【文献】
筒井和久,外2名,”電磁波吸収シートによる導波管内の電磁波伝搬の減衰効果”,電気製鋼,電気製鋼研究会,2001年10月,第72巻,第4号,p.223−229
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示されるように、筐体の内部に突起物を周期的に設ける場合には、必然的に筐体の構造が複雑になってしまう。また、この種の高周波通信装置が搭載される機器に対する小型化、軽量化の要請に伴い、筐体の高さを小さくすることが望まれるが、筐体内部に周期的に突起物を設けるとすれば、筐体の高さを小さくすることが困難となる場合がある。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、簡素な構成によって、20GH以上の高周波域において、回路内における電気信号の間のカップリングを低減することができる高周波通信装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明にかかる高周波通信装置は、20GHz以上の対象周波数を有する信号を入力部から入力され、処理して出力部から出力する回路と、金属よりなり、前記回路を収容する筐体と、非金属材料よりなるマトリクス材料中に金属粒子を分散させてなり、前記筐体の内側面に設けられたシート状の電磁波吸収体と、を有し、前記電磁波吸収体は、厚さがt[cm]であり、前記対象周波数を有する電磁波に対して、前記電磁波の伝搬方向に沿った単位長さあたりの吸収効果率としてA[dB/cm]の値を示し、前記吸収効果率が、A[dB/cm]/t[cm]≧10[dB/cm
2]を満足することを要旨とする。
【0008】
ここで、前記電磁波吸収体は、TE10モードに対する吸収効果率A’[dB/cm]が、A’[dB/cm]/t[cm]≧10[dB/cm
2]を満足することが望ましい。また、前記電磁波吸収体は、前記回路の入力部と出力部を結ぶ方向に沿った前記筐体の面に設けられ、前記電磁波吸収体のシート面に沿って伝搬される前記対象周波数を有する電磁波に対する吸収効果率が、5dB/cm以上であるとよい。そして、前記電磁波吸収体は、TE10モードに対する吸収効果率が、5dB/cm以上であるとよい。
【0009】
また、前記金属粒子の平均粒径が10μm以下であるとよい。そして、前記電磁波吸収体における前記金属粒子の含有量が15〜30体積%の範囲にあるとよい。そして、前記金属粒子のアスペクト比が2以下であるとよい。
【発明の効果】
【0010】
上記発明にかかる高周波通信装置においては、金属よりなる筐体の内側面に、シート状の電磁波吸収体が設けられている。そして、厚さがt[cm]の電磁波吸収体が、20GHz以上の対象周波数を有する電磁波に対して、伝搬方向に沿った単位長さ[cm]あたりの減衰量[dB]として示す吸収効果率A[dB/cm]が、A[dB/cm]/t[cm]≧10[dB/cm
2]を満足する。そのため、筐体内部での20GHz以上の周波数を有する電磁波の伝搬を抑制し、入力信号と出力信号の間等、処理回路内の電気信号の間のカップリングを効果的に低減することができる。また、シート状に形成された電磁波吸収体を、貼り付け等によって筐体の内側面に設けることで、カップリングの低減を簡素な構成で実現することができる。
【0011】
ここで、電磁波吸収体において、TE10モードに対する吸収効果率A’[dB/cm]が、A’[dB/cm]/t[cm]≧10[dB/cm
2]を満足する場合には、回路内における電気信号の間のカップリングの主要な要因となるTE10モードの電磁波を減衰させることで、信号の間のカップリングを効果的に低減することができる。
【0012】
また、電磁波吸収体が、回路の入力部と出力部を結ぶ方向に沿った筐体の面に設けられ、電磁波吸収体のシート面に沿って伝搬される対象周波数を有する電磁波に対する吸収効果率が、5dB/cm以上である場合、そして、電磁波吸収体において、TE10モードに対する吸収効果率が、5dB/cm以上である場合には、処理回路の入力信号と出力信号の間のカップリングを一層効果的に低減することができる。
【0013】
また、金属粒子の平均粒径が10μm以下である場合、また電磁波吸収体における金属粒子の含有量が15〜30体積%の範囲にある場合、そして金属粒子のアスペクト比が2以下である場合には、高い吸収効果率を有する電磁波吸収体シートを形成しやすい。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態にかかる高周波通信装置について、図面を参照しながら説明する。
【0016】
[高周波通信装置の概略]
本発明の一実施形態にかかる高周波通信装置1は、
図1に概略を示すような構成を有している。高周波通信装置1は、略直方体形の箱状の筐体10と、筐体10の内部に収容された処理回路11を有している。筐体10は、例えば、Al、Cu、またはそれらのいずれかを主成分とする合金等の金属材料よりなっている。処理回路11は、誘電体よりなるプリント回路基板(PCB)12上に形成されている。処理回路11には、高周波信号を入力する入力部11aと、高周波信号を出力する出力部11bが、それぞれマイクロストリップ線路として設けられている。入力部11aと出力部11bにはそれぞれ、筐体10の外側に突出し、配線、別の回路、アンテナ等、外部の部材と接続可能な入力端子13および出力端子14が設けられている。処理回路11においては、入力部11aから入力された電気信号に対して所定の処理を加えて、出力部11bから出力することができるように、実装面11sに、トランジスタ、IC等の素子11cが実装され、各素子11cの間がマイクロストリップ線路よりなる素子間線路11dで所定のパターンに接続されている。所定の処理とは、例えば、増幅、ノイズ除去、スイッチング、周波数変換を行うダウンコンバート(例えば24GHz→100kHz)およびアップコンバート等であり、処理回路11として、例えば高周波送受信回路として用いられるものを適用することができる。入力部11aと出力部11bを結ぶ方向は、筐体10の長手方向軸に略一致している。
【0017】
処理回路11を設けたプリント回路基板12は、筐体10を構成する天井面10aに略平行になるように、筐体10内に収容されている。プリント回路基板12は、素子11cおよびマイクロストリップ線路11a,11b,11dが設けられた処理回路11の実装面11sを筐体10の天井面10aに向けて、配置されている。天井面10aは、平坦な面である。天井面10aの内側には、プリント回路基板12に対向して、シート状の電磁波吸収体15が貼り付けられている。電磁波吸収体15の詳細については後述するが、非金属材料よりなるマトリクス材料中に、金属粒子を分散させたものよりなっている。
【0018】
電磁波吸収体15は、下記のように、所定の吸収効果率を有することで、マイクロストリップ線路11a,11b,11dで起こり得る信号のカップリングを低減することができる(デカップリング)。電磁波吸収体15が筐体10の天井面10aに貼り付けられていなければ、天井面10aをはじめとして、筐体10の内壁面に金属が露出されていることで、このようなカップリングの影響が大きくなり、処理回路11における信号処理に深刻な影響を与える可能性がある。しかし、電磁波吸収体15を貼り付けることで、このようなカップリングを低く抑えることができる。その結果、処理回路11の信頼性を高めることができる。
図1では、天井面10a全体を覆うように電磁波吸収体15が配置されているが、天井面10aの一部のみを覆うものであってもよい。ただし、入力部11aと出力部11bの間のカップリングを効果的に抑制する観点から、入力部11aと出力部11bを結ぶ長手方向に沿って、入力部11aと出力部11bの間を結ぶ天井面10a上の領域を少なくとも覆うように、電磁波吸収体15を設けることが好ましい。
【0019】
本実施形態においては、電磁波吸収体15を筐体10の天井面10aに設けているが、電磁波吸収体15は、天井面10aに限らず、筐体10の任意の内側面に設けることができる。例えば、筐体10の長手方向に沿った側方面(
図1で紙面手前側および奥側の面)や、入力端子13および出力端子14がそれぞれ設けられた端面(
図1で左右に配置されている面)に電磁波吸収体15を設ける場合を挙げることができる。これらのうち、処理回路11の入力部11aと出力部11bを結ぶ方向に沿った面である天井面10aや側方面に設ける場合が、入力部11aと出力部11bの間のカップリングを効果的に抑制できるため、好適である。処理回路11で信号のカップリングを媒介する電磁波は、主に処理回路11の実装面11sの上方の空間を伝搬されるので、カップリングを効果的に低減する観点から、電磁波吸収体15を天井面10aに設けることが特に好適である。高周波通信装置1を小型化、軽量化する観点から、筐体10の高さが小さく設計されている場合に、空間的制約があるなかでも電磁波吸収体15を配置しやすいという観点からも、天井面10aに電磁波吸収体15を設けることが好適である。端面に設ける際には、入出力端子13,14やそれらに接続された配線と干渉しないように、例えば、端面のうち、入出力端子13,14よりも上方(天井面10a側)の領域にのみ、電磁波吸収体15を設けるようにすればよい。電磁波吸収体15は、筐体10の内側面のうち、複数の面に設けてもよい。
【0020】
さらに、本実施形態においては、平坦な天井面10aに電磁波吸収体15が設けられたが、電磁波吸収体15を設ける筐体10の内側面は、平坦面以外に、曲面や凹凸面であってもよい。それらの場合、電磁波吸収体15を、曲面形状や凹凸形状に沿わせるようにして設ければよい。ここで、凹凸形状には、筐体10に不可避的に形成されるものも、意図的に形成されるものも含まれるが、特許文献1に開示されているような、電磁波の減衰を目的として設けられる、電磁波の波長と同程度またはそれ以下の周期を有する微細な凹凸構造とは区別される。意図的に形成される凹凸構造として、例えば、放熱のために天井面10aに設けられるフィン構造を挙げることができる。
【0021】
[電磁波吸収体の構成]
次に、電磁波吸収体15について、詳細に説明する。上記のように、電磁波吸収体15は、非金属材料よりなるマトリクス材料中に金属粒子が分散されたシート体として形成されている。
【0022】
電磁波吸収体15は、電磁波に対して所定の減衰特性を有している。つまり、20GHz以上の対象周波数を有する信号が入力部11aから入力され出力部11bから出力される処理回路11を備えた高周波通信装置1において、その対象周波数と同じ周波数を有する電磁波に対する吸収効果率Aが、所定の数式を満足する。
【0023】
本明細書において、「吸収効果率」(A)とは、減衰させるべき電磁波の伝搬方向に沿った単位長さ(cm)あたりの減衰量(dB)として、
A=−20{log
10(出力電圧(V)/入力電圧(V))}/電磁波吸収体の長さ(cm) (式1)
と定義される。なお、出力電圧(V)および入力電圧(V)は、電磁波をトランスデューサに入出力して得られる電気信号の電圧値として計測することができる。吸収効果率は、dB/cmを単位として表される。dB/cmは、減衰させる対象である電磁波の伝搬方向における長さあたりのdBを示している。吸収効果率が5dB/cmであれば、電磁波吸収体15を貼った長さが3cmなら15dBの吸収効果があることを意味する。
【0024】
本電磁波吸収体15は、厚さをt[cm]として、対象周波数を有する電磁波に対する吸収効果率A[dB/cm]が、以下の式2を満たす。
A[dB/cm]/t[cm]≧10[dB/cm
2] (式2)
【0025】
上記のように、入力部11aおよび出力部11b等、処理回路11に実装されたマイクロストリップ線路の間で起こる電磁的なカップリングは、電磁波を媒介として起こる。電磁波吸収体15が、式2で規定される吸収効果率を有し、カップリングの媒介となる電磁波を効果的に減衰させることで、入力部11aと出力部11bの間をはじめとするマイクロストリップ線路の間のカップリングを低減することができる。
【0026】
ここで、厚さで規格化した電磁波吸収体15の吸収効果率A/tの下限値を10dB/cm
2としたのは、高周波通信装置1の一種であるマイクロ波増幅器を用いて、筐体10内における電磁波吸収体15の有無と増幅器の利得の関係を調べた予備的な試験の結果に基づいている。具体的には、筐体10内に電磁波吸収体15を設けなければ、筐体10内での電磁的な共振によって増幅器が発振を起こし、利得が不安定になった。これに対し、電磁波吸収体15を筐体の天井面10aに設けると、周波数に対する依存性が小さい、安定した利得が得られた。特に、電磁波吸収体15として、厚さが1mmで、吸収効果率が5dB/cm以上のもの(例えば、Fe−7Cr−9Alよりなる平均粒径15μmの粒子を28体積%含有するもの)を用いると、増幅器筐体の長さが5cmの場合に、25dBm±1dBmの利得が安定して得られた。一般的なマイクロ波増幅器において、筐体の長さは5cm以上あることが多く、また25dBmの利得は実用的に十分なものである。
【0027】
この試験では、25dBmの利得に対して、1dBmとの低いノイズレベルが達成されたが、増幅された信号に対して、ON/OFFの判定を行う場合等、これよりも高いノイズレベルが許容されることも多い。一般的なON/OFF判定においては、基準となる信号強度の50%に閾値を定めているが、±20%までの誤差が許容される。この場合には、25dBの利得に対して、±2.5dBm程度のノイズが許容される。上記の試験では、吸収効果率が5dB/cm以上の電磁波吸収体15を用いて、±1dBmのノイズが生じていたが、±2.5dBmまでのノイズを許容する場合には、電磁波吸収体15として、1dB/cm以上の吸収効果率を有するものを用いてもよいことになる。そこで、厚さtで規格化した吸収効果率Aについて、A/t=1[dB/cm]/0.1[cm]=10dB/cm
2との下限値を規定し、上記の式2を設定している。さらに好ましくは、下限値を、15dB/cm
2とすればよい。
【0028】
電磁波吸収体15の厚さが極端に大きくない領域においては、電磁波吸収体15の吸収効果率は、電磁波吸収体15の厚さとの間に良い相関性を有し、厚い電磁波吸収体15ほど、大きな吸収効果率を示す。十分な大きさの吸収効果率を得る観点から、電磁波吸収体15の厚さは、0.1mm以上とすることが好ましい。また、一般的な筐体10の大きさを考えると、電磁波吸収体15の厚さは、3mm以下であることが好ましく、1mm以下であればさらに好ましい。厚さ0.1〜3mmの範囲においては、電磁波吸収体15の吸収効果率Aは、厚さtとの間に高い相関性を有し、特に、厚さ0.1〜1mmの範囲においては、吸収効果率Aは、厚さtに対して、一次的または二次的に、ほぼ比例する(A∝tまたはA
2∝t)とみなすことができる。
【0029】
上記のように、入力部11aおよび出力部11b等、処理回路11に実装されたマイクロストリップ線路の間で起こる電磁的なカップリングは、2つのマイクロストリップ線路を結ぶ方向に沿って伝搬される電磁波を媒介として起こる。この媒介となる電磁波は、処理回路11の実装面11sの上方や側方の空間を伝搬される。カップリングを媒介する電磁波を効果的に減衰させる観点から、電磁波吸収体15は、この電磁波が伝搬される方向にシート面が沿うように、筐体10内に配置することが好ましい。よって、上記のように、入力部11aと出力部11bの間のカップリングを特に抑制したい場合には、入力部11aと出力部11bを結ぶ方向に沿った筐体10の面、つまり天井面10aや側方面に電磁波吸収体15を設けることが好ましい。そして、電磁波吸収体15は、シート面に沿った方向に伝搬される電磁波に対して、高い吸収効果率を示すことが好ましい。上記の予備的な試験の結果によれば、ON/OFF判定等、高い信号精度が要求されない場合においては、電磁波吸収体15が、対象周波数を有し、シート面に沿って伝搬される電磁波に対して、1dB/cm以上の吸収効果率を示すことが好ましい。一方、ON/OFF判定程度ではなく、例えばオーディオ装置のように、詳細な信号レベルの解析が要求される場合には、上記の試験で確認されたように、電磁波吸収体15は、シート面に沿って伝搬される電磁波に対して、5dB/cm以上の吸収効果率を有することが好ましい。電磁波吸収体15がこのような吸収効果率を有していれば、カップリングの媒介となる電磁波を効果的に減衰させることで、入力部11aと出力部11bの間をはじめとするマイクロストリップ線路の間のカップリングを低減することができる。吸収効果率は、6dB/cm以上であればさらに好ましい。ON/OFFの判定であっても、6dB/cm以上の吸収効果率が必要とされる場合もある。
【0030】
上記のように、処理回路11の入力部11aと出力部11bを結ぶ方向は、略直方体状の筐体10の長手方向に沿っているため、入力信号と出力信号の間のカップリングを媒介する電磁波は、筐体10の長手方向に沿って伝搬される。この場合に、金属よりなる筐体10は、一種の方形導波管として機能し、電磁波のエネルギーは、導波管モードによって筐体10の長手方向に伝搬される。なかでも、導波管モードのうち、TEモードが支配的となる。特に、筐体10の幅(実装面11sと天井面10aを結ぶ高さ方向、および長手方向に交差する辺の長さ)aが、自由空間での電磁波の波長λの半分以上であれば(a≧1/2λ)、実質的に、基本波であるTE10モードの電磁波が伝搬される。そこで、入力部11aと出力部11bの間のカップリングを効果的に低減する観点から、電磁波吸収体15は、対象周波数の電磁波に対応するTE10モードに対する吸収効果率A’が、以下の式3を満たすものであることが好ましい。
A’[dB/cm]/t[cm]≧10[dB/cm
2] (式3)
右辺に示す下限値が、15dB/cm
2であれば、さらに好ましい。また、処理回路11の入力部11aと出力部11bを結ぶ方向に沿って電磁波吸収体15が設けられ、電磁波がシート面に沿って伝搬される場合に、電磁波吸収体15は、TE10モード対して、5dB/cm以上、好ましくは6dB/cm以上の吸収効果率A’を有することが望ましい。
【0031】
種々の通信機器において高周波化が進んでいることに鑑み、電磁波吸収体15は、20GHz以上の可能な限り高い周波数を有する電磁波に対して、上記式2や式3を満たすこと、また、5dB/cm以上の吸収効果率を有することが好ましい。特に、24GHz以上、さらには76GHz以上の電磁波に対しても、上記式2や式3を満たし、また、5dB/cm以上、好ましくは6dB/cm以上の吸収効果率を有するとよい。なお、電磁波吸収体15の吸収効果率の上限値は、特に定められるものではない。
【0032】
電磁波吸収体15の吸収効果率は、実際の高周波通信装置1において用いられる筐体10の内側面に電磁波吸収体15を貼り付けて評価してもよいが、モデル構造を用いて評価してもよい。モデル構造としては、
図2および後の実施例において示すように、導波管20の内側面の1つにシート状の電磁波吸収体15を貼り付け、スペクトラムアナライザ、ネットワークアナライザ等を用いて、特定の周波数成分の吸収効果率を計測する構成を例示することができる。
【0033】
電磁波吸収体15において、マトリクス材料中に分散される金属粒子は、上記のような吸収効果率を実現できるものであれば、成分組成を限定されるものではない。また、電磁波吸収体15の吸収効果率は、金属粒子の成分組成よりも、粒径やアスペクト比のような物理形状、また含有量に大きく依存する。そして、成分組成そのものとしては高い吸収効果率を比較的得にくい場合にも、金属粒子の物理形状や含有量を適切に調整することで、上記のような吸収効果率を実現することができる。特に、金属粒子の成分組成が異なっていても、金属粒子の粒径および含有量に対する吸収効果率の依存性は、同様の傾向を示すので、金属粒子の粒径および含有量を調整することで、系統的に吸収効果率を変化させることができる。
【0034】
金属粒子の粒径を小さくするほど、電磁波吸収体15において、高周波の電磁波に対して高い吸収効果率を示すことができる。多くの成分組成において、金属粒子の平均粒径(D
50)を10μm以下とすれば、20GHz以上の帯域で、上記式2や式3を満たし、5dB/cm以上の吸収効果率を有する電磁波吸収体15を得やすくなる。また、10μm以下の領域では、金属粒子の平均粒径を変化させても、電磁波吸収体15の吸収効果率がほとんど変化を示さなくなり、安定して高い吸収効果率を得ることができる。金属粒子の粒径が小さいほど、表皮深さ(skin depth)が粒子の径に対して相対的に大きくなるために、特に高周波帯域での吸収効果率が大きくなると解釈される。さらに好ましくは、平均粒径が6μm以下であるとよい。
【0035】
また、金属粒子のアスペクト比(平均粒径/厚さ)が小さいほど、電磁波吸収体15において、シート面に沿って伝搬される電磁波に対して高い吸収効果率を示すことができる。アスペクト比が大きいと、電磁波吸収体15において、金属粒子が長軸を電磁波吸収体15のシート面に平行あるいはそれに近い方向に向けて配向しやすくなり、金属粒子の集合体があたかも金属シートのように作用し(シート面に平行な方向の見かけの誘電率が高くなって、電磁波が浸透しにくくなり)、電磁波を反射しやすくなる。すると、電磁波吸収体15によって電磁波を吸収しにくくなる。具体的には、金属粒子のアスペクト比を2以下とすることが好ましい。
【0036】
後に実施例において示すように、電磁波吸収体15において、電磁波に対する吸収効果率は、金属粒子の含有量(充填量)に対して、極大点を有する二次関数的な挙動を示す(
図3(b)参照)。この挙動は、金属粒子の成分組成が変化しても、同様となる。上記のように、電磁波吸収体15の吸収効果率は、金属粒子の平均粒径やアスペクト比に依存するが、多くの場合において、金属粒子の含有量を、15体積%以上かつ30体積%以下とすれば、20GHz以上の帯域において、5dB/cm以上の吸収効果率を得やすくなる。金属粒子の含有量を上記の範囲とすることで、金属粒子が有する減衰特性を効果的に利用することができるとともに、金属粒子の集合体が金属面のように作用して電磁波を反射してしまうのを抑制することができる。特に、金属粒子の平均粒径を10μm以下とし、含有量を15〜30体積%とすれば、5dB/cm以上の吸収効果率を安定して得やすくなる。
【0037】
上記のように、金属粒子の成分組成は、特に指定されるものではない。種々の金属材料のうち、Fe系の材料として、Fe、カルボ鉄(純鉄に少量の炭素を含んだFe系材料)、Fe−Si系合金、Fe−Si−Al系合金(センダスト)、Fe−Ni系合金(パーマロイ)、Fe−Co系合金、Fe−Cr系合金、Fe−Cr−Al系合金、Fe−Cr−Si系合金、フェライト系ステンレス合金、オーステナイト系ステンレス合金を挙げることができる。また、Fe系以外の合金材料の例として、Ni基合金、Co基合金、Ni−Cr系合金を挙げることができる。
【0038】
上記で列挙した各種金属材料のうち、20GHz以上の電磁波に対して特に良好な減衰特性を示すものとして、Fe−Si系合金、Fe−Cr系合金、Fe−Cr−Al系合金、Fe−Cr−Si系合金、フェライト系ステンレス合金、オーステナイト系ステンレス合金を挙げることができる。これらのうち、Fe−Si系合金、Fe−Cr系合金、Fe−Cr−Si系合金が特に良好な減衰特性を示す。具体的には、質量%で、3%≦Cr≦25%および0.5%≦Si≦10%の少なくとも一方を含有し、残部が実質的にFeおよび不可避的不純物よりなる合金を、特に好適なものとして挙げることができる。中でも、上記範囲のCr,Siを両方含むFe−Cr−Si系合金が好適である。上記のCr、Siに加え、さらに、0.1%≦Ni≦25%、0.1%≦Mo≦5%、0<C≦0.5%のうちの少なくとも1種が任意に含まれてもよい。これらの組成範囲にある合金種の例として、Fe−13Cr−1Si(Fe−13%Cr−1%Si:以下同様)、Fe−4Cr−8Si、SUS 316(L)(Fe−17Cr−13Ni−2.5Mo)、HK30(Fe−25Cr−20Ni−0.3C)を挙げることができる。また、オーステナイト系ステンレス合金も特に良好な金属材料として用いることができ、具体的には、13%≦Cr≦20%および3%≦Ni≦15%を含有する合金を好適に用いることができる。この範囲の組成を有する合金種の例としては、SUS 316(L)、SUS 630(Fe−17Cr−4Ni−4Cu−Nb)等を挙げることができる。
【0039】
また、電磁波吸収体15は、高周波通信装置1に用いられるものであるが、高周波通信装置1は、車両等、屋外で用いられる装置、設備に設置されることも多く、塩素系ガス、硫黄系ガス等、腐食性ガスの濃度が高い環境で用いられることも想定される。このような場合には、金属粒子を構成する金属材料が、高い耐食性を有することが好ましい。上記で列挙した各種金属材料のうち、特に高い耐食性を有するものとして、フェライト系ステンレス合金およびオーステナイト系ステンレス合金を挙げることができる。フェライト系ステンレス合金およびオーステナイト系ステンレス合金は、減衰特性と耐食性の両方に優れており、特に好適に用いることができる。
【0040】
電磁波吸収体15を構成するマトリクスは、非金属材料よりなる。非金属材料には、誘電体や磁性体が含まれる。具体的なマトリクス材料の種類は、特に限定されるものではない。しかし、電磁波吸収体15の生産性、取扱性の観点から、誘電体、特に、樹脂(プラスチック材料)、ゴム、エラストマー等、有機高分子よりなるものや、アルミナ等、酸化物または窒化物よりなるものであることが好ましい。特に、可塑性樹脂等、流動性の高い状態で金属粒子と混合し、所望の形状に成形した後、流動性の低い状態とすることができる高分子材料であることが好ましい。具体的には、塩素化ポリエチレン、アクリルゴム、シリコンゴム、EPDM(エチレン・プロピレン・ジエンゴム)、エチレン・プロピレンゴム、ポリフェニレンサルファイド、エポキシ樹脂、液晶ポリマー等を、好ましい材料として挙げることができる。また、マトリクス材料には、絶縁性フィラー等、金属粒子の電磁的特性に影響を与えない範囲で、有機高分子や酸化物、窒化物以外の材料が含まれてもよい。
【0041】
このように、天井面10aをはじめとする筐体10の内側面に、所定の減衰特性を有するシート状の電磁波吸収体15を貼り付け等によって設置するという簡素な構成で、金属製の筐体10に処理回路11が収容された高周波通信装置1において、処理回路11の入力部11aと出力部11bの間等、マイクロストリップ線路間での信号のカップリングを効果的に抑制することができる。
【0042】
電磁波吸収体15は、例えば以下のようにして製造することができる。まず、金属粒子を準備する。例えば、合金組成の均一化、小粒径および低アスペクト比の達成等の観点から、溶湯噴霧法を好適に用いることができる。
【0043】
次に、得られた金属粒子をマトリクス材料と混合し、分散させる。例えば、マトリクス材料が有機高分子材料である場合に、スラリー状にした有機高分子材料と金属粒子を、所定の混合比で撹拌混合脱泡機等を用いて混合してから、型枠等を用いて所望の形状に成形すればよい。そして、乾燥等によって樹脂材料を固化させればよい。マトリクス材料が酸化物や窒化物等、無機物である場合には、PVDやCVDのような成膜工程により、電磁波吸収体15を形成してもよい。例えば、Al
2O
3(アルミナ)等、マトリクス材料のターゲット中に、所定の体積比(例えば28体積%)で、SUS316等、金属粒子を構成する金属材料を埋め込んだものを用い、PVDによって、基材となるPETフィルムに蒸着・スパッタ成膜してもよい。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を用いて本発明をより具体的に説明する。
【0045】
(電磁波吸収体の作製)
まず、溶湯噴霧法により、表1,2に示す各種成分組成と粒径を有する金属粒子を作製した。そして、得られた金属粒子を、所定の含有量となるように、可塑性エポキシ樹脂(サンユレック社製「R−145」)に添加し、撹拌混合脱泡機を用いてスラリー混合した。得られた混合スラリーを型枠に流し込んで、シート状とした。そして、乾燥、型抜き、厚み調整を行い、評価対象とする電磁波吸収体試料を得た。なお、金属粒子の平均粒径(D
50)は、レーザー回折・散乱方式粒度分布測定によって見積もった。
【0046】
(吸収効果率の評価)
上記で得られた各種電磁波吸収体試料について、シート面に沿って伝搬される電磁波に対する吸収効果率を、導波管法にて見積もった。評価方法の概要を
図2に示す。評価には、JIS WRJ−22で規定される方形導波管20を用いた。導波管口の大きさは、横a=10.668mm、縦b=4.318mm、導波管20の長さは100mmとした。この導波管20の天井面、側方面、端面のうち、1つの面を選択し、上記で得られた電磁吸収体試料15を貼り付けた。天井面および側方面に貼り付ける場合には、それぞれ、横×長さ方向の面および縦×長さ方向の面の1つの内側に、一面ほぼ全域を覆うようにして、貼り付けを行った。端面の場合には、端面の一部を開口させた状態で、横a’=9mm、縦b’=4mmの試料を貼り付けた。
図2においては、天井面に電磁波吸収体試料15を貼り付ける形態を示している。
【0047】
そして、トランスデューサ(不図示)を用いて、導波管20に、周波数17.60〜26.70GHzのマイクロ波を発生させた。そして、ネットワークアナライザを用いて、23.99GHzの成分について、透過率S
21(長手方向に透過する割合)を計測した(空気の場合、S
21≒1)。そして、透過率S
21の値をもとに、電磁波吸収体試料15による吸収効果率を算出した。なお、マイクロ波の波長に対して導波管口の横の長さaが比較的短いこと等を要因として、今回の評価に用いた導波管20において、高次のモードでは、ポインティングベクトルエネルギー(搬送エネルギー)が小さいので、エネルギーをほとんど伝搬しない。
図2中に示したように、ドミナントにTE10モードが発生し、伝搬される。
【0048】
(結果と考察)
表1に、導波管の天井面に電磁波吸収体試料を貼り付けた場合について、各電磁波吸収体試料を構成する導電性粒子の成分組成と平均粒径(D
50)、含有量、電磁波吸収体試料のシート厚さと、導波管法によって得られた吸収効果率の測定結果を示す。また、吸収効果率Aを厚さtで規格化した値(規格化吸収効果率)A/tも併せて示す。なお、試料Z1は、導波管20内に電磁波吸収体試料15を設けず、空気のみが導波管20内に存在する状態で計測を行ったものである。また、試料Z2は、金属粒子を用いずに、マトリクス材料のみをシート状に成形したものを電磁波吸収体試料15として用いたものである。なお、各金属粒子のアスペクト比としては、1.0〜1.8の範囲にあるものを使用した。
【0049】
【表1】
【0050】
表1によると、試料Z2の金属粒子を含有しないシートを用いた場合には、規格化吸収効率が1dB/cm
2未満の小さな値になっているのに対し、電磁波吸収体試料に金属粒子を含有させた場合には、いずれの電磁波吸収体試料についても、10dB/cm
2以上の規格化吸収効率が得られている。
【0051】
図3(a)に、金属粒子の平均粒径を変化させた時の導波管における吸収効果率の挙動を示す。ここでは、金属粒子の含有量が25体積%近傍の場合について、成分組成ごとに示してあり、Fe−13Cr−1Siについては試料A3、Fe−4Cr−8Siについては試料B1〜B3、Fe−7Cr−9Alについては試料C3、カルボ鉄については試料D1〜D3の結果を掲載している。この図によれば、特に、Fe−4Cr−8Siに着目すると、平均粒径が10μm以下の領域では、吸収効果率にほぼ粒径依存性が見られないのに対し、10μmを超えると、急激に吸収効果率が劣化し、6dB/cmよりも悪くなる。さらに平均粒径が15μmに達すると、吸収効果率が5dB/cmよりも悪くなる。また、平均粒径が10μm以下の領域で、成分組成によらず、ほぼ同じ7〜8dB/cmの高い吸収効果率が得られている。このことより、成分組成によらず、金属粒子の平均粒径を10μm以下とすることで、安定して5dB/cm以上の高い吸収効果率を得られることが分かる。
【0052】
図3(b)に、金属粒子がFe−13Cr−1Siよりなる場合(平均粒径9.1μm;試料A1〜A5)と、Fe−7Cr−9Alよりなる場合(平均粒径15.0μm;試料C1〜C5)について、金属粒子の含有量を変化させた時の導波管における吸収効果率の挙動を示す。これを見ると、いずれの場合にも、吸収効果率は、25〜30体積%付近に極大を有する二次関数的な挙動を示している。そして、特に平均粒径が10μm以下となっているFe−13Cr−1Siの場合には、含有量がおおむね15〜30体積%の領域において、5dB/cm以上の吸収効果率が得られている。
【0053】
次に、上記の試料A6,A7,E1と同じ電磁波吸収体シートを、導波管の天井面以外の面に貼り付けた場合について、吸収効果率の測定結果を表2に示す。
【0054】
【表2】
【0055】
表2によると、いずれの位置に電磁波吸収体試料を貼り付けた場合にも、10dB/cm
2以上の規格化吸収効率が得られている。しかし、その値の大きさは、貼り付け位置によって異なっており、いずれの成分組成、シート厚さにおいても、天井面に貼り付けた場合に、最も大きな(規格化)吸収効果率が得られている。
【0056】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態および実施例に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。