特許第6647676号(P6647676)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6647676ストロンチウムイオン吸着剤およびその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6647676
(24)【登録日】2020年1月17日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】ストロンチウムイオン吸着剤およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B01J 20/04 20060101AFI20200203BHJP
   B01J 20/28 20060101ALI20200203BHJP
   B01J 20/30 20060101ALI20200203BHJP
   C01G 45/00 20060101ALI20200203BHJP
   C01G 53/00 20060101ALI20200203BHJP
【FI】
   B01J20/04
   B01J20/28
   B01J20/30
   C01G45/00
   C01G53/00 A
【請求項の数】8
【全頁数】35
(21)【出願番号】特願2019-189564(P2019-189564)
(22)【出願日】2019年10月16日
(62)【分割の表示】特願2018-510907(P2018-510907)の分割
【原出願日】2017年12月13日
(65)【公開番号】特開2020-15042(P2020-15042A)
(43)【公開日】2020年1月30日
【審査請求日】2019年10月17日
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2016/087009
(32)【優先日】2016年12月13日
(33)【優先権主張国】JP
(31)【優先権主張番号】特願2017-236528(P2017-236528)
(32)【優先日】2017年12月8日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(73)【特許権者】
【識別番号】515321016
【氏名又は名称】株式会社K&A環境システム
(74)【代理人】
【識別番号】100099793
【弁理士】
【氏名又は名称】川北 喜十郎
(72)【発明者】
【氏名】馮 旗
【審査官】 駒木 亮一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−182920(JP,A)
【文献】 特開2013−091579(JP,A)
【文献】 DYER Alan et al.,Sorption characteristics of radionuclides on synthetic birnessite-type layered manganese oxides,J. Mater. Chem.,2000年 7月12日,10,1867-1874
【文献】 CAI Jun et al.,Preparative Parameters and Framework Dopant Effects in the Synthesis of Layer-Structure Birnessite b,Chem. Mater.,2002年,14,pp.2071-2077,https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/cm010771h
【文献】 佐々木昭仁 他,コバルト含有バーネサイト型マンガン酸化物の熱的相転移とリチウム二次電池特性,Electrochemistry,2005年 4月,Vol.73 No.4,pp.290-297
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J20/00−20/34
C01G45/00−45/12
G21F9/00−9/36541
B01D15/00−15/42
C08K3/00−13/08
C08L1/00−101/14
B01J39/00−49/90
C04B38/00−38/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
層状結晶構造を有しており、層間内にカリウムイオンが存在しているマンガン酸化物を含むストロンチウムイオン吸着剤であって、
ストロンチウムイオン吸着剤中に、カリウムKとマンガンMnがKMn(0.3≦x≦0.7)で表される割合で存在し、
600℃の温度で加熱してもホランダイト型トンネル構造に変化しないことを特徴とするストロンチウムイオン吸着剤。
【請求項2】
前記マンガン酸化物は、X線回折(Cu−Kα)において、2θ=11.2〜13.2度、24〜26度及び35〜38度の領域に、前記層状結晶構造に特有の回折ピークを示す請求項1に記載のストロンチウムイオン吸着剤。
【請求項3】
前記式において、xが、0.35≦x≦0.6を満足する数である請求項1または2に記載のストロンチウムイオン吸着剤。
【請求項4】
層間内にカリウムイオンを含む層状結晶構造を有するマンガン酸化物として、KMn層状結晶構造を有するマンガン酸化物を含む請求項1〜3のいずれか一項に記載のストロンチウムイオン吸着剤。
【請求項5】
Srイオン濃度10ppmの海水におけるストロンチウムイオン吸着量が、0.78mg/g以上である、請求項1〜4のいずれか一項に記載のストロンチウムイオン吸着剤。
【請求項6】
前記層間内に水分子が存在していないことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載のストロンチウムイオン吸着剤。
【請求項7】
固相法により、カリウム塩、カリウム酸化物及びカリウム水酸化物からなる群より選択された少なくとも1種の層間金属源化合物と、マンガン塩、マンガン酸化物及びマンガン水酸化物からなる群より選択された少なくとも1種のマンガン源化合物とを混合し、得られた混合物を350℃〜600℃の温度で焼成することを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のストロンチウムイオン吸着剤の製造方法。
【請求項8】
前記層間金属源化合物として炭酸カリウムを使用し、且つ、前記マンガン源化合物として炭酸マンガンを使用する、請求項7に記載のストロンチウムイオン吸着剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ストロンチウムイオン吸着剤およびその製造方法に関する。さらに詳しくは、特に海水中のストロンチウムイオンを選択的に吸着するストロンチウムイオン吸着剤およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
原子力発電所の事故初期には冷却水として大量の海水を格納容器に注入した。これにより生じた放射線汚染水の処理が求められている。
【0003】
例えば非特許文献1には、バーネサイト型構造を有し且つカリウムイオン等を担持させたマンガン酸化物を用い、かかるマンガン酸化物中のカリウム(K)イオンと水中のストロンチウム(Sr2+)イオンまたはセシウム(Cs)イオンとのイオン交換によりストロンチウムイオンまたはセシウムイオンを吸着する旨が記載されている。
【0004】
しかしながら、海水には高濃度のナトリウムイオン(Na)、マグネシウムイオン(Mg2+)、カルシウムイオン(Ca2+)、カリウムイオンが含まれている。これらはセシウムイオンやストロンチウムイオンと同じアルカリ金属またはアルカリ土類金属であり、性質が類似するうえ、これらの金属は水によく溶ける。そのため、非特許文献1のマンガン酸化物は、ストロンチウムイオン等に対する選択性が低く、特に海水中ではストロンチウムイオン吸着性やセシウムイオン吸着性を発揮できない。そのため、バーネサイト型マンガン酸化物は、ストロンチウムイオン吸着剤としては機能することが難しい。海水成分を含有する放射線汚染水から放射性セシウムイオンとストロンチウムイオンとを除去するには、高選択性の吸着剤が必要である。
【0005】
セシウムイオンの高選択性吸着剤として、結晶化シリコチタネート(CST)やフェロシアン化鉄が知られている。これらの吸着剤はセシウムイオンの高い選択性を有している。
【0006】
ストロンチウムイオンの高選択性吸着剤として、結晶化シリコチタネート(CST)、ゼオライト、四チタン酸カリウム(KTi)、二チタン酸カリウム(KTi)、ホランダイト型マンガン酸化物(KMn16)が知られている(非特許文献2〜4)。しかし、これらの吸着剤であっても、海水中のストロンチウムイオンを吸着する能力は不十分である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Alan Dyer、Martyn Pillinger、Ris to Harjula、Suheel Amin“Sorption characteristics of radionuclides on synthetic birnessite−type layered manganese oxides”. J.Mater.Chem.、Vol.10、pp.1867−18 74(2000).
【非特許文献2】可児祐子、浅野隆、「セシウム・ストロンチウム同時吸着剤の開発」、Isotope News、2013年12月号、No.716、pp.18−22
【非特許文献3】森浩一、岩崎守、三村均、神田仁智、「層状チタン酸カリウムを基材としたストロンチウム吸着剤の開発」、J. Ion Exchange、Vol.26、No.3、pp.6−12 (2015)
【非特許文献4】Q. Feng、H. Kanoh、Y.Miyai、K. Ooi、「Alkali metal ions insertion/extraction reactions with hollandite−type manganese oxide in the aqueous phase」、Chem. Mater. 7、pp.148−153 (1995)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記事情に鑑み、海水中のストロンチウムイオンに対する吸着能力が高いストロンチウムイオン吸着剤およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば、層状結晶構造を有しており、層間内にカリウムイオンが存在しているマンガン酸化物を含むストロンチウムイオン吸着剤であって、
ストロンチウムイオン吸着剤中に、カリウムKとマンガンMnがKMn(0.3≦x≦0.7)で表される割合で存在し、
600℃の温度で加熱してもホランダイト型トンネル構造に変化しないことを特徴とするストロンチウムイオン吸着剤が提供される。
【0010】
ストロンチウムイオン吸着剤においては、以下の態様が好適である。
(A)前記マンガン酸化物は、X線回折(Cu−Kα)において、2θ=11.2〜13.2度、24〜26度及び35〜38度の領域に、前記層状結晶構造に特有の回折ピークを示すこと。
(F)前記式(1)及び(2)において、xが、0.35≦x≦0.6を満足する数であること。
(G)層間内にカリウムイオンを含む層状結晶構造を有するマンガン酸化物として、KMn層状結晶構造を有するマンガン酸化物を含んでいること。
(H)600℃の温度で加熱しても、KMn16トンネル構造へ変化しないこと。
(I)ストロンチウムイオン吸着量が、0.78mg/g以上であること。
【0011】
また、カリウム塩、カリウム酸化物及びカリウム水酸化物からなる群より選択された少なくとも1種の層間金属源化合物と、マンガン塩、マンガン酸化物及びマンガン水酸化物からなる群より選択された少なくとも1種のマンガン源化合物とを混合し、得られた混合物を350℃〜600℃の温度で焼成することを特徴とする上記ストロンチウムイオン吸着剤の製造方法が提供される。
【0012】
製造方法においては、以下の態様が好ましい。
(L)前記層間金属源化合物として炭酸カリウムを使用し、且つ、前記マンガン源化合物として炭酸マンガンを使用すること。
(M)得られた混合物を350〜500℃の温度で焼成すること。
【発明の効果】
【0013】
本発明のストロンチウムイオン吸着剤は、(K){Mn(III)Mn(IV)}O層状結晶構造を有し、層間に多くのカリウムイオンを有するマンガン酸化物を含んでいる。そして、カリウムイオンがストロンチウムイオンとイオン交換することで、ストロンチウムイオン吸着性を発揮する。さらに、層間に多くのカリウムイオンを含んでいることによりMnO八面体層の負電荷密度が増加しており、この点もストロンチウムイオンに対する吸着性の向上に貢献している。
【0014】
カリウムイオンは、ストロンチウムイオンとイオン半径がほぼ同じであることから、層間の大きさはストロンチウムイオンのイオン半径と同程度となっている。そのため、本発明では、ストロンチウムイオンがカリウムイオンとイオン交換して層間に取り込まれやすい。よって、本発明のストロンチウムイオン吸着剤は、ストロンチウムイオンに対する選択吸着性が高く、特に海水中に存在するストロンチウムイオンを有効に吸着することができる。
【0015】
ここで、層状結晶構造を有し且つカリウム等を含有しているという点で本発明と共通しているマンガン酸化物として、非特許文献1のバーネサイト型マンガン酸化物がある。しかし、バーネサイト型マンガン酸化物は、未置換の状態で既に層間に水分子を含有しているため、層間に含有されるカリウムイオンの量が少ない。そのため、ストロンチウムイオンとイオン交換できるカリウムイオンの量に限りがあり、さらにMnO八面体層の負電荷密度が低く、ストロンチウムイオンに対する優れた選択吸着性を示すことができない。よって、バーネサイト型マンガン酸化物は、ストロンチウムイオン吸着剤として機能することができない。
尚、本発明のSr吸着剤は、製造時から製造直後にかけては層間に水分子を実質的に有さないので、上述の通り層間に多くのカリウムイオンを有することができるのである。
【0016】
非特許文献1のバーネサイト型カリウム含有マンガン酸化物では、多価金属が層間のカリウムイオンと置換するため、マンガンサイト中の4価のマンガンの割合が増加することがなく、また、ストロンチウム吸着に貢献するカリウムイオンの量が減少する。よって、多価金属の置換によりストロンチウムイオン吸着性は未置換の場合よりも悪化する。
【0017】
上記のように本発明によれば、優れたストロンチウムイオン吸着性を示すストロンチウム吸着剤が提供される。しかも、このストロンチウムイオン吸着剤は、溶媒を使用せず、Kを含む層間金属源化合物とマンガン源化合物との混合物を焼成する(即ち、固相で反応させる)ことにより製造することができるため、溶媒の除去のための負荷がなく、製造コストなどの面でも極めて優れている。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】層状結晶構造を有し、層間にカリウムイオンを含むマンガン酸化物の結晶構造を示す模式図である。
図2】トンネル結晶構造を有し、トンネル内にカリウムイオンを含むマンガン酸化物の結晶構造を示す模式図である。
図3】実験1で合成されたKMOのXRDパターンである。
図4】実験2で合成されたKMOのXRDパターンである。
図5】実験3で合成されたKMOのXRDパターンである。
図6】実験1〜3で合成されたKMOのSrイオン吸着量を示すグラフである。
図7】実験4で合成されたK含有バーネサイト型マンガン酸化物のXRDパターンである。
図8】Srイオン吸着後の、実験2で合成されたマンガン酸化物のXRDパターンである。
図9】実験2と同様にして合成されたKMOを水洗した試料について測定したXRDパターンである。
図10図9のKMOのSrイオン吸着量を示すグラフである。
図11】実験7(400℃焼成)で合成されたKTMO及びKLMOのXRDパターンである。
図12】実験8(500℃焼成)で合成されたKTMO及びKLMOのXRDパターンである。
図13】実験9(600℃焼成)で合成されたKTMO及びKLMOのXRDパターンである。
図14】実験7〜9で合成されたKTMO及びKLMOのSrイオン吸着率をKMOの参考データとともに示すグラフである。
図15】実験10で合成されたKNiMOのXRDパターンである。
図16】実験10で合成されたKNiMOのSrイオン吸着率を示すグラフである。
図17】実験11−1で測定されたKMO−500℃のTG−DTA曲線である。
図18】実験11−1で測定されたKMO−500℃のXRDパターンである。
図19】実験11−1で測定されたKNiMO−500℃のTG−DTA曲線である。
図20】実験11−1で測定されたKNiMO−500℃のXRDパターンである。
図21】実験11−1で測定されたKMgMO−500℃のTG−DTA曲線である。
図22】実験11−1で測定されたKMgMO−500℃のXRDパターンである。
図23】実験11−1で測定されたK含有バーネサイト型マンガン酸化物のTG−DTA曲線である。
図24】実験11−1で測定されたK含有バーネサイト型マンガン酸化物のXRDパターンである。
図25】実験11−2で得られたKMO−500℃のTEM写真と電子線回折パターンである。
図26】実験11−2で得られたK含有バーネサイト型マンガン酸化物のTEM写真と電子線回折パターンである。
図27】実験12で得られた、Sr吸着時間とSr吸着率の関係を示すグラフである。
図28】KMO、KNiMO、A型ゼオライトおよびKTiの分配係数Kを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
(ストロンチウムイオン吸着剤)
本発明のストロンチウムイオン吸着剤(以下、単に「Sr吸着剤」と略すことがある)は、マンガン焼成物からなり、層状結晶構造(以下、単に「層状構造」と略すことがある)を有し、層間にカリウムイオン(以下、「Kイオン」と略すことがある)が存在しているマンガン酸化物を含んでいる。
【0020】
図1には、層状構造を有しており且つ層間にKイオンが存在している上記マンガン酸化物の結晶構造が示されている。
【0021】
図1から理解されるように、かかるマンガン酸化物の結晶構造は、3価または4価のMnを6つのOイオンが取り囲んだ八面体(MnO)を有しており、このMnO八面体が稜共有により層状に連なって八面体層を形成しており、この八面体層の層間に電荷のバランスを補う形でKイオンが存在している。
このような層状構造を有する代表的な物質は、KMn、より詳しくは(K){Mn(III)Mn(IV)}Oで表される組成を有している。かかる層状構造の存在は、XRDにより、(001)面に由来する2θ=12.2度近辺の回折ピークが発現していることから確認することができ、例えば、X線回折(Cu−Kα)において、2θ=11.2〜13.2度、24〜26度及び35〜38度の領域に、該層状構造に特有の回折ピークを示すことから確認できる。このような層状構造においては、Mn原子の一部が他の金属原子で置換されてもその層状構造が維持されることがある。この場合、層状構造の組成は、KαMn4―α(T:他の金属、α:0より大きく4より小さい数)で表される。
【0022】
上述した層状結晶構造を有するマンガン酸化物は、その層状構造により陽イオン交換性を有しているが、特に層間に存在するKイオンが、ストロンチウムイオン(以下、「Srイオン」と略すことがある)とイオン交換することにより、Srイオンに対する吸着性を示す。
例えば、Srイオンの有効イオン半径は1.16Åであるのに対し、Kイオンの有効イオン半径は1.38Åであり、Srイオンの有効イオン半径と同程度である。
また、層間にKイオンが存在している場合、(001)面の面間隔は、6.9〜7.2Å程度である。この面間隔は、水分子の大きさにも近いため、層間に水分子が侵入することができ、これにより、この面間隔はわずかに増大する(7.0〜7.3Å程度)。
【0023】
尚、上記のように層間に水分子が導入されている場合、(001)面の面間隔が多少拡大することに関連して、層状構造に特有のX線回折ピークの一部は、若干シフトし、例えば、X線回折(Cu−Kα)において、2θ=11.5〜13.5度、24.2〜26.2度及び35.1〜38.1度の領域に、特有の回折ピークを示す。乾燥等により水分子を除去した後は、再び、前述した位置に特有の回折ピークを示すこととなる。
【0024】
また、本発明のSr吸着剤においては、固相反応で製造されることに起因して、上述した層状構造と、他のマンガン酸化物などとが共存することがあり、例えば、トンネル内にKイオンが存在しているトンネル結晶構造を有しているマンガン酸化物が共存していることがある。このようなトンネル結晶構造(以下、単に「トンネル構造」と呼ぶことがある)は、後述する固相反応により上記の層状結晶構造のマンガン酸化物を合成する際の加熱により、層間に存在するKイオンがテンプレートとなって、層状構造からトンネル構造が形成されることとなる。
【0025】
図2には、層間にKイオンが存在している層状構造から誘導されるトンネル構造のホランダイト型マンガン酸化物(KMn16)の結晶形態が模式的に示されている。この結晶構造は、マンガン酸化物のMnO八面体が連結することによってトンネル空間を形成する骨格が構築されている。このようなトンネル構造の形成は、例えばXRDにより、2θ=18度付近にトンネル構造に特有の回折ピークが発現することから確認でき、例えば、X線回折(Cu−Kα)において、2θ=12〜13度、17.5〜18.5度、28〜29度、37〜38度、41.3〜42.3度、49〜50度及び55.5〜56.5度の領域に、上記のトンネル結晶構造に特有の回折ピークを示す。
【0026】
トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物においても、層状構造の層間スペースと同じ程度のトンネルサイズを有しており、従って、同様にSrイオンに対して選択吸着性を示す。
但し、トンネル構造を有するマンガン酸化物が示すSrイオンに対する選択吸着性は、層状構造を有するマンガン酸化物ほどではない。トンネル内へのSrイオンの出入りは、層間に比して制限されるからである。
【0027】
従って、本発明のSr吸着剤においては、前述した層状構造のマンガン酸化物と共にトンネル構造のMn酸化物が含まれていてもよいが、トンネル構造の生成が抑制されていることが望ましい。例えば、前述したトンネル構造に特有のX線回折ピーク(即ち、2θ=17.5〜18.5度に示されるピーク)の強度αと、層状構造に特有のX線回折ピーク(即ち、2θ=24〜26度に示されるピーク)の強度βとの比α/βが10以下、特に0〜2の範囲にあることが好適である。
【0028】
上述した層状構造を有しているマンガン酸化物およびトンネル構造を有しているマンガン酸化物においては、結晶骨格中のMnO八面体のMnサイトの一部、主に3価のマンガンが他の金属で置換されていてもよい。このようなマンガン酸化物を含む本発明のSr吸着剤は、下記式(1)または(2)で表される原子組成を有している。
(1) KMn1−y
式中、Tは多価金属を示し、
x及びyはそれぞれ0.25≦x≦1、0≦y≦0.45を満足する数である。
(2) KLiMn1−Z
式中、Liは、Mnと置換されたリチウム原子であり、
x及びzは、それぞれ0.25≦x≦1、0<z≦0.33を満足する数である。
【0029】
また、LiもKと同様アルカリ金属であるが、Liの半径が小さくMnの半径に近いため、層間やトンネル内に存在するというよりも、Mnと置換し、式(2)で示されるように、結晶骨格中のMnサイトに存在することとなる。
【0030】
さらに、式(1)中の多価金属Tは、結晶骨格中のMnサイトの一部のMn、主にMn(III)と置換して存在するものである。このような多価金属Tとしては、これに限定されるものではないが、例えば、Mg、Ni、Co、Cu、Zn、Al、Fe、Ti、V及びNbを挙げることができる。複数の多価金属が、Mnの一部に置き換わっていてもよい。Ni、Cu、Mg、Co、ZnまたはAlが好適であり、焼成温度によらず安定して高いSr吸着性を示すことができるという点で、Ni、Cu、CoまたはMgがより好適であり、Ni、CuまたはMgが更に好適である。
Ni、CuおよびMgの中では、Sr吸着性の点で、NiまたはMgが特に好適であり、Niが最適である。これらの金属で置換されたSr吸着剤は、置換の有無以外同じ条件で合成される未置換型Sr吸着剤と同等乃至それ以上のSr吸着性を獲得できる。更に、これらの金属で置換されたSr吸着剤であって合成時の焼成温度が500〜600℃のSr吸着剤は、本発明のSr吸着剤の中で特に優れたSr吸着性を示す。
Ni置換型の場合、少量置換とすることで、Sr吸着性が特に向上し、しかも、Sr吸着性が維持されることが実験的にわかっている。具体的には、上記式(1)において0.1≦y≦0.3、特に0.1≦y≦0.2が好ましい。
【0031】
従って、本発明のSr吸着剤は、その組成によって、未置換型、多価金属置換型及びLi置換型に分類される。これら3タイプのうち、特に多価金属置換型は、Sr吸着性に優れる傾向にある。
【0032】
未置換型;
このタイプのSr吸着剤は、前記式(1)においてy=0に相当する金属原子組成を有する焼成物からなる。即ち、結晶骨格中のMnサイトは、他の金属(例えば多価金属TやLi原子)で置換されたサイトを含んでいないMn酸化物を含んでいる。このようなMn酸化物を含む焼成物の組成は、下記式(1a)で表される。
(1a) KMnO2+q
式中、xは、前記式(1)と同様、0.25≦x≦1を満足する数であり、
qは、0≦q≦0.5を満足する数である。
【0033】
多価金属置換型;
このタイプのSr吸着剤は、前記式(1)において、y>0である金属原子組成を有するものであり、Mnの結晶骨格中のMnサイトの一部が、前述した多価金属Tで置換されているMn酸化物を含む焼成物からなる。このようなMn酸化物を含む焼成物の組成は、例えば下記式(1b)で表される。
(1b) KMn1−y2+q
式中、Tは、前記多価金属であり、
xは、前記式(1)と同様、0.25≦x≦1を満足する数であり、
yは、0<y≦0.45を満足する数であり、
qは、前記式(1a)と同様、0≦q≦0.5を満足する数である。
【0034】
Li置換型;
このタイプのSr吸着剤は、前記式(2)に相当する金属原子組成を有するマンガン酸化物を含む焼成物からなる。このような焼成物の組成は、下記式(2a)で表される。
(2a) KLiMn1−Z2+q
式中、x及びzは、前記式(2)と同様、0.25≦x≦1及び
0<z≦0.33を満足する数であり、
qは、前記式(1a)及び(1b)と同様、0≦q≦0.5を満足する数である。
即ち、かかる式で表されるSr吸着剤は、結晶骨格中のMnサイトの一部がリチウム(Li)で置換されている結晶構造を有するマンガン酸化物を含むものである。この場合、Liは、その半径がMnに近いため、後述する焼成によって、層間やトンネル内にはほとんど導入されず、MnO八面体のMnサイトの一部にMnと置換して導入されることとなる。
【0035】
ところで、先にも述べたように、上述した式(1a)、(1b)及び(2a)で表される焼成物に含まれるマンガン酸化物は、MnO八面体の層状結晶構造を有するものであり、このような層状構造に由来して生成するトンネル結晶構造を有するMn酸化物を含んでいる場合がある。後述する固相反応により上記結晶構造のマンガン酸化物を合成する際の加熱により、層間に存在するKイオンがテンプレートとなって、層状構造からトンネル構造が形成されるからである。
【0036】
上記のようなトンネル構造を有するマンガン酸化物は、理想的には、トンネル内に存在するKイオンとマンガンとのモル比K/Mnが0.25であり、その組成は、KMn16表される。
本発明のSr吸着剤において、最も高いSr吸着性を示すものは、層間にKイオンが存在している層状結晶構造を有するマンガン酸化物を含んでいるものである。トンネル結晶構造を有するMn酸化物のSr吸着性は、層状結晶構造のマンガン酸化物が示すほどではない。
従って、本発明のSr吸着剤においては、トンネル結晶構造のマンガン酸化物の含有量が少ない程、より高いSr吸着性を示す。このため、前述した式(1)或いは式(2)(或いは式(1a)、(1b)又は(2a))中のxの値が0.25以上であることが好ましく、例えば、0.3≦x≦0.7がより好ましく、0.35≦x≦0.6が特に好ましく、0.35≦x≦0.55が最も好ましい。前述したxの範囲(0.25≦x≦1)の中で、xの値が小さい程、K/Mn(Mn置換型ではK/(T+Mn)或いはK/(Li+Mn))が0.25のモル組成を有するトンネル結晶構造を多く含んでいることを意味しているからである。
【0037】
<Sr吸着剤の製造法>
本発明のSr吸着剤は、層間金属源化合物とMn源化合物とを固相で反応させることにより製造され、結晶骨格中のMnサイトの一部を多価金属T或いはLi原子で置換する場合には、上記の層間金属源化合物及びMn源化合物と共に、多価金属源化合物或いはLi源化合物が使用される。
【0038】
層間金属源化合物としては、当然、カリウム化合物が使用される。カリウム化合物の例としては、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、硝酸カリウム、硫酸カリウム、酢酸カリウム等の塩;酸化カリウム等の酸化物;及び水酸化カリウム等の水酸化物;の少なくとも1種を使用することができ、特に炭酸カリウムが好適に使用される。
【0039】
Mn源化合物としては、炭酸マンガン、硝酸マンガン、硫酸マンガン、酢酸マンガン等のマンガン塩;酸化マンガン等のマンガン酸化物;水酸化マンガン等のマンガン水酸化物;の少なくとも1種を使用することができ、入手容易性および取扱い容易性の観点から、特に炭酸マンガンが好適に使用される。
【0040】
特に炭酸カリウムと炭酸マンガンを組み合わせると、本発明のSr吸着剤を効率よく製造することができる。
【0041】
また、多価金属源化合物としては、前述した多価金属T(例えばMg)等の塩、酸化物及び水酸化物等、特に水酸化物が、Mnと置換する多価金属の種類に応じて使用される。
さらに、Li源化合物としては、炭酸リチウム、硝酸リチウム、硫酸リチウム、酢酸リチウム等のLi塩;酸化リチウム等のLi酸化物;及び水酸化リチウム等のLi水酸化物;好適には、炭酸リチウムが使用される。
【0042】
前述した層間金属源化合物とMn源化合物との固相反応は、両者の混合物或いはこの混合物に多価金属源化合物或いはリチウム源化合物を適宜加え、さらにエタノール等の揮発性溶媒を少量添加してペースト状とし、適宜粉砕及び乾燥を行った後、350℃以上の温度で大気中あるいは酸素雰囲気中で焼成することにより行われ、反応終了後、必要に応じて水洗し、さらに乾燥することにより、前述した層状結晶構造を有し且つ層間にKイオンが存在するマンガン酸化物を含む本発明のSr吸着剤を得ることができる。
【0043】
上記のようにしてSr吸着剤を製造するに際して、各種原料化合物の仕込み比は、例えば、前述した式(1)或いは式(2)で示される原子組成を満足するように、各種の化合物を使用すればよく、これにより、各原料化合物が有する酸素或いは大気中の酸素が酸素源となり、式(1a)、(1b)或いは(2a)で表される組成のマンガン酸化物を主体とするSr吸着剤が得られる。
即ち、上記の原料化合物の仕込み比は、各式におけるxの値が0.25〜1.00の範囲となるように設定されるが、層状結晶構造のマンガン酸化物を多く含み、トンネル結晶構造の生成が抑制された酸化物を得るためには、xの値が、0.30〜0.70、より好ましくは0.35〜0.60、特に好ましくは0.35〜0.55の範囲となるように、上記の原料化合物の仕込み比が調整され、これにより、前述したX線回折ピークのピーク強度比α/βを所定の範囲とすることが可能となる。
【0044】
焼成温度等の製造条件は、目的とするSr吸着剤を構成するマンガン酸化物のタイプに応じて適宜の範囲に設定される。
以下、このマンガン酸化物のタイプに応じた製造条件を説明する。
【0045】
未置換型Sr吸着剤(以下、KMOと略す);
このタイプのSr吸着剤を構成する、マンガン酸化物を含む焼成物は、前述した式(1a)、即ち、
(1a) KMnO2+q
式中、xは、0.25≦x≦1(好ましくは0.3≦x≦0.7、
より好ましくは0.35≦x≦0.6、特に好ましくは0.35
≦x≦0.55)を満足する数であり、
qは、0≦q≦0.5を満足する数である、
で表される。
このタイプのSr吸着剤の製造では、上述したように、層間金属源化合物とMn源化合物との仕込み量を、上記式(1a)のxの値が上記範囲を満足するように設定して固相で反応が行われるが、このときの焼成温度は、350℃以上、特に400℃以上が好ましい。この焼成温度が低すぎると、目的とする層状結晶構造が十分な量で生成しない虞がある。また、過度に高温とすると、結晶構造の破壊やトンネル構造が過度に生成してしまうので、通常、焼成温度は800℃以下、好ましくは600℃以下、特に好ましくは500℃以下である。
尚、後述の実施例では、焼成温度400〜600℃でカリウムを含むマンガン酸化物が得られることが確認されている。焼成温度700〜800℃の場合については直接的には確認されていないが、カリウムの代わりにナトリウムを含むマンガン酸化物の場合、400〜600℃でも700〜800℃でも得られることが本出願人による別の出願で確認されていることから(PCT/JP2016/080081 例えば図3参照)、カリウムを含むマンガン酸化物も焼成温度700〜800℃で得られることは必至である。
【0046】
尚、層状結晶構造の生成と共に前述した式(1a)で表されるトンネル構造を有するマンガン酸化物も生成するが、K/Mn比が小さい程或いは焼成温度が高くなる程、トンネル構造の結晶構造の量が増大する傾向がある。従って、トンネル構造のマンガン酸化物の生成を抑制し、前述したピーク強度比α/βの値を前述した範囲(10以下、特に0〜2)に調整するために、前述したように原料化合物の仕込み量を設定すると同時に、焼成温度を、上記の好適範囲とするのがよい。これにより、より高いSrイオン吸着性を得ることができる。
また、焼成は、少なくとも原料に用いた層間金属源化合物やMn源化合物のX線回折ピークが消失し且つ層状結晶構造に特有のX線回折ピークが発現するまで行われ、焼成温度によっても異なるが、通常、2〜8時間程度である。
【0047】
多価金属置換型Sr吸着剤(以下、KTMOと略す);
このタイプのSr吸着剤を構成するマンガン酸化物は、前述した式(1b)、即ち、
(1b) KMn1−y2+q
式中、Tは、前記多価金属であり、
xは、0.25≦x≦1(好ましくは0.3≦x≦0.7、
より好ましくは0.35≦x≦0.6)を満足する数であり、
yは、0<y≦0.45を満足する数であり、
qは、0≦q≦0.5を満足する数である、
で表される。
【0048】
このタイプのマンガン酸化物からなるSr吸着剤の製造においても、上述したように、xの値が所定の範囲となるように各原料化合物の仕込み比が設定されるが、かかる酸化物では、Mnの一部を多価金属Tで置換する。
この場合の焼成温度は、多価金属の種類等に応じて適宜決定すればよいが、一般的には350℃以上であり、400℃以上が好適であり、500℃以上がより好適である。また、過度に高温とすると、結晶構造の破壊やトンネル構造が過度に生成してしまうので、通常、焼成温度は800℃以下、特に600℃以下が好ましい。
即ち、かかるSr吸着剤においても、K/Mn比が小さい程或いは焼成温度が高くなる程、トンネル構造の結晶構造の量が増大する傾向がある。このことは、後述の実験とともに、本出願人による別の出願(PCT/JP2016/080081)のNaに関する実験(例えば実験1(2)(3)や実験4)から明らかである。従って、トンネル構造のマンガン酸化物の生成を抑制し、前述したピーク強度比α/βの値を所定の範囲に調整するために、式(1b)中のxの値や焼成温度を、上記の好適範囲とするのがよい。これにより、より高いストロンチウムイオン吸着性を得ることができる。
さらに、この場合も、焼成時間は、通常、2〜8時間程度である。
【0049】
Li置換型Sr吸着剤(以下、KLMOと略す);
このタイプのSr吸着剤を構成するマンガン酸化物は、前述した式(2a)、即ち、
(2a) KLiMn1−Z2+q
式中、xは、0.25≦x≦1(好ましくは0.3≦x≦0.7、
より好ましくは0.35≦x≦0.6)を満足する数であり、
zは、0<z≦0.33を満足する数であり、
qは、0≦q≦0.5を満足する数である、
で表される。
【0050】
このタイプのSr吸着剤の製造では、Mnの一部をLiで置換するため、これに伴い、焼成温度は、350℃以上とし、また、800℃以下、好ましくは600℃以下、より好ましくは500℃以下、最も好ましくは500℃未満の範囲とすることが望ましい。この焼成温度が低すぎると、目的とする層状結晶構造が生成しない。また、過度に高温とすると、結晶構造の破壊やトンネル構造の量が増大する。即ち、式(2a)中のxの値や焼成温度を、上記の好適範囲とすることにより、トンネル構造の生成を抑制し、より高いSrイオン吸着性を得ることができる。
更に、この場合においても、焼成時間は、通常、2〜8時間程度である。
【0051】
上記のようにして製造される本発明のSr吸着剤は、必要に応じて粉砕、造粒等により、適宜の粒度に粒度調整して使用に供される。
【0052】
本発明のSr吸着剤は、熱安定性に優れた構造を有している。具体的には、後述の実施例で示されているように、バーネサイト型マンガン酸化物は、400℃以上の温度で加熱処理されるとK−Birnessiteの層状構造がホランダイト型トンネル構造(KMn16)に変化する場合があり、600℃で加熱処理されると、K−Birnessiteの層状構造がホランダイト型トンネル構造(KMn16)に変化するが、本発明のSr吸着剤は、この程度の温度で加熱処理されても構造が安定に保たれる。実際、後述の実施例では、本発明のSr吸着剤を空気中500℃で加熱処理した後でXRD測定を行ったところ、構造に変化が見られなかった。600℃で加熱処理した後は、未置換型ではわずかに層状構造がMnOに変化したが、ニッケル置換型およびマグネシウム置換型では層状構造の変化は見られなかった。本発明の場合は、600℃で加熱処理した後に層状構造がホランダイト型トンネル構造に変化したタイプはなかった。一方、K含有バーネサイト型マンガン酸化物を600度で加熱処理した後のXRDでは、ホランダイト型トンネル構造に由来するピークが確認された。尚、XRDパターンにより、ホランダイト型トンネル構造への構造変化の有無を確認するには、ホランダイト型トンネル構造を示すピークを観察すればよく、例えば2θ=17.5〜18.5度に示されるピークを観察すればよい。
更に、TEM装置で観察すると、本発明のSr吸着剤は、バーネサイト型マンガン酸化物と異なる晶構造を有することもわかっている。
【0053】
このSr吸着剤は、海水中に存在するSrイオンに対しても優れた選択吸着性を示し、A型ゼオライト等の吸着剤と比較しても同等以上の性能を示し、さらにその吸着速度も速いため、少ない量でA型ゼオライトと同等以上の吸着性を示し、コスト的に極めて有利である。例えば、後述する実験例でも示されているように、所定の組成の海水(詳細は、実験例参照)にSrイオン10ppmを投入した液を用いて本発明のSr吸着剤が示すSrイオン吸着量は、0.78mg/g以上であり、好適なものでは2mg/gを超えており(A型ゼオライトで約2.3mg/g)、特に好適なものでは、3mg/gを大きく超え、4mg/g以上で5.5mg/g以下のSrイオン吸着量を示す。
【0054】
従って、本発明の吸着剤を、適宜の粒度に粒度調整した後、吸着塔に充填し、この吸着塔にSrイオンを含む海水を流すことにより、海水中からのSrイオンを効果的に除去することができる。
【0055】
さらに、本発明のSr吸着剤は、マンガン酸化物が有する層状結晶構造が破壊されない程度の弱酸処理によって層間に存在しているKイオンをプロトン(H)にイオン交換して使用に供することもできる。
【0056】
さらに、本発明のSr吸着剤は、前述したタイプの異なるMn酸化物成分が混合されていてもよいし、また、KMn層状結晶構造のMn酸化物による優れたSr吸着性が損なわれない範囲で、他の酸化物成分を含んでいてもよい。
【0057】
また、本発明のSr吸着剤は、結晶化シリコチタネート(CST)やフェロシアン化鉄、ゼオライト、四チタン酸カリウム(KTi)、二チタン酸カリウム(KTi)等の公知のセシウムイオン吸着剤やストロンチウムイオン吸着剤と組み合わせて使用することもできる。例えば、公知のセシウムイオン吸着剤とともに本発明のSr吸着剤を吸着塔に充填し、この吸着塔に放射能汚染された海水や淡水等の放射線汚染水を流し込めば、汚染水中のセシウムイオンとストロンチウムイオンの両方を除去することができる。
【実施例】
【0058】
<実験1:KMO(未置換型)の合成、焼成温度400℃>
以下の手順で未置換型のマンガン酸化物を固相法により合成した。
炭酸カリウム(KCO、和光純薬工業株式会社製、試薬番号:162−03495、分子量138.21、試薬純度:99.5%)の粉末と、炭酸マンガン(MnCO・nHO、和光純薬工業株式会社製、試薬番号:136−00695、分子量:114.95、試薬純度:88%)の粉末とを以下の割合で混合した。
K/Mn(モル)=0.2;炭酸カリウム0.4861g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.3;炭酸カリウム0.7292g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.4;炭酸カリウム0.9722g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.5;炭酸カリウム1.215g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.6;炭酸カリウム1.457g、
炭酸マンガン4.354g
この混合物に少量のエタノールを添加しペースト状にして、ボールミルで300rpm・2h混合した。得られた試料を乾燥した後、乳鉢ですりつぶし、空気中温度400℃で4時間焼成して焼成物を得た。
【0059】
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりであった。尚、焼成物には、実際には複数の価数のマンガン、例えば4価のマンガンと3価のマンガンが含まれる場合があるが、4価のマンガン含有量が高いため、ここでは、計算上4価のマンガンに換算した原子組成を示すものとする。以後の実験で得られる焼成物についても同様に、全て4価のマンガンであると仮定した場合の組成を示すものとする。
K/Mn(モル)=0.2; K0.2Mn(IV)O2.1
K/Mn(モル)=0.3; K0.3Mn(IV)O2.15
K/Mn(モル)=0.4; K0.4Mn(IV)O2.2
K/Mn(モル)=0.5; K0.5Mn(IV)O2.25
K/Mn(モル)=0.6; K0.6Mn(IV)O2.3
【0060】
得られた合成物をXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。XRD測定結果を図3に示す。図3には、(001)面に由来する2θ=12.2度での面間隔dの値が示されている。また、図3では、焼成前の炭酸マンガン原料由来のピーク(2θ=12〜13度、30.5〜31.5度)と炭酸カリウム原料由来のピーク(2θ=30.5〜31度、49〜50度)が消失していることが確認された。
このXRDの結果から、α/βを算出したところ、以下の通りであった。
K/Mn(モル)=0.2;
α/β=1/0
トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物(KMn16)が生成したが、層状構造(KMn)は生成しなかった。
K/Mn(モル)=0.3;
α/β=2.2
トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物(KMn16)と層状構造(KMn)が両方生成した。
K/Mn(モル)=0.4;
α/β=0/1
層状構造(KMn)のみ生成した。
K/Mn(モル)=0.5;
α/β=0/1
層状構造(KMn)のみ生成した。
K/Mn(モル)=0.6;
α/β=0/1
主に層状構造(KMn)が生成したが、少量の未知の不純物Aも生成した。
【0061】
焼成温度400℃の場合、K/Mn=0.2では主にトンネル構造のKMn16が生成した。K/Mn=0.3ではトンネル構造のKMn16と層状構造のKMnが両方生成した。K/Mn=0.4以上では主に層状構造のKMnが生成していた。
尚、ここで言う「層状構造のKMn」や「トンネル構造のKMn16」とは、理論上このような組成を有する層状構造を意味する。現実には、合成条件によって、欠陥が存在していたり、3価と4価マンガンの割合が変動する等するため、実際の組成は理論上の組成と少し違っている場合がある。以下、実験2,3,7〜10においても同様である。
【0062】
<実験2:KMO(未置換型)の合成、焼成温度500℃>
焼成温度を500℃とし、以下の割合で炭酸カリウムと炭酸マンガンとを混合した点以外は、実験1と同様にして、K/Mn(モル)=0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9および1.0の焼成物(合成物)を得た。
K/Mn(モル)=0.2;炭酸カリウム0.4861g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.3;炭酸カリウム0.7292g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.4;炭酸カリウム0.9716g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.5;炭酸カリウム1.214g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.6;炭酸カリウム1.457g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.7;炭酸カリウム1.700g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.8;炭酸カリウム1.666g、
炭酸マンガン3.732g
K/Mn(モル)=0.9;炭酸カリウム1.874g、
炭酸マンガン3.732g
K/Mn(モル)=1.0;炭酸カリウム2.082g、
炭酸マンガン3.732g
【0063】
得られた合成物をXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。XRD測定結果を図4に示す。図4には、(001)面に由来する2θ=12.3度での面間隔dの値が示されている。また、図4では、焼成前の炭酸マンガン原料由来のピーク(2θ=12〜13度、30.5〜31.5度)と炭酸カリウム原料由来のピーク(2θ=30.5〜31度、49〜50度)が消失していることが確認された。
このXRDの結果から、α/βを算出したところ、以下の通りであった。
K/Mn(モル)=0.2;
α/β=1/0
トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物(KMn16)が生成し、層状構造(KMn)は生成しなかった。
K/Mn(モル)=0.3;
α/β=8.4
トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物(KMn16)と層状構造(KMn)が両方生成した。
K/Mn(モル)=0.4;
α/β=0.45
主に層状構造(KMn)が生成した。
K/Mn(モル)=0.5;
α/β=0/1
層状構造(KMn)のみ生成した。
K/Mn(モル)=0.6;
α/β=0/1
主に層状構造(KMn)が生成した。少量の不純物Aも生成した。
K/Mn(モル)=0.7;
α/β=0/1
主に層状構造(KMn)が生成した。少量の不純物Aも生成した。
K/Mn(モル)=0.8;
α/β=0/1
主に層状構造(KMn)が生成した。少量の不純物Aも生成した。
K/Mn(モル)=0.9;
α/β=0/1
主に層状構造(KMn)が生成した。少量の不純物Aも生成した。
K/Mn(モル)=1.0;
α/β=0/1
主に層状構造(KMn)が生成した。少量の不純物Aも生成した。
【0064】
焼成温度500℃の場合も400℃の場合と同様に、K/Mn=0.2では主にトンネル構造のKMn16が生成した。K/Mn=0.3では層状構造のKMnとトンネル構造のKMn16が両方生成した。K/Mn=0.4以上では主に層状構造のKMnが生成していた。また、500℃の場合には、K/Mnの値が大きくなるにつれ、未知不純物Aの量が少し増加した。
【0065】
<実験3:KMO(未置換型)の合成、焼成温度600℃>
焼成温度を600℃とし、以下の割合で炭酸カリウムと炭酸マンガンとを混合した点以外は、実験1と同様にして、K/Mn(モル)=0.2、0.3、0.4、0.5、0.6、0.7、0.8、0.9および1.0の焼成物(合成物)を得た。
K/Mn(モル)=0.2;炭酸カリウム0.4861g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.3;炭酸カリウム0.7292g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.4;炭酸カリウム0.9716g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.5;炭酸カリウム1.214g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.6;炭酸カリウム1.457g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.7;炭酸カリウム1.700g、
炭酸マンガン4.354g
K/Mn(モル)=0.8;炭酸カリウム1.666g、
炭酸マンガン3.732g
K/Mn(モル)=0.9;炭酸カリウム1.874g、
炭酸マンガン3.732g
K/Mn(モル)=1.0;炭酸カリウム2.082g、
炭酸マンガン3.732g
【0066】
得られた合成物をXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100Cu−Kα)により測定した。XRD測定結果を図5に示す。図5には、(001)面に由来する2θ=12.3度での面間隔dの値が示されている。また、図5では、焼成前の炭酸マンガン原料由来のピーク(2θ=12〜13度、30.5〜31.5度)と炭酸カリウム原料由来のピーク(2θ=30.5〜31度、49〜50度)が消失していることが確認された。
このXRDの結果から、α/βを算出したところ、以下の通りであった。
K/Mn(モル)=0.2;
α/β=1/0
トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物(KMn16)が生成した。層状構造(KMn)は生成しなかった。
K/Mn(モル)=0.3;
α/β=7.0
トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物(KMn16)と層状構造(KMn)が両方生成した。
K/Mn(モル)=0.4;
α/β=0.43
主に層状構造(KMn)が生成した。
K/Mn(モル)=0.5;
α/β=0/1
層状構造(KMn)のみ生成した。
K/Mn(モル)=0.6;
α/β=0/1
主に層状構造(KMn)が生成した。少量の不純物Aも生成した。
K/Mn(モル)=0.7;
α/β=0/1
主に層状構造(KMn)が生成した。少量の不純物Aも生成した。
K/Mn(モル)=0.8;
α/β=0/1
層状構造(KMn)と不純物Aが生成した。
K/Mn(モル)=0.9;
α/β=0/1
層状構造(KMn)と不純物Aが生成した。
K/Mn(モル)=1.0;
α/β=0/1
層状構造(KMn)と不純物Aが生成した。
【0067】
焼成温度600℃の場合も400℃、500℃の場合と同様に、K/Mn=0.2では主にトンネル構造のKMn16が生成した。K/Mn=0.3では層状構造のKMnとトンネル構造のKMn16が両方生成した。K/Mn=0.4以上では主に層状構造のKMnが生成した。また、500℃の場合と同様に、K/Mnの値が大きくなるにつれ、不純物Aの量が少し増加した。さらに焼成温度が高くなるにつれ、不純物Aの量が増加した。
【0068】
<実験4:標準海水でのSr吸着量と分配係数K
(実験4−1:Sr吸着量)
上記実験1〜3で得られた未置換型のマンガン酸化物について、以下の試験を行い、Srイオン吸着性を評価し、更に分配係数Kを求めた。
【0069】
下記の組成の標準海水を用意した。
Na濃度:10800ppm
Ca2+濃度:412ppm
濃度:400ppm
Mg2+濃度:1280ppm
この標準海水にSrイオンを添加し、Srイオン濃度を10ppmとした。このSr含有標準海水50mlに、試料のマンガン酸化物0.05gを加え、スターラーで2日間撹拌して、吸着処理を行った。
【0070】
吸着処理前後の海水のSrイオン濃度をICPで測定し、吸着量を求めた。吸着量は、吸着前後のSrイオン濃度の差分から吸着剤(試料のマンガン酸化物)に吸着されたストロンチウムの重量を求め、それを吸着剤の重量で除算した。結果を図6および下記表1〜3に示す。
吸着量=ストロンチウム減少量[mg]/吸着剤重量[g]
【0071】
(実験4−2:分配係数K
次式に従い分配係数Kを求めた。分配係数Kは、吸着剤の選択性を示す指標である。結果を下記表1〜3に示す。
=((C−C)/C)×V/m
:吸着処理前の海水のストロンチウム濃度(ppm)
:吸着処理後の海水のストロンチウム濃度(ppm)
V:吸着溶液の体積(mL)
m:吸着剤の添加量(g)
【0072】
(実験4−3:Sr吸着率)
Sr吸着率(%)は、以下の式に基づき算出した。結果を下記表1〜3に示す。
Sr吸着率(%)=((C−C)/C)×100
式中、CおよびCは、前記した通りの意味である。
【0073】
また、比較のため、従来の吸着剤として、KMn16(ホランダイト構造)、A型−ゼオライト、NaTi、KTi、カリウム含有バーネサイト型マンガン酸化物(以下、「K―バーネサイト」と略称することがある。)についても同じ吸着試験を行い、Sr吸着量、分配係数KおよびSr吸着率を算出した。試験結果を表4に示す。
【0074】
尚、K―バーネサイトは、100mLの0.3M Mn(NO水溶液に0.6MのKOHと3質量%のHの混合溶液200mLを加え室温で反応させて合成した。得られたK―バーネサイトをXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100 Cu−Kα)により測定した。結果を図7に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
【表2】
【0077】
【表3】
【0078】
【表4】
【0079】
図6および表1〜3から、焼成温度が高くなるにつれ、Srイオンの吸着量が減少することが分かる。これは、焼成温度が高くなるにともない、結晶粒子の成長が進み、結晶粒子径が増大するためと考えられる。即ち、結晶粒子径の増大によって、吸着したSrイオンの結晶内部への拡散距離が大きくなり、Srイオンの吸着が難しくなるためと考えられる。
【0080】
また、いずれの焼成温度においても、Sr2+吸着量はK/Mn=0.4のときに非常に高かった。これは、層状構造のKMnのほうが、トンネル構造のKMn16より高い吸着性を示すところ、K/Mn<0.4ではトンネル構造のKMn16の生成量が多く、Sr2+吸着量が低下したからと考えられる。さらに不純物AはほとんどSrイオンの吸着性を示さないと考えられるところ、K/Mn>0.4では、K/Mnの値や焼成温度などの条件によっては不純物Aが生成するため、これがSr2+吸着量が低下する原因であったと推察される。
【0081】
図6および表1〜3とともに表4を参照すると、本発明のSr吸着剤は、従来の吸着剤のうちNaTi、KTiおよびK―バーネサイトより高いSr吸着性を示した。更に、従来の吸着剤のなかでは、A型−ゼオライトが最も高い吸着量を示したが、本発明のSr吸着剤(未置換型)には、従来の吸着剤と同等或いはそれ以上の吸着量を示すものがあった。
【0082】
表1〜4より、従来の吸着剤のなかでは、A型−ゼオライトが最も高い分配係数Kを示したが、本発明のSr吸着剤(未置換型)は、特に400〜500℃で焼成して得られた本発明のSr吸着剤(未置換型)は、A型−ゼオライトよりも高い分配係数Kを示した。
【0083】
<実験5:Sr吸着後のSr吸着剤の構造>
上記実験4でSrイオンを吸着した後の500℃焼成未置換型Sr吸着剤(実験2のKMO)を取り出し、吸引濾過し、乾燥させた。乾燥後の吸着剤をXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。XRD測定結果を図8に示す。図8には、(001)面に由来する2θ=12.1度での面間隔dの値が示されている。
【0084】
図8より、Sr吸着後の吸着剤では、KMn相の層状構造が維持され、基底面間隔の若干の増大が見られた。
【0085】
<実験6:水洗した吸着剤の構造、Sr吸着量、分配係数K
実験2と同様にして、K/Mn(モル)=0.2、0.4、0.6、0.8、1.0の焼成物(合成物)を得た。
【0086】
得られた合成物を24時間蒸留水で水洗した後に、XRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。XRD測定結果を図9に示す。図9には、(001)面に由来する2θ=12.2度での面間隔dの値が示されている。
さらに、水洗後の試料について、上記と同様に標準海水での吸着試験により、Srイオン吸着量、分配係数KおよびSr吸着率を測定した。結果を図10および表5に示す。
【0087】
【表5】
【0088】
図9から、本発明のSr吸着剤(未置換型)では、水洗により、層状構造KMn相の基底面間隔が0.709nmから0.714nmに広がった。このことから、層状構造の層間にHO分子が挿入され、基底面間隔dがわずかに拡張したと考えられる。
【0089】
また、図10および表5から、水洗後は、水洗前に比べてSr吸着量が微減した。
尚、水洗した試料は脱水すると、元の構造に戻ることを確認した。
【0090】
<実験7:多価金属置換型(KTMO)、Li置換型(KLMO)の合成、焼成温度400℃>
(実験7−1:Co置換、KCoMO、焼成温度400℃)
下記処方により、原料混合物を調製した。
炭酸カリウム(KCO) 1.215g
炭酸コバルト(CoCO) 0.991g
炭酸マンガン(MnCO・nHO) 3.266g
尚、本実験で使用した炭酸マンガンおよび炭酸カリウムは、実験1で使用したものと同じであった。本実験で使用した炭酸コバルトは、関東科学株式会社製CoCO(試薬番号:07992−01、分子量:118.94、試薬純度:Coとして40〜48%)であった。試薬のCo含有量を44%と想定した場合の原料混合物におけるK/Co/Mnモル比は、0.70/0.30/1.0であった。
得られた混合物に少量のエタノールを添加しペースト状にして、ボールミルで300rpm・2h混合・粉砕した。得られた試料を乾燥させて乳鉢ですり潰した後、400℃で4時間焼成した。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。尚、焼成物(合成物)には、実際には複数の価数のマンガン、例えば4価のマンガンと3価のマンガンが含まれる場合があるが、4価のマンガン含有量が高いため、ここでは、計算上4価のマンガンに換算した原子組成を示すものとする。以後の実験で得られる焼成物(合成物)についても同様に、全て4価のマンガンであると仮定した場合の組成を示すものとする。
0.54Co(II)0.23Mn(IV)0.772.04
(x=0.54、y=0.23、q=0.04)
【0091】
(実験7−2:Cu置換、KCuMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに0.996gの塩基性炭酸銅{和光純薬工業株式会社製CuCO・Cu(OH)・HO(試薬番号:035−19142、分子量:239.13、試薬純度:100%(Cuとして48〜56.0%))}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。原料混合物におけるK/Cu/Mnモル比は、0.70/0.33/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.53Cu(II)0.25Mn(IV)0.752.02
(x=0.53、y=0.25、q=0.02)
【0092】
(実験7−3:Mg置換、KMgMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに0.840gの塩基性炭酸マグネシウム{和光純薬株式会社製、試薬番号:138−14445、分子量:記載なし、試薬純度:MgOとして40.0〜45.0%}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。試薬のMgO含有量を42.5%と想定した場合の原料混合物におけるK/Mg/Mnモル比は、0.70/0.35/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.52Mg(II)0.26Mn(IV)0.742.00
(x=0.52、y=0.26、q=0.00)
【0093】
(実験7−4:Ni置換、KNiMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに1.045gの塩基性炭酸ニッケル(II){和光純薬工業株式会社製NiCO・2Ni(OH)・4HO(試薬番号:144−01035、分子量:376.18、試薬純度:記載無し)}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。試薬純度を100%と想定した場合の原料混合物におけるK/Ni/Mnモル比は、0.70/0.33/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.53Ni(II)0.25Mn(IV)0.752.02
(x=0.53、y=0.25、q=0.02)
【0094】
(実験7−5:Zn置換、KZnMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに0.787gの酸化亜鉛{和光純薬工業株式会社製ZnO(試薬番号:267−00355、分子量:81.39、試薬純度:min.99.0%)}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。試薬純度を100%と想定した場合の原料混合物におけるK/Zn/Mnモル比は、0.70/0.38/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.50Zn(II)0.28Mn(IV)0.721.97
(x=0.50、y=0.28、q=−0.03)
尚、この実験7−5で得られた焼成物(合成物)の原子組成において、qは、見かけ上マイナスの値となっているが、これは、この焼成物に4価のマンガン以外に3価のマンガン等他の価数のマンガンが含まれているところ、計算上は、マンガンが全て4価であると仮定したためである。
【0095】
(実験7−6:Al置換、KAlMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに0.520gの水酸化アルミニウム{和光純薬工業株式会社製Al(OH)(試薬番号:014−01925、分子量:78.00、試薬純度:記載なし)}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。試薬純度を100%と想定した場合の原料混合物におけるK/Al/Mnモル比は、0.70/0.27/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.55Al(III)0.21Mn(IV)0.792.17
(x=0.55、y=0.21、q=0.17)
【0096】
(実験7−7:Li置換、KLMO、焼成温度400℃)
下記処方により、原料混合物を調製した。
炭酸カリウム(KCO) 1.215g
炭酸リチウム(LiCO) 0.155g
炭酸マンガン(MnCO・nHO) 3.701g
尚、本実験で使用した炭酸マンガンおよび炭酸カリウムは、実験1で使用したものと同じであった。本実験で使用した炭酸リチウムは、和光純薬工業株式会社製LiCO(試薬番号:126−01135、分子量:73.89、試薬純度:min.99.0%)であった。試薬純度を100%と想定した場合の原料混合物におけるK/Li/Mnモル比は、0.62/0.15/1.0であった。
実験7−1と同様にして焼成物を得た。得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.54Li(I)0.13Mn(IV)0.872.08
(x=0.54、z=0.13、q=0.08)
【0097】
(実験7−8:Fe置換、KFeMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに0.700gの酸化鉄(III){和光純薬工業株式会社製、Fe(試薬番号:096−04825、分子量:159.69、試薬純度:min.95.0%)}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。原料混合物におけるK/Fe/Mnモル比は、0.70/0.33/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.53Fe(III)0.25Mn(IV)0.752.14
(x=0.53、z=0.25、q=0.14)
【0098】
(実験7−9:Ti置換、KTiMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに0.676gの酸化チタン(IV){和光純薬工業株式会社製TiO(試薬番号:205−01715、分子量:79.87、試薬純度:min.98.5%)}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。原料混合物におけるK/Ti/Mnモル比は、0.70/0.33/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.53Ti(IV)0.25Mn(IV)0.752.27
(x=0.53、z=0.25、q=0.27)
【0099】
(実験7−10:Nb置換、KNbMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに1.109gの酸化ニオブ(V){和光純薬工業株式会社製Nb(試薬番号:148−05335、分子量:265.81、試薬純度:min.99.9%)}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。原料混合物におけるK/Nb/Mnモル比は、0.70/0.33/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.53Nb(V)0.25Mn(IV)0.752.39
(x=0.53、z=0.25、q=0.39)
【0100】
(実験7−11:V置換、KVMO、焼成温度400℃)
炭酸コバルト0.991gの代わりに0.765gの酸化バナジウム(V){和光純薬工業株式会社社製V(試薬番号:222−00122、分子量:181.88、試薬純度:min.99.0%)}を用いた点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。原料混合物におけるK/V/Mnモル比は、0.70/0.33/1.0であった。
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
0.53V(V)0.25Mn(IV)0.752.39
(x=0.53、z=0.25、q=0.39)
【0101】
実験7−1〜7−11で得られた合成物をXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。結果を図11に示す。図11には、(001)面に由来する2θ=12.3度での面間隔dの値が示されている。また、焼成前の炭酸マンガン原料由来のピーク(2θ=12〜13度、30.5〜31.5度)と炭酸カリウム原料由来のピーク(2θ=30.5〜31度、49〜50度)が消失していることが確認された。
【0102】
このXRDの結果からα/βを算出したところ、実験7−1〜7−10においてはα/β=0/1であった。即ち、未置換型が有していたのと同じ層状構造(KαMn4−α)が生成しており、トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物は生成していなかった。実験7−11(KVMO置換型)では、層状構造(KαMn4−α)の生成が確認されなかった。1価と2価の第三金属を添加した実験7−1〜7−5および実験7−7では、不純物の生成がほとんど観測されず、層状構造(KαMn4−α)が生成しやすいことが判った。実際、KZnMOで、未反応のZnOが少量残っていただけであった。これらの第三金属の添加により層状結晶構造(KMn)が安定化すると考えられる。一方、Al、Fe、Ti、Nbの第三金属添加の実験7−6、7−8、7−9、7−10では、400℃の低温における反応性が低く、未反応の第三金属酸化物原料が観測された。具体的には、KAlMOには、未反応のAlが少量残っていた。KFeMOには、未反応のFeが残っていた。KTiMOには、未反応のTiOが残っていた。KNbMOには、未反応のNbが残っていた。実験7−11(KVMO置換型)では、トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物が生成し、層状構造(KαMn4−α)の生成は確認されなかった。また、未反応のVが少量残っていた。
【0103】
実験4と同様にして、実験7−1〜7−11で得られた合成物のSr吸着量、分配係数KおよびSr吸着率を求めた。結果は、表6と図14に示す。
参考のために、表6には、実験1(未置換型、焼成温度400℃)のK/Mn=0.4の吸着剤の値を併記した。
【0104】
【表6】
【0105】
<実験8:多価金属置換型(KTMO)、Li置換型(KLMO)の合成、焼成温度500℃>
実験8−1〜実験8−11においては、焼成温度を500℃とした点以外は、それぞれ実験7−1〜実験7−11と同様の方法により、焼成物を得た。焼成物の原子組成は、いずれの金属で置換する場合も、焼成温度400℃の場合(即ち、実験7で得られる焼成物の原子組成)と略一致していた。
【0106】
実験8−1〜8−11で得られた合成物乾燥後の吸着剤をXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。XRD測定結果を図12に示す。図12では、(001)面に由来する2θ=12.2度での面間隔dの値は7.08Åであった。また、図12では、焼成前の炭酸マンガン原料由来のピーク(2θ=12〜13度、30.5〜31.5度)と炭酸カリウム原料由来のピーク(2θ=30.5〜31度、49〜50度)が消失していることが確認された。
【0107】
このXRDの結果からα/βを算出したところ、実験8−1〜8−10においてはα/β=0/1であった。即ち、未置換型が有していたのと同じ層状構造(KαMn4−α)が生成しており、トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物は生成していなかった。第三金属として1価の金属、2価の金属およびAlを添加した実験8−1〜8−7では、不純物の生成が観測されず、層状構造(KαMn4−α)が生成しやすいことが判った。これらの第三金属の添加により層状結晶構造(KMn)が安定化すると考えられる。一方、第三金属としてFe、Ti、Nbを添加した実験8−8、8−9、8−10では、500℃の低温における反応性が低く、未反応の第三金属酸化物原料が観測された。具体的には、KFeMOには、未反応のFeが残っていた。KTiMOには、未反応のTiOが残っていた。KNbMOには、未反応のNbが残っていた。しかし、焼成温度が400℃の場合に比べて、層状構造の生成割合が増加し、未反応の第三金属酸化物原料の割合が減少した。実験8−11(KVMO置換型)では、トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物が生成し、層状構造(KαMn4−α)の生成は確認されなかった。また、KVMOには、未反応のVが少量残っていた。
【0108】
実験7と同様にして、実験8−1〜8−11で得られた合成物のSr吸着量、分配係数KおよびSr吸着率を求めた。結果を表7と図14に示す。参考のために、表7には、実験2(未置換型、焼成温度500℃)のK/Mn=0.4の吸着剤の値を併記した。
【0109】
【表7】
【0110】
<実験9:多価金属置換型(KTMO)、Li置換型(KLMO)の合成、焼成温度600℃>
実験9−1〜実験9−11においては、焼成温度を600℃とした点以外は、それぞれ実験7−1〜実験7−11と同様の方法により、焼成物を得た。焼成物の原子組成は、いずれの金属で置換する場合も、焼成温度400℃の場合(即ち、実験7で得られる焼成物の原子組成)と略一致していた。
【0111】
実験9−1〜9−11で得られた合成物をXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。結果を図13に示す。図13には、(001)面に由来する2θ=12.3度での面間隔dの値が示されている。また、焼成前の炭酸マンガン原料由来のピーク(2θ=12〜13度、30.5〜31.5度)と炭酸カリウム原料由来のピーク(2θ=30.5〜31度、49〜50度)が消失していることが確認された。
【0112】
また、このXRDの結果からα/βを算出したところ、実験9−1〜9−9においてはα/β=0/1であった。即ち、未置換型が有していたのと同じ層状構造(KαMn4−α)が生成しており、トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物は生成していなかった。第三金属として1価の金属、2価の金属およびAlを添加した実験9−1〜9−7では、不純物の生成が観測されず、層状構造(KαMn4−α)が生成しやすいことが判った。これらの第三金属の添加により層状結晶構造(KMn)が安定化すると考えられる。一方、第三金属としてFeおよびTiを添加した実験9−8および9−9では、600℃でも反応性が低く、未反応の第三金属酸化物原料が観測された。具体的には、KFeMOには、未反応のFeが残っていた。KTiMOには、未反応のTiOが残っていた。しかし、焼成温度が400℃および500℃の場合に比べて、層状構造の生成割合が増加し、未反応の第三金属酸化物原料の割合が減少した。実験9−10(KNbMO置換型)では、層状構造(KαMn4−α)とトンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物の両方が生成していた。また、KNbMOには、未反応のNbが残っていた。実験9−11(KVMO置換型)では、トンネル構造を有するホランダイト型マンガン酸化物が生成し、層状構造(KαMn4−α)の生成は確認されなかった。また、KVMOには、未反応のVが少量残っていた。
【0113】
実験7と同様にして、実験9−1〜9−11で得られた合成物のSr吸着量、分配係数KおよびSr吸着率を求めた。結果を表8と図14に示す。参考のために、表8には、実験3(未置換型、焼成温度600℃)のK/Mn=0.4の吸着剤の値を併記した。
【0114】
【表8】
【0115】
(実験7〜9の考察)
表6及び図14より、焼成温度400℃の未置換型試料の中で最もSr吸着性に優れていたK/Mn=0.4のKMO(以下、最良KMO−400℃(K/Mn=0.4)と略称することがある。)と実験7(焼成温度400℃)で得られたSr吸着剤を比べると、最良KMO−400℃(K/Mn=0.4)より優れたSr吸着率を示すSr吸着剤は無かったが、KMgMOが最良KMO−400℃(K/Mn=0.4)と同等のSr吸着率を示した。400℃は、KMOの最適合成温度であるが、第3金属置換型吸着剤の最適合成温度ではないため、吸着量が低めである。
【0116】
表7及び図14より、焼成温度500℃の未置換型試料の中で最もSr吸着性に優れていたK/Mn=0.4のKMO(以下、最良KMO−500℃(K/Mn=0.4)と略称することがある。)と実験8(焼成温度500℃)で得られたSr吸着剤を比べると、Sr吸着率は、KZnMO < KFeMO < KVMO < KLMO < KCoMO < KAlMO < KTiMO < 最良KMO―500℃(K/Mn=0.4) < KNbMO < KCuMO < KMgMO < KNiMOの順で増加した。KNiMO、KMgMO、KCuMO、KNbMOで、最良KMO―500℃(K/Mn=0.4)よりSr吸着率が大きく向上した。
【0117】
表8及び図14より、焼成温度600℃の未置換型試料の中で最も優れたSr吸着性を示すサンプルとほぼ同じSr吸着性を示したK/Mn=0.4のKMO(以下、良KMO−600℃(K/Mn=0.4)と略称することがある。)と実験9(焼成温度600℃)で得られたSr吸着剤を比べると、KNiMO、KMgMO、KCoMO、KCuMO、KAlMO、KZnMO、KFeMO、KTiMOで、良KMO−600℃(K/Mn=0.4)よりSr吸着率が向上した。
【0118】
実験7〜9を全体として考察する。図14には、各種吸着剤の性能を比較するため、400、500、600℃で合成した各種吸着剤のSr吸着結果をまとめている。KMO系吸着剤に関しては、Sr吸着性能がもっとも高い(焼成温度600℃に関しては、最も高いSr吸着性とほぼ同じ値のSr吸着性を示す)K/Mn=0.4の結果を使用した。表6〜9及び図14より、Sr吸着性は焼成温度に依存するが、多くの金属種では焼成温度500℃または600℃のときにSr吸着性が高くなっていた。いくつかの例外はあるものの、2価の金属で置換した場合のSr吸着性が高い傾向にあり、その中でもNi置換、Mg置換、Co置換およびCu置換が、特にNi置換,Mg置換およびCu置換が高いSr吸着性を示していた。Ni置換,Mg置換およびCu置換の中でも、Ni置換およびMg置換が特に優れたSr吸着性を示し、Ni置換が最も優れたSr吸着性を示す傾向にあった。添加した第三金属が層状構造のMn欠陥サイトに入り、KαMn4−αの層状構造を形成することで、構造が安定化したと推察される。XRD(図11図13)を比べると、焼成温度が高くなるにつれ、結晶性が向上した。500℃または600℃焼成のKNiMOおよびKMgMOが特に高いSr吸着率を示し、KNiMOが最も高いSr吸着率を示した。
第3金属を添加すると、第三金属がマンガンサイトの三価マンガンと置換するため、未置換型に比べてSrイオン吸着性の向上が期待されるが、第三金属の種類によってはSr吸着性が向上しないケースもあった。おそらく、金属と三価マンガンとの置換効果が低い、不純物の生成および層状構造の欠損生成等の不都合が生じており、その結果、Srイオン吸着性が向上しなかったと推察される。
【0119】
<実験10:KNiMOのSr吸着性のNi添加量依存性>
実験7〜9より、本発明のSr吸着剤のうち焼成温度500℃または600℃のNi置換型が特に優れたSr吸着性を示すことがわかった。そこで、このNi置換型について詳しく検討すべく実験10を行った。具体的には、焼成温度を500℃とし、炭酸カリウムと炭酸ニッケルと炭酸マンガンとを以下の原料モル比となるように混合した点以外は、実験7−1と同様にして焼成物を得た。
K/Ni/Mnモル比=0.42/0/1.0;
炭酸カリウム1.459g
炭酸マンガン6.531g
K/Ni/Mnモル比=0.42/0.1/0.9;
炭酸カリウム1.459g
炭酸ニッケル0.627g
炭酸マンガン5.878g
K/Ni/Mnモル比=0.42/0.2/0.8;
炭酸カリウム1.459g
炭酸ニッケル1.254g
炭酸マンガン5.225g
K/Ni/Mnモル比=0.42/0.3/0.7;
炭酸カリウム1.459g
炭酸ニッケル1.881g
炭酸マンガン4.572g
K/Ni/Mnモル比=0.42/0.4/0.6;
炭酸カリウム1.459g
炭酸ニッケル2.508g
炭酸マンガン3.919g
尚、本実験で使用した炭酸カリウム、炭酸ニッケルおよび炭酸マンガンは、実験7−4
で使用したものと同じであった。
【0120】
得られた焼成物(合成物)の原子組成は、以下のとおりである。
K/Ni/Mnモル比=0.42/0/1
0.42Mn(IV)O2.21
(x=0.42、y=0、q=0.21)
K/Ni/Mnモル比=0.42/0.1/0.9
0.42Ni(II)0.1Mn(IV)0.92.11
(x=0.42、y=0.1、q=0.11)
K/Ni/Mnモル比=0.42/0.2/0.8
0.42Ni(II)0.2Mn(IV)0.82.01
(x=0.42、y=0.2、q=0.01)
K/Ni/Mnモル比=0.42/0.3/0.7
0.42Ni(II)0.3Mn(IV)0.71.91
(x=0.42、y=0.3、q=−0.09)
K/Ni/Mnモル比=0.42/0.4/0.6
0.42Ni(II)0.4Mn(IV)0.61.81
(x=0.42、y=0.4、q=−0.19)
尚、この実験10で得られた、K/Ni/Mnモル比=0.42/0.3/0.7の焼成物(合成物)とK/Ni/Mnモル比=0.42/0.4/0.6の焼成物(合成物)の原子組成において、qは、見かけ上マイナスの値となっているが、これは、これらの焼成物に4価のマンガン以外に3価のマンガン等他の価数のマンガンが含まれているところ、計算上は、マンガンが全て4価であると仮定したためである。
【0121】
得られた合成物をXRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。結果を図15に示す。図15には、(001)面に由来する2θ=12.3度での面間隔dの値が示されている。また、焼成前の炭酸マンガン原料由来のピーク(2θ=12〜13度、30.5〜31.5度)と炭酸カリウム原料由来のピーク(2θ=30.5〜31度、49〜50度)が消失していることが確認された。ニッケル含有量が増加するにつれ、結晶性が向上した。
【0122】
このXRDの結果からα/βを算出したところ、いずれの組成においてもα/β=0/1であり、層状構造(KαMn4−α)のみ生成した。
【0123】
実験4と同様にして、実験10で得られた合成物のSr吸着量、Sr吸着率および分配係数Kを求めた。結果を表9および図16に示す。
【0124】
【表9】
【0125】
表9および図16に示した通り、Ni添加によりSr吸着率が向上した。最も吸着率が大きかったのはy=0.1のときで、y=0のときの166%であった。
【0126】
<実験11:本発明のSr吸着剤の構造上の特徴>
本発明のSr吸着剤の構造上の特徴を確認すべく、本実験を行った。
【0127】
(実験11−1:TG−DTA、加熱処理後のXRD)
K―バーネサイトを比較対象とし、本発明のSr吸着剤とK―バーネサイトをTG−DTA測定装置(SHIMADZU DTG−60H)を用いて、空気雰囲気下、10℃/minの昇温速度で25〜1100℃の範囲で測定した。
【0128】
更に、加熱処理後の構造を、XRD測定装置(SHIMADZU XRD−6100、Cu−Kα)により測定した。加熱処理は、本発明のSr吸着剤に対しては、500℃、600℃、800℃および1000℃の各温度で1時間行った。K―バーネサイトに対しては、400℃および600℃の各温度で1時間行った。同様に、加熱処理を施していないK―バーネサイトも測定した。
【0129】
測定には、実験2のK/Mn=0.4の場合と同様にして製造したKMO−500℃、実験8−4と同様にして製造したKNiMO−500℃、および、実験8−3と同様にして製造したKMgMO−500℃の3種類の本発明のSr吸着剤を供した。また、測定に供したK―バーネサイトは、実験4と同様にして製造した。
【0130】
KMO−500℃の結果を、図17図18に示す。KNiMO−500℃の結果を、図19図20に示す。KMgMO−500℃の結果を、図21図22に示す。K―バーネサイトの結果を、図23図24に示す。
【0131】
K―バーネサイトのXRDパターンを参照すると、(a)加熱処理をしなかったK―バーネサイトには、層状のバーネサイト構造が存在していた。(b)400℃および(c)600℃で加熱処理されたK―バーネサイトは、K2−βMn16(β:0より大きく2より小さい数)のホランダイト型(2×2)トンネル構造を有していた。更に、加熱処理温度が高くなるにつれ、結晶性が高くなった。これらの結果から、K―バーネサイトでは、加熱処理温度400℃以上でBirnessiteがHollanditeトンネル構造へ変化することがわかった。600℃では、完全にHollanditeトンネル構造へ変化することもわかった。
K―バーネサイトのTG−DTAを参照すると、80℃と170℃付近で吸熱ピークと重量減少が観測された。これは、表面の吸着水と層間の水の脱水に対応する。また、900℃付近に重量減少に伴う吸熱ピークが示されていた。
【0132】
ここで、本発明の発明者であるQ.FENGが以前発表したバーネサイト型マンガン酸化物のTG−DTA(Q.FENG K.YANAGISAWA N.YAMASAKI “Synthesis of birnessite−type potassium manganese oxide” Journal of Materials Science Letters, January 1997, Volume 16, Issue 2, pp 110−112)によれば、K−バーネサイトのTG−DTA測定では、474℃で発熱ピークが観測されたが、重量減少は観測されなかった。同じ論文でQ.FENGが発表したXRDを参照すると、K−バーネサイトを400℃で加熱処理した試料では、層状のバーネサイト構造が保持されていたが、550℃で加熱処理した試料では、この構造がホランダイト型トンネル構造に変化していた。即ち、この論文に掲載した実験では、TG−DTA測定で示された474℃での発熱ピークは、K−Birnessiteの層状構造からホランダイト型トンネル構造(KMn16)への変化に伴う発熱ピークであった。
【0133】
この度の実験とQ.FENGの論文に掲載された実験から、K―バーネサイトは、400℃以上の温度で加熱処理すると、実験条件によっては層状のバーネサイト構造がホランダイト型トンネル構造に変化すると言え、600℃の温度で加熱処理すると、層状のバーネサイト構造がホランダイト型トンネル構造に変化すると言える。この構造変化に伴う反応熱は、TG−DTA測定で結晶構造の転移を伴う発熱ピークとして観察されることもあるが、試験条件等の影響によりかかるピークがはっきり観察されないこともある。
【0134】
本実験で得られたKMO−500℃のTG−DTAを参照すると、80℃付近と150℃付近に吸熱ピークと重量減少が観測されている。これは、表面の吸着水と層間の水の脱水に対応する。本発明のSr吸着剤は、製造直後には層間に水分子を有しないが、大気中に放置すると、空気中の水分を吸着し、層間に水が入る。そのため、このような結果が得られたものと推察される。
続けてKMO−500℃のTG−DTAを参照すると、400℃付近に緩やかな重量減少が見られた。しかし、上述の論文に掲載されたバーネサイト型マンガン酸化物のように470℃付近に発熱ピークは見られなかった。XRDを参照すると、500℃加熱処理後には構造変化が見られないが、600℃加熱処理後には少量のMnOが生成したことがわかった。これは、層状構造の一部がMnOへ変化したことを意味している。しかし、バーネサイト型マンガン酸化物と異なり、ホランダイト型トンネル構造(KMn16)化合物の生成がみられない。
更にKMO−500℃のTG−DTAを参照すると、900℃付近に吸熱ピークと重量減少が観察されている。ここで、1000℃加熱処理後のXRDを参照すると、この加熱処理によりMnOからMnへの変化が生じていたことがわかる。MnOがMnへ変わる反応は、酸素ガス(O)の放出を伴うことから、TG−DTAの900℃付近の吸熱ピークと重量減少は、この酸素ガスの放出に由来するものと推察される。
【0135】
KNiMO−500℃のTG−DTAを参照すると、80℃と150℃付近に吸熱ピークと重量減少が観測され、これらの温度で表面の吸着水と層間の水が脱水したことがわかる。KNiMO−500℃は、空気中に放置していたことから、その際に空気中の水分を吸着し、層間に水が入ったと考えられる。
引き続きKNiMO−500℃のTG−DTAを参照すると、400℃付近に緩やかな重量減少が見られた。しかし、上述の論文に掲載されたバーネサイト型マンガン酸化物のように470℃付近に発熱ピークは見られなかった。XRDを参照すると、加熱処理温度800℃までは層状構造が変化していなかった。よって、KNiMO−500℃は、KMO−500℃と比べ、熱安定性が向上したことがわかる。また、バーネサイト型マンガン酸化物と異なり、600℃および800℃で加熱処理してもホランダイト型トンネル構造(KMn16)化合物の生成がみられない。
尚、1000℃で加熱処理した後のKNiMO−500℃のXRDを参照すると、かかる加熱処理により、一部の層状構造がMnへ変化したことがわかる。
【0136】
KMgMO−500℃のTG−DTAを参照すると、80℃と150℃付近で吸熱ピークと重量減少が観測され、これらの温度で表面の吸着水と層間の水が脱水したことがわかる。KMgMO−500℃は、空気中に放置していたことから、その際に空気中の水分を吸着し、層間に水が入ったと考えられる。
引き続きKMgMO−500℃のTG−DTAを参照すると、400℃付近で重量減少と吸熱ピークが見られた。しかし、上述の論文に掲載されたバーネサイト型マンガン酸化物のように470℃付近に発熱ピークは見られなかった。XRDを参照すると、加熱温度600℃までは層状構造が変化していなかった。よって、KMgMO−500℃は、KMO−500℃と比べ、熱安定性が向上したことがわかる。また、バーネサイト型マンガン酸化物と異なり、600℃および800℃で加熱処理してもホランダイト型トンネル構造(KMn16)化合物の生成がみられない。
尚、800℃で加熱処理した後のKMgMO−500℃のXRDを参照すると、かかる温度での加熱処理により少量のMnOが生成したことがわかる。更に、1000℃で加熱処理した後のKMgMO−500℃のXRDを参照すると、かかる温度での加熱処理により少量のMnが生成したことがわかる。
【0137】
以上の結果について総合的に考察すると、未置換/第三金属置換に関わらず、本発明のSr吸着剤のTG−DTA測定では、表面の水分および層間の水分の脱水に由来するピークが観察された。これは、本発明のSr吸着剤が、合成直後の時点では層間に水分子を有していないものの、保管中に空気中の水を吸収するからである。
未置換/第三金属置換に関わらず、本発明のSr吸着剤は、比較対象であるバーネサイト型マンガン酸化物に比べて加熱処理に対する構造の安定性が高いことがわかった。更に、未置換型の本発明のSr吸着剤と第三金属置換型の本発明のSr吸着剤を比べると、第三金属置換型の方が、加熱処理に対する構造の安定性が高いこともわかった。バーネサイト型マンガン酸化物より高い構造安定性を有する理由は、KMn層状構造がバーネサイト型マンガン酸化物の層状構造と異なるためであると考えられる。
【0138】
(実験11−2:TEM装置による観察)
更に、TEM装置により、実験11−1で用いたものと同じKMO−500℃とバーネサイト型マンガン酸化物の結晶構造を解析した。KMO−500℃のTEM写真と電子線回折パターンをそれぞれ図25に示す。バーネサイト型マンガン酸化物のTEM写真と電子線回折パターンをそれぞれ図26に示す。その結果、本発明のSr吸着剤は、バーネサイト型マンガン酸化物とは異なる電子線回折パターンを示すことがわかった。これは両者が異なる結晶構造を有することを示す。
【0139】
<実験12:吸着時間依存性>
実験10のK/Ni/Mn=0.4/0/1.0、0.4/0.1/0.9および0.4/0.2/0.8と同様にして製造したKNiMOについて、そのSr吸着速度を測定した。結果を図27に示す。Niを添加しないx=0の試料は、吸着初期の立ち上がりが遅いうえに48hの吸着率が24hの吸着率を少し下回っており、吸着速度が遅く吸着安定性が悪い。それに対してNiを添加したx=0.1,0.2の場合は、吸着速度が速く48hの吸着率の低下が見られない。特にx=0.1のときは初期段階での吸着速度が非常に速いことが分かった。従って、Niを添加すると、Sr吸着性と吸着安定性が向上し、そのNiの添加量はK0.4NiMn4−yのy=0.1のときが最適合成条件であることが示唆された。
【0140】
<実験13>
吸着剤の使用量を0.5gとした点以外は実験4と同様にして、KMO(焼成温度500℃、K/Mn=0.4)、KNiMO(焼成温度500℃、K/Ni/Mn=0.4/0.1/0.9)、従来の吸着剤であるA型ゼオライト、近年高性能のSr吸着剤として開発されたKTiの分配係数Kを求めた。結果を図28に示す。図28が示す通り、KNiMOおよびKMOは、A型ゼオライトとKTiより高い分配係数Kの値を示した。特にKNiMOは非常に高い分配係数Kの値を示した。具体的に、KNiMOは、A型ゼオライトの約20倍、KTiの約7倍の分配係数Kを示した。KMn層状構造の層間スペースが、Sr2+とほぼ同じであることから、イオンふるい効果により高いSr吸着量とSr選択吸着性が達成されたと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0141】
本発明のストロンチウムイオン吸着剤は、原子力発電所の事故により排出された放射線汚染水など、Srイオンを含む海水からSrイオンを除去するのに利用できる。
図1
図2
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