特許第6646596号(P6646596)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6646596
(24)【登録日】2020年1月15日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】不快臭の評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20200203BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20200203BHJP
   A61L 9/01 20060101ALI20200203BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20200203BHJP
【FI】
   C12Q1/02ZNA
   C12N15/12
   A61L9/01 J
   G01N33/50 Z
【請求項の数】7
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2017-9748(P2017-9748)
(22)【出願日】2017年1月23日
(65)【公開番号】特開2018-117540(P2018-117540A)
(43)【公開日】2018年8月2日
【審査請求日】2018年4月9日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000110
【氏名又は名称】特許業務法人快友国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】斎木 ユミ
(72)【発明者】
【氏名】今枝 孝夫
(72)【発明者】
【氏名】榊原 清美
(72)【発明者】
【氏名】岩井 幸一郎
(72)【発明者】
【氏名】早川 和美
(72)【発明者】
【氏名】加藤 和広
(72)【発明者】
【氏名】中島 毅彦
【審査官】 川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2017−176134(JP,A)
【文献】 特開2015−202076(JP,A)
【文献】 特開平11−286428(JP,A)
【文献】 FRAGRANCE JOURNAL, 2015, Vol. 43, No. 8, pp. 24-29
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/02
G01N 33/50
C12N 15/00−15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維製品の4−メチル−3−ヘキセン酸に由来する不快臭に対する抑制剤の探索方法であって、
4−メチル−3−ヘキセン酸と、1又は2以上の被験物質を含む評価対象と、以下の嗅覚受容体ペプチド;
(a)OR2AK2、配列番号1で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、OR2AK2と同等の嗅覚受容体応答性を示す嗅覚受容体ペプチド
(b)OR2W1、配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、OR2W1と同等の嗅覚受容体応答性を示す嗅覚受容体ペプチド、
(c)OR51L1、配列番号3で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、OR51L1と同等の嗅覚受容体応答性を示す嗅覚受容体ペプチド、及び
(d)OR51V1、配列番号4で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、OR51V1と同等の嗅覚受容体応答性を示す嗅覚受容体ペプチド
からなる群から選択され、少なくとも前記(d)の嗅覚受容体ペプチドを含む1種又は2種以上の嗅覚受容体ペプチドであって細胞表面に発現される嗅覚受容体ペプチドと、を接触させて、前記嗅覚受容体ペプチドの応答性を評価する工程と、
前記応答性に基づいて前記1又は2以上の被験物質から前記抑制剤を選択する工程と、
を備える、方法。
【請求項2】
前記1種又は2種以上の嗅覚受容体ペプチドとして、さらに、前記(a)の嗅覚受容体ペプチドを含む、請求項に記載の探索方法。
【請求項3】
フェニルアセトアルデヒドと同等又はそれ以上に前記(d)の嗅覚受容体ペプチドの応答性を抑制する前記抑制剤を選択する、請求項1又は2に記載の探索方法。
【請求項4】
フェニルアセトアルデヒドを有効成分とする、4−メチル−3−ヘキセン酸に由来する不快臭の抑制剤。
【請求項5】
不快臭の抑制方法であって、
フェニルアセトアルデヒドを用いて4−メチル−3−ヘキセン酸に由来する不快臭を抑制する、方法。
【請求項6】
繊維製品の4−メチル−3−ヘキセン酸に由来する不快臭の抑制剤を探索するためのキットであって、
以下の嗅覚受容体ペプチド;
(a)OR2AK2、配列番号1で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、OR2AK2と同等の嗅覚受容体応答性を示す嗅覚受容体ペプチド
(b)OR2W1、配列番号2で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、OR2W1と同等の嗅覚受容体応答性を示す嗅覚受容体ペプチド、
(c)OR51L1、配列番号3で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、OR51L1と同等の嗅覚受容体応答性を示す嗅覚受容体ペプチド、及び
(d)OR51V1、配列番号4で表されるアミノ酸配列と90%以上の同一性を有し、OR51V1と同等の嗅覚受容体応答性を示す嗅覚受容体ペプチド
からなる群から選択され、少なくとも前記(d)の嗅覚受容体ペプチドを含む1種又は2種以上の嗅覚受容体ペプチドであって細胞表面に発現される嗅覚受容体ペプチド、
を備える、キット。
【請求項7】
前記1種又は2種以上の嗅覚受容体ペプチドを細胞表面に発現した1種又は2種以上の細胞を固相体上の所定位置に備える、請求項に記載のキット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書は、嗅覚受容体(Olfactory Receptor、以下、単に、受容体又はORともいう。)を用いた不快臭の評価方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトは、嗅細胞に発現している受容体とにおい成分とが結合し、その情報が脳に入力されることにより、においを認識するといわれている。ヒトの場合、受容体は396種類存在することが報告されている。一般的に、受容体は、におい成分をコード認識しており、複数のにおい成分を複数の受容体で認識するように対応付けられている。各受容体は構造の類似した複数のにおいを認識したり、あるいは、ある受容体を活性化するにおい成分が他の受容体の活性化を阻害するアンタゴニストとして作用することも報告されている。
【0003】
こうしたにおい成分の評価方法としては、CREレポーターアッセイが知られている。CREレポーターアッセイは、におい成分が、細胞表面のORと結合して、Gタンパク質、アデニル酸シクラーゼを順次活性化し、最終的には、核内の転写因子であるCRE結合タンパク質(CREB)を活性化させることを利用している。活性化した転写因子は、さらに、ゲノム上のcAMP転写領域cAMP response element(CRE)に結合して、その下流遺伝子の発現を促進するようになっている。ここで、かかる下流遺伝子として、ルシフェラーゼなどの発光タンパク質をコードする遺伝子を備えさせることで、被験物質とORとの結合を、発光等のシグナルにより検出することができるようになっている。
【0004】
かかるCREレポーターアッセイを用いて、悪臭原因物質と結合するORに特異的なアンタゴニストを探索することも開示されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2015−81820号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ヒトの生活環境においては、種々の悪臭が存在するが、なかでも、洗濯後の衣類等を生乾き状態で保管することにより発生する生乾き臭や着用後の汗によって発生する着用汗臭は、極めて不快である。近年、生乾き臭成分及び着用汗臭成分として4−メチル−3−ヘキセン酸が同定され、当該におい成分は、モラクセラ属菌の代謝物であることが解明されている。このモラクセラ属菌は、ヒトなどの動物の日和見感染菌であるが、生活環境に高い確率で存在する。家庭での洗濯物にも多数付着し、洗浄後にもかかわらず、乾燥後や着用後に不快臭が発生する。
【0007】
モラクセラ属菌の付着抑制や除菌は困難であることから、この不快なにおい成分を根本的に排除することも同様に困難である。一方、芳香の添加によりこうした不快感を低減させることも可能であるが、生乾き臭及び着用汗臭は非常に強力であり、芳香剤と生乾き臭と着用汗臭とが混合することにより不快感が一層増大する場合もあった。
【0008】
本明細書は、生乾き臭及び着用汗臭のにおい物質に対する嗅覚受容体を用いて、こうした不快臭の評価方法、不快臭に対する作用剤の評価技方法等を提供する。また、本明細書は、衣類等の繊維製品に由来する不快臭に対する抑制剤を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、嗅覚受容体を探索した結果、4−メチル−3−ヘキセン酸を認識する嗅覚受容体を見出し、こうした嗅覚受容体を用いて、生乾き臭や着用汗臭を評価し、抑制し、又は同様のにおい質を探索することができるという知見を得た。こうした知見によれば、以下の手段が提供される。
【0010】
[1]不快臭の評価方法であって、
1又は2以上の被験物質を含む可能性のある評価対象と、OR2AK2、OR2W1、OR51L1及びOR51V1からなる群から選択される1種又は2種以上の嗅覚受容体と、を接触させて、前記1種又は2種以上の嗅覚受容体の応答性を評価する工程、
を備える、方法。
[2]前記評価工程は、4−メチル−3−ヘキセン酸の前記1種又は2種以上の嗅覚受容体の応答性を用いて不快臭を評価する工程である、[1]に記載の方法。
[3]不快臭に応答する受容体に対する作用剤又はその候補の探索方法であって、
1又は2以上の被験物質を含む可能性のある評価対象と、OR2AK2、OR2W1、OR51L1及びOR51V1からなる群から選択される1種又は2種以上の嗅覚受容体と、を接触させて、前記嗅覚受容体の応答性を評価する工程と、
前記応答性に基づいて前記1又は2以上の被験物質から前記作用剤又はその候補を選択する工程と、
を備える、方法。
[4]前記作用剤は、アゴニストである、[3]に記載の探索方法。
[5]前記作用剤は、アンタゴニストである、[3]に記載の探索方法。
[6]フェニルアセトアルデヒドと同等又はそれ以上に前記嗅覚受容体の応答性を抑制するアンタゴニストを選択する、[5]に記載の方法。
[7]フェニルアセトアルデヒドを有効成分とする、不快臭の抑制剤。
[8]不快臭の抑制方法であって、
フェニルアセトアルデヒドを用いて4−メチル−3−ヘキセン酸による不快臭を抑制する、方法。
[9]繊維製品のにおい質の評価方法であって、
線維製品に由来ガスを評価対象として、OR2AK2、OR2W1、OR51L1及びOR51V1からなる群から選択される1種又は2種以上の嗅覚受容体と、を接触させて、前記1又は2以上の嗅覚受容体の応答性を評価する工程を備える、方法。
[10]線維製品のにおい質を評価するためのキットであって、
OR2AK2、OR2W1、OR51L1及びOR51V1からなる群から選択される1種又は2種以上の嗅覚受容体、
を備える、キット。
[11]前記少なくとも1種の嗅覚受容体をそれぞれ細胞表面に備える動物細胞を備える、[10]に記載のキット。
[12]前記少なくとも1種の嗅覚受容体をそれぞれ固相体上の所定位置に備える、[10]又は[11]に記載のキット。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】4−メチル−3−ヘキセン酸の受容体応答を示す図である。
図2】OR2AK2、OR2W1、OR51L1、OR51V1の4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答の濃度依存性を示す図である。
図3】4−メチル−3−ヘキセン酸0.5mMに対するOR51V1応答の抑制を示す図である。
図4】フェニルアセトアルデヒドによる4−メチル−3−ヘキセン酸に対するアンタゴニスト作用に関する官能評価結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書は、嗅覚受容体を用いたにおいの評価、抑制、におい質の探索技術等に関する。なかでも、生乾き臭や着用汗臭である4−メチル−3−ヘキセン酸に対する嗅覚受容体を用いた不快臭の評価、抑制、におい質の探索技術に関する。本明細書に開示される評価方法(以下、本評価方法ともいう。)によれば、生乾き臭及び着用汗臭の原因物質である4−メチル−3−ヘキセン酸の受容体応答性を評価できる。また、4−メチル−3−ヘキセン酸の受容体応答性を増強させる増強剤(アゴニスト)、抑制する抑制剤(アンタゴニスト)の探索も可能となる。さらに、4−メチル−3−ヘキセン酸と同様の嗅覚受容体応答を引き起こす類似体も探索できるようになる。
【0013】
「におい物質」とは、ヒトに供給したとき、なんらかのにおいを感知させる物質をいう。概して、常温又は体温付近の温度で少なくとも一部が気体となる物質である。
【0014】
「におい質」とは、においの性質を意味することができる。「におい質」は、例えば、ヒトがにおいを嗅ぐことにより連想される、体感的、感覚的又は物質的な表現で表される性質ということができる。
【0015】
「嗅覚受容体」又は「受容体」は、嗅細胞(嗅覚受容神経)にあるGタンパク質結合受容体の1種であればよく、由来動物種を特に限定しない。本評価方法の目的に応じて、由来動物種や受容体の種類を選択することができ、必要に応じて1又は2以上の受容体を用いることができる。ヒトにおいて知覚されうるにおい物質の応答評価のためには、ヒト由来の受容体を用いることが好ましい。
【0016】
例えば、ヒト嗅覚受容体のアミノ酸配列及びそれをコードするDNAの塩基配列は公知である。代表的なポリヌクレオチド(cDNA)を含む塩基配列は公知のデータベースGenBank(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/)等から容易に取得できる。
【0017】
本明細書において、「作用剤」とは、あるにおい物質に対して応答する嗅覚受容体に対し、そのにおい物質による受容体応答性を増強し、抑制し、変化(変調)させ又は同等の応答性を発現するなどの作用を奏する剤をいう。本明細書において、このような作用を奏する剤を、それぞれ、増強剤(アゴニスト)、抑制剤(アンタゴニスト)、変調剤又は代替剤などともいう。なお、ここで受容体の応答性を増強又は抑制するとは、におい物質と協調してその応答強度を概して高め又は低下させることをいう。また、受容体の応答性を変化(変調)させるとは、におい物質と協調した受容体応答強度の増大や低下以下の態様を含み、例えば、受容体応答性の濃度依存性や閾値を変化させたり、異なる受容体に対する反応性を獲得したり、応答しうる複数の受容体において特定の受容体においてのみ異なる反応性を呈するようになるなどの各種態様が挙げられる。また、同様の応答性を発現するとは、そのにおい物質が有する受容体応答性、すなわち、同じ受容体に結合すること、複数の受容体が類似のパターンで応答すること、同程度の応答強度を示すこと、同様の濃度依存性や応答閾値を有することなどが挙げられる。
【0018】
本明細書において、繊維製品とは、織成体(織物)、編成体(編み物)、レース、不織布、フェルト、皮革など種々の形態の繊維を構成要素とする製品をいう。繊維製品は、特に限定するものではないが、例えば、ヒトなどの身体の保護や装飾等のために身体の少なくとも一部を覆う衣類、タオル・手ぬぐい類のほか、日用品等が挙げられる。繊維製品は、また、特に限定するものではないが、家庭等における洗濯に供される。
【0019】
以下、本開示の評価方法等についての実施形態を詳細に説明する。
【0020】
(不快臭の評価方法)
本評価方法は、不快臭を評価する方法である。本明細書において、不快臭としては、繊維製品を洗濯後又は洗濯後保管した際に発生する雑巾臭のような生乾き臭及び線維製品を着用又は使用後に発生する汗臭又は汗様臭を含むことができる。
【0021】
本評価方法は、1又は2以上の被験物質を含む可能性のある評価対象と、OR2AK2、OR2W1、OR51L1及びOR51V1からなる群から選択される1種又は2種以上の嗅覚受容体と、を接触させて、前記1種又は2種以上の嗅覚受容体の応答性を評価する工程、を備えることができる。これらの受容体は、いずれも、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答性を有するものとして、本発明者らにより同定されたものである。
【0022】
これらの4種の受容体は、いずれも、生乾き臭及び着用汗臭のにおい物質の応答性嗅覚受容体であるといえる。したがって、これらのうち1種又は2種以上の受容体を用いることで、こうした不快臭の有無や程度等について評価することができる。これらの受容体のうち、いずれの受容体を用いてもよいが、4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答性の観点からは、好ましくは、OR51V1を用いる。より好ましくは、OR51V1のみを用いる。また、多様な評価をより確実に行うには、OR51V1に加えてOR2AK2を用い、さらに好ましくはOR51V1、OR2AK2及びOR2W1を用い、なお好ましくはOR51V1、OR2AK2、OR2W1及びOR51L1を用いる。
【0023】
本評価方法は、不快臭のにおい物質として4−メチル−3−ヘキセン酸が有する受容体応答性を用いることができる。例えば、4−メチル−3−ヘキセン酸による受容体の応答性を基準として、評価対象の不快臭の程度等を評価することができる。また例えば、4−メチル−3−ヘキセン酸による受容体の応答性を基準として、評価対象中の被験物質が有する当該応答性に対する作用を評価することができる。
【0024】
本評価方法は、におい物質として、さらに他のにおい物質による受容体応答性を用いることもできる。例えば、4−メチル−3−ヘキセン酸の異性体である5−メチル−2−ヘキセン酸、5−メチル−4−ヘキセン酸であってもよい。さらに、2−メチル酪酸、4−メチルペンタン酸、4−メチル−3−ペンテン酸、4−メチルヘキサン酸、イソ酪酸、イソ吉草酸(以上は、着用汗臭のにおい物質である。)であってもよい。
【0025】
本評価方法で用いる受容体は、嗅神経細胞上に存在している受容体自体のほか、当該受容体と同一のポリペプチド又は当該受容体と機能的に同等なポリペプチドを、遺伝子工学的等に生産したものをいう。受容体と同等の機能を有するポリペプチドとは、受容体と同様に、細胞膜上に発現させることで、意図したにおい物質と結合して活性化するポリペプチドということができる。本明細書において、受容体は、ヒトの受容体であることが好ましい。
【0026】
上記した各種のヒト受容体のアミノ酸配列は既に公知であり、それぞれ以下の配列番号で表されるアミノ酸からなるタンパク質である。上記した各受容体は、いずれもヒト嗅細胞で発現している受容体であり、代表的なポリヌクレオチド(cDNA)を含む塩基配列は公知のデータベースから容易に取得できる。
【0027】
【表1】
【0028】
こうした、受容体は、上記各アミノ酸配列からなるポリペプチドのほか、当該アミノ酸配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、なお好ましくは98%以上、一層好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなるポリペプチドであって、それぞれ各におい物質に対して応答性を有するものであれば用いることができる。
【0029】
こうしたポリペプチドは、公知の方法を利用して得た受容体の変異体を用いて、既に確認されている応答性のある1又は2以上の上記におい物質に対する応答性のパターンを取得することで、本評価方法に用いることができるか否かを評価することができる。
【0030】
なお、本明細書において、塩基配列又はアミノ酸配列の同一性又は類似性とは、当該技術分野で知られているとおり、配列を比較することにより決定される、2以上のタンパク質あるいは2以上のポリヌクレオチドの間の関係である。当該技術で“同一性 ”とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きのそのような配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の配列不変性の程度を意味する。また、類似性とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きの部分的な配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の相関性の程度を意味する。より具体的には、配列の同一性と保存性(配列中の特定アミノ酸又は配列における物理化学特性を維持する置換)によって決定される。なお、類似性は、後述するBLASTの配列相同性検索結果においてSimilarity と称される。同一性及び類似性を決定する方法は、対比する配列間で最も長くアラインメントするように設計される方法であることが好ましい。同一性及び類似性を決定するための方法は、公衆に利用可能なプログラムとして提供されている。例えば、AltschulらによるBLAST (Basic Local Alignment Search Tool) プログラム(たとえば、Altschul SF, Gish W, Miller W, Myers EW, Lipman DJ., J. Mol. Biol., 215: p403-410 (1990), Altschyl SF, Madden TL, Schaffer AA, Zhang J, Miller W, Lipman DJ., Nucleic Acids Res. 25: p3389-3402 (1997))を利用し決定することができる。BLASTのようなソフトウェアを用いる場合の条件は、特に限定するものではないが、デフォルト値を用いるのが好ましい。
【0031】
受容体は、本開示において必要な受容体機能を失わない限り、どのような形態で使用されてもよい。例えば、受容体は、生体から単離された嗅覚受容器若しくは嗅細胞等の天然に受容体を発現する組織や細胞、又はそれらの培養物のほか、当該嗅覚受受容体を発現するように遺伝的に操作された組換え細胞又はその培養物の形態で、又はORを有する人工脂質二重膜等の形態で使用され得る。これらの形態は全て、本発明で使用される受容体に含まれる。受容体は、受容体毎に細胞に発現させるようにすることが好ましい。こうした各種形態の受容体は当業者であれば公知技術に基づいて適宜準備することができる。
【0032】
受容体として、好ましくは、嗅細胞等の天然に受容体を発現する細胞、又は受容体を発現するように遺伝的に操作された組換え細胞、あるいはそれらの培養物が使用される。当該組換え細胞は、受容体をコードする遺伝子を組み込んだベクターを用いて細胞を形質転換することで作製することができる。なお、上記したように、遺伝的改変により受容体をコードする遺伝子が導入される細胞は、被験物質と接触される動物培養細胞と、綱、目、科、属及び種のいずれかの同じドメインに属することが好ましい。種、属、科、目及び綱の順序で、同一ドメインに属していることが好ましい。
【0033】
なお、受容体を発現させる細胞には、受容体輸送タンパク質1S(RTP1s)をコードする遺伝子を共に導入することが好ましい。RTP1sは、受容体の細胞膜発現を補助する機能を有している。上記組換え細胞の作製に使用できるRTP1sとしては、例えば、ヒトRTP1sが挙げられる。なお、RTP1s遺伝子の代わりにRTP1s変異体遺伝子を用いてもよい。
【0034】
(被験物質を含む可能性のある評価対象)
本評価方法は、1又は2以上の被験物質を含む可能性のある評価対象と受容体と接触させる。評価対象は、少なくとも1つの被験物質を含むか、含む可能性があればよい。評価対象は、受容体に接触させる場合には、媒体として、ガス、典型的に生体適合性のあるガスであって、例えば、空気を用いることができる。
【0035】
被験物質は、その物質状態を特に限定するものではなく、気体、液体又は固体であり、受容体と接触したときにおいて、受容体の応答性を生じさせるものであればよい。被験物質は、典型的には気体状態を採ることができる。
【0036】
被験物質は、特に限定しない。天然に存在する物質のほか、化学的又は生物学的に合成された物質であってもよい。被験物質は、1つの物質であってもよいし、また2以上の物質を組み合わせてもよい。
【0037】
被験物質は、生乾き臭及び着用汗臭のにおい物質であってもよいし、当該におい物質と同様の作用を有する類似体(代替剤)又はその候補であってもよい。また、被験物質としては、生乾き臭又は着用汗臭のにおい物質による受容体の応答性を低下させる抑制作用を有する抑制剤又はその候補、受容体の応答性を増強させる増強剤又はその候補等が挙げられる。このような増強剤、抑制剤又はこれらの候補である被験物質は、生乾き臭又は着用汗臭のにおい物質などと組み合わせて適用される。例えば、におい物質と抑制剤候補、におい物質と増強剤候補等の組合せが挙げられる。また、被験物質は、例えば、生乾き臭又は着用汗臭の発生源としての、個別の繊維製品に由来のガス(例えば、洗濯後の繊維製品やから得られるガスなど)やモラクセラ菌の培養物由来ガスに含まれる可能性のある構造既知又は未知の1又は2以上の物質であってもよい。この場合、こうした繊維製品から発生したガスを評価対象とすることができる。
【0038】
なお、繊維製品に由来するガスとは、種々の方法で取得することができる。例えば、繊維製品をある条件下(例えば、微生物が繁殖可能であるが密閉された空間など)で保管して得られるガス、繊維製品から抽出した微生物を培養して得られるガス(ヘッドスペースガス)として得ることができる。
【0039】
こうした被験物質を含みうる評価対象の受容体応答性を評価するには、評価対象と受容体とを接触させる工程を実施する。評価対象は、例えば、被験物質を一定濃度で、あるいは異なる濃度、など、あるいは2以上を組み合わせた状態で用いる。
【0040】
評価対象と受容体との接触工程は、評価対象の存在下で受容体を保持する細胞を培養して実施することができる。培養条件は、受容体発現細胞の培養条件を適宜選択することができる。例えば、既に説明したように、培地は、適当な抗生物質を含有する無血清培地を用いることができる。なお、培養時間は、受容体による応答評価が可能な程度な時間行う必要がある。例えば、1時間以上数時間以下程度とすることができる。
【0041】
受容体を用いた評価は、従来と同様の手法で実施できる。例えば、被験物質の応答を、受容体を介したCRE結合タンパク質の活性化を利用して評価する形態等を利用できる。当該形態のためのプロトコルは特に限定されない。例えば、活性化したCRE結合タンパク質がCREに結合して下流の遺伝子の発現を促進することを利用して、当該下流の遺伝子として、レポーター遺伝子を導入し、当該レポーター遺伝子の発現レベルを測定してもよい。レポーター遺伝子としては、公知の発光タンパク質をコードする遺伝子など、当業者であれば適宜選択できる。またレポーター遺伝子の発現レベルは、用いるレポーター遺伝子の種類に応じて適宜決定される。
【0042】
受容体を介したCRE結合タンパク質の活性化経路は、既出の通り当業者において周知である。受容体と各種のにおい分子とを接触させこれらを結合させることで、細胞内において、Gタンパク質、アデニル酸シクラーゼ(AC)が順次活性化されて、cAMPが上昇する。これに伴いプロテインキナーゼA(PKA)がリン酸化されて下流のシグナル伝達系を活性化する。その一方でPKAが核内に移行して、転写因子CRE結合タンパク質(CREB)を活性化するものである。
【0043】
なお、上昇したcAMP量を測定する方法としては、ELISA法を用いることもできる。さらに、例えば、受容体の応答は、受容体の応答を測定する方法として当該分野で知られている任意の方法、例えば、カルシウムイメージング法等によって行ってもよい。
【0044】
こうして取得した、評価対象に対する受容体の応答性に基づいて、評価対象に含まれうる被験物質が有する当該受容体に対する作用、すなわち、その被験物質が受容体に作用するか否か、その程度、その応答閾値、濃度依存性、複数の受容体に対する応答パターンが同定される。
【0045】
例えば、被験物質を、ある種のにおい物質とするとき、そのにおい物質に対する受容体の応答性に基づいて、そのにおい物質が有する当該受容体に対する作用、すなわち、そのにおい物質が受容体に作用するか否か、その程度、その応答閾値、濃度依存性、複数の受容体に対する応答パターンが同定される。
【0046】
また例えば、1つの被験物質を、4−メチル−3−ヘキセン酸などの生乾き臭又は着用汗臭のにおい物質とし、他の1つの被験物質を、4−メチル−3−ヘキセン酸による受容体の応答性に対する作用剤又はその候補とするとき、作用剤等が当該におい物質が有する受容体に対する作用を増強するか抑制するかなどを同定することができる。
【0047】
また例えば、被験物質を、生乾き臭又は着用汗臭と同様のにおい質を有する可能性のある物質とするとき、当該におい物質が、4−メチル−3−ヘキセン酸などのにおい物質の受容体に対する応答性と同等の応答性を示すかどうかを評価できる。
【0048】
評価の態様に応じて、比較対象やコントロール必要になる場合もある。その場合には、例えば、コントロールとなる物質又はその組合せについて、同様の受容体を用いて、同様の条件で応答性を取得して、当該結果を対照評価とすることができる。こうして得られた対照評価と、評価対象についての応答性の評価結果と比較して、評価対象について評価することもできる。また、コントロールとしては、受容体を発現しない動物培養細胞等に対する被験物質や対照物質の応答性の評価結果も用いることもできる。
【0049】
以上のことから、本評価方法によれば、1又は2以上の可能性ある被験物質についての生乾き臭又は着用汗臭などの不快臭の評価、すなわち、1又は2以上の被検物質が有するヒトが生乾き臭や着用汗臭などとして感じる不快臭のにおい質の強さなどについて評価することができる。
【0050】
また、本評価方法は、評価対象の態様に応じて、種々の態様で実施できる。すなわち、評価対象に含まれうる1又は2以上の被験物質が有する、生乾き臭又は不快臭に応答する受容体に対する作用性を評価する方法としても実施できる。例えば、一態様として、1つの被験物質として、生乾き臭及び着用汗臭のにおい物質である4−メチル−3−ヘキセン酸と、他の1つの被験物質として、その抑制剤候補と、を、受容体に接触させたときの応答性と、4−メチル−3−ヘキセン酸のみを用いる以外は同様の条件での応答性と、を評価することで、被験物質である抑制剤候補が、4−メチル−3−ヘキセン酸による受容体応答性を抑制するか否かを評価できる。より具体的には、抑制剤候補が4−メチル−3−ヘキセン酸に併存するときにおいて、受容体応答性が低下しているときには、当該物質は、4−メチル−3−ヘキセン酸の受容体応答性の抑制剤候補として選択することができる。このような態様に準じて、4−メチル−3−ヘキセン酸の受容体応答性を増強する増強剤候補も選択することができる。
【0051】
また、例えば、他の一態様として、1つの被験物質として、生乾き臭及び着用汗臭のにおい物質である4−メチル−3−ヘキセン酸と類似の又は同様の受容体応答性を示す可能性のある候補を、受容体に接触させたときの応答性と、4−メチル−3−ヘキセン酸を用いる以外は同様の条件での応答性と、を評価することで、候補物質が、ヘキサン酸メチルと類似の又は同様の受容体応答性を示すか否かを評価できる。
【0052】
上記したことから、本評価方法は、生乾き臭又は着用汗臭に応答する受容体に対する作用剤、すなわち、抑制剤、増強剤、変調剤、代替剤の探索方法としても実施できる。
【0053】
(不快臭に応答する受容体に対する作用剤又はその候補の探索方法)
本明細書に開示される探索方法は、1又は2以上の被験物質を含む可能性のある評価対象と、OR2AK2、OR2W1、OR51L1、OR51V1からなる群から選択される1種又は2種以上の嗅覚受容体と、を接触させて、前記嗅覚受容体の応答性を評価する工程と、前記応答性に基づいて前記1又は2以上の被験物質から前記作用剤又はその候補を選択する工程と、を備えることができる。すでに説明したように、不快臭のにおい物質を少なくとも1つの被験物質とし、少なくなくとも1つの作用剤又はその候補を、他の少なくとも1つの被験物質とすることで、作用剤又はその候補を選択することができる。
【0054】
本探索方法における、受容体、被験物質のほか、応答性の評価工程は、既に説明した本評価方法と同様の各種態様で実施することができる。また、選択工程も、取得した応答性の評価結果に基づいて、既に説明した態様等で適宜行うことができる。作用剤の評価にあたって、1つのにおい物質に対して複数の受容体が認識するときには、複数の受容体を用いることが好ましく、より好ましくは応答性を有する全ての受容体を用いる。
【0055】
本探索方法は、また、洗濯後の繊維製品や発汗後の繊維製品から得られるガスと、作用剤又はその候補と、を含む評価対象を、生乾き臭又は着用汗臭に応答する受容体を用いて、受容体応答性を評価することで、作用剤候補の受容体応答性に対する作用を同定し、特定の条件下で発生する臭いに応じた作用剤又はその候補を選択することができるようになる。この場合においては、繊維製品に由来するガスのみを評価対象として同様の受容体応答性評価を行って比較することが好ましい。
【0056】
本探索方法においては、探索する作用剤を、受容体応答性を増強する増強剤(アゴニスト)とすることができる。アゴニストを探索し見出すことで、このようなアゴニストの除去が生乾き臭又は着用汗臭の抑制の指標となる。当該アゴニストの除去剤又は当該アゴニストの吸着剤は、ある種の生乾き臭又は着用汗臭抑制剤となる。また、本探索方法は、探索する作用剤を、受容体応答性を抑制する抑制剤(アンタゴニスト)とすることができる。アンタゴニストを探索し見出すことで、生乾き臭又は着用汗臭の悪臭抑制剤として利用することができる。
【0057】
本探索方法においては、例えば、フェニルアセトアルデヒドと同等又はそれ以上に前記嗅覚受容体の応答性を抑制するアンタゴニストを選択することができる。フェニルアセトアルデヒドは、本発明者らが見出した、4−メチル−3−ヘキセン酸によるOR51V1の応答性を抑制できるアンタゴニストである。したがって、フェニルアセトアルデヒドをアンタゴニズムの指標とし、あるいはリード化合物とすることで、より優れたアンタゴニストを探索することができる。
【0058】
(繊維製品のにおい質の評価方法)
本明細書に開示される、繊維製品のにおい質の評価方法は、洗濯後の繊維製品や発汗後又は使用後の繊維製品から得られる繊維製品に由来するガスを評価対象として、OR2AK2、OR2W1、OR51L1及びOR51V1からなる群から選択される1種又は2種以上の嗅覚受容体と、を接触させて、前記1又は2以上の嗅覚受容体の応答性を評価する工程を備えることができる。本評価方法によれば、洗剤、柔軟剤、衣類用芳香剤、漂白剤、糊付け剤、身体用芳香剤、身体用防臭剤など、繊維製品の洗濯や着用又は使用に付随して使用可能な種々の剤で処理した繊維製品及びこれらをさらに着用した後の繊維製品から得られるガスを評価対象とすることで、洗濯に関連する各種の剤による生乾き臭や着用汗臭等の抑制効果を評価することができる。また、どのような洗濯条件、乾燥条件、着用条件が、生乾き臭や着用汗臭等の発生や抑制に寄与するかを評価することができる。
【0059】
(繊維製品のにおい質を評価するためのキット)
本明細書に開示される、繊維製品のにおい質を評価するためのキットは、OR2AK2、OR2W1、OR51L1及びOR51V1からなる群から選択される1種又は2種以上の嗅覚受容体を備えることができる。本キットによれば、簡易に繊維製品に由来する生乾き臭や着用汗臭などの不快臭に関する各種評価を行うことができる。
【0060】
本キットが備える受容体の形態は特に限定しないで、既述の各種態様とすることができる。例えば、当該受容体を細胞表面に発現させるための形質転換ベクターのキット、当該受容体を細胞表面に発現している細胞を含むキット、当該受容体を細胞表面に発現している細胞が収容ないし固定化された固相体を備えるキットが挙げられる。具体的には、個々の受容体をそれぞれ細胞表面に備える動物細胞とすることができる。また、受容体を細胞表面に発現している細胞を収容する固相体としてもよい。典型的には、複数個、例えば、48個、96個のウェルを備えるプレートが挙げられる。また、こうした細胞を固定化したアレイが挙げられる。アレイは、例えば、マトリックス状に細胞固定化領域を備えることができる。こうした固相体は、公知の細胞固定化技術を適宜適用することで作製することができる。
【0061】
なお、本キットが備えることができる発現ベクターは、当業者であれば、用いようとする受容体をコードするDNAの塩基配列に基づいて適宜構築することができる。
【0062】
(不快臭の抑制剤及び抑制方法)
本明細書に開示される不快臭の抑制剤は、フェニルアセトアルデヒドを有効成分とすることができる。また、本明細書に開示される不快臭の抑制方法は、フェニルアセトアルデヒドを用いて4−メチル−3−ヘキセン酸による生乾き臭や着用汗臭などの不快臭を抑制することができる。フェニルアセトアルデヒドは、本発明者らにより、4−メチル−3−ヘキセン酸の受容体応答性を抑制するものとして見出されたものである。フェニルアセトアルデヒドは、それ自体、ハチミツのよう、甘い、バラの香り、みずみずしい、草の香り、と表現されるにおい質を有している。ソバやチョコレートなどの食品や植物にも含まれているほか、フレグランスやフレーバーなどの調合原料として用いられる。フェニルアセトアルデヒドによれば、濃度依存的に4−メチル−3−ヘキセン酸による受容体応答性を低下させることができる。
【0063】
本抑制剤及び本抑制方法によれば、フェニルアセトアルデヒドを、嗅覚受容体近傍においてあるいは、不快臭が発生する可能性のある環境又は存在する環境下に存在させることで、嗅覚受容体に対するアンタゴニズム作用により、不快臭を低減できる。したがって、例えば、フェニルアセトアルデヒドを含む、柔軟剤、洗剤、衣類用芳香剤、漂白剤、糊付け剤、身体用芳香剤、身体用防臭剤として提供することもできる。
【0064】
本抑制剤におけるフェニルアセトアルデヒドの含有量は特に限定するものではなく、使用形態や不快臭の発生レベル等に応じて適宜設定される。例えば、洗濯後や着用中又は使用中の繊維製品に対してスプレーなどにより直接供給するスプレー剤においては、0.01mM以上100mM以下程度とすることができる。
【実施例】
【0065】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0066】
(全ヒト嗅覚受容体の4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答評価)
ヒト嗅覚受容体は登録されている配列情報を基に、PCR法によりクローニングした。PCR法により増幅した各遺伝子をFlexi Vector(Promega)に常法に従って組み込み、SgfIとPmeIサイトを利用して、pF5K CMV−neo Flexi Vectorを作製した。
【0067】
HEK293細胞を10%ウシ胎児血清(FBS)−ペニシリン/ストレプトマイシンを含むDME培地にて培養後、表1に示す組成の反応液を調整し、クリーンベンチ内で30分放置した後、384ウェル(ポリーL−リジンコート・ホワイトプレート)の各ウェルに添加した。次いで、HEK293細胞を3.0×105/cm2の割合で各ウェルに播種し、CO2インキュベータ内で24時間培養した。
【0068】
【表2】
【0069】
CRE応答の測定には、細胞内cAMP量の増加をホタルルシフェラーゼ遺伝子由来の発光値としてモニターするルシフェラーゼレポータージーンアッセイを用いた。また、CMVプロモーター下流にウミシイタケルシフェラーゼ遺伝子を融合させたものを同時に遺伝子導入し、遺伝子導入効率や細胞数の誤差を補正する内部標準として用いた。
【0070】
24時間培養後、培地を取り除き、無血清培地で調製した対象4−メチル−3−ヘキセン酸(1mM)を添加し、4時間CO2インキュベータ内に放置した。ルシフェラーゼ活性はDual−Glo Luciferase assay system(Promega社)の添付プロトコルに準じて測定した。におい物質刺激により誘導されたホタルルシフェラーゼ由来の発光値をコントロール群(におい非処理群)の発光値で割った値をFold induction of luciferaseとして、応答強度の指標とした。4−メチル−3−ヘキセン酸に対する応答性評価結果を、図1に示す。
【0071】
図1に示すように、4−メチル−3−ヘキセン酸に対して特異的に応答する4つの嗅覚受容体を新たに特定できた。
【実施例2】
【0072】
(4−メチル−3−ヘキセン酸の濃度に依存的な応答性評価)
実施例1と同様の手順で各受容体(OR)であるOR2AK2、OR2W1、OR51L1、OR51V1をRTP1sとともにそれぞれ発現させた細胞を作製して24時間培養後、培地を取り除き、4−メチル−3−ヘキセン酸の各濃度(10、30、100、300、1000μM)で含む無血清培地を添加して、4時間CO2インキュベータ内に放置し、実施例1と同様にして4−メチル−3−ヘキセン酸の濃度に対する応答性を調べた。結果を、図2に示す。
【0073】
図2に示すように、これらの受容体の応答性は、それぞれ応答するにおい物質の濃度に依存して増大することが確認された。また、受容体は、概して10μM〜1000μMの広い濃度範囲で4−メチル−3−ヘキセン酸に応答していた。なかでも、51V1が高い応答性と濃度依存性を示すことがわかった。これらの結果から、発明者らが見出した4−メチル−3−ヘキセン酸に応答する受容体は、4−メチル−3−ヘキセン酸に濃度依存的に応答し、におい物質に関して定性的のほか定量的な評価も可能であることがわかった。
【実施例3】
【0074】
(フェニルアセトアルデヒドによるOR51V1の応答抑制)
実施例1と同様の手順で各受容体(OR)であるOR2AK2、OR2W1、OR51L1、OR51V1をRTP1sとともにそれぞれ発現させた細胞を作製して24時間培養後、培地を取り除き、4−メチル−3−ヘキセン酸(0.5mM)及びフェニルアセトアルデヒド及びアセトフェノン(それぞれ、0mM、0.1mM、0.3mM、0.5mM、1mM、3mM及び5mM)を含む無血清培地を添加して、4時間CO2インキュベータ内に放置し、実施例1と同様にして応答性を調べた。結果を図3に示す。
【0075】
図3に示すように、フェニルアセトアルデヒドが、4−メチル−3−ヘキセン酸によるOR51V1の応答性を特異的に抑制することがわかった。以上のことから、フェニルアセトアルデヒドは、4−メチル−3−ヘキセン酸によるアンタゴニスト作用による不快臭抑制剤として有効であることがわかった。
【実施例4】
【0076】
(フェニルアセトアルデヒドによる不快臭抑制能の官能評価)
ガラス瓶にいれた綿球に、ポリエチレングリコールで質量比で10000倍希釈した4−メチル−3−ヘキセン酸を20μl滴下し、さらに、フェニルアセトアルデヒドを質量比で200倍希釈した溶液を20μl滴下した。ガラス瓶を密閉して、4−メチル−3−ヘキセン酸及びフェニルアセトアルデヒドを十分に揮発させた。なお、コントロールとして、フェニルアセトアルデヒドを添加しない無添加の検体も準備した。
【0077】
これらの瓶内から揮発するガスを、におい評価に関して熟練した7人のパネラーにより官能評価を行った。評価は、不快臭の程度を0から5.0の十段階で評価した。7人の評価結果の平均を図4に示す。
【0078】
図4に示すように、無添加検体では、不快強度は3を超えたが、フェニルアセトアルデヒドを添加した検体では、0.5を下回る結果となった。以上のことから、フェニルアセトアルデヒドの4−メチル−3−ヘキセン酸に対する抑制効果は、ヒトによる官能評価によっても確認することができた。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]