(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項4から6のいずれかに記載の垂直磁化膜構造における前記垂直磁化膜を第一の垂直磁化層とし、その上に、トンネルバリア層、前記垂直磁化膜と同一または同種、もしくは他の垂直磁化膜が第二の垂直磁化膜層として積層されていることを特徴とする垂直トンネル磁気抵抗(MTJ)素子構造。
気相成膜法として、高周波(RF)反応性スパッタ、直流(DC)反応性スパッタ、電子線蒸着、MnとM金属の同時スパッタ、MnとM金属の同時蒸着、窒素ラジカル源を用いた反応性蒸着もしくは反応性スパッタ、窒素不足組成の焼結ターゲットからの直接スパッタを用いることを特徴とする請求項11に記載の垂直磁化膜の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の垂直磁化膜は、前記のとおりの
(Mn
1−xM
x)
4N
1−y
(0<x≦0.5、0<y<1)
の組成を有するものであるが、金属元素Mとしては、代表的には、また好ましいものはGa(ガリウム)である。Gaに代わるものとしては、Ge、Zn、Sb、Ni、Ag、Sn、Pt、Rhである。これらの金属元素は、ペロブスカイト型を有するMn
3MNが形成することがよく知られているという理由から選択されたものである(非特許文献3)。
【0015】
金属元素Mは、Gaを含めて1種でもよいし、2種以上であってもよく、この組成によって磁気特性を調整できる。0<x≦0.5としたのは、窒化前のMn−MがL1
0型もしくはDO
22型を有する組成を含むためである。またy<1としたのはキュリー温度と磁気特性を向上させるためである。
【0016】
本発明の垂直磁化膜は、前記組成のように、Mn
3MNに比して窒素(N)不足の組成比を有している。金属元素MがGaの場合、ペロブスカイト型をプロトタイプとする結晶構造を有している。また、結晶構造としては、金属元素の種類によって、立方晶や正方晶構造であってもよい。
【0017】
本発明の垂直磁化膜構造、そして垂直トンネル磁気抵抗(MTJ)素子構造は、以上の垂直磁化膜を必須の要件としている。
【0018】
そこで、以下に、前記組成の金属元素MがGa(ガリウム)である場合の垂直磁化膜を例として、より詳しく本発明の実施の形態について説明する。
【0019】
(A)基本構造
図1、
図2、
図3は、各々本発明の実施形態に係る垂直磁化膜構造1および4、垂直磁化MTJ素子9について示した概要図である。
【0020】
図1に示すように、本発明の一実施形態である垂直磁化膜構造1は、基板2と垂直磁化膜層3からなる。基板2としては、例えば、好ましくは、塩化ナトリウム(NaCl)構造を有する(001)面方位の酸化マグネシウム(MgO)単結晶である。また、基板2は(001)面方位に配向した面内多結晶MgO膜でもよく、MgOの代わりのNaCl構造を持つマグネシウム−チタン酸化物(MgTiO
x)、ペロブスカイト構造のSrTiO
3、スピネル構造のMgAl
2O
4を用いてもよい。
【0021】
図2に示した本発明の一実施形態である垂直磁化膜構造4は、基板5に対して、非磁性層または電気伝導層としての下地層6、垂直磁化膜層7、非磁性層8の順に積層されている。基板5と垂直磁化膜層7は、それぞれ
図1の基板2、垂直磁化膜層3と同じ意義を有している。非磁性層または電気伝導層としての下地層6としては、例えば、上記基板5上に単結晶成長するクロム(Cr)、白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ルテニウム(Ru)やこれらの合金などから構成される電気伝導層である。非磁性層8としては、例えばMgOなどの酸化物膜を配置することにより垂直磁化層3の垂直磁気異方性を向上できる。また酸化などによる表面へのダメージを抑制できるRuなどの貴金属層を用いることができる。
【0022】
図3は、本発明の一実施形態である垂直磁化MTJ構造9について示した概要図である。垂直磁化MTJ構造9は、基板10、下地層11、第一の垂直磁化膜層12、非磁性層13、第二の垂直磁化膜層14、及び上部電極15を含んでいる。基板10と下地層11、第一の垂直磁化膜層12は、それぞれ
図2の基板5、下地層6、垂直磁化膜層7と同じ意義を有している。ここで、下地層11は必ずしも必要が無い。
【0023】
非磁性層13は酸化物層でありMTJ素子ではトンネルバリアとしての役割を有する。また、非磁性層13は第一の垂直磁化層12の垂直磁気異方性を増強する役割も持つ。以下では非磁性層13のことをトンネルバリア層と呼ぶ。トンネルバリア層13としては、組成材料として、好適には、MgO、スピネル(MgAl
2O
4)、酸化アルミニウム(Al
2O
3)を採用でき、その膜厚は0.8nmから3nm程度である。MgAl
2O
4、Al
2O
3については立方晶であれば陽イオンサイトの不規則化した構造を有しても良い。トンネルバリア層13は(001)面およびそれに等価な面方位に成長していることが好ましい。第一の垂直磁化膜層12とトンネルバリア層13の間には、第一の垂直磁化膜層12の磁気特性を向上させる目的で、(001)面方位をもって成長した立方晶材料からなる層、例えば、コバルト(Co)基フルホイスラー合金やbcc構造のコバルト−鉄(CoFe)合金、Co
1−xFe
x(0≦x≦1)を介在させてもよい。フルホイスラー合金とはL2
1型の構造を持ち、Co
2YZ(Yは遷移金属、Zは主に典型元素)の化学組成を持ち、X、Y原子サイトは例えば、X=Fe、Cr、Mn及びその合金、Y=Al、Si、Ge、Ga、Sn及びその合金である。Co基フルホイスラー合金の形態としてL2
1型以外に、XとY原子サイトが不規則化した構造であるB2構造でも良い。また、CoFe合金にはホウ素を含むコバルト−鉄−ホウ素(CoFeB)合金も含まれる。
【0024】
第二の垂直磁化膜層14はトンネルバリア層13と直接接しており、第一の垂直磁化層12同一もしくは同種、または、Co基フルホイスラー合金やCoFe合金を用いることができる。また第二の垂直磁化膜層14には、これらに加えて、正方晶材料、例えばL1
0系合金XY(X=Fe、Co、Y=Pt、Pd)、DO
22型もしくはL1
0型のマンガン合金、マンガン−ガリウム(Mn−Ga)合金およびマンガン−ゲルマニウム(Mn−Ge)合金など、も(001)成長可能であるため、適用できる。また、この層にはアモルファス構造を有する垂直磁化膜、たとえばテルビウム−コバルト−鉄(Tb−Co−Fe)合金膜を含んでも良い。
【0025】
上部電極15は第二の垂直磁化層14の上に設けられる金属保護層である。例えば、好ましくは、Ta、Ruを用いることができる。
【0026】
本発明の実施形態である垂直磁化膜構造を垂直磁気記録媒体として用いる場合、下地構造及び垂直磁化膜層は結晶方位が配向した微小結晶粒からなる薄膜構造が必要となる。アモルファス構造の熱酸化膜付Si基板やガラス基板上には(001)結晶配向したMgOやMgTiO
xの多結晶膜をスパッタ成膜により作製可能であり、本実施形態の下地構造の下地として用いることができる。例えば熱酸化膜付Si基板/MgO/Cr/垂直磁化膜構造を利用可能である。
【0027】
(B)製造方法
次に、前記の垂直磁化膜構造1、4および垂直MTJ素子構造9の製造方法について説明する。
【0028】
垂直磁化膜3の作製方法としては、気相成膜法を用いることができる。気相成膜法としては、高周波(RF)反応性スパッタを特に好ましく使用することができる。高周波(RF)反応性スパッタに代えて、気相成膜法として、直流(DC)反応性スパッタ、電子線蒸着、MnとM金属の同時スパッタ、MnとM金属の同時蒸着、窒素ラジカル源を用いた反応性蒸着、反応性スパッタ、窒素不足組成の焼結ターゲットからの直接スパッタを用いることができる。成膜の際の基板温度としては、200〜700℃、より好ましくは400〜600℃の範囲とする。スパッタプロセスガスとしては、アルゴンガス、クリプトン、ネオン、キセノン等の希ガスを用いることができる。窒素と不活性ガスとの混合ガスにおける窒素分圧が0.1〜3%、より好ましくは0.5〜2.5%、さらに好ましくは0.7〜2%の範囲とする。成膜圧力は0.05〜5Pa、より好ましくは0.1〜1Paの範囲とする。成膜時間は、装置の構成および成膜条件に応じて適宜設定する。また、ターゲット等の原材料の種類等の条件については、Mn
1−xM
x合金ターゲットの使用、もしくはMnとM金属ターゲットの複数源の使用、(Mn
1−xM
x)
4N
1−yとして窒素不足(0<y<1)組成の合金ターゲットの使用が考慮される。
【0029】
ここで、MとしてGaを用いた場合の垂直磁化膜3の作製例を述べる。基板2上に気相成膜法によりを用いて基板2を(001)面方位をもつMgOとし、超高真空マグネトロンスパッタ装置(到達真空度4×10
−7Pa程度)を用い、Mn−Ga合金ターゲットに、プロセスガスとしてアルゴンガスに窒素ガスを加えたものを用いて、高周波(RF)スパッタにより成膜を行う。Mn−Gaの組成としては、例えば元素比70:30%である。成膜の際の基板温度として、400〜600℃を用いる。アルゴンガス圧と窒素ガス圧の比率を例えば0.1〜3%の範囲で調整し、これらの合計のガス圧を0.27Paに固定する。N組成をE2
1型の化学量論組成よりも少なく保つため、これらのガス圧と基板温度は精密に決定される。これらによって
図4(a)に示すようなE2
1−Mn
3GaNペロブスカイト型の結晶構造を持つ、均一で平滑な垂直磁化した本発明のMn−Ga−N膜を得ることができる。Mn−Ga−N膜厚は例えば5〜50nmであるがより薄くてもよい。
【0030】
なお、
図4(b)は、DO
22−Mn
3Ga結晶構造を示している。
【0031】
図2、
図3での下地層6および11の作製方法としては、例えば、基板5および10を上記基板2のMgO基板とし、同一のスパッタ装置を用いてCrを成膜する。成膜時の基板温度は室温であり、プロセスガスとして純アルゴンガスを用いる。ガス圧として例えば0.13Paを用いる。これによって立方晶で(001)方位に成長したCr下地が作製できる。さらにCr層形成後に200〜800℃で真空中ポスト加熱処理を行うことで、平坦性と結晶構造を制御できる。垂直磁化膜7および12は、上記垂直磁化膜3と同じ方法で作製できる。
【0032】
次に、
図3の構造では、作製したMn−Ga−N膜上にトンネルバリア層13としてMgO層を、例えば1〜2nm程度の膜厚で形成する。MgO膜形成には、MgOターゲットからの直接RFスパッタ成膜や、金属マグネシウム(Mg)をスパッタ成膜後に酸化処理する方法を用いることができる。MgO層の形成後に200℃程度のポスト加熱処理を行うことで結晶品質が向上でき、(001)配向性が向上することでより高いトンネル磁気抵抗(TMR)比が得られる。
【0033】
その次に第二の垂直磁化膜層14として、例えば、CoFeBアモルファス層をスパッタ成膜により形成し、その膜厚は例えば1.3nmとする。その上に上部電極15として、例えば5nm膜厚のTaと、例えば10nm膜厚のRu層の積層膜を同様にスパッタ成膜により形成する。Co−Fe−B層のホウ素(B)は加熱処理によってTa層へ原子拡散することで濃度が薄まることによって、MgOトンネルバリア層から結晶化し、(001)面方位のbcc構造へと変化する。これによって第一の垂直磁化膜層12/トンネルバリア層13/第二の垂直磁化膜層14が(001)面に結晶方位がそろうことで高いTMR比が得られる。この結晶化を促進するためにMgO層とCoFeB層間に結晶質のCoFe層を0.1〜0.5nm挿入することができる。
【0034】
次に上部電極15として例えばTa(0.5〜10nm程度)、Ruを(2〜20nm程度)もしくはTa/Ru積層膜をスパッタ法により室温で成膜する。
【0035】
作製した多層膜構造は適宜熱処理を施すことでTMR特性が向上する。最後に多層膜構造は電子線リソグラフィー、フォトリソグラフィー、イオンエッチング装置などを用いた一般的な微細加工技術によりピラー素子状に加工し、電気伝導特性を評価可能な構造を形成させる。
【0036】
そこで、次に実施例を示し、
図5〜
図15を参照して、本発明の実施形態の垂直磁化膜とそれを用いた垂直磁化MTJ素子構造の特性について説明する。
【実施例1】
【0037】
(磁気特性)
前記(B)製造方法に基づいてMgO基板上に作製したMn−Ga−N膜についての磁気特性について説明する。
図5(a)(b)(c)には、
図1の構造において、基板をMgO(001)とし、50nmの設計厚さ、基板温度Ts=580℃の基板温度、Mn
70Ga
30ターゲットを用いてスパッタ法で作製したMnGa(N)膜の磁化曲線を示す。ここでIn-plane、Perpendicularとは外部磁場μ
0Hをそれぞれ膜面内、膜垂直方向へ印加して測定したことを示す。
図5(a)、(b)は、それぞれ窒素ガス比0%(窒素導入なし)および窒素ガス比1%の条件でMnGaターゲットからスパッタを行ってMn−Ga(−N)薄膜を作製した例を示している。これらは基板からのバックグランド信号を取り除いてあり、Mn−Ga(−N)膜のみの磁化曲線に相当する。両方の膜は明確に膜垂直磁場印加時に角形の良い磁気ヒステリシスを示す。一方で、面内磁場印加時には磁化が飽和しにくいことがわかる。したがって、これらは膜垂直方向が容易磁化方向となった垂直磁化膜となっていることを示している。
図5(c)には窒素ガス比3%の条件でMn−Gaターゲットからスパッタを行ってMn−Ga−N薄膜を作製した例を示す。この図では基板からのバックグラウンド信号は差し引いていない。磁化曲線は面内方向と面垂直方向で明確な違いが認められず、窒素ガス比が低い時とは異なり磁気ヒステリシスがみられない。したがって、Mn−Ga−N中の窒素量の増加によって強磁性から反強磁性へと変化したことを示している。
【0038】
図6(a)には基板温度TsによるMn−Ga膜(窒素ガス比0%)およびMn−Ga−N膜(窒素ガス比1%)の飽和磁化の変化を示している。Mn−Ga膜は温度によって変動があるがおおよそ200〜250kA/mである。一方、Mn−Ga−N膜(窒素ガス比1%)ではTsに寄らず約100kA/mとほぼ一定である。また、垂直磁化特性を保ちつつ、飽和磁化をMn−Gaから半減できる。この飽和磁化は既存材料であるCoFeB(1000〜1800kA/m)、CoFe合金(1400〜2000kA/m)、Co基ホイスラー合金(800〜1100kA/m)、FePt(1000〜1200kA/m)のものと比較すると十分の一以下である。
【0039】
図6(b)には基板温度TsによるMn−Ga膜(窒素ガス比0%)およびMn−Ga−N膜(窒素ガス比1%)の保磁力の変化を示している。Mn−Ga膜、Mn−Ga−N膜(窒素ガス比1%)いずれもTs依存性は小さく、それぞれ1.2Tおよび0.6T程度の保磁力が得られている。したがって、Mn−Ga−N膜においても垂直MTJ素子の垂直磁化膜として十分高い保磁力を保つことができる。
【0040】
図7には、窒素ガス比1%とし、Ts=480℃および580℃で作製したMn−Ga−N膜の飽和磁化の室温以上での温度依存性を示す。いずれのTsでも飽和磁化は温度上昇によって単調に減少しており、結晶構造変態や温度上昇による構造分解を伴うような急激な飽和磁化の変化はみられない。また、Ts=480℃および580℃でそれぞれキュリー温度は660Kおよび740Kと見積もられる。これらの値は十分に室温よりも高く垂直MTJ素子の垂直磁化膜として適用可能である。
【0041】
(結晶構造)
次に、
図8、
図9、
図10を参照して、前記
図1の構造のMn−Ga−N膜の結晶構造を記述する。
図8にTs=580℃とし、窒素ガス比を0から7%まで変化させて作製したMn−Ga(−N)膜(50nm厚さ)のX線回折プロファイル(out-of-planeスキャン)の結果を示す。ここで指数(001)、(002)、(004)はペロブスカイトE2
1構造に起因するピークを示し、(002)’、(004)’、(008)’はDO
22構造に起因するピークを示す。窒素ガス比が0.7%以下の時、Mn−Ga(−N)膜の構造はほぼDO
22であるが、1%以上ではE2
1型へと急激に変化する。また、いずれのMn−Ga(−N)膜も(001)方位を向いて成長していることがわかる。
【0042】
図8(b)には窒素ガス比を1%とし、基板温度Tsを480℃から580℃まで変化させて作製したMn−Ga−N膜(50nm厚さ)のX線回折プロファイル(out-of-planeスキャン)の結果を示す。Ts=480℃では、ほぼE2
1構造が単一相として得られている。Ts上昇に伴いDO
22構造起因のピークが現れ、ピーク強度が上昇することが見て取れる。したがって高いTsではE2
1構造にDO
22構造が一部混在していることがわかる。
【0043】
図9にはTs=480℃および580℃として、窒素ガス比を変化させた場合のE2
1構造のc/a比を示している。ここでc/a比とは膜面直方向の格子定数(a)を膜面内方向のそれ(c)で規格化したものである。いずれの結果もc/a<1であることから、E2
1構造から膜面直方向に押しつぶされている構造を有していることがわかり、完全な立方晶ではないことがわかる。
【0044】
図10(a)にはTs=580℃、窒素ガス比1%で作製したMn−Ga−N膜のMgO基板界面近傍の断面高分解HAADF(High-Angle-Annular-Dark-Field)−STEM(Scanning Transmission Electron Microscope)像を示した。観察方位はMn−G−N[100]方向である。MgO基板からMnGaN層はエピタキシャル成長し、X線回折の結果と同じように、(001)方位成長している。⊥記号はミスフィット転位を示している。MnGaNの格子定数はMgOよりも小さいためこのようなミスフィット転位が導入される。
図10(b)にはこの薄膜の広い領域を観察したHAADF−STEM像を示しており、薄膜の表面平坦性が高いことがわかる。
図10(c)にはナノ電子線ビーム回折像(NBD像)を示す。この手法によりナノメートルスケールの微細領域の結晶構造を明らかにできる。ほぼMn−Ga−N膜の全域から同じ像が得られ、E2
1構造を有していることが明確にわかる。
【0045】
またTs=480℃、窒素ガス比1%で作製したMn−Ga−N膜断面について、エネルギー分散型X線分光法(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy(EDS))による元素マッピングを行った結果、Mn、Ga、Nの各元素が原子レベルで均一に存在し、その組成はMn57Ga32N11と見積もられた。この組成は、(Mn
1−xM
x)
4N
1−yにおいて、M=Ga、x=0.360、y=0.506に相当する。したがって、N元素比はMn
3GaNの化学量論組成である20%の半分程度にもかかわらず、E2
1構造が安定に得られることを明確に示している。また、均一なN分布が得られたことは、観察された自発磁化は異相の生成に起因しているものではなく、窒素不足組成のMnGaNそのものに起因しているものと結論付けられる。
【0046】
(表面構造)
次に
図11を参照してMn−Ga−N膜の表面構造について記述する。
図11(a)および(b)にはそれぞれMn−Ga膜(窒素ガス比0%)およびMn−Ga−N膜(窒素ガス比1%)の原子間力顕微鏡(AFM)像を示す。いずれも膜厚は50nm、Ts=580℃の条件で作製を行った。Mn−Ga膜は極めて平坦性が悪く、結晶粒成長が顕著であるため連続膜状として得られず、1μm平方領域における最大起伏が100nm以上あるためMTJ素子用の垂直磁化膜として不適である。一方、Mn−Ga−N膜(窒素ガス比1%)は極めて平坦であり、最大起伏はたった4nm程度である。
図11(c)にはTs=580℃として作製したMn−Ga(−N)膜の平均ラフネスRaの窒素ガス比依存性を示す。窒素ガス比1%付近でDO
22構造からE2
1構造への変態と同時にRaが極めて小さくなることがわかる。さらなる窒素ガス比増加によりRaはゆるやかに上昇するが、窒素ガス比0.7%以下と比較すると十分に小さい。したがって窒素導入によって大幅な平坦化が図られることから、窒素ガス比調整したMn−Ga−N薄膜はMTJ素子用垂直磁化膜として至適である。
【0047】
(スピン分極率特性)
次に
図12を参照してMn−Ga−N膜のスピン偏極率について記述する。MTJ素子は2つの強磁性体の磁化相対方向によってトンネル抵抗が変化し、その抵抗変化率はトンネル磁気抵抗(TMR)比と呼ばれる。TMR比はMTJ素子の出力指数であるため高い値を得ることが重要である。TMR比は強磁性体のフェルミ準位における上向きスピンバンドと下向きスピンの状態密度の比であるスピン分極率が高いほど向上する。強磁性体の液体ヘリウム温度におけるスピン分極率は、点接触アンドレーエフ反射分光法(point contact Andreev reflection spectroscopy (PCAR法))により評価することが可能である。この手法は常伝導体と超伝導体の点接触で起こるアンドレーエフ反射という現象を利用しており、超伝導状態にしたニオブ(Nb)針を強磁性体表面に押しつけてコンダクタンスの印加電圧依存性を測定することでスピン分極率が見積もられる。
図12にTs=480℃、窒素ガス比1%として作製した50nm厚さのMn−Ga−N膜のコンダクタンスのバイアス電圧依存性を示す。ゼロバイアス電圧近傍をアンドレーエフ反射の解析式によりフィッティングを行うことで散乱因子(scattering factor)Z、超伝導ギャップΔおよびスピン分極率Pが求められる。測定を複数回行い、PをZ=0に外挿することで本質的な試料のスピン分極率とする。このような解析によってMn−Ga−N薄膜においてスピン分極率57%を得た。この値は窒素を含まないDO
22−Mn−Ga薄膜において求められた値58%とほぼ同等であり、相対的に高いスピン分極率を保持している。したがって垂直MTJ用強磁性電極としてMn−Ga−Nは適用可能であることが明らかである。
【0048】
次に
図13を参照して強磁性を示さなかったMn−Ga−N膜の結晶構造について比較する。
図5(c)で示したとおり、窒素ガス比が3%以上の条件で作製したMn−Ga−N薄膜は強磁性ヒステリシスを示さない。したがって、Mn−Ga−N薄膜中の窒素量増大によって強磁性は失われ、Mn
3GaNバルクと同様の反強磁性もしくは非磁性へ磁気変態したと見なせる。EDSによる解析から、反強磁性をしめすMn−Ga−N薄膜中の窒素組成は15〜20%と化学量論組成に近く、強磁性体を示すものと比較して明らかに多い。そして、窒素ガス比が3%以上の条件の場合、(Mn
1−xM
x)
4N
1−yにおけるyの値はほとんど0となる。また窒素ガス比増大とともに平均ラフネスRaはゆるやかに上昇することを
図11(c)でみた。そこで比較例として、実施例1と同一の製造方法を用いて、窒素ガス比を7%、基板温度Ts=580℃として作製した50nm厚さのMn−Ga−N薄膜表面に観察された第2相の析出について記述する。7%の薄膜においても全体的にはおおむね平坦な連続膜構造が得られる。しかし、窒素ガス比上昇に伴い、一部平坦性を乱す部分が現れRaの増大がみられる。この平坦性を乱す領域についてのHAADF−STEM像を
図13(a)に示す。
図13(b)−(d)に、(a)と同一部分についてEDSを用いた元素マッピング結果(それぞれMn、Ga、N)を示す。明るい部分はそれぞれの元素が多く含まれていることを示す。また
図13(e)には(a)にScanning areaとして示した部分のMn、Ga、N各元素プロファイルを示す。これらから平坦性を乱している領域のMgO基板側にはMnをほぼ含まず、GaとNから構成されている第二相が形成していることがわかる。この部分のナノ電子ビーム回折像(
図13(f))からは、六方晶系に属するWurtzite構造Ga−Nの存在(非磁性)が確認される。したがって、窒素過多のMn−Ga−N膜は単一相ではなく、第二相としてGa−Nが存在し、これが膜平坦性を低下させる。なおこのGa−N層の体積分率は小さく、
図8のX線回折プロファイルにはGa−N起因のピークは観察されない。
【実施例2】
【0049】
実施例1と同一の方法を用いて、Mn−Ga−N薄膜の膜厚を変化させた。
図14に基板温度Ts=580℃、窒素ガス比1%と固定し、Mn−Ga−N膜厚を5,10,20、および50nmとした場合の室温における膜垂直方向の磁化曲線を示す。5nmまで薄膜化しても垂直磁化特性が得られ、また、飽和磁化は50nmの値と比較して80%程度の値を保持していることを示している。したがって、強磁性Mn−Ga−N膜は薄膜化可能であり、垂直MTJ素子の強磁性層として適している。
【実施例3】
【0050】
図2、
図3の構造として、MgO基板上に40nmのCr層をバッファ層として用いた以外は実施例1と同一の方法を用いて、Mn−Ga−N薄膜を作製した。
図15に、基板温度Ts=480℃、窒素ガス比1%として作製した50nm厚さのMn−Ga−N膜の室温における膜面内、面直方向の磁化曲線を示す。この磁化曲線から、Crをバッファ層としても垂直磁化Mn−Ga−N膜が得られることが明らかである。したがって、金属Cr層をMn−Ga−N膜の非磁性下部電極として用いることが可能であり、これを用いてMTJ素子を構成可能である。
【実施例4】
【0051】
図3の構造として、垂直磁化MTJ素子を(B)製造方法に記述した方法に基づき作製した。素子構造は、下部構造からMgO基板/Mn−Ga−N(基板温度Ts=480℃、窒素ガス比1%)50nm/Mg(0.6nm)/MgO(1.8nm)/Fe(0.1nm)/CoFeB(1.3nm)/Ta(2nm)/Ru(15nm)とした。ここで、Mg/MgO構造はトンネルバリア層13、Fe/CoFeB構造は第二の垂直磁化膜層14、Ta/Ru構造は上部電極15である。Mg、MgO、Fe、CoFeB各層は、Fe/CoFeB層が垂直磁化を示す膜厚、成膜条件に最適化しているため、第一の垂直磁化層(MnGaN層)と第二の垂直磁化膜層(Fe/CoFeB)がお互いに垂直磁化となる条件を満たし、垂直磁化MTJ素子が形成された。この垂直磁化MTJ素子では4%の室温のTMR比が得られ、MnGaN層が垂直MTJ素子の強磁性電極として機能していることが実証された。
【0052】
以上の実施例1〜4の説明からも明らかなように、作製時の基板温度および窒素ガス比の調整により、窒素不足組成においてMn−Ga−N垂直磁化膜が均一に形成されることが確認された。その特長として室温よりも優に高いキュリー温度を示し、従来材料よりも小さい飽和磁化を持ち、極めて平坦膜として形成可能であること、さらに、高いスピン分極率を保持可能である。したがって、垂直MTJ素子用の垂直磁化膜として窒素不足Mn−Ga−N膜は至適である。
【0053】
本発明による垂直磁化膜は高密度STT−MRAM用垂直MTJ素子用強磁性電極に利用できる。その上、本発明による垂直磁化膜は垂直磁気記録媒体として利用でき、特にHDD等の磁気ディスク装置に搭載される垂直磁気記録ディスクに用いるのに好適である。また、現状の垂直磁気記録媒体の情報記録密度をさらに上回る超高記録密度を実現するための媒体として有望視されているディスクリートトラックメディア(DTM)やビットパターンドメディア(BPM)として、あるいは垂直磁気記録方式による情報記録密度をさらに上回る超高記録密度を達成できる熱アシスト磁気記録向けの媒体として特に好適に用いられる。