特許第6646850号(P6646850)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6646850
(24)【登録日】2020年1月16日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】疼痛除去装置
(51)【国際特許分類】
   A61N 1/32 20060101AFI20200203BHJP
【FI】
   A61N1/32
【請求項の数】3
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-142750(P2015-142750)
(22)【出願日】2015年7月17日
(65)【公開番号】特開2017-23236(P2017-23236A)
(43)【公開日】2017年2月2日
【審査請求日】2018年7月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】706001293
【氏名又は名称】田中 博由
(72)【発明者】
【氏名】田中 博由
【審査官】 木村 立人
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許出願公開第2007/0276449(US,A1)
【文献】 特開2000−14800(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 1/00 ― 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
グランド電位(0電位)に対して正の電圧を発生する電子回路部分と、前記正の電圧を反転させて、前記グランド電位(0電位)に対して負の電圧を発生する電子回路部分を有し、少なくとも前記グランド電位(0電位)を含む、正と負の3つ以上の電極パッドにより、0電位に対する正負の電圧パルスを発生させ、前記負の電圧パルスが、前記正の電圧パルスより周波数が高いことを特徴とする疼痛除去装置
【請求項2】
前記正の電圧パルスの周波数は、身体を形成する体液に囲まれた細胞に対して前記細胞内に電流が流れないように設定され、一方前記負の電圧パルスの周波数は、前記細胞内も電流が流れる様に設定されていることを特徴とする請求項1に記載の疼痛除去装置
【請求項3】
前記負の電圧パルスの周波数が100kHz以上であり、前記正の電圧パルスが1kHz以下であることを特徴とする請求項1及び、請求項2記載の疼痛除去装置
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人体や動物の身体に電気パルスを導通させ、疼痛の緩和や除去等を行って、より快適に日々を過ごす為の疼痛除去装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
人間や動物の身体の様々な部位から発生する感覚のうち、痛みは身を守るための重要な感覚の一つでありながら、避けえない苦しみを生じるものである。痛みは、もちろんその発生原因を明確にし、要因を取り除き、痛みのない元の健康状態に回復させるのが一番重要ではあるが、痛みの続く状態から一刻も早く抜け出したいというのが、痛みに苦悶している人の思いであろう。
【0003】
痛みを取り除くための大いなる進歩は、麻酔技術にあった。これによって医療技術は格段に進歩し、麻酔によって痛みを発生させずに身体を切り開くことで、損傷部位を取り除く等の手術すら可能になったのである。その方法は主に、何らかの薬剤を投与することによってなされ、近年は、その為の医薬品も副作用の少ない、優れたものが開発されてきている。
【0004】
しかしながら、近年はあまりにも医療機関による薬の処方が多く、無闇に様々な薬を多用するがために、薬の効果が薄れ、本来の効果が十分に発揮できないばかりでなく、その副作用によって逆に症状を悪化させる課題や、新たなる疼痛を引き起こという問題も出てきた。
【0005】
また、近年の高齢者の増加と共に、様々な部位の痛みが日常生活をできなくするほどではないにしても、慢性的な苦痛を訴える人が増え、日々の生活の中に、そのような疼痛が発生するがゆえに、本来の快適なはずの生活が阻害され、生活の質そのものが低下するという問題もでている。それ故、通院や入院の必要がない比較的容易な日常的な方法で疼痛の除去もしくは緩和ができることが、高齢者医療に大変重要になっている。
【0006】
近年、東洋医学が見直されはじめ、医薬品に頼らず、疼痛や身体の好ましくない諸症状を物理的方法によって取り除こうという試みがあり、鍼灸や整体が広く行われている。また、まだ一般的にはなっていないが、電気的手法によって鎮痛や治療を行おうとするものがあり、最近は鍼灸院などでも、多く取り扱われる様になってきている。
【0007】
電気的手法による鎮痛、除痛は46年ごろローマの医師SCRIBONIUS LARGUSが、シビレエイによって頭痛を取り除こうと試みられたのがはじめと言われている(非特許文献1)。1950年代にはR.O.BECKERらが電気による治療方法を積極的に研究し、1965年にはR.MELZACKとP.D.WALLによって疼痛メカニズムに関する新しい理論が発表された(非特許文献2)
【0008】
この理論は、有髄性の神経線維Aδや無髄性の神経線維Cによってつたえられる高速の痛みによるインパルスを、太い神経線維であるAβ線に与えられた刺激が脊髄後根にある神経の伝達ゲートを閉じ、痛みの伝達を抑制するというもので、ゲートコントロール理論と呼ばれ、現在TENS(経皮電気神経刺激)法の基礎になる理論になっている。
【0009】
このTENSには、高頻度(高い周波数)で刺激を与える方法と低頻度(低い周波数)で刺激を与える方法がある(非特許文献3)。高周波は即座に痛みを抑え、低周波では、内因性のオピオイドの放出を促し、その作用で疼痛の緩和時間が長く続くといわれている。
【0010】
しかしながら、この周波数のどのようなものがもっとも効果的なものであるのかについて明確ではなく、色々な周波数のパターンの研究が行われているものの、まだまだ確実に効果があると言える状態にはなっていない。特許文献1では、1kHz以下では、電撃痛が伴うために、一般に言われるバルク波形、つまり高周波数の波形を、低周波数で区切り、それをもって患部に与える方法を用いる方法を開示している。
【0011】
また、特許文献2においては,数100Hzから1200Hzの周波数と数Hzから数10Hzの2周波数を備えさせ、数100Hzから1200Hzの周波数パルスの出力中に、数Hzから数10Hzのパルスを挿入するというもので、刺激感をできるだけ少なくしつつ、治癒効果を得ようとする方法の開示を行なっている。
【0012】
また、特許文献3においては、低周波数のパルスと高周波数のパルスを交互に切り替えて生体に与えることによって、筋肉の収縮を抑えられる高周波パルスの期間にも、そのパルス群が生体に刺激を与え、疼痛緩和や筋肉疲労を抑える効果があると述べている。
【0013】
【特許文献1】特開2003−135607
【特許文献2】特許3757625
【特許文献3】特開2010−57804
【非特許文献1】R.MELZACK,P.D.WALL SCIENCE Vol.150、No.3699,P971−979(1965)
【非特許文献2】W.A.ALM,L.S.WEIL J.AMERICA.PODIATRY.MEDICAL.ASSO.Vol.69、No.9,P537−542(1979)
【非特許文献3】理学療法学 Vol.34、No.4,P198−201(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
従来の電気パルスによる疼痛除去の方法は、高周波、低周波に係らず神経線維細胞の脱分極を促すものであり、その力によって何らかの疼痛抑制や疲労回復など種々の効果を得ようとするものであった。その脱分極の効果が、ゲートコントロール理論に支えられて、現在まで色々な形で発展してきたのであり、TENSもその一つである。
【0015】
痛みや熱い冷たいといった感覚は、すべて身体の末梢神経から脊髄に伝えられ、脳によってそれがどのような刺激であるかが判断される。図8は、それら刺激と興奮がどのように生じるかを示し、図7はそれがどのような機構で生じているかを示したものである。
【0016】
図8において(a)は縦軸に細胞内外に印加された電圧をとり、横軸に時間経過を取ったものである。図8中の1〜4はそれぞれ細胞に加えられる電気的なパルスの大きさを比較するために、別々に起きる状態を重畳して示している。また、(b)は、(a)の電圧パルスによって細胞内の電位がどのように変化するかを示したものであり、(b)中の、1〜4の番号は、(a)の1〜4に対応したものである。
【0017】
細胞内の電位は、静止状態つまり刺激のない状態では−100mV〜-70mV程度の値を持つとされ、通常は一定に保たれている、しかし、何らかの要因で、(a)に示した1のパルスが細胞に印加されると、細胞内の電位は、(b)に示した1の様にプラス側に向かって変化する。これを脱分極と言っているが、刺激がある一定レベルを超えることがない場合には大きくは変化せず、そのまま電位は元の静止状態に戻るのである。
【0018】
しかしながら、図8の(a)に示す刺激の電位が2、3と上がるにしたがって、細胞内の電位も上昇し、4まで上昇すると、細胞内の電位は図8の(b)に示す臨界点Aに達し、この値に達した瞬間、細胞内の電位は、(b)の4に示すように突然大きくプラス側まで上昇する。これを発火という言葉で呼ぶが、細胞の興奮が起こったことを示している。この興奮状態は、(a)の4に示すパルスの終了と共に低下し、もとの−100mVの静止状態に戻っていく。
【0019】
この電気的な変化を細胞の構成より具体的に示したものが図7である。図7の701は親水性のリン化合物、702は疎水性の炭化水素であり、これが一対になったものがリン脂質703である。このリン脂質703の2つが逆対になって接合し、細胞膜704を構成している。
【0020】
この細胞膜704にはタンパク質からなるイオンチャンネル705が割り込む形で形成されており、この間をNaイオンやKイオン等が行き来できる様になっている。706は細胞の内側、707は細胞の外側を示している。
【0021】
このような細胞内外に電圧を印加した際に、電気的にどのような様態になるかを考えるため、等価回路で示したものが708であり、抵抗成分709とコンデンサー成分710の並列構成になっている。細胞膜704に印加された電圧に対して、細胞膜704は絶縁性であるために、コンデンサー成分710として見なされ、イオンチャンネル705は抵抗成分709として見なすことができる。
【0022】
図8の(a)に示した、電圧(電位)は細胞膜704に印加された値を示したものであり、一時的な容量性の電流を生じると考えられる。一方図8の(b)の臨界点Aを超える発火状態は、この容量性の電流もしくは電圧が引き金になり、Naイオンが細胞内に流入した時に起きる。Naイオンが細胞内に流入し、発火、興奮に至るかどうかは、細胞膜に印加される電圧がある限界に達するかどうかであり、この興奮に至るか至らないかは臨界点を超えるかどうかで決定づけられ、これをあるかないかの状態という。また、発火するかしないかの引き金となるものが、細胞膜の外側がマイナス、内側がプラスの電圧によって生じる容量性の電流または電圧によるのである。
【0023】
Naイオンが細胞内に流入し、興奮に至った細胞は神経線維内の細胞に電位を与え、神経線維内の細胞を発火させ興奮に至らせるわけであるが、この興奮は、神経線維を順次伝わって、脳にまで至る。図9は、神経線維901を興奮902−1が、901−2、902−3という風に伝わって行く様子を示したものである。
【0024】
図7および図8にて示した様に、細胞内電位が大きくプラス側に振れる要因を作っているのは、Naイオンの細胞内への流入であるが、その流入によって発生した電位が、刺激の進行方向にある神経線維901上の隣接部位の904の細胞膜に内側がプラス、外がマイナスとなる容量性の電位を与え、外向きの電流を引き起こす。
【0025】
この隣接部位904は、図8の(a)で示したものと同様に1〜4へと次第に電位が増加し、図8の(b)の様に臨界点Aに達して発火、興奮する。このようにして、興奮が同じ神経線維901内で、902−1から902−2、902−2から902−3へと伝わっていくのである。
【0026】
現在使われている、麻酔薬は、イオンチャンネルを塞いで、このNaイオンの細胞内への流入を止めるものが多い。Naイオンが流入しないと興奮が起きず、興奮が神経線維を伝わることもない。それ故、一時的に疼痛を抑えることができるのである。しかしながら一方、TENSをはじめとする電気的に刺激を与え、疼痛を抑えようとするものは、神経線維Aβを興奮させて、痛みのゲートを閉じようとするものであり、まだまだその効果が顕著に現れる実績が不足し、その効果も未知数のものが多かった。
【課題を解決するための手段】
【0027】
そこで、本発明は従来用いられてきたゲートコントロール理論による方法ではなく、新規な疼痛緩和の方法を提供しようとするものであり、興奮に至る初期的な容量性の電流を阻止し、神経線維内を伝わる興奮を消去もしくは、興奮の伝達を断ち切ろうとするものである。
【0028】
通常、興奮は、上述したように、脱分極によって生じる。この過程は容量性の外側向きの電流による、それによって、細胞内電位の上昇に始まり、臨界点からのNaイオンの流入によって本格的な興奮にいたる。
【0029】
そこで、本発明は神経細胞、もしくは痛みを発生させている細胞が次の興奮に至る前に、容量性の外向き電流を抑え、細胞が発火点に至らないようにしようとするものである。つまり、細胞に外側がプラス、内側がマイナスの電位を加え、細胞を過分極状態にし、興奮の発火点に至る過程を阻止しようとするのである。
【0030】
図9において、(a)、(b)、(c)は脱分極によって、興奮が発生し伝わって行く様子をしめしているが、(d)では、人為的に細胞膜の外側にプラス電位、細胞膜の内側にマイナス電位を与えた場合を示している。つまり、興奮は、902−1、−2、−3と伝わり、次の状態として(d)のところまで伝わるが、発火するに至らず、903で示した電位の変化のごとく、容量性の電位の上昇は元の静止状態に戻ってしまうのである。
【0031】
そのため、興奮の進行方向の神経細胞にまで興奮の影響が及ばず、神経線維内の興奮の伝達が途切れてしまう状態が起きる。つまり痛みの情報は、脳にまで伝わらないことになり、痛みの情報が入ってこないために、痛みを感じなくなるのである。
【0032】
この人為的に細胞膜の外側にプラス電位、細胞膜の内側にマイナス電位を与え方法として、一般に考えられるのは、神経線維内に電極を挿入し、外側が正、内側が負の電圧を印加すればよいのであるが、ケンブリッジ大学のノーベル学者ホジキンとハクスレーが実験で用いたヤリイカの様に神経線維が非常に太い場合は別として、一般には神経線維は非常に細いために、電極を挿入するのは困難である。
【0033】
そこで、それを解決する手段として、高周波パルスが細胞内を通過できる性質と低周波パルスが細胞内を通過できない性質を用いるのである。図10は本発明を実施した際に、細胞内外での電圧パルスの状態を概念的にあらわしたものである。
【0034】
図10において、1001は細胞外を、1002は細胞内を表している。細胞内1002と細胞外1001は細胞膜1003によって囲まれており、この細胞膜は図7で示した様に、絶縁物膜でおおわれ一部がイオンの通過可能なたんぱく質でできている。その電気的な等価回路は図7の708によって示したが、抵抗成分709と容量(コンデンサー)成分710の並列回路となっている。
【0035】
この細胞膜の抵抗成分は非常に大きいため、直流を含む低周波数のパルスは細胞内を通過することはできない。しかしながら、一定以上の高い周波数を有するパルスは通過することができるのである。
【0036】
図10の(a)における1004は低周波パルスを表し、1005は高周波パルスを表している。高周波パルス1005は細胞内1002を通過していくが、低周波パルス1004は細胞外1001は通ることができても、細胞内1002には入れないのである。
このため図10の(b)で示した様に、細胞外1001には、プラス側に振動する低周波パルス1004と、低周波パルス1004とマイナス側に振動する高周波パルス1005を足し合わせたパルス1006が共存し、全体的にはプラス状態になる。
【0037】
一方、細胞内1002は、マイナス側に振れる高周波パルスのみの状態となり、マイナス状態になる。細胞内には一部細胞外1001で低周波パルスと高周波パルスが積算されることで、高周波化したプラス側に振動するパルス1006が入ってくるが、このパルスは、細胞の内外で結局は打ち消し合うことになる。
【0038】
この細胞内1002と細胞外1001を通過する低周波パルス1004と高周波パルス1005の作用によって、細胞壁は外側がプラス、内側がマイナスとなって、容量性の電流が発生し、細胞を過分極状態にし、細胞の脱分極を抑えて、興奮状態に至らせなくする。
【0039】
この各パルスによる過分極への移行は、興奮に至ろうとしている細胞の興奮を抑えると共に、興奮を伝えようとしている神経線維に働き、興奮の伝達を妨げる働きをすることになる。つまり結果的に、脳に至る痛み情報を停止し、痛みを除去もしくは緩和する。
【0040】
本発明の手段として、マイナス側に振動する高周波パルスとプラス側に振動する低周波パルスを同期して流れる様にしているため、細胞内1002は負パルス、細胞外1001は正のパルスによる電位が支配的になり、容量性の電流が細胞外から細胞内に流れ、細胞の過分極状態を作り出すのである。
【0041】
そのため、前の段階で情報としての興奮を伝達すべく、徐々に増加してきた神経線維細胞内の脱分極状態の電位も一気に鎮静し、興奮に至ることができず、興奮は、次の段階であるNaイオンの流入に移ることができずに、神経線維内を情報が伝わって行かなくなるのである。
【0042】
では、どの程度の周波数が、プラス側のパルス、マイナス側のパルスとして適切なのかという問題がある。図11は生体組織における導電率の周波数依存性を示したものである。図中の斜線部1101は、加えられたパルスの周波数によって生体組織の導電率がどのように変化するかを示したものであり、斜線部1102は細胞内液、外液の導電性を示している。細胞内液と外液は、導電性が高く、それらの導電率の支配的な役割を果たす血液に関して、導電率が1MHz以下では4mS/cmでほとんど変化がないとの測定結果がある。
【0043】
図11から、生体組織の導電率1101は、1kHz以下の領域1103では細胞内外液の導電率より低く、100kHz以上の領域1104では導電率が大きくなることが見てとれる。それ故、100kHz以上の電気パルスは、絶縁体としての細胞膜の影響が少ないと考えられ、電気パルスは細胞膜を通過する。
【0044】
一方、周波数が1kHz以下の電気パルスでは導電率が細胞内外液の導電率より小さくなることから、電気パルスは絶縁性の細胞膜の影響を受けて、細胞膜を通過するより、細胞膜外を通過する方が容易になると考えられ、細胞内に入りこまなくなるのである。
【0045】
それ故、細胞を通過する負の電圧パルスとしては100kHz以上が望ましく、正の電圧パルスは1kHz以下が望ましいと考えられる。ただ、正の電圧パルスを、数Hz程度の極めて低い周波数とすると、皮膚角層の絶縁性によって、必要な電流が身体内部に入りこめないという問題が起きるため、1kHz程度の比較的高いパルスをひと塊として構成するバーストパルス形態で、数Hz程度の周波数とする方法を取るのも良い。
【0046】
本発明は、このように細胞内を通過する周波数の高い負のパルスと細胞内を通過できない周波数の低い正のパルスを人体に送り込むことで、細胞内から細胞外へ容量性電流を生じさせ、細胞を過分極状態にし、細胞の興奮が臨界状態を超えることを阻害し、急激なNaイオンの細胞内への流入を起こさせず、痛みをおこしている細胞もしくは、神経線維内の細胞の興奮を止め、痛みの伝達が起こらない状態を作り出すものである。
【発明の効果】
【0047】
以上の様な手段を備えた本発明による疼痛除去装置は、既に述べたように、従来のゲートコントロール理論によるものでなく、周波数の高い負のパルスと周波数の低い正のパルスを身体に送り込むことで、細胞の興奮の起きる初期段階で、脱分極させずに過分極させて興奮に至る発火を阻止し、痛みの起きている細胞を鎮静させると共に、痛みの伝達状態にある神経線維の興奮の移動を、途中で遮るものであり、非常に高い疼痛抑制効果が期待できる。
【0048】
また、本発明の低い正電位の低周波パルスは、バーストパルス状態を含めて、低い周波数を採用するため、内因性オピオイドを放出させることができる。特に正電位側のパルスの周波数を1から10Hz程度に設定することで、βエンドロフィンやエンケファリンと言った鎮静物質を脳内に放出させ、長時間にわたって持続する鎮痛効果が望める。
【0049】
まとめると、正負の電極パッドから身体に与えられたパルスによって、電極パッドに電圧を印加した瞬間に神経細胞や損傷細胞の興奮を妨げる作用がもたらされ、高い即時的な疼痛抑制効果がえられる。また、正電位の低周波パルスを比較的低い周波数とすることで、脳内オピオイドの放出が起き、パルス入力を停止してからも、長く疼痛抑制効果が持続する。つまり、本発明は、疼痛抑制もしくは緩和に絶大なる効果を発揮するものである。
【図面の簡単な説明】
【0050】
図1】本発明の疼痛除去装置の第一の実施例であり、外観と内部の電子部品の概略配置を示した図である
図2】本発明の疼痛除去装置の第一の実施例から出力される電圧パルスの第一の構成例である。
図3】本発明の疼痛除去装置の第一及び第二の実施例により行われる施術例である。
図4】本発明の疼痛除去装置の第一の実施例から出力される電圧パルスの第二の構成例である。
図5】本発明の疼痛除去装置の第二の実施例であり、外観と内部の電子部品の概略配置を示した図である
図6】本発明の疼痛除去装置の第二の実施例から出力される電圧パルスの第一の構成例である。
図7】細胞の構造図(a)と等価回路(b)である。
図8】刺激によって細胞が興奮に至る過程(a)と細胞膜に印加される電圧(b)を示した図である。
図9】興奮が神経線維内を伝達する様子(a)、(b)、(c)と人為的に興奮を停止させる様子(c)を示した図である
図10】本発明の電気的パルスの細胞内外における導通(a)と存在状態(b)を示した図である。
図11】生体細胞と細胞内外液の導電性の周波数依存性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0051】
本発明は電位が0近傍からマイナスに振れるパルスを有する高い周波数のパルスと電位が0近傍からプラスに振れる比較的低い周波数のパルスを身体に印加することによって、疼痛の除去もしくは緩和を行おうとするものであり、以下に具体的な構成を上げて、実施例にて発明を開示する。
【実施例1】
【0052】
図1は本発明の一実施例である疼痛除去装置の外観と内部の電子部品配置を示したものである。図において101はケースであり、内部に電子部品と乾電池102が収納されている。また、103、104、105は粘着性の電極パッドであり、103の電極パッド(P+)はプラスのパルス、104の電極パッド(P−)はマイナスのパルスを身体に印加し、105の電極パッド(G)はグラウンドである0レベルを与える。
【0053】
本発明では乾電池102を用いているが、利用の可能な電源なら何でもよい。例えば、家庭用交流電源を電源として用いても良い。しかしその場合は新たにACからDCに電圧を変換するためのAC−DC変換回路が必要になる。また、二次電池を用いて、外部から充電することができるようにすることも可能であるが、その場合は充電用に保護及び安定化のための回路を必要とする。
【0054】
この電池102から出力される電力は、107の増幅安定化ブロックにて一定の電圧に変換されると共に、可変抵抗器110によって電圧の調整をすることが可能になっている。この可変抵抗器によって、電圧をオフ状態から徐々に増加させることができ、本発明ではプラスパルスを0から20V、マイナスパルスを0から−20Vまで変化させることができる。
【0055】
107の増幅安定化ブロックでは、電圧はプラス側にしか変化させることができないため、マイナス側に変化させるために電圧の正負反転ブロック108を設けている。これらのプラス方向とマイナス方向の電圧は、109の制御ブロックの指令でパルス化されて、103と104の電極パッドに出力される。
【0056】
また、本実施例では、どのようなパルスが出ているかを表示する表示ブロック106を設けている。しかし簡単には、例えばLED等で強弱やパルスの速さを知らせるなど、いくつかの変形が考えられる。この強弱やパルスの速さ等の切り替えは、115のタクトスイッチにて行う。また、図中の111は抵抗、112はセラミックコンデンサー、113は電解コンデンサー、114はコイル、116は半導体素子を、それぞれ代表的に表している。
【0057】
図2に、図1にて示した電極パッド(P+)103、電極パッド(P-)104、電極パッド(G)105から出力される電圧パルスを示した。電極パッド(P+)103からは、周波数の低いプラス側のパルス201、電極パッド(P-)104からは周波数の高いマイナス側のパルス202が出力され、電極パッド(G)105はグランドレベル203与えている。
【0058】
本実施例では、プラス側電極パッド(P+)103から出力されるパルスが5Hz、50Hz、250Hz、1kHz、及び2kHzのパルスが集まった1Hzのバーストパルスとなる様に構成し、マイナス側電極パッド(P-)104から出力されるパルスは、常に一定の100kHzとしている。図2では100kHzを表示すると、細かくなりすぎるため、パルスは概略が理解できるイメージとして表現するにとどめている。
【0059】
この実施例では、パルスのデューティは一定値0.5を用いている。神経細胞の興奮をいかに抑制するかを考える場合、パルスのデューティも非常に重要になる。既に図10に示した様に、興奮が生じて静まるまでに、およそ2ミリ秒ほどかかる。しかも、興奮が発火に至る時間はその数分の1であるため、その期間に比較的高い電圧を細胞の内がマイナス、外がプラスとなるように印加し、脱分極に至らないようにする必要がある。
【0060】
このデューティは本発明の効果をより高めていくための重要なパラメータであると考えられるが、身体の各場所によって、それぞれ状況が異なり、プラス側パルスとマイナス側パルスの相互間の問題もあり、今後の臨床的なデータが必要となっている。
【0061】
図3は、本実施例の実際の施術例を示したものである。301は疼痛部位を示している。疼痛部位の細胞は既に興奮状態にあり、痛みを伝達している状態である。電極パッドは図1で示したものであり、103はプラス側電極パッド(P+)、104はマイナス側電極パッド(P-)、105は0電位の電極パッド(G)である。
【0062】
プラス側電極パッド(P+)103とマイナス側電極パッド(P-)104は疼痛部位301を通るデルマトームL5の上に貼り付けられている。また、0電位の電極パッド(G)105は足の裏側に貼られている。これらの電極の貼り方も、それぞれの症状に合わせて決めていくべきものであり、本実施例では、ほんの1例を示したにすぎない。
【0063】
本実施例によって、各電極パッドから電圧を身体に印加した瞬間に疼痛緩和の効果が現れると共に、しばらく後に脳内に、内因性のオピオイドが放出されるため、電圧の印加を終えてからも、疼痛の緩和時間が長く続く。
【0064】
また、この様な施術は電極パッドを貼るだけの作業なので、自分で行うことができるため、痛風等の緊急的な痛みが発生し、動きが取れず対処のしようがなくなった場合にも、本発明による疼痛除去装置によって素早く痛みを和らげることでき、そのあと、移動等の行動が可能になるので、その後速やかに、本格的な専門医の治療に移行することができる。
【0065】
図4は、図1にて示した、制御ブロック109内にある、マイクロコンピュータのプログラムを変更することによって、電極パッド103P+と電極パッド104のP−から身体に出力されるパルスの形態を変更した例であり、電圧パルスの第二の構成例である。
【0066】
本実施例の第二のパルス構成例では、パルスは図4に示す様に、プラス側パルス401が高い電圧状態からグランドレベル402に変化した際に、マイナス側のパルス403もパルス出力を停止し、グランドレベル402で一定になる様にしたものである。
【0067】
このようにパルスを一時的に静止させることで、身体は連続のパルスが入るときと比べて、疲労が少なくなり、よりパルスに対して感度が良くなる。それにより、疼痛を抑える効果も高くなり、より効果的な疼痛抑制効果を作り出すことができるのである。
【実施例2】
【0068】
図5は本発明の第二の実施例である疼痛除去装置の電子部品の概略配置を示したものである。本実施例は第一の実施例にいくつかの電子回路を加えて構成したものであり、第一の電子回路と同じものは、同じ番号で示した。また、電子回路ブロックとして、新たに付加したが、同じ動作をするものについてはダッシュ番号にて示した。
【0069】
本実施例では、第一の実施例に可変抵抗器110−2と電圧増幅安定化ブロック107−2を加えている。この可変抵抗110−2と電圧増幅安定化ブロック107−2を付け加えることによって、マイナスパルスの電圧の大きさとプラスパルスの電圧の大きさを個別に変えることができるようにしたものである。
【0070】
図6は、本発明の第二の実施例から出力される電圧パルスの構成を示したものであるが、第一の実施例で示したパルス構成では、プラス側の電圧の大きさとマイナス側の電圧の大きさが予め決められた値となり、可変抵抗器110によって、両方が同時に変化するものであったのに対し、本パルス構成では、それぞれ個別にその大きさを変えることが可能となる。
【0071】
図4に示した実施例一の電圧パルスの第二の構成では、プラス側電圧パルスがグランドレベルに低下している際に、マイナス側電圧パルスもグランドレベルになって停止したが、本実施例の電圧パルスでは、プラス側電圧パルス601がグランドレベル602で停止すると、マイナス側のパルス603は、グランドレベルと反対のマイナスレベル604で停止する。
【0072】
この様にパルスを構成することによって、電極パッドの貼り付け位置を工夫することによって、プラス側のパッド(P+)103のオン時601とマイナス側のパッド(P−)のオフレベル604との間で、見かけ上大きな電位差が現れ、この領域ではTENS的効果が大きく現れるようになる。
【0073】
疼痛部は、肘、腰、ひざなどそれぞれ部位によって、その身体的な構成や大きさ、容積が異なり、導電率や電気容量等も同じではない。そのため、電圧や電流も部位によって異なった印加の方法をとらなくてはならない。特にマイナスパルスとプラスパルスの大きさは重要であり、細胞の過分極を起こすために、両者を最も適当な電圧比率に設定することが大切である。
【0074】
また、本実施例では、マイナス側のパルスのグランドレベル605がマイナスではなく、プラス側にずれ込んだ例を示したが、このような場合でも、プラス側の可変抵抗器110と、マイナス側の可変抵抗器110−2が、そのプラスマイナスそれぞれの大きさを個別に変化させることができるので、プラス側の電位を上げることで、細胞内外の電位差を本来あるべき状態に保つことができる。
【0075】
また、プラス側パルスのグラウンドレベルとマイナス側パルスのグラウンドレベルを個別に設定することも、非常に意味があり、そのようにすることで、常に細胞に一定の電圧差が生まれるので、プラス側を正方向、マイナス側を負方向に移動させることで、過分極への移行が容易になり、興奮している細胞を鎮静化し、疼痛の伝達を停止させる効果が増大する。
【0076】
本実施例では、プラス側のパルスとマイナス側のパルスを個別に変更できるようにしたために、細胞内の過分極を促進するだけでなく、電極パッド103〜105の貼り付け場所を工夫することで、同時に太い神経細胞Aβを脱分極させることも可能になり、痛みのゲートを閉じることによる疼痛緩和も望めるのである。
【0077】
以上のように、本発明では電位が0近傍からマイナスに振れるパルスを有する高い周波数のパルスと電位が0近傍からプラスに振れる比較的低い周波数のパルスを身体に印加する様にしているため、疼痛の原因となっている細胞を鎮静化すると共に、疼痛の情報を伝達する神経線維の興奮を抑え、痛みの伝達を阻止するという作用がある。
【0078】
そのため、脳に送られる痛みの信号が極端に減少し、痛みが和らぎ、緩和される。この作用は、即時的効果があると共に、脳内の内的オピオイドの生成を促すために、痛みの緩和が長く続き、日々の生活での痛みによる生活の質が低下するのを抑えてくれるのである。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明の疼痛除去装置を利用することで、疼痛を緩和し、除去することが可能になり、日常生活の中で、疼痛対処ができるため、毎回病院を訪れて、鎮痛薬を処方してもらう必要がなく、簡便な家庭医療方法として用いることができる。本発明による疼痛除去装置は薬の様に毎回、費用のかかる薬剤を使う必要がなく、電池の消耗まで、非常に長い期間、繰り返し使うことができるため、家庭医療用機器として、大きな利用の可能性がある。
【符号の説明】
【0080】
101 ケース
102 乾電池
103 電極パッド(P+)
104 電極パッド(P−)
105 電極パッド(G)
106 表示ブロック
107 増幅安定化ブロック
108 正負反転ブロック
109 制御ブロック
201 プラス側電圧パルス
202 マイナス側電圧パルス
203 グランドレベル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11