(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
時間幅が異なる2種類の光パルスを組み合わせて時間軸上の所定の位置で対をなすようにレーザ光を形成した複合光パルスを用い、一の時間幅をもつ光パルスをGolay符号の2つの系列で位相変調して符号化したパルス列とするとともに、前記複合光パルス同士の間隔がフォノン寿命以上である複合パルス列とした別の複合光パルスを、被測定体に備えた光ファイバの一端から入射し、当該光ファイバで発生する後方ブリルアン散乱光の周波数シフト量の変化から物理量を検出するブリルアン散乱測定方法であって、
前記2種類の光パルスを発生させるための第1のレーザ光源と、この第1のレーザ光源と発振周波数が異なる第2のレーザ光源からの光を用いて、前記後方ブリルアン散乱光のヘテロダイン受信を行って第1の信号として出力し、
この第1の信号の周波数を所定の周波数だけ変更した後、前記時間幅の異なる各光パルスに対応する2種類の低域フィルタを通過させて第2の信号として出力し、
この第2の信号のうち一の前記低域フィルタを通過した信号と、他の前記低域フィルタを通過した信号の複素共役信号とを基に、前記Golay符号の系列ごとに前記第2の信号のクロススペクトルを演算し、この演算結果から前記第2の信号の合成スペクトルを求め、さらに、この合成スペクトルを復号する復号化処理を行うことを特徴とするブリルアン散乱測定方法。
時間幅が異なる2種類の光パルスを組み合わせて時間軸上の所定の位置で対をなすようにレーザ光を形成した複合光パルスを用い、一の時間幅をもつ光パルスをアダマール行列の各行の値で符号化したパルス列とするとともに、前記複合光パルス同士の間隔がフォノン寿命以上である複合パルス列とした別の複合光パルスを、被測定体に備えた光ファイバの一端から入射し、当該光ファイバで発生する後方ブリルアン散乱光の周波数シフト量の変化から物理量を検出するブリルアン散乱測定方法であって、
前記2種類の光パルスを発生させるための第1のレーザ光源と、この第1のレーザ光源と発振周波数が異なる第2のレーザ光源からの光を用いて、前記後方ブリルアン散乱光のヘテロダイン受信を行って第1の信号として出力し、
この第1の信号の周波数を所定の周波数だけ変更した後、前記時間幅の異なる各光パルスに対応する2種類の低域フィルタを通過させて第2の信号として出力し、
この第2の信号のうち一の前記低域フィルタを通過した信号と、他の前記低域フィルタを通過した信号の複素共役信号とを基に、前記第2の信号のクロススペクトルを演算し、この演算結果から前記第2の信号の合成スペクトルを求め、
さらに、この合成スペクトルを基に、アダマール行列の反転演算を行った後、重複するスペクトルの加算を行うことを特徴とするブリルアン散乱測定方法。
前記合成スペクトルを求める際に、カー効果の係数、前記光パルスのパワー、および前記被測定体の測定点までの有効距離から定まる位相の補正を行うか、あるいは位相の補正は行わず、合成スペクトルを複素数値で求めて前記加算処理および前記偏波処理を行った後、絶対値を取って最終的な合成スペクトルを求めるようにしたことを特徴とする請求項3に記載のブリルアン散乱測定方法。
前記光パルスの時間幅は、前記レーザ光の線幅とπの積の逆数で定まる当該レーザ光のコヒーレンス時間の1/20以下であり、複合パルス同士の間隔は、前記短パルスの時間幅と前記長パルスの時間幅の和以上であることを特徴とする請求項5に記載のブリルアン散乱測定装置。
【発明を実施するための形態】
【0018】
これまで提案されているS―BOTDRの手法は、4種類の入射光であるプローブ光により4種類のスペクトルを合成して理想的なスペクトルを求めるものである(非特許文献4参照)。しかし、PSP−BOTDRにおける提案においてクロススペクトルが用いられたように、S−BOTDRにおいても、要素となる4種類のスペクトルの代わりに4種類のクロススペクトルを用いる方が、その扱いが簡単になる(非特許文献5参照)。最終的に得られる合成スペクトルは、いずれの方法でも同じであるので、以下では、クロススペクトルを用いたS−BOTDRについて説明する。
なお、S−BOTDRは、最低3種類のプローブ光で実現可能であるが、符号化方式への拡張の観点を考慮して、以下の説明においては、特に、4種類のプローブ光を用いるものについて説明する。
【0019】
実施の形態1.
本発明の実施の形態1について、以下、式と図を用いて説明する。
[S−BOTDRの方法について]
プローブ光は、
図1に示すような短パルス(所望の空間分解能により時間幅が規定される。例えば、所望の空間分解能が10cmの場合には、その時間幅は1nsに定められる。以下同様)と長パルス(フォノン(音子)の寿命、つまり減衰時間10nsを基に規定され、例えば50nsの時間幅が与えられる。以下同様)を組み合わせて構成する。各パルスは式で表すとそれぞれ式(1)、式(2)のようになる。
【数1】
【数2】
ここで、D
1、D
2は、それぞれ短パルスと長パルスのパルス幅であり、t
0は短パルスの開始時間である。また、ここでは、短パルスが長パルスの中央に位置するように、t
0はD
1、D
2と以下に示す式(3)で関係付けられている。
【数3】
【0020】
また、D
1は空間分解能に対応する時間幅として定められ、具体的な数値例としては、例えば20cm空間分解能に対しては、D
1=2nsと定められる。一方、D
2はフォノンの寿命に対応する時間幅として定められ、具体的な数値例としては、フォノンの寿命9nsよりも十分長い時間、例えばD
2=50nsと定められる。
【0021】
そして、短パルスと長パルスの具体的な組み合わせ方として、互いに位相差を付けて重ね合わせる構成とする。ここでは、複素平面を利用してこの重ね合わせ方を説明する。複素平面上の単位円上に等間隔に並ぶp個(ただしp≧3)の点を式(4)で表す。
【数4】
【0022】
ここでiは虚数単位(−1の平方根)を示す。そして、このp個の点に対応して、次の式(5)に示すp個のプローブ光を用意する。
【数5】
ここで、rは短パルスと長パルスの振幅比であり、λ
jの偏角が位相差になる。このλ
j(j=1、2、・・・、p)は単位円上の点であるから、式(6)が成立する。
【数6】
【0023】
また、等間隔に配置したことにより、次の式(7)、式(8)が成り立つ。
【数7】
【数8】
【0024】
次に、S−BOTDRの実際の計測装置を説明するため、S−BOTDRの一例を示すブロック図を
図2に示す。また、このS−BOTDRのブロック図に示した装置を用いた場合の信号処理を説明するため、入力光と散乱光の関係を時間と空間の2次元で表示したものを
図3に示す。
【0025】
まず、
図2は、S−BOTDRの実際の計測装置の一例を示す図である。この図において、レーザ光源1から発生したレーザ光は、パルス発生器4の短パルス発生器2と長パルス発生器3により、所定の異なる時間幅D
1とD
2をそれぞれ持つ2種類の光パルスである短パルスと長パルスが形成される。その後、長パルスは、位相選択器6で選択された位相に従って移相器5で位相情報が付与された後、Golay符号の2つの系列で位相変調して符号化され、複合器7により、この符号化された長パルスと先に説明した短パルスとが対をなすように、互いに予め定められた時間軸上の位置に配置されるべく構成されて複合され、目的とする物理量を測定するために設けられている光ファイバの一端にプローブ光(入射光に同じ。以下同様)として入射させるため、プローブ光生成器8で生成される。
この際、プローブ光生成器8から出射されたプローブ光f
(j)(t)は、カプラ9を経由して光ファイバに入射される。そして、入射されたレーザ光により、この光ファイバ中で後方ブリルアン散乱光が発生することになる。
発生した後方ブリルアン散乱光は、カプラ9を経由して、先のレーザ光源から直接、この光ヘテロダイン受信器10に入射するレーザ光とともに、光ヘテロダイン受信器10で受信される。この光ヘテロダイン受信器10で受信された信号は、局所発振器11により変更した(「ダウンシフトした」に同じ)特定の周波数で発信された信号とともに、ヘテロダイン受信器12で受信され、ADコンバータ13でデジタル化された後、信号処理器14で、それぞれの光パルスに対応する低域フィルタ(具体的には、短パルスでは1GHz程度、長パルスでは20MHz程度の周波数帯域幅のフィルタ)を通り、クロススペクトルが演算されて求められる。
以上において、プローブ光生成器8は、短パルス発生器2と長パルス発生器3で構成されるパルス発生器4と、位相選択器6からの位相情報λ
jが入力され、長パルス発生器3で発生した長パルスに位相情報を付与する移相器5と、上述の短パルスと長パルスを複合する複合器7により構成されている。
【0026】
図2のブロック図に示した装置を用いた場合の信号処理では、プローブ光の短パルスと長パルスの整合フィルタに相当する2種類の低域フィルタを用いる。これらは、具体的には次の式(9)、式(10)で表される。
【数9】
【数10】
【0027】
これらの低域フィルタからの出力は、それぞれ、式(11)、式(12)のようになる。
【数11】
【数12】
【0028】
これらの式において右辺の各要素の意味は以下の通りである。
Y
11:短パルスf
1(t)と短インパルス応答h
1(t)による出力
Y
12:短パルスf
1(t)と長インパルス応答h
2(t)による出力
Y
21:長パルスf
2(t)と短インパルス応答h
1(t)による出力
Y
22:長パルスf
2(t)と長インパルス応答h
2(t)による出力
これらは、それぞれ、
図3の入力光と散乱光の交わる矩形領域である菱形部分に模様分けして示した各領域でフォノンを積分したものに相当する。詳しくは、Y
11は、菱形部分の中心部分に黒く示した箇所、Y
12は、Y
11を中心として縞模様で示した帯状領域のうち、Y
11を含む左下領域と右上領域部分、Y
21は、Y
11を中心として縞模様で示した帯状領域のうち、Y
11を含む右下領域と左上領域部分、Y
22は、菱形部分全体で、上記Y
11、Y
12、Y
21を含む領域である。
【0029】
この場合において、プローブ光f
(j)(t)に関するクロススペクトルは、上記Y
1(j)、Y
2(j)、Y
11、Y
12、Y
21、Y
22を用いると以下の式(13)で表される。
【数13】
ここで、オーバーライン( ̄)は複素共役を示す。右辺のうち、空間分解能と周波数分解能が共に高い、望ましい成分Dpは式(14)で表されるものだけであり、この実数部は、空間分解能と周波数分解能が共に高い理想的なスペクトルになる。
【数14】
そこで、式(13)で規定される各プローブ光に対するクロススペクトルを用いて、合成スペクトルを次に示す式(15)で定義する。なお、Rハット(Rの上部に記号∧が付加されているもの)は、引き続くかっこ内の値の実数部を取ることを意味する(以下同様)。
【数15】
【0030】
式(13)を式(15)に代入すれば、上記合成スペクトルにおいて、望ましい項だけが残るようにすることは、次に示す式(16)が成立するようなc
j(ここでj=1、2、・・・、p)を求めることと等価であることが分かる。
【数16】
【0031】
式(16)で示される方程式の数は3個であるから、変数pは3以上である必要がある。p≧4の場合には、解は一意的ではないが、上記の式(6)〜式(8)に注意して任意のp≧3に対して、次の式(17)が解であることがわかる。
【数17】
以後、式(17)で示される解を用いて合成スペクトルを式(18)に示すもので評価することとする。
【数18】
【0032】
以上で説明したクロススペクトルを用いるS−BOTDRの計測は、次に示す(a)〜(f)の手順で実施する。
<クロススペクトルを用いるS−BOTDRの計測手順>
(a)j=1、2、・・・、pについて次の(b)〜(e)の処理を行う。
(b)レーザ光源からの光を成形してf
(j)(t)の形状のプローブ光を生成し、光ファイバに注入する。
(c)最初のレーザ光源と周波数が11GHz程度離れた別のレーザ光源からの光を用いてブリルアン散乱光の光ヘテロダイン受信を行い、その出力をX
(j)(t)とおく。
(d)X
(j)(t)を周波数νだけシフトし、短パルスと長パルスに対応する2つの低域フィルタh
1(t)とh
2(t)を通す。h
1(t)とh
2(t)を通した信号をそれぞれ、Y
1(j)(t、ν)、Y
2(j)(t、ν)とおく。
(e)クロススペクトルを次式で求める。
【数19】
(f)S−BOTDRのスペクトルを次式(20)で求める
【数20】
以上に説明した計測を多数回行って、スペクトルを加算あるいは平均する。
【0033】
以上説明したように、S−BOTDRは最低3種類のプローブ光で実現可能であるが、ここでは表記が簡単な4種類のプローブ光を用いて説明する。この場合、円周上に等間隔に並ぶ4点は式(21)に示す通りである。
【数21】
【0034】
[S−BOTDRの信号処理について]
次に、S−BOTDRの信号処理方式について以下、詳しく説明する。ここでは、周波数は固定して、広帯域受信(例えば5GHz。以下同様)と高速サンプリング(例えばサンプリング周期0.2ns。以下同様)で得られたデータから、各周波数成分を抽出する信号処理方式について説明する。
【0035】
各プローブ光を注入して戻ってきた散乱光をヘテロダイン受信して、AD変換後にサンプリングしたデータをX
(j)(t
n)(j=1、2、3、4)と置く。このデータは、I、Q両チャンネルからの出力を実数部と虚数部に持つ複素数データになっている。ここで、上記jはプローブ光の種類を表す。また、t
n=nΔt(n=0、1、2、・・・、N−1)は離散時間であり、Δtはサンプリング間隔である。
図4にS−BOTDRの信号処理のフローチャートを示す。以下にこのフローチャートの個々の内容について、さらに詳しく説明する。
【0036】
<周波数成分の抽出>
抽出する周波数成分の周波数をν=ν
1、ν
2、・・・、ν
Kとする。ここでKは、抽出する周波数成分の個数である。各周波数成分は、周波数を所定の周波数だけ変更(ダウンシフト)してから2種類の低域フィルタで抽出する。この2種類の低域フィルタは、それぞれ短パルスと長パルスのパルス幅での移動和とする。このパルス幅内でのサンプリング点の個数を以下の式(22)に示すように置く。
【数22】
また、先に式(3)で示した短パルスの開始時間t
0に対応するインデックスを式(23)に示したように置く。
【数23】
【0037】
このとき、周波数νの成分の低域フィルタからの出力は、プローブ光f
(j)(t)に対して、式(24)、式(25)に示すようになる。
【数24】
【数25】
【0038】
<FFTの利用>
以上においては、周波数成分の抽出は時間軸で処理する方法で説明したが、FFTを用いることも可能である。以下この方法について説明する。
FFTの長さは、データのサンプリング間隔をΔt、求めたい周波数の刻み幅をΔνとしたときに、式(26)で定めるものとする。
【数26】
このとき、FFTにより抽出される周波数成分は式(27)、式(28)で表される。
【数27】
【数28】
【0039】
ここで、関数fftの最後の引数は長さを表し、データの数がそれよりも小さいときには、指定した長さになるよう、後ろに関数zero(s)を入れる。ここでzeros(n
0−1)は、ゼロを(n
0−1)個並べることを表す。
このようにして求めたY
1(j)(t
n、・)とY
2(j)(t
n、・)の周波数方向(ここでは、記号「・」で示した引数の方向)への次元は、N
fftで、これは、一般に、求めたい周波数の個数Kより大きいから、この後の処理では、大きさをKに制限して用いる。
【0040】
<クロススペクトル>
2種類の低域フィルタからの出力を用いて、プローブ光f
(j)(t)に対するクロススペクトルを式(29)により求める。
【数29】
【0041】
<スペクトル合成>
合成スペクトルは、各プローブ光のクロススペクトルを用いて、次の式(30)により求める。
【数30】
【0042】
[計測の繰り返しによる加算について]
上述の合成したブリルアンスペクトルは、1回の計測により得たものであるが、BOTDRの性質上、1回毎のスペクトルは大きな揺らぎを持ち、その分布はレイリー分布に従うことが一般に知られている(非特許文献4参照)。従って、精度のよいデータを求めるには、多数回(2
10〜2
14回程度)の計測を行ってスペクトルの加算を行う必要がある。
i
rep番目の計測で得られたスペクトルをVs(i
rep)、繰り返し回数をn
repとすれば、加算されたスペクトルは、次の式(31)で表される。
【数31】
【0043】
[偏波の処理について]
光ファイバ中での光の偏波は変化し、信号と参照光との偏波には差が生じる。この偏波の影響を除去するため、信号を2つの偏波成分に分離して、それぞれの偏波成分に対して上述の処理を行い、そのスペクトルの和を取る。この場合、偏波の2つの成分に対して得られるスペクトルをVs
,accum(P)、Vs
,accum(S)と置けば、偏波処理後のスペクトルは、式(32)で表される。なお、(P)のPはp波、(S)のSはs波を表す。
【数32】
なお、繰り返しによる加算と偏波処理とは、いずれもスペクトルの単純和であるから、どちらの処理を先におこなっても良い。
【0044】
[非線形光学効果の低減方法(その1)について]
S−BOTDRでは、プローブ光として、短パルスと長パルスを組み合わせた何種類かの複合パルスを用いる。複合パルスの振幅がステップ状に変化する場合や何種類かのプローブ光で振幅が異なる場合には、プローブ光のパワーを大きくしたときに非線形光学効果の影響が現れることがわかってきた。
上記プローブ光のパワーが大きい場合には、非線形光学効果(以下ではカー効果(Kerr効果)とも呼ぶ。)により、位相シフトが発生する。プローブ光が長パルスと短パルスから構成される複合パルスになっていて、長パルスと短パルス(以下では長短パルスと称する)の振幅が異なっていると長短パルス間で位相差が発生する。そこで、以下では、これらについて検討するとともに、その低減方法について説明する。
【0045】
<S−BOTDRの場合の位相シフト>
まず、位相シフトを近似する方法について説明する。
プローブ光の振幅と位相は、構成要素の長短パルスの振幅が大きく異なるために、伝搬損失と非線形光学効果(Kerr効果)により、距離zにおいて、次式(33)のように変化する。
【数33】
ここでg
1、g
2は、以下の式(34)に示したように、変数に有効距離z
eff(式(35)参照)を含む指数関数である。また、θ
jは短パルスと長パルスの位相差を示す。
【数34】
【数35】
【0046】
また式(33)〜式(35)において、αは光ファイバの損失係数、γ=n
2k
0/A
effはKerr効果の係数、n
2は光ファイバの非線形屈折率、k
0=2π/λは真空中の光の波数、λは真空中の光の波長、A
effは光ファイバコアの有効断面積、p
1(j)とp
2は、それぞれ短パルス(長パルスとオーバーラップ)と長パルスのパワーである。また、rは長パルスと短パルスの振幅比である(スペクトルの揺らぎを小さくするため、一般に、このrは1以下とされる)。
【0047】
ここで、p
1(j)は短パルスと長パルスの位相差が非線形効果のために、距離と共に変化するから、その位相に依存して変化する量である。一方、p
2は一定値である。これらは、以下の式(36)で表すことができる。
【数36】
ここで、P
Pはプローブ光のパワーである。
【0048】
次に、位相シフトを精密に評価する方法について説明する。
S−BOTDRのプローブ光は、短パルスと長パルスを、位相差をつけてオーバーラップさせているため、非線形光学効果による位相シフトとパワーの変化は複雑である。上記近似評価では、オーバーラップさせた部分のパワーを上記の式(36)で近似したが、ここでは、これをより精密に評価する。
【0049】
非線形光学効果によるプローブ光の変化を式(37)とおく。
【数37】
ここで、g
3、g
4は、以下の式(38)で表される。
【数38】
また、g
3、g
4には、変数にKerr効果による位相シフトθ
n1,1(j)及びθ
n1,2が含まれる。
【0050】
このとき、長短パルスのパワーは伝送損失と非線形光学効果を考慮して次の式(39)、式(40)で表される。
【数39】
【数40】
【0051】
よって位相シフトの差をθ
n1(j)=θ
n1,1(j)−θ
n1,2 とおくと、この位相シフトの差は次の微分方程式(41)に従う。
【数41】
この式から得られる位相シフトを調べると、4つのプローブ光の位相シフトの距離による変化の平均的な挙動は、近似式を用いた場合と同じになるが、個々のプローブ光の位相シフトは、近似式の場合とかなり異なったものとなる。なお、位相シフトの詳細内容については、今回の発明の内容とは直接関係しないので、ここではその説明を省略する。
【0052】
非線形光学効果のある場合には、4種類のスペクトルをスペクトル合成する場合において、いくつかの成分は上記の位相シフトの差θ
n1(j)がjに依存して変化するため、完全にゼロにはならない。また、望ましい成分は、位相シフトの差θ
n1(j)のjに依存する部分が少ない場合でも、平均的な位相シフトθ
n1により、式(42)に示すようになるので、スペクトル合成を行っても望ましい成分が十分に取り出せなくなる。ここで右辺の最後のかっこ記号〈 〉は多数回の測定による平均値を表す。
【数42】
そこで、この非線形光学効果の影響を低減する必要があるが、そのための方法について以下検討する。
【0053】
<非線形光学効果の低減方法の代表例>
S−BOTDRにおける非線形光学効果を低減させるために、4種類の複合フィルタ(下記の式(43)参照)を位相シフトの推定値を用いて置き換える方法として下記の式(44)で表す方法がある。
【数43】
【数44】
【0054】
ここで、上記2つの位相シフトの推定値(下記式(45)および式(46)の左辺に示されるもの)には、プローブ光の位相シフトの近似値(下記式(45)および式(46)の右辺に示されるもの)を用いており、この近似値中のp1
(j)、p2は先に式(36)に示したもので与えられる。
【数45】
【数46】
【0055】
<非線形光学効果の低減方法(その1)>
まず、上記の代表例で示した位相を補正する方法を用いて、第1の非線形光学効果の低減方法について、以下説明する。
クロススペクトルを用いるS−BOTDRでは、各プローブ光のクロススペクトルを求める式が先に式(29)に示したように、下記の式(47)に示す形をしているから、この式に下記の式(48)に示す位相の補正を行えば良い。
【数47】
【数48】
ここで、γはKerr効果の係数であり、P
Pはプローブ光のパワーである。またz
eff(t
n)は次式(49)で表される。
【数49】
ここで、z
n=v
gt
n/2は、時間t
nに対する距離、v
gは光ファイバ中の光速である。
【0056】
このような位相の補正のためには、合成スペクトルを求める上記式(30)(既に説明済み)を修正して、式(50)とすれば良い。
【数50】
【0057】
図5に、この方法によるフローチャートを示す。このフローチャート中、最後の「合成スペクトル」として示した逆台形状のブロック部分が、元のアルゴリズム(
図4参照)とは異なる部分である。
【0058】
上述の非線形光学効果の低減方法(その1)のアルゴリズムでは、非線形光学効果を低減するために位相の補正を加えたが、その補正式にはKerr効果の係数γが含まれているため、このγの値を正確に把握する必要がある。しかし、このγは光ファイバに依存する量であり、正確な値を把握するためにはデータからの推定が必要である。また、このような補正により、スペクトル合成の過程において、望ましい項は復元できるものの、不要項のキャンセル効果は逆に低下する。そこで、位相の補正を行わない別の方法を以下に説明する。
【0059】
<非線形光学効果の低減方法(その2)>
ここでは、位相の補正を行わないで、合成スペクトルは実数部を評価するのではなく、絶対値で評価する方法について、以下説明する。
クロススペクトルを用いるS−BOTDRでは、非線形光学効果がなければ、合成スペクトルの期待値は実数値を取るから、合成スペクトルを求める上記式(30)に示したように、実数部を取っている。
しかしながら、非線形光学効果がある場合には、距離ごとに異なる位相変化が加わる。この位相変化は実数部を取る代わりに絶対値を取るようにすれば影響を受けない。従って、スペクトル合成は複素数値のままで、以下の式(51)に示すもので扱うとよい。
【数51】
【0060】
具体的には、この式(51)を用いて、計測の繰り返しによる加算(上述の式(31)参照)、および偏波の処理(上述の式(32)参照)を行った後、絶対値を取って、次式(52)により、最終的な合成スペクトルを求めるようにすればよい。
【数52】
この手順をフローチャートとして
図6に示す。図中、最後の「合成スペクトル」として示したブロック部分が、元のアルゴリズムとは異なる部分である。
【0061】
[符号化S−BOTDRの方法]
<Golay符号系列について>
長さMの符号列のペアA
k、B
k、ただし、k=0、1、・・・、M−1のそれぞれの自己相関の和が0(ゼロ)以外のシフトに対して全てゼロになるとき、すなわち、式(53)が成立するとき、相補系列と呼ばれる。ここでδkは以下の式(54)である。
【数53】
【数54】
【0062】
一般に、Golay符号系列は、±1という値をとるバイナリーな相補系列であり、上記の長さMが2のべき乗の場合には、Appending法と呼ばれる次の式(55)に示す方法で構成可能である。
【数55】
【0063】
式(55)の具体例を式(56)に示す。
【数56】
ここでは、以上で説明したGolay符号を用いて符号化を行う。
図7にM=16の場合のGolay符号の例を示す。
【0064】
<プローブ光の構成について>
S−BOTDRでは、プローブ光には、短パルスと長パルスを組み合わせた4種類の複合パルスを用いることはすでに説明した通りである。このそれぞれについて、Golay符号の2つの系列で符号化した複合パルス列を構成するので、符号化した複合パルス列は全部で8系列になり、プローブ光も8種類になる。
例えば、M=4のGolay符号を用いる場合には、次の式(57)に示すような8系列の符号系列になる。
【0066】
符号化は短パルスか長パルスの一方だけとする。また、8種類のプローブ光は、複合パルス間の間隔をd、符号の個数をMとして次の式(58)、式(59)に示したように構成する。
【数58】
【数59】
ここで、肩字の(A、j)、(B、j)は、それぞれ符号列(λ
j、A)、(λ
j、B)に対応することを表す。
【0067】
この構成では、長パルスをGolay符号で位相変調するようにしたが、長パルスはそのままで、短パルスの方を位相変調してもよく、その場合には、8種類のプローブ光は、次の式(60)、式(61)に示したように構成する。
【数60】
【数61】
図8に、M=4として短パルスを位相変調した場合の符号化S−BOTDRのプローブ光と散乱光を説明するために図式化した例を示す。この例では、系列が(1、1、1、−1)になっている場合の例を示している。
【0068】
<パルス列の長さと間隔について>
まず、パルス列の長さについて以下説明する。
一般に、パルス列に位相変調を行ってヘテロダイン受信を行う場合には、パルス列の全長で光のコヒーレンシーが成立していなければならない。すなわち、パルス列の全長での位相雑音による位相の乱れが十分小さいことが必要である。しかし、ここでは、先に説明した2つの低域フィルタからの共通の位相雑音を持つ出力のクロススペクトルを取るために、位相雑音はキャンセルされる。
【0069】
例えば、複合パルス列Aの場合に、低域フィルタh
1(t)からの出力は、符号列{A
m}
1≦m≦Mに対応したM個の項からなり、各項にレーザ光の位相雑音が含まれる。
レーザ光の位相雑音をφ
N(t)として、位相雑音は複合パルスの長さ程度では変化しないとする。このときm番目の項には、位相雑音による位相項exp(−iφ
N(t−md))が含まれることになる。しかしながら、位相雑音が共通であれば、もう1つの低域フィルタh
2(t)からの出力もm番目の項に同一の位相項exp(−iφ
N(t−md))が含まれるため、クロススペクトルで片方の複素共役を掛けたとき、対応する位相項同士は絶対値が同一で符号は逆になり、打消しあって位相雑音の影響は受けないことになる。なお、対応しない項同士については、時間がずれているから相関が生じない。
【0070】
このように、複合パルスの長さ程度の光のコヒーレンシーがあれば位相雑音の影響がなくなり、パルス列の長さに対する制約もなくなる。したがって、符号長Mはいくらでも大きくできる。
【0071】
なお、レーザ光のコヒーレンシーはコヒーレンス時間で表されるが、レーザ光の線幅をΔfとしたときに、コヒーレンス時間τ
cohは式(62)で表される。
【数62】
複合パルスの長さは長パルスの長さD
2と等しいから、コヒーレンス時間τ
cohに対して式(63)が条件となる。ただし、この条件は、符号化を行う前のS−BOTDRに必要な条件である。
【数63】
例えば、Δf=300kHzのとき、τ
coh=1.06μsであり、D
2=50nsのときには、この条件が十分満たされる。
【0072】
<複合パルス同士の間隔について>
2つの低域フィルタを通した信号には、いずれもパルス列のすべての複合パルスからの散乱光が含まれる。相関による復号のためには、隣合う複合パルスからの散乱光同士が相関を持たないようにしなければならない。ここでは、2つの低域フィルタの出力のクロススペクトルを取るから、m番目の複合パルスからの散乱光のうち、一方の低域フィルタに含まれるものと、隣合うm±1番目の複合パルスからの散乱光のうちのもう一方の低域フィルタに含まれるものが、z方向に分離していなければならない。
しかしながら、散乱光を
図3のようにY
11、Y
12、Y
21、Y
22の4つの成分に分けて考えたとき、スペクトルの合成を行う段階で、Y
11、Y
22の相関以外はすべて相殺されて考慮する必要はなくなる。従って、m番目の複合パルスからの散乱光のうちのY
11成分とm±1番目の複合パルスからの散乱光のうちのY
22成分、あるいは、その逆の組合せがz方向に分離しているということが条件になる。この条件は、
図9に示すように、複合パルスの間隔をdとしたとき、式(64)で表されるから、dが満たすべき条件は式(65)で与えられる。
【数64】
【数65】
例えば、D
1=2ns、D
2=50nsの場合には、d=52ns以上にする必要がある。
【0073】
[符号化S−BOTDRの信号処理について]
ここでも、周波数は固定して、広帯域受信と高速サンプリングで得られたデータから各周波数成分を抽出する方式を示す。下記の式(66)で示したプローブ光を注入して、戻ってきた散乱光をヘテロダイン受信して、AD変換後、サンプリングしたデータを下記の式(67)で表わす。
【数66】
【数67】
ここで、t
n=nΔt(n=0、1、2、・・・、N)は離散時間であり、Δtはサンプリング間隔である。
図10に、この符号化S−BOTDRの信号処理のフローチャートを示す。
【0074】
<周波数成分の抽出について>
抽出する周波数成分の周波数をν=ν
1、ν
2、・・・、ν
Kとする。ここでKは周波数成分の個数である。S−BOTDRの場合と同様に、各周波数成分は周波数をダウンシフトしてから2種類の低域フィルタで抽出する。これは系列(A、j)、j=1、2、3、4に対して、次の式(68)、式(69)に示すように書ける。
【数68】
【数69】
系列(B、j)、j=1、2、3、4に対しても、同様に式(70)、式(71)に示したように書ける。
【数70】
【数71】
【0075】
<FFTの利用について>
S−BOTDRの場合と同様に、周波数成分の抽出には、FFTを用いることもできる。FFTにより、先に説明した式(27)、式(28)を用いて周波数成分を抽出する。これらの式において、肩字の(j)は、(A、j)か(B、j)のいずれかを表す。その他の引数等については、先の説明と同様であるので、ここでは詳しい説明は省略する。
【0076】
<クロススペクトルについて>
S−BOTDRの場合と同様に、2種類の低域フィルタからの出力を用いて、系列(A、j)、j=1、2、3、4に対するクロススペクトルを次式(72)で求める。
【数72】
系列(B、j)、j=1、2、3、4に対しても、同様にして以下に示す式(73)で求める。
【数73】
【0077】
<スペクトル合成について>
合成スペクトルは、Golay符号のA系列とB系列に対応して以下に示す式(
74)、式(
75)のように求める。
【数74】
【数75】
【0078】
<相関による復号ついて>
復号は相関処理であり、次式(76)で行う。
【数76】
ここで、q(=d/Δt)は、dの中の離散時間(サンプリング点)の個数である。
【0079】
[計測の繰り返しによる加算について]
計測の繰り返しによる加算は、S−BOTDRと同様である。すなわち、繰り返し回数をn
repとすれば、スペクトルのレベルはn
rep倍になり、スペクトル上の雑音の標準偏差は、(n
rep)
0.5倍になるからSN比は1回の計測の(n
rep)
0.5倍になる。
スペクトルの揺らぎの原因は、雑音だけでなく信号の揺らぎによるものもあるが、ここでは、雑音の方が支配的な場合をまず考える。目標精度を達成するのに必要なSN比をSNR
recとし、S−BOTDRの1回の計測当たりのSN比をSNR
1とすると、目標精度を達成するのに必要な繰り返し回数は式(77)で求められる。
【数77】
【0080】
符号化S−BOTDRの場合、長さMの符号で符号化すると、スペクトルのレベルはM倍になり、スペクトル上の雑音の標準偏差はM
0.5になるから、SN比はM
0.5になる。すなわち、スペクトル上の雑音に対するSN比に関しては、長さMの符号での符号化はM回の繰り返しによる加算と等価になり、符号化S−BOTDRの1回の計測によるSN比は、M
0.5×SNR
1になる。また、符号化S−BOTDRでの繰り返し計測による加算を行うと、目標精度を達成するのに必要な繰り返し回数は式(78)で求められることになる。
【数78】
つまり、目標精度を達成するのに必要な繰り返し回数は、符号化しない場合の回数の1/Mに減少する。
【0081】
[偏波の処理について]
偏波の取り扱いは、S−BOTDRの場合と全く同じで、偏波の2つの成分に対して得られるスペクトルの和を取って、スペクトルを求める。繰り返しによる加算と偏波処理とはいずれもスペクトルの単純和であるから、どちらの処理を先に行ってよいこともS−BOTDRの場合と同じである。
【0082】
[符号化S−BOTDRの解析について]
<クロススペクトルの点広がり関数について>
符号変調したプローブ光Aによる散乱光をヘテロダイン受信した信号は、式(79)で表される。
【数79】
ここで、ζ(z、t)はフォノン過程で空間方向(z方向)には白色、時間方向(t方向)へはローレンツスペクトルをもつような1次過程である。2種類の低域フィルタを通した信号はそれぞれ、下記の式(80)、式(81)で表すことができる。
【数80】
【数81】
【0083】
これらの式から求めたクロススペクトルの期待値は式(82)となる(以上式(79)〜式(81)については非特許文献4参照)。
【数82】
【0084】
ここで、L(t、ν)は時間変数のローレンツスペクトル、Ψ
(A、j)(t、ν)は点広がり関数で、式(83)で表される。
【数83】
ここでF
kl(t、ν)は以下の式(84)で規定されるものである。
【数84】
【0085】
プローブ光のうち、f
(A、j)、j=1、2、3、4の4種類について、スペクトルの合成を行うと、その期待値は式(85)で表される。
【数85】
ここで、右辺の最後に示した関数は下記の式(86)に置き換えられ、式(6)〜式(8)を用いると、下記の式(87)を得る。
【数86】
【数87】
【0086】
この式(87)の右辺の各項を調べることとする。
まず、式(84)の右辺のfk(τ)hl(t−τ)であるが、このサポート、つまり関数の値がゼロとならない点の集合は、
図11で、ハッチングした領域になる。関数f(t、τ)のt方向へのサポートを、下記の式(88)で定義すると、各fk(τ)hl(t−τ)のt方向へのサポートは
図11からわかるように、有界である。
【数88】
Fkl(t、ν)はτ方向へのフーリエ変換であるから、これのt方向へのサポートはfk(τ)hl(t−τ)と同一である。従って、k=l=1あるいは2の場合には、次式(89)が成立する。
【数89】
これより式(87)の右辺各項のt方向へのサポートは、次の式(90)となる。
【数90】
【0087】
複合パルス間の距離に対する条件(式(65)参照)により、d≧D1+D2だから、m≠m´のとき、次式(91)が成立することがわかる。
【数91】
従って、次式(92)が成立する。
【数92】
同様に、プローブ光のf
(B,j)、j=1、2、3、4の4種類について、スペクトルの合成を行うと、その期待値は、次の式(93)、式(94)により表すことができる。
【数93】
【数94】
【0088】
<スペクトルの復号について>
2つの合成スペクトルから復号を行うと、式(95)、式(96)が得られる。
【数95】
【数96】
【0089】
この式(96)の右辺のうち、最下段の等式を2Mで除したものは、符号化を伴わないS−BOTDRの点広がり関数であり、符号化を行うことにより、スペクトルは2M倍になることがわかる。ただし、ノイズの標準偏差が(2M)
0.5になるから、SN比は(2M)
0.5になる。従って符号化利得は(2M)
0.5(2Mの平方根)である。
【0090】
S−BOTDRでは、スペクトル合成により10cmの空間分解能を達成したが、この計測精度を確保するためには計測の繰り返し回数を増加させる必要があり計測に長時間を要する。この問題は、上述のように符号化S−BOTDR、すなわち符号化したプローブ光を用いたS−BOTDR方式の採用により克服できる。この符号化S−BOTDRでは、繰り返し回数は少ないまま符号長を増加させることにより、計測精度を向上させることができる。これにより、所望の計測精度をえるための計測時間が大幅に短縮可能であると予想できる。
そこで、次に、この符号化S−BOTDRの効果をシミュレーションで検証した結果について説明する。
【0091】
[シミュレーションの条件]
<光ファイバ>
シミュレーションで用いたのは、
図12に示したような全長5.75mの光ファイバにブリルアン周波数シフト(以下BFSと略称して説明)の異なる区間が4個挿入されているものである。各区間のBSFは、図の左側から順に、5cm区間が40MHz、10cm区間が60MHz、20cm区間が80MHz、50cm区間が100MHZとしている。
この5.75mの光ファイバが長さ5kmの光ファイバの先に接続されているとして、往復する光の減衰を考慮する。ここで、パワー減衰係数は0.25dB/kmとした。すなわち、5kmの往復で光のパワーは2.5dB低下する。
【0092】
<プローブ光のパワーと雑音の大きさ>
プローブ光のパワーはP
p=28dBm(631mW)とした。また、雑音の影響も考慮し、スペクトルの揺らぎは散乱光によるものと、この雑音によるものと両方の影響を考慮したシミュレーションを行う。ここで、雑音の大きさは、実測値をもとに定めた。すなわち、P
p=28dBm、パルス幅=5ns、繰り返し回数=2
16の条件下でのスペクトルのSN比が24.9dBとなるように、雑音の大きさを設定した。
【0093】
<S−BOTDR>
今回採用したS−BOTDRに係る主な特性は以下の通りである。
(a)プローブ光;4種類のプローブ光は、短パルスと長パルスをオーバーラップさせた複合パルスで、長短パルス間の位相差が0(ゼロ)、π/2、π、3π/2の4種類。
(b)パルス幅;短パルスの幅D
1=1ns、長パルスのパルス幅D
2=50ns。
【0094】
<符号化S−BOTDR>
今回採用した符号化S−BOTDRに係る主な特性は以下の通りである。
(a)プローブ光;4種類の符号化されたプローブ光は、複合パルスのパルス列をGolay符号で位相変調により符号化したものとした。個別の複合パルスの構成は、すでに説明したS−BOTDRと同様である。
(b)パルス幅;短パルスの幅D
1=1ns、長パルスのパルス幅D
2=50ns。
(c)複合パルス間の間隔(d);d=76ns。
(d)符号長(M);M=1、4、16、64(M=1の場合は、S−BOTDRによる)。
【0095】
<BSFの推定方法>
BSFの推定には、各位置zでの合成スペクトルの対数に放物線を当てはめて、その頂点の位置をBSF推定値とした。
【0096】
[シミュレーション結果]
<S−BOTDR>
図13には、S−BOTDRで繰り返し回数を、2
10(=1024)、2
12(=4096)、2
14(=16384)、2
16(=65536)と変えて、これら4つのケースの場合について行ったBFSの推定結果を、それぞれ
図13(a)、
図13(b)、
図13(c)、
図13(d)に示す。短パルスのパルス幅が1nsで空間分解能は10cmだから、どのケースでも、5cm区間は検出されていないが、10cm以上の区間はエッジも含めて検出されていて、繰り返し回数が増えるごとに、推定性能が向上していることがわかる。ただし、十分な推定性能をえようとすれば、2
16回程度以上の繰り返しが必要となり、計測に時間がかかる。
【0097】
<符号化S−BOTDR>
図14には、符号化S−BOTDRで繰り返し回数を2
10(=1024)に固定したまま、符号長MをM=1、4、16、64と変えていった場合のシミュレーション結果を、それぞれ、
図14(a)、
図14(b)、
図14(c)、
図14(d)に示す。これらの図からわかるように、符号長を増加させた場合の効果は、
図13のS−BOTDRで繰り返し回数を増加させた場合と同様であることがわかる。
【0098】
<BSFの推定誤差>
S−BOTDRと符号化S−BOTDRのBFS推定誤差を定量的に把握するために、シミュレーション条件で説明した光ファイバに代えて、BFSに変化がない3mの光ファイバに対して、シミュレーションで各位置でのBFSの推定値求め、真の値との差のRMS(Root Mean Square.2乗平均平方根の略称)を推定誤差とした。
図15に符号化S−BOTDRの符号長ごとに、繰り返し回数を変えたときのBFS推定誤差を示す。
この図から明らかなように、符号長をn倍にすることは、繰り返し回数をn倍にすることとほぼ同等の効果を与える。例えば、繰り返し回数が2
10で符号長を64とすれば、符号長が1(これはS−BOTDRになる)で、繰り返し回数を2
16にするのと同じ効果が得られる。
【0099】
<シミュレーション検証のまとめ>
符号化S−BOTDRの雑音を含めたシミュレーションを行い、符号長を長くしていった場合の効果をシミュレーションで確認した。スペクトルの揺らぎが雑音のみによるものであれば、符号化S−BOTDRで符号長をM倍としたときには、スペクトルのSN比は、M
0.5倍になり、BFSの推定誤差は1/M
0.5倍になる。同様に繰り返し回数をn
rep倍にしたときには、スペクトルのSN比は(n
rep)
0.5倍となり、BFSの推定誤差は、1/(n
rep)
0.5倍になる。
BOTDRでは、散乱光自体が揺らぎを持ち、その揺らぎは、BOTDRを符号化して符号長を大きくしても緩和されないことから、符号化の効果が限定的になることが懸念される。しかしながら、ブリルアン散乱光のパワーが極めて小さく、散乱光自体の揺らぎよりも雑音に起因する揺らぎの方がずっと大きい場合には、シミュレーションで示した例のような符号化の効果が期待できる。
【0100】
実施の形態2.
次に、本発明の実施の形態2である、ブリルアン計測手法のうちのPSP−BOTDRの場合における符号化の詳細とその効果について、上記実施の形態1と同様に、式と図を用いて説明する。
[PSP−BOTDRの場合]
PSP−BOTDRの場合にも、S−BOTDRと同様にGolay符号を用いて符号化を行うことができる。
【0101】
<PSP−BOTDRの方法について>
S−BOTDRと同じく、短パルスと長パルスのパルス幅をそれぞれD
1、D
2とおく。PSP−BOTDRのプローブ光を構成する要素は、次の式(97)、式(98)で表される短パルスf
1(t)と長パルスf
2(t)である(
図16参照)。
【数97】
【数98】
短パルスと長パルスの振幅比をrとして、2種類のプローブ光を次式(99)、(100)に示したように構成する。
【数99】
【数100】
低域フィルタも2つの要素から構成し、それぞれの要素は、プローブ光の要素の整合フィルタになっているとする。すなわち、次の式(101)、式(102)のようにおく。
【数101】
【数102】
PSP−BOTDRの入力光と散乱光を時間と空間の2次元で表示したものを
図17に示す。
図17の場合も
図3の場合と同様の説明ができる。ただし、
図3においては、長短パルスがオーバーラップするため、領域、Y
11、Y
12、Y
21、Y
22はオーバーラップする。一方、
図17においては、長短パルスはオーバーラップしないので、各部分は以下のように区分けされる。すなわち、Y
11は、菱形部分の左側に黒で塗りつぶして示した箇所、Y
12は、Y
11に対して、縞模様で示した帯状領域のうち、(Y
11を含ない)右上領域部分、Y
21は、Y
11に対して、縞模様で示した帯状領域のうち、(Y
11を含まない)右下領域部分、Y
22は、菱形部分のうち、上記Y
11、Y
12、Y
21を除いた領域部分である。
【0102】
<PSP−BOTDRの計測手順について>
S−BOTDRの場合と同様の以下の手順(a)〜(f)で計測を行うことができる。
(a)j=1、2について次に示す(b)〜(e)の処理を行う。
(b)レーザ光源からの光を成形してf
(j)(t)の形状のプローブ光を生成し、光ファイバに注入する。
(c)最初のレーザ光源と周波数が11GHz程度離れた別のレーザ光源からの光を用いてブリルアン散乱光の光ヘテロダイン受信を行い、その出力をX
(j)(t)とおく。
(d)X
(j)(t)を周波数νだけダウンシフトし、短パルスと長パルスに対応する2つの低域フィルタh
1(t)とh
2(t)を通す。h
1(t)とh
2(t)を通した信号をそれぞれ、Y
1(j)(t、ν)、Y
2(j)(t、ν)とおく。
(e)クロススペクトルを式(19)(S−BOTDRの計測手順において説明済)で求める。
(f)PSP−BOTDRのスペクトルを次式(103)で求める。
【数103】
このような計測を多数回行ってスペクトルを加算あるいは平均する。なお、上記手順のうち、(d)はS−BOTDRの場合と同様に、FFTを用いることもできる。
【0103】
[符号化PSP−BOTDRの方法について]
PSP−BOTDRでは、短パルスと長パルスを組み合わせた2種類の複合パルスを用いる。このそれぞれをGolay符号の2つの系列で符号化すれば、4種類の複合パルス列になる。例えば、M=4のGolay符号を用いる場合には、次式(104)に示すような4系列の符号系列になる。
【数104】
【0104】
<プローブ光の構成>
以上により、プローブ光は符号化された2種類の複合パルス列から構成すればよい。複合パルス間の間隔をd、個数をMとして、2種類のパルス列を次に示す式(105)、式(106)のように構成する。
【数105】
【数106】
このパルス構成では、長パルスをGolay符号で位相変調するようにしたが、長パルスは、そのままで、短パルスの方を位相変調するものでもよく、その場合の構成は、次の式(107)、式(108)となる。
【数107】
【数108】
図18に、符号化PSP−BOTDRのプローブ光と散乱光を示しているが、ここではM=4として、短パルスを位相変調する場合を示している。
【0105】
<パルス列の長さと間隔について>
まず、パルス列の長さは、S−BOTDRの場合と同じである。コヒーレンシーに関する制約は、個々の複合パルスに対してだけであり、符号列の長さには制限がない。
【0106】
次に、複合パルス同士の間隔dについて説明する。これも符号化S−BOTDRと同様に、隣合う複合パルス間で、
図17に示した散乱光のY
11成分とY
22成分が、z方向に分離していなければならない。この条件は、符号化PSP−BOTDRの場合には、
図19に示すように複合パルスの間隔をdとしたとき、式(109)となる。
【数109】
従って、dが満たすべき条件は、式(110)で与えられる。
【数110】
例えば、D
1=2ns、D
2=32nsの場合には、d=34ns以上にする必要がある。
【0107】
[符号化PSP−BOTDRの信号処理について]
通常、計測の際には周波数を走査することになるので、ここでは、各周波数ν=ν
1、ν
2、・・・、ν
Kに対する信号処理方法を示す。各プローブ光を注入して戻ってきた散乱光をヘテロダイン受信して、AD変換後にサンプリングしたデータをX
(j)(t
n、ν)と置く。ここで、j=A、Bはプローブ光の種類を示す。また、t
n=nΔt(n=1、2、・・・、N)は離散時間であり、Δtはサンプリング間隔である。
【0108】
<低域フィルタ>
2種類の低域フィルタは、
S−BOTDRと同様に、系列(A、+)、系列(A、−)に対して式(111)で書け、系列(B、+)、系列(B、−)に対して式(112)で書ける。
【数111】
【数112】
【0109】
<クロススペクトル>
S−BOTDRの場合と同様に、2種類の低域フィルタからの出力を用いて、系列(A、+)、系列(A、−)に対するクロススペクトルを先に説明した次式(113)で求める。
【数113】
系列(B、+)、系列(B、−)に対しても同様に次式(114)で求める。
【数114】
【0110】
<スペクトル合成について>
合成スペクトルは、Golay符号のA系列とB系列に対応して、それぞれ、次の式(115)の上側の式、下側の式により求める。
【数115】
【0111】
<相関による復号>
復号は相関処理であり、次式(116)で行う。この復号により、自動的にスペクトルの合成も行われる。
【数116】
ここで、q=d/Δtは、複合パルス間の間隔dの中の離散時間(サンプリング点)の個数である。
【0112】
<計測の繰り返しによる加算>
符号化S−BOTDRと同様に、符号化による改善効果でSN比はM
0.5倍になる。これは、M回による繰り返し加算と等価になるから、PSP−BOTDRの場合に、SN比改善のために必要な繰り返し回数をn
repとすれば、符号化PSP−BOTDRの場合には、n
rep/Mに減少する。ただし、信号の揺らぎを抑えるために必要な繰り返し回数は符号化しても変わらない。
【0113】
<偏波の処理>
偏波の取り扱いは、S−BOTDRの場合と全く同じで、偏波の2つの成分に対して得られるスペクトルの和を取って、スペクトルを求める。繰り返しによる加算と偏波処理とは、いずれもスペクトルの単純和であるから、どちらを先に行ってもよいのもS−BOTDRと同じである。
以上は、Golay符号を用いた符号化をブリルアン計測に適用した場合の詳細とその効果について説明した。以下においては、Golay符号による符号化以外に有力な手法であるアダマール行列を用いた符号化をブリルアン計測に適用した場合の詳細とその効果について説明する。
【0114】
実施の形態3.
[アダマール行列を用いた符号化について]
以上では、Golay符号とその相関を用いた符号化法について述べたが、ここからは、相関を用いないアダマール行列を用いる方法について説明する。アダマール行列を用いる方法でもGolay符号を用いた場合と同様の効果が得られる。以下このアダマール行列を用いたS−BOTDRのSN比向上法について説明する。
【0115】
<アダマール行列について>
アダマール行列とは、要素が±1のバイナリーな値を取り、かつ各行各列が互いに直交するような正方行列である。すなわち、n次のアダマール行列Hは次式(117)を満たす。
【数117】
ここでは、I
nはn次の単位行列である。これにより、逆行列が式(118)で与えられる。
【数118】
【0116】
Hがアダマール行列であるとすると、どの行に−1を掛けたものも、あるいはどの列に−1を掛けたものも、またアダマール行列になる。従って、Hは第1行と第1列の要素はすべて1であると仮定することができる(これは正規化されたアダマール行列と呼ばれる)。
正規化されたアダマール行列Hのi行(i≠1)は、第1行と直交するから、i行の1の個数と−1の個数は等しくなければならない。従って、nは偶数でなければならない。
【0117】
n≧3の場合に、正規化されたアダマール行列Hのi行(i≠1)の要素が1でj行(j≠1、i)の要素が1及び−1となるものの個数をそれぞれN
++、N
+−とおく。同様に、i行の要素が−1でj行(j≠1、i)の要素が1及び−1となるものの個数をそれぞれN
−+、N
−−とおく。i行とj行がそれぞれ第1行と直交することから、N
+++N
+−=n/2、N
+-+N
−−=n/2となり、i行とj行が直交することから、N
+++N
−−=n/2となる。これらを連立して解くことにより、N
++=N
+−=N
−+=N
−−=n/4となる。従って、nは4の倍数でなければならない。
【0118】
n次のアダマール行列H
nが与えられたとき、式(119)で表される行列は、2n次のアダマール行列になる。
【数119】
これを利用して(シルベスターの生成法を適用する)、次の式(120)に示した行列が導かれる。
【数120】
【0119】
<プローブ光の構成>
S−BOTDRでは、プローブ光には短パルスと長パルスを組み合わせたp(≧3)種類の複合パルスを用いる。アダマール行列で符号化するS−BOTDRは、このそれぞれについて、アダマール行列の各行の値で符号化した複合パルス列を構成するが、符号化S−BOTDRの場合と同様に、符号化は短パルスか長パルスの一方だけとする。アダマール行列の次元をN
H(この値は先に説明したように2か4の倍数でなければならない)とすると、プローブ光は全部でpN
H組の複合パルス列になる。
各プローブ光の振幅は、次式(121)で与える。
【数121】
ここで、f
1(t)、f
2(t)はそれぞれ、先に示した式(1)、式(2)の短パルスと長パルスの振幅、H
k、m(k、m=1、2、・・・、N
H)は、アダマール行列の要素、λ
j(j=1、・・・、p)は、先に示した式(4)の単位円上の点、rは短パルスと長パルスの振幅比、dは複合パルス間の間隔である。
【0120】
<アダマール行列を用いる方法>
アダマール行列を用いて符号化する方法は、以下に示す手順で実施する。
アダマール行列で符号化するS−BOTDRの手順は以下の(a)〜(i)に示す通りである。
(a)k=1、2、・・・、N
Hについて以下の(b)〜(g)の処理を行う。
(b)j=1、2、・・・、pについて以下の(c)〜(f)の処理を行う。
(c)レーザ光源からの光を成形してf
k(j)(t)の形状のプローブ光を生成し、光ファイバに注入する。
(d)最初のレーザ光源と周波数が11GHz程度離れた別のレーザ光源からの光を用いて、ブリルアン散乱波の光ヘテロダイン受信を行う。その出力をX
k(j)(t)とおく。
(e)X
k(j)(t)を周波数νだけダウンシフトし、短パルスと長パルスに対応する2つの低域フィルタh
1(t)とh
2(t)を通す。h
1(t)とh
2(t)を通した信号をそれぞれY
1,k(j)(t、ν)、Y
2,k(j)(t、ν)とおく。
(f)クロススペクトルを次式(122)で求める。
【数122】
(g)S−BOTDRのスペクトルを次式(123)で求める。
【数123】
(h)アダマール行列の反転を次式(124)で行う。
【数124】
(i)重複するスペクトルの加算を次式(125)で行う。
【数125】
【0121】
計測の繰り返しによるスペクトル加算と、偏波の2つの成分に対して得られるスペクトルの和を取る操作は、S−BOTDRと同一である。
アダマール行列を用いる方法では、SN比の改善効果は、(N
H)
0.5になり、Golay符号を用いる方法と同一回の計測で比較すれば同じになる。
【0122】
以上説明したように、実施の形態1〜3のいずれにおいても、ブリルアン計測に最適と考えられる符号化手法を適用することにより、従来の手法に比較してSN比の向上など、計測精度が向上することがわかった。なお、本発明は、その発明の範囲内において、各実施の形態を自由に組み合わせたり、各実施の形態を適宜、変形、省略することが可能である。例えば、以上の説明においては、長パルスのみを符号化する方法、あるいは装置について説明したが、これに限らず、短パルスのみを符号化する方法、あるいは装置についても同様の効果を奏する。