性化合物は糖であると理解されたい。酸とは、硫酸、乳酸、コハク酸、酢酸等であると理解されたい。
【0030】
酸遅滞樹脂は、強酸を優先的に吸収するかまたはその移動を他の化学的化合物(chemical compound)(例えば、非電解質)の移動よりも遅らせる(遅滞)、独特の構造を有する樹脂である。これは、樹脂を固定相として用いて、イオン性化学種と非イオン性化学種とを分離することで知られているイオン排除クロマトグラフィー等の他のクロマトグラフ法とは異なる。このプロセスにおいては、非イオン性物質は樹脂上に収着され、一方、イオン性化学種は床を通過する。上に述べたように、この手法の利用は化学種の流量および濃度が低い場合に限られる。本発明の方法であるARUにおいては、強塩基であるイオン交換樹脂(第四級アンモニウム基を含む)が酸を吸収し、その一方で糖を排除することができることが見出されている。
【0031】
(発明の効果)
本明細書に記載する酸遅滞プロセスは、初めて、単に水を使用することにより樹脂が再生されるように(それによって、分離にかかる運転費用が低減される)可逆的な形で、酸および(非イオン性)糖を互いに回収するものである。従来のイオン交換技術には大型の樹脂床が使用されており、それによってサイクル時間が長くなる(例えば、何時間もかかる)。このようにサイクルが長いと樹脂が薬剤に長時間曝され、樹脂が急速に劣化する可能性がある。本明細書においては、流速が速く、サイクル時間が短く(全工程2〜5分間)、樹脂床の長さが短く(高さ7.5〜60cm)、樹脂の粒度が細かく、樹脂洗浄工程が頻繁に行われることを特徴とする市販のRecoflo(登録商標)Technology(Eco−Tec Inc.,Pickering,Ontario,Canada)を採用した。好ましい実施形態における酸遅滞樹脂は、樹脂床内に圧縮されるか、またはいわゆる「過剰充填(overpacked)」状態で保持されている。本発明の方法は、糖等の可溶性非イオン性有機化合物を酸から分離するための簡素な手法を用いるものである。この新規な方法は、幾つかの分離工程を利用することによって高額な投資費用および運転費用が必要となる、上に述べた他の手法よりも、経済的実現性が高くなることが期待される。Recoflo Technologyを酸遅滞樹脂と組み合わせることのさらなる利点は、2種の生成物の流れの希釈が最小限に抑えられることにある。
【0032】
多糖類成分(例えば、セルロースおよびヘミセルロース)を変換するためのバイオマス加水分解は幾つかの処理を用いて実施することができる。リグノセルロース系バイオマスの酸加水分解は、希酸または濃酸を用いて達成することができる。本明細書におけるバイオマス加水分解物とは、これらに限定されるものではないが、木材チップ、パルプ、樹皮、おがくずおよび木くず(hog fuel)から得ることができるバイオマスの任意の加水分解生成物と定義される。酸としては、硫酸、リン酸、硝酸および塩酸の少なくとも1種を用いることができる。一般に好ましい酸は、希酸から濃酸、すなわちHSO 1〜98%の範囲に亘る硫酸である。さらに、このプロセスにより、他の可溶性非イオン性有機化合物を酸から分離することができる。このような化合物としては、これらに限定されるものではないが、可溶性糖および可溶性アルコールの少なくとも1種が挙げられる。糖はC/C単糖またはC/Cオリゴ糖であってもよく、アルコールは通常C1〜10である。分離されたC/C糖を発酵させることにより、C糖から有機酸(例えば、乳酸、コハク酸)を生成することができる。生成した有機酸は、残留しているC糖から本明細書に記載するARUを用いて分離することができる。加水分解ステップにおいては、酸を所与の濃度で、バイオマスと所与の温度および圧力で反応させることができる。次いで、糖が酸性溶液中に遊離する。バイオマス中に存在するリグニンは溶解性が限られており、したがって比較的容易に溶液から分離することができる。残りの溶液は基本的に酸および糖の混合物である。
【0033】
NCC製造プロセスには漂白パルプを1mm未満のサイズの粒子に粉砕することが含まれる。次いでこのセルロース粒子に濃硫酸が45〜70℃で加えられる。この系を機械的に撹拌しながら約25分間反応させる。次いで酸を希釈して反応を停止させるために多量の水が加えられる。濾過工程において、NCCは濃縮され、酸および糖から分離される。この工程で得られた廃液/酸溶液は、主として硫酸、糖および他の可溶性非イオン性化学種を含む。
【0034】
図1は、有用な副生成物を得るためのバイオマス変換プロセス150の略図を示すものである。本発明のプロセス150に使用されるバイオマス2は、これらに限定されるものではないが、木材チップ、パルプ、樹皮、おがくずおよび木くずを含む。第1ステップは所要の温度および圧力の反応器内で行われる酸加水分解ステップ101である。バイオマス2と一緒に所与の濃度の酸1(硫酸等)が酸槽に導入される。加水分解101終了後に得られる糖/酸の混合物3を、他の沈殿槽102に向けて送り出す。糖/酸混合物3の液体部分4をフィルター103等の分離ユニットに供給することにより、浮遊固形物6を酸/糖の液体部分4から除去する。浮遊固形物を含まない溶液5をイオン交換ユニット、具体的には酸遅滞樹脂床104に供給する。酸遅滞樹脂は酸の陰イオンおよび陽イオンの両方を同時に抜き出すことができる。したがって、この場合は、酸HSO分子全体がこの樹脂によって抜き出される。好ましい実施形態において、樹脂は酸遅滞ユニットの固定樹脂床に配置され、この固定樹脂床には第四級アンモニウム部分を有する樹脂粒子が組み込まれている。好ましい実施形態において、顆粒状樹脂粒子の平均粒度は約50μmと一定であり、加水分解物供給ステップおよび酸溶出ステップの間、その体積を維持する。すなわち、酸遅滞樹脂は他のクロマトグラフィー樹脂に関し知られているほどの大幅な収縮や膨張をしない。
【0035】
溶液中に存在するイオン電荷を有しない糖はいずれも樹脂と大きな相互作用をせず、樹脂に退けられるため、樹脂を素通りする。樹脂床からの糖流れ8は、さらに処理するために糖変換ユニット105に送られる。糖変換ユニットは、所望のバイオ燃料製品またはバイオ化学製品9の規格に到達させるために幾つかのステップから構成させることもできる。
【0036】
樹脂を再生するために、水10を使用して樹脂床から溶出させる。この溶出ステップにおいては、酸7が放出されて床から排出される。この酸はさらに処理することなく加水分解ステップに再循環させることができるが、加水分解101に使用する酸を所望の濃度にするために未使用の濃酸と混合することもできる。別法として、加水分解槽ステップ101に再循環させる前に蒸発によって濃縮することもできる。糖/酸溶液を樹脂床に供給することと、水を用いて樹脂床から酸を溶出させることとを交互に行うことにより、糖が酸から分離される。
【0037】
図2は、ARU系250のより詳細な図を示すものである。酸/糖溶液を供給タンク201に装入する。酸/糖混合物21を、存在する可能性のある浮遊固形物を除去するためにマルチメディアフィルターまたは他のフィルター202に供給する。このフィルターは水22で定期的に洗浄される。浮遊固形物を含む、中和後の廃水流れ23は下水に廃棄される。次いで、濾過された糖/酸溶液24は供給タンク203に送られ、ここで溶液は、混合物の元の温度に応じて加熱または冷却される。溶液25は固定樹脂床ARU 204の底部から入って中を通過する。硫酸はARU内の酸遅滞樹脂に吸収され、固定床頂部からは、酸が貧化され、糖が富化された溶液26が得られる。後段のステップにおいて、水供給タンク205からの水27がARU頂部に供給され、固定樹脂床内を下方に向かって通過することにより、樹脂を再生すると共に、精製された硫酸流れ28が生成する。これを最初の加水分解プロセスにおいて多糖類をより単純な糖へと解重合するために使用することができる。
【実施例】
【0038】
実施例1
ナノ結晶セルロース(NCC)の製造においては、パルプが濃硫酸によって約45〜70℃で加水分解された後、幾つかの工程を経て所望の性状の精製NCCが生成する。粒状NCCの精製においては、硫酸および糖に富む残留液が得られる。この廃酸流れは、主として、オリゴ糖、単糖および酸を含む。この酸は糖が存在するために再使用することができない。蒸発を行うことによって酸を濃縮すると、糖が脱水によって分解し、その結果として、フルフラールおよびヒドロキシメチルフルフラール等の生成物や、他の低分子量有機物質が生成することに加えて、蒸発管表面に炭素が析出することが予想される。糖を効率的に分離すれば酸を再利用することが可能になるであろう。そうすることによって、糖を他の有用な生成物に変換することも可能になるであろう。
【0039】
この実験は、Acid Purification Unit(APU)(Eco−Tec,Inc.,Pickering,Ontario,Canada)として知られる市販のARUを用いて実施した。この試験的システムに直径20cm×高さ60cmの固定樹脂床を取り付けた。表1にNCC製造プラントからの糖/HSO混合物の供給原料組成を示す。この表に示すように、本実験においては、酸濃度は150g/Lであり、糖濃度は117g/Lであった。この水溶液をARU系に通じると、HSOを1.6g/L、糖を81.2g/Lを含む糖富化流れが得られた。酸富化流れはHSOを82g/Lおよび糖を17.7g/Lを含んでいた。ここでは98.5%を超える硫酸が回収された。
【0040】
【表1】
【0041】
分離後の糖富化流れを、バイオガスを製造するための嫌気処理設備に送った。この流れは、まず最初に水酸化ナトリウムで中和される。元の酸/糖混合液から酸を除去することによって苛性ソーダの使用量が減ると共に、溶液のイオン強度が大幅に低減される。イオン強度の高い溶液は微生物の増殖を低下させることが知られており、バイオガス製造に悪影響が及ぼされる。脱酸した糖から生成したバイオガスの量は約0.51L/kg糖であった。バイオガスはメタンを約67%含有していた。糖富化流れの硫酸イオン(sulfate)含有量は、バイオガス製造時に硫酸水素が発生する問題が起こらないほど非常に低かった。
【0042】
実施例2
この実験はAPU(Eco−Tec,Inc.,Pickering,Ontario,Canada)として知られる市販のARUを用いて実施した。この試験的システムに直径5cm×高さ60cmの固定樹脂床を取り付けた。このシステムから得られたデータは、本格規模の設備の運転を高い信頼性で予測することができる。表2に、実施例1とは異なる条件下におけるNCC製造により生成した他の糖/HSO混合物の供給原料組成を示す。供給原料液の酸および糖の濃度はそれぞれ73g/Lおよび7.2g/Lであり、先の実施例よりも低かった。ここでは、より小型の樹脂床を用いたことを含め、異なる運転条件を用いた。水溶液をARUシステムに通じると、HSOを1.0g/Lおよび糖を4.0g/Lを含む糖富化流れが得られた。酸富化流れは、HSOを49g/Lおよび糖を1.5g/Lを含んでいた。硫酸の回収率は約91.6%と高いままであった。
【0043】
【表2】
【0044】
特許請求の範囲は実施例に記載する好ましい実施形態に限定すべきではなく、本記載全体の内容に一致する最も広い解釈を与えるべきである。
【0045】
実施例3
有機酸に対する樹脂の親和性を調査するために、実施例1および2で使用したものと同じ酸遅滞樹脂をファイルした実験室用ガラス製カラムを用いて以下に示す試験を実施した。直径約25mmのカラムに樹脂を充填した。樹脂が占める容積は100mLであった。有機酸と一緒にキシロースを含む溶液を用いた。この実験には乳酸、酢酸、コハク酸等の有機酸を用いた。酸吸収ステップ終了後、樹脂を水で再生した。
【0046】
コハク酸(コハク酸イオン(succinate)として14.53g/L)およびキシロース11.3g/Lを含む供給原料液を室温で樹脂床を通過させた。表3Aにコハク酸の吸収量および放出量を示す。最初に0.4ベッドボリュームを2回通じた後にカラムから排出された溶液はコハク酸イオンを含まなかった。コハク酸は全て樹脂によって抜き取られた。2回目の0.4ベッドボリュームのキシロース含有量は供給原料液と等しく、樹脂とキシロースとの親和性が低いことを示している。水を用いた再生により、樹脂床からコハク酸を放出させることができることが示された。
【0047】
【表3】
【0048】
乳酸(乳酸イオン(lactate)として9.51g/L)およびキシロース5.12g/Lを含む供給原料液を室温で樹脂床を通過させた。表3Bに、この試験における乳酸の吸収量および放出量を示す。最初の0.33ベッドボリュームを通じた後に樹脂床から排出された溶液は乳酸を含んでいなかった。2番目のベッドボリュームについては分析を行わなかった。3番目の0.33ベッドボリュームを通じた後の乳酸濃度は9.05g/Lであった。3番目のベッドボリュームに含まれるキシロースは4.97g/Lであり、樹脂とキシロースとの親和性が低いことを示唆している。水を用いた再生により、乳酸を樹脂床から放出することができることが示された。これらの結果は、明らかに、樹脂が酸を保持し、再生時に酸が放出されることを示していた。糖は樹脂と相互作用しない。
【0049】
【表4】
【0050】
酢酸(酢酸イオン(acetate)として3.5g/L)およびキシロース28.0g/Lを含む供給原料液を室温で樹脂床を通過させた。表3Cに、この試験における酢酸の吸収量および放出量を示す。最初の0.38ベッドボリュームを通じた後にカラムから排出される溶液は酢酸を含んでいなかった。3番目の0.38ベッドボリュームを通じた後の酢酸濃度は0.69g/Lであった。ここでも同様に2番目のベッドボリュームは分析を行わなかった。3番目の0.38ベッドボリュームのキシロース含有量は27g/L(供給原料の28g/Lと比較)であった。水を用いた再生により、樹脂床から酢酸を放出することができることが示された。
【0051】
【表5】
【0052】
上に説明したように、これらの実施例は、C糖を発酵させて乳酸/またはコハク酸にした後、酸遅滞ユニットを用いてC糖を混合物から分離させることができることを例示するものである。こうしてC糖は、後段で他の有用な化学品であるフルフラールやキシリトール等の製造に使用することができる。
図1
図2