特許第6649991号(P6649991)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6649991-金型成型面の表面処理方法 図000011
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6649991
(24)【登録日】2020年1月21日
(45)【発行日】2020年2月19日
(54)【発明の名称】金型成型面の表面処理方法
(51)【国際特許分類】
   B29C 33/42 20060101AFI20200210BHJP
【FI】
   B29C33/42
【請求項の数】4
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2018-109518(P2018-109518)
(22)【出願日】2018年6月7日
(65)【公開番号】特開2019-209643(P2019-209643A)
(43)【公開日】2019年12月12日
【審査請求日】2018年8月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000154082
【氏名又は名称】株式会社不二機販
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】特許業務法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮坂 四志男
【審査官】 関口 貴夫
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−154998(JP,A)
【文献】 特開2005−002457(JP,A)
【文献】 特開2017−186616(JP,A)
【文献】 特開2016−141874(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 33/00−33/76
C23C 24/00−30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属,又は金属を含む材質から成り,成型時に成型面が50℃以上となる金型の少なくとも前記成型面に,該金型の表面硬度と同等以上の硬度を有する♯220の大きさ以下の略球状のショットを,噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させて衝突部に局部的かつ瞬間的な温度上昇を生じさせる瞬間熱処理を行い,前記成型面の表面組織を微細化すると共に,前記成型面の表面全体に,滑らかな円弧状の窪みを多数形成し,
前記瞬間熱処理が行われた前記金型の表面に対し,♯100の大きさ以下のチタニウム又はチタニウム合金から成る粉体を噴射圧力0.2MPa以上で噴射して,前記成型面の表面に酸化チタンの被膜を形成することを特徴とする金型成型面の表面処理方法。
【請求項2】
前記金型が,樹脂成型用の金型であることを特徴とする請求項1記載の金型成型面の表面処理方法。
【請求項3】
前記瞬間熱処理前の前記金型の少なくとも前記成型面に,♯220の大きさ以下の炭化物粉体を0.2MPa以上の噴射圧力で噴射して,前記炭化物粉体中の炭素元素を前記金型の表面に拡散させる前処理工程を行うことを特徴とする請求項1又は2記載の金型成型面の表面処理方法。
【請求項4】
前記前処理工程で噴射する炭化物粉体が,炭化ケイ素の粉体であることを特徴とする請求項3記載の金型成型面の表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,金型成型面の表面処理方法に関し,より詳細には,耐摩耗性,耐食性,及び離型性の向上を目的とした,金型成型面の表面処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂成型用の金型等では,金型の寿命を増大させるために,成型材料と接触する金型の成型面の耐摩耗性の向上等を目的として,成型面を高強度化することが行われている。
【0003】
特に,成型品の強度を向上させる目的でガラスやセラミックス,金属等の粉末や繊維等から成るフィラーを40〜50%と高配合で添加した樹脂材料を成型する金型では,このフィラーとの接触により金型の成型面はより一層,摩耗し易くなることから,耐摩耗性の付与等を目的とした高強度化の要求は更に高いものとなっている。
【0004】
また,樹脂成型用の金型では,高温に加熱された樹脂から放出された腐食性のガスとの接触や,腐食性物質の付着等によって金型の成型面は腐食し易くなっており,腐食の発生によって金型表面の平滑性が失われると,離型性の低下や腐食で生じた孔(孔食)の転写に伴う成型不良,金型表面に焼き付いた汚れの成型品に対する混入等の成型不良等が発生する。
【0005】
そのため,金型の成型面,特に合成樹脂やゴム等の腐食性ガスや腐食性の付着物が発生する成型材料の成型を行う金型の成型面は,前述した耐摩耗性の他に,耐食性の高いものであることが求められている。
【0006】
このような問題のうち,耐食性に関しては,高耐食性ステンレス鋼を使用した金型の製作も行われているが,高耐食性ステンレス鋼の使用によっても腐食の発生を完全に防止することはできず,また,この方法では耐食性の改善は期待できるものの,高硬度化による耐摩耗性の向上を同時に得ることができない。
【0007】
高硬度化による耐摩耗性の向上と,耐食性の向上を同時に得ようとした場合,金型成型面の表面を硬質で,かつ耐食性の高い材料から成る被膜でコーティングすることが一般的に行われており,成型面の表面にニッケルメッキやクロームメッキ等の各種のメッキを行ったり,あるいはPVD,CVDによるセラミックコーティング,DLC(ダイヤモンドライクカーボン)コーティング等を行ったりすることで,耐摩耗性と耐食性を向上させることも行われている。
【0008】
また,これらのコーティングに先立って,母材の表面に対し各種熱処理や窒化処理を併用することで,更なる高硬度化を図ることも行われている。
【0009】
なお,金型の腐食全般を防止するものではないが,腐食に伴い生じ得る応力腐食割れの発生を防止する方法として,ショットピーニングによる表面処理が知られている。
【0010】
すなわち,応力腐食割れが発生する原因の一つに引張り応力の存在があり,金型の表面に対しショットピーニングを行うことで引張応力を開放すると共に圧縮残留応力を付与することで,応力腐食割れの発生が抑制される。
【0011】
また,金型に対する表面処理を規定したものではないが,出願人は,耐食性金属の耐食性の更なる向上を目的として,ステンレス等の基材表面に,前記基材と同等以上の硬度を有する粉体を噴射速度50m/sec以上,又は噴射圧力0.29MPa以上で噴射して,前記基材表面の金属組織を高強度,高硬度化する1μm以下の粒径の微細結晶層を形成し,この微細結晶層の形成された前記基材表面に,チタン又はチタン合金の粉体と貴金属の粉体を混合した噴射粉体を噴射速度80m/sec以上,又は噴射圧力0.29MPa以上で噴射して成る前記基材の表面に形成した前記貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜を形成することを要旨とする高耐食性金属について,既に実用新案登録出願を行い,登録を受けている(特許文献1の請求項1他)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】実用新案登録第3150048号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
以上で説明した金型の表面処理方法のうち,各種メッキやPVD,CVDによるコーティングで金型の母材表面を被覆する方法では,硬質の被膜で母材表面を覆うことで表面硬度を上昇させることができ,これにより耐摩耗性を向上させることができるだけでなく,母材の表面が覆われて腐食を引き起こす酸素や水,腐食性ガス等との接触が断たれることで,耐食性についても向上させることができる。
【0014】
しかし,金型表面のコーティングによる耐食性や耐摩耗性の向上では,コーティングを行うための製造工程が増加することで金型の製造コストが増加し,特に,DLCコーティングは高価であるため,コストの上昇幅が大きくなる。
【0015】
また,コーティング膜の形成により,金型の寸法が変化することから,コーティング膜の形成を考慮した寸法に母材を加工する必要があると共に,成膜時の膜厚管理も厳密に行う必要があり,高精度の加工や成膜が必要となる。
【0016】
しかも,コーティング膜の形成により耐摩耗性や耐食性を付与する場合,コーティング膜の破損(亀裂,剥離等)により,耐摩耗性と耐食性の効果はいずれも失われる。
【0017】
また,前述した表面処理方法のうち,ショットピーニングは,金型の表面に圧縮残留応力を付与することで応力腐食割れを防止する方法としては有効であるが,腐食自体を防止できるものではないから,粒界腐食等の腐食の発生を防止できるものではない。
【0018】
なお,特許文献1として紹介した表面処理方法では,前述した微細結晶層の形成により基材表面の高硬度化が図れると共に,この微細結晶層上に貴金属及び/又は貴金属の酸化物を担持した酸化チタンの被膜を形成することで,付着強度の高い酸化チタン被膜を形成することができ,この酸化チタン被膜が有する光触媒作用によって発揮される還元能により,基材の酸化が積極的に防止されることで,高い耐食性能が得られるだけでなく,粉体あるいは粒体の噴射という比較的簡単な処理により,高硬度化と耐食性の向上という効果を同時に得ることができるものとなっている。
【0019】
しかし,特許文献1に記載の方法による耐食性の向上は,「太陽光(昼)」の照射下で実験を行っていることからも判るように(特許文献1[0088]欄),光触媒作用により発揮される還元能を利用して耐食性の向上を得ようというものであるから,金型の成型面のように,光が遮断された状態で使用される金属製品に対し適用した場合,光触媒作用によって発揮される耐食性の効果は失われてしまうものと予想される。
【0020】
そこで本発明は,前掲の特許文献1に記載の発明と同様に,粉体等の噴射という比較的簡単な方法で金型表面の高硬度化と耐食性の向上が得られると共に,離型性についても向上させることができる表面処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するために,本発明の金型成型面の表面処理方法は,
金属,又は金属を含む材質から成り,成型時に成型面が50℃以上となる金型の少なくとも前記成型面に,該金型の表面硬度と同等以上の硬度を有する♯220の大きさ以下の略球状のショットを,噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させて衝突部に局部的かつ瞬間的な温度上昇を生じさせる瞬間熱処理を行い,前記成型面の表面組織を微細化すると共に,前記成型面の表面全体に,滑らかな円弧状の窪みを多数形成し,
前記瞬間熱処理が行われた前記金型の表面に対し,♯100の大きさ以下のチタニウム又はチタニウム合金から成る粉体を噴射圧力0.2MPa以上で噴射して,前記成型面の表面に酸化チタンの被膜を形成することを特徴とする(請求項1)。
【0022】
前記金型は,熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂,ゴム等の樹脂成型用の金型であることが好ましい(請求項2)。
【0023】
前記瞬間熱処理前の前記金型の少なくとも前記成型面に,♯220の大きさ以下の炭化物粉体を0.2MPa以上の噴射圧力で噴射して,前記炭化物粉体中の炭素元素を前記金型の表面に拡散させる前処理工程を行うことが好ましい(請求項3)。
【0024】
前記前処理工程で噴射する炭化物粉体は,炭化ケイ素(SiC)の粉体とすることが好ましい(請求項4)。
【発明の効果】
【0025】
以上で説明した本発明の構成により,本発明の表面処理方法によれば,従来,手磨き等の方法によって鏡面に加工されていた金型の成型面を,ブラスト処理という比較的簡単な方法で処理することにより,成型面の硬度と耐摩耗性を向上させることができるだけでなく,防汚効果や耐食性についても向上させることができるものとなった。
【0026】
その結果,本発明の方法で処理した金型は,前述した手磨きや,手磨き後にメッキやPVD,CVDによる被膜の形成を行う場合に比較して簡単に金型の表面処理を行うことができ,金型を,短い納期で安価に製造することができ,また,高硬度化による耐摩耗性の向上や耐食性の向上によって金型の寿命が延びると共に,成型の際の不良率を減らすことができることから,成型品の製造コストを大幅に低減することが可能となる。
【0027】
なお,本発明の方法で表面処理を行った金型において,前述した耐食性や防汚の効果は,金型の成型面に形成した酸化チタン被膜が,光触媒としての機能を発揮することによりもたらされた効果であると考えられるが,成型材料の成型時に光の照射を受けない金型の成型面において酸化チタン被膜の形成が耐食性や防汚の効果を発揮するという結果が得られたことは,予期し得ない効果であった。
【0028】
このように,成型時に光の照射を受けない金型の成型面における耐食性や防汚の効果が得られたことの原因は必ずしも明らかではないが,成型時に金型の成型面が加熱又は加温されることで,この熱により触媒が活性化して,酸化物の還元作用や,有機物の分解能による腐食性のガスや付着物の分解,親水性が発揮されることによる防汚等により,耐食性の向上や防汚等の効果がもたらされたものと考えられる。
【0029】
従って,本発明の処理方法によって処理する金型を,成型時に成型面が50℃以上となる金型とすること,特に,成型時における成型面の温度が一例として100〜400℃となる樹脂成型用の金型へ適用することで,耐食性の向上や汚れの付着防止が図れるものとなる。
【0030】
また,本発明の表面処理方法を熱可塑性樹脂やゴムの成型用金型に対して適用する場合には,還元能による耐食性の向上の他,加熱状態の成型材料が発する腐食性ガスや付着物の分解による耐食性の向上が得られると共に,悪臭についても分解してこれを低減することで,作業環境についても改善することができた。
【0031】
更に,瞬間熱処理前の金型の成型面に所定の炭化物粉体,例えば炭化ケイ素(SiC)の粉体を噴射する前処理工程を行う場合には,炭化物粉体中の炭素を金型表面に拡散浸透させることで,成型面の表面付近の硬度をより一層,向上させることが可能で,更なる耐摩耗性等の向上を得ることができた。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】キャス試験後の試験片(未処理)の表面状態を撮影した写真。
図2】キャス試験後の試験片(実施例)の表面状態を撮影した写真。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下に,本発明の金型成型面の表面処理方法を説明する。
【0034】
〔処理対象:金型の成型面〕
本発明の表面処理方法は,金型の成型面を少なくとも処理対象とするもので,本発明の表面処理方法は,金型の成型面に対してのみを実行するものとしても良く,成型面を含む金型全体に対し実行するものとしても良い。
【0035】
処理対象とする金型の用途は特に限定されず,成型時,金型の成型面が50℃以上となる用途で使用される金型であれば,食品の成型,熱可塑性樹脂,熱硬化性樹脂の成型,ゴムの成型等の,各種の用途で使用する金型を対象とすることができるが,成型時,溶融した樹脂等との接触により,或は金型自体を加熱することにより,成型面が100〜400℃近い温度となる,樹脂成型用の金型に対する適用が特に好ましい。
【0036】
処理対象とする金型の材質は,腐食が生じ得る金属を含むものであれば特に限定されず,一例として,ステンレス鋼(SUS材),炭素工具鋼(SK材),合金工具鋼(SKS,SKD,SKT材)等の,一般的に金型に使用される各種の鋼材は,いずれも本願発明の処理対象となり得,また,高速度工具鋼(SKH材)等の鋼材の他,超硬合金等の焼結金属,Cu−Be合金,その他の非鉄金属合金製の金型等,各種材質の金型を対象とすることができる。
【0037】
また,金型は,その全てが金属材料によって形成されている必要はなく,その他の成分,例えばセラミックス等を一部に含むものであっても良い。
【0038】
〔表面処理〕
以上で説明した金型の少なくとも成型面の表面に対し,以下に説明する本発明の表面処理を施す。
【0039】
〔前処理工程〕
本工程(前処理工程)は,必要に応じて行う工程であり,金型の用途等によっては必ずしも行う必要はなく,本発明における必須の工程ではない。
【0040】
本工程では,金型の表面に炭化物粉体を乾式噴射し,金型製造時の放電加工や切削加工によって金型表面に生じた放電硬化層や軟化層の除去や,切削,研削及び磨き加工時に生じた方向性を持つ加工痕(切削痕,研磨痕,ツールマーク等)を除去する等して表面を調整すると共に,炭化物粉体中の炭素元素を金型の表面に拡散,浸透させて,常温下での浸炭を行う。
【0041】
使用する炭化物粉体としては,例えばB4C,SiC(SiC(α)),TiC,VC,グラファイト,ダイヤモンド等の炭化物の粉体を使用することができ,好ましくはSiC,より好ましくはSiC(α)を使用する。
【0042】
使用する炭化物粉体は,放電硬化層や軟化層の除去,方向性を持つ加工痕の除去を目的として行う場合には,高い切削力が発揮されるよう,一例として焼成した炭化物系セラミックを破砕後,フルイ分けすることによって得た多角形状の粉体を使用して行うことが好ましく,このような切削を目的としない場合,炭化物粉体の形状は特に限定されず,球状,その他の各種形状のものを使用することができる。
【0043】
使用する粉体の大きさは,炭素元素の拡散浸透を得るに必要な噴射速度を得るために,♯220の大きさ以下のもの,好ましくは♯240の大きさ以下の所謂「微粉」を使用する。
【0044】
このような炭化物粉体を被処理成品に噴射する方法としては,乾式で粉体を噴射可能であれば既知の各種のブラスト装置を使用することができ,噴射速度や噴射圧力の調整が比較的容易であることから,エア式のブラスト装置の使用が好ましい。
【0045】
このエア式のブラスト加工装置としては,直圧式,吸込式の重力式,あるいは他のブラスト装置等種々のものがあるが,このうちのいずれのものを使用しても良く,噴射圧力0.2MPa以上で乾式噴射することができる性能を備えたものであれば,特にその型式等は限定されない。
【0046】
以上のような炭化物粉体を,前述のブラスト装置により成型材料と接触する部分の金型表面に高速で乾式噴射すると,放電加工や切削加工による金型の製造時に生じた放電硬化層や軟化層,方向性を持った加工痕などが除去されて金型の表面が無方向に調整される。
【0047】
また,炭化物粉体の金型表面への衝突により,炭化物粉体が衝突した部分の金型表面では局部的に温度上昇が起こると共に,炭化物粉体も加熱されて熱分解し,前記炭化物粉体の炭化物中の炭素元素が金型の表面に拡散浸透することで,この部分の炭素量が増加し,前処理工程を行った後の金型表面の硬度を大幅に上昇させることができる。
【0048】
このように,本発明の前処理では,ブラスト処理により炭化物粉体を被処理成品に衝突させたときの前記炭化物粉体の温度上昇による加熱分解とその分解により生成した前記炭化物粉体中の炭素元素の被処理成品への拡散浸透により,浸炭処理を行うものである。
【0049】
この方法による前処理によれば,金型に対する炭素元素の拡散浸透は,その最表面付近において最も顕著で,増加する炭素量も多く,そして,被処理成品の内部に向かって前記拡散により増加する炭素量,従って,当該深さにおける炭素量が被処理成品表面から深くなるにつれて徐々に減少して一定の深さで炭素量が未処理の状態に迄減少する傾斜構造となる。
【0050】
なお,前記炭化物粉体が被処理成品に衝突したときに炭化物粉体及び被処理成品が部分的に温度上昇するとはいえ,この温度上昇は局部的かつ,瞬間的なものであることから,浸炭炉内で金型全体を加熱して行う一般的な浸炭処理におけるような熱処理による被処理成品の歪みや相変態等が生じることもなく,また,微細な炭化物が生成されるため密着強度が高く,浸炭異常層も生じない。
【0051】
〔瞬間熱処理工程〕
本工程(瞬間熱処理工程)は,処理対象とする金型の少なくとも成型面(前述した前処理工程が行われる場合には,前処理工程後の金型の成型面)に対し,球状粉体を乾式噴射して,金型表面に無数の円弧状の微小な窪みを形成して離型性の向上が得られる表面形状に加工すると共に,成型面の表面付近の組織を微細化して更なる表面硬度の向上を行う。
【0052】
使用する球状粉体としては,処理対象とする金型の硬度と同等以上の硬度を有するものであれば特にその材質は限定されず,例えば各種金属製のものの他,セラミックス製のものを使用することもでき,前述した炭化物粉体と同様の材質のもの(炭化物)を使用することもできる。
【0053】
球状粉体は,前述したように金型の表面に無数の円弧状の微小な凹部を形成することができるよう,球状のものを使用する。
【0054】
なお,本発明において「球状」とは,厳密に「球」であることを必要とせず,角を持たない球に近い形状も含む。
【0055】
このような球状粉体は,金属系の材質のものについてはアトマイズ法により,セラミック系のものについては破砕後,溶融することにより得ることができる。使用する粉体の粒径としては,衝突により金型表面を塑性変形させて半円形状の凹部(ディンプル)を形成するために必要な噴射速度を得るために,♯220の大きさ以下のもの,好ましくは♯240の大きさ以下の「微粉」を使用する。
【0056】
また,このような球状粉体を金型の表面に噴射する方法としては,前処理工程の説明中で炭化物粉体の噴射方法として説明したと同様,乾式噴射が可能なものであれば既知の各種のブラスト装置を使用することができ,噴射圧力0.2MPa以上で噴射することができる性能を備えたものであれば,特にその型式等は限定されない。
【0057】
以上のような球状粉体を,金型の成型面の表面に対し噴射すると,この球状粉体の衝突により,球状粉体との衝突部分で金型表面が塑性変形を生じる。
【0058】
その結果,多角形状の炭化物粉体を使用した前処理工程が行われた場合であっても,この炭化物粉体との衝突による切削によって金型表面に形成された鋭利な形状の山頂を有する凹凸が生じている場合であっても,この鋭利な山頂が潰されて金型の表面全体に無数の滑らかな円弧状の窪み(ディンプル)がランダムに形成されることで表面粗さが改善される。
【0059】
また,ディンプルの形成により,成型時にはディンプル内に空気や離型剤が入り込むことで,成型材料と金型の成型面との接触面積が減少する等して,離型性を向上させる表面が形成される。
【0060】
また,球状粉体との衝突時に生じた発熱によって,衝突部で局部的な加熱と冷却が瞬間的に生じる,瞬間熱処理が行われると共に,円弧状の窪みが形成された際の塑性変形により金型の表面が微結晶化して加工硬化を起こし,前処理工程後の状態に比較して金型の表面硬度が更に向上し,しかも,表面が塑性変形することで圧縮残留応力が付与されることにより,金型の疲労強度等についても向上される,所謂「ショットピーニング」によって得られる効果も同時に付与されているものと考えられる。
【0061】
〔チタン粉体の噴射〕
前述したように瞬間熱処理を行った後の金型の少なくとも成型面に対しては,更に,チタン又はチタン合金製の粉体(以下,これらを総称して「チタン粉体」という。)を噴射して,金型の成型面の表面に酸化チタンの被膜を形成する。
【0062】
このようなチタン粉体としては,♯100の大きさ以下のものであればその形状は特に限定されず,球状,多角形状,その他の各種の形状のものが使用可能である。
【0063】
また,酸化チタンの触媒機能を助長する効果がある貴金属(Au,Ag,Pt,Pd,Ru等)の粉体を,前述のチタン粉体に対し重量比で約0.1〜10%の範囲で混合して噴射するものとしても良い。
【0064】
なお,以下の説明では,特に貴金属粉体とチタン粉体を分けて説明していない場合,貴金属が混入されたチタン粉体も含め,チタン粉体と総称する。
【0065】
このように,貴金属の粉体を混合したチタン粉体を噴射する場合,両粉体の粒径は必ずしも同一径である必要はなく,チタン粉体と貴金属粉体とで異なる粒径のものを使用しても良い。
【0066】
特に,チタン粉体に比較して貴金属粉体は比重が大きいことから,チタン粉体に比較して貴金属粉体の粒径を小さくして両粉体の個々の重量を近付けることにより,両粉体の噴射速度等が略同一となるように調整するものとしても良い。
【0067】
以上で説明したチタン粉体を金型の表面に噴射する方法としては,前処理工程及び瞬間熱処理工程の説明中で炭化物粉体や球状ショットの噴射方法として説明したと同様,乾式噴射が可能なものであれば既知の各種のブラスト装置を使用することができ,噴射圧力0.2MPa以上で噴射することができる性能を備えたものであれば,特にその型式等は限定されない。
【0068】
以上で説明したチタン粉体を,瞬間熱処理工程で微結晶化された表面を有する金型の成型面に対して噴射して衝突させると,チタン粉体の速度はこの衝突の前後で変化し,減速した速度分のエネルギーは,衝突部分を局部的に加熱する熱エネルギーとなる。
【0069】
この熱エネルギーにより,噴射粉体を構成するチタン粉体が基材表面で加熱されるため,チタンが基材表面に活性化吸着して拡散浸透する。この際,圧縮気体中の酸素や大気中の酸素と反応してチタンの表面が酸化し,噴射粉体の配合量に対応して酸化チタン(TiO2)被膜が形成される。
【0070】
酸化チタン被膜の膜厚は,約0.5μm程度であり,瞬間熱処理によって金型の成型面表面に形成された,微細化された表面組織に活性化吸着しており,基材表面から内部に約5μmの深さにチタン(貴金属粉体を含む場合にはチタン及び貴金属)が拡散浸透している。
【0071】
なお,このようにして形成される酸化チタンの被膜は,衝突時の発熱によって圧縮気体や大気中の酸素と反応して酸化したものあることから,最も高温となる表面付近において酸素との結合量が多く,表面から内部に入るに従い,酸素との結合量が徐々に減少する傾斜構造を備えたものとなっている。
【実施例】
【0072】
以下に試験例1〜4として,各種の金型に対し本発明の表面処理方法を適用した例を示すと共に,試験例5として,本発明の表面処理を行った試験片に対し,耐食性の評価試験を行った結果を示す。
【0073】
〔試験例1〕プリン用金型
(1)処理条件
プリン(食品)の成型に使用するステンレス鋼(SUS304)製の金型の成型面を含む全面に,下記の表1に示す条件で瞬間熱処理とチタン粉体の噴射を行った金型(実施例1)と,瞬間熱処理のみを行った金型(比較例1)をそれぞれ作成した。
【0074】
【表1】
【0075】
(2)試験方法及び試験結果
実施例1の金型(瞬間熱処理+チタン粉体噴射)と,比較例1の金型(瞬間熱処理のみ)をそれぞれ使用して,プリンを連続して製造した。
【0076】
前記プリンとして,プリン液を入れた金型をオーブンに入れて加熱する,所謂「焼きプリン」を製造した。
【0077】
オーブンによる加熱で金型内に充填したプリン液を金型内で凝固させてプリンを成型した後,金型より出来上がったプリンを取り出す作業を連続して行い,離型性の悪化に伴う金型の交換時点を「寿命」として評価すると共に,金型の成型面の汚れと離型性を評価した。その結果を表2に示す。
【0078】
なお,プリン製造時(成形時)における金型成型面の温度(最大値)はオーブンの温度である180℃に上昇している。
【0079】
【表2】
【0080】
(3)考察等
未処理のプリン用金型(プレス成型後,バフ研磨したもの)は離型性が悪く,5,000時間で交換を必要としていたが,この未処理品との比較では,実施例1の金型のみならず,比較例1の金型も,大幅な寿命の延長が得られていると共に,汚れが付着し難く,かつ,良好な離型性を示すことが確認された。
【0081】
また,未処理品では,硬度HV380,残留応力−190MPaであったものが,上記瞬間熱処理を行った比較例1の金型では,表面硬度580HV,残留応力−1080MPaに向上すると共に,ステンレス鋼の塩化第二鉄腐食試験方法(JIS G0578:2000)による試験においても,孔食の発生が大幅に低減できることが確認されている。
【0082】
しかし,瞬間熱処理のみを行った比較例1の金型では,10,000時間を超えると汚れの付着が目立つようになり,離型性も悪化して交換が必要となった。
【0083】
これに対し,瞬間熱処理とチタン粉体の噴射の双方を行った実施例1の金型では,10,000時間を超えても汚れの付着や離型性の低下は確認されず,寿命を20,000時間まで伸ばすことができた。
【0084】
以上の結果から,実施例1の金型では,チタン粉体の噴射によって表面に酸化チタンの被膜が形成されていることにより,上記の効果が得られていると言え,本発明の方法で形成された酸化チタンの被膜は,プリン液が充填された状態,従って,光の照射を受けていない状態においても汚れの分解や,親水性の発揮に伴う汚れの付着防止という,光触媒としての機能を発揮しているものと考えられる。
【0085】
このように,光の照射を受けない環境において酸化チタンが光触媒としての機能を発揮する理由については必ずしも明らかではないが,工業的に生産される酸化チタンは高温で加熱すると酸素を失い,白色から黒色に変化し,このような黒色を帯びたものは半導体の性質を示す。すなわち,酸素の結合が欠乏した状態になると,半導体としての性質を示す。
【0086】
本発明で金型の表面に形成される酸化チタンの被膜は,前述したように,金型の表面付近において酸素との結合量が最も多く,表面から内部に入るに従い,酸素との結合量が徐々に減少する傾斜構造を備えたものとなっていることから,内部に存在する酸化チタンは,酸素との結合が欠乏して,半導体としての性質を有するものとなっているものと考えられる。
【0087】
そのため,加熱下で使用することで,熱励起によって電荷移動が生じ,電荷移動型酸化還元効果をもたらす触媒(本明細書において「半導体触媒」という。)として機能するようになったものと考えられる。
【0088】
一般に半導体触媒は,電子供与元素や電子受容元素をドーピングする等,特殊な構造を持った触媒とする必要があり,チタン粉体の噴射という比較的簡単な方法で得られた酸化チタンの被膜により,熱により触媒作用を発揮する効果が得られたことは,予想をはるかに超えた効果である。なお,このように本発明の方法で処理されたプリン用金型では,前述したように光が照射されていない環境下でも触媒としての作用が発揮されていること,後掲の〔試験例5〕に示すように,50℃の加熱下での使用により触媒としての機能を発揮することから,本発明の方法で表面が処理された金型を,前述した焼きプリンの製造に代えて,ゼラチンが添加された約50〜60℃のプリン液を金型内で冷却・凝固させることにより製造する,ゼラチンプリンの製造に使用した場合であっても,汚れの付着防止や,離型性の向上,長寿命化等の効果が同様に得られるものと考えられる。
【0089】
〔試験例2〕TPU成型用金型
(1)処理条件
熱可塑性ポリウレタンエラストマー(TPU)の成型に使用するプリハードン鋼製の金型の成型面に,下記の表3に示す条件で前処理,瞬間熱処理,及びチタン粉体の噴射を行った金型(実施例2)と,前処理及び瞬間熱処理のみを行った金型(比較例2)をそれぞれ作成した。
【0090】
【表3】
【0091】
(2)試験方法及び試験結果
実施例2の金型(前処理+瞬間熱処理+チタン粉体噴射)と,比較例2の金型(前処理と瞬間熱処理のみ)をそれぞれ使用して,熱可塑性ポリウレタンエラストマーの成型を行った。
【0092】
成型は,50℃に加熱した金型内に,220℃に加熱した熱可塑性ポリウレタンエラストマーを充填して成型すると共に,成型後の樹脂を金型より取り出す作業を連続して行い,離型性の悪化に伴う金型の交換時点を「寿命」として評価すると共に,金型成型面の汚れと離型性を評価した。その結果を表4に示す。
【0093】
【表4】
【0094】
(3)考察等
前処理と瞬間熱処理を行った比較例2の金型においても,汚れの付着や離型不良は少ないものであったが,前処理と瞬間熱処理に加え,更にチタン粉体の噴射を行った実施例2の金型では,汚れの付着や離型不良が全く生じないものとなっていた。
【0095】
その結果,実施例2の金型では,その寿命も,比較例2の金型に比較して飛躍的に向上している。
【0096】
以上の結果から,実施例2の金型では,チタン粉体の噴射によって表面に酸化チタンの被膜が形成されていることにより,上記の効果が得られたものであると言え,本発明の方法で形成された酸化チタンの被膜は,光の照射を受けない状態で使用される金型の成型面においても汚れの分解や,親水性の発揮に伴う汚れの付着防止という,光触媒又は半導体触媒としての機能を発揮しているものと考えられる。
【0097】
〔試験例3〕ガラス繊維強化PPS成型用金型
重量比で40%のガラス繊維を含むポリフェニレンサルファイド(PPS)の成型に使用するプリハードン鋼製の金型の成型面に,下記の表5に示す条件で前処理,瞬間熱処理,及びチタン粉体の噴射を行った金型(実施例3)と,前処理及び瞬間熱処理のみを行った金型(比較例3)をそれぞれ作成した。
【0098】
【表5】
【0099】
(2)試験方法及び試験結果
実施例3の金型(前処理+瞬間熱処理+チタン粉体噴射)と,比較例3の金型(前処理と瞬間熱処理のみ)をそれぞれ使用して,重量比でガラス繊維を40%含むPPSの成形を行った。
【0100】
成型は,150℃に加熱した金型内に,300℃に加熱されたPPSを充填して成型すると共に,成型後の樹脂を金型より取り出す作業を連続して行い,離型性の悪化に伴う金型の交換時点を「寿命」として評価すると共に,金型成型面の汚れと離型性を評価した。その結果を表6に示す。
【0101】
【表6】
【0102】
(3)考察等
ガラス繊維で強化されたPPS樹脂の成型に使用する金型では,金型の成型面に対して高硬度のガラス繊維が接触することで成型面は傷付き易くなっていると共に,PPSは高温によってポリマー自身やオリゴマー成分が分解する時に硫黄や塩素を含んだ腐食性ガス(酸性ガス)を発生することで,金型の成型面を腐食させ易い。
【0103】
前処理と瞬間熱処理を行った比較例3の金型においても,未処理の金型に比較して腐食の発生を大幅に低減できると共に,汚れの付着も大幅に減少させることができるものとなっているが,前処理と瞬間熱処理に加え,更にチタン粉体の噴射を行った実施例3の金型では,腐食が発生しなくなり,また離型性も良好なものとなると共に,汚れの付着や離型不良が全く生じなくなった結果,実施例3の金型では,比較例3の金型に比較して寿命が2倍に向上している。
【0104】
以上の結果から,実施例3の金型では,チタン粉体の噴射によって表面に酸化チタンの被膜が形成されていることにより,上記の効果が得られていると言え,本発明の方法で形成された酸化チタンの被膜は,光の照射を受けない金型の成型面においても腐食の発生を防止し,汚れの分解や,親水性の発揮に伴う汚れの付着防止という,光触媒としての機能を発揮しているものと考えられる。
【0105】
〔試験例4〕ゴム金型
ゴムの成型に使用するプリハードン鋼製の金型の成型面に,下記の表7に示す条件で前処理,瞬間熱処理,及びチタン粉体の噴射を行った金型(実施例4)と,前処理と瞬間熱処理のみを行った金型(比較例4)をそれぞれ作成した。
【0106】
【表7】
【0107】
(2)試験方法及び試験結果
実施例4の金型(前処理+瞬間熱処理+チタン粉体噴射)と,比較例4の金型(前処理と瞬間熱処理のみ)をそれぞれ使用して,ゴムの成型を行った。
【0108】
ゴムの成型は,150℃に加熱した金型内に加硫ゴムを入れた後,金型を閉じて加圧して硬化させ(直圧成型),硬化後の成型物を金型より取り出す作業を繰り返して行い,離型性の悪化に伴う金型の交換時点を「寿命」として評価すると共に,金型成型面の汚れと離型性を評価した。その結果を表8に示す。
【0109】
【表8】
【0110】
前処理と瞬間熱処理のみを行った比較例4の金型においても,未処理の金型に比較して汚れの付着や離型不良は大幅に減少しているが,前処理と瞬間熱処理に加え,更にチタン粉体の噴射を行った実施例4の金型では,更に汚れの付着を減少させることができた。
【0111】
ゴム金型では,使用後の金型のクリーニング作業に多くの労力が費やされるが,本発明の方法で表面処理を行った金型では,使用後のクリーニング作業の際の労力を大幅に低減することができると共に,100万ショットの使用後においても汚れの付着がなく,金型の寿命を大幅に増大させることができた。
【0112】
このように,実施例4の金型では,比較例4の金型に対し優れた防汚性が発揮されていることから,実施例4の金型では,チタン粉体の噴射によって表面に酸化チタンの被膜が形成されることにより,上記の効果が得られたものであると言え,本発明の方法で形成された酸化チタンの被膜が,光の照射を受けない状態で使用される,ゴム金型の成型面においても汚れの分解や,親水性の発揮に伴う汚れの付着防止という,光触媒又は半導体触媒としての機能が発揮されているものと考えられる。
【0113】
〔試験例5〕耐食試験
(1)試験の目的
本願発明の方法で表面処理を行った後の鋼材表面が,光の照射を受けない環境下においても腐食防止効果を発揮することを確認する。
【0114】
(2)試験方法
SUS304を溶接(TIG溶接)して引張り残留応力を付与することで,応力腐食割れの生じ易い試験片を作成し,溶接したままの未処理の試験片と,溶接後,本発明の表面処理方法(瞬間熱処理+チタン粉体の噴射)を施した試験片に対し,それぞれJIS H 8502:1999の「7.3キャス試験方法」に従ってキャス試験を行った。
【0115】
ここで行うキャス試験は,単に塩水を噴霧して行う塩水試験とは異なり,塩化第二銅と酢酸を加えてpH3.0〜3.2の酸性に調整した食塩水を噴霧して耐食性の試験を行うもので,極めて過酷な腐食環境下で行われる耐食性の試験である。
【0116】
なお,キャス試験の試験条件を示せば下記の表9に示す通りである。
【0117】
【表9】
【0118】
(3)試験結果及び考察
キャス試験後の試験片の状態を図1(未処理)及び図2(実施例)に示す。
図1に示すように,未処理の試験片では表面に赤錆の発生が確認された。
【0119】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った試験片では,図2に示すように錆の発生を確認することができず,キャス試験前のきれいな状態を保っており,本発明の方法で処理された試験片では,極めて高い耐食性が得られていることが確認できた。
【0120】
ここでショットピーニングには,溶接で試験片に生じた引張り残留圧力を開放して圧縮残留応力を付与する作用があること,従って,応力腐食割れを防止する効果があることは知られているが,腐食(錆)の発生そのものを防止するものではない。
【0121】
そうすると,本発明の方法で処理された試験片において,錆の発生は,チタン粉体の噴射によって表面に形成された酸化チタン被膜が光触媒又は半導体触媒としての機能(還元能)を発揮したことで得られたものと考えられる。
【0122】
なお,キャス試験では,試験槽内の環境を一定の状態に維持するために,蓋付の試験槽を使用して試験が行われるため,試験中,試験片に対する光の照射は行われない。
【0123】
一方,キャス試験では,試験槽内の温度を50±2℃として試験が行われるため,試験片の温度も50±2℃に加温されており,このような加温された状態で試験が行われることにより,酸化チタンの被膜が,光触媒又は半導体触媒としての機能を発揮したものと思われる。
【0124】
なお,♯400のハイス鋼製ショットを噴射圧力0.5MPaで噴射して瞬間熱処理を行った比較例の試験片の溶接部に近い平滑部では,表面粗さがRaで0.3μm,表面硬度が未処理の状態では300Hvであったものが580Hvに向上していた。
【0125】
一方,上記条件で瞬間熱処理を行った試験片に対し,更に,粒径150μm〜45μmのチタン粉体を噴射圧力0.4MPaで噴射した本願実施例の試験片の溶接部に近い平滑部では,表面粗さがRaで0.2μmに改善されている一方,処理後の表面硬度は580Hvのまま変化していなかった。
【0126】
ここで,チタンの硬度は300Hv程度であるが,チタンの酸化物である酸化チタン(TiO2)の硬度は1000Hvにも及ぶから,噴射に使用されているチタン粉体の表面硬度も,酸化被膜の形成によって,瞬間熱処理後の試験片の表面硬度である580Hvよりも高い1000Hv程度の硬度となっている。
【0127】
そのため,本発明の表面処理方法では,瞬間熱処理後の表面に対しチタン粉体を噴射することで,瞬間熱処理の際にショットとの衝突によって形成された表面凹凸の凸部先端を押し潰して平滑化する,バニシングが行われたものと考えられる。
【0128】
すなわち,瞬間熱処理後の試験片の表面にはショットの衝突によって形成された窪み(ディンプル)が形成されているのみならず,形成された窪みと窪みの間に先鋭な凸部が形成された状態となっている。
【0129】
これに対し,瞬間熱処理後の表面に更にチタン粉体の噴射を行うことで,表面に形成されていた凹凸の凸部が押し潰されて平滑化(バニシング)されたことで,尖った凸部のない,滑らかな形状の窪みに変化したことが,前述したように表面粗さRaの数値を押し下げたものと考えられる。
【0130】
このように,本発明の表面処理方法では,瞬間熱処理によって生じた,離型剤や空気等が入って成型品の表面と金型表面の接触面積を減少させる窪み(ディンプル)を残しつつ,成型品を型から抜く際の抵抗となる,尖った凸部の山頂部分を押し潰して平滑化したことで,酸化チタンの光触媒又は半導体触媒としての効果によってもたらされる防汚や防食に伴う離型性の向上のみならず,加工後の表面自体も離型性の向上に優れた構造に改変されている
【0131】
〔試験結果のまとめ〕
以上で説明した試験例1〜5より,本発明の方法で処理された金型の成型面(試験例5では試験片の表面)に形成された酸化チタンの被膜は,いずれも,光の照射を受けていない状態において試験が行われているにも拘わらず,表面に形成された酸化チタンの被膜が光触媒として機能していることを示す結果が得られた。
【0132】
一方,上記の試験例1〜5は,いずれも金型の成形面(試験例5では試験片の表面)が50±2℃以上の温度に加熱又は加温された状態で試験が行われており,その他に,酸化チタン被膜の光触媒能を励起するエネルギーも存在しないことから,前述した耐食性の向上や防汚等の効果は,酸化チタン被膜の形成部分に対して加えられた熱によってもたらされたものであると合理的に推察される。
【0133】
そして,上記試験例1〜5より,少なくとも試料が50℃(±2℃)に加温された状態では,光触媒又は半導体触媒としての機能の発現が確認されているから(試験例5参照),成型時に成型面が50℃以上となる金型の少なくとも前記成型面に対し本発明の表面処理を適用することで,金型成型面の硬度上昇に伴う耐摩耗性の向上と,耐食性の向上,離型性の向上の効果を同時に得ることができる。

図1
図2