【実施例】
【0056】
実施例1:in vitroでの休眠がんモデルの作成および評価
5.0×10
5個のPC−3細胞を35mmのEZSPHERE(商標)に播種し、4日間培養することによってがん細胞スフェロイドを形成した。1つの培養皿に2,300個のスフェロイドが形成され、それらの平均直径は、189±30.1μmであった(
図1(a))。細胞の播種数を減らすことで、培養4日後にEZSPHERE(商標)とほぼ同じ細胞数が存在するように調整した2次元培養体と比較すると、スフェロイドの細胞密度の高さが際立った(
図1(a))。さらに、スフェロイドの全体像を得るためにHoechstを用いて核染色を行い、共焦点レーザー顕微鏡にてZ軸断面を取得した。形成されたスフェロイドはXY断面においては円状、XZ断面もしくはYZ断面においては緩やかな三日月状であった(
図1(b))。このことから、スフェロイドの全体像はお椀型であると示唆された。同様にして、EZSPHER(商標)に播種する細胞数を減らすことにより、最も大きいスフェロイドであるS500に加えてS250、S125の合計3段階の大きさのスフェロイドを形成した(
図1(c))。
【0057】
続いて、2次元培養においても異なる細胞密度環境を構築するために、様々な細胞播種数の下で細胞を培養した。なお、細胞の培養期間はスフェロイドと同じである4日間に統一し、培養容器はEZSPHER(商標)と同じ大きさである35−mmの平面皿を用いた。培養4日後に位相差顕微鏡にて細胞密度を確認したところ、播種数依存的に細胞密度が高くなった(
図2(a))。Bradford法によるタンパク質定量の結果からも、このことが確かめられた(
図2(b))。最も大きいスフェロイドであるS500よりも高密度な2次元培養を行った方が、タンパク質量の増加が認められた。このことから、EZSPHER(商標)に存在する細胞数は2次元培養と比較して顕著に多くないことが示唆された。従って、細胞数が多すぎることによって培地が劣化し、そのために細胞の形質変化が生じる可能性は低い。
【0058】
上記の方法で調製したがん細胞スフェロイド、および、2次元培養において細胞密度を向上させたがん細胞について、休眠がん細胞の特徴である“No proliferation”,“No death”,“Metabolic suppression”,“Recovery to active status”の4項目をそれぞれ検証した。
【0059】
1つ目の特徴である“No proliferation”を調査するために、Ki−67およびp21の遺伝子発現解析とブロモデオキシウリジン(BrdU)染色を行った。Ki−67はG0期以外で発現するタンパク質であり、この性質を利用して細胞増殖マーカーとして用いられている。p21はRbのリン酸化を阻害することにより、細胞周期がG1期からS期へ移行することを抑制するタンパク質である。BrdUはチミジンのアナログであり、S期において新たに合成されたDNAに組み込まれる。このことから、BrdUの陽性率は細胞増殖の活発度合を示す指標として用いられている。2次元培養およびスフェロイドにおいてKi−67の発現は、細胞密度依存的に低下した(
図3(a)(b))。一方で、p21の発現はスフェロイドにおいてのみ認められ、2次元培養においては認められなかった(
図3(a))。さらに、BrdUの陽性率は2次元培養において細胞密度依存的に低下した(
図4(a)(b))。以上のことから、3次元培養したスフェロイドおよび高密度な2次元培養において、細胞増殖が抑制されることが示唆された。つまり、これらの細胞は休眠がん細胞の特徴である“No proliferation”を満たしたと言える。
【0060】
続いて、休眠がん細胞の2つ目の特徴である“No death”を調査した。細胞の生存率を測定するために、トリパンブルー染色を用いた。トリパンブルーは、死細胞のみを青く染色する試薬である。このことから、顕微鏡観察において生細胞は染色されないため白く、死細胞は青く観測される。異なる大きさのスフェロイドであるS125,S250,S500をそれぞれ形成し、ピペッティングによってスフェロイドを分解後にトリパンブルー染色を行った。その結果、全てのスフェロイドにおいて2次元培養と比較して顕著な細胞死は認められなかった(
図5)。このことから、スフェロイドにおいて細胞死はほとんど生じておらず、休眠がん細胞の特徴である“No death”を満たすことが示唆された。
【0061】
引き続き、休眠がん細胞の3つ目の特徴である“Metabolic suppression”を調査した。代謝の抑制を測定するために、2−(N−(7−Nitrobenz−2−oxa−1,3−diazol−4−yl)Amino)−2−Deoxyglucose(2−NBDG)の細胞内取り込み量を評価した。2−NBDGはグルコースに蛍光分子が結合した試薬であり、グルコースと同様の機構で細胞内に取り込まれる。そのため、2−NBDGの細胞内取り込み量は糖代謝の活発度や細胞の生死判定に用いられる。2次元培養およびスフェロイドにおいて2−NBDGの取り込み量を共焦点レーザー顕微鏡で測定した。その結果、どちらにおいても細胞密度依存的に取り込み量が減少した(
図6)。また、特にスフェロイドにおいては顕著に取り込みが抑制されていた。このことは、細胞密度依存的に糖代謝が抑制された結果であると考えられる。さらに、3次元培養スフェロイドおよび高密度な2次元培養は、休眠がん細胞の特徴である“Metabolic suppression”を満たすことが示唆された。
【0062】
最後に、休眠がん細胞の4つ目の特徴である“Recovery to active status”を調査した。再活性化を測定するために、最も大きいスフェロイドであるS500をピペッティングによって分解し、2次元培養下における再増殖を評価した。S500形成後に2次元培養された細胞は、2次元培養された細胞よりも増殖が少し遅れたものの、最終的には同程度の細胞数まで増殖した(
図7)。また、細胞増殖の最高速度を示すグラフの傾きは、2次元培養と3次元培養とでは大きな差がなかった。このことは、細胞増殖が抑制された状態から活発に細胞増殖を行う状態に変化したことを示す。つまり、休眠がん細胞の特徴である“Recovery to active status”を満たすことが示唆された。
【0063】
以上の4項目の検証から、高密度な培養環境においてがん細胞が休眠状態に移行することが示された。このため以降の実験では、スフェロイドを含む高密度培養がん細胞を休眠がん細胞のモデルとして使用した。
【0064】
実施例2:休眠がん細胞における抗がん剤の細胞毒性評価
休眠がん細胞に対する一般的な抗がん剤(DNA合成を阻害する薬剤)の効能を調査するために、シスプラチン(CDDP)および5−フルオロウラシル(5−FU)を用いた。CDDPは2本鎖DNAのグアニン同士を架橋することで、DNA複製を阻害する薬剤である。一方で、5−FUはチミジル酸シンターゼを阻害することでチミジンの合成を抑制し、DNA合成を阻害する薬剤である。2次元培養の異なる細胞密度下において薬剤をそれぞれ72時間添加し、MTT法にて細胞生存率を測定した。全ての濃度のCDDPにおいて、細胞密度依存的に殺細胞効果が低下した(
図8(a))。特に、6.25 μMではその差が顕著であった(
図8(b)(c))。同様に、5−FU 50μMにおいても細胞密度依存的な殺細胞効果の低下が認められた(
図9)。細胞密度が高い環境下では休眠がん細胞の割合も高いと考えられるため、休眠がん細胞に対して一般的な抗がん剤の効果が現れにくいことが明らかとなった。
【0065】
なお、CDDPはTokyo Chemical Industry Co., Ltd.(東京)より、5−FUはNacalai Tesque(京都)よりそれぞれ購入した。3.6×10
3cells/cm
2、7.1×10
3cells/cm
2、14×10
3cells/cm
2の細胞密度にそれぞれ薬剤を添加し、72時間培養した。その後、下記のMTT法にて細胞生存率を測定した。MTT試薬(5mg/ml)を培養液に添加後、4時間培養した。その後、培養液と同量の10%(w/v)SDSを加え一晩培養した。MTT代謝物であるホルマザンは測定波長570nm、基準波長655nmにおける吸光度をMultiskan FC吸光マイクロプレートリーダ(Thermo Fisher Scientific,San Jose,CA)により測定した。薬剤非添加群の吸光度を分母に、薬剤添加群の吸光度を分子として計算し、100分率で表したものを細胞生存率[%]と定義した。
【0066】
実施例3:休眠がん細胞におけるPpIX蓄積の評価
ALA添加後のPpIX蓄積と休眠性との関係性を検証するために、共焦点レーザー顕微鏡およびHPLCを用いてPpIX蓄積を解析した。ALAを添加する濃度・時間は1mM・24時間とし、がん患者にALAを投与する場合と比較して特異な条件にならないよう配慮した。生細胞内のPpIX蓄積を解析するために正立の共焦点レーザー顕微鏡を用い、観察のための検出プログラムを作成した。作成したプログラムはZ軸に対して0.7μmの厚みで写真を撮影するため、細胞の大きさ(約10μm)と比較しても十分な薄さを確保できた。一般的に共焦点レーザー顕微鏡によるスフェロイドの観察は細胞を有機溶媒で固定してから行うことが多い。しかし、固定を行うと疎水性であるPpIXは細胞外へ流出してしまうため、PpIX蓄積を観察するためには生細胞で行う必要がある。一方で、他の3次元培養法であるマトリゲルなどでは、スフェロイドに対して対物レンズが十分に接近できない。これらのことをふまえ、本研究では3次元培養法としてEZSPHER(商標)を選択し、正立の共焦点レーザー顕微鏡を用いて培養皿の上部から撮影を行うことで、上記の問題を克服した。
【0067】
スフェロイド用に作成した共焦点レーザー顕微鏡の検出プログラムを用いて、2次元培養における異なる細胞密度環境下のPpIX蓄積を解析した。共焦点レーザー顕微鏡の写真より、細胞密度依存的にPpIXの発光が強く認められることが明らかになった(
図10(a))。さらに、細胞をNaOH水溶液で溶解し、HPLCを用いて細胞内PpIXの定量を行った(
図10(b))。なお、縦軸は回収した細胞のタンパク質量で補正したため、細胞密度が異なっていても単位細胞あたりのPpIX蓄積量として比較することができる。HPLCによる定量結果から、最も細胞密度が低い2次元培養に対してスフェロイドではPpIX蓄積が23倍も増加した。同一細胞株であるにもかかわらず、PpIX蓄積が23倍も増加することは特異な現象である。実施例1より、細胞密度依存的にがん細胞が休眠状態へ移行することが明らかになっていることから、がんの休眠性とALA添加後のPpIX蓄積は正の相関を示すことが示唆された。
【0068】
同様に、異なる大きさのスフェロイドにおいても共焦点レーザー顕微鏡およびHPLCを用いてPpIX蓄積を解析した(
図11(a)(b))。こちらにおいても細胞密度依存的なPpIX蓄積の増加が認められた。以上のことから、3次元培養においてもがんの休眠性とALA添加後のPpIX蓄積は正の相関を示した。同時に、休眠がん細胞に対してALA−PDD、ALA−PDTが効果的であることが示唆された。
【0069】
実施例4:休眠がん細胞におけるALA−PDT効果の評価
休眠がん細胞におけるALA−PDTの殺細胞効果を検証するために、PpIX蓄積後の細胞に赤色光を照射した。アポトーシスを待つために、光照射後はインキュベーターで一晩培養し、MTT法によって細胞生存率を算出した。2次元培養において細胞密度依存的に、細胞生存率が低下した(
図12(a))。同様に3次元培養においても、スフェロイドの大きさ依存的に細胞生存率が低下した(
図12(b))。これらの結果は、細胞内のPpIX蓄積量が細胞密度依存的に増加したためであると考えられる。以上のことから、休眠がん細胞に対してALA−PDTは特に有効な治療法であると示唆された。
【0070】
実施例5:休眠がん細胞におけるトランスポーターの発現解析
ALA添加後のPpIX蓄積と強い相関がある3つのトランスポーター、PEPT1,ABCB6,ABCG2の発現をタンパク質レベルで解析した。なお、発現解析は細胞にALAを添加せずに行った。2次元培養において、細胞密度依存的にPEPT1およびABCB6の発現は亢進し、ABCG2の発現は低下した(
図13(a)(b))。スフェロイドにおいても、細胞密度依存的に上記の傾向が認められた(
図14(a)(b))。すなわち、細胞密度が高い休眠がん細胞はALAを取り込みやすく、中間体であるCPgenIIIのミトコンドリアへの輸送も速い一方で、ABCG2によるPpIXの排出は遅いため細胞内のPpIX蓄積が増加したと考えられる(
図15)。このことは、休眠性依存的にPpIX蓄積が増加したことやALA−PDT効果が亢進したことと一致する。
【0071】
実施例6:非休眠がん細胞におけるALA−PDT効果の亢進
これまでの実験結果より、「細胞密度依存的にがん細胞の細胞増殖が抑制され、休眠状態へ移行すること」および「休眠性の高いがん細胞においてはPpIX蓄積が多く、ALA−PDT効果も顕著に現れること」の2つを明らかにした。そこで、細胞密度が低い非休眠がん細胞に対して細胞増殖を抑制した擬似的な休眠状態にすることで、ALA添加後のPpIX蓄積を増加させることができるという仮説を立てた。本仮説を検証するために、PC−3細胞の細胞周期をG0/G1期で止める薬剤として報告されているMethotrexate(MTX)およびCycloheximide(CHX)を用いた。非休眠がん細胞モデルは、2次元培養において細胞密度を低くすることで構築した。
【0072】
まず始めに、MTXおよびCHXによって細胞増殖が抑制されることを確かめるために、Ki−67を含む遺伝子の発現解析を行った。なお、細胞密度は薬剤添加48時間後の回収時に同じになるように細胞播種数を調整した(
図16(a))。Ki−67はMTX・CHXの両方で発現が低下した(
図16(b)(c))。このことから、細胞増殖が抑制されることが確かめられた。また、薬剤添加によってPEPT1およびABCB6の発現は変化しなかったが、ABCG2の発現はMTX・CHXの両方で低下した(
図16(b)(c))。このことから、細胞内にPpIXが蓄積しやすくなると予想される。
【0073】
次にALA添加後のPpIX蓄積を解析した。共焦点レーザー顕微鏡による観察から、ALAのみを添加したControlに比べてALAとMTXもしくはCHXの共添加群では、PpIXの発光が強く認められた(
図17(a))。HPLCによるPpIX定量より、共添加群はControlに対してPpIX蓄積が約4倍増加することが明らかになった(
図17(b))。これは、細胞増殖抑制剤によって細胞が擬似的な休眠状態になったためであると考えられる。最後に、共添加群においてALA−PDT効果を検証した。その結果、共添加群はControlに比べて顕著に細胞生存率が低下した(
図18)。MTXの単独添加においても約50%の細胞死が認められたが、CHXの単独添加においては著しい細胞死が認められなかった。このことから、ALA−PDT効果の顕著な亢進は薬剤自体の毒性ではなく、がん細胞が擬似的な休眠状態になりPpIX蓄積が増加したためであると考えられる。
【0074】
以上のことから、非休眠がん細胞においても、細胞の増殖を抑制させる薬剤の適用によって、細胞内のPpIX蓄積量を増加させ、ALA−PDTに対する感受性を向上させることができることが示された。