特許第6648873号(P6648873)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

6648873乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6648873
(24)【登録日】2020年1月20日
(45)【発行日】2020年2月14日
(54)【発明の名称】乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物
(51)【国際特許分類】
   A23L 5/00 20160101AFI20200203BHJP
   A23J 3/16 20060101ALI20200203BHJP
【FI】
   A23L5/00 L
   A23L5/00 M
   A23J3/16 502
【請求項の数】13
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2019-558804(P2019-558804)
(86)(22)【出願日】2019年3月29日
(86)【国際出願番号】JP2019014140
【審査請求日】2019年10月28日
(31)【優先権主張番号】特願2018-66889(P2018-66889)
(32)【優先日】2018年3月30日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000236768
【氏名又は名称】不二製油グループ本社株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100157956
【弁理士】
【氏名又は名称】稲井 史生
(72)【発明者】
【氏名】狩野 弘志
(72)【発明者】
【氏名】本山 貴康
【審査官】 戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−16347(JP,A)
【文献】 特開2013−13395(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/084094(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 5/00
A23J 3/16
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/FSTA/
WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質、油脂及び炭水化物の総量を100質量%としたときの組成が、タンパク質10〜70質量%、油脂30〜90質量%及び炭水化物0〜40質量%である乳化組成物であって、
該タンパク質中50質量%以上が下記a)〜d)の全特徴を有する植物性タンパク質素材由来であること、
を特徴とする、乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物:
a)固形分中のタンパク質含量が70質量%以上、
b)NSIが80以上、
c)分子量分布の測定結果で10000Da以上の面積比率が50〜80%、かつ2000Da以上10000Da未満の面積比率が10〜40%、
d)22質量%溶液を80℃で30分間加熱したときにゲル化しないこと。
【請求項2】
タンパク質、油脂及び炭水化物の総量を100質量%としたときの組成が、タンパク質20〜60質量%、油脂40〜80質量%である、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
【請求項3】
植物性タンパク質素材が、さらに、2000Da未満の面積比率が13%以下であることを特徴とする、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
【請求項4】
植物性タンパク質素材が、分子量分布の測定結果で10000Da以上の面積比率が60〜75%、かつ2000Da以上10000Da未満の面積比率が10〜35%、かつ2000Da未満の面積比率が9%以下であることを特徴とする、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
【請求項5】
乳タンパク質を含まないことを特徴とする、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
【請求項6】
動物性タンパク質を含まないことを特徴とする、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
【請求項7】
植物性タンパク質素材の、タンパク質含量が10質量%となるように調製した水溶液の粘度が50mPa・s以下であることを特徴とする、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
【請求項8】
平均粒子径が1μm以下であることを特徴とする、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
【請求項9】
多価金属イオンをさらに含む、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
【請求項10】
請求項1〜9のいずれか記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物を配合してなる、乳化食品。
【請求項11】
乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物を乳化食品に対して0.1〜99質量%含むことを特徴とする、請求項10記載の乳化食品。
【請求項12】
該乳化食品の種類が、カゼイン塩が標準的に配合されているものであって、該カゼイン塩が含まれない、請求項10記載の乳化食品。
【請求項13】
流動食又はホワイトナーである、請求項10記載の乳化食品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
この出願は、平成28年3月30日に日本国特許庁に出願された出願番号2018−66889号の優先権の利益を主張する。優先権基礎出願はその全体について、出典明示により本明細書の一部とする。
【0002】
本発明は乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物に関する。
【背景技術】
【0003】
カゼインなどの乳タンパク質は高濃度の溶液でも低粘度であり、高い乳化性と溶解性を併せ持つことから、クリームやホワイトナーなどの水中油型乳化物、マーガリンなどの油中水型乳化物、濃厚流動食などの乳化食品に広く用いられている。
一方、人口増加に伴う食糧供給不安から、動物性タンパク質を使用した食品から植物性タンパク質を使用した食品に代替する試みが行われている。
しかしながら、一般に大豆タンパク質やエンドウタンパク質などの植物性タンパク質は、溶液にしたときの粘度の高さ、溶解性、ミネラル耐性、レトルト加熱等の加熱耐性といった点で乳タンパク質に劣り、増粘や凝集物の発生などの問題が生じやすく、配合量が制限されてしまう。そのため、乳タンパク質の代替物として利用が進んでいないのが現状である。
【0004】
乳タンパク質との代替目的で、従来は植物性タンパク質素材に種々の乳化剤や添加剤を組み合わせる技術や、植物性タンパク質素材自体の改良技術がいくつか提供されている。
例えば特許文献1では、分離大豆タンパクに還元糖を添加し加熱処理してメイラード反応を促しつつ、酵素分解を行う技術を提供している。また、特許文献2では、タンパク質を140℃で30秒間程度加熱処理した後に酵素分解を行い、その後油脂を含有させる技術を提供している。これらは植物性タンパク質素材の改良により、タンパク質の溶解性を保持しつつ、低粘度化を図ったものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2009/84529号公報
【特許文献2】国際公開第2017/141934号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
濃厚流動食やホワイトナー等の乳化食品を製造する各メーカーにおいては、カゼイン塩を併用したり、種々の乳化剤や増粘多糖類を併用するなどして、植物性タンパク質素材を配合することを試みている。
しかしながら、植物性タンパク質と共に配合される他の原料(油脂、炭水化物、乳化剤、ミネラル、緩衝塩など)、あるいは混合工程や加熱工程などの製造条件などは、各メーカーとその製品群によって様々であり、様々な要因が与える乳化食品の品質への影響を考慮して配合を決定することは、製品ごとに困難な作業を要する。
また仮に品質の良好な乳化食品が得られたとしても、それは各メーカーやその特定の製品における独自技術に留まるため、どのような乳化食品を製造する際にも汎用できる技術になりにくい。
【0007】
そこで本発明者らは、植物性タンパク質素材を配合する様々な乳化食品の製造に汎用的に用いることができる中間素材を提供すること、より具体的にはカゼインを併用したり、種々の乳化剤や増粘多糖類の併用を試みたりする試行錯誤を過度に試みなくとも、簡単な配合の組み立てによって粘度や乳化安定性等の物性が良好であり、植物性タンパク質素材を配合した乳化食品を製造できる中間素材を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、油脂、タンパク質及び炭水化物を特定の組成範囲とし、これにタンパク質として特定の植物性タンパク質素材を選択し、組み合わせて配合した新規なタンパク質含有油脂乳化組成物を見出した。そして、これが植物性タンパク質素材を配合した各種乳化食品の製造原料として汎用できる中間素材として有用である知見を得、本発明を完成するに到った。
従来の技術では、本発明のように油脂、タンパク質及び炭水化物を特定の範囲とし、かつタンパク質として特定の植物性タンパク質素材を組み合わせたタンパク質含有油脂乳化組成物を調製し、これを各種乳化食品の製造用とする技術は確認できなかった。
【0009】
すなわち本発明は、以下のような構成を包含する。
(1)タンパク質、油脂及び炭水化物の総量を100質量%としたときの組成が、タンパク質10〜70質量%、油脂30〜90質量%及び炭水化物0〜40質量%である乳化組成物であって、該タンパク質中50質量%以上が下記a)〜d)の全特徴を有する植物性タンパク質素材由来であること、を特徴とする乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物:
a)固形分中のタンパク質含量が70質量%以上、
b)NSIが80以上、
c)分子量分布の測定結果で10000Da以上の面積比率が50〜80%、かつ2000Da以上〜10000Da未満の面積比率が10〜40%、
d)22質量%溶液を80℃で30分間加熱したときにゲル化しないこと、
(2)タンパク質、油脂及び炭水化物の総量を100質量%としたときの組成が、タンパク質20〜60質量%、油脂40〜80質量%である、前記(1)記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物、
(3)植物性タンパク質素材が、さらに、2000Da未満の面積比率が13%以下であることを特徴とする、前記(1)記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物、
(4)植物性タンパク質素材が、分子量分布の測定結果で10000Da以上の面積比率が60〜75%、かつ2000Da以上10000Da未満の面積比率が10〜35%、かつ2000Da未満の面積比率が9%以下であることを特徴とする、前記(1)記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物、
(5)乳タンパク質を含まないことを特徴とする、前記(1)記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物、
(6)動物性タンパク質を含まないことを特徴とする、前記(1)記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物、
(7)植物性タンパク質素材の、タンパク質含量が10質量%となるように調製した水溶液の粘度が50mPa・s以下であることを特徴とする、前記(1)記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物、
(8)平均粒子径が1μm以下であることを特徴とする、請求項1記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物、
(9)多価金属イオンをさらに含む、前記(1)記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
(10)前記(1)〜(9)のいずれか記載の乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物を配合してなる、乳化食品、
(11)乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物を乳化食品に対して0.1〜99質量%含むことを特徴とする、前記(10)記載の乳化食品、
(12)該乳化食品の種類が、カゼイン塩が標準的に配合されているものであって、該カゼイン塩が含まれない、前記(10)記載の乳化食品、
(13)流動食又はホワイトナーである、前記(10)記載の乳化食品。
【発明の効果】
【0010】
本発明のタンパク質含有油脂乳化組成物を用いることにより、乳化食品の各メーカーがカゼイン塩の併用や、乳化剤や増粘多糖類の併用を種々試行錯誤しなくとも、植物性タンパク質素材を配合した各種乳化食品を、乳化安定性が高く、ミネラル耐性や加熱耐性を保持しつつ、容易に製造することができる。
また製造しようとする乳化食品の組成にもよるが、タンパク質、油脂又は炭水化物をそれぞれ別途の原料として配合しなくても、本発明のタンパク質含有油脂乳化組成物を単に配合し、香料や甘味料等の副原料による簡単な配合調整を行うだけで、所望の成分組成の乳化食品を簡便に製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一態様である乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物は、タンパク質、油脂及び炭水化物の総量を100質量%としたときの組成が、タンパク質10〜70質量%、油脂30〜90質量%及び炭水化物0〜40質量%である乳化組成物であって、該タンパク質中50質量%以上が下記a)〜d)の全特徴を有する植物性タンパク質素材由来であること、を特徴とするものである。
a)固形分中のタンパク質含量が70質量%以上、
b)NSIが80以上、
c)分子量分布の測定結果で10000Da以上の面積比率が50〜80%、かつ2000Da以上〜10000Da未満の面積比率が10〜40%、
d)22質量%溶液を80℃で30分間加熱したときにゲル化しないこと。
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。
【0012】
(タンパク質含有油脂乳化組成物)
本発明の一態様であるタンパク質含有油脂乳化組成物(以下、「本乳化組成物」と称する場合がある。)は、植物性タンパク質素材及び油脂を含む乳化組成物を意味する。本乳化組成物は各種乳化食品の製造用に使用されるものであり、乳化食品の製造業者に対して中間原料製品として提供することもできる。製品形態は製造業者の要望に応じて液状、ペースト状又は固体状のいずれの形態をもとることができる。固体状の好ましい形態として粉末状や顆粒状などが挙げられる。
【0013】
(本乳化組成物の成分組成)
本乳化組成物は、タンパク質、油脂及び炭水化物の総量を100質量%としたときの組成が特定範囲のものである。すなわち該組成はタンパク質10〜70質量%、油脂30〜90質量%及び炭水化物0〜40質量%である。なお炭水化物については必須成分としなくてもよく、0質量%であっても構わない。
該組成において、タンパク質は下限が15質量%、20質量%、25質量%、30質量%、35質量%又は40質量%であることができ、上限が65質量%、60質量%、55質量%又は50質量%であることができる。
該組成において、油脂は下限が35質量%、40質量%、45質量%又は50質量%であることができ、上限が85質量%、80質量%、75質量%又は70質量%であることができる。
該組成において、炭水化物は下限が1質量%、2質量%、5質量%又は10質量%であることができ、上限が35質量%、30質量%、25質量%又は20質量%であることができる。
【0014】
タンパク質、油脂及び炭水化物がこのような組成範囲で安定な乳化組成物として含まれることによって、乳化食品に必要な成分がすでに安定化された状態で、乳化食品に配合することができ、なるべくタンパク質、油脂及び炭水化物を別途に配合する量を低減化することができる。これによって、別途に原料を準備して配合する労力やコストを低減できることはもちろん、乳化食品に別途に配合する原料による乳化系の不安定化のリスクを低減することができる。
【0015】
(植物性タンパク質素材)
本明細書において「植物性タンパク質素材」の概念は、植物性タンパク質を主成分とし、各種加工食品や飲料に原料として使用されている食品素材である。該植物性タンパク質素材の由来の例として、大豆、エンドウ、緑豆、ルピン豆、ヒヨコ豆、インゲン豆、ヒラ豆、ササゲ等の豆類、ゴマ、キャノーラ種子、ココナッツ種子、アーモンド種子等の種子類、とうもろこし、そば、麦、米などの穀物類、野菜類、果物類などが挙げられる。一例として大豆由来のタンパク質素材の場合、脱脂大豆や丸大豆等の大豆原料からさらにタンパク質を濃縮加工して調製されるものであり、一般には分離大豆タンパク質、濃縮大豆タンパク質や粉末豆乳、あるいはそれらを種々加工したものなどが概念的に包含される。
【0016】
ある実施形態において、本乳化組成物中に含まれるタンパク質の50質量%以上が植物性タンパク質であり、より好ましくは55質量%以上、60質量%以上、65質量%以上、70質量%以上、75質量%以上、80質量%以上、85質量%以上、90質量%以上、95質量%以上、又は97質量%以上であることができ、最も好ましくは100質量%が植物性タンパク質であり、乳タンパク質などの動物性タンパク質が全く含まれないことが好ましい。これによって植物性タンパク質による動物性タンパク質からの代替効果がより高まる。特定の実施形態において、少なくとも乳タンパク質が含まれないことが好ましい。
【0017】
本乳化組成物はタンパク質、油脂及び炭水化物が上記組成範囲で含まれ、かつタンパク質として任意の植物性タンパク質素材が選択されるのみでは不十分であり、上記組成範囲において下記に示す特定の植物性タンパク質素材を選択し、組み合わせることが重要である。
【0018】
a)タンパク質純度
本乳化組成物に用いられる特定の植物性タンパク質素材は固形分中のタンパク質含量が70質量%以上である。該タンパク質含量の値は80質量%以上、85質量%以上、又は90質量%以上とすることもできる。
上記範囲に含まれる植物性タンパク質素材の種類としては、分離タンパク質が好ましく、例えば大豆由来のタンパク質素材の場合であれば、分離大豆タンパク質などが含まれる。
タンパク質の純度が高い上記範囲に含まれる植物性タンパク質素材を用いることは、乳化食品中のタンパク質含有量を効率的に高めるのに好適である。豆乳レベルのタンパク質含量が低いものを使用した場合、タンパク質を高度に含有させるために、より多量に該素材を配合する必要が生じる。該配合量が多くなると、他の原料の配合に制約が生じるなどの別の問題が発生しやすい。
【0019】
b)タンパク質のNSI
本乳化組成物に用いられる特定の植物性タンパク質素材は、タンパク質の溶解性の指標として用いられているNSI(Nitrogen Solubility Index:窒素溶解指数)が80以上のものである。より好ましくはNSIが85以上、90以上、95以上、又は97以上のものを用いることができる。例えば、NSIが高い植物性タンパク質素材として、タンパク質が不溶化される処理、例えば酵素分解処理やミネラルの添加処理等、がされていないもの、あるいはされていたとしてもわずかであるもの、を用いることが好ましい。
植物性タンパク質素材のNSIが高いことは、水への分散性が高いことを示し、本乳化組成物の分散安定性に寄与し得る。NSIが低すぎると沈殿が生じやすくなり、好ましくない。
なお、NSIは後述する方法に基づき、全窒素量に占める水溶性窒素(粗タンパク)の比率(質量%)で表すものとし、本発明においては後述の方法に準じて測定された値とする。
【0020】
c)分子量分布
本乳化組成物に用いられる特定の植物性タンパク質素材は、ゲルろ過による分子量を測定した場合に、その分子量分布の面積比率は、10000Da以上が50〜80%、2000Da以上10000Da未満が10〜40%である。また、ある実施形態において、2000Da未満の面積比率は15%以下である。
10000Da以上の面積比率はさらに、55〜75%、60〜75%、60〜70%、65〜75%であるのが好ましい。
2000Da以上10000Da未満の面積比率はさらに、10〜35%、15〜35%、10〜30%、20〜30%であるのが好ましい。
2000Da未満の面積比率はさらに、15%以下、13%以下、9%以下、8%以下、7%以下であるのが好ましい。また下限は特に限定されないが、例えば0%以上、1%以上、1.5%以上、2%以上、3%以上が挙げられる。
植物性タンパク質素材の分子量分布がこのような範囲にあることは、何ら分解処理等がされていない未分解のタンパク質よりも中程度に低分子化されたものが多いことを示す一方、高度に分解された低分子のペプチドは少ないことを示している。該植物性タンパク質がかかる分子量分布を有することは、本乳化組成物の乳化粒子のサイズに寄与し得る。
なお、分子量分布の測定は、後述する方法に基づくものとする。
【0021】
d)加熱ゲル化性
本乳化組成物に用いられる特定の植物性タンパク質素材は、この溶液を高濃度で加熱したときにゲル化性を示さないものであることが好ましい。ゲル化性の有無は、より詳細には後述する方法により確認するものとするが、22質量%溶液を80℃で30分間加熱したときに、該溶液がゲル化しないことが重要である。
植物性タンパク質素材に加熱ゲル化性がないことは、本乳化組成物の溶液粘度が低く、レトルト加熱等により加熱しても乳化組成物の粘度が上昇しにくいことを示し、本乳化組成物の温度変化に対する安定性に寄与する。加熱ゲル化性を有すると、乳化組成物が加熱により増粘してしまい、またそれによって乳化食品を製造する際に、使用する乳化剤や香料などの他原料と乳化組成物との混合性が不良となり、好ましくない。
【0022】
NSIが高い植物性タンパク質素材は、その高濃度溶液において加熱によるゲル化性を示すことが一般的である。一方で、分子量分布で高分子量の領域の面積比率が低くなっている植物性タンパク質は、加熱ゲル化性を示しにくくなる一方、NSIが90未満となって溶解性が低下することが一般的である。しかし、本乳化組成物に用いられる上記特定の植物性タンパク質素材は、高分子領域の面積比率を若干低くすることにより、タンパク質のNSIを高く維持しながら、加熱によるゲル化性を示さないものである。
【0023】
e)粘度
本乳化組成物に用いられる特定の植物性タンパク質素材は、上記a)〜d)の特性を満たせば必須に限定される特性ではないが、この植物性タンパク質素材溶液の粘度を一定条件で測定したときに、低粘度であることが好ましく、具体的には50mPa・s以下、好ましくは40mPa・s以下、より好ましくは35mPa・s以下、さらに好ましくは30mPa・s以下、さらにより好ましくは20mPa・s以下、またさらに好ましくは15mPa・s以下が好ましい。また、粘度の下限は特に限定されないが、例えば0.5mPa・s以上、1mPa・s以上等が挙げられる。
なお、粘度は後述する方法により測定する。
【0024】
f)分子量分布調整処理
上記植物性タンパク質素材は、植物性タンパク質をわずかに分解させることにより、またはある程度分解させた後に、上記の分子量の比率となるようにろ過、ゲルろ過、クロマトグラフィー、遠心分離、電気泳動等の技術を組み合わせることにより得られ得る。また、上記処理に、わずかな変性処理を組み合わせてもよいし、変性処理を行わなくてもよい。タンパク質を分解または変性させる処理の例として、酵素処理、酸処理、アルカリ処理、加熱処理、冷却処理、高圧処理、減圧処理、有機溶媒処理、ミネラル添加処理、超臨界処理、超音波処理、電気分解処理、及びこれらの組み合わせ等が挙げられる。また、これらの処理の組み合わせの際、原料から全ての処理を連続で行ってもよいし、時間をおいてから行ってもよい。例えば、ある処理を経た市販品を原料として他の処理を行ってもよい。これらの処理の条件、例えば酵素活性、酸、アルカリ、溶媒、ミネラル等の濃度、温度、圧力、出力強度、電流、時間等は、当業者が適宜設定できる。本明細書において、このような処理を便宜上「分子量分布調整処理」と称する。なお、上記特性を満たす限り、分子量分布調整処理を経た植物性タンパク質素材と、分子量分布調整処理を経ていない植物性タンパク質を混合して、本乳化組成物に用いられる特定の植物性タンパク質素材としてもよい。この場合、両者の比率(分子量分布調整処理を経た植物性タンパク質素材:分子量分布調整処理を経ていない植物性タンパク質)は上記特性を満たす範囲で適宜調整可能であるが、質量比で例えば1:99〜99:1、例えば50:50〜95:5、75:25〜90:10等が挙げられる。ある実施形態では、分子量分布調整処理を経た植物性タンパク質素材のみを本乳化組成物に用いられる特定の植物性タンパク質素材とする。
【0025】
(油脂)
本乳化組成物に含まれる油脂は特に限定されず、植物性、動物性を問わず使用しても良い。例えば、植物性油脂としては、大豆油、菜種油、コ−ン油、綿実油、落花生油、ヒマワリ油、こめ油、サフラワ−油、オリ−ブ油、ゴマ油、パーム油、パーム核油、ヤシ油などの植物油脂、牛脂、乳脂、魚油、ラードなどの動物油脂、ならびにこれらを分別、水素添加、エステル交換等を施した加工油脂、さらにこれらの混合油脂等が使用できる。一般に水中油型乳化物を作成する際には、融点の低い液状〜半固形油脂を使用する方が好ましく、粉末状乳化組成物を作成する際には、固形〜極度硬化油脂を使用する方が好ましい。コレステロールがたまる等の健康上の問題で動物性原料を避けた方が良いという場合には、動物性油脂を使用せずに、植物性油脂を使用することが好ましい。
油脂の含量は本乳化組成物中の油脂含量で求められる。植物性タンパク質素材に油脂が含まれる場合には、該タンパク質素材中の油脂の量を含めて油脂の含量が算出される。
なお、油脂含量は、酸分解法により測定される。
【0026】
(炭水化物)
本乳化組成物に含まれる炭水化物の具体例として、でん粉を含む糖質と食物繊維が挙げられる。より具体的に、炭水化物としては、果糖、ブドウ糖、砂糖、麦芽糖、乳糖、トレハロース、水飴、カップリングシュガー、はちみつ、異性化糖、転化糖、オリゴ糖(イソマルトオリゴ糖,還元キシロオリゴ糖、還元ゲンチオオリゴ糖、キシロオリゴ糖、ゲンチオオリゴ糖、ニゲロオリゴ糖、テアンデオリゴ糖、大豆オリゴ糖等)、糖アルコール(マルチトール、エリスリトール、ソルビトール、パラチニット、キシリトール、ラクチトール、還元水飴等)、デキストリン、澱粉類(生澱粉、加工澱粉等)が挙げられる。また食物繊維としては、ポリデキストロース、難消化性デキストリン、結晶セルロース、増粘多糖類等が挙げられる。
【0027】
(その他の原料)
本乳化組成物には必須ではないが、その他の各種原料を本乳化組成物の実施形態や、最終製品である乳化食品の実施形態に合わせ、必要に応じて含有させることができる。
【0028】
○乳化剤
本乳化組成物には乳化剤を含有させてもよいし、させなくてもよい。乳化剤としては、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、有機酸モノグリセリド、ポリソルベート、レシチンなどが例示される。これら乳化剤は単独で使用しても良いし、複数を組み合わせて使用しても良い。
本乳化組成物中の乳化剤の配合量は、本乳化組成物の実施形態や、最終製品である乳化食品の実施形態に応じて適宜調整することができる。配合量の例として、例えば0.3〜2.5質量%が挙げられる。
【0029】
○多価金属イオン
本乳化組成物には多価金属イオンを含有させてもよいし、させなくてもよい。多価金属イオンとして代表的なカルシウム、マグネシウムに加え、その他の多価金属イオンとして鉄、亜鉛、銅、セレン、クロム、コバルト、マンガン、モリブデン等が挙げられ、それぞれ塩化物や硫化物等の任意の塩の形態で配合することができるが、塩化カルシウム等の溶解度の高い塩の形態が好ましい。本発明は、一つの実施形態として、ミネラル耐性の高い本乳化組成物を提供することができ、該実施形態においては、多価金属イオンを含有していても、本乳化組成物の製造過程や乳化食品の製造過程における加熱処理によって凝集を生じにくいことも特徴である。そのため、多価金属イオンの配合が必要となる濃厚流動食等の乳化食品の製造用として有用である。該実施形態においては、上記乳化剤を本乳化組成物に含むことが好ましい。
【0030】
○塩類
本乳化組成物には、塩類を含有させてもよいし、させなくてもよい。塩類としては、例えば、クエン酸ナトリウム等の有機酸塩、第二リン酸ナトリウム、第二リン酸カリウム、ポリリン酸ナトリウムなどのリン酸塩、重炭酸ナトリウム等が挙げられる。より具体的には、塩類を使用する場合には、本乳化組成物中に、0.05〜3.0質量%、好ましくは0.1〜1.0質量%含むことが好ましい。
【0031】
○その他添加物
本乳化組成物には、風味や色、甘味、粘度の調節を目的として、香料、着色料、増粘多糖類等を必要に応じて添加してもよいし、しなくてもよい。
【0032】
(乳化組成物の平均粒子径)
ある実施形態において、本乳化組成物の平均粒子径は、1μm以下であり、好ましくは0.9μm以下、より好ましくは0.8μm以下、さらに好ましくは0.7μm以下、さらにより好ましくは0.6μm以下の範囲である。平均粒子径がかかる範囲であることにより、乳化安定性がより良好となる。なお、平均粒子径の測定方法は後述の方法による。
【0033】
(本乳化組成物の製造態様)
以下、本乳化組成物の製造態様を示すが、かかる態様のみに限定されるものではない。
上記特定の植物性タンパク質素材、油脂、炭水化物、水及びその他必要により乳化剤、ミネラル等の原料を混合し、高圧ホモゲナイザー等により溶液を均質化し、本乳化組成物を得る。具体的な乳化物の調製方法は公知の方法によればよいが、以下具体例を説明する。
【0034】
○植物性タンパク質素材
本乳化組成物は、上記特定の植物性タンパク質素材を用いて調製できる。典型的には、本乳化組成物は、分子量分布調整処理を経た植物性タンパク質素材を原料として調製できる。あるいは、上記特定の植物性タンパク質素材は、植物性タンパク質素材の製造業者、例えば不二製油株式会社等から購入する、又は製造業者に製造を依頼することによって、容易に入手することができる。なお、従来の市販の大豆タンパク質素材である「フジプロE」、「フジプロCL」、「フジプロAL」、「ニューフジプロ4500」、「プロリーナRD-1」、「プロリーナ900」、「プロリーナHD101R」などは、いずれも上記a)〜d)の全特性を満たす植物性タンパク質素材に該当しない。したがって、これらを用いたとしても本乳化組成物を得ることはできない。また、ある実施形態では、植物性タンパク質原料に対して、例えば下記の水相部の調製時に分子量分布調整処理を行うことによっても本乳化組成物を調製できる。このような実施形態でも、本乳化組成物は、上記特徴を満たす植物性タンパク質素材を含有するとみなすことができる。
【0035】
○混合・均質化
水相部については、任意の温度範囲で調製できる。より具体的な実施形態では、加熱により溶解性が向上する親水性乳化剤や炭水化物などを含む場合は、例えば20〜70℃、好ましくは55〜65℃の温度範囲で溶解又は分散させて調製できる。水相部に添加する原料は当業者が適宜決定できる。例えば、塩類や水溶性の香料等を加える場合には、水相部に添加する。
油相部については、油脂を含む油溶性の材料を混合して、例えば50〜80℃、好ましくは55〜70℃の温度範囲で溶解又は分散させて調製できる。油相部に添加する原料は当業者が適宜決定できる。例えば、親油性乳化剤を用いる場合には、原料油脂の一部または全部に添加する。
得られた油相部と水相部は、例えば40〜80℃、好ましくは55〜70℃に加温し、混合して予備乳化を行う。予備乳化はホモミキサー等の回転式攪拌機を用いて行うことができる。予備乳化後、ホモジナイザー等の均質化装置にて均質化する。ホモジナイザーによる均質化の際の圧力は10〜100MPaとすることができ、好ましくは30〜100MPaとすることができる。
【0036】
○加熱殺菌
得られた乳化組成物は必要により加熱殺菌処理を行ってもよいし、行わなくてもよい。加熱殺菌処理を行う場合、例えば間接加熱方式又は直接加熱方式によるUHT滅菌処理法などにて処理し、必要により再度ホモジナイザーにて均質化し、2〜15℃などに冷却する。加熱殺菌の温度は例えば110〜150℃、好ましくは120〜140℃で行い、加熱殺菌の時間は例えば1〜10秒間、好ましくは3〜7秒間で行うことができる。
【0037】
○製品化
以上により得られた本乳化組成物は、乳化食品の製造業者が乳化食品の製造中に予備調製してもよいが、液状のまま、ペースト状に加工、粉末状に加工するなどして、密閉包装し、乳化食品製造用の中間原料として製品化し、乳化食品の製造業者に提供することができる。
【0038】
(本乳化組成物の特徴)
ある実施形態では、本乳化組成物は、調製時に平均粒子径が1μm以下、好ましくは0.9μm以下の極めて乳化粒子径が小さいものである。またさらなる実施形態では、本乳化組成物は、レシチンや合成乳化剤などを添加しなくても前記乳化粒子径に調製できる。またさらなる実施形態では、本乳化組成物は、加熱処理を行っても乳化破壊が生じにくく、そのため低粘度で乳化安定性の高いものである。
さらに、ある実施形態では、本乳化組成物はミネラル耐性が高く、カルシウムなどの二価金属イオンを含有させても低粘度で高い乳化安定性である特徴は殆ど失われない。粘度の好ましい例として、50mPa・s以下、40mPa・s以下、35mPa・s以下、30mPa・s以下、20mPa・s以下、15mPa・s以下、等が挙げられる。また、粘度の下限は特に限定されないが、例えば0.5mPa・s以上、1mPa・s以上等が挙げられる。
【0039】
(乳化食品)
本乳化組成物を配合してなる乳化食品は、一つの実施形態として、該食品全体が水中油型、油中水型、水中油中水型、油中水中油型等の乳化形態をとる食品である。より好ましい実施形態は、カゼイン塩が標準的に配合されている種類の乳化食品であり、より具体的には流動食、ホワイトナー、クリーミングパウダー、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、ホイップクリーム、フラワーペースト、マーガリン、育児粉乳、油脂含有粉末乳化飲料、油脂含有液体乳化飲料、チーズ様食品、マヨネーズ様食品、粉末油脂、乳化油脂などが挙げられる。ある実施形態において、本発明の好ましい乳化食品は、上記の種類の乳化食品であって、カゼイン塩/本乳化組成物に含まれるタンパク質素材中のタンパク質(質量比)が、例えば1以下、0.5以下、0.25以下、0.1以下、0.05以下、0.01以下のものである。最も好ましい実施形態において、本発明の乳化食品は、カゼイン塩が含まれないものである。乳化食品の製造方法は、原料の混合時に本乳化組成物を配合し、乳化食品の各種類における常法を用いて製造できる。したがって、本発明はある態様において、本乳化組成物を添加することを含む上記の種類の乳化食品の製造方法に関し、ある実施形態において、カゼイン塩の本乳化組成物への置き換えを含む、上記の種類の乳化食品の製造方法にも関する。
【0040】
乳化食品に対する本乳化組成物の添加量は特に限定されず、乳化食品の種類に応じて当業者が適宜設定できる。また、カゼイン塩が標準的に配合されている種類の乳化食品であれば、その使用されているカゼイン塩の量に応じて本乳化組成物の添加量を決定できる。より具体的な例として、例えば乳化食品に対して0.1〜99質量%、0.5〜95質量%、1〜90質量%、2〜80質量%、2.5〜50質量%、3〜30質量%、3.5〜20質量%、4〜15質量%、5〜10%、0.5〜5質量%等が挙げられる。また、ある実施形態では、本乳化組成物をそのまま乳化食品として使用してもよい。
【0041】
ある実施形態では、乳化食品の粘度の好ましい例として、50mPa・s以下、40mPa・s以下、35mPa・s以下、30mPa・s以下、20mPa・s以下、15mPa・s以下、等が挙げられる。また、粘度の下限も特に限定されないが、例えば0.5mPa・s以上、1mPa・s以上等が挙げられる。
また、ある実施形態では、乳化食品調製時の平均粒子径の好ましい例として、1μm以下、0.9μm以下等が挙げられる。
【0042】
本明細書において、流動食とは、具材がないスープ、ポタージュ、ミルク飲料や果汁飲料などの形態を有する液状の栄養組成物をいう。本発明の一態様である流動食の実施形態の一つとしては、カロリー値が0.5kcal/mL以上、栄養成分として少なくともタンパク質、脂質、炭水化物、ミネラル、ビタミンを含む。好ましくは、タンパク質:10〜25%、脂質:15〜45%、炭水化物:35%以上のエネルギー組成と、カルシウム:20〜110mg/100kcal、マグネシウム:10〜70mg/100kcalの組成を持つものである。さらに好ましくは、タンパク質:16〜20%、脂質:20〜30%、炭水化物:50〜65%のエネルギー組成と、カルシウム:35〜65mg/100kcal、マグネシウム:15〜40mg/100kcalの組成を持つものである。また、本乳化組成物に含まれる植物性タンパク質素材を、タンパク質として全タンパク質の50質量%以上、好ましくは60質量%以上含む流動食が好ましい。上限は特に限定されないが、例として本乳化組成物に含まれる植物性タンパク質素材を、タンパク質として全タンパク質の100質量%以下、95質量%以下、90質量%以下含む流動食が挙げられる。さらに、下痢などの副作用を最小限に抑える低浸透圧、細いチューブでも通過する流動性、良好な風味、数ヶ月常温保存可能な乳化安定性などを有するものであることが好ましい。
【0043】
本明細書において、ホワイトナーとは、成分としてタンパク質、脂質を含む、水中油型乳化物を指す。ホワイトナーは、コーヒーホワイトナー又はクリーマーとも称され、主にコーヒーなどの苦味を有する食品にマイルド感を付与するために利用されるものであり、コーヒーや紅茶などの飲料だけでなく、コーヒーゼリー、プリン、フルーツゼリーの上掛けなどにも利用されるものである。本発明の一態様であるホワイトナーは、一実施形態では、本乳化組成物をそのまま利用したものである。また、他の実施形態では、ホワイトナーは、本乳化組成物に加えて、油脂、必要に応じて乳化剤、リン酸塩等の原料を含むものである。また、本乳化組成物に含まれる植物性タンパク質素材を、タンパク質として全タンパク質の50質量%以上、好ましくは60質量%以上含むホワイトナーが好ましい。上限は特に限定されないが、例として本乳化組成物に含まれる植物性タンパク質素材を、タンパク質として全タンパク質の100質量%以下、95質量%以下、90質量%以下含むホワイトナーが挙げられる。ホワイトナーは、例えば国際公開第2010/073575号公報、特開2016−189719号公報に記載の方法を用いて製造できる。
【0044】
(測定方法)
本明細書において、本乳化組成物やその原料に関する成分や物性の測定は、以下の方法に準ずる。
【0045】
<タンパク質含量>
ケルダール法により測定する。具体的には、105℃で12時間乾燥したタンパク質素材重量に対して、ケルダール法により測定した窒素の質量を、乾燥物中のタンパク質含量として「質量%」で表す。なお、窒素換算係数は6.25とする。基本的に、小数点以下第2桁の数値を四捨五入して求められる。
【0046】
<油脂(脂質)含量>
酸分解法により測定する。基本的に、小数点以下第2桁の数値を四捨五入して求められる。
【0047】
<炭水化物>
試料から水分、タンパク質、脂質、灰分(直接灰化法による)の含量を引いた値とする。
【0048】
<NSI>
試料3gに60mlの水を加え、37℃で1時間プロペラ攪拌した後、1400×gにて10分間遠心分離し、上澄み液(I)を採取する。次に、残った沈殿に再度水100mlを加え、再度37℃で1時間プロペラ撹拌した後、遠心分離し、上澄み液(II)を採取する。(I)液及び(II)液を合わせ、その混合液に水を加えて250mlとする。これをろ紙(NO.5)にてろ過した後、ろ液中の窒素含量をケルダール法にて測定する。同時に試料中の窒素量をケルダール法にて測定し、ろ液として回収された窒素量(水溶性窒素)の試料中の全窒素量に対する割合を質量%として表したものをNSIとする。基本的に、小数点以下第2桁の数値を四捨五入して求められる。
【0049】
<分子量分布>
溶離液でタンパク質素材を0.1質量%濃度に調整し、0.2μmフィルターでろ過したものを試料液とする。2種のカラム直列接続によってゲルろ過システムを組み、はじめに分子量マーカーとなる既知のタンパク質等(表1)をチャージし、分子量と保持時間の関係において検量線を求める。次に試料液をチャージし、各分子量画分の含有量比率%を全体の吸光度のチャート面積に対する、特定の分子量範囲(時間範囲)の面積の割合によって求める(1stカラム:「TSK gel G3000SWXL」(SIGMA-ALDRICH社製)、2ndカラム:「TSK gel G2000SWXL」(SIGMA-ALDRICH社製)、溶離液:1%SDS+1.17%NaCl+50mMリン酸バッファー(pH7.0)、23℃、流速:0.4ml/分、検出:UV220nm)。基本的に、小数点以下第2桁の数値を四捨五入して求められる。
【0050】
【表1】
【0051】
<0.22M TCA可溶率>
タンパク質素材の2質量%水溶液に、0.44M トリクロロ酢酸(TCA)を等量加え、可溶性窒素の割合をケルダール法により測定した値とする。基本的に、小数点以下第2桁の数値を四捨五入して求められる。
【0052】
<加熱ゲル化性>
タンパク質素材を22質量%濃度となるよう水に溶解してpH7に調整し、遠心脱泡してスラリー状とする。ケーシングチューブに充填し、80℃×30分の加熱を行った後、一晩冷蔵し、室温に戻して、物性評価用の試料とする。
試料のケーシングを剥離したときに、液状又は無定形のペースト状であるものを「加熱ゲル化性なし」とする。また、試料が剥離前の形状を維持できているものを「ゲル化性あり」とする。
【0053】
<界面張力>
タンパク質素材をタンパク質含量が10質量%濃度となるよう水に溶解した後、脱気し、ホモジナイザーで50MPaの圧力で均質化したものを再度脱気する。この溶液を同様の操作で10倍ずつ希釈して0.01質量%濃度の溶液を試料液とする。
試料液は懸滴法による界面張力測定装置(望ましくはKYOWA社製)で20℃に調温されたなたね油が入ったガラスセルに試料液が入ったシリンジを挿入して液滴を作製し、測定を行う。液滴作製3分後の値を記録する。基本的に、小数点以下第2桁の数値を四捨五入して求められる。
【0054】
<遠心沈殿>
タンパク質含有油脂乳化組成物及びタンパク質素材の保存中の安定性の加速試験として、遠心沈殿の有無を観察する。
タンパク質素材の10質量%水溶液、又はタンパク質含有油脂乳化組成物を容量50mLの遠心チューブに35mL入れ、1500×g(3000rpm)で10分間遠心分離を行う。遠心後のチューブをゆっくりと転倒し、沈殿の有無を確認した。沈殿の層が3mm未満である場合は「−」、3〜5mmである場合は「±」、5mmを超える場合は「+」とし、沈殿量の程度が大きい順に「+++」>「++」>「+」とする。
【0055】
<粘度>
タンパク質素材の粘度は、該水溶液をタンパク質含量が10質量%となるように調製し、25℃にてB型粘度計(望ましくはBrookfield社製)でローターは「#LV-1」を使用し、100rpmで1分後の測定値とする。「#LV-1」で測定不能な場合は順次ローターを「#LV-2」、「#LV-3」、「#LV-4」、「#LV-5」に代えて使用する。「#LV-1」/100rpmで低粘度により測定不能の場合は「下限」とし、「#LV-5」/100rpmで高粘度により測定不能な場合は「上限」とする。乳化組成物の粘度はそのまま上記の粘度計同様の方法で測定する。
【0056】
<乳化物の平均粒子径>
平均粒子径は、レーザ回折式粒度分布測定装置(望ましくは島津製作所社製)で測定し、体積基準での積算分布を用いた平均粒子径とする。基本的に、小数点以下第2桁の数値、数値が低い場合は有効数字を2桁として次の桁の数値、を四捨五入して求められる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例等により本発明の実施態様をより具体的に説明する。なお、例中の「%」と「部」は特記しない限り「質量%」と「質量部」を示す。
【0058】
(製造例)
○植物性タンパク質素材の準備
以下の植物性タンパク質素材を入手した。
サンプルA:サンプルEの分子量分布調整処理品(大豆由来、不二製油(株)テスト製造品)
サンプルB:サンプルFの分子量分布調整処理品(エンドウ由来、不二製油(株)テスト製造品)
サンプルC:サンプルGの分子量分布調整処理品(緑豆由来、不二製油(株)テスト製造品)
サンプルD:サンプルHの分子量分布調整処理品(大豆由来、不二製油(株)テスト製造品)
サンプルE:分離大豆タンパク(大豆由来、不二製油(株)製市販品)
サンプルF:「ニュートラリスF85M」(エンドウ由来、ロケットジャパン(株)製市販品)
サンプルG:分離緑豆タンパク(緑豆由来、不二製油(株)テスト製造品)
サンプルH:分離大豆タンパク(大豆由来、不二製油(株)製市販品)
サンプルI:分離大豆タンパク(大豆由来、不二製油(株)製市販品)
【0059】
上記サンプルA〜Iの各種成分、物性の測定値を表2、表3に示した。
【0060】
【表2】
【0061】
【表3】
【0062】
○調製手順
以下のように、上記サンプルA〜Iを用いてタンパク質含有油脂乳化組成物を製造した(詳細な配合については表4を参照)。
植物性タンパク質素材を室温の水に溶解し水相部を調製した。
次に、菜種油を60℃に加温溶解し、油相部を調製した。
得られた水相部を油相部とホモミキサーで混合攪拌し、予備乳化を行った。この予備乳化液を、ホモジナイザーを用いて圧力50MPaにて均質化処理した後、直接蒸気注入式滅菌機にて140℃で4秒間加熱殺菌処理を行った後、再度ホモジナイザーを用いて圧力50MPaで均質化処理してからプレート式冷却機にて5℃まで冷却し、タンパク質含有油脂乳化組成物を得た。
【0063】
(試験例1)
製造例で得られた各乳化組成物について、平均粒子径と粘度を測定し、品質評価結果を表4にまとめた。
【0064】
【表4】
【0065】
(考察)
比較例はいずれの条件でも乳化粒子の平均径が1μmを切るものは調製できなかったのに対し、実施例はほぼ全て、油脂とタンパク質の幅広い配合比率において、平均粒子径が0.9μmよりも小さくなり、乳化安定性が高い良好な乳化組成物となっていることが示唆された。さらに、粘度も対応する比較例に対して十分低くなっており、本乳化組成物を用いた製品を製造する際の作業性の向上が確認された。
【0066】
(試験例2)タンパク質含有油脂乳化組成物の組成の検討
水相部に植物性タンパク質素材としてサンプルA、炭水化物としてデキストリン「TK−16」(松谷化学(株)製)及び水を用い、タンパク質:油脂:炭水化物の比率が表4の通りとなるように各原料の配合割合を調整し、また乳化組成物中のタンパク量(含水)が2%もしくは5%となるように調整して、それ以外は製造例と同様にしてタンパク質含有油脂乳化組成物を調製した。
得られた各種乳化組成物について、平均粒子径、遠心沈殿の有無、粘度を測定し、品質評価結果を表5にまとめた。
【0067】
【表5】
【0068】
(考察)
比較例11〜13のようにタンパク質素材の配合量が少なすぎたり、比較例13、14のように炭水化物の配合量が多く、タンパク質が少ない領域では、1μm以下の微細な乳化粒子が調製しにくくなり、乳化物としての安定性に不安が生じる結果となった。
また比較例16のように油脂の配合量が少なすぎると、乳化粒子が1μmを下回る微細なものであっても乳化組成物の安定性が低下し、保存テストの加速試験として行った遠心分離により容易に乳化破壊が起こり、沈殿物が生じやすくなった。
なお、比較例15に関しては、物性的には良い評価結果であったが、実用性を考えた場合、糖類が50%を超えてしまうと、油脂とタンパク質の割合が相対的に低くなってしまい、中間原料であるタンパク質含有油脂乳化組成物としての汎用性が低下するため好ましくない。
【0069】
(試験例3)動物性タンパク質との混合品の検討
タンパク質として、サンプルAとカゼインナトリウムをタンパク質量で6:4に混合したもの、炭水化物としてデキストリン「TK−16」(松谷化学(株)製)及び水を用い、タンパク質:油脂:炭水化物の比率が、乳化組成物中のタンパク量(含水)を実施例13と同じになるように調整して、それ以外は製造例と同様にしてタンパク質含有油脂乳化組成物を調製した。
得られた乳化組成物について、平均粒子径、遠心沈殿の有無、粘度を測定した結果、良好な結果が得られた。
【0070】
(実施例18)ミネラルの添加例
実施例1のタンパク質含有油脂乳化組成物の配合をベースに、水相部にミネラルとして塩化カルシウム二水和物)0.6%を添加し水酸化ナトリウムでpH7に調整して品質を比較した。
得られた各種乳化組成物について、品質評価結果を実施例1と比較して表6にまとめた。
【0071】
【表6】
【0072】
表6の通り、タンパク質素材としてサンプルAを配合した乳化組成物は、ミネラルが添加された配合であっても乳化安定性は変わらず、ミネラル耐性が高いものであった。
【0073】
(配合例1)流動食の配合例1
実施例12のタンパク質含有油脂乳化組成物100gに対して、炭水化物としてデキストリン(製品名「TK-16」、松谷化学(株)製)を4.44g、リン酸三ナトリウム0.13g、リン酸水素ニナトリウム0.09g、リン酸三カリウム0.31g、乳酸カルシウム0.18g、塩化カルシウム(二水和物)0.22g、硫酸マグネシウム(七水和物)0.35g、コハク酸モノグリセライド(「ポエムB-10」、理研ビタミン(株)製)1.5gを加えて、下記の調製手順にて1kcal/mLの流動食を調製した。
【0074】
○調製手順
タンパク質含有油脂乳化組成物を60℃に調温した後、追加となる原材料を順次撹拌しながら投入した。得られた混合液をホモジナイザーを用いて圧力50MPaにて均質化処理した後、直接蒸気注入式滅菌機にて142℃で7秒間加熱殺菌処理を行った後、再度ホモジナイザーを用いて圧力50MPaで均質化処理してからプレート式冷却機にて5℃まで冷却し、1kcal/mLの濃厚流動食を得た。
【0075】
(配合例2)流動食の配合例2
実施例12のタンパク質含有油脂乳化組成物100gに対して、炭水化物としてデキストリン(製品名「TK-16」、松谷化学(株)製)を19.5g、リン酸三ナトリウム0.31g、リン酸三カリウム0.37g、乳酸カルシウム0.3g、塩化カルシウム(二水和物)0.28g、硫酸マグネシウム(七水和物)0.40g、コハク酸モノグリセライド(「ポエムB-10」、理研ビタミン(株)製)1.5gを加えて、配合例1と同じ調製手順にて1.5kcal/mLの流動食を調製した。
【0076】
(配合例3)流動食の配合例3
タンパク質含有油脂乳化組成物100g当たり、植物性タンパク質素材としてのサンプルDを7.39g、リン酸三ナトリウム0.37g、リン酸三カリウム0.37g、乳酸カルシウム0.24g、塩化カルシウム(二水和物)0.33g、硫酸マグネシウム(七水和物)0.48gを添加し水酸化ナトリウム水溶液でpH7に調整して、水で量を調整して水相部とし、菜種油8.19gを油相部とし、乳化剤としてコハク酸モノグリセライド(「ポエムB-10」、理研ビタミン(株)製)1.18gを添加して、それ以外は製造例と同様にしてタンパク質含有油脂乳化組成物を調製した。このタンパク質含有油脂乳化組成物に炭水化物としてデキストリン(製品名「TK-16」、松谷化学(株)製)を18.9g添加し、撹拌溶解して1.5kcal/mLの流動食を調製した。
【0077】
配合例1〜3で得られた流動食の粘度、平均粒子径、遠心沈殿の有無を調べた結果を表7にまとめた。
【0078】
【表7】
【0079】
表7の通り、本乳化組成物を用いて調製された流動食は、通常カゼインナトリウムなどの乳タンパク質が配合されるが、これを配合しなくても、必要な栄養素として炭水化物や各種ミネラルやリンを加えるだけで、これらとタンパク質素材との反応による品質への悪影響を気にすることなく、簡単に製造することができた。また、配合例3に示すように、ミネラルも含んだタンパク質含有油脂乳化組成物を調製し、これにデキストリンを添加することにより簡便にカロリー調整した流動食を調製できた。その品質は、実用に十分に使用できる低粘度と、乳化安定性を維持していた。
【0080】
(配合例4)ホワイトナーの配合例
実施例15のタンパク質含有油脂乳化組成物100gに対して、油脂としてひまわり油15g、リン酸水素ニナトリウム0.074g、ポリリン酸ナトリウム0.124g、クエン酸ナトリウム0.124g、グラニュー糖1g、乳化剤としてショ糖脂肪酸エステル(「DKエステルF-160」、第一工業製薬(株)製)1.5gを加えて、常法によりホワイトナーを調製した。
通常カゼインナトリウムなどの乳タンパク質が配合されるが、本乳化組成物を用いて調製されたホワイトナーは、乳タンパク質を配合しなくても、簡単に粘度31.5mPa・s、平均粒子径0.68μmの乳化安定性の高い製品を得た。また、コーヒーへ入れた場合もフェザーリングが生じることがなかった。
【0081】
以上の通り、特定のタンパク質:油脂:炭水化物の組成と、特定の特性を有する植物性タンパク質素材を選択し、組み合わせることにより、タンパク質が植物性タンパク質のみであっても、乳化安定性が高く、ミネラル耐性と加熱耐性を保持したタンパク質含有油脂乳化組成物を得ることができた。そしてこれを中間原料として用いることにより、前記品質の安定した乳化食品をカゼインナトリウム等の乳タンパク質を用いなくても、容易に製造できることが示された。
【要約】
タンパク質、油脂及び炭水化物の総量を100質量%としたときの組成が、タンパク質10〜70質量%、油脂30〜90質量%及び炭水化物0〜40質量%である乳化組成物であって、該タンパク質中50質量%以上が下記a)〜d)の全特徴を有する植物性タンパク質素材由来であること、を特徴とする乳化食品製造用タンパク質含有油脂乳化組成物。
a)固形分中のタンパク質含量が70質量%以上、
b)NSIが80以上、
c)分子量分布の測定結果で10000Da以上の面積比率が50〜80%、かつ2000Da以上10000Da未満の面積比率が10〜40%、
d)22質量%溶液を80℃で30分間加熱したときにゲル化しないこと。