(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6646493
(24)【登録日】2020年1月15日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】金属溶射被覆層を有する鉄系金属部材
(51)【国際特許分類】
C23C 4/08 20160101AFI20200203BHJP
C23C 4/18 20060101ALI20200203BHJP
C23C 4/131 20160101ALI20200203BHJP
B32B 15/01 20060101ALI20200203BHJP
C22C 18/00 20060101ALI20200203BHJP
【FI】
C23C4/08
C23C4/18
C23C4/131
B32B15/01 C
C22C18/00
【請求項の数】4
【全頁数】6
(21)【出願番号】特願2016-62164(P2016-62164)
(22)【出願日】2016年3月25日
(65)【公開番号】特開2017-172023(P2017-172023A)
(43)【公開日】2017年9月28日
【審査請求日】2019年2月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000142595
【氏名又は名称】株式会社栗本鐵工所
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】特許業務法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】堺 貴洋
(72)【発明者】
【氏名】山田 祥延
【審査官】
國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】
特開2017−95736(JP,A)
【文献】
特開2013−40362(JP,A)
【文献】
特開2016−8320(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/08
B32B 15/01
C22C 18/00
C23C 4/131
C23C 4/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に金属溶射被覆層を有する鉄系金属部材であって、該金属溶射被覆層が、亜鉛と亜鉛ニッケル合金とが混合した擬合金層であることを特徴とする鉄系金属部材。
【請求項2】
前記金属溶射被覆層におけるニッケルの含有量が0.4〜2.5質量%である請求項1記載の鉄系金属部材。
【請求項3】
前記金属溶射被覆層の表面に封孔処理層および樹脂塗料被膜層を有する請求項1または2記載の鉄系金属部材。
【請求項4】
前記鉄系金属部材が鋳鉄管である請求項1〜3のいずれか1項に記載の鉄系金属部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に金属溶射によって形成された耐熱性に優れた溶射被覆層を有する鉄系金属部材、より詳細には鋳鉄管に関する。
【背景技術】
【0002】
表面に金属溶射によって形成された溶射被覆層を有する鉄製または鋼製の溶射被覆部材は幅広く使用されており、特に耐食性が要求される用途などによく用いられている。
【0003】
溶射に用いる金属としては、特に、犠牲防食作用を有する亜鉛が利用されており、溶射材料としては、亜鉛または亜鉛合金が用いられ、亜鉛合金には、例えば、亜鉛スズ合金や亜鉛アルミニウム合金などがある。その他に、亜鉛と亜鉛合金、または亜鉛とその他金属材料とを溶射材料として用いた擬合金溶射も用いられている。例えば、亜鉛ワイヤとアルミニウムワイヤを用いたアーク溶射による擬合金溶射などが挙げられる。
【0004】
これらの亜鉛系合金溶射や亜鉛系擬合金溶射は、亜鉛溶射よりも耐食性が高いため、より高い耐食性が要求される場合などに用いられている。近年、ライフサイクルコストの低減のため、例えば水道管などにおいて、長期間の腐食に耐えることが要求され、亜鉛溶射よりむしろ亜鉛系合金溶射や亜鉛系擬合金溶射が用いられることが多くなってきている。現在、水道用ダクタイル鋳鉄管の外面溶射に用いられる亜鉛系擬合金溶射には、主に、亜鉛と亜鉛スズマグネシウム合金、または亜鉛とアルミニウム合金が用いられている(特許文献1および2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−068935号公報
【特許文献2】特開2012−149336号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、広く金属溶射に用いられている亜鉛は、加熱すると酸化し、耐食性能が低下するという問題がある。
【0007】
そこで、新たに、200〜300℃程度の加熱により耐食性能が低下しない亜鉛系擬合金溶射被膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、亜鉛と亜鉛ニッケル合金とを用いた、亜鉛−亜鉛ニッケル擬合金溶射被膜とすることにより、200〜300℃程度の加熱によっても耐食性能が低下しない亜鉛系擬合金溶射被膜が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、
[1]表面に金属溶射被覆層を有する鉄系金属部材であって、該金属溶射被覆層が、亜鉛と亜鉛ニッケル合金とが混合した擬合金層であることを特徴とする鉄系金属部材、
[2]前記金属溶射被覆層におけるニッケルの含有量が0.4〜2.5質量%である上記[1]記載の鉄系金属部材、
[3]前記金属溶射被覆層の表面に封孔処理層および樹脂塗料被膜層を有する上記[1]または[2]記載の鉄系金属部材、および
[4]前記鉄系金属部材が鋳鉄管である上記[1]〜[3]のいずれかに記載の鉄系金属部材
に関する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、200〜300℃程度の加熱によっても耐食性能が低下しない溶射被膜を備えた鉄系金属部材を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の鉄系金属部材は、その表面に亜鉛と亜鉛ニッケル合金とが混合した擬合金層である金属溶射被覆層が設けられていることを特徴とする。この金属溶射被覆層は、亜鉛およびニッケルが共に腐食膨張しないため、溶射被覆層の上に合成樹脂塗装などを施しても塗膜の膨れを生じるリスクがない。
【0012】
本発明にかかる金属溶射被覆層におけるニッケルの含有量は、0.4質量%以上が好ましい。ニッケルの含有量を0.4質量%以上とすることにより、ニッケルを加えた本発明の効果が十分に発揮される傾向がある。また、本発明に係る金属溶射被覆層におけるニッケルの含有量は、2.5質量%以下が好ましい。ニッケルの含有量を2.5質量%以下とすることにより、アーク溶射とする場合に材料とする亜鉛ニッケル合金の伸線加工が容易となる傾向がある。
【0013】
また、本発明にかかる金属溶射被覆層は、亜鉛およびニッケル以外に、他の元素を添加することを特に予定するものではないが、1質量%未満程度の添加は許容される。特にスズを含有する場合には、その含有量は1質量%未満とすることが好ましい。
【0014】
本発明において、鉄系金属部材の素地金属としては、亜鉛系の溶射が有効である、鉄系の金属、例えば、鋳鉄、鋼などが挙げられる。本発明の鉄系金属部材としては、特に限定されるものではなく、管体、バルブ、橋梁などが挙げられる、特に鋳鉄管、鋼管などの鉄系金属管が好ましく使用され、管外面に本発明にかかる金属溶射被覆層が設けられる。
【0015】
本発明の鉄系金属部材は、公知の金属溶射方法により、亜鉛と亜鉛ニッケル合金とを溶射することにより製造することができ、例えば一方の電極を純亜鉛、もう一方の電極を亜鉛ニッケル合金としたアーク溶射によって、その表面に亜鉛と亜鉛ニッケル合金が微細に混合した擬合金溶射被覆層を形成することにより製造することができる。擬合金層における亜鉛と亜鉛ニッケル合金とは微細に混合していることが好ましく、その程度は、亜鉛と亜鉛ニッケル合金とが2層に分離していないことが好ましい。両方の電極を亜鉛ニッケル合金とした合金溶射でも良好な耐食性が得られると考えられる。
【0016】
亜鉛と亜鉛ニッケル合金とを用いて溶射を行う際、使用する亜鉛ニッケル合金中のニッケルの含有量は、0.8質量%以上が好ましい。ニッケルの含有量を0.8質量%以上とすることにより、形成される本発明の金属溶射被覆層の耐食性が十分に発揮される傾向がある。また、亜鉛ニッケル合金中のニッケルの含有量は、5質量%以下が好ましい。ニッケルの含有量を5質量%以下とすることにより、亜鉛ニッケル合金を伸線加工することが容易となる傾向がある。さらに、使用する亜鉛および亜鉛ニッケル合金には0.02質量%程度であれば、不純物が含まれていてもよい。例えば、0.01質量%の銅、0.02質量%の鉄、0.015質量%のマンガン、0.015質量%のケイ素を含む亜鉛ニッケル合金などを使用することができる。
【0017】
また、使用する亜鉛ニッケル合金への添加元素としては1質量%未満での添加が許容される。例えば、0.3質量%程度のマグネシウムを添加した場合も、良好な耐食性を発揮する。
【0018】
本発明の鉄系金属部材においては、亜鉛ニッケル合金の溶融開始温度は418.5℃以上であり、純亜鉛の融点である419.58℃と同等以上であるため、亜鉛溶射と同様の温度履歴を与えても溶融することはない。また本発明の鉄系金属部材は、200〜300℃程度の熱を数十分加えても、耐食性能の低下はみられない。したがって、水道用ダクタイル鋳鉄管とした場合には、管外面に本発明にかかる金属溶射被覆層を設け、外面塗装を行った後、200℃〜300℃程度の管の予熱を必要とする粉体塗装を管内面に施工しても、耐食性能に影響を及ぼすことはなく、また溶融して外観を損ねることもない。
【0019】
本発明の鉄系金属部材には、上述した金属溶射被覆層の表面に通常の封孔処理による封孔処理層を設けることができ、これにより金属溶射被覆層の気孔を封鎖し、防食効果をさらに高めることができる。
【0020】
封孔処理としては、特に限定されるものではなく、一般に本技術分野において使用されているものを用いることができる。例えば、金属塗装に用いられるアクリル樹脂、エポキシ樹脂、アクリルシリコーン樹脂などの樹脂成分に、コロイダルシリカなどの無機化合物、表面調整剤などの添加剤を含む水系処理液による処理が挙げられる。
【0021】
また、本発明の鉄系金属部材には、上述の金属溶射被覆層の表面に、または封孔処理が施されている場合には封孔処理層の表面に樹脂塗料による被膜層を設けることができる。樹脂塗料被膜層は、単層としてもよいが、下塗り層および上塗り層の2層としてもよい。本発明の鉄系金属部材に施された金属溶射は、上述したとおり、亜鉛およびニッケルが共に腐食膨張しないため、合成樹脂塗料等による樹脂塗料被膜層を設けても膨れ等のリスクがなく、樹脂塗料被膜層による耐久性を十分に発揮することができる。
【0022】
樹脂塗料としては、特に限定されるものではなく、通常金属管の外面塗装に使用されているアクリル系樹脂塗料、エポキシ系樹脂塗料などが挙げられる。また、水道用の鋳鉄管については、日本水道協会規格のJWWA K 139「水道用ダクタイル鋳鉄管合成樹脂塗料」に規定される合成樹脂塗料を用いることができる。
【実施例】
【0023】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0024】
実施例1
サンドブラスト処理された圧延鋼板SPCC(150×70×2.0mm)に、陽極を亜鉛−ニッケル(4.2質量%)合金ワイヤ(直径1.6mm)、陰極を亜鉛ワイヤ(直径1.6mm)とするアーク溶射によって、付着量412g/m
2のZn/Zn−4.2Ni擬合金溶射被覆層を有する試験板4枚を作製した。このうちの2枚については電気炉を用いて大気中で加熱した(260℃×20分間)。
【0025】
実施例2
陽極の亜鉛−ニッケル(4.2質量%)合金ワイヤ(直径2.0mm)を、亜鉛−ニッケル(0.97質量%)合金ワイヤ(直径2.0mm)とし、溶射付着量を352g/m
2とした以外は、実施例1と同様にして試験板4枚を作製した。このうちの2枚については、実施例1と同様にして加熱処理した。
【0026】
比較例1
陽極の亜鉛−ニッケル(4.2質量%)合金ワイヤ(直径1.6mm)を、亜鉛ワイヤ(直径1.6mm)とし、溶射付着量を356g/m
2とした以外は、実施例1と同様にして試験板4枚を作製した。このうちの2枚については、実施例1と同様にして加熱処理した。
【0027】
試験例:複合サイクル試験
実施例1および2ならびに比較例1で得られた試験片の中央に、試験片の対角線に沿ったX字状に鉄地まで達する幅0.3mm×長さ50mmの切れ込みを入れ、複合サイクル試験(JIS K 5600−7−9、附属書CのサイクルA)を実施した。赤錆が発生したときの試験サイクル数を比較し、耐食性を評価した。結果を表1に示す。ただし、試験片端10mmの範囲は赤錆の評価範囲外とした。また、一般に耐食性は溶射付着量に比例するため、表1の結果を付着量350g/m
2に換算したものを表2に示す。表2において耐食性指数は、比較例1のサイクル数を1として指数表示したものである。
【0028】
【表1】
【0029】
【表2】
【0030】
実施例1および2のいずれにおいても加熱処理による耐食性の低下は見られなかった。また、実施例1においては、比較例1の平均約6倍もの耐食性能を発揮し、亜鉛/亜鉛−0.97質量%ニッケル擬合金溶射である実施例2においても比較例1の平均約4倍以上の耐食性を発揮した。
【0031】
これらの結果から、亜鉛と亜鉛ニッケル合金とが混合した擬合金層である金属溶射被覆層が、亜鉛溶射被覆層よりも耐食性能が非常に優れており、さらに200〜300℃程度の加熱によっても耐食性能が低下しないという優れた効果を奏することがわかる。