【発明が解決しようとする課題】
【0014】
従来の電気パルスによる疼痛除去の方法は、高周波、低周波に係らず神経線維細胞の脱分極を促すものであり、その力によって何らかの疼痛抑制や疲労回復など種々の効果を得ようとするものであった。その脱分極の効果が、ゲートコントロール理論に支えられて、現在まで色々な形で発展してきたのであり、TENSもその一つである。
【0015】
痛みや熱い冷たいといった感覚は、すべて身体の末梢神経から脊髄に伝えられ、脳によってそれがどのような刺激であるかが判断される。
図8は、それら刺激と興奮がどのように生じるかを示し、
図7はそれがどのような機構で生じているかを示したものである。
【0016】
図8において(a)は縦軸に細胞内外に印加された電圧をとり、横軸に時間経過を取ったものである。
図8中の1〜4はそれぞれ細胞に加えられる電気的なパルスの大きさを比較するために、別々に起きる状態を重畳して示している。また、(b)は、(a)の電圧パルスによって細胞内の電位がどのように変化するかを示したものであり、(b)中の、1〜4の番号は、(a)の1〜4に対応したものである。
【0017】
細胞内の電位は、静止状態つまり刺激のない状態では−100mV〜-70mV程度の値を持つとされ、通常は一定に保たれている、しかし、何らかの要因で、(a)に示した1のパルスが細胞に印加されると、細胞内の電位は、(b)に示した1の様にプラス側に向かって変化する。これを脱分極と言っているが、刺激がある一定レベルを超えることがない場合には大きくは変化せず、そのまま電位は元の静止状態に戻るのである。
【0018】
しかしながら、
図8の(a)に示す刺激の電位が2、3と上がるにしたがって、細胞内の電位も上昇し、4まで上昇すると、細胞内の電位は
図8の(b)に示す臨界点Aに達し、この値に達した瞬間、細胞内の電位は、(b)の4に示すように突然大きくプラス側まで上昇する。これを発火という言葉で呼ぶが、細胞の興奮が起こったことを示している。この興奮状態は、(a)の4に示すパルスの終了と共に低下し、もとの−100mVの静止状態に戻っていく。
【0019】
この電気的な変化を細胞の構成より具体的に示したものが
図7である。
図7の701は親水性のリン化合物、702は疎水性の炭化水素であり、これが一対になったものがリン脂質703である。このリン脂質703の2つが逆対になって接合し、細胞膜704を構成している。
【0020】
この細胞膜704にはタンパク質からなるイオンチャンネル705が割り込む形で形成されており、この間をNaイオンやKイオン等が行き来できる様になっている。706は細胞の内側、707は細胞の外側を示している。
【0021】
このような細胞内外に電圧を印加した際に、電気的にどのような様態になるかを考えるため、等価回路で示したものが708であり、抵抗成分709とコンデンサー成分710の並列構成になっている。細胞膜704に印加された電圧に対して、細胞膜704は絶縁性であるために、コンデンサー成分710として見なされ、イオンチャンネル705は抵抗成分709として見なすことができる。
【0022】
図8の(a)に示した、電圧(電位)は細胞膜704に印加された値を示したものであり、一時的な容量性の電流を生じると考えられる。一方
図8の(b)の臨界点Aを超える発火状態は、この容量性の電流もしくは電圧が引き金になり、Naイオンが細胞内に流入した時に起きる。Naイオンが細胞内に流入し、発火、興奮に至るかどうかは、細胞膜に印加される電圧がある限界に達するかどうかであり、この興奮に至るか至らないかは臨界点を超えるかどうかで決定づけられ、これをあるかないかの状態という。また、発火するかしないかの引き金となるものが、細胞膜の外側がマイナス、内側がプラスの電圧によって生じる容量性の電流または電圧によるのである。
【0023】
Naイオンが細胞内に流入し、興奮に至った細胞は神経線維内の細胞に電位を与え、神経線維内の細胞を発火させ興奮に至らせるわけであるが、この興奮は、神経線維を順次伝わって、脳にまで至る。
図9は、神経線維901を興奮902−1が、901−2、902−3という風に伝わって行く様子を示したものである。
【0024】
図7および
図8にて示した様に、細胞内電位が大きくプラス側に振れる要因を作っているのは、Naイオンの細胞内への流入であるが、その流入によって発生した電位が、刺激の進行方向にある神経線維901上の隣接部位の904の細胞膜に内側がプラス、外がマイナスとなる容量性の電位を与え、外向きの電流を引き起こす。
【0025】
この隣接部位904は、
図8の(a)で示したものと同様に1〜4へと次第に電位が増加し、
図8の(b)の様に臨界点Aに達して発火、興奮する。このようにして、興奮が同じ神経線維901内で、902−1から902−2、902−2から902−3へと伝わっていくのである。
【0026】
現在使われている、麻酔薬は、イオンチャンネルを塞いで、このNaイオンの細胞内への流入を止めるものが多い。Naイオンが流入しないと興奮が起きず、興奮が神経線維を伝わることもない。それ故、一時的に疼痛を抑えることができるのである。しかしながら一方、TENSをはじめとする電気的に刺激を与え、疼痛を抑えようとするものは、神経線維Aβを興奮させて、痛みのゲートを閉じようとするものであり、まだまだその効果が顕著に現れる実績が不足し、その効果も未知数のものが多かった。
【課題を解決するための手段】
【0027】
そこで、本発明は従来用いられてきたゲートコントロール理論による方法ではなく、新規な疼痛緩和の方法を提供しようとするものであり、興奮に至る初期的な容量性の電流を阻止し、神経線維内を伝わる興奮を消去もしくは、興奮の伝達を断ち切ろうとするものである。
【0028】
通常、興奮は、上述したように、脱分極によって生じる。この過程は容量性の外側向きの電流による、それによって、細胞内電位の上昇に始まり、臨界点からのNaイオンの流入によって本格的な興奮にいたる。
【0029】
そこで、本発明は神経細胞、もしくは痛みを発生させている細胞が次の興奮に至る前に、容量性の外向き電流を抑え、細胞が発火点に至らないようにしようとするものである。つまり、細胞に外側がプラス、内側がマイナスの電位を加え、細胞を過分極状態にし、興奮の発火点に至る過程を阻止しようとするのである。
【0030】
図9において、(a)、(b)、(c)は脱分極によって、興奮が発生し伝わって行く様子をしめしているが、(d)では、人為的に細胞膜の外側にプラス電位、細胞膜の内側にマイナス電位を与えた場合を示している。つまり、興奮は、902−1、−2、−3と伝わり、次の状態として(d)のところまで伝わるが、発火するに至らず、903で示した電位の変化のごとく、容量性の電位の上昇は元の静止状態に戻ってしまうのである。
【0031】
そのため、興奮の進行方向の神経細胞にまで興奮の影響が及ばず、神経線維内の興奮の伝達が途切れてしまう状態が起きる。つまり痛みの情報は、脳にまで伝わらないことになり、痛みの情報が入ってこないために、痛みを感じなくなるのである。
【0032】
この人為的に細胞膜の外側にプラス電位、細胞膜の内側にマイナス電位を与え方法として、一般に考えられるのは、神経線維内に電極を挿入し、外側が正、内側が負の電圧を印加すればよいのであるが、ケンブリッジ大学のノーベル学者ホジキンとハクスレーが実験で用いたヤリイカの様に神経線維が非常に太い場合は別として、一般には神経線維は非常に細いために、電極を挿入するのは困難である。
【0033】
そこで、それを解決する手段として、高周波パルスが細胞内を通過できる性質と低周波パルスが細胞内を通過できない性質を用いるのである。
図10は本発明を実施した際に、細胞内外での電圧パルスの状態を概念的にあらわしたものである。
【0034】
図10において、1001は細胞外を、1002は細胞内を表している。細胞内1002と細胞外1001は細胞膜1003によって囲まれており、この細胞膜は
図7で示した様に、絶縁物膜でおおわれ一部がイオンの通過可能なたんぱく質でできている。その電気的な等価回路は
図7の708によって示したが、抵抗成分709と容量(コンデンサー)成分710の並列回路となっている。
【0035】
この細胞膜の抵抗成分は非常に大きいため、直流を含む低周波数のパルスは細胞内を通過することはできない。しかしながら、一定以上の高い周波数を有するパルスは通過することができるのである。
【0036】
図10の(a)における1004は低周波パルスを表し、1005は高周波パルスを表している。高周波パルス1005は細胞内1002を通過していくが、低周波パルス1004は細胞外1001は通ることができても、細胞内1002には入れないのである。
このため
図10の(b)で示した様に、細胞外1001には、プラス側に振動する低周波パルス1004と、低周波パルス1004とマイナス側に振動する高周波パルス1005を足し合わせたパルス1006が共存し、全体的にはプラス状態になる。
【0037】
一方、細胞内1002は、マイナス側に振れる高周波パルスのみの状態となり、マイナス状態になる。細胞内には一部細胞外1001で低周波パルスと高周波パルスが積算されることで、高周波化したプラス側に振動するパルス1006が入ってくるが、このパルスは、細胞の内外で結局は打ち消し合うことになる。
【0038】
この細胞内1002と細胞外1001を通過する低周波パルス1004と高周波パルス1005の作用によって、細胞壁は外側がプラス、内側がマイナスとなって、容量性の電流が発生し、細胞を過分極状態にし、細胞の脱分極を抑えて、興奮状態に至らせなくする。
【0039】
この各パルスによる過分極への移行は、興奮に至ろうとしている細胞の興奮を抑えると共に、興奮を伝えようとしている神経線維に働き、興奮の伝達を妨げる働きをすることになる。つまり結果的に、脳に至る痛み情報を停止し、痛みを除去もしくは緩和する。
【0040】
本発明の手段として、マイナス側に振動する高周波パルスとプラス側に振動する低周波パルスを同期して流れる様にしているため、細胞内1002は負パルス、細胞外1001は正のパルスによる電位が支配的になり、容量性の電流が細胞外から細胞内に流れ、細胞の過分極状態を作り出すのである。
【0041】
そのため、前の段階で情報としての興奮を伝達すべく、徐々に増加してきた神経線維細胞内の脱分極状態の電位も一気に鎮静し、興奮に至ることができず、興奮は、次の段階であるNaイオンの流入に移ることができずに、神経線維内を情報が伝わって行かなくなるのである。
【0042】
では、どの程度の周波数が、プラス側のパルス、マイナス側のパルスとして適切なのかという問題がある。
図11は生体組織における導電率の周波数依存性を示したものである。図中の斜線部1101は、加えられたパルスの周波数によって生体組織の導電率がどのように変化するかを示したものであり、斜線部1102は細胞内液、外液の導電性を示している。細胞内液と外液は、導電性が高く、それらの導電率の支配的な役割を果たす血液に関して、導電率が1MHz以下では4mS/cmでほとんど変化がないとの測定結果がある。
【0043】
図11から、生体組織の導電率1101は、1kHz以下の領域1103では細胞内外液の導電率より低く、100kHz以上の領域1104では導電率が大きくなることが見てとれる。それ故、100kHz以上の電気パルスは、絶縁体としての細胞膜の影響が少ないと考えられ、電気パルスは細胞膜を通過する。
【0044】
一方、周波数が1kHz以下の電気パルスでは導電率が細胞内外液の導電率より小さくなることから、電気パルスは絶縁性の細胞膜の影響を受けて、細胞膜を通過するより、細胞膜外を通過する方が容易になると考えられ、細胞内に入りこまなくなるのである。
【0045】
それ故、細胞を通過する負の電圧パルスとしては100kHz以上が望ましく、正の電圧パルスは1kHz以下が望ましいと考えられる。ただ、正の電圧パルスを、数Hz程度の極めて低い周波数とすると、皮膚角層の絶縁性によって、必要な電流が身体内部に入りこめないという問題が起きるため、1kHz程度の比較的高いパルスをひと塊として構成するバーストパルス形態で、数Hz程度の周波数とする方法を取るのも良い。
【0046】
本発明は、このように細胞内を通過する周波数の高い負のパルスと細胞内を通過できない周波数の低い正のパルスを人体に送り込むことで、細胞内から細胞外へ容量性電流を生じさせ、細胞を過分極状態にし、細胞の興奮が臨界状態を超えることを阻害し、急激なNaイオンの細胞内への流入を起こさせず、痛みをおこしている細胞もしくは、神経線維内の細胞の興奮を止め、痛みの伝達が起こらない状態を作り出すものである。