特許第6647847号(P6647847)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6647847基材とDLC層との間に形成される中間層の成膜方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6647847
(24)【登録日】2020年1月17日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】基材とDLC層との間に形成される中間層の成膜方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 14/06 20060101AFI20200203BHJP
   C23C 14/22 20060101ALI20200203BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20200203BHJP
   C01B 32/05 20170101ALI20200203BHJP
   C01B 32/15 20170101ALI20200203BHJP
   C01B 32/90 20170101ALI20200203BHJP
   C01B 32/921 20170101ALI20200203BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20200203BHJP
   B23B 27/14 20060101ALN20200203BHJP
   B23B 27/20 20060101ALN20200203BHJP
【FI】
   C23C14/06 B
   C23C14/06 P
   C23C14/06 F
   C23C14/22 Z
   C23C16/27
   C01B32/05
   C01B32/15
   C01B32/90
   C01B32/921
   B32B9/00 A
   !B23B27/14 A
   !B23B27/20
【請求項の数】3
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-239782(P2015-239782)
(22)【出願日】2015年12月8日
(65)【公開番号】特開2017-106065(P2017-106065A)
(43)【公開日】2017年6月15日
【審査請求日】2018年10月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】306039120
【氏名又は名称】DOWAサーモテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101557
【弁理士】
【氏名又は名称】萩原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100096389
【弁理士】
【氏名又は名称】金本 哲男
(72)【発明者】
【氏名】田代 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】松岡 宏之
(72)【発明者】
【氏名】榊原 渉
(72)【発明者】
【氏名】野上 惣一朗
(72)【発明者】
【氏名】羽深 智
【審査官】 谷本 怜美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−137541(JP,A)
【文献】 特開2015−178670(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2013/0309486(US,A1)
【文献】 国際公開第2015/068776(WO,A1)
【文献】 A.A. Voevodin et al.,Design of a Ti/TiC/DLC functionally gradient coating based on studies of structural transitions in Ti-C thin films,Thin Solid Films,1997年 4月20日,vol. 298,pp. 107-115
【文献】 Jyh Gwo et al.,Enhancement of Ti-containing hydrogenated carbon (Ti-C:H) films by high-power plasma-sputtering,Applied Surface Science,2011年12月16日,vol. 258,pp. 3433-3437
【文献】 Tomas Vitu et al.,Structure and tribology of biocompatible Ti-C:H coatings,Surface & Coatings Technology,2008年 6月 9日,vol. 202,pp. 5790-5793
【文献】 J.-E. SUNDGREN et al.,MECHANISMS OF REACTIVE SPUTTERING OF TITANIUM NITRIDE AND TITANIUM CARBIDE II: MORPHOLOGY AND STRUCTURE,Thin Solid Films,1983年 7月29日,vol. 105,pp. 367-384
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00−14/58
C23C 16/00−16/56
C01B 32/00−32/991
B32B 9/00
B23B 27/00−27/24
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いた、基材とDLC層との間に形成される中間層の成膜方法であって、
前記基材の表面にTi層を形成するTi層成膜工程と、
前記Ti層の表面にTiC層を形成するTiC層成膜工程とを備え、
前記TiC層成膜工程では、
前記基材が搬入されたチャンバー内にアルゴンガスおよびアセチレンガスを供給し、
前記アルゴンガスおよび前記アセチレンガスの流量比を93.5:6.5〜83:17の範囲内に設定して前記TiC層を形成する、中間層の成膜方法。
【請求項2】
前記Ti層成膜工程と前記TiC層成膜工程との間に、前記Ti層の表面にTiC傾斜層を形成するTiC傾斜層成膜工程を備える、請求項1に記載の中間層の成膜方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の中間層の成膜方法を用いて基材の表面に中間層を形成し、前記中間層の表面にDLC層を形成する、DLC膜被覆部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材とDLC(Diamond-Like Carbon)層との間に形成される中間層に関するものである。なお、本明細書における“DLC膜”とは、基材の表面に形成される中間層と、その中間層の表面に形成されるDLC層から成る膜のことをいう。
【背景技術】
【0002】
DLC膜は高硬度,低摩擦,相手材への攻撃性の低さなどから自動車部品等の機械部品への適用が進んでいる。一方、DLC膜は内部応力が大きいために基材から剥離しやすい。このため、従来は基材とDLC層との間に中間層を形成するといったような界面制御を行い、基材とDLC膜との密着性を確保することが行われている。
【0003】
上記のような中間層に関する先行技術として、特許文献1には基材とDLC層との間にTi層とTiC層から成る中間層を形成する方法が記載されている。特許文献1では、基材への影響を避けるため低温で成膜可能なPVD法を用いて基材表面に中間層を形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2015/068776号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1の製造方法で得られるDLC膜被覆部材はロックウェル圧痕試験で見るDLC層の密着性の向上は見込めるものの、DLC膜被覆部材を高負荷で摺動した場合には中間層とDLC層との界面で剥離が生じてしまい、DLC膜が剥がれた部材と相手部材との間で焼き付きが生じるおそれがあった。このため、高負荷摺動時におけるDLC膜被覆部材の耐焼き付き性の改善が望まれていた。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、高負荷摺動時における中間層とDLC層との界面における剥離を抑制し、DLC膜被覆部材の耐焼き付き性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明は、アンバランスドマグネトロンスパッタ法を用いた、基材とDLC層との間に形成される中間層の成膜方法であって、前記基材の表面にTi層を形成するTi層成膜工程と、前記Ti層の表面にTiC層を形成するTiC層成膜工程とを備え、前記TiC層成膜工程では、前記基材が搬入されたチャンバー内にアルゴンガスおよびアセチレンガスを供給し、前記アルゴンガスおよび前記アセチレンガスの流量比を93.5:6.5〜83:17の範囲内に設定して前記TiC層を形成することを特徴としている。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、高負荷摺動時における中間層とDLC層との界面における剥離を抑制し、DLC膜被覆部材の耐焼き付き性を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一実施形態に係るDLC膜被覆部材の膜構造の概略を示す図である。
図2】本発明の別の実施形態に係るDLC膜被覆部材の膜構造の概略を示す図である。
図3】TiC層成膜工程のアセチレン流量比と、その流量比で形成されたTiC層のラマンスペクトルの関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する要素においては、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0012】
図1に示すように本実施形態に係るDLC膜被覆部材1は、基材2の表面にDLC膜3が形成されている。DLC膜3は、基材の表面に形成される中間層4と、その中間層4の表面に形成されるDLC層5で構成されている。本実施形態における中間層4は、基材2の表面に形成されるTi層4aと、そのTi層4aの表面に形成されるTiC層4bで構成されている。
【0013】
そして、本実施形態においてはTi層4aおよびTiC層4bを含む中間層全体の炭素含有量が53at%以上、77at%以下となっている。中間層4がこのような炭素含有量となっていることで高負荷摺動時におけるDLC膜被覆部材1の耐焼き付き性を向上させることが可能となる。一方、中間層4の炭素含有量が53at%未満であると、TiC層4bの層中に、後述する分光分析によるラマンスペクトルのピークが見られないため、DLCのような構造の炭素を持たないと考えられる。そのために、TiC層4bとDLC層5の構造違いにより密着性が低下すると考えられる。また、中間層4の炭素含有量が77at%を超えると、TiC層4bの層構造が粒状になり、TiC層の強度が低くなったり、Ti層とTiC層の高負荷摺動時における密着性が低くなることで耐焼き付き性が低下する。中間層4の更に好ましい炭素含有量の下限は55at%である。また、中間層4の更に好ましい炭素含有量の上限は75at%である。
【0014】
なお、TiC層4bは、チタンおよび炭素を含有する層であるが、残部としてチタンや炭素以外の元素が不可避的に含まれることもある。ただし、高負荷摺動時における耐焼き付き性の観点においては不可避的に混入する元素の影響は無視することができる。また、Ti層4aにも極微量の炭素等が不可避的に含まれることもあるが、この不可避的に混入する元素についても高負荷摺動時における耐焼き付き性の観点においては無視しても良い。
【0015】
次に、基材2とDLC層5との間に形成される中間層4の成膜方法およびDLC膜被覆部材1の製造方法について説明する。
【0016】
本実施形態では、スパッタ法の一種であるアンバランストマグネトロンスパッタ(いわゆるUBMスパッタ)法を用いて中間層4を形成する。なお、中間層4およびDLC層5を成膜する装置としては、中間層4とDLC層5の成膜処理を同一チャンバー内で実施することが可能なUBMスパッタ装置を用いる。当該UBMスパッタ装置は周知のものであるため、本明細書においては装置構造等の説明は省略する。また、DLC層5の成膜方法は特に限定されないが、本実施形態ではプラズマCVD法を用いる。
【0017】
(成膜前処理)
まず、UBMスパッタ装置のチャンバー内にSCM415,SUS310,SKD11等の鉄系材料から成る基材2を搬入する。続いて、チャンバー内を真空引きし、例えば2.6×10-3Pa程度まで減圧する。その後、ヒーターの温度を700℃に設定し、基材2を180℃程度まで加熱し、アルゴン(Ar)ガスを導入する。そして、タングステンフィラメントにより基材2を加熱すると共に、バイアス用パルス電源の出力を調節し、基材2に−300V以上、−400V以下のバイアス電圧を印加する。これにより、基材2のアルゴンボンバードメント処理が施され、基材表面のクリーニングが行われる。
【0018】
(Ti層成膜工程)
次に、チャンバー内に供給するアルゴンガスの流量を調節し、チャンバー内の圧力(以下、“成膜圧力”という)を例えば0.1Pa以上、1.0Pa以下の範囲内に調節する。また、バイアス用パルス電源の出力を調節し、基材2に−100V以上、−500V以下のバイアス電圧を印加する。これによってプラズマ化したアルゴンガスがチャンバー内に配置されたTiターゲットに衝突し、Tiターゲット表面から弾き出されたTiが基材2に向かう。これにより基材表面にTi層4aが形成される。このような成膜処理を所定の時間行い、Ti層成膜工程は終了となる。なお、本実施形態ではTi層成膜工程の成膜圧力およびバイアス電圧は、成膜処理中、一定となっている。
【0019】
Ti層4aの膜厚は、0.1μm以上、0.3μm以下であることが好ましい。Ti層4aの膜厚が0.1μm未満であると、軟らかいTi層4aが薄くなりすぎることでDLC膜3が基材の変形に追従し難くなり、基材2とDLC膜3の密着性が低下するおそれがある。一方、Ti層4aの膜厚が0.3μmを超えると、中間層全体に占める軟らかいTi層4aの割合が大きくなり、Ti層内の破壊が生じて耐焼き付き性が低下するおそれがある。Ti層4aの更に好ましい膜厚の上限は0.2μmである。
【0020】
(TiC層成膜工程)
Ti層成膜工程の終了後、中間層の炭素含有量が53at%以上、77at%以下となるようにTiC層4bを成膜する。まず、アルゴンガスが供給されているチャンバー内に更にアセチレン(C)ガスを供給する。このとき、アルゴンガスとアセチレンガスの流量比が93.5:6.5〜83:17の範囲内となるように各ガスの供給量を調節する。アセチレンガスの流量比が6.5よりも小さくなると、中間層4の炭素含有量が少なくなり、密着性が低下する。一方、アセチレンガスの流量比が17よりも大きくなると、炭素含有量が多くなりすぎることでTiC層4bが粒状に成長してしまう。これにより、耐焼き付き性が低下する。
【0021】
上記のアセチレンガスの流量比の下限は9であることがより好ましい。これにより、基材2とDLC膜3との密着性を向上させることができる。また、上記のアセチレンガスの流量比の上限は12.5とすることがより好ましい。これにより、基材2とDLC膜3との密着性を向上させることができる。
【0022】
TiC層成膜工程の成膜圧力は、例えば0.1Pa以上、1.0Pa以下の範囲内となるように各ガスの供給量を設定する。TiC層成膜工程の成膜圧力を0.1Paより小さくすることはガス流量比の制御を困難にすると共に、成膜レートが遅くなり生産性が低下してしまうおそれがある。一方、TiC層成膜工程の成膜圧力が1.0Paより大きい場合には、平均自由工程が短くなりTi粒子のエネルギーが低下する。このため、TiC層4bがうまく結晶化せず、密着性や耐焼き付き性が低下するおそれがある。なお、TiC層成膜工程の好ましい成膜圧力の下限は0.2Paである。また、TiC層成膜工程の好ましい成膜圧力の上限は0.5Paである。
【0023】
TiC層成膜工程のバイアス電圧は、例えば−50V以上、−500V以下に設定する。TiC層成膜工程のバイアス電圧が−50Vより小さいと、イオンを引っ張る力が弱くなり、TiC層4bがうまく結晶化しないため、密着性や耐焼き付き性が低下するおそれがある。一方、TiC層成膜工程のバイアス電圧が−500Vより大きいと、成膜中にアーク放電が発生してしまい、安定した放電ができなくなるおそれがある。本実施形態ではTiC層成膜工程の成膜圧力およびバイアス電圧は、成膜処理中、一定となっている。なお、本明細書においてはバイアス電圧を比較する際の大小の表現として、絶対値が小さい方のバイアス電圧を“バイアス電圧が小さい”と表現する。
【0024】
TiC層成膜工程におけるバイアス電圧の下限は、−100Vとすることがより好ましい。また、TiC層成膜工程におけるバイアス電圧の上限は、−200Vとすることがより好ましい。また、TiC層成膜工程におけるバイアス電圧は、Ti層成膜工程におけるバイアス電圧よりも小さくすることが好ましい。
【0025】
上記の条件で成膜処理を行うことでTi層4aの表面にTiC層4bが形成される。このような成膜処理を所定の時間行い、TiC層成膜工程は終了となる。なお、TiC層4bの膜厚は0.2μm以上、0.4μm以下であることが好ましい。中間層4の膜厚は厚すぎると好ましくないことから、中間層全体の膜厚はある程度制限されることになる。このため、TiC層4bの膜厚が0.2μm未満であると、相対的に軟らかいTi層4aの割合が大きくなり、Ti層内の破壊が生じて耐焼き付き性が低下するおそれがある。一方、TiC層4bの膜厚が0.4μmを超えると、相対的にTi層4aが薄くなってDLC膜3が基材の変形に追従し難くなることから、基材2とDLC膜3の密着性が低下するおそれがある。TiC層4bの更に好ましい膜厚の下限は0.3μmである。
【0026】
以上の通り、上記のTi層成膜工程およびTiC層成膜工程を経て、基材2の表面にTi層4aおよびTiC層4bから成る中間層4が形成される。続いて、この中間層4の表面にDLC層5を成膜する。
【0027】
(DLC層成膜工程)
チャンバー内に供給されているアルゴンガスの供給を停止し、チャンバー内にアセチレンガスのみが供給される状態にする。アセチレンガスは成膜圧力が例えば0.1Pa以上、1Pa以下の範囲内となるように調節される。その他、電源の出力等を適宜設定し、従来実施されているプラズマCVD法により中間層4の表面にDLC層5を形成する。これにより、基材2の表面にDLC膜3が形成されることになり本実施形態に係るDLC膜被覆部材1が得られる。
【0028】
このようにして得られたDLC膜被覆部材1は、中間層4の炭素含有量が53at%以上、77at%以下となっていることにより、高負荷摺動時における耐焼き付き性が向上したものとなっている。
【0029】
なお、DLC層5の膜厚は0.5μm以上、2.5μm以下であることが好ましい。DLC層5の膜厚が0.5μm未満であると、DLC層5の摩耗による消滅が早くなり、耐焼き付き性が低下するおそれがある。一方、DLC層5の膜厚が2.5μmを超えると、DLC層5の膜応力が大きくなり、密着性が低下するおそれがある。DLC層5の更に好ましい膜厚の下限は1μmである。またDLC層5の更に好ましい膜厚の上限は1.5μmである。
【0030】
また、ナノインデンテーション法により測定されるDLC膜3のインデンテーション硬度HITは10GPa以上、25GPa以下であることが好ましい。DLC膜3のインデンテーション硬度HITが10GPa未満であると、DLC層5が摩耗しやすくなり、耐焼き付き性が低下するおそれがある。一方、DLC膜3のインデンテーション硬度HITが25GPaを超えると、DLC層5の膜応力が大きくなり、密着性が低下するおそれがある。DLC膜3の更に好ましいインデンテーション硬度HITの下限は20GPaである。
【0031】
以上、本発明の好適な実施形態について説明したが、本発明はかかる例に限定されない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到しうることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0032】
例えば図2に示すように、中間層4を構成するTi層4aとTiC層4bとの間に連続的に組成が変化するTiC傾斜層4cを形成しても良い。TiC傾斜層4cは、Ti層4aとの界面からTiC層4bとの界面に向けてチタンの量が炭素の量に対して徐々に減少している層である。即ち、Ti層4aの近傍ではチタンの量が炭素の量よりも相対的に多くなっており、TiC層4bの近傍においてはチタンの量が炭素の量よりも相対的に少なくなっている。このようなTiC傾斜層4cを形成することにより、基材2とDLC膜3の密着性を向上させることが可能となる。TiC傾斜層4cを形成するためには、Ti層成膜工程とTiC層成膜工程との間にTiC傾斜層成膜工程を設け、例えばアルゴンガスとアセチレンガスの流量比や成膜圧力、バイアス電圧等の少なくともいずれかを成膜処理中に連続的に変化させれば良い。
【実施例】
【0033】
準備した試験片に異なる処理条件で中間層およびDLC層を成膜し、各試験片の特性について評価した。なお、本実施例では、試験片としてSCM415を用い、UBMスパッタ装置として株式会社神戸製鋼所社製UBMS707を用いた。
【0034】
(成膜前処理)
まず、試験片に浸炭焼入れ処理を施し、200℃で1時間焼き戻し処理を施した。その後、表面の最大高さ粗さRzが0.4μm以下になるまで試験片を研磨し、日本アルコール販売株式会社製ソルミックAP−1に試験片を浸し、3分間超音波洗浄を実施した。超音波洗浄終了後、試験片に対して窒素ブローを行い、試験片を乾燥し、その試験片をUBMスパッタ装置のチャンバー内に搬入した。その後、チャンバーの真空排気を行い、チャンバー内を2.6×10−3Paに減圧した。
【0035】
続いて、所定の条件で基材の加熱処理とアルゴンボンバードメント処理を実施した。具体的には、まずヒーターの設定温度を700℃に設定し、30分間基材を加熱する(工程(a))。その後、ヒーターを停止し、5分間放置する(工程(b))。その後、アルゴンガスの流量を960ml/minに設定し、タングステンフィラメントに10Aの電流を流すと共に基材に−300Vのバイアス電圧を印加し、その状態を1分間保持する(工程(c))。次に、タングステンフィラメントへの電流および基材へのバイアス電圧の印加を停止して1分間放置する(工程(d))。その後、上記工程(c)を再び行う。このようにして工程(c)〜工程(d)を5回繰り返し行う。5回目の工程(d)の終了後、タングステンフィラメントに10Aの電流を流すと共に基材に−400Vのバイアス電圧を印加し、その状態を1分間保持する(工程(e))。続いて、タングステンフィラメントへの電流および基材へのバイアス電圧の印加を停止して1分間放置する(工程(f))。その後、上記工程(e)を再び行う。このようにして工程(e)〜工程(f)を10回繰り返し行い、基材の表面をクリーニングした。
【0036】
続いて、下記表1に示す条件でTi層の成膜処理およびTiC層の成膜処理を実施した。
【0037】
【表1】
【0038】
(Ti層成膜工程)
アルゴンボンバードメント処理の終了後、アルゴンガスの流量を調節してチャンバー内の圧力を0.4Paとした。その後、基材に印加するバイアス電圧を−200Vに変更すると共にスパッタ用パルス電源の出力を6kWにした。これにより、アルゴンガスがプラズマ化し、Tiターゲットのスパッタリングが開始される。その状態を15分間保持し、基材の表面に0.1μmのTi層を形成した。
【0039】
(TiC層成膜工程)
続いて、チャンバー内にアセチレンガスを導入し、基材に印加するバイアス電圧を−100Vに変更した。このとき、チャンバー内の圧力が0.4Paに保持されるようにアルゴンガスの流量も調節した。アセチレンガスの導入によって基材に炭素源が供給され、TiC層の成膜が開始される。その状態を105分間保持し、Ti層の表面に0.45μmのTiC層を形成した。本実施例では、TiC層成膜工程の成膜ガスを構成するアルゴンガスとアセチレンガスの流量比を変えて各試験片にTiC層を形成している。流量比の条件は下記表2の通りである。
【0040】
【表2】
【0041】
(DLC層成膜工程)
TiC層の成膜終了後、アルゴンガスの供給を停止し、アセチレンガスの供給量を調節してチャンバー内の圧力を1Paとした。このときのアセチレンの流量はおよそ1000ml/minである。そして、ヒーターの制御により試験片表面を180℃まで加熱し、パルス電源の放電電圧を−1.05kV、Duty比を30%、周波数を25kHzに設定して、75分間プラズマCVD法による成膜処理を行った。これにより、TiC層の表面に1.5μmのDLC層を形成した。
【0042】
以上の工程を経て得られた各試験片に対してファレックス試験およびロックウェル圧痕試験を行い、各試験片の耐焼き付き性とDLC膜の密着性を評価した。
【0043】
(ファレックス試験)
ヒーター加熱により油温が65±1℃、試験片が60±1℃となった段階で試験を開始した。最初は試験片を回転させずにVブロックで500Nの荷重を試験片に加え、その状態を1分間保持する。その後、試験片を300rpmで回転させながら、試験片に加える荷重を1分ごとに500Nずつ大きくしていく。そして、摩擦係数が急激に増加して異音が発生したところで試験機を停止し、そのときの負荷荷重を焼き付き荷重として記録した。
【0044】
(ロックウェル圧痕試験)
ロックウェルCスケール圧子(JIS Z 2245に準拠した先端の曲率半径が0.2mm、円錐角が120°のダイヤモンド)を用いて、初試験力98.07N、全試験力1471Nで各試験片に圧痕を形成した。そして、その圧痕周辺部のDLC膜の剥離の様子を金属顕微鏡で観察し、密着性をHF値で評価した。
【0045】
ファレックス試験で測定された各試験片の焼き付き荷重およびロックウェル圧痕試験による各試験片の密着性評価の結果を下記表3に示す。なお、以降の説明におけるアセチレン流量比のパーセント表記は、アルゴンガスとアセチレンガスから成る成膜ガスの総流量を100%としたときのその成膜ガスの総流量に対するアセチレンガスの流量の比率を示している。
【0046】
【表3】
【0047】
表3に示すように、TiC層成膜工程のアセチレン流量比が7.5%以上、15%以下の場合の焼き付き荷重は、アセチレン流量比が5%の場合や20%の場合の焼き付き荷重よりも飛躍的に大きくなっている。表3に示す結果によれば、TiC成膜工程ではアセチレン流量比を6.5以上、17%以下程度とすることにより、DLC膜被覆部材の耐焼き付き性を向上させられることがわかる。また、表3に示す結果によれば、アセチレン流量比を9%以上とした場合には、アセチレン流量比を7.5%とした場合に比べて更に耐焼き付き性を向上させることができる。
【0048】
また、表3に示すように、TiC層成膜工程のアセチレン流量比が7.5%以上、15%以下の場合には十分な密着性が得られる。即ち、TiC層成膜工程のアセチレン流量比を6.5%以上、17%以下程度とすれば、十分な耐焼き付き性と密着性が得られることがわかる。また、表3に示す結果によれば、アセチレン流量比が9%以上、12.5%以下の場合には密着性が更に向上することがわかる。
【0049】
以上の結果に示されるように、TiC成膜工程のアセチレン流量比を制御することで、DLC膜被覆部材の耐焼き付き性を向上させることが可能となる。次に、各試験片に特性の違いが生じる要因について調査した。


【0050】
(XRD測定)
株式会社リガク社製RiNT2000を用い、TiC層を成膜した段階の試験片表面においてCu管球を用いてXRD測定を実施した。XRD測定の条件は下記の通りとし、(111)面のTiCピーク(以下、TiC(111)ピークという)の半値全幅(FWHM)および強度を評価した。結果は下記表4の通りである。
X線出力:40kV、20mA
スキャンスピード:1.0sec
ステップ幅:0.05°
スキャン軸:2θ/θ
スキャン範囲:20°〜80°
【0051】
【表4】
【0052】
表4に示すように、TiC(111)ピークはアセチレン流量比が10%のときに半値幅が最も狭く、またピーク強度が最も大きくなった。アセチレン流量比が15%超えた場合にはTiC(111)ピークが急激にブロードになり、アセチレン流量比が20%の場合のTiC(111)ピーク強度は他の場合に比べて極めて小さくなった。このような結果となる理由は、アセチレン流量比が大きくなりすぎると、TiC層が柱状に成長せずに結晶性が悪くなるためであると考えられる。
【0053】
(ラマン分光分析)
続いて、顕微ラマン分光分析装置を用い、TiC層を成膜した段階の試験片に対してラマン分光分析を実施した。分析条件は下記の通りである。
露光時間:30sec
励起波長:532.22nm
グレーティング:600l/mm
スリット幅:φ50μm
アパーチャー:φ40μm
レーザー強度:3.8mW
【0054】
分光分析により得られたラマンスペクトルのDピークとGピークに対してピーク分離を行い、Dバンドのピーク強度IDとGバンドのピーク強度IGの強度比(ID/IG比)を求めた。その結果を下記表5に示す。
【0055】
【表5】
【0056】
表5に示すようにラマンスペクトルのID/IG比は、アセチレン流量比が15%のときに最大となった。一方、図3にも示すようにアセチレン流量比が5%のときにはラマンスペクトルのピークが見られなかった。表5に示す結果によれば、アセチレン流量比が小さい場合に耐焼き付き性や密着性が低くなる理由は、TiC層中に、DLCのような構造の炭素が少なく、TiC層とDLC層の構造の変化が大きいためと考えられる。
【0057】
(FE−SEM断面観察)
次に、FE−SEMを用いて、DLC膜が形成された各試験片の破断面を観察した。その結果、アセチレン流量比が7.5%や10%の場合にはTiC層が柱状に成長し、アセチレン流量比が20%のときには粒状に成長していることが確認された。
【0058】
(中間層の炭素濃度分析)
中間層の炭素含有量と耐焼き付き性との関係を調査するため、FE−EPMAを用い、TiC層を成膜した段階の各試験片に対して元素分析を実施した。装置仕様は次の通りである。
EPMA:日本電子株式会社製JXA-8530F
X線分光器:波長分散型X線分光器(WDS)
分光結晶:TAP, PETH, LIFH,
LDE1H, LDE6H
【0059】
元素分析は、まず試験片をEPMAの試料室に導入し、加速電圧を15kV、照射電流を1.0×10−7Aとして電子ビームをTiC層を成膜した側の試験片表面に照射する。これによって試験片から発生する特性X線の波長や強度をX線分光器で測定する。そして、波長のピーク位置に基づいて測定範囲に含まれる元素を調べると共にピーク強度からZAF補正法を用いて成分組成を算出する。
【0060】
一方、本実施例ではTi層の膜厚が0.1μm、TiC層の膜厚が0.45μmであることから、EPMAによる測定対象の範囲には基材が含まれてしまう。したがって、上記方法で測定された成分組成は基材の影響を受けた成分組成であり、中間層のみの成分組成ではない。このため、中間層の炭素含有量を算出するためには基材由来の炭素量を差し引く必要がある。
【0061】
そこで、EPMAを用いて、前述のTiC層の元素分析と同様の方法で中間層成膜前の試験片の元素分析を実施した。中間層成膜前の試験片の成分組成は下記表6に示す通りである。
【0062】
【表6】
【0063】
この表6に示される成分組成を基に算出した中間層の炭素含有量[at%]は下記表7の通りである。なお、表7中の“基材由来のC”は、{(表6のC[at%]/表6のFe[at%])×表7のEPMA分析結果のFe[at%]}で算出される。
【0064】
【表7】
【0065】
表3の結果および表7の結果に鑑みれば、十分な耐焼き付き性と密着性を得るためには中間層の炭素含有量が53at%以上、77at%以下であれば良いことがわかる。
【0066】
(メタンガスを使用した場合の炭素含有量)
TiC層成膜工程で使用する成膜ガスをアセチレンガスからメタンガスに代えてTiC層の成膜処理を実施し、このときの中間層の成分組成を分析した。また、メタンガスを用いて形成したTiC層の表面にDLC層を形成し、DLC膜被覆部材のインデンテーション硬度HITを測定した。それらの結果を下記表8に示す。なお、TiC層成膜工程における成膜ガス以外の処理条件は、実施例3の条件と同一である。
【0067】
【表8】
【0068】
表8に示すように、メタンガスでTiC層を成膜した場合のDLC膜被覆部材のインデンテーション硬度HITは、アセチレンガスでTiC層を成膜した場合の硬度と同等であった。このため、DLC膜被覆部材としての硬度はメタンガスを使用した場合でも十分確保することができる。一方、メタンガスを使用してTiC層を成膜した場合には中間層の炭素含有量が35%程度となった。中間層がこのような低い炭素含有量であると、表3および表7の結果からわかるように耐焼き付き性が低下する。したがって、TiC層成膜工程の成膜ガスはアセチレンガスを用いることが好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明は、DLC膜被覆部材の製造に適用することができる。
【符号の説明】
【0070】
1 DLC膜被覆部材
2 基材
3 DLC膜
4 中間層
4a Ti層
4b TiC層
4c TiC傾斜層
5 DLC層
図1
図2
図3