【実施例】
【0033】
準備した試験片に異なる処理条件で中間層およびDLC層を成膜し、各試験片の特性について評価した。なお、本実施例では、試験片としてSCM415を用い、UBMスパッタ装置として株式会社神戸製鋼所社製UBMS707を用いた。
【0034】
(成膜前処理)
まず、試験片に浸炭焼入れ処理を施し、200℃で1時間焼き戻し処理を施した。その後、表面の最大高さ粗さRzが0.4μm以下になるまで試験片を研磨し、日本アルコール販売株式会社製ソルミックAP−1に試験片を浸し、3分間超音波洗浄を実施した。超音波洗浄終了後、試験片に対して窒素ブローを行い、試験片を乾燥し、その試験片をUBMスパッタ装置のチャンバー内に搬入した。その後、チャンバーの真空排気を行い、チャンバー内を2.6×10
−3Paに減圧した。
【0035】
続いて、所定の条件で基材の加熱処理とアルゴンボンバードメント処理を実施した。具体的には、まずヒーターの設定温度を700℃に設定し、30分間基材を加熱する(工程(a))。その後、ヒーターを停止し、5分間放置する(工程(b))。その後、アルゴンガスの流量を960ml/minに設定し、タングステンフィラメントに10Aの電流を流すと共に基材に−300Vのバイアス電圧を印加し、その状態を1分間保持する(工程(c))。次に、タングステンフィラメントへの電流および基材へのバイアス電圧の印加を停止して1分間放置する(工程(d))。その後、上記工程(c)を再び行う。このようにして工程(c)〜工程(d)を5回繰り返し行う。5回目の工程(d)の終了後、タングステンフィラメントに10Aの電流を流すと共に基材に−400Vのバイアス電圧を印加し、その状態を1分間保持する(工程(e))。続いて、タングステンフィラメントへの電流および基材へのバイアス電圧の印加を停止して1分間放置する(工程(f))。その後、上記工程(e)を再び行う。このようにして工程(e)〜工程(f)を10回繰り返し行い、基材の表面をクリーニングした。
【0036】
続いて、下記表1に示す条件でTi層の成膜処理およびTiC層の成膜処理を実施した。
【0037】
【表1】
【0038】
(Ti層成膜工程)
アルゴンボンバードメント処理の終了後、アルゴンガスの流量を調節してチャンバー内の圧力を0.4Paとした。その後、基材に印加するバイアス電圧を−200Vに変更すると共にスパッタ用パルス電源の出力を6kWにした。これにより、アルゴンガスがプラズマ化し、Tiターゲットのスパッタリングが開始される。その状態を15分間保持し、基材の表面に0.1μmのTi層を形成した。
【0039】
(TiC層成膜工程)
続いて、チャンバー内にアセチレンガスを導入し、基材に印加するバイアス電圧を−100Vに変更した。このとき、チャンバー内の圧力が0.4Paに保持されるようにアルゴンガスの流量も調節した。アセチレンガスの導入によって基材に炭素源が供給され、TiC層の成膜が開始される。その状態を105分間保持し、Ti層の表面に0.45μmのTiC層を形成した。本実施例では、TiC層成膜工程の成膜ガスを構成するアルゴンガスとアセチレンガスの流量比を変えて各試験片にTiC層を形成している。流量比の条件は下記表2の通りである。
【0040】
【表2】
【0041】
(DLC層成膜工程)
TiC層の成膜終了後、アルゴンガスの供給を停止し、アセチレンガスの供給量を調節してチャンバー内の圧力を1Paとした。このときのアセチレンの流量はおよそ1000ml/minである。そして、ヒーターの制御により試験片表面を180℃まで加熱し、パルス電源の放電電圧を−1.05kV、Duty比を30%、周波数を25kHzに設定して、75分間プラズマCVD法による成膜処理を行った。これにより、TiC層の表面に1.5μmのDLC層を形成した。
【0042】
以上の工程を経て得られた各試験片に対してファレックス試験およびロックウェル圧痕試験を行い、各試験片の耐焼き付き性とDLC膜の密着性を評価した。
【0043】
(ファレックス試験)
ヒーター加熱により油温が65±1℃、試験片が60±1℃となった段階で試験を開始した。最初は試験片を回転させずにVブロックで500Nの荷重を試験片に加え、その状態を1分間保持する。その後、試験片を300rpmで回転させながら、試験片に加える荷重を1分ごとに500Nずつ大きくしていく。そして、摩擦係数が急激に増加して異音が発生したところで試験機を停止し、そのときの負荷荷重を焼き付き荷重として記録した。
【0044】
(ロックウェル圧痕試験)
ロックウェルCスケール圧子(JIS Z 2245に準拠した先端の曲率半径が0.2mm、円錐角が120°のダイヤモンド)を用いて、初試験力98.07N、全試験力1471Nで各試験片に圧痕を形成した。そして、その圧痕周辺部のDLC膜の剥離の様子を金属顕微鏡で観察し、密着性をHF値で評価した。
【0045】
ファレックス試験で測定された各試験片の焼き付き荷重およびロックウェル圧痕試験による各試験片の密着性評価の結果を下記表3に示す。なお、以降の説明におけるアセチレン流量比のパーセント表記は、アルゴンガスとアセチレンガスから成る成膜ガスの総流量を100%としたときのその成膜ガスの総流量に対するアセチレンガスの流量の比率を示している。
【0046】
【表3】
【0047】
表3に示すように、TiC層成膜工程のアセチレン流量比が7.5%以上、15%以下の場合の焼き付き荷重は、アセチレン流量比が5%の場合や20%の場合の焼き付き荷重よりも飛躍的に大きくなっている。表3に示す結果によれば、TiC
層成膜工程ではアセチレン流量比を6.5以上、17%以下程度とすることにより、DLC膜被覆部材の耐焼き付き性を向上させられることがわかる。また、表3に示す結果によれば、アセチレン流量比を9%以上とした場合には、アセチレン流量比を7.5%とした場合に比べて更に耐焼き付き性を向上させることができる。
【0048】
また、表3に示すように、TiC層成膜工程のアセチレン流量比が7.5%以上、15%以下の場合には十分な密着性が得られる。即ち、TiC層成膜工程のアセチレン流量比を6.5%以上、17%以下程度とすれば、十分な耐焼き付き性と密着性が得られることがわかる。また、表3に示す結果によれば、アセチレン流量比が9%以上、12.5%以下の場合には密着性が更に向上することがわかる。
【0049】
以上の結果に示されるように、TiC
層成膜工程のアセチレン流量比を制御することで、DLC膜被覆部材の耐焼き付き性を向上させることが可能となる。次に、各試験片に特性の違いが生じる要因について調査した。
【0050】
(XRD測定)
株式会社リガク社製RiNT2000を用い、TiC層を成膜した段階の試験片表面においてCu管球を用いてXRD測定を実施した。XRD測定の条件は下記の通りとし、(111)面のTiCピーク(以下、TiC(111)ピークという)の半値全幅(FWHM)および強度を評価した。結果は下記表4の通りである。
X線出力:40kV、20mA
スキャンスピード:1.0sec
ステップ幅:0.05°
スキャン軸:2θ/θ
スキャン範囲:20°〜80°
【0051】
【表4】
【0052】
表4に示すように、TiC(111)ピークはアセチレン流量比が10%のときに半値幅が最も狭く、またピーク強度が最も大きくなった。アセチレン流量比が15%超えた場合にはTiC(111)ピークが急激にブロードになり、アセチレン流量比が20%の場合のTiC(111)ピーク強度は他の場合に比べて極めて小さくなった。このような結果となる理由は、アセチレン流量比が大きくなりすぎると、TiC層が柱状に成長せずに結晶性が悪くなるためであると考えられる。
【0053】
(ラマン分光分析)
続いて、顕微ラマン分光分析装置を用い、TiC層を成膜した段階の試験片に対してラマン分光分析を実施した。分析条件は下記の通りである。
露光時間:30sec
励起波長:532.22nm
グレーティング:600l/mm
スリット幅:φ50μm
アパーチャー:φ40μm
レーザー強度:3.8mW
【0054】
分光分析により得られたラマンスペクトルのDピークとGピークに対してピーク分離を行い、Dバンドのピーク強度IDとGバンドのピーク強度IGの強度比(ID/IG比)を求めた。その結果を下記表5に示す。
【0055】
【表5】
【0056】
表5に示すようにラマンスペクトルのID/IG比は、アセチレン流量比が15%のときに最大となった。一方、
図3にも示すようにアセチレン流量比が5%のときにはラマンスペクトルのピークが見られなかった。表5に示す結果によれば、アセチレン流量比が小さい場合に耐焼き付き性や密着性が低くなる理由は、TiC層中に、DLCのような構造の炭素が少なく、TiC層とDLC層の構造の変化が大きいためと考えられる。
【0057】
(FE−SEM断面観察)
次に、FE−SEMを用いて、DLC膜が形成された各試験片の破断面を観察した。その結果、アセチレン流量比が7.5%や10%の場合にはTiC層が柱状に成長し、アセチレン流量比が20%のときには粒状に成長していることが確認された。
【0058】
(中間層の炭素濃度分析)
中間層の炭素含有量と耐焼き付き性との関係を調査するため、FE−EPMAを用い、TiC層を成膜した段階の各試験片に対して元素分析を実施した。装置仕様は次の通りである。
EPMA:日本電子株式会社製JXA-8530F
X線分光器:波長分散型X線分光器(WDS)
分光結晶:TAP, PETH, LIFH,
LDE1H, LDE6H
【0059】
元素分析は、まず試験片をEPMAの試料室に導入し、加速電圧を15kV、照射電流を1.0×10
−7Aとして電子ビームをTiC層を成膜した側の試験片表面に照射する。これによって試験片から発生する特性X線の波長や強度をX線分光器で測定する。そして、波長のピーク位置に基づいて測定範囲に含まれる元素を調べると共にピーク強度からZAF補正法を用いて成分組成を算出する。
【0060】
一方、本実施例ではTi層の膜厚が0.1μm、TiC層の膜厚が0.45μmであることから、EPMAによる測定対象の範囲には基材が含まれてしまう。したがって、上記方法で測定された成分組成は基材の影響を受けた成分組成であり、中間層のみの成分組成ではない。このため、中間層の炭素含有量を算出するためには基材由来の炭素量を差し引く必要がある。
【0061】
そこで、EPMAを用いて、前述のTiC層の元素分析と同様の方法で中間層成膜前の試験片の元素分析を実施した。中間層成膜前の試験片の成分組成は下記表6に示す通りである。
【0062】
【表6】
【0063】
この表6に示される成分組成を基に算出した中間層の炭素含有量[at%]は下記表7の通りである。なお、表7中の“基材由来のC”は、{(表6のC[at%]/表6のFe[at%])×表7のEPMA分析結果のFe[at%]}で算出される。
【0064】
【表7】
【0065】
表3の結果および表7の結果に鑑みれば、十分な耐焼き付き性と密着性を得るためには中間層の炭素含有量が53at%以上、77at%以下であれば良いことがわかる。
【0066】
(メタンガスを使用した場合の炭素含有量)
TiC層成膜工程で使用する成膜ガスをアセチレンガスからメタンガスに代えてTiC層の成膜処理を実施し、このときの中間層の成分組成を分析した。また、メタンガスを用いて形成したTiC層の表面にDLC層を形成し、DLC膜被覆部材のインデンテーション硬度H
ITを測定した。それらの結果を下記表8に示す。なお、TiC層成膜工程における成膜ガス以外の処理条件は、実施例3の条件と同一である。
【0067】
【表8】
【0068】
表8に示すように、メタンガスでTiC層を成膜した場合のDLC膜被覆部材のインデンテーション硬度H
ITは、アセチレンガスでTiC層を成膜した場合の硬度と同等であった。このため、DLC膜被覆部材としての硬度はメタンガスを使用した場合でも十分確保することができる。一方、メタンガスを使用してTiC層を成膜した場合には中間層の炭素含有量が35%程度となった。中間層がこのような低い炭素含有量であると、表3および表7の結果からわかるように耐焼き付き性が低下する。したがって、TiC層成膜工程の成膜ガスはアセチレンガスを用いることが好ましい。