(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6649948
(24)【登録日】2020年1月21日
(45)【発行日】2020年2月19日
(54)【発明の名称】基材における汚れの付着を低減する方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/08 20060101AFI20200210BHJP
C23C 14/58 20060101ALI20200210BHJP
C23C 16/56 20060101ALI20200210BHJP
【FI】
C23C14/08 K
C23C14/58 C
C23C16/56
【請求項の数】8
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2017-513715(P2017-513715)
(86)(22)【出願日】2015年9月10日
(65)【公表番号】特表2017-528600(P2017-528600A)
(43)【公表日】2017年9月28日
(86)【国際出願番号】EP2015070695
(87)【国際公開番号】WO2016038132
(87)【国際公開日】20160317
【審査請求日】2018年5月29日
(31)【優先権主張番号】102014113097.9
(32)【優先日】2014年9月11日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】594102418
【氏名又は名称】フラウンホーファー−ゲゼルシャフト ツル フェルデルング デル アンゲヴァンテン フォルシュング エー ファウ
【氏名又は名称原語表記】Fraunhofer−Gesellschaft zur Foerderung der angewandten Forschung e.V.
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100098501
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 拓
(74)【代理人】
【識別番号】100116403
【弁理士】
【氏名又は名称】前川 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100135633
【弁理士】
【氏名又は名称】二宮 浩康
(74)【代理人】
【識別番号】100162880
【弁理士】
【氏名又は名称】上島 類
(72)【発明者】
【氏名】シュテフェン ギュンター
(72)【発明者】
【氏名】シンディ シュタイナー
(72)【発明者】
【氏名】イェアク クーブッシュ
【審査官】
宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】
韓国公開特許第10−2012−0033805(KR,A)
【文献】
特表2010−511079(JP,A)
【文献】
特開2011−240538(JP,A)
【文献】
特表2013−543990(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 16/56
C23C 14/08
C23C 14/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材における汚れの付着を低減する方法において、少なくとも基材表面領域に、薄く、完全には閉鎖されていない材料層を真空被覆プロセスにより堆積させ、引き続き表面領域にイオンを衝突させ、前記イオンが、スパッタリング用マグネトロンにより生成されるプラズマから生じることを特徴とする前記方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法において、前記薄く、完全には閉鎖されていない材料層をマグネトロンスパッタリングにより堆積させることを特徴とする前記方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法において、マグネトロンターゲットとして、亜鉛、スズ、ケイ素、チタン、アルミニウムの少なくとも1種の元素を含有する材料が選択されることを特徴とする前記方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法において、前記薄く、完全には閉鎖されていない材料層を反応性真空被覆プロセスにより堆積させることを特徴とする前記方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法において、酸素含有ガスを反応性ガスとして使用することを特徴とする前記方法。
【請求項6】
請求項1に記載の方法において、前記薄く、完全には閉鎖されていない材料層をALDにより堆積させることを特徴とする前記方法。
【請求項7】
請求項1に記載の方法において、前記基材として、プラスチック基材又はプラスチックカバー層を有する基材を使用することを特徴とする前記方法。
【請求項8】
請求項1に記載の方法において、表面領域を材料の原子層で完全に覆うには十分でない量で、材料を前記基材表面領域に堆積させることを特徴とする前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材における、殊にプラスチック表面を有する基材における汚れの付着を低減する方法に関する。
【0002】
表面は、殊に暴露環境で汚れる傾向を有する。そのような汚れは、様々な性質であり得るが、どの形態でも表面の特性を劣化させる。さらにこの表面が光学的機能を有する物体の一部である場合、これらの表面上にある汚れによって、例えばこの物体を通過する光の光透過率の減少が引き起こされる。これに関しては例えば、ソーラーモジュールにおける前面の遮蔽が挙げられるだろう。何年にもわたってこのようなモジュールの性能を維持するために、広範囲かつ高コストな表面洗浄処置が必要である。そうすることによってのみ、ソーラーモジュールにおける汚れの発生によりエネルギー収量に対して大きな影響がもたらされないことが保証される。ここで、このような洗浄のための一般的な費用の他に不利な点は、洗浄を、必要に応じてではなく、所定の期間後に行うことである。このため、汚れによって、次に洗浄を行うまでにこのようなモジュールの性能が低下し得る。
【0003】
表面が汚れにくくなるように表面を形成することが経済的である。ロータス効果に基づく作用を得る特性を有する表面を形成することが公知である。そのような表面は、例えば独国特許出願公開第10134362号明細書(DE10134362A1)に記載されているように、しばしば高コストな構造化処置によって作製される。ここでは、注型を利用した高コストな製造プロセスによって、形状面で厳密に規定された構造が、さらに施与される材料において作製される。それに応じて、このような構造を大きな面に転写することは高コストになる。付加的に施与された材料に構造を転写することはまた、独国特許出願公開第10138036号明細書(DE10138036A1)に記載されている。
【0004】
添加材料を施与し、その後に構造を付与するさらなる方法は、欧州特許出願公開第1238717号明細書(EP1238717A2)から公知である。ここでは、数学的関数に基づく形が構造として形成され、これは、高コストなプロセス制御を必要とする。さらに、国際公開第2006/021507号(WO2006/021507A1)では、電気化学的堆積法を用いて構造化される表面が構築されている。
【0005】
上記の方法全てに共通するのは、添加材料を本来の表面に施与する必要があることである。添加材料の表面への接合は、基本的には、常に弱い部分を意味する。というのも、そのように施与された層は剥離する傾向にあるからである。さらに、公知の方法全てに共通するのは、先のロータス効果を獲得するために、非常に複雑な手法を用いて構造化が実施されることである。
【0006】
したがって、本発明は、従来技術の欠点を克服する方法を生み出すという技術的課題に基づく。殊に本発明による方法によって、基材における汚れの付着を低減する構造を基材表面上に作製する。この方法は、従来技術に比べて、削減された技術的コストで実施可能である。
【0007】
技術的問題の解決策は、請求項1の特徴を有するものによって明らかとなる。本発明のさらなる有利な構成は、独立請求項より明らかとなる。
【0008】
基材における汚れの付着を低減するための本発明による方法ではまず、第一方法工程において、薄く、完全には閉鎖されていない材料層を、真空被覆プロセスにより少なくとも基材表面領域に堆積させる。本発明の意味において、薄く、完全には閉鎖されていない層という用語は、層厚が100ナノメートル未満であり、被覆プロセス後の表面領域が、層材料が堆積している部分領域を多数有すると同時に層材料が堆積していない部分領域も多数有するものと理解される。完全には閉鎖されていない層は例えば、マスクを基材上に配置し、そうすることによって被覆プロセスにおいて、基材上に散在する部分領域だけを層材料で覆うことで製造することができる。しかしながら本発明によると、完全には閉鎖されていない層は、非常に低い被覆速度を被覆プロセスにおいて選択することで、好適にはマスクなしに堆積させ、この場合、もはや基材表面全体は層材料で被覆されず、基材表面の個々の部分領域だけが層材料の島で覆われる。そのために必要である低い被覆速度の調整は、それぞれ使用される被覆プロセスに応じており、実験室での実験により特定することができる。薄く、完全には閉鎖されていない層を堆積させることで、基材上の表面は既に、ロータス効果を促進する第一の粗さを獲得し、それによって基材における汚れの付着が低減される。
【0009】
そのような薄く、完全には閉鎖されていない層を基材上に堆積させるためには殊に、低い堆積速度での真空被覆プロセスが適している。ここで真空被覆プロセスはまた、反応により行うこともできる。基材が動的な堆積工程(つまり、基材が動く場合)により被覆される場合、最大30nm/分の堆積速度での真空被覆プロセスが適している。好ましくは、薄く、完全には閉鎖されていない層をマグネトロンスパッタリングにより堆積させる。マグネトロンスパッタリングの場合、堆積速度は、下に向かってほぼ任意で低く選択することができる。よって堆積速度はまた、単一の完全に閉鎖された堆積材料の原子層又は分子層を形成することに対してさえ十分でない面コーティングが、堆積材料によって表面領域で獲得されるだけの低さに調整できる。いずれにせよ、この方法の場合、薄く、完全には閉鎖されていない層が基材の表面領域で形成されることが保証される。薄く、完全には閉鎖されていない層を本発明により堆積させる場合、それにより得られる表面粗さだけが重要となるので、堆積させる層の原料は二次的な役割しか担わない。よって、薄く、閉鎖されていない層をマグネトロンスパッタリングにより堆積させる場合は、マグネトロンスパッタリングにより基材上に堆積可能なあらゆる材料を使用することもできる。よって例えば実験室での試験において、ケイ素、亜鉛、チタン、スズ、又はアルミニウムの群からの元素を少なくとも1種含有する、薄く、完全には閉鎖されていない層をマグネトロンスパッタリングにより堆積させたところ、全てが本発明による方法に適していた。好ましくは、先に挙げた化学元素を、酸素含有ガス存在下での反応プロセスにおいて酸化物として堆積させる。そのような反応堆積プロセスの場合、完全には閉鎖されていない層の形成を、金属析出プロセスの場合よりも容易に調整することができる。なぜなら、存在する酸素によってターゲット表面上に酸化物が形成され、これにより堆積速度が減少するからである。
【0010】
しかしながら代替的には、薄く、完全には閉鎖されていない層を堆積させるために、その他の真空プロセス及びその他の層材料も使用可能であり、例えば、原子層堆積から公知のプロセス及び層材料がある。このような堆積プロセスはまた、アトミックレイヤーデポジション(Atomic−Layer−Deposition)又は略してALDという用語で知られている。ALDにより基材を動的に被覆する際に基材の送り速度を十分に高く調整する場合、同様にALDによって、薄く、完全には閉鎖されていない層を形成することができる。またこれに関して、どのくらいの送り速度が完全には閉鎖されていない層を形成するために必要であるか、実験室での実験において容易に特定できる。
【0011】
薄く、完全には閉鎖されていない層が基材の表面領域に堆積している場合、少なくともこの表面領域に、第二の方法工程において、加速したイオンを衝突させ、これによりイオンエッチングプロセスを実施し、そうすることで最終的に、ロータス効果をもたらす粗さが表面領域に与えられる。この方法工程のために、例えばスパッタリング用マグネトロンにより生成されるプラズマのイオンを使用することができる。このことは殊に、薄く、完全には閉鎖されていない層がマグネトロンスパッタリングにより既に堆積している場合に有利である。なぜなら、双方の方法工程に対して、同じ設備技術、並びにプロセスチャンバにおける少なくとも類似した圧力を使用することができるからである。しかしながら、第二方法工程にはまた、イオンエッチングについて公知であるその他のプロセス全てが適している。
【0012】
マグネトロンプラズマによりイオンエッチングを実施することは殊に、プラスチック基材における、若しくは少なくとも1つのプラスチック製カバー層を有する基材における汚れの付着を低減することに適している。マグネトロンプラズマからの加速したイオンのエネルギーが殊にプラスチック分子の結合エネルギーと相関関係にあること、つまり加速し、基材に向けられたイオンのエネルギーが、ロータス効果を促進する粗さをもたらすサイズの粒子を表面からはじき出すほど大きいことが推測される。しかしながら、イオンエッチングをマグネトロンプラズマにより実施した本発明による方法によって汚れの付着が低減されることはまた、金属表面においても立証することができた。
【0013】
従来技術と比べて、本発明による方法は多くの利点で優れている。まず第一に、本発明による方法は非常に経済的である。なぜなら、非常に薄く、完全には閉鎖されていない層だけしか堆積せず、少ない層材料しか必要とされないからである。本発明による方法はさらに、ロータス効果に必要な表面構造をカバー層から作り出すために、高コストなマスキング工程を必要としない。そのようなマスキング工程は本発明による方法に既に内在する。
【0014】
薄く、完全には閉鎖されていない層を堆積させるために材料を基材の表面領域において少量でただ薄く散布することによって、基材の表面領域において、様々なサイズで、かつランダムな分布パターンを有する多数の材料の島が形成され、これによって既に、第一の基材表面マスキングが行われる。イオンエッチングにおいて、これらの材料島にイオンが付着する。材料の島が大きいほど、付着するイオンの数も多く、かつはじき効果(前述の材料の島が、付着しているイオンに基づき、さらなるエッチングプロセスの過程で、基材表面方向に向かって加速したイオンに対して及ぼす効果)も大きくなる。つまり、基材表面上の個々の部分領域は、イオンエッチングによって様々な強さで影響を受け、このことはまた、獲得可能な表面粗さに対して肯定的な影響をもたらす。したがって、本発明による方法は、イオンエッチングにおいて、1種の自己組織化するマスキングで優れており、このためにさらなるコストをかける必要はない。
【0015】
以下で実施例を用いて、本発明をより詳細に説明する。その際使用する基材材料及び層材料、並びに調整する設備パラメータ及びプロセスパラメータは、ただ例示的に記載してあるだけであり、本発明の権利範囲を何ら制限することはない。フィルム処理設備において、フルオロポリマー(ETFE)として形成した板状基材を、汚れ防止表面を製造する動的な本発明による方法で処理した。ここでETFE基材は、1.3m/分のベルト速度で巻いた。一回巻く間に、ETFE基材を2つの互いに前後に位置したプロセスステーションに通過させた。これらのプロセスステーションはそれぞれ、一般的にカソードスパッタリングによる層堆積に利用される二重マグネトロンシステムを備えていた。2つのプロセスステーションは、それぞれ両極性パルス電圧により稼動し、ここでパルス周波数は50kHzであった。プロセスステーションに供給した出力は、一つ目のステーションについては4kW、二つ目のステーションについては8kWであった。一つ目のステーションでは、二重マグネトロンに亜鉛・スズ合金から成るターゲットを備え付けた。二つ目のステーションはマグネシウムターゲットを有していた。酸素をプロセスチャンバに導入することによって、プロセスステーションが両方とも反応性モードで稼動した。一つ目のステーションの役割は、非常に薄く、完全には閉鎖されていない層をプラスチック基材上に作製する第一方法工程であった。ここで、供給した反応性ガスである酸素がマグネトロンターゲットの酸化を引き起こすこと、及びそれによってETFE基材における堆積速度が酸素なしの被覆に比べて下がることを十分に利用した。事前に実施した実験室での実験において酸素の供給量を特定したが、この際、使用する亜鉛・スズ合金製ターゲット材料は、反応性モードで、わずかではあるものの被覆割合が存在することを保証し、この被覆割合で島状に形成された多数の材料堆積物が基材上に堆積し、これによって、完全には閉鎖されていない層が基材上に形成される。一つ目のステーションを通過させる際に完全には閉鎖されていない層が製造されたことによって、ETFE基材の表面において既に、ロータス効果の形成に重要である粗さの向上を達成することができた。さらに、層材料を一つ目の二重マグネトロン式ステーションにおいて薄く散布し、それによって薄く、完全には閉鎖されていない層の堆積が行われることで既に、ETFE基材表面の最初のマスキングを達成した。
【0016】
それに対して、二つ目のステーションのマグネシウムターゲット材料は、完全反応性モードにおいて顕著な被覆割合を示すものではない。しかしながらここでは、マグネトロンプラズマ中で発生した酸素イオンが存在し、これによりポリマー材料が攻撃され、劣化する。これは殊に、当然のことながら、一つ目のステーションにより施与された材料が存在していないプラスチック基材の表面部分領域において起こる。さらに、イオン照射の間に、先に記載したイオン効果に基づき、完全には閉鎖されていない層上に自己組織化したさらなる基材マスキングが起こる。したがって、酸素プラズマによって、プラスチック基材の表面が局所限定的に、様々な厚さでエッチングされ、このようにしてロータス効果を促進するナノ構造が作製される。
【0017】
しかしながらETFE基材のロールは、完全には本発明による方法で処理しなかった。板状ETFE基材の端は未処理のままであった。ロールを本発明により処理した後に、本発明により処理した領域から第1の試料を切り出し、未処理の領域から2の試料を切り出した。その後、切り出した試料は両方とも、屋外で数ヶ月にわたって耐候性試験にかけた。規則的な間隔で試料の汚れを調査した。このために、試料における光透過率を特定した。表面が汚れている場合、試料の透過率はより低くなるはずである。すなわち、それぞれの透過率の変化をその出発値と比較することで、試料の汚れに関して定性的な言及が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明により処理した試料の光透過率と未処理の試料の光透過率との差を示すグラフ図
【0019】
数ヶ月の期間にわたり、様々な時点で試料の光透過率を特定した。驚くべきことに、本発明により処理した試料と未処理の試料とを比較すると、透過率変化の時間的推移において違いが示された。耐候性試験期間が終わると、処理した試料の光透過率は、未処理の試料の光透過率ほど大幅には減少せず、したがって処理した試料は、未処理の試料ほどひどくは汚れなかったと示された。
図1には、本発明により処理した試料の光透過率と未処理の試料の光透過率との差違をグラフで図示してある。
図1から、光透過率に関する2つの試料間の差が時間とともに連続的に増加することが分かる。本発明により処理される試料の透過率損失が未処理の試料に対してより低いことで、本発明により処理される試料が、観察期間の間において未処理の試料よりも汚れていないと結論付けることができる。
【0020】
したがって本発明による方法は、特に有利には、光学的機能を有する部材又は装飾用の部材において適用することができ、またそこで定期的な洗浄コストを削減し、それに応じて経済性を向上させる。