【実施例】
【0072】
以下に試験例1〜4として,各種の金型に対し本発明の表面処理方法を適用した例を示すと共に,試験例5として,本発明の表面処理を行った試験片に対し,耐食性の評価試験を行った結果を示す。
【0073】
〔試験例1〕プリン用金型
(1)処理条件
プリン(食品)の成型に使用するステンレス鋼(SUS304)製の金型の成型面を含む全面に,下記の表1に示す条件で瞬間熱処理とチタン粉体の噴射を行った金型(実施例1)と,瞬間熱処理のみを行った金型(比較例1)をそれぞれ作成した。
【0074】
【表1】
【0075】
(2)試験方法及び試験結果
実施例1の金型(瞬間熱処理+チタン粉体噴射)と,比較例1の金型(瞬間熱処理のみ)をそれぞれ使用して,プリンを連続して製造した。
【0076】
前記プリンとして,プリン液を入れた金型をオーブンに入れて加熱する,所謂「焼きプリン」を製造した。
【0077】
オーブンによる加熱で金型内に充填したプリン液を金型内で凝固させてプリンを成型した後,金型より出来上がったプリンを取り出す作業を連続して行い,離型性の悪化に伴う金型の交換時点を「寿命」として評価すると共に,金型の成型面の汚れと離型性を評価した。その結果を表2に示す。
【0078】
なお,プリン製造時(成形時)における金型成型面の温度(最大値)はオーブンの温度である180℃に上昇している。
【0079】
【表2】
【0080】
(3)考察等
未処理のプリン用金型(プレス成型後,バフ研磨したもの)は離型性が悪く,5,000時間で交換を必要としていたが,この未処理品との比較では,実施例1の金型のみならず,比較例1の金型も,大幅な寿命の延長が得られていると共に,汚れが付着し難く,かつ,良好な離型性を示すことが確認された。
【0081】
また,未処理品では,硬度HV380,残留応力−190MPaであったものが,上記瞬間熱処理を行った比較例1の金型では,表面硬度580HV,残留応力−1080MPaに向上すると共に,ステンレス鋼の塩化第二鉄腐食試験方法(JIS G0578:2000)による試験においても,孔食の発生が大幅に低減できることが確認されている。
【0082】
しかし,瞬間熱処理のみを行った比較例1の金型では,10,000時間を超えると汚れの付着が目立つようになり,離型性も悪化して交換が必要となった。
【0083】
これに対し,瞬間熱処理とチタン粉体の噴射の双方を行った実施例1の金型では,10,000時間を超えても汚れの付着や離型性の低下は確認されず,寿命を20,000時間まで伸ばすことができた。
【0084】
以上の結果から,実施例1の金型では,チタン粉体の噴射によって表面に酸化チタンの被膜が形成されていることにより,上記の効果が得られていると言え,本発明の方法で形成された酸化チタンの被膜は,プリン液が充填された状態,従って,光の照射を受けていない状態においても汚れの分解や,親水性の発揮に伴う汚れの付着防止という,光触媒としての機能を発揮しているものと考えられる。
【0085】
このように,光の照射を受けない環境において酸化チタンが光触媒としての機能を発揮する理由については必ずしも明らかではないが,工業的に生産される酸化チタンは高温で加熱すると酸素を失い,白色から黒色に変化し,このような黒色を帯びたものは半導体の性質を示す。すなわち,酸素の結合が欠乏した状態になると,半導体としての性質を示す。
【0086】
本発明で金型の表面に形成される酸化チタンの被膜は,前述したように,金型の表面付近において酸素との結合量が最も多く,表面から内部に入るに従い,酸素との結合量が徐々に減少する傾斜構造を備えたものとなっていることから,内部に存在する酸化チタンは,酸素との結合が欠乏して,半導体としての性質を有するものとなっているものと考えられる。
【0087】
そのため,加熱下で使用することで,熱励起によって電荷移動が生じ,電荷移動型酸化還元効果をもたらす触媒(本明細書において「半導体触媒」という。)として機能するようになったものと考えられる。
【0088】
一般に半導体触媒は,電子供与元素や電子受容元素をドーピングする等,特殊な構造を持った触媒とする必要があり,チタン粉体の噴射という比較的簡単な方法で得られた酸化チタンの被膜により,熱により触媒作用を発揮する効果が得られたことは,予想をはるかに超えた効果である。なお,このように本発明の方法で処理されたプリン用金型では,前述したように光が照射されていない環境下でも触媒としての作用が発揮されていること,後掲の〔試験例5〕に示すように,50℃の加熱下での使用により触媒としての機能を発揮することから,本発明の方法で表面が処理された金型を,前述した焼きプリンの製造に代えて,ゼラチンが添加された約50〜60℃のプリン液を金型内で冷却・凝固させることにより製造する,ゼラチンプリンの製造に使用した場合であっても,汚れの付着防止や,離型性の向上,長寿命化等の効果が同様に得られるものと考えられる。
【0089】
〔試験例2〕TPU成型用金型
(1)処理条件
熱可塑性ポリウレタンエラストマー(TPU)の成型に使用するプリハードン鋼製の金型の成型面に,下記の表3に示す条件で前処理,瞬間熱処理,及びチタン粉体の噴射を行った金型(実施例2)と,前処理及び瞬間熱処理のみを行った金型(比較例2)をそれぞれ作成した。
【0090】
【表3】
【0091】
(2)試験方法及び試験結果
実施例2の金型(前処理+瞬間熱処理+チタン粉体噴射)と,比較例2の金型(前処理と瞬間熱処理のみ)をそれぞれ使用して,熱可塑性ポリウレタンエラストマーの成型を行った。
【0092】
成型は,50℃に加熱した金型内に,220℃に加熱した熱可塑性ポリウレタンエラストマーを充填して成型すると共に,成型後の樹脂を金型より取り出す作業を連続して行い,離型性の悪化に伴う金型の交換時点を「寿命」として評価すると共に,金型成型面の汚れと離型性を評価した。その結果を表4に示す。
【0093】
【表4】
【0094】
(3)考察等
前処理と瞬間熱処理を行った比較例2の金型においても,汚れの付着や離型不良は少ないものであったが,前処理と瞬間熱処理に加え,更にチタン粉体の噴射を行った実施例2の金型では,汚れの付着や離型不良が全く生じないものとなっていた。
【0095】
その結果,実施例2の金型では,その寿命も,比較例2の金型に比較して飛躍的に向上している。
【0096】
以上の結果から,実施例2の金型では,チタン粉体の噴射によって表面に酸化チタンの被膜が形成されていることにより,上記の効果が得られたものであると言え,本発明の方法で形成された酸化チタンの被膜は,光の照射を受けない状態で使用される金型の成型面においても汚れの分解や,親水性の発揮に伴う汚れの付着防止という,光触媒又は半導体触媒としての機能を発揮しているものと考えられる。
【0097】
〔試験例3〕ガラス繊維強化PPS成型用金型
重量比で40%のガラス繊維を含むポリフェニレンサルファイド(PPS)の成型に使用するプリハードン鋼製の金型の成型面に,下記の表5に示す条件で前処理,瞬間熱処理,及びチタン粉体の噴射を行った金型(実施例3)と,前処理及び瞬間熱処理のみを行った金型(比較例3)をそれぞれ作成した。
【0098】
【表5】
【0099】
(2)試験方法及び試験結果
実施例3の金型(前処理+瞬間熱処理+チタン粉体噴射)と,比較例3の金型(前処理と瞬間熱処理のみ)をそれぞれ使用して,重量比でガラス繊維を40%含むPPSの成形を行った。
【0100】
成型は,150℃に加熱した金型内に,300℃に加熱されたPPSを充填して成型すると共に,成型後の樹脂を金型より取り出す作業を連続して行い,離型性の悪化に伴う金型の交換時点を「寿命」として評価すると共に,金型成型面の汚れと離型性を評価した。その結果を表6に示す。
【0101】
【表6】
【0102】
(3)考察等
ガラス繊維で強化されたPPS樹脂の成型に使用する金型では,金型の成型面に対して高硬度のガラス繊維が接触することで成型面は傷付き易くなっていると共に,PPSは高温によってポリマー自身やオリゴマー成分が分解する時に硫黄や塩素を含んだ腐食性ガス(酸性ガス)を発生することで,金型の成型面を腐食させ易い。
【0103】
前処理と瞬間熱処理を行った比較例3の金型においても,未処理の金型に比較して腐食の発生を大幅に低減できると共に,汚れの付着も大幅に減少させることができるものとなっているが,前処理と瞬間熱処理に加え,更にチタン粉体の噴射を行った実施例3の金型では,腐食が発生しなくなり,また離型性も良好なものとなると共に,汚れの付着や離型不良が全く生じなくなった結果,実施例3の金型では,比較例3の金型に比較して寿命が2倍に向上している。
【0104】
以上の結果から,実施例3の金型では,チタン粉体の噴射によって表面に酸化チタンの被膜が形成されていることにより,上記の効果が得られていると言え,本発明の方法で形成された酸化チタンの被膜は,光の照射を受けない金型の成型面においても腐食の発生を防止し,汚れの分解や,親水性の発揮に伴う汚れの付着防止という,光触媒としての機能を発揮しているものと考えられる。
【0105】
〔試験例4〕ゴム金型
ゴムの成型に使用するプリハードン鋼製の金型の成型面に,下記の表7に示す条件で前処理,瞬間熱処理,及びチタン粉体の噴射を行った金型(実施例4)と,前処理と瞬間熱処理のみを行った金型(比較例4)をそれぞれ作成した。
【0106】
【表7】
【0107】
(2)試験方法及び試験結果
実施例4の金型(前処理+瞬間熱処理+チタン粉体噴射)と,比較例4の金型(前処理と瞬間熱処理のみ)をそれぞれ使用して,ゴムの成型を行った。
【0108】
ゴムの成型は,150℃に加熱した金型内に加硫ゴムを入れた後,金型を閉じて加圧して硬化させ(直圧成型),硬化後の成型物を金型より取り出す作業を繰り返して行い,離型性の悪化に伴う金型の交換時点を「寿命」として評価すると共に,金型成型面の汚れと離型性を評価した。その結果を表8に示す。
【0109】
【表8】
【0110】
前処理と瞬間熱処理のみを行った比較例4の金型においても,未処理の金型に比較して汚れの付着や離型不良は大幅に減少しているが,前処理と瞬間熱処理に加え,更にチタン粉体の噴射を行った実施例4の金型では,更に汚れの付着を減少させることができた。
【0111】
ゴム金型では,使用後の金型のクリーニング作業に多くの労力が費やされるが,本発明の方法で表面処理を行った金型では,使用後のクリーニング作業の際の労力を大幅に低減することができると共に,100万ショットの使用後においても汚れの付着がなく,金型の寿命を大幅に増大させることができた。
【0112】
このように,実施例4の金型では,比較例4の金型に対し優れた防汚性が発揮されていることから,実施例4の金型では,チタン粉体の噴射によって表面に酸化チタンの被膜が形成されることにより,上記の効果が得られたものであると言え,本発明の方法で形成された酸化チタンの被膜が,光の照射を受けない状態で使用される,ゴム金型の成型面においても汚れの分解や,親水性の発揮に伴う汚れの付着防止という,光触媒又は半導体触媒としての機能が発揮されているものと考えられる。
【0113】
〔試験例5〕耐食試験
(1)試験の目的
本願発明の方法で表面処理を行った後の鋼材表面が,光の照射を受けない環境下においても腐食防止効果を発揮することを確認する。
【0114】
(2)試験方法
SUS304を溶接(TIG溶接)して引張り残留応力を付与することで,応力腐食割れの生じ易い試験片を作成し,溶接したままの未処理の試験片と,溶接後,本発明の表面処理方法(瞬間熱処理+チタン粉体の噴射)を施した試験片に対し,それぞれJIS H 8502:1999の「7.3キャス試験方法」に従ってキャス試験を行った。
【0115】
ここで行うキャス試験は,単に塩水を噴霧して行う塩水試験とは異なり,塩化第二銅と酢酸を加えてpH3.0〜3.2の酸性に調整した食塩水を噴霧して耐食性の試験を行うもので,極めて過酷な腐食環境下で行われる耐食性の試験である。
【0116】
なお,キャス試験の試験条件を示せば下記の表9に示す通りである。
【0117】
【表9】
【0118】
(3)試験結果及び考察
キャス試験後の試験片の状態を
図1(未処理)及び
図2(実施例)に示す。
図1に示すように,未処理の試験片では表面に赤錆の発生が確認された。
【0119】
これに対し,本発明の方法で表面処理を行った試験片では,
図2に示すように錆の発生を確認することができず,キャス試験前のきれいな状態を保っており,本発明の方法で処理された試験片では,極めて高い耐食性が得られていることが確認できた。
【0120】
ここでショットピーニングには,溶接で試験片に生じた引張り残留圧力を開放して圧縮残留応力を付与する作用があること,従って,応力腐食割れを防止する効果があることは知られているが,腐食(錆)の発生そのものを防止するものではない。
【0121】
そうすると,本発明の方法で処理された試験片において,錆の発生は,チタン粉体の噴射によって表面に形成された酸化チタン被膜が光触媒又は半導体触媒としての機能(還元能)を発揮したことで得られたものと考えられる。
【0122】
なお,キャス試験では,試験槽内の環境を一定の状態に維持するために,蓋付の試験槽を使用して試験が行われるため,試験中,試験片に対する光の照射は行われない。
【0123】
一方,キャス試験では,試験槽内の温度を50±2℃として試験が行われるため,試験片の温度も50±2℃に加温されており,このような加温された状態で試験が行われることにより,酸化チタンの被膜が,光触媒又は半導体触媒としての機能を発揮したものと思われる。
【0124】
なお,♯400のハイス鋼製ショットを噴射圧力0.5MPaで噴射して瞬間熱処理を行った比較例の試験片の溶接部に近い平滑部では,表面粗さがRaで0.3μm,表面硬度が未処理の状態では300Hvであったものが580Hvに向上していた。
【0125】
一方,上記条件で瞬間熱処理を行った試験片に対し,更に,粒径150μm〜45μmのチタン粉体を噴射圧力0.4MPaで噴射した本願実施例の試験片の溶接部に近い平滑部では,表面粗さがRaで0.2μmに改善されている一方,処理後の表面硬度は580Hvのまま変化していなかった。
【0126】
ここで,チタンの硬度は300Hv程度であるが,チタンの酸化物である酸化チタン(TiO
2)の硬度は1000Hvにも及ぶから,噴射に使用されているチタン粉体の表面硬度も,酸化被膜の形成によって,瞬間熱処理後の試験片の表面硬度である580Hvよりも高い1000Hv程度の硬度となっている。
【0127】
そのため,本発明の表面処理方法では,瞬間熱処理後の表面に対しチタン粉体を噴射することで,瞬間熱処理の際にショットとの衝突によって形成された表面凹凸の凸部先端を押し潰して平滑化する,バニシングが行われたものと考えられる。
【0128】
すなわち,瞬間熱処理後の試験片の表面にはショットの衝突によって形成された窪み(ディンプル)が形成されているのみならず,形成された窪みと窪みの間に先鋭な凸部が形成された状態となっている。
【0129】
これに対し,瞬間熱処理後の表面に更にチタン粉体の噴射を行うことで,表面に形成されていた凹凸の凸部が押し潰されて平滑化(バニシング)されたことで,尖った凸部のない,滑らかな形状の窪みに変化したことが,前述したように表面粗さRaの数値を押し下げたものと考えられる。
【0130】
このように,本発明の表面処理方法では,瞬間熱処理によって生じた,離型剤や空気等が入って成型品の表面と金型表面の接触面積を減少させる窪み(ディンプル)を残しつつ,成型品を型から抜く際の抵抗となる,尖った凸部の山頂部分を押し潰して平滑化したことで,酸化チタンの光触媒又は半導体触媒としての効果によってもたらされる防汚や防食に伴う離型性の向上のみならず,加工後の表面自体も離型性の向上に優れた構造に改変されている
【0131】
〔試験結果のまとめ〕
以上で説明した試験例1〜5より,本発明の方法で処理された金型の成型面(試験例5では試験片の表面)に形成された酸化チタンの被膜は,いずれも,光の照射を受けていない状態において試験が行われているにも拘わらず,表面に形成された酸化チタンの被膜が光触媒として機能していることを示す結果が得られた。
【0132】
一方,上記の試験例1〜5は,いずれも金型の成形面(試験例5では試験片の表面)が50±2℃以上の温度に加熱又は加温された状態で試験が行われており,その他に,酸化チタン被膜の光触媒能を励起するエネルギーも存在しないことから,前述した耐食性の向上や防汚等の効果は,酸化チタン被膜の形成部分に対して加えられた熱によってもたらされたものであると合理的に推察される。
【0133】
そして,上記試験例1〜5より,少なくとも試料が50℃(±2℃)に加温された状態では,光触媒又は半導体触媒としての機能の発現が確認されているから(試験例5参照),成型時に成型面が50℃以上となる金型の少なくとも前記成型面に対し本発明の表面処理を適用することで,金型成型面の硬度上昇に伴う耐摩耗性の向上と,耐食性の向上,離型性の向上の効果を同時に得ることができる。